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【事件名】黒澤作品のDVD化事件(松竹作品)
【年月日】平成20年1月28日
 東京地裁 平成19年(ワ)第16775号 著作権侵害差止請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年11月28日)

判決
原告 松竹株式会社
同訴訟代理人弁護士 野間自子
同 中島健太郎
同 江端重信
被告 株式会社コスモ・コーディネート(旧商号「株式会社コスモコンテンツ」)


主文
1 被告は、別紙物件目録記載1及び2の各DVD商品を輸入し、又は頒布してはならない。
2 被告は、別紙物件目録記載1及び2の各DVD商品の在庫品及びその録画用原版を廃棄せよ。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙物件目録記載1及び2の各DVD商品を複製し、輸入し、又は頒布してはならない。
2 主文第2項と同旨
第2 事案の概要
1 本件は亡黒澤明以下、(「黒澤」という。)が監督を務めた劇場用映画の著作権を有すると主張する原告が、同映画を収録、複製したDVD商品を海外において製造させ、輸入・販売している被告に対して、被告の当該行為は原告の著作権(複製権及び頒布権)を侵害するとして、著作権法112条に基づき、同DVD商品の複製、輸入、頒布の差止め並びに同商品の在庫品及びその録画用原版の廃棄を求める事案である。
2 前提となる事実(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。)
(1) 当事者
 原告は、演劇、映画その他各種の興行並びに映画の製作、売買及び賃貸借等を目的とする株式会社である。(弁論の全趣旨)
 被告は、映画、テレビ・ラジオ番組、コンパクト・ディスクの企画・製作・販売・賃借業務及び輸出入業務並びにこれらに対する製作・投資管理等を目的とする株式会社である。被告は、平成19年(2007年)6月9日、株式会社コスモコンテンツから現商号に商号を変更した。
(2) 黒澤が監督を務めた劇場用映画
 「醜聞(スキャンダル)」と題する劇場用映画(以下「本件作品1」という。)は、黒澤が監督を担当し、原告が製作の上、昭和25年(1950年)4月26日に公開された。(甲1の1、15、乙9)
 「白痴」と題する劇場用映画(以下「本件作品2」、本件作品1と本件作品2を併せて「本件両作品」という。)は、黒澤が監督を担当し、原告が製作の上、昭和26年(1951年)6月1日に公開された。(甲1の2、15、乙9)
 本件両作品は、いずれも独創性を有する映画の著作物であり、原告は、本件両作品についての著作権(ただし、頒布権が含まれるかは争いがある。)を有していた。(弁論の全趣旨)
 黒澤は、平成10年(1998年)9月6日に死亡した。(甲2)
(3) 被告による本件両作品のDVD商品の販売等
 被告は、平成19年(2007年)2月ころから、本件作品1をそのまま収録、複製した別紙物件目録記載1のDVD商品及び本件作品2をそのまま収録、複製した別紙物件目録記載2のDVD商品(以下、別紙物件目録記載1及び2の各DVD商品を併せて「本件被告商品」という。)を、それぞれ被告が録画用原版まで製作した後、海外において第三者に製造させ、頒布目的で輸入し、販売していた。(以下「本件被告行為」という。甲3の1、3の2、4から7、乙11)
 原告は、被告に対して、平成19年(2007年)4月13日に「請求書兼警告書」と題する書面を、同年5月24日に「反論書」と題する書面をそれぞれ送付して、本件被告商品の製造、販売の中止等を求めたが、被告はこれに応じなかった。(甲8の1・2、9の1・2、10)
3 争点
(1) 本件両作品の著作者(争点1)
(2) 原告は本件両作品の頒布権を有するか(争点2)
(3) 本件両作品の著作権の存続期間の満了時期(争点3)
(4) 差止め及び廃棄請求の可否(争点4)
4 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(本件両作品の著作者)について
【原告の主張】
