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【事件名】モバイルソフト事件A(2)
【年月日】平成16年8月31日
 東京高裁 平成16年(ネ)第836号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成14年(ワ)第18628号)
 (平成16年6月22日 口頭弁論終結)

判決
控訴人兼被控訴人(一審原告、以下単に「一審原告」という。) 株式会社エス・エス・アイ・トリスター
訴訟代理人弁護士 荻野明一
同 小林雅人
同 北澤尚登
被控訴人兼控訴人(一審被告、以下単に「一審被告」という。) ソースネクスト株式会社
訴訟代理人弁護士 藤勝辰博
同 村田珠美


主文
1 一審原告及び一審被告の本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は、一審原告の控訴に関する部分は一審原告の負担とし、一審被告の控訴に関する部分は一審被告の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 一審原告
(1) 原判決中、一審原告敗訴の部分を取り消す。
(2) 一審被告は、一審原告に対し、3億8882万7373円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、一、二審とも一審被告の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 一審被告
(1) 原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、一、二審とも一審原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 一審原告及び一審被告は、いずれもコンピュータソフトウェアの開発、販売、コンピュータ機器及び周辺装置の販売等を業とする会社である。
 本件は、一審被告が、一審原告の取引先に対し、@一審原告が販売を予定していた「携帯接楽7」という商品名のソフトウェア(以下「原告商品1」という。)の販売行為が一審被告の有する商標権(登録商標「常時接楽」、商標登録第4554771号)を侵害することになる旨を告げ、A一審原告が販売する「携帯万能8」という商品名のソフトウェア(以下「原告商品2」という。)の販売行為が一審被告の有する著作権を侵害する旨を告げた各行為が、いずれも不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為又は民法709条、710条所定の不法行為に該当するとして、一審原告が、一審被告に対し、損害賠償金の支払を求めている事案である。
 原判決は、@一審被告の登録商標「常時接楽」と原告商品1の商品名「携帯接楽7」とは類似していないから、一審被告の商標権を侵害していないとしながらも、原告商品1に係る一審被告の告知行為は、商標権に基づく権利行使の目的で行われた行為であり、不正競争行為には当たらないし、不法行為も構成しないとして、この行為に関する一審原告の請求は理由がないものとし、A原告商品2に係る一審被告の告知行為については、原告商品2の販売が一審被告の著作権の侵害にはならず、不正競争行為に当たるとして、一審原告が主張した損害のうち、無形損害の一部(500万円)と弁護士費用の一部(100万円)についてこれを認容した。
 本件は、一審原告と一審被告が、それぞれ自己の敗訴部分について控訴を提起したものである。
 なお、一審原告は、原審において、4億9915万7373円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めていたが、当審においては、原判決が認容した600万円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金のほか、3億8882万7373円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとして、請求を減縮している。
2 争いのない事実等及び当事者双方の主張は、以下3及び4に掲げるほか、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄及び「第3 争点及び当事者の主張」欄記載のとおりであるから、これを引用する(以下、原判決が「本件商標権」などと略称している用語については、そのまま原判決の用例に従って用いる。)。
