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【事件名】包装デザインの改変事件B
【年月日】令和元年10月9日
 東京地裁 平成30年(ワ)第22339号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 令和元年7月18日)

判決
原告 A
被告 朋和産業株式会社
同訴訟代理人弁護士 嶋寺基
同 廣瀬崇史
同 長谷部陽平
同訴訟復代理人弁護士 和田祐以子


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、1億2545万5039円及びこれに対する平成30年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、別紙原告デザイン一覧目録の「原告著作権」欄に「◎」印を付された情報成果物並びにその複製及び翻案を行ったデータ類(AI、PSD、EPS、TIFF、PNG等全てのデータ)、出力類(紙出力、フィルム出力)、製版、印刷物を譲渡し、貸し渡し又は販売してはならない。
3 被告は、前項の情報成果物、その複製及び翻案を行ったデータ類(AI、PSD、EPS、TIFF、PNG等全てのデータ)、出力類(紙出力、フィルム出力)、製版、印刷物、並びに平成24年7月4日の原告と被告の面接時に被告が原告から奪った作品集の複製類を廃棄せよ。
4 被告は、別紙謝罪広告目録記載1「掲載の内容」欄記載の内容の謝罪広告を同目録記載2「掲載の要領」欄記載の要領で1回掲載せよ。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告と被告の間において、被告が原告に包装デザインの制作を依頼する旨の契約が締結され、同契約に基づいて原告がデザインの制作を行うという内容の取引(以下「本件取引」という。)が継続してきたところ、原告が、被告において、@上記契約に当たってされた面接の際に、原告の持参した作品集を強奪した、A本件取引の継続中に原告が制作したデザインである別紙原告デザイン一覧目録の「原告著作権」欄に「◎」印を付された情報成果物(以下「原告情報成果物」という。)のデータを詐取し、又は横領した、B本件取引を原告に無断で終了した、C詐取又は横領した原告情報成果物のデータから原告の社会的評価を下げる印刷物を不法に制作して顧客に売却し、原告の名誉を毀損した、D本件取引に当たり下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という。)に違反する行為をしたと主張して、被告に対し、民法709条に基づき、@損害金1億2545万5039円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達日の翌日)である平成30年1月30日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払、A原告が制作した原告情報成果物等の譲渡等の差止め、B原告情報成果物等の廃棄及びC謝罪広告の掲載を求める事案である。
 原告は、被告に対し、別紙原告デザイン一覧目録記載の原告の制作物1305点の著作権及び著作者人格権の侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求等をしていたが、平成30年11月30日の本件口頭弁論期日において、上記各請求を放棄した。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者
ア 原告は、昭和63年頃から「デザインスペース」の名称でデザイン等を業として請け負っているデザイナー(個人事業者)である。
イ 被告は、紙、セロファン、ポリエチレン及びビニールの印刷、加工、販売等を目的とする株式会社(資本金5億円)であって(甲7)、包装フィルムの製造委託を受けている。
(2)原、被告間の取引
 原告及び被告は、平成24年7月頃から平成28年7月頃までの間、本件取引を行った。
(3)原、被告間の別件訴訟
 原告は、平成28年7月15日、被告に対し、被告において、被告の委託に係る原告制作の食品包装デザイン26点を無断で修正し、原告の著作権(複製権、翻案権及び譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害したなどと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起した(同裁判所平成28年(ワ)第23604号損害賠償請求事件。以下「前訴」という。)。同裁判所は、平成29年11月30日、原告において、被告による上記デザインの使用及び修正を当初から包括的に承諾していたことなどを理由として、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡し、同判決は確定した(乙1)。
第3 当事者の主張
1 原告の主張
(1)事実経過
ア 原告は、昭和63年頃から平成23年頃まで、有限会社スタジオパレット(以下「スタジオパレット」という。)の専属外注デザイナーとして、同社が被告を含めた顧客から依頼を受けた商品の包装デザインの制作等の業務に従事していたが、平成23年頃に同社との専属デザイナー契約を解消した。
イ 原告は、平成24年7月4日、被告から包装デザインの依頼を受けることを目的として被告に赴き、被告の担当者と面接した(以下、この面接を「本件面接」という。)。本件面接の担当者は、被告営業本部営業管理部次長B(以下「B次長」という。)、被告営業本部マーケティング部(以下、単に「被告マーケティング部」という。)次長C(以下「C次長」という。)らであり、原告は、履歴書、履歴書に添付した配付用のデザイン1枚(A4サイズのもの。甲10の2)、30点程度の包装デザインの作品集(以下「本件作品集」という。被告の同業である他の印刷会社から依頼のあった原告の営業秘密の作品集である。)等を持参した。
 B次長は、本件面接において、原告を外注デザイナーとして採用することを決め、原告に対し、「仕事は必ず出し続ける。仕事がなかったらいつでも電話していいからね。」と述べた。そして、C次長は、原告に対し、包装デザインの制作料につき、「仕事を多数出すことを条件に、山崎製パンのデザインだけは1万円、その他のメーカーは1万5000円です。」と説明した上、「仕事は必ず出しますから。」などと言って、本件作品集を無理矢理奪い去った。
ウ 本件面接の翌日、被告マーケティング部の担当者Dから原告に電話があり、山崎製パンのデザインであっても、筆文字やイラストが入った場合には手間がかかるので1点1万5000円でお願いしたいとの申出があり、原告はそれを了承した。
