判例全文 line
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【事件名】「一太郎」特許事件(2)
【年月日】平成17年9月30日
 知財高裁 平成17年(ネ)第10040号 特許権侵害差止請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成16年(ワ)第16732号)
 (平成17年7月15日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 株式会社ジャストシステム
代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 福島栄一
同 菅尋史
同 永田早苗
同 大向尚子
補佐人弁理士 木村満
同 石井裕一郎
同 雨宮康仁
被控訴人 松下電器産業株式会社
代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 市橋智峰
訴訟代理人弁理士 田中久子


主文
 原判決を取り消す。
 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 主文と同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 本件は、控訴人が別紙イ号物件目録及びロ号物件目録(原判決別紙目録と同じ。)記載の各製品(商品名「一太郎」及び「花子」。以下、これらを併せて「控訴人製品」と総称する。)の製造、譲渡等又は譲渡等の申出をしているところ、被控訴人が、控訴人の前記行為が特許法101条2号、4号に該当し、被控訴人の有する特許権を侵害すると主張して、控訴人に対し、特許法100条に基づき、控訴人の前記行為の差止め及び控訴人製品の廃棄を求めた事案である。
(2) 被控訴人の前記特許権(以下「本件特許権」という。)は、特許第2803236号(平成元年10月31日特許出願、平成10年7月17日設定登録、以下「本件特許」という。)であり、本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。別紙特許公報〔以下「本件公報」という。〕参照)に記載のとおり、その発明の名称を「情報処理装置及び情報処理方法」とするものである。
 当該発明は、「より良いマンマシンインターフェースを志向するために、マウス等のポインティング装置を備えた情報処理装置・・・(の多くが採用している)ウインドウシステム・・・(の)機能説明に関しては、機能説明キーを設け、その機能説明キーの押下によってこの装置を有する機能全てを説明するか、機能説明のアプリケーションを起動した後で、キーワードの入力を行わせるものが多い・・・(が、従来の)この方法では、キーワードを忘れてしまった時や、知らないときに機能説明サービスを受けることができない」(本件公報3欄2行目ないし13行目)という課題があるところから、これを解決するための手段を構成とした機能説明を行う情報処理装置及び情報処理方法に関する発明であり、その特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
 【請求項1】アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。
 【請求項2】前記制御手段は、前記指定手段による第2のアイコンの指定が、第1のアイコンの指定の直後でない場合は、前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させることを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。
 【請求項3】データを入力する入力装置と、データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって、機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法。
 (以下、【請求項1】の発明を「本件第1発明」、【請求項2】の発明を「本件第2発明」、【請求項3】の発明を「本件第3発明」といい、これらを併せて「本件発明」と総称する。)
(3) 一方、控訴人製品は、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載のとおり、文書作成のソフトウエア(日本語ワープロソフト「一太郎」)及び図形作成のソフトウエア(統合グラフィックソフト「花子」)であって、控訴人の製造・販売に係る控訴人製品を購入した利用者(ユーザー)は、これをパソコンにインストールして使用している。
 なお、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録の「商品名」欄には、単に「一太郎」「花子」と記載されているが、弁論の全趣旨に照らし、被控訴人は、バージョンを問わず、商品名中に「一太郎」「花子」を含むものであって、同目録「機能」欄記載の機能を有する製品を、本件訴訟の対象としているものと解される。
(4) 原判決は、控訴人製品をインストールしたパソコン及びその使用は、本件発明の構成要件をいずれも充足するから、その技術的範囲に属し、また、控訴人の前記(1)の行為について特許法101条2号及び4号により侵害とみなされるいわゆる間接侵害(以下「間接侵害」という。)が成立するところ、本件特許について、本件発明の進歩性の欠如による無効理由が存在することが明らかであるということはできないから、被控訴人の本件特許権に基づく請求は権利濫用には当たらないとして、被控訴人の請求をいずれも認容したため、これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。
(5) 控訴人は、当審において、構成要件充足性及び間接侵害の成立を争うとともに、本件特許につき、新たな刊行物に基づく本件発明の新規性又は進歩性の欠如による無効理由を追加した上、原審において主張した進歩性の欠如による無効理由も含めて、特許法104条の3第1項に基づく権利行使の制限を主張した(原審における権利濫用の主張は撤回した。)。これに対し、被控訴人は、控訴人が当審において新たに提出した構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての追加的な主張・立証は時機に後れたものとして却下されるべきである旨主張して争っている。
2 争いのない事実等
 原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、以下、原判決と同様の略語を用いる。
3 争点
(1) 控訴人製品をインストールしたパソコン及びその使用の構成要件充足性(争点1)
(2) 特許法101条2号及び4号所定の間接侵害の成否(争点2)
(3) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められ、本件特許権の行使は許されないか(争点3)
(4) 控訴人の当審における追加的な主張・立証が時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきか(争点4)
4 争点に関する当事者の主張
 後記5、6のとおり当審における追加的な主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおり(ただし、原判決10頁12行目の「(権利濫用)」を「(本件特許権の行使の制限)」に、同頁16行目ないし17行目の「無効理由が存在することが明らかであるから、本件特許に基づく請求は、権利濫用として許されない。」を「無効理由が存在するから、本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められ、控訴人に対する本件特許権の行使は許されない。」に、同15頁6行目ないし7行目の「本件特許に無効理由が存在することが明らかとはいえない。」を「本件特許に無効理由は存在しない。」に、それぞれ改める。)であるから、これを引用する。
5 控訴人の当審における追加的な主張
(1) 争点1(構成要件充足性)について
 本件発明における「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」とは、機能説明アイコンをポインティング装置でプレスして指定し、そのままドラッグして機能説明対象アイコンの位置でリリースすること(以下「プレス、ドラッグ&リリース」という。)のみを意味し、機能説明アイコンをポインティング装置でプレスして指定し、当該指定を伴うものとして、例えば、カーソルの脇に「?」マークを表示し、機能説明対象アイコンをポインティング装置をプレスして指定すること(以下「クリック、バルーン表示&クリック」という。)を含まない。
 すなわち、被控訴人は、平成15年9月17日、特許請求の範囲の減縮及び明りょうでない記載の釈明を理由として、本件明細書につき訂正審判を請求したが(乙10)、その内容は、本件第1発明及び本件第3発明に係る請求項における「制御手段」を「プレス、ドラッグ&リリース」及び「クリック、バルーン表示&クリック」の双方を明らかに含むものに訂正することを求めるものであった。これに対し、特許庁は、願書に添付した明細書又は図面には、「制御手段」に関して「プレス、ドラッグ&リリース」による態様が記載されているだけであるとして、訂正拒絶理由を通知した(乙11)。前記経緯によれば、前記請求項に記載された「引き続く・・・指定」とは、「プレス、ドラッグ&リリース」を意味し、「クリック、バルーン表示&クリック」を含まないことは明らかである。
 ところが、控訴人製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機能の動作及び表示は、「クリック、バルーン表示&クリック」の方法を用いているから、控訴人製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機能は、本件発明の構成要件1−C、2―B、3―Cの「引き続く・・・指定」を充足しない。
(2) 争点2(間接侵害の成否)について
 控訴人製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機能は、控訴人製品に含まれるAPI関数がオペレーティング・システム(OS)中の「Winhlp32.exe」を実行することにより行われている。API関数は、マイクロソフト社及び各種の刊行物によって広く公開されており、世界中のコンピュータ・プログラマーが様々な種類のアプリケーションソフトウェアを作る際に利用されるもので、ソフトウェアを開発するコンピュータ・プログラマーにとってネジと同様の汎用品というべきものにすぎない。
 したがって、控訴人製品には含まれない「Winhlp32.exe」こそが本件発明の特徴的技術手段を直接形成するものであって、控訴人製品に含まれるAPI関数は汎用品にすぎないから、控訴人製品は、本件発明による課題の解決に不可欠なものではない。
(3) 争点3(本件特許権の行使の制限)について
 本件特許は、以下のとおり、本件発明の新規性又は進歩性の欠如による無効理由があり、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、特許法104条の3第1項に基づき、被控訴人の控訴人に対する本件特許権の行使は許されない。
ア 本件発明は、フレッド・ストーダー著「ハイパープログラマーのためのハイパーツール」(マックチューター1988年7月号)(乙12の1、なお、甲19は乙12の1の全訳、以下「乙12文献」という。)に記載された発明(以下「乙12発明」という。)と同一である。
 すなわち、ハイパーツールとは、「スタック」(書棚の意)を開発するために役立つツールである。ハイパーツール第1番を実行すると、画面左側には、16個のツールを含むスタックが表示される。各ツールに対しては、上方に絵が、下方に文字がそれぞれ表示されており、画面右側上方には、黒い菱形に白い縁取をし、中に「?」を描いた、交通標識を模した絵文字のヘルプ・アイコンが表示されている(図1)。このような表示がされるのは、ハイパーツール第2番を実行した場合も同様である(図9)。画面左側のツールを起動するには、そのアイコン(例えば、「リンク・ア・チョイス・リスト」アイコン等)をクリックすればよい。
