判例全文 line
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【事件名】ヤマダvsコジマ 不当表示事件
【年月日】平成16年5月7日
 前橋地裁 平成14年(ワ)第565号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙表示店舗一覧表(略)記載の各店舗その他の店舗において、別紙表示目録記載(1)ないし(3)の各表示若しくはこれと同趣旨の文言を店舗外壁に表示し、又は、上記文言を表示した掲示物を貼付ないし設置し、その他上記文言を使用した広告を実施してはならない。
2 被告は、別紙表示店舗一覧表(略)記載番号1の店舗の壁面から別紙表示目録記載(1)の表示を抹消せよ。
3 被告は、別紙表示店舗一覧表(略)記載番号2ないし38の各店舗に貼付してある別紙表示目録記載(2)又は(3)の表示のあるポスターを撤去して廃棄せよ。
4 被告は、原告に対し、1億9636万3895円及びこれに対する平成14年12月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告は、原告に対し、別紙謝罪広告目録(略)記載の謝罪文を同目録(略)記載の要領で同目録(略)記載の各新聞に掲載せよ。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告の実施した各表示が違法な不当表示に当たるとともにその実施が不正競争に当たり、それが原告に対する営業妨害及び名誉毀損になるとして、被告に対し、不正競争防止法(平成15年法律第46号による改正前のもの。以下同じ。)4条又は民法709条に基づき、損害賠償金及び上記各表示の大部分が撤去された後である平成14年12月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、不正競争防止法3条に基づき、上記各表示の実施の停止、その媒体の廃棄等を求め、さらに、同法7条に基づき、謝罪広告を求める事案である。
1 争いのない事実等(後掲証拠により認定した事実のほかは、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告及び被告は、いずれも家庭用電化製品販売業の大手であり、全国に販売店を有する株式会社である。
(2) 被告の表示実施状況
ア 被告は、平成14年10月19日ころから、千葉県柏市大山台1丁目10番所在のコジマNEW柏店(別紙表示店舗一覧表(略)記載番号1の店舗)の入口上部の店舗壁面に白字で「ヤマダさんより安くします!!」と大きく表示し始めた(以下、この表示を「本件表示A」という。)(甲1)。
イ また、被告は、遅くとも平成14年11月11日から、別紙表示店舗一覧表(略)記載の各店舗のうち同表の表示欄に「安くします」との記載のある各店舗において、「当店はヤマダさんよりお安くします」と大きく表示したポスターを店内に貼付し始めた(以下、この表示を「本件表示B」という。)。
ウ さらに、被告は、遅くとも平成14年11月11日から、別紙表示店舗一覧表(略)記載の各店舗のうち同表の表示欄に「安くしてます」との記載のある各店舗において、「当店はヤマダさんよりお安くしてます」と大きく表示したポスターを店内に貼付し始めた(以下、この表示を「本件表示C」という。また、本件表示A、本件表示B及び本件表示Cを併せて「本件各表示」という。)。
エ 本件表示B及び本件表示Cには、「※万一、調査もれがありましたら、お知らせ下さい。お安くします。」及び「※但し、処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせて頂きます。」との各記載が併記されていた(乙1の1、2)。
オ 被告は、コジマNEW柏店以外の別紙表示店舗一覧表(略)記載の各店舗においては、平成14年12月15日までに本件表示B又は本件表示Cをすべて撤去し、それ以降、本件表示B又は本件表示Cの掲示は行っていない。
 他方、被告は、コジマNEW柏店においては、本件表示Bについて、いったん撤去したもののその後再び掲示をしており、また、本件表示Aについては撤去していない。
2 争点
(1) 本訴の提起が訴権の濫用に該当するか。
【被告の主張】
 本件は、本来、互いに激しい価格競争を行っているライバル家電量販店間における自由競争の範囲内の問題である。原告は、そのような問題を無理やり法律問題として構成することを試み、裁判所を利用して競争を有利に展開しようとして本件訴訟を提起したのである。原告は、本件提訴に合わせて、提訴の事実を報じるようマスメディアに積極的に働き掛けたことがうかがわれるが、このことも自己の競争を有利に展開するため、あるいは原告の話題作りのために、司法制度を利用しようとする原告の姿勢を表している。本件は、何ら法律違反の問題を生ぜしめるものではなく、業者間の自由競争の問題であるから、上記のような原告による不当な試みが容認されるべきものではない。
 したがって、本訴の提起は訴権の濫用に当たるから、本件訴えは不適法として却下を免れない。
【原告の主張】
 本件各表示の実施が自由競争の範囲を逸脱していることは明らかである。原告は、被告に対して、本件各表示の実施をやめるよう再三にわたって警告をしたにもかかわらず、被告は何ら改善措置を執らなかった。そこで、原告は、やむを得ず本件訴訟を提起したのである。かかる本件訴訟の提起が訴権の濫用に当たるとは到底考えられない。
(2) 本件各表示が不当表示(不当景品類及び不当表示防止法(平成15年法律第45号による改正前のもの。以下同じ。)4条2号)に該当するか。
【原告の主張】
ア 不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)4条2号は、「商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」を不当表示として禁止している。
 被告は、「ヤマダさんよりお安くし(て)ます」との本件各表示を実施しながら、実際には、原告より販売価格を安くせず又は安くしていない場合が少なからずあるのであるから、本件各表示が上記の不当表示に該当することは明らかである。
イ 被告は、本件表示B及び本件表示Cには、「※万一、調査もれがありましたら、お知らせ下さい。お安くします。」及び「※但し、処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせて頂きます。」との各条件表示があることを理由に、本件各表示が不当表示に当たらないと主張する。
 しかし、上記の各条件表示が、「ヤマダさんよりお安くし(て)ます」との表示に比して著しく小さい字で表示されていることは明らかであり、また、一般消費者には、「処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品」が何を意味するのか必ずしも明らかでないため、上記の各条件表示が本件各表示の違法性を阻却するとは考えられない。
