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【事件名】弁護士の私生活暴露記事事件
【年月日】平成16年2月19日
 東京地裁 平成14年(ワ)第26959号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、金30万円及びこれに対する平成14年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金300万円及びこれに対する平成14年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告の発行した月刊誌及びその開設したインターネット上のホームページに掲載された記事により名誉を毀損され、かつ、プライバシー及び肖像権を侵害されたとして、被告に対し、民法709条、710条に基づき、損害賠償金300万円及びこれに対する不法行為の日である平成14年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 原告は、東京弁護士会所属の弁護士であり、平成14年9月ないし11月当時、日本テレビ放送網株式会社をキーステーションとして制作・放映されていた「行列のできる法律相談所」と題するテレビ番組(以下「本件テレビ番組」という。)に出演していた。
 なお、本件テレビ番組は、4人の弁護士が日常生活上の様々な法律問題について自己の見解をそれぞれ披露し、これらの見解につき互いに討論をすることを主たる内容の1つとしている。
イ 被告は、出版物の発行等を目的とする会社であって、月刊誌「噂の眞相」を発行している。
 なお、「噂の眞相」は、日本全国で発売されており、その有料発行部数は少なくとも15万部に及んでいる。
(2) 本件雑誌の発行
 被告は、平成14年11月9日、「噂の眞相」平成14年12月号(以下「本件雑誌」という。)を発行したが、同誌の冒頭のフォトスキャンダルと題する欄の4番目の記事として次の記事及び写真を掲載した。
ア 記事(以下「本件記事1」という。)
(ア) タイトル
 「バラエティ番組出演中の有名弁護士を目撃 池袋のキャバクラに通うAの素顔」
(イ) 本文
a 「優しいし、とってもいい人だよ。エリートなのにノリはいいし、私たちの話もバカにしないで聞いてくれる。プライベートの問題で相談に乗ってもらってる子もいるみたいだしね」
b 只今、池袋のキャバクラ「M」では、あるバラエティ番組に出演中の男性が、女の子たちに大人気となっているらしい。そんな話をキャッチした本誌がMをのぞいてみたところ、写真の通り、この夜もしっかり「出勤」中だった。
c この人気者はA弁護士。
d お店の女の子に話を聞いてみても、確かに評判はすこぶる良い。
e 「ここ1、2カ月だと思うけど、かなり頻繁に来てるよ。週に2、3回は店で顔を見るし、よく女の子の同伴出勤にも付き合ってる。特にお気に入りなのがZちゃんとYちゃんの二人。来る前に必ず電話して出勤を確かめてるからね。私もあんなお客さんが欲しいなぁ(笑)」
f その疲れやストレスをひそかに癒していた場所のひとつがこのキャバクラというわけだ。
g もっとも、さすがのAセンセイもやっぱり男、若い女性に囲まれながらお酒を飲んでいるうちに、少々、ハメを外してしまうこともあるようだ。
 「一度、話が盛り上がった時に、お気に入りの女の子に『乳首触らせて』って迫ってた(笑)」(以下、この括弧内の記述を特に「本件摘示部分」という。)
h いくらキャバクラとはいえ、一歩間違えば「セクハラ」とも取られかねない行為だが、そこは人徳。今のところAセンセイを訴えようという女の子はいないようである。
i この手の目撃談も「有名税」としてはいたし方のないところ。ハメを外さないようにしたほうがいいけど、ま、余計なお世話か(笑)。
イ 写真
(ア) 俗に「キャバクラ」と称される接待飲食等営業を営む東京都豊島区G所在の飲食店「M」(以下「M」といい、この種の店舗を俗称により「キャバクラ」という。)の店内において女性従業員と会話をする原告の上半身の写真(以下「本件写真1」という。)
(イ) 本件テレビ番組に出演中の原告の上半身の写真(以下「本件写真2」という。)
(3) 本件ホームページへの掲載