3 当審における一審原告の主張
(1) 本件告知行為1の違法性について
 原判決は、原告商品1の商品名である原告標章(携帯接楽7)は、本件商標(常時接楽)と類似しないとしながら、一審被告による本件告知行為1は@一審被告が商標権の侵害があると判断したことには相応の根拠がある、A告知行為の態様・内容が社会通念上著しく不相当とはいえない、B告知行為の相手方が2社に限られていた、C告知行為の相手方が商標権侵害訴訟の相手方になることも想定できる立場にある、といった理由により、不正競争行為に該当しないとしたが、この判断は誤りである。
ア 商標権侵害の判断の相当性について
 一審被告が、原告標章が本件商標に類似すると判断したことの相当性については、一審被告に常時助言を行っていたA弁理士(以下「A弁理士」という。)の判断能力を基準として考えるべきである。
 A弁理士は、一審被告の代理人として、平成14年6月14日、「接楽」という商標の登録出願をしているが、その際、すでに同年3月28日に一審原告の親会社である株式会社エス・エス・アイが「携帯接楽」という商標の登録出願をしていたことを知っていたはずである。とすれば、A弁理士は、先願である「携帯接楽」と「接楽」とが非類似であり、両者の登録が両立すると認識していたことになるから、それらより類似性がより肯定され難い原告標章と本件商標についても類似しないことを認識していたものと考えるべきである。
 A弁理士は、一審被告の代理人として、平成14年10月3日、上記の「携帯接楽」の商標について、本件商標(常時接楽)と類似することを理由に異議の申立てをしているが、その手続の中で具体的な主張立証を全く行っておらず、このことは、A弁理士が、「携帯接楽」と「常時接楽」とが非類似(少なくとも非類似と判断される可能性がある)と認識していたことを示すものである。
 したがって、一審被告は、原告標章が本件商標と類似しないことを十分に認識していたにもかかわらず、あえて本件告知行為1に及んだものであり、その意図が正当な権利行使でなく一審原告に対する営業妨害にあったことは明白である。
イ 告知行為の態様・内容の相当性について
 原判決は、ソフトバンクコマース社とコンピュータウェーブ社に対する告知行為が一審原告に対する本件通知書の送付後に行われたことをもって行為の相当性の根拠の一つとしている。
 しかし、一審原告に対する本件通知書の発送日である平成14年6月15日は土曜日であり、上記2社に対する告知行為が行われたのは同月17日(月曜日)の午前中である。このことは、一審被告が、本件通知書の到達が同月17日になることを予測した上、一審原告に反論準備の機会を与えることなく、一方的に一審被告の主張を印象づけることによって告知先に先入観を植え付ける意図、すなわち営業妨害の意図を有していたことを端的に示すものである。
 また、告知行為の内容をなす原告標章と本件商標との類似性の主張は、前記アのとおり、一審被告の現実の認識に反するものであり、営業妨害の意図に基づくものであって、告知内容においても相当という余地はない。
ウ 告知行為の相手方について
 告知行為の相手方である2社は、いずれもソフトウェア流通業界有数の大手卸売業者であって、ソフトウェア卸売に係る市場占有率は合わせて約3分の2に達するのであり、この2社の小売店に対する影響力は絶大である。したがって、この2社の行動如何により、一審原告の信用が低下する可能性は十分に考えられ、その2社に対する告知行為は、多数の小売店に対する告知行為と同視できるほど重大な影響力をもつものであるから、社会通念上著しく不相当というべきである。
エ 告知行為の相手方の立場について
 原判決が、告知の相手方である2社が「告知に係る商標権侵害に関しては、当然に訴訟の相手方になることも想定できる立場」にある旨を述べているのは、「一審被告の告知行為は、前記2社に対して訴訟提起を受けるリスクを教示し、かかるリスク防止のため「携帯接楽」を取り扱わないよう忠告する目的でなされたものといい得る」という趣旨に理解できる。
 しかし、一審被告が営業妨害の意図で告知行為をしたことは明らかであり、しかも、販売業者が商標権侵害に基づいて大手卸売業者を相手取って訴訟を提起するという事態は想定し難いことを考慮すれば、一審被告が前記2社の利益を慮って忠告をしたなどとは到底考えられない。
(2) 損害について
ア 新たな損害の主張
 本件告知行為1による固有の損害として、原審において主張したもののほかに、次の損害を主張する。