 昭和45年法律第48号による改正前の著作権法(明治32年法律第39号、以下「旧著作権法」という。)には、映画の著作物の著作者について直接定めた規定はなかったが、旧著作権法下においては、映画の著作物の著作者とは、「映画の製作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者」(東京地裁昭和52年2月28日判決、以下「昭和52年判決」という。)をいう。そして、著作権法(昭和45年法律第48号以下現行、 「著作権法」ともいう。)16条の規定に照らせば、法的安定性の見地から、旧著作権法が適用される映画の著作物であっても、著作者についての解釈は変わらないというべきである。
 本件両作品においては、いずれもオープニングのクレジットに「監督 黒澤明」との表示があり、当時のポスターやプレス等にも「監督 黒澤明」「鬼才監督 黒澤明作品」などの表示がある。黒澤は、映画製作の際に、演技その他を監督し、映画作品に統一を与える立場にあったことから、いずれについても「監督」として表示されているのであって、少なくとも本件両作品の全体的形成に創作的に関与した者の一人であることは明らかである。
 したがって、少なくとも黒澤は、本件両作品の著作者である。
【被告の主張】
ア 実際に映画製作に携わっていた当時の映画関係者の考えに照らせば、本件両作品の著作者は、映画製作者たる原告である。
イ 旧著作権法では、映画の著作者が誰であるかについて明確な規定がなく、通説的な解釈は存在していなかった。現行著作権法への改正の際の著作権制度審議会での検討においても、映画の著作物の著作者について統一的見解を示すことをせず、「映画製作に創作的に関与した者の共同著作物であるという考え方と、映画製作者であるという考え方の2つをとり得ること」をもって結論としている。
 そして、映画の著作権に関する旧著作権法22条ノ3の規定は、監督に関して何ら触れていないのであるから、旧著作権法は、監督を著作者として想定していないというべきである。
 こうした当時の状況からすると、特定の映画について「旧著作権法でいうところの著作者」が監督であるというためには、その他の通常一般の映画とは異なり、当該映画に関する限りは、明らかに当該監督が「旧著作権法でいうところの著作者」であると判断するに足りるだけの何らかの事情が存在していなければならない。
 しかし、このような特別な事情は、何ら主張・立証されていない。
ウ 原告が指摘する昭和52年判決は、九州地方の風景に絡ませた歴史、文学等を主題とした文化映画に関する事例である。文化映画は、一般的に少数のスタッフで製作され、監督自身がシナリオ作成、演出、撮影、録音、編集など大部分のパートを兼務することが多く、映画の著作物の全体的形成に創作的に関与する者も少数であり、権利関係も明確である。
 しかし、本件両作品のような娯楽映画においては、多数のスタッフ・キャストが関与し、出資者である映画会社と実際に創作作業に従事した者らとの関係も複雑なのであるから、上記判決における解釈を本件に無条件で適用することはできない。
エ 原告は、本件両作品のオープニングのクレジットに「監督黒澤明」との表示があり、黒澤は本件両作品の著作者の一人であると主張している。
 しかし、映画のオープニングクレジットは、著作者を表示しているわけではなく、チラシやポスターにおける表示と同様に、映画の製作にかかわった人物の氏名を表示しているだけである。オープニングクレジットが著作者を表示しているのであれば、表示されているすべての人間が著作者でなければ不都合である。
(2) 争点2(原告は本件両作品の頒布権を有するか)について
【原告の主張】
ア 黒澤から原告に対する著作権の譲渡
 旧著作権法には映画の著作物の著作権の帰属・承継について直接定めた規定はなかったが、旧著作権法下においては、著作者が映画製作者に対して当該著作物の製作に参加することを約束しているときには、特段の反証がない限り、映画製作者が当該映画の著作物の著作権を著作者から承継的に取得する昭和52年( 判決)。そして、現行著作権法29条1項の規定に照らせば、法的安定性の見地から、旧著作権法が適用される映画の著作物であっても、当該著作権の帰属・承継についての解釈は変わらないというべきである。
 黒澤は、本件両作品の製作者たる原告に対して、監督として本件両作品の製作に参加することを約束し、実際に本件両作品の監督を担当して、原告から監督報酬を受領していた。また、黒澤は、本件両作品についての自身の著作権が原告に帰属することを容認していた。
 したがって、原告は、黒澤から、本件両作品の著作権を承継取得し、本件両作品の著作権者である。
イ 頒布権の承継の有無
