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【事件名】KDDIへの発信者情報開示請求事件I
【年月日】平成29年6月9日
 東京地裁 平成29年(ワ)第4222号 発信者情報開示請求事件
 (口頭弁論終結日 平成29年5月19日)

判決
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 大熊裕司
同 島川知子
被告 KDDI株式会社
同訴訟代理人弁護士 星川勇二
同 星川信行
同 渡部英人
同 春田大吾


主文
1 被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、氏名不詳者が被告の提供するインターネット接続サービスを経由してインターネット上の電子掲示板に写真を投稿したことにより原告の著作権(複製権、公衆送信権)等が侵害されたと主張して、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、被告が保有する発信者情報の開示を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
 原告は、肩書地に居住する者である(甲1)。
 被告は、電気通信事業を営み、インターネット接続サービスを提供する株式会社である。
(2) 氏名不詳者による写真の投稿
 氏名不詳者(以下「本件発信者」という。)は、インターネット掲示板「ホストラブ」(以下「本件ウェブサイト」という。)内に設置された「●(省略)●」と題するスレッド(以下「本件スレッド」という。)において、別紙投稿記事目録記載の記事(以下「本件記事」という。)を発信した(甲4の1・2)。
(3) 被告の「開示関係役務提供者」該当性
 原告は、本件ウェブサイトの管理者に対し、本件発信者に係る発信者情報の開示請求をし、同管理者からIPアドレス等の開示を受けたところ(甲6)、このIPアドレスは被告の保有に係るものであり、本件発信者は、被告の提供するインターネット接続サービスを経由して本件各記事を本件ウェブサイトに発信していた(甲7)。
 したがって、被告は本件発信者に対してインターネット接続サービスを提供していたから、本件記事の投稿に関し、プロバイダ責任制限法4条1項の「開示関係役務提供者」に当たる。
(4) 被告による情報の保有
 被告は、本件発信者の氏名又は名称、住所及び電子メールアドレスの各情報(以下「本件発信者情報」という。)を保有している。
2 争点
(1) 権利侵害の明白性
(2) 発信者情報開示を受けるべき正当理由の有無
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(権利侵害の明白性)について
〔原告の主張〕
(1) 著作権侵害
ア 本件記事の画面をクリックすると、原告のTwitter(以下「ツイッター」という。)のアカウント画面が表示される(甲4の2)が、原告のアカウント画面に表示されている顔写真(以下「原告写真」という。)は、平成28年8月ころ、原告が自撮りした写真であり、原告が著作権を有している。
 本件発信者は原告写真をコピーし、本件記事に原告写真のコピー(以下「本件写真」という。)を原告の許諾なく掲載し、これを公衆に送信した。
 したがって、本件発信者の上記行為は、原告の原告写真に係る複製権及び公衆送信権を侵害するものである。
イ この点に関して被告は、本件記事は単に原告のツイッターのアカウント画面へのリンクを張っているにすぎないと主張する。
 しかし、本件ウェブサイトでは、写真画像やスクリーンショット画像等を貼り付けてコメントを投稿できるシステムになっており、本件ウェブサイトの表示画面(甲4の2)からもわかるとおり、同画面は原告のアカウント画面がそのまま表示されているものではなく、原告のアカウント画面をスクリーンショットしたものである。
 したがって、被告の上記主張は失当である。
ウ また、被告は、原告が不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことを何ら主張・立証していないと主張する。
 しかし、本件記事が著作権法20条以下の権利制限規定に該当しうる余地はない。なお、引用(著作権法32条1項)について言及すると、本件記事で原告のツイッターのアカウント画面を引用する必要性はなく、「公正な慣行に合致する」態様の投稿ではなく、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」で行われているものでもなく、引用の抗弁は成り立たない。
(2) 人格権侵害
 本件記事のうち、「SNOWでもブスだ」(「SNOW」とは自撮り用の携帯アプリである。)、「ブスには必須アプリね」という表現は、社会通念上許された限度を超える態様で原告を侮辱するものであり、原告の名誉感情を侵害している。
 したがって、本件発信者の上記行為は、原告の人格権を侵害するものである。
(3) 以上のとおり、本件記事に掲載されたことにより、原告の権利が侵害されたことが明らかである。
〔被告の主張〕
(1) 否認ないし争う。インターネット上の掲示板等における投稿は、これが匿名でなされること等もあって、必ずしも一般社会において信用性が高いものとして評価されているわけではないが、その一方で、発信者情報開示は、発信者のプライバシーや表現の自由といった重大な権利利益に関する問題であるばかりか、発信者情報は一旦開示されてしまうと、その原状回復が不可能であるから、発信者情報の開示を請求することができる場合は限定的に考えるべきであって、プロバイダ責任制限法4条1項1号が定める「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」といった要件の認定は、これを慎重に、かつ厳格に行うべきであり、何ら具体的な事実を述べることなく、抽象的な投稿がなされた程度では、かかる要件を満たすことはあり得ないというべきである。のみならず、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」の「明らか」とは、権利の侵害がなされたことが明白であるという趣旨であり、不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでをも意味すると解すべきである。
