判例全文 line
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【事件名】人工衛星設計プログラムの職務著作事件
【年月日】平成17年12月12日
 東京地裁 平成12年(ワ)第27552号 著作権存在確認等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年7月20日)

判決
原告 P1
同訴訟代理人弁護士 若井英樹
同 中野剛
被告 宇宙開発事業団 訴訟承継人 独立行政法人 宇宙航空研究開発機構
被告 株式会社CRCソリューションズ
被告ら訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 田中伸一郎
同 渡辺光
同 竹内麻子
同補佐人弁理士 越柴絵里


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
 原告と被告らとの間において、別紙著作物目録記載の各プログラムについて、原告が著作権及び著作者人格権を有することを確認する。
2 予備的請求
(1) 原告と被告らとの間において、別紙著作物目録記載2のプログラムについて、原告が同プログラムを二次的著作物とし、別紙著作物目録記載11のプログラムを原著作物とする原著作者の権利を有することを確認する。
(2) 原告と被告らとの間において、別紙著作物目録記載3のプログラムについて、原告が同プログラムを二次的著作物とし、別紙著作物目録記載13のプログラムを原著作物とする原著作者の権利を有することを確認する。
(3) 原告と被告らとの間において、別紙著作物目録記載5のプログラムについて、原告が同プログラムを二次的著作物とし、別紙著作物目録記載19のプログラムを原著作物とする原著作者の権利を有することを確認する。
第2 事案の概要
 本件は、被告宇宙開発事業団訴訟承継人独立行政法人宇宙航空研究開発機構(以下「被告機構」という。)の職員であり、別紙著作物目録記載の各プログラム(以下「本件各プログラム」という。)の作成時において宇宙開発事業団(以下「事業団」という。)の職員であった原告が、主位的に、本件各プログラムについて原告が著作権及び著作者人格権を有することの確認、予備的に、別紙著作物目録記載11、13及び19のプログラム(以下、個別のプログラムについて、同目録に付された番号に対応して、「本件プログラム1」のように示す。)の著作権を有することを前提に、本件プログラム2、3及び5を二次的著作物とし、本件プログラム11、13及び19をそれぞれ原著作物とする原著作者の権利を有することの確認を求めたのに対し、被告らが、本件各プログラムの作成者が原告であることを争うとともに、原告作成に係るプログラムがあったとしても、事業団の職務著作(著作権法(以下「法」という。)15条)として事業団が著作者となり、事業団の権利義務を承継した被告機構に著作権が存すると主張し、また、一部のプログラムについて著作物性がない等と主張して争っている事案である。
1 前提となる事実等
(1) 当事者
ア 原告
 原告は、昭和49年4月1日、事業団に任用され、平成15年10月1日、被告機構の成立に伴って、その職員となった者である(争いがない)。
イ 被告ら 
 被告機構は、事業団を前身とし、人工衛星の開発、打上げ等の研究開発実施等を業務として、平成15年10月1日に成立した独立行政法人である(争いがない)。
 被告株式会社CRCソリューションズ(本件各プログラムが作成された当時の商号は「センチュリリサーチセンタ株式会社」であり、その後、商号を「株式会社シーアールシー総合研究所」、「株式会社CRCソリューションズ」と順に変更しているが、以下、区別せずに「被告CRC」という。)は、コンピュータハードウェア・ソフトウェアの開発等を行っている株式会社であり、被告機構との契約により、ロケット及び人工衛星の制御プログラム等の作成支援を行っている(争いがない)。
(2) 事業団の業務及び被告機構への承継
ア 事業団は、「平和の目的に限り、人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケットの開発、打上げ及び追跡を総合的、計画的かつ効率的に行ない、宇宙の開発及び利用の促進に寄与すること」を目的として、昭和44年10月1日に、旧宇宙開発事業団法(平成14年法律第161号による廃止前のもの。以下「旧事業団法」という。)に基づいて成立した法人であり、平成15年10月1日、被告機構の成立に伴い、独立行政法人宇宙航空研究開発機構法(以下「機構法」という。)附則10条の規定により解散した(乙1、弁論の全趣旨)。
イ 事業団の業務は以下のとおりであった(乙1)。
@ 人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケット(以下「人工衛星等」という。)の開発並びにこれに必要な施設及び設備の開発
A その開発に係る人工衛星等の打上げ及び追跡並びにこれらに必要な方法、施設及び設備の開発
B @の開発並びに人工衛星等の打上げ及び追跡並びにこれらに必要な方法、施設及び設備の開発で、委託に応じて行うもの
C @からBまでに掲げる業務に附帯する業務
D @からCまでに掲げるもののほか、旧事業団法1条の目的を達成するため必要な業務
ウ 被告機構の成立に伴い、事業団は解散し、事業団の一切の権利及び義務(被告機構の業務を確実に実施するために必要な資産以外の資産として国が承継するものとされた資産を除く。)は、被告機構に承継された(機構法附則10条1項、2項)。
(3) 原告の事業団及び被告機構における所属部門
 原告は、昭和49年3月に名古屋大学大学院工学研究科修士課程航空学専攻を卒業し、同年4月1日、事業団に任用され、開発部員として、以下のとおり辞令を受け、各部門において上司の命を受けて開発業務を行ってきている(甲11、155、乙29、179)。
 昭和49年4月1日  システム計画部システム課開発部員
 昭和49年6月1日  安全管理室開発部員
 昭和50年5月1日  安全管理部飛行安全室開発部員
 昭和51年6月1日  飛行安全管理室開発部員
 昭和52年1月11日 試験衛星設計グループ開発部員
 昭和53年6月16日 衛星設計第1グループ開発部員
 昭和56年4月1日  衛星設計第1グループ副主任開発部員
 昭和56年8月18日 宇宙開発事業団就業規則38条1項4号の規定により休職
 昭和57年2月18日 宇宙開発事業団就業規則40条の規定により復職
 昭和59年9月21日 人工衛星開発本部技術試験衛星グループ副主任開発部員
 昭和61年4月1日  人工衛星開発本部副主任開発部員
 昭和62年5月1日  筑波宇宙センターシステム技術開発部総合システム解析開発室副主任開発部員
 平成3年4月1日   筑波宇宙センターシステム技術開発部総合システム開発室副主任開発部員
 平成5年4月1日   技術研究本部システム技術開発部総合システム開発室副主任開発部員
 平成6年7月1日   技術研究本部システム技術研究部軌道上システム研究室副主任開発部員
 平成7年4月1日   筑波宇宙センター管理部計算センターシステム課副主任開発部員
 平成10年6月22日 技術情報センター副主任開発部員
 平成12年4月1日  高度情報化推進部副主任開発部員
 なお、原告は、昭和55年8月14日から約1年6か月間、フランスの宇宙開発機関(国立宇宙研究センター(CNES))に留学した(争いがない)。
(4) 事業団の打ち上げた人工衛星
 昭和50年から平成9年ころまでの間に事業団が打ち上げた人工衛星は、別紙7「昭和50年から平成9年ころまでの間に打ち上げられた人工衛星」(以下「別紙人工衛星表」という。)記載のとおりである(争いがない)。
(5) 事業団職員作成のプログラムの著作者についての定めの有無
 事業団には、職員作成のプログラムについて、職員を著作者とする旨を定める就業規則等はなく、原告と事業団との間においても、同旨を定める契約等はない(争いがない)。
2 争点
(1) 原告は、本件各プログラムを作成(創作)したか。(争点1)
(2) 本件各プログラムについて、職務著作として事業団が著作者となるか。(争点2)
(3) 本件プログラム5、11〜13及び15は著作物といえるか。(争点3)
(4) 本件プログラム2は本件プログラム11を、本件プログラム3は本件プログラム13を、本件プログラム5は本件プログラム19を、それぞれ翻案したものか。(二次的著作物性)(争点4)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点1(原告は、本件各プログラムを作成(創作)したか。)について
(原告の主張)
 本件各プログラムは、いずれも、原告が作成したものである。
ア 本件プログラム1(DYNA)
 本件プログラム1は、推力飛行中の衛星やロケットの燃料タンク内の液体スロッシングが機体の姿勢や軌道に時々刻々及ぼす影響を調べるため、スロッシングを球面振り子で表現し、また、燃焼気体の噴流による減衰を考慮してシミュレーションするプログラムである。
 原告は、昭和59年4月、被告CRC職員の協力を得て、本件プログラム1を完成させた。
イ 本件プログラム2(STAT)
 本件プログラム2は、回転している衛星やロケットの内部の液体移動が回転物体の静的(時間とは無関係)な安定性に及ぼす影響を判別するために、ルミヤンステフ(Rumyanstev)及びマッキンタイヤ(McIntyre)の計算式に基づいて作成したプログラムである。
 本件プログラム11(STAT(オリジナル))と本件プログラム2との差異は、本件プログラム11がルミヤンステフの計算式のみを用いているのに対し、本件プログラム2がマッキンタイヤの計算式を併用していること、本件プログラム11の計算結果の出力が数値であるのに対し、本件プログラム2がこれを自動図化できるようにしたことにある。
 原告は、昭和59年4月、被告CRC職員の協力を得て、本件プログラム2を完成させた(ソースプログラムは、乙48の4、150〜180頁)。
ウ 本件プログラム3(KALMAN−1)
 本件プログラム3は、推力飛行中の衛星等の状態量(位置、速度、加速度)を、ドップラーデータ(電波の送信源(衛星)と地上局の相対運動によって生ずるドップラー効果による、受信周波数の送信周波数からの変位データ)に基づき、カルマンフィルター(確率論的手法)を用いて推定し、その推定値の誤差分散も求めるプログラムである。
 本件プログラム13(KALMAN(オリジナル、9次元))と本件プログラム3との差異は、ドップラーデータの取得間隔が、本件プログラム13が2秒間隔であるのに対し、本件プログラム3は0.1秒間隔も扱えるようにしたこと、計算結果の出力が、本件プログラム13が数値であるのに対し、本件プログラム3がこれを自動図化できるようにしたことにある。
 原告は、昭和61年3月、被告CRC職員の協力を得て、本件プログラム3を完成させた。
エ 本件プログラム4(SPD)
 本件プログラム4は、推力飛行中の衛星やロケットの運動をトムソン(Thomson)の一般的運動方程式を用い、気体噴出による減衰効果を考慮して衛星やロケットの回転運動力学を解析するプログラムである。
 原告は、昭和55年3月、被告CRC職員の協力を得て、本件プログラム4を完成させた。
オ 本件プログラム5(DOPPLER)
 本件プログラム5は、推力飛行中の衛星等から発信されたドップラーデータに基づき、決定論的手法を用いて衛星等の状態量(位置、速度、加速度)を推定するために作成したプログラムである。
 本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))との差異は、本件プログラム5においては、決定論的手法を加えたことと、自動図化できるようにしたことである。
 原告は、昭和55年5月、被告CRC職員の協力を得て、本件プログラム5を完成させた。
 本件プログラム5は、49個のサブルーチンにより構成されている(甲126)。
カ 本件プログラム6(DYNA−A)
 本件プログラム6は、推力飛行中の衛星やロケットの燃料タンク内の液体スロッシングが機体の姿勢や軌道に時々刻々及ぼす影響を調べるためスロッシングを球面振り子で表現し、また、燃焼気体の噴流による減衰を考慮してシミュレーションするプログラムである。
 本件プログラム1と本件プログラム6との差異は、本件プログラム1が2個の燃料タンクを想定して振り子が2個しかなかったのに対し、本件プログラム6が3個以上の燃料タンクに対応するため、3個以上の振り子が扱えるようにしたこと、本件プログラム1が短時間のシミュレーションしかできなかったのに対し、本件プログラム6はより長時間のシミュレーションができるようにしたことである。
 原告は、昭和60年3月、被告CRC職員の協力を得て、本件プログラム6を完成させた。
キ 本件プログラム11(STAT(オリジナル))
 本件プログラム11は、回転している衛星やロケットの内部の液体移動が回転物体の静的(時間とは無関係)な安定性に及ぼす影響を判別するために、ルミヤンステフの計算式に基づいて作成したプログラムである。
 原告は、昭和58年6月、BASIC言語により、本件プログラム11を完成させた。
 本件プログラム11は、カセットテープに保存しているが、カセットテープからプログラムを出力するコンピュータがないため、プリントアウトができない。甲114は、原告が本件プログラム11をコンピュータに打ち込む際に作成したコーディングシートである。
ク 本件プログラム12(KALMAN(オリジナル、6次元))
 本件プログラム12は、軌道上の衛星等の状態量(位置、速度)を、カルマンフィルターを用いて推定し、その推定値の誤差分散も求めるプログラムである。
 原告は、フランスに留学中の昭和56年10月、ランデブー解析プログラム「TAKAKO」を完成させたが、本件プログラム12は、その一部分を構成するもので、30個のサブルーチンからなる(甲119、120)。前記「TAKAKO」のソースプログラムは、原告が留学を終えて帰国する際に、留学先のフランスのツールーズ宇宙センター内の大型計算機からプリントアウトするとともに(甲120の右上にある記載「01/26/82」は、帰国に際してプリントアウトした日付−昭和57年1月26日を意味する。)、磁気テープに複写して持ち帰り、保管している。
ケ 本件プログラム13(KALMAN(オリジナル、9次元))
 本件プログラム13は、推力飛行中の衛星等の状態量(位置、速度、加速度)を、ドップラーデータに基づき、カルマンフィルターを用いて推定し、その推定値の誤差分散も求めるプログラムであり、本件プログラム12を発展させたものである。
 本件プログラム13は、23個のサブルーチンからなるものである(甲121、115)ところ、原告は、昭和58年1月21日までに、本件プログラム13を用いた解析を行っており(甲123)、遅くとも同月末までに本件プログラム13を完成させていたものである。
 なお、甲121は、原告が、昭和62年3月25日に、事業団の大型計算機よりプリントアウトしたものである。本件プログラム13が事業団の大型計算機内に記録されていた理由は、原告が、昭和60年5月ころに本件プログラム13のプログラムデックを被告CRCに貸与し、これをもとにして、本件プログラム3が作成されたところ、この過程において、被告CRCの担当者が本件プログラム13のプログラムデックを事業団の大型計算機に読み込ませて記録したことによると推測される。
コ 本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム(B010プログラム))
 本件プログラム15は、実験用静止通信衛星「あやめ」(ECS)(別紙人工衛星表番号8)(以下単に「ECS」ともいう。)のミッション解析プログラム群の中の一つであり、地球の重力を考慮して、衛星の軌道を予測するプログラムである。
 原告は、昭和52年6月、本件プログラムを完成させた。
 後日、これは、ECSミッション解析プログラム群の一つとなった。
サ 本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))
 本件プログラム19は、実験用静止通信衛星ECSのミッション解析プログラム群の中の一つで、推力飛行中の衛星等から発信されたドップラー信号に基づき衛星等の動きを解析するプログラムである。
 原告は、昭和54年9月、本件プログラム19を完成させた。
 後日、これは、ECSミッション解析プログラム群の一つとなった。
 本件プログラム19は、14のサブルーチンにより構成される(甲124、125、155)。原告は、このうち、ARCTAN、DWSDT、WDAYSの3個を除く11個のサブルーチンを作成した。各サブルーチンの冒頭部の「ORIGINALLY PROGRAMMED IN OCT.1977」の記載は、昭和62年3月25日に原告が事業団の大型計算機によりプリントアウトした際に記入したものである。1977年(昭和52年)10月とは、本件プログラム19を構成するサブルーチンの多くが使用されていたECSミッション解析プログラム群の初期のものができ上がりつつあった時期である。その後、原告において、昭和53年にサブルーチンABMMを作成し、さらに、昭和54年2月のECSの打上げ失敗の後に、原告において、ECSミッション解析プログラムを補完する形で、同年3月にサブルーチンB061を作成し、同年9月に改訂の上完成させ、これらが現在、被告機構内においてECSミッション解析プログラム群の一つとして分類されているものである。
(被告らの反論)
ア 本件プログラム1(DYNA)
 本件プログラム1は、事業団との契約に基づき、被告CRCの技術者(P2)が、ETS−Vミッション解析プログラムの一つとして作成したものである。原告は、被告CRCの技術者に対し、プログラムの対象となる計算式について説明し、問題点についての相談を受け、助言するなどしたが、この原告の関与は監督等にすぎない(乙32、48の1〜48の4、49)。
イ 本件プログラム2(STAT)
 本件プログラム2は、事業団との契約に基づき、被告CRCの技術者(P2)が、ETS−Vミッション解析プログラムの一つとして作成したものである。原告は、被告CRCの技術者に対し、プログラムの対象となる計算式(ルミヤンステフ、マッキンタイヤの式)について説明し、問題点についての相談を受け、助言するなどしたが、この原告の関与は監督等にすぎない。
ウ 本件プログラム3(KALMAN−1)
 本件プログラム3は、事業団との契約に基づき、被告CRCの技術者(P3)が、ETS−Vミッション解析プログラムの一つとして作成したものである。原告は、被告CRCの技術者に対し、プログラムの対象となる計算式を開示し、また、本件プログラム12(KALMAN(オリジナル、6次元))を被告CRCの参考に供し、その他助言するなどしたが、この原告の関与は監督等にすぎない。
エ 本件プログラム4(SPD)
 本件プログラム4は、事業団との契約に基づき、昭和54年7月ころから昭和55年3月ころにかけて、被告CRCの技術者が作成したものである。原告は、被告CRCの技術者に対し、プログラムの対象となる計算式(Thomsonの論文)について説明し、他の事業団職員(ロケット設計担当のP4)とともに概略設計についての報告を受けてこれを承認し、プログラムの検証を行ったが、この原告の関与は監督等にすぎない(乙21の1、21の2)。
オ 本件プログラム5(DOPPLER)
 本件プログラム5は、事業団との契約に基づき、昭和55年4月ころから同年5月ころにかけて、被告CRCの技術者(P5等)が作成したものである。原告は、被告CRCの技術者に、計算式について説明し、同技術者とともに計算ロジックを検討したことはあったが、この原告の関与は監督等にすぎない(乙25の1〜25の3)。
カ 本件プログラム6(DYNA−A)
 本件プログラム6は、事業団との契約に基づき、被告CRCの技術者(P2等)が作成したものであり、本件プログラム1の機能を追加・変更したものである。原告は、被告CRCの技術者に対し、プログラムに追加される機能に関する計算式、入力態様について指示をしたが、この原告の関与は監督等にすぎない。
キ 本件プログラム11から13まで
 本件プログラム11から13までの作成者が原告であることは不知。
ク 本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム(B010プログラム))
 原告が、少なくとも、本件プログラム15の一部の作成行為を行ったことは認める。
ケ 本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))
 原告が、少なくとも、本件プログラム19の一部の作成行為を行ったことは認める。ただし、原告の関与は、本件プログラム15のサブルーチンをそのまま又は改修して使用したか、機能の追加を行ったにすぎない。
(2) 争点2(本件各プログラムについて、職務著作として事業団が著作者となるか。)について
(被告らの主張)
 本件各プログラムを原告が作成したとしても、職務著作(法15条)として、事業団がその著作権及び著作者人格権を取得したものである。
 以下、法15条の解釈一般、事業団における原告の職務及び本件各プログラムの内容について、順次主張する。
 なお、プログラムの著作物については、昭和60年法律第62号(昭和61年1月1日施行。以下「昭和60年改正法」という。)による法の改正により、職務著作の要件のうち、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」との要件が削除されたが、本件各プログラムは、本件プログラム3(KALMAN−1)を除いて、上記改正前に作成されたものであるから、上記要件も含めて、法15条の要件について検討する。
ア 法15条の解釈
(ア) 法15条の要件@−法人等の発意
 「法人その他使用者の発意」がある場合とは、著作物の創作についての意思決定が、直接的又は間接的に使用者の判断に係るものであることを意味する。通常の従業員による著作の場合は、明確な職務命令があったことまでは必要なく、例えば、職員が自分で企画を出して上司の了解を得て作成活動を行う場合でも、法人等の発意に基づくものになると解されている。また、その職にある者としては、当然に当該職務活動を行うべきことが期待されているような場合も含まれると解されている。
(イ) 法15条の要件A−職務上の作成
 「職務上作成する」とは、勤務時間の内外を問わず、自己の職務として作成することを意味するものであり、その作成に係るものの具体的表現が当該者の義務の遂行による成果として位置付けられるものである。したがって、自宅に持ち帰って作成したとしても、職務上の作成に該当するし、その者の創作活動が内部の事務分掌規程等に位置付けられているか否かは別次元の問題であり、実際に当該創作活動が職務として行われたか否かが問題となる、と解されている。
(ウ) 法15条の要件B−法人等名義での公表
 昭和60年改正法施行前に作成されたプログラムのうち、公表を予定していない著作物であっても、仮に公表するとすれば、法人の名義で公表されるものについては、法15条を適用することができ、職務著作と認められるものである。
(エ) 原告の主張に対する反論
a 原告は、職務著作の著作権を原始的に使用者である法人等に帰属させる法15条の規定は、知的財産法体系の中では特異な立法であって、同条は、厳格・限定的に解釈すべきである旨主張するが、法15条の職務著作の制度は、諸外国の法制度においてもみられるもので、特異なものではないし、以下のとおり、経済的な面、人格的な面のいずれにおいても、合理性がある。
(a) 経済的な側面からみると、職務上作成される著作物は、通常、雇用者が、その作成費用(人件費及び物件費)を負担し、また、その創作に係るリスクを負担していることから、その成果物についての財産的権利を雇用者に帰属させることに合理性が認められる。実際上、組織的に多様な著作物が作成されている現実、現代社会における法人の活動実態とそれに対する社会の評価、権利の帰属を個々の契約に委ねる場合の当事者及び利用者の負担の増大など、我が国の社会実態に照らせば、法制度上、原始的な著作権者として法人等を位置付けることに合理性がある。
(b) 人格権的な側面からみると、法人等の内部で職務上作成された著作物について、社会的に評価や信頼を得て、また、その内容について責任を有するのは、一般的には、従業者というより法人等であると考えられ、当該著作物の著作者人格権の享有主体として法人等を位置付けることに合理性がある。
(c) 著作物の円滑な利用という観点からみると、法人等で作成される著作物について、その著作者や著作権者が当該法人等であることを制度上の原則とすることが、より安定的な秩序を形成し得る側面がある。
b また、原告は、本件各プログラムの権利の帰属について、第三者による利用の便宜に特に配慮する必要性は乏しいので、あえて職務著作の成立要件を緩和してこれを事業団に帰属させるべき理由はない旨主張するが、法15条は、法人がその業務の目的で作成する著作物が、しばしば複数の従業員・職員の共同により作成されるものであり、これを共同著作物とすると、その使用にも変更にも、作成に携わった従業員等全員の了解を得なければならないという実情に合わない事態が生ずることを考慮して、法人等の組織が著作者になることを規定したものである。すなわち、法15条は、使用者である法人等による著作物の使用の不都合を回避することを考慮したものであり、原告の主張する「第三者による利用の便宜」を専ら重視したものではない。
イ 事業団の業務
(ア) 事業団の組織
a 草創期から昭和59年まで
 米国技術の導入からスタートし、ロケット、人工衛星等を自主開発するための技術を獲得することを主眼として活動を行っていたため、ロケット、人工衛星を中心としたマトリックス型で研究開発を行う組織体制(各組織が業務を行うに際し、横に連携する体制)をとっていた。
 すなわち、ロケット設計グループ、衛星設計第1グループ、衛星設計第2グループ、誘導制御グループ、構造開発グループ、エンジン開発グループ、搭載電子装置開発グループにおいてその業務を分担し、連携していた。
 また、研究開発業務は、筑波宇宙センター研究開発部のロケット技術開発室、衛星技術研究室、衛星運用開発室、誘導制御開発室、機器・部品開発室、追跡管制開発室において実施してきた。
b 昭和60年以降
 業務の効率化、責任体制の明確化及び技術蓄積の強化のために、ロケット、人工衛星ごとに開発本部制を敷き、プロジェクトの実行組織を統一化、簡略化した。そして、ロケット開発本部にエンジン開発グループ、H−Iロケットグループ及びH−Uロケットグループを置き、人工衛星開発本部に技術試験衛星グループ、地球観測衛星グループ及び通信放送衛星グループを置いた。
 研究開発部門についても自主開発体制確立のために強化を行い、より専業的・機能的にするため、筑波宇宙センター研究開発部をシステム技術開発部及び機器・部品開発部に分け、前者に総合システム解析開発室、宇宙機システム開発室及び熱・構造システム開発室を、後者に誘導制御開発室、特定機器開発室、共通機器開発室及び部品開発室を設けた。
(イ) 人工衛星開発に関する計画と実施
a 宇宙開発計画
 宇宙開発に関する重要事項について企画、審議、決定を行い、その決定に基づいて内閣総理大臣に意見を述べる機関として、昭和43年、総理府に宇宙開発委員会が設置された。同委員会は、平成13年1月から文部科学省に置かれ、我が国の宇宙開発の長期的かつ基本的な方向を見定めながら、その中心的な実施機関である事業団(被告機構成立後は被告機構)の中期目標のもとになる「宇宙開発に関する長期的な計画」等に関し調査審議を行っている。そして、宇宙開発委員会は、「宇宙開発政策大綱」に基づいて、毎年、人工衛星の打上時期、目的(技術開発、通信・放送、気象、地球観測、実験、有人宇宙飛行等)、打上げ用ロケット、軌道などを含む宇宙開発計画を決定してきた(乙73〜85)。
b プログラム計画
 事業団は、開発実施機関として、宇宙開発計画に基づき、実施方針、体制、実施事項等を規定する計画を作成するが、この計画がプログラム計画と呼ばれている。プログラム計画は、人工衛星及びロケットの開発・打上げ、軌道上運用を総合して計画として定めたものである(例えば、乙139の3、17〜20頁)。
 なお、プログラム計画という場合のプログラムは、人工衛星及びロケットの開発等の計画であり、コンピュータ・プログラム(ソフトウェア)を意味するものではない。
c プロジェクト計画
 さらに、事業団は、各プログラム計画ごとに個別のロケット、人工衛星、地上施設設備、打上げ管制、追跡管制その他の開発分野で行う開発業務を、ロケットプロジェクト、人工衛星プロジェクトのように開発分野で区分して規定するプロジェクト計画を策定する(例えば、乙139の3、17〜20頁)。
d 予算及び年次業務計画
 事業団は、プロジェクト計画に基づき、当該年度の実施計画及び次年度の実施計画を予算要求用に切り出し、予算概算要求補足説明書を作成する(昭和51年度〜昭和62年度について乙99の1〜109の2)。認可された予算は、認可予算参考書に記載される(昭和50年度〜昭和62年度について乙86の1〜98の2)。事業団の計画管理課(当時)は、担当部門に対し、担当項目の振り分けを行い、予算の枠内で項目の達成を行うよう指示し、各部門で年次の業務計画を策定する。
e 打上げまでの審査手順
 事業団における各ロケット開発業務、衛星開発業務は、基本設計審査(PDR)、詳細設計審査(CDR)、打上移行前審査(乙113)を経て、打上げの実行に至る。
(ウ) 事業団の業務内容
a 衛星開発業務
 衛星開発において必要となる作業は、それぞれのフェーズ(概念設計から、予備設計、基本設計、詳細設計、維持設計、打上げ・運用まで)により異なる。
