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【事件名】包装デザインの改変事件
【年月日】平成29年11月30日
 東京地裁 平成28年(ワ)第23604号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成29年10月3日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 箕輪正美
同 伊藤慶太
同 宮田直紀
同 澤嶋葉
被告 朋和産業株式会社
同訴訟代理人弁護士 嶋寺基
同 廣瀬崇史
同 長谷部陽


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、1111万7277円及びうち1069万1217円に対する平成28年7月27日から、うち42万6060円に対する平成29年8月24日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、@別紙原告デザイン目録記載1〜26の商品包装デザイン(以下、「原告デザイン」と総称し、個別のデザインを同目録記載の名称に付された番号〔1〜22〕に従い「原告デザイン1」などという。)を製作した原告が、原告デザインを被告が改変して別紙被告デザイン目録記載1〜25の商品包装デザイン(以下、「被告デザイン」と総称し、個別のデザインを同目録記載の名称に付された番号〔1〜22の2〕に従い「被告デザイン1」などという。)を作成した行為及び食品メーカーに対して納入した行為が原告の著作権(複製権、翻案権及び譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権)の侵害に当たる、A別紙原告絵画目録記載1及び2の筆及びレモンの各絵画(以下、「原告絵画」と総称し、同目録記載1の絵画を「原告筆絵画」、2の絵画を「原告レモン絵画」という。)を製作した原告が、本件訴訟手続において被告が当該絵画を複製して作成した文書を証拠として提出した行為が原告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、被告に対し、民法709条、著作権法114条3項に基づき、損害賠償金1111万7277円(上記@につき1069万1217円、上記Aにつき42万6060円)及びこれに対する不法行為の後の日(上記@につき訴状送達の日の翌日である平成28年7月27日、上記Aにつき請求の拡張申立書送達の日の翌日である平成29年8月24日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(根拠を括弧内に示す。)
(1) 当事者
 原告は、昭和63年頃からデザイン等を業として請け負っているデザイナーである(争いのない事実、甲79)。
 被告は、紙、セロファン、ポリエチレン及びビニールの印刷、加工、販売等を目的とする株式会社であって、包装フィルムの製造委託を受けている(争いのない事実)。
(2) 原告によるデザインの作成
 原告は、原告絵画を製作し、また、平成24年7月頃から平成27年9月頃までの間に、被告から注文を受け、食品の包装デザインとして原告デザインを製作した(争いのない事実)。
(3) 被告の行為
 被告は、原告デザインの一部を改変し、被告デザインを作成した(原告デザイン16の1〜3、17の2、20の2、22を除き争いのない事実)。また、被告は、平成29年1月16日に原告絵画を複製し、他の複数の絵画も複製した上で、これらを掲載した文書(乙93、97)を作成し、同年3月8日の本件第4回弁論準備手続期日において提出して、「原告主張の「創作的表現」に独創性、美的鑑賞の対象となり得る美的特性が認められないこと等」を立証する目的で証拠として取り調べるよう申し出た(当裁判所に顕著な事実)。
3 争点
(1) 原告デザインの著作物性
(2) 原告デザインと被告デザインの類否及び依拠性
(3) 原告デザインの被告による使用又は改変に対する原告の承諾の有無
(4) 原告から被告に対する著作権譲渡の有無
(5) 原告絵画の複製の裁判手続における必要性及び相当性
(6) 損害額
4 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(原告デザインの著作物性)について
(原告の主張)
ア 原告デザインはイラストであるから、イラストとして著作物性がある。被告は、原告デザインが応用美術に該当することを前提に、独創性及び美的特性がなければ著作物に該当しないと主張するが、そのような高い創作性を必要とすることは相当でない。
イ 別表1(著作物性に関する主張)原告デザイン欄記載の番号の原告デザインは、原告の主張欄(1)記載のものにつき、同(2)記載のとおり著作物性を有する。
(被告の主張)
