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【事件名】味の素元社員の“発明の対価”請求事件
【年月日】平成16年2月24日
 東京地裁 平成14年(ワ)第20521号 特許権持分移転登録手続等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成15年11月14日)

判決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 升永英俊
同訴訟復代理人弁護士 荒井裕樹
同 江口雄一郎
被告 味の素株式会社
同訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 渡辺光


主文
1 被告は、原告に対し、金1億8935万円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金20億円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 争いのない事実等(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 被告は、調味料、アミノ酸等を製造する総合食品製造業者である。
 原告は、昭和38年3月、名古屋大学工学部化学工学科を卒業し、同年4月、被告に入社した。原告は、昭和44年10月に被告中央研究所に配属となり、昭和63年7月に同研究所プロセス開発研究所長、平成5年6月に被告東海工場長、平成9年6月に被告の関連会社である東洋製油株式会社代表取締役に就任し、同年12月、転籍により被告を退職した。
(2) 本件各発明
 原告は、昭和57年1月ころ、共同発明者であるB、C、D、E及びFとともに、別紙1(特許目録)1ないし10記載の各特許権(以下、それぞれ「本件特許1」などといい、合わせて「本件各特許」という。)に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」などといい、合わせて「本件各発明」という。)をした。本件各発明は、その性質上被告の業務範囲に属し、かつ、本件各発明をするに至った行為が被告における原告の職務に属するものであって、特許法35条1項所定の職務発明に当たる。
 本件発明1及び2は、人工甘味料アスパルテーム(物質名L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステル。以下「APM」という。)を工業的規模で製造する工程の一部をなす工業的晶析法及びAPMの束状集合晶並びに上記工業的晶析法によって得られるAPMの束状集合晶等に関する発明である。
(3) 特許を受ける権利の譲渡及び設定登録
 原告は、昭和57年1月ころ、被告に対し、本件各発明に係る特許を受ける権利を譲渡し、被告は、別紙1(特許目録)記載のとおり、我が国(本件特許1及び2)のほか、アメリカ合衆国(本件特許3ないし8)、カナダ(本件特許9)及びヨーロッパ(本件特許10)において出願し、本件各特許につき設定登録を受けた。
(4) 従業員の発明に関する被告の定め
 被告は、平成2年3月16日に発明等取扱規程(乙5の1)を、同年4月1日にその補償内容を定めた発明等取扱に関する基準(乙6)を施行した。被告は、平成11年10月1日、上記規程を改定した上(乙5の2)、特許報奨規程(乙9)を施行し、平成12年7月1日、特許報奨規程運営要領(乙10)を施行した。これらの内容(特許報奨規程運営要領以外はその一部である。)は、別紙2のとおりである。
(5) 被告の実施状況等
ア 被告は、昭和55年9月18日、米国法人G.Dサール社(以下「サール社」という。)との間で、APMの製造方法等に関する米国及びカナダにおける特許について、独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(以下「昭和55年契約」という。)を締結した(乙30)。
イ 被告は、平成4年12月18日、米国法人ニュートラスウィート社(サール社のAPM事業部門が独立した会社。以下「NS社」という。)との間で、本件特許3ないし9について独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(以下「平成4年契約」という。)を締結した(乙31)。
ウ 被告は、平成4年、被告とNS社との合弁会社であるフランス法人ユーロアスパルテーム・エス・アー(以下「EASA社」という。後の味の素ユーロアステルパーム)との間で、本件特許10を含む多くの欧州特許に関するライセンス契約(以下「欧州ライセンス契約」という。)を締結した。
(6) 被告の原告に対する報奨金の支払
 被告は、平成13年1月17日、原告を含む本件各発明の共同発明者に対し、特許報奨規程(乙9)及び特許報奨規程運営要領(乙10)に基づき、本件各発明を平成11年度功労特許の対象特許として、これらの特許による増分利益額113億6700万円の約1000分の1に当たる1200万円を支払うこととし、原告に対しては、共同発明者の合意に基づき、このうち原告の寄与率6分の5に相当する1000万円を支払った。
2 事案の概要
 本件は、被告の元従業員であった原告が、被告に対し、本件各発明が職務発明であり、被告に特許を受ける権利を承継したとして、特許法35条3項に基づき、その相当の対価247億7147万円のうち、一部請求として、20億円の支払を求める事案である。原告は、外国に出願された特許を受ける権利の承継の対価をも請求するところ、被告は、特許法35条3項は、外国において特許を受ける権利の承継に対する対価請求には適用されないなどと主張して対価の額を争うとともに、対価請求権が時効により消滅した旨主張する。
3 本件の争点
(1) 外国において特許を受ける権利について
ア 外国において特許を受ける権利について特許法35条3項が適用されるか。
イ 原告と被告の間で外国において特許を受ける権利について相当の対価を支払う旨の合意が成立していたか。
(2) 本件各発明について特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか。
(3) 本件各発明に関する原告の対価請求権は時効により消滅したか。
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(外国において特許を受ける権利に対し特許法35条が適用されるか)について
〔原告の主張〕
(1) 属地主義の原則の意義内容
 属地主義の原則は、工業所有権の保護に関するパリ条約(以下「パリ条約」という。)4条の2(1)、(2)に規定されている各国特許独立の原則である。属地主義の原則とは、パリ条約4条の2(1)に「同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は、・・・」と定められていることから明らかなように、あくまでも同一の発明について各国において特許出願した後の次元に関する原則である。そして、この原則とは、「各同盟国に出願した特許は、他国において同一の発明について取得した特許から独立であって」、「独立」とは優先期間中に出願された特許が無効又は消滅の理由や通常の存続期間についても独立したものであることを意味するという原則である(パリ条約4条の2(1)、(2))。
(2) 特許法35条3項の「特許を受ける権利」の意義
 特許法35条3項の「特許を受ける権利」は、発明者が発明完成と同時に取得する発明に対する権利(財産権)を意味する。特許法34条1項が「特許出願前における特許を受ける権利」と規定していることからも、特許法の各条文に定められている「特許を受ける権利」の意義は、発明者が発明完成と同時に発明に対して有する権利であることは、明らかである。
 このように、属地主義の原則は、その適用の場が各国での特許出願以後の次元のことであり、他方、特許法35条3項の「特許を受ける権利」は、発明完成と同時に職務発明に対して有する権利を意味するため、特許出願される以前の次元に属する権利に及ぶ。よって、上記の属地主義の原則は、特許法35条3項の「特許を受ける権利」とは適用の次元が異なるから、上記原則をもって、特許法35条3項が外国特許を受ける権利に適用されないとする根拠にはならない。
(3) 特許法35条4項の文言解釈
 特許法35条4項は、「相当の対価」の算定上考慮すべき要素として、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」と規定するのみであって、「出願後の日本特許を受ける権利により使用者等が受けるべき利益の額」とは規定していない。したがって、同項の文言を自然に解釈する限り、同条3項の「特許を受ける権利」には、日本における出願前の特許を受ける権利のみならず、外国における出願前の特許を受ける権利も含まれるものと解すべきである。すなわち、ここで想定されている使用者と従業員発明者との間の譲渡の目的たる権利は、特許に関する属地主義とは無関係な、発明者が発明完成と同時に職務発明に対して有している財産権と解すべきであり、よって、その譲渡対価である相当の対価は、職務発明を日本及び外国で実施することにより使用者等が受けるべき利益の額を考慮して算定しなければならない。
 このことは、@ 使用者が、職務発明の譲受後に日本を含めどの国に出願するかを従業員発明者の合意によることなく専断している実態、A 外国出願するたびに、使用者と従業員発明者との間の譲渡契約の準拠法が異なり、相当の対価の内容も当該準拠法により決定されると解するのは、当事者の合理的意思解釈に照らして極めて不自然であることからも裏付けられる。被告も、発明等取扱規程第9条では、職務発明の譲渡対価について、日本での実施分と外国での実施分を全く区別していない。また、独立行政法人・産業技術総合研究所の職務発明に対する補償金の支払要領(甲40)も、国内の実施分と外国の実施分を区別していない。
 よって、特許法35条は、職務発明に係る外国で特許を受ける権利にも直接適用される。
(4) 準拠法
 職務発明の譲渡は、使用者と従業者との間の財産権の譲渡契約であるから、職務発明の譲渡という法律関係の性質は契約であると決定し、準拠法については法例7条によるべきである。そして、本件各発明の譲渡は、日本法人である被告と日本に在住する日本人である原告との間で日本で締結された契約であるから、本件各発明の譲渡契約の準拠法は、法例7条1項により日本法となり、よって特許法35条が適用されるべきである。
 また、仮に、この問題に関しては法例等に直接の定めがないものとして条理に基づいて準拠法を決定するとすれば、職務発明に関する規律は、特許発明を利用する第三者の問題というよりは、むしろ使用者と従業員の法律関係に関わる要素の方が大きい。そうすると、準拠法も、第三者の発明の利用地に焦点を合わせ各国ごとに多元的に規律されるとするのではなく、使用者と従業員の労働関係の準拠法国の特許法の職務発明の規定により一元的に処理すべきであり、この場合も日本法が準拠法となるから、特許法35条が適用されるべきである。
(5) 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとする見解の欠陥
 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとすると、特許法35条が特許出願しない場合についても相当の対価を支払わなければならないと規定していることと矛盾する。
 また、外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されないとすると、使用者が一方的に定める勤務規則等により従業員発明者が原始的に取得する特許を受ける権利を予約承継できるという、使用者の重要な職務発明に対する権利を奪うことになり、一般実務から乖離する。
〔被告の主張〕
(1) 準拠法の問題
ア 国際私法的なアプローチを採ると、外国において特許を受ける権利の承継の対価請求について、法性決定をして、連結点を定め、準拠法を決定することになる。この場合は、外国において特許を受ける権利の承継の対価請求については、特許を受ける権利の成立又は移転の問題と法性決定し、その準拠法は、当該外国における特許法である。けだし、@ 最高裁判所は、特許権には属地主義が適用されるとした上で、「特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定めら」れるとしており、A 特許を受ける権利は、発明によって発生する権利であり、特許権を取得する前提となるものであって、特許を受ける権利にも、上記属地主義の原則が適用されるというべきであり、B したがって、従業者の発明に係る特許を受ける権利の成立、移転についても、各国の特許法によって定められることになるからである。
イ 仮に、特許を受ける権利の承継の対価請求が、債権契約の問題であるとすると、法例7条が適用されることになる。
 国際私法の観点からは、特許を受ける権利自体及びその承継の可否並びに承継のための準物権的行為の要件については当該特許登録国法によるべきであり、ある国の特許を受ける権利についてのこれらの問題はその国の法律によることになるが、その法律上、職務発明について特許を受ける権利を従業員から使用者に承継させることができるとされているときに、その承継の仕方としての契約については、法例7条により別途準拠法が定められることになる。ただし、労働法秩序をどのように形成、維持すべきかについては労務供給地国が重大な利害を有するため、その地が法廷地となる場合には、契約の準拠法の如何を問わず、自国の労働関係法規のうち、絶対的強行法規と呼ばれる性質を有する規定を適用することがある。特許法35条は、その性質上はこの絶対的強行法規であるというべきであり、日本を労務提供地とする従業員の職務発明について日本特許を受ける権利を従業員が使用者に承継させる場合には、その承継に係る契約の準拠法の如何を問わず、適用されるべきであり、条文解釈としてもそのように解することができる。
(2) 特許法35条の解釈
 仮に、日本法が準拠法となるとしても、このことと、特許法35条3項及び4項が適用されるかどうかは、別の問題である。すなわち、日本を労務供給地とする従業員が外国において特許を受ける権利を使用者に承継させた場合についてまで特許法35条3項及び4項が適用されると即断することはできない。現行法の解釈としてその結論をとるためには、該当条項の文言及び特許法全体の構造に照らして、そのように解することができなければならないからである。
ア 特許法の目的と文言解釈
 我が国の特許法の目的は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」であるが(1条)、ここでは、日本における発明の保護、利用及び産業の発達を指しており、前記の目的から特許法が対象とする「特許」、「特許権」及び「特許を受ける権利」も当然に日本におけるそれらを指している。
 特許法35条3項及び4項の文理解釈として、その文言中に用いられている「従業員等」、「職務発明」、「使用者等」、「特許を受ける権利」、「特許権」、「専用実施権」及び「発明」という用語は、特許法において厳格に定義され、その内容が特定されているものであり、日本の特許を受ける権利及び日本の特許権の承継のみに適用されるものである。とりわけ、同条3項は「専用実施権」という必ずしも国際的に見て一般的ではない権利にも言及しているから、同条項が外国において特許を受ける権利を予定していないことは明らかである。
 特許法全体の構造上、特許法35条3項及び4項は、同条1項と密接不可分に結びつき、同条1項は特許を受ける権利に関する29条から34条の規定を前提とし、さらに29条から34条の規定は日本の特許に関する同法の他の規定と相互に関連して定められているのであって、このような構造を無視して、35条3項及び4項だけが外国において特許を受ける権利等にも適用されるとの解釈をすることはできない。
イ 特許法35条の趣旨
 特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提にしているが、これと異なる法制を採る諸外国では、同条適用の前提を欠いている。そして、同条は、全体として使用者と従業者等の利害の調整を図っているものであるから、同条1項及び2項の規定においては「特許を受ける権利」は外国におけるものを含まず、一方、3項の規定のみは外国におけるものが含まれる、という考え方が採用される余地がない。
ウ 属地主義の原則との関係
 最高裁判所の判例は、属地主義の原則を採用しており、各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しているのである(最高裁平成7年(オ)第1988号平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁、最高裁平成12年(受)第580号平成14年9月26日判決・民集56巻7号1556頁)。
 したがって、従業員等が職務上発明をした場合に、我が国特許法が、@特許を受ける権利が、誰に原始的に帰属し、A どのような要件で承継をすることができ、また、実施権が発生するか、B 承継した場合に誰にどのような権利があるか、について規定できる対象は、基本的には、我が国における特許権又は特許を受ける権利についてのみであるとしか解することができない。したがって、特許法35条が、前記のとおり、外国において特許を受ける権利を予定していないと解釈することは、最高裁判所の上記各判決のいう属地主義の原則とよく調和するものである。
エ 労働法との関係
 特許法35条1項は、「従業者等」に「法人の役員」を含めており、しかも、同条項は、「使用者等」と「従業者等」との法律関係を、労働法が適用されるものに限っていない。そして、同条の趣旨は、労働者の保護にあるわけではない。実質的に考えても、労働者を保護するという点を重視すると、他の労働の成果物に比べて、職務発明のみを特別視する理由はない。すなわち、労働者が、職務上、何かを創作し又は製作した場合、その成果については、当然に使用者が原始的にこれを取得することは、日本法上当然である。これは、有体物に限らず、著作物についてもそうであり(著作権法15条1項、2項)、唯一ともいえる例外が、特許法35条である。同条は、職務発明について特許を受ける権利及び特許権の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図った規定であり、そのことにより、発明の奨励、ひいては日本の産業の発展をもたらすことを企図したものであって、同条が労働法であると解することはできない。
オ 以上のとおりであって、特許法35条3項の「特許を受ける権利」には、「外国において特許を受ける権利」は含まれず、日本を労務供給地とする従業員等がした職務発明について特許を受ける権利を従業員等が使用者等に承継させたときにだけ適用されることになり、同条は、外国において特許を受ける権利の承継に対する対価請求には、適用されない。 
(3) 外国において特許を受ける権利に特許法35条が適用されるとの主張に対する反論
 原告の主張によると、例えば外国に本拠を置く企業の日本における研究所の従業員との労働契約は、日本法を準拠法とするが、さらにその従業員が職務発明をした場合、最初に出願した日本の特許出願に特許法35条が適用される外、全世界における対応出願とその特許について当然に35条1項が適用され、また同条3項、4項が全世界の利益を考慮すべきであるということになる。
 かかる外国企業は、その当初から全世界において発明に係る製品の製造、販売を意図する反面、全世界において特許法35条3項、4項が適用されるとは考えていないが、仮に適用されるとすれば、その結果従業員発明に支払う金額は外国企業が全く予想していない金額になる。このような解釈は、我が国における研究開発の停滞をもたらすものであり、我が国における発明を推奨し、我が国の産業の発達に寄与するという特許法本来の目的に反することは明らかである。
(4) よって、被告は、外国特許(本件特許3ないし10)をライセンスすることによりロイヤルティ収入を得ているが、外国特許の利用については特許法35条の適用はないから、被告が外国特許の実施許諾により収入があったからといって、原告は対価請求権を有しない。 
2 争点(1)イ(外国において特許を受ける権利について相当の対価を支払う旨の合意の有無)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は、我が国において特許を受ける権利と外国において特許を受ける権利に対する報奨金の支払について特別に区別して取り扱っていない(発明等取扱規程5条、8条、9条)。上記規程は、本件各発明についても遡及的に適用され(同規程15条A項)、実際に、外国特許の実施分も考慮に入れて功労特許報奨金が支払われている。なお、上記発明等取扱規程及び特許報奨規程が、就業規則の一環として制定されている以上、就業規則の強行的直律的効力を定めた労働基準法93条により、会社は、従業員発明者に対して、同規程上の債務を履行する法的義務がある。
(2) 一般の実務でも、外国で特許を受ける権利と日本で特許を受ける権利とで譲渡対価その他の補償金、報奨金の支払について区別されていない。
(3) 原告が日本に居住する日本人であり、被告も日本に本社を置く日本法人であって、日本において本件各発明に係る特許を受ける権利が譲渡されていることからすれば、法例7条1項により、外国において特許を受ける権利の譲渡契約は、原告と被告との間で日本法を準拠法とする合意が成立していたものと解される。
(4) 以上の点に鑑みれば、仮に、外国における特許を受ける権利に特許法35条3項が適用されないとしても、原告と被告との間では、外国において特許を受ける権利についても日本で特許を受ける権利と全く同様に扱い、被告が原告に対して相当の対価を支払う旨の合意が成立していたものというべきである。したがって、被告は、原告との上記合意に基づき、外国において特許を受ける権利についても、その譲渡の対価として、特許法35条3項に定める相当の対価を支払うべき義務を負う。
〔被告の主張〕
(1) 米国における特許出願とその対応特許出願については、発明者6名全員との間で特許を受ける権利を譲渡することに同意したのである。
(2) 就業規則ないし職務発明規程等に外国特許に関する対価支払に関する規定が存在する場合には、就業規則等が労働契約の合意内容の一部を構成するものとして、使用者に対し外国特許に関する対価支払を義務づける可能性はあるが、その場合においても外国特許については就業規則等に規定されている限度において使用者を拘束することを意味するにすぎない。すなわち、かかる就業規則等において外国特許の承継についても特許法35条を適用することの合意がされていない限り、就業規則等の契約性を根拠にして外国特許に同条を適用することはできない。
 被告の就業規則(乙7の1及び2)、発明等取扱規程(乙5の1及び2)、発明等取扱に関する基準(乙6)、表彰規程(乙8)、特許報奨規程(乙9)、特許報奨規程運営要領(乙10)のいずれにおいても、外国特許の承継の対価について特許法35条3項、4項の適用ないし準用の合意を示す規定は存在せず、そのような趣旨を示唆する規定も存在しない。発明等取扱規程は、被告が原告から本件各発明について特許を受ける権利の譲渡を受けた平成2年3月16日の時点では存在していなかったし、同規程8条では出願時補償と登録時補償とに限られ、9条では特許報奨規程により被告から裁量的、恩恵的に支払われるもので、従業員発明者との間でいかなる合意をもなすものではない。
(3) 当事者双方が日本人であり、本件各発明の特許を受ける権利の譲渡契約が日本で締結されたからといって、そのことをもって法例7条1項の合意があったといえないし、法例7条2項により本件各発明について外国において特許を受ける権利の譲渡契約の成立及び効力の準拠法が日本法であるとしても、そのことから特許法35条が適用されることにはならない。
(4) 仮に、原告の主張するような合意が成立しているとしても、その場合は、特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領の全体がその合意内容を構成するものであり、よって同規程の算定基準が適用されることになり、報奨金の支払をもって「相当の対価」の支払に当たる。
3 争点(2)(特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか)について
〔原告の主張〕
(1) 「相当の対価」の算定方法
ア 特許を受ける権利は、会社ではなく従業員に帰属するから(特許法29条1項)、職務発明に係る特許を受ける権利を会社に譲渡することは、従業員と会社との間の特許を受ける権利の売買契約を意味する。すなわち、特許法35条3項の「相当の対価」とは、会社と従業員との間の特許を受ける権利の売買契約の売買代金であり、その金額は特段の合意がない限り、等価交換の原則により特許を受ける権利の時価又は市場価格であり、このように解さなければ、憲法14条1項及び29条に反する。
イ 職務発明に係る相当対価の算定の基礎とされる「その発明により使用者が受けるべき利益の額」とは、当該職務発明ないし当該職務発明に係る特許により、使用者が特許法35条1項の法定通常実施権の行使による利益を超えて得た独占的利益を意味する。
ウ 従業員発明者の保護を目的とする特許法35条の趣旨に鑑みれば、従業員が職務発明の譲渡対価の算定上、当該要素を考慮に入れることに明確に合意しない限り、同条4項の「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」を職務発明の譲渡対価の算定上考慮することはできない。
 従業員発明者は、@ 特許権を使用者に奪われずに所有し続ける場合と、A 特許権を使用者に奪われる代わりに「相当の対価」を受領した場合とを比較して、全く同一の経済的利益を保有する立場になくてはならない。何故なら、仮に、Aの場合において、従業員発明者が@の場合よりも少ない経済的利益しか「相当の対価」として受領できないとすれば、従業員発明者は、使用者の一方的な取り決めによって特許権を奪われた結果、経済的損失を受けることとなり、従業員の経済的保護に欠けることになってしまうからである。したがって、上記@の場合とAの場合とで、従業員発明者の保護に欠けることがない、すなわち使用者の一方的な取り決めによって従業員発明者が経済的損失を受けることがないようにするためには、従業員発明者に対して、当該特許権の市場価格相当の「相当の対価」を支払わなければならない。
エ 仮に、「その発明がされるについて使用者が貢献した程度」を考慮するとしても、それが特許法35条1項が規定する無償の通常実施権の経済的価値を上回る場合に限られる。
 すなわち、上記貢献として通常考えられる実験設備、実験機材、その他実験費用の負担、研究補助者の提供、文献の購入費用の負担、国内外への留学費用の負担、特許申請費用の負担等をしていることは、同項による通常実施権の無償による取得と対価関係に立っているから、これらと全く同じ内容の使用者の貢献度を職務発明の譲渡対価の算定上再度考慮することは、対価関係を欠き、衡平を失する結果となるから、許されない。
 したがって、使用者は、仮に、職務発明の譲渡対価の算定上考慮し得る「使用者の貢献度」が存在するとすれば、「使用者の貢献度」であると主張する当該考慮要素の全経済的価値が、特許法35条1項により無償で賦与される通常実施権の経済的価値を上回ることを立証しなければならない。そして、使用者は、@ 当該職務発明のために使用者が提供した便益の経済的価値を具体的な金額として立証し、また、A 特許法35条1項により無償で賦与された通常実施権の経済的価値を具体的な金額として立証し、@の金額がAの金額を超過することを立証して初めて、当該超過額を特許法35条4項の「使用者の貢献度」として、職務発明の譲渡対価を控除することを主張できるに過ぎない。これを数式に表すと、「使用者の貢献度=@職務発明のために使用者が提供した便益の経済的価値−A通常実施権の経済的価値」となる。
(2) 本件各発明により被告が受けるべき利益の額
ア 会計上のロイヤルティ収入 131億5700万円
 被告は、原告に対し、平成13年1月17日、特許報奨規程に基づき、本件各発明について功労特許報奨金を支払うに当たり、本件各特許による増分利益額を以下の(ア)、(イ)、(ウ)a、(エ)aの各金額の合計113億6700万円と算定した(甲10)。この金額を基礎に平成14年度までに得られたロイヤルティ額を計算すると、以下の(ア)ないし(エ)の合計131億5700万円となる。
(ア) 平成4年契約によるロイヤルティ 44億6800万円
 平成4年契約に基づき、平成5年3月から平成11年3月までの間に、NS社から支払われたロイヤルティの累積額である。
(イ) 昭和55年契約によるロイヤルティ 36億7500万円
