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【事件名】商標“DonaBenta”侵害事件(2)
【年月日】平成19年5月22日
 知財高裁 平成18年(行ケ)第10301号 審決取消請求事件
 (口頭弁論終結日 平成19年4月17日)

判決
原告 ジェイ. マセドエス. エー
訴訟代理人弁理士 木村高久
被告 株式会社ラテン大和
訴訟代理人弁護士 本郷亮
同 五島丈裕
同 織田英生


主文
1 特許庁が無効2005−89018号事件について平成18年2月28日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 主文と同旨。
第2 事案の概要
 本件は、被告の有する後記商標登録について、原告が平成17年2月10日付けでその無効審判請求をしたところ、特許庁が請求不成立の審決をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 ラテン大和有限会社(以下「被告旧会社」という。)は、平成10年9月21日、後記内容の商標登録出願(商願平10−81004号)をなし、平成11年11月5日に登録査定を受け、平成11年12月10日に設定登録を受けた(商標登録第4343029号。以下「本件商標」という。)。
 これに対しブラジル国法人である原告は、平成17年2月10日付けで、本件商標登録は、ブラジル国で屈指の企業でブラジル国登録商標「Dona Benta」等の商標権者である原告のブラジル国における著名性を不正に利用しようとしたものであるから商標法(以下「法」という。)4条1項19号に該当する事由があるとして、被告旧会社を被請求人として商標登録の無効審判請求をした。そこで特許庁は、同請求を無効2005−89018号事件として審理した上、平成18年2月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」ということがある。)をし、その謄本は平成18年3月10日原告に送達された。
 なお、本件商標権者は、上記審判手続中に被告旧会社から株式会社大和(被告)に変更され、本件審決は被告を被請求人としてなされた。
(2) 本件商標の内容
(商標)<標準文字>
 DonaBenta
 (指定商品)
 第29類
 「食肉、食用魚介類(生きているものを除く。)、肉製品、加工水産物、豆、加工野菜及び加工果実、卵、加工卵、乳製品、食用油脂、カレー・シチュー又はスープのもと、なめ物、お茶漬けのり、ふりかけ、油揚げ、凍り豆腐、こんにゃく、豆乳、豆腐、納豆、食用たんぱく」
 第30類
 「粉末コーヒー、その他のコーヒー及びココア、コーヒー豆、茶、調味料、香辛料、食品香料(精油のものを除く。)、米、脱穀済みの大麦、食用粉類、食用グルテン、穀物の加工品、サンドイッチ、菓子及びパン、即席菓子のもと、アイスクリームのもと、アーモンドペースト、氷、アイスクリーム用凝固剤」
(3) 審決の内容
 審決の詳細は、別添審決写し記載のとおりである。
 その要点は、本件商標は、請求人(原告)の使用する「Dona Benta」商標(以下「原告商標」ともいう。)に類似するが、原告商標が本件商標の出願時(平成10年9月21日)においてブラジル国の需要者の間で広く認識されるに至っていたとまで認められず、また、被請求人(被告)が本件商標を不正の目的をもって使用するものとは認められないから、法4条1項19号に違反するものではないとしたものである。
(4) 審決の取消事由
 しかしながら、審決は、本件商標が法4条1項19号に該当するとすべきであるのに、事実誤認により商標登録の無効審判請求を不成立としたものであるから、違法として取り消しを免れない。
ア 原告商標の周知著名性
(ア) 原告は、本件商標の出願(平成10年〔1998年〕9月21日)以前から、既にブラジル国において、「Dona Benta」について出願又は登録された商標を有し、また、その類似商標や「Dona Benta」の文字を含む図形商標についても商標登録出願をし、登録を受けている。
 これらの原告商標は、指定商品についても「食用油脂、穀物の加工品、調味料、香辛料、食品香料、米」等が本件商標と同一であり、そのほか類似関係にある商品も含まれている。
