判例全文 line
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【事件名】「週刊文春」の少年法違反事件(2)
【年月日】平成16年5月12日
 名古屋高裁 平成15年(ネ)第275号 損害賠償請求控訴事件
 (一審・名古屋地裁平成9年(ワ)第5034号
 /差戻前二審・名古屋高裁平成11年(ネ)第648号、平成12年(ネ)第24号
 /上告審・最高裁二小平成12年(受)第1335号)

判決


主文
1 原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 前項の部分につき被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求める裁判
1 控訴人
 主文と同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 差戻し前及び後の控訴審並びに上告審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
第2 事実関係
1 事案の概要
 本件は、被控訴人が控訴人に対し、控訴人が発行した週刊誌「週刊文春」に2回掲載された記事により、被控訴人の名誉を毀損され、プライバシーを侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償として100万円及びこれに対する不法行為日と主張する平成9年7月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ、第1審は、1回目の記事については不法行為の成立を否定し、2回目の記事について不法行為の成立を認め、損害賠償金30万円及びこれに対する遅延損害金の限度で被控訴人の請求を認容し、その余の請求を棄却したため、控訴人が敗訴部分につき控訴するとともに、被控訴人が附帯控訴し、控訴人に対し100万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めたが、差戻し前第2審は、控訴人の控訴及び被控訴人の附帯控訴をいずれも棄却したので、控訴人が上告し、上告審が上記の記事は被控訴人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害する内容を含むものとしても、同記事の掲載によって控訴人に不法行為が成立するか否かは、被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し、個別具体的に判断すべきものであるとし、更にこれらの審理を尽くさせるため、差戻し前第2審の判決中控訴人の敗訴部分を破棄し、同部分につき当裁判所に差し戻した事案である。
2 争いのない事実等(掲記の証拠で認定するほかは、当事者間に争いがない。)
(1) 被控訴人は、昭和50年10月23日、大阪市a区で7人兄弟の第4子として生まれ、極貧の家庭で育ち、幼いころから万引き等を繰り返していたが、平成元年ころ、母親がいわゆる蒸発し、中学2年生のとき、窃盗で補導されて教護院に入院し、中学卒業後、さらに窃盗の罪を重ね、平成2年8月初等少年院に入院し、同少年院入院中の平成3年9月、父親と死別し、同月、同少年院を仮退院して、父親が勤務していた運輸会社に就職したものの、短期間で辞め、職を転々としていたが、さらに、非行を繰り返し、平成4年10月に窃盗、恐喝、傷害、道路交通法違反等の非行により中等少年院に入院し、この間、女性と同棲し、同少年院入院中の平成4年に、同女性との間に男子をもうけ、平成5年9月に同少年院を仮退院後、市内でパチンコ店店員、鉄筋工をして稼働し、平成6年5月同女性と婚姻してその子供を認知したが、その後ホストクラブに勤めて他の女性とも交遊し、夫婦関係がうまくいかなかったことから、同年8月離婚した。また、被控訴人は、暴力団関係者とも交遊していた(甲18、乙5ないし8)。
(2)ア 被控訴人は、平成7年1月18日、後記大阪事件等の被疑者として逮捕され、同年4月28日、A(以下「A」という。)を被害者とする傷害、殺人事件(木曽川事件)、B(以下「B」という。)を被害者とする監禁、強盗致傷事件(長良川事件)、C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)を各被害者とする各監禁、強盗殺人事件(長良川事件)で、名古屋地方裁判所に起訴され、また、被控訴人は、同年6月8日、E(以下「E」という。)を被害者とする殺人、死体遺棄事件(大阪事件)で、大阪地方裁判所に起訴された。
イ 被控訴人は、名古屋地方裁判所に係属した木曽川・長良川事件の平成7年における第2回公判で、殺意、共謀の点を否認していたが、平成10年5月の公判で、上記の点についていずれも概ね認めるに至った(乙10の1ないし3、弁論の全趣旨)。
ウ 被控訴人は、平成13年7月9日、名古屋地方裁判所において、以下の大阪、木曽川、長良川各刑事事件につき、以下のような罪となるべき事実を認定されて殺人罪、死体遺棄罪、傷害致死罪、監禁罪、強盗致傷罪、強盗殺人罪により無期懲役の刑を言い渡されたが、被控訴人及び検察官の双方が控訴し、現在、名古屋高等裁判所において上記刑事裁判の控訴審が係属中である。(甲18、乙5ないし8)
(ア) 大阪事件
 被控訴人(当時18歳)は、平成6年9月28日午前3時過ぎころ、当時19歳の甲とともに、大阪市内の路上を通行中のE(当時26歳)ほか1名に言い掛かりをつけて、Eを被控訴人らの溜まり場である同市内マンションの一室に連れ込んだ上、暴行を加えて飯場で稼働させようとしたが、不首尾に終わったことから、いずれも当時19歳の甲、乙及び18歳の丙と共謀の上、同日午後7時30分ころ、同部屋でうつ伏せになっていたEの頸部に革のベルトを掛けて巻き付け、その頸部を絞め付けて、同日午後8時前ころ、同所において、同人を窒息死させて殺害した。さらに、被控訴人は、甲、乙、丙及び暴力団組員であるFと共謀の上、同日午後10時ころ、同部屋で、Eの死体を布団で包んでガムテープで固定するなどし、翌29日午前5時ころ、F、甲及び丙の3名において、その死体を高知県安芸郡b町の山中に運んで、これを遺棄した。