 昭和55年契約に基づき、平成3年4月から平成7年1月までの間に、サール社から支払われたロイヤルティ40億8300万円に、本件特許3ないし9の寄与による90%を乗じた金額である(10万円以下四捨五入)。  
 なお、被告は、昭和55年契約に基づく上記ロイヤルティ40億8300万円に関して本件特許3ないし9による貢献は実態としてゼロである旨主張する。しかし、同契約の対象となった27件の特許のうち、NS社が実際に使用していたのは、G特許といわれる米国特許第3786039号及び同3798207号の2件のみであったが、これらはいずれも平成3年1月及び3月に存続期間が満了したため、同年4月以降NS社が使用していた特許は1件もなかった。一方、昭和57年以降NS社が実施していた静置晶析法は、平成3年8月に最初の米国特許が成立した(本件特許3)。よって、G特許が満了した平成3年4月以降、昭和55年契約に基づくロイヤルティは、実態的には本件特許3ないし9に対して支払われたものである。
(ウ) 欧州ライセンス契約によるロイヤルティ 合計13億7860万円
a 欧州ライセンス契約に基づき、平成5年度から平成11年度までの間に、EASA社から支払われたロイヤルティ総額10億6800万円に、本件特許10の貢献率90%を乗じた金額は、9億6100万円(10万円以下四捨五入)である。
b 欧州ライセンス契約に基づき、平成12年度から平成14年度までの間に、EASA社から支払われたロイヤルティ総額4億6400万円に、本件特許10の貢献率90%を乗じた金額は、4億1760万円である。
c なお、被告は、欧州ライセンス契約で対象とされたのは、平成4年にライセンスされた9件の発明、平成9年に追加ライセンスされた7件の発明であるから、本件特許10の貢献は、対象発明の件数で配分すれば16分の1にとどまる旨主張する。しかし、本件特許10が他社排除力の強い特許であり、被告社内の特許報奨制度において本件訴訟提起前に、上記aのとおり、ロイヤルティの90%と評価したのであるから、この割合は客観的に合理的であると評価できる。
(エ) 被告の実施による独占的利益 合計36億3540万円
a 被告は、平成2年度から平成11年度まで(ヨーロッパについては昭和60年度から平成5年度まで)、これを被告東海工場で製造し、国内で販売し、北米、ヨーロッパ、アジア、中南米等に輸出した。これによるAPMの売上高の累計額1131億5800万円のうち、本件各特許による独占権により通常実施権以上の利益を得ているものとして2%相当額とみなした金額は、22億6300万円(10万円以下四捨五入)である。
b 平成元年度以前の国内及び北米への販売ないし輸出によるAPM売上高686億2000万円に上記aと同じく2%を乗じた金額は、13億7240万円である。
c なお、被告は、被告東海工場で製造したAPMを国内国外で販売したことによる利益は、本件各特許による排他的効力に基づく利益ではなく、特許法35条1項により賦与された通常実施権に基づくものであるから、当該利益は、同条3項の「相当の対価」の算定上、考慮に入れる必要がない旨主張する。しかし、被告が当該利益を功労特許報奨金算定の基礎となる増分利益に含めて考えたことは、@ 被告は、日本において、本件各特許に基づき、特許権侵害訴訟を提起した、A 被告が国内APM市場を独占するために、多くの費用、時間をかけて日本国特許を取得し、本件各特許に対する異議申立事件及び共有権確認訴訟に対して精力的に対応した、という合理的根拠がある。そして、被告は、会社の義務の履行上、本件各特許による増分利益を公平、公正に評価しなければならないことから、当該利益を増分利益に含めて考えざるを得なかったものである。
 また、被告は、平成元年以前に、国内及び北米で本件各特許の排他的効力を享受していたわけではないと主張する。しかし、そもそも、職務発明に対する相当の対価は、特許の成否にかかわらず、使用者が通常実施権の行使による利益以上の利益を得ている場合に支払われるべき性質の対価であるから、本件各特許の相当の対価の算定の基礎に含めるべきAPM輸出金額の時期、地域は、特許成立の時期、当該地域での特許の有無とは必ずしも一致しない。したがって、被告も、APM製造による独占的利益として、平成2年度以降、いまだ本件各特許が成立していない日本国内及び北米地域、並びにそもそも本件各特許を出願していないアジア・中南米地域に対するAPM製造販売輸出金額を、会社の義務として支払われるべき実績補償金の算定基礎に含めたのである。
(オ) 被告は、稟議書(甲10)記載の本件各特許による増分利益算定の基礎となった上記(ア)、(イ)、(ウ)a、(エ)aの各金額は、報奨金額を極力優遇しようとの意図の下に、恩恵的に算出したものであるから、特許法35条の「相当の対価」の算定の基礎とならないと主張する。しかし、これらは、被告が就業規則の一環として定められた特許報奨規程に基づく会社の義務の履行上、本件各特許の経済的価値を公平、公正に評価した金額であって、被告が恩恵的に本件各特許の経済的価値を過大に評価したものではない。
イ 隠れたロイヤルティ収入 114億円
 被告とNS社は、平成4年契約を締結するに当たり、NS社が被告に昭和57年に遡って2%の追加ロイヤルティを支払う旨合意した。ただし、上記ロイヤルティは、被告からNS社に対するAPMの販売価格に含めて支払われることになった。被告は、遡って支払われる昭和57年度から平成3年度のロイヤルティ金額を114億円と試算している。したがって、被告は、隠れたロイヤルティ収入として少なくとも114億円を得ている。
 被告は、隠れたロイヤルティ収入は存在しない旨主張する。しかし、被告は、NS社に対して、平成6年4月から平成11年3月までの5年間に、年間2400トン以上のAPMを高い価格で販売することにより、多額の利益を得ていたところ、これは、被告が本件各特許を保有していたからこそ、NS社が高い価格で買い取っていたのであるから、当該利益は、本件各特許に基づく利益である。
 また、被告は、平成4年契約により、NS社は平成11年3月までロイヤルティを支払えば、それ以降は支払を要しない旨主張する。しかし、この主張が正しいとすれば、被告は、平成4年契約において、本件特許3及び4が満了するまで、それぞれ9年5か月、10年を残して支払済みという形を取ったこととなる。そうすると、被告がNS社から何らかの見合う対価を得ない限り、本来ロイヤルティの支払を得られる9年ないし10年間を残して支払済みとなることは、通常では考えられない。しかも、被告の主張によれば、平成4年契約では、ロイヤルティの支払期間は特許有効期間17年間のうちわずか5年間ということになり、12年間は無料で使用させることにしたということになり、異常と言わざるを得ない。NS社が、本件各特許の実施を開始した昭和57年に遡ってロイヤルティを支払うのであれば、ロイヤルティの支払期間は、平成11年3月までで約17年間となり、特許の有効期間と一致し合理的である。
ウ ヨーロッパ子会社買収の値引による利益 13億6877万円
 被告は、平成12年3月に、モンサント社からEASA社及びスイス法人ニュートラスウィート・アー・ゲー(以下「NSAG社」という。後のスイス味の素)を6700万米ドルで買収するに当たり、NS社がその工場で製造したAPMを日本とヨーロッパ以外の地域で販売することを認める見返りとして、買収金額につき売り手であるモンサント社の当初の言い値である8000万米ドルから1300万米ドル(13億6877万円)を値引きさせ、同額の利益を得た。
エ APMの国内販売による独占的利益 38億円
 被告のAPMのバルク販売(APMのみの販売)の国内販売価格は、1s当たり約***円であり、ヨーロッパ市場における販売価格である1s当たり約***円より、***円高く維持できている。これは、被告が日本において本件特許1及び2を有し、市場に対する独占的支配力を及ぼしていることによるところが大きい。
 したがって、被告が国内市場をほぼ独占していることが、全て本件各特許の他社排除力によるものではないとしても、同特許は、@ 製造コスト面での大幅な差別化の効果を有すること、A 静置晶析法により製造されたAPMは、良好な粉体物性を有し取り扱いやすく、溶解速度も大きく不純物も少ないという、ユーザーによって大変魅力的な品質を有すること等により、これが被告による国内市場の独占状態に一定の貢献をしていることは明らかである。
 そして、被告の平成5年から10年間のAPMのバルク販売量は約***トンと推測されるので、被告は本件各特許を保有していることにより38億円の利益を得ている。したがって、被告は、本件特許1及び2の保有により、国内事業において少なくとも38億円の利益を得ている。
オ 被告が受けるべき利益の額の合計 297億2577万円
 原告は被告に対し、特許法35条3項に基づき、上記アないしエの合計297億2577万円に共同発明者間における原告の寄与率6分の5を乗じた247億7147万円(1万円未満切り捨て)のうち、一部請求として20億円の支払を求める。
(3) 被告の貢献の程度に関する被告の主張に対する反論
ア APM事業化の経緯について
 APMの用途特許を有するサール社の立場は圧倒的に強く、被告と共同研究しなくても事業化していたはずであり、被告の迅速果敢な決断がなければAPMの事業化があり得ないとはいえない。
 なお、原告が主張している本件各特許により被告が得た利益の額は、あくまで被告がNS社等との間で締結した本件各特許を対象としたライセンス契約に基づくロイヤルティ収入であり、フェニルアラニンの製法やAPMの合成法、グルタミン酸ソーダの安全性試験、アスパラギン酸の製法、APMの用途に関する被告のノウハウないし特許は、本件で原告が主張しているロイヤルティ収入には何ら貢献していない。
イ APMの商品価値について
 APMの人工甘味料としての商品価値を決定的にしたのは、@ 砂糖に近い非常に良好な甘味の質を持ち、甘味度も砂糖の約200倍であること、A 2つのアミノ酸からなるペプチドであり、ナチュラルさに大きな魅力があったこと、B 人工甘味料の巨大市場が存在するアメリカ合衆国において、チクロ、サッカリンに代わる新しい甘味料が強く求められていたこと、C サール社の発表後、甘味の質、甘味度等でAPMを凌駕するものが見つからなかったこと、D サール社がFDA認可の取得に成功し、その際安全性確認及び認可取得にサール社が約100億円もの多額の費用を支出したことと巨大な炭酸飲料市場が存在すること、E NS社が多額の広告費をかけてニュートラスイートのブランド化戦略を進め、APM市場を拡大安定させたこと、以上の理由に基づくものであり、被告の貢献はサール社(NS社)の貢献に比べればはるかに小さい。
 そして、APMの商品価値の創出についての被告の貢献が極めて僅少であることは、@ APMの安全性の確認を行い、FDAの認可を取得したのはサール社であり、被告ではないこと、A 被告の自社技術とAPMの商品価値の創出とは直接の関係はないこと、B 被告は、サール社のAPMの用途特許に匹敵するような、大市場を創出できる用途技術の開発を行っていないことからも裏付けられる。
ウ 発明の過程における被告の貢献について
(ア) @ APMを甘味料として用いることを見出したのはサール社であり、被告ではないこと、A 本件各発明当時、APMが甘味料として商品価値があることは公知の事実であったこと、B 本件各発明当時、被告やサール社は既にAPMを甘味料として製造販売する事業を開始していたこと、C 被告はAPM事業についてほとんどリスクを負っておらず、大きなリスクを負っていたのはサール社であること、以上の事実を総合すると、被告がAPM事業を開始したことは本件各発明がされるについての被告の貢献した程度として考慮すべきではない。
(イ) 原告は、昭和47年末から昭和48年初頭に独自に行った静置晶析法に関する机上検討とベンチスケール実験により、晶析、分離、乾燥工程全体で見れば静置晶析の採用が投資効果の点ではるかに優れているという確信を持っていた。しかし、当時、原告以外には工業的規模でAPMの静置晶析を実現しようと考えていた者は1人もいなかった。原告は、昭和53年2月の研究再開後も、静置晶析法しかないとの確信を持って、独自に工業的規模の静置晶析装置の形状等を考え続けていたのである。
 共同発明者であるCは、昭和55年9月にAPMの束状結晶を発見したが、同人は工業的規模の静置晶析法の構想を持っていたわけではなく、APMの静置晶析を工業的規模で実現するにはどのような問題があり、それらの問題点をいかにして克服するかについて何らアイデアを持っていなかった。したがって、CがAPMの束状結晶を発見したことと原告が工業的規模の静置晶析法を考案したこととは直接の因果関係はないし、被告における静置晶析法以外の晶析法に関する数々の失敗の歴史が本件各発明に貢献したということはない。
 このように、原告が、被告の命令、指示を受けることなく独自に工業的規模の静置晶析法を考案して基礎実験を行い、被告やサール社を説得して、工業的規模での静置晶析法の研究を開始させた等の事実に照らし、本件各発明の過程での被告の貢献は小さい。
(ウ) 本件各発明の本質は、「工業的規模でAPMの静置晶析を実現する方法」であり、具体的には「シャーベットを形成する濃度範囲で、無撹拌で急速冷却が可能な工業規模の装置を用いて、工業規模で、無撹拌・伝導伝熱冷却を行うAPMの晶析プロセス」であるが、実用的な観点からは、重要構成要素は、@ 工業的な規模で、無撹拌下で急速な冷却を可能ならしめる方法、A 簡単な操作で形成されたシャーベット状疑似固相を排出する方法、B シャーベット状疑似固相形成に必要な初期濃度の3点であり、これらはすべて原告の着想によるものである。
 束状集合晶は、公知であって本件各発明を構成しておらず、束状集合晶の発見は、本件各発明を完成するに必要な具体的なアイデアや考案を全く提供していないから、本件各発明と無関係である。
エ 本件各発明のAPM生産技術上の意義
 本件各発明は、以下の点で、APM生産技術の上で重要な意義を有する。
(ア) 静置晶析の工程は、APMの製造工程のすべてに関わるものではなく、その一部に関わる工程であるが、非常に重要な工程であり、逆に被告が静置晶析以外に重要な工程として主張するアスパラギン酸及びフェニルアラニンの製造方法やAPMの合成方法については、他社技術が多数存在する。
(イ) いずれの原料製造法及びAPM合成法を使用しても、最終工程として晶析、分離、乾燥工程を経て、APMの結晶を得なければならない。本件各発明は、APM特有の結晶化工程の課題を解決したもので、APM製造工程の中でも極めて重要な地位を占めていることは、東海工場のコマーシャルプラントや、サール社の米国最初のコマーシャルプラントにおいて、攪拌晶析が急遽静置晶析に変更されたことからも、明らかである。
(ウ) 本件各特許の他者排除力が極めて強力であることは、製法特許の他社排除力が通常、最終工程又は最終工程に近い工程のものの方が強いこと、本件各発明が、平成4年契約において改良特許ではなく、発明特許とされていること等の事実からも明らかである。
(エ) 静置晶析法により結晶化されたAPMは、束状集合晶という良質なAPMであることから、本件各特許の中には、当該束状集合晶の物質クレームも含まれる。
オ 権利化の過程における被告の貢献について
(ア) 本件各特許については、被告中央研究所のH所長から「装置特許にするのではなく、是非プロセス特許にした方がよい。」との示唆を受けて、原告が自主的に特許出願したものである。原告は、本件各特許出願時に、被告特許部の担当者に会っているし、特許明細書の作成を依頼したCとは、明細書の内容に関して何度も打ち合わせをした。例えば、本件特許1の請求項5の「冷却面からの最大距離が500o以下」としたのは、冷却時間は冷却面からの最遠点までの距離の二乗に比例するとの非定常伝導電熱の原理に基づき、他社に本件特許1を回避されない範囲で限定をするため、冷却時間について議論した後、原告の判断で決定されたものである。
(イ) 原告は、静置晶析工業化技術はAPMを大量生産するのに重要な技術であり特許化する必要があり、またAPMの特殊な性状を踏まえれば、同技術は化学工業的には新規性及び進歩性があると確信していたため、静置晶析法は特許にはできないという特許部担当者を説得した。その結果、被告は、昭和57年4月に日本で特許出願を行い、その後ヨーロッパ、アメリカ合衆国、カナダで特許出願をした。これらの外国特許出願の明細書には、すべてクレームに「Industrial Scale」との文言が記載されているが、これは静置晶析法の特許化を強く主張した原告の発案、主張が認められた結果である。現に、原告は、昭和61年5月に被告の特許部のI副部長に上記文言の付加を提案している。
(ウ) 米国特許出願は、ロンドン大学J教授の著書の記述を理由に拒絶査定を受けた。そこで、原告は、J教授にAPMの晶析の特殊性を理解してもらい、同教授に特許性有りとの意見を宣言書の形で提出してもらえれば特許を取得できると考え、昭和61年に同教授が来日した際、面会し、デモンストレーションを行って、同教授にAPMの晶析ではシャーベット状の固相が生じることを観察してもらい、APMの結晶成長の特殊性について説明し、同教授の関心を得た。
(エ) オランダ法人スイートナー社(以下「HSC社」という。)は、昭和61年、本件発明10について欧州特許庁に対して異議申立てを行い、逆に平成2年に被告が同社に対して侵害訴訟を提起した。そこで、原告の提案により、J教授に訴訟への助言を依頼することにし、原告は、Cとともに同教授との間で数年にわたる議論を重ねた結果、同教授にAPMの結晶成長の特殊性を理解してもらい、「APMの工業的静置晶析技術は新規性があり、進歩性があることは明確である。したがって特許として許可されるべきである。」旨の宣言書を米国特許商標庁に提出してもらい、その結果、特許登録が認められた。
 以上の事実の外、異議申立事件や特許侵害訴訟においても、原告は詳細な供述書を作成するなどして、主体的精力的に活動したことからすると、本件において権利化の過程における被告の貢献の程度は少ない。
カ 給与その他の報酬の支払による被告の貢献について
 特許法35条1項による使用者に対する無償の法定通常実施権が従業員に対して支払う給与等と十分な対価関係に立ち、衡平が十二分に図られているから、本件各発明の相当の対価の算定上、原告の給与や賞与の金額を考慮すると、全く同じ要素を使用者の利益のためにのみ二重に考慮することとなり、使用者と従業員発明者との衡平を失する。また、原告に対して支給された給与、賞与等は、本来、本件各発明の内容を評価して支払うものではなく、管理職にある者の管理能力、経営能力等を評価して定められたものであるから、これを本件各発明の相当の対価の一部をなすと評価することには、合理的な根拠がない。
(4) 共同発明者間の原告の寄与率
ア 寄与率同意書(甲11)は、共同発明者それぞれの当該発明における寄与率を確認したものであるから、原告以外の共同発明者の内心的意思がどうであれ、いわゆる表示主義を定めた民法93条本文に基づき、原告を含む共同発明者間では、@ 本件各発明における相互の寄与率、A 本件各発明について支払われる特許法35条3項の「相当の対価」の分配割合について、法的拘束力を有する合意が成立している。よって、原告の寄与率は寄与率同意書記載のとおり6分の5である。
 なお、原告は上記寄与率同意書作成当時、既に被告を退社しており、Cの上司という立場にはなかったから、Cが原告に遠慮して、その意に反して同書を作成すべき合理的理由はない。
 原告は、寄与率同意書の作成について、他の共同発明者と何ら協議をしておらず、他の共同発明者の内心的意思を知らなかったのであり、同書による合意について民法93条ただし書の適用の余地はない。
イ Cは、静置晶析法で得られる結晶の外観を走査電子顕微鏡で観察して束状集合晶の構造をしていることを見出したのであり、新規物質としての束状集合晶を発見したわけではない。すなわち束状集合晶は公知であり、その発見又は物質としての束状集合晶は本件各特許を構成しているものではない。また、Cは、工業的規模の静置晶析法の構想を持っていたわけではなく、APMの静置晶析を工業的規模で実現するにはどのような問題があり、それらの問題点をいかに克服するかについては何もアイデアを持っていなかった。
ウ スチールベルト方式及びロータリードラム方式は、いずれも原告の提案によるものである。
(ア) 原告は、被告の中央研究所エンジニヤリング第1室在籍当時、エポキシ系樹脂の開発に携わり、高温で粘稠なエポキシ系樹脂のフレーク化技術の開発を依頼された際に、スチールベルトクーラーを用いてフレーク化の実験を行い、開発に成功し、その結果エポキシ系樹脂の少量生産設備を被告東海工場に導入することが決定され、フレーク化設備としてスチールベルトクーラーを被告東海工場に導入されたという経験を持っていた。そこで、原告はAPMの静置晶析法に使用する設備の考案時に連続的に静置晶析を実現する方法として、スチールベルトクーラーの使用を案出し、共同発明者であるDに対し、それを使用した静置晶析に実験を依頼した。
(イ) 原告は、上記在籍当時、アシルアミノ酸金属塩(アミソフト)の新乾燥法の開発に携わり、その際アミソフトの劣化を防ぎつつフレーク状の製品が得られる経済的な乾燥を実現するために乾燥対象物の厚みを薄くする必要があり、ロータリードラムドライヤーを選定し実験を行った経験を持っていた。そこで、原告は、本件各特許明細書作成時に、ロータリードラム方式がAPMの連続静置晶析法に適用できると考え、案出した。  
〔被告の主張〕
(1) 「相当の対価」の算定方法
ア 特許法35条3項は、職務発明について特許を受ける権利を使用者が発明者から譲渡を受けることに伴い、法律により特に定められたものであり、自由市場における商品やサービスの売買の対価とは全く性質を異にする。本条は、従業員保護の規定であると同時に発明者に給与その他の資金的援助をした使用者との間の利益の調整を図る規定であって、使用者と従業員との衡平の理念に基づくものである。よって、「相当の対価」を通常の商品等の売買価格と同一視することはできないし、この規定が憲法14条、29条に反するということはできない。
イ 相当の対価の算定に際して考慮すべき諸要素
(ア) 特許法35条4項に定められた「その発明により使用者等が受けるべき利益」を考慮するに際して、当該職務発明を使用者が事業化しているか、あるいは、事業化する予定、計画がなければ、いかなる利益も発生し得ないこと、したがって、使用者が受けるべき利益もあり得ないことを前提としなければならない。それゆえ、本件各発明を事業化するに至った被告の貢献をまず考慮しなければならない。
(イ) 次に、事業化について、研究開発等に使用者がいかなる投資をしたか、この投資のためにいかなるリスクを使用者が負担したかを考慮しなければならない。
(ウ) また、本件各発明がされるについて使用者がした貢献を考慮すべきことは特許法35条4項の定めるところであるから、当該発明に至った経緯における使用者の貢献を検討しなければならない。
(エ) 「その発明により使用者等が受けるべき利益」を考慮するに際しては、当該事業における当該発明の意義を検討しなければならない。
(オ) 当該発明について特許権を取得するために使用者がどれほどの貢献をしたかも考慮しなければならない。
(カ) また、「その発明により使用者等が受けるべき利益」は、第三者による発明の実施を排除しなければ当然上げ得べき利益を上げられないので、第三者の当該発明の実施を排除しなければならない。それゆえ、当該発明を排他的に実施するために、すなわち当該発明を実施する第三者の実施を差し止めるために、使用者がどれほどの努力を払い、貢献したかも考慮しなければならない。
(キ) 使用者が当該発明の発明者に対して支払った給与その他の報酬も、当然考慮すべきである。
ウ 特許法35条4項にいう「使用者等が受けるべき利益」とは、単に発明を実施することによって得られる利益の額ではなく、それを超えて、特許を受ける権利を承継し発明の実施を排他的に独占することによって受ける利益の額であり、それは使用者が法定実施権に基づいて実施している状況において、譲渡により得た排他権に基づき第三者に対して実施権を許諾する場合における競合他社の存在等市場における状況、使用者の信用、営業力等使用者固有の要素、発明が関係する排他的要因による製品の状態への影響の外、ブランド力、デザイン、宣伝広告の態様等商品に関する諸要因を考慮して定めるべきであり、使用者の売上げ自体をそのまま計算の根拠として使用されるべきではない。
 上記にいう「利益」とは、専ら「その発明に起因して使用者等が受けるべき利益」を意味し、その他の原因に起因して使用者等が受けるべき利益の額とは峻別されるべきである。そして、使用者等又はライセンシーが強い営業力を持っていれば、職務発明を実施した使用者等又はライセンシーは巨額の売上げを上げることができ、その結果、使用者等は高額の利益ないしロイヤルティ収入を得ることができるが、その営業力が弱い場合には逆に低額の利益ないしロイヤルティ収入しか得られない。ここにいう営業力とは、使用者等やライセンシーの資本金額、事業規模、従業員数、蓄積されている技術力、安定した品質の製品を生産できる生産能力や生産設備、マーケティング力、営業努力等の全体を意味する。この場合における使用者やライセンシーの強い営業力によりもたらされる高額の利益は、その大部分が「その発明により」使用者が受ける利益ではなく、使用者等やライセンシーの営業力によるものである。
 さらに、当該職務発明が基本発明ではなく、改良発明である場合、使用者等やライセンシーは既に基本発明を実施して、これにより一定の売上げを期待することができるのであるから、当該発明を実施することによりそれまで以上の多くの売上げを達成できるものと仮定すると、「その発明により使用者等が受けるべき利益」には、当該改良発明を実施する以前から達成できていたレベルの売上げに対する利益あるいは当該発明を実施しなくても達成できるレベルの売上げに対する利益やロイヤルティ収入は、上記算定に際してはこれに算入すべきではなく、増加分の売上げに対する利益やロイヤルティだけを算出の対象とすべきである。
エ 原告は、被告の貢献度は合意がない限り考慮すべきではないと主張する が、特許法35条の明文にも同条の趣旨にも反するものであり、失当である。
(2) 本件各発明により被告が受けるべき利益の額について
ア 会計上のロイヤルティについて
(ア) 被告の稟議書(甲10)に記載された増分利益額113億7600万円は、原告の主張(2)ア(ア)、(イ)、(ウ)a、(エ)aの4種類の金額であるが、これは発明者に有利になるように格別の配慮をもって行った恩恵的な性質を有する報奨金の支払の基礎として算出した金額であり、会社の義務の履行のために算出された金額ではない。また、この金額は被告が受領したロイヤルティ額だけではなく、その他被告の業績に貢献したと考えられる要素を金額に換算して、これらを積み上げた金額である。
(イ) 昭和55年契約によるロイヤルティ(原告の主張(2)ア(イ))についてサール社は、昭和55年契約にしたがい、G特許といわれる米国特許の同国における存続期間の満了後も、昭和55年契約でライセンスされた対象特許のうち最後まで残る米国特許第4071511号の満了日である平成7年1月までの間、2%のロイヤルティを被告に支払い続けていた。すなわち、NS社は、昭和55年契約にしたがい、G特許の存続期間満了とは無関係に2%のロイヤルティを支払い続けた。
 他方、NS社は、本件特許3ないし9については、平成4年契約にしたがい、平成5年3月にイニシエーション・フィーとして1000万ドルを支払い、かつ、平成6年4月以降平成11年3月までの間、2%のロイヤルティを支払い続け、同月に支払い済みとなった。その結果、平成6年4月から平成7年1月までの間は、NS社はランニング・ロイヤルティとして合計4%を支払った。本件特許3ないし9に関しては平成3年8月に本件特許3が登録され、引き続き本件特許4が登録され、この2番目の特許により実質的に特許としてアメリカ合衆国で保護されることになったものであるが、1000万ドルのイニシエーション・フィーは、平成4年契約の際のロイヤルティに関する両社の交渉の結果の妥協として支払われることとなったものであり、契約書上、その性格は明記されていないが、本件特許3ないし9の成立後、平成4年契約による平成6年4月からのランニング・ロイヤルティの支払開始までの間の本件特許3ないし9の実施に対する補償に相当するものであった。
 以上のとおり、昭和55年契約と本件特許3ないし9のロイヤルティとは無関係なのであり、本件各特許に対するロイヤルティは専ら平成4年契約にしたがい、支払われたのである。
(ウ) 欧州ライセンス契約によるロイヤルティ(原告の主張(2)ア(ウ))について
