判例全文 line
line
【事件名】“建築の著作物”創作性事件
【年月日】平成29年4月27日
 東京地裁 平成27年(ワ)第23694号 著作者人格権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成29年1月17日)

判決
原告 株式会社甲建築研究所
同訴訟代理人弁護士 水野祐
同 平林健吾
同 倉崎伸一朗
被告 株式会社竹中工務店(以下「被告竹中工務店」という。)
同訴訟代理人弁護士 海谷利宏
同 江口正夫
同 海谷隆彦
同 池田亮太郎
被告 株式会社彰国社(以下「被告彰国社」という。)
同訴訟代理人弁護士 中谷寛也


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 原告が別紙物件目録記載の建物について、著作者人格権(氏名表示権)を有することを確認する。
2 被告竹中工務店は、別紙通知目録(1)記載1の通知先に同目録記載2の内容を通知せよ。
3 被告竹中工務店は、別紙通知目録(2)記載1の通知先に同目録記載2の内容を通知せよ。
4 被告竹中工務店は、(住所は省略)所在の日本経済新聞社発行の「日本経済新聞」全国版朝刊に、別紙謝罪広告目録(1)記載1の謝罪広告文を同目録記載2の掲載条件により1回掲載せよ。
5 被告彰国社は、別紙書籍目録記載の書籍を複製し、頒布してはならない。
6 被告彰国社は、別紙書籍目録記載の書籍を回収、廃棄せよ。
7 被告彰国社は、被告彰国社発行の「ディテール」に、別紙謝罪広告目録(2)記載1の謝罪広告文を同目録記載2の掲載条件により1回掲載せよ。
8 被告らは、原告に対し、連帯して100万円及びこれに対する平成27年6月17日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
9 被告竹中工務店は、原告に対し、200万円並びにうち100万円に対する平成27年6月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員及びうち100万円に対する同年7月10日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、建築設計等を目的とする原告が、自らが別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の共同著作者(主位的主張)又は本件建物を二次的著作物とする原著作物の著作者(予備的主張)であるにもかかわらず、@被告竹中工務店が本件建物の著作者を同被告のみであると表示したことにより、そのように表示された賞を同被告が受賞したこと、及び、A被告竹中工務店の上記表示を受けて、被告彰国社がそのように表示された書籍を発行・販売してこれを継続していることが、原告の有する著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為であると主張して、(1)被告らに対し、@原告が本件建物について著作物人格権(氏名表示権)を有することの確認、及び、A民法719条及び709条に基づき、慰謝料100万円(上記書籍の販売等に係るもの)及びこれに対する不法行為の日の後である平成27年6月17日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の連帯支払を、(2)被告竹中工務店に対し、@民法709条に基づき、慰謝料200万円(上記受賞に係るもの)及びうち100万円に対する不法行為の日の後である同月30日から、うち100万円に対する不法行為の日の後である同年7月10日から各支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払、並びに、A著作権法115条に基づく名誉回復措置としての通知及び謝罪広告の掲載を、(3)被告彰国社に対し、@同法112条1項に基づき、上記書籍の複製及び頒布の差止め、A同条2項に基づき、上記書籍の回収及び廃棄、並びに、B同法115条に基づき、名誉回復措置として謝罪広告の掲載を、それぞれ求める事案である。
1 前提事実(証拠を掲記したほかは、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、平成2年9月10日に設立された、建築設計、管理業務等を目的とする株式会社である(甲1)。
イ 被告竹中工務店は、昭和12年9月1日に設立された、建築工事及び土木工事に関する請負、設計及び監理等を目的とする株式会社である(甲2)。
ウ 被告彰国社は、昭和40年8月19日に設立された、書籍の出版及び販売等を目的とする株式会社である(甲3)。
(2) 本件建物の設計・建築
ア 株式会社エーエイチアイ(以下「エーエイチアイ」という。)は、平成24年12月、被告竹中工務店に対し、ファッションブランド「STELLA McCartney」の店舗として本件建物の設計・建築を依頼した。
イ 被告竹中工務店は、平成25年5月31日付けで、本件建物の設計図面等(甲6。以下「被告竹中工務店設計資料」という。)を作成した。
ウ 原告代表者は、同年6月、エーエイチアイの代表取締役である乙(以下「乙」という。)から、本件建物の「外観デザイン監修」の依頼を受けた(甲4、10)。
 原告代表者は、乙から被告竹中工務店設計資料を受け取り、同年9月13日までに、本件建物の外観に関する図面等(甲7及び7の2。以下、併せて「原告設計資料」と総称する。)及び立体模型(甲8。以下「原告模型」という。)を作成した。
エ 被告竹中工務店の設計担当者である丙(以下「丙」という。)は、同年9月13日、エーエイチアイの事務所で乙と打合せをし、原告代表者も同席した(以下「本件打合せ」という。)。
 丙は、本件打合せにおいて、原告代表者から原告との共同設計の提案を受けたが断り、退席した。本件打合せ後に、原告代表者と被告竹中工務店の担当者が接触したことはない。
オ 本件建物は、平成26年10月に完成した(乙21)。本件建物は建築の著作物に当たる。
(3) 本件建物に係る受賞歴等
ア 被告竹中工務店は、一般社団法人日本空間デザイン協会の主催する「DSA 日本空間デザイン賞2015」に、本件建物の著作者が被告竹中工務店のみであると表示して応募した。
