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【事件名】“アラジン”ストーブ商標事件
【年月日】平成16年3月4日
 東京地裁 平成13年(ワ)第4044号 商標権不存在確認等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成15年12月18日)

判決
原告 A
同訴訟代理人 妹尾修一朗
被告 有限会社アラブジャパンインタープライズ
同訴訟代理人 江崎正行


主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙第1商標目録記載の商標権につき、原告からの1991年9月10日付け譲渡を原因としてされた、ジョルダン・ハシェミット王国通商産業省商標登録事務所1991年12月23日受付の被告名義の商標権移転登録の抹消登録手続をせよ。
2 被告は、別紙第2商標目録記載の商標権につき、原告からの1991年9月10日付け譲渡を原因としてされた、ジョルダン・ハシェミット王国通商産業省商標登録事務所1992年2月5日受付の被告名義の商標権移転登録の抹消登録手続をせよ。
3 被告は、別紙第3商標目録記載の商標権につき、原告からの1991年9月10日付け譲渡を原因としてされた、ジョルダン・ハシェミット王国通商産業省商標登録事務所1992年2月15日受付の被告名義の商標権移転登録の抹消登録手続をせよ。
第2 事案の概要等
1 本件は、ジョルダン・ハシェミット王国(以下「ヨルダン国」という。)通商産業省において、オイルストーブ及びオイルバーナーを指定商品(商品区分第11類)として登録されている3つの登録商標(以下「本件各商標」という。)について、原告から被告への商標権譲渡契約を原告が解除したこと等を理由として、被告名義への商標権移転登録の抹消登録手続を求めている事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実。証拠により認定した事実については、該当箇所末尾に証拠を掲げた。)
(1) 当事者(甲17)
 原告は、石油ストーブ等を生産する株式会社フジカ(以下、単に「フジカ社」という。)の代表取締役を務める者である。
 被告は、化学薬品(化粧品、肥料等)、薬品(医薬品、工業用薬品)等の貿易を行う有限会社(日本法人)である。
 なお、被告代表者Bは、ヨルダン国において、ポーラ・スター・インタープライズ社( POLAR  STAR  ENTERPRISE 。以下「ポーラ・スター社」という。)を経営している。
(2) 本件各商標について(甲23の1ないし6)
ア 別紙第1商標目録記載の商標(登録番号12818号。指定商品オイルストーブ及びオイルバーナー。商品区分第11類。以下、「本件商標1」という。)は、1974年(昭和49年)5月15日、原告名義で、ヨルダン国通商産業省において商標登録され、その後、1991年(平成3年)9月10日付け譲渡を原因として、同年12月23日、ジャパニーズ・アラブ・インタープライズ( The Japanese Arab Enterprise 。本件被告。以下同様。)名義に移転登録された。
 なお、本件商標1の有効期限は、2009年(平成21年)5月15日である。
イ 別紙第2商標目録記載の商標(登録番号14954号。指定商品オイルストーブ及びオイルバーナー。商品区分第11類。以下、「本件商標2」という。)は、1977年(昭和52年)9月10日、原告名義で、ヨルダン国通商産業省において商標登録され、その後、1990年(平成2年)9月10日付け譲渡を原因として、1992年(平成4年)2月5日、ジャパニーズ・アラブ・インタープライズ( The Japanese Arab Enterprise )名義に移転登録された。
 なお、本件商標2の有効期限は、2012年(平成24年)9月10日である。
ウ 別紙第3商標目録記載の商標(登録番号26577号。指定商品オイルストーブ及びオイルバーナー。商品区分第11類。以下、「本件商標3」という。)は、1986年(昭和61年)1月29日、原告名義で、ヨルダン国通商産業省において商標登録され、その後、1991年(平成3年)9月10日付け譲渡を原因として、1992年(平成4年)2月15日、ジャパニーズ・アラブ・インタープライズ( The Japanese Arab Enterprise )名義に移転登録された。
 なお、本件商標3の有効期限は、2007年(平成19年)1月29日である。
(3) 原告と被告は、1991年(平成3年)9月10日、原告から被告に対し、本件商標1を譲渡する旨の合意(以下「本件契約」という。)をし、同日付けの商標権譲渡契約書(乙40〔英文部分が原本〕。以下「本件契約書」という。)を作成した(本件契約書には、譲受人の表示が「住所 東京都大田区南雪谷5丁目9番13号」「名前 アラブジャパンインタープライズ 代表者B」と記載されているが、住所は、代表者B個人の住所である。)。