 被告は、インターネット上にホームページ(http://www.uwashin.com/2001/ngindex/ng0211.html、以下「本件ホームページ」という。)を開設しているが、平成14年10月7日、本件ホームページの「WEB噂の真相 NG一行情報」中の「2002年11月号使わなかった一行情報」のコーナーの1番目の記事として「バラエティ番組で活躍中のA弁護士が池袋キャバクラMにハマり中」との記事(以下「本件記事2」という。)を掲載した。
2 争点及び当事者の主張
(1) プライバシー侵害関係
ア プライバシー侵害の有無及び程度
(ア) 原告
 本件記事1及び2並びに本件写真1は原告の私生活に関する記述又は描写を含むから、本件記事1及び本件写真1を掲載した本件雑誌の発行及び本件記事2の本件ホームページへの掲載は原告のプライバシーを著しく侵害する。
(イ) 被告
 本件記事1及び2並びに本件写真1は、原告の私生活に関する記述ないし写真を含むものではあるが、原告のプライバシーを著しく侵害するものではない。
イ 違法性の存否
(ア) 被告
 本件記事1及び2の各記述並びに本件写真1は、社会の正当な関心事に当たるから、被告が本件記事1及び本件写真1を掲載した本件雑誌を発行し、かつ、本件ホームページに本件記事2を掲載したことに違法性はない。
 すなわち、原告は、弁護士として多数の人々の生命・身体・財産に多大な影響を与え得る地位にあり、その私生活上の行状も公共の利害に関する事実に該当する。のみならず、本件テレビ番組は、出演している弁護士の個性によって同じ法律問題に対する回答が異なることを強調しており、視聴者も各弁護士の回答をその人格や個性、物の見方と切り離し得ないものとして理解するところ、本件テレビ番組においては、さまざまな角度から男女関係に関する法律問題が取り上げられており、原告もこのような問題に対して多数回にわたり回答してきたのであるから、原告が男女関係についてどのような考え方をしているかは当然に視聴者の正当な関心の対象となるべきものである。本件記事1及び2並びに本件写真1は、原告がキャバクラに頻繁に通い、特定の女性従業員を指名していることを主たる内容とするものであるから、男女関係に関する原告の考え方を推認させるものとして、市民の正当な関心にこたえるものである。
(イ) 原告
 本件記事1及び2の各記述並びに本件写真1は、社会の正当な関心事に当たらないから、被告が本件記事1及び本件写真1を掲載した本件雑誌を発行し、かつ、本件ホームページに本件記事2を掲載したことは違法である。
 すなわち、被告は、弁護士が多数の人々の生命・身体・財産に多大な影響を与え得ることを私生活の行状が公共の利害に関する事実に該当することの根拠の1つとしているが、弁護士であるからといって当然に多数の人々の生命・身体・財産に多大な影響を与えるとは限らないのであって、被告の主張は前提を欠いているばかりでなく、そもそもこのような根拠ではおよそすべての弁護士の私生活上の行状が公共の利害に関する事実に該当することになってしまい、妥当ではない。他方、本件テレビ番組において、出演している弁護士の間で回答が異なる場合があったとしても、各事例における個別の要因を判断した結果であり、弁護士がどのような人物であるかが焦点となるものではない。また、男女関係に関する法律問題についての弁護士の回答とその人生観や男女観とは不可分のものではなく、原告も、自らの人格と法的判断を関連させて回答したことはない。さらに、原告がキャバクラに通ったり、特定の女性従業員を指名することは、男女関係に関する原告の考え方を推認させるものではなく、市民の正当な関心事ではない。
(2) 名誉毀損関係
ア 社会的評価の低下の有無及び程度
(ア) 原告
 本件記事1のうち本件摘示部分は、原告がキャバクラの女性従業員に対して「乳首触らせて」と発言したことを摘示するものであり、本件記事2は、原告が自己制御を失ってキャバクラに通い詰めているとの趣旨を含めて「ハマり中」と嘲笑的な表現を用いたものであり、本件摘示部分を掲載した本件雑誌の発行及び本件ホームページへの本件記事2の掲載により、原告の弁護士としての社会的評価は著しく低下した。
(イ) 被告
 本件記事1及び2は、主として原告がキャバクラに頻繁に通っていること及び同店内における原告の言動を指摘するものであるが、それ自体として原告の社会的評価を低下させることはない。
イ 違法性又は故意若しくは過失の存否
(ア) 被告