 上記協会は、平成27年6月17日、本件建物を「C部門 商業・サービス空間部門」の入選作品とし、その「作品代表者」を「竹中工務店 丙」と表示して発表した(甲12。以下「本件受賞1」という。)。
イ 被告竹中工務店は、一般社団法人日本商環境デザイン協会の主催する「JCD Design Award2015」に、本件建物の著作者が被告竹中工務店のみであると表示して応募した。
 上記協会は、同年7月10日、本件建物を準大賞作品とし、「建築設計:株式会社竹中工務店 丙」と表示してウェブサイトに公表した(甲13の1及び2。以下「本件受賞2」といい、「本件受賞1」と併せて「本件各受賞」と総称する。)。
(4) 本件建物の書籍への掲載
 被告彰国社は、平成27年6月17日、その発行する別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に本件建物の外観写真を掲載し、本件建物の著作者名を「M3 竹中工務店 BY TAKENAKA CORPORATION」及び「M3 設計/竹中工務店」と表示した。
2 争点
(1) 本件建物の著作者(争点1)
ア 原告が共同著作者であるか(主位的主張)(争点1−1)
イ 原告が原著作者であるか(予備的主張)(争点1−2)
(2) 故意・過失の有無及び損害額(争点2)
(3) 差止めの必要性(争点3)
(4) 名誉回復措置の必要性等(争点4)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件建物の著作者)について
ア 争点1−1(原告が共同著作者であるか)について
(原告の主張)
(ア) 原告代表者の創作的関与があること
a 建築物は、意匠法の「物品」に該当せず、意匠法による保護を期待できないから、実用的な側面を有するとしても、高度の創作性を求めることなく一般の表現物と同様に、作成者の個性が発露している場合に創作性を認めるべきである。そして、建築物の基本設計は、意匠設計・構造設計・設備設計に区別され、意匠設計が設計者の個性が最も発露しやすく、意匠設計のうち、建築物の印象を生み出す「顔」ともいうべきファサードは、鑑賞者の建築物に対する印象を生み出す特徴的部分である。
 したがって、建築物の著作物性の判断は、意匠設計、特にファサードの意匠設計における設計者の個性の発露を最も重視するべきであるところ、建物外観を見る者にとって、ファサードの印象を決定する要素は、ファサード部分の配列方法、形状・サイズの種類、密度の高低、及び表面処理(色彩等)等であるから、これらの点を考慮して建築の著作物性を判断するべきである。
b 原告代表者は、平成25年9月6日までに、本件建物のファサード上部に組亀甲柄を元にした立体格子を設置すること、その配列、形状、寸法及び種類、立体的な格子状のファサードを利用して格子の隙間から本件建物の内外に差し込む光を利用した昼夜の表現を行い、光の表現を引き立てるために白色の格子とすること、立体的な形状を活かすためにアルミダイキャストの素材とすることなどを決定し、原告設計資料及び原告模型を作成した。そして、原告代表者は、同日、乙に対し、原告設計資料及び原告模型に基づき、自らの設計案を具体的に説明した。被告竹中工務店が、同日以前に、上記内容を提案したことはない。
 このように、原告代表者の本件建物の外観に関する提案は、意匠設計のうちの外装スクリーンのファサード部分を、組亀甲柄を立体的なファサードとして造形すること、その具体的な形状(立体化の形状とすること、格子の太さ・向き)、配列(格子の隙間を設けること)、模様(組亀甲部分を無地とすること)、色彩(組亀甲柄部分を白色とすること)及び設置位置(ファサード上部)を具体的な表現にまで落として決定されたものであり、組亀甲柄部分の光の表現についても具体的に決定されている(なお、組亀甲の密度は、初回提案としてわかりやすくするため、あえて低くされているにすぎない。)。
 そして、建築の外観に組亀甲柄が用いられることは多くない上、原告代表者の上記提案内容は、組亀甲柄を用いるというアイデアから想定される複数の表現から特定の表現を選択して決定されているから、単に組亀甲柄をファサードに用いるというアイデアにとどまらず、ありふれた表現でもない。
 加えて、原告代表者の上記提案は、着物等に用いられる日本の伝統的な和柄である組亀甲柄に着目し、日本の伝統柄を発想の源泉にするという設計思想が現れており、その個性の発露が認められる。
 したがって、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の上記提案は、創作的な表現である。
c そして、外装スクリーン部分は、本件建物から容易に物理的に分離することはできず、本件建物のファサードの一部として使用されるためだけに設計されたものであり、本件建物における仕様を離れた単体での有用性はなく「工業製品」ではない。
 そうすると、本件建物の外装スクリーン部分に係る設計であっても、本件建物の外観全体の設計をしたというべきである。
d 以上によれば、原告代表者は、本件建物の外観設計につき、創作的に関与した。
 なお、仮に、建築物について、実用的な機能を有するために一般の表現物より高度の創作性を必要とすると解しても、本件建物の実用的機能はあくまで「店舗」であることであり、通行人や消費者の人目を惹くことは実用的機能ではないところ、本件建物が本件各受賞を受けていることに照らせば、原告代表者の外観設計は、その実用的な機能を離れて十分に美的鑑賞性を有する表現であるといえる。
(イ) 「共同して創作した」こと
a 共同創作の事実があること
(a) 原告代表者は、乙から被告竹中工務店設計資料を受領した上で、同年9月6日までに原告設計資料及び原告模型図を作成し、同日、乙に対し、上記(ア)の設計案を提案し、本件打合せにおいて、丙に対し、原告設計資料及び原告模型に基づき上記設計案を説明した。なお、被告竹中工務店が、同日までに、乙に対し、アルミキャストによる編込み様の立体形状の組亀甲柄を用いた光の表現を含む外観設計を提案したことはない。
