判例全文 line
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【事件名】FX取引ソフトの著作権侵害事件
【年月日】平成21年10月15日
 大阪地裁 平成19年(ワ)第16747号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年7月14日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 田中健太郎
被告 P2
被告 P3
被告 P4
被告ら訴訟代理人弁護士 太田吉彦
同 大脇久和


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 被告らは、原告に対し、連帯して、2500万円及びこれに対する平成20年1月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 被告ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、コンピュータプログラム開発を業とする者である。
イ 原告及び被告P2は、株式会社おじゃる(平成18年11月1日設立。以下「おじゃる社」という。)の元役員であった者であり、被告P3は、同社と契約関係にあったプログラマーである(甲1)。
ウ 被告P4、同P2、同P3は、株式会社津福コーポレーション(平成19年10月18日設立。以下「ツブク社」という。)の取締役であった者である(乙51、52)。
(2) コンピュータプログラムの作成
ア 本件プログラム1(おじゃるデブシステム)
 原告は、平成18年6月ころ、コンピュータプログラム(以下、単に「プログラム」ともいう。)である「おじゃるデブシステム」(平成19年6月11日時点のソースコードは甲5・10〔同じもの〕のとおりである。)を作成した(以下、同プログラムを「本件プログラム1」という。)。
 本件プログラム1は、外国為替取引業者であるCapital Market Services,LLC 社が提供する外国為替証拠金取引(以下「FX取引」という。)のためのトレーディングソフトウェア「VT Trader」(以下「VTトレーダー」という。)上で動作するトレーディングストラテジーを自動実行させるプログラムである(以下、本件において登場するプログラムは、いずれもこのようなプログラムである。)。
イ 本件プログラム2(スイングおじゃる)
 原告は、平成19年5月ころ、コンピュータプログラムである「スイングおじゃる」(平成19年7月16日時点のソースコードは甲11のとおりである。)を作成した(以下、同プログラムを「本件プログラム2」といい、本件プログラム1と併せて「本件各プログラム」ともいう。被告らは、後記第3の3のとおり、本件プログラム2に対する原告の関与はデバッグ、修正のみであるとして、原告が同プログラムの著作者であることを争っている。)。
 なお、被告P3が作成したプログラムで、「スイングおじゃる」と称するプログラムが存するので(乙6)、必要に応じて、原告が作成した本件プログラム2を「スイングおじゃる原告版」、被告P3が作成したプログラムを「スイングおじゃるP3版」(以下「乙6プログラム」ともいう。)として区別する(両プログラムの著作者や、両プログラムの関係については争いがある。)。
ウ 被告プログラム
 被告P3は、平成19年7月16日より後ころ、別のコンピュータプログラム(いつの時点のものであるか不明であるが、ソースコードは甲6・12〔同じもの〕のとおりである。)を作成した(以下、同プログラムを「被告プログラム」という。原告は、これが被告らが販売していた「IDトレードシステム」であると主張するが、被告らは、被告らが「IDトレードシステム」を販売した事実はなく、販売したのはツブク社であり、そのツブク社が販売していた「IDトレードシステム」は、被告プログラムとは異なると主張する。)。
(3) 本件各プログラムの販売
ア 本件プログラム1は、おじゃる社より、「おじゃる倶楽部」(入会金3万1500円、月会費2000円のメール配信サービスで、毎月月初めに月末までの使用期限付きのプログラム等を提供するサービス。)の会員に対して配信された。
イ 本件プログラム2は、「パッケージソフト」として、5万2500円で売り切る方法により販売された。
2 原告の請求
 原告は、被告P3が原告の著作物である本件各プログラムを無断で改変して被告プログラムを作成し、本件各プログラムに係る原告の著作権(複製権、翻案権)を侵害し、被告P2及び被告P4が、被告プログラムを原告の著作権を侵害する行為によって作成されたプログラムであるとを知りながら、これを頒布し又は頒布目的で所持したことにより原告の著作権を侵害した(著作権法113条1項2号)と主張して、不法行為(民法709条、719条)に基づく損害賠償として、被告らに対し、連帯して1億7010万円の内金2500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年1月11日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金を支払うよう求めている。
