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【事件名】防衛庁の個人情報リスト作成事件
【年月日】平成16年2月13日
 東京地裁 平成14年(ワ)第20645号 損害賠償等請求事件

判決
原告 甲野太朗
被告 国
上記代表者法務大臣 野沢太三
上記指定代理人 千葉俊之<ほか六名>


主文
一 被告は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成一四年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
(1)被告は、原告に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成一四年一〇月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2)被告は、原告に対し、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞に別紙一記載の謝罪広告を別紙一記載の条件で各一回掲載せよ。
(3)被告は、原告に対し、官報に別紙二記載のお詫び文を別紙二記載の条件で一回掲載せよ。
(4)訴訟費用は被告の負担とする。
(5)第(1)項につき仮執行宣言
二 被告
(1)原告の請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は原告の負担とする。
(3)仮執行の宣言は相当ではないが、仮にこれを付する場合には、担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、防衛庁の職員が、原告を含め防衛庁長官に対して行政文書開示請求をした者のリストを作成し配布したことが、原告の名誉を毀損するとともに、原告のプライバシーを侵害したものであるとして、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償等を求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠等により認定した事実は、当該証拠等を括弧内に記載した。)
(1)当事者
 原告は、ノンフィクション作家である。
(2)原告は、防衛庁長官に対し、行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成一一年法律第四二号。以下「情報公開法」という。)に基づき、以下のとおり行政文書開示請求をした。
ア 平成一三年九月五日、八件の行政文書開示請求をした(なお、原告は、このうち三つの開示請求を取り下げた。)。
イ 平成一三年九月二五日、一件の行政文書開示請求をした。
ウ 平成一三年一一月八日、一件の行政文書開示請求をした。
(3)原告は、防衛庁長官に対し、行政文書開示請求をするに当たり、行政文書開示請求書に、氏名、住所、電話番号、請求する行政文書の名称等、求める開示の実施の方法等を記載して提出した。また、原告は、平成一三年一一月八日に一件の行政文書開示請求をした際には、原告の情報公開請求の手続を担当した防衛庁長官官房文書課情報公開専門官Aに対し、「私もジャーナリストの端くれですから、記者発表の資料が見たいですよね。」という趣旨の発言をした。
(4)海上幕僚監部監理部総務課情報公開室(以下「海幕情報公開室」という。)に配属され、開示請求に基づく情報公開に関する業務に従事していたB三等海佐(以下「B三等海佐」という。)は、平成一三年四月から平成一四年三月までの間、海幕情報公開室において、防衛庁長官に対して行政文書の開示請求をした者のリスト(以下「本件リスト」という。)の作成及び更新作業を行っていた。B三等海佐が作成した本件リストには、番号、氏名、職業、郵便番号、住所、電話、記事等の項目が含まれており、これらのうち、職業の項目には、「受験者(アトピーで失格)の母」、「反戦自衛官」等の記載があり、記事の項目には、「元戦史教官」、「不服申立」等の記載がある。また、B三等海佐が作成した本件リストには、氏名や情報公開窓口、請求件数等の特定の項目に着目して並べ替えや分類を行ったものなど、複数の種類がある。
(5)本件リストの中には、@原告の氏名、郵便番号、住所、電話番号が記載され、職業欄には、「ジャーナリストの端くれ(自称)」との記述(以下「本件記述」という。)が存在するリスト、A原告の氏名、開示請求件数が記載され、種別欄に「マス」(マスコミの意。)、詳細欄に「〇」との各記載が、職業又は記事欄に本件記述が各存在するリストがある。
