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【事件名】交通事故相談会のチラシ事件
【年月日】平成29年2月28日
 東京地裁 平成28年(ワ)第12608号 損害賠償請求事件(本訴)、
 平成28年(ワ)第27280号 著作権侵害差止等請求事件(反訴)
 (口頭弁論の終結の日 平成28年12月20日)

判決
本訴原告兼反訴被告 A(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 橋本華織
同 川本直樹
本訴被告兼反訴原告 B(以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 磯田直也


主文
1 原告の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1) 被告は、原告に対し、35万円及びこれに対する平成28年4月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は、別紙1の書面を複製し、又は頒布してはならない。
(3) 被告は、別紙2の赤枠内の記載を複製し、又は頒布してはならない。
2 反訴請求
(1) 原告は、別紙3記載の表を複製し、又は頒布してはならない。
(2) 原告は、別紙4記載2の表が記載された宣伝広告チラシを頒布してはならない。
(3) 原告は、別紙4記載2の表が記載された宣伝広告チラシを廃棄せよ。
(4) 原告は、被告に対し、33万円及びこれに対する平成28年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告が被告に対し、以下の(1)の本訴請求をし、被告が原告に対し、以下の(2)の反訴請求をする事案である。
(1) 本訴請求
ア 原告は、被告が別紙5及び6の各広告(以下、順次、「被告広告1」及び「被告広告2」という。)を頒布する行為が、別紙1の広告(以下「原告広告」という)について原告が有する著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害し、又は原告に対する一般不法行為に該当すると主張して、被告に対し、複製権侵害又は一般不法行為に基づく財産的損害に係る損害賠償金5万円、同一性保持権侵害又は一般不法行為に基づく精神的損害に係る損害賠償金30万円及びこれらに対する不法行為後の日である平成28年4月26日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお、原告は、訴状添付の対比表@及びAにおいては、原告広告とは別の日時及び会場等に係る広告を掲載しているが、原告の主張に照らせば、原告が著作権及び著作者人格権を主張するのは原告広告であると解される。)。
イ 原告は、被告が原告広告を複製し、又は頒布する行為が、原告が有する原告広告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、原告広告の複製又は頒布の各差止めを求める。
ウ 原告は、被告が別紙7及び8の各アンケート(以下、順次「被告アンケート1」、「被告アンケート2」という。)を作成・配布する行為が、原告が作成した別紙4記載2の表(以下「本件原告ファイル」という。)のうち別紙2の赤枠内の記載に相当する部分(以下「原告追加部分」という。なお、別紙2の書面全体は被告アンケート1である。)についての原告の著作権(複製権)を侵害すると主張して、被告に対し、著作権法112条1項に基づき、原告追加部分の複製又は頒布の各差止めを求める。
(2) 反訴請求
 被告は、原告が本件原告ファイルの記載された宣伝広告チラシを作成・頒布する行為が、別紙3の表(以下「本件被告ファイル」という。)についての被告の著作権(複製権又は翻案権及び譲渡権)又は著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して、原告に対し、著作権法112条1項、2項に基づき、本件被告ファイルの複製又は頒布の各差止め並びに本件原告ファイルが記載された宣伝広告チラシの頒布の差止め及び廃棄を求めるとともに、同一性保持権侵害に基づく精神的損害に係る損害賠償金33万円及びこれに対する不法行為後の日である平成28年7月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は弁護士であり、被告は行政書士である。
(2) C(以下「C」という。)は、平成12年5月、交通事故被害者の救済等を目的とする特定非営利活動法人である「交通事故110番」(以下「本件NPO法人」という。)を設立し、その代表者に就任した。本件NPO法人は、インターネットのホームページ上で交通事故被害者の救済等に関連する情報を発信するとともに、平成16年1月以降は、全国各地で定期的に無料相談会(以下「地方相談会」という。)を実施するようになった。地方相談会においては、本件NPO法人に協力する弁護士、行政書士、医師などの専門家(以下「提携専門家」という。)が交通事故被害者らとの相談を担当し、被告も提携専門家の一人を務めている。(乙39〜41、44、45、52〜55、弁論の全趣旨)
(3) Cと被告は、平成23年5月ころまでに、相談時に必要な基礎情報を交通事故被害者から予め獲得できるよう工夫した問い合わせフォーム(本件被告ファイル。ただし、「交通事故相談会被害者ファイル」とのタイトルが付されたもの)を作成し、これを本件NPO法人のホームページに掲載した。同問い合わせフォームは、本件NPO法人のホームページを閲覧した交通事故被害者において同問い合わせフォームに入力して送信することにより、自動的に入力済みの本件被告ファイルが作成され、その電磁データが保存される仕組みとなっていた。(乙2、3、30、31、弁論の全趣旨)
(4) 原告は、平成25年1月ころ、同年2月24日に甲府市で開催される交通事故の無料相談会(以下「本件甲府相談会」という。)の宣伝広告のため、原告広告を作成し(なお、原告広告が原告のみによって作成されたか否かは、後記4(2)のとおり、当事者間に争いがある。)、これを山梨県内で配布した。
(5) Cは、本件甲府相談会の後、全国各地の提携専門家らに原告広告を交付し、これと同内容の宣伝広告チラシを作成して配布するよう指示した。提携専門家らは、Cの上記指示に従い、原告広告の記載の一部をそのまま又は改変を加えて用いるなどした宣伝広告チラシを作成し、配布するようになった。(乙6〜14、弁論の全趣旨)
(6) 被告は、平成28年1月ころ、同月23日に静岡市で開催される地方相談会の宣伝広告のため、被告広告1(裏面に被告アンケート1が掲載されたもの)を作成して配布し、同年2月ころには、同月27日に高崎市で開催される地方相談会の宣伝広告のため、被告広告2(裏面に被告アンケート2が掲載されたもの)を作成して配布した。
