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【事件名】日立製作所元社員の“発明の対価”請求事件(2)
【年月日】平成16年1月29日
 東京高裁 平成14年(ネ)第6451号 各補償金請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成10年(ワ)第16832号、平成12年(ワ)第5572号)
 (平成16年1月29日 口頭弁論終結)


判決
控訴人兼被控訴人 A(以下「1審原告」という。)
訴訟代理人弁護士 升永英俊
訴訟復代理人弁護士 荒井裕樹
被控訴人兼控訴人 株式会社日立製作所(以下「1審被告」という。)
訴訟代理人弁護士 高橋元弘
同 藤本知哉
同 飯塚卓也
同 末吉亙


主文
1 原判決中、東京地方裁判所平成10年(ワ)第16832号事件における1審原告敗訴部分を、本判決主文第2項に反する限度で取り消す。
2 1審被告は、1審原告に対し、金1億2810万6300円及びこれに対する平成10年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 1審原告のその余の控訴を棄却する。
4 1審被告の控訴をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを3分し、その2を1審原告の負担とし、その余を1審被告の負担とする。
6 この判決は、第2、第5項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告
(1) 原判決中、東京地方裁判所平成10年(ワ)第16832号事件における1審原告敗訴部分を下記(2)に反する限度で取り消す。
(2) 1審被告は、1審原告に対し、2億5000万円及びこれに対する平成10年8月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 一審被告の控訴をいずれも棄却する。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも1審被告の負担とする。
(5) 仮執行宣言
2 1審被告
(1) 原判決中、1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 上記部分に係る1審原告の請求をいずれも棄却する。
(3) 1審原告の控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも1審原告の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は、1審被告の従業員であった1審原告が、1審被告に対し、在職中にした発明につき、特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を請求し、原判決がその一部を認容しその余を棄却したのに対し、当事者双方が、これを不服として、控訴を提起した事案である(ただし、1審原告は、東京地方裁判所平成12年(ワ)第5572号事件については控訴を提起していない。)。
 当事者の主張は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」、「第3 争点に関する当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。
 当裁判所も、「本件発明1」、「本件発明2」、「本件発明3」、「本件各発明」、「被告規定」、「本件譲渡契約」、「フナイ」、「C」、「D」の語を、原判決の用法に従って用いる。ただし、「本件発明1に係る特許」、「本件発明2に係る特許」、「本件発明3に係る特許」、「本件各発明に係る特許」を、原判決特許目録記載の日本国特許及びこれに対応する外国の特許をすべて含めた意味で、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」、「本件発明3」、「本件各発明」と呼ぶことがある。会社名については、株式会社等を含む正式名称ではなく、略称を用いる。
1 当審における1審原告の主張の要点
 原判決は、1審原告の請求について、本件発明1の譲渡の対価は3474万円が相当であると認定した。しかし、原判決のこの判断は、誤った法律解釈及び誤った事実認定に基づくものである。
 1審原告は、当審では、本件発明1の承継の相当の対価は、9億5179万4920円であると主張する(判決注・控訴提起時には、5億8799万6920円であると主張し、その後、9億5179万4920円まで主張額を拡大させた。)。1審原告は、このうち2億8474万円(このうち3474万円は、原判決が認容した分である。)の支払を求めるものである。
(1) 職務発明中の外国の特許を受ける権利の譲渡契約についての準拠法について
 職務発明についての特許を受ける権利の譲渡契約は、その対象となる権利が日本及び外国における特許を受ける権利であって、渉外的要素を含む法律関係であり、かつ、使用者と従業者との間の財産権の譲渡契約であるから、その成立及び効力についての準拠法は、法例7条により判断されるべきである。そして、本件譲渡契約は、日本法人である1審被告と日本に在住する日本人である1審原告との間で、日本で締結されたものであるから、法例7条1項(当事者の意思による準拠法)により、日本法が準拠法となり、特許法35条が適用される(最高裁判所平成14年9月26日第一小法廷判決民集56巻7号1551頁(以下「FM信号復調装置最高裁判決」という。)参照)。
 仮に、この問題について、法例に直接の定めがないものとして条理に基づいて準拠法を決定するとしても、職務発明制度を使用者と従業者との間の雇用関係に関する法律問題としてとらえた上で、当該雇用関係に最も密接な関係を有する国の法律を準拠法として指定すべきである。このように考えた場合でも、本件譲渡契約については日本法が準拠法となる。この場合、日本法人の使用者と日本人の従業員発明者との間の法律関係については、強行法規である日本国のいわゆる労働法が適用されるべきであり、そこに諸外国の法律を適用する余地はない。特許法35条も、いわゆる労働法の一部であると解すべきであるから、職務発明の譲渡契約について同条が当然に適用されるべきである。
(2) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡と特許法35条について
 原判決は、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという、いわゆる属地主義の原則(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁(以下「ベーベーエス最高裁判決」という。)参照)から、特許法35条は、我が国の特許を受ける権利についてのみ適用され、外国の特許を受ける権利について適用されない、と判示した。しかし、この判断は、誤りである。
(ア) 上記最高裁判決がいうところの属地主義とは、あくまでも、同一の発明について、各国において特許出願された後に適用されるべき原則である。しかし、特許法35条3項の規定する、従業員発明者が使用者に対し特許出願前に譲渡する特許を受ける権利は、職務発明について、発明者が発明完成と同時に(すなわち、特許出願前に)取得する財産権であり、この財産権は、職務発明につき、日本国特許を出願する権利のほか外国の特許を出願する権利をも含むものというべきである。属地主義は、各国に特許出願された後に適用される原則であるから、特許出願される前の特許を受ける権利には適用されない。属地主義を根拠として、特許法35条は外国における特許を受ける権利には適用されない、とした原判決の上記判断は誤りである。
(イ) 特許法35条4項は、使用者が、従業員発明者から、同人が発明完成と同時に職務発明について取得する権利を譲り受けたときに支払うべき「相当の対価」の算定上考慮すべき要素として、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」と規定している。「出願後の日本国特許を受ける権利により使用者等が受けるべき利益の額」とは規定していない。この「発明」自体は、どの国の特許を受けるかとは無関係に成立する一つの発明であり、当該職務発明に係る日本を含む各国における特許を受ける権利は、それぞれが当該職務発明から派生する権利であるにすぎない。この「発明により使用者等が受けるべき利益の額」は、属地主義とは無関係なものであるから、当然、当該職務発明の日本及び外国での実施により、使用者等が受けるべき利益の総額を意味する。
(ウ) 特許法35条は、労働者と使用者との間の法律関係について規定するものである。職務発明に係る外国の特許ないし外国の特許を受ける権利の帰属・譲渡・対価について、日本国が日本国の法律により定められず、当該外国法を適用しなければならないとすれば、本来、日本国の政策にゆだねられるべき日本国における労使間の法律関係について、外国法ないし外国の政策による干渉を許す結果となり、妥当ではない。特許法35条は、いわゆる労働法の一部であると解すべきであるから、使用者と従業員発明者との間の法律関係については、強行法規である日本国の労働法に相当する特許法35条が適用されるべきであって、そこに諸外国の法律を適用する余地はない。特許法35条を職務発明に係る外国の特許を受ける権利に適用できないとする原判決の判断には、我が国の国益に反する重大な法解釈の誤りがある。
(エ) 使用者が、従業員発明者から特許出願前の財産権である職務発明に係る権利を譲り受けることにより、外国の特許を受ける権利をも譲り受けることは、我が国の実業界における通例である。このことは、使用者が、職務発明に係る権利を譲り受けた後に、日本を含めどの国に出願するかを従業員発明者との合意によることなく専断している、との実態から裏付けられる。1審被告も、その発明考案等取扱規則第17条1項(乙2)で、「この規則において、出願権及び特許権等には、外国におけるものも含むものとする。」と規定し、同2項で、「外国における特許権等に係る第9条第3号に規定する実績補償は、国内の当該発明等に係る特許権等が登録になった後、国内の当該特許権等と合わせて行う。」と規定しており、職務発明に係る権利の譲渡対価について、日本での実施分と外国での実施分を全く区別していない(乙97参照)。我が国の中枢的研究機関として公的研究所のモデルとされている、独立行政法人・産業技術総合研究所の職務発明に対する補償金の支払要領第3条、別表3(甲273)でも、職務発明に係る権利に対する実施補償金は、日本国内の知的財産権の実施分も外国の知的財産権の実施分も、全く区別することなく同様に扱われている。
 このような実態を考慮した場合に、各外国出願ごとに、使用者と従業員発明者との間の譲渡契約の準拠法が異なり、譲渡対価の内容も当該準拠法により決定されると解するのは、当事者の合理的意思解釈に照らして極めて不自然である。
(オ) ドイツやフランスにおいても、職務発明に係る権利の譲渡対価を算定する上で、外国における職務発明の実施を考慮に入れている。
(カ) 外国の特許を受ける権利及び外国の特許権が、特許法35条の射程外であるとすると、職務発明に係る外国の特許を受ける権利及び外国の特許権については、特許法35条2項の反対解釈により、使用者が一方的に定めた「勤務規則」、「その他の定め」によっては、有効に予約承継することができないことになり、使用者は、無償の通常実施権も有しないことになる。これでは、使用者から職務発明についての重大な権利が奪われることになる。原判決の「外国で特許を受ける権利又は外国の特許は、特許法35条の射程外である」との判断は、これまで数十年にわたって積み上げられてきた産業界における実務に反し、使用者と従業員との間の了解事項(日本国特許についても外国の特許についても、補償金の決定は同一のルールで行う、という合意)とも、乖離(かいり)することになる。
(キ) 特許を受ける権利は、日本の特許庁への出願がその移転の対抗要件であると規定され(特許法34条1項)、特許出願後のその承継については、特許庁長官へ届け出なければならないと規定されている(同条4、5項)からといって、特許法35条の「特許を受ける権利」が日本国特許を受ける権利のみを意味することになるわけのものではない。いわゆる労働法の一部を構成すると解されている特許法35条における「特許を受ける権利」の意義と、そうではない同法34条における「特許を受ける権利」の意義とを全く同義に解さなければならない合理的理由はないからである。
(ク) 1審被告は、特許法35条の「特許を受ける権利」が外国の特許を受ける権利を含むものと解した場合には、例えば、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めないアメリカ合衆国の法律との関係においては、解決不可能な矛盾を生じさせる、と主張する。
 確かに、アメリカ合衆国の特許出願の実務においては、特許出願が発明者の名において行われ、その後に、従業員発明者から使用者に対する譲渡証をアメリカ合衆国特許商標庁に提出する慣行となっている。しかし、同国においても、現実には、出願以前に、従業員発明者と使用者との間で、職務発明についての特許を受ける権利を譲渡する旨の合意が、少なくとも事実上は成立しているケースがほとんどであると考えられる。したがって、特許法35条が外国で特許を受ける権利に適用されるとしても、実際上の弊害はなく、何ら解決不可能な矛盾は生じない。
(3) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価についての予備的主張
 1審原告と1審被告との間では、本件各発明に係る外国で特許を受ける権利の譲渡について、相当な対価を支払うとの合意が成立していた。
(4) 本件発明1が基本特許であることについて
 原判決は、本件発明1が、CDプレーヤの回避不可能な基本特許であることを否定した。しかし、本件発明1は、再生専用型光ディスク再生装置(その代表がCDプレーヤ及びCD-ROMドライブであり、その他にDVDプレーヤが含まれる。)についての回避不可能な基本特許である。
(ア) 1審被告社内の内部資料の信憑性について
 B東工大名誉教授鑑定意見書(甲288)、1審原告陳述書(甲289)で述べられているとおり、1審原告が考案し、各社のCDプレーヤに関する1審被告の社内の侵害立証データを採取するのに用いられた測定方法(甲7、甲222、甲231。以下「本件測定方法」という。)は、光学系を全く分解することなく、また一切の予備的な光学パラメータを知る必要もないので、これ以上に正確で客観的な方法はないといってよい方法である。
 現に、1審被告自身も、本件測定方法によって得られた1審被告の社内の他社製品の侵害立証データの信憑性については、1審の審理の過程において一切異論を述べていない。
 本件測定方法により採取された1990(平成2)年12月ないし1991(平成3)年3月付けの1審被告の社内の侵害立証データ(甲82、甲222、甲290、甲291、甲292、甲294)によれば、調査対象となったケンウッド、ソニー、パイオニア、CARVER、松下電器、三洋、1審被告の全製品が本件発明1を実施していることが、客観的なデータによって裏付けられている(甲288、甲289)。
 現に、1審被告は、本件各発明について、少なくとも、フィリップス、ヤマハ、フナイ、ケンウッド、ナカミチ、三洋、シャープ、シナノケンシ、アキュフェーズ、サンスイ、ティアック、オンキョー、アルパイン、ミツミ、カシオの合計15社という多数のメーカーから、実施料を受領している(乙97)。なお、上記15社以外にも、ソニー、松下電器、パイオニア、ビクター(JVC)、オリンパス等の各メーカーにおいて本件発明1が実施されていることを示す客観的データ(甲290ないし292)が存在する。
(イ) 原判決は、1審被告の調査によっても、本件発明1に係る特許を侵害していないCDプレーヤがあることを理由として、本件発明1を基本特許とは認められないとした。
 原判決がその根拠とした証拠は、第3回見直し会議についての昭60.1.30付け結果報告書(乙53)と考えられる。確かに、同報告書の「関連製品・技術と特許との関係」欄には、「各社(判決注・1審被告、ソニー、松下電器、フィリップス)とも半値半幅(≒0.10)より若干大きめのNAを使用中。」と記載されている。しかし、同報告書は、CDの製品化が開始された当初である昭和57ないし59年当時の各社(ソニー、松下電器、フィリップス、1審被告)のCDプレーヤにおける本件発明1の実施の有無について述べた報告書にすぎない。同報告書は、各社(ソニー、松下電器、フィリップス、1審被告)のCDプレーヤが、実際には使用していないシャープ製の半導体レーザを用いたものと仮定して、本件発明1の実施の有無を計算・鑑定しており、そもそも、正確な鑑定ではない。各社(ソニー、松下電器、フィリップス、1審被告)のCDプレーヤが、実際に採用している半導体レーザを基に、本件発明1の実施の有無を計算すると、既に昭和57年ないし59年当時の各社(ソニー、松下電器、フィリップス、1審被告)のCDプレーヤが、本件発明1を実施していたことが明らかである。
 また、昭和60年以降の上記各社のCD光学系については、本件発明1を実施していることが明らかである(甲196、甲197、甲213、甲240、甲289)。
(ウ) 本件発明1について、回避技術は存在しない。1審被告が主張する方法は、光学系が複雑になる、あるいは、ノイズが強調されるという短所があるため、CDプレーヤ、CD-ROM、DVD-ROM等の再生装置では実施されていない。
(エ) 以上からすれば、本件発明1に係る特許は、極めて経済的価値の高い特許というべきであり、1審被告がCDプレーヤのメーカー各社との間で締結された個別的なライセンス契約に基づき得た利益全体に占めるその寄与率は、高く評価されるべきである。
(5) 1審被告が包括的ライセンス契約において本件発明1により受けるべき利益の額について
(ア) フィリップス
(a) 58年契約について
 原判決は、1審被告とフィリップスが昭和58年に締結した包括的ライセンス契約(以下「58年契約」という。)における、本件発明1に係る日本国特許の寄与率を30%と評価した。1審被告は、原判決のこの判断に対し、58年契約において、本件発明1に係る特許がフィリップスから基本特許として認められなかったこと、同契約交渉当時、フィリップスが検討した本件発明1は半値幅の限定のないものであったことなどからして、同契約締結における本件発明1に係る日本国特許の寄与はゼロであり、原判決における本件発明1の寄与率の認定は不当である、と主張する。
 しかし、フィリップスは、本件発明1を不可避特許として認めていたのである(甲33)。
 1審被告も、この58年契約については、1審被告が欧米の一流企業から特許で実施料を獲得できた社内で初めての事例として、高く評価しており、本件発明1の発明者である1審原告に対し、同年12月に、戦略特許賞金賞(甲47、甲210の1・2)、社長技術賞特賞(甲52の1)の社内表彰を与えている。
 1審被告は、本件発明1について実績補償をするに当たって、58年契約における本件発明1の寄与率を22%と評価したものの、1審被告とフィリップスとの間の、昭和61年及び昭和63年に締結された後記のライセンス契約における本件発明1の寄与率は40%と算定している。58年契約における本件発明1の寄与率のみを上記のように低く評価する理由はない。
 本件発明1に係る日本国特許は半値幅の限定のあるものであったものの、本件発明1に係る米国特許・カナダ特許・イギリス特許・フランス特許・オランダ特許(甲312〜316)は、半値幅の限定のない広いクレームの特許である。したがって、本件発明1における半値幅の限定の有無は、58年契約で実施許諾の対象とされた複数の特許の間における本件発明1の寄与率の評価に、何ら影響を及ぼすものではない。
 以上からすれば、本件発明1の58年契約における寄与率は、40%と評価されるべきである。1審被告の上記主張も、失当である。
(b) 61年契約について
 原判決は、1審被告とフィリップスが昭和61年に締結した包括的ライセンス契約(以下「61年契約」という。)における、本件発明1の日本国特許の寄与率を30%と評価した。1審被告は、原判決のこの判断に対し、61年契約の交渉経緯を考慮すると、本件発明1の寄与率は0%に限りなく近い、と主張する。
 しかし、1審被告は、本件訴訟が始まるより以前には、他意なく公平な立場から、61年契約における本件発明1の寄与率を40%と評価していたのである。1審被告は、本件訴訟を提起された後になって、合理的な理由なく、その主張を変更するに至ったものである。
 58年契約では、契約対象製品である「CD」にCD-ROMが含まれていなかったものの(甲318)、61年契約においては、CD-ROMが契約対象製品として加わった。本件発明1は、オーディオ用CDプレーヤと同様に、再生専用型光ディスクであるCD-ROMにおいても、基本特許であるから、61年契約における本件発明1の寄与率は非常に大きい。そのため、1審被告も、本件訴訟に至る前には、61年契約における本件発明1の寄与率を40%と高く評価していたのである。
 以上からすれば、本件発明1の58年契約における寄与率も、40%と評価されるべきである。1審被告の上記主張も、失当である。
 1審被告がフィリップスとの上記契約において本件発明1によって受けた利益の額は、次式のとおり、9880万円となる。
 (1億0250万円+1億1200万円+3250万円)×0.4=9880万円
(イ) ヤマハ
 1審被告は、ヤマハから、包括的ライセンス契約に基づき、平成6年度1億1900万円、平成7年度5760万円、平成8年度4920万円、平成9年度4500万円、平成10年度4000万円、合計3億1080万円の実施料収入を得た。
 1審被告は、上記契約における本件発明1の寄与率を、平成6年ないし平成9年度は15%、平成10年度は10%と評価している(乙97)。
 しかし、上記契約において、寄与率20%と評価されている「自動焦点合わせ方式」特許(特許番号957345号)は、遅くとも平成2年ころには、CDプレーヤに実施されていないのであるから(甲151)、その評価(20%)はゼロとして、他に配分すべきであり、本件発明1の寄与率は、上記期間について、それぞれ18.75%及び12.5%とすべきである。
 これによると、1審被告がヤマハとの上記契約において本件発明1によって受けた利益の額は、次式のとおり、5578万円となる。
 平成6年度1億1900万円×18.75%+平成7年度5760万円×18.75%+平成8年度4920万円×18.75%+平成9年度4500万円×18.75%+平成10年度4000万円×12.5%=合計5578万円(四捨五入)
(ウ) フナイ
 1審被告は、フナイから、包括的ライセンス契約に基づき、平成6年度5900万円、平成7年度5400万円、平成8年度6030万円、平成9年度4600万円、平成10年度900万円、合計2億2830万円の実施料収入を得た。
 1審被告は、上記契約における本件発明1の寄与率を、平成6年ないし平成9年度は10%、平成10年度は5%と評価している(乙97)。
 しかし、上記契約において、寄与率15%と評価されている「自動焦点合わせ方式」特許(特許番号957345号)は、遅くとも平成2年ころには、CDプレーヤに実施されていないのであるから(甲151)、その評価(15%)はゼロとして、他に配分すべきであり、本件発明1の寄与率は、上記期間について、それぞれ11.76%及び5.88%とすべきである。
 これによると、1審被告がフナイとの上記契約において本件発明1によって受けた利益の額は、次式のとおり、2632万円となる。
 平成6年度5900万円×11.76%+平成7年度5400万円×11.76%+平成8年度6030万円×11.76%+平成9年度4600万円×11.76%+平成10年度900万円×5.88%=合計2632万円(四捨五入)
(エ) ケンウッド
 1審被告は、ケンウッドから、包括的ライセンス契約に基づき、平成6年度4億8150万円、平成7年度3億7180万円、平成8年度3億2970万円、平成9年度3億1900万円、平成10年度3億4200万円、合計18億4400万円の実施料収入を得た。
 1審被告は、上記契約における本件発明1の寄与率を、平成6年ないし平成9年度は10%、平成10年度は5%と評価している(乙97)。
 しかし、上記契約において、寄与率10%と評価されている「自動焦点合わせ方式」特許(特許番号957345号)は、遅くとも平成2年ころには、CDプレーヤに実施されていないのであるから(甲151)、その評価(10%)はゼロとして、他に配分すべきであり、本件発明1の寄与率は、上記期間について、それぞれ11.11%及び5.56%とすべきである。
 これによると、1審被告がケンウッドとの上記契約において本件発明1によって受けた利益の額は、次式のとおり、1億8589万円となる。
 平成6年度4億8150万円×11.11%+平成7年度3億7180万円×11.11%+平成8年度3億2970万円×11.11%+平成9年度3億1900万円×11.11%+平成10年度3億4200万円×5.56%=合計1億8589万円(四捨五入)
(オ) ナカミチ
 1審被告は、ナカミチから、包括的ライセンス契約に基づき、平成8年度6430万円、平成9年度2200万円、平成10年度2500万円、合計1億1130万円の実施料収入を得た。
 1審被告は、上記契約における本件発明1の寄与率を、平成8年ないし平成9年度は15%、平成10年度は5%と評価している(乙97)。
 上記寄与率の評価は適正であるから、1審被告がナカミチとの上記契約において本件発明1によって受けた利益の額は、次式のとおり、1545万円となる。
 平成8年度6430万円×15%+平成9年度2200万円×15%+平成10年度2500万円×10%=1545万円(四捨五入)
(カ) 三洋ほか10社
 1審被告が、全ライセンス対象特許を明らかにした上記4社について、ヤマハについては本件発明1の貢献度が15%から18.75%へと25%増加し、フナイについては同貢献度が10%から11.76%へと17.6%増加し、ケンウッドについては同貢献度が10%から11.11%へと11%増加し、ナカミチについては同貢献度が変化しなかった(0%)。上記4社に係る本件発明1の貢献度の増加率の平均を計算すると、(25%+17.6%+11%+0%)÷4=13.4%増加となる。そのため、以下のライセンス契約においては、1審被告による本件発明1の寄与率の評価を、それぞれ13.4%分増加させた寄与率を適正なものとすべきである。