 その後、被告担当者から原告に対して包装デザインの発注がされるようになった。
エ 被告は、原告に対し、本件取引が開始してから14か月間は、発注額が月額平均50万円を超える多数の仕事を発注し、デザインの修正、展開(味違いのシリーズ品)、版下(製版用の原稿)等の依頼もしたので、原告は、被告の専属デザイナーとして、被告からの発注を引き受けられる態勢をとっていた。
 しかしながら、被告は、本件取引開始から14か月経過後の平成25年9月頃からは、原告に無断で発注量を半数に減らし、制作料も1点1万5000円との合意に反して1万円にするなどした上、被告マーケティング部からの発注としては平成28年1月21日を最後に、被告マーケティング部大阪分室(以下、単に「被告大阪分室」という。)からの発注としては同年7月12日を最後に、本件取引を無断で終了した。
(2)被告の違法行為
ア 本件作品集の強奪
 C次長は、本件面接終了後、原告が持参した本件作品集を持ち去り、その後、原告からの返却の求めにかかわらず、平成24年11月6日までの約4か月間返却せず、その一部である約5、6枚を返却しなかった。被告は、この間、本件作品集を複製したほか、本件作品集中の原告の包装デザインに示された食品会社等に対して、原告に別途デザイン制作をさせたデザインを提案して信用を得るなど、本件作品集を被告の営業活動に利用した。これは、本件作品集の強奪に該当し、違法である。
イ 原告情報成果物であるデザインのデータの詐取、横領又は業務上横領被告は、原告に対し、多数の仕事を発注し続けるとの前提で低額の単価(ボリュームディスカウント)でデザインの制作を発注した上、原告の制作したデザインを忠実にフィルムに1枚出力して、顧客に印刷見本として見せると偽り、フィルム出力のためでない目的、すなわち被告が不正に修正費、変更費、版下費及び印刷代金等を売り上げる目的で原告情報成果物のデータを被告に納品させた。これは、原告情報成果物のデータの詐取、横領又は業務上横領に該当し、違法である。
ウ 無断での取引終了
 被告は、平成24年10月頃に本社ビルを移転し、平成25年5月頃に被告大阪分室を設立するなどして事業を拡大し、同業他社には引き続き発注を行っているのであるから、原告への発注を減らし、さらには本件取引を終了する理由は全くない。被告が本件取引を終了するには、一定の予告期間か損失補償が必要であるが、被告はこれをしていない。被告がこのように無断で本件取引を終了したことは違法である。
エ 名誉毀損
 被告は、顧客に対して、原告情報成果物であるデザインを、被告のデザインであり被告に印刷を依頼すれば独占的に使用できるなどと述べ、原告の許諾なく、原告情報成果物のデータから改変した原告の社会的評価を下げる印刷物を不法に作成し、顧客に売却して公開した。これは、原告の名誉を毀損するものであり違法である。
オ 下請法違反
 原告は下請法2条8項に規定する「下請事業者」に、被告は同条7項に規定する「親事業者」に、本件取引は同条3項に規定する「情報成果物作成委託」に、原告情報成果物は同条6項に規定する「情報成果物」に該当するところ、被告の行為は以下のとおり下請法に違反する。
(ア)下請法4条1項1号違反(受領拒否の禁止)
 被告は、発注者の立場を利用して、納品前のデザイン(絵画)について、原告のミスを原因としない修正作業であっても、原告がこれを行わなければ納品に応じなかった。これは、下請法4条1項1号に定める受領拒否の禁止違反に該当する。
(イ)下請法4条1項3号違反(下請代金の減額の禁止)
 原、被告間の契約では、1点当たりの制作料の単価は1万5000円と定められており、原告と被告との合意によっては制作料の減額は正当化できないところ、被告は、この金額を、イラストのみ又は文字のみのデザインの制作依頼をしたり、納品前の修正作業を強要したりすることにより減額した。これは、下請法4条1項3号に定める下請代金の減額の禁止違反に該当する。
(ウ)下請法4条1項5号違反(買いたたきの禁止)
 被告は、多数の仕事を発注し続けることを前提に制作料を1点1万円ないし1万5000円という低い単価にした上、更に単価を1万円に減額することや、作業内容が増加しても単価を増額しないこともあった。そして、この単価は、全て指値であり、かつ同業他社と比較して半額程度の単価設定にして原告を差別し、さらには、無断で仕事の数量を減らし続けたものである。また、被告は、原告とイラスト制作のみや筆文字制作のみを行うことを契約していないにもかかわらず、発注者の立場を利用して、原告への制作料を減額するため、デザインの仕事を発注せず、イラストや筆文字のみの部分的な仕事を発注し、制作料の単価を下げた。その上で原告に無断で発注量(ボリュームディスカウントの数量)を減らした。これらは、下請法4条1項5号に定める買いたたきの禁止違反に該当する。
(エ)下請法4条1項6号違反(購入・利用強制の禁止)
 被告マーケティング部E(以下「E」という。)は、原告に対し、被告からの仕事をする上で必要であり、版下等の他の仕事も出すことができるからなどと言って株式会社モリサワの販売する文字書体であるフォント(以下「本件フォント」という。)を導入するように求めた。そこで、原告は、必要もないのに同社と年間契約を結び、本件フォントを使用できるようにした。原告は、本件フォントを必要としておらず、20年以上契約したことがなかった。これは、下請法4条1項6号に定める物の購入強制又は役務の利用強制の禁止違反に該当する。
(オ)下請法4条2項3号違反(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)
 被告は、原告に無断で原告情報成果物のデータを利用して修正費、変更費、版下費、版下修正費等を売り上げ、また、原告の制作したデザイン(甲41の2ないし4、甲45の7と甲129の7、甲53と甲137の1及び甲67と甲151の1ないし10など)を忠実にフィルム1枚の出力をするための使用の範囲を超えて、原告に事前の許諾を得ずに、密室で原告のデータを保存した場所から業務上横領し、違法に印刷物を作り上げ、第三者をだまして売り渡し、事後のばく大な利益を得た。これは、下請法4条2項3号に定める不当な経済上の利益の提供要請の禁止違反に該当する。
(カ)下請法4条2項4号違反(不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止)
