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【事件名】プレステ開発をめぐるプログラマー事件
【年月日】平成16年4月23日
 東京地裁 平成15年(ワ)第6670号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成16年2月10日)

判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 山本英二
被告 株式会社ソニー・コンピュータエンタテイメント
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 渡辺光
同 高石秀樹


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 原告の請求
1 主位的請求
(1) 被告は、原告に対し、3000万円及びこれに対する平成15年4月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は、別紙目録1〜7記載の各プログラムを改変してはならない。
2 予備的請求
 被告は、原告に対し、1228万5000円及びこれに対する平成15年4月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 訴えの要旨
 原告は、コンピュータ・プログラマーであり、被告は、家庭用ビデオゲーム機「プレイステーション」及び「プレイステーション2」の製造・販売を主たる業務とする株式会社である。
 原告は、別紙目録1〜7記載の各プログラム(以下、その番号に従い「プログラム1」などといい、これらを総称して「本件各プログラム」という。)の著作権はいずれも原告に帰属し、被告がこれらのプログラムをゲーム機及びゲーム機用ソフトに使用する行為は、原告の有する上記著作権を侵害する行為に当たると主張して、著作権法114条2項に基づき損害賠償を請求するとともに(第1、1(1))、著作者人格権に基づきこれらのプログラムの改変の禁止(同法20条)を求めている(第1、(2))。
 また、原告は、予備的請求として、仮にプログラム2について原告と被告の間に開発委託契約が成立していたとしても、同契約に基づく対価の一部が未払いであると主張して、未払分1228万5000円の支払を求めている(第1、2)。
2 前提となる事実(当事者間に争いがないか、あるいは、当該箇所に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
 原告は、委託を受けてコンピュータソフトウェアのプログラムを製作する個人のプログラマーであり、被告は、ゲーム機及びそのソフトの開発・製造を業として行う株式会社である。
 原告は、被告が家庭用ビデオゲーム機「プレイステーション」を開発・製作し、平成6年12月から販売するに際し、被告からの委託に基づき、外部委託のプログラマーとして、平成5年12月末ころから平成10年8月ころにかけて、別紙目録1〜7記載の各プログラム(本件各プログラム)をプログラム3〜7、1、2の順に製作し、被告に納入した。
(2) プログラム3〜5の製作
ア プログラム3の開発・納入
 原告は、被告からの委託に基づき、平成5年12月28日ころから別紙目録3記載のプログラム(プログラム3)の開発に着手し、遅くとも平成6年3月15日ころまでには同プログラムを完成し、被告に納入した。
イ 契約書@の作成
 原告と被告は、遅くとも平成6年1月26日ころまでに、原告及び被告代表者がそれぞれ記名押印した上、1万円の収入印紙を貼付した同月1日付けの「業務委託契約書」と題する書面(甲1。以下「契約書@」という。)を作成した。
 この契約書@においては、原告を甲、被告を乙とした上、「乙が第1条に定める業務を甲に委託することに関し、以下の通り契約を締結した。」と記載され、下記のとおりの各条項が置かれている。そして、これら各条項に引き続き、「上記の内容を証するため、本書2通を作成し、甲・乙各1通を保有する。」と記載されている。
 第1条
 乙は、本契約の有効期間中、次の各項に定める業務(以下「当該業務」という)を甲に委託するものとし、甲はこれを受託した。
 (1)PS−Xターゲットボックス用SCSI通信プログラムの開発業務
 (2)PS−Xバックアップカード用ファイルシステムドライバの開発業務
 (3)PS−Xデバッガ用コマンドインタプリタプログラムの開発補助業務
 第2条
 甲は、甲の責任と負担に於いて、その都度乙と協議を行い、乙の事前の承認を得た上、前条に定めた当該業務を自主的にかつ積極的に実施するものとする。また、当該業務の実施に際しては、甲は善良な管理者の注意をもって誠実にこれを行うものとする。
 第3条
 甲は、本契約に基づき行われる、又は予定される当該業務の内容及び遂行状況他を適宜に乙に報告し、乙の了承及び確認を得るものとする。
 第4条
 @乙は、本契約の有効期間中、本契約に定めた甲による当該業務の実施の対価として月額1、000、000円(所得税込、消費税抜き)を支払うものとする。
 A乙は、毎月25日に前月16日から当月15日までの第@項の対価を甲の指定する下記口座に、振込の方法により甲に支払うものとする。但し、1月及び5月の支払いについてはそれぞれ月額の2分の1を支払うものとする。
 (口座名等省略)
 B乙は、本契約に関して、前項に定める対価以外は何らの対価をも甲及び第三者に支払わないものとする。
 第5条
 本契約の有効期間は、1994年1月1日から1994年4月30日迄の4ケ月間とする。
 第6条、第7条
 (省略)
 第8条
 甲が、本契約における業務の履行に際して特許権・実用新案権・意匠権または著作権等知的所有権の対象となるべき発明・考案・創作または著作を行った場合、その帰属はすべて乙にあるものとする。
 第9条
 本契約に定めのない事項、又は本契約の諸条件の解釈等についての疑義を生じた場合は、甲・乙誠意をもって協議の上、信義に則って解決するものとする。
 第10条
 本契約の修正・変更は、文書による甲・乙の合意がない限り効力を有しないものとする。
ウ プログラム4の開発・納入
 原告は、プログラム3の製作を進める一方で、被告からの委託に基づき、平成6年2月1日ころから別紙目録4記載のプログラム(プログラム4)の開発に着手し、遅くとも平成6年3月24日ころまでには同プログラムを完成し、被告に納入した。
エ プログラム5の開発・納入
 原告は、プログラム4を納入したころ、被告から、当初契約書@において予定されていなかった別紙目録5記載のプログラム(プログラム5)開発の委託を受けた。原告は、この委託に基づき、プログラム5の製作に着手し、同年7月12日ころには、同プログラムを被告に納入した。
オ 合意書の作成
 原告と被告は、上記プログラム5の製作委託に関し、平成6年4月28日ころ、原告及び被告代表者がそれぞれ記名押印した同日付けの「合意書」と題する書面(甲2。以下「合意書」という。)を作成した。
 この合意書においては、「1994年1月1日付にて、Aと株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントとの間で締結した業務委託契約書(以下「原契約」という)を、以下の通り延長することに関し双方合意したので、同契約第9条及び第10条の規定に基づきここに本書を取り交わす。」と記載された上、下記のとおりの各条項が置かれている。
 1.原契約第1条における当該業務に(4)として、「PS−X用CD−ROMライブラリー開発業務」を追加する。
 2.原契約第4条第A項条文中の「5月」を「8月」と読み替える。
 3.原契約第5条における有効期間を、1994年5月1日より1994年7月31日迄の3ヶ月間延長する。
カ 対価の支払
 原告は、契約書@及び合意書における対価額に関する記載どおり、平成6年2月から同年9月にかけて、契約期間の最初の月である同年1月15日までの分及び最後の月である同年7月16日から同月末日までの分については各50万円、契約期間のそれ以外の毎月16日から翌月15日までの分については各100万円、合計700万円(50万×2+100万×6)の支払を被告から受けた(乙20及び弁論の全趣旨)。
(3) プログラム6及び7の製作
ア プログラム6の開発・納入
 原告は、平成6年11月1日ころ、被告から別紙目録6記載のプログラム(プログラム6)開発の委託を受けた。原告は、この委託に基づき、同日ころからプログラム6の製作に着手し、同年12月22日ころには、同プログラムを被告に納入した。
イ プログラム7の開発・納入
 また、原告は、平成7年1月27日ころ、被告から別紙目録7記載のプログラム(プログラム7)開発の委託を受けた。原告は、この委託に基づき、同日ころからプログラム7の製作に着手し、同年7月10日ころには、同プログラムを被告に納入した。
ウ 契約書Aの作成
 原告と被告は、上記プログラム6及び7の製作委託に関し、平成7年2月21日ころ、原告及び被告代表者がそれぞれ記名押印した上、1万円の収入印紙を貼付した平成6年11月11日付けの「業務委託契約書」と題する書面(甲3。以下「契約書A」という。)を作成した。
 この契約書Aにおいては、原告を甲、被告を乙とした上、下記のとおりの各条項が置かれている。そして、これら各条項に引き続き、「上記の内容を証する為本書2通を作成し、甲・乙各1通を保有する。」と記載されている。
 第1条
 乙は、本契約第5条に定める期間中以下に定める業務(以下「当該業務」という)を甲に委託するものとし、甲はこれを受託した。
 当該業務:乙が開発した32ビットゲームシステムフォーマット『プレイステーション』用ライブラリ・プログラムの機能追加に関わるソフトウェア開発。
 第2条
 甲は、甲の責任と負担に於いてその都度乙と協議を行い、乙の事前の承認を得た上、第1条に定めた当該業務を自主的にかつ積極的に実施するものとする。又、当該業務の実施に際しては、甲は善良な管理者の注意をもって誠実にこれを行うものとする。
 第3条
 甲は、本契約に基づき行われる、又は予定される当該業務の内容詳細及び遂行状況他を適宜に乙に報告し、乙の了承及び確認を得るものとする。
 第4条
 (1)乙は、甲による当該業務履行の対価として第5条に定める当該業務の委託期間中月額1、100、000円(消費税別)を支払うものとする。
 (2)乙は、毎月末日に当月1日から末日までの第(1)項の対価を、甲の指定する下記口座に振込の方法により甲に支払うものとする。
 (口座名等省略)
 (3)乙は、本契約に関して、本条に定める対価以外は何らの金員も甲及び第三者に支払わないものとする。
 第5条
 本契約における当該業務の委託期間は、1994年11月1日から1995年6月30日迄の8ケ月間とする。
 第6条〜第8条
 (省略)
 第9条
 甲が本契約における業務の履行に際して、特許権・実用新案権・意匠権等の工業所有権、又は著作権等知的所有権の対象となるべき発明・考案・創作又は著作を行った場合、それらの諸権利はすべて何等の制限なく原始的且つ独占的に乙に帰属するものとする。
 第10条
 本契約に定めのない事項、又は本契約の諸条件の解釈等についての疑義を生じた場合は、甲・乙誠意をもって協議の上、信義に則って解決するものとする。
 第11条
 本契約の修正・変更は、文書による甲・乙の合意がない限り効力を有しないものとする。
エ 対価の支払
 原告は、契約書Aにおける対価額に関する記載どおり、平成6年12月から平成7年6月にかけて、合計880万円(110万×8)の支払を被告から受けた(乙20及び弁論の全趣旨)。
(4) プログラム1及び2の製作
ア プログラム1の開発・納入
 原告は、平成8年6月5日ころ、被告から別紙目録1記載のプログラム(プログラム1)開発の委託を受けた。原告は、この委託に基づき、同日ころからプログラム1の製作に着手し、同年7月30日ころには、同プログラムを被告に納入した。
イ 対価の支払
 原告は、上記プログラム1開発の対価の少なくとも一部として、同年7月から8月にかけて、1か月当たり150万円の計算で合計309万円(150万円×2+消費税)の支払を受けた。
ウ プログラム2の開発・納入
 原告は、平成9年2月17日ころ、被告から別紙目録2記載のプログラム(プログラム2)開発の委託を受けた。原告は、この委託に基づき、プログラム2の製作に着手し、平成10年4月27日ころには、同プログラムを被告に納入した。また、同年8月3日、同プログラムの実行ファイルを送信した。
エ 対価の支払
 原告は、上記プログラム2の開発の対価の少なくとも一部として、平成9年5月から平成10年3月にかけて、1か月当たり180万円の計算で合計2079万円(180万円×11+消費税)の支払を被告から受けた。
オ 契約書Bの送付
 被告は、平成10年7月17日ころ、平成9年5月1日付けの「契約書」と題する書面(甲5。以下「契約書B」という。)を原告に送付し、押印を求めた。
 この契約書Bにおいては、被告を甲、原告を乙とした上、下記のとおりの各条項が置かれている。そして、これら各条項に引き続き、「本契約締結を証するため本書2通を作成し、甲乙記名捺印の上両者それぞれ1通を保有するものとします。」と記載されている。
 第1条  (発注・受注)
 甲は、別途甲が乙に提示する仕様書に基づく、下記の業務(以下「本件業務」という)を乙に発注し、乙はこれを受注する。
 本件業務:甲が製造、販売する家庭用ビデオゲーム機『プレイステーション』用