3 争点
(1) 本件各プログラムの創作性(争点1)
(2) 本件プログラム1の著作者(争点2)
(3) 本件プログラム2の著作者(争点3)
(4) 被告プログラムが頒布されたかどうか(争点4)
(5) 被告P3による被告プログラム作成行為の違法性(争点5)
(6) 被告P3を相手方とすることが権利の濫用といえるか(争点6)
(7) 損害の額(争点7)
第3 争点に係る当事者の主張
1 争点1(本件各プログラムの創作性)
【原告の主張】
(1) 表現方法についての創作性
 コンピュータプログラムは、作成者の主義、思想や経験が反映されており、作成者ごとに記載の方法、順序などが異なる(ソースコードの記載には幅がある。)。かかるプログラムの具体的形式に作成者の個性が表れていれば著作物としての創作性は認められる。
 本件各プログラムで用いられている文言の一つ一つ、ブロックごとの区切り方、処理の順序(甲7)は、原告独自の主義、思想、経験に従って作成されており、原告の個性が現れている。
 よって、表現方法という形式面だけをとってみても、本件各プログラムには原告の創作性が表れている。
(2) 内容についての創作性
ア プログラムの内容面から見ても本件各プログラムの創作的な工夫が見て取れる。以下、主な部分を指摘する。
(ア) 「…… User License Switch」の部分(甲10、11の各2頁)
 この部分は、プログラムを利用できる期間内であるかの判定を行う部分である。もともとVTトレーダーで無償で公開されていたプログラムには、時間的な利用制限が設けられていなかった。そこで、原告がプログラムを作成するに当たって、利用期間の制限を定めるために独自に作成した部分である。
 なお、通常であれば1行程度のソースコードを書き加えれば足りるが、本件各プログラムでは、VTトレーダーの使用言語の制約から、簡易な処理ができなかったため、数回に分けてチェックを行う記載となっている。
(イ) 「…… Frame-2 0-100 line」の部分(甲10、11の各3頁)
 この部分は、作動中の表示画面を見やすくするために罫線を表示するようにした部分である。
(ウ) 「#### Moving Trend」の部分(甲10の4頁、甲11の5頁)
 この部分は、長期的にみて利益が上がっているのか、損失が出ているのかを分析する部分である。このような機能もVTトレーダーのプログラムには含まれておらず、原告が独自に作った部分である。
(エ) 「…… Soft Fix Revise & SW Control」の部分(甲10、11の各6頁)
 この部分は、利益が小さいときに決済処理中に値が動いて利益から損失に転じないようにするための工夫の部分であり、これも原告が独自に作成した部分である。
(オ) 「…… Trade Control Switch」の部分(甲10、11の各6頁)
 この部分は、仮想売買の状況と実際の売買の状況とをチェックして、例えば、買い注文を出していたが実際には買いが実行できなかった場合に、既に買ったものとして売りに出さないようにチェックする機能である。
(カ) 「#### LossCutLine Control」の部分(甲10の13頁、甲11の12頁)
 この部分は、決済のラインを過去の値動きの実績を見ながら自動的に修正していく機能である。
イ 上記のように原告は、もともとVTトレーダーで公開されていたプログラムに、原告が有効と考える独自の工夫、機能を付け加えて、プログラムを作成しており、その全てが原告の主義、思想、経験からもたらされた創作性のあるものである。
【被告らの主張】
(1) 極めてありふれた表現の小さなプログラムについては、創作性が認められず、著作権法の保護の対象にはならない。プログラムのように、技術の産物であり、実用品でもある著作物については、高いレベルの創作性が要求される。
 以下、原告が創作性があると主張する部分について反論する。
ア 「…… User License Switch」について
 この部分は、単に時間的な使用制限を設定するだけのプログラムである。このようなありふれたプログラムに著作権法上の保護が与えられるはずはない。
 このような機能は、平均的な技能を有するプログラマーであれば、誰でも作成しうる水準のプログラムである。
イ 「…… Frame-2 0-100 line」について
 この部分は単に罫線を表示するというだけのプログラムである。このようなわずか数行の基本的なプログラムに著作権法上の保護が与えられるはずがない。
 このような機能は、平均的な技能を有するプログラマーであれば、誰でも作成しうる水準のプログラムである。
ウ 「#### Moving Trend」について