 現行著作権法附則9条が、現行著作権法の施行前にした旧著作権法の著作権の譲渡その他の処分は、現行著作権法附則15条1項の規定に該当する場合を除き、これに相当する現行著作権法の著作権の譲渡その他の処分とみなすと規定していることからすれば、旧著作権法の著作権の全部の譲渡であれば、現行著作権法61条2項の規定が適用される場合を除き、現行著作権法の著作権の全部の譲渡とみなされる。したがって、黒澤が、本件両作品の製作について原告に参加約束する際に、特段、著作権の一部について自らに留保するなどした事情がない以上、当該参加約束によって本件両作品の旧著作権法下における著作権の全部が原告に承継取得され、現行著作権法の施行により、当該著作権の内容に頒布権も含まれることが明確になったものである。
 また、現行著作権法は、原則として、旧著作権法下の著作物についても、現行著作権法を適用することを前提とし(同法附則2条1項、2項)、例外的に映画の著作者及び著作権の帰属などについては旧著作権法を適用すると規定している(現行著作権法附則4条、5条1項)。映画の著作物の複製物の頒布権については、このような例外規定が存在しないことから、旧著作権法下で創作された映画の著作物である本件両作品についても、現行著作権法26条が当然に適用される。
 よって、原告は、その有する本件両作品の著作権の一内容として、本件両作品の複製物の頒布権も専有する。
【被告の主張】
ア 黒澤から原告に対する著作権の譲渡について
 本件両作品の著作者は、上記(1)【被告の主張】のとおり、製作当初から原告であり、著作権者もまた原告であって、黒澤から本件両作品の著作権を譲り受けたということはない。
 旧著作権法においては、本件両作品のように、映画会社が出資し、その管理下において製作された映画は、団体著作物であり、特定の個人を著作者として認めていないから、原告が主張するような、映画の著作物の著作権が著作者から映画会社に承継される旨の規定はなく、そのような承継はされていない。
イ 頒布権の承継の有無
 仮に、原告が、黒澤から、本件両作品の著作権の譲渡を受けたというのであれば、原告は、DVDの頒布権を承継することはないというべきである。
 すなわち、旧著作権法において、映画は、あくまでも映画館で映写して観客に見せるために製作されるものとされており、現在のように映画をビデオやDVDに複製して頒布することは全く考慮されていないから、著作者である黒澤が、映画の興行から得る権利等はともかく、当時全く考慮されていなかったDVDの頒布権を原告に承継させると考えていたはずはない。
 原告が主張するように、旧著作権法下の著作物についても、現行著作権法を適用することが前提とされていることを根拠に、当時存在しなかったDVDの頒布権を主張することは、その者が著作者として著作権を原始的に取得した場合であれば可能であるが、当該権利が認められる以前に著作者から著作権の譲渡を受けた場合には、上記のとおり、当該頒布権は譲渡の対象とはならないと解されるから、できないというべきである。
(3) 争点3(本件両作品の著作権の存続期間の満了時期)ついて
【被告の主張】
ア 上記(1)【被告の主張】のとおり、本件両作品の著作者は原告であり、団体著作物であるから、旧著作権法6条、52条2項により、著作権の存続期間は公表後33年となる。
 そうすると、昭和25年(1950年)に公表された本件作品1及び昭和26年(1951年)に公表された本件作品2ともに、公表後33年以上経過しており、本件両作品の著作権の存続期間は満了している。
イ 旧著作権法6条の「団体著作物」とは、たとえ別に共同著作者がいても、団体名義で興行した著作物がこれに該当するところ、本件両作品は、それらの著作者が原告ではないとしても、原告が製作し、興行しているので、団体著作物である。
 映画を共同著作物と考えると、映画ごとに著作者が誰かを確定する作業が必要になり、それぞれの死亡日時の正確な把握も含め、存続期間の認定等が困難となる。そのため、映画の製作に関わった者が少数で、かつ、権利関係が明確な場合にのみ、著作者の死亡を保護期間の基準とすべきであって、本件両作品のような映画は、原則として団体著作物とするのが実情にも適合している。