 一審原告は、本件告知行為1によって原告商品1の販売を中止した結果、原告商品2を発売した平成14年7月27日までの間、原告商品1の販売機会を喪失してしまった。その期間中における同等の競争力を有する一審被告の「携快電話6」の販売利益の少なくとも半額は、原告商品1の販売中止により一審被告が得た利益であるから、これを一審原告の損害と推定することができ、その金額は1206万1895円である。
イ 主張の訂正
 原判決29頁3(2)の金額欄「172、770、900」を「130、245、900」に、小計(1〜4)の金額欄の「429、146、792」を「386、621、792」に訂正する。
ウ 一審原告主張の各損害は、十分立証されているというべきであるから、認められるべきである。
 なお、原判決は、ヨドバシカメラの原告商品2の販売拒絶による逸失利益について、因果関係が認められないとしたが、ヨドバシカメラによる販売拒絶の理由は、一審被告による告知行為以外には考えられないのであって、甲第7号証(Cの陳述書)における陳述が推測であるか否かを詮索するまでもなく、因果関係の存在は明白というべきである。
 また、原判決は、一審原告が原審において無形損害の算定基礎として主張した、@「携帯万能」以外のソフトウェアについてのヨドバシカメラの販売拒絶による逸失利益、Aバンドル取引(ハードウェアに組み込んでソフトウェアを販売する形態による取引)の不成立による逸失利益、について判断していない。
4 当審における一審被告の主張
 原判決は、一審原告が原告商品2を販売する行為は、一審被告が有する著作権の侵害とはならないとし、一審被告が一審原告の取引先に対して、原告商品2が一審被告の著作権を侵害している旨を告知したことは不正競争行為に当たるとして、一審原告の損害の一部を認めたが、これは誤りである。
(1) プログラムの著作権について
 原判決は、一審被告とAMI社との間の本件合意書において、ソースコードの著作権がAMI社に帰属することが定められているから、AMI社が携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて製作した原告商品2のプログラムは一審被告の著作権を侵害するものではないとする。
 しかし、携快電話シリーズは、一審被告が、莫大な投資をして、AMI社に製作を委託したソフトウェアである。このような一審被告の主力商品と同じ商品を販売する権利を無償でAMI社に認めることはあり得ない。
 本件合意書における「ソースコード」とは、ソフトウェアのエンジン部分(基礎操作性のある部分、汎用性のある部分で、他の種類のプログラムに使用・応用ができる部分)である。つまり、当該ソフトウェアのプログラムの一部の基本的なエンジン部分のみを指すものであり、一審被告は、その部分のみAMI社に権利を与えたのである。すなわち、一審被告は、AMI社との間のソフトウェア開発取引を終了した際、元々ハードウェアメーカーであったAMI社にとって、ハードウェアを動かすために必要なプログラムの権利が必要だったため、このプログラムのことを本件合意書において「ソースコード」と表記して、その権利をAMI社に認めたのである。
(2) データファイルの著作権について
 原判決は、携快電話6のプログラム部分とファイル部分を分けられるものとし、ファイル部分に著作物性を認めなかった。しかしながら、データファイルその他のファイルはプログラム部分と連動するのであり、いずれのファイルも著作権の対象となる。
 また、原審において主張したとおり、一審原告は、一審被告の業務に対する妨害行為の一環として、AMI社から携快電話6の著作権の二重譲渡を受けた背信的悪意者であるから、一審被告が権利を主張するために対抗要件は必要でない。
(3) 不正競争行為の成否について
 仮に原告商品2が一審被告の著作権を侵害していなかったとしても、一審被告の告知行為は、正当な行為として、不正競争行為及び不法行為にはならない。
 ヨドバシカメラは、一審被告の株主であったところ、一審原告、株式会社エス・エス・アイ、一審原告の代表者であったBらが、平成14年2月18日に証券取引所に上場予定であった一審被告の株式上場を妨害したため、同月15日に上場承認が取り消されてしまったため、ヨドバシカメラには大きな迷惑をかけることになった。そこで、一審被告は、平成14年7月に一審原告との間で本件著作権の問題を抱えた際、ヨドバシカメラに対し、一審被告の見解と、その後に執ろうとしている手続について予め説明をする必要があったために、原告商品2の著作権上の問題を告知したのである。
