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【事件名】「新しい歴史教科書をつくる会」書籍の廃棄処分事件(3)
【年月日】平成17年7月14日
 最高裁(一小) 平成16年(受)第930号 損害賠償請求事件
 (一審・東京地裁平成14年(ワ)第17648号/二審・東京高裁平成15年(ネ)第5110号)

判決


主文
 原判決のうち被上告人に関する部分を破棄する。
 前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由
 上告代理人内田智ほかの上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
(1) 上告人A会(以下「上告人A会」という。)は、平成9年1月30日開催の設立総会を経て設立された権利能力なき社団であり、「新しい歴史・公民教科書およびその他の教科書の作成を企画・提案し、それらを児童・生徒の手に渡すことを目的とする」団体である。その余の上告人らは、上告人A会の役員又は賛同者である(ただし、上告人Bは、上告人A会の理事であった第1審原告Cの訴訟承継人である。以下、「上告人ら」というときは、上告人Bを除き、第1審原告Cを含むことがある。)。
(2) 被上告人は、船橋市図書館条例(昭和56年船橋市条例第22号)に基づき、船橋市中央図書館、船橋市東図書館、船橋市西図書館及び船橋市北図書館を設置し、その図書館資料の除籍基準として、船橋市図書館資料除籍基準(以下「本件除籍基準」という。)を定めていた。
 本件除籍基準には、「除籍対象資料」として、「(1) 蔵書点検の結果、所在が不明となったもので、3年経過してもなお不明のもの。(2) 貸出資料のうち督促等の努力にもかかわらず、3年以上回収不能のもの。(3) 利用者が汚損・破損・紛失した資料で弁償の対象となったもの。(4) 不可抗力の災害・事故により失われたもの。(5) 汚損・破損が著しく、補修が不可能なもの。(6) 内容が古くなり、資料的価値のなくなったもの。(7) 利用が低下し、今後も利用される見込みがなく、資料的価値のなくなったもの。(8) 新版・改訂版の出版により、代替が必要なもの。(9) 雑誌は、図書館の定めた保存年限を経過したものも除籍の対象とする。」と定められていた。
(3) 平成13年8月10日から同月26日にかけて、当時船橋市西図書館に司書として勤務していた職員(以下「本件司書」という。)が、上告人A会やこれに賛同する者等及びその著書に対する否定的評価と反感から、その独断で、同図書館の蔵書のうち上告人らの執筆又は編集に係る書籍を含む合計107冊(この中には上告人A会の賛同者以外の著書も含まれている。)を、他の職員に指示して手元に集めた上、本件除籍基準に定められた「除籍対象資料」に該当しないにもかかわらず、コンピューターの蔵書リストから除籍する処理をして廃棄した(以下、これを「本件廃棄」という。)。
 本件廃棄に係る図書の編著者別の冊数は、第1審判決別紙2「関連図書蔵書・除籍数一覧表」のとおりであり、このうち上告人らの執筆又は編集に係る書籍の内訳は、第1審判決別紙1「除籍図書目録」(ただし、番号20、21、24、26を除く。)のとおりである。
(4) 本件廃棄から約8か月後の平成14年4月12日付け産経新聞(全国版)において、平成13年8月ころ、船橋市西図書館に収蔵されていたDの著書44冊のうち43冊、Eの著書58冊のうち25冊が廃棄処分されていたなどと報道され、これをきっかけとして本件廃棄が発覚した。
(5) 本件司書は、平成14年5月10日、船橋市教育委員会委員長にあてて、本件廃棄は自分がした旨の上申書を提出し、同委員会は、同月29日、本件司書に対し6か月間減給10分の1とする懲戒処分を行った。
(6) 本件廃棄の対象となった図書のうち103冊は、同年7月4日までに本件司書を含む船橋市教育委員会生涯学習部の職員5名からの寄付という形で再び船橋市西図書館に収蔵された。残り4冊については、入手困難であったため、上記5名が、同一著者の執筆した書籍を代替図書として寄付し、同図書館に収蔵された。
2 本件は、上告人らが、本件廃棄によって著作者としての人格的利益等を侵害されて精神的苦痛を受けた旨主張し、被上告人に対し、国家賠償法1条1項又は民法715条に基づき、慰謝料の支払を求めるものである。
3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却すべきものとした。
