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【事件名】モバイルソフト事件B
【年月日】平成16年1月28日
 東京地裁 平成15年(ワ)第5020号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成15年11月17日)

判決
原告 株式会社エス・エス・アイ
原告 株式会社エス・エス・アイ・トリスター
原告ら訴訟代理人弁護士 荻野明一
同 小林雅人
同 北澤尚登
被告 ソースネクスト株式会社
訴訟代理人弁護士 藤勝辰博
同 村田珠美


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告らに対し、金900万円及びこれに対する平成15年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告らが被告に対し、被告が原告らを相手方としてした仮処分命令の申立てが不法行為を構成するとして損害賠償を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 原告ら及び被告は、いずれもコンピュータソフトの開発、販売、コンピュータ機器及び周辺装置の販売等を業とする株式会社である。
(2) 被告は、平成13年1月31日、株式会社アメリカンメガトレンド(以下「AMI社」という。)との間で、被告がAMI社に対して、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて、開発を委託する旨の開発委託契約(以下「本件開発委託契約」という。)を締結した。
 本件開発委託契約の契約書(甲3)には「乙(AMI社)が作成した仕様書、本件開発製品及び附属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料(以下、本件著作物という)に関する著作権(著作権法27条、同28条の権利を含む)及び所有権その他一切の権利は、委託料の完済時に甲(被告)が取得する。」(17条1項)との条項があった(以下「17条合意」という。)。
(3) その後、被告は、平成14年4月5日、AMI社との間で、本件開発委託契約を終了させることを前提に、合意書(以下「本件合意書」という。)を作成し、本件合意書3項で、本件開発委託契約17条に関し、次のとおり合意した(甲4。ただし、その合意内容をどのように解釈するかについては後記のとおり争いがある。)。
 「甲(被告)乙(AMI社)間の2001年1月31日付開発基本契約書第17項第1条に規定する「乙が作成した仕様書、本件開発製品及び付属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料(以下、本件著作物という)に関する著作権及び所有権その他一切の権利」の本件著作物のうちには「ソースコード」は含まれておらず、「ソースコード」が乙の固有の権利であることを確認する。今後乙は、これを自由に付加開発し、他に開示することができる。」
 被告は、平成14年7月ころ、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて、携快電話6との商品名を付して、販売した(以下、上記商品を「携快電話6」という。)。携快電話6は、AMI社が被告の委託を受けて開発した製品である。
(4) 原告らは、平成14年7月27日、「携帯万能8」の商品名で携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエア(以下「携帯万能8」という。)を発売した。携帯万能8は、原告らの委託を受けてAMI社が開発したソフトウエアであり、原告らは、AMI社の使用許諾を受けて携帯万能8を販売した。
(5) 被告は、平成14年9月6日、東京地方裁判所に対し、原告らを相手方として携帯万能8の複製、販売、頒布及び展示の停止を求めて仮処分命令を申し立てた(以下「本件仮処分申立て」という。)。申立ての理由は、原告らによる携帯万能8の複製、販売等が、被告が携快電話6について有する著作権を侵害するというものであった(甲1)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件仮処分申立てが不法行為を構成するか。
(原告らの主張)
ア 著作権侵害の成否
 携帯万能8は、プログラムとデータファイルから構成されるが、以下に述べるとおり、いずれも携快電話6の著作権を侵害するものではない。
(ア) 本件合意書3項の趣旨
 本件合意書3項では、携快電話の「ソースコードがAMI社固有の権利であることを確認する。今後AMI社はこれを自由に付加開発し、他に開示することができる。」と定めている。
 ここにいう「ソースコード」とは、AMI社の業態等を考慮すれば、オブジェクトコードよりも広く、オブジェクトコードを含む全プログラムを含むものと解されるから、携快電話6のプログラムの著作権はAMI社に帰属する。
(イ) プログラムの著作権侵害の不成立