(7) 原告は、平成28年6月ころ、同年7月10日に甲府市で開催される交通事故無料相談会の宣伝広告チラシ(乙28。裏面に本件原告ファイルが掲載されたもの)を配布した。本件原告ファイルは、原告が、本件被告ファイルに原告追加部分に係る追加又は訂正を加えて作成したものである。
3 争点
(1) 本訴請求
ア 原告広告に係る各請求(金銭請求(前記1(1)ア)及び複製・頒布の各差止請求(前記1(1)イ))について
(ア) 原告広告の複製権侵害の成否
@ 原告広告の著作物性並びに被告広告1及び2との同一性の有無(争点1(1))
A 共同著作者の有無等(争点1(2))
B 利用許諾の抗弁の成否(争点1(3))
(イ) 原告広告の同一性保持権侵害の成否
@ 原告広告の著作物性並びに被告広告1及び2についての原告広告の「改変」該当性の有無(争点2(1))
A 共同著作者の有無等(争点2(2))
B 改変許諾の抗弁の成否(争点2(3))
(ウ) 一般不法行為の成否(争点3)
(エ) 差止めの必要性(争点4)
(オ) 損害額(争点5)
イ 原告追加部分に係る各請求(複製・頒布の各差止請求(前記1(1)ウ))について
(ア) 原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否(争点6)
(イ) 差止めの必要性(争点7)
(2) 反訴請求
ア 本件被告ファイルの編集著作物性の有無(争点8)
イ 信義則違反又は権利濫用の抗弁の成否(争点9)
ウ 差止めの必要性(争点10)
エ 損害額(争点11)
4 争点に関する当事者の主張
【本訴について】
(1) 争点1(1)(原告広告の著作物性並びに被告広告1及び2との同一性の有無)について
[原告の主張]
ア 原告広告は、原告が交通事故無料相談会を実施するに当たって、交通事故被害者の参加を広く呼び掛けるため、「保険会社の基準より高い裁判基準での賠償金額を得られることをご存知ですか?」のうち「保険会社の基準より高い裁判基準での賠償金額」という文言を赤字で強調し、青地で黄色及び緑色抜き文字で大きく「交通事故無料相談会」と記載したほか、被害者自らが保険会社と賠償交渉する場合と弁護士に賠償交渉を依頼した場合の違いについて、「保険会社提示額80万円」から「弁護士が交渉し示談金320万円」に増額して解決した事例を示して、弁護士へ依頼した場合の具体的メリットを瞬時に理解できるように記載している等、限られた紙面の中で、原告の実際の事件処理を掲載して具体例を交えながら、交通事故被害者が安心して相談することができるよう、細部に至るまで工夫が凝らされている。このように、原告広告は、どのような対象者が相談対象となるのかを詳細に説明し、弁護士に相談するアドバンテージを明確に事例で紹介しており、この点に表現者である原告の個性が表れている。このように、原告広告は、全体として、思想を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するものであるから、著作物に該当する。
イ 弁護士や行政書士が作成する広告は、被害者を交通事故相談会に誘致するという目的は共通でも、広告の内容は千差万別である。要は、交通事故相談会を開催するための広告を作成するに当たっては、どのような文言を用いるか、相談事項を掲載するか否か、相談事項を掲載するとしてもどのような相談者を対象とする文言を掲載するか、解決事例を掲載するか否か、解決事例を掲載する場合にどのような解決事例を掲載するか等、表現の仕方は多様であり、誰が表現してもほぼ同じような表現とはならない。
 原告は、このように多様な表現の仕方がある中で、原告広告を作成したのであるから、原告広告は、その全体について、原告の交通事故専門弁護士としての個性が強く表れ、オリジナリティが溢れている。
 したがって、原告広告は、その全体について著作物性が認められる。
ウ(ア)仮に原告広告の全体について著作物性を認めることができないとしても、原告広告のうち下記@〜Bの各表現(以下、順に「原告表現@」〜「原告表現B」という。)は、特に著作物性が認められるべき表現であるから、原告広告のうち少なくともこれらの各表現については著作物性が認められる。

@ 山梨県の交通事故被害者の方は、東京都にある(財)交通事故紛争処理センターを利用でき、保険会社の基準より高い裁判基準での賠償金額を得られることをご存じですか? ※弁護士が被害者を代理して出席しますので、被害者の方はご出席不要です。」
A 「たとえばこのような事でお困りの方・受傷直後の方で、現在の治療内容や今後に不安を感じている方・症状が固定し、後遺障害認定の請求について相談したい方・後遺障害の認定を受けたが、妥当な等級かどうか確認したい方・保険会社から賠償額が提示されたが、妥当な金額か確認したい方・保険会社との賠償交渉を弁護士に依頼したい方」
B 「保険会社は被害者に対し裁判基準より低い金額を提示します 第14級の頚椎捻挫(ムチウチ)の被害者(主婦)の例 保険会社提示額80万円(後遺症慰謝料40万円)→弁護士が交渉し示談金320万円(裁判基準)(後遺症慰謝料110万円)」
 以上
(イ)原告表現@〜Bについて著作物性が認められる理由は、次のとおりである。
a 原告表現@について
 被害者が保険会社からどの程度の賠償金額が支払われることとなるのかにつき関心を持つことを想定した上で、被害者に保険会社から提示される賠償金額が不十分であることを一目で理解してもらい、相談会に参加する契機とすべく、被害者の興味を惹くよう「ご存じですか?」と疑問文を用いながら表現をしたもので、ほかの弁護士等が作成する広告でも原告表現@の表現は見当たらない。原告表現@は相談会の特性を分かりやすく表現したものであり、交通事故被害者というターゲットに対して、相談会に出席することが必要な理由や相談会に出席して得られる効果のほか、交通事故紛争処理センターを利用して裁判基準により賠償金額を受領することができるという経路が丁寧に表現されており、原告の個性が表れている。
b 原告表現Aについて
 交通事故が発生してから解決に至るまで全ての段階、すなわち、交通事故の発生直後、症状固定となり後遺障害を申請する時点、申請結果が明らかとなった時点、保険会社から賠償金額が提示された時点及び保険会社と交渉中の時点における被害者が漏れなく該当するよう、5文で表現したもので、ほかの弁護士等が作成する広告でも原告表現Aのような表現は見当たらない。原告表現Aは、交通事故被害者というターゲットに対して、相談会に出席することが必要な理由や相談会に出席して得られる効果等を表現するもので、原告の個性が表れている。
c 原告表現Bについて
