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【事件名】商標“Crest”侵害事件(2)
【年月日】平成29年6月28日
 知財高裁 平成28年(行ケ)第10276号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成29年4月26日)

判決
原告 X
訴訟代理人弁護士 浜田治雄
被告 株式会社新潮社
訴訟代理人弁護士 吉村仁


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 特許庁が取消2014−300300号事件について平成28年11月15日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は、「Crest」の欧文字を標準文字で横書きしてなる以下の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 登録番号:第4283547号
 出願日 :平成10年4月3日
 登録日 :平成11年6月11日
 指定商品:第16類「印刷物」
(2) 原告は、平成26年4月24日、特許庁に対し、本件商標は、審判請求前3年間にその指定商品について使用された事実が認められないから、商標法50条1項の規定によりその登録を取り消すべきものであるとして、本件商標の商標登録取消審判を請求し(以下、この請求を「本件審判請求」という。)、同年5月16日、本件審判請求の登録がされた(甲106)。
 特許庁は、本件審判請求につき、取消2014−300300号事件として審理した上で、平成28年11月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月25日、原告に送達された。
(3) 原告は、平成28年12月26日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 本件審決の理由
 本件審決の理由は別紙審決書写しのとおりであり、その要旨は、以下のとおりである。
(1) 被告は、平成25年8月ころ、別紙記載の使用商標A−2を、@被告発行の書籍の中表紙、奥付及び帯に付し、また、A被告発行の書籍の広告チラシに付してこれを頒布したことが認められる。
 上記@は、商標法2条3項1号の「商品又は商品の包装に標章を付する行為」に該当し、また、上記Aは、同項8号の「商品の広告に標章を付して頒布する行為」に該当する。
(2) 使用商標A−2の構成中、「BOOKS」の文字は、商品が「書籍」であることを表示するにすぎず、また、「Shinchosha」の文字は、我が国において著名な出版社である被告の名称の略称のローマ字表記であることからすると、階段ピラミッド状に配された「CREST」の文字部分と「BOOKS」の文字を含む図形部分及び被告の名称の略称表記部分とは分離して把握され、「CREST」の文字部分は、独立して自他商品の識別標識としての機能を発揮する部分といえる。
 そうすると、「CREST」の文字と本件商標とは、大文字と小文字に差異があるものの、綴りは同一であり、また、「クレスト」の称呼及び「波頭」の観念も同一であるから、使用商標A−2は、本件商標と社会通念上同一と認められる商標というのが相当である。
(3) 上記(1)の「書籍」は、本件商標の指定商品「印刷物」に含まれる商品である。
(4) したがって、被告は、本件審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、商標権者が取消請求に係る指定商品「印刷物」に含まれる商品について本件商標と社会通念上同一の商標の使用をしていたことを証明したものであるから、本件商標の商標登録は、商標法50条の規定に基づき取り消すべきものではない。
3 取消事由
 商標法50条所定の登録商標の使用を認めた判断の誤り
第3 当事者の主張
1 原告の主張
(1) 本件商標と使用商標A−2が社会通念上同一の商標であるとした判断の誤り
ア 使用商標A−2は、被告が発行する「新潮クレスト・ブックス」という名称の書籍のシリーズに使用されているところ、この「新潮クレスト・ブックス」の名称のうち、「新潮」は被告の略称として知られたものであるとしても、被告自らが、そのホームページ(甲59)等で、「クレスト・ブックス」を一体として使用していることからすれば、取引者・需要者からは、「クレスト・ブックス」で一つの商標であるとして理解され認識されるものである。