 丙は、本件打合せにおいて、原告との共同設計を拒否したが、原告設計資料を持ち帰っており、その後、乙からは、組亀甲柄のパターンを参考にした設計も検討するよう依頼され、組亀甲柄を立体格子にしたファサード上部の設計を完成させている。そして、完成後
の本件建物の外観は、原告が乙から依頼を受けた同年6月以前に提案されていた被告竹中工務店の設計資料の内容とは異なるが、他方で、夜間のライトアップされた状態を含めて、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案内容とほぼ同一である。
 以上によれば、被告竹中工務店は、原告代表者の上記提案に基づき、本件建物の実施設計を行ったといえる。
(b) 仮に、丙が原告設計資料を持ち帰らなかったとしても、丙は、本件打合せにおいて、原告代表者の提案内容の説明を受けている。
 また、著作物を共同創作したといえるためには、有形・無形を問わず、創作過程において第一次的に関与した者の成果を利用又は改良して最終的に著作物を完成させば足りるから、本件建物の外観設計についても、原告が関与した創作的部分を利用又は改良して被告竹中工務店なりの創作的部分が付加された場合も、共同創作の事実が認められると解すべきである。
 この点、完成した本件建物と原告代表者の提案内容は、上記(ア)の創作的部分において酷似している。具体的には、本件建物の外観上部に用いられている立体形状の組亀甲柄を構成する最小単位(頂点と頂点から延びる3本の線)の色及び形状、組亀甲柄の中央ラインを含む模様、色及び直線的な輪郭を有するとの形状が同一であり、立体形状の組亀甲柄の重要な特徴が同一である。また、本件建物の仕様が光を外装スクリーンの格子内部で拡散・乱反射させるものであり、夜間に外装スクリーン全体が一様に発光しているとしても、原告設計資料及び原告模型には、立体状に組み込まれた格子や格子内部で乱反射が起きることが示されている。
 このような事情に照らせば、仮に、丙が原告設計資料を持ち帰っていなかったとしても、被告竹中工務店は、丙が認識した原告代表者の提案内容の創作的表現に基づき、本件建物の外観設計を完成させたといえる。
(c) 以上に加えて、原告が乙から本件建物の外観設計に関する報酬の支払を受けていることにも照らせば、原告代表者と被告竹中工務店が本件建物の外観設計を客観的に共同して創作したといえる。
b 共同創作の意思があること
(a) 共同創作の意思は、客観的に見て当事者間に互いに相手方の意思に反しないという程度の関係があれば足りる。
 上記aのとおり、被告竹中工務店は、客観的に、原告代表者の提案内容に基づいて本件建物の外観設計を完成させており、この事実は、原告代表者及び被告竹中工務店の意思に反するものではない。
 したがって、原告代表者と被告竹中工務店との間には、客観的にみて互いに相手方の意思に反しないという程度の関係があったといえる。
(b) 仮に、共同創作の意思について、創作者間に互いに相補う形で創作をなすという主観的な認識が必要であると解しても、この主観的な認識の有無は、客観的な事実によって判断すべきであり、上記aの事実経過に照らせば、少なくとも、原告と被告竹中工務店には、黙示の共同意思があったというべきである。
(c) したがって、原告代表者と被告竹中工務店は、本件建物の外観設計につき、共同創作の意思があった。
c 以上によれば、原告代表者は、被告竹中工務店と共同して本件建物を創作したといえる。
(ウ) 「各人の寄与を分離して個別的に利用することができない」こと
 「各人の寄与を分離して個別的に利用することができない」とは、各人の寄与の分離可能性自体が問題ではなく、分離利用可能性が問題となる要件であるところ、分離利用可能性は、単なる物理的な分離可能性によって判断するのではなく、設計段階の意図を考慮した上で、全体として一体といえるか否かによって判断すべきである。
 上記(ア)cのとおり、原告代表者は、本件建物の外観上部だけではなく外観全体の設計に関する提案をしているから、本件建物の外観に対する原告代表者と被告竹中工務店の寄与部分は、一体であって、分離して個別的に利用することはできない。また、仮に、原告代表者の寄与部分が本件建物の外観上部に限られるとしても、当該部分は、本件建物の一部を構成することのみを目的として設計され、本件建物と一体として建築の著作物を構成するものであるから、分離して個別的に利用することはできない。
(エ) 職務著作であること
 原告代表者は、原告の業務に従事する者であり、原告の発意に基づき、職務上、原告設計資料及び原告模型を作成しており、原告設計資料の作成名義人は「株式会社 甲建築事務所」とされ、作成当時において原告名義で公表する予定であったといえる。
 したがって、原告代表者の提案において表現された建築の著作物は、職務著作であるから、原告が著作者である。
(被告らの主張)
(ア) 原告代表者の創作的関与はないこと
 著作者とは、「著作物を創作する者」であり、「創作する者」とは、作品の形成にあたって、その者の思想、感情を創作的に表現したと評価される程度の活動をすることをいうから、アイデアやヒントを提供したりすることによって何らかの関与をしても、その者の思想や感情を創作的に表現したと評価される程度の活動をしていなければ「創作する者」とはいえない。
 この点、原告設計資料は、被告竹中工務店が本件建物の外装スクリーン部分を立体構造とすることや光の表現を行うことの設計過程で作成した被告竹中工務店設計資料を流用し、その外装スクリーン部分に組亀甲柄を書き込んで乙に提示されたものである。また、原告設計資料は、外装スクリーンの寸法の記載がなく、格子の配列、向き、ピッチ、密度、隙間、格子の幅、厚さ、断面形状、表面処理について具体的な指定がされておらず、建築物の基本設計といえない上、外装スクリーンの設計において重大な表現を生み出す、内部の光の拡散や反射、光源の設置等の光の表現に関する記載もない。さらに、組亀甲柄は、各種商品から壁面に至るまで既に多くの用途に用いられる一般的な図柄であり、建築の一般的な図柄集にも記載されるありふれたものである。