 原告が解決したケースを用いて、頚椎捻挫(ムチウチ)により後遺障害が認定される可能性があること、専業主婦もしくは兼業主婦の場合には休業損害(主婦休損)が認められることを被害者に伝えるため、頚椎捻挫により後遺障害が認定された主婦のケースを紹介している。これは、様々な事案の中から、交通事故被害者の興味や注意を惹き付けるべく、保険会社提示額と原告回収額の差額が240万円と多額でインパクトが大きい事例をピックアップして、保険会社提示額と原告回収額の差額が大きいことが一目瞭然に分かるように後遺症慰謝料の金額を具体的に記載するなどして表現したもので、ほかの弁護士等の広告を見ても、原告表現Bの表現は見当たらない。このように、原告表現Bは、交通事故被害者というターゲットに対して、相談会に出席することが必要な理由や相談会に出席して得られる効果等を表現するもので、原告の個性が表れている。
エ 原告広告と被告広告1及び2の同一性
 被告広告1及び2は、いずれも相談会の開催日時、開催場所及び開催者など創作性のない部分を書き換えたのみで、原告広告の表現をほぼそのまま利用したものであって、原告広告の本質的特徴を直接感得することができる。また、仮に原告広告全体について著作物性が認められず、原告表現@〜Bについてのみ著作物性が認められるにすぎないとしても、被告広告1および2は、原告表現Aをデッドコピーしたものである上、原告表現@及びBの本質的特徴の同一性も維持されている。
 したがって、被告広告1及び2の各表現は、いずれも原告広告の表現と同一性がある。
[被告の主張]
ア 原告広告全体に著作物性がないこと
 相談対象者が誰かを説明することや弁護士に相談するアドバンテージを事例で紹介することといった原告の指摘に係る宣伝広告チラシの作成方針は具体的な表現ではなく、抽象的なアイデアに他ならない。
イ 原告表現@〜Bに著作物性がないこと
(ア) 原告表現@について
 原告表現@は、原告広告の対象地域である山梨県の交通事故被害者でも交通事故紛争処理センター東京本部での紛争処理ができること、それによって保険会社の基準より高い裁判基準での賠償金額を得られること、といった紛争処理方針に関する事実を疑問形で記載したにすぎず、交通事故相談会の宣伝広告チラシとしては平凡かつありふれた表現にすぎない。また、弁護士が代理人になった場合に本人の出席が不要である旨の記載についても、ごく当たり前の事実を平凡かつありふれた表現で説明したものにすぎない。
 したがって、原告表現@は、作者の個性が表現された創作的な表現ではない。
(イ) 原告表現Aについて
 原告表現Aは、交通事故被害者が抱くであろうと想定される疑問や不安を、相談者の置かれている段階ごとに整理し、A4紙片1枚の宣伝広告チラシという紙幅の関係上必然的に制限された字数の中でごく短い文章で箇条書きの形で記載したもので、交通事故相談会の宣伝広告チラシとしては平凡かつありふれた表現にすぎない。
 したがって、原告表現Aは、作者の個性が表現された創作的な表現ではない。
(ウ) 原告表現Bについて
 原告表現Bは、保険会社提示額と弁護士介入による回収額との差額についての実例を、A4紙片1枚の宣伝広告チラシという紙幅の関係上必然的に制限された字数の中で端的に説明したものである。文字の色や矢印の色、位置についても特別なデザインが使用されている訳でもなく、交通事故の相談会の宣伝広告チラシとしては平凡かつありふれた表現にすぎない。
 したがって、原告表現Bは、作者の個性が表現された創作的な表現ではない。
ウ 以上によれば、原告が被告広告1及び2について原告広告との同一性を主張する部分は、いずれも作者の個性が表現された創作的な表現に係る部分ではなく、著作権法による保護の対象となる著作物とはいえないから、複製権侵害は成立し得ない。
(2) 争点1(2)(共同著作者の有無等)について
[原告の主張]
ア 原告は、平成25年2月24日以前に原告広告を自ら創作したものであるから、原告広告の著作者は原告である。なお、原告広告には著作者名として原告名が表示されているから、著作権法14条によっても、原告が著作者であると推定される。被告及びCが原告広告の創作を行ったことはない。
 これに対し、被告は、原告が原告広告を被告に見せて了承を求めたのに対して被告がこれを了承したと主張する。しかしながら、そのような事実はないし、仮にそのような事実があったとしても、単に原告広告を見せられて了承したにすぎない被告が原告広告の創作を行ったということはできないのであって、被告が、原告広告の共同著作者となることはあり得ない。
イ 仮に被告が原告広告の共同著作者であるとしても、原告は、被告が原告広告に関して著作権及び著作者人格権を行使することにつき一切合意しておらず、黙示の許諾を認定すべき事情も存在しない。そもそも、被告は原告に対して原告広告の利用に関する協議を求めたこともない。
 被告及びCは、原告広告の作成に何ら関与していないから、原告が権利行使に合意しなければならない理由などなく、原告が合意の成立を妨げることが正当な理由を欠くことはない。
[被告の主張]
 原告広告は、Cが、原告に対し、本件NPO法人の開催する交通事故無料相談会のため、原告に別の法律事務所が作成した宣伝広告チラシを交付した上、同チラシの記載内容に沿った内容を記載するよう指示し、原告が、同指示に基づき作成し、Cと被告による事前の確認及び了承を経たものである。また、原告は、後記(3)[被告の主張]のとおり、原告広告と同内容の宣伝広告チラシが以後の本件NPO法人の他の地方相談会向けに作成配布されたことを知りながら、何ら異議を述べなかった。こうした経緯からすると、原告広告は、原告、C及び被告の共同著作物であり、かつ、原告、C及び被告の間では原告広告の利用について権利行使の合意が成立していたと解すべきである。
 仮に原告、C及び被告の間で原告広告の利用について権利行使の合意が成立していなかったとしても、原告が同合意の成立を妨げることは正当な理由(著作権法65条3項)を欠くものであるから、原告が原告広告につき上記合意の不成立を主張することは、権利濫用として許されない。
(3) 争点1(3)(利用許諾の抗弁の成否)について
[被告の主張]
 上記(2)[被告の主張]のとおり、原告広告は、Cが、原告に対し、Cの設立した本件NPO法人の開催する地方相談会のため、別の法律事務所が作成した宣伝広告チラシを交付した上、同チラシの記載内容に沿った内容を記載するよう指示し、原告が、同指示に基づき作成し、C及び被告の事前の確認了承を経たものである。そして、その後、本件NPO法人の提携専門家によって、原告広告と同内容の宣伝広告チラシが作成され、以後の地方相談会向けに配布されたにもかかわらず、原告がこれに異議を述べなかった経緯からすると、原告が、原告広告の利用を本件NPO法人の提携専門家に対して許諾していたことは明らかである。したがって、被告は本件NPO法人の提携専門家として、原告広告を利用する権利を有する。