ウ そもそも、本件各表示は、被告が原告より販売価格を安くする対象商品を何ら限定していない。この点、公正取引委員会の「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」(以下「価格表示ガイドライン」という。)も、安さの理由や安さの程度を説明する用語等を用いて販売価格の安さを強調する表示を行う場合には、@「適用対象となる商品の範囲及び条件を明示する」とともに、A「安さの理由や安さの程度について具体的に明示する」ことが必要であるとしている。しかし、本件各表示が上記@、Aのいずれの要件も満たしていないことは明らかである。
エ なお、ある事業者が景品表示法で禁止される不当表示を行った場合、そのことが直ちに他の競争事業者に対する損害賠償義務を基礎付けることにはならないが、当該表示により損害を被った競争事業者が当該表示実施事業者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することができるかどうかについて、当該表示が不当表示に当たるか否かは当該表示実施事業者の表示行為の違法性を判断する際の重要な指標になるものである。
【被告の主張】
ア 公正取引委員会は、原告の主張するとおり、平成12年6月、価格表示ガイドラインを公表したが、同ガイドラインは、平成14年12月5日付けで一部改定された。価格表示ガイドラインの該当箇所には次のような記載がある(下線部は上記改定によって追加された部分を示す。)。
 「第6 販売価格の安さを強調するその他の表示について
 1 基本的考え方
 小売業者の取り扱う全商品又は特定の商品群を対象に、これらの商品の販売価格の安さを強調するために、販売価格の安さの理由や安さの程度を説明する用語(例えば、安さの理由を説明する『倒産品処分』、『工場渡し価格』等の用語、安さの程度を説明する『大幅値下げ』、『他店より安い』等の用語)を用いた表示が行われることがある。
 販売価格が安いという印象を与えるすべての表示が景品表示法上問題となるものではないが、これらの表示については、販売価格が通常時等の価格と比較してほとんど差がなかったり、適用対象となる商品が一部に限定されているにもかかわらず、表示された商品の全体について大幅に値引きされているような表示を行うなど、実際と異なって安さを強調するものである場合には、一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがある。
 また、競争事業者の店舗の販売価格よりも自店の販売価格を安くする等の広告表示において、適用対象となる商品について、一般消費者が容易に判断できないような限定条件を設けたり、価格を安くする旨の表示と比較して著しく小さな文字で限定条件を表示するなど、限定条件を明示せず、価格の有利性を殊更強調する表示を行うことは、一般消費者に自己の販売価格が競争事業者のものよりも著しく有利であるとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがある。
 このため、安さの理由や安さの程度を説明する用語等を用いて、販売価格の安さを強調する表示を行う場合には、適用対象となる商品の範囲及び条件を明示するとともに、安さの理由や安さの程度について具体的に明示することにより、一般消費者が誤認しないようにする必要がある。」
イ 価格表示ガイドラインの平成14年改定は、「(それ以前の)価格表示ガイドライン上、考え方が必ずしも具体的に示されていないものも現れてきてい(た)」(平成14年10月18日公正取引委員会「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」の一部改定(原案)の公表について)ことにかんがみて行われたものである。そして、公正取引委員会作成の上記文書の別紙1の第1の2「価格保証販売に際し、不明瞭な条件設定を行っていること」によれば、消費者から、
 @ 条件(制約)が多く複雑で消費者には分かりづらい。さらに、表示も殊更活字を小さくするなど、限定条件の内容が不明瞭。これでは消費者の表示見逃しを意図していると勘ぐりたくなる。
 A とにかく字が小さいので、とても読むことができない。しかし、有利性を訴える内容は大々的に書いてあるのに比べて、それに関する注釈や例外をこのような小さな文字で書くというのは、消費者に対する情報提供のバランスが取れていない。
 という意見があり、かかる意見に対応するものとして、前述の変更が価格表示ガイドラインの「第6 販売価格の安さを強調するその他の表示について」に追加されたのである。
ウ 本件表示B又は本件表示Cには、「※万一、調査もれがありましたら、お知らせ下さい。お安くします。」及び「※但し、処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせて頂きます。」という各表示が縦約2.5センチメートル、横約3センチメートルの活字サイズで記載されており、「ヤマダさんよりお安くし(て)ます」の活字サイズが縦約10センチメートル、横約14センチメートルであることと比較しても十分目立つ大きさであり、価格表示ガイドラインにいう「適用対象となる商品が一部に限定されているにもかかわらず、表示された商品の全体について大幅に値引きされているような表示を行うなど、実際と異なって安さを強調するものである場合」には到底該当しない。
 そもそも価格表示ガイドライン自体、「不当表示に該当するおそれがある」場合について述べただけのものであり、価格表示ガイドライン違反が直ちに不当表示該当性を意味するものではないが、上述のとおり、本件各表示はそのガイドラインにさえ反するものではないのであるから、景品表示法4条2号にいう不当表示にも該当しない。
エ 原告は、本件表示B及び本件表示Cの限定条件は、本件表示B及び本件表示Cの安くする旨の表示に比して著しく小さい字で表示されていると主張する。この点は、客観的な証拠をいかに評価するかの問題であるが、景品表示法の採用している基準や公正取引委員会が作成した価格表示ガイドラインの作成経緯に照らすならば、原告の主張が不適切であることは明らかである。
 景品表示法の規制が及ぶには、単に「競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に有利であると一般消費者に誤認される」だけでは足りず、「著しく有利である」と誤認される必要がある(同法4条2号)。このように景品表示法が適用されるためのハードルは高く、同法に関する公正取引委員会の価格表示ガイドライン中の「著しく小さな文字」の内容も、「殊更活字を小さく」し、あるいは「とにかく字が小さいので、とても読むことができない」といった状況にあるか否かを基準とすべきである。かかる基準に照らした場合、本件表示B及び本件表示Cの限定条件がそのような場合に該当しないことは明白である。
(3) 本件各表示の実施が不正競争(不正競争防止法2条1項13号)に該当するか。
【原告の主張】
ア 本件各表示は、家庭用電化製品量販店として著名な原告の名称を不正確な内容で被告の広告の比較対象として無断使用することにより、原告のブランド力を不当に利用し、原告の集客力に不当に便乗するものである。すなわち、本件各表示は、原告の名称を前面に出し、被告の販売価格が原告の販売価格よりも常に安いとの印象を消費者に与えることにより、原告の集客力をそのまま被告の客集めに利用しようとするものである。したがって、本件各表示の実施は、不正競争防止法2条1項13号に規定される不正競争に該当する。