ア 被告が原告に製作を依頼した商品の包装デザインは、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とする表現物である応用美術であるところ、原告デザインは、その内容や、包装デザインとしての完成品である被告デザインのための素材の一部であることに照らせば、独創性及び美的特性を備えていないから、著作物に該当しない。
イ また、原告デザインは、ありふれた表現である上、被告又は被告の顧客からの指示に基づいて製作されたものであるから、創作性がないか、少なくとも保護範囲が限定されたものである。原告デザイン1〜22についての個別の主張は、別表1(著作物性に関する主張)被告の主張欄のとおりである。
(2) 争点(2)(原告デザインと被告デザインの類否及び依拠性)について
(原告の主張)
 別表2(類否等に関する主張)被告デザイン欄記載の番号の被告デザインのうち原告の主張欄記載の部分は、原告デザイン欄記載の番号の原告デザインに依拠して作成され、かつ、当該デザインの内容及び形式を覚知させるに足りるものであるか、表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより当該特徴を直接感得することができるから、上記原告の主張欄の《》内のとおり複製権又は翻案権を侵害する。
(被告の主張)
 原告デザイン1〜22及び被告デザイン1〜22の2をそれぞれ一つの表現としてみると、被告デザイン1〜22の2は、それぞれ対応する別表2(類否等に関する主張)被告の主張欄記載のとおり、原告デザイン1〜22の特徴的表現のうち少なくとも1つを欠いていてその表現上の特徴を有しているといえないし、原告デザインに依拠して作成されたものでないものもある。
(3) 争点(3)(原告デザインの被告による使用又は改変に対する原告の承諾の有無)について
(被告の主張)
ア 被告デザイン2、5、8並びに19及び21の各1及び2は、別表2の被告の主張欄のとおり、対応する原告デザインの創作的表現をそのまま使用したものである。同欄《》内のとおり、こうした使用は原告が承諾していた。
イ 被告は、原告から、原告の製作した包装デザインである被告デザインを被告において改変することにつき承諾を得ていた。この承諾は、原告の採用面接の際、原告が製作した包装デザインの初稿を、顧客からの修正指示に従って被告において自由に改変して完成させることについて説明し、原告の了解を得ることによってされたものである。
 このことは、@原告デザインはいずれも食品の包装デザインであるところ、食品製造会社の商品の包装デザインについては、同会社の判断によりデザインが一時的に又は一定の期間ごとに適宜変更されるものであって、デザイン製作者から改変して利用する許諾を受けていることが前提となっていること、A被告が外部のデザイナーにデザインの作成等を依頼する際は、外部デザイナーがデザインを作成し、そのPDF形式のファイルを電子メールで被告担当部署に提出した後、上記担当部署からの修正の指示に基づき適宜修正を行い、修正後のデータを提出するものであり、その際、データ内容が固定されたPDF形式のファイルのみならず、固定されていないPSD形式(ソフトウェア「フォトショップ」で利用する形式)又はAI形式(ソフトウェア「イラストレータ」で利用する形式)のファイルによる納品が必要とされており、納品後に被告において修正することが当然に予定されていること、B被告には社内デザイナーもおり、社内における修正を可能としていたこと、C実際にも原告の製作した包装デザインを被告が改変し、これを原告に対して報告した際、原告が当該改変について何らの異議も唱えなかったことからも、明らかである。
(原告の主張)
ア 被告は、原告デザインをそのまま使用しなければならなかった。
イ 被告が原告に無断で修正ないし改変をすることについて承諾したことはない。このことは、原告と被告の間で契約書を作成しておらず、注文書、請求書等においても著作権に関する記載がないこと、デザイン料は1点当たり1万5000円程度であって改変の許諾を前提とするものと考え難いこと、原告はデザイン作成のたびに修正等がある場合は依頼をするように伝えていたこと、被告が原告の著作権を侵害した包装デザインを見つける都度、原告がこれを購入して写真撮影して証拠化していたことから、明らかである。被告が主張する上記@〜Bについては、被告が実際に変更したり変更が可能であったりすることから原告が許諾していたとはいえない。上記Cについては、被告が原告に改変後の包装デザインの報告をしたのは、原告が製作したもののうちのごく僅かにすぎないし、当該報告に対して原告が異議を述べなかったのは、早く納品するためや、仕事の依頼を減らされた状況において原告が被告との関係を悪化させないようにするためである。したがって、上記@〜Cの事情は、原告が許諾をしていたことの根拠とならない。