(2) そして、以下の点からすれば、権利侵害の明白性を満たすものではない。
ア 著作権侵害につき
 本件記事は、単に、原告のツイッターのアカウント画面へのリンクを張っているにすぎず、同画面に表示されている顔写真を、本件記事を投稿した者が複製しているわけでも、公衆送信しているわけでもない。
 また、原告は、不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことを何ら主張・立証していない。
イ 人格権侵害につき
 本件記事は、何ら具体的な根拠や事実を述べることなく、「SNOWでもブスだ」、「ブスには必須アプリね」程度の抽象的かつ極々簡単な投稿をしているにすぎないから、本件記事が社会通念上許された限度を超える態様で原告を侮辱しているものとはいえず、原告の名誉感情が侵害されているともいえない。
 また、原告は、その侵害行為の違法性を阻却する事由が存在しないことについても何ら主張・立証していない。
2 争点(2)(本件発信者情報の開示を受けるべき正当理由の有無)について
〔原告の主張〕
 原告は、本件発信者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求するため、被告に対し、本件発信者の本件発信者情報の開示を求めるものであるから、正当理由の要件を充足している。
〔被告の主張〕
 争う。
第4 争点に対する判断
1 争点1(権利侵害の明白性)について
 事案に鑑み、著作権侵害について判断する。
(1) 証拠(甲1、2、4、8〔枝番省略〕)及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成28年8月頃、原告自身を被写体とした原告写真をいわゆる自撮り(スマートフォン等を用いて撮影者自身を撮影する)に用いられるアプリを利用して撮影し、その後、ツイッターのプロフィールページに同写真を掲載したことが認められる。そして、同年11月21日、本件発信者が上記プロフィールページに掲載された原告写真を複製して本件記事に本件写真を掲載し、これを公衆に送信したものと推認できる。
(2) そうすると、原告が原告写真の著作者であること、本件記事に掲載された本件写真は原告の著作物である原告写真を複製したものであると認められるから、本件発信者による本件記事の投稿は原告写真に係る原告の複製権及び公衆送信権の侵害に当たると認められる。
(3) 被告の主張に対する判断
ア この点に関して被告は、本件記事は単に原告のツイッターのアカウント画面へのリンクを張っているにすぎず、同画面に表示されている顔写真が本件記事に複製されているわけでも、公衆に送信されているわけでもない旨主張する。
 確かに、証拠(甲4[枝番省略])及び弁論の全趣旨によれば、本件スレッド中における本件記事の表示画面(甲4の1)をみると、本件写真がアイコン状に表示されており、それをクリックすると、原告のツイッターのアカウント画面様の表示が出現することが認められる。
 しかし、本件スレッド中における本件記事の表示画面(甲4の1)と原告のツイッターのアカウント画面様の表示(甲4の2)とを対比すると、左側に表示された掲示板内の目次(たとえば、「ホスト総合話題」「東京のお店」「東京(あ〜た行)のお店」など)は共通して表示されており、左下に印字されたURLも「(URL省略)」と共通していること、これに対し原告のツイッターのプロフィールページのURLが「(URL省略)」で始まるURLであること(甲2)、ツイッターのアカウント画面様の表示(甲4の2)が一見してスクリーンショットであること、ツイッターのアカウント画面様の表示とともに「914」という本件スレッドにおける本件記事の投稿番号や投稿された文章が表示されていること(甲4の2)からすれば、本件記事に掲載された本件写真を含む原告のツイッターのアカウント画面様の表示(甲4の2)はリンクではなく、本件記事に張り付けられた画像であって、単に閲覧者がアイコン状の表示をクリックすると当該投稿番号の投稿文とともに上記画像が拡大して表示される形式になっているにすぎないと認められる。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
イ また、被告は「権利が侵害されたことが明らかであるとき」といえるためには、不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことまでをも意味するところ、原告は不法行為の成立を阻却する事由の存在をうかがわせるような事情が存在しないことを何ら主張・立証していない旨主張する。
 しかし、被告の解釈を前提とした上で、例えば適法引用(著作権法32条1項)の成否につき検討してみると、他人の著作物を引用(著作権法32条1項)して利用することが許されるためには、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であるところ、本件発信者による本件記事の掲載は公正な慣行に合致したものでもなく、また、引用の目的上正当な範囲内にあるといえないことは明らかであり、その他一件記録を精査しても、本件発信者による原告写真に係る複製及び公衆送信につき、著作権法上の権利制限事由の存在及びその他不法行為の成立の阻却事由の存在を基礎づける事実は何らうかがわれない。
 したがって、被告の上記主張は採用することができない。
(4) 以上のとおり、本件記事が本件ウェブサイトに掲載されたことによって
原告の権利が侵害されたことは明らかである。
2 争点2(発信者情報開示を受けるべき正当理由の有無)について
 原告は、本件発信者に対して原告写真の複製権及び公衆送信権侵害を理由とする損害賠償請求権等を行使することができるところ、その行使をするためには、その発信者情報の開示が必要であると認められる。
 したがって、原告には被告から本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があると認められる。
3 結論
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 東海林保
 裁判官 遠山敦士
 裁判官 勝又来未子
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