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【事件名】ドキュメンタリー番組の制作報酬未払い事件(2)
【年月日】平成16年5月18日
 東京高裁 平成15年(ネ)第4395号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成12年(ワ)第25319号)
 (平成16年3月9日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 A
訴訟代理人弁護士 渡邊信
被控訴人 B
被控訴人 株式会社博宣インターナショナル
被控訴人 C
上記三名訴訟代理人弁護士 坂入高雄
同 篠島正幸


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴人が当審において追加した新請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、金2210万5995円及びこれに対する平成15年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
 本件は、被控訴人らが、控訴人に対し、合計5編のテレビ放送番組(以下「本件各作品」という。)の製作業務一般(以下「プロデューサー業務」ともいう。)を依頼したにもかかわらず、控訴人を中途で同業務から排除したり、報酬及び経費を支払わなかったりしたとして、また、被控訴人らが、控訴人が著作権を有する作品を、控訴人に無断で放送局をして放送させ、著作権を侵害したとして、控訴人が、被控訴人B(以下「被控訴人B」という。)については民法709条により、被控訴人株式会社博宣インターナショナル(以下「被控訴人会社」という。)及び被控訴人会社の代表取締役である被控訴人Cについては同法715条、709条により、それぞれ不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。控訴人は、また、当審において、被控訴人会社との関係では、控訴人と被控訴人会社との間に、本件各作品について、プロデューサ業務委任契約が成立したとして、同契約に基づく相当な報酬の支払を求める、との請求原因を追加した。
 被控訴人らは、原審において、本件各作品について、控訴人が主張するプロデューサー業務を依頼したことはない、調査を依頼した作品についての必要な経費はすべて支払った、控訴人が主張する著作権は成立していないなどと主張し、当審においては、控訴人による請求原因の追加が、原審の審理経過に照らし、禁反言ないし信義則に反するとして、その追加的変更を許さない旨の裁判を求めた。
 原判決は、控訴人の不法行為についての主張及び経費未払についての主張を認めず、控訴人が主張する著作権も成立しないとして、控訴人の請求をすべて棄却した。
 当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する(以下、当裁判所も、「D」、「E」、「本件作品1」ないし「本件作品5」の語を、原判決の用法に従って用いる。)。
1 控訴人が当審において追加した請求の原因
 被控訴人会社は、控訴人に対し、本件各作品について、その製作に関する調査及び準備作業を依頼し、控訴人は、この依頼を受けて、本件各作品の製作に必要な調査及び準備のための作業をなした。被控訴人会社は、その報酬の支払をしない。控訴人は、その製作プロデューサーという職業からすれば、被控訴人会社との間の契約が、プロデューサー業務の委任契約であろうと、その前の段階の調査準備作業の委任契約であろうと、被控訴人会社に対し、相当な報酬請求権を取得するのである。原判決は、被控訴人会社が、控訴人に対し、本件各作品について、番組製作のための事前調査及び準備作業を委任し、その費用ないし経費を支払ったことを認定しながら、法律上、当然に生じる相当な報酬請求権を無視している。
2 被控訴人らの当審における反論の要点
 控訴人は、原審において、弁護士を訴訟代理人として訴訟活動を遂行していたにもかかわらず、その請求原因に関する主張を二転三転させていた。原審は、控訴人に対し、再三再四、契約責任に関する主張をするかどうか釈明を求めていたにもかかわらず、控訴人は、あえて契約責任を主張せずに、不法行為責任のみを請求したのである。
 控訴人は、原判決によって不法行為責任を否定されるや否や、控訴審において契約責任を新たな請求原因として主張したものであり、このような控訴人の新たな請求原因の追加的な主張は、原審の審理経過に照らすと、禁反言ないしは信義則に反するというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、原審における控訴人の請求(不法行為に基づく請求)はすべて理由がないと判断する。その理由については、原判決の「第3 当裁判所の判断」を引用する。