(4) 争点(4)(原告から被告に対する著作権譲渡の有無)について
(被告の主張)
 前記(3)(被告の主張)のとおり、被告は、原告との合意に基づき、納品されたデザインを自由に改変して使用することができ、第三者に対しても自由に改変させ、使用させることができる。上記の合意は、改変して使用する許諾でないとすれば、著作権譲渡の合意である。
(原告の主張)
 原告から被告に著作権を譲渡する旨の合意はなかった。前記(3)(原告の主張)のとおり改変の承諾がないのであり、契約書もなく、注文書等に著作権に関する記載がない以上、著作権譲渡の合意があると認められる余地はない。
(5) 争点(5)(原告絵画の複製の裁判手続における必要性及び相当性)について
(被告の主張)
 原告絵画その他の絵画を複製して作成した文書は、原告デザインにつき原告が特徴的な表現であると主張するものが一般的なものであることなどを立証する目的で作成し、証拠として提出したものであるから、上記の複製は「裁判手続のために必要と認められる場合」に「必要と認められる限度」で行われたものであって、原告の著作権を侵害しない。
(原告の主張)
 被告は、原告のデザインがありふれた表現であることの証拠として原告のデザインを引用しているが、原告が作成したデザインが相互に類似することは当然のことであって、被告が原告のデザインを裁判手続において複製する必要性は全くない。
(6) 争点(6)(損害額)について
(原告の主張)
ア 原告デザインに関する損害
(ア) 著作権法114条3項に基づく損害
 原告デザイン1点につき、イラスト又は筆文字の場合は、年間で1485円の売上げがあり、原告が86歳まで生存すると仮定すると、死後50年後までの売上げは12万6225円である。また、それ以外の場合は、1点につき、売上げは10万円を下回らない。以上によれば、原告デザインの著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額(著作権法114条3項)は、合計で749万1217円である。
(イ) 慰謝料
 被告による原告デザインの著作者人格権(同一性保持権)侵害により、原告は精神的苦痛を受けたものであり、これを慰謝するために必要な金額は220万円を下回らない。
(ウ) 弁護士費用
 原告は、本件訴訟を提起するに当たり、弁護士に依頼せざるを得なかった。そのための費用中、被告による原告デザインの著作権侵害により通常生ずべき部分は100万円である。
イ 原告絵画に関する損害
 原告絵画は複数のインターネットサイトにおいて販売されており、被告による原告絵画の複製権侵害によって、原告は、1点当たりの販売利益である21万3030円、合計42万6060円の損害を被った。
(被告の主張)
 否認ないし争う。原告の主張する損害は著作権法114条3項の著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額に該当しない。また、原告の主張によれば、被告に行為により原告が被った損害が原告と被告との間のデザイン製作委託契約におけるデザイン修正料である1デザイン当たり5000円相当額が逸失利益になるにとどまる。なお、被告デザイン22の1は、修正途中のものであって完成したものでなく、被告はこれを使用していない。
第3 当裁判所の判断
 事案に鑑み、争点(3)及び(5)から判断する。
1 争点(3)(原告デザインの被告による使用又は改変に対する原告の承諾の有無について
(1) 括弧内の証拠(〔〕は直前に示した証拠の関係ページ番号を示す。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、昭和63年又は平成元年頃からデザイン会社からデザインや版下作成等の仕事を請け負うようになり、平成3年頃から平成23年3月頃まで、同社の専属デザイナーとして勤務し、同社が食品会社等の顧客から依頼を受けた商品の包装デザインの作成等に従事していた。上記期間中、顧客の指示によって原告が作成したデザインにつき修正作業が必要になったときは、デザイン会社を通じて原告に対して修正の依頼がされ、原告は、その修正作業を行っていたが、原告の仕事量が輻輳している場合にこの修正作業を他人に委ねたこともあった。(甲79、原告本人〔1〜3〕)
イ 原告は、被告に対し、平成24年7月上旬頃、被告から依頼を受けて包装デザインの作成をしたい旨の希望を述べ、その頃、被告担当者の面接を受けた。被告は、原告に対し、上記の面接の翌日頃から、商品の包装のデザインの制作を1点当たり1万5000円(一部のものは1万円)の報酬で依頼し始めた。依頼の際、被告担当者は原告に対して注文書を送付し、原告が注文書下方の受注確認書に署名して被告に返送していた。当該注文書には、依頼の内容と納期、報酬その他の記載があったが、著作権その他の権利関係についての記載はなかった。また、原告と被告の間では契約書は作成されなかった。原告は、遅くとも同月5日までに被告からされた包装デザインの依頼につき、同月6日までに原告デザイン4及びその別案を作成し、被告担当者に対し、そのデザインのPDFファイルを、「先にPDFファイルを御送り致します。修正等ございましたらご連絡をお願いします。修正が完了しましたら、JPEGとイラストレーターデーターを送信致します。」と記載した電子メールに添付して送信した。(甲52〜55、79、原告本人〔4〜8〕)