 この部分の中で、「MACD」(移動平均収束拡散法)という部分は、FX取引においてテクニカル分析(過去に発生した価格の変化から将来の価格の変化を予想・分析しようとする手法)する際に、一般的によく用いられている指標の一つである。したがって、そもそも原告の創作によるものではない。
 また、標記部分の中で、「GainMA」という部分は、保持しているポジションの獲得ポイント(差損益)の移動平均(過去一定期間の平均値で、最も基本的なテクニカル分析指標)で計算して、判断の材料の一つとして用いるというだけの機能である。移動平均自体はごく一般的な分析手法で、獲得ポイントの推移を移動平均で計算するアイデア自体も特段目新しいものではない。
 このような分析手法を実現することは、平均的な技能を有するプログラマーであれば誰でも可能である。
エ 「…… Soft Fix Revise & SW Control」について
 原告の主張は「保持しているポジションの最低利益をいくら確保するか」というだけの機能にすぎない。つまり、「1ドル100円の買ポジションを持っている場合に、101円(差益1円)ではなく、105円以上(差益5円以上)でなければ決済をしない」というだけの機能で、ほとんどのトレーディングシステムに登載されている機能である。
 また、具体的な記述方法も、平均的な技能を有するプログラマーであれば、誰でも作成しうる単純なものである。
オ 「…… Trade Control Switch」について
 この部分の先頭5行ほどは、システム自身がポジションの保有状態を監視するというだけの機能である。システムは直近過去の値動きを分析・計算して、最適と判断した時点で買い又は売りポジションを持つべく注文を出すが、その後はその注文によって発生するポジションの状況(ポジションの有無、売・買の属性、金額等)を監視・管理しなければならない。当該部分は、このシステムが保有しているポジションの状態を記録しているだけのものである。
 これに続く部分も上記同様、「ポジションが最低獲得利益を上回っている状態か否か」、「ポジションが損切りラインを超えた状態か否か」という状態監視を行っているだけであり、VTトレーダーによるシステムトレードを行う際には常識的な記述である。
 また、この部分も平均的な技能を有するプログラマーであれば、誰でも作成しうる表現で書かれている。
カ 「#### LossCutLine Control」について
 この部分は、「損切り」判断を行う差損ラインを、10銭とか20銭などの固定値ではなく、直近過去の値動きから分析・計算した結果に応じた変動値を利用するという機能(トレーリングストップ:レートの上昇に合わせて、現在のレートより少し低い値段でストップロス注文を設定し続けることで、利益を拡大する注文手法)にすぎず、何ら目新しいものでも画期的な機能でもない。
 したがって、上記機能も常識的かつ単純なものに過ぎず、平均的な技能を有するプログラマーであれば、誰でも作成しうるものである。
(2) 以上より、本件各プログラムには創作性がなく、著作権法上の保護の対象とはならない。
2 争点2(本件プログラム1の著作者)
【被告らの主張】
 本件プログラム1は、法人たるおじゃる社の発意に基づき、原告が、おじゃる社の業務に従事する者として、職務上作成したものである。
 よって、仮に本件プログラム1が著作権法の保護の対象であるとしても、著作権法15条2項により、本件プログラム1の著作者は法人たるおじゃる社となる。
 なお、本件プログラム1は、おじゃる社の事業として作成されたプログラムであって、「Xa Project」(下記【原告の主張】参照)自体の成果物ではない。
【原告の主張】
(1) 原告は、平成18年10月20日、原告、被告P2及びP5との間で、「Xa Project に関する基本合意」を交わした(甲3)。「Xa Project」(クロスエープロジェクト)とは、原告が提唱した自動投資技術の開発販売を中核とした事業展開であり、おじゃる社は、そのための企業集団の第1号として設立されたものである。
 上記基本合意書第2条では、同プロジェクトに関して開発された自動投資技術については、その派生物を含めて、原告が権利を有することとされている。
(2) 原告は、同プロジェクトのために、自動投資プログラムである本件プログラム1を開発したものであるから、同プログラムは原告の著作物である。
3 争点3(本件プログラム2の著作者)
【被告らの主張】
(1) 被告P3は、被告P2からの依頼を受けて、平成19年2月24日に「スイングおじゃる」というコンピュータプログラム(乙6プログラム:乙6の7枚目以降「(省略).txt」と題するプログラムの「Page1」〜「Page5」に相当する。)を完成させ、その後、同年5月21日までバージョンアップ作業を行った。
 当時、被告P3は、原告及びおじゃる社と無関係の立場から、無償でプログラム作成を行っており、職務著作ではないことから、乙6プログラムの著作者は被告P3である。