(イ) 原告「ジェイ.マセドエス.エー」(J.MacedoS.A. なお、「Macedo」の「e」の文字には「^」の記号が付されているが、省略する。)は、ブラジル国において電子部品から農業製品まで取り扱う複合企業ジェイマセドグループ(J.MacedoGroup:以下「ジェイマセドグループ」という。)傘下の企業であり、食品部門では、ブラジル国内第2位の規模を誇るブラジル国屈指の企業である。ジェイマセドグループは、1939年(昭和14年)にバターやワイン等の食料品、木材、コルク等の一次産品の販売代理店として創業後、ジープの専属販売や電気変圧器の生産等の事業分野で事業規模を拡大した。しかし、同グループの主力は、「ジェイ.マセドエス.エ一」の名の下に展開する食品産業である。1959年(昭和34年)に米国からの小麦の輸入権を獲得した後、本格的な製粉事業を手がけ、1979年(昭和54年)に小麦市場における国内ブランド「Dona Benta」を立ち上げ、その後、「Dona Benta」のブランド名をもって、パスタ・菓子・デザートの原材料等の製造工場や同社ブランドの商品の販売拠点をブラジル国全土に有している。したがって、原告は、ブラジル国において製粉事業や食品関連事業について約50年の歴史を有しているものである。
 さらに、ブラジル国の国家職業訓練機関(SENAI)の支援を受けて、ラテンアメリカにおける最初の製粉事業専門の職業訓練コースを設置し、広く産業界に貢献してきた企業であるとともに、グループの一事業である「ドナベンタキッチンコース(Dona Benta Kitchen Course)」には毎年30万人が受講している。原告は、その重要ブランドである「Dona Benta」の保護のため、「Dona Benta」の類似商標及びその文字を含む図形商標について、菓子・パン・スープ等の食品、小麦・べーキングパウダ等の食品原材料や調味料を指定商品として、ブラジル国で多くの登録商標(甲3〜甲10。以下「甲3商標」〜「甲10商標」という。)を取得している。
 したがって、原告の「Dona Benta」商標が、ブラジル国において、本件商標の登録出願日前より、既に取引者、需要者間で周知著名であったことは明らかある。
イ 不正の目的による使用
 上述したように、原告の「Dona Benta」商標が、ブラジル国において、本件商標の出願前より既に取引者、需要者間に周知著名であることは明らかであり、被告は、この原告の「Dona Benta」商標の周知著名性、及びその信用を利用して日本国内で事業を行っており、不正の企図は明らかである。すなわち、ブラジル食品を多数扱っている業界トップクラスのシェアを持つAグループの代表者A(以下「A」という。)は、ブラジル国登録商標「Dona Benta」が原告の商標であることを承知しており、ブラジル国登録商標「Dona Benta」を使用した原告商品の販売代理権を有している。被告は、このAグループと取引関係があることから、ブラジル国において食品に原告のブラジル国登録商標「Dona Benta」が使用されていることを十分に知り得る立場にあり、これを知りながら、「Dona Benta」が我が国で商標登録されていないことを奇貨とし、先取り的に出願して本件商標の登録を受け、これにより、原告の「Dona Benta」商標の付された商品の我が国への輸出販売が阻止されている事実は、国際的商取引上の信義則に著しく反するものであり、被告が不正の目的をもって使用する企図は明らかである。
ウ 以上のとおり、本件商標は、原告商標に類似する商標であり、かつ、原告商標が外国(ブラジル国)における需要者の間に広く認識されている商標に当たるとともに、被告が不正の目的をもって使用するものであるから、本件商標の登録は、法4条1項19号に違反してされたものであり、法46条1項の規定によりその登録を無効とすべきである。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)ないし(3)の事実はいずれも認める(審決の送達日は不知)が、同(4)は争う。
3 被告の反論
 審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 原告商標の周知著名性の主張に対し
 本件商標を出願した平成10年9月21日当時、被告の日系ブラジル人の従業員や取引先は原告商標を聞いたことがなく、原告の主張するような周知著名性はなく、また、ブラジル食品を取引する株式会社A(Aグループ)も原告商標を付した商品を扱っていなかった。