 したがって、原告代表者は、本件建物の外装スクリーンに組亀甲を用いるというアイデア又はヒントを建築主に提示したにすぎず、作成者の思想、感情を創作的に表現したとはいえない。また、本件建物の特徴は、1階のガラス部分と2階以上の外装スクリーンが相まって光のキューブが浮かび上がるという点にあり、外装スクリーン内で光が乱反射するように格子間のピッチや部材の幅、厚み、曲面の取り方等の断面形状について詳細な検討によって初めて創出されるものであるが、原告代表者の提案の内容はこれと相違している。
 以上によれば、原告代表者が、本件建物の設計について創作的に関与したとはいえない。
(イ) 「共同して創作した」とはいえないこと
a 共同創作の事実がないこと
 被告竹中工務店の設計担当者である丙は、本件打合せで原告代表者と会ったが、同席した時間は1時間にも満たず、原告代表者からの共同設計の提案を明確に拒否し、原告設計資料も受け取ることなく退席しており、その後に、原告代表者と接触したことや資料の受渡し、協議を実施したこともない。
 また、被告竹中工務店は、本件打合せの後、乙から、引き続き同被告が単独で設計業務を続けるように指示され、一貫して自己の考える設計作業を継続してきた。
 このように、被告竹中工務店が、原告代表者と共同で作業したことやその提案内容に依拠して設計を行ったことはない。そして、完成した本件建物と原告代表者の提案内容には、上記(ア)のとおり多くの相違点があることにも照らせば、被告竹中工務店と原告代表者が共同創作した事実がないことは明らかである。
b 共同創作の意思がないこと
 共同創作の意思があるといえるためには、創作者間に互いに相補う形で創作をなすという主観的な認識が必要である。
 上記aの事実関係に照らせば、原告代表者と被告竹中工務店との間で、互いに相補う形で創作をなすという主観的な認識がないことは明らかであり、共同創作の意思が認められる余地はない。
(ウ) 「各人の寄与を分離して個別的に利用することができない」とはいえないこと
 共同著作物であると認められるためには、物理的分離可能性(共同著作物への各著作者の寄与を分離できるか)及び経済的商業的利用可能性(それらを個別的に利用することができるか)がいずれも存在しないことが必要である。
 この点、原告設計資料は、本件建物の外装スクリーンのファサードの一部にすぎず、それ自体は取り外し可能な工業製品である。また、原告設計資料は、外装スクリーンの寸法の記載がなく、格子のピッチ、密度、隙間、幅、厚さ、断面形状及び表面処理について具体的に指定されていないから、本件建物以外の建物にも適用可能である。
 このように、原告設計資料には、上記物理的分離可能性及び経済的商業的利用可能性のいずれも認められるから、原告設計資料は「各人の寄与を分離して個別的に利用することができない」とはいえない。
(エ) 職務著作ではないこと
 原告代表者の提案が原告の職務著作であることについては、不知ないし否認する。
イ 争点1−2(原告が原著作者であるか)について
(原告の主張)
 仮に、原告が、本件建物の共同著作者であるとは認められないとしても、被告竹中工務店は、原告設計資料及び原告模型に基づく提案内容を翻案して本件建物を創作しているから、本件建物は、上記提案内容を原著作物とする二次的著作物に当たり、原告は、二次的著作物である本件建物の原著作物の著作者である。
(ア) 原著作物について
 上記ア(原告の主張)(ア)のとおり、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案内容は、本件建物の外観設計のうちの創作的部分を具体的に表現するものであり、これによって表現される建物は、建築の著作物に当たる。
 そして、上記ア(原告の主張)(エ)のとおり、上記著作物は職務著作である。
(イ) 被告竹中工務店による翻案について
 原告代表者の外観設計に関する上記提案内容で表現される本件建物の表現上の本質的特徴は、@建物外観上部のみを立体形状の組亀甲にし、下部のガラス面を残していること、A建物の北西から、南西・南東の一部まで周囲を立体形状部分で覆っていること、B建物外観上部の立体形状部分が建物外観下部よりも道路側に出た形で設置されていること、C立体形状の組亀甲柄の特徴(通常用いられる平面ではなく立体形状を使用し、格子が無地であり、太さが一定の直線から成って各直線の中央に中心線がないこと、格子の最小構成単位が頂点とそこから等間隔で伸びる3本の直線によって構成されていること、格子の間に隙間が存在すること、一面のパネルとされ継ぎ目がないこと)、D光の表現、にあるところ、完成した本件建物の外観には、上記@ないしDの本質的特徴をいずれも看取することができる。
 そして、上記ア(原告の主張)(イ)のとおり、被告竹中工務店は、本件打合せにおいて、原告代表者の提案に係る表現内容を認識し、これを前提として創作的表現を付加し、本件建物の外観設計を完成させた。
(ウ) 以上によれば、原告は、本件建物の原著作物の著作者といえる。
(被告らの主張)
(ア) 原著作物がないこと
 上記ア(被告らの主張)(ア)のとおり、原告代表者は、被告竹中工務店設計資料を無断で流用し、その外装スクリーン部分を修正して原告設計資料を作成しているが、外装スクリーン自体は建築物ではなく、取り外し可能な建築部材であって工業製品である。
 また、上記ア(被告らの主張)(ア)のとおり、原告設計資料は、外装スクリーン部分の寸法の記載がなく、格子の配列、ピッチ、密度、隙間、幅、厚さ、断面形状及び表面処理について具体的な指定がされておらず、この程度の図面では実際に建物を建築することはできないから、建物の基本設計といえる水準にまで達しておらず、外装スクリーンすら製作することはできない。
 さらに、建築の著作物といえるためには、純粋美術と同視し得る程度の芸術性を備えた思想又は感情の表現があることが必要であるところ、上記ア(被告らの主張)(ア)のとおり、原告設計資料は、設計思想の表現された被告竹中工務店設計図面を流用して、外装スクリーン部分にありふれた伝統文様である組亀甲柄の絵を差し込んだものであり、外装スクリーン部分に組亀甲柄を用いるというアイデアを提示するものにすぎない。
 以上によれば、原告代表者の提案内容は、建築の著作物であるとはいえない。
(イ) 被告竹中工務店による翻案がないこと
