judgment / book
 
[判例批評]
line
「交通標語の著作物性と著作権侵害」
 
(東京地裁平成13年5月30日判決 平成13年(ワ)第2176号 損害賠償請求事件)
line

第一 原告スローガンの著作物性

1 本判決は、著作物性の要件である創作性については「作成者の何らかの個性が表現されたものであることが必要である」とする。この解釈はこれまでの判例および通説に沿ったものである。

2 また本判決は、東京地裁平成10年(ワ)第21662号損害賠償請求事件などと同様に、「作成者の個性が表れない表現」を場合わけし、「文章表現に係る作品において、ごく短いものや表現形式に制約があり、他の表現が想定できない場合」や、「表現が平凡、かつありふれたものである場合」には、筆者の個性が現れていないものとして、創作的な表現があると解することはできない、としている。
 「表現形式に制約があり、他の表現が想定できない場合」とは、例えば一般的な売買契約書の雛形等一定の目的を達成するために表現が制約されて他の表現が想定しにくい場合がある。標語やキャッチコピーなども標語等が作成された目的に照らして表現が制約され、また極めて簡潔な表現となることから、著作物性の認めにくい場合が多いといわれているが、絶対ではない。
 「表現が平凡、かつありふれたものである場合」とは上記の場合とは異なり、表現の内容(アイディア)を表すためには何種類かの表現のしかたが理論上考えうることを前提として、しかし当該表現がありふれており、作成者の個性が発揮されているといえないものである。例えば、「今日は、殊のほか良い天気ですね。」「ご両親様のお喜びもひとしおと存じます。」などである。

3 被告らは、原告スローガンは(1)ありふれた表現として創作性に欠ける、(2)文化的所産として著作権の対象にするだけの創作性がない、(3)キャッチフレーズやスローガンは字数や用いる言葉の制約が多すぎて選択の余地がない、(4)公衆に周知徹底させる目的があり特定の者の独占に親しまない等として原告スローガンに著作物性がないと主張した。

4 これに対して本判決は、原告スローガンは、(1)5・7・5調でリズミカルである、(2)「ボク安心」という語が冒頭に配置されていて幼児の視点から安心できるとの印象、雰囲気を表現している、(3)ボクとママが対句的になっていて家庭的なほのぼのとした情景が効果的、的確に描かれていることから、交通安全目的を達成する標語には多数の表現がありうることを前提として、ありふれた表現とはせず、筆者の個性が十分発揮されているとしている。

5 原告スローガンは交通安全スローガンとして作成され、その内容は「子供を母親のひざに乗せるより、チャイルドシートに乗せるほうが安全である」ということである。判決は、交通安全、あるいは素材としてのチャイルドシートを用いて交通安全を表現するには様々な表現の仕方があるという考えを大前提として、まず(1)5・7・5調の俳句、川柳の形式(語調について)を選択した点を重視している。確かにこのようなリズミカルな表現をとるか、7・5調をとるかも1つの選択であろう。しかしスローガンの場合は5・7・5調や7・5調が用いられる場合が極めて多いから、これだけでは創作的とはいい難い。

6 (2)の「ボク安心」との語句を冒頭に使用した点は、幼児の視点を選択し、ほのぼのとした感じをもたせた点において作者の個性が表れているといってよいであろう。(3)ボクとママの対句的な表現についても、パパとの対句もありうるところ、順当にママとしており、この限りでは平凡といえなくもないが、前記(1)、(2)と総合して個性の表れとして評価できるであろう。実際パパを対句的に用いることによって得られるものとは異なる効果を生じているといえよう。

7 なお被告らの「原告スローガンは文化的所産として著作権の対象にするだけの創作性がない」との主張は、結局原告スローガンが著作権法で要求している創作性の要件を満たすか満たさないかということに帰着するので、上記の点と別に考慮する必要はないと考えられる。
 また公衆に周知徹底させる目的があり特定の者の独占に親しまないとの主張については、著作権法上30条以下に著作権の行使が制限される場合が詳細に規定されており、アメリカのようにフェアユースの法理が採用されていない日本の著作権法においては、これら制限規定の適用がない場合には著作権法による保護の対象となるのが原則であると考えられる。また仮に法により保護されないとしても、特定の者の独占に親しまないことが(1)思想または感情を表現しており、(2)創作的な表現であり、(3)文芸、学術、美術、音楽の範囲に属することという「著作物性」の3要件にかかわってくるとする解釈論はとり難いと考えられる。

8 以上のような点に鑑みて判決は、原告スローガンが作成者の個性を表現しており、創作性を有していることを指摘しているものである。ともすれば従来、短い標語には著作物性がないかのような誤解もあった点について個々の表現を具体的に要件に照らして判示した意義は大きい。


第二 複製権侵害の有無
1 原告は、被告スローガンは、原告スローガンの「ママの膝よりチャイルドシート」の「膝」を「ママの胸よりチャイルドシート」の「胸」に置き換えただけであり、実質的に同一であると主張する。

2 しかし判決は、両スローガンで共通する「ママの」「より」「チャイルドシート」の語は創作性を生じさせている点でないとしてこれらの共通性を同一性判断について考慮しないとともに、原告スローガンは、被告スローガンと対比して(1)「ボク安心」の語句があること、(2)前者が「膝」であるのに対し、後者は「胸」であること、(3)前者は、6字、7字、8字の合計21字が3句で構成されているのに対し、後者は、7字、8字の合計15字が2句で構成されている点において相違し、これらの相違は創作性を根拠付ける部分における相違であるとして重視し、両スローガンの実質的同一性を否定している。

3 「ママの」「より」「チャイルドシート」の語句は、チャイルドシート着用普及というテーマで作成されたスローガンであって、「子供を母親のひざに乗せるより、チャイルドシートに乗せるほうが安全である」との内容を伝える表現としてはありふれているといえるので、この語句を使用している点について判決が「ごく普通」であるとして創作性を認めなかったのは妥当であると考えられる。

4 また前述のように本判決は、原告スローガンが、5・7・5調を選択した点、ボク安心との語句を冒頭に据えた点を創作性認定の重要な要素としている。したがって被告スローガンはこれらの特徴を備えていない点が、判決が原告スローガンとの同一性を否定する際に重要なポイントとなったことは論理的な帰結であり、当然である。

5 短い文章的表現において、先行著作物と後行著作物の一部の語句が同一で一部が同一でない場合に、複製権侵害の有無を判断することは、容易な作業ではない。本判決は、そのような場合に、どの部分が先行著作物の創作性を構成している部分であるかをまず見極めることが重要であることを、具体的な事例をもって示した例であり、この点も今後の参考になると考えられる。
中島龍生
以上
[判決の要旨へ]

line