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【事件名】ロック歌手・矢沢永吉さんへの肖像権侵害事件
【年月日】平成17年6月14日
 東京地裁 平成16年(ワ)第23950号 謝罪広告等請求事件

判決
原告 矢沢永吉
訴訟代理人弁護士 長谷川健
同 細川健夫
被告 株式会社平和
代表者代表取締役 中島潤<ほか二三名>
二四名訴訟代理人弁護士 黒田健二
同 吉村誠
同 鎌田真理雄


主文
 原告の請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
一 被告株式会社平和は、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞及び日本経済新聞の各全国版朝刊社会面に、別紙謝罪広告文案記載のとおりの謝罪広告を、縦七センチメートル以上、横一七センチメートル以上の大きさで、表題部は一〇ポイントの活字(ゴシック体)、その他の部分は八ポイントの活字で、一回掲載せよ。
二 その余の被告らは、別紙物件目録記載のパチンコ遊技機を使用してはならない。
第二 事案の概要
 本件は、被告株式会社平和(以下「被告平和」という。)が製造及び販売をしたパチンコ遊技機に原告に酷似した画像を原告に無断で使用し、その余の被告らが同遊技機を自己が経営するパチンコ店等に設置したことなどにより、原告のパブリシティ権を侵害したとして、原告が、被告平和に対し、謝罪広告の掲載を求めた上、その余の被告らに対し、上記パチンコ遊技機の使用の差し止めを求めた事案である。
一 次の各事実は、争いがないか、後掲各証拠により、認めることができる。
(1)原告
 原告は、日本国内及び国外において、コンサート活動、音楽CDの発表及びテレビ出演等の活動をしているロック歌手である。
(2)被告ら
ア 被告平和は、主としてパチンコ遊技機その他の遊技機械の製造及び販売を目的とする株式会社である。
イ その余の被告らは、二三名のうち、被告株式会社成通(以下「被告成通」という。)及び被告株式会社ジェーパーク(以下「被告ジェーパーク」という。)を除く被告らは、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)に基づく施設であるパチンコ店の経営等を目的とする会社であり、被告成通及び被告ジェーパークは、その率いるグループ企業の中に風営法に基づくパチンコ店の経営等を目的とする会社を含んでいる。
(3)本件パチンコ機の製造及び販売並びに雑誌での紹介
 被告平和は、平成一六年、パチンコ遊技機「CRあっ命]J」(以下「本件パチンコ機」という。)の製造・販売をした。本件パチンコ機の中央液晶画面における予告演出の一種として、別紙目録記載の画像(以下別紙目録記載の画像全体を「本件画像」と、同画像中の人物絵を「本件人物絵」という。) が用いられている。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告らの当事者適格の有無(争点一)
(被告らの主張)
ア 被告ジェーパーク、被告成通は、いずれも、そもそもパチンコ店を経営しておらず、本件パチンコ機を設置したこともないし、顧客の遊興の具に供したこともなく、将来においてかかる行為をすることもない。
イ 被告オークランド観光開発株式会社、被告株式会社セントラル、被告株式会社第一物産、被告株式会社エヌツー企画、被告株式会社ダイエー、被告株式会社佐藤商事、被告株式会社三永、被告グランド商事株式会社、被告株式会社ユーコー、被告城山観光株式会社、被告株式会社マルハン、被告株式会社合田観光商事及び被告ロッキー産業株式会社は、本訴提起時点において、経営するパチンコ店に本件パチンコ機を設置しておらず、将来においても設置する意思はない。