a AMI社は、前記のとおり、本件合意書3項により、携快電話6のプログラムの著作権を有する。そして、同社は、原告らの委託を受けて、携快電話6のソースコードに改良を加えて、携帯万能8のオブジェクトコード(プログラム)を製作した。原告らは、AMI社から使用許諾を得て携帯万能8を販売したのであるから、これがプログラムについての被告の著作権を侵害することはあり得ない。
b 仮に、本件合意書3項の「ソースコード」を一般的な語義どおりに解するとしても、オブジェクトコードはソースコードの複製物であるから、携快電話6のオブジェクトコードの著作権はAMI社に帰属する。したがって、携帯万能8の販売がプログラムについての被告の著作権を侵害することはない。
 また、携帯万能8のオブジェクトコードは、携快電話6のオブジェクトコードに依拠して製作したものではないから、その意味でも被告の著作権を侵害することはない。
(ウ) データファイルの著作権侵害の不成立
a 画像ファイル
 携快電話6のデータファイルには、携帯電話画面に表示する似顔絵を作成するための、目、鼻、髪等の画像を収録した画像ファイルが含まれる。しかし、これらの画像ファイルを構成する個々の画像は、ありふれた表現であって創作性がないから、著作物には当たらない。
 仮に、これらの画像ファイルの画像に著作物性が認められるとしても、これらの画像は、株式会社リナコジャパン(以下「リナコ社」という。)が製作し、AMI社がリナコ社から使用許諾を得て携快電話6に使用したものであるから、被告がこれらの画像について著作権を取得することはない。
 また、携快電話6に含まれる画像ファイルに収録された多数の画像は、一定の基準に従って抽出されたわけではなく、単に「目・鼻・髪」といったパーツの分類、「長髪・短髪」「裸眼・眼鏡」といった大まかな特徴の分類及び「喜・怒・哀・楽」といった感情別の分類によって羅列されているにすぎないから、それらの画像ファイルがデータベースの著作物となることもない。
b 携帯電話機情報ファイル
 携快電話6には携帯電話機種に関するデータファイルが含まれる。しかし、このデータファイルを構成する個々の機種情報は、携帯電話メーカーが付した機種名及び機種番号をそのまま用いただけのものであって、そこに著作権が成立する余地はない。また、携帯電話情報ファイルは情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものではないから、データベースの著作物にも当たらない。
c 音源ファイル
 携快電話6に含まれている着信メロディーの音源ファイルは、いずれも収録された楽曲そのものの著作権が消滅しているから、被告が音源ファイルについて著作権を有することはあり得ない。
 また、音源ファイルについては、その作成過程に「実演」に当たる行為は存在せず、また、レコードにも当たらないから、著作隣接権が成立することもない。
d まとめ
 したがって、携帯万能8に携快電話6に含まれるデータファイルと同一のデータファイルが含まれているとしても、被告の著作権又は著作隣接権を侵害することにはならない。
(エ) 対抗要件の欠缺
 被告が携帯万能8により侵害されたと主張する携快電話6についての著作権は、AMI社から承継取得したものであるが、被告は、当該著作権の移転登録を経由していない。一方、原告らは、AMI社の製作した携帯万能8を同社の使用許諾を得て販売したものである。したがって、仮に携帯万能8が携快電話6の複製物であるとしても、被告は、対抗要件なくして上記著作権の承継取得を原告らに主張することはできない。
イ 本件仮処分申立ての違法性
 訴訟提起当時において理由のないことを知りながら、又は通常人であれば理由のないことを容易に知り得るはずであるのにあえて訴えを提起する行為は、故意又は過失による不当訴訟として不法行為を構成する(最高裁第三小法廷昭和63年1月26日判決民集42巻1号1頁)。
 本件申立てに係る仮処分事件における被告の主張の経緯、内容及び同申立て前における被告の原告らに対する悪質な営業妨害行為に鑑みれば、被告は、本件仮処分申立て当時において、原告らによる携帯万能8の販売が被告の著作権侵害とならないことを認識し、又は通常人であればその旨を容易に認識し得たにもかかわらず、あえて本件仮処分申立てに及んだことが明らかである。
 したがって、本件仮処分申立ては、原告らに対する不法行為を構成する。
(被告の反論)
ア 著作権侵害の成否
 携帯万能8は、以下に述べるとおり、携快電話6の著作権を侵害する。
(ア) 本件合意書3項の趣旨
 AMI社は、ハードウエア(パソコンの周辺機器)及びその操作のためのドライバ等のソフトウエアの開発・販売業者である。AMI社は、携快電話の製作に当たり、もともと開発していたドライバ等のソフトウエアを組み込んで使用したが、本件開発委託契約の終了に際して、AMI社が従来からの業務を行うため、本件開発委託契約前から開発していたハードウエアのドライバ等の権利を要求した。そこで、被告とAMI社は、そのようなドライバ等のソフトウエアの権利をAMI社のものとするため、本件合意書3項において「ソースコード」についてAMI社が固有の権利を有する旨合意した。したがって、本件合意書3項にいう「ソースコード」とは、充電ケーブル等のパソコン内部機器及び周辺機器のドライバ等を意味し、携快電話6のソースコードを含まないものと解釈すべきである。