イ 被告は、不正競争防止法2条1項13号が「価格」についての誤認惹起行為を規定するものではないとして、本件各表示が上記規定にいう誤認惹起行為に含まれないと主張する。この点、確かに、上記規定は「価格」についての表示を明文で規制するものではないが、本件のような場合には、次のような理由から、上記規定の拡張解釈又は類推適用により不正競争防止法の規制を及ぼすべきである。
 すなわち、不正競争防止法の最も大きな目的は、事業者間の公正な競争を確保することである(同法1条)。同法2条1項13号が「価格」を掲げていないのは、競争事業者間の商品自体が異なることを前提に、商品の原産地や品質等において、自社商品の優越性を不当に誤認させることが公正な競争を害するとされるからである。したがって、商品が異なればその価格も異なるのが通常であることが前提とされており、そのような場合に「価格」についての誤認惹起行為についてまで規制しなくとも、品質、内容等についての誤認惹起行為について規制すれば、競争事業者間の公正な競争を確保することができると考えられたからである。
 しかるに、家電量販店における商品の品質、性能等は、その性質上、販売店間で全く異ならないか、ほとんど大差ないのが通常である。このような場合、各販売店にとって、商品の価格は、競合他社との差別化をするに当たり一般消費者に対する最大のアピールポイントとなり、価格の差別化による顧客誘引力は強い。同じ品質、性能の商品を購入するのに際し、よほどの事情がなければ、一般消費者は安い方を選ぶのである。そのような状況の中で、ある販売店が価格について誤認させるような表示をしているにもかかわらず、これに対して不正競争防止法による規制が及ばないとすると、家電量販店における公正な競争の確保は到底不可能となってしまう。
 安易な拡張解釈や類推解釈は慎むべきであるが、少なくとも、競争事業者間で販売取扱商品の品質、内容が異ならない場合に、価格について競争事業者よりも安いと誤認させるような表示をしている場合には、不正競争防止法による保護を認めるべきである。
ウ この点、不正競争防止法2条1項13号の解釈として、商品の価格も当該商品の属性であるとして「内容」に含めて考えることも可能である(本規定で「内容」とは、その商品又は役務の実質や属性をいうとされる。)。他方、家電量販店のように取扱商品が同一である場合、購入者が注目するのは各量販店がどこまで安くするかという点であるから、競争事業者間で同一の商品をどれだけ安く提供できるかという点でこれを「役務」に含めて考えることも十分可能である。
 仮に、以上のような解釈により不正競争防止法2条1項13号を直接適用できないとしても、前述した理由により、同条項を類推適用すべきである。
【被告の主張】
ア 原告は、本件各表示の掲示が不正競争防止法2条1項13号に規定する誤認惹起行為の不正競争に当たると主張する。
 しかし、同条項は、「商品若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量について誤認させるような表示」をする行為について規定しているものであり、誤認惹起行為の対象はそれら条文に列挙されている事項に限られている。同条項は、原告の主張するような「価格」についての表示について規制することを予定していない。
 この点、平成4年12月14日付け産業構造審議会知的財産政策部会の報告書「不正競争防止法の見直しの方向」の中でも、「判例の中には、現行法上、明記されていない『価格』『企画・格付』を『品質、内容』に含まれると解したものがある。『価格』『企画・格付』のうち解釈上『品質、内容』に含まれないものについて規制する必要があるかどうかについては、我が国の経済取引社会の実態を踏まえれば、少なくとも現段階において、内容等に係るものと同様に不正競争防止法上の不正競争行為として位置付け、差止請求による民事的規制の対象とする社会的コンセンサスは形成されていないものと考えざるをえず、今後の我が国経済取引社会の実態の推移を慎重に見守りつつ、検討することが適切である。」とされている。かかる報告を踏まえて、不正競争防止法の平成5年改正の際にも、「価格」等の、原産地、品質等の条文列記事項以外へ誤認惹起行為を拡大することは見送られたのである。よって、価格表示は、不正競争防止法2条1項13号で規制される行為ではなく、原告の主張は失当である。
 なお、小野昌延著「不正競争防止法概説」230ないし232頁では、上記報告書が言及している「『価格』を『品質、内容』に含まれると解した判決」として、原石ベルギーダイヤモンド事件(東京高判昭和53.5.23)を紹介している。当該事件では、小野前掲書に記載されているとおり、「高価なダイヤモンドは安価なダイヤモンドより品質のよいことを示す。値段は価格でもあり、品質・内容でもある。(中略)原石ベルギーダイヤモンド事件のチラシの内容のように、架空の定価を付してこれに大幅の割引があるごとくする表示方法は、その二重価格表示の程度・性格を理由とする、『商品の価格』ではあっても『商品の品質、内容』の誤認に入る」という関係にあった。したがって、かかる当該判決の場合には、「価格」差が「商品の品質、内容」を示していたものと無理なく解釈できたのであるから、「価格」を条文上の「商品の品質、内容」の誤認に含まれるとした判断も是認できるものである。これに対し、本件では、純粋に価格だけが表示されており、商品の品質や内容を偽ったという事情は一切ない。したがって、本件は、上記判決の事案とは事案を異にしており、本件各表示の実施が不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争に含まれることはない。
イ また、原告は、不正競争防止法2条1項13号に規定する誤認惹起行為の拡張解釈又は類推適用により、「価格」に関する表示についても同条項の規制を及ぼすべきであると主張し、それに関連して、同条項が「価格」を掲げていない理由について、商品が異なる場合には価格が異なることが通常であることが前提とされており、そのような場合に「価格」についての誤認惹起行為まで規制しなくともよいと考えられたからであるなどと主張する。
 しかし、同条項に「価格」が列記されていないのは、上記アのとおり、内容等に係るものと同様に不正競争防止法上の不正競争行為として位置付け、差止請求による民事的規制の対象とする社会的コンセンサスが形成されていないと考えられたからであって、品質・内容等について規制すれば価格について規制しなくても足りると考えられたためではない。価格表示に関して様々な問題が生じ得ることは、立法過程で十分認識されていたが、価格表示に関する正常、異常についての商慣習の判断は難しいことから、価格問題は、むしろ公正取引委員会の行政規制に委ねられたのである。
 原告は、不正競争防止法が「事業者の公正な競争を確保する」ことを目的としているので、「価格」についても誤認惹起行為に含める解釈をとるべきであると主張する。