第3 争点及び争点に対する当事者の主張
1 本件の争点は、本件契約の解除の成否である。
2 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 本件商標1について
ア 原告と被告の間で、次の経過の下、本件契約の締結の際に、口頭で下記(ウ)記載の特約が合意された。
(ア) 原告は、1989年(平成元年)3月頃、ヨルダン国に所在するアラジンヨルダン社(以下「アラジン社」という。)のC専務から、本件商標1の登録名義が、原告からアラジン社名義に移転登録されている旨を聞かされた。原告は、1986年(昭和61年)頃、アラジン社との間で、フジカ社の製品たる石油ストーブ等のヨルダン国における組立、販売等を内容とする未完成の契約書類に署名し、アラジン社の担当者に交付したことがあった。このため、原告は、アラジン社がこの際に原告から受領した未完成の契約書類を悪用し、本件商標1の登録名義を原告名義からアラジン社名義に移転登録したものと、推測した。
(イ) 原告は、これに対する対応策を探るうち、1991(平成3)年2月、知人から、被告代表者のBを紹介され、同人に上記(ア)に記載の事実についての善後策を相談した。
 その結果、原告から被告に本件商標1を譲渡して、ヨルダン国において、被告が、真実の商標権者たる原告から本件商標1を譲り受けたとして、アラジン社の登録名義を抹消する訴訟を提起し、被告において本件商標1について有効な登録を取得してもらうこととした。そして、被告にヨルダン国での訴訟を有利に進めてもらうため、原告は本件契約に合意し、本件契約書を作成したものである。
 なお、本件契約書の日付は、1991年9月10日であるが、実際に署名をしたのは、Bがフジカ社事務所に来た同月27日である。
(ウ) また、原告と被告の間で、本件商標1の譲渡代金である20万ドルは、被告がヨルダン国にて有効な登録名義を得られた時に、原告に持参又は送金して支払う旨の特約(以下「本件特約」という。)が合意された。
 本件契約書には、被告から原告に対し、20万ドルを支払った旨が記載されているが、これは、上記のとおり、本件契約書を、ヨルダン国での被告とアラジン社との間の裁判で証拠として使用し、その訴訟を有利に進行させるためであって、事実に反して記載されたものであり、本件特約を書面にしなかったのは、被告からの要請である。
イ 本件契約締結後、原告は、被告が、本件契約締結時の約束どおり、本件商標1の真の所有者である旨主張し、ヨルダン国において、アラジン社を相手方として訴訟を提起し、1997(平成9)年8月末頃には、名実ともに本件商標1の商標権者として本件商標1の移転登録を完了したものと信じていた。しかし、その後、そもそも本件商標1の登録名義が原告からアラジン社に移転登録されていた事実はなく、本件商標1については、本件契約により、原告名義から直接被告名義に移転登録されたことが判明した。
ウ(ア) しかし、いずれにしても、結果として、被告は、本件商標1について、有効な登録名義を取得しているものである。しかるに、被告は、原告に対して、20万ドルを支払わない。そこで、原告は、被告に対し、商標譲渡代金の不払いを理由として、平成13年8月21日ころ被告に到達した本件訴状をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除」という。)。
 よって、原告は、被告に対し、本件解除に基づく原状回復として、本件商標1につき、被告名義への移転登録の抹消登録手続を求めるものである。
(イ) 仮に、上記解除が認められないとしても、本訴状が送達された平成13年8月21日ころから相当期間たる10日間が経過したことをもって、本件契約は解除されるに至ったものである。
(2) 本件商標2及び同3について
ア 原告は、被告から、ヨルダン国でのアラジン社との裁判を有利にするための資料が必要であるという口実で、本件商標2及び同3、並びにこれらが付されている品物に関するビジネスとその権利等を被告に売却、譲渡すること等を要請された。そこで、原告は、本件契約当初は対象となっていなかった本件商標2及び同3などについても、被告に譲渡する旨を合意した書面(乙25など)に署名した。
イ 本件商標2及び同3は、上記アのとおり、真実は、原告から被告に譲渡されていないものであるから、原告は、本件商標2及び同3につき、被告名義への移転登録の抹消登録手続を求める。
(被告の主張)
(1) 本件商標1について
