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【事件名】「地下鉄路線案内図」の著作物性事件
【年月日】平成21年2月24日
 大阪地裁 平成20年(ワ)第12703号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成21年1月19日)

判決
原告 X
訴訟代理人弁護士 平井信二
被告 大阪市
訴訟代理人弁護士 高坂敬三
同 夏住要一郎
同 間石成人
同 森恵一
同 鳥山半六
同 田辺陽一
同 小林京子
同 加賀美有人
同 高坂佳郁子
同 塩津立人
同 玉野勝則
同 鈴木蔵人
同 嶋野修司
同 西本良輔
同 堀村佳奈子


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
(1) 被告は、別紙文書目録記載の路線案内図を製造し、配布し、展示してはならない。
(2) 被告は、原告に対し、金1000万円及びこれに対する平成20年10月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求その1
 被告は、原告に対し、金1000万円及びこれに対する平成20年10月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 予備的請求その2
 被告は、原告に対し、金1000万円及びこれに対する平成20年10月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要及び当事者の主張
 本件の主位的請求は、「交通ガイド革命(交通ガイド自由自在システム)」と題する小冊子(甲1)及び「大阪市地下鉄デジタルインフォーメイションシステム(計画案)1997」(甲5)という著作物を作成した原告が、被告の作成した大阪市営地下鉄路線案内図(甲7)は上記各著作物に依拠しこれを模倣したものであって、原告の承諾なく、これを公表し、原告の氏名を著作者名として表示することなく製造、配布、展示する行為は原告の著作権(複製権)及び著作者人格権(公表権、氏名表示権)を侵害するとして、著作権法112条に基づき上記各行為の差止めを求めるとともに、著作権及び著作者人格権侵害の不法行為に基づき、平成16年7月から平成20年8月までのシステム実施料相当額(著作権法114条3項)として金1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
 予備的請求その1は、仮に被告の上記行為が上記著作権侵害と認められないとしても、原告が考案、計画、作成した成果である上記システムは法的保護に値する原告の知的財産であるところ、被告はこれに違法にただ乗りしたものであるとして、不当利得返還請求権に基づき、平成16年7月から平成20年8月までのシステム実施料相当額の返還及び被告が悪意になった以後の日である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払、又は民法709条の不法行為に基づき逸失利益として上記システム実施料相当額の賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
 さらに、予備的請求その2は、被告の上記システムの無断実施はこれまでに費やした原告の費用や労力等をないがしろにする行為であると主張して、民法709条の不法行為に基づき慰謝料等として金1000万円の支払及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
1 請求原因
(1) 原告による交通ガイド自由自在システムの考案、計画、作成
ア 原告は、交通機関利用者に分かりやすく、誰でも容易かつ確実に目的地に達せしめる交通ガイド方式として、昭和50年1月15日に「交通ガイド革命(交通ガイド自由自在システム)」と題する小冊子(甲1)を出版した。このうち、バスや鉄道や鉄道の停車場の表記方法として、
 「@ 全バス、鉄道路線の各路線毎に独自の路線記号を付ける。
 A 各路線上に存在する全停車場に起点停車場から終点停車場に向かって順次に各停車場相互間に一定の関連性を持った独自記号を付け、停車場名と併用する。」
方法(以下「本件システム」という。)を考案、計画、作成し、具体例としては、各バス、鉄道路線にそれぞれ@号線、A号線、…n号線と独自の路線記号を付け、@号線上に50箇所の停車場があれば、起点停車場番号を@〜1、その次の停車場番号を@〜2とし、終点停車場番号を@〜50とする例を挙げていた。