 本件記事1のうち本件摘示部分及び本件記事2は、次のとおり、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、その内容は真実であるから、被告が本件摘示部分を含む本件雑誌を発行し、本件ホームページに本件記事2を掲載したことに違法性はなく、仮にその内容が真実であるとの証明がないとしても、被告においてこれを真実と信じるに足りる相当の理由があったから、被告の前記行為に故意又は過失はない。
a 本件摘示部分及び本件記事2において摘示されている事実は、前記(1)イ(ア)のとおり、原告の男女関係に関する考え方を推認させるものとして公共の利害に関する事実に係るというべきである。
b 被告は、出版社としてこのような事実を報道することは市民の正当な関心にこたえることとなると考え、本件雑誌を発行し、本件ホームページに同旨の記事を掲載したものであり、専ら公益を図る目的に出たものである。
c 本件摘示部分及び本件記事2の摘示した事実はすべて真実である。
d 被告の担当記者は、Mの常連客及び女性従業員2名に取材した結果に基づいて本件記事1及び2を執筆したが、特に女性従業員2名の取材内容については、いずれも直接体験したか又は親しい者から直接に聴取した内容であり、誤解や誇張がないこと、殊更に原告について虚偽の事実を話す理由がなく、むしろ通常話さないような店の客に関する話を進んでしたことなどを考慮し、真実であると確信した。なお、被告の担当記者は、原告に対しても取材を申し入れたが、これを拒絶された。
 したがって、被告が前記の各事実を真実と信じたことにつき相当の理由がある。
(イ) 原告
 本件記事1のうち本件摘示部分及び本件記事2は、次のとおり、公共の利害に関するものではないばかりか、公益を図る目的もなく、その内容は真実でないから、被告が本件摘示部分を含む本件雑誌を発行し、本件ホームページに本件記事2を掲載したことは違法であり、かつ、被告においてその内容が真実であると信じることが相当であるとはいえないから、被告の前記行為に故意又は過失がないとすることはできない。
a 本件摘示部分及び本件記事2の摘示事実は、前記(1)イ(イ)のとおり、公共の利害に関する事実には当たらない。
b 本件摘示部分及び本件記事2は、単に読者ののぞき見的な好奇心を満たすだけのものであって、興味本位なものであるというほかなく、公益を図ることを主たる目的とするものではない。
c 原告は、Mの顧客であるが、頻繁と評されるほど同店に赴いていない。原告が同店の女性従業員を同伴して来店したのは、5回に満たない程度であり、来店のたびに必ず女性従業員の出勤状況を確認する電話を入れるということもなかった。原告が、特定の女性従業員2名を指名することが多いのは同店のシステムによることであり、女性従業員(同店における通称B)を性的対象としてみたことはなく、その欲求を満たすため女性従業員に「乳首触らせて」と発言することはあり得ない。
d 被告が前記の摘示事実を真実と信じたことにつき相当の理由があるとの主張は争う。
(3) 肖像権侵害関係
ア 肖像権侵害の有無
(ア) 原告
 被告が、原告の承諾がないのに本件写真1及び2を本件雑誌に掲載したのは、原告の肖像権を侵害するものである。なお、本件写真2は、本件テレビ番組に出演した際に撮影されたものであるが、原告は、その際の肖像使用を同番組及びこれに付随する書物についてのみ承諾しており、被告に承諾したことはない。
(イ) 被告
 被告が原告の承諾なく本件写真1及び2を本件雑誌に掲載したことは認めるが、原告の肖像権を侵害するとの主張は争う。
イ 違法性の存否
(ア) 被告
 本件記事1において摘示した事実は、原告の男女関係に関する考え方を推認させるものとして公共の利害に関する事実に係るから、これを報じる記事において原告の肖像が認識され得る写真を用いることには違法性はない。
(イ) 原告
 本件記事1における摘示事実は、公共の利害に関する事実には当たらない。
(4) 損害の発生の有無及びその程度
ア 原告
 本件雑誌の発行及び本件ホームページへの本件記事2の掲載により原告が被った精神的苦痛を慰謝するための金額は300万円を下らない。
イ 被告
 損害の発生の有無及び程度についての原告の主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 プライバシー侵害関係
(1) プライバシー侵害の有無
 前判示第2の1の(2)の事実によれば、本件記事1及び2は、原告がキャバクラに頻繁に赴いていること及びその際の原告の具体的な言動等を摘示するものであり、本件写真1は、店内で原告が女性従業員の接待を受けて歓談している様子を撮影したものであるが、これらはいずれも原告が弁護士としての職務活動から離れた後の私生活上の行状に関するものである。