 すなわち、本件両作品は、公開時、当時の松竹マークを表示し、その専用系列映画館で、あくまで自社製作の作品として公開(興行)を行っており、宣伝用のポスターやチラシに至るまで、全て松竹作品として告知し、黒澤の著作物であるという説明は全くされず、一般通常人は、本件両作品は松竹の映画であるという認識しかなかった。黒澤が監督としての評価を受けるのは、「七人の侍」、「用心棒」、「天国と地獄」などの作品を発表してからのことであり、それ以前は、映画評論家や関係者以外の一般通常人は、黒澤を特別に評価しておらず、「黒澤作品」との捉え方はされていなかった。むしろ、当時、黒澤は、東宝を退社して仲間と映画芸術協会を設立し、同協会の一員として、仲間の本木荘二郎の企画とされる本件両作品の監督を受け持っていた。そして、本件両作品は、契約によって黒澤を監督として起用するが、原告社員がプロデューサーとして映画製作に参加し、予算、クオリティ等の管理を行うなど、原告の管理下で製作された。
 以上を考慮すると、本件両作品は、松竹という映画会社、すなわち原告が製作し、日本全国の松竹系の映画館において興行したもので、明らかに団体著作物である。
 そうすると、旧著作権法6条、52条2項により、著作権の存続期間は公表後33年となり、本件両作品の著作権存続期間は既に満了していることになる。
ウ 仮に、本件両作品が共同著作物であるとしても、監督である黒澤の死をもって著作権保護期間を決めることは、他の著作者の権利を無視することになり、妥当でない。
エ 原告は、現行著作権法附則7条の規定を根拠に、本件両作品の著作権は監督である黒澤が死亡した翌年より起算して38年間存続すると主張する。
 しかし、旧著作権法から現行著作権法への改正作業中、著作権の保護期間が満了する著作物の著作権者を救済することを目的として、合計4回の暫定的な著作権の保護期間の延長がされ、最終的に、映画の著作物の保護期間が50年から70年に20年間延長された。その際、法制問題小委員会に提出された資料でも、小津安二郎監督の「東京物語」などと同様に、黒澤の「羅生門」等、監督が死亡してから38年間が経過していない作品の著作権も消滅してしまうため、保護期間を延長しなければならないとされている。こうしたことは、映画の著作権保護期間の20年間延長が決められた際、監督が亡くなった後38年間は著作権が存続するとは誰も考えていなかったことを示している。
 したがって、原告が主張する現行著作権法附則7条の解釈は誤りである。
【原告の主張】
ア 旧著作権法6条が規定する団体の著作名義で発行又は興行された著作物とは、当該著作物の発行又は興行が、個人ではなく団体の著作名義でなされたために、当該名義のみからは著作者の死亡時期を観念できない場合を意味する。
 本件両作品は、上記(1)のとおり、いずれもその著作者である黒澤の氏名が著作者名として表示されており、当該著作者の死亡時期を観念することができるのであるから、団体著作物ではなく、実名著作物であり、その存続期間は、旧著作権法3条及び52条1項が適用される。
イ 現行著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって、同法附則7条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日が著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号、以下「平成15年改正法」という。)による改正後の著作権法54条1項の規定による期間の満了する日後の日であるときは、同項の規定にかかわらず、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間である(平成15年改正法附則3条)。
 したがって、現行著作権法が施行された昭和46年1月1日の前に創作された独創性を有する実名の生前公表映画の著作権の存続期間は、
@ 旧著作権法による著作権の存続期間(著作者死亡の年の翌年より起算して38年間(旧著作権法22条ノ3、3条、52条1項、9条))が、平成15年改正法による改正前の著作権法54条1項の規定による著作権の存続期間(著作物の公表された年の翌年から起算して50年間)より長く、
 かつ、
A 旧著作権法による著作権の存続期間(著作者死亡の年の翌年より起算して38年間)の満了する日が、平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項の規定による存続期間(著作物の公表された年の翌年から起算して70年間)の満了する日より後の日であるときは、著作者死亡の年の翌年より起算して38年間が満了する日までの間である。
