判例全文 line
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【事件名】サッチーvsミッチー 経歴詐称事件
【年月日】平成16年1月16日
 東京地裁 平成14年(ワ)第15520号 損害賠償請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを100分し、その99を原告の、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は、原告に対し、金1億1000万円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告は、以下のとおり、原告が経歴を詐称し公職選挙法に違反したかのごとき発言及びこれを追及するかのような行為を執ように行い、原告の名誉を著しく毀損した。なお、原告が名誉毀損に該当すると主張するのは、以下のウ及びエのみであり、ア及びイについては、独立の不法行為と主張するものではなく、被告が平成11年7月16日に東京地方検察庁に対して行った告発(以下「本件告発」という。)が原告に対する不当な攻撃をエスカレートした結果としてなされたものであることを裏付けるために主張するものである。
ア 被告は、以下のとおり、原告についての悪口を述べた。
(ア) 被告は、平成11年3月31日、TBSラジオの番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」に出演し、原告について、「あの女、何様のつもりだ。大スター気取りもいい加減にしろ。」などと40分間にわたり悪口を言った。
(イ) 被告は、平成11年4月1日、週刊誌「週間女性」の記者のインタビューに応じ、原告について、@ 原告がオーナーをしている少年野球のチームの親たちから金を集めて、自分の懐に入れている、A 成田空港における入国手続の際、被告のスタッフに対して「バカヤロー」などと怒鳴った、B けいこに5時間も遅刻してきたなどと悪口を言った上で、「たかが素人ヤロウにここまでやられて黙ってられますかってんだ。」とののしり、原告が日本の世直しをしたいと言ったことがあると述べた上で、「何が世直しだってんだ。ふざけんな。私があいつの面の皮ひんむいてやる。」などと原告に対する敵がい心をあらわにし、さらに、「あいつは、ただの図々しくてごう慢で我がままなだけのババア」、「虎の威を借るブタ」、「ウソをウソで固めた人生で、その中には米粒ほどの真実もない。」などと悪口を言った。
(ウ) 被告は、平成11年4月初めころ、記者会見を行い、原告について、「ひっぱたいてやりたいよ。普通、嫌なやつでもどこか良いところがあるのに、あいつにはこれっぽっちもなかったですよ。」と述べ、原告の顔写真を破り捨てるなどして、原告の悪口を述べ、侮辱した。
(エ) 被告は、平成11年6月下旬、テレビのワイドショーに出演し、原告について一番許せないこととして、「払うべきお金を払わない」、「貸した物を返してくれない」などの事実を挙げ、雑誌に掲載された原告の主張を一方的と非難し、また、美容整形の治療費を不当に支払わなかったとか、「守銭奴」であるなどと原告の悪口を言った。
イ(ア) 被告は、平成11年7月12日、原告は、平成8年10月20日施行の衆議院議員選挙(以下「平成8年衆議院議員選挙」という。)に際し、新進党の公認を受けて東京5区から立候補した者であるが、当選を得る目的で、@ 原告が米国コロンビア大学に留学したことがないにもかかわらず、A 平成8年10月4日、日比谷プレスセンターで開かれた外国人特派員協会の昼食会における記者会見(以下「外国人特派員協会の昼食会」という。)の席でコロンビア大学に留学したことがあると虚偽の事実を述べ、B 同月8日の衆議院議員選挙公示日後の選挙期間中に、タレントBらに対し、「米・コロンビア大学留学(精神心理学専攻)」と虚偽の事実を記載した名刺を交付したことが公職選挙法の虚偽事項の公表罪に当たるとして、東京地方検察庁に告発した。
(イ) その後、被告は、平成11年7月12日中に、記者会見を行い、一連のS問題に一石を投じた責任を感じ、自ら終止符を打つために告発を行ったものであると語り、さらに、「受理されなきゃ、世の中は終わり。ゴキブリじゃないんですから、パチンとはたいて死んだふりして、また起きあがってくる。」と原告をゴキブリになぞらえて悪口を言った。