 被告は、発注者の立場を利用して、原告に仕事を発注できるか否か不明であるのに、原告に自宅で待機するように指示した上、当該仕事を後にキャンセルした。また、被告は、発注者の立場を利用して、納品前のデザイン(絵画)について、原告のミスが原因ではない修正作業であっても、原告がこれを行わなければ納品に応じなかった。これは、下請法4条2項4号に定める不当な給付内容の変更又はやり直しの禁止違反に該当する。また、一定期間の契約が存在しながら、ボリュームディスカウントで定めた数量を無断で減らし、制作料の単価を変更し、又は発注を停止することは、同号に定める不当な給付内容の変更の禁止違反に該当する。
(キ)下請法4条1項7号違反(報復措置の禁止)
 被告大阪分室は、原告による前訴提起後に原告への発注をやめ、原告に対して、取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いを行った。これは、下請法4条1項7号に規定する報復措置の禁止違反に該当する。原告は、前訴提起後、被告の下請法違反行為につき、公正取引委員会に通報した。
(ク)親事業者の義務
 被告は印刷会社であり、外部から預かったデータは、全てを著作物として扱う義務があり、注意・管理責任がある。原告から見積りを取らず、十分な協議も行わず、知的財産権の譲渡対価も支払わずに下請事業者の財物である絵画のデータをボリュームディスカウントの低額で奪い取り、無断で取引を終了し、詐取する行為は、親事業者の義務違反に該当する。下請取引の公正化及び下請事業者の利益保護のため、親事業者には、書面の交付義務(下請法3条)、支払期日を定める義務(同法2条の2)、書類の作成・保存義務(同法5条)、遅延利息の支払義務(同法4条の2)の4つの義務が課されている。
(ケ)親事業者の禁止事項
 下請取引の公正化及び下請事業者の利益保護のため、親事業者には、受領拒否の禁止(下請法4条1項1号)、下請代金の支払遅延の禁止(同項2号)、下請代金の減額の禁止(同項3号)、返品の禁止(同項4号)、買いたたきの禁止(同項5号)、購入・利用強制の禁止(同項6号)、報復措置の禁止(同項7号)、不当な経済上の利益の提供要請の禁止(同条2項3号)、不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止(同項4号)の禁止事項が定められている。たとえ下請事業者の了解を得ていても、また、親事業者に違法性の意識がなくても、これらの規定に触れるときには、同法に違反する。
(3)損害
 被告の違法行為により、原告は以下の合計額である1億2545万5039円の損害を被った。
ア 4315万8539円
 別紙一覧表の「対比表原告デザインの番号(甲号証)」欄記載の原告情報成果物について、原告が同種又は類似の給付をした場合に市価で支払われる制作料の対価に基づいて算出した金額であり、同一覧表の「損害賠償デザイン料」欄記載の金額の合計額である。
イ 8229万6500円
 以下の(ア)と(イ)は選択的に請求する。
(ア)別紙原告デザイン一覧目録記載の1305点のうち別紙一覧表に記載されていないもの(原告デザイン一覧目録のうちの無色の項目)及び同目録記載938及び939の別案分について、右端の赤丸印を10万円、緑丸印を5万円として合計した9150万円から被告の既払金920万3500円を差し引いた8229万6500円
(イ)被告が同業他社に支払っている制作料額である月額100万円に、本件取引開始時である平成24年7月から平成30年9月までの75か月に本件取引を終了するための猶予期間として相当な期間である12か月を加算した87か月を乗じた8700万円に消費税5%又は8%を加算した金額である9333万円から被告の既払金920万3500円を差し引いた8412万6500円の一部
ウ 下請代金(下請法2条10項)の未払に該当する場合には、被告は納品日から起算して60日を経過した日以降は年14.6%の割合の遅延利息の支払義務を負う(同法4条の2)。
2 被告の主張
(1)事実経過について
ア アについて
 原告がスタジオパレットの外注デザイナーであったことは認め、その余は不知。
イ イについて
 平成24年7月4日に原告が被告担当者と本件面接をしたこと、B次長及びC次長が原告との本件面接に参加したこと、原告が履歴書及び本件作品集を持参したことは認め、その余は否認する。
 そもそも、被告において、原告のような被告外部のデザイナー(以下「外部デザイナー」という。)は、被告社内のデザイナー(以下「社内デザイナー」という。)だけでは手が足りない場合の補完的なものと位置付けられている上に、本件面接当時、被告は、原告の実力や仕事に対する姿勢も分からない状況であったから、原告に対し、仕事を必ず出し続けると約束することはあり得ない。また、制作料は作業内容によって異なるから、一律の制作料を提案することもあり得ない。
ウ ウについて
 被告担当者が、本件面接の翌日、電話で原告に対して包装デザインの制作を依頼したことは認め、その余は否認する。
エ エについて
 被告が原告に対してデザインの制作(シリーズ品のデザインの制作を含む。)及び修正を依頼したことは認め、その余は否認する。
(2)被告の違法行為について
ア 本件作品集の強奪について
 否認する。
 被告は、外部デザイナーの採用に当たり、社内デザイナー等に、当該外部デザイナーの作品集を精査・確認させ、その結果を基に外部デザイナーの実力、得意分野、個性等を社内データベースに登録して、データベースの情報等を基に仕事を依頼するかどうかの検討をしている。C次長は、上記検討のために本件作品集を預かったのであり、強奪などしていない。
イ 原告情報成果物であるデザインのデータの詐取、横領又は業務上横領について
 否認又は争う。
 原、被告間に、ボリュームディスカウントの合意など一切ない。また、原、被告間には、原告が制作したデザインを被告が自由に修正等して利用できる旨の合意があった。
ウ 無断での取引終了について
 否認又は争う。
 原告のような外部デザイナーへの発注の有無、内容及び程度等は、被告の裁量・ビジネス判断の問題であるし、種々の要因により外部デザイナーへの発注量は変化するのであるから、原告との取引の終了について被告が法的責任を負うことはない。
エ 名誉毀損について
 否認又は争う。
 前記イのとおり、被告は原告が制作したデザインを自由に修正等して利用できたから、原告の主張は前提を欠く。
オ 下請法違反について
 下請法の違反は、民事上の不法行為責任を直接基礎付けるものではないから、原告による被告の下請法違反を理由とする不法行為の主張は、主張自体失当である。また、以下のとおり、被告は下請法に違反する行為をしていない。
(ア)下請法4条1項1号違反(受領拒否の禁止)について
 否認又は争う。
 被告が修正作業を指示するのは、依頼内容に沿わないクオリティーの低いデザインが提出されたときのみであり、合理的な理由があるから、これが受領拒否に該当することはない。
(イ)下請法4条1項3号違反(下請代金の減額の禁止)について