 仮に、原告がブラジル人に知られていたとしても、それは小麦を扱う会社という意味に止まり、原告商標や同商標を付した商品が本件商標の出願時からブラジル国内全土の需要者に広く知られていたとは到底考えられない。そして、原告商標の周知著名性については原告に立証責任があるところ、その提出証拠は原告商標の周知著名性を立証するものでない。すなわち、原告は、本件商標の出願時(平成10年9月21日)における「Dona Benta」商品の広告等を証拠として提出するが、これらの発行地域、発行部数、頒布状況、購読ないし頒布の対象者等の事実関係については全く不明であり、これらはせいぜい原告が何らかの広告をいくつか出したことを示すにすぎず、ブラジル国内における原告商標の周知著名性まで立証するものではない。原告が提出する証拠は、そもそも真偽不明のものがあり、また、頒布販売に関する事実関係も全く示されていない。そして、その内容から推認し得る事実をみても、特定の業界や特定の地域における広告にすぎず、原告商標が、ブラジル国内における需要者の間に広く認識されている商標と認めるに足る証拠ではない。情報網が発達し、国土の狭い日本国内においてすら、特定の地域で広告宣伝されている商品は、その地域を離れれば需要者に知られていないものがほとんどである。ましてや、ブラジル国内において需要者の間に広く認識されている商標は、限定されるものであり、この点、原告提出の証拠からは、原告が主張するブラジル国内における周知著名性が認められるものでない。
 原告は、「Dona Benta」の類似商標、及びその文字を含む図形商標について、ブラジル国において登録商標(甲3〜10)を取得しているが、そもそも登録商標を取得しているという事実は、原告商標が周知著名であるか否かという問題と無関係である。ちなみに本件商標の出願時において原告が取得していたのは、小麦、ペーストリー(ねり粉)、ベイキングパウダー(ふくらし粉)に関する甲3商標のみである。
 以上のとおり、少なくとも本件商標の出願時において、ブラジル国内で原告商標の周知著名性があったとはいえない。
(2) 不正の目的による使用の主張に対し
 被告が本件商標出願当時、原告商標を知らなかったことは前述のとおりである。原告商標に周知著名性がなかったことも前述したとおりであるが、仮にブラジル国内において一定の著名性があったとしても、日本国内において原告と異なる商品を扱う被告が、市場や取扱商品が競合しない外国で登録された商標など知り得るものではない。Aグループ代表者であるAが被告ないし被告代表者に原告及び原告商標のことを知らせた事実はなく、同代表者を通じて被告が原告商標を知ったという原告の主張は誤りである。
 法4条1項19号は、商標混同の抑止を目的とするものではなく、外国企業との代理店契約締結の強制、外国企業の著名商標へのただ乗り、商標権譲渡料目当てなどの妨害目的といった不正の目的で商標登録することを規制する規定である。そして、被告に「不正の目的」がないことは明らかである。すなわち、本件商標の登録経緯についてみると、被告は、現代表者就任後間もなく、日本国内における同業他社が被告の商品名称(本件商標以外のもの)を無断使用し始めたことを契機として、会社利益を保護するために、被告社名を含めた一連の商標登録を行っており、本件商標登録もその一環としてなされたものである。なお、被告は、前代表者の時代(平成4年ころ)から煮込料理の(冷凍)食品等に「DonaBenta」の名称を使用していたという経緯がある。そして、本件商標の出願に際しては、その可否の調査及び登録手続を専門家である弁理士に依頼して誠実に行っており(乙6〜8)、原告商標へのただ乗りの意図は全くない。
 そもそも、「Dona Benta」とは、ベンタおばさんという意味であり、著名な作家である「MONTEIRO LOBATO」の話の中に出てきた人物である。そして、1940年代にブラジル国において初めての料理本が発行されたが、その題名は上記物語の人物名を引用して「DONA BENTA」とされた(乙19)。この本は、現在に到るまで70数回も改訂版が出たベストセラーであり、多くのブラジル国人に料理の上手なおばさんというような意味で親しまれるところとなった。このように、本件商標は、ユニークな造語商標ではなく、物語の主人公や料理本の題名に端を発している言葉であり、原告商標が唯一の由来となっているものではない。被告が、「Dona Benta」という言葉を食品の商品名称として使用することは全く不自然なものではなく、その登録及び使用には「不正の目的」など全くない。