ウ 被告株式会社マルタマ、被告大慶商事株式会社、被告株式会社エスタディオ、被告株式会社ギガ・ジャパン、被告大阪物産株式会社、被告株式会社大西商事及び被告株式会社フォーシーズンは、本訴提起時点において経営するパチンコ店に本件パチンコ機を設置していたが、その後撤去し、将来において設置する意思はない。
エ 被告葛西青果株式会社は、本件パチンコ機をその経営するパチンコ店に設置しているが、平成一七年四月末までに、全て撤去する予定である。
オ したがって、被告平和を除く被告らは、いずれも、現在本件パチンコ機を設置していないか、近く撤去する予定であるから、本件パチンコ機の使用差し止め請求について、当事者適格がなく、原告の上記訴えは不適法である。
(原告の主張)
 争点四における主張と同様、被告平和を除く被告らは、いずれも、原告のパブリシティ権の侵害行為を行っているから、差し止めの訴えについて、当事者適格を有する。したがって、原告の本件訴えは適法である。
(2)原告の本件訴訟提起が訴権の濫用に当たるか(争点二)
(被告らの主張)
 原告は、パチンコ店に赴き本件パチンコ機を確認することすらせずに、ファンからのメールとパチンコ情報誌の記事のみを見て、本訴に先立ち、被告平和及び訴外パチンコ店を債務者として、本件パチンコ機の使用禁止等の仮処分を申し立てたが、第四回審尋期日に、申立てを取り下げ、その後も十分な準備・調査をせずに本訴を提起した。このため、原告は、仮処分の申立て及び本訴を通じて、原告のパブリシティ権と本件人物絵との対比、本件人物絵の使用の態様・方法・目的等を踏まえた具体的な主張をせず、形式的な主張を繰り返すのみで、また、謝罪広告や被告平和と他の被告らとの共同不法行為が成立する根拠についても明確な論拠を示しておらず、本訴は、法律上及び事実上の根拠を欠くものである。さらに、原告は、本訴提起の前に、十分な調査と事前の交渉を経ることなく、突如、被告平和の顧客二三名を被告として、本件訴えを提起したものであり、これらの被告の中には、そもそもパチンコ店を経営していないものや本件パチンコ機を設置していないものが多数含まれており、原告の本訴提起の目的が、被告平和を困惑させるとともに、ビジネス上の有形・無形の損害を与えることを目的とするものであることは明白である。
 以上によれば、原告の被告平和に対する本件訴え提起は、実体的権利の実現ないし紛争解決を真摯に目的とするのではなく、被告平和を被告の立場に立たせ、それにより訴訟上又は訴訟外において有形・無形の不利益・負担を与えるなど不当な目的を有し、かつその主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠き権利保護の必要性が乏しいなど、民事訴訟制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠き、真偽に反すると認められる場合に該当し、訴権の濫用であるから、不適法である。
 次に、原告の被告平和以外の被告らに対する本訴の提起は、被告平和に対してビジネス上の有形・無形の損害を与えるための手段として利用されているものであるから、訴権の濫用に当たり、却下されるべきである。
(原告の主張)
 原告は、パチンコ専門誌、パチンコ専門のインターネットサイト、ファンからの情報などにより、本件パチンコ機を設置している店舗を絞り込み、パチンコ専門誌、インターネットサイトなどに記載された本店・支店の所在地から経営主体が本件パチンコ機の使用を認めている企業に限って本訴を提起したものである。また、本件訴え提起前に、被告らと交渉を経ていなくとも、直ちに訴えが不適法となるものではないし、原告による本件訴え提起は、被告平和に損害を与える目的でなされたものでもない。
 したがって、原告の本件訴えは、適法である。
(3)原告のパブリシティ権侵害の有無(争点三)
(原告の主張)