 しかし、「事業者間の公正な競争を確保する」ことを最優先し、かかる目的を達成するために柔軟な解釈をとれるようにすることを立法者がもし企図していたのであれば、不正競争防止法において、そもそも不正競争行為に関する一般条項が導入されていたはずである。ところが、現行法は、事業活動の予測可能性、比較法的観点、個別類型化による対応の適切性等、その他の調整利益も考慮して、一般条項を導入しないこととしたのである。この一事からも明らかなように、現行法は、「事業者間の公正な競争を確保する」という法目的(なお、かかる目的も「国民経済の健全な発達に寄与する」という最終目的のための経過的なものにすぎない。)だけではなく、事業活動の予測可能性等の要素も重視する立場をとっている(殊に不正競争防止法は差止めという重大な効果を与えるため、慎重な考慮が必要と考えられていた。)。したがって、個別の条文に記載されていない事項(しかも立法の過程で意識的に含めないこととされた事項)を、安易に不正競争防止法2条1項13号に含める解釈をとるべきではない。
(4) 本件各表示の実施が原告に対する営業妨害ないし名誉毀損となるか。
【原告の主張】
ア 本件各表示は、原告の店舗と商圏が競合する被告のほぼすべての店舗において実施されている。原告と被告はいわゆる家電量販店であり、その業態において共通し、同一商圏においては同一範囲の一般消費者が対象顧客となる。このような状況の中で、被告が「原告より安い」と大々的な広告展開をすれば、大多数の顧客が被告の店舗に流れてしまうであろうことは容易に想像されるところである。そして、被告が原告よりも実際に安くしている(本件表示C)、あるいは実際に安くする(本件表示A、本件表示B)のであればともかく、原告が、同一日時に同一商品についての販売価格を調査した結果、被告の販売価格が原告の販売価格よりも安くなっていない、又は、被告の販売価格が原告の販売価格よりも安くならないことが明らかとなっている。
 したがって、被告による本件各表示の実施が原告に対する営業妨害行為となることは明らかである。
イ 原告は、家電量販店として家電製品をいかに安く一般消費者に提供するかということについて心血を注ぎ、その結果、一般消費者の支持を得て家電量販店業界において売上げ第1位となった会社である。家電量販店としては、「商品をより安く売る」ことがその生命線ともいえ、原告も地道な努力を重ねて今日の地位を築いたものである。
 しかるに、被告の実施している本件各表示は、原告の商号を前面に出して、特に根拠を示すこともなく、被告が「原告より安くする」又は「原告より安くしている」と表示するものであり、かかる表示は「原告は被告よりも高い」と表示するのと全く同様の意味を有する。家電量販店にとっては、「商品をより安く売る」ことが企業の生命線なのであるから、被告による本件各表示の実施は、原告が血のにじむような企業努力を重ね、これまでに築き上げてきた家電販売店bPとしての営業上の信用ないし企業としての社会的評価を著しく傷つけるものである。
 よって、被告による本件各表示の実施は、単なる営業妨害行為にとどまらず、原告に対する名誉毀損行為ともなるものである。
ウ 被告は、なるべく安い価格で商品を手に入れようとする通常の顧客は、原告・被告両店舗を比較の上、実際に価格が安くなる方で商品を購入するとし、顧客は本件各表示に依拠して商品を購入するのではないと主張する。
 確かに、柏店のように原告と被告の店舗が極めて近接している場合には、そのような実態はある。しかし、被告が本件各表示を行うことにより、原告も販売価格を下げざるを得ない状況になっており、それゆえ、利益率に重大な悪影響が生じているのである。
 また、上記のとおり、原告・被告両店舗を行き来して販売価格を比較できるのは、両店舗が極めて近接している場合に限られるのであり、そうでない場合には、一般消費者が原告と被告のいずれで商品を購入するかの意思決定をするに当たり、本件各表示が大きな影響を与えることは明らかである。すなわち、本件各表示の影響により、通常であれば原告の店舗で購入を予定していた一般消費者が被告の店舗に流れてしまうのである。それにもかかわらず、被告の販売価格が原告の販売価格よりも高い場合が多々あるのであるから、被告は虚偽の不当表示により顧客を誘引し、原告の顧客を不当に奪っているのである。
 したがって、被告の本件各表示の実施が原告に対する営業妨害になることは明らかである。
【被告の主張】
ア 本件各表示により大多数の顧客が被告の店舗に流れるということは一切ない。なるべく安い価格で商品を手に入れようとする通常の顧客は、原告・被告両店舗を比較の上、実際に価格が安くなる方で商品を購入するのである。新聞記事にも、「客は当然、二つの店を行ったり来たりする。」と記載されているが、当該記事もそのことを物語っている。つまり、顧客は本件各表示に依拠して商品を購入するのではなく、個別の商品に付された実際の販売価格を競合店と比較してから商品の購入を決定しているのである。
 また、当該記事には、「例えば食器洗い機。コジマのチラシで5万9800円の商品が、ヤマダ5万4800円→コジマ5万3800円と下がっていく。ヤマダが開店時に62万8000円としたプラズマテレビは、コジマ57万8000円→ヤマダ56万8000円と、わずか2時間で6万円も安くなった。」という記載があり、両店舗で激しい安売り競争が繰り広げられている実態が紹介されている。この記事で紹介されているような事業者間の自由な価格競争により、顧客にとって理想的な価格で商品が提供できることとなっている。かかる自由競争の結果、仮に顧客がコジマNEW柏店で商品を購入したからといって、そのことが原告に対する「業務妨害」その他何らかの違法行為に該当するものでないことは明白である。
イ 原告は、本件各表示の実施は原告の名誉毀損を構成すると主張する。
 しかし、「ヤマダさんよりお安くし(て)ます」という表示は、それに接する一般消費者の普通の注意と読み方を前提とすると、何ら原告の社会的評価を低下させるものではない。原告と被告とがいずれも大手家電量販店であって激しい価格競争を行っていること、そして、大手家電量販店における商品価格の方が通常の小売店よりも安いことは、一般消費者にとって周知の事実である。そのような競争状態を前提に、本件各表示に接した一般消費者は、安いことで有名な原告よりも更に安い価格で被告が商品を販売するという印象を抱くだけであって、それによって原告が「不当に」高い値段で商品を販売しているなど、原告の社会的地位を低下させるような印象を抱くものではない。
 原告は、本件各表示は、「原告は被告よりも高い」という表示と同じであるから名誉毀損であると主張する。
 しかし、価格カルテルでも行って複数の業者が同一価格で販売するといった違法状況でもない限り、複数の店舗間で価格競争が行われている場合には、価格差が存在し、いずれか一方の価格が相対的に高いということになるのは当然のことである。したがって、競争状態にある店舗間において、いずれかの店舗の価格の方が他方より高いのは当然のことであって、それにより相対的に高いとされた店舗の社会的地位が低下するということにはならない。ましてや、原告販売価格が「不当に高い」といったマイナスイメージが抱かれるような表示がなされたわけではなく、本件で原告に対する名誉毀損が成立する余地はない。
(5) 原告の被った損害の有無及び損害額
【原告の主張】
ア 名誉毀損による損害ついて
 本件各表示の実施により、原告の家電量販店としてのブランドないし企業としての社会的評価は著しく侵害され、そのことによる不利益を金銭的に換算すると、どんなに少なく見積もっても1億円を下らない。
イ 営業上の損害について
(ア) 競合店舗における売上高等の増減
