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【事件名】「チェブラーシカ」キャラクターグッズ事件
【年月日】令和2年6月25日
 東京地裁 平成30年(ワ)第18151号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和2年2月13日)

判決
原告 ラルビント・コーポレーション
同訴訟代理人弁護士 矢部耕三
被告 チェブラーシカ・プロジェクト有限責任事業組合
組合員 株式会社ビットワークス・ジャパン
組合員 株式会社ゴッド・バード
被告訴訟代理人弁護士 辻哲哉
同 金澤淳
同 福地研志


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1億1000万円及びこれに対する平成30年6月23日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告において「チェブラーシカ」等の劇場用アニメ映画で描写された登場人物としてのキャラクターを利用したぬいぐるみ、トートバック等多数の商品を販売する行為が、原告の上記キャラクターに関する著作物に係る独占的利用権を侵害すると主張して、被告に対し、民法709条、著作権法114条3項に基づき損害賠償金1億1000万円(うち1000万円は弁護士費用)及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。なお、枝番号の記載を省略したものは、枝番号を含む(以下同様)。)
(1)当事者等
ア 原告は、アメリカ合衆国ニューヨーク州法の下で設立し、存続する、アニメーション作品の事業開発、ライセンス、商品化、供給等を業とする会社である。
イ 被告は、キャラクター商品の企画、製造、販売等を業とする有限責任事業組合である。訴外テレビ東京ブロードバンド株式会社(以下「TXBB」という。)は、被告の組合員であったが、平成27年5月に脱退した。
(2)TXBBとSMFとの間の契約
 平成17年(2005年)3月21日、TXBBは、ロシア所在の訴外連邦国営単一企業「創造製作組合映画スタジオソユーズムリトフィルム」(以下「SMF」という。)との間で、概ね次の内容の契約を締結した(甲17、以下「本件TXBB契約」という。)。
ア SMFは、TXBBが、旧ソ連諸国を除く世界のすべての国及び地域において、訴外A(以下「A」という。)の作品であると考えられている「チェブラーシカ・シリーズ」と呼ばれる全ての文学作品を基に製作されたアニメ映画「ワニのゲーナ」、「チェブラーシカ」、「シャパクリャク」及び「チェブラーシカ学校へ行く」(以下、併せて「本件映画」という。)につき、劇場で上演する権利、劇場外で上演する権利、ビデオ映像に変換する権利、テレビで放映する権利、通信チャネルを介した公衆送信の権利、商品化する権利(おもちゃ、衣服、アクセサリー、ゲーム、コンピューターソフトウェア、印刷物、雑誌、書籍、漫画本、その他の様々な種類及び様々な媒体の商品、宣伝広告活動、製造、転売、賃貸、通信チャネルを介した送信及びその他のサービス提供事業において、許諾対象作品を全面的又は部分的に利用する権利)、派生的権利(本件映画の全面的又は部分的な翻訳、脚色、映画化、舞台作品化及びその他の形への変換により新しい作品を製作する権利、並びにそれらの新しい作品のコピー、上演、通信チャネルでの公衆送信、商品化、及びその他のあらゆる形での使用を行う権利のほか、これらの権利の全て又は一部を第三者に再許諾する権利)を独占的に利用することを許諾する。
イ 許諾の期間は、平成26年(2014年)12月31日までであるが、TXBBはSMFに対して3万米ドルを支払うことにより許諾期間をさらに10年延長することができる。以降についても同様である。
(3)原告とSMFを契約当事者とする契約書の存在
 平成28年(2016年)8月18日の作成日付で、原告とSMFが契約当事者として表示され、次の内容が記載された契約書が存在する(甲1、甲38、以下「本件原告ライセンス契約書」といい、これに記載された内容の契約を「本件原告ライセンス契約」という。)。
ア SMFは、原告に対し、本件映画の視覚的イメージに記録された主人公の動的人形像であるキャラクター(チェブラーシカ、ワニのゲーナ、シャパクリャク)及び本件映画のその他のキャラクター(以下、併せて「本件キャラクター」という。)を使用するための独占的利用権を付与する。この利用権は、本件キャラクターを本件映画から離れて(独立的に)任意の形態及び任意の方法で繰り返し使用する権利であって、所定の商品の製造又は所定のサービスの提供など所定の利用態様及び利用方法により複製、翻案、譲渡する権利(以下「本件キャラクターに係る商品化権」という。)を原告に与えるものであり、同利用権はアジア全域(日本を含む。)で効力を有する。
