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【事件名】恋愛シミュレーションゲーム「QuinRose」事件
【年月日】平成28年4月28日
 大阪地裁 平成27年(ワ)第12757号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成28年4月8日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 渡辺麻紀
被告 株式会社アドモーション


主文
1 被告は、原告に対し、600万円及びこれに対する平成28年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 主文同旨
第2 請求原因
 原告は、別紙「請求の原因」のとおり、請求の原因を述べた。
第3 当裁判所の判断
1 被告は、適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を争うことを明らかにしないものと認め、これを自白したものとみなす。
2 損害額
 以上の争いのない事実によれば、別紙「請求の原因」第3記載の被告の行為によって、同第2記載の原告の著作権及び著作者人格権が侵害されたと認められる。
 そこで、原告が被った損害額を検討する。
(1) 著作権侵害による損害
 争いのない事実によれば、原告は、株式会社アートムーヴから開発中であった本件ゲームで使用する原画の製作等を依頼された際、原画の製作等を含めて包括的に報酬350万円で注文を受けていることが認められるところ、このような報酬の定め方は、原画の製作等の依頼を受けた原画作者が多数の原画やイベント画等を1個のゲーム作品の製作に提供する場合の報酬の定め方として、合理的なものであると考えられる。
 そうすると、本件R18ゲームという1個のゲーム作品のために多数のイベント画が使用される場合についても、上記と同様の報酬支払の形態を採用した上で、著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額は、上記と同様に350万円と認めるのが相当である。
(2) 著作者人格権侵害による損害
 争いのない事実によれば、インターネット上のウェブサイトにおいて原告のペンネームで商品検索をすると、原告の漫画作品が複数表示され、原告のペンネーム及び作品が広く知られていたと認められる。原告が原画を製作した本件ゲームは、恋愛シミュレーションゲームでファンタジーものであると告知され、原告のペンネームが原画作者として公表され、本件ゲームのタイトルによるインターネット検索結果をみても、本件ゲームが話題とされるようになり、原告は、ファンタジーもののゲーム作品の原画を手掛けると広く認識されていたと認められる。
 そうしたところ、被告は、ゲームのタイトル名及び登場人物名をそのままにして、原告の意に反して、原告の製作した原画の部分を取り出して、つぎはぎにして裸体のイラストと組み合わせるなどして改変し、露骨に性交を描写した場面等に書き換えており、その結果、原告が改変後の本件R18ゲームについても原画を製作したとの印象や認識が広まったとうかがわれる。このような被告の行為は、原告が製作した原画における登場人物等の創作意図ないし目的を著しくゆがめ、多くの作品を公表してきた漫画作家としての原告の信用を大きく毀損する、極めて悪質な改変行為であるということができる。
 そうすると、原告の著作物の内容、被告の態様が上記のとおりであること、被告の行為によって受けた原告の信用毀損の程度が大きいと考えられること等一切の事情に鑑みると、株式会社DMM.comによる本件R18ゲームの販売期間が約2か月であることを考慮に入れても、被告の改変行為により生じた原告の精神的損害を金銭に評価した額は、200万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用
 原告が、本件訴訟の提起、遂行のために原告訴訟代理人を選任したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過等の諸事情を考慮すると、被告らの行為と相当因果関係のある弁護士費用は、原告が主張する50万円の限度で認められる。
(4) 合計額
 以上によれば、原告に生じた損害は、合計600万円となる。
3 よって、原告の請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長裁判官 松宏之
 裁判官 田原美奈子
 裁判官 林啓治郎


(別紙)請求の原因
第1 当事者