 @GTEディレイスロットルール違反検出フィルタ
 AGTEインターロック回避フィルタ
 BGTE関連命令ソフトウェアパイプライニング化フィルタの試作業務
 第2条  (本件業務)
 (1)乙は、別途甲乙協議の上定める日程に従って本件業務を遂行するものとし、甲に対し適宜その進捗状況の報告を行うものとする。
 (2)乙は、甲の事前の文書による承認を得た場合を除き、本件業務を第三者に下請けさせてはならない。
 (3)乙は、1998年5月26日(以下「完成期日」という)までに本件業務を完成させ、本契約に基づき作成した別紙記載の納入物件を含む全ての成果(以下「本成果」という)を速やかに甲に納入し、甲の承認を得るものとする。
 (4)乙は、完成期日までに本件業務を完成できないと認めた場合、速やかに甲にその旨を申し出て甲の指示に従うものとする。
 (5)甲は、乙の責に帰すべき事由により完成期日までに本件業務が完成する見込みがないと認める場合は、本契約を解除できるものとする。
 第3条  (中止・変更)
 (1)甲は、必要と認める場合、本件業務の完成を待たず、本契約を終了することができるものとする。
 (2)前項の規定により本契約が終了したときは、乙はそれまでに作成した本件業務に関するすべての成果を甲の指示に従って甲に引き渡すものとする。
 (3)甲は、必要と認めた場合、乙と協議の上、仕様書の内容を変更できるものとし、変更された内容については、文書を相互に交換することにより確認するものとする。なお、当該変更に伴い第5条に定める対価の金額の変更が必要となる場合には、甲乙協議の上これを決定するものとする。
 第4条  (技術指導)
 (省略)
 第5条  (対価)
 (1)甲は、乙による本件業務完成の対価として、総額1980万円(所得税込み・消費税別)を支払うものとする。
 (2)前項の規定による甲の乙に対する対価の支払は、1997年6月より1998年4月迄の各月25日に当該月度分としてそれぞれ金180万円(所得税込み・消費税別)を乙の指定する下記口座に振込の方法により支払うものとする。
 (口座名等省略)
 (3)本条第(1)項及び第(2)項の規定に拘わらず、第3条第(1)項の規定により本契約を終了させる場合は、甲は乙と協議の上決定される対価を乙に支払うものとする。
 第6条  (保証)
 (省略)
 第7条  (権利の帰属等)
 本成果について、工業所有権に関する法律、著作権法等による保護を受けられる場合は、かかる権利は甲に原始的且つ独占的に帰属するものとし、甲は乙より何等の拘束を受けることなく自由に本成果を使用、収益、処分できるものとする。
 第8条〜第11条
 (省略)
 第12条 (期間)
 (1)本契約の有効期間は、1997年5月1日よりとし、第2条第(5)項、第3条第(1)項及び前条の規定により早期に終了する場合を除き、第2条第(3)項に定める甲の承認までとする。
 (2)第6条、第7条、第8条、第9条及び第10条の規定は、本契約終了後も有効なものとする。
 第13条〜第14条
 (省略)
 また、契約書Bに添付された別紙には、下記のとおり記載されている。
 納入物件:GTEディレイスロットルール違反検出フィルタ、GTEインターロック回避フィルタ及びGTE関連命令ソフトウェアパイプライニング化フィルタのプログラム
 納入形態:フロッピーディスク
 納入期日:1998年5月26日
カ 書簡の送付
 しかるに、原告は、契約書Bに押印して返送することはせず、同契約書の内容について変更を希望する旨の平成10年8月31日付け書簡(甲6参照)を被告宛に送付した。
 なお、この書簡においては、上記のほか、1997年(平成9年)5月1日に締結するはずの契約書をこの時点で作成する必要性についても知りたい旨が記載されている。
(5) 本件訴訟に至る経緯
ア 平成10年11月から平成11年2月にかけて
 原告代理人B弁護士らは、被告に対し、平成10年11月20日付け内容証明郵便(甲7)をもって、プログラム1及びプログラム5の著作権が原告に帰属することを前提に、これらのプログラムの使用対価の支払を求めるとともに、契約書B記載に係る契約内容についても話し合う必要がある旨を通知した。
 これに対し、被告代理人C弁護士らは、同年12月28日付け内容証明郵便(甲8)をもって、上記各プログラムの著作権はいわゆる職務著作の規定(著作権法15条2項)あるいは譲渡の合意により被告に帰属するものであるから、これらプログラムの使用対価の支払を求める原告の主張は理由がないと考えるが、契約書Bにおける具体的文言や付随的条項について話し合うことはやぶさかではない旨回答した。
 B弁護士らは、平成11年2月2日付けファクス(甲9)をもって、職務著作及び著作権譲渡合意に関する被告の上記主張は理由がないものである旨反論した。
イ 平成11年3月から同年6月にかけて
 B弁護士ら及びC弁護士らは、同年3月8日に協議の場を持ったが、C弁護士らは、その場でB弁護士らに対し、原告の要求する具体的な金額とその根拠を提示するように求めた。
 B弁護士らは、同年5月11日付けファクス(甲10)をもって、被告の販売するプレイステーションの売上高などを根拠に、平成10年3月までに原告の得るべき著作権使用料は、少なくとも11億0077万9490円である旨及び話合いによる解決が不可能ならば訴訟を提起する予定である旨を通知した。
 これに対し、被告代理人であるC弁護士、D弁護士及びE弁護士は、同年6月11日付け内容証明郵便(甲11)をもって、プログラム5及びプログラム1の著作権が原告に帰属することを前提とする原告の巨額な金銭請求には到底応じることができない旨回答した。
ウ 平成14年9月から同年10月にかけて
 原告代理人F弁護士は、被告に対し、平成14年9月27日付け内容証明郵便(甲12)をもって、本件各プログラムの著作権が原告に帰属することを前提に、プログラム1及びプログラム2の著作権の侵害を理由とする損害賠償請求を求める旨などを通知した。
 これに対し、C弁護士、D弁護士及びE弁護士らは、同年10月15日付け内容証明郵便(甲13)をもって、本件各プログラムの著作権は、職務著作の規定(著作権法15条2項)あるいは譲渡の合意により、いずれも被告に帰属するものであるから、原告の上記請求には応じられない旨を回答した。
エ 本訴の提起
 原告は、平成15年3月27日に本件訴訟を提起した。
3 争点
(1) 主位的請求(第1、1(1)、(2))について
ア 著作権の帰属(争点1)
イ 著作者人格権侵害の成否(争点2)
ウ 原告の損害額(争点3)
(2) 予備的請求(第1、2)について
 プログラム2についての開発委託契約に基づく対価請求の可否(争点4)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(著作権の帰属)及び争点2(著作者人格権侵害の成否)について
(被告の主張)
(1) 職務著作
ア 著作権15条2項は、いわゆる職務著作に係るプログラムの著作物について、作成時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、法人その他の使用者(「法人等」)をその著作者とする旨規定する。この規定は、「法人等の業務に従事する者」が職務上著作する著作物については、@ほとんどの場合、実際に著作物を作成・販売し、当該著作物に関する社会的責任を負うのは法人等であること、A必要に応じてプログラムの改訂等を行うべき場合を想定しても、法人等が著作者たる地位に立つのが合理的であることなどにかんがみ、職務著作に係るプログラムの著作権を法人等に帰属させたものと考えられる(加戸守行「著作権法逐条講義・三訂新版」140頁、144頁等参照)。
 このような立法趣旨にかんがみれば、「法人等の業務に従事する者」(著作権法15条2項)とは、法人等と雇用関係にある者に限られるわけではなく、法人等との間に著作物の作成に関する指揮命令関係があり、法人等に当該著作物の著作権を原始的に帰属させることを前提にしている関係にある者をも含むものというべきである。そのことは、例えば東京地裁判決平成8年9月27日(判時1645号134頁)が、「著作権法15条が法人も著作者となり得る旨規定しているのは、同条所定の要件を満たす場合には、法人とその従業員との間に、当該著作物の著作権全体を法人(使用者)に原始的に帰属させるとの意思が存する旨を推測することができるとともに、法人が主体となって著作物を作成し出版することによって、法人が当該著作物に関する責任を負い、あるいは法人としての対外的信頼を得ているという社会的実態を重視したものと解されるのであるから、同条にいう『法人等の業務に従事する者』とは、法人と雇用関係にある者ばかりでなく、法人と被用者との間に著作物の作成に関する指揮命令関係があり、法人に当該著作権全体を原始的に帰属させることを当然の前提にしているような関係にあると認められる場合をも含むものと解するのが相当である。」と明確に判示するとおりである(なお、東京地裁平成10年10月29日判決(判時1658号166頁)も同旨)。
 なお、ここにいう「著作物の作成に関する指揮命令関係」とは、雇用関係において認められるような指揮命令関係とは自ずから異なるものであり、上記職務著作の立法趣旨にかんがみれば、法人等が当該著作物を作成し、出版ないし発売する形をとることによって、法人等が当該著作物に関する対外的責任を負い、かつ対外的信頼を得ることになる程度の指揮命令関係が存在すれば足りるというべきである。したがって、著作物の作成に際し、細かい記述に至るまで手取り足取り指導し、あるいは進捗状況を事細かに監督するような関係は不要である。
イ これを本件各プログラム(プログラム1ないし7)について検討する。
(ア) まず「著作物の作成に関する指揮命令関係」の有無についてであるが、本件各プログラムは、いずれも被告がプログラムの開発を企画し、その全体的仕様を定めるとともに、全体を細分化した一部について、他部分を担当する被告従業員と区別せず仕事分担・開発スケジュール等を決めて割り振ったものである。被告は、原告に仕様・作業内容を詳細に指示して開発を依頼し、被告従業員と同列に開発状況を把握した上、最終的なチェック及びバグの修正等も行った(乙7〜9参照)。
 プログラム3ないし5については、原告は自宅にコンピュータを含む開発ツールを持っていなかったため、毎日のように被告会社に出社し、社内に常設された原告専用の作業デスクにおいて、被告のコンピュータ及び開発ツールを用いてプログラムを作成した。その際、被告の開発責任者らと頻繁に打ち合わせを行い、口頭による技術的指導を受け、進捗度についても報告していた。
 プログラム1、2、6及び7については、原告が自宅に設置したコンピュータを使用してプログラミングを行った。しかしながら、プログラム1、6及び7については、技術指導、進捗度報告等のための打ち合わせが被告社内において多数回行われ、この打ち合わせに使用されたメモや原告からの進捗度についての報告書面(乙4)等も存在する。
 プログラム2についても、毎日のように被告の技術責任者らと電子メールを用いて交信し、技術的指導を仰ぎ、プログラムの納品とは別に進捗度の報告を行っていた(乙5)。
 しかも、これら本件各プログラムの開発については、全体のプログラムを細分化したそのごく一部の開発を、被告社員による開発と同様に原告に割り振り、原告からの進捗度の報告を受け、被告がそのスケジュールを管理していた。
 以上の事実関係に照らせば、原告と被告の間に本件各プログラムの作成に関する指揮命令関係が存在したことは明らかである。
(イ) 次に、「法人に当該著作権を原始的に帰属させることを当然の前提にしているような関係」についてであるが、原告と被告は、プログラム3に対応する1994年1月1日付「業務委託契約書」(契約書@)及びプログラム6、7に対応する同年11月11日付「業務委託契約書」(契約書A)を作成したところ、契約書@の第8条には、「甲(原告)が、本契約における業務の履行に際して‥‥‥著作権‥‥‥の対象となるべき‥‥‥著作を行った場合、その帰属はすべて乙(被告)にあるものとする。」と規定されている。また、契約書Aの第9条にも、「甲(原告)が本契約における業務の履行に際して、‥‥‥著作権‥‥‥の対象となるべき‥‥‥著作を行った場合、それらの諸権利はすべて何等の制限なく原始的且つ独占的に乙(被告)に帰属するものとする。」と規定されている。
 これら契約書の規定に照らし、原告被告間において、被告に著作権が帰属することが当然の前提とされ、双方ともその旨認識していたことが明らかである。
 また、上記の各規定をさておいても、本件各プログラムは、被告がプレイステーション用に新規に仕様を定めて開発したものであって、他のコンピュータへの使用は困難であるから、原告が著作権を取得する必要性は極めて乏しい。その一方で、本件各プログラムを組み込んだプログラムについては被告が対外的に責任を負うのであり、必要に応じて、被告がバグの修正、ソフト的・ハード的なバージョンアップに伴う変更、削除、言語の変換など、様々な改変・加工を行う必要があるから、被告に著作権を帰属させる必要性が高い。上記各契約書における「その帰属は全て乙(被告)にあるものとする。」、及び「それらの諸権利はすべて何等の制限なく原始的且つ独占的に乙(被告)に帰属するものとする。」との各規定も、まさにこのことを前提とした規定に他ならない。