ア 固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名・肖像等を商品に付した場合、これらは当該商品の販売促進に寄与する効果を有し、このような顧客吸引力は、それ自体、氏名及び肖像の持つ人格的利益からは独立した経済的利益又は価値(パブリシティ価値)として把握し、これに法的保護を与えることが必要である。従って、著名人は、氏名・肖像等の顧客吸引力の持つ経済的利益ないし価値(パブリシティ価値)を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を有するものと解される。
イ 本件人物絵は、その容貌、服装、原告のトレードマークであるタオルを肩にかけ、白のマイクスタンドを手にしているなど、一見して原告を表現するものであることは明らかであるところ、被告平和は、原告に無断で本件画像を液晶画面上に動画として登場させる本件パチンコ機を製造・販売し、以下の二つの態様で、原告のパブリシティ権を侵害した。
ウ 顧客吸引力の潜用
(ア)被告平和は本件人物絵を本件パチンコ機の大当たり予告画面に登場させているが、パチンコ愛好家が最も注目しているのは大当たり予告画面に登場する画像であり、大当たり予告画面の画像を何にするかはパチンコ機の人気を左右する極めて重要な要素であることを考慮するならば、本件人物絵の使用が原告の顧客吸引力を利用するものであることは明らかである。
(イ)さらに、被告平和は、パチンコ情報誌の出版社に対して、本件画像の写真等を提供し、その転載を許諾することにより、本件パチンコ機の紹介記事の中で本件人物絵が本件パチンコ機に登場することをパチンコ愛好家に周知させ、本件人物絵を宣伝・広告に利用しており、このような形においても原告の顧客吸引力を利用しているということができる。また、仮に、被告平和が本件画像の写真等をパチンコ情報誌に提供していなくとも、パチンコ情報誌が取材を通じて本件人物絵を本件パチンコ機の紹介記事の中で取り上げることは当然予想されることであるから、いずれにせよ、被告平和は原告の顧客吸引力を利用するものである。
(ウ)被告らは、本件画像の本件パチンコ機における出現率の低さをもって顧客吸引力の利用はない旨主張するが、本件画像は大当たりについての予告を示すという極めて重大な役割を担っており、出現率の希少さと相まって本件パチンコ機の重要な構成部分となっていることから、顧客吸引力の利用を否定する理由とはならないというべきである。
エ 顧客吸引力自体の毀損
 原告は、ロック歌手としてデビューして以来一貫して、テレビ等のマスメディアへの露出は避け、ライブ活動やレコード・CDの発表という音楽家本来の芸能活動を地道に続け、原告のポリシーに合致しない芸能活動には出演依頼を断るという姿勢を貫いてきており、これにより、原告は、音楽に対して一途でストイックな音楽家であるとのイメージを築き、それを定着させてきた。しかしながら、パチンコ機という原告のイメージとは相反するものに、しかもコミカルで軽薄な雰囲気を持つキャラクターとして登場させられたことにより、原告が築き上げてきた一途でストイックな音楽家というイメージは大きく傷つけられ、原告の顧客吸引力は傷つけられた。
 さらに、被告平和は、本件人物絵を本件パチンコ機に用いていることを各種のパチンコ雑誌記者に広報することにより、本件パチンコ機の宣伝を行った。この行為も、原告の有するパブリシティ価値を自己の商品の宣伝のために潜用する行為であるから、原告のパブリシティ権を侵害する。
(被告らの主張)
 本件人物絵の本件パチンコ機への使用は、何ら原告のパブリシティ権を侵害するものではない。
ア 他人の氏名・肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かについては、他人の氏名・肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、その使用が他人の氏名・肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、専らその利用を目的とするものであるかどうかにより判断すべきである。