 この点、原告は、他の提携専門家が原告広告を利用していることを知らなかっただけであって、他の提携専門家による原告広告の利用に異議を述べなかったわけではないなどと主張するが、Cは、平成25年2月の本件甲府相談会の後、原告に対し、本件NPO法人の提携専門家らが原告広告を参考にしてこれと同内容の宣伝広告チラシを作成配布する予定であることを説明した。このことは、その後に本件NPO法人の提携専門家(弁護士)のうちの一人が、所属弁護士会から、作成した宣伝広告チラシの文言を問題視された際、被告が、原告に対し、上記提携専門家の宣伝広告チラシは原告広告を見本として作成されており原告広告とほぼ同内容であると伝えたのに対し、原告が何らの反応も示さなかったことからも明らかである。
[原告の主張]
 原告が、本件NPO法人の提携専門家らに対し、原告広告の利用を許諾したことはない。そもそも原告は本件NPO法人の提携専門家ではなく、本件NPO法人の提携専門家など全く知らないから、原告がそのような者に対して利用を許諾することなどおよそあり得ない。
 原告は、本件訴訟において被告から提出された証拠を見てはじめて、被告以外の本件NPO法人の提携専門家らが、原告広告を使用して原告の著作権等を侵害していることを知ったのである。原告は、その後、これらの提携専門家ら(原告広告を使用した広告の配布を止めるとの確認が取れた者を除く。)に対し、上記侵害行為を直ちに止めるよう警告する書面を発送した。したがって、黙示の利用許諾が成立する余地もない。
(4) 争点2(1)(原告広告の著作物性並びに被告広告1及び2についての原告広告の「改変」該当性の有無)について
[原告の主張]
 原告広告が著作物に該当することは前記(1)[原告の主張]のとおりであるところ、被告広告1及び2においては、いずれも原告の意思に反して原告広告の表現がそれぞれ次のとおり変更、改変されているから、原告の原告広告についての同一性保持権が侵害されている。
ア 被告広告1について
(ア) 「山梨県の交通事故被害者の方」及び「東京都にある(財)交通事故紛争処理センターを利用でき」という原告広告の各文言が、それぞれ、「静岡県の被害者の方」及び「東京と同じく赤い本を使って」と変更され、また、「※弁護士が被害者を代理して出席しますので、被害者の方はご出席不要です。」という原告広告の文言が削除されている。
(イ) 「交通事故専門」という原告広告の文言が「交通事故被害専門」と変更されている。
(ウ) 「日にち 2月24日 日曜日」、「時間 10時〜17時」及び「予約 D法律事務所 TEL:<省略>E-mail:<省略> 会場<省略><住所省略>)という原告広告の各文言が、それぞれ、「日時 平成28年1月23日(土)9:00→18:00」、「会場<省略><住所省略>」と変更され、また、「場合によっては被害者に同行して治療先を訪問し、症状をチェックします。」という原告広告にはなかった文言が付加されている。
(エ) 「第14級」及び「後遺症慰謝料」という原告広告の各文言が、それぞれ、「第14級9号」及び「後遺障害慰謝料」と変更されている。
(オ) 「D法律事務所<住所省略> TEL:<省略>/FAX:<省略>http://<以下省略>」という原告広告の文言が、「<住所省略>Tel<省略>Fax<省略>」、「E行政書士事務所<省略> Tel<省略>Fax<省略>」と変更されている。
イ 被告広告2について
(ア) 「山梨県の交通事故被害者の方」及び「東京都にある(財)交通事故紛争処理センターを利用でき」という原告広告の各文言が、それぞれ「群馬県の被害者の方」及び「(財)交通事故紛争処理センター(東京)」と変更され、また「※弁護士が被害者を代理して出席しますので、被害者の方はご出席不要です。」という原告広告の文言が削除されている。
(イ) 「交通事故専門」という原告広告の文言が「交通事故被害者専門」と変更されている。
(ウ) 「日にち 2月24日 日曜日」、「時間10時〜17時」、「予約 D法律事務所 TEL:<省略> E-mail:<省略> 会場 <省略> <住所省略>」及び「相談料は無料です。受傷直後から症状固定後まで、ご相談時期を問いません。状況に応じて、弁護士が受任し、加害者側の保険会社と交渉します。」という原告広告の各文言が、それぞれ「日時 平成28年2月27日(土)9:00→18:00」、「会場<省略> <住所省略>」及び「相談料は無料です。受傷直後から症状固定後まで、ご相談時期を問いません。状況に応じて、弁護士が受任し、加害者側の保険会社と交渉します。場合によっては被害者に同行して治療先を訪問し、症状をチェックします。」と変更され、「場合によっては被害者に同行して治療先を訪問し、症状をチェックします。」という原告広告にはなかった文言が加えられている。
(エ) 原告広告の「第14級」及び「後遺症慰謝料」との各文言が、それぞれ、「第14級9号」及び「後遺障害慰謝料」と変更されている。
(オ) 「D法律事務所 <住所省略> TEL:<省略>/FAX:<省略> http://<以下省略>」という原告広告の各文言が、それぞれ「F綜合法律事務所<住所省略> Tel<省略> Fax<省略>」、「E行政書士事務所<住所省略> Tel<省略> Fax<省略>」と変更されている。
ウ このように、被告広告1及び2は、いずれも原告広告の同一性保持権を侵害している。
 また、上記ア及びイの各改変は、いずれも、原告広告中の原告表現@及びBの改変に当たるから、仮に、原告広告全体について著作物性が認められず、原告表現@〜Bについてのみ著作物性が認められるとしても、被告広告1及び2は、いずれも原告広告の同一性保持権を侵害する。
[被告の主張]
 上記(1)[被告の主張]のとおり、被告広告1及び2について原告が同一性保持権の侵害を主張する箇所は、いずれも作者の個性が表現された創作的な表現ではなく著作権法による保護の対象とはならないから、同一性保持権侵害は成立し得ない。
(5) 争点2(2)(共同著作者の有無等)について
[原告の主張]
 前記(2)[原告の主張]のとおり、原告広告の著作者は原告であり、被告及びCが原告広告の創作を行ったことはないから、同人らが原告広告の共同著作者となることはあり得ない。また、仮に被告が原告広告の共同著作者であるとしても、原告は、被告が原告広告に関して著作者人格権を行使することにつき一切合意していないし、そのことが信義則に反することもない。
[被告の主張]
 前記(2)[被告の主張]のとおり、原告広告は、原告、C及び被告の共同著作物であり、かつ、原告、C及び被告の間では原告広告の利用について権利行使の合意が成立していたと解すべきである。仮に原告、C及び被告の間で同合意が成立していなかったとしても、原告が同合意の成立を妨げることは、信義則に反して許されない(著作権法64条2項)。