 否認又は争う。
 被告は原告に対して発注した後に制作料を減額したことはない。また、制作料の単価を1万5000円とする合意は存在しないし、前記(ア)のとおり、修正の指示には合理的な理由がある。
(ウ)下請法4条1項5号違反(買いたたきの禁止)について
 被告が原告に対しイラスト制作や筆文字制作を依頼したことは認め、その余は否認又は争う。
 原、被告間にボリュームディスカウントの合意はないし、制作料の単価設定も不合理なものではない。また、被告における外部デザイナーの補完的位置付けからして、被告が、外部デザイナーに対し、イラストや筆文字のみを制作することを発注することは当然であり、原告もそれに異を唱えたことはなかった。
(エ)下請法4条1項6号違反(購入・利用強制の禁止)について
 否認又は争う。
 原告が自らの判断で本件フォントを購入したもので、被告が強制したのではない。
(オ)下請法4条2項3号違反(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)について
 否認又は争う。
 前記イのとおり、被告は原告が制作したデザインを自由に修正等して利用できたから、原告の主張は前提を欠く。
(カ)下請法4条2項4号違反(不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止)について
 否認又は争う。
 原告主張の事案に関し、被告は、原告に対し、発注していないのであるから、給付内容の変更はしていない。被告が原告に対し自宅待機を指示したこともない。また、下請法4条2項4号は依頼のキャンセルを一切許さない趣旨の規定でもないから、仮に原告の主張するように、被告が原告への発注を1件キャンセルしたことがあったとしても、同号違反となるものではない。
 被告における包装デザインの制作においては、外部デザイナーと社内デザイナーとの協働が前提とされているから、外部デザイナーである原告からどのようなデザインが提出されても被告が一切修正・調整なく受領しなければならないなどという取引条件を設定することはあり得ない。
 原、被告間に、継続的に大量のデザイン制作を発注するとの合意も、一律の制作料の単価を設定する合意も、いずれも存在しないから、被告による制作料の単価の変更や発注の停止といった行為も存在しない。
(キ)下請法4条1項7号違反(報復措置の禁止)について
 否認又は争う。
 下請法4条1項7号は、下請事業者が公正取引委員会又は中小企業庁長官に対して下請法違反の事実を知らせたことを理由とする取引数量の削減等を禁止しているところ、被告は、原告が上記事実を知らせたことを認識していないから、原告の主張は失当である。
(ク)親事業者の義務について
 否認又は争う。
 原、被告間の契約は、注文書及び受注確認書により締結されており、被告に原告主張の義務違反は存しない。
(ケ)親事業者の禁止事項について
 否認又は争う。
(3)損害について
 否認又は争う。
第4 当裁判所の判断
1 事実認定
 前記前提事実、掲記の各証拠(以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認定することができる。
(1)原告のスタジオパレットの外注デザイナーとしての稼働状況原告は、昭和63年頃から、スタジオパレットの外注のデザイナーとして、同社からデザインや版下制作等の仕事を請け負うようになり、平成3年頃から平成23年3月頃まで、同社の専属デザイナーとして稼働し、同社が被告や食品会社等の顧客から依頼を受けた商品の包装デザインの制作等の業務に従事していた。上記期間中、顧客の指示によって原告制作に係る包装デザインにつき修正作業が必要になったときは、スタジオパレットを通じて原告に対して修正の依頼がされ、原告は、その修正作業を自ら行うほか、仕事が立て込んだ時には他人に委ねたこともあった(乙2の1〔1〜3頁〕、乙5の79)。
(2)被告における包装デザインの位置付け及び制作料
 被告は、製造業者等に対して包装材を販売しているが、包装デザインの提案及び顧客による包装デザインの検討や決定のサポートを行い、当該デザインを採用した包装材を販売する手法をとっており、包装デザインの提示が包装材の販売促進としても位置付けられている。そのため、包装デザインの採否を最終的に決定するのは顧客であるが、顧客の包装デザインに対する意向は、抽象的に示されることがある(乙2の2〔3頁〕、乙6の26、27、証人F(以下「F」という。)〔10頁〕)。
 被告が外部デザイナーに対して新たな包装デザインの制作を発注する際の制作料の単価は、注文する内容により異なるものの、おおむね1万円から2万円までの間の金額である(乙5の74、6の23、証人F〔7、8頁〕)。
(3)本件面接の状況等
 原告は、平成24年7月上旬頃、被告に対し、包装デザインの制作受注の希望を述べ、その頃、B次長、C次長らとの本件面接に臨んだ。本件面接の際、被告から原告に対する具体的な発注量及び発注期間並びに発注する仕事の具体的な内容が話題になることはなかった。原告は、本件面接の場に過去に原告の制作した包装デザインを印刷したもの30点程度をまとめた本件作品集を持参していたが、本件作品集は、本件面接終了時には、C次長の手に渡り、その後、被告は、本件作品集に掲載されたデザインを被告のデータベースに登録した。被告は、同年11月6日頃、原告に対し、本件作品集に含まれる包装デザインのうち、少なくとも大部分を返還した。
 被告は、本件面接の翌日以降、原告に対し、被告の外部デザイナーとして、商品の包装デザインの制作を依頼した(以上、甲11の2、乙2の1〔1〜3頁〕、乙5の79、乙8、9、証人C〔2〜6、8頁〕、証人F〔5頁〕、原告本人〔6、17、19頁〕)。
(4)原告と被告との間の包装デザイン制作に係る作業内容等
 原告と被告との間の包装デザインの制作に係る作業内容、段取りは、おおむね、次のアからケまでのとおりであった。原告と被告の間では、次のア及びイに示されるようにやり取りされる書面以外に、契約書などの書面は作成されなかった(以上、甲22〔4、7、10、13頁〕、甲36の1〜5、乙1、2の1〔4〜9、10、16頁〕、乙2の2〔7、9、12頁〕、乙3の3、乙4の2、乙5の52〜62、79、乙6の3〜10、16、17、19、21、23、26、27、31、35、40、53、62、65、67、75、79、81、106、108、112〜121、乙9、証人F〔3、4、7〜13頁〕、原告本人〔11〜14頁〕)。
ア 被告が食品製造会社その他の顧客からの包装デザインの希望を受け、これを原告に依頼することとした場合には、被告担当者が、原告に対し、求められるデザインの内容を説明するデザイン依頼書、注文書及び補足資料を送付するとともに、電話やメールを通じてデザインの制作を依頼する。