イ 本件原告ライセンス契約に基づく本件キャラクターの使用権は平成28年(2016年)9月1日から令和3年(2021年)8月31日までを期間として、原告に付与される。
(4)被告の行為
 被告は、遅くとも平成28年(2016年)10月12日以降、平成30年(2018年)6月7日まで、日本において、本件キャラクターを利用したぬいぐるみ、トートバック、ポーチ、マスキングテープ、缶バッジ、マグカップ、クリアホルダー、カレンダー、スケジュール帳、ピロシキ、チョコレートケーキ、クッキー、チーズケーキ、サブレ、ドラマCD、ドーナツ、プレート、絵本、ポケットウォッチ、スマートフォン関連グッズ、腕時計、スケジュール手帳等、多数の商品(以下「被告商品」という。)の販売を行っている。
2 争点
(1)原告の被告に対する損害賠償請求の成否(争点1)
ア SMFに、本件キャラクターに係る商品化権が帰属しているか否か(争点1−1)
イ 原告がSMFとの契約により付与されたと主張する独占的利用権に基づく、原告の被告に対する損害賠償請求の成否(争点1−2)
(2)違法性の有無(争点2)
ア 被告が本件TXBB契約を承継したか(争点2−1)
イ 本件TXBB契約の更新の有無等(争点2−2)
ウ SMFによる本件TXBB契約の解約の有無・有効性(争点2−3)
エ SMFの被告に対する黙示の利用許諾の有無(争点2−4)
(3)被告の主観的要件(争点3)
(4)不法行為と相当因果関係を有する損害及びその額(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1)SMFに、本件キャラクターに係る商品化権が帰属しているか否か(争点1−1)
[原告の主張]
 次のとおり、本件キャラクターに係る商品化権がSMFに帰属していることは優に認められる。
ア 本件キャラクターに係る商品化権は、本件映画を製作したソビエト連邦の国営映画製作会社ソユーズムリトフィルム(以下「旧SMF」という。)に帰属していた。当時のソビエト連邦では企業の職員は自らの仕事を遂行した対価として賃金、上演に対する報酬、ボーナス、及び法律で定められたその他の支払を受け取っていたのであり、職員らの創造したものはすべて自動的に企業に帰属していたことからすれば、国家が既にその対価を支払った画家又は監督の絵の独占的権利はその雇用者である旧SMFに帰属していた。本件映画の美術監督であった、B(以下「B」という。)が自らの権利を主張した訴訟において、ロシア国内の裁判所は同様の見解を採っている(甲26)。
 また、ロシア連邦最高裁判所総会において、「1992年8月3日以前に製作された音声映像作品すなわちアニメーションフィルムのキャラクターの権利は、当該アニメーションフィルムの撮影を行った企業すなわち映画スタジオ(又はその著作権継承者)に帰属する。上記期間にアニメーションフィルムの製作に参加した自然人は、アニメーションフィルムの独占的権利も、そのキャラクターの独占的権利も、持たない。」旨の決議がなされており(甲27)、これは法律に従いロシア領内で法的拘束力を有する。
イ 旧SMFの複合資産は、1989年にリース会社「『映画スタジオ』ソユーズムリトフィルム」に賃貸に出された後、1999年に当該賃貸借契約の有効期間が満了したことに伴い設立されたSMFに承継された。その後、ロシア連邦政府は、旧SMFが設立されてから上記賃貸借契約が締結されるまでの間に旧SMFで撮影された映画の独占的権利は、他者ではなく、SMFが継承することを明確にしている(甲28)。
[被告の主張]
 次のとおり、本件キャラクターに係る商品化権がSMFに帰属していることにつき立証がなされたとはいえない。
ア 本件キャラクターに係る商品化権は、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の民法典第486条に照らせば、本件キャラクターの創作に主体的・主導的に関与していたBに当初は帰属していたものと考えられるところ、本件映画が旧SMFによって製作された事実とBが美術監督として本件映画の製作に参加した事実のみによっては、Bに当初帰属していた本件キャラクターに係る商品化権がBから旧SMFに移転したことは十分に証明されているとはいえない。
イ また、本件映画の著作権がSMFに帰属していると認めるには合理的な疑義が存在する。旧SMF製作の映画の著作権の現在の帰属先がSMFであるかが争点となった事案において、旧SMF製作の映画の著作権及び承継関係等に関する事実関係並びに当時のソ連の法律にまで詳細に分析・検討を加え、かつ、ロシア連邦仲裁裁判所が2001年に下した判断の理由付けの不十分さ・説得力の乏しさについて極めて論理的かつ冷静に論証した上で、本件映画の著作権がSMFに帰属するとは認められないと判断した米国判決が存在する(乙3)。かかる米国判決の存在・内容からすれば、同判決において提出されていなかった新証拠が発見・提出されるなどすれば別段、そうでない限りは、わが国の裁判所は、同一の争点について米国判決と異なる認定を示すことは困難であろうと推察される。