 一方、ハイパーツールには組み込みヘルプ機能が含まれており、これによれば、様々なツールに関する情報を素早く得ることができる。画面上で任意のツール(「リンク・ア・チョイス・リスト」アイコン等)についてのヘルプを得るには、ヘルプ・アイコンをクリックし、それから、そのツールに対するアイコンをクリックすればよい。
 したがって、ハイパーツールにおけるヘルプ・アイコンは「第1のアイコン」に、「リンク・ア・チョイス・リスト」アイコン等は「第2のアイコン」に、それぞれ対応付けることができるから、本件発明は、乙12発明そのものであり、新規性を欠く。
イ 本件発明は、デニー・スレシンジャー著「ヘルプ・ドキュメンテーション・システムの概説」(マックチューター1987年11月号)(乙13の1、なお、甲20は乙13の1の全訳、以下「乙13文献」という。)に記載された発明(以下「乙13発明」という。)と同一である。
 すなわち、乙13文献は、各種のヘルプ、特に、文脈感知ヘルプ(文脈におけるヘルプ、文脈ヘルプとも呼ばれる。)に関する技術の詳細を紹介するものである。
 乙13文献には、ヘルプ・メニューから文脈におけるヘルプ・メニュー項目を選択し、ポインタを「?」ポインタにした後に、例えば、アイコンやカットメニュー項目を選択すると、当該アイコンや当該カットメニュー項目のヘルプが表示されることが記載されている。
 なお、文脈におけるヘルプ・メニュー項目やカットメニュー項目も、「アイコン」にほかならない。
 そして、文脈におけるヘルプ・メニュー項目は「第1のアイコン」に、デスクトップに表示されるアイコンやカットなどのメニュー項目は「第2のアイコン」に、それぞれ対応付けることができるから、本件発明は、乙13発明そのものであり、新規性を欠く。
ウ 本件発明は、ナショナル・インストルメンツ社「ラブビュー〜マッキントッシュのための科学ソフトウェア〜」(乙14の1〔1986年発行〕、なお、乙19〔1988年7月発行〕は乙14の1とほぼ同一内容のもの、以下「乙14文献」という。)に記載された発明(以下「乙14発明」という。)、マイケル・ボーズ=グレッグ・ウィリアムズ著「ラブビュー:実験仮想器具エンジニアリング・ワークベンチ」(バイト・マガジン1986年9月号)(乙15の1、なお、乙20は乙15の1と同一内容のもの、以下「乙15文献」という。)に記載された発明(以下「乙15発明」という。)、及び本件特許出願に先立ち販売されていた「ラブビューのバージョン1.2」(遅くとも1988年に頒布されていたもの)を操作した際の控訴人担当者作成の平成17年3月29日付け報告書(乙16、以下「乙16報告書」という。)中において説明されている「ラブビューのバージョン1.2」自体に係る発明(以下「ラブビュー発明」という。)と同一である。
 すなわち、ラブビューは、マッキントッシュ・コンピュータ上で動作する実験仮想器具エンジニアリングのワークベンチ・ソフトウェアであり、遅くとも1986年には、その構成が公知となっている。
 前記各刊行物によれば、ラブビューで、あるオブジェクトのヘルプを得るためには、ツールパレット内の拡大鏡アイコンをクリックしてから、拡大鏡カーソルを使用してそのオブジェクトの上でクリックすると、ラブビューのヘルプ・ダイアログボックスが表示されること、拡大鏡カーソルでクリックできるオブジェクトとは、メニュー項目、アイコン、ボタン、コントロール等、画面上に表示される種々のものを意味する総称であることが明らかである。なお、「ラブビューのバージョン1.2」は、そこからいつでもデジタル情報の閲覧印刷ができるものであるから、特許法29条1項3号所定の刊行物に当たる。
 このように乙14発明、乙15発明及びラブビュー発明では、拡大鏡アイコンを「第1のアイコン」に、画面に表示されるゴーボタン・アイコンなどのオブジェクトを「第2のアイコン」に、それぞれ対応付けることができるから、本件発明は、ラブビューの拡大鏡形ヘルプ・ツールの発明そのものであり、新規性を欠く。
エ 本件発明は、原審提出の引用例である特開昭61−281358号公報(甲13の25)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)と乙13発明及びフレッド・ストーダー著「ハイパーカードのユーザーに優しいプログラミング」(マックチューター1987年10月号)(乙17の1、以下「乙17文献」という。)に記載された発明(以下「乙17発明」という。)に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものである。
 すなわち、乙13文献によれば、ヘルプ・デスク・アクセサリを起動する方法には、@アップル・メニューから起動する、A文脈ヘルプを実装している場合は「コマンド−?」を使う、B拡張アラートを実装している場合はアラートボックス内のヘルプ・ボタンを押すという手法がある。
 ところで、乙17文献によれば、「ボタン」とは、画面に「アイコン」として表示することができるものであるから、前記アラートボックス内のヘルプ・ボタンもまた、「アイコン」に該当する。
 すなわち、これらの刊行物には、ヘルプ・デスクアクセサリを起動する手段としてキーボードのキーの操作(コマンドキーと「?」を同時に押す)とアイコン(アラートボックス内のヘルプ・ボタン)とが相互に置換可能であることが開示されている。
 したがって、引用例発明に乙13発明及び乙17発明を組み合わせれば、当業者は本件発明に容易に想到することができたから、本件発明には進歩性がない。
オ 本件発明は、ヴィッキー・スピルマン=ユージン・ジェイ・ウォング著「HPニューウェイブ環境ヘルプ・ファシリティ」(1989年8月発行)(乙18の1、なお、甲21は乙18の1の全訳、以下「乙18文献」という。)に記載された発明(以下「乙18発明」という。)及び周知の技術事項に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものである。
 すなわち、HPニューウェイブ環境は、ヒューレット・パッカード社が提供するコンピュータ用のアプリケーションであり、そのヘルプ機能にも工夫がされている。乙18文献は、そのような機能の実装について説明するものである。乙18文献によれば、@ヘルプ・プルダウン・メニュー内のスクリーン/メニュー・ヘルプ項目を選択すると「?」モードへ移行し、A「?」モードでアイコンを選択するとそのアイコンのヘルプが表示され、B「?」モードでないときにアイコンを選択するとそのアイコンの機能が実行される。
 これを本件発明と対比すると、ヘルプ・プルダウン・メニュー内のスクリーン/メニュー・ヘルプ項目を「第1のアイコン」に、任意のアイコンを「第2のアイコン」に、それぞれ対応付けることができる。
 そして、乙18文献において、プルダウン・メニュー内の項目とアイコンとは、操作可能なアイテムとして区別なく列挙されており、両者は、画面に表示される態様が、一方はメニュー項目として、他方はアイコンとして表示されるという差異があるのみで、いずれもマウスのボタンとカーソルを用いたクリック操作により種々の機能を実行するものであることに違いはない。
 また、メニュー項目とアイコンとを相互に置換できる点は、乙13文献及び乙17文献からも明白である。
 さらに、乙12文献、乙14文献及び乙15文献には、ヘルプ・アイコンを先に指定してから、説明対象となるアイコンないしアイテムを指定することが開示されている。
 これらの事情によれば、「ヘルプ・プルダウン・メニュー内のスクリーン/メニュー・ヘルプ項目」は、「第1のアイコン」に置換容易であるから、本件発明は、乙18発明及び前記刊行物に開示される周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ 本件発明は、乙12発明ないし乙15発明、乙17発明、乙18発明及びラブビュー発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4) 争点4(時機に後れた攻撃防御方法)について
 被控訴人は、控訴人が当審において新たに提出した前記(1)の構成要件充足性及び前記(3)の本件特許の無効理由についての追加的な主張・立証につき、いずれも時機に後れたものとして却下されるべきであると主張するが、本件の原審は、第1回口頭弁論期日(平成16年9月17日)から結審(同年11月30日)まで約2か月という極めて短い期間で終了しているところ、控訴人は、当審において追加した構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての主張・立証を控訴理由書と共に提出している。そして、構成要件充足性に関する追加主張は、控訴人が従前から主張してきた「アイコン」が「ドラッグ」ないし「移動」できるものであることに関する主張の補充にすぎない。また、本件特許の無効理由に関する追加主張は、控訴人の真摯な努力によっても入手に期間を要した、約16年前の本件特許出願当時の外国語文献に基づく主張である。これらの事情に照らせば、前記追加主張・立証の提出は、時機に後れたものとはいえない。
 また、前記追加主張は、書証によって立証されるものであり、審理に長期間を要する性質のものではないから、これらの主張・立証の提出が訴訟の完結を遅延させるとはいえない。
 したがって、控訴人の前記主張・立証は、時機に後れたものとして却下されるべきではない。
6 被控訴人の当審における追加的な主張
(1) 争点1(構成要件充足性)について
 特許庁により通知された訂正拒絶理由は、訂正後の請求項が、訂正の要件として定められた新規事項の追加禁止の要件を満たさないとしたのみであり、このことは、訂正前の請求項に記載された発明の構成要件の解釈に何ら影響を及ぼさない。
(2) 争点2(間接侵害の成否)について
 間接侵害に関する控訴人の追加的な主張は争う。
(3) 争点3(本件特許権の行使の制限)について
ア 本件発明は、乙12発明と同一ではない。
 すなわち、乙12文献には、第1のアイコンとともに「表示画面」に表示される第2のアイコンが、「所定の情報処理機能を実行させる」ものであること(構成要件1−A、3−B)が記載されていない。すなわち、乙12文献の図1や図9に表示された「リンク・ア・チョイス・リスト」ツールは、スタック開発者が作業しようとしているスタックに、前記ツールがインストールされてそのアイコンが表示されるようになって初めて、そのアイコンをクリックすれば前記ツールの機能が実行されるものであり、インストールするまでは前記ツールの機能を実行できないものであるから、「所定の情報処理機能を実行させる」ものではない。
 また、乙12文献には、第2のアイコンの指定に応じて、「第2のアイコンの機能説明」が、前記「表示画面」上に表示されること(構成要件1−C、3−C)も記載されていない。すなわち、仮に、乙12発明において、控訴人が第2のアイコンに相当すると主張する「リンク・ア・チョイス・リスト」ツールのヘルプ情報が得られたとしても、その情報が「第2のアイコンの機能説明」であるかどうかは不明であるし、その情報が、当該第2のアイコンが表示され指定される「表示画面」上に表示されることは、乙12文献には、全く記載されていない。
 さらに、乙12文献には、「第2のアイコンの機能説明」が、「第1のアイコンの指定に“引き続く”第2のアイコンの指定」に応じて、起こること(構成要件1−C、3−C)の記載もない。すなわち、本件発明は、第2のアイコンに該当しないものの指定があってから、第2のアイコンの指定がされても、“引き続く”第2のアイコンの指定に相当しないから、第2のアイコンの機能説明は表示されないというものである。これに対し、乙12文献には、単に、「ヘルプ・アイコンをクリックします。そして示されたツールのアイコンのうちいずれかをクリックします。」との記載があるだけであり、前記制御フローの記載はない。
イ 本件発明は、乙13発明と同一ではない。
 乙13文献には、第2のアイコンとともに「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」が「表示画面」に表示されること(構成要件1−A、3−B)が記載されていない。すなわち、図1のプルダウン・メニュー中の「ヘルプ・イン・コンテクスト」コマンドは、図5の「ヘルプ・イン・コンテクスト・メッセージ」編集画面を出現させて、メッセージの作成、編集を可能にするものであって、前記メニュー中の「カット」コマンドについての説明を表示させるものではないから、「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる」ものではない。また、前記「ヘルプ・イン・コンテクスト」コマンドに表示されている「プロペラ型の記号・?」は、単なる「記号」にすぎず、「絵もしくは絵文字」ではないから、前記コマンドは「アイコン」に当たらない。