(イ) 木曽川事件
 被控訴人(当時18歳)は、いずれも当時19歳の甲、乙、丁及び戊と共謀の上、平成6年10月6日午後7時40分ころから長時間にわたって、愛知県稲沢市内で、Aに対し、頭部、顔面等をビール瓶、ほうきの柄等で殴打するなどの暴行を加え、次いで、同県中島郡c町のd駐車場まで同人を自動車に乗せて連行し、翌7日午前零時ころ、同駐車場で、同人に対し、頭部を殴打し、腹部を足蹴するなどの暴行を加え、さらに、同日午前2時30分ころ、同県尾西市の木曽川左岸堤防上で、頭部、背部をカーボン製パイプで殴打する暴行を加えて、堤防上から堤防下まで転がり落とし、同所河川敷の雑木林内まで同人を移動させて放置した。
 このように、被控訴人及び前記少年4名は、順次共謀の上、上記一連の暴行により、Aに対し、自力による起居動作を不可能ならしめる瀕死の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、硬膜下血腫、内臓の損傷又は全身打撲による外傷性ショックのいずれかにより同人を死亡するに至らせた。
(ウ) 長良川事件
a 被控訴人(当時18歳)は、当時19歳の甲、乙、20歳の己及び21歳の庚、16歳の辛と共謀の上、B(当時20歳)を自動車内に監禁した上、金品を強取しようと企て、平成6年10月7日午後10時ころ、愛知県稲沢市のe駐車場において、普通乗用自動車の後部座席に同人を乗車させて発進させ、そのころから翌8日午前8時30分ころまでの間、同駐車場から同県江南市のf駐車場、岐阜県養老郡g町のh駐車場、同県安八郡i町の長良川右岸堤防等を経て、大阪市j区の路上に至るまで、同車を疾走させるなどして、同人を同車内から脱出不能な状態において不法に監禁した。
 そして、被控訴人らは、Bに対し、同月7日午後10時ころ、e駐車場から江南市に向けて走行中の同車内で、顔面を殴打し、「財布を見せろ」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧した上、同人の財布から2000円を抜き取って強取し、同日午後10時30分ころ、f駐車場に停車中の同車内で、顔面を数回足蹴し、さらに、翌8日午前2時30分ころ、愛知県一宮市k町のサークルK「m店」駐車場に停車中の同車内で、顔面等を数回足蹴にし、頭部を金属製パイプで数回殴打するなどの暴行を加え、さらにまた、同所から大阪市に向けて走行中の同車内において、反抗を抑圧された状態にあった同人に対し、「財布を出せ」と申し向けて脅迫し、同人から現金約1000円及び財布1個を強取し、その際、上記一連の暴行により、同人に全治約1週間を要する頭部外傷等の傷害を負わせた。
b 被控訴人(当時18歳)は、いずれも当時19歳の甲、乙と共謀の上、C(当時20歳)及びD(当時19歳)を自動車内に監禁して金品を強取しようと企て、同月7日午後10時ころ、e駐車場において、普通乗用自動車後部座席に上記両名を乗車させて発進させ、そのころから翌8日午前1時ころまでの間、同駐車場からf駐車場、h駐車場等を経て、岐阜県安八郡i町の長良川右岸堤防まで同車を疾走させるなどして、上記両名を同車内から脱出不能な状態において不法に監禁した。
 被控訴人らは、同月7日午後10時ころ、e駐車場から江南市に向けて走行中の同車内で、反抗抑圧状態にあったC及びDに対し、「財布出せ」などと申し向けて脅迫し、Cから現金約8000円を抜き取って強取した上、同日午後10時30分ころ、f駐車場に駐車中の同車内で、Dの顔面を手拳で殴打する暴行を加えるなどした後、上記両名を殺害することを決意し、共謀の上、翌8日午前1時ころ、前記長良川右岸堤防東側河川敷等において、上記両名に対し、アルミニウム製角パイプ等で、頭部、背部等を多数回殴打するなどして、上記両名を、いずれも多発損傷に基づく組織間出血による失血により死亡させて殺害した。
(3) 控訴人は、図書及び雑誌の出版等を目的する株式会社であり、「週刊文春」と題する週刊誌を発行している。
(4) 控訴人は、平成9年7月17日発売の同月24日号の「週刊文春」誌上に、犯人の氏名は記載せずに長良川事件等に関する記事(前記事案の概要の1回目の記事)を掲載し、さらに、同月31日発売の同年8月7日号の「週刊文春」(以下「本件週刊誌」という。)誌上に、原判決(別紙二)のとおり、「『少年犯』残虐」「法廷メモ独占公開」などという表題の下に、事件の被害者の両親の思いと法廷傍聴記等を中心とした長良川事件に関する記事(前記事案の概要の2回目の記事)を掲載した。この2回目の記事では、被控訴人について「I」という仮名を用い、犯行当時少年であることが記載されており、また「法廷で着替えて主役を気取る」、「犯人少年には全く反省がない」、「Gさんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」など、被控訴人の法廷での様子、犯行態様の一部、経歴や交友関係等も記載されている(乙2、以下「本件記事」という。)。なお、被控訴人の年齢は、本件犯行当時18歳であり、本件記事が本件週刊誌に掲載された当時は21歳である。
3 争点
(1) 名誉毀損の違法性阻却事由について
(控訴人の主張)
ア 本件記事は、犯罪に関するものであり、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的で掲載、発行されていて、その内容は次のとおり真実であるから違法性がない。