 ところで、証拠(甲第16号証、乙第4号証、証人C、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、原告がキャバクラで遊興することがあったことは、Mの関係者を除けば一般には知られていなかったものと認められる。そして、キャバクラは、主として男性がその配偶者や交際相手以外の女性との交流を求め、比較的高額な飲食代金を支払って接待を受けるもので、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)による規制の対象となる飲食業であるが、原告がこれに頻繁に赴いていたこと(前判示第2の1の(2)ア(ア)及び(イ)bce並びに同(3)の各摘示事実)、これに関連する店内外での言動や接待を受けている様子等(同(2)ア(イ)abdefghi及びイ(ア)の各摘示事実)は、一般人の感受性を基準にした場合に通常は公開を欲しないであろうと思われる事柄ということができるので、本件記事1及び本件写真1を掲載した本件雑誌の発行及び本件記事2の本件ホームページへの掲載は、原告のプライバシーを侵害するものと認めることができる。
(2) 違法性の存否
ア 個人のプライバシーを侵害する行為についても、それが報道機関による言論・出版活動として相当な範囲内において行われた場合には、憲法上の優越的地位を認められた表現の自由の行使であることから、許容されるものというべきであり、具体的には、その表現行為が社会の正当な関心事に係るものであり、かつ、表現の内容及び方法が目的に照らし不当なものでないときは、その行為に違法性はなく、不法行為は成立しないと解される。
イ そこで、本件記事1及び2並びに本件写真1による報道が社会の正当な関心事に係るものであるか否かについて検討するに、この報道の対象が原告の私生活上の行状に関するものであることは前判示のとおりであるが、そのような場合であっても、報道の対象とされる者の社会における立場及びその活動の性質並びにこれらを通じて社会に及ぼす影響のいかんによっては、その者の社会的活動に対する批判ないし評価の一資料になり得るものとして、社会の正当な関心事に当たる場合もあると解される。
 ところで、前判示第2の1(1)アの事実に加え、証拠(甲第16号証、乙第2、第3号証、第5号証)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、弁護士として自己の受任事件を処理する傍ら、日本弁護士連合会の非弁提携問題対策委員会、東京弁護士会の綱紀委員会、司法修習委員会、常議員会等において委員等を務め、また、東京簡易裁判所において司法委員や調停委員として実際に民事紛争の公権的解決に当たるなど、公務ないしこれに準ずる職務を行っているばかりでなく、本件テレビ番組に出演した際、日常生活上の様々な法律問題につき自己の弁護士としての見解を披露していたことが認められる。
 これに加え、弁護士は、弁護士法により、一定の法律事務について独占的に行うことが認められている上、基本的人権を擁護し、社会的正義を実現することを使命とし、常に深い教養の保持と高い品性の陶冶に努め、法令及び法律事務に精通することが求められていることからすれば、原告は、法律事務を職業として行う単なる一私人という立場を超え、社会において公的な意味を有する存在でもあるということができ、このことをも併せ考慮すると、原告の社会における立場及びその活動の性質は公的な色彩を帯び、これを通じて原告が社会一般に対して多大な影響を及ぼしていたということができる。
 そして、原告が弁護士として取り扱う法律事務の中には異性間の交際や対立に起因する紛争が含まれており、これを法律専門家として処理する際に異性関係についての基本的な考え方が反映することもないわけではなく、社会の中にはこの点を軽視できないとする傾向があることも否定できないから、前判示のような報道をすること自体は、法律専門家として社会的な活動に携わる者としての資質に疑問を呈する一要素になり得るものというべきである。また、証拠(乙第3号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件テレビ番組においては、異性関係に関する法律問題が取り扱われていたことが認められるところ、これについても前同様に判断者の異性関係に関する全人格的な判断が結論に相当程度影響するであろう推測するに難くないから、同番組出演者であることを特に取り上げて報道することは、原告のこの点に関する考え方を推知する一助となり得ると考えられる。