二 争点及び当事者の主張
(1)原告に対する名誉毀損の成否(争点一)
(原告の主張)
ア 本件記述について
 本件リストの記載中、原告の職業文は記事欄の「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述は、原告の社会的評価を低下させるものである。
イ 本件リストを閲覧した者の範囲について
 本件リストは、本件リストの受領、閲覧又は保管に関わることとなったとされる合計一四名の防衛庁職員以外の防衛庁職員も閲覧しており、また、複数の報道関係者も閲覧している。
 加えて、本件リストは、ハードコピー、フロッピー・ディスク、光磁気ディスク及び電子メール等によって配布されており、本件リストの記載内容が更に伝播する可能性も否定できない。
ウ したがって、本件リストの作成及び配布は、原告の名誉を毀損するものである。
(被告の主張)
ア 本件記述が原告に対する評価を加えた表現ではないこと
 「名誉を毀損するとは、人の社会的評価を傷つけることに外ならない」(最高裁昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁)し、また、「民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まないものと解するのが相当である」(最高裁昭和四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一五一頁)とするのが確定した判例であるから、ある表現行為が名誉毀損に該当するか否かは、当該表現行為が、当該個人の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであるかどうかという、当該表現行為についての法的評価によって決せられるものである。
 本件記述は、原告の述べた内容がそのまま記載されており、かつ、「自称」との付記により、原告が自ら述べたものであることが明らかにされている。そして、「端くれ」との表現は、一般的に謙遜の意で用いられるものであるから、本件記述は、飽くまで原告の職業について、原告が自ら謙遜して述べた文言が原告の述べたとおり忠実に記載されているにすぎず、そこに評価的な要素は全く含まれていない。
 したがって、本件記述は、そもそもB三等海佐において原告の職業について評価を示したものではないから、原告の客観的な社会的評価を低下させるものではない。
イ 本件リストが特定少数の防衛庁職員のみが閲覧し得る状況において配布されていること
 B三等海佐は、他の情報公開室の担当者の便宜等の理由から、本件リストを九名に配布し、さらに、本件リストを受領した九名が再配布等した結果、合計一四名の防衛庁職員が本件リストの受領、閲覧又は保管に関わることとなったのであるが、このように、本件リストは、防衛庁職員の中でも極めて限られた者に閲覧等がされたにすぎない。
 人の名誉を害すべき事実を第三者に表白する行為が違法性を帯び不法行為として成立するには、上記事実を不特定多数の者が認識し得る状況で流布させるか、又は悪意ないし害意をもって表白することを要すると解されるところ、本件リストは、特定かつ少数の者に閲覧等がされたにすぎず、かつ、B三等海佐において悪意ないし害意をもって本件リストを配布したものではないから、これにより原告の名誉を違法に侵害したということはできない。
ウ 複数の報道関係者が本件リストを閲覧したとの点について
(ア)毎日新聞の報道について
 平成一四年五月二八目付けの毎日新聞朝刊において、本件リストに関する記事が掲載されたが、被告が毎日新聞社に本件リストを提供等した事実はなく、被告としては、毎日新聞社がいかなるリストをいかなる入手経路により入手したのかは不明であり、毎日新聞社以外の報道関係者がこれらを閲覧したか否かの点についても、不明であるといわざるを得ない。
 しかし、当該毎日新聞の報道によっても、原告について「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述があることは明らかではなく、当該毎日新聞の報道により、他の報道関係者を始め不特定多数の者が本件記述を認識したということはできない。
(イ)防衛庁が報道関係者に配布した資料について
 平成一四年六月三日の防衛庁長官の臨時記者会見時に、報道関係者に資料が配布されたが、当該資料は、「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述のうち、「の端くれ(自称)」の部分はマスキングされていた。