 控訴人には、被控訴人の刑事法廷における態度その他外部に現れるところからしか「反省」の事実の存否を窺うことができないところ、被控訴人が被害者の遺族に謝罪の手紙を出していないこと、公判開始以来少なくとも約3年間共謀と殺意を完全に否定していたことなど、外部に現れる資料を総合判断し、被害者の父親であるGの談話を引用して、「法廷で着替えて主役を気取る」、「犯人少年には全く反省がない」、「Gさんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」との記事を掲載した。したがって、「全く反省がない」というのは、これらの諸般の事実に基づくフェアコメントであり、「やったことへの反省はなく」というDの父親の談話を引用したものであって、本件記事は真実である。
イ 仮に、本件記事の記載内容に真実でない部分があったとしても、控訴人は、上記各記事を起訴状(乙6、7)や冒頭陳述書(乙5、9)に基づいて記載しており、真実であると信ずるについて相当な理由があったので、やはり違法性を欠く。
(被控訴人の主張)
ア 公共性
 事件報道は、@犯罪事実そのものを報道する部分と、Aその犯人が誰かを特定する情報(犯人特定情報)に関する部分に分けられる。
 @については、市民が民主的自治を行う上でも知る必要があると考えられ、公共の利害に関する事実に該当するが、Aについては、被控訴人のように、犯行時少年だった場合には、少年法61条が「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」と規定して推知報道を禁止している趣旨を考慮して、その公共性を判断しなければならない。
 少年事件の報道において、犯人特定情報を明らかにすることは、少年に否定的な社会的烙印を刻み込むことになり、少年をその地域社会から排斥して少年の社会的関係を切断してしまうとともに、少年自身にも否定的な自己観念を植え付けることになってしまい、非行の克服と社会復帰することを妨げてしまうものであって、子どもの成長発達権を侵害することとなる。
 少年の特性を考慮すると、その生活する地域社会における本人推知可能な報道が少年の自立更生や社会復帰を妨げる弊害は重大で深刻である。
 しかるところ、本件記事中には、被控訴人の実名そのものは記載されていないものの、実名をもじった実名類似仮名が使用されている上、事件の背景にならないような、被控訴人の経歴や交友関係が詳細に記載されているものであって、犯人特定情報に関する部分が含まれている。
 したがって、本件記事中犯人特定情報が掲載されている部分に関しては、公共の利害に関する事実とは認められないと解すべきである。
イ 公益目的
 本件記事は、被害者のコメントを引用する体裁をとりながらも、小見出しでは「奴らが更生するのは可能か」、「本人に更生の意思などない」として(なお、前者は第1回目の記事である。)、被控訴人本人に対する人格攻撃を行っている。
 また、本件記事の執筆者は、本件記事が事件の事実関係とその背景の解明等にあるのではなく、被控訴人本人に対する戒めであることを自ら明らかにしており、本件記事の真の意図は被控訴人の個人攻撃である。
 さらに、控訴人は、本件記事を掲載するについて、被控訴人の実名を用いることは少年法61条により禁止されているが、完全な仮名にすれば、被控訴人に対する社会的制裁の目的を達することができないため、わざわざ当時の実名をもじり、被控訴人を暗示する実名類似仮名を用いるとともに、被控訴人の経歴や交友関係を詳細に記載したのであって、被控訴人を特定ないし推知させる報道を意図的に行い、被控訴人個人に対する社会的制裁を企図したものである。
 したがって、本件記事の執筆に当たって「専ら公益を図る目的」があったとは到底いえない。
 なお、本件記事の真の目的は、事件に関する正確な事実を報道することではなく、控訴人の編集方針として、加害少年に甘いとされる少年法を批判するために、控訴人にとって都合のよい被害者の発言だけを恣意的に使用し、単に重大な少年事件をセンセーショナルに取り上げ、加害少年を非難して、罪を犯した者に対する偏見や差別意識や処罰感情を抱きやすい一般の読者に迎合し、その関心を誘い、週刊誌の売上を増やすという、専ら営利目的である。
ウ 真実性及び相当性
(ア) 本件記事に記載されている事実関係については、その真実性を確認
するための基本的な裏付け取材は一切されていない。
(イ) 本件記事の執筆者は、一度も本件刑事裁判の公判を傍聴しないのに、第2回公判について「筆者も傍聴した」との虚偽の記載をしている。
(ウ) 本件記事の大見出しには、「法廷で着替えて主役を気取る」と記載され、その下の本文中には、「Iなど途中、休廷の間に服を着替え、再登場」との記載がある。これらの記載は、被控訴人の更生の意思や更生の可能性について否定的な社会的評価を受ける事情となるもので、その名誉を毀損する重要な事実の摘示に該当するところ、実際の刑事裁判で、勾留中の被告人が法廷に出頭する場合に、着替用の衣服を余分に持参したり、休廷中に着替えをすることは許されず、あり得ないことであるから、虚偽である。
 また、「犯人少年には全く反省がない」、「Gさんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」との記載は、被控訴人が、平成7年9月以降、被害者に詫びたい気持ちから、月1回住職の諭しを受けていて、平成9年3月からはキリスト教の説教を受け、被害者の冥福を祈って反省していることに照らし、虚偽である。
(エ) 本件記事の執筆者は、本件刑事裁判の公判を一度も傍聴せず、他の記者に依頼して検察官の冒頭陳述書の写しを入手し、本件刑事事件の被害者であるDの両親と共犯者の親族を訪問取材したにとどまるもので、控訴人の営利主義の方針にしたがって、最小限の労力で極めて安直に記事を執筆するという姿勢であり、社会に事実を正確に伝える真摯な努力を全くしていない。
(オ) したがって、本件記事の真実性ないし相当性は認めるべきではない。
(2) プライバシー侵害の違法性阻却事由について
(控訴人の主張)
ア 本件記事が本件週刊誌に掲載された当時の被控訴人の年齢、社会的地位
前記争いのない事実等(1)、(2)、(4)のとおりである。
イ 犯罪行為の内容
 前記争いのない事実等(2)ウのとおりである。
