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【事件名】モバイルソフト事件A
【年月日】平成16年1月28日
 東京地裁 平成14年(ワ)第18628号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成15年11月17日)

判決
原告 株式会社エス・エス・アイ・トリスター
訴訟代理人弁護士 荻野明一
同 小林雅人
同 北澤尚登
被告 ソースネクスト株式会社
訴訟代理人弁護士 藤勝辰博
同 村田珠美


主文
1 被告は、原告に対し、金600万円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金4億9915万7373円及びこれに対する平成14年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 原告は、被告に対して、被告の下記各行為は、@不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為、又はA不法行為(民法709条、710条)に該当するとして、各根拠を選択的に主張して、損害賠償金の支払を求めた。
(1) 後記原告商品1を販売する原告の行為は、被告の有する商標権を侵害する旨を原告の取引先に告知流布した被告の行為
(2) 後記原告商品2を販売する原告の行為は、被告の有する著作権を侵害する旨を原告の取引先に告知流布した被告の行為
2 争いのない事実等
(1) 当事者
 原告及び被告は、いずれもコンピュータソフトの開発、販売、コンピュータ機器及び周辺装置の販売等を業とする会社である。
(2) 商標権侵害に関連する事実
ア 被告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。
 登録番号 第4554771号
 登録日 平成14年3月22日
 商品の区分 第9類
 指定商品 電子計算機用プログラムを記憶した磁気ディスク・CD−ROM・DVD−ROM及びその他の記憶媒体、その他電子応用機械器具及びその部品、電気通信機械器具、電子計算機
 登録商標 常時接楽(標準文字)
イ 原告は、平成14年6月21日に、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエア(以下「原告商品1」という。)について、「携帯接楽7」(以下「原告標章」という。)との商品名を付して、発売することを予定していたが、予定日の直前の同月20日に、原告商品1の発売を中止した(甲4、弁論の全趣旨)。
(3) 著作権侵害に関連する事実
ア 被告は、平成13年1月31日、株式会社アメリカンメガトレンド(以下「AMI社」という。)との間で、被告がAMI社に対して、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて、開発を委託する旨の開発委託契約(以下「本件開発委託契約」という。)を締結した。
 本件開発委託契約の契約書(甲26)には「乙(AMI社)が作成した仕様書、本件開発製品及び附属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料(以下、本件著作物という)に関する著作権及び所有権その他一切の権利は、委託料の完済時に甲(被告)が取得する。」(17条1項)との条項があった(以下「17条合意」という。)。
イ その後、被告は、平成14年4月5日、AMI社との間で、本件開発委託契約を終了させることを前提に、合意書(以下「本件合意書」という。)を作成し、本件合意書3項で、本件開発委託契約17条に関し、次のとおり合意した(甲19。ただし、その合意内容をどのように解釈するかについては後記のとおり争いがある。)。
 「甲(被告)乙(AMI社)間の2001年1月31日付開発基本契約書第17項第1条に規定する「乙が作成した仕様書、本件開発製品及び付属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料(以下、本件著作物という)に関する著作権及び所有権その他一切の権利」の本件著作物のうちには「ソースコード」は含まれておらず、「ソースコード」が乙の固有の権利であることを確認する。今後乙は、これを自由に付加開発し、他に開示することができる。」
 被告は、平成14年7月ころ、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて、携快電話6との商品名を付して、販売した(以下、上記商品を「携快電話6」という。)。携快電話6は、AMI社が被告の委託を受けて開発した製品である。
ウ 原告は、平成14年7月27日、原告商品1を作り直した商品(以下「原告商品2」という。)に、「携帯万能8」との商品名を付して販売を開始した。原告商品1及び原告商品2は、いずれも原告の委託を受けてAMI社が開発したソフトウエアであり、原告は、AMI社の使用許諾を受けている。
エ 被告は、平成14年8月10日、警視庁に対し、原告代表者らが原告商品2を複製・頒布する行為は、被告の有する「携快電話」のプログラムの著作権の侵害に当たるとして、原告代表者らを著作権法違反の罪で告訴し、受理された(甲11)。
第3 争点及び当事者の主張
1 商標権侵害を内容とする虚偽事実の告知流布行為について
(原告の主張)
(1) 被告の行為
ア 被告は、原告商品1の発売直前である平成14年6月15日ころ、原告の取引先であるソフトバンクコマース株式会社(以下「ソフトバンクコマース社」という。)及び株式会社コンピュータウェーブ(以下「コンピュータウェーブ社」という。)に対し、通知書をファクシミリにより送信し、原告が販売しようとしている原告商品1が本件商標権を侵害するなどの虚偽の事実を告知して、同商品を扱わないように要求した(以下「本件告知行為1」という。)