1 原告は、「P2」のペンネーム(変名)にて、漫画、イラスト等を制作することを業とする漫画家である。
 原告は、平成21年頃から、前記ペンネームにて数々の作品を業として発表してきている。たとえば、インターネット上の商取引会社であるAmazon.comのウェブサイトにおいて、前記ペンネームで商品検索をすれば、原告単独の漫画作品が和書コーナー上に複数ヒットすることからも分かるように(甲1)、漫画愛好家の間ではその名はつとに知られ、多くの愛読者を獲得してきている。
2 被告は、主に、インターネット広告を中心とする広告代理業、並びにウェブコンテンツの制作、管理、運営等を目的とする株式会社であり、前記業務の一環として、ゲームの制作、販売等も行っている。
第2 原告の著作権(原告による本件著作物の制作)
1 原告は、平成25年6月17日、訴外株式会社アートムーヴ(以下、「アートムーヴ」という。)から原告のペンネーム「P2」を名宛人とする電子メール文書「お仕事のご依頼に関しまして」にて、イラスト制作の注文を受けた(甲2)。アートムーヴは、「QuinRose」(クインロゼ)というブランド名を付したゲームを企画、開発及び販売していたものであるが、当時開発中のゲーム(以下、「本件ゲーム」という。)で使用する原画を原告に依頼するというものである。具体的な依頼内容は以下のとおりである。
(1) 原告に依頼を予定する制作等
ア ジャケット絵(ゲームソフトのパッケージの絵) 2点
イ 登場人物の立ち絵(本件ゲーム中で登場人物を個別に紹介するイラスト)全約11乃至12種の人物につき、制服姿及び私服姿の各2点を3ポーズずつ 計約66乃至72点
ウ イベント画(ゲームの進行に従って、各場面を描写するために挿入されるイラスト) 約220乃至250点(詳細な点数及び内容は、ゲームの制作過程に沿って確定する)
エ 見開き画(ゲーム雑誌掲載用) 6点
オ 1ページ分のイラスト(ゲーム雑誌掲載用) 2点
カ 宣伝広告用モノクロ4コマ漫画(ストーリーも原告が作成) 27点
キ 冊子用コミック(モノクロ)(ゲームソフトの付録) 36点
ク 原告へのインタビューなどへの協力
ケ 店舗用特典(ゲームソフトを店舗販売する際の付録)
 上記のうち、最も点数の多いウのイベント画については、原告は、登場人物の姿かたちを線画にて制作することになっており、背景や小物及び着色は、原告が制作完成させた線画にアートムーヴが描き込むことになっている。しかし、登場人物の顔だちや体型、ポーズ、髪型、服装等、登場人物を決定する重要な要素については、アートムーヴは大まかな構図を提案するだけで、原告自身において、本件ゲームのストーリーを検討したうえで構成し制作することになっている。
 なお、本件ゲーム中で使用される原告の作品は、アニメーションとして動くものではなく、すべて場面ごとに静止画状態で紙芝居的に挿入されるものである。
(2) 報酬
 350万円
(3) その他
 アートムーヴは、上記の依頼に際し、本件ゲームのソフトが使用される媒体は、携帯ゲーム機「プレイステーションポータブル」であること、及び、本件ゲームの種類としては、女性を対象とする恋愛シミュレーションゲームで「ファンタジーもの」であることを告知していた。
2 原告は、同年6月下旬頃、アートムーヴに対し、上記注文を受ける旨を伝えた(以下、原告とアートムーヴとの間における、上記注文に係る契約を「本件原作契約」という。)。原告とアートムーヴとの間においては、受発注時及びそれ以後、いずれの段階でも著作権についての明示的な取り決めがなされることはなかった。
 その後、原告は、同年7月から納品を開始した。納期については、宣伝広告のためにゲームソフト販売開始後にも必要となるもの等を除き、概ね平成26年11月頃から12月頃となり、原告は、すべて納期までに納品を終えた。上記1(1)のうち、ウのイベント画については、原告は、最終的には、本件ゲームのために約100点を制作することとなり、同年8月頃までにすべて納品を完了した。
 甲3の1乃至甲3の14は、前記ウのイベント画として原告が納品した作品の一部であり、本件著作権侵害に係る著作物である(以下、「本件著作物」という。)。
 なお、原告は、本件著作物の制作にあたっては、描画ソフトウェア「ComicSTUDIO」及び「CLIP STUDIO」を用いていた。パソコンに接続した同ソフト専用の筆記具とペンタブレットを用いて描くと、出来上がった作品は、自動的にパソコンに取り込まれてデータ化され、画像処理ソフト「Photoshop」により画像処理が施されるので、原告は、Photoshop化されたデータ状態でデータ転送サービスを利用して納品をした。