イ そもそも、本件人物絵は、原告が用いるステージ衣装等と若干の類似点はあるものの、原告を知る誰もが原告と識別できるほどに原告の特徴を捉えたものではない。すなわち、容貌については本件キャラクターはコミカルなやくざ風の容貌を有しており、原告の男らしい容貌とは大きく異なっている。次に、ステージ衣装についても、本件キャラクターは白いジャケットを地肌に着、両膝に達する長い赤いバスタオル又はマフラー状のものを肩にかけているように見えるが、原告とは白の上着の着こなし方、ズボンや靴の種類等の点において相違している。さらに、原告は常に赤いタオルを着用しているわけではなく、原告の用いるタオルには「E・YAZAWA」の文字があるのに、本件人物絵が着用しているバスタオル又はマフラー状のものには、このような文字は書かれていない。また、タオルを用いるのは原告に限らず、他のミュージシャンもこれを肩にかけて用いているし、白い服装も普遍的に用いられているものである。本件人物絵は、白いマイクスタンドに手をかけているが、白いマイクスタンドは他の著名な歌手等においても利用されている。
 以上によれば、本件人物絵は原告を表現するものということができないというべきであり、現に、被告平和においては本件人物絵を「マイク」と呼んでおり、本件画像をその写真を用いて紹介したパチンコ情報誌の中には、本件人物絵を「掃除人」あるいは「病人」と紹介するものもある。
ウ 本件パチンコ機は、人気お笑いタレントであるTIMをモチーフにゲーム性を構築したパチンコ機であり、TIMの芸風及び知名度等を顧客吸引力として利用しているものである。これに対して、本件画像は、本件パチンコ機中の中央液晶画面に表示される数あるアクション(リーチアクション、予告アクション、大当たりアクション等)のうちの一つである予告アクションのためのシチュエーションの一つとして、TIMの画像が舞台裏を移動して着替え室に到達するシチュエーションにおいて、通りすがりの脇役のうちの一パターンとして登場するに過ぎない。しかも、本件画像が本件パチンコ機の中央液晶画面に出現する確率は、八五六・四分の一(パチンコ盤面中央に存在する入賞ロに八五六個玉が入って本件画像が登場する。)と極めて小さく、平均的なパチンコ店において一台のパチンコ機に一日のうち二回程度しか登場しない。さらに、また出現時間も約〇・三秒と短く、しかも高速で動いているため、本件人物絵の正確な形態を認識するのは通常人には困難である。また、その大きさは中央液晶画面の約一〇分の一程度で中央付近に登場するわけではない。また、被告平和は、本件画像をパチンコ情報誌等に提供したことはないし、本件パチンコ機の広告・宣伝用のパンフレット等においても原告の氏名を用いていない。
 以上のような本件人物絵の使用日的、方法及び態様によれば、本件人物絵の本件パチンコ機への使用が、原告のパブリシティ権を侵害したとはいえない。
エ 被告平和が本件人物絵を本件パチンコ機に使用したことを各種のパチンコ雑誌記者に紹介したとの原告の主張は否認する。被告平和は、本件パチンコ機を展示室に置き、各種のパチンコ雑誌記者の撮影を許し、本件パチンコ機のパンフレット、販売促進用グッズ等を配布したが、本件画像はこの中には含まれていない。
(4)共同不法行為の成否(争点四)
(原告の主張)
ア 被告成通は、企業グループである成通グループの中核企業として同グループに所属する企業の業務全般を統括・運営する立場にあるところ、いずれも成通グループの構成企業である、有限会社ヨシエンタープライズが、同社が運営業務を行っているパチンコ店「スーパーハリウッド」(津山市)及び「スーパーハリウッド800」において、有限会社セン・エンタープライズが、同社が運営業務を行っているパチンコ店「スーパーハリウッド」(津山市)及び「スーパーハリウッド1000」において、東洋八興珠式会社が、同社が運営業務を行っているパチンコ店「ハリウッド東岡山」及び「ハリウッド」(岡山市)において、成通商事株式会社が、同社が運営業務を行っているパチンコ店「スーパーハリウッド」(倉敷市) において、それぞれ、本件パチンコ機を設置することを容認し、グループ所属企業が他人の権利を侵害することの内容に指揮監督すべき義務を怠り、被告平和と共同して原告のパブリシティ権侵害を行っている。