(ウ) 東京地方検察庁が、被告に対し、上記告発自体が取り上げるに値しないとして、告発を受理しない意向を伝えたところ、被告は、平成11年7月14日、記者会見を行い、「今更引くわけにはいかない。納得できません。国民の一人としてYを応援してほしい。」などと述べ、飽くまで告発を行う姿勢を示して、執ように告発の受理を要求した上、同月16日、再度同一内容で本件告発を行い、東京地方検察庁は、同月19日に告発状(以下「本件告発状」という。)を受理した。
(エ) その後、東京地方検察庁の捜査により、経歴詐称の事実はないことが判明したため、原告は、嫌疑不十分を理由として不起訴処分となった。
ウ(ア) 被告は、本件告発の後に、以下aないしcのテレビ番組に出演して、原告を公職選挙法違反で告発したことを明らかにした上、さらに、b及びcにおいては、本件告発が正式に受理されたことを述べた。原告が、上記テレビ番組に出演して述べた具体的内容は、本件告発状記載の事実(以下「本件告発事実」という。)と同趣旨であり、要するに、原告が、平成8年衆議院議員選挙に際し、当選するために、真実は米国に留学した事実がないのに、選挙運動として、留学したことがあるとの虚偽の経歴を述べたり、留学した旨を記載した文書を配布したと述べたというものであり、これに加えて、平成11年7月19日に検察庁が本件告発を受理したので、捜査を通じて、原告の犯罪が明らかになり、起訴されることを期待していると述べた。そして、本件告発状の「告発の事情」の五項に記載されている原告の平成8年から平成11年までの間の海外滞在歴を明らかにして、その間、公職選挙法違反の罪の公訴時効が停止している可能性に言及したり、原告の英語能力が留学した者のレベルではないなどの事情も話して、原告が留学した事実がないとの印象を深めた。
a 平成11年7月16日 日本テレビ 「ルック」
b 同月19日 フジテレビ 「2時のホント」
c 同月20日 テレビ朝日 「モーニング」
(イ) テレビ番組において、具体的な犯罪を行った疑いが強いと言われるだけで、それが原告の名誉を毀損するものであることは明白である。加えて、告発人本人が、直接テレビ番組に登場して、告発事実の内容や告発後の状況などを語れば、視聴者としては、原告がそのような犯罪を行ったらしいという印象を強く抱くことになることは明らかである。すなわち、正式な告発手続までしたのであれば、単なるうわさなどと異なり、犯罪を行ったという確たる裏付けがあったのだという思いを視聴者が抱くのは当然であり、しかも、そのことについて、告発人本人が、テレビ番組に出演して堂々と語れば、視聴者は強く興味を抱き、確たる裏付けがあったのだという印象を持つことになることは明らかである。したがって、被告の上記(ア)の行為は、原告に対する名誉毀損を構成する。
エ(ア) 被告は、本件告発状の提出と併せて、捜査の遂行を求める街頭署名活動をすることを企画し、署名簿を作成し、自ら、又は弟子やCなどに指示して、浅草寺、被告の自宅前、自由が丘駅前などにおいて、不特定多数の通行人に対し、告発の事実及び告発内容を明らかにして署名を呼び掛け、マスコミが署名状況を撮影することを許可し、署名簿が集まった状況をマスコミに発表し、署名活動により5万人を越える署名を集め、署名簿を法務大臣に提出して捜査の遂行を要請した。上記街頭署名活動を行った日時として、本訴において、被告が直接関与したものとして、特定して主張するのは、平成11年7月24日の街頭署名活動(以下「本件街頭署名活動」という。)であるが、署名活動の期間は、郵便などによるものも含めれば、平成11年9月13日までの2か月弱に及んだ。
(イ) 被告による本件街頭署名活動は、不特定多数の人に対し、原告が公職選挙法違反の犯罪を行った疑いが強いので、その捜査を厳正に行うべきであると呼び掛けたものであるから、原告に対する名誉毀損を構成することは明らかである。
