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【事件名】類似「正露丸」販売事件
【年月日】平成18年7月27日
 大阪地裁 平成17年(ワ)第11663号 不正競争行為差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成18年6月1日)

判決
原告 大幸薬品株式会社
訴訟代理人弁護士 三山峻司
同 西迫文夫
同 井上周一
同 金尾基樹
被告 和泉薬品工業株式会社
訴訟代理人弁護士 谷口達吉
同 向井理佳
同 瀧澤崇
補佐人弁理士 藤本昇
同 石川克司


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、胃腸薬(止瀉薬)につき、別紙被告製品目録1ないし3記載の包装を使用してはならず、又は同包装を使用した胃腸薬を製造販売し若しくは販売のために展示してはならない。
2 被告は、胃腸薬(止瀉薬)につき、別紙被告標章目録1記載の表示を使用し、又は同表示を使用した胃腸薬を製造販売し若しくは販売のために展示してはならない。
3 被告は、胃腸薬(止瀉薬)につき、別紙被告標章目録2記載の表示を使用し、又は同表示を使用した胃腸薬を製造販売し若しくは販売のために展示してはならない。
4 被告は、別紙被告製品目録1ないし3記載の包装を廃棄せよ。
5 被告は、別紙被告標章目録1又は2記載の表示を表した包装を廃棄せよ。
6 被告は、原告に対し、6399万円及びこれに対する平成17年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、
@ いずれも原告が製造販売する胃腸薬(止瀉薬)の商品表示として著名であり、又は周知性を取得している包装全体の表示態様及びそのうちの「正露丸」「SEIROGAN」の各表示と類似する包装全体の表示態様及び「正露丸」「SEIROGAN」の各表示をその製造販売する胃腸薬(止瀉薬)の包装に使用し、同包装を使用した胃腸薬(止瀉薬)を製造販売している被告の行為が、不正競争防止法2条1項2号又は1号の不正競争に当たると主張して、同法3条に基づき、被告に対し、上記表示態様及び各表示の使用及びこれらを使用した胃腸薬(止瀉薬)の製造販売の差止め及び同表示等を付した包装の廃棄を求めるとともに、同法4条に基づく損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)を請求し、
A クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬に「正露丸」「SEIROGAN」の各表示を使用し、同表示を使用した胃腸薬(止瀉薬)を製造販売している被告の行為が、原告の有する後記商標権を侵害すると主張して、商標法36条に基づき、上記各表示の使用及びこれらを使用した胃腸薬(止瀉薬)の製造販売の差止め及び同表示を付した包装の廃棄を求めるとともに、商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)を請求した事案である。
1 争いのない事実等
 以下の事実は、末尾に証拠を掲記したものを除き、当事者間に争いがない。
(1) 当事者
ア 原告は、一般医薬品の製造販売等を目的とする株式会社である(甲1)。
イ 被告は、医薬品の製造、マーケットの経営等を目的とする株式会社である。
(2  原告製品の表示
 原告は、クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬(以下「本件医薬品」という。)につき、100粒入り、200粒入り、400粒入りの3種類の製品(以下、併せて「原告製品」という。)を製造販売している。原告製品は、いずれも直方体箱入り瓶詰めタイプで、原告製品の包装箱の表示態様(以下「原告表示1」という。)は、別紙原告製品目録1ないし3記載のとおりである。原告表示1には、別紙原告標章目録1、2記載の各表示(以下、併せて「原告表示2」という。)が付されている。
(3) 原告の商標権
 原告は、別紙原告商標目録1、2記載の各登録商標(以下、「本件商標1」、「本件商標2」といい、併せて「本件商標」という。)の商標権者である(以下、本件商標に係る原告の商標権を「本件商標権」という。)。本件商標は、いずれも本件医薬品(第1類「クレオソートを主剤とする胃腸用丸薬」)を指定商品として、昭和27年1月11日に登録出願され、昭和34年12月16日に登録されたものである。
(4) 被告の行為
 被告は、130粒入り、260粒入り、550粒入りの3種類の本件医薬品(以下、併せて「被告製品」という。)を製造販売している。被告製品は、いずれも直方体箱入り瓶詰めタイプで、被告製品の包装箱の表示態様(以下「被告表示1」という。)は、別紙被告製品目録1ないし3記載のとおりである。被告表示1には、別紙被告標章目録1、2記載の各表示(以下、併せて「被告表示2」又は「被告標章」といい、個別に指称するときは、「被告標章1」、「被告標章2」という。)が付されているほか、次のような構成を有する。
ア 包装箱全体の色は橙色地を背景としていて、
イ 正面には、中央部に被告表示2の「正露丸」の文字(被告標章1)が赤色、縦書きで大書され、その上方に同文字と同じ赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色で瓢箪の図形が描かれ、正面右下に瓢箪の図柄が描かれ、正面の四辺に沿って黒色の縁模様(房模様)がめぐらされている。
ウ 背面には、中央部に被告表示2の「SEIROGAN」の文字(被告標章2)が赤色、横書きで大書され、その上方に同文字と同じ赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色で瓢箪の図形が描かれ、背面右下に瓢箪の図柄が黒色で描かれ、背面の四辺に沿って黒色の縁模様(房模様)がめぐらされている。
エ 上面には、中央部に正面と背面とに描かれたのと同様の赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色で瓢箪の図形が描かれている。
オ 左右側面には、いずれも「効能又は効果」、「用法及び用量」、「成分及び分量」等が、左側面は日本語で、右側面は英語で表記されている。
2 争点
(1) 被告表示1の使用及びこれを使用した被告製品の販売は、不正競争防止法2条1項2号又は1号所定の不正競争行為に該当するか。
ア 原告表示1は、上記各号所定の「商品等表示」に該当するか。
イ 原告表示1は、著名性(2号)又は周知性(1号)を有するか。
ウ 被告表示1は、原告表示1と類似するか。