 したがって、使用商標A−2も、その構成文字から、新潮社の「クレスト・ブックス」として理解され認識されるものであるから、「CREST」の文字部分が、独立して自他商品の識別標識としての機能を発揮するものとはいえない。
イ また、使用商標A−2は、文字だけでなく図形をも構成要素としており、文字と図形の結合商標であるところ、文字と図形がまとまりよく混然一体となって一つの商標を形作っているものである。すなわち、欧文字は、通常は横書きされ、稀に縦書きされることもあるところ、使用商標A−2の場合、「E」の文字を頂点に左から、「C」、「R」、「E」と順番に右斜め上に向かって配され、「E」の次は「S」、「T」と順番に右斜め下に向かって配されるという特異な配列となっており、このような特異な配列は、階段ピラミッド状の図形が存在することによるものであって、当該図形がなければこのような配列はあり得ない。また、階段ピラミッド状の図形部分は、「CREST」の文字が有する「波頭、最高峰」といった意味合いを視覚化するためにデザインされたものと考えられる。このように、「CREST」の各文字は、階段ピラミッド状の図形と一体化した不可分の構成となっており、図形も含めた全体から、「階段ピラミッドのCREST」という一つの商標として把握されるものといえる。
 したがって、使用商標A−2から「CREST」の文字のみを抽出し、独立して自他商品の識別標識としての機能を発揮する部分ととらえることはできない。
ウ 以上によれば、使用商標A−2から「CREST」の文字部分のみを抽出し、これと本件商標とを比較して、両者を社会通念上同一の商標であるとした本件審決の判断は誤りである。
(2) 使用商標A−2以外にも本件商標と社会通念上同一の商標の使用は認められないこと
 被告は、使用商標A−2以外にも本件商標と社会通念上同一といえる商標を使用している旨主張するが、以下に述べるとおり、その主張は失当である。
ア 使用商標A−1等について
 被告は、別紙記載の使用商標A−1及び使用商標A−3の使用をもって、本件商標と社会通念上同一の商標の使用である旨主張する。
 しかし、これらの商標が本件商標と社会通念上同一の商標といえないことは、使用商標A−2の場合と同様である。
 また、被告は、使用商標A−1及びA−2の使用は、別紙記載の使用商標AAの使用と把握することもできる旨主張するが、これらの商標では、文字部分と図形部分が結合しており、切り離せないものであるから、被告の主張は失当である。
イ 使用商標B−1等について
 被告は、別紙記載の使用商標B−1、使用商標B−2及び使用商標Cの使用をもって、本件商標と社会通念上同一の商標の使用である旨主張する。
 しかし、これらの商標のうち、「新潮」が被告の略称として知られたものであるとしても、被告自らが、そのホームページ等で、「クレスト・ブックス」を一体として使用していることからすれば、取引者・需要者からは、「クレスト・ブックス」で一つの商標であるとして理解され認識されるものであり、「クレスト」の文字部分が、独立して自他商品の識別標識としての機能を発揮するものとはいえないから、これらの商標は、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一の商標とはいえない。
ウ 使用商標D等について
 被告は、別紙記載の使用商標Dの使用をもって、本件商標と社会通念上同一の商標の使用である旨主張する。
 しかし、使用商標Dは、同一書体の「SHINCHO」、「CREST」、「BOOKS」の文字を三段に表記したものであり、これからは、「シンチョウクレストブックス」の称呼が生じ、また、「SHINCHO」が被告の略称として知られたものであることを踏まえても、「SHINCHO」の「CREST BOOKS」との認識が生じるものであるから、使用商標Dは、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一の商標とはいえない。
 また、被告は、使用商標Dの使用は、別紙記載の使用商標DD及び使用商標DDDの使用と把握することもできる旨主張するが、使用商標Dは、全体が一体の商標として把握されるものであるから、被告の主張は失当である。
エ 使用商標E等について
 被告は、別紙記載の使用商標Eの使用をもって、本件商標と社会通念上同一の商標の使用である旨主張する。