3 その後、原告が納品した本件著作物を使用した本件ゲームは、平成26年11月頃、「P3」というタイトルで、アートムーヴのゲームブランド名「QuinRose」を付して、プレイステーションポータブル用のゲームとして販売された。原告のペンネーム「P2」は、原画作者として公表され、宣伝されている(甲4、甲5)。
 上記のゲームブランド「QuinRose」は、同社が平成20年頃に立ち上げたもので、恋愛アドヴェンチャーゲームブランドとしては、ゲーム愛好者達の間では相当に有名で、これまで数々のゲームが世に送り出されてきている。本件ゲームは、同ブランドの中でも特に人気が高く、愛好者達の間では、発売直後から話題になっていた。甲6は、本件ゲームタイトルによるインターネットの検索結果の一部であるが(検索エンジンはGoogle)、ゲームの評価やプレイの感想、攻略法等々、ゲーム愛好者達の間では、本件ゲームを巡って、枚挙に暇がないほど種々様々な話題が展開されている。
4 先述のとおり、原告の作品は、従前からその独自の作風、画風により漫画愛好家の間で人気を得て、原告単独の作品が複数出版されてきていることに加え、とりわけ、本件作品の制作に際しては、アートムーヴからは、「P2様のイラストを拝見し、開発中のゲームの原画をお願いできないものか」との申し出を受けており、原画作者としてインタビューを受けることもあった(甲2参照)。特に、本件ゲームのような恋愛シミュレーションゲームにおいては、プレイヤーの主観としては、コミック本等と同様、いかなるキャラクターが登場するのか、その個性は極めて重要な要素であるため、原告の独自の作風、画風が本件ゲームを特徴づけるものとして着目されたのである。
 本件著作物は、原告の思想又は感情を漫画作品において創作的に表現したものであって、美術の範囲に属する(法2条1項第1号)。
5 なお、上記アートムーヴは、現在、東京地方裁判所において破産手続中である(事件番号:平成27年(フ)第10281号)。
第3 被告の原告に対する著作権侵害行為
1 原告は、平成27年8月4日、アートムーヴから「【ご連絡】「P3」ソーシャルゲーム化につきまして」と題するメール文書を受け取った(甲7)。同メール文書は、本件ゲームがスマートフォン向けのオンラインゲームとして提供されることを予告するものである。
 原告は、本件原作契約において、本件ゲームが携帯ゲーム機以外の媒体でも提供される可能性があることは被告から予め告知されていたため(甲2:「別媒体に移植の場合も。」)、それに伴って本件著作物が使用されることに対しては、特に異議を述べることはなく、これを承諾した。
2 しかし、アートムーヴが予告した「ソーシャルゲーム化」の実態とは、同社が甲2において告知し、原告が予め了解していたような内容、すなわち、本件ゲームを別の媒体でもプレイできるものとし、それに伴って本件著作物が使用される、というものではなかったのである。
 その実態は、本件ゲームの人気に着目した被告とアートムーヴとが共謀し、被告がアートムーヴから本件著作物に係るデータを譲り受け、被告において本件著作物を複製したり、改変して別の絵に書き換えたりするなどして、本件ゲームとは異なるゲーム作品を制作し、当該ゲーム作品をインターネットを介して大々的に販売、流通させ、結果、被告と同社とが多額の利益を得ようというものであった。
 より具体的には、主に前記第2の1(1)ウのイベント画について、複製するだけにとどまらず、被告自身において、頭部など登場人物を決定づける重要な部分を取り出し、首から下の着衣部分は切除し、被告自身が作成した裸体のイラストに当該頭部だけを接合したり、原告が作成した複数の著作物から部分的に取り出して、継ぎ接ぎにして組み合わせ、それに裸体画を書き足したりするなどして改変し、露骨に性交を描写した場面等に書き換え、18歳以上を対象とするゲーム(いわゆる「R18ゲーム」、「アダルトゲーム」、「18禁ゲーム」等の通称で呼ばれるもの)を制作し、配信するというものである。甲8の1乃至甲8の8は、被告が本件著作物を改変し書き換えて作成した作品であるが、被告による本件著作物に対する改変の具体的態様は、別紙において個別に摘示するとおりである。
 なお、前記第2の2項のとおり、原告の本件作品はPhotoshopによってデータ化された状態でアートムーヴに引渡しがなされており、同ソフトによって画像処理されると、各作品のファイル内において線の1本1本が別個のデータとして保存され、それぞれの線を切り離して加工することも可能になる。被告は、かかる特性を悪用して、原告の本件著作物を改変したものである。
 被告は、本件著作物を改変して作成した甲8を使用し、本件ゲームを基礎とするアダルトゲームとしての「P3」を制作した(以下、被告が制作したアダルトゲーム版の「P3」を「本件R18ゲーム」という。)。