 本件システム導入により、地理に不案内で駅名を聞いても分からない一般人や観光客、外国人らが、目的地停車場の場所を容易かつ確実に把握できるようになる。
 例えば、仮に大阪市に不案内な一般人等が、大阪市の鶴橋に行こうと思っても路線図にある多くの駅名の中から「鶴橋」という駅名を探し出すのも一苦労であるが、鶴橋駅にD〜9という具合に本件システムに基づき記号を付しておけば、Dの路線の番号を9までたどっていけばよく、路線図から鶴橋駅を見つけ出すのが極めて容易になるとともに、固有名詞と異なり番号・記号の有する普遍性・明確性により目的地の把握が確実になる。
 また、各路線における目的地停車場と他の停車場との位置関係が、番号により明快になるので、例えば、目的地停車場が乗車停車場より番号が増える方向か減る方向かを見ておけば、自分が向かう方向を間違えてしまうといった乗り間違えがなくなる。
 さらに、乗車中も常に目的地停車場まで後何駅か分かるし(目的地停車場が@〜10で、現地点停車場が@〜5であれば、あと5駅であることが瞬時に理解できる、万一。) 乗り越しても、その地点での目的地停車場との位置関係がすぐ分かる(乗車駅が@〜5、目的地停車場が@〜10で、現地点停車場が@〜11であれば、1駅乗り越してしまったことが瞬時に理解できる。)といったメリットがある。
 これらにより、地下鉄の利用度向上の効果が本件システム導入により期待できる。
イ 原告が考案、計画、作成した本件システムは、兵庫県神戸、姫路、宝塚国際観光モデル地区推進協議会の昭和61年発行に係る「兵庫県神戸・姫路・宝塚国際観光モデル地区整備実施計画書」(甲2)の中でも、その有用性が認められ、原告の名前とともに引用され、「このシステムの実現には、なお関係機関の調整が必要であるが、標識整備にあたっての一つのあり方を示した点で、今後も検討してよいシステムであると思われる」とされた。
 また、本件システムは、平成9年10月16日には、全国紙である日刊工業新聞に取り上げられ、原告が独自に考案したものであること及び原告が本件システムを大阪市に提案したことが報道された(甲3)。
(2) 本件システムの大阪市交通局への提案
 原告は、本件システムを考案して以降、これまで長年にわたり本件システムを各種方面に提案してきたものであり、例えば、旧建設省や上記推進協議会、旧運輸省、神戸市交通局、国土庁、明石市交通局、名古屋市交通局、東京都交通局等に提案し、日本駐在大使を通じ計110か国に対しても提案してきた(甲4)。
 また、上記新聞記事記載のとおり、原告は、平成9年8月5日、大阪市交通局を訪問して、「大阪市地下鉄デジタルインフォーメイションシステム(計画案)1997」と題する書面(甲5)及び「交通ガイド革命(交通ガイド自由自在システム)」と題する小冊子(甲1。甲5の書面及び甲1の小冊子を併せて、以下「原告書面等」という。)を提示・交付し、本件システムの採用を提案した。
(3) 被告による本件システムの無断実施
 被告(大阪市交通局)は、平成16年7月以降、別紙比較図の【大阪市交通局実施にかかる路線案内図】欄記載の路線案内図(甲7。以下「被告路線案内図」という。)を配布するなどして、大阪市営地下鉄の各路線に記号を付し、かつ各路線の駅ごとに順次番号を付する方法によるガイド方式を実施した。
 被告が実施した同ガイド方式は、上記(1)記載の本件システムの定義に当てはまるものであり、原告が大阪市交通局に対し提案した本件システムと全く同じ考えによるものである。
 しかし、被告による同ガイド方式は、原告の了解を得ることなく原告に無断で導入・実施されたものであり、現在も実施し続けているものであって、原告の考案した成果である本件システムに違法にただ乗り(フリー・ライド)したものである。
(4) 著作権(複製権)侵害(主位的請求)
ア 原告書面等のうち、下記@、Aの部分(和文、英文とも。以下「本件著作物」という。)は、原告の著作に係る「地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物」(著作権法10条1項6号)に該当する。本件著作物は、原告一人に帰属する。