2 控訴人は、当審において、控訴人と被控訴人会社との間の、本件各作品に関するプロデューサー業務の委任契約あるいはその前の段階の調査準備作業の委任契約に基づき、控訴人の製作プロデューサーという職業から法律上当然に報酬請求権が生じる、と主張する。
(1) 控訴審における新たな請求原因の追加について
 本件記録によれば、控訴人は、原審において、そこで行われた不法行為に基づく請求原因の主張が、契約責任に基づく主張と密接に関連するため、裁判所から、たびたび、契約責任を主張するか否かについて釈明するように求められたにもかかわらず、不法行為に基づく主張のみをし、契約責任については主張しない、と答えていたことが認められる。このような原審の審理経過に照らすと、控訴審における新たな請求原因の追加は、信義則に反するということも可能である。
 しかし、原審における不法行為に基づく請求原因の主張と、当審において追加された契約責任に基づく主張とは、もともと表裏一体の関係にあり、相互に密接に関連するものである(見方によっては、請求権発生の根拠となる事実としては同一のものを主張しつつ、発生する請求権についての法的見解を変えただけである、ということも可能である。当事者の任務は、事実を主張することであり、それに対する法的評価を下すのは、裁判所の専権である、との民事訴訟の原則に照らすと、見方によっては、控訴人は、上記事実を主張した以上、発生する法的性質については、単に意見を述べることが許されるだけである、とみることもできよう。)。そのため、原審においても、控訴人と被控訴人会社との間の契約に基づき報酬請求権が生じるかどうかとの争点も含めて審理がなされており(この争点に関し、多数の書証が提出された上で、本人尋問がなされている)、原判決も、控訴人と被控訴人会社との間の契約に基づき報酬請求権が生じるかどうかとの争点を、中心的な争点として判断した上で、それを不法行為についての判断として結論を下しているのである。そのため、当審において、控訴人が契約に基づく報酬請求権を新たな請求原因として追加することを認めたとしても、既に必要な審理はすべて終了しているため、著しく訴訟手続を遅滞させることにはならないことが明らかである。
 また、このような請求原因の追加的変更は、仮に、信義則に反することを理由にこれを許容しないとすれば、控訴人は、契約に基づく報酬請求権について、別訴を提起することが可能となるのであり、仮に、別訴が提起されるとすると、被控訴人らにとっては、再度、別訴における主張立証を余儀なくされることにもなりかねず、むしろ、結果的には、より過重な負担を強いられる結果となるおそれがある、ということも考慮する必要がある。
 以上からすれば、控訴人が、本件において、契約に基づく報酬請求権を請求原因として追加的に主張することは、信義則に反する事情があることを考慮しても、請求の基礎に変更がなく、これにより訴訟手続を遅滞させることとならないことが明らかであるものとして、認めることにするのが相当である(民訴法297条、143条)。
(2) プロデューサー業務の委任契約あるいはその前の段階の調査準備作業の委任契約に基づく報酬請求権について
 当裁判所は、控訴人の当審における新たな請求(契約に基づく報酬請求)は理由がないと判断する。その理由については、次のとおり付加するほかは、原判決の「第3 当裁判所の判断」を引用する。
 本件紛争に係る事実経過は、原判決の「第3 当裁判所の判断」、「1 事実認定」のとおりである。これによれば、控訴人が新たに追加した、契約に基づく報酬請求も、理由がないことが明らかである。
(ア) 本件作品1について
 控訴人は、被控訴人会社が、平成9年7月ころ控訴人に対し本件作品1のプロデューサー業務を委託したにもかかわらず、控訴人に対して報酬相当額を支払っていない、と主張する。
 しかし、本件作品1のための撮影は、平成10年9月ころ、将来撮影の機会を得られなくなるとの懸念から、具体的に放送番組が製作されるかどうか不確定のままに実施されたものであって、その後、テレビ局との間で同作品についての番組製作契約の締結に至らなかったものであり、このように発注元のテレビ局が決まらず、テレビ局から支払を受けられるかどうか、受けられるとしてその金額(製作予算)やテレビ局の希望する番組の具体的内容がどのようなものかが未確定の企画について、被控訴人会社が、同社に所属しない控訴人に対し、放送用の番組のプロデューサー業務を委託するとは通常考えられないことからすれば、被控訴人会社が本件作品1に関し控訴人が主張するようなプロデューサー業務を委託したと認めることはできない、というべきである。