(2)原告がSMFとの契約により付与されたと主張する独占的利用権に基づく、原告の被告に対する損害賠償請求の成否(争点1−2)
[原告の主張]
ア 本件原告ライセンス契約は有効であり、SMFの原告に対する付与により原告が有することとなった本件キャラクターに係る商品化権に関する権利又は法律上保護される利益の実質は、当該契約書に記載されたとおり、独占的利用権そのものであり、原告は、被告に対し、これが侵害されたことに基づき損害賠償請求をすることができる。SMFが本件原告ライセンス契約による報酬を受領した事実と本件原告ライセンス契約書を銀行に提示した事実(甲48)は、SMFが本件原告ライセンス契約の有効性を認めていることの決定的な証左である。
 これに対し、本件原告ライセンス契約の有効性を否定する被告の主張は、本件原告ライセンス契約締結当時にSMFの代表権限を有する所長の権を委ねられていたC(以下「C」という。)の陳述書(甲33)を曲解し、また、本件原告ライセンス契約書よりも後に作成された追加契約書(甲31、甲39)の成立の真正への疑義から、何らの説明もなくそれらが本件原告ライセンス契約の有効性に影響を及ぼすかのような説得力のない推察をしたものにすぎない。
イ SMFの原告に対する付与により原告が有することとなった権利又は法律上保護される利益の実質は、上記のとおり、独占的利用権であって、被告に対して主張することができ、これを被告が侵害したといえるものである。
 これに対し、被告は、SMFが原告に独占的利用権を設定することに向けた行為を何も行っていない旨を主張するが、SMFは、その代表権限を有するCの陳述書(甲7)において、原告に独占的利用権を与えたこと、及び本件TXBB契約に基づいて被告が本件キャラクターを利用する権利はないことを言明しているから、上記主張は誤りである。
[被告の主張]
ア 本件原告ライセンス契約は無効であり、原告がSMFから本件キャラクターに係る商品化権に関する権利又は法律上保護される利益として、独占的利用権を付与されたとはいえない。すなわち、次の各事情からすれば、本件原告ライセンス契約書(甲1、甲38)は、SMFを法的に拘束する有効な契約の存在を示すものとはいえない。
(ア)本件原告ライセンス契約書及び原告が平成28年(2016年)中に作成された書面として提出した追加契約書(甲31、甲39)には、いずれもSMFの代表者として署名のあるCの肩書が「所長」と記載されているところ、Cの陳述書(甲33)によれば、当時の地位は「所長代行者」であったものであるから、真実に反した記載になっており、また、上記「所長代行者」につきSMFの代表者として行動する権限があることを示すために本来必要であるはずの「特定の委任状」の添付もない。
(イ)また、上記(ア)の追加契約書は、平成28年(2016年)中に作成されたものとして提出されているが、遅くとも平成29年(2017年)4月に始まる被告代理人と原告代理人の交渉の中で、原告側に開示されたことがなく、本件訴訟においても、特に契約の有効期間を延長する旨の合意書として自ら提出した甲39につき、甲39の提出前に陳述した自らの準備書面においては、その存在について知らなかったことをうかがわせる主張をしている(原告第3準備書面2頁ないし3頁)。かかる事情からすれば、甲31と甲39の成立の真正等に係る疑念は払しょくできない。
(ウ)SMFは、平成30年(2018年)9月、本件キャラクターに関し二重譲渡されている問題をいかに処理するかについて、被告に対し、乙13の資料を示し、原告とSMFの両方を提訴して原告との契約が無効であることと被告との契約が有効であることを明らかにするよう提案している。
(エ)被告は、原告に対し、令和元年(2019年)7月31日付け事務連絡(乙23)及び同年9月3日付け事務連絡(乙24)において、和解に応じる条件として、SMFから本件原告ライセンス契約が現在も有効に存在していることを確認する旨の書面を取得することを求めたが、原告のSMFに対する要請にもかかわらず、SMFは沈黙したままであり、上記の確認が得られない状態にある。
イ 仮に本件原告ライセンス契約が有効であるとしても、次の各事情からすれば、当該契約は原告以外の者への許諾と並行してなされた許諾と評価され得るにとどまり、原告は被告に対し、SMFの原告に対する付与により原告が有することとなった本件キャラクターに係る商品化権に関する権利又は法律上保護される利益の侵害を主張できない。
(ア)SMFは、本件キャラクターの商品化の権利の利用を被告が実施していることを知りながら、被告に対して、本件キャラクターの商品化の権利の利用を停止するよう警告したことがなく、被告に対する差止・廃棄請求・損害賠償請求等の法的措置を講じたこともない。