(6) 争点2(3)(改変許諾の抗弁の成否)について
[被告の主張]
 上記(3)[被告の主張]のとおり、原告は、被告に対し、原告広告の利用を許諾しているところ、同利用許諾に際して、原告広告を改変することについても許諾したから、被告広告1及び2について、「原告の意に反して」の改変は存在せず、原告広告の同一性保持権侵害は成立しない。
[原告の主張]
 争う。
(7) 争点3(一般不法行為の成否)について
[原告の主張]
 原告は、交通事故の被害者を各地方で開催する交通事故無料相談会に誘致するため、原告が実際に解決したケースを紹介する等して原告広告を作成したのであるから、原告広告はその著作物性の有無とは別に財産的価値を有し、原告は、原告広告を模倣されないことについて、法的保護に値する利益を有する。
 被告は、原告に無断で原告広告を模倣して被告広告1及び2を作成したのであるから、原告の法的保護に値する利益を侵害するものとして、不法行為が成立する。
[被告の主張]
 原告広告は、著作物に該当せず、著作権法による保護を受ける余地がないから、その内容はパブリックドメインであり誰でも自由に利用できるのであって、法的保護に値する利益が発生する余地はない。また、仮に原告広告について法的保護に値する利益が発生するとしても、原告広告は、原告、C及び被告が共同で創作したものであるから、その利益は上記三者に共同に帰属するもので、被告の行為について原告に対する不法行為が成立する余地はない。
(8) 争点4(差止めの必要性)について
[原告の主張]
 被告は、原告広告が共同著作物であるとか、原告から利用許諾を受けたなどと、事実と全く異なることを強弁している。また、被告は、平成28年10月8日から同年12月17日にかけて、無料相談会を開催する予定である。したがって、被告は、今後も無料相談会を開催するに当たって、原告広告を複製し、頒布するおそれがあるから、差止めの必要性が認められる。
[被告の主張]
 争う。
(9) 争点5(損害額)について
[原告の主張]
 原告は、被告による原告広告の複製権侵害により次のアの損害を、原告広告の同一性保持権侵害により、次のイの損害を、それぞれ被った。仮に被告の行為が原告広告の複製権侵害又は同一性保持権侵害に当たらないとしても、原告は、被告の一般不法行為により、次のアとイの合計額である35万円の損害を被った。
 したがって、原告は、被告に対し、合計35万円の損害賠償を請求する。
ア 財産的損害
 日本弁護士連合会の旧報酬等基準によれば、一日当たりの日当が5万円以上10万円以下と規定されている。このことを踏まえると、原告広告の使用料相当額は、少なくとも5万円であり、著作権法114条3項により、複製権侵害によって原告が被った損害は5万円と認められる。
イ 精神的損害
 被告による原告広告の同一性保持権侵害によって原告が被った精神的損害は100万円が相当であるところ、原告は、本件訴訟において、その一部である30万円を請求する。
[被告の主張]
 争う。
(10) 争点6(原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否)について
[原告の主張]
 原告追加部分は、原告が自ら工夫したものであり、前例は見当たらない。なお、被告が、反訴状において、原告が本件被告ファイルを「翻案」したと主張していることからすると、被告は、本件被告ファイルに原告が追加・修正を施した部分(原告追加部分)が著作物性を有することを認めていると解されるから、この点について裁判上の自白が成立し、裁判所及び当事者を拘束する。
 したがって、原告追加部分には、著作物性が認められるところ、被告アンケート1及び2は、原告追加部分を複製したものである。
[被告の主張]
 原告は、原告追加部分を独立した著作物と主張するのであれば、その部分のみが思想又は感情を創作的に表現したものであって著作物性を有することを具体的に主張立証しなければならないが、そのような主張及び立証を全くしていない。被告アンケート1及び2が原告追加部分を複製したものであることは争う。
 また、原告は、被告の反訴状において、原告が本件被告ファイルを「翻案」したと主張していることから、被告において原告追加部分が著作物性を有すると認めたものと解されると主張する。しかしながら、被告は、反訴事件において、主位的には複製権侵害を主張した上で予備的に翻案権侵害を主張したにすぎないし、被告が翻案権侵害を主張したことがなぜ原告追加部分の著作物性を認めたことになるのか、原告の論理は意味不明である。さらに、原告は、反訴事件において、原告追加部分について創作性が存在しないことを自認している。
(11) 争点7(差止めの必要性)について
[原告の主張]
 被告は、原告が被告から送付された事故情報聴取表に掲載されていた事故状況図記載欄及び受傷部位図記載欄を元に、被告の承諾を得て本件原告ファイルを作成したなどと、事実と全く異なることを強弁している。また、被告は、今後も無料相談会を開催する予定である。これらの事情からすれば、被告は、今後も無料相談会を開催するに当たって、原告追加部分を複製した本件各共同ファイルと同様の宣伝広告チラシを作成し、頒布するおそれがあるといえ、差止めの必要性が認められる。
[被告の主張]
 争う。
【反訴について】
(12) 争点8(本件被告ファイルの編集著作物性の有無)について
[被告の主張]
 本件被告ファイルは、相談担当者が事前に相談者の個人特定情報、事故情報(事故日、事故状況、被害者の立場、加害者の立場)、被害者の傷病情報(受傷部位、傷病名、症状、治療経過、治療先病院)、保険情報(被害者の加入保険、加害者の加入保険)といった基礎情報を漏れなく把握することができるようにしたものである。相談の予約時点でこれらの基礎情報が把握できれば、相談の当日には、これらに基づいてより具体的な内容の事情聴取ができ、限られた時間での相談の実効性を向上させることができる。また、これらの基礎情報を抽象的に質問しただけでは相談者が何も記載せず空欄のままとする可能性があるため、本件被告ファイルにおいては、項目を整然と配列し、かつ、大部分の項目に想定される複数の選択肢とそれに対応したチェックボックスを配置することにより、相談者が自ら文章を入力する手間を省き、相談者をして、気軽に、かつ短時間で、これらの基礎情報を提供させることを可能とした。また、相談者がどのような交通事故に遭遇し、どのような負傷をし、これについてどのような治療を行い、今何を困っているのかを把握すべく、具体的な事故状況、被害者・加害者それぞれの交通事故における立場や加入保険の内容に始まり、具体的な受傷状況、治療状況、加入保険の内容と順次聴取していけるように質問事項が配置されており、相談担当者が把握すべき事項を瞬時に理解できるよう配列も工夫されている。