 また、乙13文献には、第2のアイコンの指定に応じて、「第2のアイコンの機能説明」が、前記「表示画面」上に表示されること(構成要件1−C、3−C)も記載されていない。すなわち、「コンテクスト・センシティブ・ヘルプ」では、アプリケーションプログラムに「ヘルプ・デスクアクセサリ」を呼び出させ、それに「どのメッセージが表示されるべきか示すパラメータ」を渡すという動作が行われるだけであり、前記「パラメータ」を渡された「ヘルプ・デスクアクセサリ」がどのようなメッセージをどのように表示するかについては、全く開示されていない。
 さらに、乙13文献には、「第2のアイコンの機能説明」の表示が、「第1のアイコンの指定に“引き続く”第2のアイコンの指定」に応じて、起こること(構成要件1−C、3−C)も記載されていない。すなわち、乙13文献には、「コンテクスト・センシティブ・ヘルプを2段階で実装する」ことが記載されているだけであるし、そもそも、前記のとおり、「第1のアイコン」が記載されていない。
ウ 乙14発明、乙15発明及びラブビュー発明に基づく新規性の欠如をいう控訴人の主張は失当である。
(ア) 乙14文献、乙15文献ないし「ラブビューのバージョン1.2」自体は、特許法29条1項3号所定の「特許出願前に頒布された刊行物」ではない。
 すなわち、乙14文献には、守秘義務の課された文書に付される 「CONFIDENTIAL」という英単語の一部が記載されているから、乙14文献は、公開を目的として複製された文書ではなく、そもそも特許法29条1項3号所定の「刊行物」に当たらない。
 また、乙15文献は、その1枚目最上部に「Reprinted with permis sion from the September 1986 issue of BYTE magazine.」と記載されているだけであって、それ自体は、いつ頒布された何という刊行物に掲載されているのか不明であるし、乙15文献の記載内容がそのまま1986年9月発行のBYTEマガジンに掲載されていたのかどうかも不明である。したがって、乙15文献は、特許法29条1項3号所定の「特許出願前に頒布された刊行物」とはいえない。
 さらに、ラブビュー発明、すなわち、乙16報告書中に説明されている「ラブビューのバージョン1.2」自体は、マッキントッシュというパソコンにインストールされて動作するプログラムであって、人間が読むことにより情報が伝達される文書ではないから、刊行物に当たらないし、これが本件特許出願前に頒布されていたことを示す証拠もないから、特許法29条1項3号所定の「特許出願前に頒布された刊行物」とはいえない。
(イ) 本件発明は、乙14発明及び乙15発明と同一ではない。
 すなわち、乙14文献においては、「オブジェクト」が「所定の情報処理機能を実行させる・・・アイコン」であるかどうか不明であるから、「拡大鏡アイコン」が、「アイコンの機能説明を表示させる」ものかどうか不明であり、結局、第2のアイコンとともに「アイコンの機能説明を表示させる」第1のアイコンが「表示画面」に表示されること(構成要件1−A、3−B)の記載がない。また、乙14文献には「ヘルプ・ダイアログボックスが現れる」と記載されているだけで、これがいつ、どのように現れるのかも全く不明であるから、第2のアイコンの指定に応じて、「第2のアイコンの機能説明」が、前記「表示画面」上に表示されること(構成要件1−C、3−C)の記載もない。さらに、乙14文献からは、「拡大鏡アイコン」を使用するモードにいったん入ると、種々のオブジェクトについての情報を表示し続けるものとも理解できるから、「第2のアイコンの機能説明の表示」が、「第1のアイコンの指定に“引き続く”第2のアイコンの指定」に応じて、起こること(構成要件1−C、3−C)の記載もない。
 また、乙15文献の「拡大鏡形のヘルプツール」は、一般的な「チュートリアル情報を表示」させるものであっても、「アイコンの機能説明を表示」させるものであるか不明であるし、乙15文献の「それを使用してクリックされた・・・特徴」が、「所定の情報処理機能を実行させる・・・アイコン」であるのかも不明であるから、乙15文献には、「アイコンの機能説明を表示させる」第1のアイコンと「所定の情報処理機能を実行させる」第2のアイコンとが、「表示画面」に表示されること(構成要件1−A、3−B)の記載がない。また、乙15文献では、ユーザーがあるアイコンの機能を知りたい場合に、ヘルプ・アイコンが表示される「表示画面」上で知りたいアイコンを指定すれば、その「アイコンの機能説明」が直接同じ「表示画面」上に表示されるという点も不明であるから、第2のアイコンの指定に応じて、「第2のアイコンの機能説明」が、前記「表示画面」上に表示されること(構成要件1−C、3−C)の記載もない。さらに、乙15文献からは、「拡大鏡形のヘルプツール」を使用するモードにいったん入ると、ラブビューの幾つもの特徴についてのチュートリアル情報を表示し続けるものとも理解できるから、乙15文献には、「第2のアイコンの機能説明の表示」が、「第1のアイコンの指定に“引き続く”第2のアイコンの指定」に応じて、起こること(構成要件1−C、3−C)の記載もない。
エ 本件発明は、引用例発明と乙13発明及び乙17発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
 すなわち、乙13文献では、「コマンド−?」のキーボード操作は「コンテクスト・センシティブ・ヘルプ」を実現するのに対し、「ヘルプ」ボタンの押下は「拡張アラート」を実現するものであり、両者は、ユーザーから見て全く異なる機能を実現するものであるから、相互に置換できるものではない。また、乙13文献のアラート・ボックス(甲18の図27)に表示される「キャンセル」ボタンと「OK」ボタンが、デザイン化されていない単なる「文字」であって「絵または絵文字」でないことから、これに加えて表示される「ヘルプ」ボタンも、同様のものであると理解するのが合理的である。したがって、乙13文献に基づく控訴人の主張は失当である。
オ 本件発明は、乙18発明及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(ア) 乙18文献には、ヘルプ・プルダウン・メニューの「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは記載されているが、本件発明の「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」(構成要件1−A、3−B)は記載されていない(以下「相違点A」という。)。すなわち、乙18文献には、アプリケーション・ウインドウで選択したアイテムについての情報(ヘルプ・トピック)を表示する「?」モードに入るために、ヘルプ・プルダウン・メニューに「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムを設けることが記載されている。しかし、プルダウン・メニューのアイテムは「アイコン」ではないから、本件発明の「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」は記載されていない。
 そして、以下のとおり、相違点Aに係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到できるものではない。
 すなわち、乙13文献のヘルプシステムは、アップル社のマッキントッシュ用のものであり、乙18文献のヘルプシステムは、マイクロソフト社のウインドウズ用のものであって、両者が、本件特許出願前からパソコン業界を二分する競合製品であったことは、広く知られている。
 ところが、乙13文献と乙18文献のいずれにも、パソコンにインストールされるアプリケーションプログラムのヘルプシステムのユーザーインタフェースにおいては、アプリケーションの画面から直接ヘルプの機能を利用する場合には、クリックすべきメニューアイテムが直接画面に表示されず、少なくとも二回のクリックが要求される「プルダウン・メニュー」を用い、アプリケーションがある特定のモードに移行したときに画面に表示されるダイアログボックスを介してヘルプの機能を呼び出す場合には、クリックすべきボタンが直接画面に表示される「ボタン」を用いるという技術的思想が示されている。
 そうすると、本件特許出願当時の当業者にとってみれば、このように競合する二大勢力のそれぞれに属する乙13文献と乙18文献で、前記のように酷似したユーザーインタフェースが採用されている以上、それは当該技術分野においてスタンダード的なものであって、そこに示された前記の技術的思想を見習うことが通常であると考えられていたのであって、本件発明のように、この常識的な考え方に反して、クリックすべきものが直接画面に表示される「第1のアイコン」を用いる構成を着想することは、著しく困難であったというべきである。
 なお、乙18文献においては、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムをクリックした後に選択されるもの(本件発明の「第2のアイコン」に対応するもの)として、「メニューアイテム」と「アイコン」の両方が記載されているが、本件発明の「第1のアイコン」は、「第2のアイコン」と全く特質が異なるものであるから、「第2のアイコン」について「メニューアイテム」との置換が示唆されているからといって、「第1のアイコン」について、「メニューアイテム」からの置換が示唆されていることにはならない。
 また、「メニューアイテム」と「アイコン」のいずれも、マウスのボタンとカーソルを用いたクリック操作により種々の機能が実行されることに違いはないとしても、「メニューアイテム」は、二回以上の別の場所でのクリックにより、画面に直接表示されていないものを選択するのに対し、「アイコン」は、直接画面に表示されたものをクリックすれば選択されるのであるから、ユーザーの操作の観点からは全く異なるものである。
 さらに、乙13文献及び乙17文献を参照しても、せいぜい、「メニューアイテム」と「キーボードのキー」であれば同じ機能を割り当ててもよいことと、「ボタン」に「絵もしくは絵文字」を描いて「アイコン」にできることが示唆されているにすぎず、「メニューアイテム」と「アイコン」との間の置換可能性は全く示唆されていない。
(イ) 乙18文献の「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは、ユーザーがヘルプ・プルダウン・メニューを開いたときだけ表示され、ユーザーがアイコンをクリックするときには表示されないから、本件発明のようにアイコンが指定される「表示画面」に「第1のアイコン、および・・・第2のアイコン」を表示すること(構成要件1−A、3−B)は記載されていない(以下「相違点B」という。)。
 すなわち、本件発明は、アイコンが指定される「表示画面」に「第1のアイコン、および・・・第2のアイコン」を表示することにより、ユーザーがあるアイコンの機能を知りたい場合に、ヘルプ・アイコンが表示される「表示画面」上で知りたいアイコンを直接指定すれば、そのアイコンの機能説明が表示されるというユーザーインタフェースが実現されるものである。
 これに対し、乙18文献の「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは、ユーザーがヘルプ・プルダウン・メニューを開いたときだけ表示され、プルダウン・メニューから「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムを選択すると、画面から消える。すなわち、ユーザーが表示画面上のアイコンをクリックしようとするとき、アイコンはプルダウン・メニュー中のアイテムではないので、必ずプルダウン・メニューは閉じており、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは画面に表示されていない。
 この相違点Bは、「アイコンの機能説明を表示させる機能」を実行させるヘルプ機能に、乙18文献のようにプルダウン・メニューを用いるか、本件発明の「第1のアイコン」を用いるかにより、ユーザーインタフェースが非常に異なったものになることを示している。そして、前記相違点Aについて詳述したように、プルダウン・メニューを用いる乙18文献から本件発明の「第1のアイコン」に想到することが容易でない以上、相違点Bに係る本件発明の構成も、乙18文献から容易に想到できるものではない。