 また、原審において主張したとおり、一審被告が小売店に対して告知したのは、小売店からの照会に応じる形で、一審原告の文書によって生じた誤解を解消すべく説明をし、その中で一審被告の見解と主張を告知したに過ぎない。
 以上のような経緯からすれば、一審被告の告知行為をもって不正競争行為あるいは不法行為に当たるとはいえない。
(4) 一審原告の損害について
 小売店は、一審被告の主張だけでなく、一審原告の主張も聞いた上で、それぞれの立場で判断し対応したものであり、原告商品2の取扱いを止めた業者はいなかった。一審被告の告知行為によって、一審原告には何らの損害も生じていない。
第3 当裁判所の判断
1 商標権侵害に関する一審被告の告知行為について
 当裁判所も、一審原告の本件告知行為1に基づく損害賠償請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおり付加するほか、原判決の「第4 当裁判所の判断」の「1 商標権侵害に係る虚偽事実の告知流布行為の有無」における説示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決17頁11行目の「常時接続」を「常時接楽」に改める。)。
(1) 当審における一審原告の主張について
ア 商標権侵害の判断の相当性について
 甲第37号証、乙第5号証によれば、本件商標(常時接楽)は、一審被告が平成13年2月22日に商標登録出願をし、平成14年3月22日に登録されたこと、平成14年3月28日、株式会社エス・エス・アイが「携帯接楽」という商標について登録出願をしたこと(平成14年8月2日登録)、平成14年6月14日、一審被告が「接楽」という商標について登録出願をしたこと、本件商標(常時接楽)の指定商品と「携帯接楽」及び「接楽」の出願に係る指定商品とは、その一部を共通にするものであること、が認められる。
 一審原告は、一審被告(その代理人A弁理士)は、「接楽」の商標登録出願をした際、先願として「携帯接楽」の商標登録出願がされていることを知っていたはずであり、「接楽」と「携帯接楽」とが非類似であると認識して「接楽」の商標登録出願をしたものであるから、告知行為の当時、原告標章と本件商標についても類似しないことを認識していたものである旨主張する。
 しかしながら、一般に、登録出願した商標が必ずしもそのまま登録査定されるわけではなく、また、登録されても異議の申立てによって取り消され、あるいは無効とされることもある。一審被告は、すでに本件商標(常時接楽)登録を得ていたのであるから、「接楽」の商標登録出願をした際に、先願として「携帯接楽」の商標登録出願があることを知っていたとしても、その先願(携帯接楽)がそのまま登録査定され、あるいは有効なものであると考えていたとは限らないのであって、一審被告が「接楽」の商標登録出願をしたことをとらえて、「接楽」と「携帯接楽」とが非類似であると認識していたとか、告知行為の当時、原告標章と本件商標とが非類似であると認識していたことになる、あるいは認識していたはずであるとすることはできない。このことは、一審被告が、「携帯接楽」の商標に対する異議申立ての手続において、十分な主張立証活動をしたか否かによって、何ら異なるものでないことも明らかである。その他、本件において、一審被告が、告知行為の当時、原告標章と本件商標とが類似していないと認識していたことを窺わせるような証拠はない。
 当裁判所も、原判決が説示しているところと同一の理由により、原告標章は本件商標に類似しないと判断するものであるが、両者に共通する「接楽」という特徴のある造語が使用されていることに鑑みると、両者の類似性については微妙な点もあり、非類似であることが明白であるとは言い難いのであって、一審被告が、この共通部分の造語に着目し、原告標章が本件商標に類似すると考えて、原告商品1の販売が本件商標権を侵害すると判断したことには、相応の事実的、法律的根拠があったというべきである。
 したがって、この点の一審原告の主張は理由がない。
イ 告知行為の態様・内容の相当性について
 一審原告は、一審被告が、その到達が月曜日になることを予測して、土曜日に本件通知書を一審原告宛に発送した上で、月曜日に取引先に対し告知行為に及んでいることは、営業妨害の意図を有していたことを示すものである旨主張する。