イ 被告ジェーパークは、企業グループであるジェーパーク・グループの中核企業として同グループに所属する企業の業務全般を統括・運営する立場にあるところ、ジェーパーク・グループの構成企業である株式会社山忠観光が、同社が運営業務を行っているパチンコ店「P・PARK松河戸店」において本件パチンコ機を設置することを容認し、所属企業が他人の権利を侵害することの内容に指揮監督すべき義務を怠り、被告平和と共同して原告のパブリシティ権侵害を行っている。
ウ 被告平和、被告成通及び被告ジェーパークを除く被告らは、いずれも本件パチンコ機が原告のパブリシティ権を侵害することを容易に知り得たにもかかわらず、その調査を怠り、経営するパチンコ遊技場等において、本件パチンコ機を設置し、顧客の遊興の具に供しており、被告平和との間で共同不法行為が成立する。
(被告らの主張)
 争点二についての被告の主張のとおり。原告の主張ア及びイの事実関係は否認し、被告平和と他の被告らとの間に共同不法行為が成立するとの主張は争う。
(5)謝罪広告の必要性・相当性(争点五)
(原告の主張)
 本件画像をパチンコ遊技という全国的に愛好者がいる大衆娯楽に用いられたことにより、原告のパブリシティ価値は大きく毀損された。したがって、このような侵害の態様や損害の性質からは、金銭賠償の方法によるよりは、むしろ特定的な救済が適切かつ合理的である。すなわち、本件においては、本件人物絵をパチンコ機に用いたのは原告の意思に基づくものではないことを、原告のファンはもとより国民一般に理解させることができれば、国民一般に生じた誤解を解消させることができ、本件画像により毀損されたパブリシティ価値を相当程度回復させることができる。そこで民法七二三条の類推適用により、被告平和に対し、謝罪広告を命じることが必要であり、かつ相当である。
(被告平和の主張)
 原告の上記主張は争う。
第三 当裁判所の判断
一 争点一について
 争点一について被告らが差止請求の対象となる原告の権利の侵害行為を行っているか否かは、実体的請求権の存否をめぐる本案の問題であり、当事者適格の問題ではないから、争点一についての被告の主張は失当である。
二 争点二について
 <証拠略>によれば、原告は、ファンからパチンコ機への出演を承諾したのかという失望のメールやレターが寄せられ、また、パチンコ情報誌においても本件画像を掲載し、本件人物絵に原告を意味する「YAOAWA」や「永ちゃん」という呼称を付しているものがあったことから、コミカルで軽薄な雰囲気を持つ本件人物絵を無断で本件パチンコ機に用いられたことにより、自らのイメージが傷つけられたと考え、被害の回復を図るとともに拡大を防止するため、謝罪広告と本件パチンコ機の使用の差止めを求めて本訴を提起したものと認められる。さらに、<証拠略>によれば、被告平和を除く被告の選定については、パチンコ店情報に関するインターネットサイトにおいて、本件パチンコ機の使用を認めているパチンコ店のうち経営主体の確認できるものを被告として選択したものであり、パチンコ店ではない被告成通においても、自らのホームページにおいて、パチンコ事業部門を有するグループ企業の代表企業であることをうたい、本件パチンコ機の使用を認めているパチンコ店をグループ店として表示しており、また同様にパチンコ店ではない被告ジェーパークも、自らのホームページにおいて、パチンコホールの業務受託及びホール経営コンサルタント業務を事業内容として掲げ、前記インターネットサイトにおいて本件パチンコ機の使用を認めているパチンコ店を自社のホームページ上において表示していることが認められる。
 そして、これらの事情に照らすと、原告が、自らの権利の救済を求める以外の目的をもって、根拠のないことの明らかな訴えを提起したものとは認めることはできず、他に本件訴えが訴権の濫用であることを認めるに足りる証拠はない。