エ 被告製品を原告製品と誤認混同するおそれがあるか(1号)。
(2) 被告表示2の使用及びこれを使用した被告製品の販売は、不正競争防止法2条1項2号又は1号所定の不正競争行為に該当するか。
ア 原告表示2は、上記各号所定の「商品等表示」に該当するか。
イ 原告表示2は、著名性(2号)又は周知性(1号)を有するか。
ウ 被告表示2は、原告表示2と類似するか。
エ 被告製品を原告製品と誤認混同するおそれがあるか(1号)。
(3) 被告標章の使用及びこれを使用した被告製品の販売は、本件商標権の侵害に当たるか。
ア 被告標章は、本件商標と類似するか。
イ 被告標章には本件商標権の効力は及ばないか(商標法26条1項2号)。
ウ 本件商標登録は商標登録無効審判により無効にされるべきものであって、その権利行使が許されないものであるか(商標法39条、特許法104条の3第1項)。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)ア(原告表示1の「商品等表示」性)及び争点(1)イ(原告表示1の
著名性・周知性)について
【原告の主張】
ア 原告は、古くから「正露丸」あるいは「SEIROGAN」の名称を使用した胃腸薬(止瀉薬)を製造販売し、全国の都道府県に代理店をおいてその販売に努め、昭和29年以降昭和30年代前半には、年間約2000万円の宣伝広告費を投じて宣伝広告をした結果、原告の製造販売に係る上記胃腸薬は、本件医薬品に対する需要の約90%を占めるまでに至った。
 その後、原告は、遅くとも昭和52年から今日まで30年近くにわたり、原告表示1に係る包装箱を使用して原告製品を販売してきた。この間、原告は、多額の費用を投じて原告製品の宣伝広告活動を行い、その額は、平成8年度から平成17年度までの最近10年間に限ってみても、約60億円に上る。原告製品の売行きは好調で、その販売実績は、平成7年度から平成16年度までの最近10年間の国内での販売実績だけについてみても、約284億9334万円(約4154万箱)に上る。
 このような宣伝広告活動と販売実績により、原告表示1は、原告製品を示す商品表示として著名性・周知性を獲得するに至っている。
イ 被告は、多数の業者が同様又は類似の包装箱を用いて「正露丸」を販売している実情があるとして、原告表示1は「商品等表示」に当たらないと主張するが、出所表示機能とは、取引の現場において、需要者が当該商品表示により商品の出所を識別し得ることをいい、原告表示1は、原告製品を表示し、他社製品と区別するために製作されたものであるから、仮に、他社製品が複数存在するとしても、そのことにより原告製品の出所表示機能が失われることはない。
 被告は、原告表示1の個別の要素について他社製品との異同を指摘するが、原告表示1は、そのものの有様全体が商品表示であり、個別の要素を有機的に構成した全体が大切であって、個別の構成要素を分断して個々の要素にのみ目を奪われるべきではない。
【被告の主張】
ア 「正露丸」が取引される市場においては、多数の業者が同様又は類似の包装箱を用いて「正露丸」を販売している実情があり、原告表示1は、これを包装箱全体としてみれば、文字、周縁の文様の表示、配色、配置等において、他社の包装箱と比べて特に特徴があるとはいえない。
 したがって、包装箱全体としての原告表示1は、出所表示機能を有するものではなく、不正競争防止法2条1項1号、2号所定の「商品等表示」には当たらない。
 原告表示1において出所表示機能を有するのは、ラッパの図柄と原告の社名を表示した部分である。そのことは、原告の新聞広告において、原告製品の包装箱や商品の瓶の写真とは別にラッパのマークが表示されていること、平成11年10月頃までの新聞広告には「ラッパのマークの正露丸とご指定ください」とのコピーも記載されていることや、原告のテレビコマーシャル・ラジオコマーシャルにおいても「ラッパのマーク」を強調している点からも明らかである。原告は、包装箱の一部分が持つ出所表示機能を包装箱全体の出所表示機能であると主張しているにすぎない。
イ 原告は、原告表示1を長年使用し、大量の宣伝広告をすることによって、原告表示1が識別力を具えている旨主張するが、ありふれた商品表示をいかに強力に宣伝広告し、多額の売上げがあったとしても、そのことによって使用による識別力(セカンダリーミーニング)を獲得できるわけではない。
 不正競争防止法19条1項1号は、慣用表示を普通に用いられる方法で使用する行為を適用除外とする旨定めているが、それは、長年の商取引の実情を考慮して取引上の便宜を各自に確保する必要性や競争条件の平等化という公益に照らすとき、慣用表示の普通使用は許容されてしかるべき行為だからである。本件における正露丸各社が使用している包装箱は慣用表示であるとはいえないが、その使用による公益を販売各社に認めるべきという点においては、同条項の趣旨と同じであって、原告一社による独占が認められるべきではない。
ウ 以上のとおり、原告表示1が出所表示機能を有しないものである以上、原告表示1が原告製品を指標する表示として著名性・周知性を獲得することはない。
(2) 争点(1)ウ(原告表示1と被告表示1との類似性)について
【原告の主張】
ア 不正競争防止法2条1項2号所定の類似性は、容易に著名表示を想起させるほど似ているか否かという観点から、1号所定の類似性は、混同のおそれがあるか否かという観点から、離隔観察の方法により、全体観察をして行う。原告表示1と被告表示1は、次の点において近似しており、その類似性は明らかである。
(ア) 包装箱はいずれも直方体であり、包装箱全体の地色は橙色であること。
(イ) 正面には、中央部に縦書きで赤字の特別な書体で「正露丸」の文字が大書され、同文字の上方に同文字と同じ赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色で図形が描かれ、上記「正露丸」の文字と二重円全体を囲むように周縁に黒色の房がめぐらされ、右下に図形が黒色で表されていること。
(ウ) 背面には、中央部に赤字で横書きの欧文字で「SEIROGAN」の文字が大書され、同文字の上方に同文字と同じ赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色で図形が描かれ、上記「SEIROGAN」の文字と二重円全体を囲むように周縁に黒色の房がめぐらされ、右下に図形が黒色で表されていること。
(エ) 平面には、中央部に正面と背面とに描かれたのと同様の赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色で図形が表されていること。