ウ 本件両作品は、現行著作権法の施行前に創作された独創性を有する実名の生前公表映画であり、本件両作品の著作権は最短でも平成48年(2036年)12月まで存続するから、本件両作品の著作権の存続期間は満了していない。
(4) 差止め及び廃棄請求の可否(争点4)について
【原告の主張】
 本件被告行為は、原告が本件両作品について有する著作権(複製権及び頒布権)を侵害する。
 そして、被告は、原告に無断で本件両作品の録画用原版を製作したこと、本件両作品を複製したDVD商品を海外において第三者に製造させ、国内で頒布する目的をもって輸入したこと、及び本件両作品を複製したDVD商品が本件両作品についての原告の著作権を侵害することを知って頒布したことを自認している。そうすると、そもそも、原告が本件両作品の頒布権を有するか否かにかかわらず、現行著作権法113条1項1号及び2号の規定により、本件両作品を原告に無断で複製したDVD商品を被告が頒布目的で輸入した行為、及びそれを被告が情を知って販売した行為のいずれもが著作権侵害行為とみなされる。
 また、被告は、今後も著作権侵害行為を継続する意思を有している。
 よって、原告は、被告に対して、原告が本件両作品について有する著作権(複製権及び頒布権)に基づき、本件被告商品の複製、輸入、頒布の差止め並びに同商品の在庫品及び製造に使用した録画用原版の廃棄を求める。
【被告の主張】
 争う。
第3 争点に対する当裁判所の判断
1 争点1(本件両作品の著作者)について
(1) 現行著作権法16条は、映画の著作物の著作者を定めているところ、同規定は、現行著作権法施行前に創作された著作物については適用されない(現行著作権法附則4条本件両)。作品は、現行著作権法施行前に創作された著作物であるから、その著作者について、現行著作権法16条は適用されず、旧著作権法が適用されるところ、同法においては映画の著作物の著作者について直接定めた規定はない。
 そこで、旧著作権法における映画の著作物の著作者について検討すると、旧著作権法においても、現行著作権法と同様に、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する思想又は感情を創作的に表現した著作物の保護を目的としていると解され、思想又は感情を創作的に表現し得るのは自然人のみであり、元来、著作者となり得るのは自然人であるとされていたのであるから、映画の著作物の場合も、思想又は感情を創作的に表現した者が著作者となるというべきであり、具体的には、現行著作権法16条と同様に、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者が著作者であるというべきである。
(2) そして、本件両作品において、黒澤は、監督を務めており、本件両作品の全体的形成に創作的に寄与している者と推認され、それを覆すに足りる証拠はない。
 確かに、本件両作品は、劇場公開用の娯楽映画であって、映画会社である原告が資金提供を行い、その管理の下で多数のスタッフやキャストが関与して製作されたものであるが、そのことから、直ちに、黒澤の創作的な寄与の程度が減じられるものではないし、黒澤は、本件両作品の脚本も担当していたこと(甲15、乙9)からすると、監督のみを務める者と比較して、より一貫したイメージを持ちつつ、全体的形成に創作的に関わっていたというべきである。
 したがって、黒澤は、他に著作者が存するか否かはさておき、少なくとも本件両作品の著作者の一人であると認められる。
(3) 被告は、当時の映画関係者の考えに照らせば、本件両作品の著作者は映画製作者である原告である旨主張するが、当時の映画関係者の考えや、映画製作者を著作者とする解釈が一般的であったことを示す資料もなく、被告の上記主張は認められない。
 また、被告は、本件両作品のような娯楽映画においては、多数のスタッフやキャストが関与し、出資者である映画会社と実際に創作作業に従事した者らとの関係も複雑なのであるから、この場合には、映画製作者を著作者とみるべきであると主張するが、このような事情を考慮しても、上記(2)において検討したとおり、黒澤が著作者であることが認められるのであって、被告の上記主張は理由がない。
2 争点2(原告は本件両作品の頒布権を有するか)について