 すなわち、本件著作物は、広域、複雑、多岐にわたり、交叉、接続等し、時には蜘蛛の巣の如くはりめぐらされた鉄道などの鉄道利用者が現在地点(現在駅)と目的地点(目的駅)との関係を合理的に容易、的確に理解できるよう、大阪市営地下鉄(鉄道)の各路線毎に独自の路線記号を付け、各路線上に存在する全停車場に起点停車場から終点停車場に向かって順次に各停車場相互間に一定の関連性を持った万国共通の独自記号を付け、停車場名と併用するとしたことを基本とした各路線の概略図や標示などしたものであり、これらはまさに、本件システムの学術、研究の成果を集約したものであって、原告の知的、学術的、文化的活動の成果を客観的に表現したものであるとともに、原告の個性、独自性を表現したものであって、思想又は感情を創作的に表現した著作物である。
@ 交通ガイド革命(交通ガイド自由自在システム)(甲1)のうち、
  「バス、鉄道ガイド自由自在システム」
 A 概要説明書、
 B 具体例、
 C 以上による効果1、2
 「通し番号付停車場名表示に依るバス、鉄道ガイド自由自在システム」構造図(案)(ただし住所氏名は除く)
並びに「バス、鉄道ガイド自由自在システム」実施に伴う応用例、すなわち要件T)U)V)W)X)、〔2〕要件V)の鉄道(バス)地図を使用した場合、応用例及び要件V)の例図と、
A「大阪市地下鉄デジタルインフォーメイションシステム(計画案)1997」(甲5)のうち
1)路線案内図2枚
2)利用方法イ)駅名、ルート別駅番号標示(御堂筋線、四つ橋線、千日前線)
イ 被告は、原告の承諾なく、本件著作物を公表するとともに、原告の氏名を著作者名として表示することなく、公衆に提供ないし提示しており、原告の公表権、氏名表示権を侵害したものである。
ウ 被告路線案内図は、別紙比較図を見れば明らかなとおり、本件著作物に依拠し、これを模倣したものといえ、これを製作、配布、展示する行為は、原告の著作権(複製権)を侵害する。
エ そして、本件著作物の使用料相当額は、本件システム採用によりノーマイカーを促進させ、地下鉄の外国人観光客等の利用者増大その他大阪市に訪れる外国人観光客等の増大による諸々の経済効果がもたらす被告への恩恵に照らせば、いかに少なく見積もっても年240万円を下らない。したがって、平成16年7月から平成20年8月までの使用料相当額は1000万円を下らない。
(5) 予備的請求その1
 仮に被告の上記行為が上記著作権侵害と認められないとしても、原告が考案、計画、作成した成果である本件システムは、公的な文書である国際観光モデル地区整備実施計画書の中でその有用性が認められ、原告の名前とともに引用されたり、全国紙に取り上げられるなどしており、法的保護に値する原告の知的財産であるところ、被告はこれに違法にただ乗りしたものである。
 したがって、原告は、被告に対し、平成16年7月から平成20年8月までの本件著作物の使用料相当額の不当利得返還及びこれに対する被告が悪意になった以後の日である訴状送達の日の翌日である平成20年10月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払を求めることができる。
 又は、原告は、被告に対し、民法709条の不法行為に基づき逸失利益として本件著作物の使用料相当額の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年10月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(6) 予備的請求その2
 原告は、本件システムの普及のため、昭和50年に本件システムを考案して以降、多大な費用と手間及び労力を費やしながら、30年以上の永きにわたり本件システムを各種方面に提案してきたものであって、被告の本件著作物の無断使用はこれまでに費やした原告の上記費用や労力等をないがしろにする不法行為である。これにより原告の被った損害は、慰謝料を含め1000万円を下らない。
2 請求原因に対する認否及び主張
(1) 請求原因(1)アのうち、原告書面等に@、Aの記載があることは認めるが、その余は不知。
 イのうち、「国際観光モデル地区整備実施計画書」(甲2)の「参考資料」として「『交通ガイド自由自在システム』について」と題する資料が添付されていること、上記資料中に「このシステムの実現には、なお関係機関との調整が必要であるが、標識整備にあたっての一つのあり方を示した点で、今後も検討してよいシステムであると思われる。」との記載があること、「交通ガイド自由自在システム」普及会の代表として原告名(X)の記載があることは認め、その余は不知。なお、後記のとおり、被告は、原告書面等の著作者が原告であることを特に争わない。