 被控訴人会社が、控訴人に対し、本件作品1について、本件作品1製作のための調査、撮影許可取得及び美術品の撮影を委託したことは認められる。しかし、被控訴人会社がこれらの業務について控訴人に対し報酬の支払を約したとは、認めることができない。すなわち、@控訴人と被控訴人会社との間では、本件作品1については、上記報酬の支払の有無及び金額についての具体的な話合いは全くされていないこと、A控訴人のようなフリーのディレクターに対して企画の取材や調査を依頼する際には、被控訴人会社のような依頼した側が調査費用等をすべて負担し、その企画がテレビ局に採用されて番組製作が決まった場合には、その者もディレクターや共同プロデューサーなどとして採用される機会が与えられるものの、取材や調査自体に対する報酬は支払わないとする業界の慣行があること、B被控訴人会社は、番組製作契約締結に至るか否か未定の段階で、仮払金(本件作品1については800万円)を控訴人に交付し、控訴人は、仮払金を、自らの裁量で取材や調査に自由に使用していること、C仮に、テレビ局との間で最終的に番組製作契約の締結に至らない場合には、それらの費用は、被控訴人会社のみがその危険を負担するのに対し、仮に、番組製作契約が成立した場合には、控訴人には、多額の報酬を得られる可能性があるとの利点があること、を考慮すると、被控訴人会社の控訴人に対する本件作品1の調査その他の準備行為の委任契約についての報酬の合意は、そのような慣行に沿ったものであると認めるのが相当である。
(イ) 本件作品2について
 控訴人は、被控訴人らが、平成11年12月ころ控訴人に対し本件作品2のプロデューサー業務を委託をしたにもかかわらず、控訴人に対して報酬相当額を支払っていない、と主張する。
 しかし、@被控訴人Bは、平成11年12月末以降は、控訴人に連絡をすることはなかったこと、Aプーシキン美術館における、本件作品2のための再度の撮影許可を取得したのは、専らD及びEであること、B控訴人は、撮影許可の依頼をEらに伝えたことがあるとしても、プーシキン美術館における本件作品2の撮影に立ち会ったこともなく、テレビ局側との打合せにも、撮影済みテープの編集作業等にも一切関与していないこと、に照らすならば、反対の結論に導くよほど強力な証拠が存在しない限り、被控訴人会社が控訴人に対して本件作品2の製作を依頼したと認定することは到底できないというべきである。本件全証拠を検討しても、そのような証拠を見いだすことはできない。
(ウ) 本件作品3について
 控訴人は、被控訴人らが、平成10年7月ころ、控訴人に対し、本件作品3のプロデューサー業務を委託したにもかかわらず、控訴人に対して報酬相当額を支払わない、と主張する。
 しかし、@控訴人が本件作品3の企画に関与していた平成11年9月ころまでは、エルミタージュ美術館との撮影契約が締結されておらず、NHKと被控訴人会社との間でも、本件作品3についての番組製作契約を締結するかどうかは確定していなかったのであるから、そのような段階で、被控訴人会社が、被控訴人会社に所属しない控訴人に対し、放送用の番組のプロデューサー業務を委託するのは不自然であること、A控訴人は、エルミタージュ美術館から撮影許可が下り、番組製作が可能となった平成11年9月ころ以降は、撮影に立ち会ったことも、撮影済みテープの編集作業やNHK担当者との打合せに参加したことも一切ないこと、B控訴人は、被控訴人Bから「ロシアの家族はいま」の共同プロデューサーを委託された際には、製作を開始する前に、被控訴人Bとの間でプロデューサー報酬の支払及び金額について協議し、同作品については被控訴人会社から控訴人に対し、プロデューサーとしての報酬が支払われているのに対して、本件作品3については、両者の間で、そのような協議は一切なかったこと、からすれば、反対の結論に導くよほど強力な証拠が存在しない限り、被控訴人会社が控訴人に対し本件作品3についてのプロデューサー業務を委託したと認めることはできないというべきである。本件全証拠を検討しても、そのような証拠を見いだすことはできない。
 被控訴人会社が控訴人に対し本件作品3について、同作品製作のための調査及び撮影許可取得を委託したことは、認められる。しかし、被控訴人会社がこれらの業務について控訴人に対し報酬の支払を約したとは、認めることができない。