 原告は、上記通知書の送付を受けたソフトバンクコマース社等から問い合わせを受け、原告商品1が本件商標権を侵害することはないと説明したが、紛争に巻き込まれることをおそれたソフトバンクコマース社等は、原告に対し一方的に原告商品1の取引中止を申し出た。
イ ソフトバンク社及びコンピュータウエーブ社は、いずれもパソコンソフト製品を扱う大手の流通卸業者であり、我が国の流通市場は両社の寡占状態にあるため、両社がある商品を扱うかどうかがその商品を販売できるかどうかを決していた。原告は、ソフトバンクコマース社等の意向を無視できず、やむなく、原告商品1の発売を中止した。
(2) 商標権侵害の成否
ア 本件商標と原告標章の要部
 本件商標は、インターネットに24時間接続していることを意味する「常時接続」という語に関連づけられた造語であって、「常時接続」を想起させるから、本件商標全体が一体不可分のものとして認識される。したがって、本件商標のうち「接楽」の部分だけが要部となることはない。
 原告標章も一体不可分のものとして認識される。
イ 対比
 両者の要部を対比すると、本件商標からは「ジョージセツラク」との称呼を生じ、原告標章からは「ケイタイセツラク」との称呼を生じるから、両者は称呼において相違する。また、本件商標からは「いつも接続して楽になる」とか「いつも接続して楽しくなる」などの観念が想起され、原告標章からは「携帯電話に接続して楽しくなる」との観念が想起されるから、両者は観念において相違する。さらに、両者は外観において相違する。
 したがって、本件商標と原告標章とは類似しないから、原告商品1の販売は本件商標権の侵害とはならない。
(3) 不正競争行為等の成否
 原告と被告とは競業関係にあり、被告の行った本件告知行為1は、原告商品1の販売が本件商標権の侵害とはならないにもかかわらず、あたかも原告が商標権侵害という違法行為を行うかのような誤解を生じさせ、原告の営業上の信用を損なうような虚偽の事実を原告の取引先に告知する行為であるから、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たる。
 また、本件告知行為1は、不法行為にも当たる。
(被告の反論)
(1) 被告の行為
ア 被告は、原告に対し、平成14年6月15日、原告標章が本件商標に類似し、原告商品1の販売が本件商標権の侵害となるからその販売を中止するよう求める通知書(以下、「本件通知書」という。)を送付した。
 また、被告は、平成14年6月17日、ソフトバンクコマース社及びコンピュータウェーブ社の各担当者と面会し、@原告標章は本件商標に類似するので、原告標章を付した原告商品1の販売は、本件商標権を侵害する旨の本件通知書を原告に送付したこと、A原告商品1のパッケージ上では「携帯接楽」に<R>の表示を使用しているが、「携帯接楽」は商標登録されていないこと、を説明した。
イ 原告は、平成14年6月19日、原告商品1の発売を中止したが、この事実と、被告が、ソフトバンクコマース社等の担当者に対し、前記ア@の説明をした事実との間には因果関係はない。前記ア@の説明のような二当事者間の商標権侵害に関する見解の対立があったことを知っただけで、ソフトバンクコマース社等の流通業者が商品の取扱いを中止することはない。このことは、原告商品2が被告の著作権を侵害するとの刑事告訴が受理されたにもかかわらず、流通業者が原告商品2の取引を継続していることからも明らかである。流通業者は、原告商品1に前記アAの登録商標を示す<R>の表示がされている点を問題とした。原告はソフトバンクコマース社等から、この点の指摘を受けて原告商品1の発売を自主的に中止した。
(2) 商標権侵害等の成否
 本件商標のうち「接楽」は、被告の発案した新規で特徴のある造語であり、「常時」は一般名詞であるから、本件商標の要部は「接楽」の部分である。一方、原告標章のうち「接楽」の部分は上記のとおり造語であり、「携帯」の部分は一般名詞であるから、原告標章の要部もまた「接楽」の部分である。したがって、本件商標と原告標章は要部が同一であるから、原告標章は、本件商標に類似する。
 そうすると、原告商品1の販売は本件商標権の侵害となるから、被告がソフトバンクコマース社等の担当者に対し、本件通知書の内容を説明した行為は正当な行為であるといえる。仮に、事後的に原告標章が本件商標に類似しないと判断されたとしても、類似商標の判断には幅があるのであるから、被告が、合理的な理由に基づいて本件商標権が侵害されると判断して、本件商標権の行使として、上記説明を行った点に違法はない。
2 著作権侵害を内容とする虚偽事実の告知流布行為の成否
(原告の主張)
(1) 被告の行為
 被告は、平成14年7月から8月にかけて、原告商品2を扱う別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bPないしbQ1の小売業者に対し、訪問し、電話をかけ、又はファクシミリを送信して、「原告商品2は被告の携快電話の著作権を侵害している。原告商品2はもうすぐ回収される。これを扱うことは著作権法違反として刑事民事の法的責任を問われることになる。原告商品2を扱わないように。」などと虚偽の事実を伝えた(以下「本件告知行為2」という。)。
(2) 著作権侵害の成否
 原告商品2は、プログラムとデータファイルから構成されるが、以下に述べるとおり、いずれも携快電話6の著作権を侵害するものではない。
ア 本件合意書3項の趣旨
 本件合意書3項では、携快電話の「ソースコードがAMI社固有の権利であることを確認する。今後AMI社はこれを自由に付加開発し、他に開示することができる。」と定めている。