 したがって、当該資料からは、原告が侮辱的表現としている部分はそもそも読みとれず、原告を特定することさえ全く不可能であるから、防衛庁からのかかる報道関係者への配布資料によって、原告の客観的な社会的評価を低下させたということはできない。
(ウ)原告が本件記述を認識するに至った経緯
 原告は、平成一四年六月九日、防衛庁長官に対し、「防衛庁へ情報公開を請求した者の全リスト(全機関が作製したもの)の行政文書開示請求を行い、防衛庁長官は、当該行政文書に記録されている情報のうち、原告に関する本件記述を含め、個人識別情報(情報公開法五条一号)等の不開示事由に該当するものについては不開示とした。
 ただし、同年九月、原告から本件リストに係る原告に関する情報提供の要求があったことから、本件事案の特殊性を考慮し、本件記述を含む原告に関する情報を原告に対してのみ提供したものである。
 したがって、情報公開法に基づく開示請求によっては、本件記述が開示されることはなく、また、原告以外の者から情報提供の要求があったとしても、これに応じることはない。
(エ)小括
 以上のことからすると、複数の報道関係者が本件リストを閲覧したことにより原告の社会的評価が低下したという原告の主張は失当である。
(2)原告に対するプライバシー侵害の成否(争点二)
(原告の主張)
 本件リストの作成及び配布により、原告のプライバシーが侵害された。
(被告の主張)
ア プライバシーの権利の概念
 プライバシーの権利の概念については、様々な見解が存在するが、民事法上の保護の見地からすると、プライバシーの権利の概念を「みだりに私生活(私的生活領域)へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実、情報を公開されたりしない権利」と解するのが相当であり、この「他人に知られたくない」ものかどうかは、一般人の感覚を基準として判断されるべきである(東京地裁昭和三九年九月二八日判決・判例時報三八五号一二頁(以下「宴のあと事件判決」という。))。
 そして、宴のあと事件判決は、「いわゆるプライバシー権は私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利」とした上で、法的保護に値する利益と認められる要件について、「プライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場にたった場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、このような公開によって当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする」と判示した。
 宴のあと事件以降の裁判例も、上記の要件を踏襲している。
イ 本件における検討
 原告は、自らの職業がジャーナリストであることを自認しており、また、原告は、多数の著作を公にしているとともに、著作に際しては、いわゆるペンネームではなく本名で本を出版しているのであるから、原告がジャーナリストであることは、広く社会に知られている事実であって、いわば不特定の者にとって周知の事実であるというべきである。
 そして、原告の職業がジャーナリストであることは、上記のとおり、不特定の者にとって周知の事実であるから、宴のあと事件判決で示された「(ハ)一般の人々に未だ知られてぃないことがらであること」との要件に該当しないことが明らかである。
 したがって、原告の職業は、いわゆるプライバシー権、すなわち「私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権利」として法的保護に値する利益と認められない。
ウ 小括
 以上のとおりであるから、原告の職業について、本件リストの職業又は記事欄に「ジャーナリストの端くれ(自称)」と記載され、本件リストが第三者の目に触れたとしても、およそ原告のプライバシーを侵害することにならない。
 したがって、本件リストの職業又は記事欄の記載により、原告のプライバシーが侵害されたとする原告の主張には理由がない。
(3)救済方法(争点三)
(原告の主張)
ア 損害賠償 合計二〇〇万円
(ア)慰謝料 一一〇万円
 本件リストが作成、配布されたことにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、一一〇万円が相当である。
(イ)出版予定の変更等による逸失利益 六〇万円