(a) 三洋
 (平成9年度3億円×10%+平成10年度3億1800万円×5%)×1.134=5205万円(四捨五入)
(b) シャープ
 (平成9年度3億5000万円×10%+平成10年度3億6800万円×5%)×1.134=6056万円(四捨五入)
(c) シナノケンシ
 (平成9年度1000万円×10%+平成10年度7900万円×5%)×1.134=561万円(四捨五入)
(d) アキュフェーズ
 (平成10年度1200万円×15%)×1.134=204万円(四捨五入)
(e) サンスイ
 (平成10年度1000万円×15%)×1.134=170万円(四捨五入)
(f) ティアック
 (平成10年度1億8000万円×10%)×1.134=2041万円(四捨五入)
(g) オンキョー
 (平成10年度8000万円×15%)×1.134=1361万円(四捨五入)
(h) アルパイン
 (平成10年度1億円×15%)×1.134=1701万円(四捨五入)
(i) ミツミ
 (平成11年度5億6200万円×10%)×1.134=6373万円(四捨五入)
(j) カシオ
 (平成11年度3300万円×10%)×1.134=374万円(四捨五入)
(キ) パイオニア
(a) 1審被告とパイオニアとの間のCDに関連する特許のライセンス契約は、平成6年9月の段階では、未だ締結されていなかったものと推認されるため(甲223)、平成7(1995)年中に成立したものと推認される。このライセンス契約により1審被告が得た利益の額は、1994年以前の過去分の実施料として1億円(1台当たり50円)、1995年ないし1997年の3年分の実施料として、年間4000万円(1台当たり100円)、3年で1億2000万円である(甲223)。
 1審被告とパイオニアとの間のCDに関連する特許のライセンス契約における本件発明1の寄与割合は、1審被告とフィリップスとの間の包括的ライセンス契約におけるのと同じ40%と評価すべきである。
 これによると、1審被告がパイオニアとの間の上記契約において本件発明1によって受けた利益の額は、8800万円となる。
 2億2000万円×40%=8800万円
(b) 1審被告は、平成12年9月20日に、パイオニアとの間で包括的ライセンス契約を締結しており、同契約は、本件発明1に係る日本国特許の存続期間満了後に締結されたから、パイオニアが本件発明1の存在を認識することはなく、本件発明1は同契約締結には何ら寄与していない、と主張する。
 しかし、仮に、1審被告・パイオニア間の包括的ライセンス契約が、本件発明1に係る日本国特許の存続期間満了後に締結されたものであるとしても(ただし、1審被告は、その証拠を提出していない。)、パイオニアが、過去分にさかのぼって、本件発明1に係るものを含むCD関連特許について実施料を支払うことは、法的にも実際にも可能である。その寄与率をゼロと評価することはできない。
(ク) 時機に後れた攻撃方法について
 1審被告は、ヤマハ、フナイ、ケンウッド及びナカミチからの平成9年度以降の実施料収入分、及び、三洋、シャープ、シナノケンシ、アキュフェーズ、サンスイ、ティアック、オンキョー、アルパイン、ミツミ、カシオ及びパイオニアからの実施料収入分を相当対価算定の基礎とすべきである、との1審原告の主張は、時機に後れた攻撃方法の提出に当たる、と主張する。
 しかし、1審原告の上記主張は、原審における主位的主張を縮減したにすぎないものであり、民訴法157条1項の時機に後れた攻撃方法の提出には該当しない。
 1審原告は、原審において、本件発明1が、CDプレーヤのみならず、光ディスク再生専用装置のすべて(CD-ROMユニット、音楽用CD・MD・LD・DVDプレーヤ)について、回避不可能な基本特許であることを前提に、主位的主張として、1審被告が上記各社から個別的に受領したライセンス収入の金額がいくらであるかどうかとはかかわりなく、光ピックアップ又はCDプレーヤの全生産額に、本件発明1の想定実施料率を乗じて、相当対価を算定する方法を主張し、予備的主張として、1審被告と各社との個別のライセンス契約において得られた実施料に基づく主張をしていた。しかし、様々な立証上の困難を伴うことが予想されたため、立証の効率性の観点から、当面は、ソニー、松下電器等の大手メーカーによる本件発明1の実施に絞って主張、立証を行った。しかし、原判決においては、立証不十分であることを理由として、1審原告の上記主位的主張がいれられなかったことから、やむを得ず、控訴審において、立証の確実性、審理の迅速化等の観点から、個別のライセンス契約により1審被告が得た実施料について、追加的な主張立証をしているものである。このような主張は、1審における上記主位的主張に包含されるものを、別な観点から主張立証しているにすぎない。本訴における「相当の対価」の主張立証の困難さを考えると、控訴審における上記主張立証は、「時機に後れた」ものではないというべきであり、仮に、「時機に後れた」ものであるとしても、1審原告には後れたことにつき「故意」も「重過失」もないというべきである。
(6) 1審被告が包括的クロスライセンス契約において本件発明1により受けるべき利益の額について
(ア) 原判決の認定について
(a) 原判決(原判決68頁下から9行〜69頁下から5行)は、包括的クロスライセンス契約により「使用者が受けるべき利益の額」とは、契約相手(ソニー、フィリップス)から1審被告が実施許諾を受けた特許権について、1審被告が相手に支払うべき実施料の支払を免れた金額のことであり、それは、必ずしも、1審被告が契約相手(ソニー、フィリップス)に対して実施許諾した特許権について、相手が1審被告に支払うべき実施料の支払を免れた金額とは一致しない、と判示した。
 しかし、契約相手(ソニー、フィリップス)が有する各特許権の実施料率を、各特許の実施品である1審被告の製品の売上高に乗じて得た金額と、1審被告が契約相手(ソニー、フィリップス)に実施許諾した多数の特許のうちに占める本件発明1に係る特許の相対的な寄与率とは、互いに全く無関係の数値であり、相互に無関係の二つの数値を乗じる合理的理由はない。それゆえ、1審被告が契約相手に支払うべき実施料の支払を免れた金額を基礎に、本件発明1により1審被告が受けた利益額を算定することは、不合理である。
(b) 原判決は、上記計算方法に基づき、(原判決71頁2ないし10行及び72頁1ないし14行)、1審被告とソニーとの間及び1審被告とフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約において、1審被告が本件発明1により受けるべき利益の額について、それぞれ、3000万円、4000万円と認定した。
 しかし、原判決は、上記3000万円、4000万円の具体的な計算過程を一切示していない。原判決は、自ら、包括的クロスライセンス契約において「使用者が受けるべき利益の額」を算定する上で、1審被告が相手方に支払うべき実施料の支払を免れた額の認定が必要となると判示しておきながら、上記3000万円、4000万円を認定する際に考慮すべき事情である、1審被告がソニーやフィリップスから実施許諾を受けた特許、その実施品である1審被告の製品の品目・売上高、その実施料率等の事情を一切認定していない。
 このことは、原判決が、自ら示した算定方法による、具体的な計算過程を示すことができないままに、あいまいな根拠で、独断的な裁量によって上記金額を認定したことを、雄弁に物語っている。
 本件においては、1審原告が主張する計算方法、すなわち、契約相手(ソニー、フィリップス)の商品で、1審被告が有する本件発明1の実施品に該当する商品の売上高に、本件発明1の適正実施料率を乗ずることによって、1審被告が契約相手(ソニー、フィリップス)に対して実施許諾した本件発明1について、契約相手(ソニー、フィリップス)が1審被告に支払うべき実施料金額を求め、当該金額をもって、契約相手(ソニー、フィリップス)との包括的クロスライセンス契約により「1審被告が受けるべき利益の額」とする方法を採用すべきである。合理的な取引を行うことが期待されている営利企業同士の契約である以上、相互に実施料の支払を生じさせない包括的クロスライセンス契約においては、相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えるのが合理的である。仮に、相互に支払うべき実施料の総額が均衡しないのであれば、法人税法上必要とされる債権放棄による損失あるいは債務免除による利益を計上すべきであるのに、1審被告はこのような申告手続を取っていないのであるから、相互に支払うべき実施料の総額が均衡していると解すべきである。
 たとい、特許法35条を正義に照らして解釈し適用した結果、「相当の対価」が、従来の労使関係を破壊しかねない、相場観をはるかに超える金額になったとしても、包括的クロスライセンス契約によって1審被告が受けるべき利益の額を、個別的ライセンス契約によって1審被告が受けるべき利益の額よりも割引すべき合理的理由は何ら認められない。法の趣旨に従って「相当の対価」を認定するのが、「法の支配」であり、当事者に衡平をもたらす正義である。
(イ) ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約について
(a) ケンウッドとの比較
 1審被告は、CDプレーヤについて、ソニーよりはるかに市場占有率が低いケンウッドから、平成6年度ないし10年度のわずか5年間で、総額18億4400万円もの実施料収入を得ている。ソニーのCDプレーヤにおける上記期間内の市場占有率はケンウッドの3倍以上であるから、ソニーからも、その数倍の実施料収入を得ることができたと考えるべきである。
 原判決が、1審被告とソニーとの間の包括的クロスライセンス契約に基づき、本件発明1によって1審被告が受けるべき利益の額として認定した3000万円という金額は、この点だけをみても極めて低い額であり、取引の実態から大きく乖離した金額であるといわざるを得ない。
(b) 実施料の算出
@ ソニーは、フィリップスと共同してCD関連特許のパテントプールを構成し、他社からは、一律にCDプレーヤの売上げの0.5%を実施料として受領していた(甲85の4枚目)。1審被告は、ソニーとの包括的クロスライセンス契約に基づき、当該0.5%の実施料の支払を免れていたのである。そして、1審被告とソニーとの間の包括的クロスライセンス契約では、例えば、VTR関連では1審被告がソニーに対して売上の0.2%又は0.4%の実施料を支払うなど、少なくとも、分野毎に相互の特許の優位性が比較検討されていたというのであるから、CD分野で相互に実施料の支払が生じなかったということは、CD分野において1審被告とソニーとの間で特許の優位性が均衡していたことを意味する。すなわち、本件発明1に係る特許を含むCD分野の1審被告保有の特許と、同分野のソニー保有の特許は均衡しており、1審被告は、その保有特許発明の実施をソニーに許諾することにより、少なくとも、ソニー製CDプレーヤの売上高の0.5%相当額を実施料として受領することができたことが推認できる。
 ソニーとパテントプールを組んでいたフィリップスが、本件発明1に係る特許を不可避特許「AA」として評価し(甲33、甲85の3枚目、甲151)、本件発明1を含む1審被告のCD関連特許の実施料として、実際に昭和58年ないし昭和63年度の6年間で総額2億4700万円を支払っていたというのであるから、当時のソニーにおいても、本件発明1に対する技術的・経済的評価は、フィリップスの上記評価と同じはずである。
 上述のとおりであるから、1審被告は、本件発明1を含むCD分野の保有特許発明の実施をソニーに許諾することにより、ソニーのCDプレーヤの売上高の0.5%を実施料として受領することができたと考えるべきであり、また、そのうちに占める基本特許である本件発明1の寄与率は、フィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約におけるのと同様に、40%と解すべきである。
A 経済産業省の外郭団体である財団法人光産業技術振興協会(以下「光協会」という。)が毎年公表しているデータの集計表(甲259の1)、藤原ロスチャイルド社のデータ(甲260の1・2)、本件発明1に係る特許が認められている国(日本、米国、カナダ、フランス、イギリス、オランダ)における1995年のCD関連製品に関する世界市場における国別市場占有率(日本電子機械工業会発行に係る1996年3月版「AV7品目世界需要予測」(甲268)、及び、日経産業新聞社編「市場占有率」(甲285の1〜9)参照)によれば、1982年度から本件発明1に係る特許の存続期間が満了する1997年度までの間における、ソニーのCDプレーヤの累計売上高は、2兆176億6900万円と推定される。
B 以上からすれば、1審被告とソニーとの間の本件発明1を対象に含む包括的クロスライセンス契約に基づき、本件発明1により1審被告が受けるべき利益の額は、40億3533万8000円となる(2兆176億6900万円×0.5%×40%=40億3533万8000円)。
(ウ) フィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約について
 原判決は、フィリップスとの間の昭和63年以降の期間における包括的クロスライセンスにおいて、本件発明1に係る日本国特許により1審被告が受けるべき利益の額は、4000万円である、と認定した。1審被告は、原判決の判断に対し、58年契約及び61年契約の対象に本件発明1が含まれており、本件発明1に係る特許の存続期間内全部について実施許諾がなされていることからすれば、本件発明1の実施を許諾することによる対価は58年契約及び61年契約により既に支払済みであり、包括的クロスライセンス契約における本件発明1の寄与率はゼロである、と主張する。しかし、次のとおり、原判決の判断は、誤りであり、1審被告の主張も失当である。
(a) 1審被告とフィリップスとの間で初めてクロスライセンス契約が締結されたのは、昭和56年であり、その後、これとは別に、オーディオ用CDプレーヤを対象製品として58年契約が締結され(乙120)、その対価として、1億0250万円支払われ、その後、対象製品に、CD-ROM、VDP(ビデオ・ディスク・プレーヤ)及びコンピュータ用光ディスク・ドライブ(DOR)が追加されて、61年契約が締結され、その対価として、100万米ドル(家電事業部受取分が70万米ドル(1億1200万円))が支払われた(乙121)。
 1審被告とフィリップスは、昭和63年には、昭和56年に締結されたクロスライセンス契約を更改し(以下「63年契約」ともいう。)、対象製品を「家電・機器全般」と包括的なものとして、61年契約の内容も取り込み、双方の特許発明の実施を互いに許諾し、それに伴い、対象特許の再評価がなされ、相互に支払うべき実施料の差額調整の一環として、フィリップスから1審被告に、家電事業部受領分25万米ドル(3250万円)が支払われた(乙122)。61年契約により、本件発明1が、「CD、VDP、コンピュータ用光ディスク・ドライブ」(乙121)の3種類の製品で実施される限り、存続期間中無償で使用することができるものとされたとしても、昭和63年の包括的クロスライセンス契約において、契約対象製品の拡大に伴って、本件発明1の寄与率を再度評価することは、何ら不合理ではなく、むしろ合理的である。1審被告の上記主張は、採り得ない。
(b) 1審被告は、このように昭和58年ないし昭和63年度の6年間に合計2億4700万円(1億0250万円+1億1200万円+3250万円)、年間平均約4116万円の実施料収入を得たのであるから、CDプレーヤ市場が拡大した昭和63年ないし平成9年の10年間では、この包括的クロスライセンス契約により実施許諾した特許により、本来は、4億1160万円以上の実施料収入を得られたものと合理的に推測することができる。
 そして、1審被告は、本件訴訟提起以前に、包括的クロスライセンス契約である63年契約における本件発明1の寄与率を40%と評価し、相互に支払うべき実施料の差額調整の一環として支払われた、家電事業部受領分の25万米ドルについて、当該寄与率40%に従って配分したのである。平成3年3月の時点の評価でも、本件発明1は不可避特許を意味する「AA」と評価され(甲151)ているから、本件発明1の寄与率を減じる理由がない。したがって、1審被告とフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約における本件発明1の寄与率は、通じて40%と評価するのが相当である。
 以上によれば、1審被告が、フィリップスとの間の本件発明1を対象に含む包括的クロスライセンス契約に基づき、本件発明1により受けるべき利益の額は、25万ドル(3250万円)の40%の1300万円と4億1160万円の40%の1億6464万円となる。
 原判決が、1審被告とフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約に基づき、本件発明1によって1審被告が受けるべき利益の額として認定した4000万円という金額は、極めて低額であり、取引の実態から大きく乖離する金額であるといわざるを得ない。
(エ) オリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約について
(a) 1審被告とオリンパスとの間のCDに関連する特許(本件発明1に係る特許を含む。)のクロスライセンス契約は、平成6(1994)年4月1日に締結された(オリンパス事件第一審判決、甲257)。
@ 1審被告とオリンパスとの間のCD関連特許のクロスライセンス契約が成立した1994年4月から本件発明1に係る各国特許の存続期間が満了した1997年12月までは3年8か月であり、1審被告には、本来、その期間分の実施料収入があったはずである。また、上記3年8か月分の実施料収入に加えて、その1年間分を、過去分の実施料として加えるべきである。
A オリンパスは、CDプレーヤ全体ではなく、CDプレーヤの基幹部品である光ピックアップのみについて、平成2年から平成8年にかけて、年間平均約20億2271万円の実施料を得ている(オリンパス事件第一審判決)。オリンパスは、上記実施料の大半を、ソニー及び三洋の2社から受領しているから、オリンパスは、ライセンス契約相手から、1社当たり年間平均約10億1136万円を受領していることになる。
 そうすると、1審被告は、平成6年4月1日に、オリンパスとの間でCD関連特許のクロスライセンス契約を締結することにより、上記の年間約10億1136万円の実施料の支払を免れたことになる。
B 以上からすれば、1審被告は、オリンパスとの間のCD関連特許のクロスライセンス契約により、本来、1審被告が、本件発明1に係る特許を含む1審被告保有のCD関連特許について、オリンパスに対して請求できる、1994年4月から1997年12月までの3年8か月分の実施料及び過去分の実施料(1年間相当分)の合計4年8か月分の実施料相当額と、本来、オリンパスが、1審被告に対して請求できる、年間約10億1136万円の実施料とを相殺して、相互に実施料の支払が生じないこととなった、とみるのが相当である。
 1審被告とオリンパスとの間のCD関連特許クロスライセンス契約における本件発明1の寄与率は、1審被告とフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約におけるのと同じく40%であると解すべきである。
 したがって、1審被告・オリンパス間のCD関連特許クロスライセンス契約において1審被告が本件発明1により受けるべき利益の額は、次式のとおり、約18億8787万円となる。
 10億1136万円×4.666…年×40%=約18億8787万円
(b) 1審被告は、1審被告とオリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約において、オリンパスは1審被告のMO関連特許に興味を示しただけである、オリンパスは、平成5年3月以降光ピックアップ等のCD関連製品を製造販売していない、したがって、本件発明1は同契約締結には何ら寄与していない、と主張する。
 しかし、もし、オリンパスが、1審被告保有のMO関連特許についてしか実施許諾を受ける意思がなかったのであれば、契約対象特許に1審被告保有のCD関連特許が含まれること自体、不自然・不合理である。1審被告の上記主張は虚偽と推認される。
 仮に、オリンパスが、平成5年3月以降、光ピックアップ等のCD関連製品を製造販売していないとしても、過去の製造販売分について実施料を請求することは、法的にも可能であり、実際にも、1審被告は請求してきている。
(7) 本件発明1がなされるについて使用者等が貢献した程度及び共同発明者間の貢献度について
(ア) 1審被告は、あたかも本件発明1の本質が数値限定にあるかのように主張する。
 しかし、本件発明1に係る米国特許・カナダ特許・イギリス特許・フランス特許・オランダ特許(甲312〜316)は、半値幅の限定のない広いクレームの特許である。本件発明1の本質が、数値限定にあるのではないことは、明白である。
 本件発明1に係る日本国特許の特許請求の範囲が半値幅に限定されたのは、CやDによる着想によるものではない(Cによる実験をまとめたものとされる乙12の研究報告にも、半値幅に関する実験の記載は全くない。)。事の真相は、@特許庁から「明細書に記載されている半導体レーザの水平方向の広がり角の半値幅以内に特許請求の範囲を限定するなら特許査定する」と打診され、早期に確実に特許を成立させることが1審被告にとって魅力的であったこと、A1審原告は、CD製品化プロジェクトに参加しており、他社製品を解析した結果、全社の製品が半値幅の範囲内に収まっており、特許請求の範囲を半値幅に限定しても実害がないことが判明していたこと、B半導体レーザの仕様書ないし商品カタログは、すべて半値幅での広がり角が何度かを仕様として規定しており、半値幅に限定しても抵触鑑定が容易であること、C半値幅に限定しても問題ないことについて、1審原告が行ったアイパターンの計算による理論的な裏付けがあったこと等の理由に基づく。このように、半値幅に限定したのは、Cによる実験に基づくものではない。
(イ) 1審被告は、ライセンス活動における1審被告の貢献度を強調する。しかし、1審原告は、昭和58年には、中央研究所を代表して、フィリップスとの特許交渉を行った(甲33、甲183)。また、1審原告の強い要望を受けて、平成2年8月、CD特許活用プロジェクトが発足した(甲6)。さらに、1審原告は、同プロジェクトへの中央研究所からの唯一の参加者(特許部のDもCも参加していない。)として、抵触鑑定測定装置(甲7)を試作し、侵害立証データの採取方法の検討からデータの信頼性評価まですべてを行い、平成2年から6年までの4年間もの長期にわたって、膨大な量の他社製品の侵害立証データを採取した(甲8、11、82、147、221)。これらの1審原告の貢献も顕著なものである。
(ウ) 本件発明1の着想について
 「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27/8頁)の「8.人格信用状況」項には、1審原告について、「レーザを用いた光ディスク高密度記録の誕生という先駆的な研究を昭和46年に世界に先駆けて行ない、その後も卓越した先見性と指導力を発揮し、今日の事業の基礎を構築した。この成果は光学、サーボ、さらに材料と夛岐にわたっており現在の民生用光ディスク、情報記録用光ディスク装置の主要技術になっている。また…世界的にも光ディスクへの先端的な研究の幅広い活動を国際的に寄与し、上述の研究実績を挙げてきた。」と記載されており、1審原告が、本件発明1を発明する上で多大な貢献をしたことは、第三者による表彰によっても証明されている。
 同調査表(甲27)は、1審被告中央研究所所長、同総務部勤労課長、共同発明者等の承認を経て提出された文書であるから(甲238参照)、その記載事項については、1審被告も自認していると解すべきである。
(エ) 以上からすれば、本件発明1についての共同発明者間において占める、1審原告の貢献度は、70%を下回らないというべきである。
(8) 本件発明1譲渡の相当の対価について 
 1審原告が当審において主張する本件発明1譲渡の「相当の対価」は、次のとおり、9億5179万4920円となる。
(ア) 包括的クロスライセンス契約以外のライセンス契約に基づく「相当の対価」 9949万8000円
@フィリップス9880万円+Aヤマハ5578万円+Bフナイ2632万円+Cケンウッド1億8589万円+Dナカミチ1545万円+E三洋5205万円+Fシャープ6056万円+Gシナノケンシ561万円+Hアキュフェーズ204万円+Iサンスイ170万円+Jティアック2041万円+Kオンキョー1361万円+Lアルパイン1701万円+Mミツミ6373万円+Nカシオ374万円+Oパイオニア8800万円=7億1070万円。
 この金額に14%(発明者の貢献度20%×共同発明者間における1審原告の貢献度70%)を乗じると、9949万8000円となる。((イ)についても同じ。)。
(イ) 包括的クロスライセンス契約に基づく相当の対価
 8億5229万6920円
(a) ソニー 5億6494万7320円(40億3533万8000円×14%)
(b) フィリップス  2304万9600円(1億6464万×14%)
(c) オリンパス 2億6430万円(18億8787万×14%)
(9) 1審原告は、当審では、本件各発明の承継の相当な対価の不足分について、一部請求として、2億5000万円の支払を、原判決の認容額に追加して、求める。
2 1審被告の当審における主張の要点
(1) 特許法35条の趣旨と「相当の対価」の算定方法について
 特許法35条1項によれば、従業者等の職務発明について使用者等は無償の通常実施権を取得するのであるから、「その発明により使用者等が受けるべき利益」とは、使用者等が、従業者等から特許を受ける権利を承継して特許を受けた結果、特許発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益のことである、と解すべきである。
 従業者等から特許を受ける権利を承継してこれにつき特許を受けた使用者が、この特許発明の実施を第三者に有償で許諾し、実施料を得た場合は、その実施料は、職務発明の実施を排他的に独占することによって得られる利益となる。一方、使用者等が現に得ていない利益を、「その発明により使用者等が受けるべき利益」に含めることはできない。
