判例全文 line
line
【事件名】「週刊文春」の旧石器発掘捏造報道事件(2)
【年月日】平成16年2月23日
 福岡高裁 平成15年(ネ)第534号 謝罪広告等請求控訴事件
 (大分地裁平成13年(ワ)第610号)

判決


主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人・控訴人(1審被告)らは、連帯して、控訴人・被控訴人(1審原告)Cに対し460万円、同D及びEに対し各230万円並びにこれらに対する平成13年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人・控訴人(1審被告)らは、連帯して、被控訴人・控訴人(1審被告)株式会社文藝春秋発行の週刊誌「週刊文春」に、別紙1記載の謝罪広告を、同2記載の掲載条件で、1回掲載せよ。
(3) 控訴人・被控訴人(1審原告)らのその余の請求を棄却する。
2 被控訴人・控訴人(1審被告)らの控訴を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審を通じ、これを5分し、その3を控訴人・被控訴人(1審原告)らの、その余を被控訴人・控訴人(1審被告)らの負担とする。
4 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 控訴人・被控訴人(以下「1審原告」という。)ら
 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人・控訴人(以下「1審被告」という。)らは、連帯して、1審原告Cに対し1650万円、同D及びEに対し各825万円並びにこれらに対する平成13年3月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 1審被告らは、連帯して、1審被告株式会社文藝春秋(以下「1審被告会社」という。)発行の週刊誌「週刊文春」に、別紙1記載の謝罪広告を、同3記載の掲載条件で1回掲載せよ。
2 1審被告ら
(1) 原判決中、1審被告らの敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
1 本件は、1審被告会社発行の週刊誌に掲載された記事がB教授(以下「B元教授」という。)の名誉を侵害したとして、B元教授の相続人である1審原告らが、同記事を執筆した記者の1審被告G(以下「1審被告G」という。)及び編集者の同Hに対しては共同不法行為に基づき、1審被告G及び同Hの使用者である1審被告会社に対しては使用者責任に基づき、謝罪広告の掲載並びに各相続分に応じた損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。
 なお、1審原告らは、原審では、総額5500万円の損害賠償金及び遅延損害金を請求していたが(原審はそのうち総額660万円を認容)、当審において、損害賠償金の総額を3300万円に減縮し、謝罪広告文の内容及び掲載場所の請求の一部を変更した(変更した広告文の内容は、原審認容分と同一である)。
2 争いのない事実等及び争点は、以下のとおり改めるほかは、原判決「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決2頁18行目の「初代会長、」の次に「平成10年」を加える。
(2) 原判決15頁20行目の「第1次調査団」の次に「ないしその周辺の人物」を加える。
(3) 原判決15頁22行目の末尾に「なお、真実性の証明対象は、『B元教授が捏造に関与した疑いがあるとの事実』であり、『B元教授が捏造に関与したこと』ではない。」を加える。
(4) 原判決16頁1行目の「べきものである。」の次に「この点、1審原告らの引用する「聖嶽洞窟遺跡検証報告」は、日本考古学協会の当事者性に基づく制約を受けたものであり、学術的価値に乏しく、第2次調査団の研究結果を否定するものとはいえない。」を加える。
(5) 原判決20頁17行目の次に行を改め「ケ 日本考古学協会の調査委員会による平成15年10月25日付け「聖嶽洞窟遺跡検証報告」によっても、本件各記事に真実性がないことは明らかになった。」を加える。
(6) 原判決21頁4行目の「Fという人物に会い、」を「B元教授のことを極めて良く知る人物であるA氏(以下「A氏」という。)に会い、」と、同「F氏」を「A氏」とそれぞれ改める。