3 本件R18ゲーム中においては、本件ゲームの登場人物が人物名もそのままに登場している(甲4、甲5及び甲8参照)。本件ゲームのストーリー展開は、主人公である人魚の少女が人間の姿になって人間界を訪れ、7人の男性のいずれか(ゲーム展開により異なってくる)と恋愛関係に陥るというものである。本件R18ゲームも基本となるストーリーは同じであるが、登場人物が恋愛関係になると、必ず、本件ゲームにはなかった露骨な性交場面が表示されるようになっている。つまり、ゲームプレイヤーの主観としては、原告が描いた本件ゲームの登場人物が、本件R18ゲームの物語において裸体を曝し、性交するという認識となるように構成されている。
 甲8の一連の改変作品は、本件著作物に関してアダルトゲーム版が存在するというインターネット上の噂を知った原告が事実確認のため本件R18ゲームを探して出して試行し、中途まで進行してみて、原告が把握した限りにおける改変作品に過ぎず、本件R18ゲームの展開により、さらに多くの改変作品及び本件著作物そのものの複製作品が次々に表示されることになっている。
4 被告は、訴外株式会社DMM.com(以下、「DMM」という。)との間で本件R18ゲームを販売委託するための契約を締結し、本件R18ゲームは、平成27年8月頃からDMMの配信サイトにおいて販売されることとなった。
 DMMのオンラインゲーム配信サイトには、「一般オンラインゲーム」用と「R18オンラインゲーム」用の各配信サイトがあり、本件R18ゲームは、後者のR18オンラインゲーム専用の配信サイトから提供されていた(甲9の1)。甲9の1の画面から「ゲームをはじめる」を選択すると、次の画面では、本件R18ゲームが被告によって提供されるものである旨、告知される(甲9の2)。
 本件訴訟提起前に、原告が被告に問い合わせたところ(詳細は第4項記載のとおり)、被告によれば、本件R18ゲームの販売収益のうち、アートムーヴへの分配は15%であるから(甲10)、残りの85%を被告が得ることになる。また、本件R18ゲームは、上記DMMの媒体では予定よりも早く販売が停止されることになったため、被告は「制作費等、甚大な被害を被っ」たとのことである(甲10)。つまり、本件R18ゲームの販売による多額の収益のうち、大半は被告が得ることを予定しており、そのために被告は制作費等多額の投資をしたということであって、本件R18ゲームの基礎となる本件ゲームを制作したのはアートムーヴであったが、主体となって本件R18ゲームを制作、販売したのは、被告にほかならない。
5 原告は、本件原作契約に際し、原告が納品した線画については、背景及び小物が描き込まれること、並びに着色が施されることは告知されており(甲2)、その旨許諾していたが、それ以上の改変については、何ら告知されてはいなかったことは、甲2及び甲7にも明らかなところである。
6 なお、本件R18ゲームについては、平成27年10月1日、原告代理人からDMMに対し被告による著作権侵害の事実を通報したところ、DMMが数日後に販売停止の措置を取ったため、現在は同社のサイトにおいては販売されていない。
7(1) 著作財産権の侵害について
ア 翻案権の侵害(著作権法(以下、単に「法」という)27条)
 原告が制作した前記第2の1(1)ウのイベント画である本件著作物は、原告独自の作風、画風により描かれた作品であるところ、各作品は、本件ゲームの進行にしたがって各場面を個々に描写するためのものであるから、いずれも特定の場面を物語るものとして、それぞれに著作物を構成する。
 原告は、本件著作物に対して着色が施されること及び背景と小物が書き込まれること並びに本件ゲーム自体が他の媒体でも使用されることについては許諾していたが、それ以外の改変は許諾していない。別紙に示すように、被告の改変行為は、原告の本件著作物について、人物画の着衣部分を切除して裸体画を継ぎ足したり、原告作品を継ぎ接ぎして組み合わせた絵に裸体画を継ぎ足したり、というものである。
 被告が本件著作物に依拠して甲8を制作したことは、被告自身も認めるとおりであるところ、被告が利用した本件著作物の各部分は、原告作品において個々の登場人物を特徴づける部分、本質的な特徴である。すなわち甲8は、本件著作物の本質的な特徴の同一性を維持して、着衣部分を減じ、裸体画を付加し、継ぎ接ぎにするなどして、新たに創作的な表現をすることにより、これに接する者が本件著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる著作物である。