 被告が本件各表示を実施したのは、最も早い店舗で平成14年10月19日であり(NEW柏店)、最も遅い店舗で同年11月16日であり(NEW加平店ほか)、平均すると同月10日前後となる。他方、被告は、NEW柏店を除いて、本件各表示のすべてを平成14年12月8日に撤去している。
 そこで、被告による本件各表示の平均実施期間を平成14年11月10日から同年12月9日までの1か月間と仮定し、本件各表示を実施した被告の各店舗と商圏が競合する原告の各店舗(別紙表示店舗一覧表(略)に記載されている原告の各店舗である。以下「原告競合店舗」という。)において、被告により本件各表示が開始された後の1か月間(以下「表示後1か月間」という。)に生じた実際の売上高及び粗利高の合計額を出すとともに、本件各表示が開始される前の1か月間(平成14年10月10日から同年11月9日まで。以下「表示前1か月間」という。)の実際の売上高及び粗利高の合計額を比較すると、次のような結果が出た。
a 表示前1か月間の売上高合計額は174億5404万9898円であり、粗利合計額は21億9899万7491円であったのに対し、表示後1か月間の売上高合計額は192億3548万3801円であり、粗利合計額は22億4690万0949円であった。
 したがって、表示後1か月間は、表示前1か月間と比べて、売上高にして17億8143万3903円増加し(増加率10.21%)、粗利額においても4790万3458円増加している(増加率2.18%)ことになる。
b 粗利率(粗利額÷売上高)については、表示前1か月間は12.60%であったのに対し、表示後1か月間は11.68%であり、0.92%低下したことになる。
(イ) 非競合店舗における売上高の増減
 本件各表示が実施された被告の各店舗と商圏が競合しない原告の各店舗(東北・北陸地方、関東地方、中部地方及び九州地方の合計86店舗。以下「原告非競合店舗」という。)においても、表示前1か月間に生じた売上高及び粗利高と、表示後1か月間に生じた売上高及び粗利高とを比較したところ、次のような結果が出た。
a 表示前1か月間の売上高合計額は263億5488万2629円であり、粗利合計額は33億9100万3767円であったのに対し、表示後1か月間の売上高合計額は296億3425万6307円であり、粗利合計額は36億1709万3886円であった。
 したがって、表示後1か月間は、表示前1か月間と比べて、売上高にして32億7937万3678円増加し(増加率12.44%)、粗利額においても2億2609万0119円増加している(増加率6.67%)ことになる。
b 粗利率(粗利額÷売上高)については、表示前1か月間は12.87%であったのに対し、表示後1か月間は12.21%であり、0.66%低下したことになる。
(ウ) このように、売上高増加率、粗利額増加率、粗利率のいずれを取ってみても、原告競合店舗の方が原告非競合店舗よりも劣るという結果が出た。家電量販店の売上高や粗利率は、地域や季節によっても多少異なるが、調査対象店舗の母体数の多さから考えれば、上記の差は有意的なものといわざるを得ず、この差は、被告の本件各表示の実施による影響の有無により生じたものと考えるのが合理的である。
 そこで、原告の営業上の損害額であるが、原告競合店舗において被告による本件各表示の実施がなかったならば得られたであろう「期待粗利高」と原告競合店舗における表示後1か月間の「実際の粗利高」との差額が、本件各表示の実施により原告が被った営業上の損害額であると考えるのが合理的である。
 そうすると、次のとおり、本件各表示の実施により原告の被った営業上の損害額は9636万3895円となる。
a まず、原告が原告競合店舗において本件各表示の影響を受けなければ表示後1か月間に得られたであろう期待売上高は、原告競合店舗における表示前1か月間の売上高に原告非競合店舗における売上高増加率を乗じた額であり、具体的には196億2533万3705円となる。
b 次に、その期待売上高に対し、本件各表示の影響を受けなければ確保できたであろう粗利率を乗じて、期待粗利高を算出する。
 原告非競合店舗では、表示前1か月間と表示後1か月間で粗利率が0.66%下がっているので、原告競合店舗における表示前1か月間の粗利率12.60%から0.66%を控除した数値、すなわち11.94%が、原告競合店舗が表示後1か月間において「本件各表示の影響を受けなければ確保できたであろう粗利率」となる。
 したがって、原告競合店舗において被告による本件各表示の実施がなかったならば得られたであろう期待粗利高は、23億4326万4844円となる。
c 上記bの期待粗利高と原告競合店舗における表示後1か月間の実際の粗利高との差額は、9636万3895円であり、これが、本件各表示の実施により原告の被った営業上の損害額となる。
【被告の主張】
ア 名誉毀損による損害ついて
 本件各表示は原告の名誉を毀損するものではないので、原告による損害額の主張は否認する。
イ 営業上の損害について
 原告による損害額の主張は否認する。
 原告の主張は、@本件各表示の掲示によって原告の粗利額が減少するメカニズムを何ら合理的に説明しておらず、A原告の主張の前提となる粗利率等のデータとその比較について、各種変動要素による影響を区別できておらず、B原告競合店舗において原告非競合店舗と同様の売上高及び粗利率の増加が見込めるとする根拠が何ら示されていないから、失当である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本訴の提起が訴権の濫用に該当するか。)について
(1) 民事訴訟における訴えの提起が訴権の濫用として不適法とされる場合を一義的に定立することは、その性質上極めて困難であり、結局は個別具体的な事案に即して判断せざるを得ないものであるが、一般的には、提訴者が、実体的な権利の実現及び紛争解決を真に目的としているのではなく、専ら相手方を被告の立場に立たせ、訴訟上又は訴訟外において有形、無形の不利益等を課することなどを目的としており、自己の主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠き、あるいは権利保護の必要性が薄弱であるなど、民事訴訟制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠き、信義に反すると認められるような場合には、訴権を濫用するものとして、訴えを却下すべきであるということができるものと考えられる。
(2)ア そこでこれを本件についてみるに、証拠(甲38ないし40の各1、2)及び弁論の全趣旨によれば、前記争いのない事実等のほかに、次の事実が認められる。
 原告は、被告が、平成14年10月19日ころから、コジマNEW柏店において本件表示Aを実施し始めたため、被告に対し、同月26日、本件表示Aが原告に対する名誉毀損、業務妨害等に該当することも考えられるなどとして、本件表示Aを抹消するよう要求し、もしこの要求に応じなければしかるべき法的手段による責任追及に及ぶ考えのあることなどを内容とする警告書を送付した。しかし、被告は、これに応じなかったばかりか、コジマNEW柏店以外の店舗においても本件表示B又は本件表示Cを実施し始めた。そこで、原告は、被告に対し、同年11月1日と同月8日にも、上記警告書とほぼ同内容の警告書を送付したが、やはり被告がこれに応じなかったため、同月23日、被告に対し、本件各表示の実施による損害の賠償等を求めて本訴を提起した。