(2) 請求原因(2)は不知。
(3) 請求原因(3)のうち、被告(大阪市交通局)が、平成16年7月以降、被告路線案内図を各駅に備え置くなどの方法により使用したこと、被告が、大阪市営地下鉄の各路線に記号を付し、かつ各路線の駅ごとに順次番号を付する方法による案内表示を実施したことは認め、その余の主張は争う。
(4) 請求原因(4)ないし(6)の主張は、いずれも争う。なお、本件システム及び本件著作物が原告の考案、計画、作成にかかるものであることについては争わない。ただし、「大阪市地下鉄デジタルインフォーメイションシステム(計画案)1997」(甲5)のうちの路線案内図(和文)は、被告作成の「路線案内図」中に原告が数字を書き込んだものにすぎず、路線案内図(英文)は上記路線案内図(和文)を単に英訳したものである。また、甲第5号証中で利用方法として示されている駅名、ルート駅別番号標示(御堂筋線、四つ橋線、千日前線)の駅名表示も被告が作成した駅名表示に原告が数字を付しただけである。
(5) 本件システムは、せいぜい「アイデア」、しかもごくありふれたアイデアにすぎない。著作権法は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの、ないしそれを創作する者の保護を目的としており(著作権法1条、2条1項1号、2号)、「表現」の基礎にある「思想」又は「感情」ないし「アイデア」それ自体(の保護)を目的とするものではない。しかるところ、原告主張の本件システムなるものは、原告自身「システム」と命名しているとおり、著作権法による保護対象たる「表現」ではなく、せいぜい単なる「アイデア」にすぎない。「大阪市地下鉄デジタル・インフォーメイション」(甲5)は、そのような「アイデア」を書面化したものと思われるが、これは、単に被告作成の「路線ご案内」中の御堂筋線、四つ橋線、千日前線の各路線にそれぞれ@、B、Dの番号を付し、上記各路線の駅名の下に、上(北)から順に@−1、@−2等の枝番号を付しただけの極めてありふれたものであり、何らの創作性を有するものではない。しかも、上記各路線に付された@、B、Dの番号は、上記各路線の正式名称(例えば、御堂筋線は大阪市高速鉄道第1号線)に依ったものであり、原告のアイデアですらない。したがって、本件システムに関して著作権が成立する余地はない。
 なお、そもそも上記「大阪市地下鉄デジタル・インフォーメイション」と題する路線図は、被告が作成した「路線ご案内」(ただし改訂前のもの)に原告が書き込んだものであるから、これが被告路線案内図(甲7)と似ているのは当然である。そして、原告の書き込み部分においても、
@ 路線毎に付した記号も、数字(@、B、D)とアルファベット(M、Y、S)で全く異なるばかりでなく、
A 駅毎の番号の付し方も全く異なる(@−1とM11等)
 ものである。また、そもそも被告が従来の「路線ご案内」を改訂し、被告路線案内図(甲7)を作成したのは、内閣が開催した観光立国関係閣僚会議で策定された観光立国行動計画と近畿運輸局の指導に基づくものであり、原告書面等に依拠し、これを模倣したものでは全くない。
第3 当裁判所の判断
1 原告書面等の著作者
 原告が著作物性を有する部分を含むものと主張する「交通ガイド革命(交通ガイド自由自在システム)」と題する書面(甲1)の作成名義人は「『交通ガイド自由自在システム』普及会代表X」と表示され、「大阪市地下鉄デジタルインフォーメイションシステム(計画案)」と題する書面(甲5)にはその作成名義人として「(交通ガイド自由自在システム)会会長X」と表示されている。これによれば、上記各書面(原告書面等)の作成名義人は「『交通ガイド自由自在システム』普及会」ないし「(交通ガイド自由自在システム)会」という団体であり、原告はその代表者であると表示されている。しかし、証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によれば、「『交通ガイド自由自在システム』普及会」ないし「(交通ガイド自由自在システム)会」なるものの実態は、個人としての原告一人を指すものと認められる(被告も、本件システム及び原告書面等が原告の考案、計画、作成に係るものであることについては争わないと陳述している。)。
 したがって、原告書面等の著作者は原告であると認められる。