 また、原告は、本件各プログラムの開発につき一定額の報酬を保証され、現に報酬の支払を受けており、本件各プログラム及びこれにかかるPSXプロジェクトの開発の費用を一切負担せず、その失敗のリスクを負うことがないのに対し、被告は、膨大な開発費用、宣伝・広告・営業費用を負担し、いわば社運を賭けて開発しており(なお、被告はプレイステーション、プレイステーション2関連の事業しか行っていない。)、その失敗のリスクを全て負う。
 上述したところによれば、原告及び被告が、本件各プログラムの著作権及び著作者人格権の全てを被告に原始的に帰属させるべき事情について認識を共有していたことは明白である。過去に幾度となくプログラム作成の依頼を受けたことのある原告が、上記のような事情を認識していなかったとは考えられず、原告は、上記業務委託契約の著作権の帰属を定める規定の趣旨及び意味を十分理解した上で、各契約を締結し、開発を行ったものである。
 したがって、原告と被告との間に、「法人に当該著作権を原始的に帰属させることを当然の前提にしているような関係」が存在することに疑念の余地はない。
(ウ) 上記(ア)、(イ)によれば、原告が、被告との関係において、「著作物の作成に関する指揮命令関係があり、法人等に当該著作物の著作権を原始的に帰属させることを前提にしている関係にある者」に該当することは明らかである。
 したがって、本件各プログラムの著作権は、著作権法15条2項に基づき被告に帰属する。
(2) 契約に基づく著作権の譲渡
ア 仮に、本件各プログラムが職務著作の要件を満たさないとしても、これらプログラムの著作権は、原告との契約に基づき、すべて被告に譲渡された。また、著作者人格権に関しては、改変等の許諾を得ているし、そもそも被告による改変は著作権法20条2項3号及び4号に該当するから、被告の行為が原告の著作権及び著作者人格権を侵害することはない。
イ 前記のとおり、原告と被告との間で作成された契約書@及びAには、いずれも著作権が(原始的に)被告に帰属する旨の規定があり、その規定も含めて原告は各業務委託契約を締結した。
 当事者の意思を合理的に解釈すれば、これらの規定は、職務著作として当然に被告に著作権が帰属することを確認する趣旨であると同時に、仮に職務著作が成立しない場合であっても、著作権の発生と同時に被告に著作権を譲渡し、必要な範囲で被告が改変等を行うことを許諾する趣旨と解される(なお、東京地裁平成9年3月31日判決(判時1606号118頁)、東京地裁平成13年7月2日判決(同庁平成11年(ワ)第17262号、最高裁HP)参照)。
 すなわち、前述のとおり、コンピュータ・プログラムの性質上、被告の責任において、プログラムの修正、変更、変換、削除などの改変等が必要となることから、当業界においては、著作権の譲渡がなされることはもちろんのこと、これらの必要となる改変等の包括的な許諾がなされるのが常識である。原告は、当業者としての経験を有しており、このような常識を十分に承知した上で、被告からのプログラム開発業務を受託したものである。
 そして、プログラム3は契約書@第1条(1)に、プログラム4は同契約書第1条(3)に、プログラム5は合意書第1項にそれぞれ対応するものであり、プログラム6及び7は、いずれも契約書A第1条に対応するものであるから、上記各契約書及び合意書に基づき原告が開発したプログラム3〜7については、これら各契約書に記載されたとおりの契約に基づき、被告が著作権を譲り受けたものであり、かつ、プレイステーション用に使用するために必要となる変形・改変等を行うことも許諾されたものである。
 他方、プログラム1及び2については、上記各契約書や合意書に相当する書面は存在しないが、1994年4月28日付け合意書により新たな開発業務を追加したのと同様に、従前の業務委託契約と同様の基本条件で口頭の契約(合意)が成立したものである。したがって、プログラム3〜7と同様に、著作権の譲渡及びプログラム改変等の合意が成立している。後記のとおり、原告は合意の成立を否定しているが、何らの合意もないままにプログラムの開発を行い、納品することは考えられない。また、被告から送金された金員について異議を述べないまま受領したり、その額についての異議を述べないということもあり得ない。そして、ここでいう「何らかの合意」とは、まさに、従前の開発の際に締結された業務委託契約に他ならない。
 上記によれば、本件各プログラムが、原告と被告との間の業務委託契約及びその他の明示・黙示の合意に基づいて適法に被告に譲渡されたものであること及び被告が必要な変形・改変等を行うことについて許諾を受けていることは、いずれも明らかというべきである。
 以上から明らかなとおり、仮に本件各プログラムの職務著作性が否定されたとしても、これらプログラムの著作権は、契約に基づき被告に譲渡されている。したがって、被告がこれらを使用することが原告の著作権を侵害することなどあり得ない。また、上記契約の成立と同時に本件各プログラムの変形、改変等に関する許諾がされたものであるから、被告が本件プログラムを変形、改変等することが、原告の著作者人格権を侵害することもあり得ない。
 ちなみに、プログラム2及び7は、今まで被告が使用したことすらない。その他のプログラムは、プログラム3を除き現在も使用されているが、プレイステーション2が主力商品となった現在に至っては、今後プレイステーションの使用が減少していくこともあり、今後すべてのプログラムにつき改変のおそれはない。この意味においても、著作者人格権の侵害を根拠に本件各プログラムの改変差止を求める原告の請求は理由がない。
ウ ところで、著作権法20条2項3号及び4号が存在するにもかかわらず、原告が敢えて著作者人格権に基づく改変の差止を請求したことは、極めて遺憾である。
 本件各プログラムのようなコンピュータプログラムは、バグの修正やバージョンアップ等の改変が必ず伴うものであり、これなしには製品化できない。改変が禁止されると、当該著作物の使用が事実上不可能となる。したがって、著作者人格権に基づく改変の差止請求は、実質的には、著作権に基づく使用差止請求と同じ効果を有することになる。その一方で、本件各プログラムは、開発ツールやハードの制御等を内容とするものであり、エンドユーザーである一般消費者(すなわち、ゲームのプレイヤー)が直接に接するものではないから、差止の必要性は乏しい。この点は、文学等の伝統的な著作物においては、エンドユーザーが直接著作物に接して著作者の思想・感情に触れることができるから、その改変の禁止を求める必要性が高く、かつ、著作者人格権に基づき改変が禁止されたとしても、当該著作物の利用自体は妨げられないのと大きく異なるところである。
 原告は、本件各プログラムの職務著作性を否定するなどし、これら各プログラムの著作権は原告に原始的に帰属したまま移転していないと主張しているのであるから、端的に著作権に基づく本件各プログラムの使用差止を求めればよいはずである。しかるに、敢えて著作者人格権に基づく改変の差止を請求しているのであるから、このような請求は、著作権に基づく使用差止請求と実質的に同じ効果を求めつつ、敢えて著作者人格権という非財産権上の権利の侵害を根拠として法律構成することにより、訴額を著しく低額にするための濫用的な請求であるとしか考えられない。
(原告の主張)
(1) 職務著作の主張に対して
ア 職務著作に関する被告の主張は、否認ないし争う。原告と被告の間に指揮命令関係はないし、著作権を被告に原始的に帰属させることを前提にした関係などあるはずもない。また、被告は、個人プログラマーである原告自身が著作権を取得する必要性は皆無に等しいと主張し、これを職務著作性の根拠の1つとするかのようであるが、コンピュータ・プログラムをはじめ、開発委託関係のある著作物については、委託者に著作物利用の必要性がある一方で、受託者にその必要性がないのは当然である。したがって、著作権取得の必要性の有無が、著作権の帰属を定める基準になることは、あり得ない。
 本件各プログラムは、いずれも原告が独自に製作したものであり、被告から簡単な説明を受けたことはあったが、指導を受けたわけではない。原告が本件各プログラムの開発・製作に際して被告に問い合わせたことはあるが、それはプログラムが操作する環境、あるいはプログラムを動作させる環境等についてであって、原告の著作物であるプログラム自体についてではない。また、納品を目前にして被告から問い合わせがあり、開発状況を教えたことはあるが、被告からスケジュール管理されていたわけではない。そもそも、原告が調査・分析の上プログラムの開発期間を決めているのであるから、スケジュールは原告自身が決めている。被告は、原告が決めたスケジュールを追認するにすぎない。
イ 被告は、@プログラム3〜5について、原告が毎日のように出社し、被告社内に常設された原告の作業デスクにおいて被告のコンピュータ及び開発ツールを用いてプログラムを作成していた、また、被告の開発責任者らと頻繁に打合わせを行い、口頭による技術的指導を受け、進捗度についても報告していた、Aプログラム1、6及び7について、技術指導、進捗状況報告等のための打ち合わせが被告社内において多数回行われ、この打合わせに使用されたメモや原告からの進捗度についての報告書面なども存在する、Bプログラム2について、毎日のように技術責任者らと電子メールを用いて交信し、技術的指導を仰ぎ、プログラムを納品するのとは別に進捗度の報告を行っていたなどと主張するが、いずれも事実に反する。
 原告は、プログラムの設計やプログラミング、プログラムの論理的チェックやシュミレートを行ってプログラムを完成させるところまでは自宅で作業し、出来上がったプログラムを使ったハードウェアの動作確認を行う場合に限り、被告社内で作業した。原告は、マイコンソフトウェア開発者の稼働テストに協力したり、被告からの追加・変更依頼に応じたり、納品に際して被告関係者と話すことはあったが、被告から技術指導を受けてはいないし、進捗状況の報告もしていない。また、プログラムが操作する環境、あるいはプログラムを動作させる環境等について問い合わせているときは交信が続くこともあるが、毎日のように電子メールで交信することなどない。
 なお、被告は、プログラムに関する最終チェック、承認及びバグの修正等もすべて被告が行った旨主張するが、これも事実に反する。例えば、プログラム2については、同プログラムを平成10年4月27日に納品したところ、被告からさらに開発協力の依頼があった。そこで原告は、被告社内の担当者に協力し、調査・分析した結果を被告に教えたり、原告が変更したプログラムを同年8月3日に被告に納品したりした。
(2) 著作権譲渡の主張に対して
ア 被告による契約に基づく著作権譲渡の主張は、否認ないし争う。原告と被告の間に著作権を譲渡する旨の契約は存在しないし、原告が本件各プログラムの改変等を被告に許諾した事実もない。また、被告による本件各プログラムの改変等は著作権20条2項3号に該当しないし、同項4号にも該当しない。
 したがって、被告は著作権侵害及び著作者人格権侵害に基づく各責任を免れない。
イ ところで、原告は、前記前提となる事実(第2、2(1))記載のとおり、被告からの委託に基づき、平成5年12月末ころから平成10年8月ころにかけて、本件各プログラムをプログラム3〜7、1、2の順に製作し、被告に納入した。また、その過程において、契約書@(甲1)、合意書(甲2)及び契約書A(甲3)に押印し、これらの文書を作成した。
 被告は、上記各文書の存在を根拠に、原告と被告の間に、これら文書に記載された内容の業務委託契約が成立したと主張し、したがって、本件各プログラムの著作権は同契約に基づき原告から被告に譲渡された旨、及び、同契約において合意されたとおりの対価が既に原告に支払われた旨を主張する。
 しかしながら、原告及び被告は、原告が受領すべき対価の点において、これら文書における表示と真意とが食い違っていることを知りながら、敢えてこれら文書を作成したものであるから、被告がこれら文書により成立したと主張する業務委託契約は、通謀虚偽表示(民法94条1項)により全体が無効である。仮に、被告がこれら文書における対価の表示が真実と合致していると考えていたとしても、本件の事実経過からして、原告の真意を知り得たものであるから、心裡留保(民法93条但書)により、やはり無効である。以下、詳述する。
(ア) 平成5年12月ころ、被告会社の担当者G(以下、単に「G」という。)から原告に対し、プログラム3の開発委託の打診があった。原告は、売上額等に応じた報酬を希望したが、最終的な報酬金はゲーム機の売上を見てから検討することで合意した。しかしながら、一個人である原告が長期間無報酬で過ごすことはできないため、最低保証額を月額100万円に設定し、毎月25日に被告から振込送金してもらうことになった。
 ところが、翌平成6年1月25日に被告からの振込がなかったので、Gに問い合わせたところ、被告会社内部の手続上、支払のために必要であるとして契約書@(甲1)に署名押印することを求められた。原告が対価に関する記載を確認したところ、第4条@においては、月額100万円の対価と記載されており、これが最低保証額であることが明記されていない上に、同条Bにおいては、これ以外の対価は支払わないと記載されており、売上高に応じた報酬の交渉をわざわざ封じる条項が挿入されていた。したがって、契約書@が上記合意と異なる内容のものであることは明らかであったが、支払のための便宜上の書類というGの言葉を信じて原告はこれに押印した。