 上記注文書には、依頼の内容、納期及び制作料等の記載があった。制作料は、依頼の内容ごとに異なっており、新規のデザインの発注の場合は、おおむね1点当たり1万円から2万円であったが、既存のデザインの別バージョンの制作(展開)やデザインの修正の場合は、おおむね1点当たり3000円から1万円であった。
イ 原告は、注文を受ける場合には、注文書下方の受注確認書に署名して被告担当者に返送する。
ウ 被告担当者はデザインの制作に必要なデザインデータ、パーツデータ及びその他のデータをサーバーにアップロードし、原告は当該サーバーからこれらダウンロードする。
エ 原告はデザインを制作し、被告担当者に対し、PDFファイルとして電子メールで提出する。原告は、同電子メールに、変更や修正の必要があったら連絡をお願いしたい旨を記載していた。
オ 被告担当者が上記エのデザインを確認及び検討し、必要があれば、原告に対し、修正の指示を出す。このような修正の指示は、被告担当者において、@品名、サイズ、色数等の基本となる情報が正しく反映されているか、A誤植や単純な記載ミスがないか、B商品やブランドの方向性、商品のターゲット層等に対する顧客の要望に沿うデザインとなっているか、C複数のデザインを提案する際のバランスに問題はないか(似たようなデザインになっていないか等)、D線の太さ、再現性、袋の形態等を踏まえ、グラビア印刷の品質の上で問題がないか、といった観点から修正の要否を判断した上で行われる。これらの修正の指示は、被告社内で協議の上行われることもある。
 原告は、このように被告担当者からされる修正の依頼に応じてデザインの修正や変更を行い、このような修正等に対する追加の制作料を請求することはなく、当初提示された制作料の支払を受領していた。
カ 原告は、提出したデザインについて被告担当者の了解を得た後、修正を経たものについては改めてPDFファイルを電子メールで提出するとともに、包装材に反映させる作業等のために、ソフトウェア「フォトショップ」で使用する形式のPSDファイルやソフトウェア「イラストレータ」で使用する形式のAIファイルとして、被告が指定するサーバーにアップロードする。これらのPSDファイルやAIファイルで提供されるデザインは、上記各ソフトウェアを使用して修正することが可能である。
 被告は、包装デザインの制作作業を効率的に行うため、デザインごとに付される番号、作成・修正番号、作業者コードから成る管理番号を用いて提出されるデザインデータの管理などを行っていた。このような管理方法が採られていたため、外部デザイナーも、提出したデザインについて、その後被告の社内デザイナーによる修正がされたことなどを確認することができていた。
キ 被告担当者は、必要に応じて、提出されたデザインを適宜修正した上でデザインを被告の営業担当者を通じて顧客に提案し、顧客は、必要に応じて修正の指示を出す。
ク 被告担当者は、被告内部の業務状況、上記キの顧客による指示内容及び納期等を勘案し、上記キの修正を社内デザイナーに作業させるか原告に依頼するかを決定する。
ケ 顧客の承認、校了を得るまで上記ウからクまでの作業を繰り返す。顧客の承認、校了を得るまで、平均して4ないし5回の修正がされる。被告は、社内デザイナーが上記修正を行う場合も、個別に外部デザイナーの承諾を得ることはしない。
(5)本件フォント導入の経緯
 Eは、平成24年12月頃、原告に対し、本件フォントを導入すればこれを用いるように指定する仕事も受注できるようになり仕事が増える旨述べた。そこで、原告は、同月17日、本件フォントを導入し、その後、本件フォントを用いるように指定する仕事を受注したこともあった(甲30、原告本人〔14〜15、25頁〕)。
(6)平成25年9月頃までの経緯
 原告は、被告の依頼に基づき、上記の手順により継続的に包装デザインを制作していたが、平成25年9月頃には、被告からの仕事の依頼数が減少した。その頃までに、原告は、原告制作によるデザインを利用した包装を、当該包装を用いた商品に係るウェブサイトなどで確認し、原告以外の者により改変されているものがあることを把握するに至ったが、原告以外の者により改変がされていることにつき異議を唱えることはなく、被告に対し、新たな依頼が欲しい旨の要望を繰り返し行っていた(乙2の1〔11〜13、22〜24頁〕、乙5の63)。
(7)原告による制作料改定の依頼
 原告は、平成26年9月4日頃、被告大阪分室の担当者であるF及びGに対し、「デザイン料改定のお願い」と題する書面を送付して、平成25年8月頃から被告の依頼数が従前の半数以下に落ち込んでいることから、被告大阪分室では全ての制作料を1万円としていたものを、被告マーケティング部と同様に、イラスト無しで地紋と品名のみのシンプルデザインの制作料を1万円とし、イラスト又は筆文字のいずれか又は両方を追加する場合は5000円を上乗せするなどとすることを求めた(乙6の107)。
(8)原告以外の者によるデザインの変更など
 原告は、平成27年1月5日までに、被告担当者から、原告が平成26年に制作して顧客の承認を得たデザインの送付を受け、その中には、原告以外の者により改変されたものが含まれていたが、同日、被告担当者に対し、デザインの内容には触れず、「2014採用デザインPDFを頂きました。どうも有難うございます。」と連絡した。また、平成28年1月頃には、被告から依頼を受けて原告が制作した「沖縄ポーク玉子シリーズシーチキンマヨネーズ」の包装デザインにつき被告担当者が修正して顧客の了承を得たことがあったが、同包装デザインについては、被告による修正を原告が承諾していた。そのほかにも、被告は、原告に対し、原告の制作したデザインを被告において改変した後のデザインを送付したことがあったが、これに対して原告は特段の異議を述べなかった(以上、乙1、3の3、4の2、6の5、6、11)。
(9)包装デザイン制作依頼のキャンセルなど
ア 被告担当者は、平成27年7月18日、原告に対し、依頼の可能性があることを前提に、原告が制作した「包丁切りうどん」の包装デザインにつき、商品名の一部が変更される可能性があること、同担当者において筆文字に近いフォントで修正したが、顧客の意に沿わない場合筆文字作成を依頼したいことを伝え、いまだ正式な依頼ではないが、依頼の際には同月21日中の納期で対応できるか否かを照会した。これに対し、原告は、文字の変更と納期の件を承知したこと、いつでも取りかかれる状況にあることを伝えた。結局、この件についての原告に対する依頼はされなかった(甲31の1、乙2の1〔24頁〕、乙6の13〜15)。
イ Eは、平成27年11月4日午後1時14分、原告に対し、同日午前中に原告に対して電話で依頼したデザイン制作について、イラスト部分のデータが支給されることになったのでキャンセルでお願いしたいとの内容のメールを送信した(甲31の2)。