 しかしながら、前記引用に係る原判決認定のとおり、一審被告のソフトバンクコマース社及びコンピュータウェーブ社に対する告知行為は、一審原告に本件通知書を送付したことや原告商品1の販売が本件商標権を侵害するなどその通知書の内容を説明したものであって、一審原告の上記2社に対する信用を毀損するなどの意図、目的によるものとは窺われず、本件通知書の一審原告への到達と上記告知行為が時間的に近接しているからといって、一審被告の上記告知行為が社会通念上相当性を欠いた態様のものであったということができないことはもとより、一審原告主張の本件通知書の到達時期等をもって、一審被告に、告知先に先入観を植え付ける意図があったとか、一審原告の営業を妨害する意図があったと認める根拠とすることができないことはいうまでもない。
 また、一審被告において、告知行為の当時、原告標章が本件商標に類似していないと認識していたといえないことは、前記(1)のとおりであり、これを認識していたはずであるという立論を前提に、営業妨害の意図に出たものであるとする一審原告の主張も採用することはできない。
ウ 告知行為の相手方について
 一審原告は、告知行為の相手方である2社は、ソフトウェア流通業界有数の大手卸売業者であって、その2社に対する告知行為は、多数の小売店に対する告知行為と同視できるほど重大な影響力をもつものであるから、社会通念上著しく不相当である旨主張する。
 しかしながら、告知の相手方が高い市場占有率を有する大手卸売業者であるからといって、当然に、それに対する告知行為が社会通念上著しく不相当であるということになるものではない。一審被告の告知行為が、不正競争行為あるいは不法行為に当たるか否かを判断するための要素の一つとして検討すべきなのは、その告知行為が、本件商標権の権利行使として社会通念上必要と認められる範囲を超える態様、内容のものであったかどうかであり、この点において、むしろ、一審被告の告知行為は、大手卸売業者2社に限定してされたものとして、その必要性に応じた範囲内のものであったということができるのである。
エ 告知行為の相手方の立場について
 仮に、原告商品1の販売が本件商標権を侵害するものであるとすれば、ソフトバンクコマース社とコンピュータウェーブ社が、卸売業者として原告商品1を取り扱うことは、一審被告の本件商標権を侵害することになるのであるから、一審被告が上記2社に対して、一審原告に本件通知書を送付したことや原告商品1の販売が本件商標権を侵害するなどその通知書の内容を説明することは、本件商標権の権利行使の一環として、その侵害について警告するという性質を有するものということができる。
 一審原告は、一審被告が上記2社の利益を慮って忠告するなど考えられないと主張するが、一審被告に上記2社の利益を慮る気持があるかどうかは、上記2社に対する告知行為が本件商標権の権利行使の一環としての性質を持つものであることを左右することにならないことは当然である。
(2) 以上のとおり、当審における一審原告の主張はいずれも理由がなく、結局、本件においては、@一審被告において、原告標章が本件商標に類似するものであり、原告商品1の販売が本件商標権を侵害すると判断したことには相応の事実的、法律的根拠があるということができること、A一審被告の告知の態様・内容が、本件商標権の権利行使として社会通念上必要と認められる範囲を超える態様、内容のものであったとはいえないこと、B告知の相手方は、本件商標権侵害の問題について、訴訟の相手方になることも想定できる立場の者であることなどの事情からすれば、一審被告のソフトバンクコマース社等に対する告知行為は、本件商標権の権利行使の一環として行われたものであると認められるのであるから、違法性を欠き、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為にも民法上の不法行為にも当たらないということができる。
2 著作権侵害に関する一審被告の告知行為について
 当裁判所も、原告商品2の販売が一審被告の著作権を侵害する旨告知した一審被告の告知行為は、不正競争行為に当たるものと判断する。その理由は、以下のとおり付加するほか、原判決の「第4 当裁判所の判断」の「2 著作権侵害に係る虚偽事実の告知流布行為の有無」における説示と同一であるから、これを引用する。
(1) 当審における一審被告の主張(1)ないし(3)について
ア プログラムの著作権について
 一審被告は、莫大な投資をして製作した主力商品と同じ商品を販売する権利を無償でAMI社に認めることはあり得ず、本件合意書における「ソースコード」とは、ソフトウェアのエンジン部分(基礎操作性のある部分、汎用性のある部分で、他の種類のプログラムに使用・応用ができる部分)のみを指す旨主張する。
