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【事件名】取締役会議事録等HP公開事件(2)
【年月日】平成17年10月25日
 大阪高裁 平成17年(ネ)第1300号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成16年(ワ)第6804号)
 (平成17年9月6日 口頭弁論終結)

判決
控訴人兼被控訴人(1審原告) 株式会社ダスキン(以下「1審原告ダスキン」という。)
代表者代表取締役 A
控訴人兼被控訴人(1審原告) B(以下「1審原告B」という。)
上記2名訴訟代理人弁護士 山上和則
同 四宮章夫
同 藤川義人
同 軸丸欣哉
同 高島志郎
同 藤本一郎
被控訴人兼控訴人(1審被告)C(以下「1審被告」という。)
訴訟代理人弁護士 松原弘幸
同 坂野真一
同 加藤真朗
同 壇俊光
同 東忠宏


主文
1 1審原告ら及び1審被告の各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は、当審各貼用印紙の費用は各当事者それぞれの負担とし、その余の控訴費用は、1審原告ダスキンに生じた費用と1審被告に生じた費用の3分の2とにつき、いずれもこれを2分し、その1を1審原告ダスキンの、その1を1審被告の各負担とし、1審原告Bに生じた費用と1審被告に生じた費用の3分の1とにつき、いずれもこれを2分し、その1を1審原告の、その1を1審被告の各負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 1審原告ら
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告は、1審原告ダスキンに対し、1100万円及びこれに対する平成16年5月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審被告は、1審原告Bに対し、550万円及びこれに対する平成16年5月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 1審被告は、原判決別紙文書目録記載1ないし11の文書を、電磁的記録に変換して公衆送信してはならない。
2 1審被告
(1) 原判決中、1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
1 本件は、1審被告がそのウェブサイトにおいて、平成16年3月4日から同年5月26日までの84日間、原判決別紙文書目録記載1ないし11の文書(1審原告ダスキン代理人弁護士作成名義の意見書、同原告の取締役会議事録)を電磁的記録に変換して公衆送信したことにより、1審原告ダスキンの名誉、情報プライバシー(人格権を含む。以下同じ。)又は信用が毀損され(民法709条、710条)、1審原告ダスキンが上記文書について有する著作権が侵害され(著作権法21条、23条)、更に1審原告ダスキンの営業秘密が加害目的で開示されたと主張し(不正競争防止法2条1項7号)、また、1審原告Bの名誉、情報プライバシーが毀損された(民法709条、710条)と主張して、人格権、著作権又は不正競争防止法3条1項に基づき、上記文書の公衆送信の差止めを求めるとともに、名誉、情報プライバシー若しくは信用の毀損、著作権の侵害、又は不正競争による1審原告ダスキンの損害として1100万円、名誉、情報プライバシーの毀損による1審原告Bの損害として550万円と、最後の不法行為又は不正競争のあった日(1審被告サイトでの公衆送信の終わった日)である平成16年5月26日から支払済みまでの民法所定利率による遅延損害金の賠償を求めた事案である。
2 本件の基礎となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり訂正等するほかは、原判決「事実及び理由」の第2の2、3及び第3に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 4頁7行目の「原告B」の次に「(当時、主任)」を加え、同11行目の「TBHQ」を「t−ブチルヒドロキノン(以下「TBHQ」という。)」と改める。
(2) 7頁19行目の「同事件」の前に「1審被告の申請の理由に対する認否のほか、」を、同21行目の「謄写の必要性のないもの」の次に「(無認可添加物混入の事実を被申請人担当者が認識した平成12年12月から加盟店等に対する営業保障金等支出を決定した平成14年8月までの間以外の期間中の取締役会議事録及び平成12年12月から平成14年8月までの期間中の取締役会議事録であっても、「大肉まん」に関する問題以外の事項に関わる部分)」を各加える。