(オ) 左右側面には、いずれも「効能又は効果」、「用法及び用量」、「成分及び分量」等が表現されており、これら表現は、左側面は日本語で、右側面は英語で表記されていること。
(カ) 上記の各構成要素の全体における配置・配列が酷似していること。
(キ) 構成色として使用されている色彩は、地色は橙色で、文字表示は赤・黒色に限定されていること。
イ 被告は、被告製品について他に独自の商品表示を採択する余地が十分あるにもかかわらず、あえて上記のように原告の著名表示と多数の点で近似する態様の表示を選定しているのであり、被告にすり寄り行為(接近行為)の意図が存することは明らかである。また、被告製品はロートエキスを相当量含有しており、緑内障、排尿困難、心臓病等の患者には症状を悪化させる可能性がある。そのため被告製品を原告製品と誤認混同した消費者が有害事象の発生を惹き起こすおそれさえ現実に存在し、原告には単なる経済的損害では回復できない信頼破壊や信用毀損を生じる(なお、ロートエキス含有の正露丸を原告製品と誤って購入し服用した結果、これを原告製品と誤解した医師から有害事象として原告に報告がなされた事例があった。その後、常磐薬品工業株式会社の製品であることが判明し、原告の申入れによって同社は同社製の「正露丸」の販売を中止することを決定している。)。しかも、同一製品間におけるただ乗りによる著名表示者の受ける損害は、異なる製品間における場合より、より直截的な損害をもたらすものであり、悪質である。不正競争防止法2条1項2号は、本件事例の如きただ乗り行為もその規制対象とするものである。
 不正競争防止法2条1項1号における類似性は、混同のおそれがあるほど似ていると解され、類似判断は取引の実情に基づいて判断される。本件においては、原告と被告は、共に医薬品の製造販売業を営む同業者であり、原告製品と被告製品は、胃腸薬・止瀉薬という分野で共通しており、販路と陳列態様を共通にし、陳列場所も同じような場所に置かれ、購入する消費者を共通にし、その購買行動も同一である。
【被告の主張】
 「正露丸」を販売している各社の包装箱の表示態様は、たとえば正面についていえば、橙色の地色で、中央部に大きく赤字で縦書きに「正露丸」の文字を太書きし、その上方に赤色で図形を表示し、これら「正露丸」の文字と図形の外周に正面四辺に沿って黒色の縁模様を表しているという特徴を有しており、「正露丸」の需要者は、「○○マークのセイロガン」又は「○○マーク」と称して各社の独自性が表れた図形部分に着目して各社の製品を識別している。したがって、原告表示1と被告表示1の類否判断においても、上記のようなありふれた特徴を有する包装箱全体を対比するのではなく、需要者が商品の識別をする際に着目するマークにポイントをおいて対比しなければならない。
 そうすると、原告表示1について需要者が着目するマークは「ラッパのマーク」であるのに対し、被告表示1について需要者が着目するのは「瓢箪マーク」であって、両者の外観、観念及び称呼は全く異なる。
 したがって、原告表示1と被告表示1が類似することはあり得ない。
(3) 争点(2)ア(原告表示2の「商品等表示」性)及び争点(2)イ(原告表示2の著名性・周知性)について
【原告の主張】
ア 原告表示2は、原告表示1に表されており、原告製品を示す商品表示として著名性・周知性を有するものであることは、前記(1)の【原告の主張】アのとおりである。
イ 被告主張の審決及び判決は、本件商標の登録査定時である昭和29年10月時点における登録要件についての判断であって、同時点から今日までの50年以上の状況については何ら判断していない。今日では、「正露丸」が本件医薬品の普通名称であるという一般的な知識を消費者がどれほど有しているかさえ明らかではない。
ウ 被告主張の審決及び判決の後に言渡しのあった東京地方裁判所昭和40年10月5日判決は、昭和29年から昭和40年までの11年間の取引実情を踏まえて、「正露丸」は、本件医薬品の普通名称であるとはいえず、また、本件医薬品につき慣用的に使用されている商標ともいえないと判示している。
エ 被告は、「正露丸」は現在まで多数の業者によって本件医薬品の名称として使用されていると主張するが、報告書(甲57)にあるとおり、被告が乙第2号証で指摘した他社製品は、シェア上は実績が全く出てこない製品が多く、その他の製品の市場占有率も微々たるものがほとんどである。このように、原告製品以外の本件医薬品の大半は一般消費者の人目につくことが少なく、多くの需要者が原告表示1以外の他社製品の商品表示の存在すら認知していない以上、これらの使用が商標の普通名称化を招来するものであるとは到底いえない。
オ 現今の状況は、原告製品が圧倒的なシェアを誇り、原告による宣伝広告の持続的努力もあって、86%の者が特定の会社の商品名として認識しているというアンケート調査の結果もあること、これに加えて、被告による類似性のより強い原告製品への接近、原告製品と被告製品との誤認混同事例の発生、競業業者の減少などといった事情も存することからすると、「正露丸」の自他識別力は強化されこそすれ、出所表示機能がないなどということはできない。また、「SEIROGAN」については、無効審判の対象になっておらず、「征露丸」に由来するものでもないため、「正露丸」以上に自他識別力を有することは明らかである。
【被告の主張】
ア 「正露丸」は、本件医薬品の普通名称である。「正露丸」が普通名称であることは、原告を当事者とした商標登録無効審判についての審決取消訴訟の判決(東京高等裁判所昭和46年9月3日判決、その上告審である最高裁判所昭和49年3月5日第三小法廷判決)で判示され、昭和22年ころから本件医薬品の多数の製造販売業者が「何々正露丸」の名称を用いていたことが認定されている。そして、「正露丸」は、その後も現在に至るまで多数の業者によって本件医薬品の商品表示として用いられており、一般消費者においても、「正露丸」が原告の商品表示であるとの認識を持ち得ない以上、原告が「正露丸」の使用を継続し、宣伝をしたからといって、「正露丸」が原告の商品を識別する機能を獲得することはない。
 原告の提出した報告書(甲57)は、店頭販売実績額を基準とした「額」の比較であって「数量」の比較ではない。市場において原告製品は他社製品の約2、3倍の価格で販売されており、販売量の面における原告製品のシェアは60%以下であると推測される。多くの薬店においては、原告製品と他の1種類の正露丸という形態で、並列的に価格表示をして販売されているので、消費者は値段の安い「他社製」の「正露丸」を「それと知って」購入しているのが事実である。原告製品以外の「正露丸」の販売数量は決して微々たるものではない。
 したがって、原告表示2の「正露丸」は、出所識別機能を有することはない。