(ウ) 乙18文献では、ヘルプ・ウインドウを表示せずに「?」モードを抜けるためには、必ずヘルプ・プルダウン・メニューの「キャンセル・ヘルプ」アイテムを選択しなければならず、本件発明の「第1のアイコンの指定に“引き続く”第2のアイコンの指定に応じて」機能説明を表示するという制御フロー(構成要件1−C、3−C)は記載されていない(以下「相違点C」という。)。
 すなわち、本件発明のように、「アイコンの機能説明を表示させる機能」を実行させるものであって、しかも、機能説明の対象となるアイコンよりも先に指定されるべきヘルプ機能を、プルダウン・メニューのメニューアイテムではなく、クリックすべきものが直接画面に表示される「第1のアイコン」として実装すると、ユーザーが第1のアイコンを誤って指定してしまう場合が多くなることが考えられる。
 本件発明は、第2のアイコンに該当しないものの指定があってから、第2のアイコンの指定がされても、“引き続く”第2のアイコンの指定に相当しないため、第2のアイコンの機能説明が表示されないという構成になっているところから、前記のように誤って指定してしまった場合でも、望まれない機能説明が表示されないようにすることが可能になり、ユーザーがそのためにESCボタンを押すなどの特別な操作をしなくてもよいようにできる。
 これに対して、プルダウン・メニューを採用する乙18文献では、ユーザーが再度プルダウン・メニューを開いて「キャンセル・ヘルプ」アイテムを選択するという特別な操作をしない限り、ヘルプ・ウインドウを表示せずに「?」モードから抜けることができない。
 このような相違点Cに係る本件発明の構成は、乙18文献から容易に想到できるものではない。
カ 本件発明が乙12発明ないし乙15発明、乙17発明、乙18発明及びラブビュー発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであることは、争う。
(4) 争点4(時機に後れた攻撃防御方法)について
 控訴人が当審において新たに提出した、構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての主張・立証は、いずれも時機に後れたものとして却下されるべきである。
 すなわち、被控訴人は、平成13年2月7日、本件特許権に基づく警告書を控訴人に送付し、話合いによる解決を図ろうとしたが、拒否されたため、平成14年11月7日、控訴人が製造、譲渡等又は譲渡等の申出をしている別件のソフトウエア(商品名「ジャストホーム2家計簿パック」、以下「別件製品」という。)について侵害行為の差止めを求める仮処分(以下「別件仮処分」という。)の申立てをした。その後、この申立ては取り下げられたが、別件製品の製造、譲渡等又は譲渡等の申出をめぐり、平成15年8月、控訴人が本件特許権に基づく差止請求権不存在確認等を求める訴えを提起し、同年10月、被控訴人が特許権侵害行為の差止めを求める反訴を提起して係争となり(東京地方裁判所平成15年(ワ)第18830号、第24798号事件、以下「別件訴訟」という。)、平成16年8月31日、本件特許権を侵害しないとの理由で被控訴人敗訴の判決が言い渡され、これが確定した。被控訴人は、その言渡しの直前である同月15日、対象製品を控訴人製品に替えて本件訴えを提起し、同年11月30日、口頭弁論が終結され、平成17年2月1日、被控訴人勝訴の原判決が言い渡された。
 以上のような本件訴訟に至る経緯をみれば、別件製品及び控訴人製品の侵害をめぐり、本件特許権に基づく警告から原審の判決に至るまで、約4年が経過し、本件特許権に基づく東京地方裁判所における審理も、別件仮処分の申立時を基準にすると、原審の口頭弁論終結時までに2年以上が経過している。その間、控訴人には、クレーム解釈においても、公知文献等の調査においても、十分な機会が与えられていた。
 しかも、本件訴訟に先立つ別件訴訟において、別件製品のほか、控訴人製品の存在をも視野に入れて、裁判所から、控訴人が一定額を支払うことを内容とする和解勧告がされていた。
 そうすると、控訴人は、原審で提出された証拠では、防御方法として十分ではないと判断されることを知り、かつ、原審において新たな公知文献等に基づく主張をする機会を与えられながら、自らその機会を放棄して結審に至ったものであり、控訴人には、時機に後れた提出に関して、故意又は少なくとも重大な過失があるといわなければならない。しかも、控訴人が当審において新たに提出した追加的な主張・立証は、訴訟の完結を遅延させるものであることが明らかである。したがって、控訴人の前記主張・立証は、時機に後れたものとして却下されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(構成要件充足性)について
 当裁判所も、本件特許出願当時、「アイコン」とは、「表示画面上に各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したもの」と一般に理解されており、本件発明にいう「アイコン」も、表示画面上に各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して、コマンドを処理するものであれば足り、それ以上に、ドラッグないし移動可能性やデスクトップ上への配置可能性という限定を付す根拠はないところ、控訴人製品の「ヘルプモード」ボタン及び情報処理機能を実行させるボタンのうち任意の選択に係るボタン(以下「情報処理ボタン」という。)は、本件発明の特許請求の範囲における前記「アイコン」に該当するから、控訴人製品をインストールしたパソコン及びその使用は、それぞれ本件第1、第2発明及び本件第3発明の各構成要件を充足し、その技術的範囲に属する、と判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の1、2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 本件発明における「第2のアイコン」の意義について
 本件発明は、「所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ」ること及び「表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる」ことを構成とするものである(【請求項1】ないし【請求項3】)。この点に関して、本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には、「本発明で解決しようとする課題」として「(従来の)方法では、キーワードを忘れてしまった時や、知らないときに機能説明サービスを受けることができない。」(本件公報3欄10行目ないし13行目)と、「課題を解決するための手段」として「この課題を解決するために本発明は、アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示手段の表示画面上に第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有する構成とした。」(同欄14行目ないし23行目)と、「作用」として「この構成によって、所定の情報処理機能を示す第2のアイコンの機能説明が知りたい場合には、第1のアイコンを指定した後、第2のアイコンを直接指定することで、第2のアイコンの機能説明がなされる。」(同欄24行目ないし28行目)と記載されているほか、第1図(本件発明の1実施例における情報処理装置の機能ブロック図。本件公報3頁)の説明として「4は、画面情報記憶部であり、画面上でのウィンドウの位置や大きさを記憶する。5は、ウィンドウ情報記憶部であり、ウィンドウ内で、どこにこんな情報を表示しているか等の、ウィンドウ内部の表示情報を記憶する。6は解析部であり機能説明アプリケーションがどんなパラメータを持って指定されたかを解析する。マウスカーソルの位置から、説明対象として何を指定したかを、ウィンドウ情報記憶部5から判定する。」(本件公報3欄47行目ないし4欄5行目)、第2図(本実施例の制御手順を示すフローチャート。本件公報4頁)の説明として「ステップS4でポインティング装置2のボタンが離されると、ステップS5に移行し、ボタンが離された時の機能説明を指示するアイコンの位置のデータと、ウィンドウ情報記憶部5から得たデータとから機能説明を行うべき機能の種類を識別し、機能説明のアプリケーションを起動し、機能説明を行う。」(本件公報4欄21行目ないし27行目)との各記載があり、さらに、第3図(図面上に複数個のホームメニューとアイコンの形の機能説明アプリケーションが表示されている図。本件公報4頁)の説明として「まず、第3図に示すようにウィンドウがオープンされ、このとき、画面情報として、ウィンドウの位置情報、大きさ等が記憶され、ウィンドウ内に矩形のホームメニューが複数個表示される。この時、機能説明アプリケーションは、丸印で示されたアイコンの形で表示されている。そしてポインティング装置2を移動させて、矢印で示されたマウスカーソルを丸印の機能説明アイコンの上へ重ね合わせ、マウスボタンをプレスして説明対象オブジェクトの上へドラッグして移動し、マウスボタンをリリースする。例えば通信のアイコンの上に移動する。解析部は、画面情報、ウィンドウ情報、ドラッグ開始時のマウスカーソルポジションおよび、ドラッグ移動量から、画面上のどのオブジェクトが選択されたのかを判定する。この情報を元に、解析部は、機能説明アプリケーションを起動し、パラメータを渡すことができる。」(本件公報4欄31行目ないし47行目)、第4図(画面上に通信の機能説明文が表示されている図。本件公報5頁)の説明として「そして第4図に示すように、ウィンドウ内に例えば通信の機能説明文が表示される。」(同欄47行目ないし49行目)の各記載がある。本件明細書の前記各記載に照らせば、本件発明において、「所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ」ること及び「表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる」こととは、情報処理機能を実行させるための複数のアイコンを表示画面に表示させ、かつ、当該複数のアイコンのうち任意の選択に係るアイコンについて機能説明を表示させることを意味するものと解するのが相当である。
(2) 控訴人製品の表示画面におけるボタンについて
 前記(1)の点を控訴人製品についてみると、別紙イ号物件目録(商品名「一太郎」)の文書編集画面の上方のツールボックス及び別紙ロ号物件目録(商品名「花子」)の図形編集画面の上方のツールボックスには、いずれも情報処理機能を実行させるためボタンが複数表示されているものであり、前記各目録には当該複数のボタンのうち「印刷」ボタンを選択した場合について画面上に機能説明文が表示される状態を記載しているものであるが、弁論の全趣旨によれば、「印刷」ボタンに限らず、情報処理ボタンについても同様に機能説明文が画面上に表示されることが認められる。
(3) 原判決の訂正
 原判決30頁下から5行目の「『印刷』ボタン」を「情報処理ボタン」に、同30頁下から3行目ないし31頁2行目までを「控訴人製品は、控訴人から控訴人製品の譲渡等を受けた利用者(ユーザー)がこれをパソコンにインストールして使用している。起動したパソコンの画面に表示される控訴人製品の編集画面のツールボックス内には、『?』マークと『マウス』のマークを組み合わせた『ヘルプモード』ボタンと、情報処理機能を実行させるための複数の情報処理ボタンが表示され、『ヘルプモード』ボタンをマウスでクリックし、これに引き続いて情報処理ボタンの任意の一個についてマウスでクリックすると、当該情報処理ボタンにより実行される情報処理機能の内容を説明する文章が画面上に表示される。情報処理ボタンの一つである『印刷』ボタンを例にとり、控訴人製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機能の動作及び表示を表せば、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録のとおりである。これらのボタンは、表示画面上に各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して、コマンドを処理するものであるから、控訴人製品の『ヘルプモード』ボタン及び情報処理ボタンは、本件発明の特許請求の範囲における『アイコン』に該当する。」に、同31頁3行目の「被告製品をインストールしたパソコンの構成要件充足性」を「控訴人製品をインストールしたパソコン及びその使用の構成要件充足性」に、同31頁4行目ないし33頁3行目の(1)ないし(3)中、「『印刷』ボタン」をいずれも「情報処理ボタン」に、それぞれ改める。