(10)原告による被告からの依頼のキャンセル
 原告は、平成28年1月7日及び同年2月10日、Eから注文のあった仕事2件につき、提示された制作料では引き受けられないとして、これらを断った(乙6の106)。
(11)原告情報成果物の被告による改変についての原告の従前の対応
 原告は、平成28年7月に前訴を提起するまで、原告情報成果物が被告により改変されたことについて、被告に異議を述べたことはなかった。
2 判断
(1)本件作品集の強奪について
 原告は、C次長が、平成24年7月4日の本件面接終了後、原告が持参した本件作品集を持ち去り、被告は、同年11月6日に本件作品集(一部を除く。)を返却するまでの間、本件作品集の複製を作成したり、原告のデザインに示された食品会社等に対して、原告に別途デザイン制作をさせたデザインを提案して信用を得るなど、本件作品集を被告の営業活動に利用した旨主張し、証拠(乙2の1(前訴における原告本人尋問調書)、5の79(前訴における原告の陳述書))及び原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。
 しかしながら、被告が、本件作品集中の原告のデザインに示された会社に対して、原告に別途デザイン制作をさせたデザインを提案する営業活動を行ったことを認めるに足りる的確な証拠はない。また、被告が本件作品集に掲載されたデザインを被告のデータベースに登録したことは前記のとおりであるが、本件作品集の具体的内容が明らかではない上に、被告が上記データベースへの登録以外にこれを使用したことを認めるに足りる証拠もない以上、被告の上記データベースへの登録行為が原告の何らかの権利又は利益を侵害し、かつ、それにより原告に原告主張に係る損害が発生したとは認められない。
 そうすると、仮に、本件面接の際、原告の意思に反して本件作品集がC次長の手に渡ったとしても、そのことにより原告の請求が根拠付けられるものとはいえず、原告の上記主張は採用することができない。
(2)原告情報成果物のデータの詐取、横領又は業務上横領について
 原告は、被告が、多数の仕事を発注し続けるとの前提で低額の単価(ボリュームディスカウント)でデザインの制作を発注した上、原告の制作したデザインを忠実にフィルムに1枚出力して、顧客に印刷見本として見せると偽り、フィルム出力のためでない目的、すなわち被告が不正に修正費、変更費、版下費及び印刷代金等を売り上げる目的で原告情報成果物のデータを被告に納品させ、これは、原告情報成果物のデータの詐取、横領又は業務上横領に該当する旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。
 しかしながら、原告の上記主張は、原告情報成果物につき、被告による使用及び改変が許されないことを前提とするものであると解されるところ、前記1において認定した事実に照らすと、原告は、被告からの依頼に基づいて制作された原告情報成果物につき、被告による使用及び改変を当初から包括的に承諾していたと認めるのが相当である。そうすると、原告の主張はその前提を欠き、採用することができない。
(3)無断での取引終了について
 原告は、本件面接の際、B次長から仕事を出し続けるなどと、C次長から仕事を多数出すなどと言われたとした上で、被告において原告に無断で本件取引を終了したことが違法である旨主張する。そして、原告本人尋問の結果中には、本件面接時のB次長やC次長の発言に係る原告主張に沿う部分がある。
 しかしながら、被告の顧客からの依頼は増減し得るものと解されるし、前記1(2)のとおり、被告が社内デザイナーを有することをも踏まえると、本件面接の時点で、B次長らが、原告に対し、長期間継続して多数の仕事を発注することを約束する発言をするとは考え難い。そうすると、原告の上記供述は採用することができない。そして、前記1(3)のとおり、本件面接において、被告から原告に対する仕事の具体的な発注量及び発注期間について話題になったことはなく、その他、原、被告間において、上記の各点についての合意があったことを認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は採用することができない。
 さらに、前記1(4)認定の被告から原告に対する発注の方法にも照らすと、原、被告間においては、あらかじめ発注量や発注期間を定めることなく、被告が原告に対して発注をし、これを原告が受諾することにより個々のデザイン制作に係る契約が締結されていたとみるのが相当である。そして、このような本件取引の形態に加え、原、被告間の本件取引の継続期間も踏まえると、被告が平成28年7月頃以降に原告に対し発注をしなくなったことが違法であるとはいえない。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
(4)名誉毀損について
 原告は、被告において、顧客に対して、原告情報成果物を、被告のデザインであり被告に印刷を依頼すれば独占的に使用できるなどと述べ、原告の許諾なく、原告情報成果物のデータから改変した原告の社会的評価を下げる印刷物を不法に作成し、顧客に売却して公開したことが、原告の名誉を毀損する旨主張する。
 しかしながら、本件全証拠によっても、被告が、その顧客に対して原告情報成果物を被告において改変したデザインを提示する際に、原告が制作したものであることを示したとは認められないから、被告による原告情報成果物を被告において改変したデザインの顧客に対する提示により原告の社会的評価が低下したとは認められない。また、原告の主張によっても、被告の行為がいかなる点で原告の社会的評価を低下させたのかは判然としないし、他に、被告が、その顧客に対し、被告において原告情報成果物を改変したデザインを提示したことが原告の社会的評価を低下させたことを認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
(5)下請法違反について
 原告は、原、被告間の取引において、被告に下請法違反の行為があり、これらは原告に対する不法行為である旨主張する。下請法違反の行為が直ちに不法行為上違法な行為であるといえるかについてはひとまず措くとしても、次のとおり、原告の主張を採用することはできない。
ア 下請法4条1項1号違反(受領拒否の禁止)について
 原告は、被告において、発注者の立場を利用して、納品前のデザインについて、原告のミスが原因ではない修正作業であってもこれを行わなければ納品に応じなかったなどと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。