 このように、特許法35条3項及び4項に基づく相当の対価の算定の基礎となる「その発明により使用者等が受けるべき利益」の認定に当たっては、使用者等が現に得た利益、また、当該特許権の存続期間が未了の場合には、使用者等が現に得ることができるであろうと予想される利益、を基準に判断しなければならない。
 特許法35条4項の「その発明がなされるについて使用者等が貢献した程度」は、使用者等が特許を受ける権利を承継して特許を受けた結果、特許発明を排他的独占的に実施することによって現実に得た利益について使用者等が貢献した程度を意味する。具体的には、長年にわたる多額の研究開発費の投資、当該発明を行うに当たっての環境の提供、従業員等の処遇、発明するに至った過程、発明を権利化する過程、独占的に実施し又はライセンス契約を締結するについて使用者等が貢献した程度その他諸般の事情を総合的に考慮して決定することとなる。
 このように、「使用者等が受けるべき利益の額」も、「使用者等が貢献した程度」も、多種多様な要素を考慮した上で決せられるべき事柄であり、これらを評価することには著しい困難が伴う。このことは、企業内における研究開発体制及び完成した発明の活用形態が特許法制定当時から大きく変動した現代社会においては、特に顕著である。このような状況の下で、使用者等が「相当の対価」についての上記計算方法に基づき正確な「相当の対価」を算出することは、ほぼ不可能である。
 特許法35条の趣旨が、従業者等と使用者等との間の利益の調和を図ることにあること、及び、法が不可能を強いるものではないことからすれば、使用者等に職務発明規程が存在する場合において、同規程が「発明により使用者等が受けるべき利益」と「発明がなされるについて使用者等が貢献した程度」(特許法35条4項)とを考慮して補償金を算定することを目的とし、かつ、同補償規定の内容が使用者等と従業者等との間の利益の調和という特許法35条の趣旨に照らして合理的であると認められる場合には、同補償規定を適用して算定された補償金は、「相当の対価」の範囲にあると解すべきである。
 被告規定(乙2〜乙4)は、「発明により使用者等が受けるべき利益」と「発明がなされるについて使用者等が貢献した程度」とを考慮して補償金を算定することを目的としており、かつ、使用者等と従業者等との間の利益の調和を最大限実現しようとするものであって、特許法35条の趣旨に照らしても合理的である。
 1審被告がこのように合理的な被告規定を本件発明1に適切に適用した結果、231万8000円が算定され、本件発明2に適切に適用した結果、1万4000円が算出され、そして、本件発明3に適切に適用した結果1万2000円が算出されたものであるから(乙97)、これらの金額もまた合理的なものであって、特許法35条3項の「相当の対価」の範囲内にあるといい得る。
 以上のように、本件発明1、本件発明2、及び、本件発明3についての「相当の対価」は、既に1審原告に対して支払われている。1審原告が、上記金額を超える金員の支払を1審被告に対して請求することは、許されない。
(2) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡の準拠法について
 FM信号復調装置最高裁判決は、属地主義の原則の観点に立ち、特許権の効力に関する準拠法を、当該特許権が登録された国の法律とした。同最高裁判決を前提にすれば、外国の特許を受ける権利の承継に関する準拠法についても、属地主義の原則の観点から、外国の特許を受ける権利に基づき外国の特許が登録されることとなる当該外国の特許法が準拠法となると解すべきである。すなわち、特許を受ける権利の承継については、その可否、及び、承継の方法(会社規則による承継か、又は契約による承継か)などが各国の特許法において定められており、また、特許を受ける権利の承継が行われた場合における従業者の権利についても、各国の特許法において独自にかつ創設的に定められ、補償金の支払請求のための手続、補償金支払請求権の時効期間等についても各国の特許法ごとに異なる(もちろん「特許を受ける権利」の承継を認めない法制下では、このような従業者の権利についての定めはない。)ことからすれば、外国の特許を受ける権利が承継され、その後当該外国の特許が特許登録される国が、外国の特許を受ける権利の承継に、最も密接な関係を有するからである。
 1審原告は、職務発明制度を使用者と従業者との間の雇用関係の法律問題としてとらえた上で、当該雇用関係に最も密接な関係を有する国の法律を準拠法とすべきである、と主張する。しかし、職務発明制度とその補償金の制度等については、各国の特許法によって独自に定められるべき制度であり、その趣旨・目的が使用者と従業者等との間の発明に関する利害の調和を図ることにあることからすれば、特許権特有の問題として、当該特許権の登録国の法を準拠法とすべきである。外国の特許を受ける権利の承継に、最も密接な関係を有するのは、当該外国の特許が登録されるべき国の法であり、発明者である従業者等とその使用者との間の雇用関係を規律する法ではない。
(3) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡と特許法35条について
 仮に、外国の特許を受ける権利の承継についての準拠法が日本法であるとしても、日本の特許法ではなく、日本の民法が適用される。特許法35条は、日本の特許を受ける権利若しくは日本の特許権のみに適用され、外国の特許を受ける権利若しくは外国の特許権には適用されない。
(ア) 日本の特許法は、属地主義の原則、すなわち「各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる」との原則を採用している(ベーベーエス最高裁判決)。また、FM信号復調装置最高裁判決は、「各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規定しており、我が国においては、我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない」と判示する。これらの判決によれば、日本の特許法は、日本国内においてのみ効力を有すべき特許権に関する事項のみを定めるものであり、そこに外国の特許又は外国の特許を受ける権利に関する事項等について定めることはあり得ない。
 したがって、特許法35条3項に定める「特許を受ける権利」には、外国の特許又は外国の特許庁に対する権利に関する事項等は含まれず、その結果、日本において特許を受ける権利の承継がなされた場合のみが、同項の規定する「相当の対価」の支払対象となる。
(イ) 特許を受ける権利は、発明の完成と同時に発明者に原始的に帰属した後、出願、出願公開という手続を経て、最終的には登録により特許権として成立する権利である。このことからすれば、特許権の登録前の権利である「特許を受ける権利」と「特許権」とを、属地主義の原則の適用において別途の取扱いをするべき理由は全くない。
(ウ) ある発明が職務発明に該当するのか、職務発明に該当した場合に、特許を受ける権利はだれに帰属するのかなどの問題は、その国の国家的利益と密接に結びつく問題であるから、属地主義の原則が適用され、特許付与国の法律によって定められるべきである。少なくとも日本の特許法はこのような考え方によっていると解すべきである。職務発明は、使用者(企業側)から見れば、いかなる要件を備えれば特許を受ける権利を取得することができるのか、という問題であって、特許の成立要件の問題に極めて近い問題であるということができる。このような意味においても、その国の特許制度のみが適用され、日本の特許法35条は、外国の特許を受ける権利には適用されない、というべきである。
(エ) 特許法33条1項は、「特許を受ける権利は、移転することができる。」と規定し、同法34条1項は、「特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することができない。」と規定して、「特許を受ける権利」の移転を認め、その対抗要件が日本の特許庁への出願であることを定める。日本の特許庁への出願が「特許を受ける権利」の移転の対抗要件であることからすれば、「特許を受ける権利」が日本の特許庁へ出願することができる権利、すなわち日本の「特許を受ける権利」を意味することは明らかである。また、同法34条4項において「特許出願後における特許を受ける権利の承継は、相続その他の一般承継の場合を除き、特許庁長官に届け出なければその効力を生じない。」とされ、同条5項において「特許を受ける権利の相続その他の一般承継があったときは、承継人は、遅滞なく、その旨を特許庁長官に届け出なければならない。」とされていることなどからしても、特許法の各条項が「特許を受ける権利」について日本の特許庁又は特許庁長官へ出願又は届け出ることができる権利、すなわち、日本の特許を受ける権利、のみを意味することは明白である。
 にもかかわらず、特許法35条3項が規定する「特許を受ける権利」についてのみ、外国の特許を受ける権利、をも含むものと解釈することは、特許法が、日本の特許を受ける権利、のみについて規定している体系を大きく崩すこととなる。我が国の特許法の文理解釈においても、「特許を受ける権利」が、日本の特許を受ける権利、のみを指すことは明らかである。
(オ) 仮に、特許法35条の「特許を受ける権利」が外国の特許を受ける権利を含むものと解釈した場合には、例えば、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めないアメリカ合衆国の法律との関係においては、同国の特許法上承継をすることが認められない「特許を受ける権利」を、日本の特許法によって承継させるといったように、解決不可能な矛盾を生じさせることとなる。
(カ) 1審原告は、外国の特許を受ける権利及び外国の特許を、特許法35条の射程外とすると、職務発明に係る外国の特許を受ける権利及び外国の特許については、35条2項の反対解釈により、使用者が一方的に定めた「勤務規則」、「その他の定め」により有効に予約承継することができなくなる、と主張する。
 しかし、特許法35条2項は、日本の特許を受ける権利に関する予約承継について定めたものであって、外国の特許を受ける権利の予約承継について定めた規定ではない。外国の特許を受ける権利の予約承継については、日本の特許法上これを禁止する条項はなく、これを勤務規則、その他の規則によって承継することは日本の特許法の許容するところである。
(キ) 日本の特許法は、上記のとおり、日本国内においてのみ効力を有すべき特許権に関する事項とその特許を受ける権利に関する事項のみについて定めるのであるから、この属地主義の原則からすれば、特許法35条3項及び4項を、外国の特許を受ける権利について類推適用することもできない。
(4) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡の相当の対価についての予備的主張について
 否認する。
(5) 1審被告が包括的ライセンス契約において本件発明1により得た利益について
 包括的ライセンス契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益」は、当該契約における実施料収入に、包括的ライセンス契約締結に対する当該発明の寄与率を乗じて算出すべきである。
(ア) 原判決も、基本的に同様の算出方法を採るものの、本件発明1の各契約締結に対する寄与率の算定について、誤った認定をしている。
 1審被告が、記録情報を光学的に再生する装置を対象製品として締結している包括的ライセンス契約は、1審被告は、契約締結日前において1審被告が保有する全世界の特許・実用新案及び契約期間中に1審被告が単独で登録を得る予定の全世界の特許・実用新案すべての実施を許諾し、契約の相手方は、その対価として、数千万円若しくは数億円の実施料を支払うというものである(ただし、ナカミチに対しては、契約締結日において1審被告が単独で保有する、記録情報を光学的に再生する装置に関する全世界の特許・実用新案の実施を許諾している。)。
 1審被告が当該包括的ライセンス契約によりその実施を許諾する特許・実用新案は、平成5年4月28日当時、登録・公告になったものが179件、公開されたものが437件である(乙176)。包括的ライセンス契約の相手方が、本件発明1を含むわずか数件の特許発明の実施許諾の対価として数千万又は数億円の実施料を支払う契約の締結をすることはあり得ない。
 原判決は、被告規定に基づき算定した本件発明1の寄与率に重きを置き、各包括的ライセンス契約における本件発明1に係る日本国特許の寄与率を算定している。しかし、被告規定に基づき算定した本件発明1の寄与率は、当該ライセンス契約締結交渉時に提示した特許(早期にライセンス契約締結に至るために戦略上選択した特許)の中での寄与率を示しているにすぎず、契約締結日前及び契約期間中に1審被告が単独で保有する対象製品に関する全世界の特許・実用新案の中での寄与率ではない。原判決は、この事実を見逃しており、原判決の認定判断は、この点で既に誤っている。
(イ) フィリップス
(a) 58年契約
 1審被告は、昭和58年に、フィリップスに対し、包括的ライセンス契約により、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)を含む昭和57年12月31日までに出願した1審被告のCDプレーヤ関連特許すべての実施を許諾し、フィリップスは、契約締結日から昭和66年(平成3年)7月30日まで上記1審被告保有の全特許発明の実施の許諾を受けた対価として1億0250万円を支払った(乙120)。しかし、@この1億0250万円の支払は、まだ海のものとも山のものともつかない1審被告保有の特許に対し最大限の敬意を払ったものである、とフィリップスがコメントしていること(乙124・2枚目)、A1審被告とフィリップスは、58年契約締結交渉時には、1審被告が提示した本件発明1(未登録)を含む20件余りの特許発明について議論を行ったこと(乙123、124)、B1審被告は、最終的には、フィリップスから、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)を含む2件について、「不可避(特許未成立)又は不可避に近いもの」、5件について「アイデアの良さは認められるが時期尚早」との評価を得たこと(乙124)、C本件発明1(日本国特許・対応外国特許)は、発明性が全くない、とフィリップスから評価されていたこと(乙124)、D1審被告は、被告規定に従って実績補償をした際に、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)の寄与率を20%と算定していること(乙127)、E本件発明1(日本国特許)は58年契約締結時において、まだ登録されておらず、かつ、「半値幅」による数値限定がなされていなかったことは、それぞれ動かし難い事実である。
 特に、本件発明1(日本国特許)の寄与度を測る上で、58年契約締結時において、本件発明1(日本国特許)については、その特許請求の範囲に、「半値幅」による限定がなかったこと、本件発明1(日本国特許)は、「半値幅」による上記限定がなされたことにより初めて特許性が認められ登録されるに至った事実を重く見るべきである。
 以上の各事実を考慮すると、1審被告がフィリップスに対して58年契約において実施許諾した全特許のうち、本件発明1(日本国特許)の寄与率は0%に限りなく近く、本件発明1により1審被告が得た利益はほぼゼロである、ということができる。
(b) 61年契約
 1審被告は、昭和61年に、フィリップスに対し、包括的ライセンス契約により、対象製品をCD、VDP、コンピュータ用光ディスクドライブ等の光ディスク記録装置及び記録媒体として、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)を含む、昭和67年(平成4年)末までに出願される1審被告の特許等すべてにつき実施を許諾し、フィリップスは、上記1審被告保有の全特許等につき実施の許諾を受けた対価として70万米ドル(約1億1200万円。ただし、家電事業本部受取分。)を支払った(乙121)。しかし、@61年契約締結交渉時には本件発明1(日本国特許は未登録)を含む20件余りの特許発明を提示して議論を行ったこと(乙125、190)、Aフィリップスから基本特許と認められた特許はないこと(乙126)、B提示された本件発明1は、その特許請求の範囲に「半値幅」の限定のない特許であったこと(乙125)、Cフィリップスが条件付きながらも使用を認めていると思われる特許発明は、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)を含む5件であること(乙190)からすれば、61年契約の締結において、同契約に基づき1審被告がフィリップスに実施許諾した全特許に占める本件発明1に係る日本国特許の寄与率は0%に限りなく近く、本件発明1により1審被告が得た利益はほぼゼロである、ということができる。
 1審被告は、61年契約について、被告規定に従って実績補償をした際に、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)の寄与率を40%と算定している。これは、平成9年に補償漏れが発覚した際に、昭和61年の交渉経緯を何ら加味することなく、58年契約締結の際に作成された常務会資料(甲33・2枚目)のみを基に決定したものである。本件発明1(日本国特許)の寄与率を算定するに当たり考慮することのできる性質のものではない。
(c) 63年契約
 1審被告は、昭和63年に、フィリップスとの間で、平成4年(1992年)12月31日までに出願される両社の共通の事業分野に属する特許を対象とする相互支払のクロスライセンス契約を締結した(63年契約。乙122)。しかし、58年契約及び61年契約によれば、58年契約及び61年契約により実施許諾された1審被告の特許発明については、その存続期間満了までの実施の許諾がされていること(乙121)、並びに、58年契約及び61年契約の対象特許に本件発明1が含まれていることからすれば、本件発明1を実施許諾することによる対価は、58年契約及び61年契約により既に支払済みである、ということになる。
 このように、1審被告が本件発明1を保有していることと、フィリップスが63年契約を締結したこととは、無関係のことである。また、1審被告とフィリップスとの間の、63年契約の締結に当たり、交渉の過程で本件発明1が議論の対象として提示された事実もない。63年契約の締結においては、本件発明1(日本国特許)の占める寄与率は0%であり、63年契約において本件発明1により1審被告が得た利益はゼロである。
 1審被告は、平成9年に、63年契約について、被告規定に従って実績補償をする際に、本件発明1(日本国特許・対応外国特許)の寄与率を40%と算定している。これは、61年契約及び63年契約の締結経緯を全く知らない担当者が、平成9年に、58年契約の際に作成された資料(甲33・2枚目:CDプレヤー主要特許一覧表)を基に、配分比を決定し、実績補償を行ってしまったためである(乙127)。63年契約において本件発明1(日本国特許)の寄与率を算定するに当たり考慮することのできる性質のものではない。
 1審原告は、61年契約により本件発明1が「CD、VDP、コンピュータ用光ディスクドライブ等の光ディスク記録装置及び記録媒体」の製品について、存続期間満了までの実施が無償で許諾されたとしても、63年契約により契約対象製品が家電機器全般に拡大されたことにより実施料を再評価することができる、と主張する。しかし、本件発明1が実施されるべき製品は、「CD、VDP、コンピュータ用光ディスクドライブ等の光ディスク記録装置及び記録媒体」で尽きており、それ以外に本件発明1が実施されるべき製品は存在しない。1審原告の上記主張は失当である。
(ウ) ヤマハ、フナイ、ケンウッド及びナカミチとの包括的ライセンス契約
(a) 1審被告は、ヤマハ・フナイ・ケンウッドに対して、各ライセンス契約に基づいて、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置とする、契約締結日前から、及び、契約期間中に、1審被告が単独で保有する対象製品に関する全世界の特許・実用新案につき実施を許諾し、ヤマハ・フナイ・ケンウッドは、この1審被告のCD関連特許のすべて(平成5年4月28日当時で1審被告のCD関連特許のうち、登録・公告になったものが179件、公開されたものが437件存在する(乙176))についての実施許諾に対する対価として、各実施料を支払っている(乙187)。また、1審被告は、ナカミチに対して、ライセンス契約に基づき、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置とする、契約締結日現在登録済みの1審被告が単独で保有する対象製品に関する全世界の特許・実用新案につき実施を許諾し、ナカミチはその1審被告のCD関連特許・実用新案すべてについての実施許諾に対する対価として、実施料を支払っている(乙187)。
 1審被告が、各交渉の相手方に対して提示した特許は、特許をめぐっての議論を最小限度に抑え、ライセンス契約の申し出を拒否した場合には製品の製造・販売の差止めを行う手段を有していることを示すためのもので、早期にライセンス契約締結に至るために戦略上選択した特許である。ヤマハ・フナイ・ケンウッドに対するライセンス交渉では、本件発明1を含む6件ないしは8件の特許を提示したものの、これだけではライセンス契約締結に至ることが困難な状況に陥り、更に複数の特許を追加的に提示して契約締結に至った、という経緯がある(乙187)。1審被告は、相手方に提示した特許のほかにも、相手方が使用しているCD関連特許を多数有しており、交渉の相手方は、1審被告が有するすべてのCD関連特許の実施許諾を受けることの利点を十分に認識して、高額のライセンス料を支払う契約を締結しているのである。
 原判決が、1審被告が交渉の相手方に提示した特許のみをみて、本件発明1の寄与率を認定したことは明らかである。この判断は、それ以外の1審被告のCD関連特許はいずれを取ってもライセンス契約の締結に何らの貢献もしていない、というに等しい判断であり、明らかな誤りである。
(b) 各社とのライセンス契約締結交渉において提示した特許の中にも、本件発明1より契約締結に貢献した特許は、数多く存在する。例えば、代表的には、自動焦点合わせ方式特許(特許番号957345)(乙153)、情報再生方法特許(特許番号1588886)(乙161)、ディスク再生装置保護方式特許(特許番号1822342)(乙168)、再生装置特許(特許番号1861604)(乙169)である。自動焦点合わせ方式特許は、ライセンス契約締結の際に相手方との間で行われる特許をめぐっての議論における争点が、「一方向性レンズ作用を有する光学素子」という特許請求の範囲の解釈のみであるものであり、その解釈上の争点について相手方を説得すると、その後の交渉を有利に進めることができるものである。情報再生方法特許は、CD規格に合致するため、交渉の相手方が非抵触の主張をしにくいものである。再生装置保護方式特許や再生装置特許は、装置外部から動作が分かる技術に関する特許で、侵害の立証が容易で、相手方から非侵害の反論がし難い特許(いわゆる「使い勝手特許」)であり、いずれもライセンス契約締結交渉において非常に有力な特許である。
 以上のような、侵害の立証が容易で、特許をめぐっての議論における争点の少ない特許が、真にライセンス契約締結交渉において貢献する特許なのである。
 これに対し、本件発明1についてみれば、その契約締結交渉において、ヤマハから「製品にばらつきがある」と反論され(乙83)、フナイから「使用する半導体レーザのばらつきにより対物レンズのひとみが楕円形状ビームの横方向分布の半値幅以下であったり、半値幅以上であったりします」と反論された(乙86)ため、相手方の製品が本件発明1に抵触することを立証し切れなかったのである。しかも、本件発明1は、光ピックアップという部品に関する特許であり、ヤマハ及びケンウッドのように、ソニーから光ピックアップを購入してCDプレーヤ等を製造販売しているメーカーは、ソニーが1審被告と包括的クロスライセンス契約を締結していることから、本件発明1について実施許諾を得る必要がなかったのである。ヤマハ及びケンウッドとの間の各包括的ライセンス契約においては、本件発明1の寄与率はゼロである(甲11)。
(c) 1審被告が、ヤマハ、フナイ、ケンウッド及びナカミチに対し、CD関連特許すべてにつき実施を許諾した包括的ライセンス契約は、いずれもいわゆるオーバーオール契約である。オーバーオール契約とは、本件に即していえば、1審被告のCD関連特許が存在しない国や地域でのCDプレーヤ等の製品の製造・販売も含める形でライセンス料を徴収する契約である(乙187)。このことは、本件発明1に係る特許の成立していない国や地域での製造・販売について、実施料を取得すること、すなわち、本件発明1が全く寄与することのできない利益が含まれているということを意味する。このように1審被告とヤマハほかの相手方との包括的ライセンス契約が、オーバーオール契約である事情を加味するならば、本件発明1に係る日本国特許により「1審被告の得た利益」を減額せざるを得ないことは明らかである。
(d) フナイ及びナカミチのCDプレーヤ製造・販売は、その多くが海外で行われたものであるから、包括的ライセンス契約において寄与したのは、本件発明1に係る海外特許がその大半である。したがって、海外特許を含む本件発明1に係る特許の寄与率は、フナイについて10%、ナカミチについて15%であるとしても、本件発明1に係る日本国特許の寄与率は、5%を超えることはあり得ない。
(エ) パイオニアとの包括的ライセンス契約
 1審被告は、パイオニアとの間で、平成12年9月20日、光学的再生装置に関連して1審被告が保有するすべての特許・実用新案を対象とする包括的ライセンス契約を締結した。パイオニアとの包括的ライセンス契約締結交渉は、平成10年5月に、1審被告がパイオニアに対して警告書を発送したことにより始まった。しかし、この時(平成10年5月)には、本件発明1に係る日本国特許の存続期間は既に満了し、また、対応米国特許の存続期間も満了間近であったことから、パイオニアとのライセンス交渉において本件発明1は提示さえされていない(乙191)。
 本件発明1は、パイオニアとの契約締結交渉時に提示されていないのであるから、パイオニアとしても、そもそも、本件発明1の存在自体、認識することができない。このような本件発明1について、1審原告が主張するような40%もの高い寄与率が認められることはあり得ない。同契約締結への本件発明1の寄与率はゼロ、若しくは限りなくゼロに近いものである。
