判例全文 line
line
【事件名】機器制御ソフトウェアの著作物性事件
【年月日】平成29年6月29日
 東京地裁 平成28年(ワ)第36924号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成29年5月18日)

判決
原告 A
被告 株式会社KUGE
同訴訟代理人弁護士 佐竹俊之
同 山口俊樹


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告の開発に係る住友電工デバイスイノベーション株式会社(以下「SEDI社」という。)向けチップ選別機プログラム及びそのソースコードを使用してはならない。
2 被告は、前項のプログラム及びソースコードを廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、180万円を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、個人としてソフトウェアの受託開発業を営んでいる原告が、被告は原告の著作物であるプログラムのソースコードを使用してプログラムを作成し、当該プログラムを搭載した機器を取引先に納入することにより、原告の著作権(翻案権、譲渡権及び貸与権)を侵害したと主張して、被告に対し、著作権法112条1項及び2項に基づき、被告が作成したプログラム及びそのソースコードの使用の差止め並びに廃棄を求めるとともに、民法709条及び著作権法114条2項に基づき損害金180万円の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、個人としてソフトウェアの受託開発業を営む者である。
イ 被告は、精密機器及び部品の開発、設計、製造、販売等を目的とする株式会社である。
(2) 原告と被告との間のソフトウェア開発に係る請負契約等
ア 被告は、平成27年8月頃までに、SEDI社からチップ選別機(以下「本件機器」という。)の製造を受託した。
イ 被告は、他社から機器の製造を受託した際には、製造する機器に当該機器を制御するソフトウェアを搭載して発注元に納入している。上記ソフトウェアは、被告が開発したソフトウェア「COCKPIT」(以下「COCKPIT」という。)をベースとし、製造する機器の機能に応じてCOCKPITの機能に追加や変更を加えたものである。
ウ 被告は、本件機器に搭載するソフトウェア(以下「本件ソフトウェア」という。)の開発を目的として、同年9月8日、原告との間で、被告を注文者、原告を請負人とするソフトウェア開発の請負契約を締結した(以下、この契約を「本件請負契約」という。)。その内容は次のとおりである。
(ア) 開発内容 チップ選別機
(イ) 代金額 130万円
エ 本件請負契約締結後、原告は本件ソフトウェアの開発に着手し、同年10月下旬頃からは、被告の会社内に設置されたパソコンを用いてソフトウェアの開発作業を行った。しかし、同年12月頃に生じた仕様の変更に関し、原告と被告との間の協議がまとまらなかったため、本件ソフトウェアが完成しないまま、平成28年2月頃に本件請負契約は終了した。同年1月31日の時点で、被告の会社内に設置されたパソコンには、原告による作成途上の本件ソフトウェアのプログラム(以下「本件プログラム」という。)のソースコード(以下「本件ソースコード」という。)がインストールされており、被告はこれらを参照することが可能であった。
オ 被告は、本件請負契約の終了後、他社に対して本件ソフトウェアの開発を委託し、当該ソフトウェアを搭載した機器をSEDI社に納入した(以下、被告がSEDI社に納入した機器に搭載されたソフトウェアのプログラムを「被告プログラム」という。)。被告プログラムには、本件ソースコードが使用されている(被告プログラムのソースコードのうち、本件ソースコードが占める割合については争いがある。)。
(3) 原告による損害賠償請求訴訟の提起
 原告は、被告が本件請負契約を解除したことにより60万円の損害が発生したと主張して、平成28年4月8日、被告を相手方とする損害賠償請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を鎌倉簡易裁判所に提起した。原告は、別件訴訟において、本件プログラムの作成に要した工数に基づく金員を損害として主張した。同訴訟は横浜地方裁判所に移送され(同裁判所平成28年(ワ)第3340号)、同裁判所は、同年10月21日、原告の請求を全部認容する判決(以下「別件判決」という。)を言い渡した(甲3)。
 被告は、別件判決後、60万円を支払った(弁論の全趣旨)。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 争点1(本件プログラムの著作物性)について
(原告の主張)
