判例全文 line
line
【事件名】マトリョーシカ人形イラストの無断使用事件
【年月日】平成17年7月20日
 東京地裁 平成17年(ワ)第313号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成17年5月18日)

判決
原告 X
同訴訟代理人弁護士 喜多村勝徳
被告 株式会社モード・エ・ジャコモ
同訴訟代理人弁護士 國廣正
同 五味祐子
同 青木正賢
同 芝昭彦


主文
1 被告は、原告に対し、金21万1100円及びこれに対する平成15年4月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告に対し、金147万3950円及びこれに対する平成15年4月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、株式会社マガジンハウス発行の雑誌GINZAの4Cグラビア面に、別紙謝罪広告目録記載の体裁及び内容の謝罪広告を1回掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告の創作に係るマトリョーシカ人形のデザインを縫い付けた手提げ鞄を製造・販売したことを理由に、原告が被告に対し、複製権及び氏名表示権侵害に基づく損害賠償及び名誉回復措置を求めた事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は、グラフィックデザイナー及びアートディレクターである。
イ 被告は、バッグの製造販売等を業とする株式会社である。
 (以上、争いのない事実)
(2) 原告の創作行為
ア 原告は、別紙著作物目録記載A及びBの図柄(以下「本件作品A」のように表示する。)を創作した。
イ 本件作品A及びBは、株式会社ジュン(以下「ジュン社」という。)によって同社製造に係る商品の広告に利用されていた。
 (争いのない事実、甲1、2)
(3) 被告の複製等、過失
ア 被告は、別紙被告物件目録1及び2記載の手提げ鞄(以下、「被告物件1」のように表示する。)を製造し、小売店に卸売りした。
イ 被告物件1及び2の表面には、本件作品A及びBと実質的に同一の図柄(以下「被告図柄A」「被告図柄B」のように表示する。)が縫い付けられているが、原告の氏名は表示されていない。
ウ 被告は、本件作品A及びBに依拠して、被告図柄A及びBをそれぞれ作成した。
 (以上、争いのない事実)
エ 被告は、本件作品A及びBがありふれたものかどうかの調査を十分行うことなく、本件作品A及びBに依拠して被告図柄A及びBを作成したものであり、原告の著作権等を侵害したことにつき過失がある。
 (弁論の全趣旨)
(4) 販売個数等
ア 被告は、被告物件1及び2を合計355個製造した。
イ 被告物件1及び2は、平成15年4月ころから、小売店で小売価格4900円で販売された。
ウ 被告は、同月11日、ジュン社から抗議を受け、315個の被告物件1及び2を小売店から回収し、同月30日ころ、廃棄のためジュン社に送付した。
エ その結果、現実に小売販売された被告物件1及び2の個数は40個であり、その販売代金総額は19万6000円である(4900円×40個)。
 (甲4、34、乙2の1及び2、弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 本件作品A及びBの著作物性
(2) 損害額
ア 複製権侵害による相当対価額の賠償額
イ 複製権侵害による慰謝料
ウ 氏名表示権侵害による慰謝料
エ 弁護士費用相当の損害額
(3) 謝罪広告の必要性
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件作品A及びBの著作物性
ア 原告の主張
 本件作品A及びBは、ロシアの民族玩具であるマトリョーシカ人形をモチーフとしつつ、ジュン社のロペ・ピクニックというブランドを消費者、特に若い女性にピーアールするため、顔かたちや表情をかわいらしく見せるとともに、ロペ・ピクニックの商品を着せるなど、ビジュアル上の創意工夫が凝らされ、原告の個性があますところなく表現されており、著作物性を有する。
イ 被告の主張
 本件作品A及びBは、マトリョーシカ人形をモチーフにしたありふれたものであり、著作権の対象物たり得る創作性は認められない。
(2) 損害額
ア 原告の主張
(ア) 複製権侵害による相当対価額の賠償額
a 複製権侵害による相当対価額の賠償額は、小売価格の10%である。
b よって、その損害額は、17万3950円となる(4900円×0.1×355個)。
c 被告は、実際の小売販売個数を基準に損害額を算定すべきである旨主張するが、複製権侵害による損害について著作権法114条3項を適用する場合、複製行為という著作権の利用について受けるべき金銭の額が同項の損害となるものであるから、複製行為がされた以上、製作数を基準とした算定がされるべきである。
(イ) 複製権侵害による慰謝料