 したがって、本件被告ファイルの素材の選択及び配列には作成者の個性が十分に発揮されているから、本件被告ファイルには編集著作物としての著作物性がある。
[原告の主張]
 本件被告ファイルの質問項目は、いずれも、交通事故被害者から相談を受ける際には当然聴取すべき項目であり、誰が聴取事項をまとめた書式を作成しようとしてもほぼ同様の素材を選択する。具体的には、被告ファイルにおける大項目は、いずれも保険金支払額を計算するために必要な情報項目であって独自な選択とはいえないし、各項目中の選択肢も、単なる「額に汗」の成果にすぎず、素材の選択に創作性はない。このことは、被告が選択したと主張する項目が、他の法律事務所等の相談フォーム等において網羅されていることからも明らかである。
 また、交通事故被害者から相談を受ける場合、交通事故被害者から理路整然と事情を聴取するために、誰が、いつ、どこで、どのような交通事故に遭い、どのような怪我を負い、現在どのような状況であるのか、被害者は弁護士費用を負担せずとも弁護士に依頼することが可能であるのか、加害者が加入する保険会社やその担当者等の項目を順に聴取しなければならない。このような通常の時間の流れに沿った相談事項をまとめた書式は、誰が作成してもほぼ同様の配列となるから、素材の配列にも創作性はない。このことは、他の法律事務所の相談フォーム等においても、ほぼ同様の配列がされていることからも明らかである。
 したがって、本件被告ファイルにおける素材の選択及び配列には創作性がなく、本件被告ファイルは編集著作物とはいえない。
(13) 争点9(信義則違反又は権利濫用の抗弁の成否)について
[原告の主張]
 仮に本件被告ファイルが編集著作物であるとしても、被告の主張は、信義則に反し、又は権利の濫用として許されない。
 すなわち、上記(11)[原告の主張]のとおり、被告は、原告が、被告の事故情報聴取表に掲載されていた事故状況図記載欄及び受傷部位図記載欄を被告の承諾を得て本件原告ファイルに掲載することにより、本件原告ファイルを作成した旨主張するのであるから、その主張を前提とすれば、被告は、原告に対し、本件被告ファイルの利用をいったんは許諾したこととなる。そして、被告はその後に原告に同許諾を撤回する旨を通知していないから、原告において、本件被告ファイルの利用を許諾されていると認識するのが自然である。被告は、そうした状況を奇貨として、原告に対する反訴を提起したのであるから、被告の主張が信義則に反し、又は権利の濫用に該当することは明らかである。
[被告の主張]
 争う。
(14) 争点10(差止めの必要性)について
[被告の主張]
 原告は、今後も本件被告ファイルを複製して本件原告ファイルを作成した上、これを頒布するおそれがある。したがって、差止めの必要性が認められる。
[原告の主張]
 争う。
(15) 争点11(損害額)について
[被告の主張]
 被告は、原告による本件被告ファイルに係る同一性保持権の侵害によって、次のア及びイのとおり損害を被ったので、被告に対し、合計33万円の損害賠償を請求する。
ア 精神的損害 30万円
 被告は、原告が本件原告ファイルを作成したことによって、本件被告ファイルに係る著作者人格権(同一性保持権)を侵害され、それによって被告が被った精神的損害は100万円を下らないから、被告は、原告に対し、その一部である30万円を請求する。
イ 弁護士費用 3万円
 被告は、反訴の追行を弁護士に委任して弁護士費用を支出したところ、弁護士費用のうち少なくとも10万円は、原告の上記行為と相当因果関係にある損害であるから、被告は、原告に対し、その一部である3万円を請求する。
[原告の主張]
 争う。
第3 当裁判所の判断
 事案に鑑み、まず、争点1(3)(利用許諾の抗弁の成否)、2(3)(改変許諾の抗弁の成否)、3(一般不法行為の成否)、6(原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否)及び8(本件被告ファイルの編集著作物性の有無)について、順に判断する。
1 争点1(3)(利用許諾の抗弁の成否)について
(1) 証拠(各項末尾に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
ア 原告は、平成25年1月ころ、本件甲府相談会の参加者を募るために原告広告を作成し、広告業者に依頼して、同月3日、山梨県内での新聞折込広告として、原告広告19万7850枚を配布した。(甲1、11)
イ Cは、同月20日、原告の経営する法律事務所の事務員に対し、「驚いています。」というタイトルのメールを送信した。同メールには、「出張相談会を続けていますが、集客で苦戦しています。ところが、山梨・甲府では驚異的な集客力です。本当にびっくりしています。つきましては、配布されたチラシの現物、配布された日時、選択された新聞社、配布枚数、費用の合計をお教えいただきたくメールをしました。チラシは残っていれば、添付ファイルで現物をお送りいただけませんか?」との記載がある。(甲47)
ウ Cは、同月27日、本件NPO法人の提携専門家であるG弁護士(以下「G」という。)に原告広告を交付し、同年3月から4月頃には、同じく本件NPO法人の提携専門家であるH弁護士(以下「H」という。)に原告広告を交付した。Gは、原告広告の内容を参考に宣伝広告チラシを作成し、同年3月16日に四日市市で開催された地方相談会への集客のため、同市近郊で作成した宣伝広告チラシを配布した。また、Hは、原告広告の内容を参考に、別紙9の宣伝広告チラシ(以下「H広告」という。)を作成し、同年5月19日及び同年7月15日に姫路市で開催された地方相談会への集客のため、同市近郊でH広告を配布した。(乙52、53、57、58)
エ Hは、同年8月、所属する兵庫県弁護士会の広告調査委員会から、H広告の記載に問題があると指摘を受け、同委員会の聴聞手続への出頭を求められた。同委員会が問題としたH広告の記載は、@「交通事故専門の弁護士」との記載が広告規制に反する可能性があり、また、A交通事故の賠償金が増額された事例の紹介に関する記載が賠償額についての誤認を招く表現であって、いずれも弁護士の懲戒事由に当たる可能性があるなどというものであった。(乙48、52、58)
オ Hは、上記エの指摘等を受け、原告及び被告に対して電子メールでその旨を連絡した。被告は、同年8月7日、原告に対し、Hが原告広告を見本としてH広告を作成した結果、H広告と原告広告とがほぼ同内容となっており、提携専門家の弁護士らも所属弁護士会からHと同様の指摘を受けるおそれがあること、その対応として、本件NPO法人の別の提携専門家から、@「交通事故専門弁護士」という記載を「弁護士と交通事故専門の行政書士」と変更するとともに、A賠償金増額事例についても表現を抑えて具体性をなくし、あるいは、事例を省略してはどうかという意見が出されたことなどを伝えた。