(イ) プログラムの著作権侵害
 本件合意書3項にいう「ソースコード」には携快電話6のソースコードを含まないから、携快電話6のソースコードの著作権は被告に帰属する。携帯万能8のオブジェクトコード(プログラム)は、携快電話6のソースコードを修正して製作されたものであるから、被告の有する携快電話6(プログラム)の著作権を侵害する。
(ウ) データファイルの著作権侵害
a 画像ファイル
 携快電話6の画像ファイルの画像に著作物性がないとしても、画像ファイルは、画像を1000億通り以上に組み合わせて特定の人物に近い似顔絵を作成できるようにしたのであるから、データベースの著作物に当たる。
 携帯万能8の画像ファイルは、被告の有する携快電話6の上記データベースの著作権を侵害する。
b 携帯電話機情報ファイル
 携快電話6の携帯電話機情報ファイルは、携帯電話の機種に関するデータを被告の創意工夫でテーブル化したものであるから、データベースに該当する。そして、携帯電話機情報ファイルは、項目の設定に独自性と創作性があるから、データベースの著作物である。
 携帯万能8には携快電話6の携帯電話機情報ファイルと同一の携帯電話機情報ファイルが含まれるから、被告の有する上記データベースの著作権を侵害する。
c 音源ファイル
 携快電話6の音源ファイルは、コンピュータ上で音を作成し、組み立てて作成したものであり、これは演奏に当たる。被告は、AMI社から音源ファイルについて実演家の権利を取得した。
 また、音源ファイルは、まずマスターCDに記録し、それを携快電話6のCD−ROMに複製して販売するから、マスターCDはレコードに当たる。被告は、AMI社からマスターCDについてレコード製作者の権利を取得した。
 携帯万能8には携快電話6の音源ファイルと同一の音源ファイルが含まれるから、被告の著作隣接権を侵害する。
(エ) 背信的悪意者
 被告と原告らとが、携快電話6の著作権についてAMI社から二重譲渡を受けた関係にあるとしても、原告らはいわゆる背信的悪意者に当たるから、被告は対抗要件なくして著作権の取得を主張できる。すなわち、携快電話6は市場において被告の商品であると認知されていること、被告と原告らとの間には以前から訴訟も含めて紛争が継続し、原告らは被告の業務を妨害してきたこと等の経緯に照らすならば、原告らは、被告の業務を妨害するためにAMI社が携快電話6の著作権を有しないことを知りながら二重譲渡を受けたということができ、背信的悪意者に当たる。
イ 本件仮処分申立ての適法性
 以上のとおり、原告らによる携帯万能8の販売は、被告が携快電話6について有する著作権及び著作隣接権を侵害する。したがって、被告がした本件仮処分申立ては、権利者としての正当な行為であり、不法行為を構成しないことは明らかである。
(2) 損害の額
(原告らの主張)
ア 原告らは、被告の不当な本件仮処分申立てにより、これに対する応訴その他の主張立証の準備に人員を当てざるを得なくなり、通常業務に支障が生じた。これによる人件費及び交通費等の関連経費は、被告の不法行為により原告らが被った損害に含まれる。
イ 原告らは、被告の不当な本件仮処分申立てにより、社会的評価及び営業上の信用が低下し、無形の損害を被った。
ウ 被告の不当な本件仮処分申立てに対応するための弁護士費用も、被告の不法行為により原告らが被った損害に含まれる。
エ 上記アないしウの損害は、合計900万円を下らない。
(被告の認否)
 原告らの主張を争う。
第3 当裁判所の判断
1 著作権侵害の成否
 まず、原告らが、携帯万能8を販売することは携快電話6について被告の有する著作権を侵害しているか否かについて、検討する。
(1) 認定事実
 前記争いのない事実等に証拠(甲3、4、6、11ないし13、16、20、28ないし31、34ないし38、40、67、68。なお、枝番号は表記を省略する。以下同じ。)と弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 被告は、平成13年1月31日、AMI社との間で、被告がAMI社に対して、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて、開発を委託する旨の本件開発委託契約を締結した。携快電話6は、本件開発委託契約に基づき、AMI社が被告の委託を受けて製作した製品である。
イ 本件開発委託契約では、「AMI社が作成した仕様書、本件開発製品及び附属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料に関する著作権及び所有権その他一切の権利は、委託料の完済時に被告が取得する。」(17条合意)と合意された。被告は、AMI社に対し、携快電話6の開発に係る委託料を完済した。