a 原告は、平成7年、武蔵野美術大学彫刻科在学中にグラフィックデザインの企画・制作等を目的とするneo standard graphicsを設立してグラフィックデザイン業界にデビューし、平成8年に現代美術のオルタナティブスペースであるスタジオ食堂のプロデューサーを務め、平成12年にはグラフィックデザインの企画・制作等を業とする有限会社ブルーマーク及び国内外の芸術家の創作活動の支援等を目的とする特定非営利活動法人アート・ミーティング・ポイントを設立し、平成13年からはアートマネージメント講座「PAC-Primary Art Course」を主催している。
 その間、原告は、平成7年にJACA日本ビジュアル・アート展及び第82回the choiceに入選し、多数の展覧会を開催し、講演・著作・出版活動を積極的に行い、種々のグラフィックデザイン・アートディレクション活動、アートプロデュース活動を行ってきた。
b 本件作品A及びBは、原告がコンピューター・グラフィック技術を用い、マトリョーシカ人形をモチーフにして、マトリョーシカのクローゼットの中身をそろえるというコンセプトで、マトリョーシカの衣装に工夫を凝らし、広告品である衣服や小物にふさわしいデザインに仕上げたものであるところ、ジュン社によって同社製造の商品の広告に利用され、多数のデパートに展示されたほか、電車内のつり広告にも利用され、広く知られるものとなっていた。
c このように、原告は、自らの作品に対し非常に強い誇りと愛着を持っているが、本件作品A及びBをデッドコピーした商品が製造・販売されていることを知り、強い怒りを覚えただけでなく、業界関係者からも、同一の作品をジュン社だけでなく重ねて被告に許諾したものとの誤解を受け、大変困惑している。
d さらに、被告は、著作権侵害行為を自認したものの、原告からの損害賠償等の請求に対し、成立していない示談の成立を主張して自らの責任を否定する行為に出たものであり、原告は、被告の誠意のない態度に大いに憤慨している。
e 以上の事情によれば、本件においては、複製権侵害による慰謝料が認められるべきであり、その額は50万円を下ることはない。
(ウ) 氏名表示権侵害による慰謝料
 原告の地位や著作物に対する思い入れからすれば、自己の氏名が表示されず、それによって原告が剽窃したかのような印象を他人に与える結果となったことによる精神的苦痛も多大なものであり、これを慰謝するに足りる金額は、50万円を下ることはない。
(エ) 弁護士費用相当の損害額
 本件事案の性質、訴訟追行の難度等からすると、被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当損害額は、30万円を下ることはない。
イ 被告の主張
(ア) 複製権侵害による相当対価額の賠償額
a 原告の主張(ア)aは否認する。
b 同bは否認する。被告物件1及び2の大部分は小売店から回収され、廃棄されたものであるから、現実の小売販売個数40個を基準に損害額を算定すべきである。
(イ) 複製権侵害による慰謝料
a 原告の主張(イ)a〜cは不知、dのうち示談が成立していなかったことは否認し、その余は不知、eは否認する。
b 前提事実のとおり、被告は、ジュン社から抗議を受けて被告物件1及び2の大部分を回収し、廃棄のためジュン社に送付した。
 さらに、被告は、原告及びジュン社に対し、平成15年4月23日付け「図案無断使用のお詫び」(乙1)と題する書面を送付した。被告は、原告から平成16年7月に「通知書」と題する内容証明郵便の送付を受けた際も、早期の最終的な解決を図るため、原告に対し20万円の支払による解決を提案するなど、誠実な対応を行ってきた。
 以上によれば、複製権侵害による慰謝料請求は、理由はない。
(ウ) 氏名表示権侵害による慰謝料
 原告の主張(ウ)は否認する。
(エ) 弁護士費用相当の損害額
 本件訴訟以前において20万円の支払による解決を提案していることなど本件訴訟に至る経緯等にかんがみれば、原告が要した弁護士費用は、本件の不法行為と相当因果関係を有する損害ではない。
(3) 謝罪広告の必要性
ア 原告の主張
 原告はグラフィックデザイナー及びアートディレクターとして一定の社会的評価を得ているものであるところ、自己の創作した本件作品A及びBが原告の氏名を表示されることなく複製され、被告の商品として販売されたことにより、原告が剽窃したとの疑いをかけられるおそれがあり、少なくとも原告が被告に重複許諾をしたとの誤解を受けることは明らかである。
 そのような事態を避けるためには、被告による氏名表示権の侵害の事実確認及び謝罪を広告することにより、原告が著作者であることを確保する必要がある。
 仮に謝罪広告が認められないとしても、氏名表示権侵害についての事実確認の広告は認められるべきである。
イ 被告の主張
 被告物件1及び2の製造数は少なく、小売販売総数は更に少ない。このような事情に照らせば、謝罪広告又は事実確認の広告の必要性はない。
第3 当裁判所の判断
1 本件作品の著作物性について
 証拠(甲1、2、34)及び弁論の全趣旨によれば、本件作品A及びBは、ロシアの民族玩具であるマトリョーシカ人形をモチーフとしたものではあるものの、原告の思想又は感情が創作的に表現されたものであり、著作物性を有することが認められる。
 これに反する被告の主張は、本件作品A及びBがありふれたものであることを裏付けるに足りるマトリョーシカ人形の図柄等の証拠の提出がないから、採用することができない。
