判例全文 line
line
【事件名】「鉄人28号」著作権侵害事件(2)
【年月日】平成16年2月25日
 東京高裁 平成15年(ネ)第1241号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成14年(ワ)第6247号)
 (平成16年1月19日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 A
訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳
同復代理人弁護士 古木睦美
被控訴人 エンターカラー・テクノロジーズ・コーポレーション


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 本件を東京地方裁判所に差し戻す。
第2 事案の概要
 本件は、控訴人が、アメリカ合衆国法人である被控訴人に対して、被控訴人の同国内での行為は、原判決別紙著作物目録1の著作物(本件著作物1)及び同目録2の著作物(本件著作物2)について、控訴人が同国著作権法に基づいて有する著作権を侵害する旨主張して、侵害行為の差止め及び損害賠償を求めている事案であり、本件につき我が国の国際裁判管轄を認めることはできないとして、本件訴えを却下した原判決に対し、控訴人がその取消しを求めて控訴したものである。
 控訴人の請求の趣旨及び当事者の主張は、我が国の国際裁判管轄の有無に関して、以下のとおり、当審における主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第1 請求の趣旨及び請求の原因」のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人の主張
(1) 被告が我が国に住所を有しない場合でも、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、被告を我が国の裁判権に服させるのが条理にかなうものというべきである(最高裁昭和56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁、同平成9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁)。したがって、被告の住所地が外国にある事件についても、民訴法に規定する裁判籍のいずれかが我が国にあるときは、特段の事情のない限り、我が国の国際裁判管轄が認められる。
 本件において、請求の趣旨第1項の請求については、民訴法5条1号の裁判籍が東京地裁にあり、請求の趣旨第2項の請求については、同法7条の規定により同じく東京地裁に裁判籍がある。
 したがって、本件については、我が国の国際裁判管轄を認めるべきである。
(2) 仮に、被控訴人において、本件につき我が国の裁判所の国際裁判管轄を認めるべきではないというのであれば、そのような事由は例外事由であるから、被告である被控訴人の側が主張立証しなければならない。言い換えれば、裁判管轄の不存在を根拠付ける「特段の事情」の存在は、いわゆる妨訴抗弁として、被告側においてこれを主張立証しない限り、裁判所は、これを職権で審理判断してはならない。
 本件の原審において、被告である被控訴人は、適式な呼出しを受けながら、口頭弁論期日に出頭せず、裁判管轄を認めるべきでない旨の主張立証をしなかったのであるから、原審は、国際裁判管轄を認めた上、実体につき請求認容の欠席判決をすべきであったのに、職権判断により国際裁判管轄を否定し、訴訟判決をした。
 したがって、原判決には、その権限を逸脱し、審理判断すべきでない事項を審理判断した違法があり、取り消されるべきである。
(3) 原判決は、請求の趣旨第1項の請求について、民訴法5条1号の規定に基づく国際裁判管轄を否定した。しかしながら、原裁判所は、例外として我が国の裁判所の裁判管轄を否定する根拠である「我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情」について、「我が国に訴訟が提起されることについての被告の予測可能性、被告の経済活動の本拠地等を考慮すると、同訴えについて、我が国の国際裁判管轄を認めて我が国で裁判を行うことは、正に、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に著しく反する」と判示したのみであり、実質的な理由を何一つ述べていない。
 したがって、原判決には理由不備の違法があり、取り消されるべきである。
(4) 上記(1)のとおり、被告の住所地が外国にあっても、民訴法に規定する裁判籍の一つでも我が国にあるときは、特段の事情のない限り、我が国の国際裁判管轄が認められるところ、民訴法は、財産権上の訴えについて、義務履行地の裁判籍を規定し、被告の住所地が我が国内にある場合と外国にある場合とで区別をしていないのであるから、例外としての「特段の事情」があると判断するに当たっては、慎重でなければならない。
 ところが、原判決は、上記(3)のとおり、実質的な理由も示さず、かつ、証拠もなしに、上記「特段の事情」があると判断した。このような判断は、それ自体、法令の解釈適用を誤り、最高裁の判例に違反したものであって、違法というべきである。
 原判決は、「我が国に訴訟が提起されることについての被告の予測可能性」について言及するが、紛争があれば訴えを提起されることは当然予測できることであり、かつ、その際、原告となるべき者の住所地で訴えが提起されることも当然に予測可能である。また、そもそも、訴えを提起されることの予測可能性などというものは、「特段の事情」の有無に関し考慮要素となるべきものではない。
 また、原判決は、「被告の経済活動の本拠地」に言及するが、被告の経済活動の本拠地以外の場所で訴えが提起されることは頻繁に生ずることであり、かつ、民訴法も予定しているところである。原判決は、要するに、被告の経済活動の本拠地が外国にあるときは我が国の国際裁判管轄を認めないと判示しているに等しく、誤りであることは明白である。
 以上のとおり、原判決は、法令の解釈適用を誤り、最高裁の判例に違反したものであるから、違法として、取り消されるべきである。
2 被控訴人の主張
(1) 本件につき、国際裁判管轄の有無に関し考慮されるべき事情は、以下のとおりである。
ア 被告である被控訴人は、アメリカ合衆国カリフォルニア州において設立された法人であり、その活動の本拠地及び唯一の事務所は、同州ウッドランドヒルズにある。
イ 被告である被控訴人は、我が国との関係において、いかなる種類の交流をも行っていない。
ウ 被告である被控訴人は、我が国において、いかなる事業をも行ったことがない。
エ 被控訴人代表者は、数回にわたり我が国を訪れたことはあるが、その滞在中、被控訴人の代表者として事業に関する取引を行ったことは一度もない。
オ 原告である控訴人の主張によれば、本件における著作権侵害は、アメリカ合衆国内のみで生じたものであり、我が国内では生じていない。