三 争点三について
(1)いわゆるパブリシティ権について
 人は、氏名・肖像などの自己の同一性に関する情報を無断で商業目的の広告・宣伝あるいは商品・サービスに付して使用された場合には、人格的利益を害されるとともに、例えば当該個人が固有の社会的名声を有する有名人である場合のように、同人の同一性に関する情報に特別の顧客吸引力がある場合には、収益機会の喪失、希釈化、毀損などの経済的利益の侵害をも受けることから、無断使用の態様如何によって、人格権を根拠として、当該使用の差し止め、慰謝料、財産的損害の賠償請求、さちには信用回復措置などを求めることができるものと解される。原告がパブリシティ権と称しているのは、人格権に含まれる上記の顧客吸引力という経済的利益の利用をコントロールし得る法的地位を指すものと解される。
 しかしながら、実際に生じ得る個人の同一性に関する情報の使用の態様は千差万別であるから、権利侵害の成否及びその救済方法の検討に当たっては、人格権の支配権たる性格を過度に強調することなく、表現の自由や経済活動の自由などの対立利益をも考慮した個別的利益衡量が不可欠であり、使用された個人の同一性に関する情報の内容・性質 使用目的、使用態様、これにより個人に与える損害の程度等を総合的に勘案して判断する必要があるものと解される。
(2)本件における原告の権利侵害の有無
ア 本件画像中の人物絵と原告の肖像との類似性
(ア)本件画像は、楽屋裏の通路で、白い上着とズボンの男が、赤いタオルを肩にかけ、右手で地面を指さし、傾けた白いスタンドマイクを左手で持って、横を向いてポーズをとっている様子を描いたものである。本件画像中の人物絵は写実的に描かれておらず、いわゆる漫画絵に属するものであるが、前記のとおりの白い服装に赤いタオルという身なりやポーズは、原告の特徴を表していると言えなくもない。現に、本件人物絵は、被告平和の内部では「マイク」と呼ばれてはいたが、いずれもパチンコ情報誌である「パチンコ攻略マガジン」の平成一六年八月二二日号及び「パチンコ大攻略VOL32」は、本件パチンコ機を紹介する中で、本件画像を掲載した上、本件画像の人物に原告を意味する「永ちゃん」、あるいは「YAOAWA」という呼称を付している。さらに、本件パチンコ機には、本件人物絵と同様の役割を担い、被告平和の内部では「グラサン」、「怪獣」と呼称されている漫画絵(以下、それぞれ「グラサン」、「怪獣」という。)が使用されているところ、上記のパチンコ情報誌はこれらの浸画絵に、それぞれ「タ○リ」、「ガ○ャピン」あるいは「たもさん」、「ガチャピン」との呼称を付して紹介している。このように本件人物絵以外にも特定の人物あるいはキャラクターと受け取られる漫画絵を用いていることからすると、被告平和において、本件人物絵の制作にあたって原告の肖像のイメージがあったものと推認することができる。また、原告のファンから原告はパチンコ機への出演を承諾したのかという問い合わせのメールやレターが寄せられた。
(イ)しかしながら、白い服装でタオルを肩にかけ、スタンドマイクを傾けて持つポーズは、今日においては、ロック歌手のステージイメージとしては一般的なものであり、必ずしも原告に特有のものとは言えない。また、本件人物絵の顔は、容貌が細かく描写されておらず、画像のサイズが小さいこともあって、特定の人物を想起させるような特徴に乏しく、また、タオルや所持品にも原告の氏名やイニシャル等原告を表示するものは付されていない。パチンコ情報誌である「パチンコ勝」平成一六年九月号及び同誌一〇月号は、いずれも本件パチンコ機の紹介記事の中で、本件画像を掲載しつつ、本件人物絵に「病人」あるいは「掃除人」との呼称を付している。さらに同誌各号は、「グラサン」、「怪獣」について、「男女」、「ぬいぐるみ」あるいは「男女」、「着ぐるみ」と紹介している。このように、本件人物絵あるいは「グラサン」、「怪獣」と呼ばれる漫画絵は観るものにより異なる受け取られ方をしているということができる。