 しかしながら、一般の用語例からすると、「ソースコード」とは、コンピュータが理解できる機械語に変換する前の、人間が理解できるプログラム言語で書かれたプログラムを意味するものであり、本件全証拠によっても、本件合意書における「ソースコード」が、合意当事者間において、一審被告の主張するような意味で用いられていると認めることができる証拠はないのであって、一審被告の上記主張は採用することができない。
イ データファイルの著作権について
 前記引用に係る原判決が認定説示しているとおり、携快電話6のデータファイルについては、一審被告がその著作権を有していないか(画像ファイル)、あるいは、その著作権を一審原告に対して対抗することができない(その他のデータファイル)ものである。
 一審被告は、データファイルその他のファイルはプログラム部分と連動するものであり、著作権の対象となると主張しているが、たとえ著作権の対象となるものであるとしても、それらは一審被告がAMI社から承継取得したものであるから、権利の移転登録を得ていない以上、二重譲受人である一審原告に対抗することができないことは明らかである。そして、本件全証拠を検討しても、一審原告が背信的悪意者に当たると認めるに足りる証拠はないから、この点に関する一審被告の主張は採用することができない。
ウ 不正競争行為の成否について
 一審被告は、ヨドバシカメラに対しては、ヨドバシカメラが株主であることなどから、一審被告の見解等を予め説明しておく必要があったためであり、その他の小売業者に対しては、その照会に応じる形で、一審原告の文書によって生じた誤解を解消するために説明したものであるから、不正競争行為あるいは不法行為に当たるとはいえない旨主張する。
 しかしながら、一審被告の主張する告知行為の動機、目的については、証拠上必ずしも明らかではないが、仮に、そのような動機や目的によるものであったとしても、原告商品2が一審被告の著作権を侵害するものでないにもかかわらず、一審原告の取引先に対して、原告商品2が一審被告の著作権を侵害しているとの虚偽の事実を告知したことに変わりはないのであり、一審被告において、その当時、原告商品2が自らの著作権を侵害すると判断したことに相応の事実的、法律的根拠があったとは認め難い本件においては、一審被告の告知行為が不正競争行為に当たらないとする理由とならないことは明らかである。
(2) 以上のとおり、当審における一審被告の主張はいずれも理由がなく、一審被告は、一審原告に対し、その告知行為(一審原告の取引先に対し、原告商品2の販売が一審被告の著作権を侵害する旨告知した行為)によって生じた一審原告の損害を賠償する義務を負うというべきである。
3 原告商品2の著作権侵害に関する告知行為による損害について
(1) 人件費
 一審原告が主張する人件費に係る損害については、当審においてもその具体的な内容についての明確な立証がなく、無形損害の算定に当たって考慮するのが相当である。その理由は、原判決の「第4 当裁判所の判断」の「3 損害額」「(1) 人件費について」における説示と同一であるから、これを引用する。
(2) 記者会見費用
 甲第54号証の1ないし4によれば、一審原告は、一審被告との間の本件商標権侵害の問題も含んだ一連の係争の経緯に関する記者会見の開催とその関連業務を有限会社セント・アンド・フォースに依頼し、平成15年3月27日、記者会見を行ったこと、同社に対し、その費用として75万3500円を支払ったことが認められる。
 しかしながら、後記(5)において引用する原判決認定のとおり、一審被告の告知行為後も、告知の相手方である取引先のほとんどは、原告商品2の取引を停止しなかったか、停止しても数日して取引を再開したというのであり(これは、一審原告の個別の説明活動によるところが大きいことが窺われる。)、その後、一審被告の告知行為のために、一審原告の信用低下が取引先一般に広まっていたと認めるに足りる証拠はない。そうすると、一審原告は、記者会見を開催した理由として、「取引先一般の信用回復のため」(原判決14頁(2)エ)と主張しているが(原審における原告準備書面(8)6頁には、「個別の説明活動によっては取引先の疑義を払拭することが困難であったことから、取引先一般の信用回復のため」と記載されている。)、その理由には首肯し難いものがあるといわなければならない。まして、一審被告の告知行為があってから半年を経過した平成15年3月になって(ちなみに本件訴えの提起は、平成14年8月28日である。)、一審被告の著作権侵害に関する告知行為による信用回復のための手段として、記者会見を開催する必要があったとは、通常認め難いのである。