(2) 上記(1)のとおり、本件においては、被告である被控訴人につき我が国との交流が一切認められないのであるから、アメリカ合衆国法人である被控訴人による、同国内における、同国著作権法に基づく著作権の侵害を理由とする本件事案について、我が国の裁判所は適切な裁判所ではなく、我が国の国際裁判管轄は否定されるべきである。
第3 当裁判所の判断
1 本件訴えは、控訴人が、アメリカ合衆国法人である被控訴人に対して、被控訴人の同国内における行為は、本件著作物1及び2の著作物について、控訴人が同国著作権法に基づいて有する著作権を侵害する旨主張して、侵害行為の差止めと損害賠償を求めるものであるところ、被控訴人は、本案前の主張として、我が国の国際裁判管轄は否定されるべきである旨主張するので、以下、本件訴えについて、我が国の国際裁判管轄が認められるか否かについて検討する。
 なお、控訴人は、原審が職権により国際裁判管轄の有無を判断したことは違法である旨主張するが、裁判管轄の有無はいわゆる職権調査事項として職権で顧慮しなければならない事項というべきであるし、上記のとおり、当審においては、被控訴人が本案前の主張を提出しているのであるから、いずれにしても、控訴人の上記主張は採用の限りではない。
2 被告が我が国に住所を有しない外国法人であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、いまだ国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法も十分に成熟しているとはいえない現状の下においては、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従って決定するのが相当である。
 そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服させるのが上記条理にかなうものというべきであるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁、同平成8年6月24日第二小法廷判決・民集50巻7号1451頁、同平成9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁参照)。
 このような観点から、本件訴えについて、我が国の国際裁判管轄が認められるか否かについてみると、被控訴人がアメリカ合衆国カリフォルニア州法に基づき設立された外国法人であること、被控訴人の主たる事務所が同州にあることは、いずれも本件記録上明らかであり、また、本件全記録によっても、被控訴人が我が国内に主たる事務所又は営業所を有し、あるいは被控訴人の代表者又は主たる業務担当者が我が国内に住所を有することを認めることはできない。
 したがって、我が国内に被控訴人の普通裁判籍(民訴法4条5項)はない。
3 また、我が国内に特別裁判籍がないことも、以下のとおりである。
(1) まず、控訴人の本件各請求のうち、著作権侵害行為の差止めを求める訴えについては、控訴人の主張によれば、被控訴人のアメリカ合衆国における行為が、同国著作権法に基づく著作権を侵害したとして、その差止めを求めるものであって、仮に上記訴えが不法行為に関する訴えに当たると解することができるとしても、不法行為地はアメリカ合衆国内であり、不法行為地の裁判籍(民訴法5条9号)が我が国内にあるということはできない。
 また、被控訴人は、上記訴えにつき本案の弁論をしていないから、応訴管轄(民訴法12条)を生ずる余地もない。
 そうすると、本件各請求のうち、著作権侵害行為の差止めを求める訴えについては、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるとはいえないので、被控訴人を我が国の裁判権に服させるのが相当であると解することはできない。
(2) 次に、本件各請求のうち、不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴えについてみると、控訴人は、上記訴えについては、民訴法5条1号の裁判籍が東京地裁にある旨主張する。
 しかしながら、上記2のとおり、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきであるところ、上記訴えは、我が国に住所を有する控訴人がアメリカ合衆国に住所を有する被控訴人に対して提起したものであり、我が国に訴訟が提起されることについての被控訴人の予測可能性、被控訴人の経済活動の本拠地等を考慮すると、上記訴えについて、我が国の国際裁判管轄を認めて、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを被控訴人に強いることは、正に、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に著しく反するものというべきである。
 この点につき、控訴人は、被控訴人の予測可能性、被控訴人の経済活動の本拠地というだけでは、実質的理由を示したことにならないなどとして、るる主張しているが、裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから、被告が我が国に住所を有しない外国法人である場合は、その法人が進んで服するときを除き、我が国の裁判権は及ばないのが原則であること(上記最高裁昭和56年10月16日第二小法廷判決参照)、上記訴えに係る損害賠償請求の義務履行地は、契約によって定められたものではないこと等に照らせば、上記訴えにつき義務履行地としての裁判籍(民訴法5条1号)を認める余地がないことは明らかというべきであるから、控訴人の主張は、いずれも採用の限りではない。
 そして、不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴えについても、不法行為地の裁判籍及び応訴管轄が認められないことは、上記(1)と同様であるから、以上によれば、上記訴えにつき、我が国の国際裁判管轄を認めることはできない。
4 さらに、控訴人は、原審において、@控訴人と訴外株式会社光プロダクション(控訴人の著作権管理会社)を相手方として、アメリカ合衆国カリフォルニア州中央地区の同国地方裁判所に対し、被控訴人が「鉄人28号」の白黒アニメフィルムに対する著作権を有することの確認等を求めて訴えを提起したが、同裁判所は、同年9月24日、カリフォルニアは不便宜法廷地であり、上記訴えは我が国で審理すべきものであるとして、上記訴えを却下する旨の判決をし、この判決は確定したこと、A本件における証拠の所在地や被控訴人と我が国との関連を根拠に、我が国の国際裁判管轄を認めるべきである旨主張しているが、これらの点に関する判断は、原判決の関係部分の判断(原判決6頁7行目〜7頁8行目)と同一であるから、これを引用する。
5 以上によれば、本件訴えにつき、我が国の国際裁判管轄を認めることはできない。
 よって、本件訴えを却下した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第13民事部
 裁判長裁判官 篠原勝美
 裁判官 岡本岳
 裁判官 早田尚貴
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/