イ 本件各表示は、原告を名指しした上、被告の商品の販売価格を原告のそれよりも安くするという内容になっており、被告は、このような内容の本件各表示を原告の店舗と競合する全国38箇所の被告の店舗で実施したのであるから、本件各表示の実施によって原告の受けた衝撃は相当なものであったと認められ、これに上記アの原告が本訴を提起するに至った経緯も併せ考えると、原告が、被告の本件各表示の実施を違法であるとし、本訴を提起して被告に対し損害賠償等を求めたいと考えたことをもって、原告が実体的な権利の実現ないし紛争解決を真に目的とするのではなく、被告に対して殊更不利益等を与えるなどの不当な目的を有していたものであって、民事訴訟制度の趣旨、目的に照らして相当性を欠くものということはできない。
ウ 被告は、原告が、本件提訴に合わせて、提訴の事実を報じるようマスメディアに積極的に働き掛けたことがうかがわれるが、このことも自己の競争を有利に展開するため、あるいは原告の話題作りのために、司法制度を利用しようとする原告の姿勢を表していると主張する。
 しかし、証拠(乙17、18)及び弁論の全趣旨によれば、原告による本訴の提起を新聞が最初に報じたのは、本訴が提起されてから10日以上も経過した平成14年12月5日であることが認められ、これによれば、原告が本訴提起の事実を報じるようマスメディアに積極的に働き掛けた事実は認められず、ほかにかかる事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって、本訴は訴権の濫用として却下されるべきであるとする被告の本案前の主張は、理由がないというべきである。
2 争点(2)(本件各表示が不当表示(景品表示法4条2号)に該当するか。)について
(1) 景品表示法の定めについて
 景品表示法4条は、「事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号に掲げる表示をしてはならない。」と規定し、その2号において、「商品又は役務の価格その他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」と規定している。
(2) 本件表示B及び本件表示Cと条件表示との一体性について
ア 前記争いのない事実等(2)エのとおり、本件表示B及び本件表示Cには、「※万一、調査もれがありましたら、お知らせ下さい。お安くします。」(以下「本件条件表示1」という。)及び「※但し、処分品・限定品・当社原価割れにあたる商品は原価までの販売とさせて頂きます。」(以下「本件条件表示2」という。)との各記載が併記されている。
 本件表示B及び本件表示Cが景品表示法4条2号所定の不当表示に該当するかどうかについては、まず、本件表示B及び本件表示Cが本件条件表示1及び本件条件表示2と一体の表示であると評価することができるかどうかが問題となるので、以下、この点について検討する。
イ 証拠(乙2、8)及び弁論の全趣旨によれば、公正取引委員会は、景品表示法に関する価格表示ガイドラインについて、消費者から寄せられた「条件(制約)が多く複雑で消費者には分かりづらい。さらに、表示も殊更活字を小さくするなど、限定条件の内容が不明瞭。これでは消費者の表示見逃しを意図していると勘ぐりたくなる。」、「とにかく字が小さいので、とても読むことができない。しかし、有利性を訴える内容は大々的に書いてあるのに比べて、それに関する注釈や例外をこのような小さな文字で書くというのは、消費者に対する情報提供のバランスが取れていない。」といった意見を踏まえた上で、平成14年12月5日付けで上記の価格表示ガイドラインを改定し、「競争事業者の店舗の販売価格よりも自店の販売価格を安くする等の広告表示において、適用対象となる商品について、一般消費者が容易に判断できないような限定条件を設けたり、価格を安くする旨の表示と比較して著しく小さな文字で限定条件を表示するなど、限定条件を明示せず、価格の有利性を殊更強調する表示を行うことは、一般消費者に自己の販売価格が競争事業者のものよりも著しく有利であるとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがある。」との見解を示したことが認められる。
 かかる事実を踏まえると、本件表示B及び本件表示Cが本件条件表示1及び本件条件表示2と一体の表示であると評価することができるかどうかについては、本件条件表示1及び本件条件表示2が、読むのに困難を感じるほど小さな文字で記載されているかどうか、その条件の内容が一般消費者から見て容易に判断できるものかどうかといった観点から判断すべきである。
ウ これを本件についてみると、乙1の1、2によれば、本件表示B及び本件表示Cは、いずれも縦約10センチメートル、横約14センチメートルの大きさの文字で記載されており、本件条件表示1及び本件条件表示2は、いずれも縦約2.5センチメートル、横約3センチメートルの大きさの文字で記載されていることが認められる。かかる事実によれば、本件条件表示1及び本件条件表示2は、本件表示B及び本件表示Cと比較すると確かに文字の大きさは小さいといえるが、それ自体として読むのに困難を感じるほど小さな文字で記載されているとはいえない。
 また、本件条件表示1は、被告による価格調査の漏れにより被告の販売価格が原告のそれよりも安くなっていない商品もあり得ること、その点を指摘されれば被告の販売価格を下げることを意味するものとして、その条件の内容が一般消費者から見て容易に判断することができるものといえ、本件条件表示2についても、被告にとって利益の出なくなる価格まで販売価格を下げることはできないことを意味するものとして、その条件の内容が一般消費者から見て容易に判断することができるものといえる。
 そうすると、本件表示B及び本件表示Cは、本件条件表示1及び本件条件表示2と一体の表示であると評価することができるというべきである。
(3) 本件表示Aと本件表示Bの一体性について
 前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、本件表示Aは被告のコジマNEW柏店においてのみ実施されていること、同店では店内の目立つ場所に本件表示Bも掲示されていることが認められる。かかる事実によれば、被告のコジマNEW柏店に買物に来た一般消費者は、本件表示Aを見るとともに本件表示Bも見ることになるのが通常であると認められる。そうすると、本件表示A自体には本件条件表示1又は本件条件表示2は掲記されていないが、本件表示Aが景品表示法4条2号所定の不当表示に該当するかどうかについて検討する際には、本件表示Aについて、本件条件表示1及び本件条件表示2と一体の表示である本件表示Bと一体のものとして見るべきである。
 この点、原告は、本件表示Aを見た者のうち本件条件表示1又は本件条件表示2の存在を知るものの割合は極めて小さいはずであると主張する。しかし、名誉毀損の有無に関する議論についてであればともかく(なお、この点については後に検討する。)、営業妨害の有無に関連しての不当表示性の有無を検討する際には、本件表示Aのみ見ただけで、実際に被告のコジマNEW柏店に来店して買物することをしない一般消費者のことを考慮するのは無意味であるから、原告の上記主張は理由がない。