 さらに、周知著名性との関係でいえば、仮に原告商標がブラジル国内において一定の知名度があったとしても、複数の国で著名であるというほどでもない商標に関しては、本件商標の出願時において、当該主体(原告)が当該商標の下で現に日本に進出中であるか、近々日本に進出することを計画しているということを出願人(被告)が認識していない限りは、法4条1項19号に該当することはないと解する。この点、本件商標の出願時における原告の登録商標は、小麦粉、ペーストリー(ねり粉)、ベイキングパウダー(ふくらし粉)のみであったこと(甲3)、本件無効審判請求は本件商標出願(平成10年9月21日)後約6年半も経過してからされていること、これまで原告が本件商標出願時における日本進出に関する主張立証を行っていないことなどを考え合わせれば、本件商標出願時において、原告が当該商標の下で現に日本に進出中であるか、あるいは、日本に進出することを計画しているという事実がなかったことは明らかであり、周知著名性との関係においても不正の目的は認められない。
 以上のとおり、本件商標は、原告商標に由来するような造語商標ではなく、食品の名称として登録して使用することには合理性があること、本件商標登録後今日まで本件商標を使用して現に商売を行っていること、被告が原告から本件商標に関して不当な利益を得ようとするなどの不正使用の目的をうかがわせる事情は全くないことなどに照らせば、被告が本件商標を不正の目的に使用した事実など到底認められるものではない。
第4 当裁判所の判断
1 当裁判所は、法4条1項19号該当性を否定した本件審決は誤りであると判断する。その理由は、以下に述べるとおりである。
2 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)、(2)(本件商標の内容)及び(3)(審決の内容)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない(審決謄本が平成18年3月10日に原告に送達されたことは、弁論の全趣旨によりこれを認める。)。
3 本件商標の法4条1項19号該当性
(1) 原告商標の周知著名性について
ア 証拠(甲3〜10、16〜24、26、32、34、35)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告の属するジェイマセドグループは、ブラジル国において1939年(昭和14年)9月9日に創業され、その後、ブラジル国内において、小麦粉等の製粉、食品、飲料等、主として食品分野において事業を展開し、1979年(昭和54年)から、ブラジル国産ブランドの小麦粉として「Dona Benta」の商標を使用して販売を開始した。また、ジェイマセドグループは、1989年ころからはスーパーマーケットの買い物客等を対象に、「Dona Benta」の名前を付した料理教室を同国内で開設し、1990年代には、「Dona Benta」の商標を使用した製品を、ベーキングパウダー入り小麦粉、ケーキミックス、パスタ、製パン用粉に拡大した。(甲24、32、34、35)
 本件商標の出願がなされた平成10年〔1998年〕の時点で、原告は、小麦関連商品の製造販売においてブラジル国内で第2位、世界で第8位の会社であり、ブラジル国内の製パン店5万店のうち8000店が原告製品を使用している。1997年における原告の売上げは、6億米ドルであり、南米における食品産業における最も重要な50社のリストに上げられている。(甲18、32)
(イ) 原告は、1995年12月17日付けピラシカバジャーナル紙(甲15)、ブラジリアンマガジン誌1996年9月号(甲16)、ロジャス・デ・コンビニエンシア誌1998年11月号(甲21)、スーペルハイパー誌1998年11月号(甲22)、1997年付けジャーナル・ダ・パニフィカカウ紙(甲24)等の新聞や雑誌に「Dona Benta」商標を使用した広告を掲載している。
 また、アリメントスプロセサドス誌1998年5月号(甲18)には、原告を小麦関連商品の製造販売においてブラジル国内で第2位、世界で第8位の会社で、南米における食品産業における最も重要な50社のリストに挙げられたことなどを紹介する記事が、1998年9月18〜20日付けガゼットマーカンタイル紙(甲19)には、原告を1997年の売上げが合計6億4000万レアルのブラジル国最大の食品グループの一つであり、主要製品である「Dona Benta」商品は売上げの28%を占めていることなどを紹介する記事が、それぞれ掲載されている。
(ウ) なお、ジェイマセドグループは、ブラジル国内において次の登録商標を取得している。
@ 甲3商標(商標登録第006950620号)
 (商標)DONA BENTA
 (指定商品)菓子類、ベーキングパウダー及び食用粉類
 (許可日)1996年(平成8年)4月16日
A 甲4商標(商標登録第200006231号)
 (商標)DONA BENTA
 (指定商品)食用油脂、穀物(シリアル)、とうもろころし、小麦
 (出願日)1986年(昭和61年)12月11日