 上記ア(被告らの主張)(イ)で述べたとおり、被告竹中工務店は、原告設計資料を受領しておらず、原告代表者と協議したことも原告設計資料に基づいて設計作業を進めたこともない。
 また、原告代表者の乙に対する提案内容と被告竹中工務店の設計内容は、外装スクリーンの内容、建物の外観、建物内部からの外装スクリーンの見え方なども全く異なり、特に、本件建物の特徴であり、夜間に外装スクリーンが光をまとまったキューブのように浮遊しているという効果は原告代表者の提案内容には含まれておらず、本質的部分が相違している上、設計思想は全く別物である。被告竹中工務店は、本件打合せ時点で、既に乙に対し、アルミキャストによる編込み様の2層2方向の立体格子案を提案し、組亀甲柄も参考にした検討案を設計に含めてほしい旨の乙の要望に配慮したが、単に伝統的なありふれた和柄である組亀甲柄を用いるのではなく、和柄のイメージを脱却した設計として、組亀甲の抽象的特徴である2層3方向立体格子構造の要素のみを抽出して外装スクリーンのデザインに応用することとした。そして、外装スクリーン内での影の見え方にも配慮して格子の配列を横方向にし、格子間のピッチや密度、隙間や格子の部材の幅、厚さ、断面形状に工夫し、組亀甲柄によるザルのような印象ではなくファブリックの綾の印象になるようデザインし、単に外装スクリーンの模様のみならず、建物取り付け方法、光源となる照明を含めた総合的な建築表現として独自の設計をしている。
 したがって、被告竹中工務店は、原告代表者の提案内容を翻案して本件建物を設計していない。
(2) 争点2(故意・過失の有無及び損害額)について
(原告の主張)
ア 被告らに対する請求について
 被告竹中工務店は、本件書籍の発行にあたり、被告彰国社に対し、本件建物の著作者が被告竹中工務店のみであると表示し、これを受けた被告彰国社は、本件書籍における本件建物の外観写真の掲載に際し、本件建物の著作者を被告竹中工務店と表示した上、本件書籍を発行・販売している。
 被告らの上記行為は、故意又は過失に基づき原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害する共同不法行為であり、これにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は100万円である。
イ 被告竹中工務店に対する請求について
 被告竹中工務店は、本件各受賞にあたって、故意又は過失に基づき、主催者に本件建物の著作者が被告竹中工務店のみであると表示し、当該主催者にその旨表示させ、原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害した。
 被告竹中工務店の上記不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は200万円である。
(被告らの主張)
 争う。
(3) 争点3(差止めの必要性)について
(原告の主張)
 被告彰国社は、原告から平成27年7月9日付け通知書(甲14の1)をもって著作者人格権(氏名表示権)侵害の指摘を受けたにもかかわらず、現在も、本件書籍の発行及び販売を継続して原告の著作者人格権(氏名表示権)を侵害している。
 よって、被告彰国社に対し、本件書籍の複製及び頒布の差止めを求める必要性がある。
(被告彰国社の主張)
 争う。
(4) 争点4(名誉回復措置の必要性等)について
(原告の主張)
ア 被告竹中工務店に対する請求について
 原告が本件建物の著作者であることを確保するためには、金銭賠償では足りず、少なくとも、被告竹中工務店が本件各受賞の主催者に対して本件建物の著作者を原告と改めるよう求める通知を行う措置が必要である。
 また、被告竹中工務店による著作者人格権(氏名表示権)侵害行為による業界内への影響は大きく、上記通知のみでは、本件建物の著作者が原告であることの確保及び原告の名誉の回復にとって不十分であり、同被告に対し、全国紙に謝罪広告を掲載させる必要性がある。
イ 被告彰国社に対する請求について
 原告が本件建物の著作者であることを確保するためには、被告彰国社に対し、少なくとも同被告が原告の著作者人格権(氏名表示権)侵害を行った本件書籍上に謝罪広告を掲載させる必要性がある。
(被告竹中工務店の主張)
 争う。
 被告竹中工務店には、著作権法115条所定の「故意又は過失」がなく、また、原告の主張する通知先への通知及び謝罪広告の必要性はない。
(被告彰国社の主張)
 争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
 前記前提事実に加えて、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められ、これに反する証拠は採用しない。
(1) 本件打合せ以前の被告竹中工務店の設計経緯等
ア 被告竹中工務店は、平成24年12月、エーエイチアイから本件建物の設計を依頼され、設計担当者である丙は、同月17日、エーエイチアイ(建築主)と打合せし、「光を纏ったキューブを街に浮かべる」、「ニュートラルでインパクトのある表情を生み出す」というデザインコンセプトに基づき、1階部分をガラス張りとし、2階以上に外装スクリーンを設置することを提案し、イメージ図を記載した同日付け設計資料を提示した(乙3、21、証人丙)。
 丙は、その後、上記コンセプトに基づく設計を進め、エーエイチアイに対し、9回にわたり、設計案を提示した(乙21)。
イ 丙は、平成25年5月31日、乙に対し、予算も考慮して作成した同日付け設計資料(被告竹中工務店設計資料)及び夜景イメージ図を提示した。被告竹中工務店設計資料には、1階部分をガラスリブ構法によるガラス張りとすること、2階及びR階にアルミ押出型材横ルーバーを素材とする外装スクリーンを設置すること、上記素材を「□×25×100 @75程度 B−FUE 下地胴縁 StL型鋼 溶融亜鉛めっき」とすること、地階からR階までの各階の平面図、断面図及びその具体的な寸法、昼景のイメージ図などが記載されている(甲6、乙14、21、証人丙)。