(4) 控訴人の当審における追加的な主張についての判断
 控訴人は、被控訴人が本件特許に係る本件明細書についてした訂正審判請求に対する特許庁の訂正拒絶理由通知の内容によれば、本件発明における「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」とは、「機能説明アイコンをポインティング装置でプレスして指定し、そのままドラッグして機能説明対象アイコンの位置でリリースすること」(プレス、ドラッグ&リリース)のみを意味し、「機能説明アイコンをポインティング装置をプレスして指定し、当該指定を伴うものとして、例えば、カーソルの脇に『?』マークを表示し、機能説明対象アイコンをポインティング装置をプレスして指定すること」(クリック、バルーン表示&クリック)を含まないことが明らかであるから、後者の方法を用いている、控訴人製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機能は、前記構成要件を充足しない旨主張する。
 これに対し、被控訴人は、控訴人の前記主張は時機に後れたものとして却下されるべきである旨主張し、その失当であることは、後記4において判示するとおりであるが、そもそも、被控訴人がした前記訂正審判請求及びこれに対する特許庁の訂正拒絶理由通知の内容は、本件訴訟における本件発明の構成要件の解釈に本来影響を与えるべき筋合のものではない(なお、被控訴人は、平成15年12月18日に前記訂正審判請求を取り下げている〔甲17〕。)。そればかりでなく、本件発明に係る「特許請求の範囲」の記載はもちろん、本件明細書(甲13の13)の「発明の詳細な説明」における「課題を解決するための手段」、「作用」、「発明の効果」等の項においても、本件発明の前記「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定」との構成要件が、控訴人のいう「プレス、ドラッグ&リリース」のみを意味すると限定して解釈すべき根拠となる記載は一切ない。
 なお、前記「発明の詳細な説明」における「実施例」の項には、「ポインティング装置2を移動させて、矢印で示されたマウスカーソルを丸印の機能説明アイコンの上へ重ね合わせ、マウスボタンをプレスして説明対象オブジェクトの上へドラッグして移動し、マウスボタンをリリースする。」(4欄37行目ないし41行目)等の記載があり、控訴人のいう「プレス、ドラッグ&リリース」の方法による実施例が記載されている一方、「クリック、バルーン表示&クリック」の方法による実施例の記載はない。しかしながら、前記実施例の記載は、飽くまで本件発明のうち一つの実施態様を記載したものにすぎないのであるから、控訴人のいう「プレス、ドラッグ&リリース」の方法による実施例のみが記載されているからといって、本件発明がそのような方法によるものに限定されるわけではないことは当然のことである。
 したがって、控訴人の前記主張は採用することができない。
2 争点2(間接侵害の成否)について
(1) はじめに
 本件発明は、「プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」や「プログラムそのもの」に係る発明ではなく、「情報処理装置」ないし「情報処理方法」に係る発明である(ちなみに、本件発明は、平成14年法律第24号により記録媒体に記録されないプログラム等がそれ自体として特許法における保護対象となり得ることが明示的に規定された同法の改正〔平成14年9月1日施行〕前であることはもとより、特許庁が、平成9年2月公表の「特定技術分野の審査の運用指針」により「プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」について、また、平成12年12月公表の「改訂特許・実用新案審査基準」により「プログラムそのもの」について、それぞれ特許発明となり得ることを認める運用を開始した時より前である平成元年10月31日に出願されたものである。)。一方、控訴人製品は、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載のとおり、文書作成のソフトウエア(日本語ワープロソフト「一太郎」)及び図形作成のソフトウエア(統合グラフィックソフト「花子」)である。したがって、控訴人による控訴人製品の製造、譲渡等又は譲渡等の申出の行為が、「情報処理装置」ないし「情報処理方法」についての発明である本件発明に係る本件特許権の直接侵害となることはあり得ないので、間接侵害の成否が問題となる。
 平成14年法律第24号により改正(平成15年1月1日施行)された特許法101条は、間接侵害について規定しており、同改正により新設された同条2号は、「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」を特許権等の侵害であるとみなしており、同じく新設の同条4号は、特許が方法の発明についてされている場合について、同旨を規定している。
 被控訴人は、ユーザーが控訴人製品を購入し、これをパソコンにインストールする行為は、本件第1、第2発明に係る物を生産する行為に該当し、また、ユーザーが控訴人製品をインストールしたパソコンを使用する行為は、本件第3発明に係る方法を使用する行為に該当するから、控訴人が業として控訴人製品の製造、譲渡等又は譲渡等の申出を行うことは、本件第1、第2発明について特許法101条2号所定の間接侵害に該当するとともに、本件第3発明について同条4号所定の間接侵害に該当する旨主張するので、以下、検討する。
(2) 本件第1、第2発明についての特許法101条2号所定の間接侵害の成否
ア まず、前記1のとおり、「控訴人製品をインストールしたパソコン」は、本件第1、第2発明の構成要件を充足するものであるところ、控訴人製品は、前記パソコンの生産に用いるものである。すなわち、控訴人製品のインストールにより、ヘルプ機能を含めたプログラム全体がパソコンにインストールされ、本件第1、第2発明の構成要件を充足する「控訴人製品をインストールしたパソコン」が初めて完成するのであるから、控訴人製品をインストールすることは、前記パソコンの生産に当たるものというべきである。
 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載によれば、本件第1、第2発明は、「(従来の)方法では、キーワードを忘れてしまった時や、知らないときに機能説明サービスを受けることができない」という課題(本件公報3欄10行目ないし13行目)を、「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有する構成とした」(同欄14行目ないし23行目)ことにより解決したものであるが、「控訴人製品をインストールしたパソコン」においては、前記のような構成は控訴人製品をインストールすることによって初めて実現されるのであるから、控訴人製品は、本件第1、第2発明による課題の解決に不可欠なものに該当するというべきである。
 また、特許法101条2号所定の「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは、典型的には、ねじ、釘、電球、トランジスター等のような、日本国内において広く普及している一般的な製品、すなわち、特注品ではなく、他の用途にも用いることができ、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品を意味するものと解するのが相当である。本件において、控訴人製品をヘルプ機能を含めた形式でパソコンにインストールすると、必ず本件第1、第2発明の構成要件を充足する「控訴人製品をインストールしたパソコン」が完成するものであり、控訴人製品は、本件第1、第2発明の構成を有する物の生産にのみ用いる部分を含むものでるから、同号にいう「日本国内において広く一般に流通しているもの」に当たらないというべきである。
 なお、控訴人製品については、これを専ら個人的ないし家庭的用途に用いる利用者(ユーザー)が少なからぬ割合を占めるとしても、それに限定されるわけではなく、法人など業としてこれをパソコンにインストールして使用する利用者(ユーザー)が存在することは当裁判所に顕著である。そうすると、一般に、間接侵害は直接侵害の有無にかかわりなく成立することが可能であるとのいわゆる独立説の立場においてはもとより、間接侵害は直接侵害の成立に従属するとのいわゆる従属説の立場においても、控訴人が控訴人製品を製造、譲渡等又は譲渡等の申出をする行為について特許法101条2号所定の間接侵害の成立が否定されるものではない。
イ 前記の点に関して、控訴人は、被控訴人が問題とするヘルプ表示プログラム等は、マイクロソフト社のWindowsというオペレーティングシステムの機能であって、他のアプリケーション・ソフトウェアを実行している間においても利用可能であり、控訴人製品をインストールするか否かにかかわらず、「『ヘルプモード』ボタンの指定に引き続いて他のボタンを指定すると、当該他のボタンの説明が表示される」という機能が実現されているから、控訴人製品は、本件発明による課題の解決に不可欠なものではない旨主張する。
 確かに、証拠(乙16)によれば、別紙イ号物件目録ないしロ号物件目録記載の機能は、マイクロソフト社のWindowsというオペレーティングシステムのうち「Winhlp32.exe」等の実行ファイルの有する機能を利用しているものと認められる。しかしながら、控訴人製品をインストールしたパソコンにおいて、前記機能が実現されていることが認められるものの、控訴人製品をインストールしていないパソコンにおいても同様の機能が実現されていることを認めるに足りる証拠がない本件においては、前記各目録記載の機能は、控訴人製品をインストールしたパソコンにおいて初めて実現される、言い換えると、控訴人製品のプログラムと「Winhlp32.exe」等の実行ファイルが一体となって初めて実現されるというべきであるから、控訴人製品は、本件第1、第2発明による課題の解決に不可欠なものというべきである。したがって、控訴人の前記主張は採用することができない。
ウ また、控訴人は、控訴人製品をインストールしたパソコンにおけるヘルプ機能は、控訴人製品に含まれるAPI関数がオペレーティング・システム(OS)中の「Winhlp32.exe」を実行することにより行われているところ、API関数は広く公開されているものであって、ソフトウエア開発における汎用品にすぎないから、控訴人製品は、本件発明による課題の解決に不可欠なものではない旨主張する。
 しかしながら、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の機能が、控訴人製品をインストールしたパソコンにおいて、初めて実行できるものであることは、前記イにおいて判示したとおりであり、控訴人製品が、本件第1、第2発明による課題の解決に不可欠なものであることは明らかである。
 なお、API関数とは、一般に、アプリケーションソフトから基本ソフト、すなわちオペレーティング・システム(OS)の機能を呼び出すためのもの(Application Program Interface)をいうことは、当裁判所に顕著であるところ、仮に、控訴人の主張するように、控訴人製品に含まれているAPI関数がソフトウエア開発のために広く公開されているものであるとしても、そのことから直ちに、控訴人製品自体が特許法101条2号所定の間接侵害の対象から除外されている「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当することになるわけではないことも明らかである。したがって、控訴人の前記主張も採用することができない。
エ 進んで、特許法101条2号所定の間接侵害の主観的要件について検討する。