 本件リストが作成、配布されたことにより、原告は、報道機関に対する対応や本訴提起のための準備に多大な時間を要することとなったため、当初通常の出版物として出版予定であった著作を電子出版にせざるを得なくなり、予定した印税収入が得られなかった。また、その他の著作活動及び講演活動にも悪影響を受けた。
 これにより、原告が被った損害は、六〇万円を下らない。
(ウ)社会的評価の低下による逸失利益 三〇万円
 本件リストには原告の社会的評価を低下させる本件記述があるところ、本件リストが作成、配布されたことにより、原告の社会的評価が低下し、将来の得べかりし利益を喪失した。これを金銭に換算すると、三〇万円を下らない。
イ 謝罪広告及びお詫び文の掲載
 本件リストの作成及び配布により毀損された原告の名誉を回復するためには、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞への別紙一の謝罪広告の掲載並びに官報への別紙二のお詫び文の掲載が必要である。
(被告の主張)
 争う。
 不法行為に基づく損害賠償請求訴訟における損害額の算定については、我が国の民法上は、いわゆる差額説が判例(最高裁昭和三九年一月二八日第一小法廷判決・民集一八巻二号二三六頁参照)の立場である。
 また、慰謝料額の認定については、裁判所の裁量に属する事実認定の問題であるとしつつ、裁判所の慰謝料額が経験則又は条理に反するような格別の事情の有無等を踏まえて相当額が算定されるべきであるとされている(最高裁平成六年二月二二日第三小法廷判決・民集四八巻二号四四一頁)。また、民事訴訟法二四八条においても、裁判所が相当な損害額を定めることができる旨を定めているが、損害額の立証が極めて困難な場合に、裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができるとするものであって、裁判所は、あらゆる証拠資料に基づき、経験則と良識を活用して、できる限り蓋然性のある額を算出すべきである(最高裁昭和三九年六月二四日第三小法廷判決・民集一八巻五号八七四頁参照)とする判例等の実務上の考え方を明文化したものである。
 以上のとおりの損害額についての判例を踏まえれば、本件において原告が主張する損害についても、その数額については相応の蓋然性が必要である。
 しかし、原告は、損害額について、当時出版予定であった著作を電子出版したために予定した印税収入が得られなかった等の損害を主張するが、それ以外には、原告の受けたとする損害額には、その蓋然性について具体的な主張、立証は何らされていない。また、原告が、自らの著作と出版を優先するか、本件訴訟等への対応を優先するかは、原告の判断に基づくものであり、本件リストに原告に関する事項が記載されたことと予定していた出版物を電子出版としたこととの間に因果関係はなく、その主張は失当である。
 したがって、原告の損害についての主張も失当といわざるを得ない。
第三 争点に対する判断
一 認定事実
 前記争いのない事実等に加え、<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(1)B三等海佐の経歴等
 B三等海佐は、昭和五二年三月に防衛大学校(第二一期)を卒業し、海上自衛隊に入隊した。平成一二年八月一日に海幕情報公開室開設のための準備室員としての勤務を命ぜられ、開示請求を求められた場合に行政文書の開示・不開示を審査するための基準を作成することを主に担当した。平成一三年四月一日に海幕情報公開室の室員となり、開示請求に基づく情報公開に関する業務に従事し、平成一四年三月に海上自衛隊岩国調査分遣隊長に転出した。
(2)本件リストの作成経緯
ア 平成一三年四月の情報公開法施行後、海幕情報公開室では業務進行管理のため、行政文書開示請求書に基づき、開示請求状況等を記載した「進行管理表」を作成していた。当時同室に勤務していたB三等海佐は、行政文書開示請求書に法律上は記載する必要のない請求者の所属や職業が記載されている場合があることに気付き、今後開示請求状況の分析を行う上で活用できるかもしれないと考え、「進行管理表」これらの情報を追加した資料(本件リスト)を自分限りの資料として「進行管理表」とは別に作成することとした。
イ その後、B三等海佐は、他幕等の情報公開室の担当者との調整等において、海上自衛隊に対し開示請求を行っている者と同一の者が陸上及び航空自衛隊に対しても開示請求を行う場合があることが分かったため、防衛庁全体に対する開示請求のデータを把握することにより、海上自衛隊に対する開示請求を予想できるのではないかと考え、防衛庁全体に対する開示請求を対象として本件リストを作成することとした。