ウ 丙は、乙から、別途予算を組むことも考えているので、外装スクリーンについて継続して幅広い提案をするよう求められ、同年6月11日付けで設計資料を作成した。同資料には、外装参考イメージとして、アルミキャストやプロフィリットガラス、ガラスフィルム、光透過コンクリート(@−light)、光透過コンクリート(リトラコン)の各例が示されている(乙4、21、証人丙)。
エ 丙は、その後も検討を進め、同年9月13日付け設計資料を作成した。同資料には、本件建物の外装スクリーンを2層2方向の立体格子構造である格子積みとガラスとすることや、格子の素材の参考としてアルミキャストの例が示されている(乙5、21、証人丙)。
(2) 本件打合せ以前の原告代表者の設計経緯等
 原告代表者は、平成25年6月、乙から、本件建物の外観デザイン監修の依頼を受け、本件建物の周囲に日本的な要素を感じる建物が少なかったことから、本件建物のファサードを、日本の伝統柄をデザインの源泉とし、一見洗練された現代的なデザインのように見えるが「日本」を暗喩できるものとすることを考えた。
 そして、原告代表者は、乙から被告竹中工務店設計資料を受領し、上記考えの基に、原告設計資料及び原告模型を作成した。
 原告設計資料及び原告模型は、被告竹中工務店設計資料のうちの外装スクリーンの上部部分のみを変更したものであり、具体的には、本件建物の外装の下部をガラスとし、上部に同じ形状及びサイズの白色の組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列することとすること、ピッチを「@≒500mm」、巾を「≒150mm」、向きを鉛直、隙間を「△辺≒200mm」とする格子が記載されているが、これらは、建築主にわかりやすくイメージをつかんでもらうために実際の寸法より大きく記載されたものであり、この他に、実際建築に用いられる外装スクリーンの寸法や、格子のピッチ、密度、隙間、幅、厚さ、断面形状、表面処理に関する具体的な記載はない。
 原告代表者は、同年9月6日、乙に対し、原告設計資料及び原告模型に基づき、組亀甲柄を立体形状とし、アルミキャストを素材とする外装スクリーンの提案をした(以上につき、甲22、26、乙2、原告代表者)。
(3) 本件打合せの状況
 丙は、平成25年9月13日、エーエイチアイの事務所で乙と打合せをし、原告代表者も同席した。
 丙は、同日、乙と本件建物の設計に関するプレゼンテーションの実施を予定していたので、エーエイチアイの事務所を訪れたが、原告代表者が同席することは事前に聞いていなかった。丙と原告代表者は初対面であった。
 原告代表者は、原告設計資料及び原告模型を用いて、乙らに対し、自らの設計案を説明した。
 丙は、原告代表者からの原告との共同設計の提案を受けたがこれを断り、同日付け設計資料を乙に手渡し、原告設計資料を持ち帰ることなく退席した。
 本件打合せ後に、原告代表者と被告竹中工務店の担当者が接触したことはない(以上につき、甲22、26、乙5、21、原告代表者、証人丙。なお、原告設計資料の持ち帰りの有無について当事者間に争いがあるが、第三者である乙作成に係る陳述書(乙6)の記載等によれば、上記認定に反する証拠部分は採用できない。)。
(4) 本件打合せ後の状況
ア 丙は、平成25年9月18日、乙から、従来どおり被告竹中工務店単独で本件建物の設計を進めてほしいが、組亀甲柄も参考とした外装スクリーンの検討を行ってほしいとの要望を受けたので、従来から検討していた2層2方向の立体格子構造の編込み様のデザイン等に加えて、組亀甲柄のもつ2層3方向の幾何学構造に着目した編込み様のデザインを内容とする案も含めた複数の案の検討を進め、その後、組亀甲柄のもつ2層3方向の幾何学構造に着目した編込み様のデザインを内容とする案を基に同年11月に基本設計を終え、その後、実施設計を終えた(乙21、証人丙)。
イ エーエイチアイは、同年11月14日付けで、本件建物の「建築外観デザイン監修」を物件名とし、報酬を210万円(税込)とする原告宛の注文書を作成し、平成26年10月17日、原告名義の口座に105万円を振り込むなど、合計210万円を支払った(甲10、20、26、原告代表者)。
(5) 本件建物の外観
 本件建物の1階部分は、ガラス張りであり、開放感を高めるために、南西の角部分に柱は設置されておらず、全体の柱は3本とされている。
 本件建物の2階以上の外装部分は、アルミキャストを素材とする白色の三次元曲面による2層3方向の立体格子構造とされ、ピッチは「@250mm」、巾は「90mm」、向きは斜光、隙間は「△辺94mm」の格子が用いられ、横方向が強調された配列とされている(乙2、21)。
(6) 組亀甲柄の使途
 組亀甲柄は、毘沙門亀甲(六角形を3つ並べた形)を編み目を出すように組んだ伝統的な日本の文様であり、三角形に並べた毘沙門亀甲3つを外枠線が互い違いになるように重ねて並べて組むと正六角形(亀甲模様)に見える(乙11の1ないし4、乙12の1)。
 組亀甲柄は、壁紙やバッグ、カバーなどの平面的な製品のほか、壁やホテルの内装スクリーン、神社の柱、内装建具、LUCEPLAN社の建築化照明及びショールームの内装壁、ホテルの内部壁面などにも立体形状として使用され、建築の図案集にも取り上げられている(乙12の4及び5、13の1の1ないし13の3、15、17の1及び2)。
2 争点1(本件建物の著作者)について
(1) 争点1−1(原告が共同著作者であるか)について
ア 原告代表者の創作的関与について
(ア) 著作権法は、著作物の対象である著作物の意義について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(同法2条1項1号)と定義しており、当該作品等に思想又は感情が創作的に表現されている場合には、当該作品等は著作物に該当するものとして同法による保護の対象となる一方、思想、感情若しくはアイデアなど表現それ自体ではないもの又は表現上の創作性がないものについては、著作物に該当せず、同法による保護の対象とはならないものと解される。また、当該作品等が創作的に表現されたものであるというためには、作成者の何らかの個性が表現として表れていることを要し、表現が平凡かつありふれたものである場合には、作成者の個性が表現されたものとはいえず、創作的な表現ということはできない。