(a) 初期の概念設計までの段階では、一般的に、大規模なシミュレーションは不要であり、手計算とか、過去の設計データからの演繹、あるいは、簡潔なシミュレーションにより、衛星の概念を具体化する(近年では、CAD等のIT技術を用いている。)。
(b) 予備設計段階では、開発要素の大きい機器について試作試験用モデル(BBM)により設計データを得、また、衛星全体のシステムとしての整合性を取ることが必要になり、数多くのトレードオフ(比較検討)を行う。
 これらの作業における個々の設計や解析は、設立当初は、事業団職員が自ら又は外部業者を指導して行っていたが、外部業者が技術力を付けてきたので、事業団はその内容の点検を主として行うこととなった。そこでは、基本要求に対して個々の機器の設計が対応しているか、試作試験の内容は十分なデータを得ることができるものになっているか、さらに、その中でトラブルが発生したときには、該当機器のみならず、サブシステム、システムの観点から処置の妥当性を点検しなくてはならず、それぞれの職員の技術蓄積や経験、あるいは、他のプロジェクトからの情報などを総合的に用いることが求められる。そして、これらの一連の作業は、最終的に開発仕様書の原案としてまとめられる。なお、この段階でも大規模なシミュレーションをすることなく、小規模な解析やプロジェクト管理的な側面からの検討(設計の容易さ、部品の入手しやすさ、コスト等)を行うのである。
(c) 基本設計段階に入ると、本格的なシミュレーションを行うことになり、設計が進むにつれて数学モデルもより詳細となり、大規模な計算となる。
 基本設計、詳細設計段階では、システム全体のエンジニアリングモデル(EM)を製作し試験することにより、ハードウェアとしての設計妥当性の確認が行われる。このフェーズでは、必要に応じて(一般には、開発要素が大きい部分、人工衛星の目的を達成するための機能、性能要求上重要な部分について)クロスチェックのため、一部について、事業団がそのプログラムを内部で作成した上で、大規模なシミュレーションを行う。また、開発は複数の機関や業者にまたがることが普通であり、それらの間の調整作業も大きな比重を占める。
(d) 維持設計では、実際にフライト品の製作・試験が行われることから、試験の評価、品質管理、トラブル発生時の処置判断が主な内容となる。また、この時期になると打上げ運用の検討が大きな比重を占めてくる。
(e) 各段階において用いるプログラムは、衛星個別に作成するものは少なく、NASAが開発したNASTRANのような世界に流通している基本ソフトウェア、以前の衛星開発で開発したソフトウェアの順に検討し、それらで間に合わない場合には、新たな開発を行うこととなる。
 打上げ後の不具合発生時は、原因の解析や対策にシミュレーションを必要とするものが多い。
(f) 人工衛星開発プロジェクトにおける「解析」は、大きく、「ミッション解析」、「運用解析」、「データ解析」に分けられる。
 ミッション解析は、衛星設計を進める上で軌道や姿勢などに関連して必要となる一連の解析を総称していう。例えば、各フェーズの軌道をどのように設定すれば、その衛星の目的(ミッション)を効率よく達成できるかの解析は軌道解析であり、打ち上げられてから運用終了までに必要となる燃料がどのくらい必要になるのかはバジェット解析である。
 運用解析は、軌道に投入された衛星を運用するために必要な解析である。例えば、地上局から衛星が見えて通信ができる時間帯はどうなるか、決められた軌道に正確に投入するには、いつどのようにスラスタを噴射したらよいか、などの解析である。
 データ解析は、運用中の衛星から送られてくる、様々なデータをもとに、衛星の状態をモニターしたり、性能を測定するために行うものである。
b ロケット開発業務
 衛星開発と同様に、ロケット開発に必要な作業は、各フェーズにより異なる。
 また、各設計フェーズで、飛行性能解析、空力解析、制御系解析、構造解析、運動解析、推進系性能解析、飛行経路解析、誤差解析、飛行安全解析等の解析業務がなされる。また、打上げ後には、飛行時取得データを用いて評価解析を行い、飛行時に問題がなかったことの確認だけではなく、次号機に向けての解析精度向上を図る。
(a) 概念設計から詳細設計までは、既開発の実績あるソフトウェアを用いたり、過去のデータを参考にしたりして解析の結果を評価することが多い。
 特に、概念設計、予備設計段階では、解析条件や飛行条件などの不確定要素が多いことから、複数業者に概念設計支援作業を行わせることはあっても、主として事業団職員が、条件を変えて、打上能力計算、飛行経路解析などの既存のソフトウェアを用いて、インハウスで広く解析を行い、主体的に判断する。この際、特別に開発するソフトウェアによって検証する場合もあり、特に、昭和55年ころにはパソコンが普及していなかったので、筑波宇宙センターの大型計算機を用いることが必須であった。
(b) 基本設計、詳細設計段階においては、徐々に定型化した業務(どのロケットでも実施する標準的な解析業務)が増えると、業者への委託業務の中で解析業務を行うことが多くなる。この場合は、既存のソフトウェアと大型計算機を用いた大規模なシミュレーションは委託業者が行うこととなるが、その場合であっても、解析条件の設定、解析用入力データのチェック、解析結果の妥当性の検討を事業団の監督員が行う。ことに、機体製造や燃焼試験などの結果により入力データを設定し、開発段階に応じて号機ごとに解析を行う中で、これらの作業が複数業者にまたがって行われる場合において、それらの間のデータの受渡し・管理やインターフェース調整には、事業団の職員が大きな役割を果たしている。言い換えれば、解析は、事業団が主体的に内容を決定して行っているのである。
 また、委託できないもの(従来と異なるミッションの実現性確認、新しい手法が必要な解析など、仕様書等で事前に定式化できないもの)については、事業団職員が自ら又は役務作業者を用いて解析作業を行う。
(c) 維持設計段階は、実機制作、号機ごとの設計の見直しなど、製造段階に移行するフェーズであり、ルーチン作業で自ら大型計算機を使った解析作業を行うことはほとんどない。
(d) 打上げフェーズになると、射場で当日の観測風や最新の機体特性を考慮した飛行経路解析や飛行安全解析を、事業団職員が直接行うか、役務作業により関連業者が行う。この射場での解析に用いるソフトウェアは、委託業務で作成したもの、事業団で独自に作成したもの(小型ロケットの解析の場合)などであるが、射場では、事業団担当者が解析全体を把握・監督している。
(エ) 原告の事業団における所属部門の業務及び原告の担当業務
a 原告の業務一般
 原告は、名古屋大学大学院工学研究科修士課程において航空学を専攻した。原告の修士論文は「希薄気体の円筒Couette Flow」及び「円錐上の極超音速解離境界層の解析」であり、研究に必要なプログラムをFORTRANを使って作成した、と自ら述べている。元来、原告は、このような専門知識をもって事業団に昭和49年に採用され、当初から開発部員として「開発手当」を受けてきた(乙179〜187)。
b 昭和49年6月1日から昭和52年1月10日までの原告の所属部門の業務及び原告自身の業務
(a) 原告は、新人研修期間を除き、安全管理室、安全管理部飛行安全室、飛行安全管理室に、順に配属された。
(b) これらの組織では、原告は、ロケット及び人工衛星の打上げ等その他の安全性に関する計画を立て、基準を設定するのみならず、安全性の予測及び解析並びに飛行安全に係るオペレーショナルソフトウェアの設計及び開発等の業務を担当していた。
(c) 原告がこの間に具体的に担当したのは、N−Tロケットの飛行解析と飛行安全解析であった。
 すなわち、人工衛星をN−Tロケット(打上げ用ロケット)で目的の軌道に投入するため、ロケットの発射から衛星を切り離すまでの間、ロケットをどのように飛行させるかの解析、目的の軌道に投入する途中で、万一、ロケットが故障・事故などにより、爆発、エンジン停止などを生じた際、ロケットの機体自体、ロケットの機体の破片、分離物などが地表面に与える影響の解析を行ったのである。そこでは、解析用のコンピュータ・プログラムを用いて、各段エンジンの点火燃焼停止時間、飛行中のロケットの姿勢変化・位置・速度、そして、前記ロケットの機体自体などの落下軌跡、地表面への落下位置・分散域などを算出することを行ったのである。
c 昭和52年1月11日から昭和62年3月11日までの原告の所属部門の業務及び原告自身の業務
(a) 原告は、実用衛星以外の衛星(技術試験衛星及び通信実験衛星等)の開発を行う組織に配属され、この間、一貫して、衛星の「ミッション解析」のうち、衛星に搭載した小型ロケット(アポジモータ)燃焼(以下「AMF」ともいう。)時の動力学(ダイナミックス)解析を中心とした解析を担当した。
(b) 実用衛星以外の技術試験衛星及び通信実験衛星等の開発を行う組織は、昭和53年6月15日までの間は、「試験衛星設計グループ」と呼称され、静止気象衛星(ひまわり)、通信衛星(さくら)、放送衛星(ゆり)の実用衛星を除く人工衛星の開発を行った。
 その後、昭和53年6月16日の組織改正で、同組織は、「衛星設計第1グループ」に名称変更し、実用衛星及び地球観測衛星を除く人工衛星の開発を所掌した。
 さらに、昭和59年9月21日、開発組織として「本部制」が導入されたことにより、同組織は、「人工衛星開発本部技術試験衛星グループ」に改組され、気象衛星、海洋観測衛星、地球資源衛星、通信衛星及び放送衛星を除く人工衛星の開発を所掌するものとされた。
(c) 原告は、上記の期間に、小型ロケット燃焼時の動力学解析を行った。すなわち、昭和62年ころの我が国の人工衛星打上げ用ロケット(N−U及びH−Tロケット)は、衛星切り離し前の第3段ロケットには固体推進剤ロケット(以下「固体ロケット」という。)を用いており、第3段固体ロケットに人工衛星を搭載し、衛星と第3段ロケット全体をスピンさせることにより姿勢を安定させて、衛星を楕円軌道(静止トランスファ軌道)に投入し、その後、衛星に搭載したアポジモータ(小型固体ロケット)に点火して高度約3万6000キロメートルのドリフト軌道に投入し、静止化させていた。スピンは、上記のとおり、ロケット及び衛星の姿勢の安定に不可欠であったが、スピンにより、衛星・第3段ロケットが倒れて回転(フラットスピン)する可能性もあり、スピン時の安定性、AMF時の衛星の挙動解析は非常に重要な業務で、それを原告が担当していた。
ウ 本件各プログラムの検討
 本件各プログラムは、いずれも、職務著作(法15条)として、事業団が、その著作者となったものである。
 以下、各プログラムの目的別に、作成の時系列順に主張する。
(実験用静止通信衛星「あやめ」(ECS)(別紙人工衛星表番号8)のミッション解析プログラム群)
(ア) 本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム(B010プログラム)
a 本件プログラム15の概要
 本件プログラム15は、本件プログラム19とともに、実験用静止通信衛星ECS(あやめ、別紙人工衛星表番号8)の設計の妥当性の検討及び静止衛星における各種技術の取得を目的として、昭和52年から昭和55年にかけて開発されたECSミッション解析プログラム群の一つである。
 本件プログラム15は、「衛星軌道6要素とそれらに対する偏差値(σ)を与えて各種外乱を考慮した一般摂動法による軌道要素の値の時系列変動を計算する」ことを目的とするプログラム(乙210、78頁)である。具体的には、地球の非対称重力及び大気抵抗が付加的外力として、衛星軌道に対して与える影響を時系列的に計算するものである(乙210、78〜83頁)。
b 事業団の発意
(a) 事業団における研究開発部員は、いかなるプログラムを作成すべきかについて個別に指示を受けるものではないが、ミッション解析において、解析すべきいかなる事項があるのか、また、その事項の解析のためにはどのような理論ないし計算式を採用したコンピュータ・プログラムが必要であるかを、部員自らが思考し、調査し、研究することを職務の一部としていたものである。
 ミッション解析において、解析すべき事項の探求、問題の所在と意味、そのために適用する解析理論、計算式の探求の全部又は一部、サブルーチンやサブモジュール作成や指摘は、外部に委託する場合であっても、事業団への提案と費用支出を伴う承認に先立って、あるいは、並行して行わざるを得ないのである。
 したがって、事業団の承認が開発部員のプログラム作成行為(上記の解析事項の探求等を含む。)に先行しなければ、事業団の発意があったといえないという解釈は、合理性がない。
(b) 本件プログラム15は、事業団の職員であるP6が、ECSミッション解析プログラムの一部として、原告に「bP2プログラム」として作成を指示し、それに基づいて作成されたものである。
 したがって、事業団の発意によって作成されたものである。
c 職務上の作成
 上記b(a)及び(b)の経緯からすれば、本件プログラム15の作成は、原告が職務上行ったものである。
(イ) 本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))
a 本件プログラム19の概要
 本件プログラム19は、本件プログラム15とともに、ECS(あやめ)の設計の妥当性の検討及び静止衛星における各種技術の取得を目的として、昭和52年から昭和55年にかけて開発されたECSミッション解析プログラム群の一つである。
 本件プログラム19は、「ABM(アポジモータ)点火時の異常時解析に供され、ABM推力方向誤差を考慮し、ABM推力中の軌道をオイラーの積分計算により、シミュレーションするとともに、指定されたレーダ局でのドップラー周波数を計算する」ことを目的及び機能とするプログラムである(乙210、213頁)。具体的には、アポジモータの点火により推力方向に誤差が生じた場合に衛星がどのような軌道をとり、それによってドップラー周波数がどのような影響を受けるかをシミュレーションする。
b 事業団の発意
 本件プログラム19は、本件プログラム15と同様に作成されているのであり、事業団の発意に基づくものである。
c 職務上の作成
 本件プログラム19は、本件プログラム15と同様に作成されているのであり、原告が職務上作成したものである。
(ECS(あやめ)の打上げ時の不具合(アポジモータの異常燃焼)をきっかけとして開発されたプログラム)
(ウ) 本件プログラム4(SPD)
a 本件プログラム4の概要
 本件プログラム4は、ECS(あやめ)打上げの際の事故から、アポジモータ燃焼中の衛星の運動解析を行うために開発されたものであり、昭和54年から昭和55年3月にかけて作成された。
b 事業団の発意
 本件プログラム4は、上記aの内容のプログラムであり、事業団衛星設計第1グループとしての認可を行った。
 次いで、事業団は、被告CRCと計算プログラムの作成の契約を締結した。
 よって、本件プログラム4の作成は、事業団の発意によるものである。
c 職務上の作成
 本件プログラム4の実際の計算プログラムの作成作業は、被告CRCの職員(技術者)が行った。被告CRCの職員は、事業団の監督員であった原告やP4から、基礎方程式(直線運動量方程式及び角運動量方程式)(甲3、55頁)を示され、プログラミングのための展開を行った。そして、被告CRCの大型コンピュータにおいてプログラミングを行ったのであり、原告は、事業団の職務として本件プログラム4の作成に関与したものである。
d なお、原告は、事業団において、本件プログラム4の著作権が原告にあることを認めていると主張するが、その事実はない。
(エ) 本件プログラム5(DOPPLER)
a 本件プログラム5の概要
 本件プログラム5は、ECS(あやめ)打上げ時の不具合(アポジモータの異常燃焼)をきっかけとして、アポジモータ燃焼フェーズの重要性が認識されたことから、アポジモータ燃焼中の衛星の状態量の解析(加速度や姿勢の変化の解析)を行うものとして開発されたプログラムである。
 本件プログラム5は、技術試験衛星U型「きく2号」(ETS−
U)(別紙人工衛星表番号3)、ECS(あやめ)、実験用静止通信衛星「あやめ2号」(ECS−b)(別紙人工衛星表番号9)(以下「ECS−b」という。)等より得られたドップラーデータから、衛星状態量(例えばアポジモータ燃焼による加速度の変化や姿勢の変化)を解析するものである。同様にドップラーデータを用いるカルマンフィルターは、本件プログラム5が決定論的手法を用いるのに対し、確率論的手法を用いる点で差異がある。
 ここで、ドップラーデータとは、電波の送信源(衛星)と地上局の相対運動によって生ずるドップラー効果による、受信周波数の送信周波数からの変位データをいう。ドップラーデータから衛星の視線方向の速度が分かり、また、複数地上局のドップラーデータを用いることにより衛星の運動を推定することができる。
b 事業団の発意
 本件プログラム5は、上記aの内容のプログラムであり、事業団衛星設計第1グループとしての認可を行った。
 次いで、事業団は、被告CRCに委託し、昭和54年度に原告その他の事業団職員を監督員とし、昭和55年5月に納入を受けた。
 よって、本件プログラム5の作成は、事業団の発意によるものである。
c 職務上の作成
 本件プログラム5は、事業団の業務遂行の目的のために、事業団より被告CRCに委託されて、作成され、事業団に納入されたものである。
d なお、原告は、昭和55年4月ころ、被告CRCのP5に本件プログラム19を示して、本件プログラム5の作成を委託しており、その際、本件プログラム5が事業団に納入された後には、事業団においてその目的に応じ複製し使用することがあることも認識していたことは明白である(乙223)。(技術試験衛星X型「きく5号」(ETS−V)(別紙人工衛星表番号19)の各段階の設計の検証をするためあるいはミッション解析に関連して作成されたプログラム)
(オ) 本件プログラム2(STAT)
a 本件プログラム2の概要
 本件プログラム2は、きく5号(ETS−V)(以下「ETSV」ともいう。)の予備設計終了後にされたシステム設計審査時に明らかになった問題を検討するために作成されたものである。静的解析(時間的要素とは無関係に、衛星、ロケットの動きを解析する。)を行うためにルミヤンステフ、マッキンタイヤの文献で示された「定常状態のスピン衛星の姿勢安定性の判断基準」(甲3、52頁)の計算式をもとに作成された。
 これにより、特定時点(プリセッション開始時、アポジモータ燃焼時、デスピン開始時等)の質量特性を与えたときのRCS燃料充填率に対する衛星の安定性のデータ解析を行うことが可能となった。
 本件プログラム2は、昭和59年4月、報告書及び磁気テープに記載され、事業団に納入された(乙48の1〜48の3、49)。
b 事業団の発意
 きく5号(ETS−V)は、開発当初からダイナミックス上の問題があったため、事業団は、スピン安定性、スロッシング等の問題に対する検討を行った。
 原告は、昭和58年7月27日付の技術資料DS−118013「ETS−Vの現設計に於けるダイナミックス上の問題点」(乙44)において、これらの問題点を解決するためには、物理現象に即した解析の内容及びその精度を向上させ、問題の定量的影響を把握することが不可欠と報告した。また、昭和58年8月12日付の技術資料DS−118014「RCS燃料スロッシング影響を考慮したABM燃焼中のスピンダイナミックス定式化について」(乙45)において、Thomsonの直線運動量方程式及び角運動量方程式を紹介し、これを発展させた衛星全体の直線運動量方程式及び角運動量方程式により解析を行うべきと報告した。さらに、昭和58年10月14日付の第154回衛星設計部門会議用資料である技術資料118019「ETS−Vスピンダイナミックスの検討及びミッション解析の実施について」において、スロッシング解析のため、振り子モデルを用いることを提案した(乙46、5頁)。
 これらの原告の報告を受けた事業団は、その他の事情をも考慮し、その必要性、内容、経費の妥当性を吟味した上で、上記解析のためのプログラムを作成することとした。
 そして、昭和58年12月ころ、事業団は、上記の問題の検討のため、解析作業について被告CRCと契約し(乙47)、昭和59年4月、これによるプログラム及びデータ解析の結果が納品された(乙48の1〜48の3、49)。本件プログラム2はこのとき納品されたものの1つである。
 したがって、本件プログラム2の作成は、事業団の発意によって行われたものである。
c 職務上の作成
 被告CRCの技術者は、事業団の担当監督員である原告より、ルミヤンステフ、マッキンタイヤの文献を渡され、同文献に示される計算式(甲4、乙44の5頁)と同じ判定作業を行い、同じ結果を得られるプログラムを作成するよう指示された(乙32、3頁)。
 この計算式とは、@液体燃料を内在する衛星の安定条件を示す式:MOIR(慣性モーメント比)>1+C(補正項)、Aルミヤンステフの式、Bマッキンタイヤの式であり、@の補正項C(スピン安定限界及びワブル角増幅率)を求める式がA及びBである(乙48の3)。@の式は、固体燃料を内在する衛星(剛体)の安定条件を示す式であるMOIR>1を補正項Cにて修正したものである。
 被告CRCの技術者は、@同文献を読み込んで理解し、A機能ごとのサブルーチン分けをした概略設計を行い、BAをもとに原告と打合せを行った後、C打合せの結果を検討し、詳細設計を行い、D事業団より承認を得てコーディング作業を行い、E原告に検証してもらい、プログラムとして完成させ、事業団に納品したものである。
 したがって、本件プログラム2の作成作業は、事業団との契約に基づき、被告CRC職員が行い、原告は、事業団の職員として、その職務上関与したものである。
d 原告は、事業団において、本件プログラム2の著作権が原告にあることを認めたことがあると主張するが、そのような事実はない。
(カ) 本件プログラム1(DYNA)
a 本件プログラム1の概要
 本件プログラム1は、本件プログラム2と同様、きく5号(ETS−V)の予備設計終了後にされたシステム設計審査時に明らかになった問題を検討するために、作成されたものであり、動的解析(液体燃料を球面振り子で模擬した時々刻々と変化する衛星等の動きを解析するもの)である(乙32、48の1)。
 本件プログラム1は、昭和59年4月、報告書及び磁気テープに記載され、事業団に納入された(乙48の1〜48の3、49)。
b 事業団の発意
 本件プログラム1は、固体燃料の衛星等について解析を行うSPDプログラムと同じく、Thomsonの直線運動量方程式及び角運動量方程式を基礎とするが、それに推力や可動物(液体燃料)の重心に関するパラメータを加えて、衛星の運動を計算する計算式が原告から示され、それに基づいて、事業団が被告CRCと契約し、被告CRCが作成作業を行ったものである。
 したがって、本件プログラム1の作成は、事業団の発意に基づくものである。
c 職務上の作成
 昭和58年12月、事業団は、被告CRCと、技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)の契約を締結した(乙47)。
 被告CRCの技術者は、原告より計算式とSPDプログラムとの相違点等を含む説明を受け、事業団の有する衛星等の飛行データを解析するため、このプログラムを作成するよう指示された(乙32、1頁)。
 被告CRCの技術者は、@計算式の意味を理解することにより、SPDプログラムとの差異を認識し、Aその理解に基づき、SPDを変更する形での、機能ごとにルーチン分けをした概略設計を行い、それをもとに原告との打合せを行い、B打合せの結果を検討し、詳細設計を行い、C事業団より同設計の承認を得てコーディング作業を行い、D原告に検証してもらい、プログラムとして完成させ、事業団に納品した(乙48の1〜48の3)。
 なお、作成当初、データを入力しても計算結果が得られないという問題があり、原告にソースコードプログラムを見てもらったり、事業団内に設置してあった被告CRC所有のコンピュータを用いての検証作業を行ってもらったりしたが、最終的に問題点を解決し、コーディング作業を行ったのは被告CRCの職員であった(乙32、2頁)。
 したがって、本件プログラム1の作成は、被告CRCの職員が行い、原告は、事業団の職員として、その職務上関与したものである。
d 原告は、上司が反対している間に、本件プログラム1の創作性を決定付ける定式化・アルゴリズムまでを職務とは無関係に完成させ、被告CRCはプログラム言語に変換する等の形式的作業を行ったにすぎないと主張するが、事実に反する。
 また、原告は、事業団において、本件プログラム1の著作権が原告にあることを認めたことがある旨述べるが、そのような事実はない。(本件プログラム1及び2による検討の後、きく5号(ETS−V)の設計の方向の妥当性を評価するために作成されたプログラム)
(キ) 本件プログラム6(DYNA−A)
a 本件プログラム6の概要
 本件プログラム6は、きく5号(ETS−V)の予備設計終了後にされたシステム設計審査時に明らかになった問題を検討するために作成された本件プログラム1及び2の後に、設計の方向の妥当性を評価するため、本件プログラム1をもとに改修されたプログラムである。
 本件プログラム6は、きく5号(ETS−V)がH−Iロケットから分離されてから三軸姿勢確立までの各作業段階に応じた衛星の運動のシミュレーションを行い、より詳細な解析を行うために、本件プログラム1を改修して作成された。
 昭和60年3月、本件プログラム6は、被告CRCから報告書及び磁気テープにより事業団に納入された(乙55の1〜55の2)。
b 事業団の発意
 事業団は、昭和59年4月、ETS−Vプロジェクトの成功という業務目的を達成するため、被告CRCと、ETS−Vミッション解析支援の役務借上げ(その2)契約を締結した(乙51の1〜51の2)。
 したがって、本件プログラム6の作成は、事業団の発意に基づくものである。
c 職務上の作成
 本件プログラム6の作成作業は、被告CRCの技術者が行った。
 被告CRCの技術者は、原告から、本件プログラム1において用いた計算式を追加・変更した計算式を渡され、必要な場合には、プログラムの変更箇所についての説明を受けた。
 被告CRCの技術者は、本件プログラム1のコーディング作業にも携わった者であり、そのため、本件プログラム6のコーディング作業を行うのに大きな困難はなかった。その後、原告に検証してもらい、プログラムとして完成させ、事業団に納品した(乙32、55の1〜55の2)。
d 原告は、本件プログラム6の作成に上司が反対している間にプログラムの全工程を終えていた旨述べるが、事実に反する。
 また、原告は、事業団において、本件プログラム6の著作権が原告にあることを認めたことがある旨主張するが、そのような事実はない。
(ク) 本件プログラム3(KALMAN−1)
a 本件プログラム3の概要
 本件プログラム3は、本件プログラム6と同様に、きく5号(ETS−V)の予備設計終了後にされたシステム設計審査時に明らかになった問題を検討するために作成された本件プログラム1及び2の後に、設計の方向の妥当性を評価するため、改修・作成されたプログラムである。
 本件プログラム3は、推力飛行中の衛星等の状態量(位置、速度、加速度)を、ドップラーデータに基づき、カルマンフィルターを用いて推定し、その推定値の誤差分散を求めるプログラムである。
b 事業団の発意
 事業団は、昭和60年4月、きく5号(ETS−V)ミッション解析プログラムに関する契約を被告CRCと締結し、これに基づいて、昭和61年3月に本件プログラム3が納入された。
 したがって、本件プログラム3の作成は、事業団の発意に基づくものである。
c 職務上の作成
 原告は、本件プログラム3の作成に関し、事業団の監督員の立場にあったが、プログラムの作成はしていない。原告の関与は、事業団の業務の遂行のために、事業団における原告の職務上行ったものである。(原告留学中に作成されたプログラム)
(ケ) 本件プログラム12(KALMAN(オリジナル、6次元))
a 本件プログラム12の概要
 カルマンフィルターは、昭和35年(1960年)、R.E.Kalmanの書籍によって提案された数学的な手法で、測定値に含まれるノイズを除去して現時点の最適な推定値を求めるとともに、時系列に変化する情報の履歴から次にとるであろう値を予測するものである(乙215の1)。そして、本件プログラム12は、人工衛星の実際の軌道との偏差をトラッキング用のデータを使って推定し直し、より精密に真の軌道を追跡するものである。
b 事業団の発意
 カルマンフィルターが目的とするのは衛星の軌道解析で、これは、まさに事業団において、本件プログラム12作成当時の原告が与えられていた具体的な職務に関連する事項であり、そのため原告が当該プログラムを作成したのであり、本件プログラム12の開発について事業団の発意があったといえる。
 本件プログラム12が、原告の留学中に作成されたとしても、原告の留学は、「軌道力学を主体としたミッション解析の習得」を研修目的として(乙68)、外国出張の扱いで行われたものである。本件プログラム12は、事業団による研修計画の承認、外国出張の指示に基づいて、研修計画に従って実施された研究により作成されたものであるから、その作成は、事業団の発意によるものということができる。
c 職務上の作成
(a) 原告の職務
 原告の留学は、事業団の業務を達成するために開発部員として一般的な潜在的能力を高めることを目的とするというより、原告が当時所属し職務として行っていたミッション解析業務、人工衛星ソフトウェアの体系化計画業務に直接必要な知識と技術を習得することを目的としていたものである。