(1) 現行著作権法29条1項は、映画の著作物の著作権の帰属について定めているところ、同規定は、現行著作権法施行前に創作された映画の著作物には適用されず、同著作物の著作権の帰属については、なお従前の例によるとされた(現行著作権法附則5条1項)。本件両作品は、現行著作権法施行前に創作された映画の著作物であるから、その著作権の帰属(承継)について、旧著作権法が適用されるのであるが、旧著作権法には、映画の著作物の著作権の帰属(承継)について直接定めた規定はない。
 そうすると、現行著作権法施行前に創作された映画の著作物について、著作者ではない映画製作者が当該映画の著作権を取得するには、当該映画の著作権を原始的に取得した著作者から、著作権の譲渡を受けることを要するものといえる。
(2) これを本件についてみると、本件両作品の著作者である黒澤は、同作品の著作権を取得したものと認められるところ、本件両作品の映画製作者である原告は、自らが原始的に本件両作品の著作権を取得した旨を主張するものではないが、「松竹映画」との表示を付して本件両作品を公開・興行し、原告が著作権者である旨の表示を付して本件両作品を収録、複製したDVD商品を販売しており(甲1の1、1の2、15、乙9)、これに対して黒澤ないしその相続人等が異議を唱えていたなどの事情は証拠上うかがわれず、黒澤の相続人が代表者を務め、黒澤に関する諸権利を管理している株式会社黒澤プロダクションは、黒澤が本件両作品の著作権を原告に移転することを容認しており、本件両作品の著作権が原告に帰属することを認める旨述べていること(甲2)にかんがみれば、黒澤は、原告に対して本件両作品の著作権を譲渡していたと推認することができる。
 したがって、原告は、黒澤から本件両作品の著作権を承継したというべきである。
(3) 原告が、黒澤から本件両作品の著作権を承継したとしても、頒布権については、現行著作権法において初めて権利として認められた(26条)ものであるから、現行著作権法施行前に著作権の譲渡が行われた場合に、当該著作物の頒布権についてどのように考えるべきかが問題となる。
 この点、現行著作権法附則9条は、「この法律の施行前にした旧法の著作権の譲渡その他の処分は、附則第15条第1項の規定に該当する場合を除き、これに相当する新法の著作権の譲渡その他の処分とみなす。」と規定しているが、その趣旨は、旧著作権法に基づく著作権と、現行著作権法に基づく著作権とでは、その種類及び内容に差異が存在することから、法により内容が規定されるという著作権の性質上、権利内容が拡大した部分についても処分の対象となっていたものとして扱うものとすることと解される。
 そうすると、旧著作権法下において著作権を全部譲渡した場合には、特段の事情のない限り、現行著作権法により権利内容が拡大された著作権の全部を譲渡したとみなされるというべきである。
(4) そして、本件両作品の著作権の譲渡に関する上記(2)の各事情や、黒澤が本件両作品の著作権に含まれる特定の支分権を自己に留保する意思を有していたと認めるに足りる証拠がないことに照らせば、本件においても、原告は、黒澤から本件両作品の著作権の全部を承継したと認めるのが相当であり、これを覆すべき特段の事情はないというべきである。
 したがって、原告は、本件両作品の頒布権を有すると認められる。
3 争点3(本件両作品の著作権の存続期間の満了時期)について
(1) 旧著作権法による本件両作品の著作権存続期間
ア 上記第2、2(前提となる事実)(2)によれば、本件両作品は、現行著作権法の施行前に公表された著作物であると認められるところ、同法附則7条は、同法の施行前に公表された著作物の著作権の存続期間については、当該著作物の旧著作権法による著作権の存続期間が現行著作権法の規定による期間より長いときは、なお従前の例によると規定していることから、まず、本件両作品の旧著作権法による著作権の存続期間について検討する。
イ 旧著作権法は、22条ノ3において、映画の著作物の著作権の存続期間につき、独創性を有するものについては3条ないし6条及び9条の規定を適用し、独創性を欠くものについては23条の規定を適用すると定めていたところ、上記第2、2(前提となる事実)(2)によれば、本件両作品は独創性を有する映画の著作物であると認められるから、本件両作品の著作権の存続期間は、旧著作権法3条ないし6条及び9条の規定により規律される。
 この点、旧著作権法は、
 3条 発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ著作者ノ生存間及其ノ死後三十年間継続ス