(2) 被告は、平成11年8月下旬、週刊誌「女性自身」の記者に対し、同記者が原告についての不名誉な記事を作成する意図があることを認識して、その内容が掲載される可能性が高いことを知りつつ、氏名不詳の者からの被告あてに届けられた別紙の記載のある手紙(以下「本件手紙」という。)を開示し、本件手紙を読んでいる様子を写真撮影させて、週刊誌「女性自身」同年9月7日号に、原告が終戦後に米兵相手に売春を行っていたとか、原告と前夫との二人の子供のうち一人は別の米国人男性との間にできた子供であるなどという記事(以下「本件記事」という。)を掲載させ、よって、原告の名誉を著しく傷つけた。
(3) 原告は、本件告発を中核とする被告による一連の名誉毀損行為により、著しく名誉を傷つけられ、多大の精神的苦痛を被った。この損害を金銭で評価するならば、1億円を下ることがないことは明らかである。
 また、原告は、原告訴訟代理人に委任し本訴を提起するに至ったが、必要な弁護士費用のうち、1000万円は、被告の不法行為と相当因果関係のある損害である。
(4)  よって、原告は、被告に対し、不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づき、金1億1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1)ア 請求原因(1)アの冒頭部分は否認する。
(ア) 請求原因(1)ア(ア)のうち、被告が、平成11年3月31日、TBSラジオの番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」に出演した事実は認めるが、その余の事実は否認する。
(イ) 請求原因(1)ア(イ)は否認する。
(ウ) 請求原因(1)ア(ウ)及び(エ)の事実は認め、原告の悪口を言った、侮辱したという評価は争う。
イ(ア) 請求原因(1)イ(ア)は、被告が平成11年7月12日に公職選挙法違反により東京地方検察庁に告発しようとした限度で認める。その際の告発事実は、「被告発人は、平成8年10月20日施行の衆議院議員選挙に際し、新進党の公認を受けて東京5区から立候補した者であるが、当選を得る目的で、同月4日に日比谷プレスセンターで開かれた外国人特派員協会の昼食会における記者会見で、米国コロンビア大学への留学の事実がないのに、留学したことがある旨の虚偽の経歴を述べ、さらに同月8日の選挙公示日後の選挙運動期間中に、被告発人の応援演説をしたタレントT氏らに対して、新進党「Xのプロフィール」として「米・コロンビア大学留学(精神心理学専攻)」と虚偽の事実を記載した名刺を配布し、もって公職の候補者の経歴に関し虚偽の事実を公にしたものである。」というものであり、本件告発事実と同一である。
(イ) 請求原因(1)イ(イ)のうち、被告が、「受理されなきゃ、世の中は終わり。ゴキブリじゃないんですから、パチンとはたいて死んだふりして、また起きあがってくる。」と原告をゴキブリになぞらえて悪口を言ったことは否認し、その余は認める。
(ウ) 請求原因(1)イ(ウ)のうち、東京地方検察庁が被告に対して告発を受理しない意向を伝えたこと、被告が平成11年7月14日に記者会見を行い、「今更引くわけにはいかない。納得できません。国民の一人としてYを応援してほしい。」と述べたこと、被告が、同月16日、同一内容で再度告発をしたこと、同月19日付けで本件告発が正式に受理されたことは認め、その余は否認する。
 被告は、平成11年7月12日、東京地方検察庁特捜部に告発状を提出しようとしたが、担当検事は、「時効完成まで2か月半しかなく、海外の絡む事件のため捜査を遂げられる可能性は薄い。特捜部としても大変に残念だが、時効の壁はいかんともし難い。」と述べ、告発状を正式に受理しなかった。
 また、被告が、告発の受理を求めたのは社会正義に基づくものであるところ、その後、東京地方検察庁が、被告に対して告発状の提出を促したため、被告は、同月16日、同庁に対し、本件告発状を再度提出し、同月19日付けで正式に受理された。
(エ) 請求原因(1)イ(エ)のうち、原告が嫌疑不十分の理由で不起訴処分となったことは認め、その余は否認する。
 検察庁の捜査において、経歴詐称の事実を判断するに足りる証拠が不十分であったため、嫌疑不十分と判断されたのであり、経歴詐称の事実がないことが判明したのではない。担当検事は、被告に対し、コロンビア大学に対する捜査の結果、同大学の卒業生名簿にも、留学生名簿にも、原告の名前はなく、在籍の記録はなかったが、「聴講生」であった可能性が全くないわけではなく、「留学」の意味に「聴講生」を含めて解釈するならば、虚偽であるとまでは決めつけられなかったと不起訴の理由を説明した。