 すなわち、原告の留学は、昭和55年に開始されているが、その時期は事業団が技術の自主国産化の方針を採った時期に合致する。さらに、原告の研修目的である「将来を含めた人工衛星、宇宙船のシステムの設計/運用に必須な『軌道力学を主体としたミッション解析法』について宇宙先進国から幅広くその技術を習得する」ことは、事業団内のソフトウェア委員会(昭和52年の規程に基づいて、事業団内の開発業務に係るソフト開発及び整備に関する業務を有効かつ適切に実施するために設置された委員会)の各報告書に記載された、ソフトウェアの自主開発と低廉化のために、事業団内部における開発部員のプログラム開発能力を高める目的にも合致していた。
(b) 事業団における留学の取扱い
 事業団は、研修留学を職場外研修の一つに位置付けており、留学の応募自体は応募者の自発的な意思に委ねているものの、一旦留学が決定されれば、海外に留学派遣し、事業団業務に関連する業務を実施させ、留学期間中の待遇についても勤務している場合に準じて定めている。
 事業団の職員が、外国の政府、財団、基金等の援助資金(以下「外国援助資金」という。)により留学する場合については、内部規程として、「外国援助資金による留学等の取扱いについて」(昭和47年5月25日47総務部通ちょう第6号)(乙26、71の別紙。以下「本件留学規程」という。)を定めている。本件留学規程は、事業団の業務との関連性を考慮して、外国援助資金による留学を外国出張として取り扱うことができるが、その期間は1年以内とし(乙26、1(2)ア)、1年を超える期間については、休職としている(乙26、1(2)イ)。もっとも、休職期間中も職員として処遇しており、職員給与規程の定めにより、本給、扶養手当及び特別都市手当に100分の70を乗じて得た額を支給し、健康保険法、雇用保険法及び厚生年金保険法上の取扱いを変えることはない。
(c) 原告の留学の取扱い
 原告は、フランス政府給費留学生試験に合格し、昭和55年度の事業団の海外委託研修生候補者に選定された。そして、事業団職員が外国援助資金により留学する場合として承認した「昭和55年度海外委託研修計画」に基づいて、昭和55年8月14日から昭和57年2月まで、フランスの宇宙開発機関(国立宇宙研究センター(CNES))に留学した。
 すなわち、事業団は、本件留学規程に従い、研修期間1年に往復に必要な最小限の旅行日数を加算した期間である369日間(昭和55年8月14日から昭和56年8月17日まで)の留学を認めた(乙30)。そして、昭和56年6月、原告から、研修課題について帰国予定日までに成果を上げることが困難であり、かつ、フランス政府給費留学生として更に1年間の延長が認められることから、留学の延長願い出がされた。事業団は、前記のとおり、制度上、外国出張として取り扱うことのできる期間を超えるため、延長期間について、本件留学規程に従って休職として取り扱うこととしたものである。
(d) したがって、本件プログラム12は、原告の職務上作成されたものである。
d 原告は、事業団において、本件プログラム12の著作権が原告にあることを認めた旨主張するが、そのような事実はない。
(その他のプログラム)
(コ) 本件プログラム13(KALMAN(オリジナル、9次元))
 事業団は、本件プログラム13の存在を一切知らないが、原告により作成されたとしても、事業団における原告の職務上作成されたものであり、職務著作に該当する。
(サ) 本件プログラム11(STAT(オリジナル))
 本件プログラム11が原告により作成されたとしても、事業団における原告の職務上作成されたものであり、職務著作に該当する。
(原告の反論)
 本件各プログラムについては、法15条の要件を満たさないから、事業団が本件各プログラムの著作者となるものではない。
ア 法15条の解釈
(ア) 法は、思想又は感情を創作的に表現したものを著作物とし(法2条1項1号)、そのような創作をした者を著作者としている(同項2号)。そして、かかる知的創造活動は、本来、個人のみがよくなし得る事柄である。したがって、法は、原則として現実に知的創造活動を行った個人を著作者として保護の対象とし、例外的に、法15条において、本来、知的創造活動をなし得ない法人等を著作者としているとみるべきである。そうすると、特段の事情がない限り、法15条を、字義の有する通常の意味を超えて、安易に拡大解釈することは相当ではない。
 さらに、本件各プログラムは、宇宙開発用の極めて特殊なものであって、事業団が専ら使用するものとして予定され、第三者がこれを使用することは原則として想定されていない。そうすると、本件各プログラムの権利の帰属について、第三者による利用の便宜に特に配慮する必要性は乏しいのであって、あえて職務著作の成立要件を緩和して、本件各プログラムの著作権を事業団に帰属させるべき理由はない。
(イ) 法15条の要件@−法人等の発意
 「法人その他使用者の発意」がある場合とは、法人等が著作物の作成についてイニシアティブをもって決定する場合や、法人等が著作物の企画・構想をし、業務に従事する者に具体的かつ明確に作成を命じる場合等に限定すべきである。
 この点、従業員自らが提案し、これを法人等の承認ないし容認の下に当該著作物を作成した場合にも法人等の発意があるとする見解がある。しかし、この見解では、従業員が職務上作成するものは、ほとんどが法人等の承認のもとに作成したものとされかねないから、法があえて「法人等の発意」を独立の要件とした趣旨を没却することになり、妥当でない。
 そして、法人等の発意は、著作物の作成に先立って、開示されている必要があると解すべきである。したがって、法人等が著作物の作成後にその作成を承認したときはもちろんのこと、作成途中でこれを承認したときであっても、法人等の発意があったと解すべきではない。
(ウ) 法15条の要件A−職務上の作成
 「職務上作成する」とは、従業員の職務の遂行として定められ又は予期される範囲の著作行為と解するべきである。この解釈は、従業員と使用者との間の利益の公平にも適うものである。従業員は、上記範囲の著作行為であれば、使用者からその労働の対価として給与の支払が行われており、上記範囲の著作行為による著作物は労働の成果といえるから、労働の成果である著作物に関する権利を使用者に帰属させても不都合はないからである。逆にいうと、その範囲を超える著作行為については、対価の支払がないので職務上の作成には当たらないものとして、従業員に権利を帰属させることが相当である。
(エ) 法15条の要件B−法人等名義での公表
 「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」には、公表されていない場合でも、仮に公表されるとすれば法人等の名義で公表されるものも含まれるとするのが判例である。
 職務著作成立の他の要件が充足されている以上、公表されるとすれば当然に法人等の名義で公表されると解する考え方があるが、公表に係る要件を独立の要件として定めた趣旨を没却するものであり、妥当とはいえない。
 同要件の該当性は、プログラムの作成経緯、作成過程における当該従業員の関与の度合い、作成後のプログラムの使用者内部での管理、取扱状況、当事者の意思等の諸事実に基づいて、当該プログラムが仮に公表されるとすれば誰の著作名義で公表されるべきものであるかという観点から判断されるべきである。
イ 事業団における原告の職務
(ア) 事業団においては、人工衛星開発等の業務において必要なプログラムの作成を、原則として外部の委託業者に完全に委託しており、プログラムの作成は原告の担当職務ではなかった。
 すなわち、昭和60年から昭和61年にかけて作成され、当時の事業団におけるソフトウェアの作成、管理等の実態や問題点をありのままに指摘している「NASDAソフトウェア利活用促進業務報告書」(乙194、以下「本件報告書」という。)において、事業団総務部の職員は、昭和61年当時の事業団内におけるソフトウェアの在庫調査の結果について、「(G)状況から見て、団内での所謂内作の形では殆ど利用されずにきた事は歴然で、NASDAのメーカーに頼る体質を良く示している。」と報告している。
(イ) 事業団の職員によるプログラムの作成が例外的なものであるとはいえ、一部の職員が、業務に関連するプログラムを作成していた事実があることは争わない。しかし、そのような職員と原告とでは、所属部門や事業団の反対の有無において相違があり、事業団の一部の職員によるプログラム作成の事実から、原告においてもプログラム作成が職務上のものとなるということはできない。
a まず、所属部門について、原告の所属部門は、本社試験衛星設計グループ、衛星設計第1グループ、人工衛星開発本部技術試験衛星グループであったが、これらの部門では、他の部門と異なり、プログラムの作成が業務として位置付けられていなかった。例えば、本社衛星設計第1グループにおいては、@実用衛星(放送衛星、通信衛星、気象衛星)を担当する衛星設計第2グループとの間の業務の調整、A衛星設計第2グループの所掌に属することを除いた人工衛星の設計、これに附帯する試験並びにこれらのための施設及び設備に関すること、B人工衛星の製作のとりまとめに関すること、C人工衛星の運用計画の作成に関することといった、グループ間の調整や、開発における監督(とりまとめ)等であったのであり、解析プログラムの作成といった技術的事項についての研究開発は、同グループの業務内容ではなかった。
 他方、被告が指摘する、プログラムを作成した事業団職員が当該時期に所属していた部門は、筑波宇宙センター追跡開発室(昭和53年6月16日の組織変更によって「筑波宇宙センター追跡管制開発室」とされた。)や、筑波宇宙センター誘導制御開発室であって、これらの部門は、それぞれ、追跡管制に係るソフトウェアの開発、ロケット及び人工衛星の誘導制御システムの設計解析の実施を業務としていた。もともと、筑波宇宙センターが、人工衛星等の開発に関する研究をその業務内容としていることからも(乙122、42条の12等)、当然に予定されていた職務内容であった。
b 次に、原告は、人工衛星開発等の業務において必要なプログラムの作成について、事業団に提案し続けたにもかかわらず、反対を受けていた。すなわち、原告は、事業団に対し、外部の委託業者に行わせていた人工衛星の設計等の技術内容の妥当性を、事業団自らが、コンピュータを用いたシミュレーションによるチェック・アンド・レビュー(検査・評価)を行うことによって検証する体制を整えるべく、そのために必要となるプログラムの作成、人員の手配等を提案し続けた。しかし、事業団は、技術評価は外部委託業者に行わせればよい、事業団独自の解析を行うとなれば、人員や費用が二重にかかるなどとして反対し続けた。これを端的に示すのが、「人工衛星ソフトウェア及び解析体制の計画」(案)(甲67)であり、また、本件報告書(乙194)188頁の記載である。
 このように、原告は、事業団からの反対を受けていたのであり、プログラムが原告の職務上作成されたものとはいえない。
ウ 本件各プログラムの検討
(ア) 本件プログラム1(DYNA)
 本件プログラム1は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団の発意があったというためには、事業団において、原告がプログラムの作成に着手する前に、イニシアティブをもってその作成を決定したり、具体的かつ明確に作成を指示したりした事実が必要であるところ、本件プログラム1の作成について、そのような事実はないから、事業団の発意があったとはいえない。
 事業団は、昭和58年12月に、原告が被告CRCの役務を利用して本件プログラム1のコーディング作業を行うことを承認したが、この承認は、内容、経緯及び時期の点から、事業団の発意とみることはできない。
 すなわち、本件プログラム1の作成は、@解析テーマの設定、A解析テーマの調査及び検討、B解析のための物理式の作成(定式化、アルゴリズム)、Cプログラミングのための物理式の展開、Dプログラミング言語FORTRANによるコーディング、Eプログラムのテスト、Fテスト結果に基づく物理式及びプログラムの検証と修正などの手順を経て行われたが、解析テーマの設定自体が、解析を可能とするプログラムの完成を目的としてなされるものであり、上記@からFまでがプログラムの完成を目的としてなされている。そして、解析プログラムにおいては、物理式をFORTRANによってコーディングすることは、FORTRAN自体が物理式の表記と近似するため、比較的容易な作業である。原告は、遅くとも昭和58年6月には、事業団に対し、液体スロッシングの影響を解析するプログラムを作成する必要性を指摘し(甲54〜57)、同年8月12日には、DYNAの物理式の展開、定式化の大半の部分を完成させていた(乙45)。原告が同年10月28日に作成した書面(乙22)にも、DYNAの定式化をほぼ完了した旨の記載がある(同4頁C)。結局、事業団の承認は、原告からの具体的かつ明確な提案を受けて、コーディング作業と密接不可分の関係にある物理式を完成させた後に、プログラム作成の一部であるコーディング作業についてなされたものにすぎず、これをもって、事業団がイニシアティブをもってプログラムの作成を決定したものとはいえない。
b 原告の職務上の作成ではない。
 法15条における職務上の作成とは、従業員の職務の遂行として定められ又は予期される範囲の著作行為と解するべきであるが、本件プログラム1の作成は、原告の職務として定められ、あるいは予期されていたものではなく、原告が職務上作成したものとはいえない。
 すなわち、事業団では、前記イ(ア)のとおり、人工衛星等の開発・打上げ等の業務において必要なプログラムの作成について、原則として外部の委託業者に完全に委託しており、原告を含む事業団の職員の担当職務は、上記委託業者によるプログラムの作成について、主に予算面からの管理及び監督をすることであった。
 なお、被告らは、事業団において、本件プログラム1の作成をするに当たり、被告CRCの施設や技術者を使用することを承認していたことから、本件プログラム1の作成が原告の職務上のものである旨主張するが、この承認は、作業に便宜を供与するという意味にすぎず、本件プログラム1の作成は、原告の職務の範囲を超える作業として行ったものである。
 したがって、本件プログラム1の作成は、原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の職務行為であるともいえない。
c 事業団の著作名義の下に公表されるべきものではない。
 本件プログラム1は公表されていないが、仮に公表するとすれば、以下の事情から、事業団名義の下に公表されたとは到底いい難く、原告の著作名義で公表されるべきものであった。
(a) 原告による本件プログラム1の管理
 事業団は、原告に対し、本件プログラム1の開発者が原告であるとした上で、原告が本件プログラム1を管理することを認め、事業団の従業員に対し、本件プログラム1を使用するために借り出す際には原告の承諾を取るという手続を履践させていた。
 すなわち、昭和62年3月9日に、事業団内部において、ETS−Vグループ、調査国際部、計画管理部情報システム推進室の各担当者と原告との間で、本件プログラム1について、原告が開発者であることを前提として、その情報が入った磁気テープを原告が保管すること、原告及び調査国際部において管理すること、解析結果を発表する際にはプログラム名及び原告が作成した論文を明記すること等が合意された(甲77)。
 さらに、昭和62年3月30日には、事業団内部において、調査国際部、N−U・H−Tロケットグループ、ETS−Vグループ及び被告CRCの各担当者と原告との間で、本件プログラム1の管理方法について、上記合意と同様の方法を採用し、原告が管理することが確認された(甲78)。しかも、その際、調査国際部において管理すべき磁気テープについても、原告が保管・管理することが合意された(甲78、1頁注)。
 そして、上記各合意後、実際に、事業団の従業員において、本件プログラム1及び同様に原告が管理することが確認された各プログラムを使用する場合には、原告に対して使用許可の申込みを行い(甲81、82、84、そのいずれにも、プログラムの開発者が原告である旨明記されている)、原告において使用を許可するか否かの決定を行っていた(甲82、83、85、86)。
(b) 原告個人名義での論文の公表
 原告は、本件プログラム1の著作権者として、本件プログラム1を用いての解析結果や、右結果に基づき得られた情報等に基づいて、個人名義の論文を作成し、その対外的公表を行っている(甲106、110)。そして、事業団は、原告の上記論文発表を容認していた。
(イ) 本件プログラム2(STAT)
 本件プログラム2は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団の発意があったというためには、事業団において、原告がプログラムの作成に着手する前に、イニシアティブをもってその作成を決定したり、具体的かつ明確に作成を指示したりした事実が必要であるところ、本件プログラム2の作成について、そのような事実はないから、事業団の発意があったとはいえない。
 事業団は、昭和58年12月に、原告が被告CRCの役務を利用して本件プログラム2のコーディング作業を行うことを承認した(乙47)が、この承認は、内容、経緯及び時期の点から、事業団の発意とみることはできない。
 すなわち、本件プログラム2の作成は、前記((ア)a)の本件プロ
グラム1の作成と同様の手順で行われるところ、原告は、遅くとも、昭和58年6月には、事業団に対してスピン安定性、ワブル角増幅率を解析するプログラム、すなわち、STATを作成する必要性を指摘するとともに(甲54〜57)、同時期には既に、独力でSTATと同一の目的を実現するためにルミヤンステフの計算式のみに基づいた本件プログラム11(STAT(オリジナル))を完成させ、それに基づく解析を自ら行っていた(甲16)。
 事業団の承認は、原告より、既に完成した本件プログラム11による解析結果を根拠として、本件プログラム2を作成することについての具体的かつ明確な提案を受けて、プログラム作成の一部であるコーディング作業についてなされたものにすぎず、これをもって、事業団がイニシアティブをもってプログラムの作成を決定したものとはいえない。また、承認の段階では、既に、原告により本件プログラム2の前身プログラムである本件プログラム11が作成されていたものであり、これが本件プログラム2の作成過程で活用されたことは明らかである。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム2の作成は原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるともいえない。
c 事業団の著作名義の下に公表されるべきものではない。
 本件プログラム2は公表されていないが、仮に公表するとすれば、以下の事情から、事業団名義の下に公表されたとは到底いい難く、原告の著作名義で公表されるべきものであった。
(a) 原告による本件プログラム2の管理
 事業団が、原告に対し、本件プログラム2の開発者が原告であるとした上で、原告が本件プログラム2を管理することを認め、事業団の従業員に対し、本件プログラム2を使用するために借り出す場合には原告の承諾を取るという手続を履践させていたことは、本件プログラム1の場合と同様である。
(b) 原告個人名義での論文の公表
 また、原告は、本件プログラム2の著作権者として、本件プログラム2を用いての解析結果や、同結果により得られた情報等に基づいて、個人名義の論文を作成し、その対外的公表を行っている(甲111)。そして、事業団は、原告の上記論文発表を容認していた。
(ウ) 本件プログラム3(KALMAN−1)
 本件プログラム3は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団の発意があったというためには、事業団において、原告がプログラムの作成に着手する前に、イニシアティブをもってその作成を決定したり、具体的かつ明確に作成を指示したりした事実が必要であるところ、本件プログラム3の作成について、そのような事実はないから、事業団の発意があったとはいえない。
 事業団は、昭和60年4月ころに、原告が被告CRCの役務を利用して本件プログラム3のコーディング作業を行うことを承認した(乙61の1、2)が、この承認は、内容、経緯及び時期の点から、事業団の発意とみることはできない。
 すなわち、本件プログラム3の作成は、前記((ア)a)の本件プログラム1の作成と同様の手順で行われるところ、原告は、昭和57年夏には、事業団に対して、カルマンフィルターを用いて衛星状態量を推定するプログラムの作成を提案するとともに(甲48、甲47、5頁)、昭和58年1月、9次元のカルマン方程式を用いて衛星等の状態量を推定するプログラムである本件プログラム13を独力で作成している。しかも、本件プログラム3の作成の際には、原告が作成した本件プログラム13が用いられていることは、被告らが認めている(被告らの第5準備書面19頁)。
 事業団の承認は、原告より、既に重要部分を作成した後、具体的かつ明確な提案を受けて、プログラム作成の一部であるコーディング作業についてなされたものにすぎず、かつ、そのコーディング作業についても原告作成のプログラムを利用することが前提とされていたのであるから、これをもって、事業団がイニシアティブをもってプログラムの作成を決定したものとはいえない。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム3の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
(エ) 本件プログラム4(SPD)
 本件プログラム4は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団の発意があったというためには、事業団において、原告がプログラムの作成に着手する前に、イニシアティブをもってその作成を決定したり、具体的かつ明確に作成を指示したりした事実が必要であるところ、本件プログラム4の作成について、そのような事実はないから、事業団の発意があったとはいえない。
 事業団は、原告による本件プログラム4の作成が進んだ後に、原告が被告CRCの役務を利用して本件プログラム4のコーディング作業を行うことを承認したが、この承認は、内容、経緯及び時期の点から、事業団の発意とみることはできない。
 すなわち、本件プログラム4の作成は、前記((ア)a)の本件プログラム1の作成と同様の手順で行われるところ、原告は、遅くとも昭和54年10月には、事業団に対し、具体的なシミュレーション結果に基づいて、本件プログラム4の作成を提案している。
 事業団の上記承認は、原告が、基礎方程式(乙20、5頁)及び同式を展開した物理式を作成の後、具体的かつ明確な提案を受けて、プログラム作成の一部であるコーディング作業についてなされたものにすぎず、これをもって、事業団がイニシアティブをもってプログラムの作成を決定したとはいえない。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム4の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
c 事業団の著作名義の下に公表されるべきものではない。
 本件プログラム4は公表されていないが、仮に公表するとすれば、以下の事情から、事業団名義の下に公表されたとは到底いい難く、原告の著作名義で公表されるべきものであった。
 すなわち、原告は、本件プログラム4の著作権者として、本件プログラム4を用いての解析結果や、同結果により得られた情報等に基づいて、個人名義の論文を作成し、事業団はその対外的公表を行ってこれを承認していた(甲107)。原告名義での公表論文の存在などの事情は、事業団において本件プログラム4の著作権が原告に帰属し、あるいは、帰属し得るものであると考えていたことを示すものである。
(オ) 本件プログラム5(DOPPLER)
 本件プログラム5は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団の発意があったというためには、事業団において、原告がプログラムの作成に着手する前に、イニシアティブをもってその作成を決定したり、具体的かつ明確に作成を指示したりした事実が必要であるところ、本件プログラム5の作成について、そのような事実はないから、事業団の発意があったとはいえない。
 原告は、事業団に対し、遅くとも昭和54年9月には、本件プログラム5の前身である本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))による解析結果等を提示して、本件プログラム5の作成を提案した。事業団は、原告の提案を受けて、原告において被告CRCの役務を利用して本件プログラム5のコーディング作業を行うことを承認したが、この承認は、内容、経緯及び時期の点から、事業団の発意とみることはできない。
 すなわち、事業団の上記承認は、原告が、本件プログラム5の前身である本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))を完成させた後、具体的かつ明確な提案を受けて、プログラム作成の一部であるコーディング作業についてなされたものにすぎず、これをもって、事業団がイニシアティブをもってプログラムの作成を決定したものとはいえない。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム5の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
c 事業団の著作名義の下に公表されるべきものではない。
 本件プログラム5は公表されていないが、仮に公表するとすれば、以下の事情から、事業団名義の下に公表されたとは到底いい難く、原告の著作名義で公表されるべきものであった。
(a) 原告によるDOPPLER−1プログラムの管理
 事業団が、原告に対し、本件プログラム5と基本的機能が同一のプログラムであるDOPPLER−1プログラムの開発者が原告であるとした上で、原告が同プログラムを管理することを認め、事業団の従業員に対し、同プログラムを使用するために借り出す場合には原告の承諾を取るという手続を履践させていた(甲84、85)。
(b) 原告個人名義での論文の公表
 また、原告は、本件プログラム5の著作権者として、本件プログラム5を用いての解析結果や、同結果により得られた情報等に基づいて、個人名義の論文を作成し、事業団はその対外的公表を行ってこれを承認している(甲107)。
(カ) 本件プログラム6(DYNA−A)
 本件プログラム6は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団の発意があったというためには、事業団において、原告がプログラムの作成に着手する前に、イニシアティブをもってその作成を決定したり、具体的かつ明確に作成を指示したりした事実が必要であるところ、本件プログラム6の作成について、そのような事実はないから、事業団の発意があったとはいえない。
 事業団は、昭和59年4月に、原告が被告CRCの役務を利用して本件プログラム6のコーディング作業を行うことを承認した(乙51の1、2)が、この承認は、内容、経緯及び時期の点から、事業団の発意とみることはできない。
 すなわち、原告は、自らの発意により本件プログラム6の前身である本件プログラム1を完成させており、本件プログラム1による解析結果をもとに事業団に対して本件プログラム1の有用性を説明した上、更に精度の高い解析を行うために、本件プログラム1を改修することを提案していたのである(乙50、29〜35頁)。
 事業団の承認は、原告が作成した本件プログラム1を利用することを前提として、原告から具体的かつ明確な提案をした結果、プログラム作成の一部であるコーディング作業についてなされたものにすぎず、これをもって、事業団がイニシアティブをもってプログラムの作成を決定したものとはいえない。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム6の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
c 事業団の著作名義の下に公表されるべきものではない。
 本件プログラム6は公表されていないが、仮に公表するとすれば、以下の事情から、事業団名義の下に公表されたとは到底いい難く、原告の著作名義で公表されるべきものであった。
(a) 原告による本件プログラム6の管理
 事業団が、原告に対し、本件プログラム6の開発者が原告であるとした上で、原告が本件プログラム6を管理することを認め、事業団の従業員に対し、本件プログラム6を使用するために借り出す場合には原告の承諾を取るという手続を履践させていた(甲81)。
(b) 原告個人名義での論文の公表
 また、原告は、本件プログラム6の著作権者として、本件プログラム6を用いての解析結果や、同結果により得られた情報等に基づいて、個人名義の論文を作成して対外的公表を行い(甲106、110、111)、事業団はそれを容認していた。
(キ) 本件プログラム11(STAT(オリジナル))
 本件プログラム11は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団は、本件プログラム11について、本訴において原告に示されるまで、その存在自体を知らなかったのであるから、本件プログラム11の作成に当たり事業団の発意がなかったことは明らかである。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム11の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
(ク) 本件プログラム12(KALMAN(オリジナル、6次元))