ウ 上記の後、被告は原告に対して継続的にデザインの作成等の仕事を依頼し、原告はデザインを作成して被告に提出していた。その依頼及びその後の作業は、おおむね、後記〜 の手順により行われた。原告は、修正の依頼ないし要望があった場合には応えるとの方針をとっており、後記の際、変更や修正の必要があったら連絡をお願いする旨を電子メールに記載していた。(乙21、112、117、118、証人A〔12〕、原告本人〔9、10、16〕、弁論の全趣旨)
(ア) 被告が食品製造会社その他の顧客からの希望を受け、これを外部のデザイナーに依頼することとした上、担当者が原告に依頼する。
(イ) 原告は受注確認書を返送する。
(ウ) 被告担当者はデザインの作成に必要なデザインデータ、パーツデータとその他のデータをサーバにアップロードし、原告は当該サーバからダウンロードする。
(エ) 原告はデザインを作成し、PDFファイルとして電子メールで被告担当者に提出する。
(オ) 被告担当者が当該デザインを確認及び検討し、原告に対して必要な修正の指示を出す。
(カ) 原告が上記の指示に基づきデザインを適宜修正し、修正後のものにつき被告担当者が了解すると、そのPDFファイルを電子メールで提出し、そのPSDファイル(ソフトウェア「フォトショップ」で使用する形式のファイル)やAIファイル(ソフトウェア「イラストレータ」で使用する形式のファイル)を被告が指定するサーバにアップロードする。これらPSDファイルやAIファイルを上記各ソフトウェアで使用し、デザインの修正を行うことができる。
(キ) 被告担当者が上記(カ)のデザインを必要であれば適宜修正した上で営業担当者を通じて顧客に提案し、顧客は、必要に応じて修正の指示を出す。
(ク) 被告担当者は被告内部の業務状況、上記(キ)の指示内容及び納期等を勘案し、上記(キ)の修正を被告内部のデザイナーに作業させるか原告に依頼するかを決定し、顧客の承認、校了を得るまで上記(ウ)から(ク)までの作業を繰り返す。顧客の承認、校了を得るまで、複数回の修正がされることも多い。
エ 原告は、被告の依頼に基づき、上記の手順により継続的に包装デザインを作成し被告に提出していたが、平成25年8〜9月頃になると、被告から原告に対する仕事の依頼数が減少した。その頃までに、原告は、原告作成によるデザインを利用した包装が付された商品が掲載されたウェブサイトを閲覧するなどして原告が作成したデザイン案の少なくとも一部につき原告以外の者が改変していることを把握するに至ったが、当該改変を第三者が行っていることにつき異議を唱えることはせず、新たな依頼がほしい旨の要望を繰り返し行っていた。(甲63、原告本人〔11〜13、22〜24〕、弁論の全趣旨)
オ 原告は、被告担当者に対し、平成26年9月4日には、「デザイン料改定のお願い」と題する書面を送付して、平成25年8月頃から依頼数が従前の半数以下に落ち込んでいることから、デザイン料1万円としていたものを、基本的なデザイン料金を1万円とし、イラスト又は筆文字を追加する場合は各5000円を上乗せするなどとする報酬体系とすることを求め、「加算頂く事で使用する写真を私がデザインの段階ですでに購入してしまい、提出する時もございます。(採用時は写真使用料無料、不採用であっても私が購入した写真の使用を他でご利用できる状態にしています)」と伝えた(乙107)。
カ 被告は、原告に対し、被告デザイン5、8、10、11、13、15及び22の1の作成後にこれらが掲載されたPDFファイルを送付したが、これに対して原告から特段の異議はなかった(弁論の全趣旨)。
キ 平成27年1月5日には、原告は、原告が平成26年に作成して顧客の承認を得たデザインを被告から受領したことにつき、デザインの内容には触れず、「2014採用デザインPDFを頂きました。どうも有難うございます。」と返答した。上記デザインには、原告デザイン8を原告以外の者が改変したデザインが含まれていた。(乙11の1・2)
ク 平成27年7月18日には、被告担当者が原告に対して、先日原告作成した「包丁切りうどん」の包装デザインにつき、商品名のうち「包丁切り」が「茹で」に変更になりそうであり、同担当者において「筆文字に近いフォントで修正したのですが、気に入らない場合うどん・きしめん同様の筆文字作成を依頼する事となります。」と伝え、正式な依頼の際には21日中の納期で対応できるかを照会した。これに対し、原告は、文字の変更と納品期日の件を承知したこと、いつでも取りかかれる状況にあることを伝えた。(乙13〜15、原告本人〔24〕)