 ここにいう「ソースコード」とは、AMI社の業態等を考慮すれば、オブジェクトコードよりも広く、オブジェクトコードを含む全プログラムを含むものと解されるから、携快電話6のプログラムの著作権はAMI社に帰属する。
イ プログラムの著作権侵害の不成立
(ア) AMI社は、前記のとおり、本件合意書3項により、携快電話6のプログラムの著作権を有する。そして、同社は、原告の委託を受けて、携快電話6のソースコードに改良を加えて、原告商品2のオブジェクトコード(プログラム)を製作した。原告は、AMI社から使用許諾を得て原告商品2を販売したのであるから、これがプログラムについての被告の著作権を侵害することはあり得ない。
(イ) 仮に、本件合意書3項の「ソースコード」を一般的な語義どおりに解するとしても、オブジェクトコードはソースコードの複製物であるから、携快電話6のオブジェクトコードの著作権はAMI社に帰属する。したがって、原告商品2を販売がプログラムについての被告の著作権を侵害することはない。
 また、原告商品2のオブジェクトコードは、携快電話6のオブジェクトコードに依拠して製作したものではないから、その意味でも被告の著作権を侵害することはない。
ウ データファイルの著作権侵害の不成立
(ア) 画像ファイル
 携快電話6のデータファイルには、携帯電話画面に表示する似顔絵を作成するための、目、鼻、髪等の画像を収録した画像ファイルが含まれる。しかし、これらの画像ファイルを構成する個々の画像は、ありふれた表現であって創作性がないから、著作物には当たらない。
 仮に、これらの画像ファイルの画像に著作物性が認められるとしても、これらの画像は、株式会社リナコジャパン(以下「リナコ社」という。)が製作し、AMI社がリナコ社から使用許諾を得て携快電話6に使用したものであるから、被告がこれらの画像について著作権を取得することはない。
 また、携快電話6に含まれる画像ファイルに収録された多数の画像は、一定の基準に従って抽出されたわけではなく、単に「目・鼻・髪」といったパーツの分類、「長髪・短髪」「裸眼・眼鏡」といった大まかな特徴の分類及び「喜・怒・哀・楽」といった感情別の分類によって羅列されているにすぎないから、それらの画像ファイルがデータベースの著作物となることもない。
(イ) 携帯電話機情報ファイル
 携快電話6には携帯電話機種に関するデータファイルが含まれる。しかし、このデータファイルを構成する個々の機種情報は、携帯電話メーカーが付した機種名及び機種番号をそのまま用いただけのものであって、そこに著作権が成立する余地はない。また、携帯電話情報ファイルは情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有するものではないから、データベースの著作物にも当たらない。
(ウ) 音源ファイル
 携快電話6に含まれている着信メロディーの音源ファイルは、いずれも収録された楽曲そのものの著作権が消滅しているから、被告が音源ファイルについて著作権を有することはあり得ない。
 また、音源ファイルについては、その作成過程に「実演」に当たる行為は存在せず、また、レコードにも当たらないから、著作隣接権が成立することもない。
(エ) まとめ
 したがって、原告商品2に携快電話6に含まれるデータファイルと同一のデータファイルが含まれているとしても、被告の著作権又は著作隣接権を侵害することにはならない。
エ 対抗要件の欠缺
 被告が原告商品2により侵害されたと主張する携快電話6についての著作権は、AMI社から承継取得したものであるが、被告は、当該著作権の移転登録を経由していない。一方、原告は、AMI社の製作した原告商品2を同社の使用許諾を得て販売したものである。したがって、仮に原告商品2が携快電話6の複製物であるとしても、被告は、対抗要件なくして上記著作権の承継取得を原告に主張することはできない。
(被告の反論)
(1) 被告の行為
ア 被告は、平成14年7月ころ、大株主である株式会社ヨドバシカメラ(以下「ヨドバシカメラ」という。)に対し、原告商品2が携快電話6の著作権を侵害することを報告した。ヨドバシカメラは、流通業者として、一般的に著作権侵害の場合には裁判所による販売差止命令がなければ販売中止といった措置は採らない。ヨドバシカメラが原告商品2を販売しなかったことと、被告の上記報告との間には因果関係がない。
イ 被告は、平成14年8月中旬以降、別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bQないしbQ1の小売店に対し、原告商品2の販売が被告の携快電話6の著作権を侵害するとして刑事告訴した旨を説明したが、これは、以下の理由によるものである。すなわち、原告は、平成14年8月12日、上記小売店等に対し、被告が原告を刑事告訴したとの「虚偽風説を流布している」との文書をファクシミリにより送信した。そのため、各小売店から被告に対し問い合わせが殺到した。被告は、このような事態に対応する目的で、上記小売店に対し、刑事告訴の事実や紛争の内容等を説明したのであって、原告商品2の販売中止を求める目的で、上記小売店を訪問したのではない。
(2) 著作権侵害の成否
 原告商品2は、以下に述べるとおり、携快電話6の著作権を侵害するから、被告が小売店に対してその旨の説明をした行為は、虚偽事実の告知流布には当たらない。
ア 本件合意書3項の趣旨
 AMI社は、ハードウエア(パソコンの周辺機器)及びその操作のためのドライバ等のソフトウエアの開発・販売業者である。AMI社は、携快電話の製作に当たり、もともと開発していたドライバ等のソフトウエアを組み込んで使用したが、本件開発委託契約の終了に当たり、AMI社が従来からの業務を行うため、本件開発委託契約前から開発していたハードウエアのドライバ等の権利を要求した。そこで、被告とAMI社は、そのようなドライバ等のソフトウエアの権利をAMI社のものとするため、本件合意書3項において「ソースコード」についてAMI社が固有の権利を有する旨合意した。したがって、本件合意書3項にいう「ソースコード」とは、充電ケーブル等のパソコン内部機器及び周辺機器のドライバ等を意味し、携快電話6のソースコードを含まないものと解釈すべきである。