 原告は、同日、被告に対し、上記@についてはそのとおりに変更するが、上記Aについては、事例を3つにした上で、上記エの指摘に対する防衛策として「(注)賠償額は被害者の収入、過失割合等によって大きく異なります。上記3つの例は、弊事務所の解決例であり、回収額や増加額をお約束するものではございません。」との注記を掲載する予定であるなどと回答した。
 同年9月以降に原告が作成した相談会の宣伝広告では、上記Aについて事例を3つに増やし、あるいは、上記文言どおりの注記を掲記するなどの変更が行われた。また、H及びH以外の本件NPO法人の提携専門家らの作成した地方相談会の宣伝広告においても、上記@及びAの各記載につき、上記検討に沿った変更が行われた。(甲49の8〜甲49の71、乙10〜14、46〜48、57、58)
カ 原告は、平成28年4月18日、被告に対し本訴を提起し、本訴係属後の同年7月、Hに対し、H広告が原告広告の著作権を侵害していると指摘するとともに、H広告及びこれと同一又は酷似した文言等の使用を中止し、今後これらを使用しないことなどを求める通知書を送付した。また、原告は、同月、G及び他の1名の本件NPO法人の提携専門家に対しても、同趣旨の通知書を送付した(以下、原告がHら3名の提携専門家らに送付した各通知書を併せて「本件侵害警告」という。)。
 (甲15の1〜甲17の2)
(2) 上記(1)ア〜オの各事実経過、とりわけ、原告が、被告及びHから原告広告とほぼ同一内容のH広告の作成配布をしたと明確に告げられながら、これを何ら問題とすることなく、かえって、H広告及び原告広告が同一の広告文言及び事例の紹介を用いていることを前提に、弁護士会からの指摘を回避するための原告広告の具体的表現に関する変更を提案していること(なお、原告がH広告の広告文言及び事例の紹介等に対する弁護士会の指摘を前提に、被告との間で原告広告の具体的な文言の修正について協議していること(乙46、47)からすれば、原告が、H広告について、原告広告におけるのと同一の表現を用いたものと認識していたことは明らかである。)に照らせば、仮に原告広告に著作物性があったとしても、原告は、本件NPO法人の提携専門家らに対し、少なくとも黙示的には、原告広告の利用を包括的に許諾したものと認められる。
 これに対し、原告は、本件NPO法人の提携専門家など全く知らない、本件訴訟において被告から提出された証拠を見てはじめて被告以外の提携専門家らが、原告広告を使用していることを知り、その後直ちに本件侵害警告を発送したなどと主張するが、原告の主張は、客観的な証拠から認められる上記(1)ア〜オの各事実経過と明らかに矛盾するものであって、採用しがたい(なお、原告は、上記(1)カのとおり、本件訴訟係属後3か月以上が経過した平成28年7月になって、本件侵害警告を行っているが(上記(1)カ)、上記(1)ア〜オの経緯に照らせば、本件侵害警告は、本件訴訟を有利に運ぶ目的のためだけに行われたものであることがうかがわれるというべきであって、前記認定を左右するものとはいえない。)。
2 争点2(3)(改変許諾の抗弁の成否)について
 上記1(1)ア〜オの各事実経過に照らせば、仮に原告広告に著作物性があったとしても、原告が、本件NPO法人の提携専門家らに対し、少なくとも黙示的には、原告広告の改変についても許諾したものと認められる。
3 争点3(一般不法行為の成否)について
 原告は、被告が原告広告を無断で模倣して被告広告1及び2を作成したことによって、原告が有する原告広告を模倣されないという法的保護に値する利益が侵害された旨主張する。
 原告の主張は、被告が原告広告を無断で模倣したことにより、原告が、原告広告について著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)とは別個の法的利益を侵害された旨の主張と解される。しかしながら、原告の主張する利益が法的に保護されるべき利益に当たるか否かは疑問がある上、そもそも上記1(2)及び2のとおり、原告は被告を含む本件NPO法人の提携専門家らに対して原告広告の複製及び改変を許諾したものと認められるから、被告が原告広告を無断で模倣したという原告の主張は、主張の前提を欠くものであって失当である。
4 争点6(原告追加部分の著作物性及び複製権侵害の成否)について
(1) 著作権法は思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権法2条1項1号)、複製に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して作成された対象物件の共通する部分が著作権法によって保護される思想又は感情の創作的な表現に当たることが必要というべきであり、被告アンケート1又は2が原告追加部分に依拠して作成されたものであるとしても、思想、感情若しくはアイディア、事実、学術的知見など表現それ自体でない部分や、表現上の創作性がない部分において原告追加部分の表現と共通するにすぎない場合には、複製に当たらないと解するのが相当である。
(2) 原告追加部分は、本件被告ファイルに対し、@「ご希望時間」欄を新設して同欄内に午前10時から午後5時30分までの30分刻みの表示をし、A「住所・TEL」欄を「住所」欄と「電話番号」欄に分け、住所欄に「〒」の表示をし、B「事故発生状況」欄の空白部分の代わりに「□その他」を新設し、C「あなた」欄の「□自動車運転」「□自動車同乗」を併せて「□自動車(□運転、□同乗)」とするとともに、「□バイク運転」「□バイク同乗」を併せて「□バイク(□運転、□同乗)」とし、D「初診治療先」「治療先 2」「治療先 3」欄をそれぞれ「治療先 1/通院回数」「治療先 2/通院回数」「治療先 3/通院回数」とした上で、それぞれの欄内に「病院名: /通院回数: 回」の表示をし、E「自賠責後遺障害等級」「簡単な事故状況図をお書きください。」「受傷部位に印をつけてください。」の各欄を設けた上、「受傷部位に印をつけてください。」欄に人体の正面視図及び後面視図を設け、F相談者の「保険会社・共済名」欄内のチェックボックス及び選択肢を削除し、「加害者の保険」「保険会社名」の各欄を「加害者の保険会社名」欄にするとともに同欄内のチェックボックス及び選択肢を削除したものである。これに対し、被告アンケート1及び2は、いずれも上記Eの人体の正面視図及び後面視図が原告追加部分とやや異なるが、その他の点は上記@からFの点において原告追加部分と同一の記載がされている。