 以上の諸点によると、本件記事1及び2並びに本件写真1による報道は、原告の社会的な活動に対する批判ないし評価の一資料になり得るものであり、社会の正当な関心事に係るものということができる。
ウ 次に、前判示第2の1(2)及び(3)のとおり、本件記事1においては、法曹界における原告の評価が高く、キャバクラにおいても女性従業員らの評判が良い旨を述べる一方で、原告を「Aセンセイ」と表記する箇所があり、キャバクラへの来店を「出勤」と呼んだり、「ハメを外してしまうこと」の例として女性従業員に「乳首触らせて」と迫ったことを取り上げたり、「ハメを外さないようにしたほうがいいけど、ま、余計なお世話か(笑)。」と締め括り、また、本件記事2においては、原告がキャバクラに頻繁に赴いていることを表現するに際して「ハマり中」というように一部片仮名を用いたりしており、原告を揶揄したかのような文章となっており、それだけに全体的に原告に対する辛辣かつ批判的な印象を読者に与えている。
 しかしながら、本件記事1及び2を通じて、その言わんとするところは、本件テレビ番組に出演している著名な弁護士である原告が頻繁にキャバクラを訪れ、女性従業員に対してセクハラとも受け取られかねない言動をしている点にあり、証拠(乙第4号証、証人C)によれば、このような報道をした趣旨・目的は、弁護士として社会的に影響力のある原告について読者に情報を提供し、原告についての意見を形成する資料とするためであったと認められるのであって、前判示の報道内容自体はこのような趣旨・目的に副うものであるということができ、表現方法も一方的に原告の人格を非難あるいは攻撃するようなものではなく、不当とまではいうことができない。
 なお、本件写真1の掲載は、キャバクラを訪れていることを示すためのものであり、報道目的に照らし、不当とすることはできない。
エ そうすると、プライバシー侵害については違法性がないとの被告の主張を採用することができるから、原告のこの点に関する主張は理由がない。
2 名誉毀損関係
(1) 本件摘示部分について
ア 社会的評価の低下の有無及び程度
 本件記事1のうち本件摘示部分は、原告がキャバクラの女性従業員に対して「乳首触らせて」と迫ったことを摘示するものであるが、このような事実は、前判示1の(2)イの弁護士の職務の特質に照らし、特に原告が弁護士として高い品性の陶冶に努めることを求められていることにかんがみると、女性従業員から接待を受ける場であるとはいえ、そもそも風営法による規制における客の性的好奇心に応じて役務を提供する業種とは異なるキャバクラの店舗内であるにもかかわらず、女性に対する節度ある接し方をわきまえない品性に欠けた人物であるとの印象を一般に与えるものとみることができる。そして、本件雑誌の発行部数は前判示第2の1の(1)イのとおりであって、これに掲載された本件記事1の内容が全国的に流布されることにより、弁護士としての原告に対する社会的評価は相当程度低下したと認められる。
イ 違法性又は故意若しくは過失の存否
(ア) 報道による事実の摘示が人の社会的評価を低下させる場合であっても、それが公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合であって、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為に違法性がなく、不法行為は成立せず、仮に摘示事実が真実であることが証明されなくとも、行為者においてその事実を真実と信じるについて相当な理由があるときは、その行為には故意又は過失がなく、結局、不法行為は成立しないと解される。
(イ) ところで、本件摘示部分においては原告の私生活上の行状が取り上げられているのであるが、このような事実であっても、摘示の対象とされる者の社会における立場及びその活動の性質並びにこれらを通じて社会に及ぼす影響のいかんによっては、その者の社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実に当たる場合もあると解されるところ、原告の従事している職務の性質にかんがみ、その社会における立場及び活動の性質は公的な色彩を帯び、これを通じて原告が社会一般に対して多大な影響を及ぼしていることは、前判示1の(2)イのとおりである。