 原告は、本件著作物については、背景や小物が書き加えられること及び着色が施されることのみしか許諾しておらず(甲2)、被告の行為は、原告の許諾した限度を著しく逸脱するものであり、翻案権の侵害に該当する。
イ 二次的著作物に係る権利の侵害
 甲8の一連の作品は、被告が本件著作物を改変して制作したものであって(別紙)、本件著作物を原著作物とする二次的著作物(以下、「本件二次的著作物」という。)である。したがって、これらの本件二次的著作物については、原著作物の著作者たる原告は二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有するから(法28条)、被告が本件二次的著作物を複製し、インターネット上で販売する行為は、二次的著作物に係る原告の複製権(法21条)、公衆送信権(法23条)、譲渡権(法26条の2第1項)等を侵害する行為である。
(2) 著作者人格権の侵害について
ア 同一性保持権の侵害(法20条)
 被告は、本件R18ゲームに使用するために、別紙のとおり、原告の意に反して、本件著作物につき、作品の要部を構成する頭部を取り出し、着衣部分を切除して、それに裸体画を継ぎ足したり、複数の作品から一部ずつ切り取って継ぎ接ぎして組み合わせたりして性交場面に改変するなどしている。被告の行為は、単に一部を切除するに止まらず、原告の著作物を性的好奇心を刺激するような作品に書き換えるという、極めて悪質な態様で本件著作物の完全性、同一性を損なうものである。
 著作物は著作者の人格が表現として具現化されたものであって、その完全性、同一性を維持することで、人格的利益が保護されるのである。
 例えば、被告の改変作品においては、
@ 甲3と甲8とでは、同じ顔をした登場人物であることは容易に分かるが、双方の作品から受ける印象は全く異なること、
A 甲8の4は、甲3の8乃至甲3の10を一部ずつ切り取って継ぎ接ぎしたものであるが、頭部の向きの異なる絵を無理に接合しているために、極めて不自然な角度の絵になっていること、
B 甲3では繊細な印象の顔貌をした人物について、甲8では異様に筋肉質で、しかも雑な質感の裸体画が継ぎ足されたりするなどして、ひどくバランスの悪いものに仕上がっていたりすること、
 等の特徴が挙げられる。
 絵は、その線やタッチ等様々な構成要素における作者の個性、描く対象に対する作者の印象、造形への知覚や認識、作者各人の技量、美意識等々を反映するもので、首から下に別の作者が描いた絵を継ぎ足したり、無理に継ぎ接ぎ、組み合わせたりすれば、著作物の完全性、同一性は根底から崩壊し、作品の価値を大きく損なうことは論を俟たない。
 甲8を見た者は、原告が成人向け作品を制作したもの、あるいは、原告がひどくバランスの悪い、珍妙な絵を描いたものと認識し、原告の人格的利益ないし人格的評価は著しく害される。
 人格的利益、評価を害するか否か以前の問題としても、被告の上記改変が原告の「意に反して」いることは、火を見るよりも明らかである。
イ 二次的著作物に係る著作者人格権の侵害
 本件R18ゲームが配信されたことにより、ゲーム愛好者たちは、人気の高かった本件ゲームがアダルト版になって販売されたものとして認識しており(甲11、甲12)、それが原画作者に無断で制作されたものとまでは思い至らないのが現状である。登場人物を同じくする同名のゲームである以上、本件ゲームと同様、本件R18ゲームも原告が作成したものとして、ファンが認識するのは当然の理である。被告としても、アダルトゲーム制作のために原画をゼロから描き起こすのではなく、わざわざ原告の作品の主要部や線の1本1本を利用して描き換えるということは、当然に、愛好者の間において、原告自身が手がけたという認識を生じさせることを意図したものと言える。本件ゲームを知る者であれば、本件R18ゲームの原画作者は当然に「P2」であると認識しうる。
 本件R18ゲームの原画作者が原告であると認識されることは、原告がこれまで数々の作品を通して積み上げてきたキャリアに傷をつけ、ファンを失望させるものであって、到底原告の望むところではない。したがって、被告が本件ゲームのアダルトゲーム版として本件二次的著作物を公表したことは、原著作者としての原告の公表権及び氏名表示権を侵害する(法18条1項後段及び法19条1項後段)。
第4 被告の故意、過失
1 被告には、本件著作物の利用に際し、原告の著作権を侵害しないように注意すべき義務が存するところ、被告がこれを怠ったことは明白である。
 本件訴訟提起に先立ち、原告が被告に対し、被告の著作権侵害の事実を告知して責任を追及したところ(甲13)、被告からは、代理人弁護士を介し、「アートムーブがイラストデータの著作権を有している」(原文ママ)との説明をアートムーヴから受けていたので、「責任を認めかねます」という回答があった(甲10)。