  2 数人ノ合著作ニ係ル著作物ノ著作権ハ最終ニ死亡シタル者ノ死後三十年間継続ス
 4条 著作者ノ死後発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発表又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス
 5条 無名又ハ変名著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス但シ其ノ期間内ニ著作者其ノ実名ノ登録ヲ受ケタルトキハ第三条ノ規定ニ従フ
 6条 官公衙学校社寺協会会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行又ハ興行シタル著作物ノ著作権ハ発行又ハ興行ノトキヨリ三十年間継続ス
 と規定し、著作権の存続期間について、著作者の死亡時期を起算点として一定期間存続するものとした上で(3条、5条ただし書)、著作者の死亡後に発行又は興行された著作物については、当該発表又は興行の時点を(4条)、無名又は変名著作物及び団体の著作名義で発行又は興行された著作物については、当該発行又は興行されたとき(5条本文及び6条)をそれぞれ起算点として一定期間存続するものと定めている。これらの規定の仕方に加えて、上記1(1)のとおり、元来、著作者となり得るのは自然人であるとされていたことにかんがみれば、旧著作権法は、著作権の存続期間につき、著作者の死亡時期を起算点として一定期間存続することを原則とし、著作者の死亡時期が観念できなかったり、判別できないため上記原則を適用できない無名・変名著作物及び団体著作物について、例外的に5条本文及び6条によって規律するものと解される。
 そうすると、旧著作権法6条が定める団体著作物とは、当該著作物の発行又は興行が団体名義でされたため、当該名義のみからは著作者の死亡時期を観念ないし判別することができないものをいうと解するのが相当である。
ウ これを本件についてみると、本件両作品のクレジットには、「松竹映画」と団体である原告名義の表示のほか、「監督黒澤明」の表示がされているところ(甲15、乙9)、これは著作者である黒澤の実名を表示したものと認められるから、本件両作品は、著作者の死亡時期を観念ないし判別することができない著作物であるとはいえない。
 そうすると、上記第2、2(前提となる事実)及び争点1の認定によれば、本件両作品は、著作者である黒澤の生前に公開されたものであることが認められるから、これらの著作権の存続期間は、旧著作権法3条により規律されるというべきである。
 旧著作権法3条及び52条1項は、当該著作物の著作権の存続期間は、著作者が生存している間及びその死後38年間と規定しているところ、黒澤は平成10年(1998年)9月6日に死亡したのであるから(甲2)、旧著作権法の規定に基づく本件両作品の著作権の存続期間は、同法9条により、平成11年(1999年)1月1日から起算して38年間、すなわち平成48年(2036年)12月31日までとなる。
エ 被告は、本件両作品が団体著作物であり、旧著作権法6条、52条2項の規定により、団体著作物の著作権の存続期間は公表後33年となるから、本件両作品の著作権保護期間は既に満了していると主張するが、この主張が採用できないことは、以上の説示に照らし明らかである。
(2) 平成15年改正法による改正前の著作権法による本件両作品の著作権存続期間
 平成15年改正法による改正前の著作権法54条1項は、映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後50年間と規定しているところ、本件作品1は、昭和25年(1950年)4月26日に、本件作品2は、昭和26年(1951年)6月1日にそれぞれ公開されたのであるから、同法の規定に基づく著作権の存続期間は、同法57条により、それぞれ平成12年(2000年)12月31日、平成13年(2001年)12月31日までとなる。
 そうすると、旧著作権法による著作権の存続期間が平成15年改正法による改正前の著作権法の規定による期間より長いというべきであるから、同法附則7条により、本件両作品の著作権の存続期間は、いずれも平成48年(2036年)12月31日までとなる。
(3) 平成15年改正法による改正後の著作権法による本件両作品の著作権存続期間