(2) おじゃる社は、平成19年3月6日から乙6プログラムを、おじゃる倶楽部の会員に配信した。
 乙6プログラムは、既におじゃる倶楽部から配信されていた本件プログラム1を遙かに凌駕する好成績を出し、配布直後からユーザーより正式版のリリースを求める声が寄せられた。これに対し、原告は乙6プログラムに対抗すべく、新プログラム「Stream」を開発したが、乙6プログラムほどの成績を出すことはできなかった。
 そこで、原告は、乙6プログラムをおじゃる社として正式リリースすることを了承し、平成19年6月1日ころから約2日間、乙6プログラムのデバッグ・修正作業に従事した。このように、原告が、乙6プログラムに修正を加えてできたプログラムが本件プログラム2であり、同プログラムは、「スイングおじゃる」として、平成19年6月6日、おじゃる倶楽部会員に向けて配信された。
(3) 上記のとおり、「スイングおじゃる」の製作に当たって原告が担当した作業は、平成19年6月1日ころから約2日間程度のデバッグ・修正作業のみであり、何らかの創作を新たに加えたものではない。
 よって、本件プログラム2の著作者は被告P3である。
【原告の主張】
(1) 本件プログラム2に先立って被告P3が乙6プログラムを作成したことは認める。
(2) しかし、被告P3が作成した乙6プログラムは試作品で、製品版ではない。おじゃる社が販売した本件プログラム2は、おじゃる社のプログラム開発の一環として、原告が被告P2から渡された仕様書及び本件プログラム1の技術を基にして作成したプログラムである。同仕様書には乙6プログラムが添付されていたが、原告はこれを全く参考にしておらず、乙6プログラムのデバッグ作業をしたものではない。
4 争点4(被告プログラムが頒布されたかどうか)
【原告の主張】
(1) 被告プログラムの頒布
ア 株式会社ヒカリインターナショナル(以下「ヒカリ社」という。)は、平成20年1月26日ころ、P6に対して「STI FX」という名称のプログラムを販売した(甲17)。その後、同年3月24日にバージョンアップされたものが甲第14号証のプログラム(以下「甲14プログラム」という。)である。
イ ヒカリ社は、平成19年12月7日に設立された株式会社であり、取締役には被告らが、代表取締役には被告P4が、それぞれ就任していた。また、同社の本店所在地は、「福岡県久留米市(以下、省略)」であった。その後、ヒカリ社は平成20年4月30日に解散した。
 他方、被告らは、平成19年8月ころから、ツブクコーポレーションという名前で営業活動を行っており、同年10月18日に「株式会社津福コーポレーション」(ツブク社)を設立し、被告らはその取締役に、被告P3はその代表取締役に、それぞれ就任した。また、同社の本店所在地は、ヒカリ社と同じ「福岡県久留米市(以下、省略)」であった。
 その後、ツブク社は平成20年4月30日に解散した。
ウ ツブク社とヒカリ社は、いずれも被告らを取締役とし、本店所在地も同一、業務目的もほぼ同一であり、法人格的には別であるが、両者とも被告らの支配の及んでいる法人である。
エ 甲14プログラムは、原告作成の本件各プログラムの改変物であり(甲14の着色部分)、ヒカリ社は本件各プログラムの改変物を販売していた。
オ 以上のとおり、被告らはヒカリ社とは法的に別人格であるが、その取締役として同社の経営を支配していたのであり、ヒカリ社が原告作成のプログラムの改変物(甲14プログラム)を販売していたという事実は、ヒカリ社やツブク社といった法人設立前の段階において、被告らが本件各プログラムの改変物である被告プログラムを配布していたことを強く推測させる。
(2) 被告らの主張について
 被告らは、頒布されたプログラムは乙第5号証のプログラム(以下「乙5プログラム」という。)であると主張するが、以下のとおり同主張は虚偽であり、否認する。
ア 甲14プログラムの最終更新日は平成20年3月24日、乙5プログラムの更新日は平成19年8月22日とされていることからすると、被告らは、乙5プログラムを作成した後に、甲14プログラムを作成し、販売したことになる。
 そして、乙5プログラムには本件各プログラムとの一致点は全くなく、他方で甲14プログラムには本件各プログラムとの一致点が存在する。
イ 以上の経過からすると、被告らは一旦完全にオリジナルなプログラム(乙5プログラム)を作成、販売したが、うまく機能しなかったので改めて本件各プログラムを改変してプログラムを作り直して販売したか、あるいは、そもそも乙5プログラムは販売されておらず、ずっと本件各プログラムが販売され続けていたことが推測できる。
 いずれにせよ、被告らが販売したプログラムが乙5プログラム(及びその更新版)であるという主張は事実ではなく、翻って被告らが被告プログラムを頒布していたことが推認される。
【被告らの主張】
(1) 被告プログラムについて
 被告プログラムが第三者に頒布されたとの点は否認する。
 被告プログラムの作成経緯は以下のとおりである。