ウ 公表により被控訴人のプライバシー情報が伝達される範囲と被控訴人が被る具体的被害の程度
 被控訴人は中学2年で教護院に入院し、その後も平成2年に初等少年院、平成4年に中等少年院にそれぞれ入院し、平成5年に同少年院を仮退院したもので、通常の教育機関に通学する機会を失し、そこで形成される人間関係を持つことができず、その後パチンコ店やホストクラブでの勤務、暴力団関係者との交遊等から、一定の知り合いはできたとしても、所詮少数雑多にすぎず、これらの交際が深まれば深まるほど健全な一般市民からは遠ざけられ、札付きの不良として狭い人間関係しか持てなかったものである。そして、暴力団等で知り合った連中は、被控訴人の悪性を知り尽くし、本件犯行のごときは、日ならずしてそれら悪友の知るところとなったはずであり、その後も口コミあるいは新聞記事から、場合によっては刑事法廷の傍聴から、詳細に知り、微に入り細を穿った情報を共有したものと考えられる。そうすると、本件記事により被控訴人が社会的に復帰した後の更生の妨げになる可能性が抽象的にあるとしても、具体的な蓋然性は極めて低いというべきであるから、そのことをもって控訴人に対する損害賠償請求の根拠とすることはできない。
 本件においては、記事公表により被控訴人のプライバシー情報が伝達された範囲は限りなくゼロに近く、被控訴人に特記すべき具体的被害があったとは想定し難い。
エ 本件記事の目的、意義
 少年事件の凶悪化、残忍化はまことに恐るべき様相を呈しており、実態の究明はまず行うべきことの一つであり、国民は当然知る権利を有するものであって、本件記事はこのような真摯な目的の下に書かれた、かなり先駆的な業績である。
 少年犯罪あるいは非行少年に対して、社会は甘くはなく、甘やかすことも良いことではない。社会の公器として信用のある雑誌に本件のような記事を掲載し、真摯に犯罪少年に対して、反省を求めることは非難に値しない。
オ 公表時の社会的状況
 いずれも少年犯罪である平成5年1月13日の山形マット殺人事件と平成9年5月27日の神戸市l区の殺人事件の間である平成6年10月に発生した本件は、バブル経済の崩壊、政財界を蔽う不祥事の続発により社会の基本を不安視・疑問視する国民の視線が厳しさを増し、教育や家庭に問題があるのではないかという批判と反省も強くなり、社会全体が深刻な反省期に入った状況下において、少年犯罪の凶悪化と低年齢化を憂える風潮が強まるさなかの出来事である。そして、その後も上記神戸の殺人事件を経て、凶悪化、若年化の傾向は収まりを見せず、今や12歳前後の非行少年の憂うべき実態が国民を愕かせている。このような少年非行問題の行方は多くの国民の強い関心事となっており、本件記事は比較的早い時期に少年非行問題の重要性に着目した執筆者のHと週刊文春編集部の意気が投合して生まれたものである。
カ 本件記事公表の必要性
 少年犯罪の凶悪化、残忍化を続ける様相のもとで、その現実を直視することなしには適切な政策的、立法的対応は望み得ないのであるから、本件のような凶悪・無残な犯罪容疑者の場合、そのプライバシーは社会の正当な関心事となり、国民が知る権利を有する事項に当たるものである。
キ 事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する事情
 上記のとおり、被控訴人のプライバシー情報が伝達される範囲が限られており、事実公表により被控訴人が被る不利益が殆ど想定し難い程度でしかなく、かつ少年事件報道の重要性(社会の正当な関心事、国民の知る権利)から想到すれば、事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとはいえない。
 地方裁判所で無期懲役の刑を言い渡され今後も長期にわたり拘束が続く筈の被控訴人が、「どこに行っても後ろ指を指されたり、更生の意欲を失ってしまったり、一生を台無しにしてしまったりする被害」と言っても、それは強盗殺人(2件)と殺人(1件)及び強盗致死(1件)により自ら招いた結果であって、本件記事との因果関係はない。
(被控訴人の主張)
ア 本件記事が本件週刊誌に掲載された当時の被控訴人の年齢、社会的地位
 被控訴人の年齢は、本件非行当時は18歳で、本件記事が本件週刊誌に掲載された当時は21歳であった。
 被控訴人の社会的地位は、公務員などの権力者ではなく、全く権力をもたない無職の若者であり、当時、身柄拘束を受けている刑事被告人であった。
イ 当該犯罪行為の内容について
 起訴された犯罪行為の内容は、概要次のようなものであった。
 被控訴人は、他の少年らと共に、平成6年9月28日未明から翌29日にかけて、Eに対し、暴行を加えて飯場で稼働させようとしたが不首尾に終わったことから、首を絞めて殺害し、遺体を高知県内に遺棄した(大阪事件)。
 また、被控訴人は、他の少年らと共に、平成6年10月6日夜から翌7日にかけて、Aに対し、暴行を加えて瀕死の重傷を負わせ、硬膜下血腫、内臓の損傷、又は全身打撲による外傷性ショックのいずれかにより死亡するに至らせた(木曽川事件)。
 さらに、被控訴人は、他の少年らと共に、平成6年10月7日夜から翌8日にかけて、B、C及びDを自動車内に監禁して他の場所へ連行し、同車内で金品を強取した上、Bには傷害を負わせただけで解放したが、C及びDを殺害した(長良川事件)。
ウ 公表により被控訴人のプライバシー情報が伝達される範囲と被控訴人が被る具体的被害の程度
 本件記事が掲載された「週刊文春」は、全国どこの書店でも売店でも買える著名な週刊誌であり、発行部数85万部で大量に販売されているほか、比較的多くの病院や銀行、理美容院などにも置かれており、発行部数以上に世間に対する影響力のある週刊誌であるから、被控訴人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲は、少なくとも日本の全域である。