 なお、本論に入る前の問題として、甲10では、被告の文章中に誤記及び誤解を生じかねない表現が散見されるため、原告において予め、被告の意図するところは以下のとおりであることを前提としておく。
(1) まず、甲10おける「アートムーブ」は、アートムーヴの誤記であって別会社を指すものではないはずである。
(2) 次に、「イラストデータの著作権」(本文第7行目)とあるが、イラストデータとは、本件著作物の一形態としてのデジタル情報を意味するものにすぎず、データ状態のまま情報が覚知できるものではない。本件著作物は、デジタルデータ状態で納品されているからといって、プログラムの著作物(法2条1項第10号の2)というわけではなく、美術の範囲に属する著作物である。その著作権は、デジタル情報であっても紙媒体に記録されたものであっても、本件著作物がどこにどのような形態で存する場合でも等しく生じ、原告が納品したデータに限定して発生する著作権というものは、通常は考えられない。「イラストの著作権」というならともかく、「イラストデータの著作権」というのは観念しがたいのである。したがって、被告が言う「イラストデータの著作権」とは、本件著作物そのものの著作権を意図するものと想定しておく(もっとも、「イラストデータの著作権」との不合理な記述からすると、被告は、イラストデータを所有ないし保持することと、著作物に係る著作権を有することとの区別ができているのかすら疑わしいのである。)。
(3) さらに、「版権使用料」(本文第13行目)の「版権」とは、すでに死語となっている用語で、現在の法律用語ではなく、権利内容そのものも著作権法上の著作権とは相当に異なるものであるが、被告としては同法上の「著作権」のことを意図するものであったと想定しておく。
2 以上を前提として、被告の故意ないし過失責任を主張する。
 甲10によれば、被告は、本件著作物については、アートムーヴが「著作権を有している」と考えていたとのことである。そうすると、本件著作物の著作権は、原作者である原告からアートムーヴに譲渡されたものと誤信していたという主張になるものであろう。
 しかし、無知無責任な素人的認識しかない者であれば販売者=著作権者との勘違いをすることは、時としてあるとしても、本件の以下の具体的事情からすれば、かような被告の言い分をもって、被告がその責任を免れることはない。
(1) 本件改変行為そのものの悪質性、特殊性
 そもそも著作権ないし著作権法についての知識以前の問題として、単に話を持ちかけてきたアートムーヴに著作権があると信じて安心し、作品を裸体に描き換える、継ぎ接ぎして別の作品を作って公表するという行為そのものの悪質性、特殊性について、被告が何の罪悪感や疑念も持たないというのが、信じ難い不見識であって、極めて重大な過失と言わざるを得ない。
 著作物は、著作者の人格が表現として具現化されたものであって、著作者にとっては、自分の分身、我が子も同然のものなのである。そのことは、たとえ法律的、専門的な知識を欠く場合であっても、それぞれの著作物は、作者の信念、思想、感情、想い等々を込めて作り上げられる大事なものであるという至極真っ当な意識さえあれば、自ずと思い至って当然の理である。
 例えば、作品の収録に必要な限度で、作品の隅をほんの一部だけ切除したりする程度の行為であれば、(本来はそれすら許されることではないが)著作者が許諾をしたものと誤信してしまっても致し方ない場合もあろうかとも思われる。しかし、着衣の絵を裸体画に改変する、継ぎ接ぎにして別の作品を作るなどという行為は、ただ作品をわずかに切除したりする行為とは明らかに一線を画するものであって、著作物の印象を激変させ、その価値を損なうにとどまらず、著作者の信用を低下させ、いかに著作者を傷つけて精神的苦痛を与えるものであるかは、事業者ならぬ通常一般人、たとえ著作権についての知識を持たぬ者であっても、想像に難くないことである。着衣を裸体に描き換える、継ぎ接ぎだらけにして別の作品にするなどという行為は、著作者にとっては、通常では想定しえない異常、特殊な改変、許容するはずのない改変なのである。
 仮に、たとえ被告が原告の許諾がある(あるいは、アートムーヴが著作権を譲り受けている)と聞かされていたとしても、そのような改変を原作者が許諾するはずがないと考えるのが正常な感覚である。
 被告の著作物取り扱いに対する無神経さ、鈍感さは、単なる注意義務違反に止まるものではなく、業務として著作物を取り扱う事業者(後記(4)項)としてみれば、もはや故意に比すべきものと評せるほどの重大な注意義務違反である。
(2) 著作財産権について