ア おじゃる社がスイングおじゃる原告版(本件プログラム2)の頒布を開始した後の平成19年7月ころ、被告P2と被告P4は、大阪で1400万円で売っている自動売買システムがあるという話を聞き、これを見学に行った。しかし、そのシステムは、スイングおじゃる原告版より機能的に劣っており成績も大したことがなかった。
イ そこで、被告P2は、当時、5万2500円で販売していたスイングおじゃるをもっと高い値段で販売しようと考え、スイングおじゃるの販売を中止した上で、ツブクコーポレーションという別会社を立ち上げ、別名のソフトを売り出すこととした。
ウ 被告P3は、ツブクコーポレーションの一員であったP5の指示の下、スイングおじゃるの改良に取りかかった。その改良途中のソースコードが被告プログラムであり、これが第三者に頒布されたことはない。
エ ツブクコーポレーションは、平成19年8月27日に「IDトレードシステム」という製品の販売を開始した。そのプログラムの最初のバージョンが乙5プログラムである。
(2) 甲14プログラムについて
 ツブク社がヒカリ社を販売代理店として「STI FX」という製品を頒布していた事実はある。ただし、製品として頒布されたプログラムは甲14プログラムではなく、乙第50号証のプログラム(以下「乙50プログラム」という。)であり、甲14プログラムは開発研究の途中に試作されたものにすぎない。
5 争点5(被告P3による被告プログラム作成行為の違法性)
【原告の主張】
(1) 被告プログラムが本件各プログラムに依拠して作成されたものであること
ア 被告P3が作成した被告プログラムは、本件プログラム1とかなりの部分で一致しており(甲5、6)、原告が本件プログラム1を基にして作成した本件プログラム2ともかなりの部分で一致している(甲11、12)。
イ 具体的には、本件プログラム1と本件プログラム2は、本件プログラム2を基準にして、文字数にして94.78%、行数にして91.15%一致している。また、本件プログラム2と被告プログラムは、被告プログラムを基準として、文字数にして95.95%、行数にして93.78%一致している。
ウ よって、被告P3は、本件各プログラムを基にして、これを改変することによって被告プログラムを作成したものであり、原告の著作権(複製権、翻案権)を侵害する。
(2) 被告らの主張について
 被告らは、被告プログラムが第三者に頒布されていないと主張するが、前記4【原告の主張】のとおり、第三者に頒布されている。
【被告らの主張】(リバース・エンジニアリングの抗弁)
(1) 被告プログラム作成の経緯は前記4【被告らの主張】(1)のとおりであり、被告プログラムは、開発に先立つ、研究・分析の途上にて一時的に発生しただけのものであって、頒布された事実はない。
 著作権法では、著作物たるプログラムの内容について、その構成とか、盛り込まれた機能を研究する行為については何ら規制されていない。また、コンピュータプログラムは技術の結晶であり、この点において特許法や半導体集積回路の回路配置に関する法律の対象と変わりはなく、研究・分析のためにリバース・エンジニアリングをすることは違法とは評価されない。
 そこで、複製物・翻案物を外部の第三者に譲渡したり、研究・評価のために必要な限度を超えて多数の複製物を作成するなどした場合を除いて、リバース・エンジニアリングは違法とならないものと解すべきである。
(2) 被告プログラムは、研究・分析の目的(具体的には勝つプログラムを創作するための勝敗の検証・研究目的)で被告P3が一人で使用しただけであり、1コピーたりとも外部の第三者に頒布・譲渡されていない。
 したがって、被告プログラムの一部が本件各プログラムの複製物又は翻案物であったとしても、原告の著作権(複製権、翻案権)を侵害したことにはならない。
6 争点6(被告P3を相手方とすることが権利の濫用といえるか)
【被告P3の主張】
 被告P3が被告プログラムを作成したのは平成19年7月下旬ころであるが、被告プログラムの制作はおじゃる社の代表であるP5の指示・主導の下に行われたものである。当時、別会社である「ツブクコーポレーション」を設立する動きもあったので、被告プログラムの制作主体が設立中の会社たるツブク社である可能性もあるが、いずれにしても被告P3個人が権利侵害の主体ではない。
 したがって、被告プログラムの作成が本件各プログラムの複製権侵害となる場合であっても、単なる一従業員であった被告P3に個人責任を追及するのはあまりにも過酷であり、権利の濫用である。
【原告の主張】
 おじゃる社又はP5からの指示があったとしても、直接本件各プログラムの改変を行ったのは被告P3である。
 したがって、被告P3を相手方とすることに、何ら権利濫用をいわれるような事情はない。
7 争点7(損害の額)
【原告の主張】
 原告が把握しているだけでも、被告らは、被告プログラムを平成19年9月に2件販売している。
 被告らは、被告プログラムを30台のパソコンに組み込んで、1台1260万円で販売しており、その売上総額は3億7800万円となる。
