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 まず手始めに
(010701 三多郎)
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 何時の頃からか、人間は、地球を宇宙船に例えるようになった。この星が宇宙に漂う小さな存在であり、地球上の全てが有機的連関を有する生物的、物理的な結合体であることを自覚するようになった。また、 経済面では、「成長の限界」という指摘を始めとして様々な視点も生まれた。
 これらは、いずれも人間の存在とはなにかという根源的な問いへと連なる。地球環境を考えながら、繰り返しこの根本に立ち返ることを忘れてはならないだろうと、私は思う。
 さて、地球環境を考える手がかりとして、最初に訪れるサイトは、やはり環境省だろう。環境問題に甘い責任官庁の情報なんて、と馬鹿にするむきもあろうが、だいたいサイトの価値というのは、そのサイト自体の提供する情報量だけで計れるものではなく、そのサイトがいかに貴重なサイトにリンクしているかによって決まるといってもよい。
  というわけで、ここのリンク集にあたってみる。首をかしげたくなるリンクもないわけじゃないし、名前に惹かれて行って見ると、欲しい情報がほとんどないサイトもある。ゴミばかりじゃないかなんてはやまって嘆いてはいけない。カラッポじゃないだけましというものだ。
 ゴミと環境は切っても切れないなんて冗談はさておき、我慢強く当たっていると、中に国立環境研究所のサイトがある。
 そこへ行くと、環境問題のテーマが取り敢えずが網羅的に判る。環境問題は、自然環境、地球環境、大気環境、水・土壌環境、健康・化学物質、ごみ・リサイクル、エネルギーに分けられている。まあ、こんなものかなと思う。
 ここでも物足りないので、地球環境パートナーシッププラザのサイトへいってみる。
 ここが最も力を入れているのは里山の保全。東京周辺では、三多摩地区のNGOが活躍しているようだ。熱帯雨林の保護といわれてもピンとこない私だが、里山なら少しは判ることもある。かつてドイツを旅したとき、「この森がベルリンの酸素をまかなっている」というような説明を聞いて、えらく感動したのを思い出す。
 いったい私の住んでいる街の酸素をまかなうには、行動半径の中にどのくらいの樹木が確保されていなければならないのか、というようなことを考えるデータは、どこでどうやって得られるのだろうか、誰か教えて欲しい。
 もっとも樹木が、炭酸ガスを吸って酸素を掃き出すというのは、或る段階までのこと。樹齢を重ねると逆転が起きるそうだ。だから、何時かの時期に木を切ることになる。このサイクルをいかに合理的なものとして作り出すかが大事だが、それとともに、その合理性が、人間中心であることを、考えるべきだろう。切り倒される一本の木の視点を捨象した合理主義は、本当に合理的か、と考えるべきときにきているのではないか。
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