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【事件名】出版権設定契約による文庫本事件
【年月日】平成11年3月29日
 東京地裁 平成10年(ワ)第16822号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成11年2月22日)

判決
東京都(以下住所略)
 原告 株式会社宝島社
右代表者代表取締役 蓮見清一
右訴訟代理人弁護士 新壽夫
同 芳賀淳
東京都(以下住所略)
 被告 柳田理科雄
東京都(以下住所略)
 被告 木原浩和
東京都(以下住所略)
 被告 近藤豊
被告ら訴訟代理人弁護士 伊藤真

主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
一 被告らは、原告に対し、各自金1億0507万5500円及びこれに対する平成10年7月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告が、別紙書籍目録記載の各書籍の文庫版を印刷、製本、発行、販売又は頒布する権利を有していることを確認する。
第2 事案の概要
一 争いのない事実
1(一) 被告柳田理科雄(以下「被告柳田」という。)及び同木原浩和(以下「被告木原」という。)は、別紙書籍目録1記載の書籍(以下「本件書籍1」という。)を共同して創作した著作権者である。
(二) 被告柳田、同木原及び同近藤豊(以下「被告近藤」という。)は、別紙書籍目録2記載の書籍(以下「本件書籍2」といい、本件書籍1及び2を併せて「本件各書籍」という。)を共同して創作した著作権者である。
2(一) 被告柳田及び同木原は、それぞれ、平成8年2月26日、原告との間で、本件書籍1に関する出版権(著作権法79条1項)を原告に設定し、原告は本件書籍1に関する複製及び頒布の権利を専有する旨の契約(以下「本件出版契約1」という。)を締結した。そして、原告は、平成8年3月10日、右契約に基づいて、本件書籍1を単行本として発行した。
(二) 被告柳田、同木原及び同近藤は、それぞれ、平成9年6月27日、原告との間で、本件書籍2に関する出版権(著作権法79条1項)を原告に設定し、原告は本件書籍2に関する複製及び頒布の権利を専有する旨の契約(以下「本件出版契約2」といい、本件出版契約1及び2を併せて「本件各出版契約」という。)を締結した。原告は、平成9年7月11日、右契約に基づいて、本件書籍2を単行本として発行した。
3(一) 平成10年7月6日、被告柳田及び同木原は、本件書籍1の文庫版を発行しようとしていた原告に対し、本件出版契約1において原告に認められた本件書籍1を複製及び頒布する権利は文庫版には及ばないとして、本件書籍1についての著作権に基づき、本件書籍1の文庫版の印刷、製本、発行、販売又は頒布の差止等を求める仮処分命令の申立てを行い、同月15日、右仮処分命令が発令された。
(二) 平成10年7月16日、被告柳田、同木原及び同近藤は、本件書籍2の文庫版を発行しようとしていた原告に対し、本件出版契約2において原告に認められた本件書籍2を複製及び頒布する権利は文庫版には及ばないとして本件書籍2についての著作権に基づき、本件書籍2の文庫版の印刷、製本、発行、販売又は頒布の差止めを求める仮処分命令の申立てを行い、同日、右仮処分命令が発令された。
二 原告が主張する請求の根拠
1 原告は、被告柳田及び同木原との間の本件出版契約1に基づき本件書籍1の文庫版を複製及び頒布する権利を有するのに、被告柳田及び同木原は、原告に右権利はないとして、前記一3(一)記載の仮処分命令の申立てを行い、右仮処分命令が発令され、その結果、原告は、予定していた本件書籍1の文庫版の発行ができなくなったことによる損害を被った。
 そこで、原告は、被告柳田及び同木原に対し、本件出版契約1についての債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めるとともに、原告が本件書籍1の文庫版を印刷、製本、発行、販売又は頒布する権利を有することの確認を求める。
2 原告は、被告柳田、同木原及び同近藤との間の本件出版契約2に基づき本件書籍2の文庫版を複製及び頒布する権利を有するのに、被告柳田、同木原及び同近藤は、原告に右権利はないとして、前記一3(二)記載の仮処分命令の申立てを行い、右仮処分命令が発令され、その結果、原告は、予定していた本件書籍2の文庫版の発行ができなくなったことによる損害を被った。