ア 原告と被告は、1991年(平成3年)9月10日に本件契約に合意し、被告代表者Bと原告は、同月30日、本件契約書について、公証人の認証を受けるため、東京都千代田区にある霞ヶ関公証役場に赴いた。
 本件商標1の譲渡代金20万ドルについては、霞ヶ関公証役場に赴く前に待ち合わせた同役場所在のビル内にあるレストラン又は喫茶店において、Bが、現金20万ドル(100ドル紙幣で2000枚)を被告会社の封筒に入れて、原告に手渡した。
 したがって、被告に譲渡代金支払債務の不履行の事実はない。
イ 原告と被告の本件契約締結後の経過は、次のとおりである。被告は、本件契約が合意された1991年9月10日当時、原告から、本件商標1の登録名義がアラジン社名義になっているなどという話を聞いていない。
 仮に、原告の主張するように本件契約締結当時被告から原告への20万ドルの支払がされていなかったとしたら、下記(イ)のように、1991年(平成3年)12月19日、原告の本件契約の条項の違反を理由として、被告から原告に20万ドルの返還を請求するはずがない。
(ア) 被告が、1991年12月8日、ヨルダン国にて、本件商標1について、移転登録の申請手続に着手したところ、同月12日、アラジン社から、FUJIKA商標を使用してはならない旨の警告状を受けた。
(イ) 被告は、原告に対し、1991年12月19日、本件契約の3条(原告は、ヨルダン国及び海外において、「FUJIKA」商標の唯一の所有者であり、本商標についてはいかなる紛争もなく、原告は以前に他者に対して譲渡したことがないことを承認する旨の条項)に違反するとして、支払済みの20万ドルの返還を求めた。
(ウ) 被告は、1992年(平成4年)1月15日にも、アラジン社から法的手続をとる旨の警告状を受け、同月18日、同年3月24日、同年5月22日に、原告に対し、本件契約条項違反と20万ドルの返還を求める催告を行ったが、これらに対して原告から回答されることはなかった。
(エ) 結局、被告は、アラジン社から訴訟を提起され、この裁判について、弁護士費用等の出費を余儀なくされたため、原告に対し、1993年(平成5年)1月12日に3万3000ドルを、同年9月9日に6万6000ドルを請求したが、一向に支払われなかった。
(2) 本件商標2及び同3について
 本件商標2及び同3は、1991年11月12日付けジョイント・リクエストの契約(乙25)に基づき、原告から被告に対し、適法に譲渡されたものである。
第4 当裁判所の判断
1 前記の「前提となる事実」(前記第2、2)に、証拠(該当箇所記載の後掲各証拠、原告本人尋問(第1、2回。以下、同様)、被告代表者尋問)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 原告とアラジン社との関係について
ア 原告は、東京都内所在の特許開発有限会社(以下「特許開発」という。)に対し、1983年(昭和58年)12月22日、 原告がヨルダン国、イラン等で出願していた本件商標1及び本件商標2を含むFUJIKAの商標等10種類を譲渡する売買契約を締結した(乙27)。
イ 原告、特許開発及びアラジン社は、1985年(昭和60年)9月18日、下記の内容を含む契約書(乙24)に調印した。
 「(前文)・・・
 原告と特許開発は、日本及び世界中でFUJIKAストーブの商号と商標のオーナーである。
 原告と特許開発は、アラジン社に、次の権利を認める契約の締結を求め、アラジン社はこれを受諾した。
 (a) 全てのFUJIKAストーブを製造組立してヨルダン国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦・・・に販売する権利
 (b) 当該地域での全てのFUJIKAストーブを独占的に販売する権利・・・」
 「原告と特許開発は、アラジン社の同意を得ずにFUJIKA商標をいかなる第三者にも譲渡してはならない。
 以上を前提として、当事者は次のとおり、合意する。」
 「第2条 アラジン社は、原告が日本で登録し、原告と特許開発がヨルダン国で登録している商標等(登録番号第12818号商標「FUJIKA」、登録番号第14499商標「FUJIKA」、登録番号第14954商標「FUJIKA」(アラビア語)、特許番号第962号特許権)の行使された「FUJIKA」ストーブの製造販売を行うものとする。」
 「第3条 アラジン社は、当該地域のFUJIKAストーブの販売総代理店となるものとする。」
 「第6条 アラジン社は、原告と特許開発に対し、当該地域での1年間の製造販売数量の工場渡し価格の2.5%のロイヤルティを支払う。」
 「第16条 アラジン社は、当該地域の国々で唯一の独占的製造販売権を有するものとする。」
ウ アラジン社は、1989年3月15日、上記契約に従い、原告及び特許開発に対してロイヤルティを振込送金した。