(イ)SMFは、本件TXBB契約の効力が継続していることが明白な時期であった平成26年(2014年)10月に、HainingLightIndustryTradeCo.、Ltd.(以下「訴外香港法人」という。)に対し、本件キャラクターをライセンスする権利を許諾した旨を記載した書面を交付した(乙8)。SMFは、訴外香港法人への二重ライセンス契約を被告に秘して締結しており、被告は、SMFから従前の交渉関係を解消するとか、本件キャラクターの商品化の権利を停止せよとか、訴外香港法人に本件キャラクターをライセンスする権利を授与したから被告が本件キャラクターの商品化の権利の継続を望むのであれば新規に許諾を獲得せよ等の通知を受けたことがない。
(ウ)SMFは、被告に対し、本件原告ライセンス契約を締結したから被告が本件キャラクターの商品化の権利の継続利用を望むのであれば原告から新規に許諾を獲得せよ等の通知も行っておらず、原告から本件原告ライセンス契約の有効性を書面にて確認されたい旨の要請を受けても、一貫して、執拗に、断固として無視し続けている。逆に、SMFは、前記のとおり、本件キャラクターに関し二重譲渡されている問題をいかに処理するかについて、被告に対し、原告とSMFの両方を提訴して原告との契約が無効であることと被告との契約が有効であることを明らかにするよう提案すらしている(乙13)。
(3)被告が本件TXBB契約を承継したか(争点2−1)
[被告の主張]
 SMFと被告を当事者とする、平成25年(2013年)3月20日付の合意書(乙5)、同年8月1日付けの合意書(乙6)及び同月5日付けの合意書(乙7)がSMFの当時の所長と被告代表者であるDの両名の署名と捺印により締結されているところ、これらのやり取りは、被告が本件TXBB契約上のTXBBの地位及び権利義務の承継する者としての立場・資格で被告映画の製作・配給及び本件キャラクターの商品化を現に実施しており、SMFとしてもそのことを重々承知している状況の下に行われたものであるから、本件TXBB契約上のTXBBの地位及び権利義務の被告への承継についてSMFが承諾を与えていたことは明らかというべきである。
 また、上記の経緯からすれば、少なくとも、SMFが、原告に対して本件キャラクターの商品化の権利を二重にライセンスした後に、本件TXBB契約上のTXBBの地位及び権利義務の被告への承継を承諾しなかったかのように主張することが信義則違反・禁反言(民法第1条2項)又は権利濫用(民法第1条3項)として許されないことは明らかである。
[原告の主張]
 本件TXBB契約の当事者でありライセンシーであるのは、TXBBであって被告ではない。被告は、本件TXBB契約上のTXBBの地位及び権利・義務を、SMFの承諾の下に承継したと主張するが、SMFがかかる承継に対する承諾を与えた事実はない。
(4)本件TXBB契約の更新の有無等(争点2−2)
[被告の主張]
 次のとおり、延長料の支払の不存在にもかかわらず本件TXBB契約が今日まで延長されていることは明らかであるし、少なくとも、SMFが、本件TXBB契約を締結した際に提供した銀行口座を閉鎖し、かつ、被告から再三の問い合わせにもかかわらず、延長料の送金先銀行口座の指定を拒絶しておきながら、延長料の支払の不存在を指摘して本件TXBB契約の契約期間の延長の効果発生を否認するかのように主張することは信義則違反・禁反言(民法第1条2項)又は権利濫用(民法第1条3項)として許されない。
ア 本件TXBB契約5条(2)は、TXBBに対し、延長オプション(一方的予約完結権)を与えたものであって、3万米ドルの延長料の支払を契約期間の延長の効果発生のための要件とするものではない。そして、被告は、その構成員であったTXBBの代理人弁護士を通じて、平成26年(2014年)11月13日付通知書(同月17日に配達済み乙8)及び同年12月25日付通知書(同月29日に配達済み・乙9)をSMFに送付し、本件ライセンス契約書に基づく延長オプション(一方的予約完結権)を行使する、ついては所定の延長料を支払うのでSMFが受領する銀行口座を指示されたい旨の通知を行って当該延長オプションを行使し、また、3万米ドルについても弁済の提供を行っている。
イ 被告は、SMFに電話をかけたが、本件の対応責任者の不在が伝えられるのみであったし、平成26年(2014年)12月26日、本件TXBB契約を締結した際にSMFから提供されたSMFの銀行口座宛に延長料の振込みを試みたが、当該銀行口座が閉鎖されていたために、支払を完了することができなかった(甲21)のであり、被告は、延長料の支払を行うために必要かつ相当な調査・連絡を想定しうる限りすべて行っている。もとより、本件TXBB契約書には延長料の支払期限の定めがないので、同契約の準拠法である日本法の下では、その支払義務はいわゆる「期限の定めのない債務」にあたるところ、SMFは、被告ないしTXBBに対し、延長料の支払請求ないし催告(民法第412条3項)を行っていない。