ウ 被告とAMI社は、平成14年4月5日、本件開発委託契約を終了させたが、契約終了後の両者の法律関係を定めるものとして本件合意書を交わし、その3項で、17条合意において規定された「AMI社が作成した仕様書、本件開発製品及び付属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料(以下、本件著作物という)に関する著作権及び所有権その他一切の権利」の本件著作物のうちには「ソースコード」は含まれておらず、「ソースコード」がAMI社の固有の権利であることを確認する旨、及び今後AMI社は、これを自由に付加開発し、他に開示することができる旨合意した。
エ 原告らは、平成14年4月ころ、AMI社に対して、携帯電話のメモリを編集する等の機能を有するパソコン用ソフトウエアの開発を委託し、AMI社は、携帯万能8を製作した。原告らは、同年7月27日、AMI社の使用許諾を受けて、携帯万能8の販売を開始した。携帯万能8は、プログラムとデータファイルから構成されるソフトウエアに係る製品であるが、AMI社は、携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて携帯万能8のプログラムを製作し、また、携快電話6に使用したデータファイルをそのまま若しくは一部変更して携帯万能8のデータファイルとして使用し、携帯万能8を製作した。このため、携帯万能8のデータファイル(画像ファイル、音源ファイル、携帯電話機情報ファイル)には携快電話6のデータファイルと全く同一のファイルが多数含まれている。原告らは、携帯万能8についてAMI社から使用許諾を受けている。
オ 携快電話6と携帯万能8とは、以下のとおり、多数の共通点がある。
(ア) 両者の画像ファイルは同一である。携快電話6に含まれる画像ファイルはリナコ社が製作した。AMI社は、リナコ社から使用許諾を得て、これらの画像ファイルを携快電話6及び携帯万能8に使用した。なお、AMI社は、被告に対し、上記画像ファイルの製作者がリナコ社であることを伝えていなかったので、被告は、上記画像ファイルをAMI社が製作したものと信じていた。
(イ) 着信メロディーのサンプル曲として含まれている音源ファイルのうち、7個が同一である。携帯電話機情報ファイルも同一である。
(ウ) 起動直後の画面(甲30)、スケジュール編集画面(甲31)、メールツール画面(甲34)、メール転送設定画面(甲35)、ブックマーク編集画面(甲36)、着メロ編集画面(甲37)、画像編集画面(甲38)、iアプリ作成画面(甲40)において、両者は極めて類似する。
カ 被告は、平成14年12月10日、原告らが「携帯万能9」の商品名で携帯万能8の後継商品を発売し、携帯万能8の販売差止め等を求める必要がなくなったとして、本件仮処分申立てを取り下げた。
(2) 判断
 以上認定した事実を基礎にして、著作権侵害の成否について判断する。
ア プログラムの著作権侵害の有無
(ア) 前記(1)認定の事実によれば、被告は本件開発委託契約の17条合意により、AMI社が開発した携快電話6のプログラム及びデータファイルの著作権を同社から承継取得したことが認められるが、その後、本件合意書3項により「ソースコード」についてはAMI社が固有の権利を有し、AMI社は「ソースコード」を「自由に付加開発し、他に開示することができる」旨合意している。そして、「ソースコード」の一般的な意味及び本件合意書3項の文言からすれば、本件合意書3項にいう「ソースコード」とは、携快電話6のプログラムのソースコードを意味するものと解するのが相当である。
 これに対して、被告は、上記「ソースコード」はAMI社がもともと開発していたドライバ等を意味する旨主張するが、本件証拠上、そのように解すべき事情は窺われないから、被告の主張は採用できない。
 したがって、携快電話6のソースコードの著作権はAMI社に帰属する。被告は、携快電話6について、AMI社と共同著作権を有しているとも主張するが、採用の限りでない。
(イ) 前記(1)認定のとおり、携帯万能8のプログラムは、AMI社が携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて製作したものであるが、本件合意書3項によれば、携快電話6のソースコードの著作権はAMI社に帰属し、AMI社は、携快電話6のソースコードを「自由に付加開発し、他に開示することができる」のであるから、被告が携快電話6のプログラム(オブジェクトコード)の著作権を有するとしても、携帯万能8のプログラムが被告の著作権を侵害して製作されたものということはできない。
 そして、原告らはAMI社の使用許諾を得て携帯万能8を販売しているのであるから、原告らの販売行為は、携快電話6の著作権を侵害しない。
イ 画像ファイルの著作権侵害の有無
 前記(1)認定のとおり、携帯万能8の画像ファイルには携快電話6の画像ファイルと同一のものが存在する。
 ところで、前記のとおり、携快電話6の画像ファイルはリナコ社が製作したものであるから、仮に画像に著作物性が肯定されるものが含まれていたとしても、当該画像ファイルの著作権はリナコ社に帰属しているものと解される。本件において、被告が当該著作権を承継取得したとの主張、立証もない。したがって、被告は携快電話6の画像ファイルの著作権を有しないから、携帯万能8の画像ファイルが被告の著作権を侵害することはない。