(7) 原判決21頁11行目及び12行目を「本件はいわゆるニュース報道ではないから、1審被告らには、本件各記事を掲載するまでに十分な時間が与えられていたにもかかわらず、上記取材経緯によれば、1審被告らは、I、J、Kへの簡単な取材のみで、聖嶽洞穴遺跡を捏造と決めつけ、反対事実が記載された資料は権威がないと安易に退け、A氏の取材にあたっても、信用性を確認する裏付け取材もせず、容易に行い得た本人取材も行わなかったものであり、B元教授が団長を務めた第1次調査団によって聖嶽洞穴遺跡が捏造されたことが真実であると信じるについて相当な理由があったとは到底いえない。」と改める。
(8) 原判決21頁13行目の次に行を改め、以下を加える。
 「(1審原告らの主張)
ア 謝罪広告について
 1審被告らの名誉毀損行為によって、B元教授は捏造犯と目され、研究者の良心に基づき、長年にわたって地道に築き上げてきた社会的評価は著しく失墜した。この毀損された名誉を回復するためには、金銭的賠償だけでは足りず、謝罪広告が不可欠であり、別紙1記載の謝罪広告を、別紙3記載の掲載方法により、1回掲載させることが相当である。
 なお、謝罪広告の大きさの指定がなければ、1審被告らはできる限り目立たないように小さく掲載することが容易に予想され、そうなれば、原状回復という謝罪広告が認められた法の趣旨が没却される。本件各記事の掲載回数及びページ数に加え、電車の吊り広告や新聞での発売広告がその都度出されたことからすれば、少なくとも1頁全体を使った謝罪広告が認められるべきである。
イ 損害賠償額について
 本件は、東北旧石器捏造事件に関連づければ週刊誌が売れると考えて、当初から「聖嶽洞穴遺跡は捏造された遺跡である」との方針を決めて、捏造とは反対方向の事実を無視し、実質的な本人取材を行おうとせず、裏付け取材をしないなど極めて杜撰な取材をしたもので、取材の悪質さが顕著であり、その結果、死を選ぶほどの多大な精神的苦痛を与えたことに特徴があり、このような事情は、慰謝料額の算定にあたって充分に考慮されるべきである。
 また、1審被告らが、B元教授の自殺後に「週刊文春」平成13年3月22日号(以下「3月22日号」という。)に掲載した記事や本訴におけるA氏作成文書の提出は、1審被告らの態度の悪質さや卑劣さを裏付けるものであり、慰謝料額の増額事由とされるべきである。
 本件不法行為によりB元教授が被った精神的苦痛を評価すれば3000万円を下らない。また、1審被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては300万円が相当である。
(1審被告らの主張)
ア 謝罪広告について
(ア) 死者に対する謝罪広告
 謝罪広告は、被害者の人格的価値を回復するために認められるものであるから、被害者の人格的価値が存在しなくなったとき、すなわち被害者が死亡したときには、もはやその人格的価値=社会的名誉は存在しなくなったのであるから、謝罪広告を認めることはできない。名誉権のような一身専属の権利は相続されえず、謝罪広告掲載請求権は相続しえない。
(イ) 謝罪文言
 本件各記事は、石器でないものを石器と捏造したと報じたのではなく、別の地域ないし別の時代の石器が聖嶽遺跡に持ち込まれたのではないかという疑惑を報じたのであるから、「石器が捏造であることは事実ではない」との謝罪文言はおかしい。
(ウ) 謝罪広告掲載の場所
 1審原告らは「広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁もしくはそれに準じる頁」への掲載を求めるが、「もしくはそれに準じる頁」は不特定である。また、「広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁」は週刊誌の顔ともいうべき目次掲載頁であり、このような掲載場所の指定は、憲法21条の表現の自由を侵害する。」
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件各記事がB元教授の社会的評価を低下させるか否か。)について