3 当審における付加主張
(1) 1審原告ダスキンの信用の毀損(争点(1))について
(1審被告の主張)
ア 本件文書1について
 本件文書1が、非公開の手続において相手方から提出された書面であるとしても、そのことから直ちにこれを使用し得る範囲が限定されるものではない。実際にも、非公開手続で交付を受けた書面が、別の訴訟において証拠として用いられることは珍しくないし(甲第18号証、乙第4号証の1・2等)、調停等で受領した相手方の文書をインターネット上で公開した例もある(乙第70号証の1ないし4)。
イ 本件文書2ないし11について
 昭和56年の商法改正の趣旨からすれば、株主の閲覧謄写請求から保護されるべき取締役会議事録の記載とは、会社の営業秘密に関するものであり、これに該当しない事実に関しては、コンプライアンスの観点からむしろ公開するにふさわしい事項と考えるべきである。そして、本件文書2ないし11について、営業秘密ないしプライバシーに関する記載はないから、これらの文書について、これを保護すべき法的利益は存在しない。
ウ 1審原告ダスキンについては、当時、連日の批判的報道がなされていたところ、本件各文書の記載に目新しい事実は皆無であり、前記のように支払能力又はその財産的裏付けに関わる記載も存在しないのであるから、1審被告の行為によって、いかにして1審原告ダスキンの経済的側面における信用が低下するのか不明である。
(1審原告らの主張)
ア 裁判手続における証拠としての提出とインターネット上の公開とは全く性質の異なる行為である。また、乙第70号証中、枝番4については調停事件において当該書面を提出した当事者側の者がインターネットサイトで公開したものと思われるが、その余については、インターネット上で公開する行為が違法と評価される可能性のあるものである。
イ 本件文書2ないし11は、法律上、株主であっても、裁判所の許可がなければ、その一部ですら自由に閲覧、謄写できない書面である。営業秘密に該当する事項の記載のない取締役会議事録には商法第260条の4第6項の適用がないかのような1審被告の主張は、文理とかけ離れた独自の解釈にすぎない。
ウ 経済的評価としての「信用」は、利益や金銭と直結するものに限らず、ブランド力や暖簾のようなものも含め、広く解釈されるべきであり、1審原告ダスキンはそのような意味での社会的評価を低下せしめられたものである。
(2) 1審原告ダスキンの差止請求の当否(争点(3))について
(1審原告らの主張))
 差止請求が認められるために、当該表現行為によって、被害者が、事後の金銭賠償によっては回復が不可能か、著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれのあることが必要だとすれば、結局のところ、1審原告ダスキンの取締役会議事録の流出を事前にくい止める手段がないことになる。
(1審被告の主張)
 争う。
(3) 著作権侵害(争点(4))について
(1審原告らの主張)
ア 本件文書1について
 本件においては、譲渡人、譲受人がともに原審において、本件文書1に係る著作権の譲渡を一貫して主張している。1審被告は、「第三者」にも該当しないのであるから、1審原告ダスキンは、登録なくして著作権を上記弁護士より譲受したことについて主張できる。
 本件文書1は、作成者の事実認識と法的意見を詳細に記載したものであり、これは創作的表現にほかならない。
イ 本件文書2ないし11について
 本件各文書は、いずれも1審原告ダスキンの具体的事情を背景として作成されたものであり、質疑・議事の内容は、取捨選択、要約されて反映されていることが明らかである。また、短文で「承認」の結果のみが記載されている部分であっても、背景に十分な質疑・議事が存在したことが明らかである。
(1審被告の主張)
 争う。
(4) 違法性阻却事由(争点(6))について
(1審被告の主張)
 本件の事情に照らせば、1審原告ダスキンが本件各文書を1審被告に任意に交付又は開示した際に、むしろ、これらの文書を自由に使用しうる旨黙示で合意したものとみるべきである。
(1審原告らの主張)
 争う。
(5) 1審原告らの損害額(争点(7))について
(1審原告らの主張)