 著作者は、自らの著作物を図書館が購入することを法的に請求することができる地位にあるとは解されないし、その著作物が図書館に購入された場合でも、当該図書館に対し、これを閲覧に供する方法について、著作権又は著作者人格権等の侵害を伴う場合は格別、それ以外には、法律上何らかの具体的な請求ができる地位に立つまでの関係には至らないと解される。したがって、被上告人の図書館に収蔵され閲覧に供されている書籍の著作者は、被上告人に対し、その著作物が図書館に収蔵され閲覧に供されることにつき、何ら法的な権利利益を有するものではない。そうすると、本件廃棄によって上告人らの権利利益が侵害されたことを前提とする上告人らの主張は、採用することができない。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 図書館は、「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」であり(図書館法2条1項)、「社会教育のための機関」であって(社会教育法9条1項)、国及び地方公共団体が国民の文化的教養を高め得るような環境を醸成するための施設として位置付けられている(同法3条1項、教育基本法7条2項参照)。公立図書館は、この目的を達成するために地方公共団体が設置した公の施設である(図書館法2条2項、地方自治法244条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律30条)。そして、図書館は、図書館奉仕(図書館サービス)のため、@図書館資料を収集して一般公衆の利用に供すること、A図書館資料の分類排列を適切にし、その目録を整備することなどに努めなければならないものとされ(図書館法3条)、特に、公立図書館については、その設置及び運営上の望ましい基準が文部科学大臣によって定められ、教育委員会に提示するとともに一般公衆に対して示すものとされており(同法18条)、平成13年7月18日に文部科学大臣によって告示された「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(文部科学省告示第132号)は、公立図書館の設置者に対し、同基準に基づき、図書館奉仕(図書館サービス)の実施に努めなければならないものとしている。同基準によれば、公立図書館は、図書館資料の収集、提供等につき、@住民の学習活動等を適切に援助するため、住民の高度化・多様化する要求に十分に配慮すること、A広く住民の利用に供するため、情報処理機能の向上を図り、有効かつ迅速なサービスを行うことができる体制を整えるよう努めること、B住民の要求に応えるため、新刊図書及び雑誌の迅速な確保並びに他の図書館との連携・協力により図書館の機能を十分発揮できる種類及び量の資料の整備に努めることなどとされている。
 公立図書館の上記のような役割、機能等に照らせば、公立図書館は、住民に対して思想、意見その他の種々の情報を含む図書館資料を提供してその教養を高めること等を目的とする公的な場ということができる。そして、公立図書館の図書館職員は、公立図書館が上記のような役割を果たせるように、独断的な評価や個人的な好みにとらわれることなく、公正に図書館資料を取り扱うべき職務上の義務を負うものというべきであり、閲覧に供されている図書について、独断的な評価や個人的な好みによってこれを廃棄することは、図書館職員としての基本的な職務上の義務に反するものといわなければならない。
(2) 他方、公立図書館が、上記のとおり、住民に図書館資料を提供するための公的な場であるということは、そこで閲覧に供された図書の著作者にとって、その思想、意見等を公衆に伝達する公的な場でもあるということができる。したがって、公立図書館の図書館職員が閲覧に供されている図書を著作者の思想や信条を理由とするなど不公正な取扱いによって廃棄することは、当該著作者が著作物によってその思想、意見等を公衆に伝達する利益を不当に損なうものといわなければならない。そして、著作者の思想の自由、表現の自由が憲法により保障された基本的人権であることにもかんがみると、公立図書館において、その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は、法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり、公立図書館の図書館職員である公務員が、図書の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは、当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである。
(3) 前記事実関係によれば、本件廃棄は、公立図書館である船橋市西図書館の本件司書が、上告人A会やその賛同者等及びその著書に対する否定的評価と反感から行ったものというのであるから、上告人らは、本件廃棄により、上記人格的利益を違法に侵害されたものというべきである。
5 したがって、これと異なる見解に立って、上告人らの被上告人に対する請求を棄却すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は、上記の趣旨をいうものとして理由があり、原判決のうち被上告人に関する部分は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 横尾和子
 裁判官 甲斐中辰夫
 裁判官 泉コ治
 裁判官 島田仁郎
 裁判官 才口千晴
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