[原告の主張]
 本件TXBB契約5条(2)は、「TXBBはSMFに対して3万米ドルを支払うことにより許諾期間をさらに10年延長することができる。」と定め、3万米ドルの延長料の支払を許諾期間延長の要件としている。ところが、SMFに対して延長料の支払はされていない。よって、本件TXBB契約の許諾期間は延長されておらず、本件TXBB契約は平成26年(2014年)12月末日をもって終了した。
 なお、この点、TXBBは、平成27年(2015年)2月11日付書状(甲21)にて、SMFに対して延長料の支払をすべき振込口座を問い合わせたが、SMFからは、いかなる契約も結ばないとの通知を受けて(甲20)引き下がり、その後、SMFに対して何ら異議を述べていない。
(5)SMFによる本件TXBB契約の解約の有無・有効性(争点2−3)
[原告の主張]
 本件TXBB契約は既に解除されている。解除に至る経緯は次のとおりである。
 そもそも本件TXBB契約による許諾地域は、世界の全ての国と地域から旧ソ連諸国を除いた地域である(甲17)。ところが、平成26年(2014年)5月、被告が作成したチェブラーシカの映画(以下「被告映画」という。)の上映がロシアにおいて開始された。SMFはこれを契約違反であるとし、上映の中止を求めたため、一度は上映が中止された。この時の被告からSMFへのメールが甲19であり、そこには被告が上映の再開を求める旨が明記されている。しかしながら、その後、同年11月、上映が再開された。
 本件TXBB契約における許諾の範囲は、本件映画を翻訳、脚色、映画化その他の形で変換した新しい作品を製作する権利と、その新しい作品のコピーその他あらゆる形で使用する権利を含むが、これらの権利が与えられるのは旧ソ連諸国以外の国と地域のみである(甲17)。ロシアでの上映行為は本件TXBB契約によって許諾されておらず、同契約の違反である。
 この契約違反に基づき、SMFは本件TXBB契約を解除した。当該解除の意思表示は、遅くとも平成27年(2015年)4月13日付けの書状(甲20)によって、「TXBBが契約の重要項目に違反したので、アニメ映画の独占的利用権の付与に関するいかなる契約についてもTXBBとは結ぶことができないと考える」旨を述べるところより、明らかになっている。
[被告の主張]
 次のとおり、本件TXBB契約について、解除原因は存在せず、また、解除の意思表示も存在しない。
ア 平成26年(2014年)5月のロシアにおける被告映画の上映は、被告が行ったものではなく、Aの事務所が主体となって実施されたものであり、被告は、Aの要請に基づき、ロシア国内の権利処理をAの費用と責任において行う条件の下に、被告映画の素材を提供したにすぎないから、か
かる行為は、本件TXBB契約に違反するものではなく、解除原因を構成しない。
イ SMFは、TXBBないし被告に対して、上記ロシアでの被告映画の上映を解除原因とした解除の意思表示を行っていない。甲20の書状は、TXBBないし被告に対して、本件TXBB契約の解除を通知したものではない。
(6)SMFの被告に対する黙示の利用許諾の有無(争点2−4)
[被告の主張]
 仮に本件TXBB契約の被許諾者の地位が被告に承継され、現在まで継続してSMFと被告との間に有効に存在することが証拠上認められないとしても、次の点からすれば、本件TXBB契約とは別途に、SMFは被告に本件キャラクターの商品化の権利の利用を黙示的に許諾している。
ア SMFは、本件TXBB契約書の記載の初回のライセンス期間の終了日である平成26年(2014年)12月31日以降も、被告が本件キャラクターの商品化の権利利用を継続している事実を承知しながらも、被告に対して、当該商品化を中止するよう請求していない。
イ SMFは、被告に対し、「現在の契約」について将来における「合意解約」と「追加対価」の支払を提案し、当該商品化の権利の利用については被告との直接の関係で「有効な協議」を継続して行うことによって解決する旨の意思表示を行った。
[原告の主張]
 SMFは被告に黙示の利用許諾を与えてはいない。SMFは、甲7の陳述書において、原告に独占的利用権を与えたこと、及び、本件TXBB契約に基づいて被告が本件キャラクターを利用する権利はないことを言明しているし、そもそも甲20の書状からして、SMFが本件TXBB契約を否定する意向を通知していることは明らかである。
(7)被告の主観的要件(争点3)
[原告の主張]
 被告は、原告が日本において本件キャラクターの独占的利用権を有することを、遅くとも原告の平成28年10月11日付通知書(甲4の1)により、同通知書の到達日である同月12日(甲4の2)に認識した。よって、遅くとも同日以降、被告は、上記被告の行為が、原告の独占的利用権を侵害することを明確に認識していたのであり、被告の原告に対する独占的利用権侵害行為は故意によってなされたものである。