(3) そこで検討するに、まず、原告追加部分と被告アンケート1及び2に共通する上記@の点については、相談希望者から必要な情報を聴取するというファイルの目的上、相談の希望時間を聴取することは一般的に行われることで、そのために「ご希望時間」欄を設けて欄内に一定の時間を30分ごとに区切った時刻を掲記することは一般的にみられるありふれた表現であるから、著作者の思想又は感情が創作的に表現されているということはできない。
 また、原告追加部分と被告アンケート1及び2に共通する上記A〜D及びFの点は、いずれも、本件被告ファイルの質問事項欄を前提にそれを統合又は分割し、あるいは、各質問事項欄内の選択肢やチェックボックスを相談者が記載しやすいように追加又は変更したものであり、いずれもアイディアに属する事柄にすぎないから、著作権法上の保護の対象となるものとはいえない。
 次に、原告追加部分と被告アンケート1及び2に共通する上記Eの点(なお、原告追加部分と本件各アンケートでは、正面視及び後面視の各人体図の具体的なデザインが異なる。)については、相談希望者から必要な情報を聴取するという本件原告ファイルの目的に照らせば、事故状況や被害状況を聴取するために、自賠責後遺障害等級を質問事項に設け、事故状況図や受傷部位を質問事項に入れること、受傷部位を聴取するために、正面視及び後面視の各人体図を設けて印を付けるよう求めたことは、いずれもアイディアにとどまり、あるいは一般的に見られるありふれた表現形式であって、著作者の思想又は感情が創作的に表現されていると見ることはできない。
 以上によれば、原告追加部分と被告アンケート1及び2の共通する部分は、いずれも著作権法によって保護される思想又は感情の創作的な表現には当たらないから、被告アンケート1及び2は原告追加部分の複製には該当しないというべきである。
 なお、原告は、被告において原告追加部分に著作物性があることを認めているから、この点について裁判上の自白が成立し、裁判所を拘束するなどとも主張するが、本件全記録によっても被告が原告追加部分の著作物性を自認したものとは認めることができないから、原告の上記主張は失当というほかない。
5 争点8(本件被告ファイルの編集著作物性の有無)について
(1) 本件被告ファイルには、「氏名・フリガナ」、「年齢・性別・職業」、「住所・TEL」、「メールアドレス」、「事故日」、「事故発生状況」、「あなた」(判決注:相談希望者)、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「症状」、「治療経過」、「初診治療先」、「治療先2」、「治療先3」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の欄が順に設けられ、それぞれ左欄には上記の各項目タイトルが、右欄には各項目に対応する情報を記載する体裁となっていること、これらの各欄に引き続いて、「相談内容・お問い合わせ」欄が設けられ、その下に情報を記載するための空白が設けられていることが認められる。また、本件被告ファイルの「事故発生状況」、「あなた」、「加害者」、「受傷部位」、「傷病名」、「治療経過」、「あなたの保険」、「保険会社・共済名」、「加害者の保険」、「保険会社名」の右欄には、複数の選択肢とそれに対応したチェックボックスが設けられていることが認められる。
(2) そこで検討するに、ある編集物が編集著作物として著作権法上の保護を受けるためには、素材の選択又は配列に係る具体的な表現において創作性が存することが必要と解される(著作権法12条参照)。
 この点、被告は、@相談担当者が事前に相談者の個人特定情報、事故情報(事故日、事故状況、被害者の立場、加害者の立場)、被害者の傷病情報(受傷部位、傷病名、症状、治療経過、治療先病院)、保険情報(被害者の加入保険、加害者の加入保険)といった基礎情報を漏れなく把握することができるように質問項目を工夫した、Aこれらの質問項目について相談者が何も記載せず空欄のままとすることがないよう、大部分の項目に想定される複数の選択肢とそれに対応したチェックボックスを配置することにより、相談者が自ら文章を入力する手間を省き、気軽に、短時間でこれらの基礎情報を提供することを可能とした、B被害者がどのような交通事故に遭遇し、どのような負傷をし、これについてどのような治療を行い、今何を困っているのかを把握すべく、具体的な事故状況、被害者、加害者それぞれの交通事故における立場・加入保険の内容に始まり、具体的な受傷状況、治療状況、加入保険の内容と順次聴取していけるように質問事項を配列したとし、これらの点に素材の選択及び配列における創意工夫があると主張する。
 しかしながら、まず上記@については、交通事故相談者から相談に先立ち必要な情報を把握するという本件原告ファイル及び本件被告ファイルの性質上、相談者、交通事故の具体的状況、相談者の受傷及び治療状況並びに事故関係者の保険加入状況等に関する情報のほか、具体的な相談希望内容についての情報を収集する必要があるから、これらの事項に対応する事項を設けることは単なるアイディアにすぎない。また、このような本件原告ファイル及び本件被告ファイルの性質上、これらの各事項に関連する具体的な質問項目の選択についても自ずと限定されるところ、本件被告ファイルの質問項目は、いずれもありふれたものと認められる(なお、このことは、本件被告ファイルが作成された平成23年5月(前記第2の2(3))より13年以上前の平成10年2月20日に刊行された公刊物(甲20)に本件被告ファイルとほぼ同一の質問項目及び選択肢が記載されていることからも裏付けられる。)。
 また、上記Aについて、相談者が何も記入しないことを避けるためにチェックボックスを配置して相談者自らの文章入力の手間を省いたという点については、抽象的なアイディアにすぎず、著作権法によって保護される表現とはいえないし、具体的な選択肢についても、通常想定される回答を列記したにすぎず、創作性のあるものとはいえない。
 さらに、上記Bについては、交通事故相談者から相談に先立って情報を把握するという本件原告ファイル及び本件被告ファイルの性質上、相談者、交通事故の具体的状況、相談者の受傷及び治療状況並びに事故関係者の保険加入状況等の情報に加えて、具体的な相談希望内容を順次回答させる必要があるから、これと同一の本件被告ファイルにおける質問項目の順序はありふれたものというほかなく、その配列に創作性があるとは認め難い。
 そして、他に本件被告ファイルにおける素材の選択又は配列に創作性があると認めるに足る証拠はないから、本件被告ファイルが編集著作物に当たるとは認められない。
6 結論
 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 沖中康人
 裁判官 矢口俊哉
 裁判官 廣瀬達人


別紙(1)〜別紙(9)
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