 なお、防衛庁における開示請求の受付は防衛庁情報公開室において一括して行っており、同室から開示請求に関係する機関に対して行政文書開示請求書の写しを交付しているところ、各機関の情報公開担当者は、同室に赴き、防衛庁に対する行政文書開示請求書を閲覧しあるいは複写することが認められていた。
ウ さらにその後、B三等海佐は、情報公開業務において開示請求者がどのような行政文書を要求しているのか明確でない事例が多いことを踏まえ、開示請求に対して迅速かつ的確に行政文書の特定を行うためには、開示請求者の背景を知ることが有効ではないかと考え、関連情報の入手に努め、これを本件リストに記載することとした。
エ B三等海佐は、平成一三年四月から平成一四年三月まで、海幕情報公開室において、本件リストの作成及び更新作業を行っていた。B三等海佐は、本件リストに入力する個人情報が情報公開業務を行う上で必要とされる範囲を超えるものであることは自覚しており、行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(昭和六三年法律第九五号。以下「行政機関電算処理個人情報保護法」という。)四条の規定に違反することを認識していたが、本件リストの更新を続けた。
(3)本件リストに記載した個人情報の入手方法
 B三等海佐が本件リストに入力した情報は、行政文書開示請求書のほかに、インターネット、開示請求者の名刺、海幕以外の情報公開室の担当者や開示請求された行政文書の主管課の担当者とのやりとり、書籍・雑誌及び新聞から得たものであった。
(4)本件リストの配布状況
 B三等海佐は、平成一三年四月から平成一四年三月までの間に、作成した本件リストを、次のとおり、防衛庁情報公開室の一名、陸上幕僚監部情報公開室(以下「陸幕情報公開室」という。)の二名、陸上幕僚監部総務課(以下「陸幕総務課」という。)の一名、航空幕僚監部情報公開室(以下「空幕情報公開室」という。)の二名(うち一名は他の一名への経由に関わった者)、海上幕僚監部調査課情報保全室(以下「海幕調査課情報保全室」という。)の一名、海上自衛隊中央調査隊の一名及びB三等海佐の上司であった海幕情報公開室長の計九名に配布した。なお、配布の際には、本件リストのハードコピー、本件リストを記録したフロッピー・ディスク又は光磁気ディスク、本件リストを添付した電子メールが利用された。
ア 内局、陸幕及び空幕情報公開室への配布
 海幕情報公開室に勤務していたB三等海佐は、業務上の調整等を行うために他の情報公開室へよく出入りしていて各情報公開室の担当者と顔見知りであり、自分と同様の業務を行っている他の情報公開室の担当者も本件リストを保有していた方が便利なのではないかと考えたこと、及びB三等海佐は他の情報公開室の担当者とのやりとりの中で得た情報も本件リスト作成上の参考としたため、これら担当者への感謝の気持ちもあったことから、直接又は他の情報公開室員を経由して、防衛庁情報公開室の一名に一回、陸幕情報公開室の二名に各一回又は二回、陸幕総務課の一名に二回、空幕情報公開室の二名(うち一名は他の一名への経由に関わった者)に各一回又は二回、それぞれ本件リストを配布した。
イ 海幕調査課情報保全室及び海上自衛隊中央調査隊への配布
 B三等海佐は、自分が以前海幕調査課で勤務した経験があることから、本件リストを同課及び海上自衛隊中央調査隊の担当者に活用してもらえるのではないかと考え、海幕調査課情報保全室員一名に五回、海上自衛隊中央調査隊員一名に二回、それぞれ本件リストを配布した。
 なお、これらの者とB三等海佐とは顔見知りであったこと、及びB三等海佐には調査関係部署への仲間意識があったことも、本件リストを配布した理由である。
ウ 海幕情報公開室長への配布
 B三等海佐は、平成一四年二月、海幕情報公開室からの転出の内示を受けたため、自分が作成した本件リストの処置について同室長に相談し、同室長が本件リストを受け取ることとなった。このため、平成一四年三月、B三等海佐は、本件リストを記録したフロツピー・ディスクを海幕情報公開室長に手渡し、自分の手元には本件リストのデータを残さなかった。
(5)受領者側における本件リストの取扱い
 B三等海佐から本件リストを受領した九名が再配布等した結果、当該九名以外の五名を含め合計一四名の防衛庁職員が本件リストの受領、閲覧又は保管に関わることとなった。
(6)毎日新聞の報道
 平成一四年五月二八日、防衛庁が情報公開法に基づく請求者一〇〇人以上の身元を独自に調べてリストにまとめ、幹部らの間で閲覧している旨の記事が、毎日新聞朝刊に掲載された。
(7)防衛庁及び原告の対応等