 本件プログラムはCOCKPITからは独立したプログラムである。被告が本件請負契約を解除したため、本件プログラムは本件ソフトウェアに求められていた仕様との関係では作成途上のものであるが、作成した部分はプログラムとして完成している。また、本件プログラムは以下のような機能及び特徴を有するものであり、原告の思想・感情を創作的に表現したものであるから、著作物に当たる。
ア 本件プログラムの機能
(ア) カメラからの画像をリアルタイムで取得し、画像処理した結果とともに、画像を画面に表示し、ユーザーが本件機器の処理状況を確認しやすくする機能。
(イ) 取得した画像をリアルタイムで画像処理し、チップの位置を検出し、本件機器がチップをつかむことを可能とする機能。
(ウ) 本件機器のシステムにおいて用いる2台のパソコンを連携させるための通信機能。
(エ) ユーザーが必要とする処理結果を容易に得られるよう、あらかじめ作成したテンプレートファイルの内容に従って各種計算と計算処理などを行い、これをファイル出力する機能。
(オ) 被告がプラットフォームとして提供したソフトウェアから上記各機能を実現するためのインターフェース機能。
イ 本件プログラムの特徴
(ア) 1つのプログラムにおいて、トレイに並べられたチップを測定位置に移動させる「搬送系」と測定を行う「測定系」という2つの機能を備えている。
(イ) プログラムの階層化を行い、ハードウェア固有の制御をインターフェース制御から切り離すことにより、ソースコード量が減少し、開発効率が向上している。
(ウ) ヘッダファイルのみでプログラミングを行うことにより、ファイル数が半減し、ソースコード量も削減されるなど、メンテナンス性が向上している。
(エ) COCKPITで用いられている古い文字コードと最近のプログラム開発において用いられている文字コードの切替えを工夫し、使いやすくしている。
ウ 本件プログラムの表現上の特徴
(ア) マイクロソフトが提供するライブラリで使用している名称と区別するため、クラス、関数、変数などは、全て小文字を使用する。
(イ) 関数の中でローカル変数とクラスメンバ変数を区別するため、クラスメンバ変数の先頭には「_(アンダースコア)」を付ける。
(被告の主張)
ア 本件プログラムはCOCKPITに追加機能を書き足すものであり、COCKPITの一部を構成するのみであるから、COCKPITから独立した著作物ではない。
イ 本件プログラムは未完成であり、表現たる指令が完成していない。
ウ 本件プログラムは、指令の表現やその組合せ等について作成者の個性が表れたものとはいえず、著作物に当たらない。
(2) 争点2(被告による本件プログラムの翻案権、譲渡権及び貸与権侵害の成否)について
(原告の主張)
ア 被告は、本件請負契約を解除した後、他社に依頼し、本件プログラムを変形する方法により被告プログラムを作成させ、本件プログラムの翻案権(著作権法27条)を侵害した。被告は、被告プログラムのソースコードのうち、原告が作成した部分は全体の約1.4%程度にすぎないと主張するが、被告プログラムは重複が多く、不要なコードを削除していないなどの問題があるため、被告の算出方法は不適切である。なお、被告は本件ソースコードの全ての部分を被告プログラムに転用している。
イ 被告は二次的著作物である被告プログラムをSEDI社に譲渡することにより、原告の本件プログラムの譲渡権を侵害した(同法28条、26条の2)。
ウ 被告は、別会社に本件ソフトウェアの開発を依頼する際に、当該会社に本件プログラムを提供しているから、本件プログラムの譲渡権(同法26条の2)又は貸与権(同法26条の3)を侵害した。
(被告の主張)
ア 被告プログラムのソースコードのうち、原告が作成した部分は全体の約1.4%程度にすぎず、被告プログラムは本件プログラムの二次的著作物であるとはいえない。したがって、被告が他社に被告プログラムを作成させたことにつき、翻案権侵害は成立しない。
イ 被告は被告プログラムを搭載した機器をSEDI社に納入しているが、被告プログラムを公衆に提供したものではないから、上記行為は二次的著作物の譲渡には該当しない。
ウ 被告は被告プログラムを完成させた会社に対して本件プログラムを交付したのみであり、本件プログラムを公衆に提供していないから、本件プログラムの譲渡権又は貸与権を侵害していない。
争点3(本件プログラムの著作権の帰属)について
(被告の主張)
 原告は、被告から本件とは別のソフトウェア開発を受託した際には、被告の会社内でソフトウェアの作成を行い、被告におけるソフトウェアメンテナンスに備え、完成したソフトウェアのソースコードが入ったCD−ROMを被告に交付していた。このような実態からすれば、原告と被告との間には、原告が作成したプログラムに関する一切の権利を被告に帰属させる旨の合意があったといえる。そして、本件請負契約においても上記と同様の手順を予定していたから、本件請負契約に基づき原告が作成するプログラムについては、当該プログラムに関する一切の権利を被告に帰属させる合意が成立していた。
(原告の主張)