イ 原告表示2の「SEIROGAN」は、「正露丸」を単に欧文字で表したにすぎず、多数の他業者によって使用されていることは「正露丸」と同様であるから、これもまた、本件医薬品の普通名称であることは明らかである。
ウ したがって、原告表示2は、いずれも出所表示機能を有するものではなく、不正競争防止法2条1項1号、2号所定の「商品等表示」には当たらない。
エ そうである以上、原告表示2が原告製品を指標する表示として著名性・周知性を獲得することはない。
(4) 争点(2)ウ(原告表示2と被告表示2との類似性)について
【原告の主張】
 原告表示2と被告表示2は、次の点において近似しており、その類似性は明らかである。
ア 「正露丸」の文字については、酷似した書体で同一の赤色で「正露丸」と表されてその構成色彩が極めて良く似ていること。
イ 「SEIROGAN」の文字についても、同一の書体で同一の赤色で「SEIROGAN」と表されてその構成色彩が極めて良く似ていること。
ウ 「正露丸」及び「SEIROGAN」は、いずれも「セイロガン」と称呼され、音は同一であること。
【被告の主張】
 「正露丸」及び「SEIROGAN」は、いずれも普通名称であるから、原告表示2と被告表示2を対比することは、普通名称を対比することに他ならず、ナンセンスである。
(5) 争点(1)エ及び争点(2)エ(原告製品と被告製品との誤認混同のおそれ)について
【原告の主張】
 誤認混同のおそれは、商品の同種性と表示の近似性が強いほどその危険が強く、表示の周知性の滲透度の強いときには一層その危険が高くなる。
 原告製品と被告製品は、共にクレオソートを含有する胃腸用丸薬であり、同一の商品である。原告表示1、2と被告表示1、2が酷似していることは、前記(2)、(4)の【原告の主張】のとおりであり、原告表示1、2の周知性の滲透度については、前記(1)の【原告の主張】アのとおりである。
 以上のとおり、原告製品と被告製品の間には誤認混同のおそれがある。また、現実にも誤認混同事例が多数発生している。被告製品には、原告製品には含まれていないロートエキスが相当量含有されているため、原告製品と被告製品の誤認混同は、直ちにこのような品質上の取り違いに直結し、その取り違いは、消費者の健康や安全に大きな影響を与える健康被害に直結する問題であることが十分認識されるべきである。
【被告の主張】
 原告表示1、2に出所識別機能がない以上、原告表示1、2と被告表示1、2が類似するということもなく、原告製品と被告製品との誤認混同のおそれを問題とする余地はない。
(6) 争点(3)ア(本件商標と被告標章との類似性)について
【原告の主張】
ア 本件商標1と被告標章1は、漢字「正露丸」の3文字及び縦書きにおいて共通し、外観・称呼において類似している。
イ 本件商標2と被告標章2は、欧文字の書体において僅かに相違があるものの、「SEIROGAN」の欧文字である点及び横書きである点において共通し、外観・称呼において類似している。
【被告の主張】
ア 被告の標章は、「正露丸」及び「SEIROGAN」ではなく、「イヅミ正露丸」及び「IDUMI SEIROGAN」である。
イ 本件商標と被告標章は、字体が異なっている。
(7) 争点(3)イ(商標権の効力制限)について
【被告の主張】
 「正露丸」及び「SEIROGAN」は、本件医薬品の普通名称である。
 被告標章1は、商品「正露丸」の包装箱正面に普通の書体で漢字「正露丸」を縦書きしたものであり、被告標章2は、同じく包装箱背面に普通の態様で欧文字「SEIROGAN」を横書きしたものである。
 そうすると、被告標章は、いずれも本件医薬品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したものにすぎない。
 したがって、本件商標権の効力は、被告標章には及ばない(商標法26条1項2号)。
【原告の主張】
 争う。
 「正露丸」が自他商品識別力を有するか否かの判断においては、本件医薬品の購入者である「消費者」が判断主体に含まれるし、現時点における商標権侵害が問題とされているのであるから、「現時点」における自他商品識別力の有無を判断することになる。仮に「正露丸」が普通名称であっても、市場の状況によっては特別顕著性を獲得することはあり得る。
 本件商標1(「正露丸」)は昭和34年に登録(昭和27年出願)され、原告は、その後の宣伝広告においても、常に「正露丸は大幸薬品の登録商標です」と告知し、「正露丸」の表記の近くには<R>表示を付すなどブランドの浸透に努めてきた。また、「正露丸」はブランドとして、日本商標名鑑や日本有名商標集にも掲載されているのに対し、わが国の主だった代表的な国語辞典には収載・登載されておらず、一般名詞ではない。
 本件商標2(「SEIROGAN」)を付した商品は外国でも販売されており、諸外国では「SEIROGAN」の方が認識され易いことも多いため、原告は、欧文字「SEIROGAN」の宣伝広告にも努めている。「SEIROGAN」は、それのみで独自に識別力を発揮する。
 したがって、本件においても、被告主張の判決があるとの一事をもって、本件商標1及び2が現在においても自他識別力のない標章にすぎないと断定されるべきではない。
(8) 争点(3)ウ(商標無効)
【被告の主張】
 本件商標は、本件医薬品の普通名称を普通の態様で表示したものにすぎず、出所表示機能を有しないものであって、大正10年4月30日法律第99号商標法改正法1条2項に規定する要件を具備せず、同法16条1項1号により無効にすべきものである。
 したがって、本件商標は、商標登録無効審判により無効とされるべきものであるから、原告は、本件商標権を行使することはできない(商標法39条、特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
 争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)ア(原告表示1の「商品等表示」性)、争点(1)ウ(原告表示1と被告表示1との類似性)及び争点(1)エ(原告製品と被告製品との誤認混同のおそれ)について
(1) まず、原告表示1(原告製品の包装箱の表示態様)が不正競争防止法2条1項1号、2号所定の「商品等表示」に該当するか否かについて検討する。
 前記争いのない事実に加え、証拠(甲4ないし6の各1〜3、8、9、22ないし25、57の1・2、66、67)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、昭和29年以前から「正露丸」の名称を使用して本件医薬品の製造販売を行っており、遅くとも昭和52年には原告表示1の使用を開始し、以後一貫して原告表示1を使用している。