 なお、原告は、ヨルダン国通産省から、上記契約締結前、本件商標1などについて、その有効期間満了前に更新手続を取らなかったために無効となる旨を通知されていたが、抹消手続等がとられず、放置されていた状態となっていたため、アラジン社その他ヨルダン国の特許事務所などの働きかけにより、再登録手続が取られた(乙28ないし37)。
(2) 本件契約に至るまでの経緯について(乙21の2、40、被告代表者尋問)
ア 1990年(平成2年)2月ころ、被告代表者Bは、知人を介して、フジカ社社長であった原告と知り合った。
 フジカ社は、1983年に倒産し、その後事業を再開したものの、1989年にヨルダン国に輸出したFUJIKAブランドの石油ストーブが大量に売れ残っていたため、これをなんとか売却できないかということで、原告が、被告に相談を持ちかけた。
 被告は、当時、FUJIKAブランドの石油ストーブは、中近東付近では人気が高く、販売価格次第では売却できるだろうとの理由から、フジカ社と取引を行うこととした。 
 そして、1990年3月ころ、フジカ社と被告との間で、上記の売れ残っていた石油ストーブについての譲渡契約が締結された。
イ 被告は、原告から購入した石油ストーブを売却したが、これらのストーブは、長期間アカバ港で保管されていたため、全体の25%ほどが腐食とさびによる損傷を受けており、被告は、売却先から損害賠償を請求される事態となった。被告は、売却先に賠償金を支払ったことによる損失について、フジカ社に対し、損失分相当額の賠償を求めたが、フジカ社からは、経営難を理由に賠償金を支払うことはできない旨の返答を受けた。
ウ 被告とフジカ社は、1991年(平成3年)1月から9月の間、FUJIKAブランドの石油ストーブの取引についての話し合いを続ける一方、フジカ社からの賠償金(上記イ)の支払いについては、経営難から金銭は支払えないので、原告が有するFUJIKA商標を被告に売却したいとの提案を受けた。
エ そして、原告と被告は、1991年9月10日、原告が、被告に、本件商標1を譲渡することで合意し、同日付けで本件契約書の草案を作成し、数回にわたる話合いの結果、譲渡代金は20万ドルと合意され、その余の条項についても合意に達した。
 本件契約書には、次の条項が記載されていた。
 「第3条 保証
 第1当事者(本件原告)は、ヨルダン国及び海外において『FUJIKA』の商標の唯一の所有者であり、本商標についてはいかなる紛争も生じておらず、第1当事者は、以前に他の誰にも譲渡証書を与えたことがないことを承認する。」
 「第5条 無競合
 第1当事者は、フジカ社の商標類似の商標をヨルダン国及び海外にて使用せず、本商標に関係がある製品を製造せず、ヨルダン国及び海外における商取引にそれを使用しないことを約束する。さもなければ、第2当事者(本件被告)は、この不法な競合を阻止するために必要な予防措置をとる権利とすべての保証を要求する権利を有する。」
 「第6条 価格
 本件契約は、本件契約の際、第2当事者から第1当事者に総額米国ドル200000が支払われて完了した。これにより、第1当事者は、その金額を受領したことを認め、かつ、本契約書の冒頭にて記述されているようにヨルダン国において登録されている本商標の所有権を要求しないものとする。」
オ(ア) 原告と被告は、本件契約の内容につき公証役場で認証してもらうこととし、1991年9月30日、原告と被告代表者Bは、東京都千代田区所在の霞ヶ関公証役場に赴いたが、同役場を訪れる前に、同役場の所在するビル(飯野ビル)の喫茶店で、Bは、原告に対し、本件契約上の譲渡代金として現金20万ドル(被告会社の封筒に入れた100米ドル紙幣2000枚)を支払った。
 当日、霞ヶ関公証役場において、公証人Dにより、原告と被告代表者Bが、同公証人の面前で1991年9月10日付けの本件契約書(原本は英文のもの。乙40)に署名したことが認証された。
(イ) 上記の点について、原告は、20万ドルについて領収書を受け取っていないこと、また、当時、20万ドルという大金を授受するには、外国為替に関する省令により大蔵大臣の許可等が必要であったはずであるのに、これらに関する書類が一切提出されていないとして、被告からの20万ドルの支払事実を否定し、原告本人も本人尋問及び陳述書(甲16、25、29、30の1)において、これに沿う内容の供述をしている。