 当裁判所も、本件各記事は、第1次調査で聖嶽洞穴遺跡から発掘された石器が捏造されたものであって、これにB元教授が関与したとの印象を与える内容であり、B元教授の社会的評価を低下させるものであると判断する。その理由は、以下のとおり改めるほか、原判決「第3 当裁判所の判断」の1に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決29頁1行目から2行目の「同遺跡から発掘された石器は他の遺跡から発掘された石器を予め埋めておいたという捏造」を「同遺跡から発掘された石器は、発掘に関与した者自身が、他の遺跡から発掘された石器を予め埋めておいたという捏造」と、同頁25行目の「捏造に関与した疑いがあるとの印象を暗に与える内容」を「捏造に関与した疑いがあるとの印象を暗に与えると共に、さらに、その関与なしでは捏造が困難であることをも示唆する内容」と、それぞれ改める。
(2) 原判決30頁3行目の次に行を改め「1審被告らは、本件各記事は、聖嶽洞穴遺跡が遺跡として考古学上価値のないものであることを明らかにしたにすぎず、それ以上にB元教授が遺跡の作出に関与していることを述べていないし、そのような印象を与えるものでもないと主張する。しかし、1審被告会社は、B元教授自殺後に発売した「週刊文春」3月22日号の「『聖嶽』遺跡疑惑 小誌取材班はこう報じた」と題する記事内で、「小誌は、遺跡そのものが『捏造としか考えられない』と記事で紹介した。」と記載し(甲5)、本件各記事の取材と執筆に当たった1審被告Gも、本件各記事は『聖嶽遺跡が捏造された遺跡である』との問題を提議した記事であると自認している(乙27、原審における1審被告G本人)のであり(なお、「捏造」とは、「ないことをあるかのように偽って作りあげること、でっちあげること」を意味する言葉である。)、本件各記事が、聖嶽洞穴遺跡の遺跡としての考古学上の価値について述べるにとどまるものではなく、同遺跡は捏造された遺跡であると報道したものであることは明らかである。また、本件各記事は、その捏造者について明記することを避けてはいるが、上記のとおり、そもそも「捏造」という言葉自体が、遺跡を発見した者がでっち上げたとの印象を与える上、Lによる旧石器捏造事件を随所に引用することにより、聖嶽洞穴遺跡で発掘された石器は、L事件と同様、発掘者自らが予め埋めておいたものであるとの印象を与え、さらに、本件記事2では、「では、いったい誰がいつ『神の手』を駆使したのか。」との記載に続けて、B元教授及びM教授は疑惑を全面否定したと両名の名をあげ、「もちろん彼らの仕業と断定する証拠はないし、」と記載し、本件記事3では、「(考古学者の話として)大分県内には、県内で旧石器遺跡を発見すれば、注目されて、学術予算もつく、と思っている考古学者が多かった」、「聖嶽の細石刃は、福井洞穴から出土したものに、きわめて似ています。・・聖嶽の発掘前別府大学(に研究室を有する)関係者の手には、福井洞穴の細石刃があったことになる。」「別府大を発掘調査する必要がありはしまいか。」などと記載することによって、第1次調査の責任者であり、別府大学教授であったB元教授(及びM教授)が捏造に関与した疑いがあるとの印象を与えたことは明らかであって、1審被告らの前記主張は採用することができない。」を加える。
2 争点(2)(本件各記事の記述が真実であったかどうか。)について
 当裁判所も、本件各記事の記述が真実であるとの証明はなされていないと判断する。その理由は、以下のとおり改めるほか、原判決「第3 当裁判所の判断」の2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決30頁の8行目から19行目までを「(1) 前記のとおり、本件各記事は、『聖嶽洞穴遺跡から発掘された石器は、発掘者自らが、別の遺跡から発掘された石器を予め埋めておいたという捏造によるものであり、B元教授がこの捏造に関与した疑いがある。』との印象を与えるものであるところ、報道機関がこのような報道をする以上、上記「疑い」は単なる風評にとどまらず、このような疑いを抱くに足りる根拠事実が存在するとの印象を読者に与えるのであるから、本件における名誉毀損の違法性阻却事由としての真実性の証明対象事実は、『聖嶽洞穴遺跡の石器は捏造されたものであること』及び『B元教授がその捏造に関与したとの疑いを抱くに足りる根拠事実があること』であると解するのが相当である。」と改める。
(2) 原判決30頁20行目から21行目の「聖嶽洞穴遺跡が捏造であること及びその捏造にB元教授が関与していること」を「聖嶽洞穴遺跡の石器は捏造されたものであること及びB元教授がその捏造に関与したとの疑いを抱くに足りる根拠事実があること」と改める。
(3) 原判決31頁14行目の「1点の製品・剥片も採取できなかった(95頁)。」を「2点しか採取できなかった(44頁、95頁)。」と改める。
(4) 原判決32頁10行目の「52、」の次に「58、」を加える。