 本件プログラム12は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団は、本件プログラム12について、本訴において原告に示されるまでその存在自体を知らなかったのであるから、本件プログラム12作成に当たり事業団の発意がなかったことは明らかである。
 なお、被告らは、留学中に作成したプログラムであっても、その作
成は、原告が事業団に対して提出した研修計画を事業団が了承した結果実現した研修期間中に、研修計画に従って行われたものであることを根拠として、プログラム作成についての発意は事業団にある旨主張する(被告第6準備書面11〜12頁)。しかし、被告らが根拠として挙げる書面の中には、事業団が原告に対しておよそプログラムの作成を指示・命令したことをうかがわせる記載はない。被告らの主張に従えば、留学中に業務に関連して作成したすべてのプログラムについて事業団に発意があることとなり、法15条の趣旨を没却することとなって、失当である。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム12の作成は、原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
 原告の留学は、原告が個人的に応募したフランス政府給費留学生試験合格が確実となってから、事業団において形式的に認められたにすぎない。原告は、事業団が留学を認めない場合には退職して留学する意向であった。原告の留学に関する事業団からの支給額は、正規留学の3分の1であり、旅費も片道のみであった。半年間の留学延長期間においては、滞在支給費はなく、給与も7割に減額された。これはまさに個人留学の扱いであったことを示すものである。
c 事業団の著作名義の下に公表されるべきものではない。
 本件プログラム12は公表されていないが、仮に公表するとすれば、以下の事情から、事業団名義の下に公表されたとは到底いい難く、原告の著作名義で公表されるべきものであった。
 すなわち、本件プログラム12は、原告がフランスに留学中の昭和56年10月に完成させたものであり、事業団は、留学中に従業員により作成されたプログラムの権利帰属主体について、文化庁の事務官その他複数の専門家に相談した結果、従業員個人に帰属するとの見解に達し(甲72)、その結果、昭和61年3月27日付業務連絡(甲74)により原告に対し、留学中に開発したプログラムは個人に帰属する、すなわち、本件プログラム12の著作者たる地位が原始的に原告に帰属するという趣旨の回答を行った。
(ケ) 本件プログラム13(KALMAN(オリジナル、9次元))
 本件プログラム13は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 事業団は、本件プログラム13について、本訴において原告に示されるまで、その存在自体を知らなかったのであるから、本件プログラム13の作成に当たり事業団の発意がなかったことは明らかである。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム13の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
(コ) 本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム(B010プログラム))
 本件プログラム15は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 本件プログラム15は、原告が、昭和52年6月に、独力でコーディングして完成させたものである(甲66、乙10、11)。この間、事業団から原告に対して、本件プログラム15の作成についての具体的かつ明確な指示は一切なかった。
 よって、本件プログラム15の作成に当たり事業団の発意がなかったことは明らかである。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム15の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
(サ) 本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))
 本件プログラム19は職務著作に該当しない。
a 事業団の発意がない。
 本件プログラム19は、原告が、昭和54年9月に、独力でコーディングして完成させたものである。この間、事業団から原告に対して、本件プログラム19の作成についての具体的かつ明確な指示は一切なかった。
 よって、本件プログラム19の作成に当たり事業団の発意がなかったことは明らかである。
b 原告の職務上の作成ではない。
 本件プログラム1の場合と同様、本件プログラム19の作成が原告の事業団における担当職務ではなく、また、原告の担当職務上予期される範囲の著作行為であるとはいえない。
(3) 争点3(本件プログラム5、11〜13及び15は著作物といえるか)について
(原告の主張)
ア 本件各プログラムが著作物であること
 本件各プログラムには創作性があり、著作物であるが、被告らがその著作物性を争う本件プログラム5、11〜13及び15についても、いずれも高度な創作性を有する著作物である。
 以下、本件プログラム12及び13について述べる。
イ 本件プログラム12及び13について
(ア) プログラムの規模が大きいこと
 本件プログラム12は、30個のサブルーチン、総ステップ数1427行(ただし、原告留学先のフランス国立宇宙研究センターの技術者が作成したサブルーチンMINVS1を除く。)よりなる長大なプログラムである。本件プログラム13も、23個のサブルーチン、総ステップ数1902行(ただし、甲120から、本件プログラム13作成後に誤って付加されて記録されたと思われるサブルーチンKALMMVを除く。)からなる。
 このように規模の大きいプログラムが、誰が作成してもほぼ同一の表現になるはずがない。
(イ) プログラムの記述において、原告の個性が発揮されていること
 原告は、コーディングの際に、当時の大型計算機の性能を考慮しながら、できる限り計算速度を上げることや、高価であったカードの枚数をなるべく減らすこと、後日のプログラムのもとになる計算式の誤りやプログラムのバグの発見・修正をしやすくすること等を目的として、様々な工夫を行っている。
 例えば、原告は、繰り返し計算を行わせる実行文である「DO文」を用いる際に、一般的なコーディングの場合には「DO文」の範囲を明確にするためにその範囲の終わりに記述する「CONTINUE文」を、極力記載しないようにコーディングしている。具体的に、本件プログラム12(甲120)のサブルーチン「VISIB2」の32〜39行(甲134)のソースコードでは、「DO文」を用いる際にその範囲を示す記述として「CONTINUE文」を用いず、実行文の冒頭に番号を付ける記述(甲134の該当部分の3、5、8行目)を採用している。
 このほかにも、原告は、プログラムの簡素化、計算速度の向上等に資するために、コーディングの際に、組込関数(切捨て、剰余、絶対値などの計算を行うもの。)を極力使用しないこと、メイン・サブルーチンに全体の計算フローを詰め込むことで、極力サブルーチンの呼出回数を減らすこと等の工夫を行っている。
(ウ) プログラム化を考慮しつつ導出した斬新な計算式を表現したものであること
 原告は、基本理論式(甲45、1頁@〜D)を出発点として、解析目的を実現するために必要な様々な計算式を組み合わせ、長大な計算式群を作り上げていき、それらの計算式群による計算結果が物理的に妥当なものでない場合には、更に計算式を修正し、最終的な計算式を導出しているのであるが、原告が導出した最終的な計算式を記載した文献は、原告の知る限り、当時存在しなかったのである。
 例えば、本件プログラム12のサブルーチン「RATE1」(甲13
5)は、誤差伝搬行列の算定に必要な軌道6要素の最適差分値を計算するプログラムであり、各要素ごとに、位置の差(DIST)を計算し、下限値(DECA8)と上限値(DECA12)の間にあるという判定条件(DECA8<DIST<DECA12、ソースコード47、59、71、83、95、107行目)及び判定値の設定(ソースコード9〜20行)のみをとっても、様々な判定条件を試すなどして、物理的に妥当な結果を導くことを確認し、その上でこれを採用し、かかるソースコードの記述となったものであるところ、この点を記載した文献は、当時全く存在しなかったのである。
 そして、上記最終的な計算式をコーディングする際にも、原告は、大型計算機による計算処理能力などを考慮して、プログラム全体の計算フローを決定し、計算式群を計算機ごとにブロック化してサブルーチンを作るといった知的作業を行い、後のコーディング作業をしやすいような形で計算式の導出を行っている。
(エ) なお、被告らは、P7作成の意見書(乙215の1)を引用して、本件プログラム12及び13に独創性がないと主張するが、上記意見書は、本件プログラム12及び13の内容についての正確な理解に基づかないものである。
 すなわち、甲123の2頁(3)式の第5〜7行において、加速度が一定の値となるように設定されているが、これは、10数秒の間に固体燃料を燃やし尽くすことにより、加速度を含む衛星の状態量が劇的に変化するアポジモータ燃焼中の事象の理解に欠ける主張であると言わざるを得ない。指摘された式は、原告が、各種の加速度方程式による試行錯誤を繰り返した結果、最終的に辿り着いたものであって、文献などはなかった。
(被告らの反論)
ア プログラムの著作物性
 プログラムは、その性質上、表現する記号が制約され、言語体系が厳格であるため、計算式をプログラム言語で記述したような場合にはプログラムにおける記述が相互に類似することがあり得る。仮に、簡単な内容とごく短い表記法によって記述したプログラムをも、著作権法上の保護対象とすると、コンピュータの広範な利用を妨げ、経済活動や研究活動に多大な支障を来すことになる。また、著作権法は、プログラムの具体的表現を保護するものであって、機能やアイディア、あるいは科学的な計算式やその採用を保護するものではない。当該プログラムがある目的における公知の計算式の採用を保護対象とすることになると、結果的には計算式そのものを独占させることとなるからである。
 したがって、コンピュータに対する指令の組合せであるプログラムの具体的表現がこのような記述からなる場合は、作成者の個性が発揮されていないものとして創作性が否定されるべきである。
イ 本件プログラム5は著作物性を有しない
(ア) 原告は、本件プログラム5は、原告が導出した計算式(甲7)を被告CRCがFORTRAN言語に置き換えただけであると主張しているが、そもそも計算式には著作権が存在するものではないし、当該計算式(甲7)についても独自性はない。
(イ) 甲7の「T 3局のドップラーデータによるABMによる速度増分ベクトルΔVおよび加速度ベクトルAの計算式」(1)〜(4)について
a T(1)式
 これは、時刻tiにおけるj番目の追跡局の位置ベクトルrj(ti)及び衛星の位置ベクトルr(ti)を用いて、追跡局から見た衛星の速度ベクトルを求め、同時刻におけるj番目の追跡局から衛星までの距離(スラント・レンジ)ρj(ti)を求める式である。
 この式は、航空宇宙工学便覧(1974年)(乙224)の321頁(乙222)記載の式「r=Lρ+R」を時間tiで1回微分することにより導かれるものである
b T(2)式
 これは、時刻ti−1のときのアポジモータ(ABM)の加速度A及び重力(μ:重力ポテンシャル定数)を考慮して、時刻tiにおける位置r(ti)を求める式である。これは、乙225の344頁記載の式(8.1)を時間tで2回積分することにより容易に導かれるものである。
c T(3)式
 これは、時刻tiにおける衛星の速度r(編注;「r」の上に「●→」あり)(ti)と時刻ti−1における衛星の速度r(編注;「r」の上に「●→」あり)(ti−1)との差に、Δt(=ti−ti−1)時間後の重力項(μに比例)による速度変動分を加えて、速度の増分値ΔV(ti)を求める式である。これは、乙223の344頁記載の式(8.1)直下の右式V(編注;「V」の上に「●→」あり)=ap(編注;「a」の上に「→」あり)−(μ/r3)r(編注;「r」の上に「→」あり)を時間tで1回積分し、ap(編注;「a」の上に「→」あり)を省略した式の差分をとることにより導かれるものである。
d T(4)式
 これは、時刻tiにおける衛星の速度ΔV(ti)を積分の時間間隔Δtで除することにより、同時刻におけるアポジモータ(ABM)の加速度A(編注;「A」の上に「→」あり)(ti)を求める式であるが、一般に知られている速度と加速度の関係式にすぎない。
(ウ) 甲7の「U ドップラー周波数の計算式」(5)〜(6)について
a U(5)式
 これは、基準周波数f0と光速Cとの比及びj番目の追跡局と衛星との相対速度(レンジレイト)ρj(ti)から、時刻tiで観測されるドップラー周波数fj(ti)を求める式である。
b U(6)式
 これは、j番目の追跡局で、時刻tiに観測される周波数fj(ti)とアポジモータ点火前に観測される周波数fj(t0)との差を与えるもので、同追跡局で観測されるドップラー周波数のずれ(シフトという)Δfj(ti)の定義を求める式である。
c いずれも、ドップラー周波数及びそのシフトを求める式としてよく知られたものである(乙222)。
(エ) 甲7の「V 多項回帰式による最小二乗法」(1)〜(4)について
a 最小二乗法とは、計測値と推定真値(計算値)との差の二乗の総和を最小になるように推定曲線の係数を決める方法をいい、1795年ころ、C.F.ガウスが小惑星ケレスの観測データから軌道を決定し、再発見に導くために考案したものである(乙226、序言及び4頁、甲23、240頁)。数値解析に多く用いられ、昭和54年(1979年)ころには、最小二乗法標準プログラムシステムSALSも開発されている(乙226、7〜9頁、177〜196頁)。
b V(1)式は、ドップラー周波数の真値yを、時刻xを変数とするn次の多項式として定義したものである。V(2)式は、ドップラー周波数の計測値y*と推定値yとの差の二乗和Sが最小になるように求めるものであり、最小二乗法の理論式そのものである。
c V(3)式は、V(2)式を係数aiで偏微分し、最適な係数値を求めるために各偏微分式を0としたものである。V(4)式は、V(3)式をマトリックス形式に表現しただけである。
d 以上のとおり、V(1)〜(4)式は、数値解析に多用されている最小二乗法の式を、次数に応じて偏微分式に展開し、全偏微分係数が0の条件から最適係数値が決まるという手順を示したにすぎず、それらは数学的解法として周知の事実であり、原告の独自性は全くない。
(オ) 甲7の「W ラグランジェの多項式」(5)について
 ラグランジェの公式とは(n+1)個の指定値を満足させるn次式を導出する算式のことで、数値的補間法としてよく使用される周知の数学公式である。
 なお、この式は、被告CRC担当者(E)が記載したものである。
ウ 本件プログラム11は著作物性を有しない
 本件プログラム11は、ルミヤンステフの式(乙203、349頁右欄の式(65)及び(66))を、FORTRAN言語とその文法により全くそのまま書き換えたものである。
 すなわち、本件プログラム11は、@変数へのデータ設定、Aワブル角増幅率(κ)の算出、及びBデータ出力の、全体でわずか15ステップより構成されている。
 @の変数データ設定のステップは、結局、ルミヤンステフの式の変数部分に代入する数字を定めているだけである。Aのワブル角増幅率(κ)を算出するためのステップは、変数J及び変数Kとしたその値を求めるために、ルミヤンステフの式のとおり一般的な関数を用いて記載しているものである。Bのデータ出力は、いくつかの値の印刷の指示をそのとおりに記載しているだけである。そして、最初に変数を列挙し、次いで、変数を代入するべき計算式に対応する指令を記載し、プリントの出力の指令を記載し、最後にENDで終了する流れも、FORTRAN言語によるプログラムの基本的な解法である。
 なお、原告は、本件プログラム11は、「回転している衛星やロケットの内部の液体移動が回転物体の静的な安定性に及ぼす影響を判別するため」のプログラムである旨述べているところ、この目的でルミヤンステフの式を使用することは、文献(乙203、甲110の168頁で引用)に記載されていたところであり、ルミヤンステフの式を選んだことにも原告のオリジナリティは認められない。
 以上のとおりであり、本件プログラム11は著作物性を有しない。
エ 本件プログラム12は著作物性を有しない
(ア) 本件プログラム12及び13の基礎式は、R.E.Kalman基本理論式、宇宙システムに応用するために東京工科大学名誉教授P7が著書で発表した基本理論式とほぼ同一であり、特段の独自性を有するものではない。
(イ) すなわち、原告が導出したとする甲45及び乙215の2の3の@(予測算式)は、乙215の2の1、71頁の式(3.97)における第1番目の式から導かれるものであり(カルマンフィルターの線形推定法則から信号x(k)をx*(k−1)と時刻tkの関数から求められる。)、資料2、85頁の式(3.18)に相当する。A(推定算式)は乙215の2の1、71頁の式(3.96)、乙215の2の2、85頁の式(3.13)に相当する。そして、B(予測誤差上限行列の算式)は乙215の2の1、71頁の式(3.97)における第2及び第3番目の式、乙215の2の2、85頁の式(3.19)に相当する。さらに、C(最適利得行列の算式)は乙215の2の2、85頁の式(3.14)と、また、D(推定誤差上限行列の算式)は同式(3.17)と表記上の相違を除いて同一であることが明らかである。
(ウ) さらに、本件プログラム12及び13では、衛星を質点と捉え、入力値χkを衛星の状態量(位置、速度など)とし、位置、速度をそれぞれ3次元の座標行列で表し(6次元)、後に加速度に関する3次元の変数を加えて合計で9次元の座標行列で表しているが、元々、カルマンフィルター理論には次元の制限がなく、計算対象に合わせて座標行列の状態変数を増減することは非常にありふれた考え方である。
 軌道推定プログラムを作成する場合、少なくとも、位置及び速度(位置の変化を微分することで得られる。)を各3次元の行列とすることを要し、最低6次元とする。さらに加速度パラメータをも変数で表すことも当然なされることで、合計9次元(9行×9列の行列式)とすることもよくなされることである。実際、乙215の2の1、202頁の(7.85)式は、軌道推定の分野における3次元の位置座標x(t)、その速度(3次元)、その加速度(3次元)の計9次元フィルタの例が記載されている。
 本件プログラム12及び13では、運動方程式Fによる計算結果を入力値χkとすることにより、衛星の運動が軌道の推定値に与える影響を具体的に計算している。ここで、甲123、2頁(3)式の第5〜7行では時刻kにおける加速度パラメータη及び加速度の方向を表すα、δが時刻k−1の値を設定するように定義されており、これは加速を一定の値とすることを示しているが、衛星の軌道計算では加速度の値やその方向が大きく変化することは稀であること等から、このように一定となるように設定するのは通常のことである。その余は、全く当たり前のことをしているにすぎない。
 測定値の入力間隔を、具体的に2秒間隔(6次元)、0.1秒間隔(9次元)と定義し、位置、速度、加速度の変数に生じる誤差(測定誤差、重力等の影響による誤差)及びその相互の影響(誤差伝搬)を具体的に計算し、次の時点の入力値に反映させるようにしていることも、全く当たり前のことである。
オ 本件プログラム15は著作物性を有しない
(ア) 理論式
 本件プログラム15の理論式は、@慣性座標系で表された衛星軌道要素(ケプラーの6要素)のうち3要素を衛星軌道面座標に座標変換する式(乙209、71〜72頁(1)〜(4)式)、A慣性座標系で表された摂動力を局地垂直(T.N.Fs)系座標に座標変換する式(同73頁、(5)〜(9)式)(@とAの式の座標変換はありふれた周知の計算方法(乙215の2の2、132〜134頁)であり、数学的に別の計算方法をあえて選択する理由はなく、その方法も見当たらない。)、BP.M.Fitzpatrickによる軌道要素の変化率を計算する式(乙209、74頁(10)〜(18)式。乙10、4頁下側の式と同一。)の3つであり、原告のオリジナリティはない。
(イ) サブルーチンGENPER
 サブルーチンGENPERは、地球重力、空気抵抗による摂動を考慮し、指定された時刻での軌道要素を計算する131行のサブルーチンであるが、計算式の変数には、ケプラーの6要素等、衛星の軌道計算に用いられる一般的な変数が用いられている(乙215の2の2、129〜134頁)。また、この変数は計算式の変数を大文字にしたり(変数a(軌道長半径)、e(軌道長半径)をA、Eと変更)、ギリシャ文字をアルファベットにしたり(時間的間隔ΔをDELTA、DELTで表記)、変数の一部を省略する(sin iをSIと変更)など、変数の最初の文字はアルファベットで文字数が6字以内という制約の範囲内で、通常のコーディングの際によく見られる変数表記がされている。
 GENPERの56〜64行(乙213、484頁)は、Fitzpatrickの(7.8.2a)〜(7.8.2i)式(甲37、175頁)と、順次、1対1の対応関係にある。また、その他の行も通常のコーディングを超えて、原告の独自性が表現されているものではない。
 したがって、GENPERの創作性は高いものとはいえない。
(ウ) 他のサブルーチン
a EULER
 これは、慣性座標系のx、y、z成分をオイラー角に相当する軌道3要素(Ω、i、ω)による座標系での成分に変換する19行のサブルーチンである。
 計算式は、乙209、72頁(1)〜(4)式記載のとおりであり、乙215の2の2、132〜134頁の計算式と同等であり、独自性はない。
 引数の説明、変数の定義、コーディングに合わせて変数を入れ替えた計算式は、乙211、329〜331頁記載のとおりである。変数の定義は、cosAをCAと省略する程度であり、計算式も、乙209、82頁記載の(1)〜(4)式の変数をコーディング用に変更したのみである。
 したがって、EULERに創作性は認め難い。
b KEPLER
 これは、離心率及び平均近点離角をケプラーの方程式に代入し、三角関数の正割法(SECANT法、底辺から斜辺の長さを求める)を用いて離心近点離角を計算し、ニュートン・ラプソン法で補間計算する、47行のサブルーチンである。
 ケプラーの方程式(甲33、13頁の(1.26)式)と同一であり、三角関数の正割法、ニュートン・ラプソン法は、いずれも衛星の軌道計算に通常使用される計算式であり、また、変数の定義もEULER等と同様、独自性はない。
 そして、KEPLERのステートメントにも、他の記述方法の選択の余地は低く、創作性はほとんどない。
c MEAN
 これは、離心近点離角と離心率から平均近点離角を求める、11行のサブルーチンである。
 平均近点離角と離心近点離角及び離心率との関係を示す計算式は、周知の公式で、独自性がない(乙215の2の2、131〜132頁)。
 また、変数の定義もEULER等と同様、独自性はない。
d TIMEE
 これは秒単位の連続時間を日、時、分、秒に変換し、平均太陽時(UT)に変更するだけの23行のサブルーチンである。
 したがって、創作性は高くない。
(4) 争点4(本件プログラム2は本件プログラム11を、本件プログラム3は本件プログラム13を、本件プログラム5は本件プログラム19をそれぞれ翻案したものか(二次的著作物性))について
(原告の主張)
ア 本件プログラム2は本件プログラム11を翻案したものである
(ア) 本件プログラム2及び本件プログラム11は、いずれも、回転している衛星やロケットの内部の液体移動が回転物体の静的(時間とは無関係)な安定性に及ぼす影響を判別することを本質的機能とするプログラムである。
 この本質的機能である安定性の判別を行うために、本件プログラム11ではルミヤンステフの計算式を、本件プログラム2では、それに加えてマッキンタイヤの計算式をも使用しているところ(各計算式は乙44、5頁)、安定性判別の厳格性においてマッキンタイヤの計算式はルミヤンステフの計算式より緩やかなものであるため、マッキンタイヤの計算式は、上記機能との関係では付加的なものである。また、本件プログラム2における自動図化機能も、同様に付加的なものである。
(イ) よって、本件プログラム2が本件プログラム11の翻案著作物であるか否かを判断する上では、本質的特徴であるルミヤンステフの計算式をプログラム化した部分について、両プログラム間の表現の同一性が維持されているか否かが決定的に重要となる。
 そして、両プログラムのルミヤンステフの計算式による静的安定性の判別は、1軸回りのスピン安定判別項及び2軸回りのスピン安定判別項の各数値に基づいて行うものであり、この各数値の算出が最も重要な機能である。各プログラムの安定判別項の数値は、本件プログラム11では、1軸回りのスピン安定判別項の数値がJ、2軸回りのスピン安定判別項の数値がK、本件プログラム2では、それぞれC1R、C2Rとなる(乙48の4、165頁のサブルーチンRANYANの252行、253行)。これらを求める部分、すなわち、本件プログラム11におけるJ及びKを求める部分についての表現と、本件プログラム2におけるC1RとC2Rを求める部分についての表現とを比較すると、本件プログラム11が3個に分けて表現している(甲114の12行目に、Iを求める部分とJ及びKを求める部分とを別個に用意している。)のに対し、本件プログラム2がそれを変形して2個に合わせて表現しているという違いにすぎず、表現上の同一性が維持されている。
(ウ) よって、本件プログラム2は、本件プログラム11の本質的機能の部分の表現を用いながら、付加的機能の追加を行ったものであり、本件プログラム11を翻案することにより創作した著作物である。
イ 本件プログラム3は本件プログラム13を翻案したものである
(ア) 本件プログラム3は、本件プログラム13に依拠し、本件プログラム3の記述から、本件プログラム13の創作的な特徴部分の記述を直接感得することができるので、本件プログラム3は本件プログラム13の翻案著作物である。
(イ) 本件プログラム3は本件プログラム13に依拠している。
 原告は、本件プログラム3の作成に当たり、被告CRCの職員であるP3に本件プログラム13のカードデック(甲128)を関係資料とともに手渡し、内容の説明を行った。そして、P3は、このカードデックと関係資料を使用して、本件プログラム3のコーディング作業を行っているのである。
 なお、被告らは、P3が原告から受け取ったのは、6次元のKALMANプログラムであると主張するが、原告は、本件プログラム12のカードデックを留学先からの帰国の際に廃棄しているし、手渡した際にカードデックを入れていた箱(甲128)には、P3のイニシャルである「●.●.」の文字が記載されている。さらに、その箱に納められたカードデックの背に記載されているサブルーチンの名称は、本件プログラム13のものである。したがって、原告が交付したプログラムは、本件プログラム13である。
(ウ) 本件プログラム3の記述からは、本件プログラム13の本質的機能の表現部分を直接感得することができる。
a 本件プログラム3のサブルーチンの中に、本件プログラム13のサブルーチンの本質的機能の表現部分をそのまま用いている(実行文が全く同一である、あるいは、実質的に同一である)サブルーチンが7個ある。

本件プログラム13 本件プログラム3
DENPA1
(甲136)
47〜81行 DENPAN
(甲137)
348〜350行
354〜386行
TMXA
(甲117)
1541〜1706行 TMXA
(甲118)
2627〜2800行
2804行,2806行
ANGLE
(甲138)
3〜16行 ANGLE
(甲139)
3〜16行
ELM1
(甲140)
176〜189行 ELM1
(甲141)
388〜401行
ELM2
(甲142)
192〜257行 ELM2
(甲143)
403〜466行,
470行,472行
EULER
(甲144)
260〜276行 EULER
(甲145)
474〜490行
MOTOR
(甲146)
1029〜1046行 MOTOR
(甲147)
1897〜1914行

b 本件プログラム3の中に、本件プログラム13のサブルーチンの本質的機能の表現部分の一部をそのまま用いているサブルーチンが33個ある。
 それらのサブルーチンは、KALSNC、KALSTM、MMAT、MTMAT、OBMVEC、KALECM、KALECP、KALGM、KALNOM、KALSET、KALSVE、KESTIM、KGAIN、KICNTL、KNCNTL、KNSET、KOBMM1、KOBMM5、TCEMGR、CALKIN、KALERR、KALOBM、KALOBV、KALPSS、KFCNTL、KPREDI、PRTINT、PRTOUT、RDOBV1、RDOBV2、KALMCM、MAIN、TCEMC7である。
c 以上から、本件プログラム3の記述より本件プログラム13の創作的な特徴部分の記述を直接感得できることは明らかである。
ウ 本件プログラム5は本件プログラム19を翻案したものである 本件プログラム5では、以下のとおり、本件プログラム19のサブルーチンの表現をそのまま用い、あるいは、表現内容を一部変更したものを用いている。
(ア) プログラムの表現をそのまま用いているサブルーチン EULER、TIMEE、KEPLER、MEAN、ELEMT
(イ) プログラムの表現を部分的にそのまま用いているサブルーチン GENPE3、ELEMTA、ACCEL1、ACCEL2、ELEMTT、ABMM1、MAINC1、GEOC、GEOCM、RDB063、INSAT1、INB063、B062M、ICB063