 パイオニアは、1審被告との間の包括的ライセンス契約に基づき、1審被告に対して過去分の支払もしている。しかし、この過去分は、光学的再生装置に関連して1審被告が保有するすべての特許に対するものである。1審被告が本件発明1を保有しているから支払われたというものでもなければ、パイオニアの製造・販売する製品が本件発明1に抵触するから支払われたというものでもない。
(6) 包括的クロスライセンス契約における使用者等が受けるべき利益の額について
(ア) 包括的クロスライセンス契約とは、当事者双方が特定の製品分野に関するすべての特許発明につき相互に実施を許諾する契約である。この場合に一方当事者が自己の特許発明の実施を相手方に許諾したことによって得るべき利益は、相手方の特許発明を実施することができること、すなわち、それによって相手方に支払うべき実施料の支払を免れたことにある。
 包括的クロスライセンス契約においては、特定の製品分野に関するすべての特許発明の実施が相互に許諾される。したがって、ライセンス契約締結交渉における各種事情を勘案した上、当該包括的クロスライセンス契約締結に対して、ある特許発明の存在がどれだけ寄与したかという視点から、当該契約の対象となった特許発明全体のうち、当該特許発明が相対的にどれだけ寄与したかを考慮し、包括的クロスライセンス契約により使用者等が得た利益のうち、当該特許により得た利益を判断することとなる。
 包括的クロスライセンス契約の当事者は、同契約を締結するに際して、互いに特許発明を実施することによって受ける利益を厳密に比較して締結するとは限らない。また、実施許諾を受けた特許発明を契約締結後にどのように実施するかは、経営判断の問題であり、両当事者において、相手方の特許発明を同程度に実施するとの保証はなく、かつ、その実施の程度を検証することもできない。したがって、相手方に対して支払を免れた実施料の額が、相手方が支払を免れた実施料の額と一致するということはできない。仮に、相手方が支払を免れた実施料の額をもってクロスライセンス契約による利益の額とすると、使用者等が現に得た利益以上の利益を従業者等に配分することになってしまい、従業者等と使用者等との間の利益の調整を図るという職務発明制度の趣旨に明らかに反する。
 したがって、相手方が支払を免れた実施料の額をもって、クロスライセンス契約により受けた利益の額とすることはできない。
(イ) ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約について
 原判決は、1審被告とソニーとの間の包括的クロスライセンス契約において、本件発明1に係る日本国特許により1審被告が受けるべき利益の額を、3000万円と認定した。
(a) 原判決は、包括的クロスライセンス契約において使用者等が受ける利益の算定に関して、「一方当事者が自己の特許権を相手方に実施許諾したことによって得るべき利益は、相手方の特許権を実施できること、すなわち、それによって相手方に支払うべき実施料の支払を免れたことにあると解される。」と、その限りでは正当に判断したにもかかわらず、ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約において、1審被告が「相手方に支払うべき実施料の支払を免れた」額を何ら認定することなく、本件発明1に係る日本国特許についてソニーとの包括的クロスライセンス契約により1審被告が受けるべき利益の額を3000万円と認定している。これは、1審被告が「相手方に支払うべき実施料の支払を免れた」額を認定することが不可能であったことを意味する。このように、「相手方に支払うべき実施料の支払を免れた」額を認定することが不可能な場合には、この点につき立証責任を負うべき者が不利益な認定を受けるべきは当然である。上記のような算定不能の場合に、この点につき立証責任を負わない1審被告に対して不利益な認定をすることは許されない。
(b) 原判決は、契約締結に対する寄与率を算定するに当たり、各特許権の価値を考慮するとした上で、何ら契約締結交渉時の事情を考慮することなく、本件発明1が価値を有するものであるから一定の貢献はあったものと認められるとしている。
 しかし、クロスライセンス契約締結への寄与として、特許権の価値を考慮することができるのは、その価値を契約の相手方が認識しているときに限られる。1審被告とソニーとの間の昭和52年の包括的クロスライセンス契約の締結の際には、個別の特許についての議論も特許リストの交換も行われていない。すなわち、半導体分野で多数の特許を有していた1審被告と、家庭用VTRの分野で多数の特許を有していたソニーとが、お互いの特許を実施許諾することが同契約の主眼であり、同契約締結時に、本件発明1が特に取り上げられたというようなことはなかった。また、本件発明1は、昭和52年の契約締結時にはまだ出願されておらず(契約締結日は昭和52年1月1日、出願日は昭和52年9月16日)、契約の相手方であるソニーは、本件発明1の存在さえ認識することができなかったのである。
 昭和63年の更新の際も同様である。すなわち、昭和63年の契約更新の交渉過程においても、半導体分野で多数の特許を有していた1審被告と、家庭用VTRの分野で多数の特許を有していたソニーとが、お互いの特許発明の実施を相互に許諾すること自体が包括的クロスライセンス契約の主眼であり、本件発明1は交渉材料として取り上げられることが全くなく、また、ソニーも、当時特許査定未了であった本件発明1については全く認識していなかったのであるから、契約更改において、その貢献が全く認められなかったのである。1審被告は、このような客観的な事実を踏まえ、本件発明1を「クラス3」と評価したのである。
 以上からすれば、本件発明1の価値が存在するとしても、その価値を認識していないソニーとの間の包括的クロスライセンス契約締結においては、本件発明1の寄与率を高く算定することはできないというべきである。本件発明1に係る日本国特許についてソニーとの包括的クロスライセンス契約により1審被告が受けるべき利益額はゼロと判断せざるを得ないのである。
(c) 1審原告は、1審被告保有の本件発明1の実施品に該当するソニー製CDプレーヤの売上高に、本件発明1の適正実施料率を乗ずることによって、1審被告がソニーに対して実施許諾した本件発明1について、ソニーが1審被告に支払うべき実施料金額を求め、当該金額をもって、ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約において、本件発明1により1審被告が受けるべき利益の額とすべきである、と主張する。
 しかし、前記のとおり、包括的クロスライセンス契約の当事者は、互いに特許発明を実施することによって受けるそれぞれの利益を厳密に比較した上で契約を締結するとは限らない。また、実施の許諾を受けた特許を契約締結後にどのように実施するかは、経営判断の問題であり、両者において相手方の特許発明を同程度に実施するとの保証はなく、かつ、その実施の程度を検証することもできない。現に、ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約締結及び更新に当たって、1審被告は、互いに特許発明を実施することによって受ける利益を厳密に比較することはしていない。したがって、相手方に対して支払を免れた実施料の額が、相手方が支払を免れた実施料の額と一致するとすることはできない。仮に、相手方が支払を免れた実施料の額をもってクロスライセンス契約による利益の額とすると、使用者等が現に得た利益以上の利益を従業者等に配分することになってしまい、従業者等と使用者等との間の利益の調整を図るという職務発明制度の趣旨に明らかに反する。
 ソニーのCDプレーヤ若しくは光ピックアップの売上高についての1審原告の主張に、確たる根拠は全くない。ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約は、昭和52年覚書締結当時でも、八つもの製品分野を対象とし(乙16)、家電、半導体、光学装置という広範囲にまたがる極めて包括的なものであり、対象となっている1審被告保有の特許だけでも国内約6000件、海外約6500件、合計1万2500件もの数に達し、さらに、契約締結後5年間以内に出願した全世界の特許についても対象とされているのである。このような複数の分野にわたる多数の特許を対象とするソニーとの包括的クロスライセンス契約により1審被告が得た利益を測るためには、八つもの製品分野にわたる1審被告のすべての製品について、ソニーの保有する全世界の特許すべてについて使用の有無を判断し、その上で、1万2500件を超える1審被告保有の全世界の特許との相対的評価における本件発明1に係る日本国特許の上記契約締結に対する寄与率を算定しなければならない。したがって、ソニーの一製品分野の一部品のみの売上額をいくら主張したところで、ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約について本件発明1により1審被告が得た利益を算定することはできない。ソニーのCD関連製品の売上高を一要素として考慮して利益額を計算した原判決の判断方法を前提としても、ソニーの光ピックアップの売上高から、1審被告が本件発明1により得た利益の額を算出することはできない。
(ウ) フィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約について
 1審被告は、63年契約締結後、平成6年に、フィリップスとの間で、両社の共通の事業分野に属する家電、半導体を中心とする電子・電気機器全般に関連する特許を対象とする相互無償の包括的クロスライセンス契約を締結した(以下「平成6年契約」という。)。
 しかし、フィリップスは、上述のとおり、本件発明1について、61年契約により、同契約の期間満了後もその権利存続期間満了まで無償で実施することができたのであるから、本件発明1は、63年契約の締結にも、平成6年契約の締結にも何らの寄与もしていない。したがって、1審被告がフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約から本件発明1に係る日本国特許により得た利益を4000万円とした原判決は、明らかに誤りである。
 本件発明1が平成6年契約締結に何らの寄与もしていなかったにもかかわらず、1審被告が、本件発明1をクラス2と評価し、2万5000円の支払を行ったのは、1審被告の担当者に前記各契約相互の関係についての誤解があったことによるものである。
(エ) オリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約について
 1審被告は、オリンパスとの間で、平成6年4月1日、光磁気ディスク・光ディスクの記録・再生装置等に関連して両社が保有するすべての特許を対象とする包括的クロスライセンス契約を締結した(甲103)。
 この契約は、オリンパスが、1審被告保有のMO関連特許発明につき実施の許諾を受け、今後のMO関連製品についての事業拡大を図りたいと考えていたこと、一方、1審被告は、オリンパス保有のCD・MO関連特許を現に使用し又は使用する可能性が高く、特に1審被告が製造・販売する予定であったMOドライブがオリンパスのMO関連特許を複数使用していたため、その販売前にオリンパスからMO関連特許のライセンスを受けなければならないと考えていたことから締結されたものである。1審被告のMO関連特許とオリンパスのMO・CD関連特許とのバランスにより締結されたのが、この1審被告とオリンパスとの包括的クロスライセンス契約なのである。(乙191)
 オリンパスは、平成5年3月以降、光ピックアップ等のCD関連製品・部品を製造・販売していないため(甲103)、本件発明1を含む1審被告保有のCD関連特許は、オリンパスとのライセンス交渉のきっかけの一つとはなったものの、最終的な契約締結に対しては何ら貢献していない(乙191)。
 以上のように、オリンパスとの包括的クロスライセンス契約締結に貢献したのは、1審被告保有のMO関連特許であって、本件発明1に係る特許を含むCD関連特許の貢献はない。
(7) 時機に遅れた攻撃方法について
 1審原告の次の各主張は、控訴審において初めてなされたものである。
(a) ヤマハ・フナイ・ケンウッド・ナカミチから1審被告が受け取った平成9年度以降の実施料収入を基礎とする「相当の対価」の請求、
(b) 三洋、シャープ、シナノケンシ、アキュフェーズ、サンスイ、ティアック、オンキヨー、アルパイン、ミツミ、カシオ及びパイオニアから1審被告が受け取った実施料収入を基礎とする「相当の対価」の請求、
(c) オリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約により1審被告が得た利益を基礎とする「相当の対価」の請求
 一審原告の上記各主張は、控訴審になって初めてなされたものであり、故意又は重過失により、時機に後れて提出された攻撃防御方法であり、訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下されなければならない。
 すなわち、1審原告は、遅くとも、平成12年2月8日の1審第10回口頭弁論期日には、同期日において陳述された平成12年2月4日付け1審被告準備書面(7)により、1審被告が、ヤマハ、フナイ、ケンウッド及びナカミチとの間のライセンス契約により得た平成9年度以降のライセンス収入、並びに、三洋、シャープ、シナノケンシ、アキュフェーズ、サンスイ、ティアック、オンキヨー及びアルパインとの間のライセンス契約により得たライセンス収入分の開示を受けたのであるから、同日以降、これらが「相当の対価」の基礎になる旨の主張をすることができたのである。また、1審原告は、遅くとも平成13年7月24日以降は、同日の口頭弁論期日において提出された乙97号証により、ミツミ及びカシオからの実施料収入分も「相当の対価」の基礎になる旨の主張をすることができたのである。さらに、1審原告は、オリンパスとのライセンス契約については平成6年4月28日若しくはオリンパス事件第1審判決が言い渡された平成11年4月16日に、パイオニアとのライセンス契約については平成6年9月28日(甲223)に、それぞれその契約の存在及び内容を知っていたのである。
 1審原告は、上記各時点では上記実施料収入分を基礎とした「相当の対価」の主張を行わず、控訴審になって初めてこれらの主張を行った。1審原告のこれらの主張は、故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃の方法であるといわざるを得ない。
 1審被告は、1審原告が上記の新たな主張をすることが認められると、当該契約締結における本件発明1の寄与度、実際に得た実施料収入について被告規定を適正妥当に適用したこと等について主張・立証をすることを余儀なくされる。このように、1審原告による新たな主張部分を審理した場合には訴訟の完結を著しく遅滞させることになるのである。
(8) 本件発明1がなされるについて使用者等が貢献した程度について
(ア) 使用者等の貢献度は、特許法35条の趣旨に鑑み、長年にわたる多額の研究開発投資、当該発明を行うに当たっての環境の提供、従業員等の処遇、発明するに至った過程、発明を権利化する過程、独占的に実施し又はライセンス契約を締結するについて使用者等が貢献した程度その他諸般の事情を総合的に考慮して決せられるべきである。本件においては、研究環境の提供、並びに、発明に至る過程、発想から出願に至る過程及び権利化の過程における1審被告の貢献度、並びに、ライセンス活動における1審被告の貢献度、並びに、1審原告に対する処遇のいずれの観点からみても、1審被告の貢献度は高く、本件発明1がなされるについて使用者等が貢献した程度は、98%を下らないというべきである。
(イ) 原判決は、発明の着想から出願に至る過程と1審被告の貢献度に関して、「原告は、上記ア(カ)の60プロジェクトにおける研究において、楕円発光半導体レーザにおいても、レンズ両端でのリム強度としては、楕円発光ビームの広がりの狭い方向のリム強度を大きく設定すれば、楕円発光ビームの広がりの広い方向のレンズ端でのリム強度も自動的にそれ以上になるので円形スポットを形成できるとの着想を得て、中央研究所に設置されていた大型コンピュータを使用して、必要な計算を行った。」(原判決49頁13行〜18行)と認定した上、同発想をしたことをもって、「本件発明1は、原告の着想によるところが大きい」(原判決73頁16行〜17行)と判断している。
 しかし、仮に、1審原告が上記のような着想を得ていたとしても、本件発明1に係る日本国特許は、その特許請求の範囲において「半値幅」という数値の限定をしたことにより初めてその新規性・進歩性が認められた、いわゆる数値限定特許であり、「半値幅」という数値を本質として特許性が認められたものにすぎない。このような「半値幅」という限定は、1審原告の着想に基づくものでもなければ、コンピュータシミュレーションや机上の計算によって導き出し得るものでもなく、実験によらなければ導き得ない数値である。このように、上記「着想」も本件発明1に係る日本国特許の本質である「半値幅」を導くことはできないのであるから、「本件発明1に係る発明は、1審原告の着想によるところが大きい」とする原判決の認定は誤りである。
(ウ) 原判決は、ライセンス活動における1審被告の貢献度に関し、1審原告が、事業化の過程においてCD特許活用プロジェクトに参加し、侵害立証のための装置を作り、フィリップスとのライセンス交渉に参加したことを、1審原告の貢献度として評価している。しかし、これらの1審原告の行動は、いずれも1審被告従業員としての行動・貢献であって、発明者としての1審原告の貢献度として加味することは許されない。そもそも他社の製品の分析(そのための装置の作成)、ライセンス契約締結交渉、そのための事前の打合わせには、1審被告の多数の従業員が参加している。この従業員には特許法35条に基づく相当の対価の支払はなされないにもかかわらず、単に発明者であったからとの理由で、発明者としての貢献度に加味され、より多くの金銭を得るという結果は余りに不合理である。
(9) 共同発明者間の貢献度について
 原判決は、楕円発光の半導体レーザを対物レンズで絞れば円形スポットを得られる、という本件発明1の着想は1審原告の思考によって得られたものであること、他方、円形スポットを得るためには実験が必要であり、その実験をCが行ったこと、Cは実際にCSP型半導体レーザを使用して対物レンズの組合せによる実験を繰り返してデータの収集を行ったこと、Cは、本件発明1の権利化の過程で、資料を作成したり、審査官と面接したりして貢献したこと、「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27)には共同発明者間の貢献度として1審原告70%、C30%の記述があること、1審原告を同表彰の候補者として推薦することについては、Cも承諾していること(甲238)を根拠として、共同発明者であるCの貢献度は30%であると認定している。
 しかし、楕円発光の半導体レーザを対物レンズで絞れば円形スポットを得られるとの1審原告の着想は、数値限定特許である本件発明1には何ら貢献していない。「半値幅」という数値限定はCの実験により導かれたことである。Cの貢献度が1審原告のそれを下回ることはあり得ない。
 「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27)には共同発明者間の貢献度として1審原告70%、C30%との記述が存在する。しかし、その記載自体をCは承諾していない(乙238の記載は、1審原告を候補者として推薦することを示した記載にすぎない)。その一方で、1審原告とC自らが、譲渡証にCを筆頭発明者として記載し(乙1)、また、1審被告は、Cを本件発明1の筆頭発明者として出願明細書(特許願・乙32)に記載し、さらに、被告規定に基づく実績補償においても、Cと1審原告の貢献度を50%ずつとして計算し、支払を行っているのである。
 特に、1審被告社内においては、慣行上、特許庁での審査関連で協力を依頼する者を特定するために、特許発明を発明する上で中心となり、それゆえ、発明の本質を最もよく理解している者を筆頭発明者として記載している。これは、1審被告社内の慣行というだけではなく、社会一般の常識としても、筆頭発明者がその発明を最もよく理解している者として記載されることとなっている。本件発明1もその例に漏れず、当該特許発明を中心として発明し、最もよく理解しているCが筆頭発明者として記載され、ゆえに、1審被告の特許部から、Cのみが、特許庁での審査関連において協力を依頼され、実際にもCのみが本件発明1の権利化の過程において協力を行っているのである。
 したがって、「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27)の記載等を根拠としてCの貢献度を30%とする原判決は明らかに誤りである。Cの貢献度は50%を下らないというべきである。
(10) 以上からすれば、本件発明1により1審被告が得た利益は1188万円、本件発明1が発明されるにあたり1審被告の貢献した程度は98%、共同発明者間の1審原告の貢献度は50%と認定されるべきである。これによれば、「相当の対価」の額は、多くとも11万8000円である。1審被告は、特許法35条3項に基づく「相当の対価」を上回る金額を既に支払っているのである。本件発明1に係る日本国特許についての「相当の対価」の額を3494万円と判断した原判決は誤りである、といわざるを得ない。
(11) 本件発明2及び本件発明3の承継の相当な対価について
 原判決は、本件発明2と本件発明3の双方により得た利益は、230万円、うちこれらの発明に係る日本国特許により得た利益は115万円、本件発明2・本件発明3間の寄与度は2対1、本件発明2の1審被告の貢献度は70%、本件発明3の1審被告の貢献度は80%、本件発明2の共同発明者間の寄与度は1審原告60%、本件発明3の共同発明者間の寄与度は1審原告40%と認定し、本件発明2の日本国特許の相当の対価を13万8000円(115万円×2/3×0.3×0.6=13万8000円)、本件発明3の日本国特許の相当の対価を3万0666円(115万円×1/3×0.2×0.4=3万0666円)と認定した。しかし、この判断は、誤りである。
(ア) 本件発明2及び本件発明3に係る日本国特許により得た利益の額について
 本件発明2及び本件発明3に係るライセンス対象特許には、日本国、米国、ドイツ、フランス及びイギリスの各特許があり、そのうちの日本国特許の寄与率を算定しなければならないこと、本件発明2及び本件発明3に係る日本国特許は存続期間が他の外国特許に比して短かったため、その交渉力が弱いことからすれば、原判決が太陽誘電とのライセンス契約締結において、本件発明2及び本件発明3の日本国特許が貢献した割合を50%としたのは、明らかに誤りである。
(イ) 本件発明2及び本件発明3がなされるについての1審被告の貢献度
(a) 本件発明2が生まれたのは、1審被告のプロジェクトの成果であって、同発明は、1審被告の中央研究所における光ディスクの研究の流れの中に位置づけられるものである。本件発明2に係る日本国特許発明における1審被告の貢献度は、70%にとどまるものではない。
 また、1審被告のライセンス部門担当者の粘り強い交渉による貢献度は計り知れない。
 さらに、1審原告は、1審被告への入社当時から光学の専門家として同分野での研究を期待され、1審被告入社後中央研究所の研究員として光ディスク分野の技術を研究していた者であって、光ディスクに関連する発明は、その職分の遂行の結果にほかならない。1審被告は1審原告をそのような職分に従事する光学の専門家として厚遇し多額の労務対価を支払っているのである。その結果生じた発明への1審被告の寄与はその点において既に大きなものである。
(b) 原判決は、本件発明3に係る日本国特許について、1審被告の貢献度を80%と判断した。しかし1審被告は、1審原告を含め、多数の技術者に対し、多額の労務費を提供し、また、中央研究所においては、本件発明3が光学方式(時系列方式)の光ディスクの研究の流れに位置づけられるという以上に、それらの研究プロジェクトなくしては発明に至らなかったものなのである。したがって、1審被告の貢献度が80%にとどまることはあり得ず、原審判決の認定は誤りである。
(ウ) 共同発明者間の貢献度
(a) 原判決は、東京都知事表彰「発明研究功労表彰」の申請書類(甲27)に本件発明2についての1審原告の貢献度が「60%」と記載されていることを重視する。しかし、これは1審原告が自分で記載したものにすぎず(乙99)、意味のない証拠である。また、甲238号証のうちの他の発明者による承諾書は、1審原告が東京都発明研究功労表彰候補者として推薦されることについて承諾したものであり、決して発明者間の貢献度についてまで承諾したものではない。
 1審被告は、被告規定に基づく実績補償においても、各発明者の貢献度をそれぞれ平等として計算し、実績補償を支払っているのであり、これまで、共同発明者間における1審原告の本件発明2に対する貢献度を60%と考えていたことはない。
(b) 本件発明3に関しては、1審原告は単に課題の提供をしたにすぎない(乙73)。1審原告が本件発明3の着想をしたとの証拠は何もないにもかかわらず、原判決は、筆頭発明者である前田の貢献度と、貢献をした事実のない1審原告との貢献度とを同じ40%と認定している。明らかに誤りである。
(エ) 原判決は、本件発明2がより基本的な発明であることから、本件発明2と本件発明3のライセンス契約締結に対する寄与度を2対1と認定した。しかし、本件発明2は、太陽誘電や日立マクセルが実際には実施することのなかった特許であり、その日本国特許は権利の存続期間も短く、交渉力の弱いものであったから、本件発明3に比較して、その寄与度は低く認定されるべきであった。原判決の認定は不当である。
(12) 「相当の対価」請求権の消滅時効
 本件各発明のいずれについても、その「相当の対価」請求権は、時効により消滅している。
(ア) 特許法35条3項に基づく「相当の対価」請求権は、当事者間に別段の合意がない限り、特許を受ける権利の譲渡の効力が生じたとき、すなわち承継のときに発生し、そのときから消滅時効期間が進行する。