ア 原告は、平成一四年六月三日、毎日新聞社社会部の記者から電話による取材を受け、その際、本件リストに原告に関する記載があり、職業欄に「ジャーナリストの端くれ(自称)」との記載がある旨を知らされた。
 なお、同日の防衛庁長官の臨時記者会見時に、報道関係者に資料が配布されたが、当該資料は、「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述のうち、「の端くれ(自称)」の部分はマスキングされていた。
イ 原告は、平成一四年六月六日、防衛庁長官に対し、「情報公開請求者リストの違法作成、閲覧に対する抗議文」と題する書面を提出し謝罪を求めるとともに、「防衛庁へ情報公開を請求した者の全リスト(全機関が作製したもの)」の行政文書開示請求(甲一別添資料一)をした。
ウ 防衛庁は、平成一四年六月一一日、本件リストを作成等していた事案について、海幕三等海佐開示請求者リスト事案等に係る調査報告書(以下「本件調査報告書」という。)を公表した。本件調査報告書には、「評価」として、B三等海佐が、「受験者(アトピーで失格)の母」、「反戦自衛官」といった、開示請求状況の把握、行政文書の特定、開示・不開示の決定等の情報公開業務とは何らの関係を持たない個人に関する記載内容が存在する本件リストを作成したことは、個人情報ファイルに記録される情報は当該個人情報ファイルの保有目的の達成に必要な限度を超えてはならない旨定めた行政機関電算処理個人情報保護法四条二項に違反し、B三等海佐が本件リストを情報公開室以外に配布したことは、個人情報の電算処理等を行う行政機関の職員はその業務に関して知り得た個人情報をみだりに他人に知らせてはならない旨定めた同法一二条に違反する旨の記載があり、また、再発防止策として、全職員の意識改革、個人情報保護の全職員への周知徹底、情報公開担当職員の教育研修の充実、個人情報保護のチェック体制の充実及び情報公開業務実施手続きの改善の措置を講ずる旨の記載がある。
エ 防衛庁長官は、平成一四年八月五日、同年六月六日開示請求に係る行政文書を特定し、本件リストを含む七件の行政文書を部分開示し、二件の行政文書を全部開示し、原告に通知した。
二 本件リストを閲覧した者の範囲について
(1)防衛庁職員について
 原告は、本件リストは、本件リストの受領、閲覧又は保管に関わることとなったとされる合計一四名の防衛庁職員以外の防衛庁職員も閲覧したと主張するところ、上記一四名の防衛庁職員が本件リストの受領、閲覧又は保管に関わることとなったことは前記認定のとおりであるが、上記一四名以外の防衛庁職員が本件リストを閲覧したとの事実を認めるに足りる証拠はない(原告が指摘する新聞記事等は、いずれも、本件リストが上記一四名以外の防衛庁職員によっても閲覧されていたことを明確に報道するものではなく、これをもって原告の上記主張事実を認めることはできない。)。
(2)報道関係者について
 原告は、本件リストは、複数の報道関係者によっても閲覧されていたと主張するところ、前記認定のとおり、平成一四年五月二八日、防衛庁が情報公開法に基づく請求者一〇〇人以上の身元を独自に調べてリストにまとめ、幹部らの間で閲覧している旨の記事が、毎日新聞朝刊に掲載されており、また、原告は、同年六月三日、毎日新聞社社会部の記者から電話による取材を受け、その際、本件リストに原告に関する記載があり、職業欄に「ジャーナリストの端くれ(自称)」との記載がある旨を知らされたことが認められ、これらの事実によれば、上記記事の作成に関与した毎日新聞社社会部の記者(ただし、その人数は不明である。)が本件リストを閲覧したことは明らかである。しかし、上記毎日新聞社社会部の記者以外の報道関係者が本件リスト(防衛庁が開示請求者を特定することが可能な記載部分をマスキングして報道関係者に配布したものを除く。)を閲覧したことを認めるに足りる証拠はない。
三 争点一(原告に対する名誉毀損の成否)について
(1)原告は、本件リストの記載中、原告の職業又は記事欄の「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述は、原告の社会的評価を低下させるものであるから、本件リストの作成及び配布により原告の名誉が毀損されたと主張する。
 そこで検討するに、本件リストの記載中、原告の職業又は記事欄の「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述は、「ジャーナリストの端くれ」との記載の後に「(自称)」との文言が付記されていること、及び本件リストが防衛庁長官に対して行政文書の開示請求をした者のリストであることを考慮すると、これを閲覧する者に対して、原告が自分自身の職業を「ジャーナリストの端くれ」と謙遜して称したとの印象を与えるにすぎないものであることは明らかであり、これによれば、本件記述が原告の社会的評価を低下させるものでないことは明らかである。