 被控訴人は、控訴人が、遅くとも被控訴人が平成14年11月7日に申し立てた別件製品に係る別件仮処分の申立書の送達の時からは、本件発明が被控訴人の特許発明であること及び控訴人製品が本件発明の実施に用いられることを知っていると主張するが、別件仮処分の対象物件が控訴人製品でないことは、その主張自体から明らかであって、それ自体失当といわざるを得ない。しかしながら、前記間接侵害の主観的要件を具備すべき時点は、差止請求の関係では、差止請求訴訟の事実審の口頭弁論終結時であり、弁論の全趣旨に照らせば、被控訴人の前記主張は、その趣旨をも含意するものと解されるところ、本件においては、控訴人は、遅くとも本件訴状の送達を受けた日であることが記録上明らかな平成16年8月13日には、本件第1、第2発明が被控訴人の特許発明であること及び控訴人製品がこれらの発明の実施に用いられることを知ったものと認めるのが相当である。
オ 以上によれば、控訴人が業として控訴人製品の製造、譲渡等又は譲渡等の申出を行う行為については、本件第1、第2発明について、特許法101条2号所定の間接侵害が成立するというべきである。
(3) 本件第3発明についての特許法101条4号所定の間接侵害の成否
 前記1のとおり、「控訴人製品をインストールしたパソコン」について、利用者(ユーザー)が「一太郎」又は「花子」を起動して、別紙イ号物件目録又はロ号物件目録の「機能」欄記載の状態を作出した場合には、方法の発明である本件第3発明の構成要件を充足するものである。そうすると、「控訴人製品をインストールしたパソコン」は、そのような方法による使用以外にも用途を有するものではあっても、同号にいう「その方法の使用に用いる物・・・であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するものというべきであるから、当該パソコンについて生産、譲渡等又は譲渡等の申出をする行為は同号所定の間接侵害に該当し得るものというべきである。しかしながら、同号は、その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産、譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであって、そのような物の生産に用いられる物を製造、譲渡等する行為を特許権侵害とみなしているものではない。本件において、控訴人の行っている行為は、当該パソコンの生産、譲渡等又は譲渡等の申出ではなく、当該パソコンの生産に用いられる控訴人製品についての製造、譲渡等又は譲渡等の申出にすぎないから、控訴人の前記行為が同号所定の間接侵害に該当するということはできない。
 ちなみに、前記(1)のとおり、既に、特許庁は、平成9年2月公表の「特定技術分野の審査の運用指針」により「プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」について、また、平成12年12月公表の「改訂特許・実用新案審査基準」により「プログラムそのもの」について、それぞれ特許発明となり得ることを認める運用を開始しており、また、平成14年法律第24号による改正後の特許法においては、記録媒体に記録されないプログラム等がそれ自体として同法における保護対象となり得ることが明示的に規定されている(同法2条3項1号、4項参照、平成14年9月1日施行)。このような事情に照らせば、同法101条4号について上記のように解したからといって、プログラム等の発明に関して、同法による保護に欠けるものではない。
 したがって、被控訴人の前記主張は採用の限りではない。
3 争点3(本件特許権の行使の制限)について
(1) はじめに
 控訴人は、原審において、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である引用例(甲13の25)に記載された引用例発明に基づく容易想到性を理由に、本件発明の進歩性の欠如による本件特許の無効理由の存在が明らかであるとして、権利濫用の主張をしたが、原判決において採用されず、当審においては、原判決言渡し後に施行された平成16年法律第120号による新設の特許法104条の3第1項に基づく特許権の行使の制限の主張に改め、前記権利濫用の主張は撤回した。すなわち、控訴人は、当審において、(ア) 新たに、本件特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づく本件発明の新規性の欠如による本件特許の無効の理由として、@乙12発明、A乙13発明、B乙14発明、乙15発明及びラブビュー発明と本件発明との同一の主張を追加するとともに、(イ) 本件発明の進歩性の欠如による本件特許の無効の理由として、@原審と同様の引用例発明に基づく容易想到性のほか、新たに、本件特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づく容易想到性として、A引用例発明、乙13発明及び乙17発明に基づく容易想到性、B乙18発明及び周知の技術事項に基づく容易想到性、並びに、C乙12発明ないし乙15発明、乙17発明、乙18発明及びラブビュー発明に基づく容易想到性を主張している。そこで、控訴人の当審における新たな刊行物に基づく前記(ア)@ないしB及び(イ)AないしCに係る無効理由の追加的な主張・立証が時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきか(争点4)は、後記4において判断することとし、まず、前記(イ)Bの無効理由による本件特許権の行使の制限の主張について検討する。
 なお、前記2(3)において判示したとおり、本件第3発明については、特許法101条4号所定の間接侵害が成立しないから、特許権の行使の制限の主張について判断するまでもなく、被控訴人の請求は理由がないが、念のため、本件第3発明についても当裁判所の判断を示すこととする。
(2) 乙18文献の記載
 乙18文献(ヴィッキー・スピルマン=ユージン・ジェイ・ウォング著「HPニューウェーブ環境ヘルプ・ファシリティ」、1989年〔平成元年〕8月発行)は、本件特許出願(平成元年10月31日)前に外国において頒布された英語の刊行物であるところ、これには、以下のとおりの記載がある(なお、訳文は甲21によることとし、便宜、当裁判所において下線を付した。)。
ア 「共通ファシリティ」の項目に、「ヘルプを提供する共用プログラムの使用は、また、ヘルプ・ユーザ・インターフェースが全てのニューウェーブ・コンポーネントに対して同一であることをも保証する。全ての表示は似かよっており、全てのユーザ・インターフェースの特徴はニューウェーブ・アプリケーション全体で同じように働く。ユーザは、要求が、アイコンの目的の暗示を求めるものであるか、データに特別な操作を行う方法についての情報を求めるものであるかにかかわらず、同じ方法でヘルプを求めることができる。」(訳文1頁下から4行目ないし2頁2行目)
イ 「分かりやすいユーザ・インターフェース」の項目に、「ほとんどの場合、ユーザは、多くの訓練やマニュアルをくまなく検索することなしに、スクリーンを見てヘルプ・ファシリティの使い方を理解することができる。このため、それが最も必要とされるとき、少しの手がかりまたは短い説明で長時間の遅延や気を散らすことなく作業を完了させることができるときに、直ちにヘルプを得ることができる。ヘルプは、メニューから、ファンクション・キーから、またはプッシュボタンから開始することができる。インデックス項目は、マウスのスクローリング、キーボードのスクローリング、またはタイピングによって選択することができる。ヘルプ・ユーザ・インターフェースは、全ての共通操作モードを可能にして、その使用が可能な限り多くのユーザに分かりやすく見えるようにする。」(訳文2頁下から14行目ないし下から6行目)
ウ 「ヘルプ開始」の項目に、「ヘルプを開始するために、ユーザは、ヘルプ・プルダウン・メニューから二つのメニューアイテムのうちの一つを選択することができる。ニューウェーブ・オブジェクトのためのヘルプ・プルダウン・メニューは二つのアイテム、すなわち、「ヘルプ・インデックス」及び「スクリーン/メニュー・ヘルプ」を有する。メニューアイテムは、それぞれ、ヘルプ・インデックス及びスクリーン/メニュー・ヘルプのモードをアクティブにする。ユーザは、マウスを用いて、またはアクセラレータ(キーボード・インターフェース)を用いて、選択することができる。ヘルプ・インデックスへのアクセスを獲得するためのアクセラレータは「fl」である。ユーザは、また、ダイアログ・ボックスからヘルプ・プッシュボタンを選択することによっても、ヘルプを開始することができる。ヘルプ・プッシュボタンが選択されたとき、ダイアログ・ボックスに関係する情報を含むヘルプ・テキスト・ウィンドウが表示される。」(訳文3頁6行目ないし17行目)
エ 「スクリーン/メニュー・ヘルプ」の項目に、「上述のとおり、ヘルプの主要な目的の一つは、コンテクスト・センシティビィティを提供することである。コンテクスト・センシティビィティは、?モードとも呼ばれるスクリーン/メニュー・ヘルプのモードによっても最もよく説明される。ユーザが、ヘルプ・プルダウン・メニューからスクリーン/メニュー・ヘルプを選択すると、カーソルがクエスチョンマーク型に変わり、ユーザが特別なヘルプ・モードにいることを示す。ユーザは、クエスチョンマーク・カーソルをスクリーン上であちこちに動かし、カーソルが関心のあるエリアにあるときにマウス・ボタンをクリックすることができる。この行為は言葉にすると、参照されたエリアを指しながら“これは何?”という質問をすることに相当する。スクリーン/メニュー・ヘルプは、ユーザがアプリケーション・ウインドウにある何についてもヘルプを得ることを可能とし、それにはプルダウン・メニュー、アイコン、及びフィールドが含まれるかもしれない。?モードがアクティブにさせられたとき、ヘルプ・プルダウン・メニュー中の『スクリーン/メニュー・ヘルプ』アイテムは、『キャンセル・ヘルプ』に変わり、これはヘルプ・トピックを選択する必要なしにユーザがそのモードを抜けることを可能とする。ユーザがスクリーン/メニュー・ヘルプをアクティブにし、アイテムを選択したとき、ヘルプ・ウインドウは、その選択を実行するのではなくそのアイテムについての情報を表示する。ヘルプ・ウインドウが表示された後、マウス・カーソルとヘルプ・プルダウン・メニューは以前の状態に戻る。?モードは一度に一つの選択についてアクティブである。」(訳文3頁下から16行目ないし4頁4行目)
オ 「内部機能性」の項目に、「ユーザが?モードを選択すると、ヘルプ・ファシリティはアプリケーションにメッセージを送り、アプリケーションに、割り込みをオンにするためのモード・フラグを設定するように伝える。モード・フラグは、ニューウェーブ・アーキテクチャの一部である変数であり、アプリケーションにより維持される。フラグを設定することで、すべてのメッセージは、(新たなメッセージが送られて)ヘルプ・ファシリティがアプリケーションに割り込みをオフにするように伝えるまでは、ヘルプ・メッセージ・フィルタを通って送られる。割り込み?モードが要請されるとき、ヘルプ・ファシリティは?カーソルを維持し、ユーザのヘルプ選択を翻訳する。一旦、?モードで選択がなされると割り込みモードがオフにされ、ヘルプ・トピックを表示するためヘルプ・メッセージが生成される。」(訳文9頁下から11行目ないし下から2行目)
(3) 乙18発明の構成
 乙18発明は、HPニューウェーブ環境のためのヘルプ・ファシリティであるから、「情報処理装置」及び「情報処理方法」に関するものであって、以下の構成を有するものである。
ア 「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテム
 前記(2)エ及びオの記載によれば、スクリーン/メニュー・ヘルプにより、アプリケーション・ウインドウにあるアイコン等のアイテムについて、ヘルプを得ることができ、ヘルプ・メッセージを表示するのであるから、乙18発明は、アイコン等のアイテムについてのヘルプ・メッセージを表示する「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムを備えている。
イ 「アイコン」
 前記(2)エの記載によれば、アプリケーション・ウインドウにあるものとしてアイコンが明記されているところ、前記1において引用に係る原判決の認定(原判決25頁下から12行目ないし下から10行目)のとおり、アイコンとは、「表示画面上に、各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したもの」、すなわち、所定の情報処理機能を実行させるためのものであるから、乙18発明は、所定の情報処理機能を実行させるための「アイコン」を備えている。
ウ 「スクリーン」、「表示手段」、「表示装置」、「マウス」及び「キーボード」