イ プログラムの著作権侵害
 本件合意書3項にいう「ソースコード」には携快電話6のソースコードを含まないから、携快電話6のソースコードの著作権は被告に帰属する。原告商品2のオブジェクトコード(プログラム)は、携快電話6のソースコードを修正して製作されたものであるから、被告の有する携快電話6(プログラム)の著作権を侵害する。
ウ データファイルの著作権侵害
(ア) 画像ファイル
 携快電話6の画像ファイルの画像に著作物性がないとしても、画像ファイルは、画像を1000億通り以上に組み合わせて特定の人物に近い似顔絵を作成できるようにしたのであるから、データベースの著作物に当たる。
 原告商品2の画像ファイルは、被告の有する携快電話6の上記データベースの著作権を侵害する。
(イ) 携帯電話機情報ファイル
 携快電話6の携帯電話機情報ファイルは、携帯電話の機種に関するデータを被告の創意工夫でテーブル化したものであるから、データベースに該当する。そして、携帯電話機情報ファイルは、項目の設定に独自性と創作性があるから、データベースの著作物である。
 原告商品2には携快電話6の携帯電話機情報ファイルと同一の携帯電話機情報ファイルが含まれるから、被告の有する上記データベースの著作権を侵害する。
(ウ) 音源ファイル
 携快電話6の音源ファイルは、コンピュータ上で音を作成し、組み立てて作成したものであり、これは演奏に当たる。被告は、AMI社から音源ファイルについて実演家の権利を取得した。
 また、音源ファイルは、まずマスターCDに記録し、それを携快電話6のCD−ROMに複製して販売するから、マスターCDはレコードに当たる。被告は、AMI社からマスターCDについてレコード製作者の権利を取得した。
 原告商品2には携快電話6の音源ファイルと同一の音源ファイルが含まれるから、被告の著作隣接権を侵害する。
(3) 背信的悪意者
 被告と原告とが、携快電話6の著作権についてAMI社から二重譲渡を受けた関係にあるとしても、原告はいわゆる背信的悪意者に当たるから、被告は対抗要件なくして著作権の取得を主張できる。すなわち、携快電話6は市場において被告の商品であると認知されていること、被告と原告との間には以前から訴訟も含めて紛争が継続し、原告は被告の業務を妨害してきたこと等の経緯に照らすならば、原告は、被告の業務を妨害するためにAMI社が携快電話6の著作権を有しないことを知りながら二重譲渡を受けたということができ、背信的悪意者に当たる。
3 損害の額
(原告の主張)
(1) 本件告知行為1による固有の損害
ア 原告は、当初「携帯接楽」の商品名で販売を予定し、テレビ、雑誌等による広告展開を計画するとともに、当該商品名を付したソフトウエアのパッケージ及び宣伝用材料を製作していた。被告の本件告知行為1により原告が商品名変更を余儀なくされたため、これらの費用が無駄になったのであるから、原告の損害に含まれる。その額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載1(1)のとおりである。
イ 原告は、「携帯接楽」の商品名を付したパッケージを廃棄する必要が生じた。この廃棄費用は、被告の本件告知行為1がなければ支出不要のものであるから、原告の損害に含まれる。その額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載1(2)のとおりである。
ウ 原告は、商品名を「携帯万能8」に変更するためホームページ等を修正する必要が生じた。この修正に要した費用は、被告の本件告知行為1がなければ支出不要のものであるから、原告の損害に含まれる。その額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載1(3)のとおりである。
エ 原告は、原告商品1の発売を中止し、商品名を変更した上で原告商品2を発売したが、これにより発売時期が約1か月遅延したため、その間の得べかりし利益相当額の損害を被った。その額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載4(2)のとおりである。
(2) 本件告知行為1及び本件告知行為2による共通する損害
ア 原告は、被告の虚偽事実の告知により生じ得る取引先の誤解を払拭するため、取引先を訪問するなどして説明を行うことを余儀なくされ、通常業務に支障を生じた。その損害額は、担当者の時間当たりの賃金単価に説明活動時間を乗じることにより算出すると、別紙「原告の損害額に関する主張」記載2(1)のとおりとなる。
イ 原告は、被告の虚偽事実の告知に対し、社内において対応を検討するため、通常業務に支障を生じた。その損害額は、担当者の時間当たりの賃金単価に検討時間を乗じることにより算出すると、別紙「原告の損害額に関する主張」記載2(2)のとおりとなる。
ウ 原告は、本件訴訟提起の準備作業により、通常業務に支障を生じた。その損害額は、担当者の時間当たりの賃金単価に準備作業時間を乗じることにより算出すると、別紙「原告の損害額に関する主張」記載2(3)のとおりとなる。
エ 原告は、被告の虚偽事実の告知に対し、取引先一般の信用回復のため、記者会見を開催して公式に原告の主張の正当性を説明せざるを得なくなり、これにより損害を被った。その損害額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載3(1)のとおりである。