ケ 平成28年1月頃には、被告から依頼を受けて原告が作成した「沖縄ポーク玉子シリーズ シーチキンマヨネーズ」の包装デザインにつき被告担当者が修正して顧客の了承を得た。同包装デザインについては、被告による修正を原告が承諾していた(乙5、6、弁論の全趣旨)。
コ 原告は、本件訴訟を平成28年7月に提起するまで、原告デザインが被告により改変されたことについて、被告に異議を述べたことはない(弁論の全趣旨)。
(2) 上記(1)ア及びウの認定事実によれば、被告が原告に依頼したのは食品製造会社等が商品の包装において使用するデザインであること、そのような包装デザインについては、原告が被告に提出した後に被告が顧客である食品製造会社等にデザインを提案するが、その後、顧客が被告に対して修正等の指示を出すことがあり、その場合、被告は顧客の承諾等を得るまでデザインを修正し、複数回の修正がされることも多いこと、原告は被告から包装デザインの依頼を受けるようになる前から、デザイン会社から顧客に包装デザインが提出された後に顧客の指示によりデザインの修正が必要となることがあることやこうした場合に原告に連絡がなければ、原告以外の者が修正を行うことになることを認識していたことを認めることができる。また、前記(1)ウ(カ)認定事実によれば、原告が被告に提出したデザインはその後被告が修正することができた。そうすると、原告が作成し被告に提出していた包装デザインについては、その提出後に顧客の指示等により修正が必要となることが当然にあり得るというものであったのであり、かつ、原告は、このことを認識し、また、原告以外の者が上記デザインの修正をすることができることも認識していたといえる。他方、原告と被告間で、原告が被告にデザインを提出した後の顧客の指示等による上記修正について、何らかの話がされたり、合意がされたりしたことを認めるに足りる証拠はない。
 そして、前記(1)オの認定事実によれば、原告は、写真の使用権につき意識していて、一般に著作権に関する権利関係が生じ得ることを理解していたことがうかがわれるところ、前記(1)エ、カ〜コの認定事実のとおり、原告は、原告以外の者によって原告デザインに何らかの改変がされたことを認識していながら、被告から依頼されて継続的に包装デザインを作成して被告に提出し、更には被告に対して新たな仕事を依頼し、デザイン料の改定を求めるなどの要求はしたものの、改変について何らの異議を唱えず、又は、被告においてデザインを改変したことを明示的に承諾するなどしていた。原告が改変を承諾していなかったにもかかわらず原告デザインの改変に対して被告に異議を唱えることができなかった事情やデザインの改変を真意に反して承諾しなければならなかった事情を認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、原告は、被告からの依頼に基づいて作成された原告デザインにつき、被告による使用及び改変を当初から包括的に承諾していたと認めることが相当である。
(3) これに対し、原告は、@原告と被告の間で契約書を作成しておらず、注文書、請求書等においても著作権に関する記載がないこと、Aデザイン料は1点当たり1万5000円程度であって改変の許諾を前提とするものと考え難いこと、B原告はデザイン作成のたびに修正等がある場合は依頼をするように伝えていたこと、C被告が原告の著作権を侵害した包装デザインを見つける都度、原告がこれを購入して写真撮影して証拠化していたこと、D原告が異議を述べなかったのは、早く納品するため、仕事の依頼を減らされた状況において原告が被告との関係を悪化させないようにするためという事情によることを主張し、また、Eデザインの作成等の仕事を多数依頼することを条件に承諾していたとの趣旨を供述し(原告本人〔22〜24〕)、包括的な改変の承諾を否定する。
 上記@については、著作権に関する承諾等は必ずしも文書によりされるものとは限らないから、そうした記載がされた文書がなければ改変の承諾がないと解することはできない。上記Aについては、本件の証拠上、改変を前提とする場合の通常のデザイン料が明らかでなく、原告の主張する評価を採用し難い。上記Bについては、前記(1)イ及びウの認定事実によれば、原告は、被告にデザインの原案を提出した段階で修正等があれば連絡するよう伝えていたものであって、顧客に対する提示案が固まるまでの間に修正等がある場合にその作業を原告に依頼するよう求めていたにすぎないから、上記提示案が固まった後の改変についても原告の承諾が必要であったと直ちに認めることはできない。