 本訴提起時において、本件各発明につき特許を受ける権利の承継のとき、すなわち、1審原告により本件各発明がなされた時点(本件発明1:昭和52年9月13日、本件発明2:昭和48年1月20日、本件発明3:昭和50年2月5日)から既に10年が経過している。そして、上記各時点においては、1審被告には実績補償に関する規定は存在しなかった(乙第5号証)。
(イ) 上記のとおり、特許法35条3項に基づく「相当の対価」請求権は、当事者間に別段の合意がない限り、特許を受ける権利の譲渡の効力が生じたとき、すなわち承継の時に発生するのであり、1審原告には、特許法35条3項に基づく「相当の対価」請求権を行使することについて何ら法律上の障害がなかった。被告規定に基づいて実績補償金が支払われている限り、時効期間は進行しないとする原判決は、法令の解釈において誤っている。
(ウ) 仮に、原判決が述べるように、1審被告規則に基づき実績補償金が支払われている限り、「相当の対価」請求権の時効は進行しないとした場合には、1審被告が実績補償金の支払を継続している限り(特許権の効力がなくなった後でも、実績補償金の支払が継続される場合がある)、特許法35条3項に基づく「相当の対価」請求権は時効にかからないこととなってしまう。原判決の考え方によれば、1審被告のように、使用者等と発明者との間の利益の調和の観点から、適正な補償金を支払うべく実績補償制度を採用している会社においては、特許法35条3項に基づく「相当の対価」請求権の時効起算点が大幅に遅れることとなり、使用者等と発明者との間で、更には実績補償制度を採用しない企業との間で、著しく衡平を失する結果となる。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、1審原告の本訴請求は、次に認定する限度で理由があると判断する。その理由は、次のとおり付加、変更するほかは、原判決の「第4 争点に対する判断」中の「1 事実経過」及び「2 原告から被告に対する本件各発明の移転原因について」(原判決42頁15行ないし59頁3行)、「4 争点(1)及び(2)について」のうち、「(1) 原告の主位的主張等について」(60頁下から9行〜64頁8行)、「(4) 本件発明1がされるについて被告が貢献した程度について」、「(5) 本件発明1の社内実施分について」、「(6) 本件発明1の日立メディアエレクトロニクス実施分について」(72頁下から9行〜75頁下から4行)、「(8) 本件発明2、3に係る日本国特許について被告の受けた利益の額」、「(9) 本件発明2、3の被告の貢献度等について」及び「(10) 本件発明2、3に係る日本国特許についての「相当の対価」の額(結論)」(77頁9行〜81頁8行)並びに「5 争点(4)について」(81頁9行〜82頁末行)を引用する。
1 特許法35条と勤務規則等との関係について
 特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始的に帰属することを前提に(同法29条1項参照)、職務発明について特許を受ける権利及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及びその利用に関して、使用者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図り、これにより、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを目的とした規定である。すなわち、同条は、(1) 使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権を有すること(同法35条1項)、(2) 従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無効とされること(同条2項)、その反対解釈として、職務発明については、そのような条項が有効とされること、(3) 従業者等は、職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項)、(4) その対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定している。これによれば、使用者等は、職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく、使用者等があらかじめ定める勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において、特許を受ける権利等が使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり、また、その承継について対価を支払う旨及び対価の額、支払時期等を定めることも妨げられることがないということができる。しかし、いまだ職務発明がなされておらず、承継されるべき特許を受ける権利等の内容や価値が具体化する前に、上述した同条の趣旨及び規定内容に従いつつ、あらかじめ対価の額を確定的なものとして定めることができないことは明らかであって、同条の下で、上記のように早期の段階で対価の額を確定的なものとして定めることが許容されていると解することはできない。換言すると、勤務規則等に定められた対価は、これが同条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別、それが直ちに相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり、その対価の額が同条4項の趣旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができるのである。したがって、勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決民集第57巻4号477頁)
 本件については、1審被告は、被告規定を設け、1審原告から、本件各発明を譲り受け、被告規定に基づき、原判決が認定した補償金を支払っている。しかし、その金額が特許法35条が定める「相当の対価」に満たないものであることは、以下に述べるとおりである。1審被告は被告規定に基づき本件各発明の承継に対する「相当の対価」を既に支払っている、との1審被告の主張は採用し得ない。
2 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等と特許法35条について
(1) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡の準拠法について
 本件譲渡契約は、その対象となる権利が職務発明についての日本国及び外国の特許を受ける権利である点において、渉外的要素を含むものであるから、その準拠法を決定する必要がある。
 本件譲渡契約は、日本法人である1審被告と、日本国に在住してその従業員として勤務していた日本人である1審原告とが、1審原告がなした職務発明について、日本国において締結した譲渡契約である。本件譲渡契約の成立及び効力についての準拠法をどの国の法律とするかについての当事者の明示の意思は存在せず、当事者の黙示の意思を推認すれば、それが日本法であることは明らかであるから、法例7条1項により、準拠法は、本件各発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡の合意に関する部分も含めて、日本法であると解すべきである。また、当事者の意思が明確ではないとするとしても、法例7条2項により、その準拠法は日本法となることが明らかである。
 仮に、本件譲渡契約の準拠法について、法例7条が適用されないとしても、そのときには条理によりこれを決すべきであり、条理にかなうのは、使用者と従業者との間の雇用関係に最も密接な関係を有する国の法律を準拠法とすることであるということになるというべきである。この場合においても、本件譲渡契約については、日本法人である1審被告と日本人である1審原告との雇用契約が締結され、かつ、1審原告の勤務地であった日本国の法律を準拠法とすべきことになる。
 1審被告は、FM信号復調装置最高裁判決を前提にすれば、本件譲渡契約中の、外国の特許を受ける権利の承継に関する部分については、属地主義の原則の観点から、外国の特許を受ける権利に基づき特許が登録されることとなる当該外国の特許法が準拠法となると解すべきである、と主張する。しかし、同最高裁判決は、ベーベーエス最高裁判決を引用して、「特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものである。」と判示した上で、「各国はその産業政策に基づき発明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しており、我が国においては、我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにすぎない。」と判示したものである。この判決は、特許権の付与の手続と効力について属地主義の原則を確認したにすぎないのであるから、本件譲渡契約中の外国の特許を受ける権利の譲渡の合意における「対価」の部分が、同判決の射程外であることは明らかである。同判決は、特許権の「成立、移転、効力」、すなわち、特許権が付与される手続的、実体的要件、特許権が有効に移転されるための手続的、実体的要件、及び、特許権自体の差止請求権等の効力について、「いかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律して」いることを述べたものであり、その前提となる特許を受ける権利等の譲渡契約における「対価」の問題について、これを各国の特許法等の法律にゆだねることを述べたものでないことが明らかである。
 むしろ、同判決は、「特許権侵害を理由とする損害賠償請求については、特許権特有の問題ではなく、財産権の侵害に対する民事上の救済の一種にほかならないから、法律関係の性質は不法行為であり、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。」と判示し、特許権に関するものではあっても、特許権特有の問題ではないものについては、属地主義の原則を採用しないことを明言しているのである。
 以上からすれば、1審被告の上記主張は採用し得ず、本件譲渡契約の準拠法は日本法である、と解すべきである。
(2) 職務発明中の外国の特許を受ける権利等の譲渡と特許法35条について
 原判決は、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという、いわゆる属地主義の原則から、特許法35条は、我が国の特許を受ける権利等についてのみ適用され、外国の特許を受ける権利等について適用又は類推適用されることはない、と判示した。しかし、原判決のこの判断は、採用することができない。
(ア) 特許法35条3項及び4項は、従業者等が職務発明について使用者等に特許を受ける権利等を譲渡した場合に、「相当の対価の支払を受ける権利を有する」と規定する。この規定は、従業者と使用者との間の職務発明に係る譲渡契約の対価を強行法規により定めることによって、従業者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図り、これにより「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(特許法1条)との特許法の目的を達成しようとするものである。このように、特許法35条は、特許法中に規定されているとはいえ、我が国における従業者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図る強行法規である点に注目すると、特許法を構成すると同時に労働法規としての意味をも有する規定であるということができる。職務発明についての規定がこのようなものであるとすると、職務発明の譲渡についての「相当の対価」は、外国の特許を受ける権利等に関するものも含めて、使用者と従業者が属する国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事柄であり、当該特許が登録される各国の特許法を準拠法として決定されるべき事柄ではないことが明らかである。
 原判決が、特許法35条3項の「特許を受ける権利若しくは特許権」が、外国の特許を受ける権利及び外国の特許権を含まないと判断した根拠となった属地主義の原則(ベーベーエス最高裁判決)とは、特許の成立、移転、効力、すなわち、特許権が付与される手続的、実体的要件、特許権が有効に移転されるための手続的、実体的要件、及び、特許権の効力がそれぞれの国の特許法により定められることを述べたものであり、特許を受ける権利等の移転の前提となる、それらを対象とする譲渡契約における、それらの権利の移転の対価についてまで、これを各国の特許毎に各国の特許法等の法律にゆだねることを述べたものではない。各国における特許の成立、移転、効力についての手続的及び実体的要件というような、各国の特許に特有の事項については、各国の特許法の定めるところによりこれを律すべきであるとしても、職務発明により原始的に発生する日本及び外国の特許を受ける権利等の移転の対価については、上記のとおり、従業者と使用者間の雇用契約上の利害関係の調整を図り、発明を奨励するとの要素も考慮した上で、その国の産業政策に基づいて定められた法律により一元的に律せられるべき事柄であるから、従業者と使用者が属する国の法律により解決されるべきである。このような従業者と使用者間の雇用契約上の利害関係の調整事項を、特許を受ける各国の特許法等の法律により多元的に決すべきであると解する合理的な理由はない(例えば、当該発明につき特許が認められていない国については、当該国の特許を受ける権利等自体が存在し得ないことになり、結果として、当該国との関係においては、職務発明について特許を受ける権利等の対価を考える余地はないことになる。しかし、それは、移転の対象の大小、換言すれば、財産権としてみた場合の職務発明の価値が各国の特許制度によって影響され得ることを物語るだけであり、何ら上述したところと矛盾するものではない。)。
 1審被告は、ある発明が職務発明に該当するのか、職務発明に該当するとした場合に、特許を受ける権利はだれに帰属するのかなどの問題は、その国の国家的利益と密接に結びつく問題であるから、属地主義の原則が適用され、特許付与国の法律によって定められるべきである、と主張する。しかし、職務発明に該当する場合に、特許を受ける権利をだれに帰属させるか、その対価をどのように規制するかは、その国の使用者と従業員発明者との間の利害関係の調整及びその国の発明の奨励及び産業の発達に関する産業政策に密接に関連する問題であるからこそ、使用者と従業者とが属する国の法律により一元的に定めるべき問題となり、使用者と従業者とが属する国の国家的利益に密接に結び付く法律問題となるのである。1審被告の上記主張は採用し得ない。
(イ) 1審被告は、特許法33条及び34条に規定されている「特許を受ける権利」は、日本国の特許を受ける権利のみを意味することは明白であり、特許法35条3項が規定する「特許を受ける権利」についてのみ「外国の特許を受ける権利」をも含むものと解釈することはできない、と主張する。
 確かに、特許法33条及び34条(あるいは38条、49条7号、123条1項6号等)に規定されている「特許を受ける権利」は、日本国の特許を受ける権利について規定したものである。ベーベーエス最高裁判決がいうとおり、特許の成立、移転、効力は、属地主義の原則により、各国の特許法により律せられるものであるから、特許法33条、34条等が、日本国特許庁への特許出願後の日本の特許を受ける権利について規定しているものであることは明らかである。しかし、特許法35条は、上記のとおり、使用者と従業者との間の雇用関係において生じる職務発明に関する法律問題、すなわち、職務発明の譲渡契約における「相当の対価」について定めた強行法規であり、我が国の産業政策に基づき、使用者と従業員発明者との間の利害関係を調整しながら、特許法1条が定めた目的を達成するために設けられたものであり、特許法における他の規定とは異質の規定であると解すべきである。
 特許法35条が、特許法の他の規定と比べ異質なものであり、同条中の用語を他の特許法の規定と同じ意味に解さなければならない合理的理由がない以上、同条における「特許を受ける権利」は、その規定の趣旨を合理的に解釈し、上記のとおり、我が国の職務発明について、日本国のみならず外国の特許を受ける権利等をも含む意味であると解すべきである。1審被告の上記主張は採用し得ない。
(ウ) 仮に、特許法35条3項及び4項が我が国の職務発明について我が国の特許を受ける権利等についてのみ適用があり、外国の特許を受ける権利等について適用がなく、各登録国の特許法が適用になるとの原判決の立場を採用すると、次に述べるとおり、これと異なる職務発明制度を採用している世界の主要国との調和を欠くことになり、従業員発明者はいずれの国においても保護を受けられない事態が生じたり、また、裁判所も、外国の特許を受ける権利の譲渡の対価について、外国法に基づく請求があれば、各登録国の法制度を調査し、各登録国の法制度に従って、これを判断する必要が生じるなど、極めて煩瑣な事態が生じる結果となる。このような結果を招く解釈を合理的なものとすることはできない。
(a) 1977年イギリス特許法39条及び40条は、一定の要件を満たす職務発明(従業者発明)が使用者に原始的に帰属すること、及び、使用者が従業者に適切な補償金を支払うべきことを規定している(強行法規)。そして、同法43条2項は、職務発明の準拠法について、「発明を行った時点において、当該従業者が、a主として連合王国内で雇用されていたか、又は、b主たる雇用地が存在しないか雇用地が特定できないが、使用者が連合王国内に事業地を有し、右従業員がその地に配属されているか、のいずれかの条件が満たされない場合を除き適用される。」と規定している。そのため、日本において雇用され、勤務していた1審原告は、本件各発明について、イギリス特許法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また、イギリス特許法43条4項は、「40条から42条までにいう特許又は出願中の権利には、連合王国の法律に基づくものであるか、外国において適用される法であるか、条約・国際約束に基づくものであるかを問わない。」と規定しており、イギリスにおける職務発明の補償金の算定においては、外国の特許から得られる利益をも考慮しなければならないことが規定されている。(甲301、甲311、乙106)
(b) ドイツにおいては、職務発明は、従業員発明者に原始的に帰属し、1957年従業者発明法により、従業員発明者は、使用者に職務発明を譲渡するについて相当の補償金を受ける権利を有する(同法9、10条。強行法規)。そして、ドイツでも、職務発明の譲渡契約の準拠法については、雇用契約の準拠法によることと解されており、当事者が合意により明示又は黙示に準拠法を指定することができ、その指定がない場合は、常時労務供給地法、それがない場合には使用者の営業所所在地法によることを原則としている。そのため、日本国において雇用され、勤務していた1審原告は、本件各発明について、ドイツ法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また、ドイツ法が適用される場合には、補償金額については、1959年に制定され、1983年に改正された「民間雇用における職務発明の補償に関するガイドライン」が連邦労働大臣により定められており(11条)、その26号によると、発明の価値(補償金)を国内利益と同様に外国における把握し得る業務上の利益をも考慮して決定することを定めている。(甲301、甲311、乙106、乙119)
(c) フランスにおいても、1992年に制定されたフランス知的財産法(1978年特許法を引き継いだもの)611条の7、615条の21により、一定の要件を満たす職務発明(従業者発明)が使用者に原始的に帰属すること、及び、使用者が従業者に「追加の補償」を支払うべきことを規定している(強行法規)。そして、準拠法については、フランス法に基づく雇用契約下にある従業員についてこの規定が適用されると解されている。そのため、日本国において雇用され、勤務していた1審原告は、本件各発明について、フランス知的財産法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また、フランス法が適用になる場合には、フランスの特許だけでなく、外国特許により使用者が得た利益も考慮した上で、追加の補償を定める、とした判例があり、同様の考え方の学説が有力である。(甲311、乙106)
(d) ヨーロッパ特許条約(EPC)60条1項第2文は、職務発明(従業者発明)の準拠法について、「発明者が従業者である場合、欧州特許を受ける権利は、従業者が主に雇用されている国の法律に従って決定される。従業者が主に雇用されている国を決定することができない場合、適用されるべき法律は、従業者が属している使用者の営業所のある国の法律とする。」と規定しており、職務発明の譲渡の対価若しくは補償金については、雇用国の法律によって一元的な解決を図っている。(甲301、甲311、乙119)
(e) 以上からすれば、本件のように、日本法人である1審被告の従業者として日本国で勤務し、本件各発明(職務発明)をした1審原告について、属地主義を根拠として、特許法35条の適用を日本国の特許を受ける権利に限定し、外国の特許を受ける権利等についてこれを認めず、登録国の特許法等によるものとの立場を採用すると、1審原告のような従業員発明者は、外国の特許を受ける権利等の承継について、上記各国の特許法によっても、日本の特許法35条によっても、職務発明の規定に関する強行法規による保護を受け得ないこととなる(準拠法についてどのように考えても、外国の特許を受ける権利等の承継について、いずれの国の実体法によっても保護されないことに変わりはない。多くの日本人従業者は、1審原告のように日本国において勤務していることが通例であるから、同様の結果となろう。)。そして、上記各国の法律は、職務発明についての規定を雇用契約に関する法規としてもとらえているため、その補償金の算定においては、使用者が外国特許により得た利益も考慮しているのであり、属地主義の原則に基づく前記のような立場は、前記各国の法制度と調和しないものであることが明らかである。
(エ) 1審被告は、特許法35条の「特許を受ける権利」が外国の特許を受ける権利を含むものと解した場合には、例えば、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めないアメリカ合衆国の法律との関係においては、解決不可能な矛盾を生じさせる、と主張する。
 アメリカ合衆国の特許法においては、発明は発明者に原始的に帰属するものとされているから、職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡という問題が生じ得る。しかし、職務発明に関する規定が存在しないため、職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡については、使用者と従業者との契約にゆだねられている。ただし、各州の判例法に反する契約は無効とされる。判例法によれば、一般に、職務発明は、従業者から使用者への譲渡義務が発生する発明(発明をすることが雇用契約の内容となっている場合に認められる。)、使用者にいわゆるショップライト(shop right)が与えられる職務発明、上記以外の自由発明に分類され、八つの州では、自由発明について予約承継契約を禁止している。(甲301、乙106、乙119)
 仮に、アメリカ合衆国が、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めない国であるとしても、出願後の承継契約は可能なのであるから、我が国の使用者と従業者は、特許法35条に基づき、その職務発明について特許を受ける権利の譲渡契約を締結する際に、出願前の譲渡契約を認めない国については、これを譲渡契約の予約とすることを合意する、あるいは、譲渡契約の合理的解釈により、譲渡契約の予約と同趣旨のものと解釈するなどの方法により、従業員発明者がアメリカ合衆国で特許出願をし、その後、使用者が特許を受ける権利を承継する手続をとる、とすることも可能であり、これにより、特許法35条の趣旨に合致した結果を導くことができる。特許法35条は、我が国の使用者と従業者との間の、職務発明についての特許を受ける権利等(外国の特許を受ける権利等を含む。)の譲渡契約における、これらの権利の譲渡の対価の額を「相当の対価」とすることを強行法規として規定したものであり、これらの権利の譲渡の時期あるいは各国における特許出願の時期について規定したものではないから、アメリカ合衆国の特許法と相矛盾する内容のものと解する必要はない。同条の趣旨は、我が国の使用者と従業者との間において、職務発明について、外国における特許を受ける権利等も含めて、「相当の対価」をもって譲渡がされればよい、というだけのことであり、このことと、特許出願前の譲渡を認めない法制とが、相矛盾する考え方であると見る必要は全然ないのである。
(オ) 以上からすれば、我が国の従業者等が、使用者に対し、職務発明について特許を受ける権利等を譲渡したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有することを定める特許法35条3項の規定中の「特許を受ける権利若しくは特許権」には、当該職務発明により生じる我が国における特許を受ける権利等のみならず、当該職務発明により生じる外国の特許を受ける権利等を含むと解すべきである。
3 本件発明1の特許を受ける権利の承継の「相当の対価」について
(1) ライセンス契約締結における本件発明1の価値について
 証拠(甲44、甲47、甲48、甲57、甲82、甲159の1、甲190、甲196、甲197、甲210の1・2、甲222、甲231、甲240、甲288ないし294(枝番省略)、甲299、甲312ないし316、乙187ないし189)によれば、次の事実が認められる。
@ 本件発明1は、記録情報を光学的に再生する装置の光ピックアップユニットにおいて、楕円発光半導体レーザの光スポットを円形にする発明であり、簡便で安価なCD用 光ピックアップユニットを実現することを可能にした唯一の発明であるため、理論的には本件発明1の代替技術が存在するものの、多数の企業のCD関連製品に実施されており、業界においてCD関連商品について回避不可能な特許の一つとして広く認識されていた。