[被告の主張]
 原告の平成28年10月11日付通知書(甲4の1)によっても、被告は、原告が日本において本件キャラクターの独占的利用権を有することを認識できるものではなく、また、被告は自らも許諾を受けていることから、たとえ原告が日本において本件キャラクターの独占的利用権を有していたとしても、被告の行為が当該独占的利用権を侵害することを被告が認識することもなかった。
(8)不法行為と相当因果関係を有する損害及びその額(争点4)
[原告の主張]
 原告に独占的利用権が許諾された平成28年(2016年)10月12日以降、本訴訟提起日までの被告商品の売上は、5億円を下らない。また、本件の著作物の利用料率は20%を下らない。よって、被告の行為によって原告が被った損害は、著作権法114条3項の適用又は準用により、1億円を下らない。
 さらに、この損害と相当因果関係のある弁護士費用は、1000万円を下らない。
 したがって、原告が被った損害は、1億1000万円を下らない。
[被告の主張]
 原告の上記主張は、争う。
 平成28年10月12日以降の被告製品の製造・販売又はそれらの許諾により被告が得た収入は176万1241円である。また、キャラクターの利用料率はせいぜい5%とされるのが通常である。
 加えて、著作権法114条3項の適用又は準用に当たっては、本件キャラクターの原著作物の著作者が受けるべき金銭との割合で按分されたものにしかならない。また、被告商品における新作映画の創作的部分及び商品化事業者が新規に加えた創作的部分の寄与についても考慮されるべきである。さらに、本件原告ライセンス契約が仮に原告とSMFとの間に有効に存在するとすれば、同契約は、原告は日本における本件キャラクターの商品化を行うことにより収入を得た場合、SMFにその収入に応じた対価を支払うべく約定しているはずであるから、原告がSMFに支払うべき約定額分は控除されなければならない。第3 当裁判所の判断
1 争点1(原告の被告に対する損害賠償請求の成否)
(1)本件において、原告は、本件キャラクターに係る商品化権に係る権利又は法律上保護される利益として、独占的利用権を有する旨主張する。しかして、独占的利用権者は、商品化権の権利者に対し、契約上の地位に基づく債権的請求権を有するにすぎないが、このような地位にあることを通じて本件キャラクターに係る商品化権を独占的に使用し、これを使用した商品の市場における販売利益を独占的に享受し得る地位にあることに鑑みると、独占的利用権者がこの事実状態に基づいて享受する利益についても、一定の法的保護が与えられるべきである。そうすると、独占的利用権者が、契約外の第三者に対し、損害賠償請求をすることができるためには、現に商品化権の権利者から唯一許諾を受けた者として当該キャラクター商品を市場において販売しているか、そうでないとしても、商品化権の権利者において、利用権者の利用権の専有を確保したと評価されるに足りる行為を行うことによりこれに準じる客観的状況を創出しているなど、当該利用権者が契約上の地位に基づいて上記商品化権を専有しているという事実状態が存在するといえることが必要というべきである。
 そこで、本件事案に鑑み、まず、争点1−2(原告がSMFとの契約により付与されたと主張する独占的利用権に基づく、原告の被告に対する損害賠償請求の成否)について検討することとする。
(2)上記第2の1の前提事実並びに各掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
ア 平成17年(2005年)3月21日、TXBBは、SMFとの間で本件TXBB契約を締結し、本件キャラクターの商品化等に係る独占的利用につき許諾を受け、以後、現在に至るまで、わが国において、本件キャラクターを利用した商品の販売を行っている。本件TXBB契約による許諾1の期間は、平成26年(2014年)12月31日までであるが、TXBBがSMFに対し3万米ドルを支払うことにより更に10年延長することができ、以降も同様に延長できることとされた。(甲17)
イ 平成24年2月2日、TXBBや株式会社フロンティアワークスなどを組合員とする有限責任事業協同組合契約が発効し、有限責任事業協同組合である被告が設立された。(弁論の全趣旨)
ウ 平成25年(2013年)3月20日、被告とSMFは、両者が「チェブラーシカ」と称するキャラクターを利用した映画製作及び商品化のための権利利用に関する両者の間のライセンス契約の条件につき協議を行う意思があることを表明した上、ライセンス契約の平成25年(2013年)中の署名に向けて努力することなどが記載された「レター・オブ・インテント」と題する書面を作成した。その後、両者は、同年8月には、日本で製作された「チェブラーシカとサーカス」等の被告映画につき、同年中を有効期間として、SMFが被告映画の購入希望者との間で販売交渉を行うことを被告がSMFに対し許諾すること等を内容とする合意書面を作成した。(乙5ないし7)