 また、「建築の著作物」(同法10条1項5号)とは、現に存在する建築物又はその設計図に表現される観念的な建物であるから、当該設計図には、当該建築の著作物が観念的に現れているといえる程度の表現が記載されている必要があると解すべきである。
(イ) 上記1(認定事実)(2)のとおり、原告代表者は、乙から本件建物の外観に関する設計の依頼を受け、日本の伝統柄をデザインの源泉とし、一見洗練された現代的なデザインのように見えるが「日本」を暗喩できるものとするとの設計思想に基づいて、原告設計資料及び原告模型を作成し、平成25年9月6日、乙に対し、本件建物の外装スクリーンの上部部分(2階及びR階部分)を立体形状の組亀甲とすることを含めた設計案を提示している。そして、この時点において、被告竹中工務店は、上記部分を立体形状の組亀甲とすることに着想していなかった(争いのない事実)。
 しかしながら、上記1(認定事実)(2)のとおり、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の上記提案は、上記1(認定事実)(1)イの内容が記載された被告竹中工務店設計資料を前提に、当該資料のうちの外装スクリーンの上部部分のみを変更したものであり、上記提案には、伝統的な和柄である組亀甲柄を立体形状とし、同一サイズの白色として等間隔で同一方向に配置、配列することは示されているが、実際建築される建物に用いられる組亀甲柄より大きいイメージとして作成されたものであるため、実際建築される建物に用いられる具体的な配置や配列は示されておらず、他に、具体的なピッチや密度、幅、厚さ、断面形状も示されていない。一方で、上記1(認定事実)(6)のとおり、組亀甲柄は、伝統的な和柄であり、平面形状のみならず、建築物を含めて立体形状として用いられている例が複数存在し、建築物の図案集にも掲載されている。
 そうすると、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は、被告竹中工務店設計資料を前提として、その外装スクリーンの上部部分に、白色の同一形状の立体的な組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列するとのアイデアを提供したものにすぎないというべきであり、仮に、表現であるとしても、その表現はありふれた表現の域を出るものとはいえず、要するに、建築の著作物に必要な創作性の程度に係る見解の如何にかかわらず、創作的な表現であると認めることはできない。更に付言すると、原告代表者の上記提案は、実際建築される建物に用いられる組亀甲柄の具体的な配置や配列は示されていないから、観念的な建築物が現されていると認めるに足りる程度の表現であるともいえない。
 以上によれば、本件建物の外観設計について原告代表者の共同著作者としての創作的関与があるとは認められない。
(ウ) これに対し、原告は、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の上記提案は、建物の外観に用いられることが多くない組亀甲柄を選択し、組亀甲柄を用いるというアイデアから想定される複数の表現から特定の表現を選択して決定するものであることや、組亀甲柄部分の光の表現についても具体的に決定されているものであることをもって、創作的な表現である旨主張する。
 しかしながら、組亀甲柄は、建築物の図案集にも掲載され、実際に建築物に用いられている例が複数存在することは上記(イ)のとおりであり、建物の外観に組亀甲柄を用いること自体がありふれていないということはできない。また、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は、上記(イ)のとおり、組亀甲柄の大まかな色、形状、配置、配列が決定されているにすぎず、一般的な組亀甲柄として紹介されている例(乙11の1ないし4、12の1)と比較しても、個性の発露があると認めるに足りる程度の創作性のある表現であるということはできない。さらに、原告の主張する光の表現は、具体的に明らかではなく、この点をもって創作性を認めることはできない。
 したがって、原告の上記主張は採用できない。
イ 「共同して創作した」といえるかについて
 仮に、本件建物の外観設計における原告代表者の創作的関与の有無の点を措いても、前記第2の1(前提事実)(2)エ及び上記1(認定事実)(3)・(4)のとおり、被告竹中工務店の設計担当者は、本件打合せで原告代表者から原告設計資料及び原告模型に基づく提案内容の説明を聞いたことはあるが、原告との共同設計の提案を断り、その後、原告代表者と接触ないし協議したことはない。
 また、上記1(認定事実)(2)・(4)のとおり、原告代表者の設計思想は、本件建物のファサードを、日本の伝統柄をデザインの源泉とし、一見洗練された現代的なデザインのように見えるが「日本」を暗喩できるものとするなどというものであるのに対し、被告竹中工務店の設計思想は、組亀甲柄のもつ2層3方向の幾何学構造に着目した編込み様のデザインなどというものであって、原告代表者と被告竹中工務店の設計思想は異なる上、上記1(認定事実)(2)・(5)のとおり、原告代表者の提案内容と完成後の本件建物は、外装スクリーンの上部部分に2層3方向の立体格子構造が採用されている点は共通するが、少なくとも立体格子の柄や向き、ピッチ、幅、隙間、方向が相違しており(具体的には、原告設計資料及び原告模型には、本件建物の外装の上部に同じ形状及びサイズの白色の組亀甲柄を等間隔で同一方向に配置、配列することとすること、ピッチを「@≒500mm」、巾を「≒150mm」、向きを鉛直、隙間を「△辺≒200mm」とする格子が記載されており、この他に、外装スクリーンの寸法や、格子のピッチ、密度、隙間、幅、厚さ、断面形状、表面処理に関する具体的な記載はないのに対し、本件建物においては、その2階以上の外装部分は、アルミキャストを素材とする白色の三次元曲面による2層3方向の立体格子構造とされ、ピッチは「@250mm」、巾は「90mm」、向きは斜光、隙間は「△辺94mm」の格子が用いられ、横方向が強調された配列とされている。)、建物の外観に関する表現上の重要な部分、すなわち本質的特徴といえる点において多くの相違点がある。