A 1審被告が他社との間でCD関連商品について包括的ライセンス契約を締結するに当たって、本件発明1は、常に1審被告の主要特許の一つとして掲げられており、他社との間でライセンス契約を締結する上で、重要な特許の一つであった。
B 1審原告は、1審被告在籍中に、本件発明1について、戦略特許金賞を受賞している(1審被告の中央研究所及び映像メディア研究所における過去20年間の特許出願1万余件の中で、戦略特許金賞を受賞した特許権は、6件(0.006%)にとどまる)。
C 本件発明1については、日本国のみならず、米国、カナダ、フランス、イギリス、オランダの各国で特許登録がされている。
D 本件発明1に係る特許の出願日、登録日及び特許の存続期間満了日は、別紙Aのとおりである(日本国特許が平成9(1997)年9月16日、米国特許が1997年11月25日、カナダ、フランス、イギリス、オランダ特許がいずれも1998年9月まで、いずれも無効とされることなく存続し、各存続期間が満了した。
E 本件発明1に係る日本国特許については、特許請求の範囲に「該楕円形状の横方向分布の半値幅以内になる円形開口を有し」との要件が記載されており、そのため、ライセンス契約締結の際に、相手方が相手方製品が「半値幅以内」ではないとして争うことが多かった。しかし、1審被告の方で、1審原告が考案した、各社のCDプレーヤの光ピックアップが本件発明1に抵触するかどうかを判断し得る本件測定装置により、製品の光学系を分解することなく正確に測定することができたため、各社の製品が本件発明1に抵触するか否かを客観的に正確な方法で立証することができ、後述のとおり、最終的にライセンス契約締結に至ったものが多かった(上記外国特許については、この「半値幅」との要件がないため、この点は侵害立証の争点にはなり得ない。)。
F 本件発明1は、光ピックアップユニットに関する発明であり、不可避特許であるとはいっても、1審被告と相手方との関係若しくは相手方の対応によっては、ライセンス契約締結に至らなかった場合もあり、1審被告が、全世界におけるすべてのCD関連商品について、ライセンス契約を締結し、実施料を取得したり、クロスライセンス契約を締結したりしているわけではない。
G 1審被告は、CD関連商品を製造販売する各社との間で様々な時期にライセンス契約を締結しており、各契約毎に、契約締結時期が異なるなどの事情により、実施許諾される主要な特許発明が異なっている(実施許諾された特許発明に占める本件発明1の寄与率が、各ライセンス契約毎に異なる結果となり得るのはこのためでもある。)。
H 1審被告が本件発明1について被告規定に従って実績補償金を支払うために認定した、各ライセンス契約における本件発明1の寄与率は、各ライセンス契約締結後における、1審被告の特許管理担当者の、当時の本件発明1の各契約締結への寄与度についての評価、認識を表すものであり、本訴が提起される前に認定されたものである。
 以上からすれば、1審被告が、全世界で製造販売されたすべてのCDプレーヤ等のCD関連製品について、ライセンス契約ないしクロスライセンス契約を締結し、その際、本件発明1により、実施料を取得するか、実施料を得る代わりに相手方の特許の実施許諾を得るかしていた、とまで認めることはできないものの、本件発明1は、現に1審被告がライセンス契約ないしクロスライセンス契約を締結する際において、重要な役割を果たした特許の一つであった、ということができる。以下においては、上記事実を前提とした上で、1審被告が、各ライセンス契約を締結するに際し、相手方に実施許諾した多数の特許における本件発明1の寄与率を認定する。
(2) 包括的ライセンス契約について
 使用者等が相手方企業との間でライセンス契約を締結し、同契約に基づいて実施料を取得した場合、その実施料は、使用者が発明の実施を排他的に独占することによって得た利益に属するということができる。したがって、このライセンス契約により取得した実施料に基づいて、使用者等が得た利益の額を算定し、それを特許法35条3項の「相当の対価」の額を算定するための基礎とすることは、合理的な算定方法の一つであるということができる。
 複数の特許発明がライセンス(実施許諾)の対象となっている場合には、本件発明1により「使用者が受けるべき利益の額」を算定するに当たっては、本件発明1が当該ライセンス契約締結に当たって寄与した度合を考慮すべきである。
 前記(1)の認定事実及び各包括的ライセンス契約について認められる次の個別の事情によれば、1審被告が、各包括的ライセンス契約において、本件発明1により受けるべき利益の額は、次のとおりであると認められる。なお、1審被告が本件発明1について実績補償金を支払う際に認定した本件発明1の寄与率は、本訴が提起される前に認定されたものについては、その認定に明らかな誤りが認められる場合、明らかに不公正ないし偏った認定と認められる場合など、参考とするにふさわしくない場合を除けば、本件においても、1審被告が各包括的ライセンス契約において相手方に実施許諾した複数の特許における本件発明1の寄与率を認定する上で、参考とし得るものであるというべきである。
(ア) フィリップス
(a) 証拠(甲33、甲151、甲210の1、乙97、乙120ないし127、乙189)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、昭和58年10月に、フィリップスに対し、CDプレーヤに関する特許発明合計5件(当時、日本国及び外国において出願中であったもので、本件発明1を含む。)の実施を許諾することを合意し、1億0250万円の実施料を得た。この58年契約は、契約日から昭和66年(平成3年)7月30日までの間、オーディオ用CDプレーヤについて、上記5件の特許発明の、全世界における非独占的製造・販売の実施を許諾するものである。1審被告が実施許諾した特許発明5件のうちでも、「回避不可」として高く評価されたのは本件発明1を含む2件であり、その余の3件は「使用中」と評価された。1審被告は、平成4年に、本件発明1について被告規定に従った実績補償金を支払うに当たって、58年契約における本件発明1の寄与率を、22%と評価した(乙97に22%とあるのが、乙97作成者の誤解に基づくものであり、本来は、20%とする趣旨であったことは、乙127及び乙189から明らかである。)。
A 1審被告は、昭和61年4月に、フィリップスとの間で、58年契約を更改し、契約製品を、オーディオ用CDプレーヤから「CD、VDO、コンピュータ用光ディスク・ドライブ等の光ディスク記憶装置及び記憶媒体」に拡大し、契約特許も「昭和67年末迄に出願される両者の特許」に拡大し、契約期間も「昭和67年12月31日迄」とした上で、フィリップスが1審被告に対し、100万米ドルを支払うとの包括的ライセンス契約を締結した。フィリップスは、昭和61年に、1審被告に対し、この61年契約に基づき実施料70万ドル(1審被告の家電機器部の受取分であり、日本円に換算すると1億1200万円となる。)を支払った。1審被告は、平成9年に被告規定に基づき本件発明1の実績補償金を算定するに当たって、この実施料70万ドルについて、本件発明1の寄与率を40%と評価した。
B 1審被告は、昭和63年4月に、フィリップスとの間で、昭和56年以来継続してきたクロスライセンス契約を更改し、包括的クロスライセンス契約を締結した(58年契約及び61年契約の対象製品は、昭和56年のクロスライセンス契約の対象外であった(乙122の3枚目)ものの、この63年契約により、上記61年契約もこれに統合された。)。63年契約においては、契約製品が、「・・・家電、・・・機器全般」(判決注・点線部分は、証拠として提出されていないため不明。)に広げられ、契約特許も、「昭和67年末迄の出願に基づく両者の特許」とされ、その実施許諾期間も「実施権は契約特許の有効期間中存続する。」と合意され、契約期間は「昭和67年12月31日」までと合意された。63年契約は、包括的クロスライセンス契約ではあるものの、「両者の特許ポジション」等が総合的に勘案され、1審被告が100万米ドルを受領することも合意された(乙122)。
 1審被告は、平成9年に、実績補償金を算定するに当たって、昭和63年にフィリップスから1審被告に支払われたいわゆるバランス調整金としての実施料25万米ドル(上記100万米ドル中、1審被告の家電機器部の受取分であり、日本円に換算すると3250万円となる。)についても、本件発明1の寄与率を40%と評価した。
(b) 1審被告は、上記のとおり、本件発明1の寄与率を、58年契約について22%(もっとも、22%としたのは明らかな誤解に基づくものであり、本来は20%と評価した趣旨と推認されることは上記のとおりである。)、61年契約及び63年契約については40%と認定した。本件発明1が上記のとおり、不可避特許と評価されていたことからすると、1審被告が、61年契約で支払われた実施料及び63年契約で支払われたバランス調整金としての実施料について40%とした評価は適正であると認められる。また、58年契約における本件発明1の寄与率は、上記22%(正確には20%)の評価は、58年契約において実施許諾した特許発明が5件であったことから単に均等割で評価したものであって、十分な根拠があったわけではないと推認することができること、58年契約における寄与率を61年契約における寄与率と比較して、これだけ低く評価する理由も見当たらないことに照らすと、61年契約と同様に、40%と評価するのが合理的である(原判決が58年契約、61年契約及び63年契約の各実施料について、本件発明1の寄与率を30%と認定したのは、外国特許の分を除外して考慮したことが一因であると推認することができる。)。
(c) 1審被告は、本件発明1については、61年契約により各特許の有効期間中の実施許諾がなされており、その実施料がすべて支払われているため、63年契約において本件発明1の寄与分はない、と主張する。しかし、63年契約に基づき支払われた100万米ドルのうち、25万米ドルについては、1審被告の家電機器部が受領していること(乙122の3枚目)、1審被告自身がこの25万米ドルについて、本件発明1の寄与率を40%と評価していること、及び、63年契約においては、61年契約で契約対象製品とされた「CD、VDP、コンピュータ用光ディスク・ドライブ等の光ディスク記憶装置及び記憶媒体」が更に「家電機器」一般に拡大され、新たに開発されたCD-R 、DVD及びMD等の新製品についても本件発明1の実施許諾が拡大されたことからして(甲28、甲188)、63年契約において本件発明1の寄与分がないとする1審被告の上記主張は採用し得ない。
 もっとも、63年契約は、包括的クロスライセンス契約であることからすると、上記100万米ドル(家電機器受取分25万米ドル)は、クロスライセンス契約において、1審被告が保有する特許がフィリップスが保有する特許を上回るものと認められて、フィリップスから1審被告に対しバランス調整金として支払われたのであるから、63年契約において、本件発明1により1審被告が得た利益は、上記支払金額を前提として算定した金額よりも多いはずであるとの疑問が生じる。この問題については、1審被告とフィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約において1審被告が本件発明1により受けた利益の額の問題として、後に判断する。
(d) 以上からすれば、1審被告が、フィリップスとの58年契約、61年契約及び63年契約において、本件発明1により受けた利益は、次のとおり、9880万円である。
 (1億0250万円+1億1200万円+3250万円)×0.4=9880万円
(イ) ヤマハ
(a) 証拠(甲11、甲12、甲224ないし227、甲298、乙83、乙84、乙91、乙97、乙107、乙108、乙129、乙136、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成6年4月に、ヤマハとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案につき、今後の実施料を販売価格の0.6%、過去の製造販売分の実施料を1億円として、実施許諾する契約を締結した。ヤマハは、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として、平成6年度に1億1900万円、平成7年度に5760万円、平成8年度に4920万円、平成9年度に4500万円、平成10年度に4000万円をそれぞれ支払った。
A 1審被告とヤマハとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成3年12月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計8件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。本件発明1については、ヤマハの製品が本件発明1の日本国特許の「半値幅以内の円形開口」要件を満たすか、ヤマハがソニーから購入している一部の光ピックアップユニットを除外すべきかなどが議論の対象となったものの、最終的には、上記条件によりライセンス契約が成立した。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明8件(平成9年は7件)のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成6年度から平成9年度までは15%と評価し(乙107、乙129)、平成10年度は、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、10%と評価した(乙136、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が本件発明1について評価した寄与率、すなわち、平成6年度から平成9年度までは15%、平成10年度は10%との寄与率は、適正なものと認められる(フィリップスとの間の包括的ライセンス契約と比べて、本件発明1の寄与率が低いのは、1審被告が実施許諾する有力な特許の数が増えたためであると認められる。また、原判決が上記寄与率を10%と認定したのは、本件発明1の外国特許分を除いて考慮したためと推認することができる。)。
(c) 1審被告は、ヤマハとの包括的ライセンス契約において、1審被告がヤマハに対し、その保有するすべてのCD関連特許を包括的に実施許諾していることから、ヤマハに提示した主要な特許発明8件における本件発明1の寄与率をもって、ヤマハとの上記契約締結における本件発明1の寄与率と評価することはできない、と主張する。しかし、1審被告は、ヤマハとの上記契約締結において、主要な特許発明8件のみが寄与したと評価していること、換言すれば、その余の特許・実用新案の寄与はほとんどないと評価していることは前記のとおりである。また、前記のとおり、本件発明1は、戦略特許金賞を受賞しているものであり、1審被告の中央研究所及び映像メディア研究所における過去20年間の特許出願1万余件の中で、戦略特許金賞を受賞した特許権は、6件(0.006%)にとどまること、したがって、ヤマハに提示された主要な特許発明8件中に、本件発明1と同様に戦略特許金賞を受賞した特許が数件以上含まれている可能性は極めて少ないこと、及び、前記(1)認定の事実からすれば、1審被告による、上記主要特許8件に対する本件発明1についての上記評価自体、その程度はともかく、低すぎるということができる。そうだとすると、ヤマハとの上記契約締結における本件発明1の寄与率は、1審被告が保有するすべてのCD関連特許を包括的に実施許諾したものであることを考慮しても、1審被告による上記評価を下ることはない、というべきである。1審被告の上記主張は採用し得ない(ヤマハ以外の以下の企業との包括的ライセンス契約についても同様である。)。
(d) 1審被告は、ヤマハが使用している光ピックアップは ソニーの製品であり、1審被告とソニーとの間では、既に本件発明1を対象に含む包括的クロスライセンス契約が締結されているため、ヤマハには、本件発明1を対象として実施許諾を受ける利益はない、と主張する。しかし、ヤマハは、平成4年6月20日付けの「貴社ご所有CDプレーヤ関連特許の件」と題する1審被告あての書面の中で、ソニー製ピックアップについては、ソニーから、1審被告との間で問題が生じることがないとの確言を得ているため、ソニー製ピックアップについては議論をする必要がないことを明確に主張しており(乙84)、1審被告も、ソニー製ピックアップについては侵害の主張をし得ないことを認識していたのであるから(甲11)、双方とも、ヤマハが部品として使用しているソニー製のピックアップについては本件発明1に係る特許の侵害の問題が生じないことを認識した上で、ヤマハがそれ以外のメーカーから購入したピックアップユニットも存在することから、上記のライセンス契約を締結したものであると認められる。1審被告自身が、このような事情も認識した上で、上記ライセンス契約において占める本件発明1の寄与分を15%若しくは10%と評価したのであるから、1審被告の上記主張は理由がないことが明らかである。
(e) 1審原告は、ヤマハとの上記契約において、寄与率20%と評価されている「自動焦点合わせ方式」特許(特許番号957345号)は、遅くとも平成2年ころには、CDプレーヤに実施されていないのであるから(甲151)、その評価(20%)はゼロとして、他に配分すべきである、と主張する。
 確かに、1審被告とフィリップスとの間においては、平成3年には、上記特許は有力な特許として提示されたものの中に入っていない(甲151)。しかし、1審被告は、平成10年、11年ころにおいても、ヤマハ、フナイ、ケンウッド、三洋に対しては、同特許を有力特許として評価してそれぞれにおいて相応の寄与率を認定しているのに対し、その余の企業、すなわち、ナカミチ、シャープ、シナノケンシ、アキュフェーズ、サンスイ、ティアック、オンキヨー、アルパイン、ミツミ、カシオ等の企業とのライセンス契約においてはこれを有力特許として評価していない(乙129ないし乙149)。このことからすれば、1審被告は、各ライセンス契約において提示した有力な特許、契約締結に至るまでの経緯、相手方の対応を総合的に評価して、各特許の寄与率を認定評価しているものと認められる。したがって、フィリップスとの交渉において、上記特許が評価されなかったからといって、そのことから、直ちに、他の企業においても同様であるとまでいうことはできない。1審原告の上記主張は採用し得ない(ヤマハ以外の以下の企業についても同様である。)。
(f) 上述したところによると、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、4462万円と認められる。
 (1億1900万円+5760万円+4920万円+4500万円)×0.15+4000万円×0.1=4462万円
(ウ) フナイ
(a) 証拠(甲11、甲12、甲227、甲298、乙85、乙86、乙91、乙97、乙107、乙108、乙130、乙137、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成6年10月に、フナイとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案につき、今後の実施料を国内生産分については販売価格の1.0%、海外生産分については0.8%、過去の製造販売分の実施料を4400万円として、実施許諾する契約を締結した。フナイは、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として、平成6年度に5900万円、平成7年度に5400万円、平成8年度に6030万円、平成9年度に4600万円、平成10年度に900万円をそれぞれ支払った。
A 1審被告とフナイとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成3年12月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計10件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。本件発明1については、フナイの製品が本件発明1に係る特許を侵害するかどうかが議論の対象となったものの、ヤマハと1審被告とのライセンス契約が成立したことにより、フナイとも、上記条件により、ライセンス契約が成立した。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明9件ないし10件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成6年度から平成9年度までは10%と評価し(乙107、乙130)、平成10年度は、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、5%と評価した(乙137、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率、すなわち、平成6年度から平成9年度までは10%、平成10年度は5%との寄与率は、適正なものと認められる(フナイとのライセンス契約においては、ヤマハとのライセンス契約と比べ、主要な特許として評価されたものが9件ないし10件であるため、本件発明1が全体に占める寄与率が若干低下することはやむをえないと考えられる。)。
(c) 上述したところによると、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、2238万円と認められる。
 (5900万円+5400万円+6030万円+4600万円)×0.1+900万円×0.05=2238万円
(エ) ケンウッド
(a) 証拠(甲11、甲12、甲227、甲298、乙88、乙91、乙97、乙107、乙108、乙131、乙138、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成6年10月に、ケンウッドと、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案につき、今後の実施料を国内製造又は販売分については販売価格の0.8%、それ以外の製品については0.6%、過去の製造販売分の実施料を3億0500万円として、実施許諾する契約を締結した。ケンウッドは、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として、平成6年度に4億8150万円、平成7年度に3億7180万円、平成8年度に3億2970万円、平成9年度に3億1900万円、平成10年度に3億4200万円をそれぞれ支払った。
A 1審被告とケンウッドとのライセンス契約締結のための交渉は、平成3年12月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計8件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。本件発明1については、ケンウッドの製品が本件発明1の日本国特許の「半値幅以内の円形開口」要件を満たすか、本件発明1の米国特許を侵害するかどうかが議論の対象となったものの、ヤマハと1審被告とのライセンス契約が成立したことにより、ケンウッドとも、上記条件により、ライセンス契約が成立した。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明8件ないし7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成6年度から平成9年度までは10%と評価し(乙107、乙131)、平成10年度は、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、5%と評価した(乙138、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率、すなわち、平成6年度から平成9年度までは10%、平成10年度は5%との寄与率は、適正なものと認められる(ケンウッドとのライセンス契約においては、ヤマハとのライセンス契約と比べ、主要な特許として評価されたものが8件と同数であるものの、2件の特許が異なっており、そのうち、特にディスク再生保護方式特許(特許番号1822342号)が高く評価されたため、本件発明1が全体に占める寄与率が低下したものであると認められる。なお、原判決が上記寄与率を5%と認定したのは、本件発明1の外国特許分を除いて考慮したためと推認することができる。)。
(c) 1審被告は、ケンウッドが使用している光ピックアップは ソニーの製品であり、1審被告とソニーとの間では、既に本件発明1を対象に含む包括的クロスライセンス契約が締結されているため、ケンウッドには、本件発明1を対象として実施許諾を受ける利益はない、と主張する。しかし、ケンウッドは、平成4年4月7日付けの「貴社ご所有CDプレーヤ関連特許の件」と題する1審被告あての書面の中で、ソニー製ピックアップについては、ソニーから、1審被告との間で問題が生じることがないとの確言を得ているため、ソニー製ピックアップについては議論をする必要がないことを明確に主張しており(乙87)、1審被告も、ソニー製ピックアップについては侵害の主張をし得ないことを認識していたのであるから(甲11)、双方とも、ケンウッドが部品として使用しているソニー製のピックアップについては本件発明1に係る特許の侵害の問題が生じないことを認識した上で、ケンウッドがそれ以外のメーカーから購入したピックアップユニットも存在することから、上記のライセンス契約を締結したものであると認められる。1審被告自身が、このような事情も認識した上で、上記ライセンス契約において占める本件発明1の寄与分を10%若しくは5%と評価したのであるから、1審被告の上記主張は理由がないことが明らかである。
(d) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、1億6730万円と認められる。
 (4億8150万円+3億7180万円+3億2970万円+3億1900万円)×0.1+3億4200万円×0.05=1億6730万円
(オ) ナカミチ