イ 原告表示1の表示態様は、次のとおりである(なお、原告は、原告の会社名を除外して原告表示1を特定している。)。
(ア) 包装箱は直方体で、全体の背景色は橙色である。
(イ) 正面には、中央部に原告表示2の「正露丸」の文字が赤色、縦書きで大書され、その右肩に比較的小さな文字で「胃腸薬」と表示され、上記「正露丸」の文字の上方に赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色でラッパの図形が描かれ、同図形の左右上方にそれぞれ比較的小さな黒色文字で「登録」「商標」と、正面左下に原告の社名及び所在地が比較的小さな黒色文字で表示され、右下にラッパの図柄が黒色で描かれ、四辺に沿って黒色の紐様の縁模様がめぐらされている。
(ウ) 背面には、中央部に原告表示2の「SEIROGAN」の文字が赤色、横書きで記載され、その上方に赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色でラッパの図形が描かれ、同図形の左右上方にそれぞれ比較的小さな黒色文字で「TRADE」「MARK」と表示され、上記「SEIROGAN」の文字の下に黒色欧文字で成分及び分量等が英語表示されている。右下にラッパの図柄が黒色で描かれ、四辺に沿って黒色の紐様の縁模様がめぐらされている。
(エ) 上面には、中央部に正面と背面に描かれたのと同様の赤色の同心で外円が太く内円が細い二重円の中に白地に赤色でラッパの図形が描かれ、その下にゴシック体の黒文字で「登録商標」と、その下に原告表示2の「正露丸」の文字が赤色、横書きで記載されている。
(オ) 左右側面には、いずれも「効能又は効果」、「用法及び用量」等が、左側面は日本語で、右側面は英語で表記されて、その周りを南天の葉が付いた蔓様の細線で囲うように表示されている。
ウ 平成7年11月から平成16年10月までの間の原告製品の売上金額は合計約284億9334万円であり、売上数量は約4154万個であった。
エ 株式会社インテージSDI−POSデータによる調査結果をベースにして作成された報告書(甲57の1・2)によると、平成17年12月1日から同月31日までの1か月間における原告製品の売上金額と被告が乙第2号証で指摘した他社製品の売上金額とを基にして算出した原告製品の本件医薬品市場におけるシェアは、約81.34%であった。
オ 原告が平成7年11月から平成17年3月までの間に原告製品について投入した新聞、テレビ、ラジオ等による宣伝広告費用は、合計約60億円であった。
カ 原告は、「正露丸」の名称で本件医薬品を販売していた常磐薬品工業株式会社に対し、平成17年7月22日付けで、同社の製品を原告製品と誤認混同した顧客から多数の苦情が寄せられているとして、同社の「正露丸」の販売を中止するか原告製品と区別できるような商品デザインにするよう求める旨の通知を発したところ、同社から原告の要求に沿い、向こう1年を目処に自社の「正露丸」の製造販売を中止し、原告の「正露丸」を取り扱うことを希望する趣旨の回答を得た。
(2) 他方、証拠(甲7の1・2、26の1の1〜33、26の2の1〜15、26の3の1〜59、26の4の1〜5、乙1の1〜6、2、12ないし14、16の2〜4、22の2〜5・7・9・13、23)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 「正露丸」あるいは「SEIROGAN」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている業者は、現在、原被告の他にも少なくとも10社以上存在し(以下、本件医薬品を製造販売する原告以外の業者を単に「他社」ともいい、その製造販売に係る本件医薬品を「他社製品」という。)、その包装箱の表示態様は、遅くとも昭和30年ころから、一部の例外を除き、概ね原告表示1と共通する次のような特徴を備えている。すなわち、
(ア) 包装箱はいずれも直方体で、包装箱全体の地色が橙色であること。
(イ) 正面には、中央部に「正露丸」の文字が赤色、縦書きで大書され、その上方に同文字と同じ赤色を用いて(黒色のものもある。)何らかの図形が描かれ、上記「正露丸」の文字のやや右上方に「胃腸薬」「止瀉薬」「保健常備薬」等の文字が黒色で表示され、正面の四辺に沿って黒色の縁模様がめぐらされていること。
(ウ) 背面には、「SEIROGAN」の文字が赤色、横書きで記載され、その上方に正面に描かれた図形と同一の図形が描かれ、背面の四辺に沿って(背面上部のものもある。)黒色の縁模様がめぐらされていること。
(エ) 上面には、中央部に正面に描かれた図形と同一の図形が描かれ、その下又は上に「正露丸」の文字が赤色又は黒色の横書きで記載されていること。
(オ) 左右側面には、効能・効用、用法・用量、成分・分量等が日本語及び英語(日本語のみのものもある。)で表示されていること。
イ 被告は、昭和30年代から「正露丸」あるいは「SEIROGAN」の名称で本件医薬品の製造販売を行っているところ、その包装箱の表示態様は、時代による変遷や発売元による違いがあるものの、概ね原告表示1と共通する特徴、すなわち、包装箱はいずれも直方体で、包装箱全体の地色が橙色であり、正面には、中央部に「正露丸」の文字が赤色、縦書きで大書され、その上方に同文字と同じ赤色を用いて(黒色のものもある。)何らかの図形が描かれ、正面の四辺に沿って黒色の縁模様がめぐらされている、という特徴を備えている。
ウ 被告が薬局・薬店・ドラッグストア等の販売店の店頭や新聞広告のチラシをもとに、原告製品の販売価格と、原告製品とサイズ(含有粒数)が同じかそれ以上の他社製品(乙16の2〜4、22の2〜5・7・9・13、23)の販売価格について、平成18年3月から同年5月にかけて行った調査によると、原告製品の販売価格は、他社製品の販売価格の約2.85倍という結果であった。この調査は、ごく一部の販売店しか対象としていないから、上記数値の正確性には疑問もあるが、この種の一般医薬品は通常、薬局・薬店・ドラッグストア等で店頭販売されており、このような販売形態における需要・供給の関係から考えると、原告製品と他社製品との間には上記数値に近い販売価格差があることが推認される。そこで、売上金額ベースで見た原告製品のシェアを81.34%とし、原告製品と他社製品の販売価格差を2.85対1として、販売数量ベースで見た原告製品のシェアを計算すると、約60.47%になる。
エ 原告製品のパンフレットには、原告表示1が表示され、必ず原告表示2とともに<R>マークが付されているが、同時にラッパのマークの表示及び「私にはラッパのマークがついています。」とか「ラッパのマークでおなじみの大幸薬品から」という宣伝文句が記載されている。