 1審原告ダスキンについては、取締役会議事録閲覧謄写許可請求という手続を経て1審被告に交付された同原告の取締役会議事録が広くインターネット上で公表されてしまったこと自体の重大性が、1審原告Bについては、戒告処分という事実が広くインターネット上で公表されてしまったことによる重大な社会的評価の低下が、それぞれ十分考慮されるべきである。
(1審被告の主張)
 本件における損害額の認定に当たっては、次のような事情が考慮されるべきである。
ア 1審被告側の事情
 本件サイトにおける公開の目的は公益を図るためであること、1審被告サイトへのアクセス数は、平成16年3月4日から平成17年3月31日までの1年間で約1200件程度と少なく、そのうち1審原告ダスキン側のアクセス(IPアドレス「202.212.228.5」)が半数以上を占め(乙第73、第74号証)、本件各文書は、既に1審被告サイト上から削除され、本件文書2ないし11は、別件株主代表訴訟において証拠として提出され(乙第41号証)、何人もこれを閲覧できる状態になっている。
イ 1審原告ら側の考慮要素
 1審原告ダスキンは、当時連日批判的報道を受けていた企業で、1審被告に対する嫌がらせのため本件訴訟提起に至ったにすぎず、いまだに本件各文書による営業上の不利益の有無や程度を明らかにしていないこと、本件各文書は、特に使用方法についての指示・注意されることなく1審被告に交付され、別件の株主代表訴訟においては元役員の被告らに対し取締役会議事録閲覧謄写許可請求という手続を経ることなく取締役会議事録が交付されている等、取締役会議事録の管理は十分でない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(1審原告ダスキンの名誉、情報プライバシー又は信用の毀損の有無)について
(1) 本件文書1について
ア 本件文書1は、本件謄写許可申請事件において、被申請人であった1審原告ダスキンが裁判所に提出した許可申請の許否に関する意見書(作成者は同原告の代理人弁護士)である。
 甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、本件文書1は、本件謄写許可申請事件の申請人であった1審被告が受領した上記意見書の副本を電磁的記録に変換して公衆送信したものであり、その正本は同事件の裁判記録の一部であると認められる。
イ ところで、取締役会議事録謄写許可申請事件はいわゆる非訟事件に属し、その審理は公益的要素が強く、場合によれば秘密性保持が要請されるところから、非公開で行われるものとされており(非訟事件手続法13条)、その事件記録についても、裁判所の許可がなければ閲覧、謄写することができないものとして運用されている。
 そして、当該事件において書面を提出する当事者も、当該書面が裁判所の許可がない限り閲覧、謄写されないことを前提とした上で、記載事項を検討し、これを作成しているものと推認されることからすると、書面の提出者は、その副本を相手方に交付する場合でも、相手方がこれを当該手続の進行のため等の正当な目的以外には使用しないことを当然に期待し得るものであって、本件におけるように、書面の提出者等の承諾を得ることなく、これをインターネット上で公開し、極めて広範囲の一般人がだれでも閲覧又は複写(ダウンロード)し得るような状態に置くようなことは、当該手続を非公開とした前記法規の趣旨、目的に反するとともに、書面を提出した当事者の信頼を著しく損なうものであって、信義則上許されないものといわなければならない。
 そして、当該文書をみだりに公表されることがないという上記提出者等の期待ないし利益は法的保護に値するというべきところ、1審原告ダスキンのような法人も自然人と同じく法律上一個の人格者であってみれば、上記のような利益をみだりに侵害されてよいはずはなく、これを侵害された場合は、民法709条、710条に基づき、財産的損害のみならず、社会観念上、金銭の支払によって補填されるのが相当と考えられる無形的損害につき損害賠償を求めることができると解される(最高裁判所昭和39年1月28日判決。民集18巻1号136頁参照)。
ウ 1審原告ダスキンは、裁判所の許可がない限り閲覧、謄写されないことを前提として、代理人弁護士を介して本件謄写許可申請事件における自己の主張として本件文書1を提出し、その副本を1審被告に交付したというべきところ、無断で1審被告サイトで公開され、これにより前記利益を違法に侵害され、無形的損害を被ったものと認められる。
エ なお、1審被告は、非公開手続で交付を受けた書面が、別の訴訟において証拠として用いられることは珍しくないなどと主張しているが、裁判手続における証拠としての提出とインターネット上の公開とは全く性質の異なる行為であるというべきである。