(4) 本件表示Cの意味内容について
 本件表示Cは「当店はヤマダさんよりお安くしてます」という表示であるから、それのみでは、どの時点で見ても常に被告の販売価格が原告のそれよりも安くなっていることを表示しているようにも読み取れるが、前記(2)のとおり、本件表示Cは、本件条件表示1及び本件条件表示2と一体の表示であると評価することができるから、これらの各条件表示に照らすと、本件表示Bと同様に、被告による価格調査の結果、被告の販売価格が原告のそれよりも安くなっていないことが判明した場合には、被告の販売価格を原告のそれよりも下げること、被告による価格調査の漏れにより被告の販売価格が原告のそれよりも安くなっていない商品もあり得ること、被告にとって利益の出なくなる価格まで販売価格を下げることはできないことなどを意味するものと解すべきである。したがって、本件表示Cは、どの時点で見ても常に被告の販売価格が原告のそれよりも安くなっていることを必ずしも表示しているわけではないというべきである。
 原告は、本件表示Cを掲示している被告の各店舗について、原告による価格調査の結果、被告の販売価格が原告のそれよりも安くなっていない商品が少なからず見られたと主張するが、上述したところに照らして、本件表示Cが直ちに不当表示に該当するとはいえないというべきである。
(5) 被告による価格調査について
 前記のとおり、本件各表示が本件条件表示1及び本件条件表示2と一体の表示であると評価することができるとしても、被告が原告の商品に対する価格調査を怠り、原告の商品の最近時の販売価格を比較対象としていない場合には、本件各表示が、被告の販売価格について競争関係にある原告の販売価格よりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者を誤認させるものとして、景品表示法4条2号所定の不当表示に該当することもあり得る。
 そこで、被告による原告の商品の販売価格についての価格調査の実態について検討するに、証拠(乙20、22、23、24の1、2、乙26)及び弁論の全趣旨によれば、被告の各店舗の従業員は、同店舗と競合する原告の店舗に、原告の店舗の営業日に毎日少なくとも1回、原告の商品の販売価格を調査するために赴き、被告の販売している商品と同一の商品のうち人気の高い商品を中心に価格を調査し、その結果、原告の商品の販売価格が被告の商品のそれよりも安いことが判明した場合には、被告は、直ちに被告の商品の販売価格を引き下げていること、被告による価格調査から漏れた商品について顧客から原告の商品の販売価格の方が安い旨の指摘を受けた時には、原価割れにならない限り直ちに被告の商品の値下げに応じていることが認められ、これらの事実を覆すに足りる証拠はない。かかる事実によれば、被告が、原告の商品に対する価格調査を怠っているとも、原告の商品の最近時の販売価格を比較対象としていないともいうことができない。
(6) 原告による価格調査について
 原告は、調査員を被告のコジマNEW柏店に派遣して被告の商品の販売価格を調査させた上、被告の店員との間で原告の販売価格よりも高い商品の価格の値下げ交渉をさせたところ、原告の販売価格よりも価格が安くならなかった例があると主張して、証拠(甲1、41、44の1、2、甲45の1、2)を提出した。
 しかし、乙5によれば、被告のコジマNEW柏店と原告の競合店舗であるヤマダ電機柏店との間では、原告及び被告の双方の関係者が互いに相手の店舗に商品の価格を調査するために赴いており、そのことを双方の店舗の店員らも認識していることが認められるところ、原告による上記の調査員を使った価格調査においては、全体的に調査員が被告の商品の価格を積極的に値切ろうという姿勢に乏しいといわざるを得ず、そのため、被告の店員が、調査員のことを顧客ではなく原告から派遣された調査員であると見破ったか、あるいはその疑いを抱いたことにより、被告の商品の販売価格の値下げに応じなかった可能性も否定できないというべきである。また、本件全証拠によっても、原告による上記の調査員を使った価格調査において調査の対象とした商品について、原告が被告の商品よりも安い価格で実際に販売していた事実については、必ずしも立証が十分であるとはいい難い。
 そうすると、原告による上記の調査員を使った価格調査によっても、本件各表示が、被告の販売価格について競争関係にある原告の販売価格よりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者を誤認させるものに当たるとすることはできない。
(7) 小括
 前記(2)ないし(6)において検討したところに加え、原告及び被告がいずれも家庭用電化製品販売業の大手であり、競争相手であって、両者の間で激しい商品の安売り競争が繰り広げられていることは公知の事実であることも併せ考えると、本件各表示は、被告の販売価格について競争関係にある原告の販売価格よりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者を誤認させるものに当たるとすることはできず、景品表示法4条2号所定の不当表示に該当しないというべきである。
3 争点(3)(本件各表示の実施が不正競争(不正競争防止法2条1項13号)に該当するか。)について
(1) 不正競争防止法の定めについて
 不正競争防止法2条1項は不正競争の定義について規定し、その13号において、「商品若しくは役務若しくはその広告若しくは取引に用いる書類若しくは通信にその商品の原産地、品質、内容、製造方法、用途若しくは数量若しくはその役務の質、内容、用途若しくは数量について誤認させるような表示をし、又はその表示をした商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、若しくは輸入し、若しくはその表示をして役務を提供する行為」を不正競争としている。
(2) 不正競争防止法2条1項13号の直接適用の可否について
ア 原告は、商品の価格も当該商品の属性であって不正競争防止法2条1項13号にいう「商品の内容」に含めて考えることも可能であると主張し、被告による本件各表示の実施が不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争に当たると主張する。
 しかし、本件各表示は、同一の商品について、被告の販売価格を原告のそれよりも安くするという内容の表示であって、かかる表示を見た一般消費者は、被告が同一の商品について原告の販売価格よりも安い価格で販売しようとしていると認識することはあっても、当該商品について被告が販売価格を安くすることによって、そうしない場合と比較してその商品の内容について異なった印象を抱くことはあり得ないから、本件各表示が商品の内容について誤認させるような表示に当たるということはできない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ また、原告は、家電量販店のように取扱商品が同一である場合、購入者が注目するのは各量販店がどこまで安くするかという点であるから、競争事業者間で同一の商品をどれだけ安く提供できるかという点で、これを不正競争防止法2条1項13号の「役務」に含めて考えることも十分可能であると主張する。