 EASA社との契約は、APM製造工程の各工程に関する平成4年にライセンスされた9件の発明及び平成9年に追加ライセンスされた7件の発明が渾然一体となって有機的に結合し合っているのであるから、発明者に対する相当の対価という視点で見た場合、90%であるはずがない。EASA社からのロイヤルティ金額に関する本件特許10の寄与を、許諾されたプロセスパッケージの許諾特許発明の件数で配分して考えれば16分の1にとどまるし、平成12年以降はライセンスの対象特許が52件となったので、52分の1にとどまる。被告は、新しく採用された報奨制度の第1号として原告の報奨金額を極力優遇しようという意図の下に算定したものであるから、これを相当の対価の算定基準として使用するのは適切ではない。
(エ) 被告の実施による独占的利益(原告の主張(2)ア(エ))について
 被告の実施は、被告が特許法35条1項にしたがって有する法定通常実施権により行ってきたものである。また、原告は、国内及び北米における平成元年度以前の販売額を考慮しているが、同時期には本件各発明のいずれも特許として成立していなかったし、アジア及び中南米においては、いかなる特許も成立していないから、同時期にはこれらの諸国においていかなる排他的権利も享受していない。
(オ) 本件各発明にかかる米国特許の実施により被告がサール社ないしNS社から受領したロイヤルティ(原告の主張(2)ア(ア)及び(イ))は、その全額が「その発明により」使用者である被告が受けるべき利益であるとはいえない。何故なら、ロイヤルティ額はサール社ないしNS社の売上げに比例するが、この売上げはライセンシーであるサール社ないしNS社の営業力に大きく依存しているからである。したがって、サール社ないしNS社の売上高の相当部分、例えば90%以上は本件各発明と無関係に同社の営業力により達成したものであり、本件各特許のライセンス収入は、残余の売上高についてのみ「その発明により」使用者等が受けるべき利益と考えるべきである。
(カ) 被告によるAPMの市場における占有率は、本件各特許の存在の有無にかかわらず極めて高いレベルに維持できたものであり、他社が本件各特許による実施権の許諾を得たとしても、その売上高の総計は高く見積もっても被告の売上高の1.5%程度に過ぎない。したがって、原告の主張(2)ア(ア)ないし(ウ)については特許法35条1項が準用され、被告の自己実施と考えられるべきである。
イ 隠れたロイヤルティ収入について
 原告主張の隠れたロイヤルティ収入というような収入はない。平成4年契約の交渉過程で昭和57年に遡って2%のロイヤルティをNS社に支払ってもらうという発想をもって交渉したことは事実であるが、これは同社の受け入れることとはならなかった。
 別紙3(隠れたロイヤルティ収入に関する被告の主張)記載のとおり、平成4年契約にしたがい被告が受領したイニシエーション・フィーとロイヤルティが、特許報奨金の算定に際して計上した金額であり、供給契約による隠れたロイヤルティなどというものは存在しない。
ウ ヨーロッパ子会社買収の値引による利益について
 被告がモンサント社からスイス法人及びフランス法人の各株式の50%を買収した際に、本件各発明のために買収価格の値引きを得たという事実はない。
 買収価格が6700万ドルとなったのは、被告が内部収益率、正味現在価値、単純回収年数、株主資本利益率等により定められた投資採算性評価基準によって計算し、充分に採算がとれる範囲での価格を提示し、相手も価格を提示し、その間で妥協が図られて決定したものである。
エ APMの国内販売による独占的利益について
 被告がAPMに関してほぼ独占的に近い市場占有率を有していることは事実であるが、これはAPMを市場に初めて導入したパイオニアとしての被告の20数年にわたる企業努力、うまみ調味料メーカーとして多年築いてきた名声と信用等によるものであり、本件各特許とは関係がない。また、APMの価格は、常に他の人工甘味料の価格との競争にもさらされており、本件各特許は市場における価格支配力とは全く関係がない。
 そもそも、国内の実施は特許法35条1項による法定の通常実施権の範囲内の行為である。被告が日本国内において本件各発明を実施してAPMを製造し、販売したことによる被告の利益は、仮に本件各発明が譲渡されていない場合であっても、特許法35条1項により当然被告が上げることができるものであるから、これについて原告はいかなる対価請求権も有しない。
オ 「使用者等が受ける利益」については、以下の諸事実が考慮されるべき である。
(ア) 被告は、APM関連の特許及び製造技術によりAPMの中間原料及び最終製品をアメリカ合衆国等において自ら製造し販売するのではなく、サール社ないしNS社に独占的実施権を許諾する態様の経営判断を行ったものである。このような経営判断は、平成4年までは上記会社所有のAPMの用途特許(基本特許)の制限の下では、被告が昭和43年以来随時開発し保有してきた数多くの特許もアメリカ合衆国等においては単独では自己実施もできない状況において、長期間の密接な事業提携の中で行ったものであるから、かかる事業提携の全体における特許ライセンスの部分のみを取り上げて第三者への実施許諾ということは事業提携の実態に反する。
(イ) 平成4年契約も、こうした長期間の密接な総合的な事業提携の延長上に位置づけられる。したがって、上記契約によりNS社から受領する対価は、独立した第三者に対する単なる個別の特許ライセンスではないから、これによるロイヤルティは、特許法35条1項により被告が無償で実施できる権利についての対価を含む。
(ウ) サール社ないしNS社のアメリカ合衆国、カナダにおける事業は、被告との全般的な事業提携の下で行われてきたものであるから、その一端として残存した本件各特許のライセンスによる実施も被告の実施とみるべきものである。ヨーロッパにおけるEASA社も、ライセンス契約締結当時、被告の50パーセント子会社であったし、平成12年3月には100パーセント子会社となったのであるから、同社の実施は自社実施と同視すべきである。
(3) 被告の貢献の程度
 仮に、原告が対価請求権を有するとしても、被告の以下の貢献を考えると、原告の行為の価値は微々たるものであり、すでに報奨金として支払った1000万円が「相当の対価」というに十分である。
ア APM事業化の経緯について
(ア) サール社は、同社が製薬会社であり、APMの原料であるフェニルアラニンの入手も容易ではなく、アスパラギン酸との合成によりAPMを工業的に生産することは、アミノ酸技術をもっていない同社としては不可能であったため、APMの事業化に積極的でなかった。被告の迅速、果断な決断と事業化への熱意によって初めて、APMの事業化が実現したものである。
(イ) 被告は、サール社との共同研究、共同開発を実施するに当たってもAPMの生産技術を確立することなしには対等の立場で交渉することはできないと考え、昭和44年2月にAPMの合成法の研究に着手し、同年4月30日に「α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンメチルエステルの合成法」の発明(Z法の基本発明)について特許出願をし、昭和45年3月18日に「フェニルアラニンの製造方法」の発明について特許出願したことで、フェニルアラニンの工業的生産の基本的な生産方法が確立され、同年10月26日に「α−APMを塩酸塩とする不純物であるβ−APMから分離する方法」(塩酸塩特許)の発明について特許出願した。
(ウ) 被告は、サール社との交渉の結果、毎月25sのAPMのサンプルを同社に供給することとなったが、これは、同社が安全性試験を動物で実施するため、また具体的な用途開発のためAPMを必要としたことによるものである。このサンプル供給は、昭和44年9月から昭和46年9月まで赤字輸出で行われた。被告が投入した研究開発要員は1年当たりのべ31.5人であり、これらの研究者が費やした研究費を現在の費用に換算すると約7億円に達する。
 以上の結果、被告は、サール社との間で昭和45年3月23日に両者間の合弁契約を期待して討議に入ること、その間、相互的に情報を開示し、秘密を保持することで合意した。続いて、同年6月16日付けでAPM等の製品及びその原料に関してサール社を被告の独占的ディストリビューターと指名する契約が締結され、その後、被告からサール社に対する及びサール社から被告に対するライセンス契約が締結された。 
(エ) サール社は、被告から供給を受けたサンプルを用いて動物実験による安全性試験を実施し、その結果に基づいて昭和48年3月5日にFDAに食品添加物としての認可を申請し、昭和49年7月26日に承認を得た。しかし、同年8月16日に異議申立てが提出され、FDAは、同年12月5日に停止命令を発令した。そこで、サール社は、被告が行っていたラットの慢性毒性試験の結果を提出し、これが功を奏して、昭和56年7月24日に仮決定、同年10月22日に承認された。
 また、サール社は、昭和56年10月に炭酸飲料に使用することについてFDAに承認申請し、昭和58年6月29日に炭酸飲料、炭酸飲料原料へのAPMの使用が承認された。
 他方、日本では、同年8月27日にAPMを食品添加物として指定された。
(オ) 被告は、昭和46年から昭和55年の間に、APMの製造方法、APMの用途、フェニルアラニンの製造方法、アスパラギン酸の製造方法に関し、多数の特許出願をしたが、これらは被告の研究、開発の成果である。これを人員についてみると、昭和43年から昭和56年までの間に被告が投資した研究開発要員は1年当たりのべ471人、研究開発費用は単純累積額で約39億円に達し、この他安全性試験の外部委託費用、マーケット調査費、人事部等の研究者に対する業務等の共通費を加えると約43億円に達する。また、被告は、パイロット・プラント建設のために、合計約2億円の設備投資額を支出した。
(カ) 本件各発明が実施されたのは、以上のAPMの事業化の一環として行われたものであり、本件各発明はAPMの製造に関する全システムの一部の改良の発明であるにすぎない。
イ APMの商品価値について
@ サール社自身ではAPMのすぐれた甘味の質や甘味度を事業化できなかったし、A APMが2つのアミノ酸からなるペプチドでありナチュラルさに魅力があったことや、チクロ、サッカリン等に代わって新しい甘味料が求められていたことは、業界の常識であったこと、B サール社がブランド化戦略を進め、APM市場の拡大安定化することができたのは、サール社が被告の協力を得て、APMの量産技術を確立することができたからであり、C 被告の製造技術なくしてFDAの認可を得るためのサンプルもサール社としては入手できず、大量生産のための技術も取得し得なかったことからすれば、被告の貢献はサール社の貢献に比べて低いという原告の主張は理由がない。
ウ 発明の過程における被告の貢献について
(ア) 本件各発明がされるに至った経緯を要約すれば、第1に、それまでに被告において試みていた、考えられる限りのあらゆる撹拌晶析法(強制流動を伴う晶析法)により望ましい大きな結晶としてのAPMを得ることが失敗に終わり、もはや他に晶析方法が考えられない状況にあったこと、第2に、CによりAPMの特異な結晶形態が発見されたこと、その結果として、本件各発明がされたものということができる。
 すなわち、昭和44年から昭和46年までは、実験室におけるAPMの製法研究とサンプル試作の段階であり、晶析方法も実験室的手法の域を出るものではなかった。昭和47年から昭和50年までの間には、ASH法(無保護のアスパラギン酸無水物とフェニルアラニンメチルエステルを反応させる製法)によりAPMの商業的生産技術を確立し、晶析工程については、実験室での基礎検討を積み重ね、その結果、連続的撹拌冷却法による工業化を目指した。昭和51年から昭和54年までは、いったん研究開発は減速したが、東ソー株式会社(以下「東ソー」という。)、財団法人相模中央化学研究所(以下「相模中研」という。)及び被告との酵素縮合に関する共同研究を実施し、その経済性の評価を行った。その後、改良Z法によるAPMの商業的生産技術を確立した。昭和55年から昭和57年までは、工業晶析法に関して再度実験室に立ち戻って、基礎検討を再開、走査電子顕微鏡による観察の結果、Cが静置晶析で得られるAPMの大粒径の結晶が束状集合晶という特異な結晶形態をもつことを発見し、これを受けて静置晶析法の工業的実施のための研究開発を行い、これに成功し、本件各発明がされるに至った。
(イ) 以上のように、本件各発明は、それまでの考えられる限りのあらゆる攪拌晶析法による失敗の上で、かつCによる束状集合晶の発見に基づいてされたものである。アイデアを持つことと発明することは同じではないところ、本件各発明は、Cによる束状集合晶の発見まではアイデアの段階にとどまっていたのである。
 また、本件各発明に関しては、結晶の細かさのために固液分離性が悪くなり、その結果、湿結晶の水分含量が高くなり、不純物の付着が多くなり、かつ乾燥の時間がかかる等の操作上の問題があるので、これを解決するためにいかにして大きな結晶としてAPMの結晶を晶析させるかという課題は、被告から本件各発明に至る10年以上前から与えられており、被告の晶析関係者の研究者が全力を結集してその解決に取り組んでいたものであること、解決手段としての静置晶析の発明は以上のような攪拌晶析法による失敗の累積の上でなされたものであること、原告が本件各発明の当時、被告の中央研究所技術開発研究所のAPM開発グループに課長として勤務し、問題解決の責任者の立場にあったことを考えると、本件各発明に至る被告の貢献の程度は大きいといえる。 
エ 本件各発明のAPM生産技術上の意義
(ア) APMは、原料のフェニルアラニン及びアスパラギン酸の製造から両原料の合成、多段階の工程を経て生産される製品であるが、本件各発明にかかる静置晶析法はこのごく一部の工程における改良発明に過ぎない。すなわち、本件各発明にかかる静置晶析法はAPM生産において重要な技術であるが、その基本発明でもなければAPM生産にとって不可欠の発明でもない。
(イ) 被告とNS社との間で締結した平成4年契約では、本件特許3ないし9を発見特許とされているが、それは同契約において上記各特許を発見特許と解するか、改良特許と解するかで両者の利害関係の調整が必要であり、その結果として上記各特許を発見特許とみる代わりに、同特許成立後平成6年3月までの期間についてはイニシエーション・フィーを支払い、平成4年から平成11年まではランニングのロイヤルティを支払い、その後は支払済みとして非独占のライセンスに変わるという合意がされたものである。
(ウ) APM溶液を単に静置し、放置すれば大きな結晶としてAPM結晶が取り出せることは被告社内では早くから知られていたことであり、工業的実施に際して、強制流動を伴う晶析法では望ましい大きな結晶が得られないこと、APMの大きな結晶が束状集合晶という特異な結晶構造を有することによって工業的晶析法としての静置晶析法に発明性があるのであり、特許明細書においてもAPM結晶の特異な結晶構造を強調している。
オ 権利化の過程における被告の貢献について
(ア) 被告中央研究所のH所長は、原告に対し直ちに特許出願するように指示したので、原告はCに特許明細書の起案を命じ、同人が特許部K課長と相談の上特許明細書を起案して同課長に提出した。Cは、すでに工業的生産を想定して詳細な発明を記載し、詳細な説明は一貫して工業的生産方法としての静置晶析に関して説明していた。Cは、同課長の意見に基づいて、静置晶析法により得られるAPMのシャーベット状疑似固相が束状集合晶であり、攪拌晶析によるAPMとは全く結晶形態が異なることを電子顕微鏡写真で説明すること等の補充をして特許明細書を完成させた。
 被告は、昭和57年4月12日、本件特許1につき特許出願し、この日本特許出願の優先権を主張して、昭和58年4月6日に米国特許出願(本件特許3ないし8)を、同月7日に欧州特許出願(本件特許10)を、同月12日にカナダ特許出願(本件特許9)をそれぞれ行った。
(イ) 被告は、昭和62年6月17日、本件特許1につき審査請求をし、拒絶理由通知を受けたが、平成元年10月24日に補正書を提出した結果、平成2年10月11日に出願公告された。また、被告は、昭和62年6月16日、本件発明2(静置晶析法により得られるAPMの束状集合晶)につき分割出願をしたが、この出願については2度の拒絶理由通知を受け、補正書と意見書を提出した結果、平成3年3月5日に出願公告された。本件特許1及び2につき、東ソーらから異議申立てがされたが、被告は答弁書の提出の際、工業的晶析法との補正を行い、前記J教授の意見書を提出するなどして答弁した。その後、被告と東ソーらとの紛争が平成4年12月に和解により解決し、東ソーが平成5年1月20日に上記異議申立てを取り下げたので、本件特許1及び2は、平成5年9月29日に登録された。
(ウ) 東ソーは、被告に対し、昭和61年5月8日に本件特許10について全世界的に、無償かつ譲渡可能なライセンスを合弁会社であるHSC社に許諾しなければ異議申立てをするとの申し入れをした。東ソーの主張は、同社、相模中研及び被告の3社が共同研究をしていた当時、共同で出願した特開55−167268号公報の実施例1に72?のAPM溶液を室温及び一夜冷蔵庫に放置する旨の記載があり、これを追試するとAPMの束状集合晶が得られるので、本件特許10は無効であるというものであった。
 そこで、被告は、特許部からI副部長及びK課長、中央研究所から原告、東海工場からCらが参加して会議を開いて対策を協議した。その結果、Cは、特許明細書の草案を起案した当時から本件各発明は「工業的生産」のために実施されることに特徴があるものと認識していたので、「Industrial scale」という文言を加えることにより、東ソーが引用する公知技術と区別化を図るべきであると結論づけた。また、Cは、同月19日及び20日にK課長あてに「工業晶析において攪拌が常識であり、静置晶析が実現不可能と読み取れる文献」を探し出し、反論案を送付し、被告は、東ソーの申し入れを拒否して異議申立てを受けて争うことにした。Cは、同年9月、恩師である早稲田大学のL教授の紹介により、原告とともにJ教授と面会し、問題を説明した。原告は、晶析のデモンストレーションを行ったが、室温でシャーベット状疑似固相が溶け出したために工業的晶析のデモンストレーションとしては有意義ではなく、むしろ同教授に対する説明は、Cが学会誌に発表予定の英文原稿の素案を主として行われた。その結果、J教授は、被告の見解に同意し、工業的規模での静置晶析法が自明でない旨の同年11月22日付けの意見書を作成し、被告はこの意見書を欧州特許庁に提出した。
 しかし、平成3年12月に行われた口頭審理の結果、欧州特許庁は、本件特許10を取り消す旨の異議決定をした。そこで、被告は平成4年5月に審判を請求し、束状晶と針状晶の識別について粉末X線解析の手法を用いた研究を行う等し、平成9年5月に口頭審理が行われ、上記決定は取り消された。
(エ) 米国特許出願(本件特許3ないし8)に関しては、許可されるまでに繰り返し拒絶理由、拒絶査定を受け、合計17回の継続出願、分割出願を行い(乙20)、数十回に及び米国特許商標局との書面の往復があった。また、これらの出願の過程でJ教授の意見書を提出し、さらにCらの陳述書及びビデオテープを証拠として提出し、APMの生産について工業的規模では無攪拌晶析を用いるときに予想外の相違をもたらすことを示した。
(オ) 以上のように、本件各発明が登録又は維持されたのは、Cが本件各発明を工業的方法という特徴により公知例との差別を明確にしたことやJ教授の意見書等を準備した被告の特許部、研究所その他の関係者の努力の成果であり、ことにこの成果は、束状結晶は、いかなる方法によっても成長しない針状結晶とは全く別の結晶であるという事実に基づくものであった。また、これらの手続のために被告は莫大な費用を費やした。
カ 給与その他の報酬の支払による被告の貢献について
(ア) 被告及びその関連会社が原告に支払った給与、賞与、退職金の総額は1億9800万円である。また、味の素製油株式会社は、原告が退職した後もコンサルタント契約を締結し、同社は原告に対し、平成15年3月までの間に総額1332万円の報酬を支払った。さらに、被告及びその関連会社は、平成3年から平成13年3月末までの間、社会保険等の企業負担分として総額1230万円を負担し、平成13年2月以降、味の素厚生年金制度により厚生年金を75歳まで年額平均700万円を、75歳以後は年額830万円を終身支払うこととしている。
 以上のとおり、原告が研究職として勤務し、その職務として本件各発明を行ったものであり、その後も極めて恵まれた処遇を受け、今後の生活も保証されているから、上記の事情は被告の貢献した程度として考慮されるべきである。
(イ) 原告は、給与等の支払は相当の対価の算定に当たって考慮すべきではないと主張するが、研究者として雇用されている従業員の給与等は、使用者としては当然当該従業員が研究、開発の成果を挙げることを期待して支払っているものであり、しかもその成果のいかんを問わず支払われるものであるから、当然被告の貢献度として考慮されるべきである。また、特許法35条は1項ないし4項の全体として使用者と従業員発明者との間の衡平を図っているから、同条1項のみを取り出しそれが給与等と衡平が図られていると解することはできない。
(4) 共同発明者間の原告の寄与率
ア 寄与率同意書(甲11)記載の共同発明者の合意は、あくまで報奨金の分配に際しての寄与率の合意であって、特許法35条3項の「相当の対価」の分配ないしはそのための寄与率についての合意ではない。「相当の対価」は、あくまで客観的に本件各発明について原告がどれだけの寄与をしたかによって定められるべきである。本件各発明は、APMの束状集合晶という特異な結晶形態をCが発見したことが最も重大な契機となり、それまでに多年にわたり努力した強制流動を伴う晶析法の研究開発の失敗の上で、初めて本格的に取り組まれ、完成したものである。このような貢献をしたCの寄与率が30分の1であるのに対し、原告が6分の5という寄与率であることからみても、寄与率同意書記載の寄与率の合意は、専ら1200万円の報奨金の総額を前提にして、既に現場を離れていた先輩である原告に約28年間の被告の甘味料事業に対する貢献を考慮して、1000万円の報奨金が支払われるようにしたいという、Cを中心とする他の共同発明者の善意から出たものであって、本件各発明について客観的に評価される寄与率について合意したものではない。原告もこのような善意に基づくが真実には反する寄与率決定の経緯を熟知していたものであるから、民法93条ただし書により、寄与率についての合意は法的拘束力を有するものではない。
イ CによるAPMの大きな結晶が束状結晶であるという事実の発見がAPMの工業的な静置晶析法に関する本件各発明に関する決定的な意義を有したものである。
 原告が当初静置晶析法を着想したのは、晶析によって単結晶を太く大きなものに成長させようとの考えに基づくものであったのに対し、Cの上記発見以後において静置晶析法を試みたのは、束状集合晶の太く大きな結晶を工業的に得ようとの考えに基づいており、Cの上記発見の前と後とでは同じく静置晶析法といっても、得ようとする目的物に違いがあり、質的に変わった着想とはなっている。
 また、原告の上記着想を工業的プロセスの発明として完成するためには、工業的に実施可能であることを検証する必要があり、このために共同発明者の協力が必須であった。すなわち、工業的に静置晶析法を実施すると、晶析槽への結晶の付着(スケーリング)が生じたり、排出が困難なので実用化は難しいと危惧されていた問題を解決できるかどうかが工業的静置晶析法の実用化の鍵であった。これらの問題をベンチプラント、パイロットプラントの試験により解決することができるであろうというめどが立って初めて本件各発明が完成したのである。
ウ 共同発明者のBとDは、原告の上記着想をベンチプラント、パイロットプラントにおいて実現するために晶析装置の具体的な設計を担当した。すなわち、装置の寸法、形状その他のすべての設計を変更し、繰り返し条件を変えて実験し、その結果を踏まえて設計を変更し、最終的に工業的静置晶析装置及びプロセスが完成した。それまでの間、BとDは、原告と随時協議し相談したが、設計の主体はBとDであった。
 共同発明者のEとFは、ベンチプラント、パイロットプラントの運転条件や後工程の操作方法等についての経験が豊富で、器具、部品についての大きさ、形状等のアイデアを出すことを含めて、かかる操作及び運転条件についての示唆、勧告を行うことにより、本件各発明の完成に寄与した。
エ 本件特許明細書の図4、6及び7について
(ア) スチールベルト方式について、原告が机上の構想を抱いていたことは事実であるが、これを実際に本件各発明の実施例の態様に実施したのは共同発明者の1人であるDである。 
(イ) ロータリードラム方式は、Cが考えて本件特許明細書に記載したものであり、U字管についても同様である。これらは、化学工学の教科書や便覧を参照すれば、誰でも装置として考案できる種類のものにすぎず、以上について、原告に実質的な寄与はない。
4 争点(3)(消滅時効の成否)について
〔被告の主張〕
(1) 特許法35条に定める対価請求権の消滅時効の起算日は、特許を受ける権利を承継させることの対価であるから、特段の事情のない限り、承継の時から進行するものと解される。
 被告には、発明等取扱規程が施行された平成2年3月16日までは、入社時に新入社員からとりつける入社宣誓書(乙1)を除いては、発明に関する取扱規程が存在せず、同規程が施行されて初めて出願時補償金と公告時補償金が発明者従業員に支払われることになった。そこで、本件発明1及び2についての日本特許出願が公告された平成2年及び平成3年に公告時補償金としてそれぞれ2万円(原告を含む発明者全員に対する総額)が支払われたが、その他特別の取り決めや合意その他特段の事情はなかった。そうすると、被告が原告から特許を受ける権利を承継した昭和57年1月ころには、すでに対価請求権を行使できたものであるから、以後ほぼ20年を経た現在、消滅時効が完成しているのは明らかである。
(2) 仮にそうでないとしても、原告は、@ 被告はAPMの製造販売を昭和49年には開始していたが、静置晶析方法により晶析したAPMは、昭和57年5月には日本国内で工業的生産を開始し、アメリカ合衆国への輸出が開始され、昭和58年8月末に日本国内での販売が開始されたこと、A 本件発明1及び2は、それぞれ平成2年10月11日及び平成3年4月5日に出願公告され、当該発明の第三者による実施の禁止を裁判所に求め得る仮保護の権利が付与されていたこと、以上の事実を知っていたのであるから、本件特許1及び2に関し原告が請求権を行使しようとすればできたものである。よって、どんなに遅くとも、原告が上記事実に関する供述書(甲25)を作成した平成3年10月30日、又は上記@Aの事実の発生日には、被告が本件発明1及び2を工業的に実施していた事実等を知悉していたものであり、これを起算点とすると、消滅時効が完成する。
(3) 平成2年3月16日施行の発明等取扱規程により遡及的に補償金が支払われることになるから、その支払時期が消滅時効の起算点とも考えられる。しかし、この場合でも発明等取扱規程による本件各発明に対する公告時補償金の支払時期が確定した、本件特許1についてはその公告日の平成2年10月11日が、本件特許2についてはその公告日の平成3年4月5日が消滅時効の起算日となるから、消滅時効は完成している。また、公告時補償金の支払により時効が中断するとしても、その支払はそれぞれ平成3年5月16日及び平成4年5月28日であるから、消滅時効が完成している。
(4) 原告は、消滅時効は原告が1000万円の報奨金を受領した平成13年1月17日から進行すると主張するが、この1000万円は、特許報奨規程に基づく報奨金であり、発明等取扱規程、職務発明補償金基準に基づいて支払われる補償金とは性質を全く異にするものであり、実績補償金ではない。この報奨金の支払は、補償金の支払と異なりあくまで会社から従業員に対する恩恵的、裁量的な支払である。
 原告は、特許報奨制度の拡充に関する経営会議方針審議資料(甲50)の記載を根拠に上記報奨金が実績補償金に当たると主張するが、@ 「法的な対応を強化する」との文言は被告の業績に大いに貢献した発明者に充分な報奨金を与えることによって本件訴訟のような係争を未然に防ぐという意味にすぎず、上記書面は法的な効力が生じるような性質のものではない。仮に、特許法35条3項、4項に対応するために新たに規定を設けるのであれば、報奨金ではなく補償金として規定し、かつ特許報奨制度による「功労特許」、「優秀特許」に該当しないものであっても、職務発明の実施により会社が利益を上げているものについてはすべて補償金を支払う旨の規定にしなければならなかったはずであるが、特許報奨規程はそのような性格のものとして設けたわけではなく、会社に重大な貢献をした職務発明の発明者に対して、恣意的にならないように、また不公平感を招かないように充分な配慮をしているとはいえ、あくまで裁量的、恩恵的な給付を目的としてものである。A また、上記資料に「実績補償」という項目があるのは報奨の誤記に過ぎず、このことは「資料2」の題に「補償報奨の現状」とあること、「資料1」の題に「報奨制度」とあること及びこれまで被告において実績補償を行った事例のないことからも明らかである。