 しかし、証拠(乙21の2、40、被告代表者尋問)によれば、このとき原告から、税金対策のため、20万ドルの受領については領収書を出したくないという要望があり、領収書は作成されなかったこと、本件契約書6条に「本件契約は、本件契約の際、第2当事者から第1当事者に総額米国ドル200000が支払われて完了した。」と明記されていることから、被告代表者Bとしても、契約書の記載で十分と考えてそれ以上に領収書を要求しなかったことが認められる。また、証拠(乙19、20、被告代表者尋問)によれば、当時、被告は、アラブ諸国や日本等の各国で貿易を行っており、まとまった現金を有していたものと認められるから、外国為替に関する省令による手続書類が存在しないことは不自然とまでは言えない。これらに照らせば、20万ドルを受領していないという原告本人の供述はたやすく信用できない。
(ウ) また、原告は、本件契約書に署名したのは、同月27日、Bが、フジカ社を訪れたときであった旨主張し、当時の手帳である甲30の2ないし6を提出する。
 たしかに、原告が当時使用していた手帳(甲30の5)には、同月27日の午後4時の欄に「B来社」と記載され、その右欄に「Sign」と記載されていることが認められ、Bが、その日にフジカ社を訪れたことは認められるものの、同手帳に記載された「Sign」が、本件契約書にサインしたことを意味するものかどうかは明らかではない。上記のとおり、霞ヶ関公証役場において、公証人の面前で署名したことが認証されている以上、原告の主張は採用できない。
(3) 本件契約締結後の経緯
ア 本件契約締結後、被告は、本件商標1以外にもヨルダン国におけるFUJIKA商標が存することを知り、本件契約の第5条に基づき、本件商標2、本件商標3及びヨルダン国第962号特許権についても、1991年(平成3年)9月10日付けの譲渡契約書により、原告から被告に移転されたものとして、被告がこれらの商標権及び特許権について権利者として登録されることを求めるヨルダン国通産省宛ての原告と被告の共同申請書(JOINT REQUEST)を作成した。そして、同年11月12日、霞ヶ関公証役場において、原告の代理人たるフジカ社の担当者Eは、原告が同書面に署名捺印したことを自認している旨を公証人に陳述し、被告代表者Bは、公証人の面前で同書面に署名捺印し、これらの旨を公証人Fが認証した(乙25、被告代表者尋問)。
イ 被告は、アラジン社から、1991年(平成3年)12月12日、次の内容の警告状を受けた(乙10)。
 「当社は、御社が、FUJIKA商標について権利を主張していると聞きました。当社は、1985年(昭和60年)9月18日に原告とG氏(特許開発社長)と契約し、ヨルダン国での商標権を取得しているので、FUJIKA商標権の行使は控えて欲しい。さもなければ、法的手続を採ることになります。」
ウ 被告は、アラジン社から上記イのとおり、警告を受けたため、1991年(平成3年)12月19日、原告に対し、「アラジン社と原告の1985年9月18日付けの契約が存在することは、原告と被告の本件契約第3条に違反する。アラジン社との裁判には時間と莫大な費用がかかります。つきましては、本件契約は無効であるので、20万ドルの返還を求めます。早急な回答を願います。」などと記載した文書(乙11)を送付した。
エ(ア) その後、被告は、ヨルダン国通産省から、被告が申請した本件契約に基づく商標権の移転登録申請を1991年12月23日付けで正式に受理した旨の通知を受けたが、本件契約書には本件商標1の記載しかなく、本件商標2、本件商標3及び第962号特許権に関する譲渡契約の記載がない旨の連絡を受けた。
 そこで、被告は、原告に対し、これらの商標権及び特許権についても、再度正式な契約書を作成するか、もしくはすべての契約を破棄し、20万ドルの返却をするかと申入れたところ、原告から、被告の希望するどのような契約書を作成しても構わないとの返答を受けた。そこで、1992年1月16日、原告は、「ヨルダン国商標権譲渡契約書」と題する書面(乙26)を作成して署名、捺印した上で、被告に交付した。そして、同日、霞ヶ関公証役場において、公証人に、原告と被告の代理人であるEが、原告が上記書面に署名したことを自認している旨を陳述し、これを公証人Hが認証した(乙12、21の2、23、26)。
(イ) 上記の「ヨルダン国商標権譲渡契約書」(乙26)の内容は、要旨次のとおりである。
 「A(譲渡人。本件原告)は、登録第12818号、第14954号及び第26577号各商標権並びに第962号特許権の権利者である。アラブジャパンインタープライズ(譲受人。本件被告)は、前記商標権の取得を切望している。そこで、譲渡人は、譲受人から譲渡人に渡された20万米ドルその他を受領する対価として、前記登録商標に関するすべての権利を、譲受人に譲渡する。この契約書は、譲受人が署名することで有効となる。」
オ 被告は、その後も、アラジン社から、ファクシミリにより、上記イと同様の内容の警告文書の送付を受けたため、その度に、原告に対し、上記ウと同様、原告が本件契約の第3条に違反しているとして、20万ドルの返還を求めた。しかし、原告からは何ら回答がなく、結局、被告は、アラジン社から訴訟を提起された。