(2) 本件文書2ないし11について
ア 取締役会議事録は、会社が業務執行に使用する目的で作成し管理する内部文書であるところ、商法260条の4第6項は、株主等がその権利を行使する必要があるときは、裁判所の許可を得て取締役会議事録の閲覧又は謄写の請求をすることができる旨規定している。
 そして、謄写又は閲覧が認められる場合でも、株主等の権利行使のため必要な範囲で認められるものであるから、これにより取得した書面等の使用は、当然に、閲覧謄写請求権行使の目的自体による制約を受けるものというべきである。
イ 商法260条の4第6項の趣旨及び引用に係る原判決第2、2(5)アないしウ(原判決7頁10行目ないし8頁1行目)認定の経緯並びに弁論の全趣旨に鑑みると、1審原告ダスキンは、本件謄写許可申請事件の平成15年1月22日の審尋期日において、いわゆるインカメラによる審査をした裁判所の示唆を受けて、取締役会議事録の一部である本件文書2ないし11を1審被告に任意開示したものと推認されるところ、その際、1審原告ダスキンは、1審被告においても前記制約に従うことを当然の前提として期待していたものであることは明らかというべきである。
 それにもかかわらず、1審被告は、1審原告ダスキンの承諾を得ることなく、取締役会議事録である本件文書2ないし11をインターネット上で公開し、極めて広範囲の一般人がだれでも閲覧又は複写(ダウンロード)し得る状態に置いたものであって、前記法規の趣旨、目的に反するとともに、1審原告ダスキンの信頼を著しく損なうものであり、信義則上許されないことは明らかというべきである。
 そして、任意開示等した取締役会議事録(本件文書2ないし11)をみだりに公表されることがないという1審原告ダスキンの期待ないし利益は法的保護に値するというべきであるし、本件において、1審原告ダスキンは、1審被告の上記行為によって前記利益を違法に侵害され、無形的損害を被ったものと認められる。
ウ 1審被告は、昭和56年の商法改正の趣旨からして、取締役会議事録の記載のうち株主の閲覧謄写請求から保護されるべきものが会社の営業秘密やプライバシーに関するものに限られるとの趣旨の主張をしているが、このような解釈は商法260条の4第6項、7項の文理にそぐわず、にわかに採用することはできない。
 また、1審被告は、本件文書2ないし11に記載された事項が、既に公開済みのものであるとも主張するが、本件文書2ないし11の記載には、各取締役会の開催日時、場所及び出欠(本件各文書)や、1審原告ダスキンの意思決定の在り方、従業員の処分情報や役員の退任や報酬カットについての決定過程(本件文書2、3)、平成14年5月31日時点でのミスタードーナツ加盟店における売上げ減少についての具体的記載(本件文書4)、今後の対処方針の具体的内容、同年6月20日時点での人事異動(本件文書5)、1審原告ダスキンによる同加盟店やミスタードーナツ共同体への緊急融資等の具体的内容(本件文書4、6、7)、大肉まん事件対策費用等として支出、負担された具体的金額及び内容(本件文書6ないし8)、大肉まん事件に伴う一連の支出のために1審原告ダスキンが銀行から融資を受けた事実(本件文書7) 、広告、広報費用等の具体的内容(本件文書9)、再生委員会答申の報告書案に対応した具体的な決定事項(本件文書10)、同報告書受理に伴う質疑の具体的内容(本件文書11)等、未公表の事実も含まれていることが認められる(甲第2ないし第11号証、乙第7ないし第40号証、第42号証〔枝番含む。〕)から、本件文書2ないし11に記載された事項に公開済みの事項が含まれていたとしても、上記判断を左右するものではない。
 さらに、1審被告は、1審被告の行為によって、いかにして1審原告ダスキンの経済的側面における信用が低下するのか不明であるとも主張しているが、1審原告ダスキンは、業種的にも地域的にも極めて広範な活動をしている営利企業であるから、前記利益が侵害され、取締役会議事録等の、当然には公表されるべきものではない文書がその意に反して違法に公表せしめられることは、結局は、その経済的側面における信用(この場合は、利益や金銭と直結するものに限らず、ブランド力や暖簾のようなものも含め、広義に解釈されるべきである。)の低下につながるものであることは容易に推認し得るところである。
(3) 他方、1審原告らは、前記1審被告の行為により、人格権としての性質を有する名誉、情報プライバシーも侵害された旨主張しているが、1審原告らのいう人格権としての名誉、情報プライバシーなる利益の侵害の意味は必ずしも明確ではなく、結局のところ、1審原告ダスキンの前記利益が侵害され、当然には公表されるべきものではない文書がその意に反して違法に公表せしめられたこと、これにより1審原告ダスキンの無形的損害が生じたことを別の観点で法的構成するものにすぎないとも考えられるところである。