B 甲5商標(商標登録200006240号)
 (商標)DONA BENTA
 (指定商品)エチルエーテルエキス及び精油を除く栄養エキス、焼き木の実、米、オート麦フレーク、バニラ(香味料)、調味料、トマトソース、マスタード、香辛料、食用酢
 (出願日)1986年(昭和61年)12月11日
C 甲6商標(商標登録813145350号)
 (商標)DONA BENTA
 (指定商品)食用オリーブオイル、フレンチフィレス、野菜スープ、スープ、ココナツ油脂、マッシュルーム、コーンオイル
 (出願日)1986年(昭和61年)12月11日
D 甲7商標(商標登録第816029059号)
 (商標)DONA BENTA
 (指定役務)栄養分野における調査及び開発
 (出願日)1991年(平成3年)1月28日
E 甲8商標(商標登録第816029067号)
 (商標)DONA BENTA
 (指定商品)刃物類・食事用器具類の容器、刃物類・食事用器具類、家庭用用具及び器具
 (出願日)1991年(平成3年)1月28日
 (許可日)1996年(平成8年)4月16日
F 甲9商標(商標登録第819503835号)
 (商標) (イメージ略)
 (指定商品)食物ジェリー、加工堅果、加工ピーナッツ、乾燥ココナッツ、砂糖漬け果物、食用ジェリー、イーストエキス調味料
 (出願日)1996年(平成8年)9月30日
G 甲10商標(商標登録第800192834号)
 (商標) (イメージ略)
 (指定商品)菓子類、ベーキングパウダー及び食用粉類
 (存続期間)1994年(平成6年)3月27日より10年
イ 以上の認定事実を総合すれば、原告ないしジェイマセドグループの「Dona Benta」商標は、ブラジル国内において、1979年(昭和54年)から原告ないしジェイマセドグループの業務に係る小麦粉等の商品を表示するものとして使用されるようになり、本件商標の出願がなされた平成10年〔1998年〕の時点で、原告は、小麦関連商品の製造販売においてブラジル国内で第2位の企業となり、その間、新聞や雑誌等において「Dona Benta」商標を使用した広告も行い、その業務を紹介する記事も新聞等に掲載されていたのであるから、遅くとも本件商標の出願時(平成10年〔1998年〕9月21日)までには、ブラジル国内で需要者の間に広く認識されるようになり、その周知性は、本件商標の登録査定時(平成11年11月5日、甲2)に至るまで継続していたものと認められる。
ウ 被告は、原告が提出する証拠は、そもそも真偽不明のものがあり、頒布販売に関する事実関係も全く示されていない等と主張する。
 しかし、上記アに引用した証拠が内容虚偽のものであることを疑わせる事情は全くうかがわれない。また、これらの新聞・雑誌等の頒布販売に関する具体的事実は必ずしも明らかではないが、広告、記事自体の体裁や、原告が小麦関連商品の製造販売においてブラジル国内で第2位の企業であること等にかんがみれば、ブラジル国内の広い範囲にわたって原告の広告がなされ、紹介等もなされてきたことが推認される。
 したがって、被告の指摘する点は原告商標の上記周知性の認定を妨げるものということはできない。
(2) 商標の類否について
 本件商標は「DonaBenta」から成るものであるのに対し、原告商標は「Dona Benta」の文字から成る商標であり、これらは、構成する欧文字に相応していずれも「ドナベンタ」の称呼を生じる。
 そして、本件商標と原告商標は、「Dona」と「Benta」の間に1字分のスペースを置くか否かの相違にすぎず、構成する欧文字は共通であるから、外観においても類似する。
 なお、「Dona Benta」は、ブラジル国においてはポルトガル語で「ベンタおばさん」という意味であり、同名の料理の本の題名として知られていることが認められるが(乙1、2、6の1)、ポルトガル語についてなじみの薄い我が国においてそのように認識されると認めるに足る証拠はなく、「DonaBenta」ないし「Dona Benta」から、特定の観念が生じるものとは認められない。
 以上によれば、本件商標と原告商標は、称呼が同一であり、外観も類似するものであるから、本件商標は、原告商標に類似する商標と認められる。
(3) 不正の目的による使用について
ア 証拠(甲12、甲29、乙4、9、11、17、18。枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる
(ア) 被告は、神奈川県綾瀬市に事務所を置き、食品の製造販売等を業とする株式会社であり、被告旧会社を組織変更し設立したものであるが、食肉加工品、菓子類、パスタ、豆類、小麦粉等の食材を、主としてブラジル国食材専門店に対し販売している(以下、被告及び被告旧会社を単に「被告」という。)。