 上記から分かるとおり、原告及び被告は、原告が受領すべき対価の点において、契約書@における表示と真意とが食い違っていることを知りながら、敢えて同契約書を作成したものであるから、同契約書により成立したと被告が主張する業務委託契約は、通謀虚偽表示(民法94条1項)により無効である。仮に、被告がこの契約書@における対価の表示が真実と合致していると考えていたとしても、上記の事実経過からして、被告は原告の真意を知り得たものであるから、心裡留保(民法93条但書)により無効である。
 なお、通常の契約であれば、対価に関する条項は上記第4条@、Aだけで足りるのに、契約書@においては、同条Bとして「乙は、本契約に関して、前項に定める対価以外は何らの対価も甲及び第三者に支払わないものとする。」との条項が付加されている。これは異例のことであり、とりもなおさず、原告から月額100万円を超える対価の請求があったことを示すものである。被告としては、後日の売上高に応じた請求を封じるため、敢えてこのような条項を加え、原告に押印を迫ったものと考えられる。
(イ) 平成6年4月ころ、原告が被告の委託を受け、プログラム5(CD−ROMライブラリ)の機能追加等をしていた際、Gから、契約書@の有効期限が同月までなので、期間延長の書類を作成しなければ支払ができないといわれ、合意書(甲2)を提示された。しかし、その内容を見ると、契約書@の業務内容を追加し、有効期限を延長しただけであり、他に何らの変更もなかった。
 原告がGに対し、合意書の内容は実際の合意内容と異なる旨を指摘したところ、Gはそのことを認めた上で、支払のための内部手続上の書類だから署名するように促した。原告は、改めて最低保証額の増額を要求したが、Gは、原告が個人なので多くは支払えない、最終的な金額はゲーム機の売上を見てから決定するなどと主張し、交渉は平行線をたどった。そうこうするうちに、同月25日になったが、被告から何らの対価支払もなかったので、原告としては、やむを得ずGの言葉を信じて合意書に押印した。
 上記のとおり、原告及び被告は、原告が受領すべき対価の点において、合意書における表示と真意とが食い違っていることを知りながら、敢えてこれを作成したものであるから、契約書@及び合意書により成立したと被告が主張する業務委託契約は、通謀虚偽表示(民法94条1項)により無効である。仮に、被告がこれら文書における対価の表示が真実と合致していると考えていたとしても、上記の事実経過からして、被告は原告の真意を知り得たものであるから、心裡留保(民法93条但書)により無効である。
(ウ) 合意書における契約期間は、1994年(平成6年)7月31日までであったが、平成6年8月以後も、原告は被告の委託を受け、プログラム6及び7の開発を行っていた。
 ところが、上記契約期間が切れていたためか、同年8月25日に最低保証額の振り込みはなく、同年9月12日に50万円の振り込みがあったものの、同年10月25日には全く入金のない状態であった。同年11月25日にも振り込みはなく、2週間以上遅れた同年12月12日に最低保証額110万円が振り込まれた。同年12月26日(25日は日曜日であった。)にも振り込みがなく、約2週間遅れた平成7年1月10日に110万円が振り込まれた。そして、同月25日にも振り込みがなかった。
 原告は、対価の件でGと度々協議したが、原告が開発したプログラムをどのゲームソフトメーカーに使用させているのかという点や、どのくらいの金額で取り引きしており、幾らの売上があるのかという点については、被告からの具体的な説明は全くなく、まだプレイステーションの発売を開始して間もないから、年単位の売上を見ないとはっきりしたことはいえないなどと、口を濁されるのが常であった。このように、原告被告間で契約内容が合意にいたらず、そのために、原告が被告からの委託を受けて実際に業務を行っているのに、平成6年8月以来、6か月間にわたり契約書が作成されないばかりか、原告に対する最低保証額の支払も、上記のとおり不規則になっていた。生活の糧を被告からの対価支払に頼っている原告としては、異常というべき事態であった。
 しかるに、Gは、内部手続上の書類を作成しなければ支払に差し支えが生じるという理由で、便宜上の書類を作成したいと力説し、新たな契約書(契約書A)の作成を原告に強く求めた。原告としては、またもや真実の合意内容と異なる書面を作成することに大きな抵抗があったが、被告からの入金遅れが続いて非常に困惑していたところ、書類があれば確実に毎月25日に支払手続ができるとGが明言したことなどから、やむを得ず、被告の指示どおり、印紙を貼付の上郵送されてきた契約書Aに押印して返送した。
 したがって、原告及び被告は、原告が受領すべき対価の点において、契約書Aにおける表示と真意とが食い違っていることを知っていながら、敢えて同契約書を作成したものであるから、同契約書により成立したと原告が主張する業務委託契約は、契約書@の場合と同様、通謀虚偽表示(民法94条1項)により無効である。仮に、被告が契約書Aにおける対価の表示が真実と合致していると考えていたとしても、上記の事実経過からして、被告は原告の真意を知り得たものであるから、心裡留保(民法93条但書)により無効である。
ウ 上記イのとおり、契約書@、合意書及び契約書Aに基づき、プログラム3〜7に関して原告が成立したと主張する業務委託契約は、すべて無効である。また、プログラム1及び2に関する契約書Bが、原告の押印のないまま、契約を証する文書として有効に成立していないこと(第2、2(4)オ、カ)から分かるとおり、これらのプログラムについて、原告被告間に業務委託契約が成立していないことは明らかである。
 したがって、本件各プログラムについては、著作者である原告から被告に対して著作権を移転することを前提とする業務委託契約は成立していないというべきであり、したがって、契約による著作権の譲渡を主張する被告の主張は、失当である。
 また、著作権譲渡の合意の存在すら認められないのであるから、被告が主張するような、本件各プログラムの改変等を包括的に許諾する旨の意思表示など存在するはずがなく、この点に関する被告の主張も、また失当である。
2 争点3(原告の損害額)について
(原告の主張)
 被告は、利用に関する何らの合意もないまま、原告が製作したプログラム1〜6を家庭用ないし業務用のゲーム機及びゲームソフトに無断で複製するなどし、これらを利用し続けて、上記各プログラムに関する原告の著作権を侵害している。
 ところで、上記各プログラムは、業務用ゲーム機又は家庭用ゲーム機を対象とする開発ツールないしライブラリ(基本機能を実現させるプログラム群)であるところ、被告は、ソフト開発会社に開発ツールとライブラリを提供し、ロイヤリティーを受領することによって利益をあげている。開発ツールの数は100程度であり、ライブラリは全部で19種類あるものと思われる。したがって、開発ツールとライブラリの寄与度を2分の1ずつと仮定すると、原則として、被告会社の業務用ゲーム機あるいは家庭用ゲーム機関連の純利益に、当該プログラムが開発ツールであるならば200分の1(1/2×1/100)を、ライブラリであるならば38分の1(1/2×1/19)をそれぞれ乗じることによって、各プログラムごとの損害額が算出されることになる。
 上記を前提に、以下、各プログラムごとの損害額を算出する。
ア プログラム3は、家庭用ゲーム機用ソフトの開発ツールであるところ、被告の平成9年度〜同13年度の純利益は合計1160億円であり、少なくともその10分の9に相当する1044億円が、家庭用ゲーム機用ソフト関連の売上利益と推測される。
 したがって、プログラム3に関する損害額は、5億2200万円(1044億円×1/200)と算出される。
イ プログラム4は、家庭用ゲーム機用ソフトのライブラリであり、7種類あるライブラリのうちの2種類に相当する。
 前述(上記ア)のとおり、被告の平成9年度〜同13年度における家庭用ゲーム機用ソフト関連の売上利益は1044億円と推測されるから、プログラム4に関する損害額は、7億8496万円(1044億円×1/38×2/7)と算出される。
ウ プログラム5は、家庭用ゲーム機用ソフトのライブラリであるところ、前述のとおり、被告の平成9年度〜同13年度における家庭用ゲーム機用ソフト関連の売上利益は1044億円と推測される。
 したがって、プログラム5に関する損害額は、27億4736万円(1044億円×1/38)と算出される。
エ プログラム6は、家庭用ゲーム機用ソフトのライブラリの一種であるが、すべての計算式に適用される基本演算部分であり、その寄与度は各ライブラリの少なくとも2分の1と考えられる。
 前述のとおり、被告の平成9年度〜同13年度における家庭用ゲーム機用ソフト関連の売上利益は1044億円と推測されるから、プログラム6に関する損害額は、13億7368万円(1044億円×1/38×1/2)と算出される。
オ プログラム1は、業務用ゲーム機及びこれに対応するゲームソフトに使用されるサウンドライブラリであるところ、被告の平成9年度〜同13年度の純利益は合計1160億円であり、少なくともその10分の1に相当する116億円が、業務用ゲーム機関連の売上利益と推測される。
 したがって、プログラム1に関する損害額は、3億0526万円(116億×1/38)と算出される。
カ プログラム2は、家庭用ゲーム機用ソフトの開発ツールであるところ、被告の平成11年度〜同13年度の純利益は合計413億円であり、少なくともその10分の9に相当する371億7000万円が、家庭用ゲーム機用ソフト関連の売上利益と推測される。
 したがって、プログラム2に関する損害額は、1億8585万円(371億7000万円×1/200)と算出される。
 上記ア〜カの損害の合計額は59億1911万円であるところ、趣旨は不明であるが、被告は原告に対し、平成8年7月から8月にかけて、合計309万円を送金している(第2、2(4)イ)。また、プログラム2の開発に関し、平成9年5月から平成10年3月にかけて、合計2079万円(189万×11)を送金している(前同エ)。よって、被告は、総合計2388万円を原告に支払ったことになる。
 したがって、原告は、著作権法114条2項に基づき、上記損害合計額から2388万円を控除した58億9523万円の一部である3000万円を、本訴において請求する。
(被告の主張)
 損害に関する原告の前記主張は、すべて否認ないし争う。前述のとおり、本件各プログラムはすべて被告の職務著作であり、仮にそうでなくても契約により著作権は被告に譲渡されているから、これらプログラムの著作権は、権利が成立した時点から被告に帰属している。したがって、被告がこれらのプログラムを複製するなどして利用したことにより、原告には何らの損害も発生していない。
 被告としては、これ以上の反論・反証は不要と考えるが、以下、原告主張に係る若干の点につき認否・反論する。
ア 原告は、被告がソフト開発会社に提供する開発ツールの数が100程度、ライブラリの数が19であることを前提に、プログラム1〜6の各寄与度を算定し、これを被告の純利益額に乗じることにより、各プログラムごとに損害額を算出している。
 しかしながら、被告がソフト開発会社に販売ないしライセンスする業務用ゲーム機向けの開発ツール及びライブラリは年間1万個程度あり、被告利益に対する個々のツール及びライブラリの貢献度を敢えて数値で示すとすれば、総売上の1000分の1にも満たない。また、ソフト開発会社にライセンスされるライブラリは、個別の注文に応じて設定されるものであるから、例えばプログラム1が含まれていない場合もあり得るのであって、納入されるライブラリが常にプログラム1を含む19種類であることを前提とする原告の計算式は誤りである。
 さらに、被告の利益は、単にソフトやハードの開発のみからもたらされたものではなく、これらの開発に要した費用よりもはるかに多くの人員や費用を、企画、製造ラインへの投資、宣伝広告、販売・流通システムの整備に費やしたことによって得られたものである。これらに対する寄与度を一切考慮しない点においても、原告の計算式は誤りである。
イ 原告は、被告がプログラム1〜6を使用したことを前提に、損害賠償を請求しているが、これらの中には試作品にすぎないものもあり、原告の前提とするところは誤りである。
 本件各プログラムの使用状況を、プログラムの開発・納入順に個別に認否すると、下記のとおりである(なお、原告は、プログラム7については損害賠償請求の対象にしていないが、これについても認否する。)。
@ プログラム3
 平成6年3月から同年9月までの間、ゲームソフトメーカー向けに出荷されたプログラミングツールのブートロムの一部として使用されたが、現在は使用されていない。
A プログラム4
 プレイステーション本体のブートロムの一部として、現在でも使用されている。
B プログラム5
 ハードウェアの中のOSDのブートロムの一部として、現在でもプレイステーション本体に使用されている。
C プログラム6
 三次元画像を表示するプレイステーション用ソフトに組み込まれ、現在でも使用されている。
D プログラム7
 試作品であり、使用されたことはない。
E プログラム1
 業務用ゲーム機のマザーボード上の半導体チップに組み込まれて使用された。
 現在では、対応する業務用ゲーム機のほとんどが市場に出回っていないため、製造・出荷されていない。
F プログラム2
 実用化の可能性を検討する段階の仕様を原告に示し、開発を委託したものであり、いわば試作品にすぎないものである。
 原告が納品したプログラムの性能等を被告において検討した結果、使用しないことが決定されたので、これまでプログラム2が使用されたことはないし、ソフト開発会社にライセンスされたこともない。
