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【事件名】「新しい歴史教科書をつくる会」書籍の廃棄処分事件(2)
【年月日】平成17年11月24日
 東京高裁 平成17年(ネ)第3598号 損害賠償請求控訴事件
 (一審・東京地裁平成14年(ワ)第17648号、差戻前二審・東京高裁平成15年(ネ)第5110号、
  上告審・最高裁平成16年(受)第930号)

判決
 当事者 別紙当事者目録記載のとおり


主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1)被控訴人は、控訴人らに対し、各三〇〇〇円及びこれに対する平成一三年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人らのその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一審、差戻前及び差戻後の控訴審並びに上告審を通じてこれを一〇〇〇分し、その九九九を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人らに対し、各三〇〇万円及びこれに対する平成一三年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人らが、被控訴人が設置した船橋市西図書館に司書として勤務していた職員は、控訴人新しい歴史教科書をつくる会やこれに賛同する者等及びその著書に対する否定的評価と反感から、その独断で、同図書館の蔵書のうち控訴人らの執筆又は編集に係る書籍を含む合計一〇七冊を、除籍基準に定められた「除籍対象資料」に該当しないにもかかわらず、廃棄し(以下、これを「本件廃棄」という。)、控訴人らの有する著作者としての人格的利益等を侵害したとして、被控訴人に対し、国家賠償法第一条第一項等に基づき、損害の賠償を求める事案である。
 原審は控訴人らの請求を棄却したので、これを不服とする控訴人らが控訴を提起したが、差戻前の控訴審は控訴人らの控訴を棄却した。控訴人らが上告受理の申立てをしたところ、最高裁判所第一小法廷は、本件を上告審として受理した上、原判決を破棄し、本件を当審に差し戻した。本件は、この差戻後の事件である。
二 前提事実、争点及び当事者の主張は、原判決「事実及び理由」欄中の「第二事案の概要」の一及び二(原判決四頁七行目から一二頁二四行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、引用した原判決中の「本件除籍等」を「本件廃棄」に、「被告A」を「第一審被告A」にそれぞれ改め、原判決六頁二三行目から同七頁一四行目まで及び同一二頁四行目から一五行目までを削除する。)。
第三 当裁判所の判断
一  図書館は、「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」であり(図書館法第二条第一項)、「社会教育のための機関」であって(社会教育法第九条第一項)、国及び地方公共団体が国民の文化的教養を高め得るような環境を醸成するための施設として位置付けられている(同法第三条第一項、教育基本法第七条第二項参照)。公立図書館は、この目的を達成するために地方公共団体が設置した公の施設である(図書館法第二条第二項、地方自治法第二四四条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三〇条)。そして、図書館は、図書館奉仕(図書館サービス)のため、@図書館資料を収集して一般公衆の利用に供すること、A図書館資料の分類排列を適切にし、その目録を整備することなどに努めなければならないものとされ(図書館法第三条)、特に、公立図書館については、その設置及び運営上の望ましい基準が文部科学大臣によって定められ、教育委員会に提示するとともに一般公衆に対して示すものとされており(同法第一八条)、平成一三年七月一八日に文部科学大臣によって告示された「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(文部科学省告示第一三二号)は、公立図書館の設置者に対し、同基準に基づき、図書館奉仕(図書館サービス)の実施に努めなければならないものとしている。同基準によれば、公立図書館は、図書館資料の収集、提供等につき、@住民の学習活動等を適切に援助するため、住民の高度化・多様化する要求に十分に配慮すること、A広く住民の利用に供するため、情報処理機能の向上を図り、有効かつ迅速なサービスを行うことができる体制を整えるよう努めること、B住民の要求に応えるため、新刊図書及び雑誌の迅速な確保並びに他の図書館との連携・協力により図書館の機能を十分発揮できる種類及び量の資料の整備に努めることなどとされている。