(2)したがって、本件リストの作成及び配布により原告の名誉が毀損されたとする原告の主張を採用すること僧できない。
四 争点二(原告に対するプライバシー侵害の成否)について
(1)原告は、本件リストの作成及び配布により、原告のプライバシーが侵害されたと主張するので、以下検討する(なお、被告は、原告が本件記述に係る情報のみを原告のプライバシーに係る情報として主張しているとしているようであるが、原告は、本件リストに記載された原告に関する情報すべてを原告のプライバシーに係る情報として主張しているものと解される。)。
(2)本件リストの作成及び配布の違法性について
ア 前記認定のとおり、本件リストは、防衛庁長官に対して行政文書の開示請求をした者のリストとして作成されたものであり、その中には、@原告の氏名、郵便番号、住所、電話番号が記載され、職業欄には、「ジャーナリストの端くれ(自称)」との本件記述が存在するリスト、A原告の氏名、開示請求件数が記載され、種別欄に「マス」、詳細欄に「〇」との各記載が、職業又は記事欄に本件記述が各存在するリストが存するところ、これによれば、本件リストは、原告の氏名、郵便番号、住所、電話番号といった個人識別情報や本件記述に係る情報に加え、原告が防衛庁長官に対して行政文書の開示請求をした者であるとの情報(上記Aのリストについては、原告の防衛庁長官に対する行政文書の開示請求件数も含む。)をも含むものであって(以下、上記各情報を「本件個人情報」と総称する。)、上記のような本件個人情報について、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを保有されたり開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、原告のプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。
イ このようなプライバシーに係る情報は、取扱い方によっては、個人の人格的な権利利益を損なうおそれのあるものであるから、慎重に取り扱われる必要がある。原告が防衛庁長官に対して提出した行政文書開示請求書の記載等から本件個人情報を収集したB三等海佐は、情報公開業務を行うため必要な限度を超えてみだりにこれを保有したり他人に開示することは許されないというべきであるところ、@本件リストに記載された本件個人情報中、原告の職業又は記事欄楓の「ジャーナリストの端くれ(自称)」との記載は、開示請求状況の把握、行政文書の特定、開示・不開示の決定等の情報公開業務とは何らの関係を持たない個人に関する記載内容であること、及びA少なくとも本件リストを情報公開室以外に配布したことについては、情報公開業務を行う上での必要性その他これを許容すべき事由が全くうかがわれないことからすると、本件個人情報を含む本件リストを作成して配布したB三等海佐の行為は、原告のプライバシーを侵害するものとして、違法であるといわざるを得ない(なお、B三等海佐が本件リストを作成したことは行政機関電算処理個人情報保護法四条二項に、本件リストを情報公開室以外へ配布したことは同法一二条に、それぞれ違反するものと解される。)。
(3)B三等海佐の故意又は過失について
 前記認定のとおり、B三等海佐は、本件リストに入力する個人情報が情報公開業務を行う上で必要とされる範囲を超えるものであることを自覚しつつ、本件リストを作成したものであり(なお、行政機関電算処理個人情報保護法四条の規定に違反することも認識していた。)、また、自分が以前海幕調査課で勤務した経験があることから、本件リストを同課及び海上自衛隊中央調査隊の担当者に活用してもらえるのではないかと考え、情報公開室以外の職員である海幕調査課情報保全室員一名及び海上自衛隊中央調査隊員一名に、それぞれ本件リストを配布したが、配布を受けた者とB三等海佐とは顔見知りであったこと、及びB三等海佐には調査関係部署への仲間意識があったことも、本件リストを配布した理由であったというのであり、上記各事実に照らせば、本件リストの作成及び配布がB三等海佐の故意によるものであることは明らかである。
五 争点三(救済方法)について
(1)損害賠償について
ア 慰謝料について
 争点二において判断したとおり、本件リストの作成及び配布は、原告のプライバシーを侵害するものであり、これにより、原告が精神的苦痛を被ったことは明らかである。