2 争点(2)(1審原告Bの名誉、情報プライバシーの毀損の有無)について
 原判決21頁22行目から22頁9行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
3 争点(3)(1審原告ダスキンの名誉、情報プライバシー(人格権)の毀損に基づく差止請求の当否)について
(1) 一般的に、表現行為によって、差止請求権を根拠付ける物権的な性質を有する人格権としての名誉、情報プライバシーが侵害されたとき又は侵害されるおそれがあるときに、表現行為の差止めが認められる場合があることは否定し得ない。しかし、表現の自由の重要性に鑑みると、表現行為の差止めが認められるためには、単に当該表現行為によって人格権が侵害されるというだけでは足りず、当該表現行為によって、被害者が、事後の金銭賠償によっては回復が不可能か、著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれのあることが必要というべきである。
(2) 本件において、1審被告が1審被告サイトで本件文書1ないし11を公開したことによって、1審原告ダスキンは、前記のとおり信用を毀損されたものである。
 しかし、本件文書1ないし11の1審被告サイトでの公開も一種の表現行為といえるから、表現の自由の重要性に鑑み、その差止めの可否は慎重に判断されるべきであるところ、1審原告ダスキンは、法的に保護されるべき利益としての信用を毀損されたものとは認められるが、その性質、内容、公開の態様及びそれによって1審原告ダスキンが被った信用毀損の程度等、とりわけ、本件文書1ないし11は、本件謄写許可申請事件において提出された1審原告ダスキンの代理人弁護士名義の意見書及び1審原告ダスキンの取締役会議事録であり、その文書の内容自体に1審原告ダスキンの社会的評価を低下させるような格別の表現がなされているものではなく、単に、本来当然には公表されるべきでない文書が1審原告ダスキンの意に反して公表されたという意味においてその信用を低下させるにとどまるものであること、また、1審被告による本件文書1ないし11の公開によって1審被告ダスキンの被った損害は、後記7のとおり、金銭に換算することができ、その換算の結果等の事情に鑑みれば、1審原告ダスキンの被った損害は、事後の金銭賠償によっても回復し得る程度のものであると認められ、その性質上、これを差し止めなければ事後の金銭賠償によっては回復が不可能か、著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれがあるとは認め難い。他に、1審原告ダスキンが1審被告の本件文書1ないし11の公開により、事後の金銭賠償によっては回復が不可能か、著しく困難になる程度の重大な損害を被ったことを認めるに足りる証拠はなく、そのおそれがあることを認めるに足りる証拠もない。
 したがって、1審原告ダスキンは、人格権としての名誉、情報プライバシーが毀損されたことに基づいて、1審被告による1審被告サイトでの本件文書1ないし11の公開(公衆送信)の差止めを求めることはできないものというべきである。
(3) この点に関し、1審原告らは、差止請求が認められるために、当該表現行為によって、被害者が、事後の金銭賠償によっては回復が不可能か、著しく困難になる程度の重大な損害を被るおそれのあることが必要だとすれば、取締役会議事録の流出を事前にくい止める手段がないことになる旨主張するが、表現の自由は、民主主義の存立基盤をなすものとして極めて重要な位置を占めること、事後的救済といっても、実際には、損害賠償義務が認められ得ること自体によって事前にも一定の抑止効果を期待し得ること等を考慮すると、上記のような制約もやむを得ない制約というべきである。
4 争点(4)(1審原告ダスキンの著作権侵害の有無)について
(1) 本件文書1について
 1審原告は、本件文書1を作成した弁護士は本件訴訟の1審原告ら訴訟代理人であり、1審原告ら訴訟代理人が本件訴訟手続において一貫して本件文書1の著作権が1審原告ダスキンに属すると主張していることから、本件文書1の著作権は、それを作成した弁護士又はその弁護士の属する弁護士法人から1審原告ダスキンに黙示に譲渡されたと主張する。