 前記(2)エの記載によれば、クエスチョンマーク・カーソルをスクリーン上であちこちに動かし、カーソルが関心のあるエリアにあるときにマウス・ボタンをクリックすることでヘルプを得るのであり、また、ヘルプを得る対象としてプルダウン・メニュー(なお、前記(2)ウの記載によれば、プルダウン・メニューは、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムを含む。)及びアイコンが含まれるのであるから、乙18発明は、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテム及びアイコンを表示する「スクリーン」、並びに、スクリーン上に表示されたアイコンを指定する「マウス」を備えている。そして、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテム及びアイコンは、共にスクリーン上に表示されるのであるから、乙18発明が、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテム及びアイコンをスクリーンに表示させる「表示手段」を有することは明らかである。
 また、前記(2)エの記載によれば、各アイテムをスクリーン上に表示するのであるから、乙18発明が、データを表示する「表示装置」を備えていることは明らかである。
 さらに、前記(2)イの記載によれば、乙18発明は、データを入力する「マウス」や「キーボード」を備えている。
エ 「制御手段」
(ア) 前記(2)ウ及びエの記載によれば、マウスを用いて、スクリーン/メニュー・ヘルプのモードを選択することができ、マウス・ボタンをクリックすることでヘルプを得ることができる。そして、前記(2)エの記載によれば、スクリーン/メニュー・ヘルプをアクティブにし、アイコン等のアイテムを選択したとき、ヘルプ・ウインドウは、その選択を実行するのではなく、そのアイテムについての情報を表示し、また、前記(2)アの記載によれば、アイコンの目的の暗示(a reminder of the purpose of an icon:アイコンの用途を思い出させること)を求める要求に対して、ヘルプを求めることができるのであるから、乙18発明は、マウスによる、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムの選択に引き続く、アイコンの選択に応じて、表示手段のスクリーン上のヘルプ・ウインドウに、そのアイコンのヘルプ情報を表示させる制御手段を備えている。
(イ) さらに、前記(2)エの記載によれば、スクリーン/メニュー・ヘルプを選択すると、カーソルがクエスチョンマーク型に変わり、この「?」モードは一度に一つの選択についてアクティブであって、ヘルプ・ウインドウが表示された後、マウス・カーソルは以前の状態に戻ることが認められる。また、前記(2)オの記載によれば、「?」モードを選択すると、割り込みをオンにするためのモード・フラグを設定し、いったん、「?」モードで選択がされると割り込みモードがオフにされることが認められる。そうすると、乙18文献には、「?」モードで、マウスにより何かを一度選択することで、「?」モードから抜けることが開示されている。そして、前記(2)エの記載によれば、「?」モードでアイコン等のアイテムを選択したとき、ヘルプ・ウインドウは、その選択を実行するのではなく、そのアイテムについての情報を表示するのである。そうすると、乙18発明は、マウスによるアイコンの選択が、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムの選択の直後の場合のみ、そのアイコンのヘルプ情報を表示する、すなわち、マウスによるアイコンの選択が、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムの選択の直後でない場合は、そのアイコンの所定の情報処理機能を実行させる制御手段も備えている。
(4) 乙18発明と本件発明との対比
ア 本件第1発明との対比
 乙18発明の「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは、アイコン等のアイテムについてのヘルプ・メッセージを表示するためのものであるから(前記(3)ア)、本件第1発明の「第1のアイコン」と乙18発明の「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムとは、アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」であるという点で差異はない。また、乙18発明の「アイコン」、「スクリーン」、「表示手段」及び「マウス」は、本件第1発明の「第2のアイコン」、「表示画面」、「表示手段」及び「指定手段」にそれぞれ相当する(前記(3)イ、ウ)。そして、乙18発明の「制御手段」は、「機能説明表示手段」が「アイコン」である点は別にして、本件第1発明の「制御手段」に対応する(前記(3)エ(ア))。
 以上のことを踏まえると、本件第1発明と乙18発明とは、「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる機能説明表示手段、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、機能説明表示手段の指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置」である点で一致し、被控訴人も前記第2の6の(3)オ(ア)において相違点Aとして主張するとおり、次の相違点で相違する。
 [相違点]アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」が、本件第1発明では「アイコン」であるのに対し、乙18発明では、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムである点
イ 本件第2発明との対比
 本件第2発明は、【請求項1】の記載を引用するものであって、【請求項1】の制御手段が、さらに「前記指定手段による第2のアイコンの指定が、第1のアイコンの指定の直後でない場合は、前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させる」ものであるが、乙18発明の「制御手段」は、「機能説明表示手段」が「アイコン」である点は別にして、本件第2発明の「制御手段」に対応するということができる(前記(3)エ(イ))。
 したがって、本件第2発明と乙18発明とは、本件第1発明との前記一致点に加え、制御手段が、「前記指定手段による第2のアイコンの指定が、機能説明表示手段の指定の直後でない場合は、前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させる」点で一致し、前記アの[相違点]で相違する。
ウ 本件第3発明との対比
 乙18発明の「マウス」や「キーボード」、「表示装置」、「アイコン」及び「スクリーン」は、本件第3発明の「入力装置」、「表示装置」、「第2のアイコン」及び「表示画面」にそれぞれ相当する(前記(3)イ、ウ)。また、乙18発明の「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは、アイコン等のアイテムについてのヘルプ・メッセージを表示するためのものであるから(前記(3)ア)、本件第3発明の「第1のアイコン」と乙18発明の「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムとは、アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」である点で差異はない。そして、乙18発明では、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムの選択に引き続く、アイコンの選択に応じて、スクリーン上のヘルプ・ウインドウに、そのアイコンのヘルプ情報を表示する(前記(3)エ(ア))。
 したがって、本件第3発明と乙18発明とは、「データを入力する入力装置と、データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって、機能説明を表示させる機能を実行させる機能説明表示手段、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ、機能説明表示手段の指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法」である点で一致し、前記アの[相違点]で相違する。
(5) 相違点についての判断
 前記1において引用に係る原判決が争点1(構成要件充足性)について認定したとおり、本件特許出願当時、所定の情報処理機能を実行するための手段として「アイコン」は周知の技術事項であり、また、証拠(乙13文献、乙18文献)によれば、同様の手段として「メニューアイテム」も周知の技術事項であったことが認められる。そうであれば、所定の情報処理機能を実行するための手段として、「アイコン」又は「メニューアイテム」のいずれを採用するかは、必要により当業者が適宜選択することのできる技術的な設計事項であるというべきである。
 現に、アイコンの機能説明を表示させる機能を実行するための手段についてみても、本件特許出願前の1988年(昭和63年)7月に頒布された乙12文献(「ハイパープログラマーのためのハイパーツール」)には、「ハイパーツールは、あなたが異なるツールに関する情報を素早く得ることを可能とする、組み込みヘルプ機能を含みます。このスクリーン上のツールについてヘルプを得るには、ヘルプ・アイコンをクリックします。そして示されたツールのアイコンのうちいずれかをクリックします。」(訳文〔甲19〕14頁下から7行目ないし下から4行目)と記載されているから、本件特許出願当時、ヘルプを得るためのアイコン、すなわち、機能説明を表示させる機能を実行させるアイコンも、既に公知の手段であったことが認められる。
 そうであれば、乙18発明において、アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」として、「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムに代えて「アイコン」を採用することは、当業者が容易に想到し得ることというべきである。
 そして、本件発明の構成によってもたらされる作用効果は、アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる「機能説明表示手段」として周知の「アイコン」を採用することにより当然予測される程度のものであって、格別顕著なものとはいえない。
(6) 被控訴人の主張について
ア 被控訴人は、本件特許出願当時においては、ヘルプ機能がアプリケーションの画面から直接(特定のモードへの移行を介さずに)利用されるものであれば、少なくとも二回のクリックが要求される「プルダウン・メニュー」を用い、クリックすべきものが直接画面に表示される「ボタン」は用いない構成とすることが、当該技術分野におけるスタンダード的な考え方であったから、本件発明の「第1のアイコン」を用いる構成のように、前記構成以外の構成を着想することは著しく困難であった旨主張する。
 しかしながら、仮に、本件特許出願当時、アプリケーションの画面から直接利用されるヘルプ機能を実行するために「プルダウン・メニュー」を用いる構成が、当該技術分野のスタンダード的なものであったとしても、それ以外のものを使用することに特段の阻害要因が存在するわけではなく、現に、前記(5)のとおり、乙12文献には、アプリケーションの画面から直接利用されるヘルプ機能を実行するために「アイコン」を用いた構成が記載されているから、本件発明のように、「プルダウン・メニュー」を用いず「アイコン」を用いた構成を着想することが著しく困難であったとは到底いうことができない。したがって、被控訴人の前記主張は採用することができない。
イ 被控訴人は、「メニューアイテム」が二回以上の別の場所でのクリックにより、画面に直接表示されていないものを選択するのに対し、「アイコン」は直接画面に表示されたものをクリックすれば選択されるのであるから、ユーザーの操作の観点からも、全く異なるものである旨主張する。