(5) 被告が、特許報奨規程による報奨対象特許を昭和54年4月1日以降特許出願された職務発明についてまで遡って適用することとしたのは、使用者である被告の政策的な善意によるものであり、債務の存在を認めたわけではないし、これによって被告が時効を援用しないであろうとの期待を原告に抱かせたわけでもない。被告は、発明等取扱規程と特許報奨規程を区別した上、上記金員を職務発明の対価である実績補償としてではなく、報奨金として支払ったのであるから、被告が消滅時効を援用することは信義則に反することはなく、上記支払をもって時効援用権を喪失したということはできない。
〔原告の主張〕
(1) 職務発明に係る特許権の成立前である同特許を受ける権利の承継時に、「使用者が受けるべき利益の額」すなわち「当該職務発明の特許権の実施を独占することによって受ける利益」を算定することは論理的に不可能である。
 職務発明の譲渡を受けた使用者が、各年度の決算期にロイヤルティ収入又は売上高を集計し発表するごとに、片面的強行規定である特許法35条3項の「相当の対価」が客観的、具体的に定まることになる。そして、「相当の対価」が客観的、具体的に定まって初めて従業員発明者がそれまでに既に受領している対価額が「相当」なのか否かを判断し得ることになり、その結果、職務発明の譲渡に基づく譲渡対価請求権の行使も、法律上可能となる。すなわち、相当対価支払請求権の消滅時効の起算点は、当該職務発明によって使用者が独占的利益を受けることができる期間中における使用者の決算期であるから、消滅時効は成立しない。
(2) 仮にそうでないとしても、被告は、平成4年12月18日にNS社との間でライセンス契約を締結しており、それまでは本件各特許のロイヤルティ率等を確定できないから、同日が消滅時効の起算点となる。原告は、平成14年9月20日に本件訴訟を提起しているから、消滅時効は完成していない。
(3) 仮にそうでないとしても、被告は、平成13年1月17日に1000万円の報奨金を支払っているが、これは発明等取扱規程(平成11年10月1日改定のもの)、特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領に基づいて、本件各特許を功労特許と評価して支払ったものであり、いわゆる実績補償の性質を有する。何故なら、特許報奨制度の拡充に関する経営会議方針審議資料(甲50)によると、功労特許の報奨額を1000万円に増額する趣旨として、「職務上の発明について『従業者等は相当の対価の支払いを受ける権利を有する』との特許法の定めに対し昇級や昇格に反映させてきたが、さらに法的な対応を強化する」旨明確に定められているし、同審議資料では、功労特許が実績補償として明確に位置づけられているからである。
 したがって、本件各発明に係る相当対価請求権の消滅時効は、1000万円の報奨金を受領した平成13年1月17日から進行し、本訴提起は10年以内の平成14年9月に行われているから、消滅時効は完成していない。
(4) 特許報奨規程(乙9)第5条において、「報奨の審査・推薦を行う時期は、原則として当該職務発明特許について特許出願した後、10年、15年、20年を経過した時とする」と定められている。したがって、被告が原告に支払った特許報奨金1000万円がいわゆる実績補償金であり、特許法35条3項の「相当の対価」の一部に該当することを前提とすれば、「勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合」に当たり、その支払時期が消滅時効の起算点となるから(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁)、本訴提起時の平成14年9月20日時点では本件各発明に係る相当対価請求権の消滅時効は完成していない。
(5) 被告の主張(2)に対する反論
 被告の主張のように、従業員発明者が、自らの発明を使用者が実施した事実を知っただけで、直ちに相当対価請求権を行使できるものと解するのは、現実の使用者・従業員発明者の間の関係に照らして全くの齟齬を来たしているというほかない。被告の主張のように解すると、経済的に弱い立場にある従業員発明者を保護する趣旨で、労働法の一として、片面的強行法規たる特許法35条3、4項が定められた趣旨が無為に帰してしまうこととなる。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)ア(外国特許に対する特許法35条の適用の可否について)
(1) 原告は、特許法35条3項に基づき、外国出願に係る本件特許3ないし10についての承継の対価をも請求するところ、被告は、同条項の「特許を受ける権利」には、「外国において特許を受ける権利」は含まれず、同条項は、外国において特許を受ける権利の承継に対する対価請求には適用されない旨主張する。そこで、まず、特許法35条3項に基づき、外国において特許を受ける権利の承継に対する対価を請求することができるか否かについて、検討する。
 本件請求は、本件両当事者が住所又は本店所在地を我が国とする日本人及び日本法人であり、我が国においてされた発明に関する請求ではあるが、対価の対象が外国におけるものを含む特許を受ける権利に関する請求であるという点において、渉外的要素を含む法律関係である。本件請求は、私人間において上記対価請求権の存否が問題となるものであって、準拠法を決定する必要がある。
(2) 準拠法の決定
 職務発明に係る特許を受ける権利の承継に対する対価請求の準拠法を定める前提としては、まず、承継の効力発生要件や対抗要件の問題と、承継についての契約の成立や効力の問題とに分けて検討すべきである。そして、前者の承継の効力発生要件や対抗要件の法律関係の性質については、承継の客体である特許を受ける権利であると決定し、これと最も密接な関係を有する特許を受ける権利の準拠法によるものと解すべきである。他方、後者の契約の成立や効力の法律関係の性質については、契約であると決定し、これと最も密接な関係を有する使用者と従業者の雇用契約の準拠法によるものと解すべきである。本件で問題となるのは、職務発明に係る特許を受ける権利の承継の対価であるから、後者により、使用者と従業者の雇用契約の準拠法による。
 そして、雇用契約の準拠法は、法例7条によって決定すべきところ、本件においては、当事者の明示の意思によっては定められていないが、日本人である原告と日本法人である被告の意思として、日本法によるとする意思であるものと推認することができる。また、条理によって決定するとしても、日本人である原告と日本法人である被告の雇用契約と最も密接な関係を有するのは、従業者である原告が労務を供給し、使用者である被告が本社を置き、かつ本件各発明が行われた我が国である。なお、いずれの準拠法選択をした場合であっても、絶対的強行法規の性質を有する労働法規は適用されるべきであるところ、特許法35条もまた、上記の性質を有する労働法規と解される。
 そうすると、本件各発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠法は、いずれにせよ、我が国の法律であると解するのが相当である。
(3) 特許法35条と外国において特許を受ける権利
 特許法35条は、@ 使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項)、A 従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利及び特許権を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項)、その反対解釈として、職務発明については、そのような条項が有効とされること、B 従業者等は、職務発明について使用者等に特許を受ける権利及び特許権を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項)、C その対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定している。このように、同条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照)、職務発明について特許を受ける権利及び特許権の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図った規定である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
 我が国の特許法において、特許を受ける権利は、発明の完成と同時に発生するものであり、原始的に発明者に帰属するものである(特許法29条1項)。特許を受ける権利は、これを移転することができるが、共有に係るときは、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡することができない(同法33条1項、3項)。そして、発明者又は特許を受ける権利を承継した者がした特許出願でなければ特許を受けることができないが(同法34条1項、49条7号、123条1項6号)、特許出願は、各国においてそれぞれ独立に行われ、他方、特許出願することなくノウハウ等としてこれを使用することもできる。特許を受ける権利の承継には、特許出願前における承継と特許出願後における承継があるところ(同法34条1項、4項参照)、本件請求は、原告が本件各発明を完成して、その特許を受ける権利を被告に承継したことに基づくものであり、ここで問題となっているのは、発明の完成により発生した特許出願前における特許を受ける権利の承継である。
 特許法35条3項自体は、特許出願後の特許を受ける権利及び特許権のみならず、特許出願前の特許を受ける権利についても規定している。そして、特許出願前における特許を受ける権利について、我が国において特許を受ける権利と外国において特許を受ける権利とに区別することが可能であるとしても、特許法35条3項にいう「特許を受ける権利」に、外国において特許を受ける権利が含まれないと解すべき理由はない。使用者等は、職務発明について外国において特許を受ける権利を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく、使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定めにおいて、上記特許を受ける権利が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり、また、その承継について対価を支払う旨及び対価の額、支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。そして、勤務規則等に定められた外国において特許を受ける権利を含む対価の額が特許法35条4項の趣旨及び内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができる。
(4) 被告の主張について
ア 被告は、最高裁判決の採用する属地主義の原則によれば、準拠法は当該外国における法律であり、かつ特許法35条が外国において特許を受ける権利を予定していないと解すべきである旨主張する。
 特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照)。すなわち、各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しており、我が国においては、我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない(最高裁平成12年(受)第580号平成14年9月26日判決・民集56巻7号1556頁)。
 しかしながら、上記最高裁9年7月1日判決は、国外において特許製品を譲渡した事情と特許権の行使の可否の問題が属地主義の原則とは無関係である旨を判示したにすぎず、また、上記最高裁平成14年9月26日判決も、特許権侵害を理由とする差止請求についての準拠法決定が属地主義の原則を理由として不要となるものではないことを判示するとともに、特許権の効力の準拠法の決定等に当たって属地主義の原則を適用したにすぎず、職務発明に係る特許を受ける権利の承継の対価請求の準拠法の決定に当たり、直ちに属地主義の原則が妥当するわけではない。そして、上記属地主義の原則の根拠は、特許権が、国家がその産業政策に基づき発明に付与する独占権であり、条約上も前提とされてきたものであるところに求められるところ、雇用関係で結ばれた使用者と従業者という私人間の特許を受ける権利の承継の対価に、特許出願先の国家の産業政策が直接関係するわけではなく、属地主義の原則を理由に、我が国の特許法が外国において特許を受ける権利の承継の対価について適用されないと解することはできない。また、特許を受ける権利は、発明者に広く認められるべき普遍的な権利であり、ある国において特許出願することにより無体物である発明に対する排他的独占権を取得する以前のものであるから、排他的独占権を付与するための要件や効力の問題とは異なるものである。
 なお、外国において特許を受ける権利の承継に関する契約の成立や効力につき、日本法を適用することと、それが特許として登録され、当該外国における特許権の侵害が問題となる場面において、差止請求は登録国の法律により、損害賠償請求は不法行為があった地の法律によるとすることとは、別個の法律問題として両立し得るのである。
イ そして、被告の主張によれば、各国の特許法を準拠法として、従業者である発明者が一つの発明に係る世界各国において特許を受ける権利の承継の対価を請求するために、世界各国の法律に基づき逐一請求すべきことになる。しかしながら、そのような解釈は、職務発明制度の利用を当該国を雇用関係の準拠法とする者に限定する法制を採る国が多数ある現状においては(甲54、70)、法的安定性を害し、従業者に外国において特許を受ける権利の承継の対価請求を事実上閉ざす結果となりかねない。また、ドイツの従業者発明法のように、所定の期間内に使用者側が手続を履践することを職務発明の要件とする立法例もあり(甲54、55、57)、特許を受ける権利の予約承継を定めた使用者の期待を害するおそれもある。
ウ 被告は、我が国の特許法は、その目的、文言及び趣旨からして、日本における特許権や日本において特許を受ける権利についてのみ規定しているものであり、特許法35条にいう「特許を受ける権利」も外国において特許を受ける権利を含まない旨主張する。
 我が国の特許法は、我が国の産業政策に基づいて定められているものであり、特許法のうち、例えば、特許出願や審判等に関する規定は、行政手続を定めたものとして、また罰則に関する規定は、刑事罰ないし行政罰を定めたものとして、我が国においてのみ適用されるべきものである。しかしながら、特許法35条が職務発明について特許を受ける権利の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図るという性質を有することは前記(3)で判断したとおりであり、このような性質を有する同条について、これらと同列に論じることはできない。
エ 被告は、特許法35条3項、4項が外国において特許を受ける権利の承継について適用されるとすれば、その結果従業員発明に支払う金額は使用者が全く予想していない金額になり、我が国における研究開発の停滞をもたらすなどと主張する。
 しかしながら、相当な対価につき従業者に有利な規定を有する我が国の現行法制の下において、企業の国際的競争力の点で不利になるおそれがあるとしても、そのことは、従業者に対する発明のインセンティブと企業の国際的競争力との政策的なバランスの問題であって、我が国の産業政策においてそれをどう考えるかという、立法政策の問題であり、それが特許法35条3項、4項が外国において特許を受ける権利について適用されるか否かの解釈に影響を与えるものではない。
(5) 小括
 以上のとおり、本件請求は、我が国の法律を準拠法とすべきであり、我が国の特許法35条3項にいう「特許を受ける権利」は「外国において特許を受ける権利」を除外するものではない。したがって、外国において特許を受ける権利の承継の対価、すなわち本件特許3ないし10により被告が受けるべき利益を含めて、対価の額を算定するのが相当である。
2 認定事実
 前記争いのない事実等に証拠(甲1ないし11、17、25ないし29、43ないし46、50、58、61ないし65、67、68、71、72、75、76、乙5の1及び2、6、8ないし11、13ないし15、16の4、17ないし23、25ないし28、30ないし33、36ないし38、40ないし55、56の1ないし4、57ないし61)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(1) 原告の職務内容等
 原告は、昭和38年3月、名古屋大学工学部化学工学科を卒業して、同年4月、被告に入社した。原告は、被告東海工場工務課設計係配属となり、昭和44年10月に被告中央研究所LD−21室に配属となり、昭和47年6月16日に同研究所APMプロジェクト室に配属となり、APMのプロセス開発担当となった。昭和51年2月、APMプロジェクト室解散に伴い、原告は、被告中央研究所技術開発研究所エンジニアリング第1室に配属されたが、昭和53年にAPM研究開発グループが再編され、原告は同年7月、同研究所合成技術室勤務(課長待遇)となり、以降、APMのプロセス改良に従事した。そして、原告は、昭和59年7月に同研究所生産技術研究所主任研究員(副部長待遇)、昭和63年7月1日に同研究所プロセス開発研究所長(部長待遇)、平成5年6月に東海工場長、平成9年6月に被告の関連会社である東洋製油株式会社代表取締役に就任し、同年12月に転籍により被告を退職した。
 原告は、平成7年3月、本件各発明の共同発明者であるC、B及びDとともに、代表者としてAPM工業晶析プロセスの開発について、社団法人化学工学会から平成7年度化学工学会技術賞を受賞し、同年5月には、上記開発について、分離技術懇話会から平成7年度分離技術賞を受賞した。
(2) APM事業化の経緯について
ア サール社の研究者は、昭和40年12月に医薬品開発研究の過程でAPMが甘味を呈する物質であることを発見した。そこで、サール社は、昭和41年4月、アメリカ合衆国、カナダ及びイギリスに、その後、日本、フランス、オランダ、イタリア及びベルギー等に、APMの基本特許である用途特許を特許出願し、特許を取得した。
 上記発見は、昭和43年8月、イェール大学で開催された第1回アメリカ合衆国ペプチドシンポジウムにおいて、同社の研究者によって発表された。被告の食品研究部主任研究員であるMは、同年9月に「食品の味へのアミノ酸とペプチドの貢献」の研究発表のために渡米していたところ、ロックフェラー大学のN教授から、上記発表とその内容を教えられた。そこで、Mは、同年9月21日、被告にテレックスを送って上記情報を知らせ、被告は、サール社に対し、同年10月、共同研究ないし共同開発の申入れをすることにしたが、同社からの応答はなかった。そこで、被告の当時の代表取締役Oは、同年12月に同社を訪問し、再度共同研究ないし共同開発を申し入れたところ、昭和44年3月、同社の副社長が被告の中央研究所を視察した。
イ 被告は、サール社との共同研究、共同開発を実施するに当たってもAPMの生産技術を確立することなしには対等の立場で交渉することはできないと考え、昭和44年2月にAPM生産のための原料であるフェニルアラニンとアスパラギン酸の合成法の研究に着手した。そして、被告は、昭和44年4月30日、「α−L−アスパルチル−L−フェニルアラニンメチルエステルの合成法」の発明(APMの製造方法の1つであるZ法の基本発明)について特許出願し、昭和45年3月18日、「フェニルアラニンの製造方法」の発明について特許出願したことでフェニルアラニンの工業的生産の基本的な生産方法が確立され、さらに、同年10月26日、「α−APMを塩酸塩として不純物であるβ−APMから分離する方法」の発明(塩酸塩特許)について特許出願した。
ウ 被告は、サール社との交渉の結果、昭和44年9月から毎月25sのAPMのサンプルを同社に供給することとなった。これは、同社が安全性試験を動物で実施するため、また具体的な用途開発のためAPMを必要としたことによるものである。被告は、昭和44年9月から昭和46年11月までの間に2950sのAPMを供給し、その売上高は1億4448万円で損益は2460万円の赤字であり、昭和47年1月から5月までの間に950sのAPMを供給し、その売上高は3307万8000円、損益は796万2000円の赤字であり、同年6月から12月までの間に2800sのAPMを供給し、その売上高は9065万8000円、損益は1854万2000円の赤字であった。
 また、被告が投入した研究開発要員は1年当たりのべ31.5人であり、多額の研究費を費した。
 以上の結果、被告は、サール社との間で昭和45年3月23日に両者間の合弁契約を期待して討議に入ること、その間、相互的に情報を開示し、秘密を保持するという合意に至った。続いて、同年6月16日付けで、APM等の製品及びその原料に関してサール社を被告の独占的販売者とする旨の独占販売権契約が締結された。さらに、同月17日付けで被告からサール社に対する、同月18日付けでサール社から被告に対する、それぞれAPMを含む甘味料の製造販売及び使用に関する特許権等を実施許諾する旨のライセンス契約が締結された。これらのライセンス契約では、サール社も被告も何時でも契約を解除できる権利を有し、被告が提供する製品よりも安いオファーを第三者から受けたときは何時でも他社からの購入に切り換えることができる権利を有するとされた。しかし、被告もサール社も上記権利を行使することはなかった。
エ サール社は、被告から供給を受けたサンプルを用いて動物実験による安全性試験を実施し、その結果に基づいて昭和48年3月5日にFDAに食品添加物としての認可を申請し、昭和49年7月26日に認可を得た。しかし、同年8月16日、ワシントン大学のP教授からAPMの成分であるアスパラギン酸の大量投与がラット、マウスの脳に損傷を与えるとの理由で異議申立てが提出され、FDAは、昭和50年12月5日に停止命令を発令した。そこで、サール社は、被告が行っていたラットの慢性毒性試験の結果を提出したところ、これが功を奏し、昭和56年7月24日に認可され、同年10月22日に発効した。
 また、サール社は、昭和57年10月15日、APMを炭酸飲料、炭酸飲料原液の甘味料として使用することについてFDAに承認申請し、昭和58年7月8日に炭酸飲料へのAPMの使用が承認された。
 他方、日本では、同年8月27日、APMが食品添加物として指定された。
オ 被告は、我が国において、昭和46年から50年の間に、APMの製造方法に関し13件、APMの用途に関し1件、フェニルアラニンの製造方法に関し13件、アスパラギン酸の製造方法に関し4件、昭和51年から昭和55年の間に、それぞれ14件、4件、9件、3件の特許出願をした。
 被告が投入した人員についてみると、昭和43年から昭和56年までの間に被告が投資した研究開発要員は1年当たりのべ471人、研究開発費用は単純累積額で約39億円に達する。また、被告は、パイロット・プラント建設のために、昭和45年5月及び昭和47年4月に合計約2億円の設備投資を支出した。
カ 以上のように、被告は、昭和43年以降、APM事業のための研究開発投資及び設備投資として極めて多額の費用を負担した。
(3) 本件各発明に至った経緯について
ア APMについて
 APMは、L−アスパラギン酸とL−フェニルアラニンを原料とし、これらを縮合させて製造される。被告が使用しているAPMの縮合又は合成反応には、Z法、F法及びASH法がある。すなわち、Z法は、N−カルボベンゾキシ−Lアスパラギン酸無水物とL−フェニルアラニンメチルエステルとを反応させた後に保護基であるカルボベンゾキシ基を脱離させて、L−α−アスパラチルメチルエステルを製造する方法であり、F法は、N−ホルミルアスパラギン酸無水物とL−フェニルアラニンメチルエステルとを反応させた後に保護基であるホルミル基を脱離させて、L−α−アスパラチルメチルエステルを製造する方法であり、ASH法は、無保護のアスパラギン酸無水物とフェニルアラニンメチルエステルを反応させる製法である。
イ 工業晶析における技術常識
 一般に、工業晶析においては適度に大きく、コンパクトな結晶を手に入れることが望まれる。何故なら、結晶が微細であると、質量の割に大きな表面積を有することになる結果、濾過をしても不純物を含んで純度が低下したり、乾燥時に除去する液体がより多くなるという問題があるからである。
 一般晶析理論によれば、大きな結晶を得るためには、限られた数の結晶核を、準安定領域でゆっくり成長させる必要があり、撹拌などの強制流動を伴わない晶析法は、この原理にかなった方法である。しかし、工業的には、晶析操作において撹拌を行うことは必須であると考えられていた。その理由は、撹拌を行わないと、@ 核発生が少ないため、晶析槽内の全結晶表面積が極めて少なくなることや、流動がないために溶質の拡散が不十分となることから、槽内の単位時間当たりの結晶成長重量を低下し、生産性が低下すること、A 流動がないため、冷却し底面で成長したりすることから、結晶又はスラリーの排出が極めて困難となること、B 流動がないため、晶析槽内の各部分の温度及び濃度が不均一となり、結晶の大きさや純度に不揃いを生じ、不均質な製品となること、という問題が生じるからである。したがって、これまでの通常の物質における工業晶析では、上記の問題を回避するために、撹拌などの強制流動を伴う方法を採用し、かつ、過飽和の程度を適切に管理することにより、撹拌による核発生を注意深く抑制しつつ結晶成長を行うという方法が採用されていた。
ウ 昭和44年から昭和46年まで
 当時、2つの主要な目標があった。その第1の目標は、可及的速やかにAPMのサンプルを調整し、工業的生産に先立ち要求される広範な安全性試験用、APMに適用可能な用途の研究用としてサール社に供給することであった。第2の目標は、APMを形成するためのL−アスパラギン酸とL−フェニルアラニンメチルエステルの縮合反応(合成反応)の効率的なプロセスを見出すことであった。
 被告は、昭和44年から45年にかけて、APM製造における縮合又は合成反応のための3つのプロセスとしてZ法、F法及びASH法を確立した。被告は、当初これらZ法及びF法を用いてAPMの製造法の開発を実験室で開始した。
 被告は、昭和46年から、Z法を用いてAPMの工業的生産段階へのプロセス開発に着手し、そのパイロットプラントにおけるAPMの晶析において低撹拌ワイパー方式(晶析槽の壁面に近接させた撹拌翼を、低速度でゆっくり回転させる方式で、それによって壁面スケール(固着結晶)の掻き取りを行うもの。)の晶析法等が試みられた。しかし、そこで得られた結晶は微細であり、スケーリング(晶析槽への固着)に起因する晶析槽の冷却効率が低下すること、そのための冷却や分離・乾燥に長時間を要すること、スケーリングにより排出時の詰まりが生じること等の問題があった。Z法のパイロットプラントにおいては、冷却速度及び結晶の大きさを改善し、分離、乾燥工程の負荷を軽減するために撹拌条件下で溶液のpHの変更・種結晶の添加、初期濃度の変更、冷却速度及び過飽和のレベルの調節等の試験が行われた。
 なお、当時得られるAPM結晶は針状であり、工業操作においては固体と液体の分離が容易でないこと、APMの塩酸塩は結晶が柱状であること及びAPMは高温や高pHで不安定であることが知られていた。
エ 昭和47年から昭和50年まで
(ア) APMプロジェクト室の設置とAPM晶析に関する基礎的研究
 被告は、昭和47年5月、アメリカ合衆国にコマーシャルプラントを建設することを目的としたAPMプロジェクトチームを発足させ、原告は、エンジニヤリンググループリーダーとして、プロセスの設計、プロセスの評価、設備の選定及び工業プラント建設のためのデザインパッケージ(工業プラントの設計、建設、運転に必要な情報を総合的にまとめた文書)を作成する責任を負った。
 上記プロジェクトチームのうち、Qをリーダーとするグループは、昭和47年からAPMの晶析方法について研究を開始し、@ APM結晶の結晶型、A 各種APM結晶型の平衡水分、B 各種APM結晶型の安定性、C APM及び関連物質の真密度、D APM製品の粒度、E APM及び関連物質のX線解析パターン、F APM及び関連物質の溶解度(溶媒、温度、pH)、G APM及び関連物質の溶液中における安定性(温度、pH)、H APMの結晶成長特性、I 不純物(媒晶剤)添加によるAPM結晶成長特性の改善といった基礎データを採取した。