 そして、被告は、遅くとも1993年1月12日以降には、原告に対し、本件契約書第3条違反を理由として、アラジン社との訴訟及び1991年以降の原告に対する紛争に関する弁護士費用を繰り返し請求した(乙1ないし9、13ないし16、21の2)。
(4) 本件各商標に関するヨルダン国での裁判について(乙18、21の2、44ないし46、被告代表者尋問)
ア アラジン社は、1993年(平成5年)10月28日、本件各商標に係る被告の登録名義の抹消を求める請求を商標登録事務所に申請したが、1996年(平成8年)10月6日に却下され、本件各商標については、アラブジャパン(本件被告)名義の登録が正当である旨の決定を受けた。アラジン社は、これを不服として、同月14日、商標登録官吏及び被告を相手として、@本件契約書は違法に作成されたものであるにもかかわらず、商標登録を許可した商標登録官吏の過失、A本件各商標は、原告名義で登録されてからその登録期間満了前に更新手続きを取らなかったために、無効となっていたが、その後の違法な再登録手続により有効な商標と扱われ、原告から被告に譲渡されたものであり、原告から被告に対する譲渡は無効であることなどを理由として、ヨルダン国最高裁判所に提訴した。
イ 上記提訴につき、ヨルダン国最高裁判所は、1997年(平成9年)2月26日言渡しの判決において、「1991年9月10日、商標法23条の規定に基づき、商標所有者(本件原告)と第2被告者(本件被告)間で商標譲渡契約書(本件契約書)が作成され、商標は所有者から第2被告者へ正式に売却譲渡された。これに従い、商標登録官吏は、第2被告者が正式な商標所有者であると決定し、本件商標1については1991年12月23日に、本件商標2及び本件商標3については1992年2月15日に、それぞれ移転登録された。」として、本件商標1ないし3については、いずれも1991年9月10日付けの本件契約書に基づいて、原告から被告に適法に譲渡され、適式に移転登録されたことを認定し、商標登録官吏の過失は認められないなどとして、アラジン社の提訴を棄却した。
2 本件は、ヨルダン国において登録された商標権に関する請求であり、渉外的要素を含むものであるから、準拠法を決定する必要がある。本件においては、本件商標1については、原告が譲渡代金の不払いを理由として譲渡契約を解除したと主張して、契約解除に基づき本訴における請求をし、被告は解除を争っているものであり、本件商標2及び同3については、被告が原告との契約に基づいて譲渡を受けたとして原告の請求を争っているものである。このように、本件においては、原告と被告との間の上記各商標権に関する契約の成否ないし解除の成否が問題となっているところ、この問題に適用されるべき法律は、これらの契約の当事者が日本人(原告)と日本法人(被告)であり、また、契約締結地は我が国であることから、法例7条1項、2項により、準拠法は日本法となる。
 そして、上記1において認定した各事実を総合すると、@原告は、既に1985年に、アラジン社との間で、ヨルダン国等の中近東において本件各商標を含むFUJIKA商標の付された石油ストーブをアラジン社が独占的に販売することを許諾する契約を締結していたこと、Aしかるに、原告は、本件契約当時、金銭的に困窮した状態にあったため、まず、被告に本件商標1を譲渡することとし、1991年9月10日、本件商標1の譲渡について被告と合意し、その後、話し合いの結果、譲渡金額を20万ドルとすることし、同月30日、被告から現金で代金20万ドルの支払を受けたこと、Bその後、被告からFUJIKA商標に類似する本件商標2及び同3などの商標の存在を指摘されたことから、原告がこれらの商標権を有したまま、これを行使すると、本件契約第5条に違反する結果を招くことになるので、1991年9月10日付け本件契約書5条に基づき、本件商標2及び同3についても、既に支払われた20万ドルを対価として被告に譲渡する旨を合意し、同年11月12日付けの共同申請書(JOINT REQUEST)が作成され(上記1(3)ア)、さらに、1992年1月16日に正式な書類として、「商標権譲渡契約」が締結された(上記1(3)エ(ア))こと、が認められる。
 したがって、被告は、本件契約に定める譲渡代金20万ドルを支払ったものであるから、代金支払債務の不履行を理由として本件商標1につき被告名義への移転登録の抹消登録手続を求める原告の請求は、理由がない。また、本件商標2及び同3についても、被告は、原告との契約に基づいて譲渡を受けたものであって、被告は適法に自己名義への移転登録を受けたものであるから、本件商標2及び同3につき、被告名義への移転登録の抹消登録手続を求める請求も理由がない。
3 原告の主張について(事実認定についての補足説明)