すなわち、@控訴人と被控訴人会社との間では、本件作品3については、上記報酬の支払の有無及び金額についての具体的な話合いは全くされていないこと、A被控訴人会社は、仮払金(本件作品3については1230万円)を交付し、控訴人は、仮払金を、自らの裁量で取材や調査に自由に使用していること、B被控訴人会社は、テレビ局との間で最終的に番組製作契約の締結に至らない場合にはそれらの費用を一切回収できないという危険を負担しているのに対し、控訴人は、自らは何ら費用を負担せず、番組が成立した場合には多額の報酬を得られる可能性があったことからすれば、番組製作が未確定の段階における準備的な取材、調査活動については、そのための費用はすべて被控訴人会社が負担するのに対し、取材、調査に対する報酬は支払わないというのが業界の慣行であり、控訴人と被控訴人会社との合意もそのような慣行に沿ったものであるといって差し支えないこと、C控訴人が本件作品3に関して実際に行った業務は、数回ロシアに出張し、撮影許可取得のために関係者らと打合せをしたこと、D及びEらの調査結果を被控訴人会社に伝えたこと、仮払金の精算を行ったことなどであり、このような控訴人の活動のうち、ロシアへの出張及び関係者らとの打合せについては、当時、控訴人が共同プロデューサーとして「ロシアの家族はいま」の取材、撮影作業等のために、必要なものであったのであり、「ロシアの家族はいま」については控訴人にプロデューサー報酬が支払われていることからすれば、上記の控訴人の活動は、新たな報酬を生じさせるようなものとはいえないこと、からすれば、控訴人は、本件作品3の番組製作が決まる前に行う取材及び撮影許可取得の業務については、報酬が支払われないことを了解した上で被控訴人会社の委託を受け、当該業務を行ったと認めるのが相当である。
 報酬請求についての上記認定・判断は、被控訴人会社がNHKとの間で本件作品3の製作契約を締結した後、控訴人を製作スタッフから排除し、ディレクターないしプロデューサーとして採用しなかったとしても変わりはない。すなわち、被控訴人会社がテレビ局との間で番組製作契約を締結した場合に、番組製作の共同プロデューサーやディレクターとしてだれを採用するかは、被控訴人会社が、控訴人のような立場で番組の企画段階に関与した者を採用することが多いとしても、それは事実上のものであり、最終的には、テレビ局側の意向も尊重した上で決定する事項であって、被控訴人会社が、本件のような場合に、常に控訴人を製作スタッフとして採用する義務を負うものということまではできない。本件においては、Dが、本件作品3について、ロシアでの実質的な準備作業を担当し、平成11年9月ころには数回にわたるテレビ放送番組製作の経験を積んでいたこと、及び、NHK側が、Dを重視しており、控訴人は本件作品3のディレクターとして適切ではない、と考えていたこと(被告B本人尋問の結果)から、被控訴人会社としても、テレビ局側の意向を尊重し、本件作品3の製作スタッフとして、控訴人を採用せず、Dを採用する結果となったと認めることができるのである。控訴人と被控訴人会社との間の本件作品3のための調査及び準備作業の委任契約は、前記のとおり、仮払金について、控訴人に広範な裁量権を認めること、及び、控訴人が本件作品3の製作スタッフとなり、多額の報酬を得る事実上の可能性が高いことから、その報酬を支払わないとの慣行に沿った合意が成立していたものであり、この合意は、上記のような事情で控訴人が本件作品3の製作スタッフに採用されなかったとしても、製作スタッフとなる可能性が高いことが事実上のものであったことからすれば、影響を受けないものというべきである。
(エ) 本件作品4について
 控訴人は、平成11年6月ころ被控訴人会社が控訴人に対し本件作品4のプロデューサー業務を依頼した、と主張する。しかし、控訴人が、本件作品4の企画書を作成し、NHKに直接提出したことはあったものの、結局、同企画は採用されず、撮影も番組製作もされなかったのである。このような状況の下で、被控訴人会社が控訴人に対して本件作品4のプロデューサー業務を委託したとは、到底認めることができない。
(オ) 本件作品5について
 控訴人は、被控訴人会社が、控訴人に対して、本件作品5の企画、立案をし、企画書を作成するよう依頼した、と主張する。しかし、控訴人が、本件作品5の企画書を作成し、NHKに直接提出したことはあったものの、結局、同企画は採用されず、撮影も番組製作もされなかったのである。このような状況の下で、被控訴人会社が控訴人に対して本件作品5の企画、立案を依頼したとは、到底認めることができない。
3 以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかである。本訴請求中当審において追加した新請求を除く部分を棄却した原判決は相当であり、上記新請求も棄却を免れない。そこで、本件控訴及び上記新請求のいずれも棄却することとして、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所知的財産第3部(旧第6民事部)
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一
 裁判官 高瀬順久
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