 平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項は、映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後70年間と規定しているから、同法の規定に基づく著作権の存続期間は、同法57条により、本件作品1については平成32年(2020年)12月31日、本件作品2については平成33年(2021年)12月31日までとなる。
 もっとも、著作権法の一部を改正する法律(平成15年法律第85号)附則3条は、現行著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって、同法附則7条の規定によりなお従前の例によることとされるものの著作権の存続期間は、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日が平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項の規定による期間の満了する日後の日であるときは、旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日までの間とすると規定している。
 そして、本件両作品は、前示のとおり、現行著作権法の施行前に創作された映画の著作物であって、同法附則7条の規定によりなお従前の例によることとされるものであり、 旧著作権法による著作権の存続期間の満了する日(平成48年(2036年)12月31日)が平成15年改正法による改正後の著作権法54条1項の規定による期間の満了する日(本件作品1については平成32年(2020年)12月31日、本件作品2については平成33年(2021年)12月31日)後の日であるから、本件両作品の著作権の存続期間は、いずれも平成48年(2036年)12月31日までというべきである。
(4) 以上によれば、本件両作品の著作権の存続期間は平成48年(2036年)12月31日までと認められるから、いずれも著作権の存続期間は満了していない。
4 争点4(差止め及び廃棄請求の可否)について
 本件被告商品につき、平成19年2月ころから、被告が録画用原版まで製作した後、海外において第三者に製造させ、頒布目的で輸入し、販売していたことは争いがない。
 そうすると、被告が録画用原版を製作したことは、原告が本件両作品について有する複製権を侵害するものであるし、前示のとおり、本件被告商品は、輸入の時において国内で作成したとしたならば原告が本件両作品について有する複製権の侵害となるべき行為によって作成された物であるから、被告が本件被告商品を輸入する行為は原告の著作権を侵害する行為とみなされる(現行著作権法113条1項1号)。また、本件被告商品を販売する行為は、原告の著作権(頒布権)を侵害する。
 もっとも、被告は、上記のとおり、本件両作品の録画用原版を製作し、本件被告商品を海外において第三者に製造させているが、そのほかに被告が本件両作品を複製したり、本件被告商品を国内において製造・複製していることを認めるに足りる証拠はなく、またそのおそれがあると認めるに足りる証拠もない。したがって、原告は被告に対して、本件被告商品の輸入及び頒布の差止め並びに同商品の在庫品及びその録画用原版の廃棄の限度で、これを求めることができるというべきである。
第4 結論
 以上の次第で、原告の請求は、本件両作品の著作権に基づき、本件被告商品の輸入及び頒布の差止め並びにその在庫品及び録画用原版の廃棄を求める限度で理由があるから、これらを認容し、その余の請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法67条1項、61条、64条ただし書を適用し、仮執行宣言は、相当でないので、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 山田真紀
 裁判官 間明宏充


(別紙)物件目録
1 題名 醜聞−スキャンダル−
  監督 黒澤明
  製作年度 昭和25年(1950年)
  商品番号 COS−009
2 題名 白痴
  監督 黒澤明
  製作年度 昭和26年(1951年)
  商品番号 COS−011
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日本ユニ著作権センター
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