(5) 原判決34頁13行目の次に行を改め、以下を加える。
 「j Kの前記判断は、主として人骨のレプリカの観察に基づくものであり、最終的判断のためにはDNA鑑定も含めた科学的な検査が必要であるとの意見も有力である(83頁、甲57)。
 k 聖嶽洞穴内からは、第1次調査においても第2次調査においても、中・近世の人骨が銅銭などの副葬品とともに多数出土しており、中・近世に墓地として利用されたことが推認される。そして、発掘された人骨等が少なからず損傷していることなどから、中・近世の墓地形成とその後の攪乱によって、全体の遺構・包含層が破壊された可能性がある。(61頁、甲58)。
 l 年代測定の結果、第1次調査で発掘されたヒト距骨、第2次調査で発掘されたアナグマの骨及び木炭は、縄文時代早期の年代を示した。」
(6) 原判決34頁14行目から35頁10行目までを次のとおり改める。
 「ウ 上記アで認定した各事実によれば、聖嶽洞穴遺跡から発掘された石器には、現在の考古学の常識からみて不自然な点が多々あり、何らかの人為的な作為が加わっている疑いがあるから、旧石器時代の人骨と石器が伴出した、日本で唯一の遺跡であるとの同遺跡の考古学上の学問的価値は、現時点では維持し難いとの評価を示した限度では真実性が認められる。しかしながら、前記イのabcjklで認定した事実も考慮すると、上記アで認定した各事実のみでは、聖嶽洞穴遺跡から発掘された石器が、発掘に関与した者自身が、別の遺跡から発掘された遺物を予め埋めておいたという捏造によるものと断定するには足りないというべきである。まして、B元教授が第1次調査の責任者であったとの事実以外には、B元教授が聖嶽洞穴遺跡の石器捏造に関与したとの疑いを抱かせる事実は認められない。そして、仮に、聖嶽洞穴遺跡から発掘された石器が、第1次調査の際に予め埋められて捏造されたものであったとしても、前記イのcdefghiで認定した、B元教授による試掘や第1次調査が行われるに至った発端が他者からの働きかけによるものであったこと、これら試掘や第1次調査の過程を通じて、B元教授を含む第1次調査団以外の人物が聖嶽洞穴に入洞していること、B元教授は、第1次調査後の間もないころから、発見された石器の状況等に不自然な点があるとして、聖嶽洞穴遺跡の更なる学問的調査の必要性を表明し、第2次調査団による同遺跡の再調査に積極的かつ協力的であったことを総合すると、B元教授が第1次調査の責任者であったとの事実のみから、石器の捏造に関与したと推認することはできない。なお、Aの陳述書(乙35)には、@B元教授が昭和36年末以前にA氏に対して、福井洞穴遺跡出土の黒曜石細石刃2個を見せたこと、AA氏が見せられた石器が第1次調査で出土した、との記載があるが、Aは、何らの根拠を示さないままの同氏の推測に過ぎず採用の限りではないし、@についても、同陳述書全体から読みとれる私怨ともいうべきB元教授に対する同氏の強い敵対感情に照らすと、にわかに採用しがたい。以上のとおり、本件においては、真実性の証明はなされていないというべきである。」
3 争点(3)(1審被告らが本件各記事の記述を真実と信じたことにつき、相当の理由があるか。)について
 当裁判所も、1審被告らが本件各記事の記述を真実であると信じるについて相当の理由があったとはいえないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
(1) 争いのない事実及び証拠(乙27、35、61、62、原審における1審被告G本人)によれば、次の事実が認められる。
ア 1審被告Gは、平成13年1月3日、1審被告会社から、聖嶽洞穴遺跡についても、Lによる旧石器発掘捏造事件と同様の問題があるかもしれないとの情報があるので取材するよう命じられ、取材を開始した。
イ 1審被告Gは、同日夜、上記情報を得たという1審被告会社の編集部員と電話で話をし、翌日、同編集部員と会って説明を聞き、また、上記情報源である若手考古学者と電話で話をして、取材先や資料について教示を受けた。
ウ 1審被告Gは、同月5日から、関係文献を調査するとともに、I部長からは電話で、J氏及びK教授からは面談により、本件記事1にそれぞれの談話として記載しているとおりの話を聞き、この他にも、考古学関係者から、聖嶽洞穴遺跡の石器の不自然さ、遺跡捏造の疑いについて話を聞いた。