 原告製品の新聞広告には、種々のバリエーションがあるが、いずれにおいても、原告表示1が表示されるとともに、ラッパのマークの表示及び「私にはラッパのマークがついています。」との宣伝文句がほとんどの広告に記載されている。また、平成11年10月ころまでの新聞広告には、「ラッパのマークの正露丸とご指定ください。」との記載もあった。
 原告製品のテレビコマーシャルにおいても、「ラッパのマーク」が強調され、「パッパラパッパー」というラッパの音を連想させる音声が流れ、その音声に合わせてラッパが揺れ、「おなかのお守り。下痢にラッパのマーク大幸薬品の正露丸。」というコピーが流されている。
 原告製品のラジオコマーシャルにおいても、「パッパラパッパー」というラッパの音を連想させる音声とともに、女性の声で「下痢、食あたり、水あたりにラッパのマークの正露丸。お買い求めの際は、ラッパのマーク、大幸薬品の正露丸とご指定ください。」というコピーが流されている。
オ 原告は、原告表示1の使用を開始した昭和52年以降、本件訴え提起に至るまでの間、常磐薬品工業株式会社に対して上記(1)カ記載の要請をしたが、その他に、「正露丸」の名称で本件医薬品を製造販売している他の業者に対し、その製品の販売中止又は包装箱のデザインの変更を求めるなど、原告表示1類似の包装箱の使用を排除するための措置をとったことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 上記(1)の認定事実によれば、なるほど、原告は、遅くとも昭和52年以降今日に至るまで30年以上の間、一貫して原告表示1を使用し、多額の費用を投じて原告製品の宣伝広告活動を行い、その結果、今日、本件医薬品市場において原告製品が占めるシェアは、売上金額ベースで見た場合、80%を超えることが認められる。したがって、原告製品の包装箱の表示態様は、そのシェアの大きさ等から、本件医薬品として店頭等で一番よく目にすることのできる包装として一般消費者にかなりの程度浸透していることは優に認めることができる。
 しかし、他方、上記(2)の認定事実によれば、「正露丸」あるいは「SEIROGAN」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている業者は複数存在し、その包装箱の表示態様として、遅くとも昭和30年代ころから、主要な点、すなわち、@包装箱の形状、包装箱全体の地色、A正面の「正露丸」の文字、図形及び周縁の模様の表示、配色及び配置、B背面の「SEIROGAN」の文字、図形及び周縁の模様の表示、配色及び配置、C左右側面の表示、以上の点において原告表示1と共通する特徴を有する包装箱を用いており、「ラッパの図柄」の表示を度外視すれば(原告が包装箱に表示された「大幸薬品株式会社」との表示を原告表示1から除外していることは前記のとおりである。)、原告のみがその包装箱の表示態様として、原告表示1あるいはこれに類似するものを独占的に使用してきたという事実はない。
 また、上記のとおり、売上金額ベースでみた原告製品のシェアは80%を超える圧倒的なものということができるものの、販売数量ベースで見た原告製品のシェアは、売上金額ベースで見た上記シェアをかなり下回り、市中に出回っている他社製品の数量は、本件医薬品全体の中で無視できない割合を占めているものと認められる。さらに、後記2のとおり、「正露丸」「SEIROGAN」の表示は、それだけでは現在においてもなお原告製品を示す商品表示性を取得したものとはいえない。
 したがって、原告表示1は、「正露丸」の製造販売に携わる取引業者はもとより、一般消費者においても、「ラッパの図柄」を度外視した包装態様のみでは、これが原告の商品であることを認識することができるものとは認められず、商品の出所表示機能を有するものとはいえない。原告製品と他社製品との識別は、原告製品の包装箱に記載された原告の社名とラッパの図柄によって初めて可能になるということができ、事実、原告も、包装箱にラッパの図柄が記載されていることを強調するような宣伝広告活動を行っている。
 そうすると、原告表示1の中で自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」(及び原告の社名)のみということになるところ、前記認定のとおり、被告表示1において「ラッパの図柄」に相当する部分は「瓢箪の図柄」にほかならず、この点において原告表示1と類似しないことが明らかであるから、被告製品が原告製品と誤認混同を生ずるおそれがあるとは認められない。
 原告は、被告が被告製品について他に独自の商品表示を採択する余地が十分あるにもかかわらず、あえて原告の著名表示と多数の点で近似する態様の表示を選定しているのであり、被告にすり寄り行為(接近行為)の意図が存することは明らかであると主張する。確かに、証拠(甲4ないし6の各1〜3、12ないし14の各1〜3、乙12)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品の包装箱の表示態様である被告表示1は、従前のものと比べて原告表示1に漸次接近してきているかのように見えることが認められる。しかし、原告表示1は、「ラッパの図柄」(及び原告の社名)を除き、それ自体は特定の者の商品であることを識別させるに足りないものであるから、そのような自他商品識別機能を有しない表示態様の範囲内で原告表示1により接近した表示態様を用いたとしても、そのことが不正競争防止法2条1項1号、2号の不正競争に当たるとはいえない。また、証拠(乙15)によれば、被告が被告の製品の販売名を「イヅミ強力正露丸」から「イヅミ正露丸」に変更したのは、平成10年7月24日に被告の製品につき大阪府知事に代替新規申請を行った際にされた大阪府保健衛生部薬務課の指導によるものであることが認められることをも考慮すれば、被告が被告製品の包装箱の表示態様を原告表示1により近づけたとしても、このことが直ちに被告の不正競争の意図を推認させるものとはいえないというべきである。
 また、原告は、被告製品はロートエキスを相当量含有しており、緑内障、排尿困難、心臓病等の患者には症状を悪化させる可能性があるため、被告製品を原告製品と誤認混同した消費者が有害事象の発生を惹き起こすおそれが現実に存在し、原告がこれにより経済的損失では回復できない信頼破壊や信用毀損を生じる旨主張する。しかし、原告表示1の中で自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」(及び原告の社名)のみであって、これに相当する「瓢箪の図柄」を有する被告表示1によって、被告製品が原告製品と誤認混同されるおそれがないことは上記説示のとおりであるから、誤認混同のおそれがあることを前提とする原告の上記主張は失当である。なお、それでもなお被告製品を原告製品と取り違えて購入し服用する一般消費者がおり、これにより原告の指摘する有害事象が生じるおそれがあり、また現に生じているとしても、このことは被告製品を含む本件医薬品の包装箱に禁忌例を記載していないという販売の在り方等の問題であり、原告表示1又はこれと類似する包装表示を原告に独占させることによって解決されるべき問題ではないというべきである。