上記Cについては、仮にそのとおりであるとしても、前記(1)エの認定事実によれば、原告以外の者による改変を平成25年8月〜9月頃までに把握したのであるから、原告が改変を問題と考えていたのであれば、その証拠化後に何らかの異議を唱えるのが通常であるというべきであるところ、前記(1)エ〜コの認定事実のとおり、本件訴訟の提起に至るまで、原告は改変について何らの異議を唱えていない。上記D及びEについては、前記(1)エの認定事実によれば、平成25年8〜9月頃から仕事量が激減してその状況が好転しなかったものであり、また、証拠(乙106の1及び2)によれば、遅くとも平成28年1月頃からは仕事量とデザイン料の不均衡を理由に被告からの依頼を断るようになったと認められ、異議を述べる障害となる事由が解消ないし軽減したということができるにもかかわらず、原告は、デザイン料の改定を求めるなど被告に対して書面をもって一定の要求をする一方で、原告デザインの改変について本件訴訟の提起に至るまで何らの異議も唱えていない。
 以上のことからすれば、原告の主張又は供述する上記@〜Eの事情は前記(2)の認定を左右しない。したがって、原告の主張は採用できない。
(4) 以上によれば、原告デザインの被告による使用及び改変につき原告が承諾していたと認められるから、その余の点を判断するまでもなく、原告デザインに係る著作権侵害がないことが明らかである。
2 争点(5)(原告絵画の複製の裁判手続における必要性及び相当性)について
(1) 前記前提事実(3)のとおり、被告は、平成29年1月16日、原告絵画を複製し、他の複数の絵画も複製した上で、これらを掲載した文書(乙93、97)を作成し、これを本件第4回弁論準備手続期日において、「原告主張の「創作的表現」に独創性、美的鑑賞の対象となり得る美的特定が認められないこと等」を立証する目的で証拠として取り調べるよう申し出たものである。
 本件訴訟において、@原告デザイン19並びに20の1及び2のそれぞれにつき著作物性が争点であったこと、A被告が、平成29年1月13日付け準備書面(2)において、原告デザイン19の筆のイラスト(上記準備書面には「絵馬のイラスト」と記載されているが当該項目の見出し等から「筆のイラスト」の誤記と認める。)は実物の筆を描写したものにすぎず、証拠(乙93)に照らして筆のイラストとしてありふれた表現であるとし、原告デザイン20の1及び2のレモン2つが並ぶイラストは証拠(乙97)に照らしありふれた表現であるとして、独創性、美的鑑賞の対象となり得る美的特性が認められないと主張したことは、当裁判所に顕著である。
 証拠(乙93、97)及び弁論の全趣旨によれば、B原告デザイン19は別紙原告デザイン目録原告デザイン19欄記載のとおりであり、筆の全体を描いた絵画を含むものであること、C原告デザイン20の1及び2は同目録原告デザイン20の1及び2の各欄記載のとおりであり、レモンが2つ並んだ絵画を含むものであること、D乙93は、原告筆絵画のほかに5点の筆の絵画を記載し、それぞれの絵画について出典等を記載したものであること、乙97は原告レモン絵画のほかに6点のレモンが2つ並んだ部分を含む絵画を記載して、それぞれの絵画について出典等を記載したものであることが認められる。
(2) 本件訴訟は民事訴訟であって、著作権法42条1項の「裁判手続」であるところ、上記事実関係によれば、原告絵画はいずれも本件訴訟の争点につき被告の主張を裏付ける証拠とするために複製されたもので、争点に関する証拠を提出するために複製されたということができる。争点に関する証拠を提出することは本件訴訟の審理のために必要であるから、上記複製は「裁判手続のために必要と認められる」ものといえる。また、上記B〜Dの認定事実によれば、著作物性が争点となった絵画も原告絵画も筆及びレモンのそれぞれ全部が描かれたものであるということができ、また、筆及びレモンの全部について複製して証拠とする必要性があるといえるから、上記複製は必要と認められる限度の複製であるということができる。
(3) これに対し、原告は、原告が作成したデザインが相互に類似することは当然のことであって、被告が原告のデザインを裁判手続において複製する必要性は全くないと主張する。
 しかし、原告絵画が原告の作成したものであったとしても、前記争点に照らせば、原告絵画の複製は争点に関する証拠を提出するためにされたものであって、著作権法42条1項の要件を満たすというべきであるから、原告の上記主張は採用できない。
(4) したがって、乙93及び97における複製につき、原告絵画の著作権侵害がないことが明らかである。
3 結論
 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 萩原孝基
 裁判官 大下良仁


別紙
 原告デザイン目録
 被告デザイン目録
 原告絵画目録
 別表1(著作物性に関する主張)
 別表2(類否等に関する主張)
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