 この点、前記1(4)のとおり、原告がデザインを制作して最初に被告にPDFファイルを送信した際に、被告担当者が、原告に対し、これに対する修正や変更を指示したことがあると認められる。
 しかしながら、前記1(2)のとおり、被告において、包装デザインの提示は、包装材の販売促進としても位置付けられていたのであり、被告としては顧客の意向を十分反映して提示するとの営業上の必要性が高かったものと考えられる上、顧客のデザインに対する意向は、抽象的に示されることもあったのであるから、被告担当者が、原告を含む外部デザイナーが制作したデザインにつき、顧客に提示する前に、前記オ@ないしDの観点からデザインの修正を求めることは当然に想定されるものと解されるし、原告も被告担当者の求めに応じて修正や変更を行っていたことに照らすと、原告もこのような修正等を行うことについて承諾していたというべきであって、被告担当者が、原告に対し、原告の制作したデザインの修正を求めたとしても、そのことが違法であるということはできない。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 下請法4条1項3号違反(下請代金の減額の禁止)について
 原告は、原、被告間の契約においてデザイン1点当たりの制作料の単価は1万5000円と定められていたにもかかわらず、被告は、イラストのみ又は文字のみのデザインの制作依頼をしたり、納品前の修正作業を強要したりすることにより、上記金額を減額した旨主張する。
 しかしながら、本件全証拠によっても、原、被告間において、デザイン1点当たりの制作料の単価を1万5000円とする旨の合意があったとは認められない。かえって、前記1(4)及び(10)のとおり、被告が、原告に対し、制作料の単価を一律1万5000円とするのではなく、個別の発注ごとに異なる額の制作料を記載した発注書を送付して発注しており、原告も、制作料が安いとの理由で依頼を断ったことがある一方で、制作料が1万5000円未満の注文であってもこれに応じたことも多数あること、前記1(7)のとおり、原告自身、被告マーケティング部の基準額が1万円であるなどと記載した文書を作成しているほか、注文内容により額が上下することがある旨供述していること(原告本人〔5頁〕)に照らすと、原、被告間においては、個々の発注ごとに制作料の合意がされていたとみるのが自然である。原告は、被告担当者の指示により無償でデザインの修正をしたことが代金の減額に当たる旨も主張するようであるが、そもそも、原、被告間において、原告が被告の担当者からの指示に応じて修正を行った際に制作料を支払う旨の合意があったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記1(4)のとおり、原告が、被告担当者からの修正指示に対して無償で対応していたことに照らすと、被告担当者による修正の指示に対する作業の対価も、発注時の制作料に含まれていたものと認めることができる。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 下請法4条1項5号違反(買いたたきの禁止)について
 原告は、@被告において、多数の仕事を発注し続けることを前提に制作料を1点1万円から1万5000円という同業他社と比較して半額程度の低い単価にして原告を差別した上、更に単価を1万円に減額したり、作業内容が増加しても単価を増額せず、更には無断で仕事の数量を減らし続けたこと、A被告において、原告とイラスト制作のみや筆文字制作のみを行うことを契約していないにもかかわらず、発注者の立場を利用して、原告への制作料を減額するため、デザインの仕事を発注せず、イラストや筆文字のみの部分的な仕事を発注し、制作料の単価を下げたこと、B被告において、原告に無断で発注量を減らしたことが下請法4条1項5号の下請業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めることに該当する旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、原告の指摘する事情は、いずれも認めることができず、原告の主張を採用することはできない。
 すなわち、@については、前記1(2)のとおり、被告が外部デザイナーに対して新たなデザインの制作を発注する際の制作料単価は、注文内容により異なるものの、おおむね1万円から2万円であったところ、被告が原告に新たなデザインを発注した際の制作料の単価も上記の範囲内であったこと、前記イのとおり、原告も、原、被告間において、発注時の単価が注文内容により上下することがあった旨述べていることに照らすと、被告の原告に対するデザイン等の発注額が、同種又は類似のデザイン等に対して通常支払われる対価に比して著しく低いと認めることはできない。Aについては、前記1(3)のとおり、本件面接時には被告が原告に発注する仕事の具体的な内容は話題となっていない上に、前記1(4)の本件取引の態様にも照らすと、被告が、原告に対して、イラスト制作のみや筆文字制作のみを行うことを注文し、それを原告が受注すれば、原、被告間に契約が成立したというべきである。また、このような仕事の制作料が同種又は類似のデザイン等に対して通常支払われる対価に比して著しく低いことを認めるに足りる証拠はない。Bについては、前記(3)のとおり、原、被告間で仕事の発注量があらかじめ定まっていたとは認められない以上、被告から原告に対する発注が減少したからといって直ちに、被告が下請業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めたということはできない。
 そうすると、原告の上記主張は採用することができない。
エ 下請法4条1項6号違反(購入・利用強制の禁止)について
 原告は、Eにおいて本件フォントを導入するように求めたことが下請法4条1項6号に定める物の購入強制又は役務の利用強制の禁止違反に該当する旨主張する。
 しかしながら、前記1(4)及び(5)のとおり、原告は、本件フォント導入前であっても被告から仕事を受注していた状況にあったところ、Eから、平成24年12月頃、本件フォントを導入すれば仕事が増える旨告げられ、これを受けて本件フォントを導入したというのであり、実際に、本件フォント導入により、本件フォントを使用するように指定している仕事の受注もできていたことに照らすと、Eの上記発言について、原告に対して本件フォントの導入を求めたものと評価する余地があるとしても、これを原告に対する導入の強制と認めることはできず、その他、Eの原告に対する本件フォント導入強制を認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張は採用することができない。