 一般的にプログラムの販売において、プログラム作成者の取得分は売上の45%であることから、売上総額の45%である1億7010万円が被告らが得た利益であり、原告は同額の損害を被った(著作権法114条2項)。
 よって、原告は、同額の一部として2500万円を請求する。
【被告らの主張】
 否認ないし争う。
 被告らは、被告プログラムを販売していない。
第4 当裁判所の判断
1 事実経過
 前提事実、証拠(甲1〜3、5、6、10〜14、17、19、20、乙1〜6、13、14、23、35、36、49、50)及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(1) 本件プログラム1の作成
 原告は、被告P2と知り合い、平成17年10月ころから、FX取引の自動取引で利益を上げることのできるプログラムを開発することを計画し、原告において、平成18年6月ころ、「おじゃるデブシステム」(本件プログラム1)を作成した。
 原告、被告P2及びP5は、同年11月1日、おじゃる社を設立し、別途、募集したおじゃる倶楽部の会員に対し、上記プログラムの販売を開始した。
(2) スイングおじゃるP3版(乙6プログラム)の作成
 本件プログラム1は、一応の売上を得ることができたが、さらに同プログラムをバージョンアップすることが計画された。
 しかし、その一方で、原告は、体調を崩したこともあって、周囲との連絡がとれなくなり、また、本件プログラム1には、原告がパスワードを設定していたので、同プログラムの書き換えができず、おじゃる社の役員であったP5の知り合いである被告P3に、新たなプログラムの制作を依頼した。
 被告P3は、平成19年2月24日、本件プログラム1とは独立して、同様の目的を有するプログラムであるスイングおじゃるP3版(乙6プログラム)を作成した(乙13、14)。
 乙6プログラムにはポジション管理等に不具合があったことから、おじゃる社がこれを「おまけプログラム」(試作品)としておじゃる倶楽部の会員に配信したところ、会員から製品化の要望があった。そこで、おじゃる社として、スイングおじゃるを製品化することとなった。
(3) 本件プログラム1の開示
 原告は、被告P2らの求めに応じて、平成19年5月18日、おじゃるデブ(本件プログラム1)のソースコードを開示した。
(4) スイングおじゃる原告版(本件プログラム2)の作成
 被告P3は、乙6プログラムの製品化のためにバージョンアップの作業を行っていたが、最終的には、原告が乙6プログラムの内容を本件プログラム1に移植する形で本件プログラム2(スイングおじゃる原告版)を完成させた(この点について、被告らは、原告は乙6プログラムに対して2日間程度のデバッグ・修正作業を行ったにすぎないと主張するが、証拠〔乙6〕によれば、乙6プログラムと本件プログラム2とは同様の動作をするように記述されてはいるものの、その表現方法において大きく異なっており、かえって証拠〔甲10、11〕によれば、本件プログラム2は本件プログラム1に依拠して作成されているものと認められるから、原告の作業は単なるデバッグや修正作業とは認められない。)。
 本件プログラム2は、平成19年6月23日から製品版として5万2500円で販売された。
(5) IDトレードシステムの作成、販売(ツブク社の設立)
 被告P2らは、スイングおじゃると同様のプログラムが、高価で販売されていることを知り、スイングおじゃるの価格を上げることを考えた。
 しかし、おじゃる社のままでスイングおじゃるの価格を上げることは困難であると考え、被告P2は、被告P3、被告P4らとともに、平成19年10月18日、ツブク社を設立し、「IDトレードシステム」の名称でプログラムを販売することとした。
 また、市況の変化から、スイングおじゃるでは思ったような成績がでないようになっていたため、結局、新たにプログラムを書き換える必要があると考え、被告P2らは、被告P3に対し、ツブク社からIDトレードシステムを販売するに当たり、新たなプログラムの作成を依頼し、被告P3は、平成19年9月4日ころ、IDトレードシステム(乙5プログラム)用とするため、全面的にプログラムを書き換えた(乙5プログラムが、本件プログラム1だけでなく、本件プログラム2との間においても実質的類似性、実質的同一性を有しないことについては、当事者間に争いがない〔被告第2準備書面2頁、第7回弁論準備手続期日における陳述〕。)。
(6) 被告プログラムの作成
 被告P3は本件プログラム2に依拠して被告プログラムを作成したが、その過程において本件プログラム2を複製又は翻案した(なお、被告らは第8回弁論準備手続期日において、被告プログラムはスイングおじゃるP3版〔乙6プログラム〕に依拠して作成されたものである旨主張するが、被告プログラムと本件プログラム2との比較結果〔甲11、12〕からすれば、被告プログラムはP1版のスイングおじゃる〔本件プログラム2〕に依拠して作成されたものと認められる。)。