 これらの事情に照らせば、原告と被告竹中工務店の間に共同創作の意思や事実があったとは認められず、両者が本件建物の外観設計を「共同して創作」したと認めることはできない。
ウ 小括
 以上によれば、原告が本件建物の共同著作者であると認めることはできない。
(2) 争点1−2(原告が原著作者であるか)について
ア 原著作物性について
 上記(1)アのとおり、原告設計資料及び原告模型に基づく原告代表者の提案は創作的な表現であるとはいえないから、これに著作物性を認めることはできない(更に付言すると、建物の著作物性を認めることもできない。)。
イ 被告竹中工務店による翻案について
 また、仮に、原告設計資料及び原告模型に係る原告代表者の提案についての著作物性の有無の点を措いても、上記(1)イのとおり、原告設計資料及び原告模型と本件建物とは、その表現上の重要な部分において多くの相違点があり、本件建物から原告設計資料及び原告模型における表現上の本質的特徴を感得することはできない。
 したがって、被告竹中工務店が原告設計資料及び原告模型に係る原告代表者の提案を翻案して本件建物の設計を完了したとか、本件建物が上記提案の二次的著作物に当たるとは認められない。
ウ 小括
 以上によれば、原告が本件建物の原著作者であると認めることはできない。
3 結論
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 沖中康人
 裁判官 村井美喜子
 裁判官 廣瀬達人は、差支えにより署名押印できない。
裁判長裁判官 沖中康人


(別紙)物件目録
建物名 M3PROJECT(エムスリー プロジェクト)
地名地番 (省略)
住居表示 (住所は省略)
建築主 (住所は省略)株式会社エーエイチアイ
 (以下省略)

(別紙)通知目録(1)
1 通知先
 (住所は省略)一般社団法人日本空間デザイン協会 会長
2 内容
 一般社団法人日本空間デザイン協会 会長 殿
 貴協会主催の「DSA日本空間デザイン賞2015」の「C部門 商業・サービス空間部門」入選作品である「ステラ マッカートニー 青山」につきまして、現在、「作品代表者」として「竹中工務店 丙」との表示がありますが(平成27年6月30日付貴協会報道資料。http://以下省略)、同建物の外観設計は、株式会社甲建築研究所と竹中工務店が共同で制作したものであることを通知いたします。
 弊社は、本書をもって、貴協会に対し、上記報道資料中「ステラ マッカートニー 青山」の「作品代表者」の表示「竹中工務店 丙」を、「株式会社甲建築研究所 甲/竹中工務店 丙」の表示に改めていただくよう申し入れいたします。
 株式会社竹中工務店(以下省略)

(別紙)通知目録(2)
1 通知先
 (住所は省略)一般社団法人日本商環境デザイン協会 理事長
2 内容
 一般社団法人日本商環境デザイン協会 理事長 殿
 貴協会主催の「JCD Design Award 2015」準大賞作品である「ステラマッカートニー青山」につきまして、現在、貴協会ウェブサイト(http://以下省略)で公開されている「入賞者リスト」において「建築設計:株式会社竹中工務店 丙」との表示がありますが、同建物の外観設計は、株式会社甲建築研究所と竹中工務店が共同で制作したものであることを通知いたします。
 弊社は、本書をもって、貴協会に対し、上記ウェブサイトの「入賞者リスト」の「ステラマッカートニー青山」の表示「建築設計:株式会社竹中工務店 丙」を、「建築設計:株式会社甲建築研究所 甲/株式会社竹中工務店 丙」の表示に改めていただくよう申し入れいたします。
 株式会社竹中工務店(以下省略)

(別紙)謝罪広告目録(1)
1 謝罪広告の内容
 謝罪広告
 株式会社甲建築研究所 甲 殿
 弊社が、弊社の設計であるとして公表した「ステラ マッカートニー 青山」の外観設計について、真実は、貴殿と弊社の共同制作によるものでした。弊社の行為は、貴殿の著作者人格権を侵害する行為であり、貴殿に対し陳謝するとともに、今後上記建物又はその複製物を弊社又は第三者が表示する際には当該建物の外観設計については貴殿と弊社が共同で制作した旨を表示することを誓約します。
 平成 年 月 日
 株式会社竹中工務店(以下省略)
2 謝罪広告掲載の要領
(1) 掲載スペース:縦2段、左右189.5ミリメートル×天地66.5ミリメートル
(2) 使用活字:見出し及び末尾被告の名称は9ポイント(明朝体活字)、その他は8ポイント(明朝体活字)
 なお、謝罪広告中空欄となっている年月日については、新聞掲載日を表示する。

(別紙)謝罪広告目録(2)
1 謝罪広告の内容
 謝罪広告
 株式会社甲建築研究所 甲 殿
 弊社が、「ディテール」第205号22頁で株式会社竹中工務店の設計であるとして表示した「ステラ マッカートニー 青山」の外観設計について、真実は、貴殿と株式会社竹中工務店の共同制作によるものでしたので、同頁の「M3 竹中工務店」及び「M3 設計/竹中工務店」との表示を、それぞれ「M3 株式会社甲建築研究所・竹中工務店」及び「M3 設計/株式会社甲建築研究所・竹中工務店」との表示に訂正いたします。弊社の行為は、貴殿の著作者人格権を侵害する行為であり、貴殿に対し陳謝するとともに、今後上記建物又はその複製物を弊社が表示する際には当該建物の外観設計について貴殿と株式会社竹中工務店が共同で制作した旨を表示することを誓約します。
 平成 年 月 日
 株式会社彰国社(以下省略)
2 謝罪広告掲載の要領
(1) 掲載スペース:縦2段、左右189.5ミリメートル×天地66.5ミリメートル
(2) 使用活字:見出し及び末尾被告の名称は9ポイント(明朝体活字)、その他は8ポイント(明朝体活字)
 なお、謝罪広告中空欄となっている年月日については、新聞掲載日を表示する。

(別紙)書籍目録
書籍名 ディテール
号数 第205号
発行年月日 平成27年6月17日
発行者 株式会社彰国社
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/