オ 下請法4条2項3号違反(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)について
 原告は、被告において、原告に無断で原告情報成果物のデータを利用して修正費、変更費、版下費、版下修正費等を売り上げ、また、原告の制作したデザインを忠実にフィルム1枚の出力をするための使用の範囲を超えて、原告に事前の許諾を得ずに、密室で原告のデータを保存した場所から業務上横領し、違法に印刷物を作り上げ、第三者をだまして売り渡し、事後のばく大な利益を得た旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。
 しかしながら、原告の上記主張は、原告情報成果物につき、被告による使用及び改変が許されないことを前提とするものであると解されるところ、前記(2)のとおり、原告は、被告からの依頼に基づいて制作された原告情報成果物につき、被告による使用及び改変を当初から包括的に承諾していたと認められる。そうすると、原告の主張はその前提を欠き、採用することができない。
カ 下請法4条2項4号違反(不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止)について
 原告は、被告において、@原告に仕事を発注できるか否か不明であるのに、原告に自宅で待機するように指示した上、当該仕事を後にキャンセルしたこと、A納品前のデザインについて、原告のミスが原因ではない修正作業であってもこれを行わなければ納品に応じなかったこと、B一定期間の契約が存在しながら、ボリュームディスカウントで定めた数量を無断で減らし、単価の変更や発注停止をしたことが、下請法4条2項4号の給付の内容の変更又は給付のやり直しに該当し、違法である旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、原告の指摘する事情は、認めることができないか又は不当な給付内容の変更及びやり直しに該当しないものであって、原告の主張を採用することはできない。
 すなわち、(1)については、前記1(9)ア及びイのとおり、被告担当者が原告に対して仕事の依頼の可能性があること伝えた上で、結局仕事の依頼をしなかったことや、Eが原告に依頼した仕事をキャンセルしたことがあることは認められるものの、被告が、原告に対し、これらの際に、原告に自宅待機を命令したことを認めるに足りる証拠はない。また、同アの件については、被告担当者は、原告に対し、発注するかどうかは分からないことを前提に対応の可否を尋ねたにとどまり、結果として発注がされず、契約が成立していない以上、給付内容の変更があったとはいえない。同イの件については、Eが、イラストデータの支給を受けられることとなったとの理由でキャンセルをしたというものであり、かつ、午前中に依頼したものについて同日中の午後1時14分にキャンセルの連絡をしており、原告が依頼を受けて既に何らかの作業をしていたことをうかがわせる証拠もないから、上記キャンセルが不当な給付内容の変更に該当し違法なものであるとはいえない。Aについては、前記1(4)において認定したところに照らすと、原、被告間においては、顧客への提案の前に、被告担当者の指示により原告が一定の必要な修正を行い、その対価は発注時の制作料に含む旨の合意があったと認められるから、被告担当者が原告に対し修正を指示したことが不当な給付のやり直しに当たり違法であるとはいえない。Bについては、前記(3)のとおり、原、被告間において発注量及び取引期間があらかじめ定められていたとは認められないし、前記1(4)のとおりデザインの内容次第で制作料も異なっていたこと、その他前記(3)のとおり、被告が原告に対する発注を停止したことが違法とはいえないことに照らすと、原告の主張する点が、不当な給付の内容の変更に該当し違法であるとはいえない。
 よって、原告の上記主張は採用することができない。
キ 下請法4条1項7号違反(報復措置の禁止)について
 原告は、被告大阪分室において原告による前訴提起後に原告への発注をやめ、原告に対して、取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いを行ったことが下請法4条1項7号に規定する報復措置の禁止違反に該当する旨主張する。
 下請法4条1項7号は、下請事業者が公正取引委員会又は中小企業庁長官に対し親事業者の下請法違反の事実を知らせたことを前提に、そのことを理由として取引を停止すること等を禁止するものである。そして、証拠(証人F〔5頁〕)によれば、被告大阪分室は、原告が前訴を提起した頃に原告との取引を終了したことが認められるところ、上記の前提となる事実に該当するような行為を上記取引終了時以前に原告が行ったことを認めるに足りる証拠はない。
 よって、原告の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
ク 親事業者の義務について
 原告は、被告において、書面交付を拒否したことなど親事業者の義務違反に該当する種々の行為をした旨主張するが、これまでに判示したところに照らし採用することができない。また、原告は、被告において書面の交付義務(下請法3条)、支払期日を定める義務(同法2条の2)、書類の作成・保存義務(同法5条)及び遅延利息の支払義務(同法4条の2)の各義務に違反する行為をした旨主張するようであるが、これを認めるに足りる証拠はない。
ケ 親事業者の禁止事項について
 原告の主張する下請法上の親事業者の遵守事項のうち、被告が、受領拒否の禁止(下請法4条1項1号)、下請代金の減額の禁止(同項3号)、買いたたきの禁止(同項5号)、購入・利用強制の禁止(同項6号)、報復措置の禁止(同項7号)、不当な経済上の利益の提供要請の禁止(同条2項3号)及び不当な給付内容の変更及びやり直しの禁止(同項4号)の各規定に違反する行為をしたと認められないことは既に判示したとおりである。また、被告が、下請代金の支払遅延の禁止(同項2号)及び返品の禁止(同項4号)の各規定に違反する行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。
第4 結論
 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求には理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 山田真紀
 裁判官 神谷厚毅
 裁判官 西山芳樹


別紙原告デザイン一覧目録等省略
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