(イ) 被告のインターネット・ホームページ広告(甲12)には、「当社は、日本で働く日系ブラジル人向けに、食肉加工品などの食材を作り続けて10年の実績を持っております」(1/2頁第1段落)、「DONA BENTA(ドナ・ベンタ):フェイジョアーダ、ハバーダ、スープなどブラジルの懐かしい煮込み料理をレトルトでブラジルのフォルクローレに登場する「ドナ・ベンタ」という料理のとても上手なおばさんをイメージして開発いたしました。…」(同頁第4段落)などと記載されている。
 また、被告の2005年4月版商品価格表(日本語)(甲29の5、乙4)のDonaBentaに関する説明(甲29の5の8枚目)には、「ブラジルの有名なレシピ本に「ベンタおばさんの料理」があります。そこで紹介されているのは、ブラジルの家庭で母親が娘に教えている、当たり前のブラジル料理。ラテン大和は、飾り気のない素朴なブラジル家庭料理を再現した商品をシリーズ展開しています」と記載され、「DonaBenta」の商標を使用したブラジル国料理の商品が多数掲載されている。
(ウ) 被告には、本願の出願(平成10年9月21日)前からブラジル国内の食品に関する事情に接している日系ブラジル国人の従業員が在籍している。
(エ) 被告は、平成10年9月21日、本件商標について登録出願(甲29の10、乙9)し、平成11年9月28日付け手続補正書(甲29の15、乙14)により指定商品の表示を一部補正し、平成11年11月5日付け登録査定(甲29の12、乙11)を経て、平成11年12月10日に設定登録(甲29の18、乙17)を受けた。
イ(ア) 原告の「Dona Benta」商標がブラジル国内において遅くとも本件商標の出願時(平成10年〔1998年〕9月21日)までには需要者の間に広く認識されていたものと認められることは上記(1)のとおりであるところ、上記アに認定したところによれば、被告は日本在住の日系ブラジル国人向けのブラジル国食品を製造販売していたものであり、上記出願時より前からブラジル国内の食品に関する事情に接している日系ブラジル国人の従業員が在籍していたのであるから、被告は、上記出願当時、「Dona Benta」が原告の業務に係る商品を表示する商標であることを認識していたものと認めるのが相当である。そして、被告が本件商標を使用する商品の主な需要者は、在日の日系ブラジル国人であり、原告商標の上記周知性にかんがみると、これらの需要者の多くは、原告ないしジェイマセドグループの業務に係る商品表示として原告商標を認識していること、及び、本件商標の出願当時、被告においてもこのことは認識していたものと推認される。
 そうすると、それにもかかわらず被告において、原告商標と極めて類似する本件商標をあえて採用し、登録出願したのは、ブラジル国において広く認識されている原告商標の名声に便乗する不正の目的をもってしたものと認めるのが相当である。
 被告従業員B作成の平成17年4月6日付け陳述書(甲29の2、乙1)には、「1 私は、日系ブラジル人で、株式会社ラテン大和の従業員です。平成10年2月に入社し、…現在マーケティング部の部長として食品の商品開発を行っています。仕事でブラジル国内の食品に関する情報にも接しております。2 ラテン大和で、1998年に「Dona Benta」という商標権を取得してレトルト食品に使用していますが、当時、ブラジルで「Dona Benta」という名称の商品があったことは知りませんでした…」と記載されているが、同陳述書は、被告の従業員が本件無効審判の証拠として提出するために作成されたものであり、本件商標の出願がなされた平成10年〔1998年〕9月の時点で、原告が小麦関連商品の製造販売においてブラジル国内で第2位、世界で第8位の会社であり、南米における食品産業における最も重要な50社のリストに挙げられていたことに照らすと、「当時、ブラジルで「Dona Benta」という名称の商品があったことは知りませんでした」との記載部分は、にわかに措信し難い。
(イ) また、被告は、「Dona Benta」とは、ベンタおばさんという意味で、著名な作家である「MONTEIRO LOBATO」の話の中に出てきた人物であり、ブラジル国おけるベストセラーの料理本(甲29の20、乙19)の題名も「DONA BENTA」であるから、「Dona Benta」は、原告商標が唯一の由来となっているものではなく、被告が本件商標を使用することは全く不自然なものではないと主張する。