2 原告書面等のうち原告が著作物と主張する部分(本件著作物)の著作物性
(1) 原告は、原告書面等のうち、前記第2の1(4)で示した部分をもって原告が著作権を有する著作物であると主張する。しかし、原告が著作権を侵害すると主張する被告路線案内図(甲7)は、路線図の各駅名表示部分を丸で囲い、その中に「M16」「T20」等というように、アルファベット(路線記号)と2桁の数字(駅番号)を表示したものである。
 したがって、被告路線案内図は、原告が著作物性を主張する部分のうち文章部分を複製したものでないことは明らかであるし、甲第1号証の5頁の左図も、そもそも被告路線案内図において再製されていると認める余地がないものである。したがって、これらの部分が著作物性を有するか否か検討の対象とする必要がない(このことは英文、和文を問わない。)。
(2) 甲第1号証のうち被告路線案内図と対応するものと思われるのは、5頁の右図の路線図(以下「甲1路線図」という。)である。原告は、これを学術の分野に属する図形の著作物であると主張する。
 図形の著作物とは、図形によって思想・感情を表現した著作物であり、学術的な性質を有する図表などがこれに当たるところ、甲1路線図は、別紙記載のとおり模式的な路線図において、各路線の端部に「鉄道(バス)ルート番号」を表示し、路線を二重線で表示し、各駅を「○」や「□」等で表示して路線上に配し、各駅を特定するために、各駅ごとに長方形を上下2分割し、その上段にアルファベットを、下段に一桁の数字と二桁の数字をハイフンで結んだものを組み合わせて表示しており、さらに、一つの駅を例に挙げ、これを目的停車場と表示して「停車場番号標示板詳細図」を表示し、そこに駅の案内表示を大きく表示するなどしている(9頁右の路線図は甲1路線図を英文にしたものであるだけで、他は同じである。)。甲1路線図において著作権による保護の対象となり得るのは、このような具体的表現であって(その表現に創作性があるか否かはしばらくおく。)、原告の主張するように、抽象的に、「@全バス、鉄道路線の各路線毎に独自の路線記号を付ける。A各路線上に存在する全停車場に起点停車場から終点停車場に向かって順次に各停車場相互間に一定の関連性を持った独自記号を付け、停車場名と併用する。」方法(本件システム)自体が著作権による保護対象になるものではない。なぜなら、著作権法は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物とし、この著作物を作成した者を著作者として、著作権を付与しているのであって、そこで保護される著作物は、「思想又は感情」そのものではなく、これを「創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を保護対象とするものである。しかるところ、本件システム自体は、具体的な表現を伴わない単なるアイデアに属する事項であり、かかるアイデアを図表等を用いて表現したその具体的な表現自体が保護対象となるべきものだからである。
(3) 甲第5号証のうち被告路線案内図と対応するものと思われるのは、1頁と2頁の各路線図(1頁が和文、2頁が英文のものであり、それ以外は同一のものである。以下「甲5路線図」という。)である。甲5路線図は、大阪市交通局作成の「路線ご案内」(甲10)に、原告が各路線に@、B、Dと付番し、各路線の各駅毎に「@−1」「@−2」「B−1」…というような記号を付したものである。路線図そのものは、被告が平成9年8月ころに作成した路線案内図(被告路線案内図の旧バージョン)に原告が上記各番号及び記号を書き込んだものであり(争いがない。)、上記書き込み部分の著作物性が問題となるところ、このような単なる番号や記号及びその組合せに創作性を認める余地はないというべきである。
3 被告路線案内図が本件著作物を複製・翻案したものか
 上記2(2)のとおり、甲1路線図は、図形の著作物であると解する余地がある(前記のとおりこれに創作性が認められるか否かはしばらくおく。)。
 そこで、被告路線案内図が甲1路線図を複製又は翻案したものであるか否かについて検討する。著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいい(最高裁昭和53年9月7日判決・民集32巻6号1145頁)、著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作することをいうのであって、創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など、表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には翻案に当たらない(最高裁平成13年6月28日判決・民集55巻4号837頁参照)。