オ 原告は、商品名変更の事実による原告商品2の消費者イメージの低下を防ぐため、平成14年8月から9月にかけて集中的にテレビ、ラジオ広告の放映を余儀なくされ、これにより損害を被った。その損害額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載3(2)のとおりである。
カ 原告は、被告の虚偽事実の告知により、ヨドバシカメラから、原告商品2の販売について拒絶されたため、これにより損害を被った。その損害額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載4(1)のとおりである。
キ 原告は、被告の虚偽事実の告知により、原告商品2の売上減少とは別に、営業活動全般について信用毀損による無形損害を被った。その損害額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載5のとおり、3億円を下らない。
ク 原告は、被告の虚偽事実の告知による損害の回復のため、訴訟を提起せざるを得なくなり、弁護士費用相当の損害を被った。その損害額は、別紙「原告の損害額に関する主張」記載6のとおり、3700万円を下らない。
(被告の認否)
 原告が原告商品1の発売を中止したことと被告の行為とは因果関係がないから、別紙「原告の損害額に関する主張」記載1の損害は発生していない。また、ヨドバシカメラが原告商品2の販売をしないことと被告の行為とは何ら関係がないから、別紙「原告の損害額に関する主張」記載4(1)の損害も発生していない。その他の損害に関する原告の主張も争う。
第4 当裁判所の判断
1 商標権侵害に係る虚偽事実の告知流布行為の有無
 原告商品1を販売することは本件商標権の侵害となると説明した被告の行為が、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為又は不法行為に当たるか否かについて検討する。
(1) 事実認定
 前記争いのない事実等に証拠(甲1、4ないし6、8、11、乙1、2)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 原告は、平成14年4月ころ、AMI社に対して、携帯電話のメモリを編集する等の機能を有するパソコン用ソフトウエアの開発を委託し、AMI社は、原告商品1を製作した。原告は、平成14年6月21日に原告商品1を発売することを予定し、その旨を卸売業者及び小売店に告知していた。
イ 被告は、原告に対し、平成14年6月15日、原告商品1の発売の中止を求める本件通知書を発送し、本件通知書は、同月17日、原告に配達された(甲1)。本件通知書には、被告が本件商標権を有すること、原告商品1は本件商標権の指定商品と同一であり、その商品名である「携帯接楽7」(原告標章)は本件商標に類似すること、原告商品1の販売は本件商標権の侵害となること、被告は原告に対し原告商品1の販売中止を要求することなどが記載されていた。
ウ 被告は、平成14年6月17日、パソコン用ソフトウエア製品を扱う大手の流通卸業者であるソフトバンクコマース社及びコンピュータウェーブ社の各担当者と面会し、本件通知書の写しを示して、原告標章は本件商標に類似するから原告商品1の販売は本件商標権を侵害すること、被告は原告に対し原告商品1の販売中止を求める旨の通知書を送付したことなどを説明した。
エ 原告は、被告に対し、平成14年6月19日、原告商品1の発売を中止する旨の通知を発送し(乙1)、さらに、同月20日、取引先に対し、「「携帯接楽7」発売取り止めのご案内とお詫び」と題する書面を送付し、被告から原告商品1の発売が本件商標権の侵害となる旨の申入れがあったため、原告商品1の発売を中止する旨を告げた(甲4)。
(2) 判断
ア 虚偽事実の告知の有無(商標権侵害の有無)について
 まず、原告商品1を販売することが本件商標権の侵害に該当するか否かについて判断する。
(ア) 本件商標の要部
 本件商標は、「常時接楽」という漢字4文字を横書きしたものである。そして、本件商標の指定商品の種類・内容等からその需要者の多くはインターネットの利用者であると認められること、「常時接続」という語は、インターネットに24時間接続できる(する)ことを意味する言葉として、インターネット利用者の間に広く知られていることを併せ考えれば、本件商標が指定商品に使用された場合、需要者は、本件商標の「常時接楽」を、「常時接続」の「続」の文字を「楽」に置き換えて作成した一体的な造語であると認識するものと認められる。そうすると、本件商標は、「常時接続」の全体が需要者の注意を惹くものと解される。
(イ) 原告標章の要部
 原告標章は、「携帯接楽7」という漢字4文字とアラビア数字1字から構成される。「携帯接楽」の部分は4文字と比較的短く、一連に読み上げることが容易であること、「接楽」は造語であってその部分だけでは明確な観念を生じにくいこと、「7」の部分は単なる数字であること等に照らせば、原告標章は、「携帯接楽」の部分が需要者の注意を引く部分であると認められる。
(ウ) 対比
 以上を前提として、本件商標の要部と原告標章の要部とを対比する。
 前記認定のとおり、本件商標の「常時接楽」は一体的な造語として認識されるから、「ジョージセツラク」との称呼を生じるのに対し、原告標章の要部からは「ケイタイセツラク」の称呼が生じるから、両者は、称呼において相違する。また、本件商標は「常時接続」という用語を想起させる言葉であるから、その連想から「常に接続して楽しい」といった観念が生じるのに対し、原告標章は原告商品の内容・用途等から「携帯電話に接続して楽しい」又は「携帯電話に接続して楽だ」との観念が生じるから、両者は、観念において相違する。さらに、両者は漢字4文字のうち2文字が共通するにすぎないから、両者は外観において相違する。
 以上のとおり、本件商標の要部と原告標章の要部とは、称呼、観念、外観のいずれも異なるから、原告標章は本件商標に類似しない。