ア 仮に、原告とアートムーヴとの間で著作権の譲渡契約があったかのように被告が説明を受け、その旨、入念に確認していたとしても、翻案権は譲渡対象の権利として特掲されていることを要するのである(法61条2項)。すなわち、具体的に「翻案権」という文言によって譲渡対象が特記されていなければならず、被告が単に著作権あるいは全著作権の譲渡がアートムーヴになされた旨を確認しただけでは、注意義務を果たしたとは到底言えないのである。
 この法理は、同条項により、二次的著作物に関する原著作者の権利についても同様である。
イ そして、同条項は、とくに法27条及び28条の権利は、著作者が有する原著作者の利用権とは別個の形態の利用権であり、著作者が想定する利用態様から外れる可能性のある内容のものであること、及び著作者の予測しえない付加価値(大概は不利益となるもの)をも生じさせうる権利であることから、明白な譲渡意思がない限り、原権利者側に残るとされたものである。
 このような趣旨に鑑みると、仮に、百歩譲って、特掲して「翻案権」及び「二次的著作物に関する原著作者の権利」が原告からアートムーヴに譲渡するといった明確な意思表示を被告が確認していたような場合であっても、さらに、翻案可能な限度を確認し、個別具体的な翻案ないし改変の各内容について原告の直接の許諾を要するもので、原告が予測しえない改変は許されるものではないというべきである。本件においては、主に着衣の画像を裸体や性交の描写に改変したり、部分部分を継ぎ接ぎにして改変するものであって、社会通念上、著作者が特に忌み嫌い、嫌悪することが容易に予想される態様の改変である。著作権がアートムーヴに譲渡されたものであるとの説明を被告が受けていた、というだけで足りるものでないことは当然である。
 被告は、原画作者たる原告には何の確認もせず、単にアートムーヴから同社に著作権があると聞かされて、極めて軽率に、同社の説明を鵜呑みにしたものとも思われるが、著作物の何たるかを分かっていれば、かような改変は到底あり得ないはずである。被告は、個別具体的な改変内容について原告から直接の許諾を取り付けたわけでもなく、到底、原告の著作権を侵害しないように注意すべき義務を果たしたと評せるものではない。
(3) 著作者人格権について
 そもそも著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができないものなのである(法59条)。したがって、仮に、原告からアートムーヴに著作権が譲渡されたこと、さらに進んで、法27条及び28条の権利が特掲して譲渡されたことを被告が確認していたとしても、原告の人格的利益を保護するためには、それだけでは注意義務を果たしたといえるものではない。
 原告の同一性保持権を保護するためには、個別具体的な改変内容について原告からの直接かつ明示的な許諾を得る義務があるし、さらに、二次的著作物(甲8)に係る原告の公表権を保護するためには、改変した作品を販売ルートに乗せることについても直接かつ明示的な許諾を得る義務は免れられない。また、同名の本件ゲームでは、原告のペンネームを表示して宣伝されており、本件ゲームを知る者であれば、本件R18ゲームの原画作者は当然に「P2」であると認識しうることからして、原告の氏名表示権を保護するためには、(そもそも公表が許されないものであることをさておくとすれば)当該作品の裸体部分は原告の手によるものではない旨明記することさえ要するところである。
 著作物が著作者の人格的表現であることは、法的知識以前の問題であって、著作物を大事に思う気持ちさえあれば、本件態様における改変など、そもそも許されるもの、作者の許諾を得ているものと考えること自体が常軌を逸している。百歩譲って、仮に通り一遍の許諾があったように見えていたとしても、それでも事足りるものではなく、より慎重、厳格な対応を要することくらいは、容易に思い至って当然なのである。
 被告は、著しく不注意、軽率な対応でもって、原告の著作者人格権を侵害したのである。
(4) 被告の事業者としての立場について
 被告の事業内容は、第1項記載のとおりであるところ、被告は、より具体的な業務内容として、自身のウェブサイトにおいて「デザイナー・プログラマー・ライターなど、WEBサイト制作に必要な“専門家”を自社で確保しております。」、「サイト設計のみならず、デザイン・イラスト、ライティングまですべて自社にて制作を行っているため、お客様のニーズに合わせたWEBサイトをワンステップで制作可能です。」、「パンフレット、POP、リーフレット、ショップカード、DMなど紙媒体のものから、必要に応じて看板などの大型の媒体まで、デザイン・制作をいたします」などとして、被告自身でデザインやイラスト等の制作を行っていることを喧伝している(甲14)。つまり、被告自身が日常的に著作物を取り扱い、制作することを業務にしており、顧客からの注文に応えて、著作物を制作し、納品する立場にあるということになる。そうすると、慎重に著作物を扱わなければ、顧客にも多大な迷惑が及ぶことになる立場にあり、通常一般人よりも高度な注意義務が求められるところなのである。