 このうち、上記@の研究では、APM結晶のX線解析を行い、APM結晶にはA型、B型、C型、E型の4種類があり、分離性等を考慮すると、B型が最も優れていると結論づけた。また、上記Hの研究の結果、「B型結晶が工業的規模で有用な結晶型である。APMの晶析は経験的に難しいと言われている。それは実験室の静置晶析では分離性の良い結晶が得られるが、工業的規模で使用される撹拌晶析法では良い結果が得難いからである。」と結論づけている。APMの結晶成長におけるこうした異常性の理由を知るために、結晶成長実験に通常用いられる方法であり、種結晶を用い非常に遅い冷却速度で冷却を行う方法による結晶成長実験を行ったところ、(ア) APMは長軸方向にはよく成長するが半径方向には成長しないこと、(イ) 写真観察によれば、結晶の一方の端から成長するがもう一方の端からは成長しないように見えること、(ウ) 種結晶として添加されたB型結晶は撹拌条件下では結晶成長の途中で縦方向に割れてしまい、最終的には針状結晶になるが、この現象は静置条件下では観察されないので、短軸方向の結晶格子面は弱い力で結合されていると考察した。
 また、上記Iについては40種類の不純物を添加し、すべて無撹拌晶析で実験を行ったが、APMの晶析においては見るべき改良は達成できなかった。
(イ) 晶析法に関する研究
a 実験室における晶析法に関する研究
 原告らは、コマーシャルプラントに最適なAPM晶析法を見つけるために、@ 無撹拌冷却晶析(強制流動なし)、A バッチ冷却晶析(撹拌機による撹拌有り)、B 中和晶析(同)、C 濃縮晶析(沸騰による撹拌有り)、D 急速冷却晶析(蒸発冷却晶析(沸騰による撹拌有り)、オンレーターによる晶析(高速回転刃による撹拌)、E 連続冷却晶析(撹拌機による撹拌有り)といった晶析法について実験室で検討を行った。その結果、無撹拌晶析以外の晶析法では好ましい大きなAPM結晶は得られなかった。しかし、無撹拌晶析に関する一般的な理解は「この方法はAPMの晶析に最良の方法であるが、装置の問題で実行不可能である。」というものであった。
b Zプロセスパイロットプラントにおける間欠撹拌冷却晶析法に関する検討
 サール社へのサンプル供給のために、APMが生産されたZプロセスのパイロットプラントの低撹拌ワイパー方式の晶析槽において、その性能を最適化するために、@ 溶液のPH、A 種結晶の添加、B 初期濃度の変更、C 冷却速度のコントロール、D 過飽和度のレベルに関するテストを行った。しかし、冷却時間は非常に長いままであり、得られた結晶は針状で微細であった。
 原告らは、昭和47年9月、間欠撹拌法(まず無撹拌で冷却し、次いで間欠的に撹拌し、さらに撹拌冷却するという方法)を試み、遠心分離機での脱水後の最終水分量は減少したが、スケーリングの問題は解決されなかったし、冷却効率の低下と晶析の最終温度が高いことに起因する収率の低下も生じた。
c 各種晶析法の比較検討
 Qらは、APMの晶析法として静置、撹拌、バッチ式、連続式等の条件を組み合わせた種々の晶析法を検討したが、静置晶析法を除いて大きなAPM結晶を得ることはできなかった。これらの研究の中で、大きいAPM結晶は、@ APMの初期濃度を高くした方が得られやすいこと、A 急速に冷却した方が得られやすいこと、という一般晶析理論とは異なる現象が観察された。
d 無撹拌晶析に関する研究
 当時のプロジェクトチームの中の一般的理解は、APMの無撹拌晶析の工業的な利用は現実的ではないというものであった。その理由は、@ 無撹拌でAPM溶液を冷却を行った場合に形成されるシャーベット状結晶相を無撹拌晶析装置から排出することは困難であると考えられること、A 熱伝達効率において不利であること、B APMに使用できると思われる無撹拌晶析装置を見つけられなかったこと、というものであった。 
 しかし、原告は、工業的規模での無撹拌晶析プロセスを開発し、APMの大型結晶を得ることができれば、晶析、分離、乾燥工程の投資を大幅に削減できると考え、静置晶析法の工業的実施の可能性を検討することとした。この際、原告は上記検討において、無撹拌の状態での比較的急速な冷却を実現すること及び晶析装置からのAPM結晶の排出について問題点があると考えた。
 原告は、昭和47年12月に静置晶析装置のタイプや冷却時間の算定から静置晶析法の工業的実施の可能性を検討し、昭和48年1月、6インチ及び10インチの鋼管による静置晶析法のベンチスケール実験を行った。この実験の結果、原告は、収率、生産性という観点から静置晶析法は可能性があること及び晶析設備の設備投資も冷却面への結晶固着により熱移動係数が著しく低下するZ法パイロットプラントの方式と比較して不利とはいえないことを立証した。しかし、静置晶析法を工業的規模で実施した場合、シャーベット状固相を晶析設備から排出するのは困難ではないかと考え、排出に関する実験は行わず、静置晶析法の検討をいったん断念した。
(ウ) 低温低撹拌連続冷却晶析法の開発
 Qらは、上記(イ)cの様々な晶析法に関する研究の後に、実験室の実験に基づき、低温低撹拌連続冷却晶析法を開発することを提案した。低温低撹拌連続晶析法は、連続的にAPM溶液を晶析槽に供給し、撹拌しながら冷却などの手段で過飽和を生成してAPMを晶析し、得られたAPM結晶を連続的に排出する晶析方法のうち、冷却コイルや冷却ジャケットによって晶析槽の冷却を行いつつ、スラリーが存在する低撹拌下の晶析槽へ高温の原料APMを低速度で供給する方法である。この方法は、@ 間欠撹拌法と比較して結晶がやや小さいこと、A 冷却コイルへの結晶の固着が起きること、B アメリカ合衆国コマーシャルプラントで必要な遠心分離機の数が多く、乾燥も困難であることという基本的な問題点が解決できないものであったが、間欠撹拌法に比して有利な点もあったため、米国コマーシャルプラント及び東海工場のAPMプラントでの晶析方法として採用されることになった。
オ 昭和51年から昭和54年まで
(ア) サール社は、昭和52年7月に被告に対しAPM生産のプロセス開発の再開を要請したので、被告は、昭和53年2月にAPM研究開発グループを再編し、同開発を再開した。同グループでは、APMの晶析工程の担当は、Rであった。
 サール社は、昭和53年7月、被告に対し連続蒸発冷却晶析法の試験を提案した。この連続蒸発冷却晶析法とは、晶析槽でAPM溶液を減圧下で蒸発させ、その蒸発潜熱で冷却して晶析する方法であり、蒸発を伴うために晶析は撹拌下で行われ、連続式で運転される方法である。
 これに対し、Rは、昭和54年9月に連続蒸発冷却晶析装置のベンチテストの結果を報告したが、その内容は微細な結晶が生成し、著しい泡立ちが観察されたというものであった。
(イ) 被告とサール社、PEDCo社(サール社のエンジニヤリングコンサルタント会社)は、昭和54年1月に技術会議を行い、その際、被告は「APMは普通でない晶析特性を示し、従来手法の適用は困難である。」と説明したが、サール社は、低温低撹拌連続晶析法をアメリカ合衆国コマーシャルプラントに導入するのはリスクが大きく、晶析・分離・乾燥工程の抜本的改良が必要であること及び蒸発冷却晶析法により大きな結晶を得て晶析・分離・乾燥工程を連続化することを主張した。そして、サール社は被告に対し、同年3月、Z法のパイロットプラント検討を要請したので、被告は同年10月、改良Z法のパイロットプラントを建設し、晶析には撹拌冷却晶析法を採用した。
カ 昭和55年から昭和57年まで
(ア) Rは、晶析・分離・乾燥工程の連続化について検討し、昭和55年1月のサール社との技術会議において、連続式撹拌晶析法について、@ 蒸発冷却晶析、A 低撹拌蒸発冷却晶析(低撹拌下に@を実施する方法)、B 高撹拌コイル冷却晶析(晶析槽内部に設置された冷却用コイルを使用し、高撹拌下に冷却晶析を実施する方法)、C 外部循環型熱交換器による外部熱交換冷却晶析(APM溶液を晶析槽外部に設置された熱交換器に循環、冷却することにより晶析を行う方法)の検討結果を報告したが、これらはスケーリングの問題を軽減する新しい晶析法の開発と、晶析・分離・乾燥工程全体の合理化にあった。
(イ) Rは、昭和55年3月と6月の技術会議において、サール社やPEDCo社の技術者に対し、一般晶析理論に基づく方法によりAPMの結晶成長実験を行っても、大きな結晶は得られないことを示した。
(ウ) Cは、昭和55年6月からAPM晶析についての基礎実験を開始し、同年8月からAPMの結晶成長について次の実験を行った。
a 無撹拌下での超徐冷による結晶成長実験
 0.8g/?と低濃度のAPM溶液を用意し、結晶核の発生を防止するために、冷却速度が1日当たり5℃といった超徐冷で無撹拌により行うものであり、その結果、種結晶を添加しない系では髪の毛のような非常に細い結晶が得られ、種結晶を添加した系では、枝分かれ状の結晶成長が確認された。
b 流動層型晶析装置を用いた晶析実験 
 上記実験よりももう少し高い過飽和度の下、核発生を伴わない結晶の成長実験を試み、その際、流動層型晶析装置(垂直に立てられた中空の円筒容器に種結晶を含む溶液を入れた装置)を使用した。この実験は、流動層を用いて細かい結晶を除去・再溶解して晶析系に戻し、添加した種結晶のみを成長させる方法であり、撹拌を伴う晶析である。この結果、添加した種結晶を成長させることはできず、針状の非常に細かい結晶のみが残った。
(エ) Rと原告は、昭和55年7月ころ、APM結晶の粉末X線解析を行い、その結果、Rは、@ APM結晶の枝分かれ成長は、APM結晶の結晶格子面の偏向によるものではないか、A 枝分かれ成長は、通常の結晶では高い過飽和における急速な結晶成長時に生ずるが、APMの場合は、結晶格子面の偏向があるため低過飽和下でも枝分かれ成長が生ずるのではないかとの仮説を示した。
 これら(ウ)、(エ)の実験結果によって、APMの晶析における性質は極めて異常であり、撹拌下では大きな結晶を得るために半径方向の結晶成長を行うことができないことが確認された。
(オ) Rは、昭和55年8月のサール社との技術会議において、連続撹拌晶析の開発継続に関する計画を報告し、原告は静置晶析装置を示す等して無撹拌晶析法の工業化を提案した。
(カ) Cは、上記(ウ)の実験後、強制流動を伴わない状態で得られたAPMの大きい結晶は、いくつかの針状結晶が束になってできた結晶かもしれないと考えた。これに対し、原告はさらに実験によってその仮説を検証するように勧めた。
 そこで、Cは、昭和55年9月、静置晶析で得られたAPM結晶を走査電子顕微鏡で観察し、静置晶析により得られるAPM結晶が束状集合晶であることを発見した。
(キ) Rは、昭和55年10月、被告の第3回医薬化成品連絡会において、撹拌を伴う連続晶析法のパイロットプラント研究計画について報告し、@ 連続蒸発冷却晶析法、A 低温蒸発晶析法、B 外部熱交換器を使用した撹拌を伴う晶析法を提案した。そして、同年11月に撹拌を伴う連続晶析法のパイロットプラントテストが開始された。
(ク) Rは、昭和55年11月のサール社との技術会議において、同社に対し、連続晶析法のパイロットプラント研究計画について説明した。また、RとCは、上記技術会議において、「APM晶析研究に関する中間報告」と題する報告書(乙32)を提出し、Rが上記(キ)記載の研究計画を説明し、CがAPMの結晶成長に関する基礎的な実験結果とAPM結晶が束状集合晶という特異な結晶形態をもつことを報告した。そして、原告は、工業規模で使用される無撹拌晶析法の開発を提案した。
(ケ) 原告は、静置晶析の工業化に当たり克服しなければならない晶析装置からシャーベット状の固相を排出する方法について考察していたが、昭和55年12月、Bに対し、冷却板を有する晶析缶の模式図を示しガラス円筒を用いてシャーベット状固相の排出実験を行うように指示した。Bは、Dとともに、ステンレス配管を加工した二重管式静置晶析缶を設計、作成してシャーベット状に固結するAPスラリーの晶析缶からの排出性の確認を行った。その結果、65o及び85oの円筒をそれぞれ3分間及び1分間温めると上記シャーベット状の相を排出でき、145oと180oの円筒では温めなくても上記シャーベット状の相を排出することができた。そして、同人らは、昭和56年2月から3月にかけて0℃の冷媒が循環するジャケットがついた18?のステンレススチール円筒を製作し排出実験を行ったところ、その冷却面には結晶がほとんど残っていないこと及びシャーベット状の相は排出されると同時にスラリーに変わることが判明した。
 昭和56年2月のサール社との技術会議において、上記結果が報告された。また、Rは、この技術会議において、撹拌条件下における連続晶析法に関する最終報告を行い、蒸発冷却晶析、低温蒸発晶析及び外部熱交換器による冷却晶析では、晶析・分離・乾燥工程の大幅な改善を行うことは不可能であると結論づけた。これらの結果、サール社は、無撹拌晶析をパイロットプラントで検討することに合意した。
(コ) 原告は、以前エポキシ系樹脂の少量生産設備としてスチールベルトコンベアを導入した経験があったため、Dに対し、スチールベルトクーラーを使用した静置晶析の実験を依頼した。Dは、昭和56年3月、化成品の冷却に用いられていた6uの冷却面積を持つコマーシャルスケールのスチールベルトクーラーを使用してスチールベルト上の薄相無撹拌晶析の実験を行った。この実験は、@ オーバーフローすることなくシャーベット状の結晶相の連続的形成ができるか、A 束状結晶が得られるかどうか、B スチールベルト上からシャーベット状結晶相を掻き取れるかどうかを目的としていた。Dは、オーバーフロー防止のためにスチールベルトの注入部分に簡単なガイドを取り付け、下方から冷水で冷却されながら移動するベルト上に、高温のAPM溶液を連続的に注いだところ、APM溶液は速やかに冷却され、シャーベット状の結晶相を連続的に形成し、ベルトの終端でシャーベット状結晶相は掻き取られることがわかった。また、Dはスチールベルトクーラーの所要サイズを推定し、タンクタイプの複数冷却板無撹拌晶析装置と投資金額を比較し、以降の開発作業はタンクタイプ晶析装置で行うことに決まった。
(サ) 原告らは、昭和56年5月、APMの工業化の最終プロセスとして、容量380?、内径0.4m、高さ3mで2枚の冷却板付きの静置晶析装置を設置したパイロットプラントを完成させ、同月20日に無撹拌晶析の運転を開始した。なお、上記実験には、同人らの他にC、D、E、Fらが参加した。EとFは、ベンチプラント、パイロットプラントの運転条件や後工程の操作方法等についての経験が豊富で、器具、部品についての大きさ、形状等のアイデアを出すことを含めて、かかる操作・運転条件についての示唆、勧告を行った。
 その結果、晶析装置からのシャーベット状結晶相の排出は容易であり、排出後の冷却面には結晶の固着はないことが確認され、結晶も実験室で得られたものと差異がないことが確認された。
 Cは、同年9月の技術会議において、無撹拌晶析のパイロットプラントにおける検討結果をサール社に報告した。
(シ) 被告は、昭和56年7月、被告東海工場のコマーシャルプラント(**TAP)建設を再開するに当たり、本件各発明に係る静置晶析法を採用することを決定し、昭和57年4月に**TAPが完成し、同年5月に静置晶析法を用いて商業生産を開始した。また、被告は、昭和57年1月にサール社が低撹拌連続冷却晶析法から静置晶析法に変更できるようにするために、米国コマーシャルプラント向けの無撹拌晶析に関する運転操作及び設計に関する情報をサール社に送付した。サール社は、昭和59年9月に無撹拌晶析を用いたパイロットプラントの運転を開始した。
(ス) 原告は、昭和56年10月、被告の第5回医薬化成品連絡会において、静置晶析法開発を含むAPM製法開発の進捗状況について報告した。
(セ) Cは、昭和57年3月に追加実験を行い、無撹拌冷却下にシャーベットを形成する濃度範囲を確定した。
(4) 本件各発明の意義
 本件各発明は、APMの束状集合晶を工業的規模で製造する工程の一部をなす工業的晶析法及びこれによって得られるAPMの束状集合晶自体等に係る発明である。
 工業製品としてのAPMは、主として、@ 原料となるL−アスパラギン酸及びL−フェニルアラニンの製造工程、A L−アスパラギン酸とL−フェニルアラニンの合成工程、B 粗APMを合成、晶析する工程から成り立つものであるが、本件各発明はBの最終工程に該当するものであり、本件各発明によりAPMの工業的規模での製造が可能となったという意義を有する。
 本件各特許の基本をなす本件特許1の特許請求の範囲の請求項1の記載は、「L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの水性溶液によりこれを冷却晶析するにあたって、冷却後の析出固相が存在する溶媒1?に対して約10?以上となるよう初期濃度を設定し、溶液全体を見掛け上氷菓(シヤーベット)状の疑似固相となるように、機械的撹拌等の強制流動を与えることなく、伝導電熱により冷却し、疑似固相を生成せしめることを特徴とするL−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの工業的晶析法」である。また、本件特許1の明細書には、「本発明者等は、APM製造における先述の工程作業性の改善について鋭意研究を重ね、種々条件検討を行なったところ、次のような新事実を見出すに至った。すなわち、驚くべきことに、ある濃度以上のAPM溶液を無撹拌の条件下に冷却し晶析せしめた場合、結晶相互の絡み合いの間隙に溶媒を取込み、あたかも溶液全体が固化したかのような様を呈すること、このような状態で得られた結晶が、固液分離においてすこぶる良好な性状を示すことを見出したのである。この結晶を走査電子顕微鏡を用いて拡大観察すると、いくつかの針状晶が束をなし見掛け上ひとつの結晶を形成していることが判明した(後述)。この本発明の束状集合晶は、過飽和溶液中で成長しつつある状態にない限りにおいては、物理的な衝撃にも極めて強固であり、輸送・分離・乾燥などの工程を経ても、従来法による結晶に比して5〜10倍以上の短軸径を維持しうることが確認された。また、さらに驚嘆すべきは、通常の物質であれば結晶が伝熱面に固着し、云わゆるスケーリングを生じてその除去に非常な困難を伴うことが多々あるような晶析条件下にあってさえ、本発明方法によるAPMの晶析では冷却面からの結晶層の完全な剥離・脱落が極めて容易である事実が認められたのである。そこで、本発明者等は、上記知見を工業規模のプロセスに応用すべく、鋭意検討を進めた結果、APM溶液をこれが疑似固相となるような条件下で冷却してAPMを晶析せしめ、分離性の良好な結晶を取得することにより、工程作業性の著しい改善を達成し、工業的に経済効果の大なる新晶析プロセスを実現するに至った。またさらに検討を重ねたところ、一旦溶液が疑似固相化した後は、強制流動を伴う急速冷却による過飽和解消操作を組合わせても、良好な分離性を維持しうることを見出し、工程の合理化と晶析収率の向上を達成して本発明を完成するに至った。」(4欄22行目から5欄16行目)との記載がある。
 これらの記載と上記特許請求の範囲の記載を総合すると、本件発明1は、冷却後の析出固相が存在する溶媒1?に対して約10g以上となるよう初期濃度を設定して無撹拌条件下に冷却し、疑似固相を形成した場合は、その結晶は束状集合晶を形成していることを発見し、かつ束状集合晶の形でAPMを製造すれば輸送・分離・乾燥などの工程を経ても従来法による結晶に比して5倍ないし10倍以上の短軸径を維持し得るとの知見を得て、工業晶析法として完成させたものといえる。したがって、本件発明1の本質は、APMの束状集合晶を工業的に製造する方法であると解される。
 そして、本件発明1は、当該APMの束状集合晶の工業的規模での製造方法として、新しい晶析方法として静置晶析法を採用したものであり、これにより、従来法である撹拌晶析法によって得られる結晶が微細な針状結晶であったことに起因して生じていた工業生産上の問題点が解決され、@ スラリーの固液分離の水分量を低め、A 繰り返し分離操作しても、ケーキ基礎層が圧密固化することなく、B 従来の方法と比較して濾過面積が10分の1となり、C 洗浄効率も向上し、D 乾燥工程における負荷が3分の1となり、E 乾燥後の粉体特性が改善されるなどの合理化が可能となったものである。
(5) 本件各発明の権利化の過程について
ア 本件各特許の出願
 被告中央研究所のH所長は、原告に対し直ちに特許出願するように指示したので、原告は、昭和56年10月、Cに特許明細書の起案を命じた。Cは、原告に対し、本件特許1の請求項5の「冷却面からの最大距離500o」とすること等について意見を求めたり、全体の方向性と進捗を報告し、明細書の最終原稿のチェックを依頼するなどした上、特許明細書を起案して、昭和57年2月、特許部に提出した。なお、Cは、当初、特許明細書に無撹拌冷却下にシャーベットを形成する初期濃度の範囲を記載していなかったが、特許部K課長との議論の中で初期濃度を規定することによって特許請求の範囲を特定するという方向が出され、Cは、昭和57年3月に追加実験を行い、初期濃度の範囲を確定した。また、Cは、自らが考案したU字管、ロータリードラム方式を詳細な説明の中に記載した。Cが起案した明細書は、K課長がこれを添削したり問題点を指摘するなどして、完成した。
 被告は、昭和57年4月12日、我が国において本件特許1につき特許出願した。また、被告は、この日本特許出願の優先権を主張して、昭和58年4月6日に米国特許出願(本件特許3ないし8)を、同月7日に欧州特許出願(本件特許10)を、同月12日にカナダ特許出願(本件特許9)をそれぞれ行った。
イ 欧州特許(本件特許10)の権利化の過程
 本件特許10は、昭和60年9月4日に登録されたが、東ソーは、昭和61年5月8日、被告に対し、本件特許10について全世界的に、無償かつ譲渡可能なライセンスを東ソーの合弁会社であるHSC社に許諾しなければ異議申立てをするとの申入れをした。東ソーの主張は、同社、相模中研及び被告の3社が共同で出願した特開昭55−167268号公報の実施例1に72?のAPM溶液を約3時間室温に放置して晶析する旨の記載があり、これを追試するとAPMの束状集合晶が得られるので、本件特許10は無効であるというものであった。
 そこで、被告は、特許部からI副部長及びK課長、中央研究所から原告、東海工場からCらが参加して会議を開き、対策を協議した。その結果、被告は、Cの提案により特許請求の範囲に「Industrial scale」という文言を加えることにより、東ソーが引用する上記公知技術と区別化を図るべきであると結論づけ、Cが同月14日ころ「静置晶析クレーム修正案」を作成した。また、東ソーの上記主張に対する反論として、原告は、「ビーカーをそのまま大きくしたのでは、冷却に時間がかかりすぎ、APMが分解して、そのほとんどすべてが甘みのないジケトピペラジンという物質になってしまう。」と主張し、反論案を作成した。Cは、工業晶析において攪拌が常識であり、静置晶析が実現不可能と読み取れる文献を探し出し、同月19日及び20日にK課長あてに反論案を送付した。そして、被告は、同月26日に東ソーの申し入れを拒否して異議申立てを受けて争うことにした。
 その結果、HSC社は、同年6月4日、欧州特許庁に本件特許10の異議申立てを行った。
 Cは、昭和61年7月29日、恩師である早稲田大学のL教授を訪問し、@ 晶析関係の文献をレビューしておきたいので、被告の反論の趣旨に関し、ポジティブ及びネガティブな文献を紹介していただきたい、A ヨーロッパの識者にコンサルティングを引き受けてもらう可能性があるか、誰が適任か、B 静置晶析の学会発表について教授の意見はどうか、との申入れをしたところ、同教授は、ロンドン大学のJ教授を紹介した。原告とCは、同年9月14日に東京都新宿区所在の京王プラザホテルでJ教授と面会し、Cは、用意した英文の技術内容説明を使用してAPM静置晶析について説明した。原告は、この際、APMのサンプル、魔法瓶に入った湯、ビーカー等を使ってその場で晶析のデモンストレーションを行ったが、室温でシャーベット状疑似固相が溶け出したために工業的晶析のデモンストレーションとしては必ずしも有意義なものではなかった。
 J教授は「実験室の実験手法と工業スケールでの晶析法とは全く異なるものであり、特開昭55−167268の実施例1には、APMの工業スケールでの晶析法は開示されていない」旨の宣誓供述書(乙33)を作成し、昭和61年11月22日に欧州特許庁に提出した。
 しかし、平成3年12月13日に行われた欧州特許庁の口頭審理において、請求項9の「図1A及び1Bに示された結晶構造を持つL−αアスパルチル−L−フェニルアラニンメチルエステル結晶」を中心に審理が行われ、本件特許10については、「束状晶は、従来の針状晶と識別し得るような特異な形態の結晶ではない。」等の理由により、特許取消しの決定がされた。
 そこで、被告は、平成4年5月に審判を請求し、C外3名による束状晶と針状晶の識別について粉末X線解析の手法を用いた研究を行う等した。平成9年5月27日に口頭審理が行われ、その際、審判部においても、実験室規模で静置晶析が行われていたから束状集合晶は公知であり、新規物質ではないとの判断が示され、同審判部の指導により物質クレームである請求項8及び9を削除し、また「工業晶析装置(Industrial crystallizer)」の文言を加えることにより、上記特許取消しの決定は取り消された。
 Cは、平成9年に、上記欧州特許の回復を理由に被告から優秀特許表彰を受けた。
ウ 米国特許(本件特許3ないし8)の権利化の過程
 米国特許出願に関しては、登録されるまでに繰り返し拒絶や拒絶査定を受け、合計17回の継続出願と分割出願を行い、数十回に及ぶ米国特許商標局との書面の往復があった。この出願経過は、別紙4(米国審査経過)記載のとおりである。
 これらの出願の過程で、被告は、昭和62年、「Industrial」の限定を付加し、工業規模でのAPMの静置晶析が自明ではないことを支持する旨の昭和62年3月30日付けのJ教授の宣誓供述書を提出し、さらに、原告の宣誓供述書(甲64)、C等の陳述書、特許部及びCが中心になって製作した「Whats Industrial」と題するビデオテープを証拠として提出し、APMの生産について工業的規模では無攪拌晶析を用いるときに予想外の相違をもたらすことを示した。
 Cは、米国特許の成立に伴い、特許対応の功績を理由に平成4年5月に「平成4年度中研優秀研究成果表彰」の表彰を受けた。
エ 日本国特許(本件特許1及び2)の権利化の過程
 本件特許1は、昭和58年10月18日、出願公開され、被告は、本件特許1について、昭和62年6月17日に審査請求をし、拒絶理由通知を受けたが、平成元年10月24日に補正書を提出した結果、平成2年10月11日、出願公告された。また、被告は、昭和62年6月16日、静置晶析法により得られるAPMの束状集合晶(本件発明2)について分割出願をしたが、2度の拒絶理由通知を受け、補正書と意見書を提出した結果、平成3年4月5日、出願公告された。 
 これに対し、本件特許1については平成3年1月に、本件特許2については同年7月に、東ソー等から異議申立てがされた。被告は、本件特許1の特許請求の範囲について「工業的」晶析法との補正を行い、前記J教授の宣誓供述書の和訳等を添付した異議申立答弁書を提出し、平成4年6月に本件特許2についての異議申立答弁書を特許庁に提出した。被告と東ソー、HSC社等との特許紛争が平成4年12月に和解により解決し、東ソーが平成5年1月20日に上記異議申立てを取り下げたので、本件特許1及び2は、平成5年9月29日に登録された。
オ カナダ特許(本件特許9)については、別紙1(特許目録)9記載のとおり、平成11年6月1日に特許登録がされた。
カ 本件各特許の権利行使
 被告は、平成2年、オランダ及びイギリスにおいて、HSC社に対し、本件特許10を含む特許権に基づく特許権侵害訴訟を提起したが、上記エのとおり和解により終了した。これらの訴訟において原告及びCが本件各特許の発明者として関与し、原告は供述書を提出する等した。原告は、これらの訴訟や前記異議申立手続に関し、特許部と数十回にわたり打ち合わせをし、海外出張をした。
 被告は、平成13年9月、イギリスにおいて、韓国法人大象(Daesang)社から本件特許10につき特許無効訴訟を提起されたが、平成15年5月7日、ロンドンの特許裁判所で特許有効の判決を得た。
 また、被告は、平成13年、オランダにおいて、韓国法人大象社に対し、本件特許10に基づく侵害訴訟を提起した。
 被告は、同年、日本においても、韓国法人大象社の子会社である大象ジャパン株式会社に対し、本件特許1及び2に基づく侵害訴訟を提起したところ、平成15年11月26日、東京地方裁判所は、被告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。上記判決の理由中で、本件特許2(請求項1)につき、束状集合晶が新規性を欠く旨傍論として言及されている。