 そして、このような原告がキャバクラの女性従業員に対して品性に欠ける言動をした旨摘示することは、弁護士として社会的な活動に携わる者としての資質に疑問を呈する一要素になり得るということができる。また、異性関係に関する法律問題についても原告の全人格的な判断が結論に影響するであろうと考えられ、本件摘示部分の記述が他の要素とあいまって原告の異性関係についての考え方を推知する一助となる場合もあることは、前同様である。
 そうすると、本件摘示部分の記述は、原告の社会的な活動に対する批判ないし評価の一資料になり得るものであり、公共の利害に関する事実に当たるということができる。
(ウ) 次に、被告が本件記事1を本件雑誌に掲載した趣旨・目的は前判示1の(2)ウのとおりであり、本件摘示部分についても同様のことが当てはまるから、公益を図る目的があったと認めることができる。
 なお、本件摘示部分の内容は、原告の性的好奇心から出た言動と受け取られかねないものであり、読者の興味を惹くような事柄であることは明らかであるが、商業雑誌が読者の知りたい情報を提供してその関心を集めようとすることはやむを得ないことであって、これのみを取り上げて目的が不当であったとすることはできない。そして、証拠(乙第4号証、証人C)によれば、本件摘示部分は執筆担当記者が得た情報をそのまま記述したものであると認められ、本件記事1を掲載した趣旨・目的に副うものと考えられるのであって、殊更にこの部分だけがのぞき見的な好奇心に訴えようとして執筆されたとみることはできないから、目的の公益性を否定することはできない。
(エ) 証拠(乙第4号証、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、被告の記者であるCは、本件記事1を掲載するに先立ち、その1月半ほど前に原告がMに赴いているとの情報を得たことから、同店の客であったDに原告の来店状況について調査をした上、同店の女性従業員であるE(同店における通称)から2回にわたり事情を聴取したところ、同僚のBが他の女性従業員に対し、原告から乳首を触らせてと迫られて嫌だったと話していたとの情報を得たことが認められる。また、証拠(乙第8号証、証人D)及び弁論の全趣旨によれば、前掲Dは、EからBが原告に体を触られたと話していた旨を聞いたことが認められる。
 これらの各供述は、要証事実である原告がMの女性従業員(本件摘示部分の記述からは明らかでないが、担当記者であるCの供述からは、これが具体的にはBを指しているものと認められる。)に対して「乳首触らせて」と言って迫っていたか否かについては、伝聞供述であり、Bの原体験供述に関する反対尋問を経ていないばかりでなく、同人の供述内容とされる部分が概括的で具体性に欠けており、しかも、子細に比較してみれば、触られたのかあるいは触らせてと迫られたのかという違いもあり、これらの各伝聞供述のみから原供述内容の真偽を判断することは困難である。
 他方、原告は、本人尋問において、胸に触らせろと真剣に求める意味合いではないものの、冗談のように言ったことはあると述べているところ、乳首を触らせてと迫ったことについては、本人尋問及び陳述書(乙第16号証、第18号証)で明確に否定している。
 なお、証拠(乙第8号証、証人F、原告本人)によれば、原告は、Bに対し、遠慮なく物を言ったり身体を密着させたりすることがあったこと、同人の胸について話題にすることがあったこと、同人の同僚であったFに対しても、その胸や腿に手を触れたことがあったことが認められ、これによって原告がキャバクラの女性従業員の身体に手を触れることがあったということは推認することができるものの、Bの原供述内容そのものが直ちに裏付けられるものではない。
 ところで、原告がキャバクラの女性従業員に対し、乳首を触らせてと迫ったとの記述は、女性への対応の仕方としても品性を欠く印象を与える具体的な事実を摘示するものであり、単なる会話の中での冗談めいたやりとりとは性質を異にするものというべきである。
 前掲各証拠の対比及び検討によれば、本件摘示部分の記述を真実と認めることは困難であり、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する被告の主張を採用することはできない。