 上記甲10によれば、被告は、著作権がアートムーヴにあると聞いていたとの一事をもって、過失責任を免れられると考えているようである。しかし、いかなる経緯でアートムーヴが「著作権を有」するに至ったと考えるものであるかは明確にしていない。しかも、上記(2)(3)の権利の性質からすれば、単に著作権が同社にあると認識していただけで済まされるものでないにも拘わらず、翻案権等の譲渡が特掲を要するものであること及び人格権が譲渡できないものであることについて、被告がいかに考えるものであるのか、何の釈明もしていないのである。すなわち、被告は、業務として著作物を制作する事業者であるにも拘わらず、翻案権等譲渡に際しての厳格性や著作者人格権の内実等について何ら理解していないのであろうと考えられる所以である。
 甲10において不用意に「版権」、「イラストデータの著作権」などという著作権的観点からすれば的外れな説明をしていること等と併せて考えてみても、日常的に著作物を取り扱い、制作する事業者であるにも拘わらず、通常一般人よりも高度な注意義務を果たすどころか、被告の著作権に対する無知、不見識及び著作物への無神経な感覚には驚きを禁じえないところであり、著作権保護のために必要な注意義務を果たすことなど、そもそも被告には、到底、無理であったものと考えるほかない。
第5 原告の損害
1 財産的損害
 以上述べたとおり、被告の行為は、原告の著作権を侵害する不法行為(民法709条)であるから、被告は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
 著作権者は、著作権を侵害した者に対し、著作権の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を損害賠償請求することができる(法114条3項)ところ、原告は、1個のゲーム作品(本件ゲーム「P3」)を制作するに際し、包括的に原画制作を受注しており、その報酬が350万円となっている。つまり、1個のゲーム作品の制作を1つの単位として、当該単位における原画作者としての原告の報酬が350万円という形態なのであって、個々の作品についての単価がいくら、という決め方にはなっていない。
 かかる報酬支払いの形態を考慮すると、本件著作権侵害においては、被告は、原告の著作物を基礎とし、これを無断で複製、改変するなどして、別の新たな1個のゲーム作品(本件R18ゲーム)を作出していることから、本件R18ゲームの制作を1つの単位として、当該単位における原画作者としての原告の報酬は、本件ゲームと同様に350万円と見るべきであり、これが原告の受けるべき金銭の額となる。
 したがって、本件著作権侵害に係る原告の財産的損害は金350万円である。
2 精神的損害
 被告による同一性保持権の侵害は、原告の著作物を成人向けのイラストに書き換えるという極めて悪質な態様であり、本件著作物の価値を著しく激変させ、原告に強い精神的苦痛を与えた。
 また、原告の作品は、「P2」の名前で発表され、漫画愛好家達の間に一定のファンを獲得してきているが、これまで成人向け作品を発表したことは一度もない。本件において、被告が本件R18ゲームを制作、販売し、原告を原画作者として表示したことにより、本件ゲームの原作者たる原告が成人向け作品を手がけたとの認識を世間に広めることになっている(甲11、甲12)。
 これまでの原告のキャリアに傷を付け、信用を低下させ、原告のファンの間に失望または誤解を生じさせ、今後の原告の創作活動にも重大な悪影響を生じることになりかねない事態に陥っており、原告の精神的苦痛は計り知れないところである。
 被告による原告に対する著作者人格権の侵害により原告の被った精神的苦痛を慰謝するに相当な金額は、200万円を下らない。
3 弁護士費用
 本件において、上記1及び2の請求に係る弁護士費用は、50万円が相当である。
第6 まとめ
 よって、原告は被告に対し、著作権侵害による損害賠償請求権に基づき金600万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による損害賠償を請求する。

各別紙(侵害態様解析図) 〈省略〉
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