(1) 原告は、アラジン社が、原告の署名した書類を悪用して本件各商標の登録名義を原告名義からアラジン社名義に移転登録したことで、原告が困窮している際に、1990年2月に知人からBを紹介されたと主張し、原告本人は、本人尋問及び陳述書(甲16、25、29、30の1)において、これに沿う供述をしている。
 しかし、これは本件各商標につきアラジン社名義への移転登録が行われたことはないという客観的事実に反するものであり、さらに、証拠(甲12の1、乙42)によれば、原告と被告との間では、1990年2月よりも以前から取引が行われていたことは認められるもので、1990年2月に初めてBを紹介されたという原告本人尋問(第1回)における供述は、これに反する。また、原告は、アラジン社の担当者からFUJIKA商標の名義がアラジン社に変更されていると言われて、その話を信じたとも主張するが、ヨルダン国等の中近東においてFUJIKA商標に関する商取引を行っていた原告が、自己の商標について実際に誰の名義になっているかを登録原簿等で確認することもなく、アラジン社の担当者の話を軽々に信じたというのは、極めて不自然である。
 原告は、本件各商標の登録名義がアラジン社になっていると信じた理由について、原告本人尋問(第2回)や陳述書(甲29)において、単なる記憶違いであったとか、アラジン社との間で交わされた契約書は脅迫によってなされたものであるなどとも述べているが、供述の変遷についての合理的な理由は述べられておらず、いずれの原告の主張もあいまいとの印象を払拭できない。
 かえって、1993年(平成5年)9月10日付けの被告から原告にあてた文書(乙17の1)によれば、有効期間の過ぎた商標について更新手続がとられ、A名義(本件原告名義)で登録されたことを知っていたと思われる記述があり、遅くとも同日ころには、原告は、本件各商標が原告名義で再登録された事実を知っていたはずであるから、本件訴訟中に、原告名義で再登録されていた事実が分かったという原告本人の供述は信用できない。
(2) また、原告は、@1990年10月3日、被告からフジカ社担当者のEにあてたファクシミリ文書(甲5)に、1990年10月2日付けAL-RAI NEWS DAIRY NEWS PAPER(ニュース日刊新聞)に掲載されたと思われる「アラジン・マニュファクチャリング株式会社は、ヨルダン国及びすべてのアラブ諸国において『FUJIKA』の商標でのヒーターの製造、販売及び流通に関する権利を有する唯一の会社である。ブランドネーム『FUJIKA』での製品の輸入及び販売を商人に禁じることも警告する。この警告に違反した者に対して必要な法的措置をとる。」との警告が記載され、最後に、「***A様、ヨルダン国の弊社の弁護士に上記をはっきりさせるために公式の文書で貴殿の意見を述べてください。」と記載されていること、A1991年8月22日、被告からフジカ社にあてたファクシミリ文書(甲6)には、「‥‥‥ヨルダン国でのFUJIKA商標登録について、貴殿の登録を再確認するために、弊社の弁護士と共に通産省に行って来たが、‥‥‥スムーズにいきません。原告が、ヨルダン国の裁判所まで来て、ジュマあるいはアラジン社がいずれも有効な契約書を持っていないことを証明する書類を示し説明する必要がある。その他の方法としては、FUJIKAの商標を被告の名前に名義書換をすることです。そうすれば、ヨルダン国人としての被告が新しい契約当事者として本件を片づけることが可能になるでしょう。原告の権利が我々と共にあることを保証しつつ、個別の契約書に署名できる。その結果、原告は、被告と共に安全な側にいることになるでしょう。」と記載されていることを根拠に、被告は本件契約締結時、原告とアラジン社との間で商標権に関する紛争が生じていたことを知っていた旨を主張し、上記各ファクリミリ文書(甲5及び甲6)が、被告から発信されたものであることを証するものとして、ファクシミリの発信元が記載された甲5と同一の内容の甲11の1(同書最上部には「'90 10/3 14:53 AJE03729-4149」と記載されている。)、甲6と同一の内容の甲8の1及び2(同書最上部には「22/8/91 15:30 POLAR STAR ENTERPRISE JORDAN→032564660」と記載されている。)を提出する。
 しかし、Bは、被告代表者尋問において、甲5に記載された発信人のサイン「********」は自分のサインではない旨を供述しており、他の文書におけるBの署名と一見すると似ているように見えるというだけで、これをB自身の署名と断定することはできないこと、甲6のファクシミリ文書については、発信元の欄に「********」と記載されており、Bの名前とつづりが異なっていることに加え、同ファクシミリ文書の形式は、ポーラ・スター社からフジカ社に送信された他のファクシミリ文書(甲9の1、10の1)の形式とは異なっていること、さらに、Bのパスポートの写し(乙19の3及び4、乙20の1ないし5)によれば、Bは、甲5が送信されたという1990年10月3日にはアラブ首長国連邦のドバイに、甲6が送信されたという1991年8月22日にはギリシャのアテネに滞在していたことが認められる。