キ 被告における現在までのAPM関連特許は、日本出願396件、海外出願1011件、合計1407件あり、このうち日本出願227件、海外出願821件、合計1048件が登録されている。
 内訳は、APMの製造法に関する特許は、日本出願125件、海外出願536件で、このうち日本出願81件、海外出願482件が登録されている。また、APMの使用法及び用途等に関する特許は、日本出願・海外出願各103件で、このうち日本出願54件、海外出願74件が登録されている。そして、APMの原料であるフェニルアラニン及びアスパラギン酸の製造方法に関する特許は、それぞれ日本出願121件、47件、海外出願270件、102件で、このうちそれぞれ日本出願65件、27件、海外出願190件、75件が登録されている。
 以上の中には、本件各特許の日本出願2件(本件特許1及び2)、外国出願28件(本件特許3ないし10。アメリカ合衆国の分割・継続出願を含む。)が算入されている。
 そして、本件各特許の権利化の過程において被告が支出した費用は、5億5000万円を下らない。
(6) 本件各発明等の事業化の過程等について
ア 被告は、昭和55年9月18日、サール社との間で、Z法、F法及び塩酸塩特許をはじめとする27件の米国特許及び16件のカナダ特許について、独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約(昭和55年契約)を締結した。被告は、上記各特許のうち存続期間が最も遅くまで続く米国特許第4071511号の満了日である平成7年1月までの間に、40億8300万円のロイヤルティを受領した。
イ 被告は、平成4年12月18日、NS社との間で、本件特許3ないし9についてライセンス契約(平成4年契約)を締結した。この際、昭和55年契約の対象となった特許を侵害しなければ利用できないような発明に対する特許は「改良特許」、昭和55年契約の対象となった特許を侵害しないものであれば「発見特許」と取り扱うこととされていたが、本件各特許をこの改良特許と発見特許と取り扱うかで、被告とNS社との間で交渉が行われた。結局、平成4年契約において、本件各特許を「発見特許」と取り扱う代わりに、同特許成立後平成6年3月までの期間については、イニシエーション・フィーとして1000万ドル(12億2000万円)、その後同年4月から平成11年3月までは2%のロイヤルティを支払い、その後は支払済みの非独占のライセンス契約に代わるという合意がされた。
 その結果、被告はNS社から、平成5年4月から平成11年3月までの間に、米国特許成立後平成5年3月までの期間についてのイニシエーション・フィー1000万ドル(12億2000万円)を含むロイヤルティ合計44億6800万円を受領した。
ウ 被告は、平成4年にEASA社との間で、本件特許10を含む9件の発明に係る欧州特許について、ロイヤルティを正味販売価格の2%とするライセンス契約(欧州ライセンス契約)を締結した。同契約において、平成9年には新たに7件の発明に係る特許が対象として追加され(対象が合計16件の発明に係る特許となった。)、平成12年6月からは、ライセンス対象発明は合計52件となり、ロイヤルティは正味販売価格の3%とする独占的ライセンスとされた。ライセンスの対象とされた特許は、原料であるフェニルアラニン及びアスパラギン酸の晶析方法、APMの合成方法、ホルミル化されたAPMからの脱ホルミル方法、APM塩酸塩の製造方法、APM塩酸塩から中和晶析を行いAPMを製造する方法、APM結晶を水性懸濁液から分離する方法、APM結晶の乾燥方法等に関する特許であり(乙41ないし55)、プロセスパッケージとしてAPMの製造工程の全般にわたりライセンスするものであり、対象特許が渾然一体となってAPMの製造が可能となるものである。
 被告は、上記ライセンス契約により、EASA社から平成5年度から平成14年度までの間にロイヤルティとして合計15億3300万円の支払を受けた。
エ 被告は、本件各発明に係る静置晶析法を採用する被告東海工場でAPMを製造した上、国内で販売し、北米、ヨーロッパ、中南米及びアジアに輸出した。それぞれの年度別売上高は、別紙5(売上高一覧表)のとおりである(なお、年度は、4月1日から翌年3月31日までをいう。)。
オ なお、被告は、平成12年3月27日、モンサント社から、フランス法人EASA社と、APMの販売を担当したスイス法人NSAG社(被告とNS社の合弁会社)の持ち株を6700万ドル(約71億円)で買収し、前者は味の素ユーロアスパルテーム、後者はスイス味の素となった。
(7) 原告の処遇について
 原告は、昭和47年ころからAPMに関するプロジェクトに加わり、そのプロセス開発に関与することとなったが、それ以後昭和53年には課長に昇進し推定月収32万円、昭和59年には副部長に昇進したので推定月収51万円、昭和63年には部長に昇進したので推定月収68万円の給与の支払を受けた。平成5年6月には被告東海工場長に就任し年収1683万円、平成9年6月からは被告の関連会社である東洋製油株式会社の代表取締役社長に就任し年収1852万円、平成11年4月に被告の関連会社である味の素製油株式会社の専務取締役に就任し、平成13年3月まで年収1829万円の給与の支払を受けた。このように、被告及びその関連会社が原告に支払った給与、賞与、退職金の総額は、源泉徴収資料が残っている平成3年1月から平成13年3月までに限っても、1億9800万円であり、被告は、原告を技術系社員として同期で1、2を争うほどの処遇をした。
 また、味の素製油株式会社は、原告の退職後も平成13年4月1日にコンサルタント契約を締結し、同社は原告に対し、平成15年3月末日までの間に総額1332万円の報酬を支払った。
 さらに、被告及びその関連会社は、平成3年から平成13年3月末までの間、社会保険等の企業負担分として総額1230万円を負担し、平成13年2月以降、味の素厚生年金制度により厚生年金を75歳まで年額平均700万円を、75歳以後は年額830万円を終身支払うこととしている。
(8) 被告の規程と原告に対する報奨金等の支払
ア 平成2年の発明等取扱規程
(ア) 被告は、平成2年になって初めて「発明等取扱規程」(乙5の1。同年3月16日施行)を定めた。
 同規程8条には、「会社は、職務発明についての出願がなされた場合および当該出願が公告もしくは登録された場合(特許については、公告の場合のみとする。)、それぞれその職務発明をした従業員に対し、補償金を支給する。補償金の金額は、別に定める「職務発明補償金基準」によるものとする。」旨定められており、同年4月1日、その補償内容に関する「発明等取扱に関する基準」(乙6)を定めた。同規程15条には「1989年4月1日以降この規程の施行日前までに行われた職務発明、職務発明についての出願および職務発明についての公告または登録について、遡って適用する。」と定められた。
(イ) 発明等取扱規程9条には、「会社が、職務発明を実施し、多大な利益を得た場合その他これに準ずる場合、会社は、表彰規程に則り、その職務発明をした従業員に対し、表彰を行う。」と規定されている。これを受けて、表彰規程(乙8)では、4条により、表彰の方法は、賞状を授与するのに併せ、賞品、賞金、褒賞休暇のいずれかとされており、9条1項により、社長表彰は毎期終了後、事業所長表彰は毎半期終了後、その業績に対しこれを行うとされている。そして、賞金の場合は上限が100万円とされ、職務発明の場合は発明の大きさにより100万円、50万円、30万円という評価をしていた。
イ 平成11年の発明等取扱規程
(ア) 被告は、平成11年10月1日に発明等取扱規程を改定した。同規程には、「従業員が職務発明をした場合、その職務発明につき日本国および外国において特許、実用新案登録または意匠登録を受ける権利(以下「登録を受ける権利」という。)を会社に譲渡しなければならない。ただし、会社が登録を受ける権利の承継を希望しない旨を当該従業員に通知した場合は、この限りでない。」(5条)、「会社は、第5条の規定に基づき、従業員から登録を受ける権利を譲り受けた場合、その出願の有無に拘わらず、その職務発明をした従業員に対し、補償金を支給する。補償金の金額は、別に定める「職務発明補償金基準」によるものとする。」(8条)、「会社が、職務発明を実施し、多大な利益を得た場合その他これに準ずる場合、会社は、特許報奨規程に則り、その職務発明をした従業員に対し、報奨を行う。」(9条)、「第9条の規定は、1979年4月1日以降、特許出願された職務発明について、遡って適用する。」(15条A)旨定められている。また、被告は、上記9条の規定に基づき、平成11年10月1日、特許報奨規程(乙9)を定めた。
(イ) 平成11年に定められた特許報奨制度は、上記改定前の発明等取扱規程9条における表彰の基準と手続を明確にし、金額的に充実させたもので、「技術立社」を目指す被告が、特許が企業利益に大きく貢献したときにその成果に報いるためにその特許の発明者を報奨する制度である。特許報奨規程2条、6条には、報奨の対象となる特許には功労特許及び優秀特許の2種類があり、このうち功労特許については、被告が実施した職務発明特許で、これに関わる商品別営業利益の増分が10億円以上のもの又は第三者に実施許諾した職務発明特許で、これに関わる実施料収入が50億円以上のものを功労特許とし、第三者に実施許諾した職務発明特許に関わる実施料収入が50億円以上100億円未満の場合、報奨金を500万円以上1000万円未満とし、これに関わる実施料収入が100億円以上の場合、報奨金を1000万円以上とすること等が定められている。
 被告において、経営会議方針審議資料として配付された平成11年8月25日付け知的財産センター作成の「特許報奨制度の拡充」と題する書面(甲50)には、発明等取扱規程に関わる施策と趣旨として、「功労特許の報奨額を1000万円に増額する。『特許が企業利益に大きく貢献したとき/その発明者を報奨する』制度を拡充することにより/従業員に対し/質の高い特許創出へのインセンティブとする。職務上の発明について『従業者等は相当の対価の支払いを受ける権利を有する』との特許法の定めに対し/昇級や昇格に反映させてきたが/さらに法的な対応を強化する。」との記載がある。
(ウ) 平成11年の特許報奨制度の拡充は、従来の表彰金額では革新的な技術創造へのインセンティブとして不十分であるという認識の下に行われた。当時、先進的といわれる会社の報奨金の最高額としては1000万円という例があって、被告における報奨制度の額の充実も必要とされていた。そして、上記の報奨金額や算定根拠を検討する際の具体的事例として本件各特許が念頭に置かれており、本件各特許の場合、利益を発明者にとって有利になるように積み上げれば、1000万円程度の報奨金額になるものと考えられていた。すなわち、100億円の利益の場合、1億円では報奨金として多すぎ発明者でない利益貢献者とのバランスを余りに欠くことになるであろうし、逆に100万円では従来と同じ基準に止まり、発明奨励のインセンティブに欠けるので、インセンティブを与えるには、当時の超一流他社の水準も考慮して、1000万円という金額がインパクトを持つと考えられたものである。
 そして、被告は、報奨金は発明を業務とする研究者への発明奨励目的で付与される前提の下で、@ 会社が研究者を含む多くの社員を雇用して事業活動を行うことが、職務発明を生み出すためには必須であり、その中で、職務発明で利益を上げるには、研究開発以外に、調査を含むマーケティング活動、食品・食品添加物、医薬品等の申請業務、契約の締結、生産のための設備投資、海外法人設立のための出資など商品化のために種々のリスクを担い、多大な利益を上げるためには商品化後もこれらの活動を継続して行うことが必須であって、こうした会社の広範な事業活動による貢献を9割、A 多大な利益を上げるような職務発明を生み出すためには、基盤技術や周辺技術開発等を含めて多くの研究開発投資が必要であり、このような研究開発全体としての貢献を9割、B 発明行為だけでは、利益に多大な貢献をすることは困難であり、職務発明を特許権として確立、維持し、第三者との特許紛争において防衛することにより、利益を守ることが必要であり、その権利化、維持及び行使による貢献を9割と大まかに想定し、@では利益の1割が職務発明を含む研究開発全体による貢献、Aではそのさらに1割が研究開発全体の技術中の1つである職務発明による貢献、Bではそのさらに1割が当該職務発明を行った行為による貢献として、報奨金額の決定上、純粋な職務発明行為自体の貢献は、利益の1000分の1という算定をしたものである。
(エ) 被告は、平成12年7月1日、前記特許報奨規程を補完し、報奨手続を公平、公正に運営する目的で、別紙2の第5のとおり、特許報奨規程運営要領(乙10)を定めた。なお、同運営要領には、確定した商品別営業利益の増分累積額及び/又は実施料収入累積額に、候補特許の貢献率を乗じて得られた額を増分利益とし、これに1000分の1を乗じて報奨金額を算定すること、候補特許を実施した商品に関し、他の特許も実施している場合、第三者への実施許諾に関し、他の特許やノウハウも実施許諾している場合、商品別営業利益の増分累積額又は実施料収入累積額における候補特許の貢献度を評価し、これを貢献率として算定すること等が定められている。
ウ 報奨金の支払
 被告の知的財産センターは、特許報奨規程運営要領の候補特許の選定基準に従い、本件各特許を新しい特許報奨制度の第1号として功労特許の候補に選別した。被告は、特許報奨委員会の審査と経営会議の稟議を経た上、被告は、平成13年1月17日、本件各特許を平成11年度功労特許の対象特許とし、1200万円の報奨金を支払う旨決定した。報奨金額は、本件各特許による増分利益113億6700万円に上記運営要領2項1)規定の1000分の1を乗じて10万円以下を切り上げ、1200万円とされたものである。その上で、被告は、原告に対し、上記金額に寄与率同意書(甲11)記載の原告の寄与率6分の5を乗じた1000万円を支払った。
 上記増分利益113億6700万円の算定根拠は、次のとおりである(10万円以下四捨五入)。
(ア) 上記(6)イ記載のロイヤルティ 44億6800万円
(イ) 上記(6)ア記載のロイヤルティ40億8300万円に本件各特許の貢献率として90%を乗じた金額 36億7500万円
(ウ) 上記(6)ウ記載のロイヤルティのうち、平成5年度から平成11年度までのロイヤルティ総額10億6800万円に本件特許10の貢献率として90%を乗じた金額 9億6100万円
(エ) 上記(6)エ記載の売上高のうち、平成2年度から平成11年度まで(ヨーロッパについては昭和60年度から平成5年度まで)の国内外の売上高1131億5800万円に本件各特許の貢献率として2%を乗じた金額 22億6300万円
(オ) 合計 113億6700万円
 また、上記寄与率同意書(甲11)記載の寄与率は、報奨金額が1200万円になる旨聞いたCが、原告を除く4名の共同発明者に対し、原告の長年にわたる甘味料事業への貢献に報いるために、報奨金を原告に6分の5、その余の共同発明者に各30分の1ずつ分配したい旨伝え、同人らの内諾をとり、共同発明者全員が作成した合意書に基づいて記載されたものであった。
3 争点(2)(相当の対価の額)について
(1) 勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
(2) 「相当の対価」の算定方法について
ア 特許法35条4項は、同条3項所定の「相当の対価」の額について「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」旨規定している。したがって、特許を受ける権利の承継についての相当の対価を定めるに当たっては、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」及び「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」という2つの要素を考慮すべきであるが、これのみならず、使用者等が特許を受ける権利を承継して特許を受けた結果、現実に利益を受けた場合には、使用者等が上記利益を受けたことについて使用者等が貢献した程度、すなわち、具体的には発明を権利化し、独占的に実施し又はライセンス契約を締結するについて使用者等が貢献した程度その他証拠上認められる諸般の事情を総合的に考慮して、相当の対価を算定することができるものというべきである。
イ 原告は、特許法35条4項の「相当の対価」は、特許を受ける権利の売買代金であり、それは等価交換の原則から客観的な市場価値を指し、そのように解さなければ憲法14条1項及び29条に反する旨主張する。
 しかしながら、特許法35条1項によれば、従業者等の職務発明について、従業者又は特許を受ける権利を承継した者が特許を受けたときは、使用者等は無償の通常実施権を取得するのであるから、特許を受ける権利の承継によって得られる利益は、発明を排他的に独占することによって得られる利益である。また、従業者等の職務発明について使用者等が無償の通常実施権を取得するのは、使用者等が、その発明について貢献することがあるためであるが、その貢献にもいろいろな態様ないし程度のものがあるから、無償の通常実施権とは必ずしも対価関係に立つものではない。そして、無償の通常実施権の取得を上回る貢献があり得るのであり、このような場合にも等価交換の原則をいう原告の主張は、採用することができない。したがって、使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継した場合の「相当の対価」の額は、発明を排他的に独占することによって得られる利益及び上記の使用者等の発明に対する貢献を考慮した額となるというべきであり、特許法35条4項が、同条3項の対価の額は、発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない旨規定しているのは、このような趣旨によるものであると解される。そうすると、使用者等が従業者等から特許を受ける権利を承継した場合の「相当の対価」の額が客観的な市場価値と異なることは明らかであって、このように解しても、憲法14条1項及び29条に反するものではない。
ウ 原告は、合意のない限り「相当の対価」の算定に当たって使用者の貢献を考慮すべきではない旨主張する。
 しかし、「相当の対価」の算定に当たって「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮しなければならないことは、特許法35条4項に明文で定められているとおりである。
エ 原告は、仮に使用者の貢献を考慮するとしても、無償の通常実施権の経済的価値を超える場合に限られる旨主張する。
 特許を受ける権利の承継によって得られる利益は、発明を排他的に独占することによって得られる利益であると解した場合には、既に無償の通常実施権を有することを考慮しているのであるから、上記主張は、使用者の貢献を考慮するに当たっては、そのことを考えなければならないという限度では正当であるが、そうであるとしても、前記のとおり、使用者の貢献を考慮することができないということにはならないのであり、使用者が無償の通常実施権を有することを考慮していることを前提として、使用者が受けるべき利益の額に使用者が貢献した程度を考慮すれば足りるものというべきである。
オ そこで、以下、前記2認定の事実を基礎として、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」、「使用者等が貢献した程度」及び原告の共同発明者間における寄与度について、順次検討する。
(3) 「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について
ア 特許法35条1項によれば、従業者等の職務発明について使用者等は無償の通常実施権を取得するのであるから、特許を受ける権利の承継の対価の算定に当たって考慮すべき「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは、使用者等が、従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた場合には、特許発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益をいうものである。
 そして、従業者等から特許を受ける権利を承継してこれにつき特許を受けた使用者が、この特許発明を第三者に有償で実施許諾し、実施料を得た場合は、その実施料は、職務発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益ということができ、「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たる。この場合において複数の特許が実施許諾の対象となっているときは、実施料のうち当該特許が寄与した割合に応じて「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めるべきである。
 また、使用者は、特許を受ける権利を承継しない場合であっても通常実施権を有することとの対比からすれば、上記使用者が特許を受ける権利を承継して特許を受け特許発明を自ら実施している場合は、これにより上げた利益のうち、当該特許の排他的効力により第三者の実施を排除して独占的に実施することにより得られたと認められる利益の額をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益」というべきである。なお、使用者が職務発明について特許を受ける権利を承継した場合は、特許を受ける前においても実施する権利を黙示に許諾されているということができる。この場合において、実施により上げた利益が通常実施権によるものを超えるときには、当該発明が貢献した程度を勘案して「その発明により使用者等が受けるべき利益」を定めることができる。
イ 本件において、原告は、被告が特許報奨金の算定に際し増分利益として計上した金額は、当然に「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たるとして、これらの金額を請求している。
 功労特許による特許報奨金は、被告が実施した部分の商品別営業利益の増分累積額及び第三者に実施許諾した部分の実施料収入累積額を増分利益としてこれに1000分の1を乗じて算定するとされていることは、前記2(8)認定のとおりであるから、被告が自ら特許報奨金の算定に際し増分利益として計上した金額については、特段の事情のない限り、「被告が受けるべき利益」と解すべきである。しかしながら、本件においては、前記のように、被告は、特許報奨金の算定に際し、「技術立社」を目指す被告において、平成11年に特許報奨規程が定められて初めて、本件各特許が功労特許として報奨の対象となったことから、他社にひけを取らずインパクトを持つと考えられた1000万円という金額を念頭において、増分利益を算定したものである。しかも、その計算方式は、100億円の利益に対する報奨が1000万円となるよう、増分利益に0.1%を乗じて報奨金を得るという方式によったものである。そうすると、仮に被告が特許報奨金の算定に際し増分利益として計上した金額が当然に「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たるとするのであれば、0.1%という割合をも「使用者等が貢献した程度」に当たるとしなければ、被告が増分利益として計上した意図とかけ離れ、衡平を欠くことになる。このように、被告にとって初めての報奨対象特許であって、報奨金額を他社にひけを取らずインパクトを持つと考えられた金額とするために、しかも、0.1%を乗じてなお1000万円という金額にするために、本件各発明と本来無関係であるにもかかわらず計上した利益や実態とかけ離れた寄与の割合を乗じて計上した利益は、上記特段の事情に当たり、被告の増分利益の計算に当たり計上されたことのみをもって直ちに、本件各特許により被告が受けるべき利益とはいえないものと解される。
 そこで、以下、特許報奨金の算定に際し計上された増分利益について、個々に検討する。
ウ 平成4年契約に基づくロイヤルティについて
 前記2(6)イ認定のとおり、被告は、平成4年12月18日にNS社との間で本件特許3ないし9についてライセンス契約を締結し(平成4年契約)、平成5年3月から平成11年3月までの間にロイヤルティとして合計44億6800万円の支払を受けた。上記ロイヤルティは、本件特許を第三者に有償で実施許諾して得た実施料であり、職務発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益ということができ、「その発明により使用者等が受けるべき利益」に当たる。
 被告は、NS社の営業力により達成した売上げを基礎に利益を算定することはできない旨主張するが、売上げ及びロイヤルティの増大にライセンシーの営業力があったことをもって、「使用者等が受けるべき利益」に当たらないということはできない。
エ 昭和55年契約に基づくロイヤルティについて
 原告は、被告が特許報奨金の算定に際し増分利益とした、被告とサール社との間の昭和55年契約によって平成3年4月から平成5年1月までに得たロイヤルティ40億8300万円の90%に当たる36億7500万円が本件特許3ないし9に対するロイヤルティに当たると主張する。
 前記2(8)ウ認定のとおり、上記金額は、被告が特許報奨金の算定に際し増分利益として計上されたものであるが、上記のとおり、本件各特許が被告の新しい報奨制度の下において初めての報奨対象特許であって、報奨金額を他社にひけを取らずインパクトを持つと考えられた金額とするために、本来無関係であるにもかかわらず計上した利益に関しては、特段の事情として、被告の増分利益の計算に当たり計上されたことをもって直ちに、本件各特許により被告が受けるべき利益とはいえないと解すべきである。
 そもそも、昭和55年契約のライセンス契約書上(乙30)、本件各特許はライセンスの対象となっておらず、昭和55年契約の対象は、本件各特許とは別のAPMの製造方法等に関する特許である。また、前記2(6)イで認定したとおり、上記期間のロイヤルティは、平成4年契約のイニシエーション・フィー1000万ドルに含まれているものである。他に上記金額が本件特許3ないし9のロイヤルティの実質を有すると認めるに足りる証拠はないから、昭和55年契約によって得たロイヤルティを「本件各発明により被告が受けるべき利益の額」と認めることはできない。
 なお、被告の社内報「みらい」平成4年7月号の「平成3年度全社業績表彰」には、AP重要特許の取得の表彰ポイントとして「'91年度のローヤルティ収入を従来水準に維持し、'91年度の業績に大きく貢献した。」との記載があるが(乙20の添付資料5)、前記認定のとおり、本件特許3ないし9は、昭和55年契約のロイヤルティ収入とは無関係であり、平成4年契約の交渉において意義を有したものであるから、上記認定を左右するものではない。
オ 欧州ライセンス契約に基づくロイヤルティについて
(ア) 被告は、EASA社との間で、平成4年に本件発明10を含む9件の発明に係る欧州特許についてライセンス契約を締結し、平成5年度から平成14年度までのロイヤルティとして15億3300万円の支払を受けたこと、平成4年に対象となったのは本件発明10を含む9件の発明に係る特許であり、平成9年には新たに7件の発明に係る特許が対象として追加され、合計16件の発明に係る特許が対象となり、平成12年には合計52件の発明に係る特許がロイヤルティの対象となっていることは、前記2(6)ウ認定のとおりである。そして、本件発明10は、その一部である晶析工程のみに関係する発明であるのに対し、対象となったこれらの発明は、APMの各製造工程に関する発明であって、対象特許が渾然一体となってAPMの製造が可能となるものである。このような本件発明10の意義及び価値並びに欧州ライセンス契約における位置付け等を併せ考慮すると、上記ロイヤルティに対する本件特許10の寄与した割合は、約20%であり、被告が受けるべき利益の額は、上記ロイヤルティの約20%に相当する3億0700万円(10万円以下切り上げ)と認めるのが相当である。
(イ) 原告は、被告が特許報奨金の算定における増分利益の算定に当たって計上した、支払を受けた15億3300万円の90%が被告の受けるべき利益の額であると主張するところ、この割合は本件発明10の位置付け等に照らし、実態とかけ離れたものである。したがって、増分利益として計上したことをもって直ちに被告が受けるべき利益の額ということはできず、前記特段の事情があることは、上記イで述べたのと同様である。
 他方、被告は、欧州ライセンス契約の対象特許の発明件数からすれば、本件特許10の寄与は16分の1又は52分の1であると主張するところ、本件特許10の寄与割合は、ライセンス対象特許の発明の件数に単純に比例するものではない。