 また、実名とは異なる仮名を用いていても、本人が特定されてしまう場合においては、当該報道をされた者が犯罪者としてのらく印を押されることにより、将来における社会復帰に支障を生ずる。特に、少年は、一般に成人と比して交友関係が狭いため知己の数も少なく、また、見ず知らずの土地に単身で赴いて生活していくまでの勇気が持てないため、再び地元に戻ることが多い。事件に関して本人推知報道がされていた場合、地元に戻った少年にとって、地元は文字通り針のむしろとなり、少年の更生の意欲をそぎ、挫折感を持ちやすくなるのであって、その被る具体的被害の程度も大きい。
エ 本件記事の目的、意義
 本件記事の目的や意義は、その執筆者が述べているような「事件の事実関係とその背景の詳述」にあるのではない。
 本件記事の執筆者は、被控訴人に対する制裁的な意図があったことを自ら認めている。また、本件記事は、被害者側のコメントを引用する体裁をとりながらも、太字(ゴシック体)で「奴らが更生するのは可能か」「本人に更生の意思はない」という小見出しを付けており(なお前者は第1回目の記事である。)、さらに、本件記事には「法廷で着替えて主役を気取る」などという見出しとともに、「Iなど途中、休廷の間に服を着替え、再登場。」という記載もあるところ、本件記事の執筆者は、公判の傍聴さえしないで、本件記事を書き、被控訴人に対して「更生の意思などない」と断定して非難する記事を書いているものであって、本件記事はセンセーショナルに被控訴人に対する「偏見」を煽るものである。
 なお、実名が推測できそうな仮名を用いたのは、少年法61条では実名報道が禁止されているために、それを潜脱するために敢えて全く関係のない仮名を用いることを避けたのである。
オ 公表時の社会的状況
 本件記事の公表時において、被控訴人は身柄拘束を受けていて刑事裁判を受けていたものであり、逃亡中ではないから、事件の内容はともかく、被控訴人本人を特定する情報を公表する社会的必要性は全くなかった。
 また、本件記事は、その公表時において、少年法61条の規定に違反するものと考えられていた。
カ 本件記事公表の必要性
 本件記事において、事件の内容を公表する必要性はあったが、被控訴人本人を特定する情報を公表する必要性はなかった。
キ 事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する事情
 被控訴人は、本件非行当時18歳で、本件記事の掲載当時は21歳であって、全くの権力を持たない無職の若者で、身柄拘束中の刑事被告人であった。当該犯罪行為の内容は非常に残虐なものであり、通常の犯罪行為とは比べものにならないほどこれらの犯罪行為に関与した事実は他人にみだりに知られたくないものであった。これらの情報が伝達されるのは少なくとも日本全域であり、具体的被害としては、これにより被控訴人はどこに行っても後ろ指を指されるに違いなく、更生の意欲を失ってしまい一生を台無しにしてしまうことにある。
 これに対し、本件記事の目的や意義は、控訴人の少年に対する制裁的意図に基づいて、いたずらに怒りや偏見を煽り、最終的に営利目的を達成するものであり、言論の自由市場を支え自己統治に奉仕するという表現の自由の名の下に保護されるべきものではない。被控訴人は公表当時身柄拘束を受けて刑事裁判を受けていたものであって、被控訴人本人を特定する情報を公表する社会的必要性は全くなかった。
 したがって、被控訴人が本件プライバシー情報を公表されない法的利益はこれを公表する理由に比べてはるかに大きく、プライバシー侵害による不法行為の違法性は阻却されないことは明らかである。
(3) 成長発達権の侵害について
(被控訴人の主張)
ア 基本的人権の発展的性格
 子どもも一人の人間として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する権利を有し、最大限に保障されることはいうまでもなく、成人の場合に比して、次の特有の問題が存在している。
 第1には、子どもであるが故に権利が制限される側面の問題であり、第2には、子どもであるが故に特別な配慮をもってより手厚く保障すべき諸権利が認められるという側面の問題である。
 特に上記第2の側面は、その理論的発展がめざましく、1989年に成立した国連子どもの権利条約において結実したといえる。
イ 子どもの権利条約に至るまでの子ども観の理論的発展
 子どもの権利条約の源は、その前文においても言及されているとおり、1959年国連「子どもの権利宣言」(児童の権利に関する宣言)、さらには、1924年国際連盟の「児童の権利に関するジュネーブ宣言」にまで遡り、ジュネーブ宣言では、子どもの生存と身体的および精神的発達に必要な手段が与えられることの保障を謳っていた。
 1959年「子どもの権利宣言」は、「人類は、子どもに対して最善のものを与える義務を負っている」としたジュネーブ宣言を継承し、子どもが享有する権利に関する10原則を謳っていた。
 子どもの権利条約は、この1959年「子どもの権利宣言」を発展的に継承し、さらに具体的な権利を定めたうえ、子どもを保護の客体する「子ども観」から、自ら権利を行使することができる主体と見る「子ども観」への転換を促している。
 これらの宣言及び条約、条約前文において言及されている世界人権宣言、国際人権規約において一貫して認められているのは、子どもの生存と成長発達の保障である。子どもの権利条約6条2項の「締約国は、子どもの生存及び発達を可能なかぎり最大限に確保する」という規定は、子どもに発達の権利があることの国家への反射だと考えるべきであるから、同項を根拠として、子どもの成長発達権を認めることができるのであり、子どもは発達の権利を行使することのできる主体、すなわち、成長発達権の享有主体ととらえられる。
ウ 成長発達権の根拠
 成長発達権は、子どもの権利条約6条による保障を踏まえて、憲法13条、同25条及び同26条によって保障されていると解すべきである。 そして、少年法61条は、憲法上の根拠を有する子どもの成長発達権を保護することを目的とした規定であるが、その成長発達権を創設・付与した規定ではなく、子どもの成長発達権を確認・具体化した規定であると解すべきであり、少年の権利と表現の自由とを衡量した結果として、少年事件の推知報道を定型的かつ一律に禁止した規定である。