 以上のとおり、本件プログラム5は、本件プログラム19を原著作物とする二次的著作物である。
(被告らの反論)
ア 本件プログラム2は本件プログラム11を翻案したものではない
(ア) 全体構成の相違
 本件プログラム2及び本件プログラム11は、構成が全く異なり、本件プログラム2が本件プログラム11のアルゴリズムの一部を包含しているものの、本件プログラム2が本件プログラム11を模倣し又はこれに依拠して作成されているとはいえない。
a 本件プログラム2は、FORTRAN言語によって約1900行にわたって記述された実行ステップ数650のプログラムである。この点で、本件プログラム11とはその構成が大きく異なる。
b 本件プログラム2は、本件プログラム11と異なり、メイン・プログラムとサブルーチン・プログラムの複合構造になっている。この分割の仕方によって、作成者の個性が表れてくることになる。
c 本件プログラム2は、本件プログラム11と異なり、コメント文(プログラムの各行の最左部にステップ番号のない文)を有している。コメント文は、プログラムの実際の実行には何ら影響を与えずに、実行ステップの説明等の注釈をプログラムリスト上に付するための文であり、通常、後でプログラムを参照した際にプログラムで使用された変数の意味や式の内容を容易に理解でき、保守、変更を容易にできるようにする目的で記載される。このため、プログラムが果たす機能とは一切関係ないが、その意味で、記載態様はプログラム作成者の個性により様々である。
d 本件プログラム2は、本件プログラム11と異なり、データ領域の割当命令であるEQUIVALENCE文、COMMON文が相当数用いられている。これは、メイン・プログラムとサブルーチン・プログラム間でデータの引渡しを行うのに際し、共有のデータ記憶場所を指定するものであり、データの引渡しを確実かつ容易に行うことが可能となり、デバッグやプログラム保守を容易に実現できる。
 以上のとおり相違があり、この部分において本件プログラム2固有の創作性を発揮している。
(イ) 各部の構成
a データ設定
 本件プログラム11のデータ設定処理は、7実行ステップからなるが、計算ステップにおける複数の変数に当てはめられる固定の値を定めているにすぎない。これに対し、本件プログラム2では、58実行ステップで処理し、1つのデータ設定ではなく、所定の計算をデータを変えながら反復して行うことが可能となっている。
b ワブル角増幅率(κ)の算出処理
 本件プログラム2では、ルミヤンステフの計算式に加えてマッキンタイヤの計算式も用いているので、1つのサブルーチンを更に5つのサブルーチンに分けて構成している。
 また、本件プログラム11の11行目の変数Lを意味する等価液面高さ(hs)を求める計算を、本件プログラム2ではLEVELサブルーチンにおいて近似値計算により求めている。コンピュータによる近似値計算の手法にはいくつかの手法が周知である中で、本件プログラム2では、比較的収束が速いことで有名なニュートン・ラプソン法を採用しており、本件プログラム2の独自性が認められる。
 さらに、本件プログラム11は、13行目の変数J及び14行目の変数Kを算出した後、最終的なワブル角増幅率(κ)の算出についての構文が欠落しているが、本件プログラム2では、これを算出する実行ステップが存在する。
(ウ) データ出力
 本件プログラム11は、特定のデータの印刷指令だけであるが、本件プログラム2では、計算した複数の値のグラフ表示まで可能となっている。
(エ) 以上のとおり、両プログラムは構成上全く異なるのであり、本件プログラム2が本件プログラム11の二次的著作物であるとはいえない。
イ 本件プログラム3は本件プログラム13を翻案したものではない
(ア) 原告が、本件プログラム3が本件プログラム13の二次的著作物である旨の主張の根拠としてあげる事項は、理論式の一致あるいはそれに伴う必然的なプログラムの構成の類似にすぎず、理由がない。
 両プログラムが本質的に同じ機能を有するのであれば、そこから導き出される部分は当然に同一の構成になるはずであるから、むしろ機能とは関係のない部分についてこそオリジナリティが発揮されるのであり、その部分に注目し検討する必要がある。
 原告が主張する、類似するサブルーチンについても、コメント文の付し方等を含めて表現態様が異なっている。
 なお、本件プログラム3のサブルーチンELM1、ELM2、EULERについては、本件プログラム13の同じ名称のサブルーチンと表現上全く同一ではないところ、これらは、原告が本件プログラム13を作成したという以前から存在し(乙213の428、451、469頁)、他のプログラムにおいてもサブルーチンとして使用されていたものである。
(イ) 仮に、原告主張のように被告CRCが本件プログラム3を作成するに当たり、本件プログラム13に依拠したことがあるとすれば、それは、原告自身がETS−Vミッション解析プログラムが事業団によりその後どのように複製され使用されるかを認識した上で、本件プログラム13を被告CRCに開示しETS−Vミッション解析プログラムの開発に利用させたことになるから、結局、原告は、本件プログラム13の翻案権と事業団の事業目的に沿って随時複製及び使用する権利を許諾したことになる。
ウ 本件プログラム5は本件プログラム19を翻案したものではない
(ア) 原告が、本件プログラム5が本件プログラム19の二次的著作物である旨の主張の根拠としてあげる事項は、サブルーチンの表現の一部が共通することであるが、原告が指摘するサブルーチンは、いずれも、他の場面でも用いられるものであり、何ら、両プログラムを特徴付けるものではない。
(イ) なお、原告は、昭和55年4月ころ、事業団の監督員として、被告CRCの職員に対し、本件プログラム19を示して、本件プログラム5の作成を委託している。その際、本件プログラム5が事業団に納入された後は、事業団においてその目的に応じ複製し使用することがあることも認識していたことは明白である(乙223)。したがって、本件プログラム5について原告は著作権も著作者人格権も有しない。
第3 争点に対する判断
 本件の各争点の検討には、本件各プログラムが作成された経緯、その目的が問題になるところ、本件の事案に鑑み、それらの検討の前提として、まず、1において、事業団の業務一般及び原告の担当業務の内容について検討し、その上で、2以下において、本件各プログラムの目的等について、概ね、作成時期の早い順に検討することとする。
1 事業団の業務及び原告の担当業務
(1) 事業団の業務
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 事業団の設立(乙1、7の2)
 我が国の宇宙開発は、昭和30年、当時の東京大学生産技術研究所において、宇宙科学研究を目的として始められた。その後、同研究所では、科学衛星の開発も進められた。一方、実用の分野における宇宙開発は、昭和35年ころから、科学技術庁、郵政省、運輸省及び建設省(いずれも名称は当時、以下同じ。)において進められた。また、人工衛星の研究及び開発として、気象庁気象研究所、運輸省電子航法研究所、海上保安庁水路部及び建設省国土地理院において、それぞれ気象衛星、航行衛星、測地衛星に関する調査研究が進められた。昭和41年からは、郵政省が中心となり、日本電信電話公社、日本放送協会及び国際電信電話株式会社の共同による通信衛星の検討が進められ、特に、郵政省電波研究所においては、昭和43年から電離層観測衛星のプロトタイプの製作が進められた。
 この間の、世界における宇宙開発の進展及び我が国における宇宙開発の活発化に伴い、今後、我が国が本格的に宇宙開発を進めてゆくためには、長期的な開発計画を明らかにするとともに、開発体制を一元化すべきであるとの要請が強まり、総理府に設けられていた宇宙開発審議会の答申に基づいて、昭和43年に宇宙開発委員会が設置された。同委員会において、我が国の宇宙開発の当時の基本方針として、実用分野について、まず、電離層観測衛星及び実験用静止衛星の打上げを目標として推進することが定められるとともに、この目標を限られた期間内に達成するため、関係分野からの広範多岐にわたる極めて高度な技術を有する多数の優秀な人材の結集を図り、新たな実施機関を設置してより弾力的な運営を行う必要がある旨の答申が行われた。その結果、事業団の創設が決定され、必要な法令の成立等を経て、昭和44年10月1日に、目的を「平和の目的に限り、人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケットの開発、打上げ及び追跡を総合的、計画的かつ効率的に行い、宇宙の開発及び利用の促進に寄与すること」とする事業団が成立した。
イ 事業団の組織の変遷及び開発業務の変遷
(ア) 組織の変遷(乙2、7の2、29)
 設立から昭和59年度まで(事業年度は、毎年4月1日から翌年3月31日までであり(乙1、25条)、昭和59年度は昭和60年3月31日までとなる。)の時期は、利用機関からの要請に基づき、アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)からの技術導入により、気象、通信、放送等の実用衛星の打上げが目標とされるとともに、人工衛星、打上げ用ロケットの開発に必要な信頼性・品質管理、プロジェクト管理などの基本的技術管理手法の習得が行われたほか、試験施設等の整備が進められた。技術獲得を主眼とする目的に合わせて、ロケット、人工衛星を中心としたマトリックス制の組織体制(各部門が業務を行うに際し、部門内のみならず、部門横断的にも連携する体制)がとられていた。
 昭和60年度以降(昭和60年4月1日以降)は、宇宙開発の多様化、拡大化等に適応して、ユーザーの必要性に柔軟に応える開発が実施できるよう、ニーズ把握に基づくミッション創出から開発、運用利用まで一貫した考え方で、計画的かつ効率的に実施できる体制として、事業分野に応じた本部制が採用された。
(イ) 開発業務の変遷(乙7の2、196、205の1、206の1、207の1)
 事業団の草創期には、アメリカから技術を導入し、人工衛星の打上げやロケットの開発を行い、開発に必要な信頼性・品質管理、プロジェクト管理などの基本的技術管理手法の習得、試験施設等の整備が行われた。昭和47年ころからは、ロケットや人工衛星の全体的把握とシステム運用・ミッション達成のために、各種プログラムの開発も必要であるとの認識から、技術系職員によって、プログラム作成のための研究が始められるようになっていた。そして、昭和52年4月には、事業団の開発業務に係るソフトウェアの開発や整備に関する業務を有効かつ適切に実施するためのソフトウェア委員会が設けられ、昭和56年からは、自主技術によるロケットや人工衛星開発に着手するなどしており、このころ、事業団は、いわゆる自立期に移行した。その後、平成8年ころから、技術の成熟化と多様化、国際化を目指す展開期に入り、平成15年の被告機構への承継を経て、現在に至っている。
ウ 事業団の業務の概要(乙1)
 事業団の業務の範囲は、旧事業団法22条により、次の@からDまでのとおりとされていた。
@ 人工衛星等の開発並びにこれに必要な施設及び設備の開発
A その開発に係る人工衛星等の打上げ及び追跡並びにこれらに必要な方法、施設及び設備の開発
B @の開発並びに人工衛星等の打上げ及び追跡並びにこれらに必要な方法、施設及び設備の開発で、委託に応じて行うもの
C @ないしBに掲げる業務に附帯する業務
D @ないしCに掲げるもののほか、旧事業団法1条の目的を達成するため必要な業務
 また、事業団の業務運営の基準については、旧事業団法24条により、宇宙開発委員会の議決を経て内閣総理大臣が定める宇宙開発に関する基本計画に基づいて行うべきものとされていた。
エ 人工衛星・ロケットの開発に関する計画及び実施
(ア) 宇宙開発計画及び宇宙開発に関する基本計画
 前記のとおり、事業団の業務は、宇宙開発に関する基本計画に基づいて行われなければならないところ、宇宙開発に関する重要事項について企画、審議、決定を行い、その決定に基づいて内閣総理大臣に意見を述べる機関として設置された宇宙開発委員会が、毎年、「宇宙開発計画」を決定し、同計画を国の計画としてオーソライズするものとして内閣総理大臣が「宇宙開発に関する基本計画」を決定してきた(乙7の2、73〜85、139の3)。
(イ) 事業団による計画
 事業団は、前記のとおり決定された基本計画に基づいて、実施方針、体制、実施事項等を規定するプログラム計画を作成し、さらに、各プログラム計画ごとに個別のロケット、人工衛星、地上施設設備、打上げ管制、追跡管制その他の開発分野で行う開発業務を、開発分野ごとに区分して規定するプロジェクト計画を策定する(乙139の3)。そして、事業団は、プロジェクト計画に基づいて、予算要求を行い(昭和51年度から昭和62年度まで(昭和55年度を除く。)の予算概算要求補足説明書について、乙99の1〜109の2、昭和50年度から昭和62年度までの、認可された予算が記載された認可予算参考書について、乙86の1〜98の2)、予算の枠内での項目達成を指示し、各部門において、年次の業務計画を策定する。
オ 衛星開発業務及びロケット開発業務の内容(争いのない事実、乙8、29)
(ア) 衛星開発業務
 衛星開発において必要となる作業は、それぞれのフェーズ(概念設計から、予備設計、基本設計、詳細設計、維持設計、打上げ・運用までの各局面)により異なる。
a 初期の概念設計までの段階では、一般的に、大規模なシミュレーションは不要であり、手計算とか、過去の設計データからの演繹、あるいは、簡潔なシミュレーションにより、衛星の概念を具体化する。
b 予備設計段階では、開発要素の大きい機器について試作試験用モデル(BBM)により設計データを得、また、衛星全体のシステムとしての整合性を取ることが必要になり、数多くのトレードオフ(比較検討)を行う。
 これらの作業における個々の設計や解析は、事業団の設立当初は、事業団職員が自ら又は外部業者を指導して行っていたが、外部業者が技術力を付けてきた後は、事業団がその内容の点検を主として行うこととなった。そこでは、基本要求に対して個々の機器の設計が対応しているか、試作試験の内容は十分なデータを得ることができるものになっているか、さらに、その中でトラブルが発生したときには、該当機器のみならず、サブシステム、システムの観点から処置の妥当性を点検しなくてはならず、それぞれの職員の技術蓄積や経験、あるいは、他のプロジェクトからの情報などを総合的に用いることが求められる。そして、これらの一連の作業は、最終的に開発仕様書の原案としてまとめられる。なお、この段階でも大規模なシミュレーションをすることなく、小規模な解析やプロジェクト管理的な側面からの検討(設計の容易さ、部品の入手しやすさ、コスト等)を行う。
c 基本設計段階に入ると、本格的なシミュレーションを行うことになり、設計が進むにつれて数学モデルもより詳細となり、大規模な計算となる。
 基本設計、詳細設計段階では、システム全体のエンジニアリングモデル(EM)を製作し試験することにより、ハードウェアとしての設計妥当性の確認が行われる。このフェーズでは、必要に応じて(一般には、開発要素が大きい部分、人工衛星の目的を達成するための機能、性能要求上重要な部分について)、クロスチェックのため、一部について、事業団がそのプログラムを内部で作成した上で、大規模なシミュレーションを行う。また、開発が複数の機関や業者にまたがることは、通常のことであり、それらの間の調整作業も大きな比重を占める。
d 維持設計では、実際にフライト品の製作・試験が行われることから、試験の評価、品質管理、トラブル発生時の処置判断が主な内容となる。また、この時期になると、打上げ運用の検討が大きな比重を占めてくる。
e 各段階において用いるプログラムは、衛星個別に作成するものは少なく、NASAが開発したNASTRANのような世界に流通している基本ソフトウェア、以前の衛星開発で開発したソフトウェアの順に検討し、それらで間に合わない場合には、新たな開発を行うこととなる。
 打上げ後の不具合発生時は、原因の解析や対策にシミュレーションを必要とするものが多い。
f 人工衛星開発プロジェクトにおいては、ミッション解析、運用解析、データ解析などが行われる。
 ミッション解析は、衛星設計を進める上で軌道や姿勢などに関連して必要となる一連の解析の総称である。例えば、各フェーズの軌道をどのように設定すれば、その衛星の目的(ミッション)を効率よく達成できるかの解析は軌道解析であり、打ち上げられてから運用終了までに必要となる燃料がどのくらい必要になるのかはバジェット解析である。
 運用解析は、軌道に投入された衛星を運用するために必要な解析である。例えば、地上局から衛星が見えて通信ができる時間帯はどうなるか、決められた軌道に正確に投入するには、いつどのようにスラスタを噴射すればよいか、などの解析である。
 データ解析は、運用中の衛星から送られてくる様々なデータをもとに、衛星の状態をモニターし、又は性能を測定するために行うものである。
(イ) ロケット開発業務
 衛星開発と同様に、ロケット開発に必要な作業は、各フェーズにより異なる。
 また、各設計フェーズで、飛行性能解析、空力解析、制御系解析、構造解析、運動解析、推進系性能解析、飛行経路解析、誤差解析、飛行安全解析等の解析業務がなされる。また、打上げ後には、飛行時取得データを用いて評価解析を行い、飛行時に問題がなかったことの確認だけではなく、次号機に向けての解析精度向上を図る。
a 概念設計から詳細設計までは、既開発の実績あるソフトウェアを用いたり、過去のデータを参考にしたりして解析の結果を評価することが多い。この際、特別に開発するソフトウェアによって検証する場合もあり、昭和55年ころにはパソコンが普及しておらず、筑波宇宙センター内の大型計算機を用いることが必須であった。
b 基本設計、詳細設計段階においては、徐々に定型化した業務(どのロケットでも実施する標準的な解析業務)が増えると、業者への委託業務の中で解析業務を行う場合が多くなる。この場合は、既存のソフトウェアと大型計算機を用いた大規模なシミュレーションは委託業者が行うこととなるが、その場合であっても、解析条件の設定、解析用入力データのチェック、解析結果の妥当性の検討を事業団の職員である監督員が行う。特に、機体製造や燃焼試験などの結果により入力データを設定し、開発段階に応じて号機ごとに解析を行う中で、これらの作業が複数業者にまたがって行われる場合において、それらの間のデータの受渡し・管理やインターフェース調整は、事業団の職員が大きな役割を果たしている。
 また、従来と異なるミッションの実現性確認、新しい手法が必要な解析など、仕様書等で事前に定式化できないものについては、事業団職員が自ら又は役務作業者を用いて解析作業を行う。
c 維持設計段階は、実機制作、号機ごとの設計の見直しなど、製造段階に移行するフェーズであり、ルーチン作業で自ら大型計算機を使った解析作業を行うことはほとんどない。
d 打上げフェーズになると、射場で当日の観測風や最新の機体特性を考慮した飛行経路解析や飛行安全解析を事業団職員が直接行うか、役務作業により関連業者が行う。この射場での解析に用いるソフトウェアは、委託業務で作成したもの、事業団で独自に作成したもの(小型ロケットの解析の場合)などであるが、射場では、事業団担当者が解析全体を把握・監督している。
カ 業務の委託(乙1、29、191)
 事業団は、一定の基準に則り、業務の一部を委託することができることとされていた(乙1、旧事業団法23条)。
 業務の一部を委託する場合、事業団では、作業別に実施計画書を作成し、職員の中から現場の指示監督を行う者として監督員を選任する。完成されたプログラム等は、磁気テープ等の記憶媒体で納品されるとともに、プログラムのソースコード等を書面にまとめた成果報告書も併せて納品される。
 なお、昭和52年から昭和61年ころまでの間、小型のコンピュータは性能が十分でなく、普及もしていなかったため、FORTRANで記述された大きなプログラムの作成や解析のためには、大型計算機を使用しなければならなかった。したがって、事業団では、職務上の必要がある場合に、職員の事前の申請に応じて、事業団の筑波宇宙センターに設置した大型計算機の使用を許可していた。また、外部の企業が設置していた大型計算機の使用についても、事業団と当該企業との契約に基づいて行われていた。
キ 事業団の打ち上げた人工衛星(争いのない事実)
 昭和50年から平成9年ころまでの間に、事業団は、別紙人工衛星表記載の人工衛星の打上げを行った。
(2) 原告の担当業務
ア 概要
 原告は、名古屋大学大学院工学研究科修士課程で航空学を専攻し、修士論文として「希薄気体の円筒Couette Flow」及び「円錐上の極超音速解離境界層の解析」を研究し(なお、研究に必要なプログラムをFORTRANを用いて自ら作成した。)、同修士課程を修了した後、事業団に任用された(甲11、乙179)。
 原告は、事業団に任用された時点から現在に至るまで、開発部員又は副主任開発部員に任ぜられ、開発手当の支給を受けている(乙179〜187)。事業団の職制上、開発部員は、上司の命を受けて開発業務を行う者として、副主任開発部員は、主任開発部員を補佐し、その命を受け、開発業務を行い、かつ、開発部員を指導する者として、それぞれ位置付けられている(本社の開発部員等について、宇宙開発事業団組織規程53条(昭和60年4月5日改正の規程より149条)、筑波宇宙センターの開発部員等について、同規程61条の3(昭和60年4月5日改正の規程より163条))(乙2、118〜127)。開発手当とは、事業団の職員給与規程において、人工衛星及び人工衛星打上げ用ロケットの開発、打上げ及び追跡に関する専門的知識、経験を必要とする職務に従事する職員に対して支給される給与である(乙4、128、129、いずれも20条)。開発手当は、資格給ではなく、職務給であり、技術系職員であっても、管理部門に配属されるなどして開発業務に従事しない場合には支給を受けることはできないとされている(乙4、128、129、130)。
 なお、開発手当制度は、宇宙開発が広範な科学技術の集大成であり、それに必要な技術力の確保は、事業団の事業推進に際しての最重要課題であるとの認識のもと、事業団創設に向けての国会審議における「宇宙開発事業団法案に対する附帯決議」(昭和44年6月13日参議院科学技術振興対策特別委員会)において、事業団の発足に当たって「優秀な人材を結集しうるようその処遇等についても十分配慮すること」とされたことを受けて設けられたものである(乙130)。そして、平成2年に、開発手当支給の運用基準が定められ(乙130、別紙2)、平成10年には、開発手当制度検討委員会が設置され(乙130、別紙1)、開発手当の適正な運用に資するための審議及び調査が行われ、平成11年4月27日付けで、同委員会の報告書がとりまとめられ、制度運用基準の見直しが行われた(乙130)。
イ 昭和62年ころまでの原告の所属部門及び職制上の地位
 事業団に任用された後、昭和62年ころまでの原告の所属部門及び職制上の地位は、以下のとおりである(甲11、155、乙29、179)。
 昭和49年4月1日 システム計画部システム課開発部員 
 昭和49年6月1日  安全管理室開発部員
 昭和50年5月1日  安全管理部飛行安全室開発部員
 昭和51年6月1日  飛行安全管理室開発部員
 昭和52年1月11日 試験衛星設計グループ開発部員
 昭和53年6月16日 衛星設計第1グループ開発部員
 昭和56年4月1日  衛星設計第1グループ副主任開発部員
 昭和56年8月18日 宇宙開発事業団就業規則38条1項4号の規定により休職
 昭和57年2月18日 宇宙開発事業団就業規則40条の規定により復職
 昭和59年9月21日 人工衛星開発本部技術試験衛星グループ副主任開発部員
 昭和61年4月1日  人工衛星開発本部副主任開発部員
 昭和62年5月1日  筑波宇宙センターシステム技術開発部総合システム解析開発室副主任開発部員
ウ 昭和49年6月1日から昭和52年1月10日までの原告の所属部門の業務及び原告自身の業務(乙29)
(ア) 原告は、新人研修期間を除き、イ記載のとおり、安全管理室、安全管理部飛行安全室、飛行安全管理室に、順に配属された。
(イ) これらの組織では、原告は、ロケット及び人工衛星の打上げ等の安全性に関する計画を立て、基準を設定するのみならず、安全性の予測及び解析並びに飛行安全に係るオペレーショナルソフトウェアの設計及び開発等の業務を担当していた。
(ウ) 原告がこの間に具体的に担当したのは、N−Tロケットの飛行解析と飛行安全解析であった。
 人工衛星をN−Tロケット(打上げ用ロケット)で目的の軌道に投入するため、ロケットの発射から衛星を切り離すまでの間、ロケットをどのように飛行させるかの解析、目的の軌道に投入する途中で、万一、ロケットが故障・事故などにより、爆発、エンジン停止などを生じた際、ロケットの機体自体、ロケットの機体の破片、分離物などが地表面に与える影響の解析を行った。そこでは、解析用のコンピュータ・プログラムを用いて、各段エンジンの点火燃焼停止時間、飛行中のロケットの姿勢変化・位置・速度、そして、ロケットの機体自体、ロケットの機体の破片、分離物などの落下軌跡、地表面への落下位置・分散域などの算出を行った。
エ 昭和52年1月11日から昭和62年3月11日までの原告の所属部門の業務及び原告自身の業務(乙2、29、119〜126)
(ア) 原告は、上記期間中、実用衛星以外の衛星(技術試験衛星、通信実験衛星等)の開発を行う部門に配属されていた。
 昭和52年1月11日に配属された試験衛星設計グループの業務は、昭和51年6月1日改正の宇宙開発事業団組織規程(乙119)30条において、@人工衛星の設計、これらに付帯する研究及び試験並びにこれらのための施設及び設備に関すること(実用衛星設計グループの所掌に属することを除く。)、A人工衛星の製作のとりまとめに関すること(実用衛星設計グループの所掌に属することを除く。)、B人工衛星の運用計画(管制の実施に係るものを除く。)の作成に関すること(実用衛星設計グループの所掌に属することを除く。)と規定され、静止気象衛星(GMS、ひまわり、別紙人工衛星表番号4)、実験用中容量静止通信衛星(CS、さくら、別紙人工衛星表番号5)及び実験用中型放送衛星(BS、ゆり、別紙人工衛星表番号7)を除く人工衛星の開発を内容としていた。
 その後、昭和53年6月16日の組織改正により、試験衛星設計グループは、衛星設計第1グループに名称変更され、実用衛星及び地球観測衛星を除く人工衛星の開発を所掌することとされた(乙120)。
 さらに、昭和59年9月21日、開発組織として本部制が導入されたことにより、人工衛星の開発を行う部門は、人工衛星開発本部となり、従前の衛星設計第1グループは、同本部の技術試験衛星グループに改組され、気象衛星、海洋観測衛星、地球資源衛星、通信衛星及び放送衛星を除く人工衛星の開発を所掌することとされた(乙126)。
(イ) 同期間中、原告は、一貫して、衛星の「ミッション解析」のうち、衛星に搭載したAMF(小型ロケット(アポジモータ)燃焼)時の動力学(ダイナミックス)解析を中心とした解析を担当した。
 静止軌道に人工衛星を打ち上げるには、打上げ用ロケットで衛星を近地点高度約200キロメートル、遠地点高度約3万6000キロメートルの楕円軌道(静止トランスファ軌道)に投入し、その後、衛星に搭載したアポジモータ(小型固体ロケット)に点火して高度約3万6000キロメートルのドリフト軌道に投入し、静止化させることとなる。もっとも、昭和62年ころの我が国の人工衛星打上げ用ロケット(N−U及びH−Tロケット)は、衛星切離し前の第3段ロケットに固体ロケットを用いており、第3段固体ロケットに人工衛星を搭載し、衛星と第3段ロケット全体をスピンさせることにより姿勢を安定させて衛星を楕円軌道に投入し、その後、衛星に搭載したアポジモータに点火して高度約3万6000キロメートルのドリフト軌道に投入し、静止化させる方法をとっていた。スピンは、上記のとおり、ロケット及び衛星の姿勢の安定に不可欠であったが、スピンにより衛星・第3段ロケットが倒れて回転(フラットスピン)する可能性もあり、スピン時の安定性、AMF時の衛星の挙動解析は重要な業務であり、それを原告が担当していた(なお、現在では、衛星には燃焼中断・再着火可能な液体アポジエンジンを搭載して、衛星に搭載した姿勢制御機器を用いて姿勢を制御し、静止軌道に投入されるよう設計されているため、スピン時の安定性、AMF時の衛星の挙動解析の必要性はほとんどなくなった。)。
2 本件プログラム15(軌道伝播解析プログラム(B010プログラム))及び本件プログラム19(ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム))について
(1) 事実認定
 本件プログラム15及び19の内容及び作成経緯について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 各プログラムの概要
 本件プログラム15及び19は、いずれも、昭和54年2月6日に打ち上げられた、実験用静止通信衛星であるECS(あやめ)(別紙人工衛星表番号8)の設計の妥当性の検討及び静止衛星における各種技術の取得を目的として、昭和52年から昭和55年にかけて開発されたECSミッション解析プログラム群に含まれるプログラムである(乙209)。具体的には、本件プログラム15は、「衛星軌道6要素とそれらに対する偏差値(σ)を与えて各種外乱を考慮した一般摂動法による軌道要素の値の時系列変動を計算する」ことを目的とし(乙210、78頁)、本件プログラム19は、「ABM点火時の異常時解析に供され、ABM推力方向誤差を考慮し、ABM推力中の軌道をオイラーの積分計算により、シミュレーションすると共に、指定されたレーダ局でのドップラー周波数を計算する」ことを目的とする(乙210、213頁)プログラムである。