 しかし、被告プログラムが販売されることはなく(後記2)、販売されたものは、乙5プログラム及び乙50プログラムであった。
(7) STI FXの作成、販売(ヒカリ社の設立)
 平成19年12月7日、前記ツブク社と同じ住所地にヒカリ社が設立され、被告P4が代表取締役に、他の被告が取締役に就任した。
 ヒカリ社は、平成20年1月ころ、「STI FX」という名称のプログラム(乙50)の販売を開始し、同月15日、P6との間で、リース契約を締結し、同月26日ころ、納品した(甲17)。
2 争点4(被告プログラムが頒布されたかどうか)について
 本件では、事案にかんがみ、争点4から判断することとする。
(1) 本件において、被告らが被告プログラムを第三者に頒布したことを直接示す証拠はないところ(原告は、被告プログラムをおじゃる社に残っていたパソコンから入手したと説明しており〔第9回弁論準備手続期日〕、第三者から入手したものではなく、この点については当事者間に争いがない。)、原告は、ヒカリ社がP6に対して甲14プログラムを販売したこと及び甲14プログラムが本件各プログラムの改変物であることをもって、被告らが被告プログラムを頒布したことが推認できると主張する。
(2) たしかに、前記1(5)、(7)によれば、ヒカリ社は被告らが設立した会社で、ツブク社と同じような目的で設立されたことが認められる。
 また、証拠(甲14)及び弁論の全趣旨によれば、甲14プログラムは被告P3が本件プログラム2を基にして作成したものであることが認められる。
(3) 原告は、甲14プログラム(「Short Name」に「STI FX 2008 080324」、「Notes」に「Update:2008/03/24」との記載がある。)は、ヒカリ社がP6との間で締結したリース契約の契約書(甲17。締結日:平成20年1月15日、納期:同月26日)に記載された「STI FX」をバージョンアップしたものであると主張する。
 しかし、甲14プログラムのバージョンアップの経過を裏付ける証拠はなく、また、販売されたプログラムが甲14プログラムであることをP6が認める旨の甲第18号証があるが、P6自身の陳述書(乙54)によりこれが否定されているのであり、上記リース契約に基づき提供された「STI FX」が甲14プログラムであったか、乙50プログラムであったかは、不明といわざるを得ない。
 さらに、原告は、被告プログラムをおじゃる社の従業員から入手したりしていること(前記(1))をも併せ考えると、被告が主張するように、甲14プログラムは、ツブク社による研究途中に試作されたものである可能性を否定できない。
 したがって、甲14プログラムの販売について、これを認めるに足りる証拠はない。
(4) また、仮に、ヒカリ社が甲14プログラムをP6に対して販売したことが事実であったと仮定としても、そのことから直ちに、ヒカリ社とは別の主体である被告らが、ヒカリ社の設立前である平成19年7月ころに、甲14プログラムとは別のプログラムである被告プログラムを販売したことを認めるには足りないというべきである。
(5) 原告は、被告らが販売したと主張する乙5プログラムと甲14プログラムの更新日の先後(甲14プログラムが乙5プログラムより後)及び本件各プログラムとの類似性(甲14プログラムには本件各プログラムとの一致点があるが、乙5プログラムには一致点がない。)をもって、乙5プログラムはうまく機能しなかったとか、販売されたものではないと主張し、被告らの主張が虚偽であると主張する。しかし、かかる原告の主張は未だ憶測の域を脱しないというべきであり、更新日の先後やプログラムの類似性をもって被告らの主張が虚偽であると認めることはできない。
(6) 以上のとおり、被告らが被告プログラムを第三者に頒布したと認めることはできず、頒布目的でこれを所持していたと認めることもできない。
 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の被告P2及び被告P4に対する著作権法113条2項に基づく請求には理由がない。
3 争点5(被告P3による被告プログラム作成行為の違法性)について
(1) 被告プログラムが被告P3の作成に係るものであることについては当事者間に争いがなく、証拠(甲5、6、10〜13)及び弁論の全趣旨によれば、被告プログラムは本件プログラム2に依拠して作成されたものであり、被告P3は被告プログラムの作成過程において本件プログラム2を複製又は翻案したことが認められる。
 これに対し、被告P3は、被告プログラムはユーザーに頒布する製品として作成されものではなく、開発に先立つ、研究・分析の途上にて一時的に作成されたものであり、原告の著作権を侵害しないと主張するので、以下検討する。
(2) 被告プログラムの作成目的
ア 被告プログラムの内容(本件プログラム2への追加部分)