(エ) 以上のとおり、原告が原告商品1を販売することは本件商標権の侵害とはならない。したがって、ソフトバンクコマース社等の担当者にした原告商品1の販売は本件商標権の侵害となる旨の被告の説明は、商標権侵害の成否に関する虚偽事実の告知行為に該当する。
イ 不正競争行為等の成否について
(ア) 不正競争行為の成否
 そこで、被告の上記告知行為が不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たるか否かについて検討する。そして、当裁判所は、以下の理由から、被告の上記告知行為は不正競争行為には当たらないと解する。
 すなわち、@前示のとおり、原告標章は本件商標に類似するものではないが、「常時接楽」(本件商標)と「携帯接楽」(原告標章)とは、両者とも造語である「接楽」の部分が共通し、異なるのはいずれも一般名詞である「常時」及び「携帯」の部分であることからすれば、被告が、原告標章が本件商標に類似するとして、原告商品1の発売が本件商標権の侵害となると判断したことには、相応の根拠があること、A被告の上記告知行為は、本件通知書を原告に送付した後に、その内容を特定の取引先に説明するために行われたものであること、告知の内容は、被告が本件商標権を有すること及び本件商標と原告標章とを具体的に示して両者が類似する点を指摘し、概要その点に限られていたことに照らすと、被告の上記の告知行為は、その態様及び内容において、社会通念上、著しく不相当と解することはできないこと、B被告の上記告知行為の対象は、多数の小売店に対してではなく、大手の流通卸業者であるソフトバンクコマース社等の2社に限られていたこと、C同2社は、いずれも、大手のパソコンソフト製品の流通卸業者であるため、上記告知に係る商標権侵害に関しては、当然に訴訟の相手方になることも想定できる立場の者であること等の諸事情が認められる。これらの諸事情を総合考慮すると、被告が行った上記告知行為は、本件商標権に基づく権利行使の目的で行われた行為であると評価して差し支えない。したがって、被告の上記告知行為は不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為には当たらないと解される。
(イ) 不法行為の成否
 原告は、被告の上記告知行為が一般不法行為にも当たると主張する。しかし、前記(ア)に認定判断したとおり、被告の行為は本件商標権に基づく正当な権利行使と評価できるから、不法行為を構成しない。
(3) 小括
 以上のとおり、原告の本件告知行為1に基づく損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
2 著作権侵害に係る虚偽事実の告知流布行為の有無
 原告商品2を販売することは携快電話6について被告の有する著作権を侵害している旨告知した被告の行為が、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為又は不法行為に当たるか否かについて判断する。
(1) 事実認定
 前記争いのない事実等に証拠(甲5、8、19、23ないし28。なお、枝番号のあるものについては、その記載を省略する。以下同じ。)と弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
ア 被告は、平成13年1月31日、AMI社との間で、被告がAMI社に対して、携帯電話のデータをパソコンで編集するなどの機能を有するパソコン用ソフトウエアについて、開発を委託する旨の本件開発委託契約を締結した。携快電話6は、本件開発委託契約に基づき、AMI社が被告の委託を受けて製作した製品である。
イ 本件開発委託契約では、「AMI社が作成した仕様書、本件開発製品及び附属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料に関する著作権及び所有権その他一切の権利は、委託料の完済時に被告が取得する。」(17条合意)と合意された。被告は、AMI社に対し、携快電話6の開発に係る委託料を完済した。
ウ 被告とAMI社は、平成14年4月5日、本件開発委託契約を終了させたが、契約終了後の両者の法律関係を定めるものとして本件合意書を交わし、その3項で、17条合意において規定された「AMI社が作成した仕様書、本件開発製品及び付属文書その他本件業務の過程で作成したプログラム、書類、図面、情報その他の資料(以下、本件著作物という)に関する著作権及び所有権その他一切の権利」の本件著作物のうちには「ソースコード」は含まれておらず、「ソースコード」がAMI社の固有の権利であることを確認する旨、及び今後AMI社は、これを自由に付加開発し、他に開示することができる旨合意した。
エ 原告は、平成14年7月27日、原告商品1をもとに、これを作り直した原告商品2に、「携帯万能8」との商品名を付して販売を開始した。原告商品2は、プログラムとデータファイルから構成されるソフトウエアに係る製品であるが、AMI社は、携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて原告商品2のプログラムを製作し、また、携快電話6に使用したデータファイルをそのまま若しくは一部変更して原告商品2のデータファイルとして使用し、原告商品2を製作した。このため、原告商品2のデータファイル(画像ファイル、音源ファイル、携帯電話機情報ファイル)には携快電話6のデータファイルと全く同一のファイルが多数含まれている。原告は、原告商品2についてAMI社から使用許諾を受けている。
カ 被告は、平成14年7月中旬ころ、ヨドバシカメラに対し、原告商品2は被告の携快電話6についての著作権を侵害している旨告知した。また、被告は、平成14年7月26日、原告に対し、同日付けの警告書(甲6)を送付し、原告商品2が被告の製品である「携快電話6」のプログラムの著作権を侵害しているので、直ちに販売を中止するよう求めた。