 また、被告は、携快電話6の画像ファイルの画像がデータベースの著作物に当たるので、携帯万能8の画像ファイルはデータベースの著作権を侵害する旨主張する。しかし、当該画像ファイルは、似顔絵を作るために顔を目、鼻、口、眉、頭髪等の各部分に分け、それらの部分ごとに複数の画像を作成し、データファイルのフォルダに保存しただけのものであって、「情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」とはいえないから、著作権法2条1項10号の3所定の「データベース」には当たらない。したがって、この点の被告の主張は採用できない。
ウ その他のデータファイルの著作権侵害の有無
 前記(1)認定のとおり、携帯万能8のその他のデータファイル(携帯電話機情報ファイル、音源ファイル)には携快電話6のデータファイルと同一のものが存在する。
 ところで、前記のとおり、携快電話6のその他のデータファイルはAMI社が製作し、被告はAMI社からその著作権等を承継取得した。一方で、携帯万能8のその他のデータファイルは、原告らがAMI社から使用許諾を得て携帯万能8の一部として販売している。そうすると、携帯万能8のその他のデータファイルのうち、携快電話6のファイルと同一のものについては、被告と原告らとはAMI社を起点として、いわゆる二重譲渡と同様の関係にあるということができるから、被告が原告らに対し、AMI社からその他のデータファイルの著作権又は著作隣接権を承継取得したことを対抗するためには、著作権法77条1号所定の権利の移転登録を要するというべきである。しかし、被告は移転登録を得ていないのであるから、仮にその他のデータファイルについて著作権又は著作隣接権が成立するものが含まれていたとしても、原告らが携帯万能8を販売する行為は、当該著作権又は著作隣接権の侵害とはならない。
 この点について、被告は、原告らがいわゆる背信的悪意者に当たるから、被告は権利の移転登録なくしてその他のデータファイルの著作権等の取得を原告らに対抗することができると主張する。しかし、本件全証拠によっても原告らが背信的悪意者に当たるとすべき事情は認められない。
(3) 小括
 以上のとおり、原告らが携帯万能8を販売する行為は、被告が携快電話6について有する著作権の侵害とはならない。
2 本件仮処分申立ての違法性の有無
(1) 本件仮処分申立てが、相手方に対する違法な行為といえるためには、同申立てに係る審理において、申立人の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、しかも、申立人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに、あえて仮処分命令を申し立てたなど、仮処分命令の申立てが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁第三小法廷昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。
 そこで、この観点から、被告が原告らを相手方としてした仮処分命令の申立てが、違法な行為といえるか否かについて、検討する。
(2) 前記2で認定判断したとおり、原告らが携帯万能8を販売する行為は、被告が携快電話6について有する著作権を侵害するものではないから、本件仮処分申立ては、結果として被保全権利がなく、理由がないことに帰する。
 しかし、前記のとおり、@被告は本件開発委託契約の17条合意により、プログラムのソースコードを除き、携快電話6についての著作権を取得していたこと、A原告らの販売する携帯万能8のデータファイルには、携快電話6のそれと全く同一のファイルが多数含まれており、具体的には、画像ファイル及び携帯電話機情報ファイルが全く同一であり、着信メロディーのサンプル曲である音源ファイルは7個が同一であったこと、B携快電話6と携帯万能8は、起動直後の画面、スケジュール編集画面、メールツール画面、メール転送設定画面、ブックマーク編集画面、着メロ編集画面、画像編集画面、iアプリ作成画面が極めて類似していたこと等の事実経緯に照らすならば、被告が、原告らによる携帯万能8の販売行為を自己の携快電話6について有する著作権を侵害するものと信じたことについては相応の事実的及び法律的根拠があったというべきである。
 そうすると、被告の本件仮処分申立ては、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとは認められないから、原告らに対する違法な行為とはならず、不法行為を構成しない。
3 結語
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 榎戸道也
 裁判官 佐野信
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/