 証拠(甲11、12)によれば、被告プログラムにおいて被告P3が本件プログラム2に追加した部分は、主として「#### Option Data Set」(甲6、12の各2頁)の部分であることが認められる。
 そして、同部分においては、「Trade Parameter type(TradeType)」を「0」から「6」までの7種類に分け、種類ごとに「Price」、「price1pt」、「Spread」、「OpTypeA」、「OpTypeB」、「PreProcessSw」、「EnvelopeSw」、「TrendCloseSw」、「FixPt」、「GMASw」、「GMAPer」、「GMATp」、「BoxCancelSw」、「LimitSw」、「LimitPt」、「DownLimitSw」、「DownLimitPts」、「LossCutSw」、「LossCutPt」、「LossCutMgn」、「LossCutPer」、「DESw」、「DESw2」、「DEniroSw」、「SystemDEniro」、「MACDFS_Sw」、「MACDFS_SA」、「ROTSw」及び「ROTPOINT」の各種機能のオン・オフ又はパラメータ値の組合せをそれぞれ設定していることが認められる。
 また、証拠(甲8、10、11)によれば、被告プログラムの基となった本件プログラム2では、プログラム自体を変更しなくてもこれら機能の多くをユーザーが設定可能であったものと認められる。
 そうすると、被告プログラムは、これら各種機能をあらかじめプログラム上で設定することにより、各トレードタイプごとの成績を個別に検証することができるようにしたものということができる。
イ 適切なパラメータの選択
 弁論の全趣旨によれば、FX取引のような為替相場の値動きの変動によって利益を獲得することを目的とする取引においては、どのような指標をどの程度重視するかが重要であって、これをプログラムによって自動化するに当たってもパラメータ設定が重要となってくること、どのようなパラメータ設定にすれば利益を獲得できるかについては、実際に幾つかのパラメータを設定してプログラムを動作させる必要があることが認められる。
 したがって、被告プログラムのようにパラメータ設定の組合せ(トレードタイプ)ごとに勝率を分析し、適切なパラメータ設定を探ることは、より多くの利益を獲得できるプログラムを作成するために必要な過程である。
ウ 被告プログラムの販売実績
 前記1、2で検討したとおり、被告プログラムが販売されたことを窺わせる証拠は全くなく、原告が同プログラムを入手した経路は、おじゃる社の従業員のパソコン内に保存されていたものを入手したというもので、販売ルートに乗ったものを入手したわけではない(争いがない。)。
エ 被告プログラム作成の目的
 以上によると、被告プログラムは、より多くの利益を獲得できるプログラムを作成するため、各トレードごとの成績を個別に検証し、適切なパラメータ設定を探ることのみを目的として作成されたものであって、販売用のものではないことが認められる。
(3) 被告プログラム作成を理由とする損害賠償請求の可否
 上記のとおり、被告プログラムは適切なパラメータ設定を探るためにのみ作成されたものであり、適切なパラメータ設定のためには実際に幾つかのパラメータを設定してプログラムを動作させる必要があることに加え、被告プログラムの基となった本件プログラム2は、もともと原告が被告P3のアイデア(乙6プログラム)を本件プログラム1に移植する形で作成したものであること、原告が本件プログラム2を作成した時点では、既に本件プログラム1のソースコードは被告P2に開示されており、本件プログラム2のソースコードも開示されていたと考えられること、被告P3は被告P2の指示の下で被告プログラムを作成したこと、被告プログラムは第三者に開示も頒布もされておらず、他方で第三者に頒布された乙5プログラム及び乙50プログラムは本件各プログラムとは異なるものであることが認められ(乙5については、当事者間に争いがなく、乙50については、弁論の全趣旨)、これらの事情を総合すれば、被告P3が被告プログラム作成に当たって本件プログラム2を複製又は翻案したことがあったとしても、かかる行為のみを理由として著作権侵害を主張し、損害賠償を請求することは、権利の濫用(民法1条3項)に当たり許されないものというべきである。
 よって、仮に本件プログラム2が著作権法上の著作物と認められ、原告がその著作者であるとしても、これに基づいて被告P3の複製又は翻案行為について著作権の行使をすることは、権利の濫用に当たり許されないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の被告P3に対する請求には理由がない。
4 結論
 以上により、原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部
 裁判長 裁判官山田陽三
 裁判官 達野ゆき
 裁判官 北岡裕章
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