キ 原告は、平成14年8月12日、取引先に対し、「「携帯万能8」に関する虚偽風説の流布に関しまして」と題する書面(乙2)を送付した。同書面には、最近被告の営業マンが営業時に原告商品2に関し虚偽の情報を流布していると聞いていると前置きした上で、被告が原告を著作権侵害により刑事告訴したとの情報については、警視庁が刑事告訴を受理したことはなく、虚偽であり、原告商品2の著作権については何の問題もない等と記載されていた。
ク 被告は、平成14年8月中旬から下旬にかけて、別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bQないしbQ1の各小売店に対し、原告商品2は被告の携快電話6についての著作権を侵害している旨告知した。
(2) 判断
ア 虚偽事実の告知の有無(著作権侵害の有無)について
(ア) プログラムの著作権侵害の有無
a 前記(1)認定の事実によれば、被告は本件開発委託契約の17条合意により、AMI社が開発した携快電話6のプログラム及びデータファイルの著作権を同社から承継取得したことが認められるが、その後、本件合意書3項により「ソースコード」についてはAMI社が固有の権利を有し、AMI社は「ソースコード」を「自由に付加開発し、他に開示することができる」旨合意している。そして、「ソースコード」の一般的な意味及び本件合意書3項の文言からすれば、本件合意書3項にいう「ソースコード」とは、携快電話6のプログラムのソースコードを意味するものと解するのが相当である。
 これに対して、被告は、上記「ソースコード」はAMI社がもともと開発していたドライバ等を意味する旨主張するが、本件証拠上、そのように解すべき事情は窺われないから、被告の主張は採用できない。
 したがって、携快電話6のソースコードの著作権はAMI社に帰属する。被告は、携快電話6について、AMI社と共同著作権を有しているとも主張するが、採用の限りでない。
b 前記(1)認定のとおり、原告商品2のプログラムは、AMI社が携快電話6のプログラムのソースコードに改良を加えて製作したものであるが、本件合意書3項によれば、携快電話6のソースコードの著作権はAMI社に帰属し、AMI社は、携快電話6のソースコードを「自由に付加開発し、他に開示することができる」のであるから、被告が携快電話6のプログラム(オブジェクトコード)の著作権を有するとしても、原告商品2のプログラムが被告の著作権を侵害して製作されたものということはできない。
 そして、原告はAMI社の使用許諾を得て原告商品2を販売しているのであるから、原告の販売行為は、携快電話6の著作権を侵害しない。
(イ) 画像ファイルの著作権侵害の有無
 前記(1)認定のとおり、原告商品2の画像ファイルには携快電話6の画像ファイルと同一のものが存在する。
 ところで、証拠(甲5、23ないし25)及び弁論の全趣旨によれば、携快電話6の画像ファイルはリナコ社が製作したものであることが認められるから、仮に画像に著作物性が肯定されるものが含まれていたとしても、当該画像ファイルの著作権はリナコ社に帰属しているものと解される。本件において、被告が当該著作権を承継取得したとの主張、立証もない。したがって、被告は携快電話6の画像ファイルの著作権を有しないから、原告商品2の画像ファイルが被告の著作権を侵害することはない。
 また、被告は、携快電話6の画像ファイルの画像がデータベースの著作物に当たるので、原告商品2の画像ファイルはデータベースの著作権を侵害する旨主張する。しかし、当該画像ファイルは、似顔絵を作るために顔を目、鼻、口、眉、頭髪等の各部分に分け、それらの部分ごとに複数の画像を作成し、データファイルのフォルダに保存しただけのものであって、「情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」とはいえないから、著作権法2条1項10号の3所定の「データベース」には当たらない。したがって、この点の被告の主張は採用できない。
(ウ) その他のデータファイルの著作権侵害の有無
 前記(1)認定のとおり、原告商品2のその他のデータファイル(携帯電話機情報ファイル、音源ファイル)には携快電話6のデータファイルと同一のものが存在する。
 ところで、前記のとおり、携快電話6のその他のデータファイルはAMI社が製作し、被告はAMI社からその著作権等を承継取得した。一方で、原告商品2のその他のデータファイルは、原告がAMI社から使用許諾を得て原告商品2の一部として販売している。そうすると、原告商品2のその他のデータファイルのうち、携快電話6のファイルと同一のものについては、被告と原告とはAMI社を起点として、いわゆる二重譲渡と同様の関係にあるということができるから、被告が原告に対し、AMI社からその他のデータファイルの著作権又は著作隣接権を承継取得したことを対抗するためには、著作権法77条1号所定の権利の移転登録を要するというべきである。しかし、被告は移転登録を得ていないのであるから、仮にその他のデータファイルについて著作権又は著作隣接権が成立するものが含まれていたとしても、原告が原告商品2を販売する行為は、当該著作権又は著作隣接権の侵害とはならない。
 この点について、被告は、原告がいわゆる背信的悪意者に当たるから、被告は権利の移転登録なくしてその他のデータファイルの著作権等の取得を原告に対抗することができると主張する。しかし、本件全証拠によっても原告が背信的悪意者に当たるとすべき事情は認められない。
(3) 小括