 また、被告は、EASA社が欧州ライセンス契約締結当時、被告の50%子会社であったし、平成12年3月には100%子会社となったのであるから、同社の実施は自社実施と同視すべきである旨主張する。しかし、被告は、EASA社とは別個の法人であり、同社と契約を締結して実際にロイヤルティとして支払を受けている以上、それは被告が排他的独占的に得た利益といわざるを得ないから、被告の上記主張は、採用することができない。
カ 国内外へのAPMの販売額について
(ア) 増分利益として計上した金額について
 被告は、特許報奨金算定の基礎として、平成2年度から平成11年度まで(ヨーロッパについては昭和60年度から平成5年度まで)の国内外の売上高1131億5800万円に本件各特許の貢献率として2%を乗じた22億6300万円を計上したことは、前記2(8)ウ認定のとおりである。
 被告は、被告の実施は、特許法35条1項に基づく法定通常実施権によって行った旨主張する。
 しかしながら、原告は、我が国及び欧米において、本件各特許権の維持のため多額の費用と労力をかけて特許異議申立て等の手続に対処するとともに、本件各特許に基づく侵害訴訟を提起して、排他的独占権を維持した結果、本件各特許の効力により、APMを独占的に製造等している。したがって、被告の上記売上げには、通常実施権を超えた独占的実施による利益が含まれるというべきである。
 なお、被告が増分利益として計上したのは、我が国において本件特許1の出願公告がされた平成2年度以降の売上げであり、平成6年法律第116号による改正前の特許法52条によれば、同改正前においては、特許出願人は、出願公告があったときは、業としてその特許出願に係る発明の実施をする権利を専有し、差止請求権等の権利を有するものとされていた。したがって、被告は、平成2年度以降は、我が国において、本件発明1について排他的な独占権を有しているのである。また、被告は、ヨーロッパにおける売上げについては、昭和60年度以降の売上げを増分利益として計上しているが、本件特許10は、昭和60年に登録されたのであり、被告は、同年以降はヨーロッパにおいて本件特許10については排他的な独占権を有しているのである。なお、厳密にいえば、ヨーロッパにおいては、昭和60年9月4日以降、我が国においては平成2年10月11日以降の実施が独占的実施によるものであるが、当該年度全部の売上げを基礎としたことが実態とかけ離れたものということはできない。
 そして、本件各特許の売上高に対する貢献率としては、APM関連登録特許が本件各特許以外にも多数存すること、本件各発明は、APMの製造工程の一部である晶析工程に関する発明であること、したがって、本件各発明は工業的晶析法に関する重要な発明ではあるが、APMの製造販売による利益は、ひとり本件各特許のみの貢献によるものとはいえないことその他前記2(4)及び(6)認定の事実を考慮すると、被告が増分利益の算定に使用した、売上げの2%という貢献率割合は、実態とかけ離れたものとまではいえず、上記金額をもって相当と認める。
 なお、被告は、アジア及び中南米においていかなる特許も成立していないから、排他的権利も享受していない旨主張する。しかしながら、被告は、本件特許1及び2を有する我が国において、排他的に本件発明1を使用して本件発明2に係るAPMを製造した結果、これらの地域に輸出したものであるから、我が国における方法の発明である本件発明1を使用し、かつ物の発明である本件発明2に係る物を製造するという実施行為を行ったものである。よって、上記地域における売上げも、我が国における実施行為による利益として、被告が受けるべき利益ということができ、それゆえに、被告自身が上記地域における売上げも含めて増分利益として計上したものと解される。
 そうすると、被告が増分利益として計上した上記22億6300万円は、被告の受けるべき利益に当たる。
(イ) 平成元年以前の売上げについて
 原告は、増分利益として計上された平成2年度より前の売上げについても被告が受けるべき利益に当たると主張するところ、被告は、本件各特許成立前については被告が受けるべき利益の額とはならないと主張する。
 特許法35条の職務発明は、特許発明に限定されてはいないから、発明であれば特許登録されるか否かにかかわらず同条が適用され、特許を受ける権利を使用者に譲渡することにより相当の対価の請求権を取得するのである。もっとも、特許の設定登録前においては、使用者の排他的独占権はなく(特許法66条、68条)、使用者が約定による通常実施権に基づいて実施していると認められる場合には、その範囲内で実施している限り、特許を受ける権利の承継により使用者が受けるべき利益はないことになる。他方、特許の設定登録の前であっても、特許出願人は、出願公開後は、発明を実施した第三者に対し一定の要件の下に補償金を請求することができる(同法65条)。
 本件特許1は、昭和58年10月18日出願公開されたところ、その後は、被告が補償金請求が可能であったという意味において、実質的に競業他社を排除して実施したものということができる(平成6年法律第116号による改正前の特許法65条)。そうすると、平成元年以前の売上げについても、本件特許1が出願公開された以降に国内で本件発明1を使用してAPMを製造し、国内外に販売したことにより上げた利益の中には、実質的に他社を排除して実施することができたという意味で通常実施権を超える部分があるというべきである。なお、ヨーロッパにおける売上げについては、本件特許10が登録された昭和60年度以降の売上げにつき、既に前記(ア)のとおり増分利益として計上されているから、ここでは昭和59年度までの売上げを計上する。
 また、この時期における貢献率としては、法律上の排他的独占権を得た前記(ア)の時期における貢献率の2分の1である売上げの1%をもって、被告の受けるべき利益と認める。
 昭和58年10月18日以降平成元年度まで(ヨーロッパについては、昭和59年度まで)の国内外における売上げは、別紙5(売上高一覧表)によれば、約518億円であり(1000万円以下四捨五入。昭和58年度の売上げについては、166/366として計算した。)、その1%は、5億1800万円である。
(ウ) 平成12年度以降の売上げについて
 前記第3の3[原告の主張](2)エのとおり、原告は、平成14年までの国内における独占的利益を主張するところ、上記主張自体を採用することができないことは、後記ケのとおりである。もっとも、この主張は、前記(ア)において増分利益として計上された後の平成12年度から平成14年までの売上げによる利益を主張する趣旨と善解することができる。被告は、平成12年度以降も、本件特許1及び2の存続期間の満了する平成14年4月12日まで、我が国において独占的に本件発明1及び2を実施してAPMを製造し、国内外に販売したものと推認することができる。その間、1年当たり、別紙5(売上高一覧表)による平成2年度から平成11年度までの平均売上高である約102億8000万円(100万円以下四捨五入)の売上げがあったものと推定され、平成12年度から上記満了日までの売上げは、合計約209億円(100万円以下四捨五入。平成14年度の売上げについては、12/365として計上した。)と推認することができる。そして、前記(ア)の時期と同様、売上げの2%の割合による4億1800万円をもって、被告の受けるべき利益と認める。
(エ) そうすると、上記(ア)ないし(ウ)の合計は、31億9900万円である。
キ ヨーロッパ子会社買収の値引きによる利益について
 原告は、ヨーロッパ子会社買収の値引きによる利益として、13億6877万円が本件各発明により被告が受けるべき利益の額に当たると主張する。
 しかしながら、被告が、モンサント社から、スイス法人NSAG社及びフランス法人EASA社の各株式の50%を買収した際に、本件各発明のために買収価格が値引きされたことを認めるに足りる証拠はない。なお、被告社員の電子メール(甲18)には、「1980年特許についても、欧州(JVテリトリー)は権利確保しましたが、米国についてはissueを取り下げます。この件と、上述した静置特許を併せて、先方の言値(80M$)から15M$の値引きを迫っています。」との記載があるが、これは交渉段階でのやりとりに関する内容であり、上記電子メールの作成者が買収交渉の担当者であったことを認めるに足りる証拠もないから、結果として本件各特許により値引きされたとの証拠となるものではない。
ク 隠れたロイヤルティ収入について
 原告は、被告とNS社とのライセンス契約において隠れたロイヤルティ収入として114億円を受領したものと主張する。
 しかし、前記2(6)で認定した事実及び弁論の全趣旨によると、被告は、平成4年契約により、NS社から上記2(6)イで認定したイニシエーション・フィーを含むライセンス料を受領しているにとどまり、それ以外に隠れたライセンス収入というものを得ているとまではいえない。なお、米国弁護士の書簡(甲14)には、原告主張に沿うかの記述があるが、同書簡は、平成4年契約が成立した同年12月18日より前の同年5月7日付のものであって、上記証拠によって原告の上記主張を認めるに足りない。
ケ APMの国内販売による独占的利益について
 原告は、APMの国内販売額とヨーロッパにおける販売額を対比して、本件各特許の存在により平成5年度から10年間に38億円の独占的利益を取得していると主張する。
 しかしながら、価格の決定には市場における諸要因が影響を及ぼすものであるところ、本件各特許の存在が価格差の理由になっていると認めるに足りる証拠はない。本件各特許による日本国内における排他的独占的利益は、既に上記カで認定したとおりであり、平成12年度以降の売上げについても上記カ(ウ)で利益として計上したのであって、それ以外の独占的利益があると認めるに足りず、これを「相当の対価」の算定の基礎とすることはできないものというべきである。
コ 小括
 以上により、被告が受けるべき利益の額は、上記ウの44億6800万円、オの3億0700万円及びカの31億9900万円の合計79億7400万円となる。
(4) 「使用者等が貢献した程度」について
ア 特許法35条4項には「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」を考慮すべきである旨規定されているが、前記(2)アのとおり、特許を受ける権利の承継後に使用者が現実に得た実施料をもって「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」として「相当の対価」を算定する場合においては、考慮されるべき「使用者等が貢献した程度」には、「その発明がされるについて」貢献した程度のほか、使用者等がその発明により利益を受けるについて貢献した程度も含まれるものと解するのが相当である。すなわち、「使用者等が貢献した程度」として、具体的には、その発明がされるについての貢献度のほか、その発明を出願し権利化し、さらに特許を維持するについての貢献度、実施料を受ける原因となった実施許諾契約を締結するについての貢献度、実施製品の売上げを得る原因となった販売契約等を締結するについての貢献度、発明者への処遇その他諸般の事情が含まれるものと解するのが相当である。
イ 本件につき被告が貢献した程度については、前記2(1)認定の原告の職務内容、同(2)認定のAPM事業化の経緯、同(3)認定の本件各発明がされた経緯、同(4)認定の本件各発明の意義、前記(5)認定の本件各発明を権利化するに至る経緯、同(6)認定の本件各発明の事業化の経緯及び同(7)認定の原告の処遇等の諸事情を総合的に判断して、定められるべきである。
 前記2認定の諸事情、ことに、@ 原告は、本件各発明当時、被告の中央研究所技術開発研究所課長の立場にあり、APMのプロセス改良の研究開発に従事し、本件各発明を行うことが期待される地位にあったこと、A APM自体はサール社の研究者によって発見され、サール社がアメリカ合衆国、日本及びヨーロッパ各国でAPMの基本特許である用途特許を取得しており、被告のAPM事業においてはサール社とのライセンス契約の締結が不可欠であったこと、B 被告は、上記契約締結のためにAPMの生産技術を確立し、それに関する多くの特許を取得するとともに、サール社の安全性試験と用途開発のため、同社に対し、赤字でAPMのサンプルを供給するなど、APMの事業化の上でのリスクを負担し、また、アメリカ合衆国における市場を確保する前提としてのFDAの認可に被告の実験が功を奏し、その結果、サール社との間で独占販売権契約及びライセンス契約が締結されたこと、C 被告は、これらの研究開発のために、極めて多額の費用及び多くの人員を投入したこと、D 被告において、APMの工業的規模での製造方法の開発、ことに通常とは異なる晶析特性を示すAPMの大きな結晶を得る技術手段の確立が課題となっており、そのために、長年にわたり、費用と人員を投入して、会社を上げての研究が行われたこと、E 本件各発明も、こうした被告のAPM事業の一環として行われたものであり、また、それまで被告において行われたAPMの大きな結晶を得るための様々な撹拌晶析方法の研究を前提としていること、F 本件発明2の束状集合晶自体は実験室レベルでは従来から得られていたものではあるが、本件各発明の本質は、従来では工業的に採用することは困難であると考えられていた静置晶析法を採用することにより、束状集合晶の工業的生産が可能になったというところにあり、しかも、当該静置晶析法を採用することは原告の着想に基づくものであること、G 本件各発明の実験等は、被告の研究所内で被告の施設設備を使用し、被告の計算において行われたこと、H 本件各特許の出願に当たっては、Cが原告のチェックを受けて明細書を起案し、特許部のK課長とともに明細書を完成したものであり、各国での拒絶理由通知や異議申立てに対応するため、被告の特許部、中央研究所その他の関係者が、意見書や補正書を作成し提出するなど、本件各特許が権利化されるに至るには、被告において多大な労力、時間及び費用を費やしたこと、そして、権利化によって、実施料を取得し、独占的に実施することができたこと、I サール社、NS社及びEASA社とのライセンス契約の締結は、被告における上記の成果に基づくものであり、契約締結自体に原告の関与はないこと、J 被告は、原告を中央研究所長、東海工場長、関連会社の代表取締役にするなど、技術系社員として同期で1、2を争うほどの処遇をし、被告及びその関連会社が原告に支払った給与、賞与、退職金の総額は1億9800万円を下らないこと、以上の諸事情を併せ総合的に考慮すると、被告が本件各発明がされるについて貢献しまた前記利益を受けるについて貢献した程度としては、全体の95%と認めるのが相当である。
(5) 共同発明者間の寄与度について
ア 原告は、民法93条本文に基づき、寄与率同意書(甲11)は、@ 本件各発明における相互の寄与率、A 本件各発明について支払われる特許法35条3項の「相当の対価」の分配割合について、法的拘束力を有するとして、原告の寄与度は、上記寄与率同意書記載のとおり6分の5であると主張する。
 しかしながら、前記2(8)認定のとおり、寄与率同意書(甲11)記載の寄与率は、Cが、原告を除く4名の共同発明者に対し、原告の長年にわたる甘味料事業への貢献に報いるために、報奨金の6分の5を原告に分配したい旨伝えて作成した合意書に基づくものであり、このような作成経緯に照らし、寄与率同意書記載の合意は、あくまで1200万円の特許報奨金の分配に際しての、共同発明者間相互の寄与率の合意であると解される。そうすると、被告が原告らの提出した上記寄与率同意書記載の寄与率に従って報奨金を支払ったことをもって、被告は、相当の対価に対する原告の寄与率が6分の5であることに拘束されることはない。なお、民法93条は、意思表示の相手方を保護するための規定であって、特許報奨金の分配に際して実体的真実と異なる意思表示をした原告自身が、これに基づいて被告が報奨金を支払ったことをもって、被告に対し、同条を援用する筋合いにはない。よって、被告は、寄与率同意書記載の割合と異なる主張をすることが許されるというべきである。
 そうすると、職務発明が共同発明である場合には、各共同発明者が本件発明がされるに当たりいかなる寄与をしたのか、また本件各発明により被告が利益を得た場合は、その利益獲得に当たっていかなる寄与をしたのかについて、客観的な事実関係に基づき諸般の事情を考慮して、裁判所がその寄与度を認定することができるものというべきである。
イ 前記2(3)で認定したとおり、原告は、静置晶析法を着想し、静置晶析の工業化可能性についての検討実験を行い、静置晶析においても比較的速い冷却速度が得られることの測定を行い、工業的規模における具体的晶析装置を発案したことが認められ、本件各発明は、原告によるこうした実験、発案によるところが少なくない。そして、原告は、本件各特許の権利化の際にも、明細書のチェック等に関与し、宣誓供述書を作成提出する等しており、前記寄与率同意書には、共同発明者間における原告の寄与率は6分の5であると記載されている。
 しかし、他方、@ 共同発明者の1人であるCは、昭和55年にAPMの束状集合晶を発見したこと、A Cのこの発見によってAPM結晶が特別な結晶形態をしており、これを製造するには通常の工業的技術は適用できないことが明らかになり、上記発見がAPMの工業的規模での生産方法を連続撹拌晶析法から静置晶析法に転換する契機となったものといえること、B Cは、本件各発明の特許取得のために本件各特許の明細書を作成し、具体的晶析装置としてロータリードラム方式を考案するとともに、追加実験により無撹拌冷却下にシャーベットを形成する初期濃度の範囲を確定するなど、権利化にあたって貢献したこと、C Cは、日本、アメリカ合衆国及びヨーロッパにおける異議、審判事件において、「工業的晶析法」又は原告の上記着想が工業的に実施可能であることを検証するために、「Industrial Scale」の文言を本件各特許の明細書の特許請求の範囲に挿入することを提案し、それによって特許が維持され、一連の特許維持の功績から社内表彰を受けていることは、前記2(3)認定のとおりである。また、原告の上記着想を工業的プロセスの発明として完成するためには、工業的に実施可能であることを検証する必要があったところ、共同発明者とされるBとDは、原告の上記着想をベンチプラント、パイロットプラントにおいて実現するために、晶析装置の具体的な設計を担当したこと、同じくEとFは、ベンチプラント、パイロットプラントの運転条件や後工程の操作方法等についての経験が豊富で、器具、部品についての大きさ、形状等のアイデアを出すことを含めて、かかる操作・運転条件についての示唆、勧告を行ったことも、前記2(3)認定のとおりである。
 これらの事実を総合すると、共同発明者6名間における原告の寄与度は、50%と認めるのが相当である。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は、本件各特許は束状集合晶を含むものではないから、Cによる束状集合晶の発見の意義は大きくなく、本件各発明の核心はAPMの静置晶析法を工業的に実施することを可能ならしめる方法であると主張する。
 しかし、本件発明1については、冷却後の析出固相が存在する溶媒1lに対して約10g以上となるよう初期濃度を設定して無撹拌条件下に冷却し、疑似固相を形成した場合は、その結晶は束状集合晶を形成していることを発見し、かつ束状集合晶の形でAPMを製造すれば輸送・分離・乾燥などの工程を経ても従来法による結晶に比して5倍ないし10倍以上の短軸径を維持し得る、さらには、冷却面からの結晶層の完全な剥離・脱落が極めて容易であるとの知見を得て、工業晶析法を完成させたものであり、したがって、本件発明1の本質がAPMの束状集合晶を工業的に製造する方法であることは、前記2(4)のとおりである。
 そして、前記2(3)で認定した事実によると、Cによる束状集合晶の発見が静置晶析法を工業的に実施する方向付けをしたものといえる。すなわち、従来は、工業的規模で静置晶析法を採用すると、冷却速度が遅くなり、また、一次核発生数が少ないことから、生産性を向上させることが難しく、また、結晶の均一性にも問題があると考えられており、撹拌晶析は工業生産において必須であると考えられていた。しかも、一般結晶理論からすると、結晶の大きさという点においては、静置晶析が有利であることは知られていたが、撹拌晶析法においても、核発生数を制限することや、種結晶を用いるなどの、晶析テクニックを利用すれば、静置晶析法で得られるのと同程度の大きさの結晶を得られるということも知られていたのである。よって、静置晶析で得られた柱状晶が、針状晶が太さ方向に大きく成長した結晶であるならば、撹拌晶析を採用し、具体的晶析条件を調節することにより、大きな結晶を得ようとするのは、自然な考え方である。しかし、光学顕微鏡では柱状に見えたAPMの結晶が、走査電子顕微鏡での観察によって束状集合晶であることが判明したため、一般の晶析理論によって大きな結晶を得ることが難しいことが具体的証拠をもって裏付けられたのである。よって、束状集合晶が発見され、これに基づいてAPMの晶析特性の特異性が証明された段階で初めて、静置晶析法を採用するという決断に至ることができたと考えるのが相当である。
 このように、APMの工業的規模での生産方法を連続撹拌晶析法から静置晶析法に転換する契機となったのは、APM束状集合晶の発見であると認められるから、原告の上記主張は理由がない。
(イ) 原告は、本件各特許の明細書に「Industrial Scale」の文言を挿入することを提案したのはCではなく原告であると主張する。
 確かに、原告はAPMの静置晶析の工業的規模での実現を構想しており、原告の米国特許商標庁宛の宣誓供述書(甲64)にも「工業的規模」の記載がみられる。しかし、本件各特許の出願時におけるクレームには「Industrial Scale」ないし「工業的」という文言はなく、東ソーからの本件特許10に対する異議申立ての申し入れを受けて被告が対策を協議した結果、昭和61年5月の段階で、Cが提案し、その後Cが工業晶析には静置晶析が不可能であるとする文献を探して反論案等を作成し、異議申立てを受けて争う方針を決定したものである。原告の米国特許商標庁宛の宣誓供述書は、昭和62年4月に作成されたものであり、原告の指示で本件各特許明細書に上記文言が挿入されたことがうかがえる事情は認められないのであるから、原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告は、ロータリードラム方式を考案したのは原告であると主張するが、原告の陳述書(甲67)と弁論の全趣旨によると、原告はアミソフトの乾燥物を得る方法として同方法を採用し、研究開発を行ったことがあるというにとどまり、これをもって原告が、具体的晶析方法としてロータリードラム方式を考案したということはできない。 
(エ) 原告は、寄与率同意書作成当時、原告は被告を退社していたので、Cが原告に遠慮する立場になく、上記同意書記載の寄与率は実際の寄与率を示していると主張するが、前記ア、イで認定判断したとおり、実際の原告寄与率は寄与率同意書記載の寄与率と異なるものと認められるから、上記事実が前記認定を左右するものではない。
(6) 「相当の対価」の額
ア 以上によれば、本件各発明に対する「相当の対価」の額は、被告が受けるべき利益の額79億7400万円から被告が貢献した程度95%を控除し、共同発明者間における原告の寄与度50%を乗じた1億9935万円となる。
 79億7400万円×(1−0.95)×0.5=1億9935万円
イ 前記のとおり、原告は、被告から本件各発明に係る特許について、被告規程に基づき、1000万円の報奨金を受領したことが認められる。被告が支払った1000万円の報奨金は、発明等取扱規程、特許報奨規程及び特許報奨規程運営要領に基づいて、被告の売上高や実施料を基礎に算定した増分利益に基づいて本件各特許を功労特許と評価したものであり、いわゆる実績補償の性質を有するものであり、特許法35条3項、4項所定の「相当の対価」の一部に当たると解される。
 そうすると、原告は、合計1000万円の補償金ないし報奨金を受領したことが認められ、これらは「相当の対価」の一部の支払に当たるものである。
 そこで、アの「相当の対価」の額から上記支払済みの金額を控除すると、「相当の対価」の不足額は、1億8935万円となる。
 1億9935万円−1000万円=1億8935万円
4 争点(3)(消滅時効の成否)について
(1) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。
 本件において、原告が被告に対し本件各発明に係る特許を受ける権利を承継させた昭和57年1月の時点では、勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がなかったのであるから、特許を受ける権利を被告に承継させた時が、相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解すべきである。
 そして、職務発明の相当対価請求権は、特許法35条により従業者に認められた法定の権利であるから、消滅時効期間は10年と解すべきである。
(2) しかるに、被告は、平成11年に特許報奨規程(乙9)を定め、「職務発明特許について特許報奨委員会が本規程に基づく報奨の審査・推薦を行う時期は、原則として当該職務発明特許について特許出願した後、10年、15年、20年を経過した時とするが、会社に著しい利益をもたらした場合など、特段の事情のある場合は、特許報奨委員会は、これら以外の時期に報奨のための審査・推薦を行うことができる。」と規定し(第5条)、発明等取扱規程(乙5の2)を改定して、昭和54年(1979年)4月1日以降特許出願された職務発明について遡って適用する旨規定し(第15条A)、平成13年1月17日、特許報奨委員会による審査を経て原告に対し本件各発明に係る特許報奨金を支払ったのである。
 これらの特許報奨規程の制定と発明等取扱規程の改定及びそれに基づく特許報奨金は、前記3(6)のとおり、いわゆる実績補償の性質を有するものであり、特許法35条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解される。したがって、その支払は、相当の対価の支払債務について時効が完成した後に当該債務を承認したものというべきであるから、被告が当該債務について消滅時効を援用することは、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。
(3) 被告は、上記報奨金は補償金と異なり、その支払は「相当の対価」の一部の支払とはいえないから時効を援用することは信義則に反するものではなく、時効援用権の喪失に当たらないと主張する。
 なるほど、発明等取扱規程第9条は、報奨金を定めており、第8条に定める補償金と区別されており、改定前の発明等取扱規程第9条所定の表彰と同様の性質を有すると解されなくもない。しかしながら、特許報奨規程によれば、上記報奨金は、被告が得た利益の額を増分利益として算定し、それを基礎に算定しており(第6条)、前記2(8)で認定した事実によると、被告自身特許報奨制度を特許法35条に対し法的な対応を強化したものと理解していることからすると、その名称のいかんを問わず、その実質は実績補償金に当たるといわざるを得ない。そうすると、「相当の対価」の一部である実績補償金に当たる金銭を支払った後に消滅時効を援用することは、信義則に反するものであり、被告の上記主張は理由がない。
 なお、被告は、平成11年8月25日付け知的財産センター作成の「特許報奨制度の拡充」と題する書面の「法的な対応を強化する」との文言は、被告の業績に大いに貢献した発明者に充分な報奨金を与えることによって本件訴訟のような係争を未然に防ぐという意味にすぎず、上記書面は法的な効力が生じるような性質のものではないと主張し、Sの陳述書(乙22)にも、「本報奨においては、公平性、納得性、透明性を保つために、報奨の対象となる特許の選別と報奨金額の計算にあたり、特許報奨規程に定める利益や実施料収入を考慮することにしたまでのことです。」との記載及び「当社の昇格、昇進や退職金などの処遇を含む人事諸制度とこの報奨を全体で捉え、世間的にも相当な対応がとられていれば、結果として35条に基づく訴訟の可能性も低くなるという意味で『法的な対応を強化』といっているものです。」との記載がある。しかしながら、前者についてはその目的いかんはともかく被告の売上高や実施料収入を考慮して報奨金額を算定している以上実績補償金というに妨げないし、後者についても上記記載のみから直ちに特許法35条の「相当の対価」の性質を有しないとはいえないから、上記認定を左右するものではない。
5 結論
 以上の次第であるから、原告の請求は、1億8935万円及び訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を請求する限度で理由がある。