 本件文書1の著作権は、元々はこれを作成した弁護士に帰属していたものと認められる。そして、弁護士が依頼者の依頼を受けて裁判手続上作成した文書の著作権が依頼者に譲渡されることは通常行われないところ、本件文書1を作成した弁護士である1審原告ら訴訟代理人が、本件訴訟手続において一貫してその著作権が1審原告ダスキンに属すると主張していたからといって、これを裏付ける客観的証拠は全くなく、また、本件訴訟追行上1審原告ダスキンに本件文書1の著作権を帰属させる必要があるという以外に、そのような譲渡行為が行われることを首肯させるに足りる合理的事情は証拠上全く窺えない。したがって、1審原告ダスキンの主張する上記事情のみから、本件文書1の著作権が作成者である弁護士又はその弁護士の属する弁護士法人から1審原告ダスキンに黙示に譲渡されたと認めることはできず、他に、そのような譲渡を認めるに足りる証拠はない。したがって、本件文書1の著作権は、1審原告ダスキンに属するものとは認められない。
 また、仮に本件文書1に係る権利の譲渡が認められるとしても、著作権法は、「思想又は感情」自体を保護するものではなく、その「創作的な表現」を保護するものであるところ(著作権法2条1項1号参照)、既にみたとおり、本件文書1は、1審被告の申請理由に対する簡略な認否及び1審被告の申請に係る取締役会議事録のうち1審被告の権利行使に必要と考えられる期間、範囲を簡単に記載するなどしたものであって、その文言、言い回し、配列等も、法律的文書としてはごくありふれた表現、配列を用いて記述したものにすぎず、作成者の個性が表れているとまでは認められず、創作性があるとは認められないから、その点でも、本件文書1の著作権に基づく1審原告ダスキンの主張は認められない。
(2) 本件文書2ないし11について
 乙第45ないし第47号証によれば、本件文書2ないし11に記載された文章は、取締役会議事録のモデル文集の文例に取締役の名称等を記入しただけのものではないものの、使用されている文言、言い回し等は、モデル文集の文例に用いられているものと同じ程度にありふれており、いずれも、日常的によく用いられる表現、ありふれた表現によって議案や質疑の内容を要約したものであると認められ、作成者の個性が表れているとは認められず、創作性があるとは認められない。また、開催日時、場所、出席者の記載等を含めた全体の態様をみても、ありふれたものにとどまっており、作成者の個性が表れているとは認められず、創作性があるとは認められない。
 なお、本件文書5には、それぞれ「全体スケジュール(案)」、「ダスキン再生委員会と分科会テーマについて(案)」と題する2枚の表が添付されているが、前者は、再生委員会と7つの分科会の答申及び働きさん提案の関係や、再生委員会の決議の予定時期等について、大まかに、かつありふれた手法によって表現したものにすぎず、後者も、再生委員会の構成と上記7つの分科会の名称及びテーマをありふれた手法で列挙したものにすぎず、思想又は感情の創作的な表現作成者の個性が表れているとは認められず、創作性があるとは認められない。
 また、本件文書6には、「ダスキン再生委員会と分科会テーマについて(案)」と題する1枚の表が付されているが、再生委員会の構成と分科会のテーマをありふれた方法で列挙したものにすぎず、また、「再生委員会」、「分科会委員」と題する2枚の書面も付されているが、前者は、再生委員会の主旨目的、権限、役割、議案等をありふれた表現で羅列したものにすぎず、後者も、分科会委員の役割及び権限をありふれた表現で羅列したものにすぎないし、さらに、「ミスタードーナツカンパニー組織図」と題する1枚の図も付されているが、各部門とその構成員を、ごくありふれた構成図の形で表現したものにすぎず、いずれも、作成者の個性が表れているとは認められず、創作性があるとは認められない。
 したがって、本件文書2ないし11は、いずれも創作性があるとは認められず、著作物であるとは認められない。
(3) 前記(1)のとおり、本件文書1は、著作権が1審原告ダスキンに属するものとは認められない上、著作物であるとも認められず、前記(2)のとおり、本件文書2ないし11は、いずれも著作物であるとは認められないから、1審原告ダスキンの本件文書1ないし11についての著作権に基づく請求は、いずれも理由がない。
5 争点(5)(1審原告ダスキンの不正競争防止法に基づく請求の当否)について
 原判決25頁22行目から26頁16行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
6 争点(6)(違法性阻却事由の有無)について