(オ) 前判示(エ)の各事実に加え、証拠(甲第4号証、乙第4号証、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、Cは、平成14年9月下旬にEからBの供述内容を聞知し、Dから事情聴取し、自らもMに赴くなどして取材活動をし、その結果、本件摘示部分を真実であると信じたこと、本件雑誌の発行の約半月前である同年10月25日に原告に取材を申し入れたが、これを拒絶されたこと、その翌日ころから本件記事1の執筆を開始したが、それまでの間にBから直接事情を聴取していないこと、以上の各事実が認められる。
 これによると、Cは、直接的又は間接的にEから前判示のような供述を得ることにより、本件摘示部分の記述を最終的に裏付ける資料としてはBの供述が極めて重要であることを容易に認識することができたというべきであり、しかも自らMにも赴いていたのであるから、Bに取材して、同人から直接に供述を得るようにすることは容易であったと認められ、かつ、原告の取材拒否によりこれらの確認措置を執る必要性がより一層増加したというべきである。それにもかかわらず、Cを始め被告の担当者は、これを行っていないのであるから、本件摘示部分の記述に係る裏付取材としては不十分であったといわざるを得ない。
 以上によれば、被告は、本件摘示部分の記述が真実であると誤信したことについて相当な理由があるということはできないので、この点に関する被告の主張は採用できない。
(2) 本件記事2について
ア 社会的評価の低下の有無
 本件記事2は、「ハマり中」との表現で著名弁護士である原告がキャバクラに頻繁に赴いていることを摘示するものであるが、前記の文言は、理性を欠いて過度に利用していることを連想させ、弁護士としての品性に欠けるとの印象を与えるおそれも十分あるから、これを本件ホームページに掲載して、インターネット上において不特定又は多数の者が検索可能な状態に置くことにより原告の社会的評価が低下したと認めることができる。
イ 違法性の存否
(ア) 本件記事2が摘示する事実は、原告の私生活上の行状に関するものであり、弁護士である原告の社会的な活動に対する批判ないし評価の一資料として公共の利害に関する事実に当たることは、前判示1の(2)ウ及び2の(1)イ(イ)と同様である。
(イ) 次に、証拠(甲第3号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件ホームページは、本件雑誌において記事にすることが検討された情報を惹句風に簡潔に摘記することにより紹介することを目的とするものと認められるので、本件記事2をインターネット上で検索可能な状態に置くことは、当該記事を掲載した雑誌を発行するのとほぼ同様の趣旨に出た行為とみることができる。
 したがって、本件記事2を本件ホームページに掲載した目的は、公益を図ることにあったと認めることができる。
 なお、本件記事2は、「ハマり中」との文言により原告を揶揄しているかのように受け取られかねない表現方法を用いているけれども、これを根拠に目的の公益性を否定することはできないことは前判示(1)イ(ウ)と同様である。
(ウ) さらに、摘示事実の真実性について検討するに、その表現において「ハマり中」との言葉を用いているために、理性を欠いて過度にキャバクラを利用しているかのような印象を読者に与えるものであるところ、証拠(甲第16号証、第21号証、乙第8号証、第9号証、証人C、証人D、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件記事2が本件ホームページに掲載された当時、少なくとも週1、2回、多いときで週3、4回の頻度でMに赴き、気心の知れている特定の女性従業員2名を指名して接待を受けており、特定の女性従業員と店外で待ち合わせた上でこれを同伴して来店したことも数回あったことが認められる。
 これによれば、原告のキャバクラに対する行動傾向は、理性を欠いていると評価されるほど夢中になった状態にあったとまでいうことはできないけれども、赴く頻度の高さ等に照らすと、通常の利用客よりもかなり積極的であったといって差し支えない。
 本件記事2は、このような原告のキャバクラの利用状況ないし傾向を表すために「ハマり中」との言葉を用いたのであって、表現方法が必ずしも適切でなく、誇張されたきらいがあるとの印象は免れないけれども、そうだからといって、直ちにこれをもって表現内容が虚偽であるとすることはできない。
 そうすると、本件記事2の摘示事実は真実であると認められるので、この点に関する被告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由があり、原告の主張は失当である。
3 肖像権侵害関係
(1) 肖像権侵害の有無