 しかし、使用商標Eは、同一書体で同一の大きさの「Shincho Crest Books」の文字を一連に表記したものであり、これからは、「シンチョウクレストブックス」の称呼が生じ、また、「Shincho」が被告の略称として知られたものであることを踏まえても、「Shincho」の「Crest Books」との認識が生じるものであるから、使用商標Eは、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一の商標とはいえない。
 また、被告は、使用商標Eの使用は、別紙記載の使用商標EEの使用と把握することもできる旨主張するが、使用商標Eは、全体が一体の商標として把握されるものであるから、被告の主張は失当である。
2 被告の主張
(1) 本件商標と使用商標A−2が社会通念上同一の商標であること
ア 使用商標A−2のうち、「Shinchosha」の文字部分が、我が国において著名な出版社の一社である被告の会社名の略称であり、取引者・需要者もそのように認識することは明らかである。
 また、「BOOKS」の文字部分は、それが使用された商品である「書籍」自体を表す普通名詞、又は、出版業界において、「一連の連続もの」、「シリーズもの」を意味する用語にすぎない。
 したがって、使用商標A−2において、「CREST」の文字に「Shinchosha」や「BOOKS」の文字が付加されていたとしても、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一であるといえるから、本件審決の判断に誤りはない。
イ 原告は、使用商標A−2においては、「CREST」の各文字が階段ピラミッド状の図形と一体化した不可分の構成となっているから、「CREST」の文字のみを独立して自他商品の識別標識としての機能を発揮する部分ととらえることはできない旨主張する。
 しかし、そもそも、「文字」と「図形」では、商標として質的に異なるのであるから、原則として、両者は分離・分断して把握されるものであり、これらを常に一体として見なければならないのは、例外的な場合に限られるものといえる。しかるところ、使用商標A−2のうち、「CREST」の文字部分からは、「クレスト」の称呼及び「波頭、最高峰」といった観念が明らかに生じるのに対し、その図形部分からは、何ら具体的な称呼や観念が生ずることはなく、両者の間には、称呼上又は観念上の結合性は何ら存在しないのであるから、これらを一体化した不可分の構成と見なければならないものではない。
 また、原告は、使用商標A−2における「CREST」の文字の配列を「特異な配列」であるとし、それは図形が存在することによるものであるから、「CREST」の文字と図形は、一体化した不可分の構成である旨主張する。
 しかし、使用商標A−2における「CREST」の文字の配列は、「E」を頂点として「への字状」に文字を配列したものにすぎず、そのような配列は、文字商標の表示技法としてありふれたものである(乙10〜12(枝番を含む。))から、「CREST」の文字と図形が一体化した不可分の構成であることの根拠とはならない。
 以上のとおり、使用商標A−2のうち、「CREST」の文字部分と図形部分に幾ばくかの構成上の関連性があるとしても、外観においては他に関連性を阻害する要因があり、観念と称呼においては何らの関連性もないことからすれば、使用商標A−2に接する取引者・需要者は、「CREST」の文字部分は、図形部分とは何らの関連もないことを理解し、これを独立した自他商品識別標識として認識するというべきであるから、原告の上記主張は理由がない。
(2) 使用商標A−2以外にも、本件商標と社会通念上同一の商標を使用していること
 以下に述べるとおり、被告は、使用商標A−2以外にも、本件商標と社会通念上同一といえる商標を、本件審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、本件審判請求に係る指定商品「印刷物」に含まれる商品について使用しているから、これらの事実からしても、本件審決に誤りはない。
ア 使用商標A−1等
 被告は、使用商標A−1、A−3及びAAを、本件審判請求の登録前3年以内に、被告発行の書籍自体に付し、又は、当該書籍の広告に付して、これを使用している(甲61〜67(枝番を含む。)、乙13)。なお、使用商標A−1及びA−2において、「CREST」の文字部分と図形部分を分離して把握し得ることからすれば、これらの商標の使用は、使用商標AAの使用と把握することもできる。