 そこで、原告は、被告柳田、同木原及び同近藤に対し、本件出版契約2についての債務不履行又は不法行為による損害賠償を求めるとともに、原告が本件書籍2の文庫版を印刷、製本、発行、販売又は頒布する権利を有することの確認を求める。
三 争点
1 本件各出版契約において、原告に認められた本件各書籍を複製及び頒布する権利の範囲が、本件各書籍の文庫版にも及ぶか否か。
2 原告の損害額
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告の権利の範囲)について
(一) 被告らの主張
 本件各出版契約の契約書(以下「本件各出版契約書」という。)第18条には、著作権者である被告ら(本件出版契約1に関しては被告柳田及び同木原を、本件出版契約2に関しては被告ら3名を指す。以下同様)が対象著作物を文庫本として刊行する第一優先権を原告に与える旨の定めがあるところ、ここでいう「第一優先権」とは、同一条件での提案をする限り優先権を得ている者の提案が優先して採用されることを意味し、本件においては、他社から文庫本出版の申出があっても、原告が同一条件で文庫本出版の申出をする限り、原告が優先して文庫本出版の契約を被告らと結ぶことができることを意味する。したがって、右条項によると、本件各出版契約において、原告は、被告らと新たに契約を結ぶことなしに、本件各書籍の文庫版を出版することはできない。
(二) 原告の主張
(1) 著作権法上の出版権は、同一の著作物について、その判型が単行本の場合と文庫本の場合とで分割することのできない単一の権利と解されるところ、原告は、本件各出版契約において、被告らから本件各書籍について右のような出版権の設定を受けているのであるから、右契約により、原告は、単行本のみならず、文庫本についても出版する権利を有している。
(2) また、本件各出版契約書第14条には、原告が対象著作物の定価・造本・発行部数・増刷の時期及び宣伝・販売の方法を決定する旨の定めがあるところ、ここでいう「造本」のなかには、判型を単行本にするか、文庫本にするかということも含まれるから、右条項によると、原告は、新たに被告らの承諾を得ることなく、本件各書籍の文庫版を出版することができる。
(3) 被告らは、本件各出版契約書第18条を根拠に、本件各出版契約には文庫本を発行する許諾は含まれない旨主張するが、右第18条は、2文に分かれているところ、第1文の「全集収録」の場合はあらかじめ原告の承諾を得なければならないとなっているが、第2文の外国語版及び文庫本の刊行については何ら当事者の承諾について定めておらず、他方、外国語版については、第13条で別途原告と被告らとの協議を必要としているのであり、これらの規定を解釈すれば、本件各出版契約において、文庫本の発行については被告らの承諾や原告と被告らとの協議を必要としていないことは明らかである。
 そして、右第18条において、原告に文庫本発行の「第一優先権」を与えるとしたのは、本件各出版契約当時、原告は文庫本を発行しておらず、原告が文庫本出版の権利を有することについて疑義が生じる可能性があったため、確認のために原告に文庫本刊行の「第一優先権」を与える旨の規定を設けたものである。ここで原告の権利を「出版権」ではなく、「第一優先権」としたのは、何らかの事情で原告が文庫本を発行せず、他社が文庫本を発行する可能性もあったからである。
 したがって、右第18条は、本件各書籍の文庫本の発行について、被告らの了解を必要とすることを定めたものではなく、原告の文庫本発行の権利を確認したものである。
2 争点2(原告の損害額)について
(一) 原告の主張
 仮処分命令によって本件書籍1が発行できなくなったことによって原告が被った損害額は、本件書籍1が25万部発行されていれば得られたはずの原告の粗利益5078万5000円である。
 仮処分命令によって本件書籍2が発行できなくなったことによって原告が被った損害額は、本件書籍2が25万部発行されていれば得られたはずの原告の粗利益4927万2500円である。
 被告らが、右各仮処分命令を得て、原告の本件各書籍の文庫版の発行を妨害することによって、原告は多大な精神的損害を受けており、これを慰謝する金員は、500万円を下らない。
(二) 被告らの主張
 原告に生じた損害額については不知
第3 当裁判所の判断
一 争点1(原告の権利の範囲)について