 前判示第2の1(2)イのとおり、被告は、Mにおいて女性従業員と会話をする原告の上半身を撮影した本件写真1及び本件テレビ番組に出演中の原告の上半身を撮影した本件写真2を本件記事1にそれぞれ掲載しているところ、原告が被告に対し、本件写真1及び2を掲載することについて、いずれも個別の承諾をしていないことについては当事者間に争いがないから、原告の肖像権を侵害するものということができる。
(2) 違法性の存否
ア 肖像写真の公表が、それ自体において又は文章表現と相まって、言論、出版その他の表現の自由の行使として行われることもあり、このような場合においては、民主主義社会において重要な人権の1つである表現の自由との均衡上、当該表現行為が公共の利害に関する事項に係り、公益を図る目的をもってなされ、これにより公表された内容がその表現目的に照らして相当であるという要件を満たすときは違法性が阻却されると解すべきである。
イ そこで、以上の諸点について検討するに、まず、本件記事1が公共の利害に関する事実に係るものであること及びこれを掲載した本件雑誌を発行することには公益を図る目的があることは、前判示2の(1)イ(イ)(ウ)のとおりである。
ウ 次に、本件写真1が本件記事1の対象とされている原告の人物像及び記事の内容とされている行動を視覚的に説明するために用いられていることは、その掲載方法に照らして明らかである。
 そして、弁護士として一定の社会的活動を行っている原告についてその資質等を評価するための資料を提供するという面を有する本件記事1において、その主要な摘示事実となっているキャバクラでの言動等について説明するために、店内で女性従業員と歓談している様子を撮影した写真を掲載することは、その報道目的に副ったものということができる。この点で、原告の承諾を得ないで撮影されたことが問題とならないわけではないが、プライバシー侵害行為としての違法性がないことは前判示1の(2)のとおりであるから、その掲載を必ずしも不当な表現方法とすることはできない。
 また、本件テレビ番組に出演していることは、原告の異性関係に関する基本的な考え方を推知する意味を問題にする上で重要な事柄であるから、原告の人物像を伝えるためにその容姿を掲載する程度のことは、前判示の目的に照らして相当ということができる。なお、本件写真2を本件雑誌に掲載することは原告が承諾していないのであるが、全国放送網のテレビ番組に出演して多数の公衆の前に明らかにされた場面を撮影した写真を掲載することは、いったんその容姿を秘匿することを放棄した以上、殊更に不当とすべきではないというべきである。
 以上によれば、被告のこの点に関する主張を採用することができ、原告の主張は理由がない。  
4 損害の発生の有無及びその程度
 証拠(甲第9号証の1及び2、第10号証の1及び2、第11号証、第18号証、第21号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件雑誌は、全国的に多くの部数が発行されており、多数の読者に本件摘示部分に係る原告の言動が報道され、その発行後、インターネットの電子掲示板に原告を揶揄する書込みがされるなどの事態が生じ、原告が少なからず精神的苦痛を被ったであろうことは推測するに難くない。
 しかしながら、本件において被告の報道が違法性を有するのはこの1点に限るのであって、しかも、やや性質を異にするといえども、本件摘示部分において記載された言動と類似の行為を原告が行っていたことは前判示のとおりであり、このことは慰謝料を算定する上で考慮せざるを得ない。
 そこで、以上の諸点のほか、原告の社会的地位等の諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては30万円とするのが相当である。
5 結論
 以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、損害賠償金30万円及びこれに対する不法行為の日である平成14年11月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この部分を認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第49部
 裁判長裁判官 齋藤隆
 裁判官 小川直人
 裁判官 鈴木敦士
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