 そして、これらの商標が本件商標と社会通念上同一の商標といえることは、使用商標A−2の場合と同様である。
イ 使用商標B−1等
 被告は、使用商標B−1、B−2及びCを、本件審判請求の登録前3年以内に、被告発行の書籍自体に付し、又は、当該書籍の広告に付して、これを使用している(甲61〜67(枝番を含む。)、乙13)。
 そして、これらの商標における「新潮」の文字部分は、我が国において著名な出版社の一社である被告の会社名の略称であり、また、「ブックス」の文字部分は、それが使用された商品である「書籍」自体を表す普通名詞、又は、出版業界において、「一連の連続もの」、「シリーズもの」を意味する用語にすぎないことからすると、これらの商標は、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一の商標といえる。
ウ 使用商標D等
(ア) 被告は、使用商標Dを、本件審判請求の登録前3年以内に、被告発行の書籍の広告に付して、これを使用している(甲65、乙13)。なお、使用商標Dの使用は、使用商標DD又はDDDの使用と把握することもできる。
(イ) 使用商標Dにおける「SHINCHO」の文字部分は、我が国において著名な出版社の一社である被告の会社名の略称であり、また、使用商標D及びDDDにおける「BOOKS」の文字部分は、それが使用された商品である「書籍」自体を表す普通名詞、又は、出版業界において、「一連の連続もの」、「シリーズもの」を意味する用語にすぎないことからすると、これらの商標は、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一の商標といえる。
 また、使用商標DDと本件商標とは、「書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標」であるから、社会通念上同一の商標といえる。
エ 使用商標E等
(ア) 被告は、使用商標Eを、本件審判請求の登録前3年以内に、被告発行の書籍の広告に付して、これを使用している(乙13)。なお、使用商標Eの使用は、使用商標EEの使用と把握することもできる。
(イ) 英語では、複数の単語の連続が通しで把握される場合は、冒頭の単語の最初の文字のみを大文字で表記するところ、使用商標Eでは、「Shincho」、「Crest」、「Books」の各単語がいずれも最初の文字を大文字で表記しており、かつ、3語の間には各々半文字分の空間が存在していることから、外観上、3つの独立した語が寄り添って一行に配置されているものであると把握される。
 また、「Shincho」の語は、被告の名称の略称(名詞)であり、「Crest」及び「Books」もいずれも名詞であって、これらの間に、形容詞と名詞(修飾語と被修飾語)といった文法上の関連性はなく、観念上のつながりもないことからしても、使用商標Eは、3つの独立した語が寄り添って一行に配置されているものであると把握される。
 更に、3つの語から生じる「シンチョウ」「クレスト」「ブックス」の各称呼からも、これらを一連・一体の称呼とする理由は何ら見出せず、称呼上も、使用商標Eは、3つの独立した語が寄り添って一行に配置されているものであると把握される。
 このように、使用商標Eは、外観、観念、称呼のいずれの点からしても、3つの独立した語が寄り添って一行に配置されているものであると把握されるところ、このうち、「Shincho」の文字部分は、我が国において著名な出版社の一社である被告の会社名の略称であり、また、「Books」の文字部分は、それが使用された商品である「書籍」自体を表す普通名詞、又は、出版業界において、「一連の連続もの」、「シリーズもの」を意味する用語にすぎないことからすると、使用商標Eは、「Crest」の文字からなる本件商標と社会通念上同一の商標といえる。
 また、使用商標EEと本件商標とが同一の商標であることは明らかである。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所は、本件審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、本件商標の商標権者である被告が、本件審判請求に係る指定商品である「印刷物」に含まれる商品について、本件商標と社会通念上同一といえる商標の使用をしていることが認められるものといえるので、本件商標の商標登録は商標法50条の規定に基づき取り消すべきものではないとした本件審決の結論に誤りはなく、本件審決には、これを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 被告による商標使用の事実について