ウ また、被告による本件各プログラムの改変状況は、以下のとおりである。
@ プログラム3
 改変されたことはない。
A プログラム4
 ハードウェア及びオペレーティングシステムの仕様変更と、ゲーム開発者からの要望により、被告にて改変した。
B プログラム5
 ハードウェアの仕様変更と、プログラム自体の不具合のため、被告にて改変した。
C プログラム6
 プログラムの不具合を修正するため改変した。
D プログラム7
 試作品であり、改変したことはない。
E プログラム1
 納品されたプログラム自体に不具合があり、そのままでは使えなかったこともあり、被告にて大幅に改変した。
F プログラム2
 試作品であり、改変していない。
 プレイステーション本体に組み込まれるソフトウェアは、ハードウェアのバージョンアップ等に応じて随時変更される。また、これに応じて開発ツールもアップデートされる。さらに、ソフトウェアにバグがあれば速やかに修正してバグのないソフトウェアを市場に出す必要がある。したがって、プレイステーションシステムの一部分を改変するために、その都度当該部分のプログラム開発者の許諾を得なければならないというのは不合理であり、著作権法20条2項3号の規定が無意味になる。上記の各改変は、同号によって許される改変の範囲内である。
エ 原告は、被告は原告に対し、趣旨は不明であるが、平成8年7月から8月にかけて、合計309万円を送金しているなどと主張する。
 上記309万円が、プログラム1開発の報酬(月額150万円で、開発期間は平成8年6月〜7月の2か月間。消費税の9万円を含む。)として支払われたことは、本件の事実関係及び証拠に照らし、明らかである。何らの異議を述べずに309万円もの金額を受領しておきながら、この期に及んで「趣旨は不明」などと主張すること自体、原告の主張が支離滅裂であることの何よりの証左である。
オ なお、不法行為(著作権侵害)を理由とする原告の損害賠償請求については、本件各プログラムの著作権が原告に帰属することを前提に、プログラム1及びプログラム2の著作権の侵害を理由とする損害賠償請求を求めた平成14年9月27日付け内容証明郵便(甲12)の到達により、時効が中断したものと考えられる。
 したがって、上記日付から3年遡った平成11年9月27日以前の分については、消滅時効が完成している(民法724条)。被告は、平成15年5月13日、第1回口頭弁論期日において答弁書を陳述することにより、これを援用した。
3 争点4(契約に基づく対価請求の可否)について
(原告の主張)
 仮にプログラム2について原告被告間に業務委託契約が成立していたとしても、以下に述べるとおり、同契約に定められた対価については1228万5000円の未払分がある。したがって、原告は、予備的請求(第1、2)としてこの金員の支払を求める。
ア 平成9年2月17日ころ、被告から原告に対し、オブジェクトレベル最適化フィルタ(プログラム2)の開発の申込が口頭であり、原告はこれを受託した。
イ 原告は、被告に対し、かねてから作業期間中の月々の最低保証額に加え、家庭用ゲーム機及びゲームソフトの売上額等に応じた報酬を受領したい旨申し入れていた。被告はこれに対し、ゲーム機の売上を見てから検討するなどと曖昧な答えをするのが常であった。
 プログラム2の開発の際も、原告は、全く契約を締結せずに業務を行うことは不安だったので、同年4月、月々の最低保証額180万円だけでも振り込むよう要求した。被告はこれに応じ、平成9年5月から平成10年3月にかけて、11か月にわたり合計2079万円(189万円×11)を原告宛に振り込んだ。
 原告は、平成10年4月27日にプログラム2を納入したが、被告の依頼により、その後も被告社内のソフトウェア開発者の作業に協力し、同年8月3日には、コンバート例のドキュメント、コンバート対象ファイル及びオブジェクトレベル最適化フィルタの実行ファイルを送信した。
ウ 被告は、平成10年7月17日、1997年(平成9年)5月1日付けの契約書B(甲5)を一方的に送付し、署名押印を求めたが、原告はこれに対し、同年8月31日、契約書Bの内容変更を求める文書(甲6はその下書きである。)を送付した。さらに原告は、同年11月20日、被告宛の通知書(甲7)を送付し、本件各プログラムにつき原告の著作権の確認を求め、プログラム2についても契約内容に関する話し合いを求めた。
 しかしながら、売上に応じた報酬の支払については最終的な合意に至らなかった。
エ 上記のとおりであり、原告と被告は、月々の最低保証額を180万円とする旨合意し、プログラム2の開発委託契約を締結したところ、原告は平成9年2月17日からプログラム2の開発に着手し、平成10年8月3日に実行ファイルを送信するまでプログラム2の開発・製作に従事したものであるから、17.5か月分、3307万5000円(189万×17.5)の報酬請求権が発生している。
 したがって、原告は被告に対し、上記3307万5000円から前記2079万円を控除した残額である1228万5000円を請求することができる。
(被告の主張)
 被告は、プログラム2開発の経緯に関する原告の上記主張に対し、以下のとおり認否・反論する。
ア 原告が、Gに対し、売上額等に応じた報酬を受領したい旨の希望を述べたことはあるが、それはプログラム6開発のころ(平成6年末〜平成7年)のことで、常にこのような申し入れがあったわけではない。
 被告においては、ハードウェア関連については、ゲームソフト等の売上高に応じた報酬体系を採用しておらず、企業・個人を問わず、ソースコード及びこれに対する著作権を買い取る方針であった。そのため、原告の上記申し入れに対しても、その旨説明した上でその場で明確に断った。したがって、原告が主張するように、ゲーム機の売上を見てから検討すると曖昧に答えた事実など存在しない。
イ 原告は、全く契約を締結しないままプログラム2の開発を進めるのは不安なので、月々の最低保証額180万円だけでも振り込むよう要求したと主張するが、そのような事実はない。
 プログラム2の開発委託は、プログラム3〜7及び1の開発委託に引き続き行われたものであり、報酬額が月額180万円であること以外は、従前の開発委託契約と同じ内容の合意が存在した。たしかに、被告がプログラム1に関する月額150万円の報酬(乙1の決済申請書参照)よりも増額することを求めたことから、月額180万円(乙2、3の決済申請書参照)に決定した経緯はある。しかし、報酬の支払方法、著作権の帰属等、その他の契約内容について原告が何らの異議・意見を述べなかったので(乙5のメール履歴参照)、上記180万円は、最低保証額ではなく合意に基づく報酬として支払われた(念のため付言すると、プログラム開発委託の報酬として、月額180万円という額は決して安価な額ではない。)。
ウ 原告は、平成9年2月17日から平成10年8月3日までの合計17.5か月間を対象とする月額180万円の報酬請求権が発生したと主張する。
 しかし、実際に成立した開発委託契約において予定されていた工期(原告がプログラム2について開発業務を行うべき期間)は、平成9年5月1日から同年12月25日までの8か月間にすぎない(甲5参照)。
 まず、平成9年2月17日は、原告が開発業務を受託した日であって、開発業務を開始した日ではない。
 また、原告が同年12月25日までのプログラム2を納品できなかったことから、やむを得ず納期を平成10年3月末日に延ばしたが、それでも原告は納品することができなかった。本来、プログラム開発の報酬は、単位当たりの価格(1か月の報酬額)に工期を乗じた金額として決定されるものであり、毎月、1か月当たりの報酬額が支払われる。プログラム2の開発においては単価が180万円/月、工期が8か月と定められ、原告もこれに同意した。したがって、平成9年12月25日の経過により原告は債務不履行に陥ったのであって、原告の開発の遅れにより納期が延びたとしても、被告に報酬を支払う義務はなかった。しかるに、原告のそれまでの貢献及び今後も原告に開発を委託する可能性があることを考慮して、納期を平成10年3月末まで延期することを認め、かつその間の報酬も支払うことにしたのである。
 ところが、原告は延期された納期すら守ることができず、ようやく平成10年4月27日に納品したが、納品されたプログラムは完成度が低く、使用に耐えなかった。そこでやむを得ず、被告が自ら完成させるべく開発を継続し、その間、原告にも必要な作業を依頼し、協力を得た。この4月27日に納品されたプログラムの検収に約1か月を要したので、工期が平成10年5月26日までとされている契約書B(甲5)を原告に送付し、押印を求めたが、原告がこれを拒絶したというのが、事の顛末である。
 以上から明らかなとおり、平成10年3月以後の期間について、被告が原告に対して報酬を支払う義務は存在しない。
第4 当裁判所の判断
1 本件の事実関係
 前記前提となる事実(第2、2)に、証拠(甲1〜14、17、19、22〜31、乙1〜21)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 被告は、家庭用ビデオゲーム機本体、周辺機器及びそのコンテンツの開発・製造販売等を目的として、ソニー株式会社(以下「ソニー」という。)と株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下「SME」という。)がそれぞれ出資して、平成5年11月に設立された株式会社である。
 被告は、平成6年12月に家庭用ビデオゲーム機「プレイステーション」を発売した。このプレイステーションは、ゲーム機本体をテレビに接続した上、ゲームソフトを収録したCD−ROMを挿入して、専用コントローラでゲームを操作して遊ぶものである。また、被告がその後に販売した「プレイステーション2」は、主たる記憶媒体としてDVD−ROMを採用した家庭用ビデオゲーム機である。
 被告の主たる事業は、被告独自の仕様に基づくプレイステーション及びプレイステーション2のハードウェア並びにこれらに対応するソフトウェア(フォーマット)を軸に成り立っており、その具体的内容は次のとおりである。
@ ゲーム機本体(プレイステーション及びプレイステーション2)とその周辺機器(コントローラ、メモリーカード等)を開発・製造し、特約店等を通じて一般ユーザー向けに販売する。
A プレイステーション及びプレイステーション2対応のゲームソフトを特約店等を通じて一般ユーザー向けに販売する。ゲームソフトには、被告が製作するものと、他のゲームソフトメーカーが製作して被告が受託販売するものとがある。
B ゲームソフトメーカーに対して、プレイステーションないしプレイステーション2対応のゲームソフトを開発し販売することを有償で許諾する。この許諾契約に付随して、ゲームソフトメーカーに対し、開発用ハードウェアであるデバッギングステーション及びゲームソフトを開発するためのライブラリを提供する。ライブラリは機能に応じて多数あり、ゲームソフトメーカーがその中から選択して利用する。
(2) プレイステーション関連のソフトウェアは、ゲームそのもののプログラムと、プレイステーション本体やゲームソフトに組み込まれるライブラリ等のプログラムとに大別され、本件各プログラムは後者に当たる。被告は、後者のプログラムを開発するに際し、以下の態勢・手順によっていた。
@ プレイステーションのハードウェアの仕様やゲームソフトの機能等を踏まえたプレイステーションシステム全体の構造及び仕様を決定する。
A このようにして決定されたシステムを、ハードウェアに組み込まれるプログラムや、ゲームソフトにライブラリとして組み込まれるプログラム等に細分化し、その仕様及び開発担当者を決定して社員に割り振る。担当者の人数が不足する場合には外部の個人プログラマーやソフトウェア開発会社にも割り振る。
B ハードウェアの仕様やツールの使用方法等を示して開発を行わせる。
C 納入されたプログラムについては、単体及びシステム全体で正常に動作することを確認し、システムに組み込まれた状態で正常に動作することが確認した上、プレイステーションシステムの一部として採用する。
D その間の進捗状況については、個々のプログラムの開発担当者から随時連絡を受けながら、システム全体の開発スケジュールを管理する。
 なお、プレイステーションの開発期間中は、上記@及びDを開発部が、上記AないしCをGの所属する開発部開発3課が行っていた。
(3) 平成5年11月ころ、プレイステーションの開発が発表され、開発スケジュールが確定し、前記(1)のとおり、プレイステーション関連の事業を目的として被告会社が設立された。
 しかるに、社内の開発部門の人員が足りなかったことから、ソフトウェア開発の一部を外部に委託することになり、外部委託のプログラマーとして原告が選ばれた。原告は、Gが以前訴外株式会社アンプルソフトウェアに勤めていた当時の部下であったが、人工知能ソフトウェアの開発の委託を受けるなど、業界での経験も長く優秀な人材と評価されていたことから、Gが直接電話をかけて協力を依頼し、プレイステーションの開発に参加することになった。
 このようにしてプレイステーションの開発が始まったが、平成6年1月当時、被告の開発部門には、社員約40名のほかに、ソニーグループの他社からの派遣3名及び業務委託先個人1名(原告)がおり、開発作業に従事していた。この他に、業務を委託していた法人があったが、その作業は被告社外で行われた。