エ 平成26年(2014年)、被告の組合員の職務執行者であるD(以下「D」という。)は、Aから被告映画をロシア国内で上映する企画につき相談を受けたため、Aの弁護士からの見解も考慮の上、本件映画あるいは本件映画のパペット等の視覚的表現について権利を主張する者の権利処理は全てAの事務所ないし有限責任会社チェブラーシカ(以下単に「A等」ということがある。)の責任と費用負担により行ってもらう条件を付して、被告に帰属する権利範囲との考えに基づき、A等に対し、ロシア国内での上映を許諾し(乙18)、同年5月20日、SMFの当時の副所長に対し、被告の上記許諾行為について説明した。そして、その際には、SMFからは、同行為を非難する旨の回答がされ(甲22、甲23、乙18)、A等によるロシア国内での被告映画の上映は、SMFの抗議等により一旦は見合わせられた。しかし、その後、同上映は、結局その約半年後である同年11月頃になって開始され、これに対し、SMFから特段の異議が留められたことはなかった。(乙18、乙19)
オ 平成26年(2014年)秋頃、SMFは、訴外香港法人に対し、本件キャラクターの商品化権をライセンスしたところ、まもなくTXBBがこれを知るに至った。そして、同年11月13日付で、TXBBの代理人弁護士は、SMFに対し、SMFが訴外香港法人に対して、本件キャラクターの商品化権を二重にライセンスしたことを抗議するとともに、更新料3万米ドルの振込先口座の情報を提供することを求める内容の通知を行った(乙8)。しかるに、SMFは、訴外香港法人の件について、原告に対し何らの回答・反論もしなかった。(乙10)
カ 平成27年(2015年)2月11日付けで、TXBBは、代理人を通じて、SMFに対し、上記オの口座の情報を提供するよう重ねて求めた。これに対し、SMFは、同年4月13日付けで、TXBBに対し、組合員となっている被告による被告映画の前記上映許諾が本件TXBB契約に違反した旨を主張してTXBBを非難し、更新料の支払に必要な合意書の作成を拒絶する旨を通知した。(甲20、甲21)
キ 平成27年(2015年)5月31日、TXBBは被告を脱退した。(甲24)
ク 平成28年(2016年)8月18日付で、本件原告ライセンス契約書が作成され、原告代表者とSMFのCが署名した。同契約書においては、SMFが原告に対し、本件キャラクターを使用するための独占的利用権を付与する旨が記載されており、これにより、原告は、SMFとの間で、本件キャラクターの商品化権等に係る独占的利用権を付与される内容の本件原告ライセンス契約を締結した。(甲1、甲38)
 しかし、その後、原告が、本件原告ライセンス契約に基づいて、本件キャラクターを付すなど本件キャラクターを利用した商品を、日本において販売したことはない。
ケ SMFは、前記カのTXBBへの拒絶通知や上記クの本件原告ライセンス契約書作成をしたものの、これらの行為に際しても、TXBBないし被告等に対し、権利侵害に係る警告を行い、あるいは、利用行為の差止請求や損害賠償請求等の法的措置をとることはなく、また、原告からサブライセンスを受けるよう通告したりすることもなかった。(弁論の全趣旨)
コ 平成28年(2016年)10月以降、原告は、被告に対し、被告による本件キャラクターの利用に係る法的根拠を問い質す通知を行い、さらに、本件TXBB契約が終了した旨のSMFのCの陳述書を添付する等して被告の主張する法的根拠を否定した上で、被告が本件キャラクターの利用継続を望むなら、一定の経済的条件の下で原告との協業(原告からのサブライセンスを受けること)を求めた(甲4ないし7)。これに対し、被告は、原告に対し、従前からSMFの主張態度に係る不信感を払しょくできないため、原告との協業(原告からのサブライセンス)を検討する前提として、SMFと被告との間に従前生じた一切の法律上の問題の包括的な解決につき協議・合意するための権限をSMFから直接授与されていることを委任状等により示すことを求めた。(甲13、甲15)
サ 本件訴訟提起後の平成30年(2018年)9月、被告の組合員の職務執行者であるDがモスクワ所在のSMFの事務所を訪問したところ、SMF側は、Dに対し、本件キャラクターに関し二重譲渡されている問題をいかに処理するかについて、被告に対し、原告とSMFの両方を提訴して原告との契約が無効であることと被告との契約が有効であることを明らかにするよう提案する旨が記載され、また、契約の具体的な改訂案も記載された書面を交付した。(乙10ないし13)
