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【事件名】商標“自由学園”侵害事件(3)
【年月日】平成17年7月22日
 最高裁(二小) 平成16年(行ヒ)第343号 審決取消請求事件
 (原審・東京高裁平成16年(行ケ)第168号)

判決


主文
 原判決を破棄する。
 本件を知的財産高等裁判所に差し戻す。

理由
 上告代理人中村稔ほかの上告受理申立て理由第2の4について
1 本件は、上告人が、被上告人を商標権者とする後記商標登録が商標法4条1項8号(以下、単に「8号」という。)の規定に違反してされたものではないとした特許庁の審決の取消しを求める訴訟である。
2 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、「国際自由学園」の文字を横書きして成り、指定役務を商標法施行令(平成13年政令第265号による改正前のもの)別表第1の第41類の区分に属する「技芸・スポーツ又は知識の教授、研究用教材に関する情報の提供及びその仲介、セミナーの企画・運営又は開催」とする登録第4153893号の登録商標(平成8年4月26日商標登録出願、平成10年6月5日商標権の設定の登録。以下、この商標を「本件商標」といい、その商標登録を「本件商標登録」という。)の商標権者である。
 被上告人は、神戸市に主たる事務所を置く学校法人であり、名称を「国際自由学園」とするビジネス専修学校の経営主体である。同学校は、昭和61年に技能教育のための施設として文部大臣の指定を受け、本校を兵庫県芦屋市に置き、開校時から平成4年までは東京都内の、それ以降は北海道内の通信制高等学校の技能連携校となって、高等学校の通信制課程に在籍する生徒に対してコンピュータ、経営、貿易関係等の授業を実施するなどしている。
(2) 上告人は、大正10年、東京府目白(現在の東京都豊島区西池袋)において、女子のための中等教育機関として設立され、その後、初等部を設立し、現在の東京都東久留米市に移転し、男子部、幼児生活団、最高学部が開設されるなどして一貫教育校となり、現在に至っている。上告人は、その名称である「学校法人自由学園」の略称「自由学園」(以下「上告人略称」という。)を、大正10年以来、教育(知識の教授)及びこれに関連する役務に使用している。
 上告人は、設立のころから本件商標の商標登録出願時に至るまで、各種の書籍、新聞、雑誌、テレビ等で度々取り上げられており、これらの記事等において、上告人を示す名称として上告人略称が用いられている。ただし、これらの記事等の多くは、上告人が、大正時代の日本を代表する先駆的な女性思想家である羽仁もと子及びその夫の吉一により、キリスト教精神、自由主義教育思想に基づく理想の教育を実現するために設立されたものであるという歴史的経緯や、上告人の独自の教育理念、教育内容に関するものであり、また、主として教育関係者等の知識人を対象とするものであって、学生、生徒、学校入学を志望する子女及びその者らの父母(以下「学生等」という。)に向けられたものではない。
 上告人略称は、上告人の設立の歴史的経緯、教育の独創性により、教育関係者を始めとする知識人の間ではよく知られているということができる。しかし、学生等との関係では、本件商標の商標登録出願の当時、東京都内及びその近郊において一定の知名度を有していたにすぎず、広範な地域において周知性を獲得するに至っていたと認めることはできない。
(3) 上告人は、平成15年6月2日、本件商標は、上告人の名称の著名な略称である上告人略称を含むから、8号所定の商標に当たり、商標登録を受けることができないと主張して、本件商標登録を無効にすることについて審判を請求した。
 この審判請求につき、特許庁において無効2003−35230号事件として審理された結果、平成16年3月15日、審判請求を不成立とする審決がされた。
3 原審は、次のとおり判断して、上記審決の取消しを求める上告人の請求を棄却した。
 上告人略称「自由学園」が、本件商標の指定役務の需要者である学生等との関係では、周知性を獲得するに至っていたとは認められないこと、本件商標「国際自由学園」が学校の名称を表示する一体不可分の標章として称呼、観念されるものであることを考慮すると、本件商標に接する学生等が、本件商標中の「自由学園」に注意を引かれ、本件商標が上告人の一定の知名度を有する略称を含む商標であると認識するとは認めることができない。
 したがって、本件商標登録は、8号の規定に違反するものではない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 本件商標「国際自由学園」が上告人略称「自由学園」を含む商標であること、上告人が被上告人に承諾を与えていないことは明らかであるから、上告人略称が上告人の名称の「著名な略称」といえるならば、本件商標は、8号所定の商標に当たるものとして、商標登録を受けることができないこととなる。
 商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標を各号で列記しているが、需要者の間に広く認識されている商標との関係で商品又は役務の出所の混同の防止を図ろうとする同項10号、15号等の規定とは別に、8号の規定が定められていることからみると、8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人(法人等の団体を含む。以下同じ。)の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。すなわち、人は、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。略称についても、一般に氏名、名称と同様に本人を指し示すものとして受け入れられている場合には、本人の氏名、名称と同様に保護に値すると考えられる。
 そうすると、人の名称等の略称が8号にいう「著名な略称」に該当するか否かを判断するについても、常に、問題とされた商標の指定商品又は指定役務の需要者のみを基準とすることは相当でなく、その略称が本人を指し示すものとして一般に受け入れられているか否かを基準として判断されるべきものということができる。
 本件においては、前記事実関係によれば、上告人は、上告人略称を教育及びこれに関連する役務に長期間にわたり使用し続け、その間、書籍、新聞等で度々取り上げられており、上告人略称は、教育関係者を始めとする知識人の間で、よく知られているというのである。これによれば、上告人略称は、上告人を指し示すものとして一般に受け入れられていたと解する余地もあるということができる。そうであるとすれば、上告人略称が本件商標の指定役務の需要者である学生等の間で広く認識されていないことを主たる理由として本件商標登録が8号の規定に違反するものではないとした原審の判断には、8号の規定の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。
5 以上によれば、原審の前記判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして、本件商標登録が8号の規定に違反するものであるかどうかにつき上記のような観点から更に審理を尽くさせるため、本件を知的財産高等裁判所に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第二小法廷
 裁判長裁判官 滝井繁男
 裁判官 福田博
 裁判官 津野修
 裁判官 今井功
 裁判官 中川了滋
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