(4) ところで、被告が、プレイステーション本体に直接関連するソフトウェアの開発を外部に委託する場合、開発期間中に要する工数その他の費用をベースに一ヶ月当たりの単価(報酬金額)を定め、その額を委託期間中毎月支払うか、あるいは単価に工期(開発に必要な期間)を乗じた金額を成果物の承認後一括して支払うのが通例であった(したがって、いずれにせよ支払総額は「単価×工期」となる。乙21)。
 このような場合、開発委託予定者に工期を予め見積もらせた上、これを見積書として提出させる扱いとなっており、原告の場合も、工数(開発に従事する人数)が1人であることを前提に、「7人月」が予定工期である(1人で作業して7か月の開発期間を要するとの意味である。)旨の平成7年1月27日付け見積書(乙15)が提出された(なお、法人に委託する場合には、開発に従事する人数が複数である場合が多く、工数が多くなることから、原告のように個人に対して委託する場合より、支払総額が多くなる傾向があった。)。
 他方において、本件各プログラムのようにハードウェアの制御にかかるソフトウェアを開発する場合、ハードウェアの開発途中でその売上に対応させてソフトウェアの開発対価を定めることは不可能であり、また、製品に搭載・適用される技術が出揃っていないため、売上ないし利益に対する当該開発箇所の貢献度割合等を定めることも不可能であることから、被告においても、プレイステーション本体やゲームソフト等の売上額に応じてライブラリ等のプログラム開発の対価を支払う報酬体系は採用されていなかった。
 ちなみに、コンテンツ(ゲームソフト、音楽)については、当該コンテンツの出来・不出来が当該コンテンツ自体の売上に直結し、さらにはゲーム機本体の売上にも直接影響することから、インセンティブの趣旨を込めて、一定以上の売上がある場合には、その一部を開発者に還元すべく、売上に応じた報酬部分を設ける場合もあった。しかしながら、ゲーム本体やこれに直接関連する部分については、その出来・不出来がコンテンツ自体の売上はもとより、ゲーム本体の売上にもほとんど寄与するものではなく、インセンティブを導入する意義が認められないことから、上記のとおり、「単価×工期」の計算に基づく定額の対価支払を採用していた。
(5) このようにして開発された個々のソフトウェアは、プレイステーション独自のフォーマットに準拠したものであり、かつ、膨大なプログラム群の一部をなすものでしかないから、プレイステーション本体に組み込まれるか、あるいは被告の使用許諾に基づきゲームソフトメーカーが製作するゲームソフトに組み込まれて、一般ユーザーに販売される以外に用途はない。したがって、その著作権を開発者に留保しておくべき理由はない。これは、コンテンツ(ゲームソフト、音楽)等が、移植という作業を要するものの、異なるハードにおいて使用可能であり、開発者に著作権を留保しておく実益があるのと大きく異なる点である。
 他方、仮にソフトウェアの著作権が開発者に留保された場合、このソフトウェアを実際に事業に用いるのは開発委託者であるから、自ら使用する場合を考えても、またゲームソフトメーカーに使用許諾する場合を考えても、バージョンアップ等を含めてその都度許諾を求めることが必要になれば、事業の大きな妨げとなり、不合理な結果となる。
 以上のことから、独自のフォーマットに準拠した一部分のみのプログラム作成を委託した場合には、当該プログラムの著作権は、原則として委託者に帰属するものとして認識されてきた。被告においても、委託先が個人であると法人であるとを問わず、開発されたソフトウェア及びこれに対する著作権等一切の権利は被告に帰属すること(いわゆる「買い取り方式」)を前提に開発委託契約を締結している。このように、開発されたソフトウェアについて被告が一切の権利を保有すること及びこれらをプレイステーション用に使用し、改変することについて、本件における原告を唯一の例外として、開発受託者から異議を唱えられたことは、一度もない。
(6) Gは、平成5年8月ないし9月ころ、ワークステーションをパソコンに接続してSCSI制御方法の実験を行った。被告は、その分析結果に基づき、SCSIによる通信が可能であることを検証・確認するためのプログラム、情報収集プログラム、これが収集する情報の内容及び通信プロトコルを作成ないし決定し、これらを原告に渡して通信プログラムであるプログラム3の開発を依頼した。
 原告は、被告からの委託に基づき、平成5年12月28日ころからプログラム3の開発に着手したが、この開発委託契約の成立を証する契約書@については、同月29日ころ被告社内の決済が完了し(乙10)、遅くとも平成6年1月26日ころまでに、原告及び被告代表者がそれぞれ記名押印して完成した(前記前提となる事実、乙11)。
 このように契約書@の作成がプログラム3の開発着手よりも後になった理由は、被告は平成5年11月に設立されたソニー及びSMEの合弁会社であるところ、設立直後のこの時期、契約関係書類の作成を習慣付けられているソニーからの出向社員と、必ずしも契約書の作成に拘泥しないSMEからの出向社員とが混在し、事務の進め方が確立しておらず(そのことは、乙10及び12の決裁申請書の右下に「株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント」と記載され、左上には当時SMEが使用していたCBSソニーの商標が付されている一方で、乙11及び13の捺印請求書の右下には「SONY MUSIC GROUP」と記載されており、ソニー由来の社内書類とSME由来の社内書類が混在して用いられていることからも、うかがわれる。ちなみに、被告独自の書類が整備されたのは、平成6年の後半のことと認められる。乙14参照)、当初は契約書@の作成自体が必ずしも必要と認識されていなかったからであった。また、上述のとおり、被告は当時設立後間もない時期であり、経理システムが現在のように整備されておらず、経理担当者への支払依頼が遅れたため、契約書@に基づき最初に支払われるべき平成6年1月分(半月分)の報酬50万円も、支払期限の同月25日から2週間以上遅れて翌2月10日に振り込まれた。
 その後、同年2月分の報酬が約2週間遅れて同年3月10日に、同年3月分の報酬が同25日に、いずれも契約書@の記載どおり100万円ずつ振り込まれ、原告は、遅くとも平成6年3月15日ころまでにはプログラム3を完成して、被告に納入した。また、原告は、プログラム3の製作を進める一方で、被告からの委託に基づきプログラム4の開発に着手し、遅くとも平成6年3月24日ころまでにはプログラム4を完成して、被告に納入した。
 この間、原告が契約書@を作成することについて何らかの異議を述べた形跡は一切ない。また、契約書@に記載された対価の額や算定方法につき、文書やEメールにより異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ない。さらに、原告がプログラム3及びプログラム4の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともない。
(7) 被告が原告にプログラム3及び4の開発を委託した時点では、これらプログラムの他に、プレイステーションバックアップカード用ファイルシステムドライバの開発(契約書@第1条(2)参照)を原告が行う予定であったが、平成6年3月初めころハードウェアの開発スケジュールが変更され、上記システムドライバのプログラム開発は後回しとなった。そこで、このプログラム開発業務は後日Gが担当することとし、原告には、当初の予定ではGが後に開発することになっていたプログラム5の開発を担当してもらうことになった。しかるに、プログラム5は、上記システムドライバのプログラム開発よりも工数が多いことから、契約書@に記載された契約期間終了時である平成6年4月末日までに開発を終えることができず、同年7月末日ころまで開発に要することが予想された。そこで、単価に変更はないとしても、支払総額が増えることから、改めて契約を証する文書を作成する必要が生じ、合意書(甲2)をもって、契約書@(甲1)に記載された開発委託契約の期間を3ヶ月間延長することにした。
 原告もこれを承諾の上、プログラム5の開発に着手し、平成6年4月27日ころまでには合意書に押印し(乙13参照)、同年7月12日ころには、プログラム5を被告に納入した。
 この間、同年5月分の報酬が同月25日に、同年6月分の報酬が同月27日に、同年7月分の報酬が同月25日に、いずれも契約書@及び合意書における報酬額の記載どおり、100万円ずつ振り込まれた。また、同年8月分(半月分)の報酬50万円は、支払期限の同月25日から2週間以上遅れて翌9月12日に振り込まれた。
 他方、原告が合意書を作成することについて何らかの異議を述べた形跡は一切なく、契約書@及び合意書に記載された対価の額や算定方法につき、文書やEメールにより異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ない。さらに、原告がプログラム5の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともない。
(8) 上記のようにして、原告はプログラム3〜5を開発・納入したが、被告が平成6年12月のプレイステーション発売に先立ち、ゲームソフトメーカーに対して、ゲームソフト開発用のツールハードウェア及びライブラリを提供したところ、使用したメーカーからライブラリに関して予想以上の要望があり、被告社員だけでは対応しきれなくなった。そこで、プログラム3〜5の開発を通じ、プレイステーションの仕様につき被告会社の技術者と同程度に理解していた原告にも一部業務を委託することになった。
 原告は、平成6年11月1日ころ、被告からプログラム6開発の委託を受け、そのころからプログラム6の製作に着手した。そして、同年12月22日ころには、プログラム6を被告に納入した。
 また、原告は、平成7年1月27日ころ、被告からプログラム7開発の委託を受け、そのころからプログラム7の製作に着手した。そして、同年7月10日ころには、プログラム7を被告に納入した。
 ところで、この開発委託業務は、ライブラリの開発にとどまらず、他のプログラマーが開発したライブラリが被告の仕様どおりに動作するかどうかの確認や、ゲームソフトメーカー向け教育資料に使うサンプルプログラムの作成をも対象とするものであった。そこで、被告は、契約書@等と異なり、開発内容を特定のプログラムに限定しない体裁の条項(契約書A第1条参照)を置いた業務委託契約書(甲3)を起案し、被告会社内の決済(乙14)、原告の押印、被告代表者の押印という手順を経て、遅くとも平成7年2月21日までに同契約書を作成した(乙16)。
 この間、契約書Aの報酬額に関する記載どおり、月額110万円の報酬が8ヶ月分(合計880万円)、8回に分けて原告宛に振り込まれたが、平成6年11月分の報酬は2週間以上遅れて翌12月12日に、同年12月分の報酬は約2週間遅れて翌平成7年1月10日に、平成7年1月分の報酬も約2週間遅れて同年2月10日にそれぞれ振り込まれた。また、同年2月分の報酬は同月28日に、同年3月分の報酬は同月31日に振り込まれたが、同年4月分の報酬は約2週間遅れて翌5月10日に、同年5月分の報酬は同月31日に、同年6月分の報酬は同月30日にそれぞれ振り込まれた。
 他方、原告が契約書Aを作成することについて何らかの異議を述べた形跡は一切なく、契約書Aに記載された対価の額や算定方法につき、文書やEメールにより異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ない。さらに、原告がプログラム6及び7の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともない。
(9) 平成8年5月〜6月当時、被告は、業務用ゲーム機メーカーからの要望に応えて業務用ゲーム機向けの半導体チップの性能を上げたが、その結果、ゲーム内の音声の音程が変わってしまうという問題が生じた。この問題を解決するため、サウンドの処理速度を調整するべくハードウェアを改造し、これに伴いソフトウェアも急遽書き換える必要が生じたので、被告は、この業務を原告に委託することにした。
 原告は、平成8年6月5日ころ、被告からプログラム1開発の委託を受け、同日ころからプログラム1の製作に着手した。そして、同年7月30日ころには、プログラム1を被告に納入した。
 このプログラム1の開発については、開発の目的と開発スケジュールの定まった急ぎの業務であったこと、原告は既にプログラム3〜7を開発しており、被告と締結する業務委託契約の内容について改めて確認する必要が乏しいと判断されたことなどから、被告は、原告への報酬支払のために必要な社内決済を平成8年6月28日付けで行ったものの(乙1)、プログラム1の開発委託契約に関する契約書を作成することはしなかった。
 この間、被告は原告に対し、プログラム1の開発委託の報酬として、平成8年7月10日に75万円、同年8月12日に156万7500円、同月30日に77万2500円の合計309万円(消費税込み)を振り込み送金した。
 他方、原告がプログラム1の開発委託契約に関する契約書の作成を求めた形跡は一切なく、上記対価の額や算定方法につき異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ない。さらに、原告がプログラム1の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともない。