エ 1審被告Gは、同月11日、電話をかけたが通じなかったとして、事前にアポイントメントをとることなく、いきなりB元教授の自宅を訪れて取材を申し込み、聖嶽洞穴遺跡発掘時の様子や、石器の不自然さについて尋ね、B元教授から、本件記事1に同教授の談話として記載されているとおりの話を聴取したが、石器に関する疑問点を解明するような問答には至らなかった。
オ 1審被告Gは、同月13日、前日に取材申込みをした上、別府大学内でM教授と面談し、本件記事1に同教授の談話として記載されているとおりの話を聴取した。
カ 1審被告Gの取材に基づき、同月15日の夕方、1審被告会社編集部は、「聖嶽洞穴遺跡は捏造された遺跡である。」との方針を決定し、同方針に基づいて、1審被告Gは本件記事1の原稿を執筆し、同月18日、本件記事1の掲載された1月25日号が発売された。
キ 1審被告Gは、同月21日に開催されたシンポジウム「前期旧石器問題を考える」を取材して、本件記事2の原稿を執筆し、同月25日、本件記事2の掲載された2月1日号が発売された。
ク 1審被告Gは、その後1月ほどは、聖嶽洞穴遺跡に関する取材はしていなかったが、同年2月下旬に、A氏から、聖嶽遺跡の発掘前に、B元教授から福井洞穴遺跡から出土した黒曜石の石器を見せてもらったことなど、本件記事3に別府大関係者の証言として記載されているとおりの話を聴取して、同年3月5日には本件記事3の原稿の下書きをした。
ケ 同月6日、別府大学において、同大学の「聖嶽問題検討委員会」は、聖嶽洞穴遺跡の石器の保管状況の杜撰さを公表する記者会見を行い、続いて、B元教授も記者会見を行って、捏造を否定するとともに、再調査を歓迎する旨述べたが、1審被告Gは、同記者会見を途中で退席し、B元教授の記者会見には出席しないまま原稿を仕上げ、同月8日、本件記事3の掲載された3月15日号が発売された。
(2) 以上によると、1審被告Gは、第2次調査団の副団長であるI部長及びJ氏、第1次調査発掘頭骨を再検討した人類学者K教授から、聖嶽洞穴遺跡の出土品の不自然さについて聴取するなどして、原判決の第3の2(2)ア認定の各事実を知ったものであるから、同遺跡が捏造された遺跡であるとの疑いを抱くこと自体は、あながち不合理とはいえない。しかし、考古学者にとって、遺跡捏造の疑いをかけられることはその社会的評価をはなはだしく低下させるものであるうえ、記事掲載の緊急性・切迫性は認められないのであるから、聖嶽洞穴遺跡が捏造されたものであると断定し、これにB元教授が関与した疑いがあるとの本件各記事を掲載するにあたっては、十分な裏付け調査が要求されるというべきである。ところが、原判決の第3の2(2)イ認定事実のうち、adefghの各事実は、1審被告Gが調査した文献に記載されていたり、調査すれば容易に明らかになる事実であったのに、1審被告らは、これらの事実の意義について検討したり調査したりすることなく(乙27、原審における1審被告G本人)、もっぱら、I部長、J氏及びK教授や名前を明らかにしない考古学関係者からの談話に基づいて、聖嶽洞穴遺跡は捏造されたものと断定したものである。しかし、I部長、J氏及びK教授は、聖嶽洞穴遺跡についての学問的な疑問点については厳しい指摘を行っていたが、捏造されたとの判断は示していなかった(原審における1審被告G本人)し、B元教授やM教授からの取材は、本件記事1の執筆前に各1回なされたのみで、特にB元教授についてはいきなり訪問して話を聞いただけで、疑問点を解明するような問答には至っていなかったのに、その後は取材申込みすらしていないのであってみれば、1審被告らが、聖嶽洞穴遺跡が捏造されたものであると断定し、これにB元教授が関与した疑う根拠があると信ずるについて相当の理由があったとはいえない。特に、本件記事3は、第1次調査で発掘された石器は、別府大学の研究者が、「第2の神の手」により福井遺跡の石器を持ち込んだものであるとの印象を与える内容となっているところ、前記(1)の認定によれば、この部分は、概ね、A氏からの取材結果に依拠していると認められるが、A氏は昭和36年ころまで、別府大学の職員であった者であるが、同人作成の文書からは、B元教授に対して私怨ともいうべき強い敵対感情を抱いていることが明らかに読みとれる(乙35、62)のであり、こうした文書を1審被告らが違和感もないまま本件訴訟の書証として提出したことに照らしても、1審被告Gは、その取材時からA氏のこのような立場を容易に知ることができたものと推認されるのであって、それにもかかわらず、1審被告Gは、A氏とB元教授や別府大学の関係について調査することなく、A氏からの取材結果をそのまま信用して、裏付け調査をまったくせずに、本件記事3を執筆した(原審における1審被告G本人)ものであり、同記事内容が真実であると信ずるについて相当の理由があったとは到底いえない。