 争う。なお、本件プログラムについては、ソースコードが入ったCD−ROMを被告に交付するという手順を踏んでいないから、被告の主張を前提としても、著作権を被告に帰属させる合意は成立していない。
争点4(原告の損害額)について
(原告の主張)
 被告は、本件プログラムに関する著作権侵害につき故意があるから、著作権侵害により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
 プログラム開発においては、請負金額に80%程度の金額を上乗せした額を開発費とすることが一般的であるため、本件においては、請負金額にその40%を上乗せした金額を被告が受けた利益の額(同法114条2項)であると考えられる。したがって、原告の損害額は、請負金額130万円の約1.4倍である180万円である。
(被告の主張)
 争う。なお、被告は別件判決に基づき60万円を原告に対して支払っており、原告に損害は発生していない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件プログラムの著作物性)について
(1) 著作権法が保護の対象とする「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)をいい、アイデアなど表現それ自体でないもの又はありふれた表現など表現上の創作性がないものは、著作権法による保護は及ばない。
 プログラムは「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(同項10号の2)である。著作権法は、プログラムの機能やアイデアを保護するものではなく、その具体的表現を保護するものであるところ、プログラムにおいては、所定のプログラム言語、規約及び解法に制約されつつ、コンピューターに対する指令をどのように表現するか、その指令の表現をどのように組み合わせ、どのような表現順序とするかなどについて作成者の個性が表れることになる。
 したがって、プログラムに著作物性があるというためには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性、すなわち、表現上の創作性が表れていることが認められる必要がある。
(2) 原告は、本件プログラムは、画像処理に基づく表示機能や処理機能、通信機能などの各種機能を備えていること、性質の異なる2種類の機能を同時に備えるという特徴や開発効率及びメンテナンス性の向上などの特徴があることを挙げて、本件プログラムには創作性があると主張する。
 しかし、前記のとおり、著作権法はプログラムの機能そのものを保護するものではないから、本件プログラムの機能についての原告の主張は、本件プログラムが著作物性を有することの根拠となるものではない。また、本件プログラムの特徴についての主張も、それらの特徴に係るコンピューターに対する指令について、上記の選択の幅等やそれがありふれた表現でないことを主張するものではなく、本件プログラムが著作物性を有することの根拠に直ちになるものではない。なお、原告は、本件プログラムの創作性に関し、本件プログラムの構成や本件プログラムに用いられている理論に関する証拠(甲5、7、8)を提出しているが、これらも本件プログラムの構成や内容に関するアイデアを記載したものであり、コンピューターに対する指令の表現に創作性があることを立証するに足りるものではない。
 また、原告は、本件プログラムには、@クラス、関数、変数などは全て小文字を使用すること、Aクラスメンバ変数名の先頭には「_(アンダースコア)」を付することなど、表現上の特徴があると主張するが、これらの表記方法は、関数その他の指令単体の表現の特徴であって、その組合せに係る表現の特徴ではない上、いずれもありふれた表現ということができるから、本件プログラムに著作物性があるということはできない。
(3) 本件においては、本件プログラムの著作物性の有無が争点となり、原告は、本件プログラムの著作物性につき主張立証の機会を与えられていたにもかかわらず、上記(2)のとおり主張立証するほかは、本体ソースコードを証拠(甲6)として提出し、また、本件プログラムの処理の内容を述べたのみであり、本件ソースコードの具体的な表現につき、その表現自体や表現の組合せ、表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性、すなわち、表現上の創作性が表れていることを主張立証しなかった。
 したがって、本件プログラムが著作権法により保護される著作物であると認めることはできず、その余を判断するまでもなく、著作権侵害についての原告の主張は採用することができない。
2 以上によれば、原告の請求にはいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 柴田義明
 裁判官 萩原孝基
 裁判官 林雅子
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/