(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告は、書籍及び雑誌の出版等を業とする株式会社であり、我が国において著名な出版社である。
 被告は、平成10年5月から、海外の小説やノンフィクション作品等を翻訳した書籍のシリーズ(以下「本件シリーズ」という。)を、「新潮クレスト・ブックス」という名称の下で出版、販売している(甲59、66の1及び2、67の1及び2、乙13)。
イ 次のとおり、被告が出版した本件シリーズに属する書籍又はその包装に、使用商標B−1が付されている。
(ア) 被告が平成25年10月25日に発行した「小説のように」と題する書籍(アリス・マンロー著)の帯(書籍表面の下の部分を覆うように巻かれた帯状の紙)に、使用商標B−1が付されている(甲61の1〜3)。
(イ) 被告が平成25年8月20日に発行した「終わりの感覚」と題する書籍(ジュリアン・バーンズ著)の帯に、使用商標B−1が付されている(甲62の1〜3)。
(ウ) 被告が平成25年8月25日に発行した「美しい子ども」と題する書籍(松家仁之編)の内表紙及び帯に、使用商標B−1が付されている(甲63の1〜3)。
ウ 次のとおり、本件シリーズに属する書籍に関する広告に、使用商標B−1が付されている。
(ア) 平成24年9月ころに印刷、頒布された、本件シリーズに属する複数の書籍の概要等を紹介する広告チラシ(販売される書籍に挟み込まれて頒布されるもの)の表紙に、使用商標B−1が付されている(甲64)。
(イ) 平成25年8月ころに印刷、頒布された、本件シリーズに属する複数の書籍の概要等を紹介する広告チラシ(販売される書籍に挟み込まれて頒布されるもの)の表紙に、使用商標B−1が付されている(甲65)。
(ウ) 平成23年から平成24年ころに印刷、頒布された、本件シリーズに属する複数の書籍の概要等を紹介する小冊子(書店の店頭等で頒布されるもの)の表紙に、使用商標B−1が付されている(甲66の1及び2)。
(エ) 平成24年から平成25年ころに印刷、頒布された、本件シリーズに属する複数の書籍の概要等を紹介する小冊子(書店の店頭等で頒布されるもの)の表紙に、使用商標B−1が付されている(甲67の1及び2)。
(2) 以上の認定事実によれば、本件商標の商標権者である被告は、本件審判請求の登録(平成26年5月16日)の前3年以内に、日本国内において、本件シリーズに属する書籍又はその包装に使用商標B−1を付すとともに、本件シリーズに属する書籍に関する広告に使用商標B−1を付してこれを頒布することにより、使用商標B−1を使用(商標法2条3項1号及び8号)していることが認められる。
2 商品の同一性について
 上記1のとおり、使用商標B−1が使用されている商品は、本件シリーズに属する「書籍」であり、これが、本件商標の指定商品である「印刷物」に含まれることは明らかである。
3 商標の同一性について
 商標法50条1項においては、使用の対象となる商標について、「登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。…)」と規定されており、「登録商標と社会通念上同一と認められる商標」も含むものとされている。
 そこで、使用商標B−1が、本件商標と「社会通念上同一と認められる商標」といえるか否かについて検討する。
(1) 本件商標は、「Crest」の欧文字を標準文字で横書きしてなる商標であるところ、「crest」の語は、「(ものの)頂上、山頂、波頭」などの意味を有する英語として認識されるものであるから、本件商標からは、通常の英語読みに従った「クレスト」の称呼が生じるとともに、その英語の意味に従った「(ものの)頂上、山頂、波頭」などの観念が生じるものといえる。