 そして、前記認定によれば、本件リストを作成し、配布した行為は、B三等海佐の故意に基づくものであって、重大な違法行為であるといわざるを得ないが、他方で、本件個人情報は、プライバシーに係る情報であっても、専ら個人の内面にかかわるものなど他者に対して完全に秘匿されるべき性質のものではなく、その性質上、他者に知られたくないと感じる程度が必ずしも高いものとはいえないこと、本件リストを閲覧した者の範囲も、再配布等による者を含めても合計一四名の防衛庁職員と毎日新聞社社会部の記者(ただし、その人数は不明である。)にとどまること、本件リストの作成及び配布によって原告に具体的な不利益が生じたことはうかがわれず、また、今後具体的な不利益が生じる可能性もうかがわれないこと、防衛庁自身が、本件調査報告書において、B三等海佐が本件リストを作成し配布した行為が行政機関電算処理個人情報保護法に違反する違法なものであることを認め、再発防止策を講ずるとしていること等の事情をも考慮すると、本件リストの作成及び配布によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するための金額としては、一〇万円が相当である。
イ 出版予定の変更等による逸失利益について
 原告は、本件リストが作成、配布されたことにより、報道機関に対する対応や本訴提起のための準備に多大な時間を要することとなったため、当初通常の出版物として出版予定であった著作を電子出版にせざるを得なくなり、予定した印税収入を得ることができず、また、その他の著作活動及び講演活動にも悪影響を受けたと主張するが、当初通常の出版物として出版する予定であった著作を電子出版にしたとする点については、B三等海佐が本件リストを作成し配布したこととの間に相当因果関係があるものとはいえないことが明らかであり、また、その他の著作活動及び講演活動が悪影響を受けたとする点については、その内容について何ら具体的な主張立証をしていないから、原告の上記主張は、いずれの点についても、採用することができない。
ウ 社会的評価の低下による逸失利益について
 原告は、本件リストには原告の社会的評価を低下させる本件記述があるところ、本件リストが作成、配布されたことにより原告の社会的評価が低下し、将来の得べかりし利益を喪失したと主張するが、争点一において判示したとおり、本件記述は原告の社会的評価を低下させるものではないから、原告の上記主張を認めることはできない。
(2)謝罪広告及びお詫び文の掲載について
ア 原告は、本件リストの作成及び配布により原告に対する名誉毀損が成立することを前提として、謝罪広告及びお詫び文の掲載を求めているものと解されるが、争点一において判示したとおり、原告に対する名誉毀損の成立を認めることはできないから、原告は被告に対し謝罪広告及びお詫び文の掲載を求めることはできないというべきである。
イ なお、原告の主張が、本件リストの作成及び配布により、原告に対する名誉毀損が成立せず、プライバシー侵害が成立するにすぎない場合であっても、謝罪広告及びお詫び文の掲載が必要であるとの主張であるとしても、以下のとおり、上記主張には理由がない。
 すなわち、民法七二三条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであって、プライバシーは含まないものと解するのが相当であるところ、本件リストの作成及び配布により原告が毀損ないし侵害されたのは、同人の社会的名誉ではなく、同人のプライバシーにすぎなかったのであるから、原告は、同条所定の原状回復処分を求めることは許されないものと解すべきである。のみならず、仮に、プライバシー侵害についても同条を適用ないし類推適用する余地があるとしても、本件リストの作成及び配布により原告が被った損害の程度その他本件に顕れた一切の事情を勘案すると、本件リストの作成及び配布により原告が被った損害を回復するための処分として謝罪広告及びお詫び文の掲載を命ずるまでの必要性があるとは認められない。
 したがって、謝罪広告及びお詫び文の掲載を求める原告の主張は理由がない。
第四 結語
 よって、原告の請求は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償金一〇万円及びこれに対する損害発生の後である平成一四年一〇月七日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 土肥章大
 裁判官 伊丹恭
 裁判官 世森亮次


別紙一、二<略>
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