 これを本件についてみると、被告路線案内図は、被告の旧来の路線案内図(甲10)の各路線にその頭文字等を付し(例えば、御堂筋線は「M」、千日前線は「S」、堺筋線は「K」)、各駅に二桁の番号を付し、各路線の各駅に例えば「M17」(御堂筋線淀屋橋駅)というような符号を付したものであることが認められる(甲7)。
 そこで、被告路線案内図を甲1路線図と対比すると、両者は、路線の形状をはじめ、各駅を特定するための数字及び記号の配し方等の表現において全く異なることが明らかであり、被告路線案内図が甲1路線図の内容及び形式を覚知させるに足りるものということはできないことはもとより、甲1路線図の本質的特徴を直接感得することができるものということもできないことが明らかである。したがって、被告路線案内図は甲1路線図を複製又は翻案したものということはできない。
 原告は、@全バス、鉄道路線の各路線毎に独自の路線記号を付ける、A各路線上に存在する全停車場に起点停車場から終点停車場に向かって順次に各停車場相互間に一定の関連性を持った独自記号を付け、停車場名と併用する方法(本件システム)は、原告が考案、計画、作成したものであり、被告は被告路線案内図においてこれを模倣したものであるなどと主張するが、本件システム自体は具体的な表現とは離れた抽象的なアイデアというべきものであり、これについて原告が著作権を取得する余地はなく、仮に被告が本件システムというアイデアに依拠して被告路線案内図を作成したとしても、それは甲1路線図について有する原告の著作権を侵害するものではない。
4 不法行為の成否
 予備的請求1、2は、いずれも被告が被告路線案内図を作成し、配布した行為が民法709条の不法行為に当たることを前提とするものである。
 しかし、路線と駅に番号その他の記号を付して目的の駅を特定するという本件システムのアイデア自体は、駅の特定手段としては単純なものであり、その内容に照らして、上記アイデア自体が特許権、実用新案権等の知的財産権と離れて、不法行為法上法的保護に値するものとはいい難い。
 また、証拠(乙1〜4)によれば、平成15年7月31日に観光立国関係閣僚会議が作成した「観光立国行動計画」と題する報告書(乙1)には、「外国人にも分かる、利用できる案内・標識等の整備」の項目で「駅におけるナンバリング(番号制」を平成15年) 度より検討着手し、できるだけ速やかに結論を得ることが記載されていること、平成15年8月1日に国土交通省が作成した国土交通省重点施策中(乙2)に、「外国人観光客に使いやすい鉄道・バス交通の整備(ナンバリングの充実等)」が掲げられていること、さらにこれを受けて国土交通省鉄道局は、平成15年9月19日付けで、東京都や営団地下鉄と連携して、東京の地下鉄を気軽に利用できるように、路線や駅にアルファベットや番号をつけて表示する旨を一般に向けて公表したこと(乙3)、国土交通省近畿運輸局も、平成16年2月20日付けで、大阪市の地下鉄・ニュートラムの路線名及び駅名の記号・番号表示を同年7月を目途に実施する旨を公表したこと(乙4)が認められる。以上の事実によれば、本件システムの内容となるアイデア自体は、上記報告書等に表われているものということができる。被告において大阪市営地下鉄の路線及び駅に記号、番号を付するという意思決定をし、これに基づいて被告路線案内図を作成したことは、上記経緯に照らし、国の施策の一環として行われたということができ、原告書面等に依拠したものとは認められない。
 これらの事情に照らせば、被告路線案内図を作成した被告の行為が原告に対する民法709条の不法行為を構成するような違法な行為と認めることはできない。
第4 以上によれば、原告の本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 田中俊次
 裁判官 西理香
 裁判官 北岡裕章
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日本ユニ著作権センター
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