 そうすると、原告が挙げるファクシミリ文書(甲5及び甲6)については、いずれも被告代表者が作成して送信したものであると認めるに足りない。また、これらのファクシミリ文書(甲5、6)の内容は、本件各商標につき、被告が原告から譲渡を受けた後に、アラジン社から権利を主張されて、同社から訴訟を提起されたとの前記認定と矛盾するものでもない。いずれにしても、これらのファクシミリ文書(甲5、6)の存在をもって、前記認定を妨げるものとはいえない。
(3) さらに、原告は、Bが被告代表者としてEに送付した1991年12月21日付け文書(甲13の1)に、「過去に生じた問題は、‥‥‥その問題を取り除き、勝利に至るため、我々側の弁護士と共に‥‥‥闘っております。」とか、「添付した3通の書類は、我々の弁護士が、ヨルダン国の通産省とヨルダン国の裁判所に、法的手続を取るために必要な書類です。」と記載されていることから、被告が原告に代わってヨルダン国での裁判をしていること、すなわち本件各商標の実質権利者は原告であること(代金は未払であること)が十分に推認できるとも主張する(原告準備書面4・2頁以下)。
 上記文書(甲13の1)については、被告代表者Bも自らの署名であることを認めている(被告代表者尋問調書19頁)ものであるが、上記内容には具体的事項は含まれておらず、上記の記載内容は、アラジン社から提起された訴訟に被告が応訴している状況を原告に説明したものと解することが可能である。したがって、上記文書の存在から、原告の主張するように、原告が本件契約当時本件商標1の名義がアラジン社名義になっていたと考えて、被告が原告に代わりヨルダン国で訴訟遂行するための便宜のために本件契約書を作成したとの事実を推認することはできない。
(4) 原告は、被告に対して何度も口頭で20万ドルの支払を請求したとも主張するが、実際に原告が20万ドルを受領していないのであれば、口頭だけでなく、書面でも被告に支払を請求することも十分考えられるところ、本件においては、原告から被告に代金の支払を催告する文書は、写しないし控えを含めて一切提出されていない。
 他方、証拠(甲4の1ないし3)によれば、被告がフジカ社あての1998年(平成10年)10月1日付け文書により、1991年以来のFUJIKA商標等に関するアラジン社との間の訴訟の弁護士費用の一部として1万5000米ドルの支払を要求したことに対応して、同月17日に、「ヨルダン国におけるFUJIKA商標及び関連の裁判問題の解決を図るため」として、フジカ社から被告に対して電信為替で1万5000米ドルが送金されている事実が認められる。仮に、原告の主張するように、被告の20万ドルの代金支払債務が未履行であって、原告がその支払いを催告していたというのであれば、そのような状況の下において、フジカ社から被告にこのような多額の金員が送金されているのは、不自然であって到底説明困難である。
 なお、証拠(甲26の2ないし4、27の1ないし4、乙38、39、原告本人尋問、被告代表者尋問)によれば、フジカ社は、被告の銀行口座に、1993年(平成5年)4月16日、同年7月6日、同年12月16日に各50万円を、1994年(平成6年)6月23日に39万5000円、同年7月20日に100万円を送金していることが認められるが(これらは、原告と被告との間における石油ストーブ等の取引に関して生じたものであって、本件各商標に関するものではない。)、このようにフジカ社から被告に通常の取引に対応した送金が行われていることに照らしても、当時被告が20万ドルの代金支払債務を未履行であったという原告の主張は、到底認められない。
(5) その他、本件契約の内容及び本件特約存在等に関して原告の主張する内容や、これに関する原告本人の陳述書(甲3、16、25、29)の記載は、いずれも、本件に表れた書証等の客観的な証拠と矛盾するものであって、たやすく信用できず、採用できない。
4 結論
 以上によれば、本件各商標はいずれも原告から被告に譲渡され、ヨルダン国通産省において、適法に被告名義に移転登録されているものであり、原告の主張する解除等の事情は認められないから、原告の請求はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 大須賀寛之
 裁判官 松岡千帆
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