イ ECSミッション解析プログラム群の作成経緯
(ア) 事業団では、草創期において、アメリカから技術を導入して、研究開発を行っていたが、ロケットや人工衛星の全体的把握とシステム運用・ミッション達成のためには、各種プログラムの開発も必要であるとの認識から、技術者である職員によって、プログラム作成のための研究が始められ、昭和40年代後半から、事業団内部でのプログラム作成が行われるようになった(乙205の1、206の1、207の1)。
(イ) そのころ、技術試験衛星T型(ETS−T)「きく」(別紙人工衛星表番号1)(以下「ETS−T」という。)が昭和50年9月9日に、技術試験衛星U型(ETS−U)「きく2号」(別紙人工衛星表番号3)(以下「ETS−U」という。)が昭和52年2月23日に打ち上げられ、とりわけ、ETS−Uは、我が国が初めて打ち上げる静止衛星であったので、ミッション達成に必要な事前の技術検討のために、プログラムの開発が進められることになり、外部の企業に委託するほか、事業団内部でもプログラム作成が進められた(乙205の1)。具体的には、昭和48年から昭和51年までの間、事業団において、人工衛星の設計及びこれらに付帯する研究等を所掌する試験衛星設計グループと、ロケットの設計及びこれらに付帯する研究等を所掌するロケット設計グループ(乙118、119)とが、プログラム開発を進めた(乙205の1)。また、軌道投入条件等、システム設計上の利害が異なる、ロケット設計グループ、試験衛星設計グループ及び追跡管制部の3者で検討、調整することが重要であると認識され、ロケット/衛星インターフェイス調整会議がシステム計画部の主催により開催されることとなり、昭和49年4月から昭和51年7月までの間に合計9回開催された(乙205の1、205の2の2〜205の2の5)。
 昭和45年5月6日に人工衛星設計グループ開発部員となり、昭和49年5月1日に試験衛星設計グループに異動、同年7月1日に同グループ副主任開発部員となったP6は、昭和48年4月から昭和51年3月までの間に、上記の経緯で、ETS−Uのために、9種のプログラムを、コーディングも含めて作成していた(乙205の1)。
(ウ) ETS−Uの打上げは成功し、事業団は、その成果を踏まえてECSのプロジェクトを推進させることとなった。そして、もともと、ETS−UとECSとは、開発に必要なプログラム等を共用することとされており(乙116「ETS−UおよびECSプロジェクト計画書」U・2・9)、ETS−U用に作成されたプログラムについて、ECS用に改修する作業が、P6を中心に進められた(乙13、30、205の1、205の2の9)。
(エ) 原告は、昭和52年1月11日に飛行安全管理室から試験衛星設計グループに異動となった。P6は、上司から、同グループの副主任開発部員として、原告の技術指導をするように指示を受け、原告に対し、ECS用に、軌道伝播に関するプログラムの作成を指示した(乙205の1)。P6も、同年7月9日までに、ECS用に更に1種のプログラムを完成させた(乙205の1)。
 原告は、P6の指示を受けて、昭和52年4月8日付けで、「軌道伝播公式について」(乙10)と題する文書を作成した。同文書は、関連する国外文献から引用した計算式とサブルーチンの案をまとめたものであり、この時点では、プログラムは完成していなかった(乙205の1)。原告は、同年6月28日付けで、「bP2プログラムマニュアル」と題する文書を作成した。同文書は、軌道伝播に関する「bP2プログラム」の機能、取扱い及び検証の結果を示したものである。
(オ) 試験衛星設計グループにおいて、既存のプログラムを改修し、あるいは、新規にプログラムを作成して、ECS用のミッション解析プログラム群を作成することは、正式には、昭和52年6月20日付けの「静止衛星ミッション解析用プログラムの開発状況および作業範囲/分担」と題する文書(乙13、205の2の9)によって提案され(乙205の1)、同年10月12日に認可された(乙13、205の2の9)。同文書には、静止衛星ミッション解析プログラムについての試験衛星設計グループと追跡管制部との分担状況及びそれぞれの開発の状況が記載され、同文書の表3−1には、試験衛星設計グループが担当するプログラム42個のプログラム名、機能、開発状況等が記載されている。外部から購入し、又は購入する予定のプログラムについては、同表の備考欄にその旨が記載されており、その数は、42個のうち27個である。その余の15個のプログラムについては、事業団内部で作成され、又は事業団内部での作成が予定されていた(乙205の1)。同表には、プログラム名を「bP2」、機能を「軌道伝播、軌道設定」とするプログラムが掲げられ、開発段階は「B」(「B」は開発中であることを示す。)とされ、「備考」欄は空欄となっている。
(カ) 原告は、昭和52年8月末にフランスに留学したP6の後任として、ECS用ミッション解析プログラム群の作成、とりまとめを担当した(乙205の1)。そして、原告は、「ECSソフトウェアの体系」と題する文書(乙12)を作成するなどして、その後のプログラム作成等を進め、P6から指示を受けて作成を始めた軌道伝播に関するプログラム(乙10〜13)を、軌道伝播解析プログラム(B010プログラム)、すなわち、本件プログラム15としてほぼ完成させた。そして、昭和53年10月20日までには、これらのプログラムを用いたECSミッション解析が行われ、その解析結果をまとめた「ECSミッション解析(最終版)」と題する文書(乙14)が、同年11月24日に認可された(乙14)。同文書7頁の表T−2「ECSミッション解析Program List」には、「Program Name」を「B010」、解析項目を「軌道伝播解析」とするプログラムが掲げられ、「担当者」欄には「P1」、「開発状況」欄には「bc」(同表の「注」には、「b」は「FY52開発(検討、改修を含む)」、「c」は「FY53開発(同)」を示すことが記載されている。)と、「Program旧名称」欄には、「12」と、それぞれ記載されている。なお、この文書には、作成者として、原告のほか、事業団の職員2名及び被告CRCの従業員3名の名が記載されている(乙14)。
(キ) その後、昭和54年2月6日にECSが打ち上げられたが、衛星搭載ロケットモータ(アポジモータ)点火後に電波が途絶した(乙7の2、73頁)。原告は、同年3月9日までに、ドップラーデータ等を用いてECSのAMF時解析を行い、「ECSのAMF時解析」と題する文書(乙15の1)にまとめて提出した。
(ク) 原告は、昭和54年9月ころまでに、ドップラーデータ等を用いたECSのAMF時解析について、本件プログラム15のサブルーチンをそのまま用いたり、あるいは、従前P6が作成していたプログラム及び本件プログラム15の他のサブルーチンを改修して、発展させ、14のサブルーチンからなる、ドップラー変化による衛星運動解析を行うための本件プログラム19を作成した(甲124、125、155)。
(ケ) 事業団は、昭和53年度の予算として、ECSのミッション解析及びデータ解析用プログラムの開発の費用を要求し(乙101)、同予算は認可された(乙89)。また、昭和54年度の予算として、ECS取得データの解析支援の費用を要求し(乙102の2)、同予算は認可された(乙90の2)。そして、事業団は、被告CRCに対し、「実験用静止通信衛星ミッション解析用プログラムのFACOM230−75へのコンバージョン」との契約名で業務を委託し、被告CRCから、昭和55年3月にその結果が報告された(乙209〜214)。本件プログラム15及び19は、これに含まれている(乙209〜214)。
 なお、前記契約は単価契約であり、事業団の予算の範囲内で必要と考えられる業務を委託し、被告CRCから実績ベースで毎月対価の請求がなされていたものであるところ、前記契約を含む支払は、事業団より被告CRCに対して行われている(乙216、弁論の全趣旨)。
(2) 本件プログラム15及び19の創作者
ア ある表現物を創作したというためには、当該表現物の形成に当たって、自己の思想又は感情を創作的に表現したと評価される程度の活動を行ったことが必要である。したがって、当該表現物の形成に当たって、必要な資料の収集・整理をしたり、助言・助力をしたり、一応完成された表現物について、加除・訂正をしたりすることによって、何らかの関与を行ったと認められる場合であっても、その者の思想又は感情を創作的に表現したと評価される程度の活動を行っていない者は、創作した者ということができない。
 この点は、当該表現物がプログラムである場合であっても何ら異なるところはないが、法は、プログラムの具体的表現を保護するものであって、その機能やアイディアを保護するものではないし、また、プログラムにおける「アルゴリズム」は、法10条3項3号の「解法」に当たり、プログラムの著作権の対象として保護されるものではない。そこで、プログラムを創作した者であるかどうかを判断するに当たっては、プログラムの具体的記述に関して自己の思想又は感情を創作的に表現した者であるかどうかという観点から検討する必要がある。
イ 上記1及び2(1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム15及び19を単独で、又は被告CRCの技術者等と共同で創作したものと認められる。
(3) 本件プログラム15及び19についての職務著作の成否
 上記1及び2(1)で認定した事実に基づき、本件プログラム15及び19についての職務著作の成否を検討する。
ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること
 原告は、本件プログラム15及び19の各作成時において、事業団の職員であり、事業団の業務に従事する者であるといえる。
イ 職務上の作成
 職務上作成することとは、法人等の業務に従事する者が自己の職務として作成することを意味すると解されるところ、本件プログラム15及び19は、以下のとおり、事業団の業務に従事する原告の職務として作成されたものであると認めるのが相当である。
(ア) 本件プログラム15及び19は、前記のとおり、実験用静止通信衛星であるECSのミッション解析プログラム群に含まれるプログラムであるところ、原告は、これらのプログラムが作成された時期に、事業団の試験衛星設計グループ及び組織改正後は衛星設計第1グループに所属していたものである。そして、試験衛星設計グループ及び衛星設計第1グループは、一部を除く人工衛星一般の、設計やこれらに付帯する研究を行うことが事業団における所掌業務とされていたのであって、ミッション解析のためのプログラム作成も当然これに含まれると認められる。
(イ) さらに、本件プログラム15は、原告が、試験衛星設計グループ配属後、当時の上司であったP6から指示を受けて、作成を始めたものである。P6は、ETS−U用に作成されたプログラムをECS用に改修することも含めて、ECSのミッション解析プログラムの体系化を目指しており、その一環として原告に上記指示をしたものであるし、もともと、ETS−U及びECSは、開発に必要なプログラム等を共用することが予定されており、ミッション解析プログラム群を整備して体系化し、これをECS用にも用いるようにすべきことは、事業団において認可された業務であって、原告は、P6の後任として、これらの業務の中心的な存在であったのであるから、その中で完成された本件プログラム15及び本件プログラム15のサブルーチンの一部も用いている本件プログラム19の作成は、当時、原告の職務であったものと認められる。
(ウ) そうすると、ECSミッション解析プログラムの作成は、当時の原告の職務であり、当該プログラム群に含まれる本件プログラム15及び19の作成は、原告の職務上行われたものであると認めることができる。
(エ) 原告は、原告の所属部門において、プログラムの作成は業務として位置付けられていなかったのであって、本件プログラム15及び19の作成は原告の職務上行われたものではないと主張し、それに沿う原告の陳述書(甲8〜11、13、104、112、155)を提出する。すなわち、当時原告が所属していた試験衛星設計グループ、衛星設計第1グループは、他のグループ、例えば、実用衛星を担当する衛星設計第2グループ等とのグループ間の調整や、開発における外部委託業者の作業の監督(とりまとめ)等を業務としていたのであり、解析プログラムの作成といった技術的事項についての研究開発は、業務内容となっていなかったと主張する。
 しかし、試験衛星設計グループでは、原告が配属される以前、P6を中心として、ETS−Uの開発に必要とされたプログラムの作成が進められており、そのために必要とされた、ロケット設計グループ、試験衛星設計グループ、追跡管制部の3者で構成されるロケット/衛星インターフェイス調整会議が2年余の間に9回開催されるなどしていたのであって、プログラムの作成がおよそ試験衛星設計グループの業務に該当しないということはできない。ECSミッション解析プログラムも、前記のとおり、ETS−U用のプログラムを改修するなどして作成され、その計画自体が認可され(原告も、同計画が認可されたこと自体は認めている(甲112、28頁)。)、その後、予算措置も講じられているのであるから、ECSミッション解析プログラムの作成についても、当然、試験衛星設計グループ及び組織改正後の衛星設計第1グループの職務となっていたものと認められる。
 さらに、原告は、事業団内部でのプログラム作成はほとんど行われておらず、それは、本件報告書(乙194)において、「状況から見て、団内での所謂内作の形では殆ど利用されずにきた事は歴然で、NASDAのメーカに頼る体質を良く示している。」(98頁)、「衛星メーカによる設計が打ち上げ、運用に耐え得るかを、コンピュータを使って技術評価/判断を行うとともに、関連する衛星設計基準の作成/改訂とその運用を行おうとする計画が若手少数から提案されている。これは従来のNASDAが行ってきた開発の考え方を根本的に見直すもの」(188頁)との記載に表れていると主張する。
 しかし、同報告書は、事業団において開発したプログラムやソフトウェアの活用の在り方を検討するために作成された書面であって、上記各記載自体によっても、事業団においてプログラム作成が業務として捉えられていなかった、あるいは、原告などの開発部員がプログラム作成を業務としていなかったことを裏付けるものであるとは到底認めることができない。仮に、事業団全体としては、外部業者にプログラムの作成を委託することが多く、いわゆる内作のプログラムが少なかったということができるとしても、前記の経緯からすれば、ECSミッション解析プログラムの作成が原告の職務として位置付けられていたとの認定を覆すに足りる事情ということはできない。しかも、事業団の他の職員によるプログラム作成の事実も認められる(P8によるプログラム作成について、乙206の1、P9等によるプログラム作成について、乙207の1〜207の2の23、P10によるプログラム作成について、乙208の1、208の2の1、その他、事業団内でプログラム作成等が行われていたことを示唆するものとして、乙145〜178がある。)のであり、これらの場合における、原告以外の職員の具体的な職務と原告の職務との異同は分明ではないものの、このような事実によれば、プログラムの作成は、事業団の業務として明確に位置付けられていたということができ、この点に関する原告の陳述書の記載部分を採用することはできず、原告の主張を認めることはできない。
(オ) なお、原告は、ETS−U又はECS用のプログラム作成は、事業団により形式的に認可されたものの、人的・物的手当がなされず、その作成提案等の遂行は反対され続けたのであって、本件プログラム15及び19の作成が原告の職務上されたということはできないと主張し、その旨の陳述書(甲8〜11、13、104、112、155)を提出する。
 しかしながら、仮に、事業団において、プログラム作成に係る具体的な業務遂行上の十分な支援態勢が整っておらず、原告の個別の提案について反対がなされた経緯があったとしても、計画自体は認可され、試験衛星設計グループにおいて解析プログラム作成作業が進められているのであるし、業務の遂行は、業務従事者側から様々な提案をし、これに対する反対意見等も出された上で全体として作業が進められることも通常あり得ることなのであって、ECSミッション解析プログラム作成に関しては、その後予算措置も講じられていることからすれば、前記プログラム作成は、原告の職務の一部に該当するものというべきである。前記同様、この点に関する原告の陳述書の記載を採用することはできず、原告の主張をもって、前記認定を覆すものということはできない。
ウ 事業団の発意
 職務著作が成立するためには、当該著作物が、法人等の発意に基づいて作成されたことが必要である。法人等の発意に基づくとは、著作物の創作についての意思決定が、直接又は間接に法人等の判断に係らしめられていることであると解されるところ、職務著作の規定が、業務従事者の職務上の著作物に関し、法人等及び業務従事者の双方の意思を推測し、一般に、法人等がその著作物に関する責任を負い、対外的信頼を得ることが多いことから、一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであることに照らせば、法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、相関的な関係にあり、法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に比して、法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のとおり、間接的であってもよいものである。そして、そのように職務の範囲が明確で、その中での創作行為の対象も限定されている場合であれば、そこでの創作行為は職務上当然に期待されているということができ、この場合、特段の事情のない限り、当該職務行為を行わせることにおいて、当該業務従事者の創作行為についての意思決定が法人等の判断に係らしめられていると評価することができ、間接的な法人等の発意が認められると解するのが相当である。
 この観点により検討すると、本件プログラム15及び19は、以下のとおり、いずれも、事業団の発意に基づいて作成されたものと解すべきである。
(ア) 前記のとおり、本件プログラム15は、原告の当時の上司であったP6から指示を受けて原告が作成に着手したものである。もともと、ETS−U用のプログラム作成自体が、事業団の業務として進められ、ETS−U用のプログラムをECS用に改修するなどして、ECSのミッション解析プログラム群を作成する計画も認可され、その一環として本件プログラム15の作成も行われたものである。そうすると、原告が、試験衛星設計グループに配属されてP6のもとでECSミッション解析プログラムの開発業務に携わることになった時点で、その業務に係るプログラムの作成について、事業団の発意を認めることができる。また、遅くとも、P6が原告に本件プログラム15の作成を指示した時点では、事業団の明示的な発意があったと解することができる。
(イ) 本件プログラム19について、その作成に関して原告に具体的な指示がなされた経緯が明らかでないとしても、同プログラムは、ECSのミッション解析プログラム群の一つとして位置付けられているものであるところ、前記のとおり、ECSのミッション解析プログラム群の作成・整備が事業団において認可されて進められていたこと、原告は、P6の後任として、前記計画の遂行において中心的な存在であったこと、本件プログラム19は、ECSの打上げ後の電波途絶の事態を受けて検討されたものであったことなどからすれば、その作成も、原告の職務上当然に期待される創作行為であったというべきである。したがって、原告が、試験衛星設計グループに配属されてP6のもとでECSミッション解析プログラムの開発業務に携わることになった時点で、その業務に係るプログラムの作成について、事業団の発意を認めることができる。また、遅くとも、ECSの打上げ後の検討を開始する時点、すなわち、本件プログラム19の作成が開始される時点には、事業団による発意があったものと解すべきであり、本件プログラム19は、事業団の発意に基づいて作成されたと認めることが相当である。
エ 公表名義要件
 本件プログラム15及び19は、いずれも、昭和60年改正法の施行前に作成されたものであるから、昭和60年改正法附則2項により、昭和60年改正法による改正前の法15条が適用され、同条により、職務著作が成立するためには、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」であることが必要である。ここで、「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」とは、公表を予定していない著作物であっても、仮に公表するとすれば法人等の名義で公表されるものを含むと解するのが相当である。
 そして、本件プログラム15及び19は、前記のとおり、事業団が予算措置を講じて整備したECSミッション解析プログラム群に含まれるプログラムであり、現実に公表はなされていないが、公表されるとすれば、当然、事業団の名義により公表されるべきものであると推認される。
オ 小括
 以上からすれば、本件プログラム15及び19は、いずれも、職務著作として、事業団がそれらの著作者となると認められる。
(4) まとめ
 そうすると、本件プログラム15及び19についての著作権及び著作者人格権が原告にあることの確認請求並びに本件プログラム19の著作権が原告にあることを前提にした、本件プログラム5を二次的著作物とする原著作者の権利が原告にあることの確認請求(予備的請求)は、いずれも理由がないことになる。
3 本件プログラム4(SPD)及び本件プログラム5(DOPPLER)について
(1) 事実認定
 本件プログラム4及び5の内容及び作成経緯について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 各プログラムの概要
 本件プログラム4は、アポジモータ燃焼中の衛星の運動を解析するプログラムであり、より具体的には、AMF中の衛星の直線運動量(位置に関する)の計算プログラム及び角運動量(傾きに関する)の計算プログラムであり、トムソン(Thomson)の論文に示された数式に基づいており、昭和54年から昭和55年3月にかけて作成された。
 本件プログラム5は、ETS−U、ECS及びECS−b等から得られたドップラーデータにより、決定論的手法を用いて、アポジモータ燃焼中の衛星状態量(加速度の変化や姿勢の変化など)を解析するプログラムであり、昭和55年4月から同年5月にかけて作成された。
イ 作成経緯
(ア) 2(1)で認定したとおり、原告は、昭和52年1月11日に試験衛星設計グループに異動した後、本件プログラム15及び19の作成を含むECSミッション解析プログラム群の開発に従事していたが、昭和54年2月6日に打ち上げられたECSの電波途絶のトラブルを受け、その原因究明及び特定のための解析を行うこととし、AMF時の衛星挙動を解析するためのプログラム作成に着手した(甲9、14頁、甲13、61頁、甲112、34〜35頁、乙30)。そして、同プログラム作成のための定式化・アルゴリズムなどを作成した。
(イ) 本件プログラム4作成の計画は、昭和54年7月ころまでには、事業団内において認可され、事業団と被告CRCとの間で、プログラム化についての契約が締結された(乙21の1〜21の2、30、223、224)。この契約も単価契約であり、毎月の実績ベースで被告CRCから対価の請求があり、その支払が事業団より被告CRCに対して行われた(乙216、弁論の全趣旨)。
(ウ) 本件プログラム4作成の担当者は、原告のほか、事業団のロケットの開発等を担当する部門に所属していたP4、被告CRCのP11、P5及びP2であった。具体的なプログラミング、すなわち、コーディングを行った被告CRCのP11らは、作成当初、原告から、本件プログラム4の基礎となる数式が記載されたトムソン(Thomson)の論文を示され、それを理解することから作業を開始した(甲9、15頁、乙31、223)。そして、昭和55年3月、被告CRCは、報告書(紙媒体)に記載する方法で、本件プログラム4を事業団に納入した(乙21の1〜21の2、31、223)。
 なお、原告は、この間の昭和54年10月15日、従前の解析手法では、ECSの電波途絶以降の姿勢変動を物理的に意味あるものとして推定することは不可能であり、今後、3次元、6自由度の衛星挙動シミュレーションプログラムを作成することが、ミッション解析による衛星設計の妥当性の確認をする上で必要不可欠である旨提言する文書(「ECS、ABM燃焼時解析(NORADデータ評価)」乙18の1〜18の3)を提出した。
(エ) 昭和55年2月22日には、ECS−bが打ち上げられたが、ECS−bも、アポジモータ燃焼中に電波途絶という結果となった(乙7の2)。そして、原告は、この問題解決をも目指して、ドップラーデータからの、決定論的なアポジモータ燃焼中の衛星状態量推定を試みることとし、同年3月ころには、本件プログラム5作成のための推定アルゴリズムを作成していた(甲9、15頁)。
(オ) 昭和55年4月には、本件プログラム5作成の計画が、事業団において認可され、事業団と被告CRCとの間で、プログラム化についての契約が締結され(甲9、15頁、乙25の1〜25の3、30、223)、同年5月、本件プログラム5は、報告書の形で、事業団に納入され(乙25の1〜25の3、30、223)、これに関する支払が、事業団より被告CRCに対して行われた(乙217、弁論の全趣旨)。
(2) 本件プログラム4及び5の創作者
 上記1、2(1)及び3(1)で認定した事実並びに原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム4の形成に当たって、アルゴリズムの作成及び衛星データやABM質量特性データなどの入力条件作成等を行うとともに、被告CRCの技術者らとともに、デバッグ及び改修の作業等を行ったものであると認められるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできないから、原告が本件プログラム4を創作した者ということはできない。また、上記認定事実及び陳述書によれば、原告は、本件プログラム5の形成に当たって、推定アルゴリズムの作成及び入出力条件の検討を行うとともに、被告CRCの技術者らとともに、ソフト機能検証確認及び計算を行ったものであると認められるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認められる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできないから、原告が本件プログラム5を創作した者ということはできない。
(3) 本件プログラム4及び5についての職務著作の成否 上記(2)のとおり、原告は、本件プログラム4及び5を創作した者には当たらないと認められるが、念のため、仮にこれらのプログラムを原告が創作したものとする場合に、職務著作が成立するか否かについて検討する。
ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること
 原告は、本件プログラム4及び5が作成された当時において、事業団の職員であり、事業団の業務に従事する者であるといえる。
イ 職務上の作成
 以下に検討するとおり、本件プログラム4及び5についても、原告の職務上作成されたものと解するのが相当である。
(ア) 原告は、昭和52年1月に試験衛星設計グループに配属された後、同部門が衛星設計第1グループと組織改正された後も、ECSのミッション解析プログラム群の作成に従事していたが、引き続き、ECS及びECS−b打上げ後の解析等を行い、その経過の中で、本件プログラム4及び5が作成されたものである。すなわち、ECSやECS−bの打上げに関わった部門においては、打上げ後に発生した問題点を究明し、それを克服すべく、より良いミッション解析のための方策を模索することが業務内容となると解されるところ、本件プログラム4及び5は、ECSやECS−bのアポジモータ燃焼中の電波途絶という事態を受けて、アポジモータ燃焼中の衛星挙動や状態量を解析するためのプログラムであるから、その作成への関与は、当然、ECS及びECS−bの打上げ前のミッション解析プログラム作成に関わった部門及びそこに所属していた原告の職務であったというべきである。
(イ) さらに、本件プログラム4及び5は、事業団と被告CRCとの契約に基づいて、プログラム作成作業が行われたものであり、原告は、前記のとおり、被告CRCを指導し、助言し、あるいは監督するなどして、その作成に関わったものであるから、この点からも、これらの作成への関与は、原告の職務上行われたものであると認められる。
(ウ) 原告は、本件プログラム15及び19において指摘していることと同様、事業団あるいは原告所属部門の業務におけるプログラム作成の位置付け、原告提案に対する事業団の反対という事情を挙げ、本件プログラム4及び5の作成は原告の職務とはなっていなかった旨主張する。
 しかし、2(4)イで検討したとおり、原告が指摘する事情をもって、前記認定が覆されるものでないことは明らかであり、仮に、原告の提案が当初反対を受けたことがあったとしても、結局、原告の提案に従って被告CRCとの契約が締結され、事業団の費用をもってプログラムの作成に至っているのであるから、プログラムの作成への原告の関与は、それに携わった原告の職務上行われたものにほかならないというべきである。
ウ 事業団の発意
 以下のとおり、本件プログラム4及び5は、いずれも、事業団の発意に基づいて作成されたと解すべきである。