(a) 証拠(乙97、乙108、乙132、乙139、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成8年11月に、ナカミチと、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案につき実施を許諾する契約を締結した。ナカミチは、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として、平成8年度に6430万円、平成9年度に2200万円、平成10年度に2500万円をそれぞれ支払った。
A 1審被告とナカミチとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成7年3月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計6件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明6件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成8年度から平成9年度までは15%と評価し(乙132)、平成10年度は、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、10%と評価した(乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率、すなわち、平成8年度から平成9年度までは15%、平成10年度は10%との寄与率は、適正なものと認められる(ナカミチとのライセンス契約においては、フナイとのライセンス契約と比べ、主要な特許として評価されたものが6件であるため、本件発明1が全体に占める寄与率が若干高くなったものと考えられる。)。
(c) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、1544万5000円と認められる。
 (6430万円+2200万円)×0.15+2500万円×0.1=1544万5000円
(カ) 三洋
(a) 証拠(甲12、乙89、乙90、乙97、乙133、乙140、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成9年11月に、三洋との間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。三洋は、このライセンス契約に基づき、1審被告に対し、実施料として、平成9年度に3億円、平成10年度に1億6600万円を支払った。
A 1審被告と三洋との間のライセンス契約締結のための交渉は、平成7年9月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計12件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明12件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成9年度は10%と評価し(乙133)、平成10年度は、主要な特許の数が10件と減少したものの、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、5%と評価した(乙140、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率、すなわち、平成9年度は10%、平成10年度は5%との寄与率は、適正なものと認められる(三洋との間のライセンス契約においては、ヤマハとの間のライセンス契約と比べ、主要な特許として評価されたものが12件であるため、本件発明1が全体に占める寄与率が若干低く評価されたものと考えられる。)。
(c) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、3830万円と認められる。
 3億円×0.1+1億6600万円×0.05=3830万円
(キ) シャープ
(a) 証拠(甲12、乙97、乙134、乙141、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成9年10月に、シャープとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。シャープは、このライセンス契約に基づき、1審被告に対し、実施料として、平成9年度に3億6800万円、平成10年度に3億6700万円を支払った。
A 1審被告とシャープとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成8年2月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計11件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明11件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成9年度は10%と評価し(乙134)、平成10年度は、主要な特許の数が9件と減少したものの、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、5%と評価した(乙140、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率、すなわち、平成9年度は10%、平成10年度は5%との寄与率は、適正なものと認められる(シャープとのライセンス契約においては、ヤマハとのライセンス契約と比べ、主要な特許として評価されたものが11件であるため、本件発明1が全体に占める寄与率が若干低く評価されたものと考えられる。)。
(c) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、5515万円と認められる。
 3億6800万円×0.1+3億6700万円×0.05=5515万円
(ク) シナノケンシ
(a) 証拠(乙97、乙135、乙142、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成9年10月に、シナノケンシと、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。シナノケンシは、このライセンス契約に基づき、1審被告に対し、実施料として、平成9年度に1000万円、平成10年度に7900万円を支払った。
A 1審被告とシナノケンシとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成9年3月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計10件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明10件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、平成9年度は10%と評価し(乙135)、平成10年度は、主要な特許の数が9件と減少したものの、本件発明1に係る日本国特許が平成9年9月16日に存続期間満了となったため、5%と評価した(乙142、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率、すなわち、平成9年度は10%、平成10年度は5%との寄与率は、適正なものと認められる。
(c) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、495万円と認められる。
 1000万円×0.1+7900万円×0.05=495万円
(ケ) ミツミ
(a) 証拠(乙97、乙148、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成11年10月に、ミツミとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。ミツミは、平成11年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、平成9年度の実施料として5億6200万円を支払った。
A 1審被告とミツミとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成8年12月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計10件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明10件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、10%と評価した(乙142)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率10%は、適正なものと認められる。
(c) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、5620万円と認められる。
 5億6200万円×0.1=5620万円
(コ) ティアック
(a) 証拠(乙97、乙145、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、平成10年10月に、ティアックとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。ティアックは、平成10年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として1億8000万円を支払った。
A 1審被告とティアックとの間のライセンス契約締結のための交渉は、平成9年3月から始まった。1審被告は、本件発明1(日本国特許及び外国特許を含む。)ほか合計12件以上の特許を有力なものとして提示して交渉をした。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明12件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、10%と評価した(乙145、乙188)。
(b) 以上からすれば、1審被告が評価した本件発明1の寄与率10%は、適正なものと認められる。
(c) 上述したところによれば、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、1800万円と認められる。
 1億8000万円×0.1=1800万円
(サ) オンキヨー、カシオ、アキュフェーズ、サンスイ、アルパイン
(a) 証拠(乙97、乙143、乙144、乙146、乙147、乙187、乙188)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
@ 1審被告は、オンキヨーほか上記5社との間では、いわゆるカタログ販売という簡易なライセンス契約締結方式により、それぞれ包括的ライセンス契約を締結した。カタログ販売方式とは、1審被告が、実施規模が小さい相手方に対し、特許権侵害の議論をせずに、多数の企業とライセンス契約を締結していることを背景に、1審被告の全特許を包括的に実施許諾するとの売り込みを行い、相手が興味を示せば、ライセンス契約を締結する方式である。
A 1審被告は、上記カタログ販売方式により、平成11年2月にオンキヨーとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。オンキヨーは、平成10年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として1億円を支払った。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、15%と評価した(乙146)。1審被告が評価した本件発明1の上記寄与率15%は、適正なものと認められるから、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、1500万円と認められる。
 1億円×0.15=1500万円
B 1審被告は、上記カタログ販売方式により、平成12年2月にカシオとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。カシオは、平成11年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として3300万円を支払った。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明6件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、10%と評価した(乙149)。1審被告が評価した本件発明1の上記寄与率10%は、適正なものと認められるから、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、330万円と認められる。
 3300万円×0.1=330万円
C 1審被告は、上記カタログ販売方式により、平成10年5月にアキュフェーズとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。アキュフェーズは、平成10年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として1200万円を支払った。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明6件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、15%と評価した(乙143)。1審被告が評価した本件発明1の上記寄与率15%は、適正なものと認められるから、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、180万円と認められる。
 1200万円×0.15=180万円
D 1審被告は、上記カタログ販売方式により、平成10年10月にサンスイとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。サンスイは、平成10年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として1000万円を支払った。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、15%と評価した(乙144)。1審被告が評価した本件発明1の上記寄与率15%は、適正なものと認められるから、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、150万円と認められる。
 1000万円×0.15=150万円
E 1審被告は、上記カタログ販売方式により、平成11年2月にアルパインとの間で、対象製品を記録情報を光学的に再生する装置として、1審被告が有する全世界の特許・実用新案(半導体関連の特許・実用新案は除く。)につき実施を許諾する契約を締結した。アルパインは、平成10年に、1審被告に対し、このライセンス契約に基づき、実施料として1億円を支払った(乙188には、8000万円と記載されているものの、乙97の9頁には、1億円を意味する「100」との記載があり、乙97により、1億円と認められる。)。1審被告は、本件発明1について実績補償をする際に、実施許諾した多数の特許・実用新案のうち、本件発明1を含む主要な特許発明7件のみが上記ライセンス契約に寄与したものと評価し、同契約締結における本件発明1の寄与率を、各発明の内容とライセンス契約締結の際の貢献度を考慮して、15%と評価した(乙147)。1審被告が評価した本件発明1の上記寄与率15%は、適正なものと認められるから、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により受けた利益は、次のとおり、1500万円と認められる。
 1億円×0.15=1500万円
(シ) パイオニア
(a) 証拠(甲8、甲11、甲12、甲223、甲285の1ないし9、乙97、乙191)によれば、次の事実が認められる。
@ 1審被告とパイオニアとは、平成12年9月20日に、光学的再生装置に関して、1審被告が保有するすべての特許を対象とする包括的ライセンス契約を締結した。
 1審被告とパイオニアとの間で包括的ライセンス契約締結に向けての交渉が開始されたのは、本件発明1に係る各国(日本を含む。)の特許の存続期間が満了した後である平成10年5月である。しかし、パイオニアのCDプレーヤが本件発明1に係る日本国特許を侵害していることは、1審被告が平成3年3月から9月にかけて行った調査で既に明らかとなっていた。1審被告は、平成6年9月にも、パイオニアから受けるべき実施料として、過去分が1億円、年間実施料が4000万円との試算もしているところである。
A パイオニアは、主として据え置き型CDプレーヤを製造販売しており、その国内出荷台数をみても、次のとおり、CDプレーヤにおいてかなり高い市場占有率を保持している(括弧内がケンウッドの市場占有率である。)。
       国内総出荷台数 パイオニア ケンウッド
 昭和61年 147万台   10%   不明(2%)
 昭和62年 130万台   7.7%  不明(2%)
 昭和63年 不明(138万台)  不明(7%) 不明(2%)
 平成 元年 146万台   7.0%  (3.0%)
 平成 2年 150万台   4.0%  (4.0%)
 平成 3年 160.9万台 3.5%  (5.0%)
 平成 4年 161.3万台 2.5%  (7.8%)
 平成 5年 167.9万台 不明(2%) (12.3%)
 平成 6年 197.4万台 不明(2%) (12.0%)
 平成 7年 245万台 不明(2%) (11.3%)
 平成 8年 255万台   2.0%  (12.0%)
 平成 9年 252.9万台 3.0%  (12.6%)
(b) 上記12年間の国内市場におけるCDプレーヤの出荷台数は、合計で2151万4000台、パイオニアの出荷台数は、その市場占有率から計算すると、合計で85万1470台、ケンウッドの出荷台数は、その市場占有率から計算すると、合計で173万7965台となる(ただし、不明の昭和63年の出荷台数については、138万台と推定し、パイオニアの昭和63年の市場占有率を7%と、平成5年から平成7年までの市場占有率を2%と推定し、ケンウッドについては平成2年に上位5社に躍進してきているので、昭和61年から昭和63年までの市場占有率を2%と推定した。)。CDプレーヤについては、パイオニアの国内の出荷台数は、ケンウッドの国内の出荷台数の約0.49倍である。
 ケンウッドが1審被告に支払った実施料は前記認定のとおりであり、その総額は、18億4400万円である。国内市場におけるパイオニアの売上げがケンウッドの売上げの約0.49倍であることから、海外でも同じ売上比率であると仮定して、パイオニアが1審被告に支払うべき実施料を仮に計算すると、9億0356万円(18億4400万円×0.49)となる。
 1審原告は、甲223号証に基づいて、1審被告がパイオニアから受けるべきCD関連特許の実施料を、平成6年以前の過去分の実施料として1億円、平成7年ないし平成9年の3年分の実施料として、年間4000万円、3年で1億2000万円であり、合計2億2000万円である、と主張する。上記9億0356万円との金額は、パイオニアの海外での売上比率がケンウッドと同じかどうか不明であるため、直ちには採用することができないものの、上記2億2000万円との数値は、パイオニアとケンウッドとの国内での販売の比率からみて、十分に控えめな数値であり、1審被告がパイオニアと包括的ライセンス契約を締結した時期が遅かったため、本件発明1に関する実施料がすべて過去に生じたものとなり、相当程度の減額を迫られるのが通常であることをも考慮すると、妥当な金額であるということができる。そして、1審被告がパイオニアに対し実施許諾したCD関連特許における本件発明1が占める寄与率は、他のライセンス契約における寄与率を参酌すれば、10%と認めるのが相当である。
 1審被告は、パイオニアとの包括的ライセンス契約の交渉を開始した平成10年5月には本件発明1に係る特許の存続期間が満了していたため、同契約締結における本件発明1の寄与率がゼロであると主張する。しかし、パイオニアが、上記のように、CDプレーヤの有力メーカーであり、過去において本件発明1を実施していたことは無視し得ない事実であって、このことを両者が知らずに同契約を締結することは到底考えられないことであるから、1審被告がより小さな上記の各CDプレーヤのメーカーからも実施料を取得し、本件発明1について実績補償をしていることと比較しても、上記1審被告の主張は採用し得ない。
 以上からすれば、1審被告がパイオニアとの包括的ライセンス契約において、本件発明1により得た利益の額は、2200万円(2億2000万円×10%)であると認められる。
(ス) 時機に遅れた攻撃方法の却下の申出について
 1審被告は、1審原告が、@ヤマハ、フナイ、ケンウッド及びナカミチとの各包括的ライセンス契約に関し、控訴審において、新たに、その平成9年度及び平成10年度分の実施料収入を追加的に主張し、A控訴審において、新たに、三洋、シャープ、シナノケンシ、アキュフェーズ、サンスイ、ティアック、オンキョー、アルパイン、ミツミ、カシオ及びパイオニアとのライセンス契約からの実施料収入を主張し、これらを本件発明1により1審被告が受けた利益に含めて、相当な対価を算定すべきであると主張することは、原審において十分に可能であったことを控訴審において主張立証しようとするものであり、訴訟の完結を遅延させ、時機に後れた攻撃方法であるから、却下されるべきである、と主張する。
 しかし、本件記録によれば、1審原告は、1審においては、本件発明1が、CDプレーヤのみならず、光ディスク再生専用装置のすべて(CD-ROMユニット、音楽用CD・MD・LD・DVDプレーヤ)について、回避不可能な基本特許であることを前提に、主位的主張として、1審被告が上記各社から個別的に受領したライセンス収入の金額がいくらであるかどうかとは関わりなく、光ピックアップ又はCDプレーヤの全生産額に、本件発明1の想定実施料率を乗じて、本件発明1の「相当の対価」を算定する方法を主張し、予備的主張として、1審被告とCDプレーヤ等の大手メーカー各社との包括的ライセンス契約及び包括的クロスライセンス契約により、1審被告が得た利益に基づき、上記「相当の対価」を算定する方法を主張していたものである。そして、この予備的主張については、1審被告が上記ライセンス契約において本件発明1により得た利益について、様々な立証上の困難を伴うことが予想されたため、立証の効率性の観点から、当面は、ソニー、松下電器、フィリップス、ヤマハ、ケンウッド等の主要な大手メーカーとのライセンス契約から得られた利益に絞って主張、立証を行ったものである。しかし、原判決においては、立証不十分であることを理由として、1審原告の上記主位的主張が容れられなかったことから、やむを得ず、控訴審において、立証の確実性、審理の迅速化等の観点から、予備的主張に関し、対象となるライセンス契約の追加、若しくは、既に主張していたライセンス契約による実施料収入について、その時期を拡大して追加的な主張、立証を行っているものである。1審原告の、控訴審におけるこのような追加的な主張、立証は、1審において上記主位的主張が認められれば本来不要なものであったこと、職務発明に係る特許を受ける権利等の承継の「相当の対価」の主張、立証については大きな困難が伴うことを考慮すると、上記主張立証を許さないことは、酷であるということができる。1審からのこのような経過からすれば、1審原告が、控訴審において予備的主張についての主張立証を追加し、これをより充実したものとすることは、「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃方法」であるということはできないというべきである。本件全資料を検討しても、上記判断の妨げとなる事情は見出せない。1審被告の上記主張は採用することができない。
(3) 包括的クロスライセンス契約について
(ア) 包括的クロスライセンス契約における「使用者が受けるべき利益の額」の算定について
 特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定する場合、包括的クロスライセンス契約についても、包括的ライセンス契約についてと同様に、特許発明の実施期間が相当程度経過するのを待って、特許発明の実施の実績を確認した後に、実績補償という観点から、当該発明により使用者が受けるべき利益の額を算定する方法が、より早い時点で算定する方式に比し、「相当の対価」についてより適切な結論を導くことになるということができる。