1 原告は、本件各出版契約において原告に設定された著作権法上の出版権は、単行本か文庫本かという判型の違いによって分割され得ない性質のものであるから、本件各出版契約において原告に認められた出版権も単行本のみならず、文庫本にも及ぶ旨主張する。
 しかしながら、著作権法上の出版権が判型の違いによって分割され得ない性質を有することを前提とするにしても、出版権設定契約の中で、当事者間の合意によって、出版者の権利の範囲を制限し文庫版には及ばないものと定めれば、右合意には契約当事者を拘束する債権的な効力が生じ、出版者は著作権者との関係で、当該著作物の文庫版を出版できないことになるというべきである。
 そこで、この点について、本件各出版契約書(甲第5号証の1、2及び甲第6号証の1ないし3)に定められた条項に基づいて検討することとする(なお、原告と被告ら各人との間の本件各出版契約書の内容はいずれも著作権使用料に関する条項を除いて同一であるので、以下では、各契約に共通するものとして、契約条項に基づく検討を行う。)。
2 第18条について
 本件各出版契約書の第18条では、全集その他への収録に関し、「甲(被告ら)は、この契約の有効期間中に、本著作物を著作者の全集・著作集などに収録して出版するときには、あらかじめ乙(原告)の承諾をえなければならない。また甲(被告ら)は、本著作物を外国語版及び文庫本として刊行する第一優先権を、乙(原告)に与えるものとする。」と定められている。
 そして、ここで原告に与えられている文庫本刊行の第一優先権とは、対象著作物の文庫本を刊行するための出版契約を、他の競合者に優先して著作権者と締結することができる地位を表すものと解するのが相当であるところ、仮に本件各出版契約で原告に認められた複製及び頒布の権利が本件各書籍の文庫版にも及ぶとすると、原告に右のような文庫本刊行の第一優先権を与えることは全く意味がないことになる。してみると、右第18条がことさら原告に右のような文庫本刊行の第一優先権を与えているのは、その前提として、本件各出版契約において原告に認められる複製及び頒布の権利が本件各書籍の文庫版には及ばないこととする旨の合意を含む趣旨であると解するのが、契約当事者の意思解釈として合理的というべきである。
 右第18条の解釈に関する原告の主張(前記第2の四1(二)(3))は、いずれも右解釈を左右するものではない。
3 第14条について
 本件各出版契約書の第14条では、「乙(原告)は、本著作物の定価・造本・発行部数・増刷の時期および宣伝・販売の方法を決定する。」と定められているところ、原告は、右条項における「造本」には、判型を単行本にするか、文庫本にするかということも含まれるから、同条項によって、原告に認められる複製及び頒布の権利が単行本のみならず、文庫本にも及ぶことが規定されている旨主張する。
 しかしながら、仮に、一般的に「造本」という概念のなかに、原告が主張するような判型の決定が含まれるとしても、本件各出版契約書の第14条が具体的にいかなるものを「造本」として予定しているかは、契約当事者の意思解釈によって決せられるものであるところ、前記2で認定したとおり、第18条においては、原告に認められる複製及び頒布の権利は、本件各書籍の文庫版には及ばないものと解するのが契約当事者の意思解釈として合理的であるから、右第18条と第14条とを総合的に考慮すると、右第14条における「造本」のなかには、原告が主張するような判型の決定は含まれないものと解することができる。
4 以上によると、本件各出版契約において、被告らとの関係で原告に認められる本件各書籍を複製及び頒布する権利の範囲は、本件各書籍の文庫版には及ばないものと認められるのであり、本件各出版契約書の他の条項をみても、右結論を左右するものはない。
二 結論
 よって、原告が被告らに対して本件各書籍の文庫版を複製及び頒布する権利を有することを前提とする原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 森義之
 裁判官 榎戸道也
 裁判官 大西勝滋


書籍目録
1 書名 空想科学読本
  著者 柳田理科雄
  発行所 株式会社宝島社
  発行年月日 平成8年3月10日
2 書名 空想科学読本2
  著者 柳田理科雄
  発行所 株式会社宝島杜
  発行年月日 平成9年7月11日 
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