東京地方裁判所民事第47部
 裁判長裁判官 高部眞規子
 裁判官 上田洋幸
 裁判官 宮崎拓也


(別紙1)特許目録
1 日本国特許第1790606号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの晶析方法
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和57年(1982年)4月12日
公告日 平成2年(1990年)10月11日
登録日 平成5年(1993年)9月29日
2 日本国特許第1790786号(1の分割)
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステル束状集合晶
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和62年(1987年)4月12日
公告日 平成3年(1991年)4月5日
登録日 平成5年(1993年)9月29日
3 アメリカ合衆国特許第5041607号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの晶析プロセス
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月6日
登録日 平成3年(1991年)8月20日
4 アメリカ合衆国特許第5097060号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの晶析プロセス 
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月6日
登録日 平成4年(1992年)3月17日
5 アメリカ合衆国特許第5621137号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステル結晶の溶解方法
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月6日
登録日 平成9年(1997年)4月15日
6 アメリカ合衆国特許第5744632号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの結晶化方法
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月6日
登録日 平成10年(1998年)4月28日 
7 アメリカ合衆国特許第5859282号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステル結晶の溶解方法
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月6日
登録日 平成11年(1999年)1月12日
8 アメリカ合衆国特許第5874609号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの結晶化方法
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月6日
登録日 平成11年(1999年)2月23日
9 カナダ特許第1340566号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの晶析プロセス
発明者 原告、B、C
出願日 昭和58年(1983年)4月12日
登録日 平成11年(1999年)6月1日
10 ヨーロッパ特許第0091787号
発明の名称 L−α−アスパルチル−L−フエニルアラニンメチルエステルの晶析プロセス
発明者 原告、B、C、D、E、F
出願日 昭和58年(1983年)4月7日
登録日 昭和60年(1985年)9月4日


(別紙2)
第1 発明等取扱規程(平成2年3月16日制定、抜粋)
 第8条
 会社は、職務発明についての出願がなされた場合および当該出願が公告もしくは登録された場合(特許については、公告の場合のみとする。)、それぞれその 職務発明をした従業員に対し、補償金を支給する。補償金の金額は、別に定める「職務発明補償基準」によるものとする。
第9条
 会社が、職務発明を実施し、多大な利益を得た場合その他これに準ずる場合、会社は、表彰規程に則り、その職務発明をした従業員に対し、表彰を行う。
第15条
 第8条および第9条の規定は、1989年4月1日以降この規程の施行日前までに行われた職務発明、職務発明についての出願および職務発明についての公告または登録について、遡って適用する。
第2 発明等取扱に関する基準(平成2年4月1日制定、抜粋)
2.職務発明補償金「職務発明補償金基準」を以下の如く定める。
(1) 金額
   特許 出願時補償 1万円
       公告時補償 2万円
(2) 補償金支払方法
【出願時補償金】
@同一職務発明につき、複数国に出願した場合でも、1カ国での出願に対してのみ支払う。
A支払は、原則として日本出願に対し行うが、外国出願が先行する場合はこれに対し行う。
B1出願を1単位とし、変更出願、分割出願、継続出願などは、新たな出願と看做さない。但し、あらためて出願した場合に、重ねて支払うことは無い。
Cノウハウとして出願を保留することになった、特許性のある職務発明は、出願があったものと看做す。但し、あらためて出願した場合に、重ねて支払うことは無い。
D会社の都合で他人名義で出願する職務発明は、自社出願したものと看做す。
【公告時補償金】
@同一職務発明が、複数国で公告(登録)された場合でも、1ヵ国での公告(登録)に対してのみ支払う。
A支払は、原則として日本での公告(登録)に対して行うが、外国での登録が先行する場合は、無審査国での登録を除き、最先の有審査国での登録時点を基準にしてこれを行うものとする。
 『共同発明』の取扱い
@発明者が複数の場合:原則として発明への寄与率に応じて配分する。寄与率が明示されない場合は均等と看做す。
支払時期及び方法
@年度終了時点(会計年度)で1年間の実績を把握、対象特許と支払総額を確定した後、1年分を1回にまとめて支払う。
A出願、公告の両補償とも、1単位ごとに発明者に支払うものとする。
(3) 経過措置
@ この基準は1989年4月1日以降に出願した職務発明に対して適用する。 
A 1989年4月1日より前に既に出願されている職務発明についての、公告時補償金の支払は、原則として平成元年度以降の日本特許公告に対して行うが、前記【公告時補償金】のAは、当該出願に対応する先行外国登録が、最先の外国登録である場合にのみ適用するものとする。
第3 発明等取扱規程(平成11年10月1日改定、抜粋)
第5条
従業員が職務発明をした場合は、その職務発明につき日本国および外国において、特許、実用新案登録または意匠登録を受ける権利(以下「登録を受ける権利」という。)を会社に譲渡しなければならない。ただし、会社が登録を受ける権利の承継を希望しない旨を当該従業員に通知した場合は、この限りでない。
第8条
 会社は、第5条の規定に基づき、従業員から登録を受ける権利を譲り受けた場合、その出願の有無に拘らず、その職務発明をした従業員に対し、補償金を支給する。補償金の金額は、別に定める「職務発明補償基準」によるものとする。
第9条
 会社が、職務発明を実施し、多大な利益を得た場合その他これに準ずる場合、会社は、特許報奨規程に則り、その職務発明をした従業員に対し、報奨を行う。
第15条
A 第9条の規定は、1979年4月1日以降、特許出願された職務発明について、遡って適用する。
第4 特許報奨規程(平成11年10月1日施行、抜粋)
第2条(功労特許及び優秀特許)
 職務発明特許を会社が実施し、その実施により会社に10億円以上の利益をもたらし、また、当該職務発明特許を第三者に実施許諾し、その実施料収入により会社に10億円以上の利益をもたらしたものを本規程に基づく報奨の対象とし、次の基準により、これらを功労特許および優秀特許の2種類に分類するものとす る。
1.会社が実施した職務発明特許で、これに関わる商品別営業利益の増分が10億円以上または第三者に実施許諾した職務発明特許で、これに関わる実施料収入が50億円以上のものを功労特許とする。
第3条(報奨の内容)
@ 本規程に基づく報奨の内容は、功労特許または優秀特許となった職務発明を行った者に対する報奨金の贈呈とする。
第4条(報奨手続)
 本規程に基づく報奨は、第7条に定める特許報奨委員会による審査ののち、優秀特許については、特許報奨委員会において決定され、功労特許については、経営会議において甲稟議決裁にて決定されるものとする。
第5条(審査・推薦時期)
 職務発明特許について特許報奨委員会が本規程に基づく報奨の審査・推薦を行う時期は、原則として当該職務発明特許について特許出願した後、10年、15年、20年を経過した時とするが、会社に著しい利益をもたらした場合など、特段の事情のある場合は、特許報奨委員会は、これら以外の時期に報奨のための審査・推薦を行うことができる。
 優秀特許または功労特許の決定を受けた職務発明特許が、その後になお、会社に多大な利益をもたらし、本条の審査・推薦時期のいずれかにおいて第2条の功労特許の基準をさらに満たした場合は、会社は、特許報奨委員会の審査を経たのち、経営会議における甲稟議決裁により、同一の職務発明特許に対し、さらに報奨を行うことができる。
第6条(報奨金)
 報奨金の金額は、次の数値を目安とするが、その具体的金額は別途定める特許報奨規程運営要領に定めるところにより、事案ごとに諸要因を考慮し、特許報奨委員会による審査を経て、優秀特許については、知的財産センター担当の役付取締役による乙稟議決裁をもって、功労特許については甲稟議決裁をもって決定される。
1.功労特許に関しては、会社が実施した職務発明特許については、これに関わる商品別営業利益の増分が50億円以上100億円未満の場合、500万円以上1000万円未満とし、これに関わる商品別営業利益の増分が100億円以上の場合、1000万円以上とする。また、第三者に実施許諾した職務発明特許については、これに関わる実施料収入が50億円以上100億円未満の場合、500万円以上1000万円未満とし、これに関わる実施料収入が100億円以上の場合、1000万円以上とする。
第5 特許報奨規程運営要領
(略)


(別紙3)隠れたロイヤルティ収入に関する被告の主張
(以下閲覧制限部分につき省略)

(別紙4)米国審査経過
本件特許3(米国特許第5041607号)

│1983.04.06 │出願(出願番号482542)
│1986.03.12 │継続出願(出願番号839819)
│1987.05.27 │分割出願(出願番号054494)
│1987.08.19 │補正
│1987.10.15 │拒絶
│1988.03.15 │応答
│1988.02.16 │Tデクラレーション
│1988.07.01 │拒絶
│1989.01.03 │継続出願(出願番号293565)
│1989.08.03 │拒絶査定
│1989.11.03 │Cデクラレーション
│1989.11.16 │勧告的拒絶
│1989.12.04 │応答
│1989.12.13 │勧告的拒絶
│1990.01.23 │勧告的拒絶
│1990.02.05 │クレーム補正
│1990.02.16 │特許査定
│1991.08.20 │特許発行

本件特許4(米国特許第5097060号)
│1983.04.06 │出願(出願番号482542)
│1983.06.27 │補正
│1984.03.30 │拒絶 (U、G、、特許他4件、Morton文献)
│1984.09.17 │応答
│1984.11.29 │拒絶
│1985.03.28 │応答 Cデクラレーション(比較実験)提出
│1985.07.09 │拒絶査定
│1985.11.12 │審判請求
│1986.01.07 │クレーム10(比容限定)追加
│1986.01.23 │勧告的拒絶
│1986.03.12 │継続出願(出願番号839819)
│1986.04.28 │Cデクラレーション再提出
│1986.10.22 │情報開示(異議引用文献(特開55-167268特許)提出)
│1986.12.10 │拒絶 (特開55-167268、Kirk-Othmer(J)他引用)
│1987.06.18 │応答“Industrial"限定付加(クレーム25)J、A、Cデクラレーション提出
│1987.10.08 │拒絶査定 J大スケールでの無攪拌晶析を教示
│1987.10.09 │情報開示
│1988.03.08 │応答及び審判請求
│1988.04.05 │勧告的拒絶
│1988.09.08 │継続出願(出願番号243176)
│1988.11.10 │拒絶査定
│1989.05.10 │審判請求
│1989.08.10 │継続出願(出願番号393028)
│1990.06.18 │拒絶査定
│1990.12.18 │審判請求
│1991.06.18 │継続出願(出願番号715711)
│1991.06.18 │Cデクラレーション提出
│1991.11.01 │特許査定
│1992.03.17 │特許発行

本件特許5(米国特許第5621137号)
│1983.04.06 │出願(出願番号482542)
│1986.03.12 │継続出願(出願番号839819)
│1987.05.27 │分割出願(出願番号054494)
│1989.01.03 │継続出願(出願番号293565)
│1990.02.05 │継続出願(出願番号475403)
│1990.12.04 │限定要求
│1991.01.02 │応答
│1991.03.20 │拒絶
│1991.05.31 │応答 情報開示
│1991.08.05 │拒絶査定
│1992.02.05 │審判請求
│1992.05.05 │継続出願(出願番号879120)
│1992.11.30 │拒絶
│1993.02.25 │応答
│1993.05.05 │拒絶査定
│1993.10.29 │応答、審判請求
│1993.11.08 │勧告的拒絶
│1993.12.28 │継続出願(出願番号173946)
│1994.02.22 │拒絶
│1994.08.22 │応答
│1994.11.29 │拒絶査定
│1995.05.01 │審判請求
│1995.06.05 │継続出願(出願番号462551)
│1995.07.18 │応答
│1995.09.07 │拒絶
│1995.12.26 │応答
│1996.04.30 │拒絶査定
│1996.05.22 │応答
│1996.05.29 │特許査定
│1997.04.15 │特許発行

本件特許6(米国特許第5744632号)
│1983.04.06 │出願(出願番号482542)
│1986.03.12 │継続出願(出願番号839819)
│1987.05.27 │分割出願(出願番号054494)
│1989.01.03 │継続出願(出願番号293565)
│1990.03.27 │継続出願(出願番号500525)
│1991.02.07 │拒絶査定
│1991.06.20 │応答
│1991.06.21 │継続出願(出願番号723727)
│1991.12.27 │特許査定
│1992.03.09 │情報開示 継続出願(出願番号845806)
│1992.11.24 │拒絶
│1993.02.24 │応答
│1993.05.03 │拒絶査定
│1993.11.03 │審判請求
│1994.01.03 │継続出願(出願番号176673)
│1994.03.22 │拒絶
│1994.09.09 │応答
│1994.11.29 │拒絶査定
│1995.05.01 │審判請求
│1995.05.31 │継続出願(出願番号455707)
│1995.07.25 │拒絶
│1995.11.17 │応答
│1996.03.05 │拒絶
│1996.09.05 │応答
│1996.11.22 │追加応答
│1996.12.24 │拒絶査定
│1997.03.01 │応答
│1997.06.05 │特許査定
│1998.04.28 │特許発行

本件特許7(米国特許第5859282号)
│1983.04.06 │出願(出願番号482542)
│1986.03.12 │継続出願(出願番号839819)
│1987.05.27 │分割出願(出願番号054494)
│1989.01.03 │継続出願(出願番号293565)
│1990.02.05 │継続出願(出願番号475403)
│1992.05.05 │継続出願(出願番号879120)
│1993.12.28 │継続出願(出願番号173946)
│1995.06.05 │継続出願(出願番号462551)
│1996.05.31 │継続出願(出願番号655945)
│1996.10.29 │拒絶
│1997.02.11 │応答
│1997.05.13 │特許査定
│1999.01.12 │特許発行

本件特許8(米国特許第5874609号)
│1983.04.06 │出願(出願番号482542)
│1986.03.12 │継続出願(出願番号839819)
│1987.05.27 │分割出願(出願番号054494)
│1989.01.03 │継続出願(出願番号293565)
│1990.02.05 │継続出願(出願番号475403)
│1992.05.05 │継続出願(出願番号879120)
│1993.12.28 │継続出願(出願番号173946)
│1995.06.05 │継続出願(出願番号462551)
│1996.05.31 │継続出願(出願番号655945)
│1997.08.26 │継続出願(出願番号917507)
│1998.03.31 │拒絶
│1998.08.03 │応答
│1998.09.14 │特許査定
│1999.02.23 │特許発行


(別紙5)(閲覧制限部分につき省略)

(注意 判決中***部分は閲覧制限部分である)
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