(10) 被告は、平成6年12月にプレイステーションの販売を開始する一方で、既存のプログラムを高速化する多分に研究的要素を含むプロジェクトを進行させていたが、その一環として、プログラム2(オブジェクトレベル最適化フィルタ)の開発を原告に委託することにした。
 原告は、平成9年2月17日ころ、被告からプログラム2開発の委託を受けた。被告は、1997年(平成9年)2月20日付け文書(乙9)をもって、プログラム2の概要、機能、開発フェーズ分割(同プログラムにおいては、フェーズ0〜3の4段階に分けた開発が予定されていた。)等を原告に示し、あるいは関連資料を原告宛に郵送するなどした。原告はこれを受けて、開発期間の見積もり等の作業に着手し、同年4月下旬ころには、見積もった開発期間等を被告に示した。
 上記のやりとりを経て、原告は、平成9年5月ころ、プログラム2の開発に着手した。
 当初は、平成9年5月1日付けで開発を開始し、翌平成10年1月末日までにフェーズ2まで完成させたプログラム2が納入される予定(乙5の8枚目及び6枚目)であったが、前記プロジェクトが複雑で、プログラムに生じた不具合の修正のため納入が遅れた。そこで、平成10年2月20日ころ、開発期間を平成10年3月31日まで2ヶ月間延長する手続がとられた(乙3)。同年3月末ころになると、プレイステーション2の開発が始まり、開発部門のリソースの重点もプレイステーション2に置かれるようになってきたため、前記プロジェクトの中断も検討され始めた。
 このような状況の下、原告は、平成10年4月27日ころ、その時点の成果物であるプログラム2を被告に納入した。
 しかるに、同プログラムは、当初予定されていた仕様に照らし完成品とはいえないものであったことから、引き続き原告による開発・検討が進められ、同年5月25日に、修正されたプログラム2(以下「プログラム2改訂版」という。)を収めたフロッピーディスクが被告に郵送された(乙5の「Page55」と表記された頁)。
 しかしながら、プログラム2改訂版については、試験するのに必要な情報が不足しており(乙5の「Page56」、「Page88」、「Page94」と表記された各頁)、また、エラー発生の問題もあって(乙5の「Page98」、「Page134」と表記された各頁)、被告において検収を完了することができなかった(なお、エラーの発生については、開発環境の相違に起因するものもあったが、それ以外の原因も多数存在した。乙5の「Page197」と表記された頁等参照)。そこで、被告は、原告にも協力を求めつつ、プログラム2改訂版の検収を続け、原告は、同年8月3日、同プログラムの実行ファイルを被告に送信した。しかし、結局、同プログラムの不具合は完全に修補されないまま、被告はプレイステーション2の開発に力を注ぐことになり、プログラム2のこれ以上の開発は事実上断念されることになった。
(11) ところで、原告がプログラム2の開発に着手して間もない平成9年5月15日ころ、被告社内において、上記開発に対する原告への報酬を月額180万円、開発期間を平成9年(1997年)5月1日から平成10年(1998年)1月31日までの9ヶ月間とする旨の決済文書(乙2)が作成された。
 また、平成9年5月19日、原告は被告に対し、同プログラムの開発に関する契約書のドラフト(草案)の送付を求める旨のEメールを送信した。これに対し、被告は、今回の契約は従来と異なり報酬額が大きいため、役員会の承認を得る必要があり、そのためまだ社内手続中であるが、承認を得られれば支払は開始できるし、契約書の作成にも着手できる見込みである旨返信した(乙5の5枚目)。
 上記から分かるとおり、本来であれば、この時点でプログラム2に関する業務委託契約書を作成することが予定されていたところ、具体的な経緯や理由は不明であるが、結果として、被告社内において、原告と直接に接する開発部から法務部(当時は総務部法務課)に対し、契約書作成の依頼が伝達されることはなく、また、法務部において業務委託契約締結が決済されることもなかった。しかも、プログラム2の開発委託契約については、対象となる業務・対価の額・開発期間以外は、それまでのプログラム3〜7及び1の開発委託の場合と変わらなかったため、開発部としては、同部の確認を経ずに、法務部から直接原告に契約書が送付されるものと思っていたことから、法務部が契約書を作成していない事実に気づかなかった。
 被告は、平成10年2月20日ころ、プログラム2の開発期間を同年3月31日まで2ヶ月間延長するための決済手続をとった際(乙3、乙5の「Page21」、「Page22」と表記された各頁)、契約書が存在しない事実に気づき、同年7月ころになって法務部で改めて検討した結果、成果物が発生し得る契約内容であるため、権利の帰属を明確にするため、今からでも契約書を作成すべきであるとの結論に達した(乙5の「Page99」〜「Page105」と表記された各頁)。そこで、プログラム2改訂版が平成10年5月25日に納入された上記事実を踏まえ、プログラムの納入期限を平成10年5月26日までとして契約書B(甲5)を作成し、印紙貼付のうえ原告の押印を得るため平成10年7月17日に郵送した。しかるに、原告からこの契約書Bが返送されることはなく、同契約書の内容について変更を希望する旨の平成10年8月31日付け書簡(甲6参照)が送付されてきた。
 なお、契約書Bにおいては、プログラム2の納入期限を平成10年5月26日としたほか、月額180万円の報酬を平成9年6月から平成10年4月までの11ヶ月間(合計1980万円)、毎月25日に振り込んで支払うものとされているが、実際の報酬は、原告がプログラム2の開発に従事した期間に対応して、平成9年5月から平成10年1月の各月末に180万円ずつ合計1620万円、さらに平成10年3月中に4回に分けて合計459万円、総計2079万円(消費税込み)が支払われた。
 この間、原告が上記対価の額や算定方法につき、文書やEメールにより異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡は一切ない。さらに、原告がプログラム2の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともない。
(12) 第2、2(5)記載のとおり、原告代理人のB弁護士らは、被告に対し、平成10年11月20日付け内容証明郵便(甲7)をもって、プログラム1及びプログラム5の著作権が原告に帰属することを前提に、これらのプログラムの使用対価の支払を求めるとともに、契約書B記載に係る契約内容について話し合う必要がある旨を通知した。原告が、本件各プログラムの一部につき、その著作権が自らに帰属する旨を主張したのは、この時が初めてであった。
 これに対し、被告代理人C弁護士らは、同年12月28日付け内容証明郵便(甲8)をもって、上記各プログラムの著作権はいわゆる職務著作の規定(著作権法15条2項)あるいは譲渡の合意により被告に帰属するものであるから、これらプログラムの使用対価の支払を求める原告の主張は理由がないと考える旨を回答し、B弁護士らは、平成11年2月2日付けファクス文書(甲9)をもって、職務著作及び著作権譲渡合意に関する被告の上記主張は理由がないものである旨反論した。
 B弁護士ら及びC弁護士らは、同年3月8日に協議の場を持ったが、C弁護士らは、その場でB弁護士らに対し、原告の要求する具体的な金額とその根拠を提示するように求めた。
 B弁護士らは、同年5月11日付けファクス文書(甲10)をもって、被告の販売するプレイステーションの売上高等を根拠に、平成10年3月までに原告の得るべき著作権使用料は、少なくとも11億0077万9490円である旨などを通知したが、被告代理人であるC弁護士、D弁護士及びE弁護士らは、同年6月11日付け内容証明郵便(甲11)をもって、プログラム5及びプログラム1の著作権が原告に帰属することを前提とする原告の巨額な金銭請求には到底応じることができない旨回答した。
 原告代理人F弁護士は、被告に対し、平成14年9月27日付け内容証明郵便(甲12)をもって、本件各プログラムの著作権が原告に帰属することを前提に、プログラム1及びプログラム2の著作権の侵害を理由とする損害賠償請求を求める旨などを通知した。これに対し、C弁護士、D弁護士及びE弁護士らは、同年10月15日付け内容証明郵便(甲13)をもって、本件各プログラムの著作権は、職務著作の規定(著作権法15条2項)あるいは譲渡の合意によりいずれも被告に帰属するものであるから、原告の上記請求には応じられない旨を回答した。
 原告は、平成15年3月27日に本件訴訟を提起した。
2 争点1(著作権の帰属)及び2(著作者人格権侵害の成否)について
(1) プログラムの開発委託
 上記1で認定したとおり、被告が本件各プログラムのようなプレイステーション本体に直接関連するソフトウェアの開発を委託する場合、@開発に要する工数その他の費用をベースに一ヶ月当たりの単価(報酬金額)と工期(開発に必要な期間)を予め定めた上、単価に工期を乗じた金額を報酬総額として支払うのが通例であったこと、A開発に際して受託者に工期に関する見積書を提出させる扱いとなっており、原告も、本件各プログラムの中で最初に開発されたプログラム3の開発に伴い、工数(開発に従事する人数)が1人であることを前提に、「7人月」が予定工期である(工数を1として7か月の開発期間を要するとの意味)旨の平成7年1月27日付け見積書(乙15)を提出したこと、Bまた、開発されたプログラムは、被告独自のフォーマットに準拠したものであり、プレイステーション本体ないしプレイステーション用のゲームソフトに組み込まれるほかには直接の用途のないものであることなどから、これらプログラムの著作権は委託者である被告に帰属するものとして認識されており、被告においても、委託先を問わず、開発されたソフトウェア及びこれに対する著作権等一切の権利は被告に帰属すること(いわゆる「買い取り方式」)を前提に開発委託契約を締結してきたこと、C被告が開発されたプログラムにつき一切の権利を保有すること及びこれらをプレイステーション用に使用・改変することについて、開発受託者から異議を唱えられたことは、本件における原告からの異議を除けば一度もないこと、以上の各事実が認められる。
(2) プログラム3〜5について
 本件各プログラム開発の具体的な経緯についてみても、まず、プログラム3〜5については、D原告は、被告からの委託に基づき、平成5年12月28日ころからプログラム3の開発に着手し、その後プログラム4及びプログラム5の開発に着手したところ、遅くとも平成6年1月26日ころまでに契約書@が、同年4月27日ころまでには同契約書に記載された開発委託契約の期間を3ヶ月間延長する旨の合意書がそれぞれ作成されたこと、E原告は、契約書@及び合意書に記載された開発委託契約の内容を履行し、遅くとも平成6年3月15日ころまでにはプログラム3を、遅くとも同月24日ころまでにはプログラム4をそれぞれ被告に納入し、また、同年7月12日ころには、プログラム5を納入したこと、Fこれらプログラム開発の対価についても、各月ごとの支払の多少の遅れはあったものの、契約書@及び合意書の記載どおり、平成6年2月から同年9月にかけて、合計700万円(100万円×6+50万円×2)が支払われたこと、Gこの間、原告が契約書@及び合意書の作成につき何らかの異議を述べた形跡は一切なく、また、これら文書に記載された対価の額や算定方法につき異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ないばかりか、原告がプログラム3〜5の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともないこと、以上の各事実が認められる。
(3) プログラム6及び7について
 また、プログラム6及び7については、H原告は、被告から、平成6年11月1日ころプログラム6開発の委託を受け、平成7年1月27日ころプログラム7開発の委託を受けて、いずれもそのころ各プログラムの製作に着手したところ、遅くとも平成7年2月21日までに契約書Aが作成されたこと、I原告は、契約書Aに記載された開発委託契約の内容を履行し、平成6年12月22日ころにはプログラム6を、平成7年7月10日ころにはプログラム7を、それぞれ被告に納入したこと、Jこれらプログラム開発の対価についても、各月ごとの支払の遅れはあったものの、契約書Aの記載どおり、平成6年12月から平成7年6月にかけて、合計880万円(110万円×8)が支払われたこと、Kこの間、原告が契約書Aの作成につき何らかの異議を述べた形跡は一切なく、また、同契約書に記載された対価の額や算定方法につき異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ないばかりか、原告がプログラム6及び7の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともないこと、以上の各事実が認められる。
(4) プログラム1について
 さらに、プログラム1については、L原告は、平成8年6月5日ころ、被告からの委託に基づきプログラム1の製作に着手し、同年7月30日ころには、プログラム1を被告に納入したこと、Mプログラム1の開発については、契約書は作成されなかったものの、原告への報酬支払に必要な被告社内の決済文書(乙1)が平成8年6月28日付けで作成され、同プログラム開発委託の報酬として、被告から原告に対し、平成8年7月から同年8月にかけて月額150万円相当の合計309万円(消費税込み)が支払われたこと、Nこの間、原告が契約書の作成を求めた形跡は一切なく、上記対価の額や算定方法につき異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡も一切ないばかりか、原告がプログラム1の著作権が自らに帰属する旨を主張したこともないこと、以上の各事実が認められる。