 確かに、証拠(甲29の7、20〜22、乙6の1、乙19〜21)によれば、「Dona Benta」とは、ブラジル国では「ベンタおばさん」の意味であり、ブラジル国で1940年に初版が発行された料理本の書名は「DONA BENNTA」であり、これまで100万部以上が出版されているベストセラーであることが認められる。そして、上記(3)イのとおり、被告のインターネット・ホームページ広告(甲12)に「DONA BENTA(ドナ・ベンタ):フェイジョアーダ、ハバーダ、スープなどブラジルの懐かしい煮込み料理をレトルトでブラジルのフォルクローレに登場する「ドナ・ベンタ」という料理のとても上手なおばさんをイメージして開発いたしました。…」(1/2頁第4段落)、2005年4月版商品価格表(日本語)(甲29の5、乙4)のDonaBentaに関する説明(甲29の5の8枚目)に「ブラジルの有名なレシピ本に「ベンタおばさんの料理」があります。そこで紹介されているのは、ブラジルの家庭で母親が娘に教えている、当たり前のブラジル料理。ラテン大和は、飾り気のない素朴なブラジル家庭料理を再現した商品をシリーズ展開しています」と記載されていることなどに照らせば、上記料理本の書名「DONA BENNTA」も、被告が本件商標を採用した理由の一つになっていることは否定できないかもしれない。
 しかし、被告は、前記のとおり、本件商標の出願当時、「DonaBenta」が原告の業務に係る商品を表示する商標であることをも認識していたと認められるのであるから、被告が本件商標を採用した理由の一つに上記料理本の存在があるとしても、本件弁論に顕出された一切の事情を考慮すると、このことが、原告商標の名声に便乗する不正の目的をもって本件商標を採用したとの上記認定を妨げるものということはできない。
(ウ) 被告は、本件商標の出願に際しては、その可否の調査及び登録手続を専門家である弁理士に依頼して誠実に行っており(乙6の1、2、乙7、8)、原告商標へのただ乗りの意図は全くないとも主張する。
 しかし、被告が引用する上記乙6の1、2(被告がC国際特許事務所に送信した平成10年9月7日付けファックス送信書)、乙7、8(商標調査報告書)によれば、被告は、本件商標の出願に際し、C国際特許事務所に依頼して、我が国内における「Dona Benta」に類似する商標の有無を調査したことが認められるが、原告商標はブラジル国において広く知られている商標であるものの我が国では商標登録されていないのであるから、被告が上記調査をしたとの事実は、被告が原告商標の名声に便乗する不正の目的をもって本件商標を採用したとの上記認定を何ら左右しない。
(エ) さらに、被告は、仮に原告商標がブラジル国内において一定の知名度があったとしても、複数の国で著名であるいうほどでもない商標に関しては、本件商標の出願時において、当該主体(原告)が当該商標の下で現に日本に進出中であるか、近々日本に進出することを計画しているということを出願人(被告旧会社)が認識していない限りは、法4条1項19号に該当することはないと主張する。
 しかし、法4条1項19号の「不正の目的」とは、同号括弧書きにあるように、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正な目的をいうのであり、これを被告主張のように限定して介さなければならない理由はない。そして、被告は、原告商標の名声に便乗する目的をもって本件商標を採用したことは上記認定のとおりであるところ、これが不正の利益を得る目的に該当することは明らかというべきであるから、被告の上記主張は採用できない。
(4) 小括
 以上に検討したところによれば、原告商標は、本件商標の出願時(平成10年〔1998年〕9月21日)及び登録査定時(平成11年11月5日、甲2)において原告の業務に係る商品を表示するものとしてブラジル国内で需要者の間に広く認識されていたものであるところ、本件商標は、原告商標と類似の商標であって、かつ、被告は、ブラジル国において広く認識されている原告商標の名声に便乗する不正の目的をもって本件商標を取得し使用をするものと認められる。
 したがって、本件商標は、法4条1項19号に違反するものといわなければならない。
4 結論
 そうすると、本件商標の法4条1項19号該当性を否定した審決の認定判断は誤りであり、審決は取り消しを免れない。
 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官 中野哲弘
 裁判官 岡本岳
 裁判官 今井弘晃
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