2 損害額
(1) 複製権侵害による相当対価額の賠償額
ア 前提事実のとおり、被告は、被告物件1及び2を合計355個製造し、うち40個が1個当たり4900円で小売されたが、その余の315個は発売直後に小売店から回収され、廃棄されたものである。
イ 甲5により認められる原告と第三者とのデザイン委託契約の内容を参照すれば、現実に小売りされた40個については、原告主張の小売価格の10%をもって相当対価額の賠償額と認めるべきである。
ウ その余の315個については、小売りはされなかったものの、相当数は短期間とはいえ店頭に陳列され、買い物客の目に触れたものであるから、小売価格の2%程度である100円をもって相当対価額の賠償額と認めるべきである。
 これに反する原告の主張及び被告の主張は、採用することができない。
エ よって、複製権侵害による相当対価額の賠償額は、次のとおり5万1100円となる。
 4900円×0.1×40個=1万9600円
 100円×315個=3万1500円
 1万9600円+3万1500円=5万1100円
(2) 慰謝料
ア 複製権侵害による慰謝料
(ア) 著作財産権である複製権侵害を理由に慰謝料を請求するためには、侵害された財産権が当該被害者にとって特別の精神的価値を有し、そのため、単に侵害の排除又は財産的損害の賠償だけでは償い得ないような重大な精神的苦痛を被ったと認められる特別の事情がなければならないと解されるところ、そのような特別の事情の存在を認めることはできない。
(イ) すなわち、アーティストが自己の作品に愛着を持つことは、当然であり、そのことから、上記特別の事情があるものと認めることはできない。
 業界関係者から、同一の作品を重ねて被告に許諾したものとの誤解を受けた点も、被告の侵害行為を排除することにより通常その誤解を晴らすことができるものと認められ、上記特別の事情があるものと認めることはできない。
(ウ)a 成立していない示談の成立を主張したとの点については、次の事実が認められる。
(a) 被告は、平成15年4月23日、原告及びジュン社に対し、謝罪及び事情説明を行うとともに、その要求に応じて、同日付け「図案無断使用のお詫び」(乙1)と題する書面を送付した。
 (甲4、34、乙1)
(b) 原告は、平成16年7月22日、被告に対し、損害賠償及び慰謝料の支払並びに謝罪広告を求める旨の通知書を送付した。これに対し、被告は、上記(a)の交渉後1年以上原告から連絡がなかったことから、すべて解決済みであると考え、同月28日、原告に対し、原告、ジュン社及び被告間において、「図案無断使用のお詫び」と題する書面の送付並びに被告物件1及び2の回収・送付により一切の解決とする旨の合意が成立している旨を記載した回答を送付した。
 (甲25、26、34、弁論の全趣旨)
(c) 被告は、平成16年8月ころ、原告に対し、紛争の早期かつ最終的な解決を図るため、20万円の支払による解決を提案したが、原告はこれに納得をせず、本件訴訟を提起した。
 (甲34、弁論の全趣旨)
b 以上の事実によれば、被告の訴訟前の交渉態度をもって、上記特別の事情があるものと認めることもできない。
イ 氏名表示権侵害による慰謝料
 前提事実及び上記アに説示した事実によれば、氏名表示権侵害による慰謝料額を15万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用相当の損害額
 本訴の難易、認容額、訴訟提起に至る経緯等によれば、本件の不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用相当損害額を1万円と認めるのが相当である。
(4) まとめ
 以上によれば、被告は、原告に対し、著作権侵害に基づく損害金5万1100円、著作者人格権侵害に基づく慰謝料15万円及び弁護士費用相当損害額1万円、合計21万1100円を支払う義務がある。
3 謝罪広告の必要性
 前提事実及び前記2(1)アに説示した事実によれば、販売数量等が少ないため、消費者による被告物件1及び2の認識は限定的であることが認められる。
 原告が剽窃したり、重複許諾をしたとの疑いを受けるおそれがある点についても、原告の取引関係者に対し、「図案無断使用のお詫び」と題する書面(乙1)を提示するか、本判決を提示することによってその疑いを容易に解消することができると考えられる。
 したがって、氏名表示権侵害の被害回復措置として謝罪広告又は事実確認の広告まで命ずるべき必要性は認められず、この点の原告の主張は理由がない。
4 結論
 以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害金合計21万1100円及びこれに対する不法行為後である平成15年4月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部
 裁判長裁判官 市川正巳
 裁判官 柴田義明
 裁判官 杉浦正樹


(別紙謝罪広告目録、別紙著作物目録、被告物件目録につきいずれも省略)
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/