 したがって、上記記者会見のための費用は、一審被告の告知行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(3) 広告費用
 一審原告は、当審において、「携帯万能8」の商品の広告費用に係る損害を立証するものとして、新たに証拠(甲第41号証、55号証、56号証。枝番号の記載は省略する。)を提出しているが、その広告の内容は、いずれも原告商品2の一般的な広告である。この点について、一審原告は、商品名変更の事実による原告商品2の消費者イメージの低下を防ぐために必要になった旨主張(原判決14頁(2)オ)する。そうすると、その商品名の変更(原告商品1の「携帯接楽7」を原告商品2の「携帯万能8」に変更)は、原告標章が本件商標権を侵害するとの告知行為に起因して行われた措置であり、原告商品2が一審被告の著作権を侵害するとの告知行為によるものではないから、かかる広告費用の支出と著作権侵害に関する告知行為との間には因果関係があるとはいえない。
(4) 逸失利益
 一審原告が主張するヨドバシカメラの原告商品2の販売拒絶による逸失利益の損害は認められない。その理由は、原判決の「第4 当裁判所の判断」の「3 損害額」「(3) 逸失利益について」における説示と同一であるから、これを引用する。
 一審原告は、当審において、推測であるか否かを詮索するまでもなく、因果関係の存在は明白というべきであると主張しているが、小売業者がいかなる商品を取り扱うかは、その小売業者の営業政策や営業戦略などとも関係するのであって、一審被告の虚偽事実の告知によって原告商品2の取引が拒絶されたというためには、単なる推測ではなく、これを具体的に裏付ける事実が立証される必要があることはいうまでもないから、一審原告の上記主張は採用できない。
(5) 無形損害及び弁護士費用
 一審被告の著作権侵害に関する告知行為によって一審原告が被った無形損害は500万円と認めるのが相当であり、また、一審被告の上記告知行為と相当因果関係のある弁護士費用としては100万円とするのが相当と判断する。その理由は、原判決の「第4 当裁判所の判断」の「3 損害額」「(4) 無形損害について」及び「(5) 弁護士費用」における説示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決26頁14行目の「数日後には」の前に「株式会社ノジマを除き、」を加え、同頁25行目及び27頁1行目の各「本件告知行為2」をいずれも「告知行為」に改める。)。
 なお、一審原告は、無形損害の算定基礎として、@「携帯万能」以外のソフトウェアについてのヨドバシカメラの販売拒絶による逸失利益、Aバンドル取引の不成立による逸失利益、を主張する。
 しかし、@について、甲第34、35号証(いずれもCの陳述書)には、ヨドバシカメラが「携帯万能」以外の一審原告の商品(ソフトウェア)についても取引の縮小又は拒絶をしている旨の記載があるが、前記と同様、それが一審被告の告知行為によるものであることを具体的に裏付ける記載はなく、他にその取引の縮小等と一審被告の告知行為との因果関係を的確に認めるに足りる証拠はない。また、Aについては、上記甲第34号証に、ハードウェアメーカーである東芝、NEC等から、「携帯万能」が係争中の商品であることを理由にバンドル販売を拒絶された旨記載されているように、バンドル取引が成立しなかったのは、原告商品2の著作権侵害の有無を巡って係争中であることが理由であって(本件においては、一審被告が著作権侵害を主張して争っていること自体が不正競争行為であるというものではない。)、一審被告の告知行為によって取引が成立しなかったというわけではないことが明らかである。したがって、一審原告主張の上記@及びAと一審被告の告知行為との間には因果関係が認められず、これを無形損害の算定基礎とすることはできない。
(6) 以上によれば、一審原告が一審被告の著作権侵害に関する告知行為によって被った損害は、600万円となる。
4 結論
 よって、以上と同旨の原判決は相当であって、一審原告及び一審被告の各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第3部
 裁判長裁判官 佐藤久夫
 裁判官 設樂驤
 裁判官 若林辰繁
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