2 争点(2)ア(原告表示2の「商品等表示」性)について
 次に、原告表示2(「正露丸」又は「SEIROGAN」)が不正競争防止法2条1項1号、2号にいう「商品等表示」といえるか否かについて判断する。
(1) まず、原告表示2のうち「正露丸」について判断する。
 証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば、原告を当事者とする商標登録無効審判についての審決取消訴訟の判決(東京高等裁判所昭和46年9月3日判決・無体財産関係民事・行政裁判例集第3巻第2号293頁、その上告審である最高裁判所昭和49年3月5日第三小法廷判決)において、明治37、38年の日露戦争の際、陸軍が本件医薬品を創製し、これを「征露丸」と命名して、戦場において一般将兵に服用させたこと、日露戦争後、帰還将兵からの言い伝えなどにより、このような「征露丸」の創製及び命名に関する経緯が広く国民の間に知られるようになったこと、その後多数の業者が「征露丸」の名称をもって本件医薬品を製造販売し、本件医薬品を指す名称として「征露丸」の名が日本国内に周知されるようになったこと、しかし、大正13年に、「征露丸」は本件医薬品の慣用商標又は普通名称であること等を理由として同商標の登録無効の審判が請求され、大正15年6月28日に大審院において、上記理由により同商標の登録を無効とする判決がされ、同商標権は失効したこと、第2次大戦後、厚生省薬務局が業者からの「征露丸」の製造許可申請に対し、その名称を「正露丸」に改めるように行政指導をしたことから、「征露丸」の商品名称を用いる業者は減少し、代わって「正露丸」の語が本件医薬品の名称として不特定かつ極めて多数の業者により全国的に用いられるようになったこと、その結果、「正露丸」の語は、遅くともその商標登録時である昭和29年10月30日当時には、本件医薬品の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたこと等の事実が認定された上、ごく普通の書体で「正露丸」の文字に「セイロガン」の文字を振り仮名のように付記したにすぎない商標は、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であると判断され、同商標登録が無効とされたことが認められる。
(2) 不正競争防止法2条1項1号、2号所定の「商品等表示」というためには、当該表示が出所表示機能を有することが必要であるところ、普通名称は、自他識別力がなく出所表示機能を有しないから、そもそも「商品等表示」とはいえず、また、商品若しくは営業の普通名称を普通に用いられる方法で使用等する行為については、同法19条1項1号により、同法3条、4条等の適用を除外される。そして、ある表示が普通名称であるか否かは、もっぱら需要者(取引者及び一般消費者)の認識に関する問題であるといえるから、ある時期において普通名称であるとされた表示であっても、その後の取引の実情の変化により特定の商品を指称するものとして需要者に認識され、出所表示機能を有するに至る場合があり得ないわけではないというべきである。
(3) そこで、「正露丸」の語が、遅くとも昭和29年10月30日当時には本件医薬品の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたとしても、今日、原告製品を指称するものとして需要者に認識されるに至ったものかどうかについて検討する。
ア 証拠(甲1、2の1・2、43)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和29年以前から「正露丸」の名称を使用して本件医薬品の製造販売を行っていたものであり、その後も、全国の各都道府県に代理店を置き、年間約2000万円の宣伝広告費を投じてその製品の宣伝広告をした結果、昭和40年ころまでには、本件医薬品の需要の約90%を占めるにまで至ったこと、東京地方裁判所昭和40年10月5日判決(判例タイムズ188号211頁)は、これらの事実を認定して「正露丸」の語は本件医薬品を指称する普通名称とはいえず、原告の商品の標章としてその商品識別の標識力を有し、かつ、その標識力は漸次増大しているものということができる旨判示したことが認められる。そして、その後も原告が多額の費用を投じて宣伝広告活動を行い、本件医薬品市場において、原告製品が今日でもなお売上金額ベースで80%を超える高いシェアを占めていることは、前記1(1)認定のとおりである。
 また、証拠(甲55、56の1・2)によれば、Ipsos日本統計調査株式会社が平成17年10月から同年11月にかけて関東(東京、千葉、埼玉、神奈川、茨城の各都県)及び関西(大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀の各府県)の20歳から69歳の男女合計500名を対象にしてweb調査の方法により実施した「正露丸」の認知度等に関する調査によれば、「『正露丸』は下痢止め薬ですが、あなたはこの『正露丸』は特定の会社の商品名であると思われますか。それとも下痢止め薬全般の一般名称であると思われますか。」という質問に対し、「正露丸」を特定の会社の商品名として認識していると回答した者が約86%、一般名称と認識している者が約14%、また同質問に対して特定の会社の商品名であると回答した者に対してさらに「あなたは『正露丸』を製造・販売している会社名をご存じですか。」との質問をしたところ、427名中54.6%の者が知っていると回答し、さらに「正露丸」について思いつくことを自由に筆記させたところ、497名中、51.5%の者が想起することとして原告の名称あるいは「ラッパのマーク」を挙げたとの結果が出たことが認められる。
 もっとも、上記アンケート調査については、調査対象がたかだか500名にすぎないことや、その調査方法が「正露丸」の名称を認知している者に対し、「正露丸」を「特定の会社の商品名か下痢止め薬全般の一般名称か」という二者択一の方法で尋ねるというものであって、他の選択肢すなわち本件医薬品を指す普通名称が「正露丸」の他にもあり得ることを調査対象者の念頭に置かせた上でなされたものではないことなどから、上記調査結果に調査対象者の認識が正確に反映されているのかについて疑問を抱かせるところもないわけではないが、このような点を考慮しても、上記調査結果からすると、一般消費者の間では、「正露丸」から原告(ないしラッパのマーク)が想起される割合が高く、むしろそれが一般的であるとすらいえる傾向を有すること自体は認められる。