(2) 他方、使用商標B−1は、「新潮クレスト・ブックス」の漢字及び片仮名を横書きで一連表記してなるものであるところ、「新潮」の文字と「クレスト・ブックス」の文字は、漢字と片仮名という文字種の違いから、明確に区別して認識されるものである。また、「クレスト」の文字と「ブックス」の文字についても、その間が「・」によって区切られていることに加え、後述のとおり、「ブックス」の語が「書籍」を表す英語の片仮名表記として明確に認識されることからすると、同様に区別して認識されるものといえる。してみると、使用商標B−1は、「新潮」、「クレスト」及び「ブックス」の3つの独立した語が組み合わされて表記された商標として認識されるものといえる。
 そこで、以上を前提に、使用商標B−1を「書籍」についての商品識別標識として見てみると、まず、「新潮」の漢字部分は、我が国における著名な出版社である被告の略称として広く知られているものであり、「書籍」に使用された使用商標B−1に接した取引者・需要者は、「新潮」の漢字部分を、当該書籍を発行する出版社が被告であることを表示するものにすぎないと認識するから、この「新潮」の漢字部分は、商標の同一性という観点からは重要性を持たない部分といえる。
 次に、使用商標B−1のうち、「ブックス」の片仮名部分は、「本、書籍」を意味する英語「book」の複数形を片仮名表記したものであることが明らかである。また、「書籍」の出版の分野においては、特定のシリーズに属する書籍群に、特定のブランド名と「ブックス(books)」の語を合わせた、「○○ブックス(books)」の名称を付けて出版、販売することが一般的に行われていることが認められる(甲10、12、14、16、18、20、22、23、80〜82、84〜87、89、91、92、94〜99、101〜104(枝番を含む。))。してみると、「書籍」に使用された使用商標B−1に接した取引者・需要者は、「ブックス」の片仮名部分を、これが付された商品が「書籍」であること、あるいは、その商品が「特定のシリーズに属する書籍」であることを表示するものとして認識するといえるから、これも商標の同一性という観点からは重要性を持たない部分であるといえる。
 他方、「クレスト」の片仮名部分は、「(ものの)頂上、山頂、波頭」などの意味を有する英語「crest」を片仮名表記したものとして認識され、その意味に従った観念を生じるものといえるところ、このような「クレスト」の語は、「書籍」との関係で特段の結びつきを有するものではないから、「書籍」に係る商品識別標識としての機能を果たし得るものであり、商標の同一性を基礎づける中核的部分といえる。
 この点、原告は、被告自らがそのホームページ等で「クレスト・ブックス」を一体として使用していることを理由に挙げ、取引者・需要者からは、「クレスト・ブックス」で一つの商標として理解され認識される旨主張する。しかし、「書籍」に関する広告等において、「クレスト・ブックス」が一連表記されていたとしても、これに接した取引者・需要者からは、「クレスト」と「ブックス」が独立した語として認識され、そのうち、特に「クレスト」の部分が独立して自他商品の識別標識の機能を発揮する部分として認識されることは上記で述べたとおりであるから、原告の主張は採用できない。
(3) 以上のとおり、使用商標B−1のうち、商標の同一性を基礎づける中核的部分として把握される「クレスト」の片仮名部分を、本件商標と比較すると、両者は、片仮名と欧文字という文字種の違いからくる外観上の相違はあるものの、「クレスト」の称呼及び「(ものの)頂上、山頂、波頭」などの観念をいずれも共通にするものであることからすると、使用商標B−1は、本件商標と社会通念上同一の商標であると認めるのが相当である。
4 結論
 以上によれば、使用商標A−2及び被告主張の他の使用商標について検討するまでもなく、本件商標の商標権者である被告は、本件審判請求の登録前3年以内に、日本国内において、本件審判請求に係る指定商品に含まれる商品について、本件商標と社会通念上同一と認められる商標の使用をしていることが認められる。
 したがって、本件商標について、商標法50条所定の登録商標の使用を認め、その登録は同条の規定に基づき取り消すべきものではないとした本件審決の結論に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
 裁判官 大西勝滋
 裁判官 杉浦正樹


(別紙)
使用商標A−1
使用商標A−2
使用商標A−3


(別紙)
使用商標B−1
使用商標B−2
使用商標C
使用商標D
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