 したがって、当該報道が「推知報道」であると認められる限りにおいて、少年の成長発達権を侵害して違法となるのである。
エ 本件報道により被控訴人の成長発達権が侵害されていること
 本件記事の一般読者の中には、被控訴人であることを推知できた者が多数存在する可能性があり、それは被控訴人と面識があるか、被控訴人のことを知っているものである。そうすると、本件報道によって、被控訴人とそれらの者との間の人間関係が阻害されたり破壊される可能性があるので、被控訴人にとっては、身近な人たちとの関係の阻害・破壊であるからこそ、被控訴人と面識がない一般読者に対して被控訴人に関する記事であると知られるよりも、その被害は甚大である。
 したがって、本件報道により、被控訴人の成長発達権が侵害されたと解すべきである。
(控訴人の主張)
 被控訴人の成長発達権の侵害を理由とする損害賠償請求に関する主張は、時機に後れた攻撃防御方法であるから、却下されるべきである。
(4) 被控訴人の慰謝料額はいくらが相当か。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないものと判断するが、その理由は次のとおりである。
1 本件記事は、被控訴人の名誉を毀損し、プライバシーを侵害する内容を含むものであるが、本件記事の掲載によって控訴人に対し不法行為が成立するか否かは、被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し、個別具体的に判断する必要がある。そして、民事上の不法行為たる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るものである場合において、摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があるとき、又は真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは、違法性が阻却され、不法行為は成立しないというべきであるから、これらの点を個別具体的に検討することとなる。また、プライバシーの侵害については、当該プライバシーを有する側のその事実を公表されない法的利益とこれを公表する側の公表する理由とを比較衡量し、後者が前者に優越する場合には違法性が阻却され、不法行為は成立しないというべきであるから、本件記事が本件週刊誌に掲載された当時の被控訴人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被控訴人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被控訴人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を比較衡量して検討する。
2 名誉毀損の違法性阻却事由について
(1) 公共性及び公益目的
ア 本件記事は、犯罪(特に本件は、前記争いのない事実等(2)ウによれば、凶悪かつ残虐で重大な犯罪というほかはない。)に関するものであり、一般社会における正当な関心事というべきものであるから、公共の利害に関する事実であり、専ら公益を図る目的で掲載、発行されたものということができる。
イ この点について、被控訴人は、犯罪事実そのものを報道する部分は公共の利害に関する事実に該当するが、犯人特定情報に関する部分は、犯行時少年であった本件においては、少年法61条の趣旨を考慮して、市民の知る必要があると考えられる正当な関心事であるとはいえず、公共の利害に関する事実ではないとすべきである旨主張する。
 しかしながら、公共の利害に関する事実とは、その事実を公衆に知らせ、これに対する批判や評価の資料とすることが公共の利益増進に役立つと認められるものであって、私人の私生活上の行状であっても、社会への影響力の程度によって公共的な観点から必要な批判ないし評価の一資料となり、公共の利害に関する事実にあたる場合があり、その当否は、摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきものであると解されるところ、本件のような凶悪かつ残忍で重大な犯罪事実及びこれに関連する事実は、客観的に見て社会への影響力が大であり、一般市民において関心を抱くことがもっともな事柄であると考えられるから、まさに公共の利害に関する事実というべきであり、犯人特定情報についても、本件においては犯行時少年であったため、少年法61条による報道の制限があり得ることは別論として(なお、本件記事が少年法61条に違反するものでないことは、本件の上告審が判断しているところである。)、犯人が犯行時に少年であったことをもって、直ちに公共の利害に関する事実であることが否定されるものではない。
 したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
ウ また、被控訴人は、本件記事は、被控訴人に対する人格攻撃を行い、実名類似仮名を用いて、被控訴人を特定ないし推知させる報道を意図的に行ったものであるから、公益目的がない旨主張する。
 しかしながら、犯罪に関する事実や裁判の経過に関する事実は、上記のとおり公共の利害に関する事実であるから、これについての記事等も、特段の事情のない限り、公益目的の存在が推認されるところ、本件記事は、「『少年犯』残虐」、「法廷メモ独占公開」「わが子を殺された両親が綴った700日の涙の記録」等の大見出しの下に、少年法の現状に疑問を提起し、被控訴人の刑事裁判を傍聴した被害者の両親の傍聴記録を中心に、子を殺された両親の心情及びその両親から見た被控訴人の公判廷における態度、長良川事件に関する犯罪事実等を記載しているもので、本件記事の構成及び内容からすれば、本件記事について、執筆態度に著しく真摯性を欠くとか私怨を晴らしたり私利私欲を追及する意図があったことを窺わせるような特段の事情も見当たらないから、本件記事は公益を図る目的に出たものと認めるのが相当である。