 確かに、「メニューアイテム」と「アイコン」は、ユーザーの操作の観点からみると異なるものではあるが、前記(5)のとおり、「メニューアイテム」と「アイコン」は、共に所定の情報処理機能を実行するための周知の技術事項であり、いずれを採用するかは、必要により当業者が適宜選択することのできる技術的な設計事項である。したがって、「メニューアイテム」と「アイコン」が、ユーザーの操作の観点からみると異なるものであるとしても、前記のとおりの容易想到性の判断を左右するものではないというべきである。
ウ 被控訴人は、乙18文献における「スクリーン/メニュー・ヘルプ」アイテムは、ユーザーがヘルプ・プルダウン・メニューを開いたときだけ表示され、ユーザーがアイコンをクリックするときには表示されないから、本件発明のようにアイコンが指定される「表示画面」に「第1のアイコン、および・・・第2のアイコン」を表示することは記載されていない(相違点B)旨主張する。
 しかしながら、本件発明に係る請求項には、「・・・第1のアイコン、および・・・第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段・・・」(【請求項1】〔本件第1発明〕)、あるいは、「・・・第1のアイコン、および・・・第2のアイコンを表示画面に表示させ、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる・・・」(【請求項3】〔本件第3発明〕)と記載されているにすぎず、第2のアイコンを指定するときに同時に第1のアイコンが表示画面上に表示されていることまでは特定されていない。したがって、被控訴人の前記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものであるから、失当というほかはない。
エ 被控訴人は、本件発明においては、第2のアイコンに該当しないものの指定があってから、第2のアイコンの指定がされても、第2のアイコンの機能説明が表示されないという構成になっている(構成要件1−C、3−C)ため、誤って第1のアイコンを指定してしまった場合でも、望まれない機能説明が表示されないようにすることが可能になり、ユーザーがそのためにESCボタンを押すなどの特別な操作をしなくてもよいようにできるものであり、これに対して、乙18発明では、ユーザーが再度プルダウン・メニューを開いて「キャンセル・ヘルプ」アイテムを選択するという特別な操作をしない限り、ヘルプ・ウインドウを表示せずに「?」モードから抜けることができず、この点が両者の相違点(相違点C)である旨主張する。
 しかしながら、被控訴人の指摘する前記各構成要件は、「前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段と」(1−C)、あるいは、「第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる」(3−C)というものにすぎず、第1のアイコンの指定に引き続いて第2のアイコンに該当しないものの指定があった場合については何ら規定していないから、被控訴人の前記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
 また、本件第2発明の特許請求の範囲は、「前記制御手段は、前記指定手段による第2のアイコンの指定が、第1のアイコンの指定の直後でない場合は、前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させることを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。」というものであるから、第2のアイコンの指定が、第1のアイコンの指定の直後でない場合は、第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させることが規定されている。しかしながら、そこにおいても、それ以上に、被控訴人の主張するような構成、すなわち、第1のアイコンの指定に引き続いて第2のアイコンに該当しないものの指定があった場合に、ESCボタンを押すなどの特別な操作をしなくても機能説明が表示されないという構成は、何ら規定されていない。したがって、本件第2発明を前提としても、被控訴人の前記主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
 さらに、乙18文献には、前記(2)エのとおり、「?モードがアクティブにさせられたとき、ヘルプ・プルダウン・メニュー中の『スクリーン/メニュー・ヘルプ』アイテムは、『キャンセル・ヘルプ』に変わり、これはヘルプ・トピックを選択する必要なしにユーザーがそのモードを抜けることを可能とする。」との記載があるから、乙18文献には、ユーザーがプルダウン・メニューを開いて「キャンセル・ヘルプ」アイテムを選択すれば、ヘルプ・ウインドウを表示せずに「?」モードから抜けることができることの記載があるということができるが、それ以上に、被控訴人が主張するような、「キャンセル・ヘルプ」アイテムを選択しない限り、ヘルプ・ウインドウを表示せずに「?」モードから抜けることができないとの記載はない。したがって、被控訴人の前記主張は、その前提を欠く。
 以上のとおり、被控訴人の前記主張は採用の限りではない。
(7) まとめ
 以上によれば、本件発明、すなわち、本件第1発明ないし本件第3発明は、乙18発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明に係る本件特許は、特許法29条2項に違反してされたものであり、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるというべきである。したがって、特許権者である被控訴人は、同法104条の3第1項に従い、控訴人に対し、本件特許権を行使することができないといわなければならない。
4 争点4(時機に後れた攻撃防御方法)について
(1) 被控訴人は、控訴人が当審において新たに提出した構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての追加的な主張・立証は時機に後れたものとして却下されるべきである旨主張する。まず、本件訴訟の経過についてみると、記録上、以下の事実が明らかである。
 被控訴人は、平成16年8月5日、本件訴えを提起し、原審において、同年9月17日に第1回口頭弁論期日、同年10月26日に第2回口頭弁論期日、同年11月30日には第3回口頭弁論期日がそれぞれ開かれ、第3回口頭弁論期日において口頭弁論が終結され、平成17年2月1日、被控訴人勝訴の原判決が言い渡された。控訴人は、これを不服として本件控訴を提起し、同年4月25日の当審第1回口頭弁論期日において、控訴状及び控訴理由書を陳述し、構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての新たな主張を追加すると共に、新たな刊行物等を証拠として提出し、その後、同年6月3日の第2回口頭弁論期日及び同年7月15日の第3回口頭弁論期日において、前記主張・立証について若干の補充をし、第3回口頭弁論期日において口頭弁論が終結された。
(2) 前記事実によれば、原審においては、第1回口頭弁論期日が開かれてから第3回口頭弁論期日において口頭弁論が終結されるまで2か月余り、訴えの提起から起算しても4か月足らずの期間である。このように、原審の審理は極めて短期間に迅速に行われたものであって、控訴人の当審における新たな構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての主張・立証は、若干の補充部分を除けば、基本的に、当審の第1回口頭弁論期日において控訴理由書の陳述と共に行われたものであり、当審の審理の当初において提出されたものである。
 そして、前記の追加主張・立証の内容についてみると、まず、構成要件充足性に関する部分は、原審において既に控訴人が主張していた構成要件充足性(「アイコン」の意義)に関する主張を、若干角度を変えて補充するものにすぎないということができる。また、本件特許の無効理由に関する部分は、新たに追加された文献に基づくものではあるが、これらはいずれも外国において頒布された英語の文献であり、しかも、本件訴えの提起より15年近くも前の本件特許出願時より前に頒布されたものであるから、このような公知文献を調査検索するためにそれなりの時間を要することはやむを得ないことというべきである。
 以上の事情を総合考慮すれば、控訴人が当審において新たに提出した構成要件充足性及び本件特許の無効理由についての追加的な主張・立証が時機に後れたものであるとまではいうことができない。
(3) これに対し、被控訴人は、別件製品及び控訴人製品の製造、譲渡等又は譲渡等の申出をめぐり、本件特許権に基づく警告から原審の判決に至るまで約4年が経過し、本件特許権に基づく東京地方裁判所における審理も、別件仮処分の申立時を基準にすると、原審の口頭弁論終結時までに2年以上が経過しており、しかも、本件訴訟に先立つ別件訴訟において、別件製品のほか、控訴人製品の存在をも視野に入れて、裁判所から、控訴人が一定額を支払うことを内容とする和解勧告がされていたから、控訴人には、クレーム解釈及び公知文献等の調査の十分な機会が与えられていたとして、前記追加的な主張・立証は時機に後れたものである旨主張する。
 しかしながら、攻撃防御方法の提出が時機に後れたものとして民事訴訟法157条により却下すべきであるか否かは、当該訴訟の具体的な進行状況に応じて、その提出時期よりも早く提出すべきことを期待できる客観的な事情があったか否かにより判断すべきものであるところ、控訴人が主張する前記事情は、いずれも、被控訴人の請求に係る本件訴訟の具体的な進行状況とは関係のない事情をいうものにすぎない。
 そればかりでなく、控訴人による別件製品の製造、譲渡等又は譲渡等の申出に関し、被控訴人は、平成14年11月7日と同年12月10日に、本件特許権に基づき、控訴人に対し、前記行為の差止めを求める別件仮処分を申し立てた(甲13の1、28)が、平成15年6月18日にその申立てを取り下げた(甲13の38、39)。また、控訴人の前記行為が被控訴人の本件特許権を侵害するか否かをめぐって争われた別件訴訟(同年8月15日に控訴人が特許権侵害差止請求権不存在確認等を求める本訴を提起〔甲1〕、同年10月29日に被控訴人が特許権侵害行為差止を求める反訴を提起〔甲3〕)において、本件と同一の引用例(本訴甲13の25、別訴甲25)に基づき、本件発明の進歩性の欠如による本件特許の無効理由の存否が争点の一つとなったが、被控訴人による本件訴えの提起後である平成16年8月31日に言い渡された第1審判決(乙1)は、別件製品をインストールしたパソコンのヘルプウインドウに表示される「?」ボタン及び「表示」ボタン等は、デザイン化されていない単なる「記号」や「文字」であって、絵又は絵文字とはいえず、本件発明の構成要件にいう「アイコン」に該当しないから、別件製品をインストールしたパソコン及びその使用は本件発明の技術的範囲に属しないとして、本件特許権の侵害を否定し、前記無効理由についての判断を示すことなく確定した。以上のような経緯も参酌すると、本件訴訟において、被控訴人主張の事情に基づいて、控訴人が当審において新たに提出した追加的な主張・立証が時機に後れたものであるということはできないから、被控訴人の前記主張は採用することができない。
(4) なお、以上の検討に照らすと、控訴人が当審において新たに提出した本件特許の無効理由についての主張・立証は、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものとは認め難いから、特許法104条の3第2項により職権で却下すべきものということもできない(ちなみに、本件訴訟において、計画審理に関する民事訴訟法147条の3第3項又は156条の2の定めるところに従い、本件特許の無効理由についての攻撃防御方法を提出すべき期間が定められていたとの格別の事情も存在しないことは、記録上明らかである。)。
5 結論
 よって、被控訴人の請求は、いずれも理由がないから、これを認容した原判決を取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所特別部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 塚原朋一
 裁判官 佐藤久夫
 裁判官 中野哲弘
 裁判官 沖中康人
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