 しかし、不正競争防止法2条1項13号が「商品」と「役務」とを並列的に規定してそれらの内容等の誤認惹起行為を規制していることにかんがみると、同号にいう「役務」とは、他人のために行う労務又は便益であって、独立して商取引の目的たり得べきものをいうと解すべきである。これを本件について見ると、事業者が商品の価格を安くすること自体は、独立して商取引の目的たり得ないことは明らかであるから、不正競争防止法2条1項13号にいう「役務」には当たらないというべきである。
 したがって、原告の上記主張も採用することができない。
(3) 不正競争防止法2条1項13号の拡張適用ないし類推適用の可否について
ア 原告は、不正競争防止法2条1項13号は「価格」についての表示を明文で規制するものではないが、本件各表示の実施のように、競争事業者間で販売取扱商品の品質、内容が異ならないケースで、価格について競争事業者よりも安いと誤認させるような表示をしている場合には、上記規定の拡張解釈又は類推適用により不正競争防止法の規制を及ぼすべきであると主張する。
イ そこで検討するに、証拠(乙7)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 平成5年の現行不正競争防止法の制定過程で、政府の産業構造審議会知的財産政策部会において、旧不正競争防止法をどのような方向で見直すべきかについて審議がなされた。その審議では、判例の中には、旧不正競争防止法上明記されていない「価格」を「品質、内容」に含まれると解したものがあるが、「価格」のうち解釈上「品質、内容」に含まれないものについて規制する必要があるかどうかについては、我が国の経済取引社会の実態を踏まえれば、少なくとも現段階において、内容等に係るものと同様に不正競争防止法上の不正競争行為として位置付け、差止請求による民事的規制の対象とする社会的コンセンサスは形成されていないものと考えざるを得ず、今後の我が国経済取引社会の実態の推移を慎重に見守りつつ検討することが適当であるとの結論が出された。その結果、現行の不正競争防止法においては、価格の誤認惹起行為を不正競争行為として規制することが見送られた。
(イ) また、上記の産業構造審議会知的財産政策部会の審議においては、旧不正競争防止法は不正競争行為を限定的に列挙しているため、社会通念上不正な競争行為であると目される行為であっても、列挙された行為類型に該当しなければ規制の対象にはならないとの問題意識から、現行の不正競争防止法に不正競争行為についての一般条項を導入することも検討された。しかし、一般条項の要件は、その性質上抽象的なものにならざるを得ず、事業者にとって、何が許される競争行為であり何が許されない競争行為であるかを、その都度裁判所の判断を待たねば決めることができないというのでは、事業活動の予測可能性を著しく害し、正当な事業活動を萎縮させることにもなりかねないこと、不正競争行為を個別類型化することによる対応を図った後になお、いかなる行為を不正競争行為として想定すべきなのかは明確でなく、むしろ、社会通念上、不正競争行為であるとのコンセンサスを得られた行為については、その都度、個別類型化を図っていくことにより対応することが適切であると考えられることなどの理由から、結論として、一般条項を導入することについては、今後、更にその必要性及び導入した場合の問題点等について検討を行っていくべき課題であるとされた。その結果、現行の不正競争防止法においては、不正競争行為についての一般条項を導入することが見送られた。
ウ 以上のとおり、現行の不正競争防止法の制定に際して、価格の誤認惹起行為を不正競争行為として規制すること及び不正競争行為についての一般条項を導入することがいずれも見送られたという経緯があることに加え、いったん不正競争行為に該当するとされると、不正競争防止法上、差止請求の対象とされたり(同法3条)、損害賠償請求において損害の額が推定される(同法5条)などの強力な規制が施されるので、不正競争行為となる対象についての安易な拡張解釈ないし類推解釈は避けるべきであるといえることも併せ考えると、価格の誤認惹起行為について、不正競争防止法2条1項13号を拡張適用ないし類推適用することはできないというべきである。
 したがって、原告の前記アの主張は採用することができない。
(4) 小括
 以上検討したところによれば、本件各表示の実施は、不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争に該当せず、結局のところ、不正競争防止法にいう不正競争に該当しないというべきである。
4 争点(4)(本件各表示の実施が原告に対する営業妨害ないし名誉毀損となるか。)について
(1) 営業妨害について
 前記のとおり、本件各表示は景品表示法4条2号所定の不当表示に該当せず、また、本件各表示の実施は不正競争防止法にいう不正競争に該当しないのであるから、他に本件各表示の実施が社会通念上許されないものとする特段の事情の認められない本件においては、被告による本件各表示の実施が原告の営業を妨害するものとして不法行為を構成することはないものというべきである。
(2) 名誉毀損について
 原告は、被告による本件各表示の実施は原告に対する名誉毀損行為になると主張する。
 しかしながら、原告及び被告がいずれも家庭用電化製品販売業の大手であり、競争相手であって、両者の間で激しい商品の安売り競争が繰り広げられていること、原告や被告のような大手家庭用電化製品販売店の方が一般の家庭用電化製品販売店よりも安い価格で商品を販売していることは、公知の事実であるといえるところ、それを前提とすると、本件各表示を見た一般消費者は、原告との安売り競争の一環として、商品の販売価格の安いことで有名な原告よりも更に安い価格で被告が商品を販売しようとしているとの印象を抱くだけであって、原告の商品の販売価格が不当に高いとの印象を抱くものではないということができる。かかる事情に加え、原告と被告のように商品の価格競争を行っている競争事業者間では、商品の販売価格が同一ということは通常あり得ず、ある事業者の販売価格の方が安くなり他方の事業者の販売価格の方が高くなることがあることは自然なことであることも併せ考えると、本件各表示の実施によって原告の外部的評価が不当に低下することはないと評価することができ、被告について、名誉毀損の不法行為が成立することはないということができる。
 したがって、被告による本件各表示の実施は原告に対する名誉毀損行為になるとする原告の主張は採用することができない。
第4 結論
 以上によれば、その余の争点(争点(5)の原告の被った損害の有無及び損害額)について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないことになる。よって、原告の請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する

前橋地方裁判所民事第2部
 裁判長裁判官 東條宏
 裁判官 高橋正幸
 裁判官 原克也は、転補につき、署名押印することができない。

裁判長裁判官 東條宏


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