シ 被告は、本件訴訟において、原告との和解協議を行う前提として、本件原告ライセンス契約書等による契約が現在も有効に存続していることをSMFが認める内容の書面、及び同書面の作成名義人の代表権を証明する書面等をSMFから入手するよう原告に求めた。これを受けて、原告がSMFに連絡文書を送ったが、SMFからは何らの回答も出されなかった。(乙24、弁論の全趣旨)
(3)かかる事実経過に鑑みれば、そもそも原告は、本件原告ライセンス契約に基づいて、本件キャラクターを付すなどにより本件キャラクターを利用した商品を日本において独占的に販売するなど、自ら当該商品化権を専有しているという事実状態を生じさせているものではない上、本件原告ライセンス契約に至る状況等をみても、被告が本件TXBB契約等を通じ日本における当該キャラクター商品の販売を継続していたという状態であるのに、権利者とされるSMFにおいて、本件原告ライセンス契約により原告の利用権の専有を確保したと評価される行為がされたとはいえず(SMFは、被告ないしTXBB等に対し、権利侵害に係る警告、利用行為の差止請求や損害賠償請求、原告からサブライセンスを受けるよう求める通告等をいずれも行っておらず(前記(2)ケ)、また、本件訴訟提起の前後を通じても、原告が被告とサブライセンス契約の締結交渉を企図する中で、原告から求めがあったにもかかわらず、原告が本件キャラクターの独占的利用権を有することを書面などにより明確にする等の具体的な対応を一切とらず、さらに、被告に対し、利用権を被告と原告の双方に設定した、いわば二重譲渡の状態にあることを認めつつ被告の利用権を優先させるかのような姿勢を見せていた(前記(2)コ、サ)。)、かえって、SMFは、上記契約の更新期前の時期には、被告との間で被告への利用権設定に向けての交渉や被告映画の販売交渉等に係る合意を行い、また、訴外香港法人に対し本件キャラクターの利用権を付与するなどの状態となっていたものである。
 そうすると、このような本件事案における事実状態をもってしては、権利者とされるSMFによって、利用権者たる原告の利用権の専有を確保したと評価されるに足りる行為が行われたとはいえず、SMFによって、原告が、現にSMFから唯一許諾を受けた者として当該キャラクター商品を市場において販売している状況に準じるような客観的状況が創出されているなど、原告が契約上の地位に基づいて上記商品化権を専有しているという事実状態が存在しているということはできないというべきである。
 したがって、原告は、被告に対し、独占的利用権が侵害されたとして損害賠償請求をすることはできないというほかない。
(4)これに対し、原告は、SMFの代表者であったCが、その陳述書(甲7)において、原告に独占的利用権を与えたこと、及び本件TXBB契約に基づいて被告が本件キャラクターを利用する権利はないことを言明していることなどから、原告の独占的利用権の侵害による被告の不法行為が成立する旨を主張する。
 しかしながら、前記のとおり、原告において本件TXBB契約が終了した旨を主張する平成26年12月31日以降、現時点に至るまで、SMFから被告に対し、本件キャラクターの利用につき警告や法的措置が何ら取られていないこと、本件訴訟提訴後の平成30年において、被告の組合員の職務執行者であるDに対し、本件TXBB契約が終了した旨を明確に主張していないこと、上記Cの陳述書(甲7)以外に、原告に対する本件キャラクターの独占的利用権の付与を積極的に認める姿勢を明らかにした形跡が全く見当たらないことなどからすれば、権利者とされるSMFにおいて、原告への利用権設定に当たりその専有を確保したと評価されるに足りる行為を行い上記に準じる客観的状況を創出しているといえないことに変わりはなく、同人が契約上の地位に基づいて上記商品化権を専有しているという事実状態が存在しているということはできないとの前記判断を左右するものではない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない(なお、本件の経緯に鑑みれば、仮に、SMFが、被告に対し、本件TXBB契約の存続を否定する趣旨の主張に及ぶことがあったとしても、そのことから、SMFにおいて、原告への利用権設定に当たりその専有を確保したと評価されるに足りる行為を行い上記に準じる客観的状況を創出しているといえることになるものではなく、原告が契約上の地位に基づいて上記商品化権を専有しているという事実状態が存在しているということができない本件事案の下において、原告の被告に対する、独占的利用権が侵害されたことを理由とする損害賠償請求が肯定されることにはならない。)。
2 結論
 よって、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 田中孝一
 裁判官 横山真通
 裁判官 奥俊彦
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