 なお、被控訴人が被控訴人に対する人格攻撃の現れとして指摘する「奴らが更生するのは可能か」、「本人に更生の意思などない」との小見出しについては、控訴人が本件犯罪事実及び刑事裁判の傍聴を続けた被害者の両親の判断、印象等を基に当該見出しとして表現したものであって、本件犯罪はわずか11日間に敢行した被害者合計5名に対する殺人、強盗殺人、強盗致傷等(いずれも起訴罪名)を内容とする重大犯罪であることや、法廷における被控訴人の態度等に関する被害者の両親の記述に照らして、その表現のみから被控訴人に対する不当な人格攻撃にわたるものと評価することはできない。
 さらに、本件記事において、実名類似仮名が用いられ、被控訴人と面識があり、又は犯人情報あるいは被控訴人の履歴情報を知る者が、その知識を手がかりに本件記事が被控訴人に関する記事であると推知する可能性を否定することはできないとしても、本件記事には不特定多数の一般人においてその犯人が被控訴人であると特定するに足りる事実の記載は見当らない上、本件記事の構成、内容が上記のとおりであることに照らすと、控訴人において被控訴人を特定ないし推知させる報道を意図的に行ったものと評価することもできない。
 したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
エ さらにまた、被控訴人は、本件記事の真の報道目的は、事件に関する正確な事実を報道することではなく、単に重大な少年事件をセンセーショナルに取り上げ、加害少年を非難して、罪を犯した者に対する偏見や差別意識や処罰感情を抱きやすい一般の読者に迎合して、その関心を誘い、週刊誌の売上を増やすという、専ら営利目的によるものである旨主張する。
 しかしながら、乙2及び証人Hの証言によれば、本件記事の主要な目的は、少年法の現状に疑問を提起し、少年犯罪の被害者家族の心情を広く世の中に伝えることであり、法廷を傍聴した事件の被害者の両親の手記を中心に記載されているものと認められるのであって、その記載内容に加害少年を非難する部分があるのは、凶悪、残虐な重大犯罪に対する出版社の論評として是認し得るところといえる。したがって、本件記事に加害少年を非難する部分があることなどから、同記事が不当に一般の読者の関心を誘って週刊誌の売上を増やすという専ら営利目的のために掲載されたものであるということはできない。
 また、被控訴人は、本件記事は少年法を批判するために控訴人にとって都合のよい被害者側の発言だけを恣意的に使用している旨主張する。
 しかしながら、本件記事の主要な目的は、上記のように少年法の現状に疑問を提起し、少年犯罪の被害者の両親の心情を公表するものであるから、その内容が主として被害者側の発言によって構成されるのはむしろ当然であって、これを控訴人による恣意的なものなどということはできない。
 したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 真実性及び相当性について
ア 前記争いのない事実等(2)によれば、本件記事のうち、犯罪行為にかかわる部分については、真実であるかあるいは控訴人が真実であると信ずるについて相当の理由があると認めることができる。
イ もっとも、本件記事には本件犯罪事実自体にかかわるものだけではなく、その刑事裁判の公判廷における被控訴人の態度等に関する部分も含まれており、その中に、「筆者も傍聴した」、「Iなど途中、休廷の間に服を着替え、再登場、主役気取り」などの記述も見られるところ、証人Hの証言によれば、本件記事の執筆者である同Hは、上記刑事裁判の法廷を一度も傍聴したことがなく、法廷記者から入手した冒頭陳述書の写しや法廷傍聴を続けていた事件の被害者の両親から入手した傍聴メモ等に基づいて、本件記事を執筆したことが認められるのであるから、同記事中、上記の筆者傍聴の点は真実ではなく、また、上記の法廷における着替えの点も、通常の刑事裁判において被告人が着替えをするということは容易に考え難いことであって、事実に反する部分が含まれている疑いがある。
 しかしながら、前記(第3の2(1)エ)のとおり、本件記事の主要な目的は、少年犯罪の被害者家族の心情を広く世に中の伝えることであり、本件記事は法廷を傍聴した事件の被害者の両親の手記を中心に記載されているものであることにかんがみると、上記「筆者も傍聴した」の部分が主要な事実についての虚偽記載であるとはいえず、また、上記「Iなど途中、休廷の間に服を着替え、再登場、主役気取り」の部分も、事件の被害者の両親が取材を受けた際に、被控訴人の法廷における態度について、反省の様子がなく、主役気取りに見えた旨述べたことを基に、執筆者が記載したものである(証人Hの証言)ことからすれば、これをもって本件記事の主要な事実について虚偽を記載したものと評価することはできない。
ウ さらに、本件記事の中には、被控訴人が指摘するように「犯人少年には全く反省がない」、「Gさんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」との記載部分も見られるが、証拠(乙10の1ないし3、乙11)によれば、被控訴人を含む被告人ら3名は、平成7年の刑事裁判の第2回公判で、殺意、共謀の事実を否認している(なお、平成10年5月の公判に至ってようやく被控訴人を含む2名の被告人がこれらを概ね認める陳述をしている。)こと及び事件の被害者の両親は、少年Kの場合とは異なり、被控訴人から謝罪の手紙を受け取っていないこと、被害者の両親が法廷で被控訴人を見た際には、主役を気取っている、反省していないと感じて、その感情を執筆者Hから取材を受けた際に述べたことが認められるから、上記記事の記載内容は真実であるか、控訴人において真実と信じるについて相当の理由があるというべきである。