 包括的クロスライセンス契約とは、当事者双方が多数の特許発明等の実施を相互に許諾し合う契約のことであるから、この契約において、一方当事者が自己の保有する特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは、相手方が保有する複数の特許発明等を無償で実施することができること、すなわち、相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることであると解することができる。もっとも、この契約は、見方を変えてみれば、相互に実施を許諾し合う合意のほかに、相手方に本来支払うべき実施料債務と、相手方から本来受け取るべき実施料債権とを、事前の包括的な相殺の合意により相殺している契約であると解することもできる(したがって、両者が有している特許等の間で釣合い(バランス)が取れないことが、契約締結時に明らかである場合には、一方から他方にいわゆるバランス調整金が支払われることになる。)。そして、合理的な取引を行うことが期待されている営利企業同士の契約である以上、特段の事情が認められない限り、相互に実施料の支払を生じさせない包括的クロスライセンス契約においては、相互に支払うべき実施料の総額が均衡すると考えて契約を締結したと考えるのが合理的であるから、包括的クロスライセンス契約においては、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については、相手方が自己の特許発明を実施することにより、本来、相手方から支払を受けるべきであった実施料を基礎として算定することも、原則として合理的である。そうすると、包括的クロスライセンス契約については、相手方が当該発明の実施に対するものとして支払うべきであった実施料の額を算定することも、使用者等が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額に、相手方に実施を許諾した複数の特許発明等における当該発明の寄与率を乗じて算定することも、いずれも、「使用者が受けるべき利益の額」を算定する方法として採用することが可能となるということができる。そして、多数の特許発明等の実施が包括的に相互に許諾されている契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の主張立証の困難性を考えると、当該事案において、実際に行うことが可能な主張立証方法を選択することが認められるべきである。ただし、その場合でも、包括的クロスライセンス契約においては、契約期間内に相手方がどの特許発明等をどの程度実施するかは、互いに不確定であり、契約締結時においては、あくまでもお互いの将来の実施予測に基づいて、互いの特許等を評価し合うことにより、契約を締結するものである、ということは、忘れてはならない点である。上記事情があるため、本件でいえば、本件発明1を相手方が実施することにより相手方が1審被告に対し本来支払うべき実施料の金額、と、1審被告が相手方の複数の特許を実施することにより本来支払うべき実施料の額に1審被告が相手方に実施許諾した複数の特許発明等全体における本件発明1の寄与率を乗じた金額、とが同じになるとは限らない、との不確実性が常に生じ得るのである。包括的クロスライセンス契約における「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は、厳密には、後者の方法により算定した金額であり、前者の方法により算定した金額ではないこと(合理的な営利企業同士は、相互に支払うべき実施料の総額の均衡を考えるはずであるものの、結果として、相互に支払うべき実施料の総額が同じになるとは限らないこと)からすれば、前者の方法により算定する場合には、上記の不確実性を考慮して、前者の方法により算定される金額を事案に応じて減額調整して、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定すべきである(民訴法248条参照)。
 仮に、包括的クロスライセンス契約の場合に、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」について、前者の算出方法、すなわち、相手方が使用者等に支払うべき当該発明の実施料による算定方法を認めないとすれば、本件のような場合においては、1審原告は、1審被告が相手方から実施を許諾された多数の特許発明等(本件各発明とは無関係のものである。)について、相手方に本来支払うべきであった実施料の全額と、1審被告が相手方に実施許諾した多数の特許における本件各発明の寄与率を主張立証しなければならなくなる。これは、本件の1審被告とソニーとの間の包括的クロスライセンス契約のような多数の技術分野にまたがる多数の特許発明等に係るクロスライセンス契約においては、ソニーが1審被告に実施を許諾した極めて多数の特許発明等と、1審被告のほとんどすべての業務活動におけるそれらの特許発明等から生じる実施料とを主張立証した上で、1審被告が保有する、本件各発明とは無関係の技術領域にまたがる多数の特許発明等における本件各発明の寄与率を算定しなければならないことを意味し、従業者等である1審原告に事実上不可能な立証を強いることになる。この結果が強行法規である特許法35条の規定の趣旨に反することは明らかである。
(イ) ソニーとの包括的クロスライセンス契約について
(a) 証拠(甲48、甲57、甲85、甲181、甲190、甲250の1・2、甲260の1・2、甲268、甲285の1ないし9、甲299、甲308、甲319、乙16、乙17、乙37、乙67の1ないし5、乙69、乙74)によると、次の事実が認められる。
@ 1審被告とソニーは、昭和52年1月1日に包括的クロスライセンス契約を締結した。この契約は、対象製品を、テレビジョン受像機、VTR、その他のビデオ機器、ラジオ受信機、オーディオテープレコーダー、その他のオーディオ機器及び半導体並びにそれらの部品として、それぞれが保有する契約締結日以前及びその後5年間の出願日の全世界の特許・実用新案権につき互いに無償で実施許諾する、ただし、VTRについては、1審被告がソニーに0.4%の実施料を支払う、との契約であり(以下「52年契約」という。)、極めて広範なものであった。本件発明1は、昭和52年9月16日出願のものであるから、「その他オーディオ機器」に関する特許として、この52年契約の対象となるものである。
A 1審被告とソニーは、昭和63年1月1日に、52年契約を更改して、VTRの実施料を0.4%から0.2%に減額し、業務用の光学的/磁気的記録再生装置を対象製品に追加したほかは、ほぼ同趣旨の内容の包括的クロスライセンス契約を締結した。
B 1審被告とソニーとの間の包括的クロスライセンス契約は、上記のとおり、極めて広範なものである。営利企業同士の合理的な取引であれば、包括的クロスライセンス契約を締結する際には、多数の特許等のすべてを検討することまではしないとしても、重要な特許についての吟味、検討をした上で、双方が保有する特許の全体を評価し合い、バランスが取れない場合には、いわゆるバランス調整金に相当するものが支払われるのが通常である。52年契約更新時に1審被告が事前に準備した主要特許リストには、半導体関係特許50件、CD及びVDP光学関係特許60件、DAT関係特許12件、TV関係特許12件、VTR関係特許94件の特許が記載されていたものの、このうち戦略特許金賞を受賞したのは本件発明1を含めて6件にすぎず、上記観点からすれば、本件発明1は重要な特許として十分に検討の対象になっているはずである。また、バランス調整金としてのVTRの実施料の減額についても、上記のとおり合意されており、同契約においては、双方が、重要な特許について検討、吟味をし、製品分野ごとに相互の特許の優位性を比較検討し、VTRに関する上記のバランス調整をすれば、総合的に見て相互に支払うべき実施料総額が均衡する、と判断され、52年契約と同契約の更新がなされたものである。
C ソニーは、日本国内及び海外において、CDプレーヤを製造販売するだけでなく、その部品である光ピックアップユニットを製造し、これをCDプレーヤのメーカーに販売していた。ソニーの光ピックアップユニットには、ごく一部の例外を除き、本件発明1が実施され、また、そのほかにも、1審被告の特許発明を含む複数の特許発明が実施されている。
D ソニーは、フィリップスと共同でCD関連特許のパテントプールを構成し、他社からは、一律にCDプレーヤの売上げの0.5%を実施料として受領していた(甲85の4枚目)。1審被告は、ソニーとの間の包括的クロスライセンス契約に基づき、当該0.5%の実施料の支払を免れていた。
E ソニーは、CDプレーヤの国内最大手のメーカーである。昭和57年から平成9年までの間の、CDプレーヤの国内総生産額、ソニーの国内の市場占有率、同占有率から計算したソニーのCDプレーヤの国内総生産額(輸出用も含む。)は、別紙Bのとおりである(単位は100万円。国内総生産額は、財団法人光産業技術振興協会が公表している統計(甲259の1・2)から認定したものであり、ソニーの市場占有率は、日経産業新聞社編「市場占有率」(甲285の1ないし9)から認定したものである。なお、本件発明1に係る外国特許が認められている国(米国、カナダ、フランス、イギリス、オランダ)における、ソニーのCDプレーヤの生産額は、これを認めるに足りる証拠がないので算定資料とはしない。ソニーの市場占有率は、88年は、前後の年の中間値とし、85年以前は不明なので、86年の市場占有率を4%ずつ減少させた数値とした。なお、1997年は、4月1日から本件発明1に係る日本国特許の期間満了日である9月16日までの169日として計算した。)。
F 別紙Bによれば、上記16年間のソニーのCDプレーヤの合計国内生産額は、約2兆0202億4800万円と認められる。
G CDプレーヤの昭和61年から平成9年までの間の国内の出荷総台数、ソニー及びケンウッドの各市場占有率は、別紙Cのとおりである(括弧内がケンウッドの市場占有率である。)。上記12年間の国内市場におけるCDプレーヤの出荷台数は、合計で2151万4000台、ソニーの出荷台数は、その市場占有率から計算すると、合計で875万9173台、ケンウッドの出荷台数は、その市場占有率から計算すると、合計で173万7965台となる(ただし、不明の昭和63年の出荷台数については、138万台と推定し、ソニーの昭和63年の市場占有率を39.5%と推定し、ケンウッドについては平成2年に上位5社に躍進してきているので、昭和61年から昭和63年までの市場占有率を2%と推定した。)。これからすると、CDプレーヤについては、ソニーの国内の出荷台数は、ケンウッドの出荷台数の約5.04倍である。
(b) ソニーのCDプレーヤの合計国内生産額2兆0202億4800万円(輸出用を含む)に対し、1審被告がケンウッド及びヤマハに実施許諾したときの前記実施料率(0.8%、0.6%)よりも低く、ソニーが他社に課していたCDプレーヤに関するソニー特許の実施料率である0.5%よりも低い実施料率である0.3%を乗じると、約60億6074万円(1万円未満切り捨て)となる。
 なお、ケンウッドが1審被告に支払った実施料は前記認定のとおりであり、その総額は、18億4400万円である。国内市場におけるCDプレーヤのソニーの出荷台数とケンウッドの出荷台数は、別紙Cのとおりであり、ソニーの出荷台数はケンウッドの出荷台数の約5.04倍であることから、海外でも同じ売上比率であると仮定して、同じ実施料率でソニーが支払うべき実施料を計算すると、92億9376万円(18億4400万円×5.04)となる。
(c) ソニーのCDプレーヤの製造販売についての、1審被告が有するCD関連特許に関する上記推定実施料額60億6074万円は、ケンウッドが1審被告に支払った実施料総額18億4400万円の約3.29倍にすぎず、両者の国内出荷額の比率が5.04であることからすると、推定実施料額としては極めて控えめな数字である。さらに、ソニーは、CDプレーヤのみならず、光ピックアップユニットその他のCD関連製品も製造販売していることからすれば、ソニーが1審被告が有するCD関連製品に関する特許発明の実施許諾に対し、本来支払うべき通常の実施料相当額は、上記金額(60億円)を優に上回るものと認定することができる。
 包括的クロスライセンス契約の場合、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を算定するに当たって、相手方が当該発明について支払うべき実施料を基に計算する場合には、前記のような不確実性があるため、事案に応じ、減額調整して認定すべきことは上記のとおりである。
 以上からすれば、1審被告がソニーとの間の包括的クロスライセンス契約において、本件発明1により受けた利益は、上記60億円(1億円未満切り捨て)に、本件発明1の寄与率10%(ケンウッドと同じ寄与率)を乗じた6億円と認めるのが相当である(民訴法248条参照)。
(d) 1審被告は、ソニーのCDプレーヤ等の売上げから包括的クロスライセンス契約における本件発明1により1審被告が受けた利益の額を算出することはできない、と主張する。しかし、1審被告の同主張を採用することができないことは、上に判示したところから明らかである。
(ウ) フィリップスとの間の包括的クロスライセンス契約について
 1審原告は、1審被告が、昭和58年から昭和63年までの6年間に、上記のとおり、2億4700万円の実施料収入を得たのであるから、フィリップスとの間の昭和63年の包括的クロスライセンス契約により、昭和63年から平成9年までの期間について、本件発明1により年間4116万円の利益を得た、と主張する。
 しかし、前記認定のとおり、1審被告は、フィリップスに対し、本件発明1については、少なくとも58年契約に引き続く61年契約により、「CD、VDP、コンピュータ用光ディスク・ドライブ等の光ディスク記憶装置及び記憶媒体」について、特許の有効期間中存続する実施権を設定し、61年契約の対象製品についての本件発明1の存続期間内における実施料は、同契約と58年契約により既に受領しているのである。したがって、1審被告が、フィリップスとの間の63年契約において本件発明1により受けた利益の額は、63年契約で拡大された対象製品のみについての本件発明1の実施料額にすぎない。しかし、本件では、フィリップスが、昭和63年以降に、61年契約の対象製品以外の製品をどの程度製造販売したかについては、これを認めるに足りる証拠はない。したがって、1審被告が63年契約により受領したバランス調整金としての実施料25万米ドル以上に、フィリップスが本件発明1の実施により本来支払うべき実施料がいくらになるかは不明である。
 以上のとおり、1審被告とフィリップスとの間の63年契約及びその後に更新されたとされる包括的クロスライセンス契約(平成6年契約)における本件発明1により1審被告が受けた利益の額については、バランス調整金としての実施料である前記25万ドル以外に、これを認めるに足りる証拠はない。原判決がフィリップスとの包括的クロスライセンス契約において本件発明1により1審被告が受けるべき利益の額を4000万円とした認定は、その根拠が不明であり、採用し得ない。
(エ) オリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約について
(a) 1審被告は、1審原告の、1審被告とオリンパスとの間の包括的クロスライセンス契約についての主張が、控訴審において初めてなされたことから、この主張は、訴訟の完結を遅延し、時機に後れた攻撃防御方法である、と主張する。しかし、前記(2)で述べたのと同じ理由により、1審原告のこの主張は、「故意又は重大な過失により時期に後れて提出した攻撃方法」であるということができない。
(b) 証拠(甲8、甲12、甲103、乙97、乙191)によれば、次の事実が認められる。
 1審被告とオリンパスとは、平成6年4月に、光磁気ディスク・光ディスクの記録・再生装置に関連して、両者が保有するすべての特許を対象とする包括的クロスライセンス契約を締結した。この契約は、1審被告がオリンパスが有するCD関連特許発明及びMO関連特許発明を実施しており、オリンパスも、平成5年3月で光ピックアップユニットの製造を中止し、以後製造していなかったものの、1審被告が有するMO関連特許発明を実施していたため、1審被告はオリンパスのMO及びCD関連特許発明についての実施許諾を必要とし、オリンパスは1審被告のMO関連特許発明についての実施許諾を必要としていたことから、相互に無償のクロスライセンス契約として成立したものである。このように、オリンパスが平成5年3月で光ピックアップの製造を中止し、以後製造していなかったため、本件発明1は、上記包括的クロスライセンス契約において、十分な貢献をしていない。もっとも、オリンパスの過去における光ピックアップの製造販売については、上記包括的クロスライセンス契約において、その貢献度を認めるべきである。しかし、オリンパスが過去に本件発明1を実施した光ピックアップをどの程度製造販売したかについては、これを認めるに足りる証拠はない。また、1審被告においても、上記包括的クロスライセンス契約締結後においても、オリンパスとの関係では、本件発明1について、実績補償金を一切支払っていない(乙97)。
 1審原告は、オリンパスは、光ピックアップについて、ソニー及び三洋の2社から、1社当たり年間平均約10億1136万円の実施料を受領しており、1審被告は、オリンパスとの包括的クロスライセンス契約により、上記額の実施料の支払を免れたことになる、と主張する。しかし、1審被告の光ピックアップの製造販売額が少なくともソニーのものとは大きく異なること(甲285の1ないし9)からすれば、1審原告の上記主張は到底採用することができない。
 以上からすれば、結局のところ、1審被告がオリンパスとの包括的クロスライセンス契約において、本件発明1により受けた利益については、これを認めるに足りる証拠はない、というべきである。
(4) 本件発明1がなされるについて使用者等が貢献した程度について
 1審被告が1審原告に提供した研究環境、1審原告の職務内容と本件発明1の発明に至る過程、発明の完成から出願に至る過程、権利化の過程と1審被告の貢献度、ライセンス活動における1審被告の貢献度、1審原告に対する処遇については、原判決の「1 事実経過」(原判決42頁16行〜58頁下から8行)に認定されたとおりであり、これらの事実からすれば、原判決が「4 争点(1)及び(2)について」の「(4) 本件発明1がされるについて被告が貢献した程度について」の「ア 被告が貢献した程度について」(原判決72頁下から8行〜74頁6行)に記載した理由により、本件発明1がなされるについて1審被告が貢献した程度を80%と認定したことは是認することができる。
 1審被告は、原判決の「本件発明1は、原告の着想によるところが大きい」(原判決73頁16行〜17行)との認定について、本件発明1に係る日本国特許は、その特許請求の範囲において「半値幅」という数値の限定をしたことにより初めてその新規性・進歩性が認められたいわゆる数値限定特許であり、「半値幅」という数値に本質・特許性が認められたものにすぎない、と反論する。しかし、本件発明1に係る米国特許・カナダ特許・イギリス特許・フランス特許・オランダ特許は、半値幅の限定のない広いクレームの特許である(甲312〜甲316)ことからすれば、本件発明1の発明としての価値の中心が、数値限定にあるのではないことは、明白である。1審原告が本件発明1を着想した発明者として極めて高い評価を受けていることは動かし難い事実である(甲4、甲27、甲196、甲197)。本件発明1は、1審原告の着想によるところが大きいとした原判決の認定に誤りはない。1審被告の上記主張は採用し得ない。
 1審被告は、原判決が、ライセンス活動における1審被告の貢献度に関し、1審原告が、事業化の過程においてCD特許活用プロジェクトに参加し、侵害立証のための装置を作り、フィリップスとのライセンス交渉に参加したことを、1審原告の貢献度として評価していることは誤りである、これらの1審原告の行動は、いずれも1審被告の従業員としての行動・貢献であって、発明者としての1審原告の貢献度として加味することは許されない、と主張する。しかし、1審原告の上記行為は、本件発明1の発明者であるからこそなし得る特別な貢献というべきであり、原判決が、これをライセンス活動における1審被告の貢献度を認定するに際し、算定資料の一つとしたことについて、特に誤りはない。1審被告の主張は採用し得ない。
(5) 共同発明者間の貢献度について
 1審被告は、楕円発光の半導体レーザを対物レンズで絞れば円形スポットを得られるとの、1審原告の着想は、数値限定特許である本件発明1には何ら貢献していない、「半値幅」という数値限定はCの実験により導かれたことであり、Cの貢献度が1審原告のそれよりも下回ることはあり得ない、と主張する。しかし、本件発明1は数値限定特許である、として、1審原告の本件発明1の着想の重要性を否定する1審被告の主張が採用し得ないものであることは上記のとおりである。「東京都発明研究功労表彰候補者調査表」(甲27)には共同発明者間の貢献度として1審原告70%、C30%の記述があること、1審原告を同表彰の候補者として推薦することについては、Cも承諾していること(甲238)を根拠として、共同発明者であるCの貢献度を30%、1審原告の貢献度を70%と認定した原判決の判断は、是認することができる。
(6) 本件発明1の承継の相当な対価についての結論
 本件発明1の「相当の対価」は、次のとおり、1億6516万4300円となる。この金額から本件発明1についての補償金額等231万8000円を差し引くと1億6284万6300円となる。
(ア) 包括的ライセンス契約等に基づく「相当の対価」
 8116万4300円
@フィリップス9880万円+Aヤマハ4462万円+Bフナイ2238万円+Cケンウッド1億6730万円+Dナカミチ1544万5000円+E三洋3830万円+Fシャープ5515万円+Gシナノケンシ495万円+Hミツミ5620万円+Iティアック1800万円+Jオンキョー1500万円+Kカシオ330万円+Lアキュフェーズ180万円+Mサンスイ150万円+Nアルパイン1500万円+Oパイオニア2200万円=5億7974万5000円
 この金額に14%(発明者の貢献度20%×共同発明者間における審原告の貢献度70%)を乗じると、8116万4300円となる。((イ)についても同じ。)。
(イ) 包括的クロスライセンス契約に基づく相当の対価
 8400万円
(a) ソニー 8400万円(6億円×14%)
(b) フィリップス 0円
(c) オリンパス 0円
4 本件発明2及び本件発明3の承継の相当な対価について
(1) 1審被告は、原判決が、本件発明2及び本件発明3により得た利益230万円について、それらに係る日本国特許により得た利益を115万円と認定したことについて、同日本国特許の存続期間が対応外国特許より短いことを理由に、誤りであると主張する。
 しかし、職務発明の承継については、それらに係る外国特許についても特許法35条3項、4項の規定の適用があることは、前述のとおりであるから、本件発明2及び本件発明3により得た利益は、対応外国特許の分も含めて算定すべきである。1審被告の上記主張は、その前提において誤っており、理由がないことが明らかである。
(2) 1審被告は、原判決の、本件発明2及び本件発明3における、1審被告の貢献度の認定、共同発明者間の貢献度の認定、及び、本件発明2と本件発明3のライセンス契約締結における寄与度の認定が、いずれも誤りである、と主張する。しかし、原判決のこれらの点に関する判断は、その認定事実に照らし正当であり、是認することができる。1審被告の主張は採用することができない。
5 「相当の対価」請求権の消滅時効について
 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては、従業者等は、当該勤務規則等により、特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに、相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。対価の額については、同条4項の規定があるので、勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるものの、対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって、勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは、勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないというべきである。そうすると、勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には、その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決民集第57巻4号477頁)
 本件においては、原判決が認定したとおり、1審被告には、本件各発明に係る特許の出願時に、「発明、考案等に関する表彰規程」が存し、出願、登録、実施に分けて、一定の金員を給付することとされており、その後、平成2年7月11日に、「発明考案等取扱規則」及びそのうちの補償内容を定めた「発明考案等に関する補償規程」が定められ、平成3年6月21日には、上記補償規程に規定する出願補償、登録補償、実績補償及び特別の事情による補償の基準を定めた「発明考案等に関する補償基準」が定められたものであり、これらの被告規定に従って、1審被告は、1審原告に対して、本件発明1については平成12年度支払分まで、本件発明2については平成11年度支払分まで、本件発明3については平成4年度支払分まで、毎年12月ころに、実績補償金等を支払ってきたものである(原判決第2・1(6)参照)。
 本訴が提起されたのは、本件発明1については、平成10年であり、本件発明2、3については、平成12年であるから、上記相当対価請求権については、いずれも実績補償の最終支払時期である消滅時効の起算点から10年を経過しておらず、消滅時効は完成していないことが明らかである。
 1審被告は、本訴提起時において、本件各発明につき特許を受ける権利の承継のとき、すなわち、1審原告により本件各発明がなされた時点から既に10年が経過しており、上記承継時においては、1審被告には実績補償に関する規定が存在しなかったことから、上記承継時から時効が進行し、本件各発明の「相当の対価」請求権については、消滅時効が既に完成している、と主張する。しかし、本件各発明に係る特許を受ける権利の承継の時点においては上記各規定は存在しなかった、との事実は、上記認定事実の下では、上記結論に影響を及ぼすものではないというべきである。1審被告の時効に関する上記主張は、採用することができない。
6 結論
 結局のところ、本件発明1の承継の相当の対価の不足分は、合計1億6284万6300円となり、この金額から原判決が本件発明1について認容した3474万円を差し引くと、1億2810万6300円となる。
第4 結論
 以上のとおり、1審原告の本訴請求は、東京地方裁判所平成10年(ワ)第16832号事件において原判決が棄却した部分についても、本判決主文第2項に記載した限度では理由があり、その余は理由がないことが明らかである。そこで、原判決中、1審原告の請求を棄却した上記部分を、本判決主文第2項に反する限度で、取り消し、同限度で1審原告の請求を認容し、その余の控訴は棄却することとし、1審被告の控訴は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法67条2項、64条を、仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一
 裁判官 阿部正幸


別紙A 本件発明1の各国の特許の存続期間 [略]
別紙B CDプレーヤの国内及び海外生産額 [略]
別紙C [略]
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