 以上のとおり、原告が原告商品2を販売する行為は、被告が携快電話6について有する著作権の侵害とはならない。そして、原告と被告とはともにパソコン用ソフトウエアを販売する競業者であるから、被告が、原告の取引先であるヨドバシカメラ及び別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bQないしbQ1の小売店に対し、原告商品2は被告の携快電話6についての著作権を侵害している旨告知したことは、その内容、態様等を総合考慮すると、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たると解すべきである。
3 損害額
 そこで、被告の上記不正競争行為によって原告の被った損害額について、判断する。
(1) 人件費について
 原告は、被告の本件告知行為2により、通常業務に支障を生じ、別紙「原告の損害額に関する主張」記載2(1)ないし(3)の損害を被ったと主張する。
 証拠(甲8、9)及び弁論の全趣旨によれば、被告が、原告の取引先であるヨドバシカメラ及び別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bQないしbQ1の小売店に対し、原告商品2は被告の携快電話6についての著作権を侵害している旨告知したことにより、原告は上記小売店等に対し著作権侵害の事実がない旨を説明する必要が生じ、実際にも原告の従業員が小売店等を訪問するなどして通常業務に支障が生じたことが認められる。しかし、本件全証拠によるも原告の通常業務にどのような具体的な支障が生じたのかは必ずしも明らかでないから、損害額を確定することはできない。そこで、上記損害については、後記の無形損害の算定に当たって、その一事情として考慮することとした。
(2) 宣伝費について
 原告は、被告の本件告知行為2により、取引先一般の信用回復のため、記者会見を開催せざるを得なくなったり、テレビ、ラジオ広告を出さざるを得なくなり、別紙「原告の損害額に関する主張」記載3(1)及び(2)の損害を被ったと主張する。
 しかし、原告が上記記者会見を開催したこと、及びテレビ、ラジオで広告を実施したことを裏付ける的確な証拠はないのみならず、仮にそのような事実があったとしても、本件全証拠によるも、被告の本件告知行為2とそのような記者会見及び広告を実施したこととの間に、因果関係の存在を認めることはできない。したがって、原告主張に係る宣伝費の損害は認められない。
(3) 逸失利益について
 原告は、被告の本件告知行為2によって、ヨドバシカメラが原告商品2の販売を拒絶したので、これにより、別紙「原告の損害額に関する主張」記載4(1)の損害を被ったと主張する。
 しかし、本件全証拠によるも、被告の本件告知行為2とヨドバシカメラが原告商品2の販売を拒絶したこととの間に、因果関係の存在を認めるに足りる事実は窺われない。この点につき、原告の従業員である福田大人の陳述書(甲7)には、ヨドバシカメラが原告商品2の販売を拒絶した理由について、被告の「何らかの働きかけ」(2頁)や「取引を行わないように圧力をかけた」(3頁)ことによるものと推測した部分があるが、具体的な裏付けを欠く記載であって、採用することはできない。したがって、上記逸失利益の損害は認められない。
(4) 無形損害について
 証拠(甲9、10)及び弁論の全趣旨によれば、被告が、ヨドバシカメラ及び別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bQないしbQ1の小売店に対し、原告商品2の販売は携快電話6について被告が有する著作権を侵害している旨告知したことにより、別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bP2の九十九電気、bP3の石丸電気、bP9のデオデオ及びbQ1の株式会社ノジマにおいて、原告商品2の取引が停止されたが(bQ1の株式会社ノジマについては、証拠上、停止期間を確定できない。)、数日後には取引が再開されたこと、それ以外の取引先、すなわち、別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bQないしbP1、bP4ないしbP8及びbQ0の各小売店においては、原告商品2の取引は継続していたこと、がそれぞれ認められる。甲10には、別紙「ソースネクスト社妨害行為履歴」記載bSのラオックス・デジタル館及びbXのデンコードーについても原告商品2の取扱いが一時停止されたと記載されているが、甲9におけるラオックス及びデンコードーに関する記載(14、15項)と符合しないので、甲10の記載内容を採用することはできない。ヨドバシカメラについては、前示のとおり、被告の行為と販売拒絶との因果関係を認めることはできない。また、弁論の全趣旨によれば、原告は、平成14年12月に、原告商品2の後継製品である「携帯万能9」を発売したが、被告の本件告知行為2が、同製品の販売に対して、特段の影響を及ぼしているとの事情は窺えない。
 以上のとおりの事実を前提として、被告の本件告知行為2の態様、回数及び内容、前記(1)の原告の業務に対する影響等、本件記録から窺われる諸事情を総合考慮すると、原告の被った無形損害は500万円と認めるのが相当である。
(5) 弁護士費用
 原告が本件訴訟の提起・遂行を原告代理人に委任したことは記録上明らかであるところ、本件訴訟の内容、認容額、難易度その他一切の事情を考慮すれば、被告の行為と相当因果関係のある弁護士費用は100万円が相当である。
(6) 小括
 以上のとおり、原告が被告の本件告知行為2により被った損害額は、600万円となる。
4 結語
 よって、原告の請求は主文掲記の限度で理由がある。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 榎戸道也
 裁判官 佐野信
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