この点、1審被告Gは、A氏を信用したのは、同氏が、昭和37年にB元教授から縄文土器2点を購入したが、B元教授に頼まれてこれを一旦返したところ、その後20年間も返還してくれなかったと述べてそれらの縄文土器及びその写真が掲載されている、ある文化展のパンフレットを見せられたが、同パンフレットにはそれらの縄文土器は別府大学出品として掲載されていたからであると供述する(原審における1審被告G本人)が、このことと聖嶽洞穴遺跡の捏造とは何の関係もなく、A氏からの取材結果を信用する根拠とはなりえないというべきである。
4 争点(4)(損害額及び謝罪広告の要否)について
(1) 当裁判所は、B元教授の前記精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料は800万円、1審被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は1審原告ら合計で120万円と認めるのが相当であるから、1審被告らは、1審原告らに対し、本判決主文第1項(1)のとおりの損害賠償義務を負っており、また、B元教授の名誉を回復するためには、本判決主文第1項(2)のとおりの謝罪広告を掲載する必要があると判断する。その理由は、以下のとおりである。
(2) 本件各記事の掲載はB元教授の名誉を侵害するものであり、不法行為に該当するものであるところ、その記事の内容は一般人をして第1次調査において聖嶽洞穴遺跡から発見された石器は捏造によるもので、これにB元教授が関与していたと誤信させるものであり、そのような内容を真実として掲載したことには相当の理由もないというべきことはこれまで説示したとおりである。
 そして、本件各記事は、元大学教授であり、考古学者としてこれまで長年にわたり遺跡の発掘等に携わってきたB元教授に対する社会的評価を著しく低下させるものであり、前記認定の事実及び証拠(甲6の1、7の1ないし7の4、39、40)によると、本件記事1には、Lが手をかざしている写真が掲載され、その下に「元祖『神の手』もびっくり?」と記載するなど、不必要に刺激的な部分があるし、B元教授が本件各記事の掲載により、自殺を決意するに至るほど多大な精神的苦痛を受けたことが認められる。しかも、本件各記事は約88万部という多大な発行部数を有する「週刊文春」に3回にわたって掲載されたものである。また、私怨ともいうべき敵対感情を抱いていると容易に知りうるA氏からの一方的な取材に基づいて、B元教授が遺跡捏造に関与した疑いがあるとの印象を決定的に強める本件記事3を執筆したことは、報道機関としては著しく軽率であったというべきであり、さらに、1審被告会社が、B元教授自殺後に掲載した「週刊文春」3月22日号の記事内容(甲5)は、自己の正当性のみを強調し、遺族の神経を逆なでするような内容となっている。他方、本件各記事は、B元教授の私的行為を対象としてこれを攻撃するものではなく、これが掲載されるようになった発端は、それまで旧石器時代のものとされてきた聖嶽洞穴遺跡において発見された石器が、第2次調査により、様々な疑問点があり、その考古学的な価値に疑問が生じたことであって、本件各記事はそうした我が国の考古学上重要な遺跡について、まさにその考古学的価値という公共の利害に関する事実に係るものである。本件各記事が第2次調査に携わったI部長及びJ氏、頭骨を再検討したK教授やシンポジウム『前期旧石器問題を考える』の取材に基づいていることに照らし、本件各記事を掲載した動機には、第1次調査の際に同遺跡から採取されたとする石器が人為的に予め埋められていたかどうかを検討することによって、聖嶽洞穴遺跡の考古学的価値を明らかにするということもあったことを否定することはできないし、本件各記事中、原判決の第3の2(2)アで認定した事実や、I部長、J氏、K教授の談話についての記載部分は、真実であると認められる。また、本件各記事はB元教授が捏造者であると特定し、断定までしているものでもない。したがって、これらの本件に現れた一切の事情を考慮すると、B元教授の前記精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料は800万円とするのが相当であり、相続分に応じて、1審原告Cが400万円、1審原告D及び同Eは各200万円の支払を請求することができる。