(1) 1審被告は、1審被告の行為が名誉、情報プライバシー又は信用の毀損に該当するとしても、公共の利害に関し、専ら公益を図る目的でなされ、その内容が主要な点において真実であるか、若しくは真実と信じたことに相当な理由があるから、その違法性は阻却される旨主張する。
(2) しかし、1審原告ダスキンとの関係で1審被告の不法行為とされるのは、前記のとおり、当然には公表されるべきでない1審原告ダスキン又はその代理人弁護士作成の文書を1審原告ダスキンの意に反して公表したことによって1審原告ダスキンの社会的評価を低下させたというものであるから、同文書の内容の真実性はそもそも問題にならない。
 また、本件においては、1審原告ダスキンの食品衛生法違反事件及びその事後処理が国民の関心事であり、同様の事件の再発防止が社会的に要請されていたことが認められるものの(乙第7ないし第32号証等、弁論の全趣旨)、既にみたとおり、1審被告が本件各文書を公表したこと自体が法規の趣旨、目的に反し、著しく信義に反するものであって、それ自体違法と評価されるものである以上、上記の点を考慮にいれても違法性が阻却されることはないというべきである。
(3) さらに、1審被告は、むしろ、1審被告と1審原告らとの間に1審被告が本件各文書を自由に使用し得る旨の合意が成立したなどと主張しているが、これを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、そのようにみることが相当でないことは既にみたところから明らかというべきであるし、本件記録を精査しても、他に1審被告の行為の違法性を阻却すべき事情は見いだせない。
7 争点(7)(損害額)について
(1)ア 1審原告ダスキンは、1審被告による本件文書1ないし11の公開によって前記のとおり無形的損害を被ったものであり、本件文書1ないし11の性質、内容、1審被告による公開の態様、1審原告ダスキンの被侵害利益等諸般の事情を考慮すると、その損害は、金銭に換算して50万円と認めるのが相当である。
イ 1審被告による本件文書1ないし11の公開と相当因果関係にある弁護士費用としての1審原告ダスキンの損害は、本件の事案の性質、審理の経過等諸般の事情を考慮すると、5万円と認めるのが相当である。
ウ したがって、1審原告ダスキンの損害の合計は55万円と認められる。
(2)ア 1審原告Bは、1審被告による本件文書2の公開によって前記2のとおり精神的損害を被ったものであり、本件文書2の性質、内容、1審被告による公開の態様、1審原告Bの被侵害利益等諸般の事情を考慮すると、その損害は、金銭に換算して50万円と認めるのが相当である。
イ 1審被告による本件文書2の公開と相当因果関係にある弁護士費用としての1審原告Bの損害は、本件の事案の性質、審理の経過等諸般の事情を考慮すると、5万円と認めるのが相当である。
ウ したがって、1審原告Bの損害の合計は55万円と認められる。
(3) なお、1審原告ら及び1審被告は、それぞれ本件の損害額の認定に当たって考慮されるべき点を主張しているが、それらの主張を考慮に入れても(ただし、1審被告の主張のうち、本件訴訟提起が1審被告に対する嫌がらせのためであるとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。)、前記各金額をもって相当とするものというべきである。
8 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、引用に係る原判決を含め、当審の認定、判断を覆すほどのものはない。
第4 結論
 以上によれば、1審原告ダスキンの本件請求は、民法709条、710条の不法行為に基づき、無形的損害についての損害賠償55万円及びこれに対する最後の不法行為のあった日(1審被告サイトでの公衆送信の終わった日)である平成16年5月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、1審原告Bの本件請求は、民法709条、710条の不法行為に基づき、精神的損害についての損害賠償55万円及びこれに対する最後の不法行為のあった日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、1審原告ら及び1審被告の本件各控訴はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 若林諒
 裁判官 小野洋一
 裁判官 中村心
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