イ しかし、特定の業者の製造販売する普通名称を付した商品が大量の広告宣伝等を通じて大半のシェアを有するに至ったとしても、それだけで直ちにその普通名称がその業者の製造販売する商品を識別する機能を有する商品表示性を取得するものでないことは明らかである。前記認定のとおり、昭和29年10月30日以降も「正露丸」等の名称で本件医薬品の製造販売を行っている業者が複数存在し、売上金額ベースで高いシェアを誇る原告製品と比較して少額ではあるものの、本件医薬品全体の中で決して無視できない割合を占めている(原告製品と他社製品とでは相当の販売価格差があり、甲57に基づく被告の試算によれば、数量ベースでみれば原告製品のシェアは約60%になると認められることは前記のとおりであるから、それ以外の他社製品の販売シェアは相当大きなものであるこということができる。)。そして、現に、他社製品は、少なからぬ薬局・薬店・ドラッグストア等において、原告製品と並べて陳列され、それぞれ相当の価格差のある価格表示がなされていて、一般消費者に対して原告製品とはそれぞれが別個の商品であることを明示して販売されていることが認められる(甲33ないし35、36ないし38の各1・2、乙16の1〜4)。また、上記アンケート結果についても、その正確性に上記のような疑問があるほか、一般消費者が「正露丸」について思いつくことを自由に筆記させれば、その大量の宣伝広告活動やシェアの大きさ等から、まず原告の社名や「ラッパのマーク」を想起するのは当然というべきであり、そのことから直ちに一般消費者が「正露丸」をもって原告製品の識別表示として認識していると速断することはできず、かえって、一般消費者による上記連想からすれば、原告の社名やラッパの図柄をもって原告製品の識別表示として認識しているとの評価もできるのである。
ウ また、「正露丸」の語は、少なくとも「正露丸」の製造販売に携わる取引者の間では、前記のとおり、本件医薬品の一般的な名称として認識されており、原告製品を指称する商品表示として認識されているものではないというべきである。このことは、本件医薬品の小売業者が原告製品と他社製品とで販売価額に顕著な差異を設けていることや、原告製品と他社製品が薬局・薬店・ドラッグストア等においてそれぞれ別個の商品として並べて陳列販売されていることからみて疑うことができないことであると解される。そうである以上、一般消費者の間において「正露丸」の語から原告が想起される割合が比較的高いからといって、「正露丸」の語が原告製品を指称するものとして、取引者を含む需要者全体に認識されるに至ったものということはできない。
 以上の点に加え、昭和52年以降本件訴え提起までの間に、原告が「正露丸」の名称で本件医薬品の製造販売を行っている他の業者に対し、その名称の使用を排除するための措置をとり、実際にその使用を中止させたことは一度しかないこと、原告は、原告製品の宣伝広告活動において、「正露丸」の表示とともに「ラッパのマーク」を強調していることなど、前記1(2)及び2(1)で認定した諸事実を総合すると、原告が巨額の宣伝広告費を投じてその製品の宣伝広告を行った結果、原告の製品は、昭和40年ころまでには、本件医薬品の需要の約90%を占めるに至ったこと、その後も原告は多額の費用を投じて宣伝広告活動を行い、本件医薬品市場において、原告製品は今日でもなお高いシェアを占めていることなど、前記認定の諸事実を考慮しても、「正露丸」の語が本件医薬品の製造販売に携わる取引者に対し本件医薬品を指称する一般的名称として受け取られていて、原告製品を指称する商品表示としては認識されていないことはもとより、一般消費者においても、それが本件医薬品の一般的名称ではなく原告製品を指称するものとして認識されるに至ったものとはいまだ認めるに足りないといわざるを得ない。
(4) 以上によれば、「正露丸」の語は、昭和29年10月30日以降の事情の変化により原告製品を識別する商品表示性を取得したものということはできず、現在においてもなお、本件医薬品を指称する普通名称であることを免れることはできないというべきである。
(5) また、「SEIROGAN」は、「正露丸」を単に欧文字で表したにすぎないから、これもまた本件医薬品を指称する普通名称というべきである。
(6) そうすると、原告表示2は、いずれも本件医薬品を指称する普通名称であって、商品の出所表示機能を有するものとはいえないから、不正競争防止法2条1項1号、2号所定の「商品等表示」には該当せず、また、被告が「正露丸」「SEIROGAN」を普通の方法で使用等する行為は、同法12条1項1号所定の除外事由に当たるものというべきである。
(7) したがって、その余の点について判断するまでもなく、不正競争防止法に基づく原告の請求は理由がない。
3 争点(3)のイ(商標権の効力制限)について
(1) 本件商標1は、普通の手書き書体の漢字「正露丸」の文字を縦書きにしてなるものであり、本件商標2は、普通の手書き書体の欧文字「SEIROGAN」の文字を横書きにしてなるものであるところ(甲10、11の各1)、前記2で説示したとおり「正露丸」及び「SEIROGAN」の語は、いずれも本件医薬品の普通名称である。被告標章1は、被告製品の包装箱正面に普通の毛筆体で漢字「正露丸」を縦書きしたものであり、被告標章2は、被告製品の包装箱背面に普通の書体で欧文字「SEIROGAN」を横書きしたものである。
 そうすると、被告標章は、いずれも本件医薬品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したものにすぎないから、本件商標権の効力は、被告標章には及ばない(商標法26条1項2号)。
(2) したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件商標権に基づく原告の請求は理由がない。
4 結論
 以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないことに帰するから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部
 裁判長裁判官 田中俊次
 裁判官 西理香
 裁判官 西森みゆき
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