episodeー余話ー

名人に関する言及を、著名人にコントロールさせてよいのか。
パブリシティ権理論と表現の自由の関係を正面から問うた
「キング・クリムゾン事件」

一審(東京地裁平成8年(ワ)第11327号損害賠償等請求事件を逆転した東京高裁判決(平成11年2月24日、平成10年(ネ)第673号損害賠償等請求事件)が上告されたが(平成11年(第805号事件)、最高裁(第1小法廷)は、平成12年11月9日上告棄却を決定。

[別冊ジュリスト「著作権判例百選(第三版)」P196以下]

本件の相談を受けたとき、「同じことを考える人はいるものだ」と最初に思った。というのは、パブリシティー権の説明として前々から用いられている顧客吸引力理論を演繹すると、著名人を対象にした書籍や番組は、常に顧客吸引力の利用という評価になりかねないからである。

もちろんそのような評価でよいと思うか否かが、原告と私達との問題意識の違いであった。もし、原告のように顧客吸引力理論を解するなら、伝記・評伝の類いさえも、パブリシティー権の制約下に置かざるをえず、著名人への批評・話題等の自由は大きく制約されるからであった。
もとより原告のような論者も、言論の自由によって、パブリシティー権の適用に関する例外を認める。しかし、挙証責任を始めとして、実際上の差異が生ずることは明らかである。

かくして、図らずも、具体的な事件を通してパブリシティー権と言論の自由について、より深く考える機会を得ることとなった。

(北村行夫)

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