(3) 以上によれば、控訴人の被控訴人に対する名誉毀損については、違法性が阻却されるというべきであり、不法行為は成立しない。
3 プライバシー侵害の違法性阻却事由について
(1) 本件記事が本件週刊誌に掲載された当時の被控訴人の年齢、社会的地位は、前記第2の2(1)、(2)及び(4)記載のとおりである。
(2) 犯罪行為の内容は、前記第2の2(2)ウ記載のとおりである。
(3) 本件記事により被控訴人のプライバシー情報が伝達される範囲と被控訴人が被る具体的被害の程度
 上記(1)、(2)のような被控訴人の社会的地位、年齢や本件犯罪行為の内容等に照らすと、本件記事が被控訴人に関するものと推知されるプライバシー情報として伝達される範囲は、主に生育地における知人、友人、少年院等で知り合った者、暴力団関係者等と考えられ、その範囲は限定的であるということができ、また、本件記事により将来被控訴人がその更生を妨げられる一般的な可能性を否定することはできないものの、本件犯罪は凶悪かつ残虐で重大な犯罪であり、本件記事公表時に既に刑事被告人として身柄を拘束されていた被控訴人が今後も短期間で社会復帰することは予想し難いことからすれば、被控訴人の年齢が本件犯行時18歳、本件記事掲載時21歳であることを考慮に入れても、本件記事により被控訴人の被る具体的被害は、通常の一般社会人に比して小さいものと推認できる。
(4) 本件記事の目的、意義
 証拠(乙2、3、証人H)によれば、本件記事は、前記(第3の2の(1)ウ、エ)のとおり、少年法改正の議論が起こった状況下で、凶悪、残虐で重大な事件を公表し、少年犯罪の被害者家族の心情を広く世間に伝えるとともに、犯罪少年に対する反省の機会を与えることであったものと認められる。
(5) 公表時の社会的状況
 弁論の全趣旨によれば、本件記事の公表当時、本件事件前に発生した山形マット殺人事件、本件事件後に発生した神戸市l区の殺人事件等により、少年犯罪の凶悪化と低年齢化が社会問題となり、少年法の改正が論議されていた。なお、本件記事公表後の平成12年12月には少年法が改正され、刑事処分が可能な年齢が「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げられたほか、16歳以上の少年が故意の犯罪で被害者を死亡させた場合は原則として検察官に送致されることになり、起訴後は少年であっても成人と同様、公開の刑事裁判を受けるようになった。
(6) 本件記事公表の必要性
 本件記事のうち、犯罪にかかわる部分は、前記(第2の2(2))のとおり、少年による凶悪かつ残虐で重大な犯罪であり、その犯罪内容は社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであって、本件犯罪行為及び犯罪に至る経緯はもちろん、犯人の経歴等も含め、これらを公表することに社会的な意義を認め得るというべきである。そして、本件犯罪行為における社会に対する影響力を考慮すると、被控訴人の行動に対する批判ないし論評の一資料として、被控訴人はこれら犯罪事実等が公表されることを受忍しなければならず、本件記事により将来の被控訴人の更生に妨げとなる可能性を否定できないとしても、本件記事の公表の必要性は認めざるを得ない。
(7) 事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する事情
 以上のとおり、本件記事が被控訴人に関するものと推知されるプライバシー情報として伝達される範囲が限られるとともに、その伝達により被る被控訴人の具体的被害は比較的小さいものと推認されること、本件犯罪行為の内容が極めて凶悪かつ残虐で重大であること、本件記事は主に少年犯罪に対する被害者の両親の心情を記載したものであるところ、本件記事公表時の社会的状況も少年犯罪に対する国民の関心が高まっていたこと、本件記事が国民の正当な関心事であってその目的、意義に合理性があり、公表の必要性を是認し得ることなど、本件記事を公表する理由を考慮すると、被控訴人について本件記事を公表されない法的利益は認められるものの、前者が後者に優越すると解するのが相当である。
(8) したがって、控訴人の被控訴人に対するプライバシー侵害についても、違法性が阻却され、不法行為は成立しないというべきである。
4 被控訴人は当審において成長発達権の侵害による不法行為の成立を主張する。
 しかしながら、本件は、平成9年12月27日に訴え提起され、3回の口頭弁論期日を経て、平成11年6月30日に第1審判決が言い渡され、平成11年7月13日、控訴人が控訴し、平成12年1月11日、被控訴人が附帯控訴して、3回の口頭弁論期日を経た後、同年6月29日に差戻し前第2審判決が言い渡され、同年7月11日、控訴人が上告を提起し、同月13日、上告受理申立をし、平成14年12月20日、上告事件については棄却決定がされたものの、平成15年3月14日、上告受理事件については差し戻し前第2審判決中控訴人の敗訴部分が破棄され、同項の部分につき名古屋高等裁判所に差し戻す旨の判決がなされ、当審に係属したものであるところ、以上の審理経過において、被控訴人は、差し戻し前第2審の口頭弁論終結時までは、成長発達権の侵害そのものを理由とする不法行為の成立に関する主張をしていなかったことが記録上明らかであり、同主張をしなかったことにつき、民事訴訟法157条1項所定の事由があるものというべきであるので、これを時機に後れた攻撃防御方法としてこれを却下することとする。
第4 結論
 以上のとおり、原判決中控訴人の敗訴部分にかかる被控訴人の請求は理由がないから、同部分を取り消した上、同請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所民事第2部
 裁判長裁判官 熊田士朗
 裁判官 川添利賢
 裁判官 玉越義雄は、転官のため署名押印することができない。

裁判長裁判官 熊田士朗
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