 また、1審被告らの不法行為によって1審原告らが本件訴訟を提起することを余儀なくされ、そのために弁護士に対する委任をしたことは当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の争い方や審理経過をも勘案すると、1審被告らの不法行為と相当因果関係のある損害は1審原告Cについて60万円、1審原告D及び同Eについて各30万円と認める。
 そうすると、1審被告らは連帯して、1審原告Cに対しては460万円、1審原告D及び同Eに対しては各230万円及びこれらに対する本件各記事のうち最終の記事である本件記事3が掲載された「週刊文春」3月15日号が発売された平成13年3月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(2) 本件各記事による名誉毀損の態様、それによるB元教授の社会的評価の低下の程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、慰謝料の支払のみによってはB元教授の名誉を回復することはできず、これを回復するためには、1審被告らが本件各記事を掲載した週刊誌「週刊文春」誌上において、別紙1記載の内容の謝罪広告を(なお、謝罪広告においては、謝罪の趣旨を明確にするために、宛名及び差出人名を明示させるのが適当である。)、別紙2記載の掲載条件により掲載することが必要不可欠である。1審被告らは、謝罪広告掲載請求権は、一身専属の権利であり相続しえないと主張するが、民法723条の名誉回復のための処分の請求は、損害賠償の1方法として財産上の請求に属するものであり、一身専属的なものではないと解されるから、一旦発生した同請求権が相続されるのは当然であって、1審被告らの上記主張は採用することができない。また、1審原告らは、謝罪広告の大きさを指定すべきであると主張するが、別紙2記載の掲載条件により、その大きさは自ずから制約されるのであり、これ以上の指定の必要性を認めない。なお、1審原告らは、『広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁もしくはそれに準じる頁』との指定を求めているが、『もしくはそれに準じる頁』では掲載場所として不特定であるので、『広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁』と特定して指定することとする。なお、謝罪広告の掲載場所の指定が、1審被告らの表現の自由を侵害するものではないことは明らかである。
 よって、1審被告らは、1審原告らに対し、連帯して、名誉毀損に対する原状回復措置として前記のとおりの謝罪広告を掲載すべき義務がある。
5 結論
 よって、1審原告らの控訴に基づき原判決を本判決主文1項のとおり変更し、1審被告らの控訴は理由がないから棄却する。

福岡高等裁判所第3民事部
 裁判長裁判官 小林克已
 裁判官 内藤正之
 裁判官 白石史子


(別紙1)
 故B別府大学名誉教授に対する謝罪文
 週刊文春2001年1月25日号、同年2月1日号、同年3月15日号において昭和30年代に大分県聖獄洞穴遺跡から採取された石器が捏造であり、同遺跡の発掘調査の責任者であったB別府大学名誉教授があたかもその捏造に関与した疑いがあると受け取られる一連の記事を掲載しましたが、これらの記事のうち、石器が捏造であること及び同教授がこの捏造に関与したことは事実ではありませんでした。この記事により、故B別府大学名誉教授の名誉を傷つけ、ご迷惑をおかけしたことをお詫びします。
 株式会社 文藝春秋
  代表者代表取締役 N
  週刊文春編集長 H
  取材記者 G
 C様
 D様
 E様

(別紙2)
1.使用する活字
(1) 「故B別府大学名誉教授に対する謝罪文」という見出
 10.5ポイントのゴシック体
(2) 本文
 10.5ポイントの明朝体
2.掲載場所
 広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁
 以上

(別紙3)
1.使用する活字
(1) 「故B別府大学名誉教授に対する謝罪文」という見出
 10.5ポイントのゴシック体
(2) 本文
 10.5ポイントの明朝体
2.掲載場所
 広告・グラビアを除いて表表紙から最初の頁もしくはそれに準じる頁
3.掲載の大きさ(スペース)
 「週刊文春」の1頁
 以上
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/