さらに、その他の多数のパチンコ情報誌は、本件パチンコ機の紹介記事の中で、本件人物絵あるいは「グラサン」、「怪獣」を取り上げてもいないことから、これらの漫画絵自体の注目度は低いものと認められ、このことは類似性の程度を物語るものといえる。また、原告のファンから問い合わせがあったとの点についても、後記のとおり本件パチンコ機に実際に使われている画像自体から原告のファンが本件人物絵が原告であると判別することは著しく困難であると認められるから、前記のパチンコ情報誌の「YAOAWA」、「永ちゃん」の記載が影響を与えているものと見ることができる。
(ウ)以上によれば、被告平和が本件人物絵を制作するに当たって原告の肖像がイメージにあったものと推認されるところではあるが、既に述べたとおり、本件人物絵は客観的に見て、原告とある程度の類似性は有するものの、原告を知る者が容易に原告であると識別し得るほどの類似性を備えたものとはいい難い。
(エ)さらに、本件画像は、実際は、本件パチンコ機の液晶画面中の動画として使われているものであるが、その使われている状況は、本件パチンコ機のゲーム性構築のモチーフとなっているお笑い芸人のTIMの二人が、舞台裏の扉から入って着替え室までの通路を高速で走り抜ける際に、TIMの視点から見たすれ違う周囲の状況を描写するものとして使われており、本件人物絵の登場時間はわずかに〇・三秒であり、しかもすれ違うまで高速で動いているように見えるため、その正確な形状を認識することすら困難である。したがって、本件パチンコ機の実際の中央液晶画面において本件人物絵から原告であることを識別することは、およそ不可能に近いといわざるを得ない。
イ 本件パチンコ機における本件人物絵の位置づけ・使用態様等
(ア)本件パチンコ機は、人文字芸を得意とするお笑いタレントコンビであるTIMを題材としてパチンコ機のゲーム性を構築しており、名称の「CRあっ命]J」は、TIMの人文字芸からとったものであることは明らかであり、また、本件パチンコ機の盤面上には、同コンビのゴルゴ松本及びレッド吉田の容姿をデフォルメした漫画絵が多数描かれている。また、本件パチンコ機の盤面中央に配した液晶画面には、本件パチンコ機を作動させてリーチがかかった際、同コンビの漫画絵が持ちネタである人文字芸等を演じる各種映像が映るようになっている。
(イ)他方で、本件人物絵は、本件パチンコ機の中央液晶画面に表示される数あるアクションのうちの一つである予告アクションの一場面に、TIMが舞台裏から着替え室に走り抜ける際にすれ違う人物として登場するものであり、本件人物絵の登場する予告画面はスーパーリーチを確定し、ゴール確率を大幅に向上させる効果がある。本件パチンコ機の液晶画面に本件人物絵が登場するのは上記予告アクションに限られ、本件パチンコ機の盤面上や筐体にも本件人物絵は描かれていない。本件人物絵の登場する予告アクションが出現する確率は、八五六・四分の一、すなわち、本件パチンコ機の盤面中央に存在する入賞口に約八五六個パチンコ玉が入るごとに一回とされているところ、打ったパチンコ玉が入賞口に入るのは、概ね二五〇個に一五個程度とされていることからすると、平均的なパチンコ店においてパチンコ機が一日稼働した場合の平均的なパチンコ玉の打ち込み個数である三万個を前提とすると、二口のパチンコ機における出現頻度は一日に二回程度に過ぎないものである。また、本件人物絵は、中央液晶画面の右端に、液晶画面の約一〇分の一の大きさで登場し、本件人物絵の大きさの本件パチンコ機の本体面積に占める割合は〇・三パーセントである。さらに、既に述べたとおり、本件人物の登場時間は〇・三秒であり、高速で動いているように見えることからその形状を正確に把握することは著しく困難である。
ウ 被告平和のパチンコ情報誌に対する本件パチンコ機の情報提供