 すなわち、本件プログラム4及び5は、ECSやECS−bのアポジモータ燃焼中の電波途絶という事態を受けて、アポジモータ燃焼中の衛星挙動や状態量を解析するためのプログラムであるところ、原告が、前記のとおり、ECSのミッション解析プログラム作成を行い、ECS−b打上げにも関わっていたことからすれば、原告にとって、打上げ後の問題点の解明及びその対策の研究は、職務上当然に期待されるものであり、本件プログラム4及び5の作成への関与も、その具体化としての行為であったというべきである。したがって、原告をECSミッション解析プログラムの開発に従事させることとした時点において、本件プログラム4及び5の作成についての間接的な事業団の発意を認めることができ、遅くとも、事業団と被告CRCとの契約の時点において、明示的な事業団の発意があったと認められる。
 さらに、原告は、陳述書(甲112)において、本件プログラム4に至る過程で、当時の事業団の衛星担当理事であるP12から、アポジモータ燃焼時における失敗の原因究明を依頼された旨述べる(甲112、34頁)ところ、この事実が認められるとすれば、事業団の発意がより一層明確に位置付けられる(なお、原告は、同人から個人研究としての解析を要請されたと述べる(甲112、34頁)が、上記のような重大な失敗の原因究明を、個人の研究として事業団の理事が原告に対し要請すること自体不自然であり、この点の記載内容を採用することはできない。)。
エ 公表名義要件
 本件プログラム4及び5は、昭和60年改正法の施行前に作成されたものとして、同改正前の法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要であるが、前記のとおり、本件プログラム4及び5は、事業団が被告CRCと契約して作成された、アポジモータ燃焼中の衛星挙動や状態量を解析するためのプログラムであり、現実に公表はなされてはいないが、公表されるとすれば、当然、事業団の名義により公表されるものであると推認される。
 なお、原告は、本件プログラム4及び5について、各プログラムを用いての解析結果や、同結果により得られた情報等に基づいて個人名義の論文を作成し、事業団はその対外的公表を行ってこれを承認している旨主張する。たしかに、1983年3月の「宇宙開発事業団技術報告TR−18」(甲107)では、原告が主張する論文発表がなされていることが認められるが、同論文にプログラムのソースコードやオブジェクトコードが記載されているわけではなく、この論文をもとに本件プログラム4及び5のソースコードを導き出すこともできないから、この論文の発表をもって、本件プログラム4及び5が原告名義で公表されたということはできない。
オ 小括
 以上からすれば、仮に原告が本件プログラム4及び5を創作したものであるとしても、本件プログラム4及び5は、いずれも、職務著作として、事業団がそれらの著作者となると認められる。
(4) まとめ
 そうすると、本件プログラム4及び5についての著作権及び著作者人格権が原告にあることの確認請求は、理由がないことになる。
4 本件プログラム12(KALMAN(オリジナル、6次元))について
(1) 事実認定
 本件プログラム12の内容及び作成経緯について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア プログラムの概要
 本件プログラム12は、軌道上の衛星等の状態量(位置、速度)を、確率論的手法であるカルマンフィルター(1960年にカルマンによって提案された計算式であり、ノイズを除去して現時点の最適な推定値を求めるとともに、時系列に変化する情報の履歴から次にとる値を予測するもの)を用いて推定し、その推定値の誤差分散も求めるプログラムであり、昭和56年10月に作成された(甲13)。
イ 作成の経緯
(ア) 原告は、昭和54年10月に実施された事業団の海外研修生選考試験に合格し、昭和55年度の海外委託研修生候補者に選定された。そして、昭和55年度のフランス政府給費留学生試験に合格し、事業団が承認した「昭和55年度海外委託研修計画」に基づいて、昭和55年度海外委託研修生として、同年8月14日から、フランスの国立宇宙研究センター(Centre National d'Etudes Spatiales)(以下「CNES」という。)のツールーズ宇宙センターに留学した(甲9、乙70)。原告の留学における研修課題は、「軌道力学を主体としたミッション解析法の習得」である(乙70)。
(イ) 原告は、昭和55年7月30日付で事業団に提出した「海外研修計画」(乙70の別添資料5)において、研修の目的、内容及び効果として、以下の記載をしている。
「6 海外研修の目的および趣旨説明
 ・・・
 (3) 研修の目的
 ・・・将来の宇宙開発は、多種多様なミッション志向となり、技術的に極めて高度なものが要求されて行くと考えるが、この各種のミッション達成に必要な、人工衛星の設計/運用に係るシステム工学としての『ミッション解析』についての応用自在な能力を培うことは、将来の宇宙分野に於る日本の地歩を確立する上からも、国際協力、共同開発の度合の強まっている今日、最も重要不可欠と考える。・・・本研修は、現在、早急に、その確立が必要とされている、将来をも含めた人工衛星、宇宙船のシステムの設計/運用に必須な『軌道力学を主体としたミッション解析法』について、宇宙先進国から、幅広く、その技術を習得し、将来の深宇宙探査機、大規模宇宙構造物までをも含めた、日本の宇宙開発に資することを目的とする。
 (4) 研修の内容
 ・・・
 U 技術研修(Stage)
 語学研修後、CNESのツールーズ宇宙センター内「数学及び数理処理部門」に於て、下記のテーマについて研究を行う。
 (A)軌道上での人工衛星の力学に関する研究;下記の3つのテーマからなる
 @ 地球周回或いは、月周回軌道に対する、ランデブ・ドッキングの問題について、時間、燃料等の制約条件下での、最大最小法及びエンケの摂動法を用いて、解析を行う。
 A アリアンロケット或いはスペースシャトルで規定される重量の深宇宙探査機のミッション解析の問題について、パッチド・コニック法及びフライバイ法等の手法を用いて、解析を行う。
 B 固体或いは、液体のアポジモータ燃焼中に於る、静止衛星のダイナミックスの問題について、ジェットダンピング、液体のスロッシングの効果を考慮して、解析を行う。
 (B)CNESで計画中のプロジェクトに関する調査研究;
 @ アリアンロケットで打上げられる人工衛星の解析運用ソフトウェアのシステムに関する調査研究。
 A スペースラブ、宇宙ステーションに関する将来プロジェクトの調査研究。
 (5) 研修の効果
 人工衛星の設計/運用に係る『ミッション解析』は、NASDA、ひいては、我が国の宇宙開発に於て、立ち遅れている分野の一つである。それ故、今後の人工衛星、宇宙船及び大規模宇宙構造物等に対する『ミッション解析』を行う上で、更に、現在計画中である『人工衛星ソフトウェア体系化計画』の長期/短期構想の立案の上で、研修成果を反映させたいと考える。」
(ウ) 事業団の海外委託研修計画に基づく留学生の派遣期間(外国出張として認められる期間)は、12か月以内が原則であり、原告についても、留学期間として、1年間の研修期間に、往復に必要な旅行日数を加算した369日間が認められていたが、目的達成までに更に1年間の研修期間が必要であると思われることと、フランス政府給費留学生として1年間の給費留学期間の延長が認められる見通しがついたことを理由として、原告から留学期間延長の願い出がなされ、これを受けて、休職の措置とすることで1年間の延長が認められた(乙71)。原告の留学期間延長の願い出に対してとられた措置は、事業団の昭和52年度海外委託研修生として、同じくCNESに留学したFの派遣期間延長の願い出に対する措置と同様であり(乙71)、事業団の内部規程である本件留学規程の1(2)イの規定に基づいたものである(甲71)。
 なお、この休職期間中、原告には、本給、扶養手当及び特別都市手当に100分の70を乗じた金額が支給され、健康保険法、雇用保険法及び厚生年金保険法上の原告の取扱いにおいて、従前と変わるところはなかった(乙30、71)。
(エ) 本件留学規程には、以下の定めがある(乙26、71の別紙)
  「当事業団の職員が、外国の政府、財団、基金等の援助資金(以下「外国援助資金」という。)により留学する場合・・・の取扱いについては、下記に定めるところによる。
 記
 1 外国援助資金により留学する場合
 ・・・
 (2) 留学を許可された場合(事業団の研修計画に含められた場合を含む。)の取扱い
 ア 当該留学の内容、事業団の業務との関連性を考慮して、研修期間1年に往復に必要な最小限の旅行日数を加算した期間を限度に外国出張とすることができる。
 イ 前号による外国出張の取扱いを認められない留学期間については、宇宙開発事業団就業規則(45規程第7号。「以下「就業規則」という。)第38条第1項第4号の規定により休職とする。
 ・・・
 エ 休職期間中の給与については、宇宙開発事業団職員給与規程(45規程第11号。以下「職員給与規程」という。)第28条第5項の規定により、本給、扶養手当、特別都市手当及び筑波在勤手当に100分の70以内を乗じて得た額を支給することができる。
 ・・・
 3 その他
 (1) 許可された留学期間又は休職期間を延長する必要があるときは、その理由、研修(業務)内容、期間その他参考事項を記載した申請書を、あらかじめ所属長を通じて理事長に提出し、許可を受けなければならない。ただし、休職期間は、引き続き3年を超えることはできない。」
(オ) 原告は、CNESにおいて、研修課題の研究を行ったが、その中で、ドップラーデータを用いて衛星の状態量を解析する方法の研究も進め、昭和56年10月20日、そのプログラムである、本件プログラム12を作成した。
(カ) 原告は、昭和57年2月17日に留学を終えて帰国し、同月26日に留学先で行った研究成果について報告するための、「海外研修報告」(乙72の2)を提出した。そして、同報告書に基づき、同年4月2日の事業団幹部会において報告がなされた(乙72の1)。
(2) 本件プログラム12の創作者
 前記1及び4(1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム12を創作した者と認められる。
(3) 本件プログラム12についての職務著作の成否
 前記認定事実に基づき、本件プログラム12の職務著作の成否について検討する。
ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること
 原告は、本件プログラム12の作成当時において事業団の職員であり、事業団の業務に従事する者であるといえる。
 なお、原告は、本件プログラム12を作成した昭和56年10月の時点では、1年間の留学期間経過後の休職期間中であり、事業団の業務に従事する者であったとはいえない旨主張する。
 しかし、前記のとおり、原告の留学は、事業団の海外委託研修制度に基づき、外国出張という位置付けで行われたものであるところ、外国出張の取扱いは、原則として、1年間及び往復の移動日数分の期間内においてのみ可能であり、それを超える留学期間は休職の措置がとられるものであり、現に、昭和52年度の海外委託研修生として原告と同様にCNESに留学したP6についても、同様の措置がとられている。そして、休職期間中も、通常の金額の100分の70に減額されるものの、給与の支払が行われ、健康保険法、雇用保険法及び厚生年金保険法上の取扱いも変更されないのであるから、休職とすることは、留学期間を延長するための制度上の代替的な措置であるというべきであり、この間、原告が事業団の業務に従事していなかったと評価することはできない。したがって、この点に関する原告の主張を採用することはできない。
イ 職務上の作成
 以下に検討するとおり、本件プログラム12についても、原告の職務上作成されたものと解するのが相当である。
(ア) 本件プログラム12の作成は、原告のCNESへの留学中に行われたものであるが、原告のCNESへの留学は、フランス政府給費留学生試験に合格した原告について、事業団における昭和55年度海外委託研修として、外国出張という取扱いにより実施された。外国政府等の援助資金を得て留学する場合に、外国出張として取り扱うことができるかどうかは、本件留学規程により、当該留学の内容や事業団の業務との関連性を考慮して行われることとされており(本件留学規程1(2)ア)、原告の場合も、研修計画等の資料が添付されて、研修目的を「軌道力学を主体としたミッション解析法の習得」として、事業団内での決裁に付され(乙70)、外国出張として取り扱われている。また、同様の考慮から、昭和55年度海外委託研修生として取り扱われている。そして、前記アのとおり、昭和56年8月18日から昭和57年2月17日までの休職期間中も、留学期間の延長として位置付けられるものである。
 これらの事情からすれば、原告の留学期間中の研究は、事業団の業務と無関係に行われるものではなく、研修の目的に沿った研究を行うことが、留学中の研修生である原告の使命、すなわち、職務であったというべきである。したがって、研修の目的として掲げた事項に係るプログラム作成についても、当然、原告の職務の範囲内にあったと解されるところである。そして、本件プログラム12は、カルマンフィルターを用いて衛星状態量を推定する解析プログラムであるが、これは、前記研修目的に合致するものであるし、原告が留学前に、事業団の試験衛星設計グループ及び衛星設計第1グループにおいて担当していた、衛星のミッション解析の延長線上に位置付けられるものであるから、本件プログラム12の作成は、原告の職務上行われたと評価することができる。
(イ) 原告は、CNESへの留学は、留学先の選定、CNESの受入許諾を受けるための準備、フランス政府給費留学生試験の受験等をすべて原告が行った個人留学というべきものであって、事業団における職務との関係はない旨主張する。
 たしかに、原告は、大学院時代の指導教授を通じてCNESに働きかけ、フランス政府給費留学生試験の受験準備を行い、その後の留学準備全般を自ら行ったことが認められる(甲9)が、そうであるからといって、原告の留学を事業団の職務とかかわりのない個人的な留学であるということはできない。すなわち、留学の動機付け、受入先の選定等について事業団の具体的な指示や支援がなく、受入先が決まり、フランス政府給費留学生試験に合格した後に、事業団が海外研修生として認めたという経緯であっても、前記のとおり、原告は、事業団の海外研修生選考試験に合格し、海外委託研修生としての取扱いを受け、さらに、外国出張としての取扱いがなされる期間中、事業団から原告に対して、給与に加え、滞在費等として約162万円が支払われている(乙70)のであり、また、原告は、フランス政府給費留学生試験の受験に当たり、事業団のP13参事及びP14総務部長の推薦状を提出し、給費申請に当たっては、事業団の理事長の推薦状を提出しているのであるから、原告が指摘する諸事情によって、原告の留学の位置付けが左右されるものではない。本件留学規程には、事業団の経費又は外国援助資金による留学以外の留学(懸賞論文入賞に伴う留学、自費留学等)についての規定もある(本件留学規程3(2))ことに照らせば、事業団においては、職員の行う留学をすべて研修制度として位置付けるものではなく、留学に行く契機如何に関わらず、事業団の業務との関連性の有無等を考慮して、研修生としての、あるいは、外国出張としての取扱いができるかどうかを判断しているものと解される。
 したがって、原告の主張を採用することはできない。
(ウ) また、原告による研修期間延長の願い出に対して休職とする措置がとられた際の、事業団から原告宛ての通知文書は、同措置に関する決裁文書(乙71)に添付された「海外研修期間の延長について(通知)」と題する文書案と同様のものであると推認されるところ、同文書案には、「事業団として派遣する留学生としての取扱いを継続することは出来ず、私事による留学との見解を取らざるを得ません。」との記載がされているが、これは、前記のとおり、外国援助資金による留学に係る制度上の制約を踏まえた上での記載であると解され、この記載をもって、休職期間における研究が職務との関係を失うものではないというべきである(なお、同通知の文面は、同様に当初の研修期間経過後に休職の措置がなされたP6に対する通知の文面とほぼ同一である。(乙205の1、205の2の1))。
ウ 事業団の発意
 本件プログラム12については、本件訴訟において本件プログラム12が特定されるまで、事業団及び被告機構においてその存在を知らなかったのであり、このような場合に、本件プログラム12の作成についての事業団の発意を考えることができるか否かが問題となる。
 前記のとおり、職務著作の規定は、業務従事者の職務上の著作物に関し、法人等及び業務従事者の双方の意思を推測し、法人等がその著作物に関する責任を負い、対外的信頼を得ることが多いことから、一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであり、このことに照らし、法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、相関的な関係にあり、法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に比して、法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のとおり、間接的なものであってもよいものである。そして、そのように職務の範囲が明確で、その中での創作行為の対象も限定されている場合であれば、そこでの創作行為は職務上当然に期待されているということができ、この場合、特段の事情のない限り、当該職務を行わせることにおいて、当該業務従事者の創作行為についての意思決定が、法人等の判断に係らしめられていると評価することができ、間接的な法人等の発意が認められると解するのが相当である。また、職務上当然に期待される創作行為をした結果である著作物については、作成当時にすべて法人等の業務に用いられるとは限らず、当面業務に使用されず、あるいは、使用如何の検討もされずに日時が推移することも考え得るところであるが、これらについても、業務従事者の職務上当然に期待されて創られる点、業務に用いられる場合には、法人等がそれについての責任を負い、あるいは、対外的信頼を得ることになる点で、結果的に業務に使用された著作物の場合と異なるものではない。そうすると、作成当時に法人等がその存在を把握していなかった著作物についても、職務著作の規定の趣旨が同様に該当するのであり、これらについて、前記同様、法人等の発意を認める余地があるものと解される。
 そこで、本件プログラム12の作成と原告の職務との関連性についてみると、本件プログラム12が作成されたのは、原告の留学期間中であるところ、その間においても、研修の目的に沿った研究を行うことが原告の職務になっていたと解されることは前記のとおりであり、本件プログラム12は、当該目的に沿ったものと考えられるところである。また、原告は、留学前に衛星設計を所掌する部門に所属し、実際にミッション解析プログラムを作成する職務を遂行しており、同部門の開発部員として留学をしていたものである。さらに、1で認定した事業団成立の経緯や事業団の目的等からすれば、我が国の宇宙開発に関する研究を行い、実際に人工衛星等の開発に係る業務を行うことは、事業団にとって専属的な職域に属するものということができ、これらの開発に携わる作業は、一般的な法人等の職務の所掌範囲に属する場合以上に、事業団の業務との強い結びつきが認められると解される。これらのことからすれば、本件プログラム12の作成は、原告の職務と強い関連性を有するものであるということができる。
 加えて、原告のツールーズ宇宙センターにおける研究テーマは、上記(1)イ(イ)のとおり、「軌道上での人工衛星の力学に関する研究」として3つのテーマが、「CNESで計画中のプロジェクトに関する調査研究」として2つのテーマが設定されていたところ(乙70)、原告から事業団に対し、「軌道上での人工衛星の力学に関する研究」のA及びBのテーマが、外国出張としての取扱いが認められた昭和56年8月17日までに完了しないため、これらのテーマについて研修を継続したいとして、留学期間の延長の願い出がされたのであり、この願い出に基づき、延長期間については休職とし、休職期間中は、本給、扶養手当及び特別都市手当に100分の70を乗じて得た額を支給することとされた(乙71)のである。このような事情に照らせば、原告が休職となった昭和56年8月18日以降も、事業団と原告との間では、引き続き、原告が設定したテーマについての研修を継続することが予定されていたものというべきである。 そして、原告は、上記(1)イ(イ)のとおり、研修の効果を、今後の人工衛星のミッション解析や、ソフトウェアの体系化の構想に反映させたい旨申し出て、研修を行っているのであり、原告休職期間中には、プログラムの作成等が行われることも当然期待されていたと解するのが相当である。
 以上のような職務との強い関連性、留学期間における原告の研究に対す
る事業団の対応などに照らせば、遅くとも、「軌道力学を主体としたミッション解析法の習得」を研修課題とする原告の留学期間終了後に事業団が休職の措置をとった時点で、前記研修課題に関するプログラム作成についての事業団の発意を認めることができるというべきであり、他にこれを妨げるべき特段の事情も認められないので、当該留学中に作成された本件プログラム12は、事業団の発意に基づくものであると解することができる。
エ 公表名義要件
 本件プログラム12は、昭和60年改正法施行前に作成されたものとして、同改正前の法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要であるが、前記のとおり、本件プログラム12は、原告の留学における研修目的に沿ったものであり、現実に公表はなされてはいないが、公表されるとすれば、当然、事業団の名義により公表されるものであると推認される。
オ 事業団の対応
(ア) 原告は、事業団において、職員の留学中のプログラムの著作権は当該職員に帰属することを認めていた旨主張し、それを裏付ける資料として、事業団において作成された業務連絡2通(甲72、74、以下「業務連絡1」及び「業務連絡2」という。)を提出する。
(イ) 業務連絡1(甲72)は、昭和61年2月3日付けで、筑波宇宙センター所長から、総務部企画調整課、人事課、調査国際部、人工衛星開発本部の各長宛てに発出された「コンピュータ・プログラムの著作物化に対する対応策(その2)」と題する業務連絡である。ここには、「留学中に作成したプログラムの著作権は、職務著作の要件を欠いており、個人に帰属すると解釈される。」と記載されている。
 しかし、業務連絡1は、留学中に作成されたプログラムの一般的な著作権帰属について記載しているものと解され、留学費用支出の有無は関係しない等の検討はされているものの、当該留学の研修目的や業務との関連性等の検討は行われていないし、個々の具体的な場合について検討するものでもない。したがって、この記載をもって、事業団において、留学中に作成されたプログラムすべてについて当該職員を著作者とする旨承認していたとまで認めることはできない。
(ウ) 業務連絡2(甲74)は、昭和61年3月27日付けで、調査国際部長から、人工衛星開発本部ETSG総括開発部員宛てに発出された「計算機ソフトウェアの所有権について(回答)」と題する業務連絡であり、昭和60年10月25日付けの「計算機ソフトウェアの所有権について」と題する業務連絡(甲71、以下「業務連絡3」という。)において、原告が作成したとする複数のプログラムの「個人への所有権認可或いは分割等が可能であるか御検討下さい」との検討依頼及び昭和61年3月11日付けの「『計算機ソフトウェアの所有権』の回答について」と題する業務連絡での回答依頼(甲73)を受けて発出されたものである。業務連絡3で検討を依頼しているプログラムのうち、「ABM燃焼中の衛星状態量の確率論的推定プログラム(呼称KALMAN−1、2、3、等、約5千Steps)」は原告が留学中に作成したものと記載されており、本件プログラム12が含まれるものと思われるところ、業務連絡2では、権利の帰属に関して、「留学中開発プログラム(1件)・・・個人に帰属」との回答をしている(なお、検討依頼である業務連絡3では「所有権」の帰属とされているが、回答である業務連絡2では、冒頭に、著作権法に基づいて協議した旨記載されているので、著作権の帰属について回答したものと解される)。
 しかし、業務連絡2についても、複数のプログラム名等を原告から指摘された上で結論のみを示しており、当該プログラムの個別具体的な内容、とりわけ、原告が留学中に作成したとするプログラムの意義及び内容、留学中の研修目的や業務との関連性などが調査、検討されたような事情はうかがえないことからすれば、業務連絡1と同様、一般的な著作権の帰属について記載したものと推認されるところである。そして、その後、本件プログラム12について、事業団が原告に対し著作者であると承認したような事情は認められないのであるから、業務連絡2の記載をもって、事業団が、本件プログラム12について原告が著作者であると認めたと解することはできない。
カ 小括
 以上からすれば、本件プログラム12は、職務著作として、事業団がその著作者となると認められる。
(4) まとめ
 そうすると、本件プログラム12についての著作権及び著作者人格権が原告にあることの確認請求は、理由がないことになる。
5 本件プログラム13(KALMAN(オリジナル9次元))について
(1) 事実認定
 本件プログラム13の内容及び作成経緯について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア プログラムの概要
 本件プログラム13は、飛行中の衛星等の状態量(位置、速度、加速度)を、ドップラーデータ等のアポジモータ燃焼中の観測データに基づき、カルマンフィルターを用いて推定し、その推定値の誤差分散も求めるプログラムであり、昭和58年1月に作成された(甲13、112、155)。
イ 作成の経緯
(ア) 原告は、昭和57年2月17日に留学を終えて帰国し、それまでの6か月間は休職の取扱いであったので、同月18日に、衛星設計第1グループ開発部員として復職し(争いがない)、海洋観測衛星1号「もも1号」(MOS−1)(別紙人工衛星表番号18)(以下「MOS−1」という。)の設計を担当することとなった(甲13)。
(イ) 原告は、昭和57年7月20日に作成した、昭和57年度の業務計画明細書(甲48)において、「静止衛星燃料バジェット推定法の統一化に対するアポジモータ燃焼に伴う軌道/姿勢誤差の推定」を件名として、ドップラーデータに基づき、カルマンフィルターを用いた解析実施を提案した。また、衛星設計部門会議資料とするため、他の職員との連名で、同年8月20日作成の「アポジモータ燃焼時の衛星動力学解析の実施について」と題する文書(甲47)において、同様の提案をした。これらの提案は、原告が留学中に作成した、本件プログラム12を発展させたプログラムを想定するものであった。これらの提案のうち、後者については認可されたものの、これに沿って正式に衛星設計第1グループの体制が整えられることなく推移し(甲13、156)、その間、原告が本件プログラム13を作成したものであると認められる(甲13、155、156)。
(ウ) 原告は、その後、本件プログラム13を用いて解析を行い、その結果をもとに技術資料を作成して提案を行い、それについて、他の部門(具体的には筑波宇宙センター追跡管制開発室)と交渉を行った(甲132)。
(2) 本件プログラム13の創作者
 1及び5(1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム13の作成者と認められる。
(3) 本件プログラム13についての職務著作の成否
 前記認定事実に基づき、本件プログラム13の職務著作の成否について検討する。
ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること
 原告は、本件プログラム13の作成当時において事業団の職員であり、事業団の業務に従事する者であるといえる。
イ 職務上の作成
 本件プログラム13は、前記のとおり、原告が、事業団の衛星設計第1グループに所属し、開発部員として、MOS−1の設計開発を担当していた際に作成されたものであり、その内容からも、当時の原告の職務に深く関連するものである。そして、原告は、本件プログラム13の作成後、解析結果についての技術資料を作成し、他の部門との交渉をしているが、その状況(甲132)からすれば、これは、職員間の個人的なやりとりではなく、事業団の部門間の協議であると認められ、本件プログラム13の作成やそれに基づいた解析が原告の職務として位置付けられていたと認められる。
 原告は、本件プログラム13の作成やそれに基づいた開発方針の提案はことごとく反対され、本件プログラム13の作成はすべて原告が1人で行った旨主張する。
 仮にそのような事実が認められるとすれば、原告が独力で本件プログラム13を作成したとの心情を抱くのも理解できないではないが、客観的にみれば、前記2(3)イ(オ)のとおり、原告の提案等に対して反対がなされたことのみから、職務との関連性が否定されるものではないし、原告の解析結果を技術資料としてまとめたものが、他の部門との協議に用いられていることからすれば、飛行中の衛星のアポジモータ燃焼時のデータ解析について、衛星設計第1グループ全体での支援体制を組むような協力は得られなかったとしても、原告が同グループの開発部員としてこれらの職務を遂行することが許されていなかったとまでは認めることができない。したがって、本件プログラム13は、原告の職務上作成されたものといえるから、原告の主張は採用できない。