(5) プログラム2について
 そして、プログラム2については、O原告は、平成9年2月17日ころ、被告からプログラム2開発の委託を受け、同年5月ころ、同プログラムの製作に着手し、平成10年4月27日ころには、その時点の成果物であるプログラム2を被告に納入したこと、Pしかるに、同プログラムは、当初の仕様に照らし完成品とはいえないものであったことから、引き続き原告による開発・検討が進められ、同年5月25日に、プログラム2改訂版が被告に納入されたこと、Qその後、被告は、原告にも協力を求めつつ、プログラム2改訂版の検収を続け、原告は、同年8月3日、同プログラムの実行ファイルを被告に送信したこと、R原告がプログラム2の開発に着手して間もない平成9年5月15日ころ、被告社内において、原告への報酬を月額180万円、開発期間を平成9年(1997年)5月1日から平成10年(1998年)1月31日までの9ヶ月間とする旨の決済文書(乙2)が作成されたところ、平成9年5月19日、原告は被告に対し、契約書のドラフト(草案)の送付を求める旨のEメールを送信し、被告はこれに対し、今回の契約は報酬額が大きいため、役員会の承認を得る必要があり、そのためまだ社内手続中であるが、承認を得られれば支払は開始できるし、契約書の作成にも着手できる見込みである旨返信したこと、Sしかるに、何らかの理由により契約書が作成されないまま、プログラム2の開発が進められ、その後の平成10年2月20日ころ、開発期間を同年3月31日まで2ヶ月間延長する手続がとられたが、この間、平成9年5月から平成10年3月にかけて、被告から原告に対し、合計2079万円(180万円×11+消費税)が支払われたこと、<21>少なくとも平成10年7月17日ころまでは、原告が上記対価の額や算定方法につき異議を述べたり、被告に検討を要求したりした形跡は一切なく、同日ころ、被告が原告に対し、契約書Bの作成を求めたところ、原告から同契約書の内容について変更を希望する旨の平成10年8月31日付け書簡(甲6参照)が送付され、これが、原告が被告との間の業務委託契約の内容につき異議を述べた初めての機会であったこと、<22>原告代理人(当時)のB弁護士らは、被告に対し、平成10年11月20日付け内容証明郵便(甲7)をもって、プログラム1及びプログラム5の著作権が原告に帰属することを前提に、これらのプログラムの使用対価の支払を求めるとともに、契約書B記載に係る契約内容について話し合う必要がある旨を通知したが、原告が、本件各プログラムの少なくとも一部につき、その著作権が自らに帰属する旨を主張したのは、この時が初めてであったこと、以上の各事実が認められる。
(6) 開発委託契約等の成立
 上記認定に係る各事実によれば、被告会社においては、本件各プログラムのようなプログラムについては、委託者に著作権等一切の権利を帰属させるとともに、受託者に対して著作者人格権を行使しないことを前提に、月額の報酬に開発期間を乗じた総額を報酬として支払うのが通例であったところ(いわゆる「買い取り方式」)、原告もこれに沿った見積書を出した上でプログラム3の開発に着手し、原告被告間で作成された契約書@、合意書及び契約書Aの各記載どおり、平成6年1月ころから平成10年5月ころにかけて、順次プログラム3〜7、1、2を開発して被告に納入する一方で、プログラム3〜5については概ね月額100万円、プログラム6及び7については月額110万円の報酬を受け取ったものである。また、プログラム1及び2についても、契約書こそ作成されなかったものの、前者については月額150万円、後者については月額180万円の報酬を受け取ったばかりか、少なくとも、プログラム2改訂版を納入した後である平成10年7月17日ころまでは、対価の額についても本件各プログラムに関する権利の帰属についても、証拠上、何ら異議を述べた形跡がない(原告本人の陳述書〔甲17、甲23、甲24〕には、上記の点に関し、当初からGに対して異議を述べていた旨の記載があるが、同記載を裏付ける客観的証拠は存在せず、同記載のとおりの事実を認めるには足りない。)。
 上記によれば、(ア)プログラム3〜5については、遅くとも平成6年4月ころには、これら3つのプログラムを併せて開発期間を7ヶ月間、報酬を合計700万円(100万円×6+50万円×2)とする旨の開発委託契約が、(イ)プログラム6及び7については、遅くとも平成7年2月ころには、これらのプログラムを併せて開発期間を8ヶ月間、報酬を合計880万円(110万円×8)とする旨の開発委託契約が、(ウ)プログラム1については、平成8年6月ころに、開発期間を2ヶ月間、報酬を合計309万円(150万円×2+消費税)とする旨の開発委託契約が、(エ)プログラム2については、開発期間延長の合意を経た上、遅くとも平成10年2月ころには、開発期間を11ヶ月間、報酬を合計2079万円(180万円×11+消費税)とする旨の開発委託契約が、それぞれ原告と被告の間で成立したものと認められる。また、これら各開発委託契約の成立と同時に、(オ)本件各プログラムの著作権を成立と同時に原告から被告に移転する旨の譲渡契約が成立し、これに加えて、(カ)原告に留保される著作者人格権についても、被告がこれをプレイステーションに関連する利用のために改変する行為に対してはこれを行使しない旨の合意が、順次成立したものと認められる。
 そうすると、本件各プログラムの著作権が、職務著作の規定(著作権法15条2項)に基づき被告に移転したかどうかはさておいても、少なくとも上記の各譲渡契約に基づき、これらプログラムの著作権は成立と同時に順次被告に移転し、被告に帰属しているものと認められる。また、被告が本件各プログラム(の少なくとも一部)についてした改変が、被告の主張するように著作権法20条2項3号ないし4号の適用を受ける「改変」であるかどうかはさておいても、被告がこれらプログラムをプレイステーションに関連する利用のために行ったものであることは明らかである(弁論の全趣旨)から、これらの改変は、少なくとも原告と被告の間に成立した上記著作者人格権不行使の合意の範囲内の改変であるものと認められる。
 したがって、本件各プログラムの著作権が原告に原始的に帰属したまま、被告に移転していないことを前提とし、著作権侵害に基づく損害賠償を求める原告の請求(第1、1(1))は、理由がない。また、本件各プログラムの著作者人格権の侵害を根拠に、これら各プログラムの改変の禁止を求める原告の請求(第1、1(2))も、理由がない。
(7) 原告の主張について
 ところで、原告は、そもそもプログラム1及び2については、これらの開発委託契約の成立を証する文書自体が存在せず、また、プログラム3〜7については、契約書@、合意書及び契約書Aに記載された内容の各契約は、原告及び被告が、原告が受領すべき対価の点において、これら文書における表示と真意とが食い違っていることを知りながら、あえてこれら文書を作成したものであるから、原告がこれら文書により成立したと主張する業務委託契約は、通謀虚偽表示(民法94条1項)により全体が無効であり、仮に、被告がこれら文書における対価の表示が真実と合致していると考えていたとしても、本件の事実経過からして、原告の真意を知り得たものであるから、心裡留保(民法93条但書)により無効である旨を主張する(第3、1(原告の主張)(2)イ)。
 しかしながら、まずプログラム1及び2については、既に詳細に認定した前記事実関係に照らせば、これらについて、上記(6)(ウ)、(エ)記載のとおりの開発委託契約の成立したことが優に認められるところであるから、原告の上記主張を採用することはできない。
 また、プログラム3〜7についても、前記事実関係に照らせば、被告が主張するように、原告と被告が、対価の点につき合意が成立していないことを知りながら、被告社内の支払手続のために、あえて虚偽の内容の契約書類を作成したとか、上記合意の成立していないことを被告が知り得べきであったとは認められない。この点に関する原告の主張は、証拠上認められる事実関係に合致しないものであって、採用の限りでない。
3 争点4(契約に基づく対価請求の可否)について
 原告は、仮にプログラム2について原告被告間に開発委託契約が成立していたとしても、原告は月額報酬180万円の約束で平成9年2月17日からプログラム2の開発に着手し、平成10年8月3日に実行ファイルを送信するまで17.5か月間、プログラム2の開発・製作に従事したものであるから、3307万5000円(189万×17.5)の報酬請求権が発生しており、既払分2079万円を控除した残額1228万5000円の支払を被告に請求することができると主張する(第3、3(原告の主張))。
 しかしながら、プログラム2の開発に関する具体的な事実関係(上記2(5))に照らせば、同プログラムについては、開発期間延長の合意を経た上、遅くとも平成10年2月ころには、開発期間を11ヶ月間、報酬を合計2079万円(180万円×11+消費税)とする旨の開発委託契約が、原告と被告の間で成立したと認められるのは、前判示のとおりである。
 本件各プログラムの開発委託に関する原告被告間の契約においては、報酬支払の対象となる開発期間を延長する際には、原則として文書が作成されており、例えばプログラム3〜5に関する契約書@(甲1)記載の開発期間を3ヶ月延長する際には合意書(甲2)が作成されている。また、契約書は作成されなかったものの、被告社内の決済文書(乙2)に記載されたプログラム2に関する当初の開発予定期間9ヶ月を2ヶ月延長する際も、同様の決済文書(乙3)が作成されている。しかるに、プログラム2の開発期間を、原告が主張するように、さらに6.5ヶ月延長して17.5ヶ月とすることの合意が存在したことを裏付けるに足りる書証は存在しない。また、原告は、プログラム2の開発に本格的に着手した平成9年5月以前にも開発期間見積等のための作業に従事したことや、プログラム2を納入した平成10年4月27日ころ以後も、同年5月25日にプログラム改訂版を納入し、同年8月3日に同プログラムの実行ファイルを送信したことなどをもって、開発期間が延長されたものとみて、この延長された期間(6.5ヶ月)分の報酬を請求しているものと考えられるが、例えば平成10年4月ころ以後の原告被告間のEメールのやり取り(乙5)を子細に検討しても、原告が主張するような開発期間の延長を前提にした記載や、原告が被告に対し、例えば期間延長分の報酬の追加支払を求める内容の記載は一切存在しない。
 上記の点からみても、原告の上記主張は、証拠の裏付けを欠くものというほかなく、採用することができない。
 以上のとおりであるから、契約に基づく対価を請求する原告の請求(第1、2)は、理由がない。
4 上記2、3で判示したところによれば、原告の主位的請求(第1、1)及び予備的請求(第1、2)は、いずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 青木孝之
 裁判官 吉川泉


(別紙)目録
1(プログラムの名称) Playstation Arcade 96(GEX-3000)のlibspu(基本サウンドライブラリ)
 (プログラムの内容) 業務用ゲーム機(アーケード版)用の基本サウンドライブラリ
2(プログラムの名称) オブジェクトレベル最適化フィルタ
 (プログラムの内容) オリジナルコプロセッサ(MIPSアーキテクチャにおける定義)へのコマンド発行・レジスタアクセスをアセンブラ・コンパイラから高効率かつ簡易に行うための、オブジェクトファイルのテキストセクションを対象とした最適化ファイル機能を有したゲームソフト等の開発ツール
3(プログラムの名称) Disklinkデバイスドライバ
 (プログラムの内容) PSX開発システム用SCSI接続システム
4(プログラムの名称) Playstationのlibapi(カーネルライブラリ)のルートカウンタ管理サービス及びソフトウェアカウンタサービス並びにモジュール管理サービス
 (プログラムの内容) 表示ピクセル・水平同期・システムクロック・垂直同期などのルートカウンタ機能と、デバイスドライバ・共有ライブラリ・ユーザーアプリケーションの各モジュールをロード・実行する基本的機能を有した、プレイステーション用の共有ライブラリ及びアプリケーションプログラムに提供する基本的機能
5(プログラムの名称) CD-ROMライブラリ(libcd)
 (プログラムの内容) プレイステーション用のCD-ROMライブラリ
6(プログラムの名称) Playstationのlibgte(基本ジオメトリライブラリ)バージョンアップ版
 (プログラムの内容) プレイステーション用の基本ジオメトリライブラリの各関数が使用している基本演算部分の高速化等
7(プログラムの名称) 新Playstation用のlibapi(カーネルライブラリ)の新スレッド管理サービス試作
 (プログラムの内容) プレイステーション用の共有ライブラリ及びアプリケーションプログラムに提供する基本機能としてマルチタスクを実現しているスレッド管理機能を、新プレイステーション用に全く異なるスレッド管理機能として新たに試作開発
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/