 被告平和は、本件パチンコ機をパチンコ情報誌の記者に取材させる際、その宣伝ルームにおいて見本機の撮影を許したほか、カタログ、販売促進用ビデオ、販売促進用グッズ等を配布したが、これらにおいては、TIMの写真、本件パチンコ機に用いるTIMの漫画絵、本件パチンコ機の盤面の写真、本件パチンコ機のロゴ等が主体となっており、本件人物絵の画像データは配付しなかった。被告平和は、パチンコ情報誌の記者に対して、各予告アクションに登場する人物絵等のデータ及び役割についての資料を交付しているが、その中でも本件人物絵は「マイク」と記載されており、画像データ等は付されていない。各雑誌の記者は、宣伝ルームにおいて見本機の写真及びビデオを撮影したが、本件画像の撮影に成功したパチンコ情報誌のうち三誌が前記のとおり本件人物絵を掲載し、本件画像の撮影に成功しなかった雑誌及び撮影に成功してもこれを重要でないものと判断した雑誌においては、これを掲載しなかった。
エ(ア) 以上の事実によれば以下の諸点を指摘することができる。@本件人物絵の制作において原告の肖像のイメージはあったものと推認されるが、本件人物絵は、客額的に見るとある程度原告を想起させるものではあるが、原告を知る者が容易に原告であると識別し得るほどの類似性を有しない。A本件人物絵は特に醜悪あるいは滑稽な描かれ方をしていない。B本件人物絵が本件パチンコ機の中央液晶画面に登場する頻度は極めて小さい上、その登場時間も一瞬であり、その大きさも小さいことからすると、本件パチンコ機の遊技者が本件人物絵の存在を認識すること自体困難であり、たとえ本件人物絵の存在自体を認識することができたとしても、それが何かを識別することはやはり困難である。C本件人物絵が中央液晶画面に登場するのは上記Bに限られ、そのほかに本件パチンコ機の盤面上や筐体には一切用いられていない。D本件パチンコ機は、その名称、ゲーム性の構築、盤面の装飾、中央液晶画面の映像、宣伝・広告の仕方からして、TIMの芸名、肖像及び芸風の有する知名度等の顧客吸引力を利用する商品であることは明白である。E被告平和は、パチンコ情報誌に対して、本件人物絵の画像データを提供していないし、人物絵の役割・データを説明する資料においても「マイク」という呼称を用いている。F本件人物の登場する予告アクションの場面はスーパーリーチを確定し、ゴール達成率の大幅向上を告げるものではあるが、数あるアクション中の一場面に過ぎず、場面の重要性と頻度からすると、この場面に登場する人物の知名度等が本件パチンコ機の顧客吸引力に大きな影響を及ぼすとは考えがたい。
(イ)そして、以上のような本件パチンコ機の内容、その中における本件人物絵の位置づけ及び使用の態様などからすると、被告平和は原告の顧客吸引力を用いる目的で本件パチンコ機に本件人物絵を使用したものとは認められず、また、現実にも原告の顧客吸引力の潜用あるいはその毀損が生じているとは認めがたい。人格的利益についても、本件においては、肖像権の対象となるような原告の容姿の写真、ビデオあるいは詳細な写実画が使用されたものではなく、使用された漫画絵である本件人物絵は、その制作に当たって原告の肖像のイメージはあったにせよ、原告との類似性はそれほど高くなく、またことさら醜悪あるいは滑稽に描かれておらず、さらにパチンコ遊技中の識別可能性に乏しいものであり、被告平和においても積極的に本件人物絵をパチンコ情報誌等に提供しているものではないことからすると、原告に対して法的な救済を必要とする人格的利益の侵害が生じているとは認められない。したがって、本件においては、原告に対する違法な権利侵害が生じていることを認めるに足りないというべきである。
四 結論
 以上によれば、原告の請求は、いずれも、そのほかの点について判断するまでもなく理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第45民事部
 裁判長裁判官 永野厚郎
 裁判官 西村康一郎
 裁判官 澁谷輝一


別紙 謝罪広告文案<略>
別紙 物件目録<略>
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