ウ 事業団の発意
 本件プログラム13について、事業団は、本件訴訟における特定がなされるまで、その存在を知らないとしていたものである。
 しかしながら、本件プログラム12について検討したとおり、本件プログラム13についても、原告の職務との強い関連性が認められるのであって、原告の職務上、客観的にはその作成が期待されるものであったと認められる。また、前記のとおり、事業団は、我が国の宇宙開発の体制を一元化すべきであるとの認識のもとに設立されており、人工衛星等の開発は、事業団にとって専属的な職域に属することであったことからすれば、これらの開発に携わる作業は、一般的な法人等の職務の所掌範囲に属する場合以上に、事業団の職務との強い結びつきが認められると解される。この点から、職務上作成されたこととの相関関係で見た場合に、本件プログラム13の作成においても、事業団の発意を認めることができるというべきである。そして、それは、原告が留学を終えて帰国した後、MOS−1の開発を担当することとされた時点において、認められ、本件プログラム13は、事業団の発意に基づいて作成されたと解される。
エ 公表名義要件
 本件プログラム13は、昭和60年の法の改正前に作成されたものとして、同改正前の法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要であるところ、現実に公表はなされてはいないが、公表されるとすれば、その内容等から、当然、事業団の名義により公表されるものと推認される。
オ 小括
 以上からすれば、本件プログラム13は、職務著作として、事業団がその著作者となると認められる。
(4) まとめ
 そうすると、本件プログラム13についての著作権及び著作者人格権が原告にあることの確認請求並びに本件プログラム13の著作権が原告にあることを前提にした、本件プログラム3を二次的著作物とする原著作者の権利が原告にあることの確認請求(予備的請求)は、いずれも理由がないことになる。
6 本件プログラム11(STAT(オリジナル))、本件プログラム2(STAT)、本件プログラム1(DYNA)、本件プログラム6(DYNA−A)及び本件プログラム3(KALMAN−1)について
(1) 事実認定
 本件プログラム11、2、1、6及び3の各内容及び作成経緯について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 各プログラムの概要
 本件プログラム11(STAT(オリジナル)は、回転している衛星やロケットの内部の液体移動が回転物体の静的(時間とは無関係)な安定性に及ぼす影響を判別するために、ルミヤンステフの計算式に基づいて計算するプログラムであり(甲114)、昭和58年6月に作成された(甲9、10、13、112、155)。
 本件プログラム2(STAT)は、回転している衛星やロケット内部の液体移動が回転物体の静的な安定性に及ぼす影響を判別するために、ルミヤンステフ及びマッキンタイヤの計算式に基づいて計算するプログラムであり、昭和59年4月に作成された(乙48の4)。
 本件プログラム1(DYNA)は、衛星やロケットの燃料タンク内の液体スロッシング(液面揺動)が機体の姿勢や軌道に及ぼす影響を調べるため、スロッシングを球面振り子で表現し、燃焼気体の噴流による減衰を考慮してシミュレーションするプログラムであり、昭和59年4月に作成された(乙48の3)。
 本件プログラム6(DYNA−A)は、推力飛行中の衛星やロケットの燃料タンク内の液体スロッシングが機体の姿勢や軌道に及ぼす影響を判別するために、液体スロッシングを球面振り子で表現し、燃焼気体の噴流による減衰を考慮してシミュレーションするプログラムであり、本件プログラム1を改良して、昭和60年3月に作成された(乙57の1)。
 本件プログラム3(KALMAN−1)は、推力飛行中の衛星等の状態量(位置、速度、加速度)を、ドップラーデータに基づき、カルマンフィルターを用いて推定し、その推定値の誤差分散も求めるプログラムであり(甲116、乙62の3)、昭和61年3月に作成された(乙62の1、62の3)。
イ 作成経緯
(ア) 原告は、昭和58年4月から、衛星設計第1グループにおいて、技術試験衛星X型「きく5号」(ETS−V)(昭和62年8月27日に打ち上げられた。)の開発に携わることとなった(甲13)。
(イ) ETS−Vの開発は、原告が関与する以前からシステム設計が開始されていたが(乙67の3)、事業団は、この設計及び製造を三菱電機株式会社(以下「MELCO」という。)に委託して行っており、原告は、監督員の立場で関与することとなった(甲9)。
(ウ) 昭和58年4月5日及び同月6日、受託業者であるMELCOが、事業団による概念設計に基づいて行ったシステム設計(ダイナミックス設計や軌道設計や構造設計などの各種サブシステム設計をとりまとめた全体設計)の結果を報告し、事業団の審議を仰ぐというシステム設計報告会が行われ、原告は、監督員として同報告会に出席した。設計報告会では、事業団から業者に対する問題点の指摘がされ、これに業者が回答し、更に審議がなされることになるが、原告は、前記システム設計報告会において、MELCOに対し、ETS−Vは従来の静止衛星に比較して慣性モーメント比(MOIR)が低く(1.05)、静的スピン安定性が低いこと、最大5年分の液体燃料を搭載できるタンクに1.5年分の燃料しか搭載しないことから、タンク内の液体燃料のスロッシングが、固体推薬のアポジモータ燃焼中に、衛星の動的ダイナミックスに悪影響を与える可能性があること、すなわち、動的スピン安定性に問題があることを指摘した(甲9)。
(エ) 原告は、静的スピン安定性について、昭和58年6月、学術論文(乙203)をもとに、ルミヤンステフの計算式を用いて計算するプログラムである本件プログラム11を作成し、ETS−Vについての静的スピン安定性を解析し、それをMELCOに提示した。それによって、同年7月ころ、設計変更が行われた(甲9、112)。
(オ) また、動的スピン安定性について、原告は、MELCOに対し、解析作業を促すとともに、昭和58年6月、動的解析の業務計画(甲54)を提出したが、受託業者であるMELCOにおいて解決するよう監督すべきとして、事業団では認可されなかった。そこで、原告は、MELCOに対し、動的解析作業の実施を促したが、原告が納得する結果を出すことはできず、それ以上の解析を実施しなかったので、原告は、自ら、スロッシングの問題を解析するプログラム作成のための方程式導入、定式化、アルゴリズム作成に着手した(甲9)。さらに、原告は、動的スピン安定性の問題について十分な解析が行われていないと考え、同年7月27日に、「ETS−Vの現設計に於るダイナミックス上の問題点」と題する技術資料(乙44)を作成して問題点解決を訴え、同年8月12日にも、「RCS燃料スロッシング影響を考慮したABM燃焼中のスピンダイナミックス定式化について」と題する技術資料(乙45)を作成し、ABM燃焼中の衛星スピンダイナミックスと投入軌道に及ぼす影響をシミュレーションするための定式化について、Thomsonの直線運動量方程式及び角運動量方程式を紹介し、これを発展させた衛星全体の直線運動量方程式及び角運動量方程式により解析を行うべきであると提言した。しかし、事業団において特段の改善はなされず、原告に対し、前記業務計画(甲54)の書き直しが命じられるなどするのみで推移した(甲9、55)。そこで、原告は、同年10月14日に、「第154回衛星設計部門会議用資料3」として、「ETS−Vスピンダイナミックスの検討及びミッション解析の実施について」と題する技術資料(乙46)を作成し、スロッシング解析のために、球面振り子のモデルを用いることを提案した。そして、原告は、再度、業務計画を改訂するとともに(甲56)、同月28日、静的解析及び動的解析を含めたETS−Vのミッション解析に関する技術資料「ETS−VのMOIR/RCS液体燃料スロッシングに関する静止化ダイナミックスの検討について」を提出した(乙22)。これらの原告の検討及び提言の結果、同年11月になって、原告提案に係る業務計画が認可された(甲9、10、57)。
(カ) 事業団は、前記の業務計画認可を踏まえて、昭和58年12月、被告CRCとの間で、原告提言に係るプログラムの作成に関する契約を締結した(契約名称は、「CDC系等 電子計算機計算等委託 技術試験衛星V型(ETSV)ミッション解析(その1)支援」であった。乙47、48の1)。原告は、被告CRCの担当者であったBらに対し、原告の論文や海外の文献、資料を交付し、原告が導出した数式を説明するなどして指示を与え、コーディング作業の途中で問題が生じた際には、ソースコードをチェックするなどして具体的な助言を与えた(乙32)。その結果、本件プログラム1及び2が作成され、それらを用いた解析結果とともに、昭和59年4月、事業団に納入された(乙48の1〜48の4、49)。対価の支払は、事業団より被告CRCに対して行われた(乙218、弁論の全趣旨)。
(キ) 原告は、本件プログラム1及び2をもとにした解析結果に基づいて、ETS−Vのスピン安定性についての検討を行い(甲9、乙50)、本件プログラム1については、修正が必要であるとの認識に至った。そして、事業団は、昭和59年4月に、ETS−Vミッション解析支援のために、被告CRCとの契約を締結した(契約名称は、「ETS−Vミッション解析支援の役務借上げ」であった。乙51の1〜51の2)。これに基づいて、本件プログラム1を改修した本件プログラム6が作成され、昭和60年3月に事業団に納入された(乙55の1〜55の2、56、57の1〜57の2)。原告は、本件プログラム6の作成に当たって、被告CRCの担当者であったP2及びP16に対し、数式や入力の態様等を助言した(乙32)。対価の支払は、事業団より被告CRCに対して行われた(乙219)。
(ク) 昭和60年4月にも、事業団は、被告CRCとの間で、ETS−Vミッション解析支援の契約を締結し(契約名称は、「CDC系電子計算機計算等委託 ETS−Vミッション解析(その3)支援」であった。乙61の1〜61の2、62の1、63の1)、これに基づいて、本件プログラム3の作成が行われた。被告CRCの担当者はP3であり、原告は、P3に対し、カルマンフィルターに関する資料を交付し、位置、速度、加速度という9次元にすること等の具体的な指示を行った。昭和61年3月、本件プログラム3は、被告CRCから事業団に納入された(乙62の1、62の3、63の1〜63の3、63の5、227〜229)。対価の支払は、事業団より被告CRCに対して行われた(乙220、弁論の全趣旨)。
(2) 本件プログラム11、2、1、6及び3の創作者
ア 本件プログラム11
 (1)で認定した事実によれば、原告は、本件プログラム11を創作した者と認められる。
イ 本件プログラム2
 (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム2の形成に当たって、本件プログラム11を提示し、定式化、アルゴリズム、入力データ、出力仕様などの技術資料を提示したものであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。
ウ 本件プログラム1
 (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム1の形成に当たって、定式化、アルゴリズム、入力データ、出力仕様などの技術資料を提示するとともに、被告CRCの技術者らとともに、ソフト機能の検証及び確認を行ったものであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。
エ 本件プログラム6
 (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム1の改良プログラムである本件プログラム6の形成に当たって、上記ウの諸活動に加え、本件プログラム1を用いた長時間計算の結果に疑問があることを発見し、本件プログラム1を総点検してプログラムの論理構造上の問題を発見し、被告CRCの技術者らと共同でバグ修正を行うとともに、多数のタンク内の液体挙動を扱えるように運動方程式を一般化したものを提示したのであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。
オ 本件プログラム3
 (1)で認定した事実及び原告の陳述書(甲9)によれば、原告は、本件プログラム3の形成に当たって、定式化、アルゴリズム等の技術資料を提示したものであるが、プログラムの具体的記述に原告の思想又は感情が創作的に表現されたと認めるに足りる証拠はなく、これらの諸活動をもって、原告の思想又は感情を創作的に表現すると評価される行為ということはできない。
(3) 本件プログラム11、2、1、6及び3についての職務著作の成否
 上記(2)アのとおり、原告は、本件プログラム11を創作した者と認められるから、上記(1)で認定した事実に基づき、本件プログラム11についての職務著作の成否を検討する。また、上記(2)イないしオのとおり、原告は、本件プログラム2、1、6及び3を創作した者には当たらないと認められるが、念のため、仮にこれらのプログラムを原告が創作したものとする場合に、職務著作が成立するかどうかについても併せて検討する。
ア 法人等の業務に従事する者が作成したものであること
 原告は、上記各プログラムの作成当時において事業団の職員であり、事業団の業務に従事する者であるといえる。
イ 職務上の作成
 上記各プログラムは、以下のとおり、原告の職務として作成されたものであると認めるのが相当である。
(ア) 本件各プログラムは、前記のとおり、技術試験衛星X型であるETS−Vのミッション解析に関するプログラムであるところ、原告は、これらのプログラムが作成された時期に、事業団の衛星設計第1グループ及び昭和59年9月21日からは組織改正に伴い人工衛星開発本部技術試験衛星グループに所属し、ETS−Vの開発を担当していた副主任開発部員である。そして、衛星設計第1グループあるいは人工衛星開発本部技術試験衛星グループは、一部を除く人工衛星一般の、設計やこれらに付帯する研究を行うことが所掌業務とされていた(乙125、126)のであって、同部門に所属し、ETS−Vの開発に携わる職員の職務には、ETS−Vのミッション解析のためのプログラムを作成することが当然含まれていたと認められる。
(イ) そして、原告は、本件プログラム11については、自ら作成して完成させているが、前記のとおり、それによる解析結果を、設計及び製造の受託業者であったMELCOに示し、設計変更を促していることからすれば、この作成は、システム設計段階のETS−Vの静的安定性の問題点をMELCOに認識させ、改善を促すために行われたものと考えられ、それは、原告が事業団の上司から、動的スピン安定性の解析について、MELCOに行わせるべきとの指示を受けたのと同様に、監督員の立場にある原告の職務に基づくものであったと解される。また、本件プログラム2、1、6及び3については、その後のETS−Vのミッション解析における必要性から、ミッション解析支援に係る事業団と被告CRCとの契約に基づいて、被告CRCにおいて具体的な作業を行い、被告CRCによって事業団に納入されたものであるが、原告は監督員として関与し、ソースコードに関する助言も含めた具体的な指示、助言を行っているのであるから、これらのプログラムへの原告の関与は、原告の職務においてなされたものであると考えるのが相当である。
(ウ) 原告は、原告の所属部門において、プログラムの作成が業務として位置付けられていなかったこと、原告の提言や計画はことごとく反対され、認可されず、原告の作業も嫌がらせを受けたこと、予算措置においては他の目的にも流用するために口実として使われたこと等から、前記各プログラムの作成は原告の職務上行われたものではないと主張し、それに沿う陳述書(甲8〜11、13、104、112、155)を提出する。
 しかしながら、プログラムの作成が職務として位置付けられていなかったとの主張が採用できないことは、前記2(3)イのとおりである。
 また、原告の提言や計画は認可されなかったとの点については、前記経緯からすれば、原告の提言が事業団において容易に受け入れられない状況が続いたことは認められるが、最終的にはETS−Vのミッション解析が認可され、それに基づいて、各プログラムの作成が行われているのであるし、原告の提案に対する反対によって原告の職務性が失われるものでないことも、前記2(3)イ(オ)のとおりである。原告が作業について嫌がらせを受けたことがあったとすれば、前記5(3)イのとおり、その心情は理解できないではないが、そのことをもって、プログラム作成と原告の職務との客観的な関連性が失われるものでないことも同様である。
 さらに、事業団において、認可された予算がその項目どおりに前記各プログラムの作成のために振り分けられなかったとしても、事業団が被告CRCと契約を締結し、それに基づいて各プログラムの作成が行われ、事業団が被告CRCに対価を支払っていることは争いがなく、このことからすれば、これらのプログラムの作成は、事業団の業務であり、担当していた原告の職務であったというほかはない。
ウ 事業団の発意
 前記のとおり、職務著作の規定は、業務従事者の職務上の著作物に関し、法人等及び業務従事者の双方の意思を推測し、法人等がその著作物に関する責任を負い、対外的信頼を得ることが多いことから、一定の場合に法人等に著作者としての地位を認めるものであり、このことに照らし、法人等の発意に基づくことと業務従事者が職務上作成したこととは、相関的な関係にあり、法人等と業務従事者との間に正式な雇用契約が締結され、業務従事者の職務の範囲が明確であってその範囲内で行為が行われた場合には、そうでない場合に比して、法人等の発意を広く認める余地があるというべきであり、その発意は、前記のとおり、間接的であってもよいものである。そして、そのように職務の範囲が明確で、その中での創作行為の対象も限定されている場合であれば、そこでの創作行為は職務上当然に期待されているということができ、この場合、特段の事情のない限り、当該職務を行わせることにおいて、当該業務従業者の創作行為についての意思決定が、法人等の判断に係らしめられていると評価することができ、間接的な法人等の発意が認められると解するのが相当である。
 そこで、前記本件プログラム1、2、3、6及び11の作成と原告の職務との関連性についてみると、前記のとおり、これらのプログラムはいずれも、ETS−Vミッション解析に係るプログラムであり、そうすると、これらのプログラムの作成は、ETS−Vの開発を担当していた原告の当時の職務上、当然に期待されるものであったということができる。
 そうすると、昭和58年4月に、原告を監督員としてETS−Vの開発に従事させることとなった時点において、本件プログラム1、2、3、6及び11の作成についての間接的な事業団の発意を認めることができる(なお、本件プログラム1、2、3及び6については、最終的に、事業団と被告CRCとの契約に基づき、被告CRCの作業によって完成しているのであるから、遅くとも、被告CRCとの契約締結時には、明示的な事業団の発意があったと認められる。)。
エ 公表名義要件
 本件プログラム11、2、1及び3は、いずれも、昭和60年の法の改正前に作成されたものとして、同改正前の法15条により、職務著作が成立するためには公表名義要件を充足することが必要であるが、これらのプログラムは、いずれも、公表されていないが、現実に公表はなされるとすれば、当然、事業団の名義により公表されるべきものであると推認される。本件プログラム6は、昭和60年の改正後の法15条2項が適用され、名義の公表を要しない。
 なお、原告は、これらのプログラムに係る論文を原告名義で発表している旨主張するが、これらの論文においてプログラムのソースコードやオブジェクトコードが示されているわけではないことが明らかである。したがって、これらの論文をもとに前記各プログラムのソースコードを導き出すこともできないから、これらの論文の発表をもって、前記各プログラムが原告名義で公表されたということはできない。
オ プログラムの管理について
 原告は、本件プログラム1、2、3及び6については、事業団において原告の著作物であると認めた上で、原告が保管し、事業団において使用する際には原告の承諾を得る手続を履践させていた旨主張する。
 たしかに、これらのプログラムを含むETS−Vミッション解析に関するプログラムについて、管理方法や、他の部門が使用する際の手続について協議され、使用に関する承諾を得る手続がとられたことを示す資料(甲77、80〜86)は存在するものの、これらの資料によっても、事業団が原告を上記各プログラムの著作者と認めていたということはできない。かえって、事業団社内開発の成果物であるとの記載も認められる(甲83、86)のであり、これらの資料は、前記各プログラムを含むプログラム一般に関する管理や使用の手続を定め、それについて原告が担当し、使用について意見を述べる責任者であったことを示す以上のものではないというべきである。
 したがって、原告の前記主張を採用することはできない。
カ 小括
 以上からすれば、本件プログラム11、2、1、3及び6は、いずれも、職務著作として、事業団がそれらの著作者となると認められる。
(4) まとめ
 そうすると、前記各プログラムについての著作権及び著作者人格権が原告にあることの確認請求並びに本件プログラム11の著作権が原告にあることを前提にした、本件プログラム2を二次的著作物とする原著作者の権利が原告にあることの確認請求(予備的請求)は、いずれも理由がないことになる。
第4 結論
 以上の次第であるから、その余の点を検討するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清水節
 裁判官 山田真紀
 裁判官 東崎賢治


(別紙1) 著作物目録
番号 プログラム名称 収録資料の名称等
DYNA 資料名称:宇宙開発事業団単価契約報告書
       技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)支援
登録番号:LRC8400301,LRC8400311
登録時期:昭和59年5月14日
STAT 資料名称:宇宙開発事業団単価契約報告書
       技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その1)支援
登録番号:LRC8400301,LRC8400311
登録時期:昭和59年5月14日
KALMAN−1(9次元) 資料名称:技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その3)支援
登録番号:LRC8503881,LRC8503891
       LRC8503901,LRC8503911
       LRC8503921,LRC8503931
       LRC8503941,LRC8503951
登録時期:昭和61年6月3日
SPD 資料名称:昭和54年度 SPD T プログラムリスト
登録番号:7925(CDC6600/CYBER74用)
       7926(FACOM230−75用)
登録時期:平成7年10月16日
DOPPLER 資料名称:宇宙開発事業団委託業務成果報告書
     ECS−bアンテナパターン及びドップラデータの検討
登録番号:LRC8001591,LRC8001601
       LRC8001611,LRC8001621
       LRC8001631
登録時期:昭和55年8月25日
DYNA−A(ABM燃焼フェーズの動的解析プログラム) 資料名称:技術試験衛星V型(ETS−V)ミッション解析(その2)支援
登録番号:LRC8402971,LRC8402991
登録時期:昭和60年8月12日
11 STAT(オリジナル) 別紙2に記載された14の実行ステップで構成されるプログラム
12 KALMAN(オリジナル6次元) 別紙3に記載された30個のサブルーチン・プログラムにより構成され,別紙4で示されるプログラム(ただし,サブルーチン「MINVS1」を除く。)
13 KALMAN(オリジナル9次元) 別紙5に記載された23個のサブルーチン・プログラムにより構成され,別紙6で示されるプログラム
15 軌道伝播解析プログラム(B010プログラム) 資料名称:宇宙開発事業団委託業務成果報告書
       実験用静止通信衛星(ECS)ミッション解析プログラム
登録番号:LRC800038,LRC800039
       LRC800040,LRC800041
       LRC800042,LRC800043
登録時期:昭和55年4月
19 ドップラー変化による衛星運動解析プログラム(B061プログラム) 資料名称:宇宙開発事業団委託業務成果報告書
       実験用静止通信衛星(ECS)ミッション解析プログラム
登録番号:LRC800038,LRC800039
       LRC800040,LRC800041
       LRC800042,LRC800043
登録時期:昭和55年4月
※番号7ないし10,14,16ないし18は欠番である。

(別紙7) 昭和50年から平成9年ころまでの間に打ち上げられた人工衛星
衛星名 通称 打上日 主目的
技術試験衛星T型(ETS-I) 「きく」 昭和50年9月9日 打上時の環境の測定,定常時の衛星動作特性及び環境測定,姿勢の測定,距離及び距離変化率の測定,伸展アンテナの伸展実験
電離層観測衛星(ISS) 「うめ」 昭和51年2月29日 電離層臨界周波数の世界的分布観測,電波雑音源の世界的分布観測,電離層上部の空間におけるプラズマ特性・正イオン密度の測定
技術試験衛星U型(ETS-U) 「きく2号」 昭和52年2月23日 静止衛星の打上技術,静止衛星の追跡管制技術の習得,静止衛星の姿勢制御機能の試験,デスパンアンテナの試験,ミリ波伝播実験用発振器の試験
静止気象衛星(GMS) 「ひまわり」 昭和52年7月14日 地球画像,海面及び雲頂面温度等の観測
実験用中容量静止通信衛星(CS) 「さくら」 昭和52年12月15日 衛星通信システムとしての伝送実験・運用技術の確立,通信衛星管制技術の確立
電離層観測衛星(ISS-b) 「うめ2号」 昭和53年2月16日 2に同じ
実験用中型放送衛星(BS) 「ゆり」 昭和53年4月8日 衛星放送システムの技術的条件の確立・制御・運用技術の確立のための実験,電波の受信効果の確認実験
実験用静止通信衛星(ECS) 「あやめ」 昭和54年2月6日 静止衛星の打上技術・追跡管制技術・姿勢制御技術の確立,ミリ波等周波数帯の通信実験及び電波伝播特性の調査
実験用静止通信衛星(ECS-b) 「あやめ2号」 昭和55年2月22日 8に同じ
10 技術試験衛星W型(ETS-W) 「きく3号」 昭和56年2月11日 N-Uロケットの遷移軌道投入能力確認・打上環境条件の修得,大型衛星の製作・取扱技術の習得
11 静止気象衛星2号(GMS-2) 「ひまわり2号」 昭和56年8月11日 4に同じ
12 技術試験衛星V型(ETS-V) 「きく4号」 昭和57年9月3日 三軸姿勢制御機能確認,太陽電池バドル展開機能確認,能動式熱制御機能確認
13 静止通信衛星2号−a(CS-2a) 「さくら2号−a」 昭和58年2月4日 非常災害時における通信の確保,離島との通信回線の設定,臨時の通信回線の設定,通信衛星に関する技術の開発
14 通信衛星2号−b(CS-2b) 「さくら2号−b」 昭和58年8月6日 13に同じ
15 放送衛星2号(BS-2a) 「ゆり2号a」 昭和59年1月23日 テレビ放送難視聴解消,放送衛星に関する技術開発
16 静止気象衛星3号(GMS-3) 「ひまわり3号」 昭和59年8月3日 4に同じ
17 放送衛星2号b(BS-2b) 「ゆり2号b」 昭和61年2月12日 15に同じ
18 海洋観測衛星1号(MOS-1) 「もも1号」 昭和62年2月19日 地球観測衛星の基本技術確立,センサ開発・機能性能確認,実験的観測,太陽同期軌道投入技術の習得等
19 技術試験衛星X型(ETS-X) 「きく5号」 昭和62年8月27日 H-1ロケットの性能確認,静止三軸衛星の基盤技術確立,次期大型実用衛星に必要な自主技術蓄積
20 通信衛星3号(CS-3a)(CS-3b) 「さくら3号a,b」 昭和63年2月19日,昭和63年9月16日 13に同じ
21 静止気象衛星4号(GMS-4) 「ひまわり4号」 平成1年9月6日 4に同じ
22 海洋観測衛星1号b(MOS-1b) 「もも1号b」 平成2年2月7日 18に同じ
23 放送衛星3号(BS-3a)(BS-3b) 「ゆり3号a,b」 平成2年8月28日,平成3年8月25日 15に同じ
24 地球資源衛星1号(JERS-1) 「ふよう1号」 平成4年2月11日 合成開口レーダ・光学センサによる観測,地球試験観測機器の開発
25 技術試験衛星Y型(ETS-Y) 「きく6号」 平成6年8月28日 通信・放送分野の要求に適合する2トン級実用衛星バス技術の確立,高度な衛星通信のための技術開発
26 静止気象衛星5号(GMS-5) 「ひまわり5号」 平成7年3月18日 4に同じ
27 地球観測衛星(ADEOS) 「みどり」 平成8年8月17日 地球環境のグローバルな変化の監視,地球観測技術維持,プラットフォーム技術・データ中継技術開発
28 技術試験衛星Z型(ETS-Z) きく7号「おりひめ・ひこぼし」 平成9年11月28日 ランデブ・ドッキング技術試験,宇宙用ロボット基盤技術,データ中継衛星を経由した軌道上運用技術の習得
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