 公立図書館の上記のような役割、機能等に照らすと、公立図書館は、住民に対して思想、意見その他の種々の情報を含む図書館資料を提供してその教養を高めること等を目的とする公的な場ということができるところ、公立図書館の図書館職員としては、公立図書館が上記のような役割を果たせるように、公正に図書館資料を取り扱うべき職務上の義務を負うものというべきであり、閲覧に供された図書について、独断的な評価や個人的な好みによってこれを廃棄するなど合理的な理由のない不公正な取扱いをすることは、図書館職員としての基本的な職務上の義務に反するものといわなければならない。また、上記のように、公立図書館が、住民に図書館資料を提供するための公的な場であるとすれば、そこで閲覧に供される図書の著作者にとっても、その思想、意見等を公衆に伝達する公的な場であるということができるところ、そのような公的な場である公立図書館において閲覧に供されている図書を図書館職員において独断的な評価や個人的な好みによってこれを廃棄するなど不公正な取扱いをすることは、当該著作者が公立図書館という公的な場においてその著作物の思想、意見等を公衆に伝達する利益を合理的な理由なしに損なうものといわなければならず、したがって、公立図書館において、その著作物が閲覧に供されることにより、著作者は、その著作物について、合理的な理由なしに不公正な取扱いを受けないという上記の利益を取得するのであり、この利益は、法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり、公立図書館の図書館職員である公務員が、図書の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは、当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。
二 本件廃棄の経緯については、原判決掲記の各証拠によれば、前記引用に係る原判決の前提事実を認めることができるほか、原判決一三頁九行目ないし同一六頁二二行目までの事実を認めることができるから、これを引用する。そして、上記各事実によれば、本件廃棄は、公立図書館である船橋市西図書館の本件司書が、控訴人新しい歴史教科書をつくる会やその賛同者等及びその著書に対する否定的評価と反感から行ったものというのであるから、控訴人らは、本件廃棄により、上記人格的利益を違法に侵害されたものというべきであるところ、上記人格的利益は、公立図書館という公的な場において閲覧に供された図書の著作者が、当該図書について、合理的な理由なしに、不公正な取扱いを受けないという観点から法的保護に値することが肯定されるものであること、本件廃棄に係る図書が再び船橋市西図書館に備え付けられ、閲覧に供されるなどの措置が執られていること、その他本件廃棄についての経緯について認められる前記引用に係る原判決の認定事実に顕れた一切の事情を総合勘案すると、上記人格的利益が侵害されたことにより閲覧に供された図書の著作者が受けた無形の損害に対する金銭賠償としては、一人当たり三〇〇〇円をもって相当とするというべきである(最高裁平成一三年(行ツ)第八二号、同年(行ヒ)第七六号、同年(行ツ)第八三号、同年(行ヒ)第七七号同一七年九月一四日大法廷判決裁判所時報一三九六号一頁参照)。したがって、控訴人らの請求は、控訴人らに対し各三〇〇〇円及びこれに対する平成一三年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお、前記引用に係る原判決の前提事実によれば、控訴人新しい歴史教科書をつくる会は権利能力なき社団としての実体を有しているところ、同控訴人に対しても、民法第七一〇条の適用により、本件廃棄により無形の損害を受けた著作者として、前記と同様の限度でその損害賠償請求を認容すべきである。最高裁昭和三四年(オ)第九〇一号同三九年一月二八日第一小法廷判決民集一八巻一号一三六頁参照)。
三 まとめ
 以上によれば、控訴人らの損害賠償請求は、控訴人らに対し各三〇〇〇円及びこれに対する不法行為の最終日である平成一三年八月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきである。
第四 結論
 よって、本件控訴は一部理由があるから、これと異なる原判決を上記判断と抵触する限度で変更することとして、主文のとおり判決する。

 裁判長裁判官 濱野惺
 裁判官 高世三郎
 裁判官 長久保尚善


別紙 当事者目録
控訴人(原告) 井沢元彦<ほか七名>
上記八名訴訟代理人弁護士 青木定聖
同 荒木田修
同 猪野愈
同 岩原武司
同 氏原瑞穂
同 内田智
同 小沢俊夫
同 勝俣幸洋
同 加藤勝郎
同 神崎敬直
同 木ノ宮圭造
同 木村眞敏
同 高池勝彦(*高は旧字体)
同 高橋峯生
同 田中平八
同 田辺善彦
同 玉置健
同 中島繁樹
同 中島修三
同 二村豈則
同 馬場正裕
同 原洋司
同 福間則博
同 藤野義昭
同 牧野芳樹
同 松尾千秋
同 松本佳典
同 三ツ角直正
同 南出喜久治
同 森統一
同 山口達視
被控訴人(被告) 船橋市
同代表者市長 藤代孝七
同訴訟代理人弁護士 真田淡史
同 大辻正寛
同 牧野房江
同指定代理人 鈴木仁<ほか三名>
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