ウ(ア) 請求原因(1)ウ(ア)は概ね認める。ただし、被告が原告を告発した関係で、告発の事情を説明しただけであって、留学した事実がないとの印象を深めるために発言したものではない。
(イ) 請求原因(1)ウ(イ)は否認し、争う。
 原告がコロンビア大学に留学したことがあるとの経歴に関して疑いがあること(以下「原告の経歴詐称疑惑」という。)については、被告が初めて世間に公表したものではなく、平成11年6月4日にテレビ朝日のモーニングショーで報道されたのを初めとして、その後、同月7日には日本テレビのザ・ワイドで報道され、翌8日には日本テレビのルックやテレビ朝日のスクランブルで報道され、同月10日以降はほぼ連日のように、各テレビ局のワイドショー番組で大々的に報道されていたのであるから、原告の経歴詐称疑惑については、既に公知の事実となっており、被告によるマスコミへの公表によって、原告の社会的評価が低下したのではない。
 また、被告が、東京地方検察庁が告発を受理しなかったことの不当性を訴え、その後同庁が告発を受理したことを公表したからといって、原告に対する容疑が直ちに固まるわけではないのであるから、視聴者に対して原告の容疑に確たる裏付けがあるとの印象を与えたことにはならない。
エ(ア) 請求原因(1)エ(ア)のうち、Cに指示した事実は否認するが、その余の事実は認める。
(イ) 請求原因(1)エ(イ)のうち、原告が証拠として提出した署名(甲5の3)は、被告が関与してされた署名ではなく、署名用紙の方式から見て、一般のボランティアによって、原告に対する告発の不受理の不当性を訴えて自発的になされたものであるから、被告には何らの責任もない。
(2) 請求原因(2)のうち、被告が、週刊誌「女性自身」の記者に対し、本件手紙を見せたこと、本件手紙を読んでいる様子を写真撮影させたことは認めるが、週刊誌「女性自身」の記者が原告について不名誉な記事を作成する意図があることを認識していたこと、本件手紙の内容が記事として掲載される可能性が高いことを知っていたことは否認する。
 平成11年8月当時、毎日のように複数の加熱したマスコミ関係者が被告宅に押しかけ、被告は取材を受けており、週刊誌「女性自身」の記者からも取材を受けていた。かたわらではボランティアで手伝いに来ていた人たちが多数の激励の手紙を整理していたが、取材中に本件手紙の存在が記者の知るところとなって、被告は、本件手紙を読んでいるポーズをせがまれこれに協力した。そのような折りに、本件手紙のコピーが被告の知らないうちにいつの間にかその記者に渡ってしまったものと思われ、被告の意思に基づいてその記者に本件手紙のコピーが渡されたものではない。したがって、被告が本件手紙を記者に見せたことと週刊誌に掲載された記事との間には因果関係がない。
 以上のとおり、本件記事は、発行者である株式会社光文社が、被告の意思とはかかわりなく勝手に作成したものであるから、本件記事の内容が原告の名誉を毀損するものであったとしても、被告が、勝手に掲載された本件記事の内容について不法行為責任を負う理由はない。
(3) 請求原因(3)は否認し、争う。
3 抗弁
(1) 立証責任
 本件においては、原告がコロンビア大学に留学した事実について、原告が立証責任を負い、原告がこの事実を立証できないときは、本件告発に関連する被告による一連の発言は、いずれも相当な行為として不法行為を構成しないものと解すべきである。
(2) 責任阻却事由
 被告が、原告の経歴詐称について公職選挙法違反で本件告発をし、告発した事実を記者会見等で公表したことが、仮に原告の名誉を毀損するとしても、原告が摘示した事実は、公共の利害に関する重大な事実であり、かつ、被告が、専ら公益を図る目的によって上記行為に出たものであることは、アに述べるとおりであり、また、被告において、原告に経歴詐称があったと信ずるについて相当の理由があることはイに述べるとおりである。したがって、本件告発に関連する被告による一連の発言行為について、被告は、不法行為責任を負うものではない。以下に詳述する。
ア 公共の利害に係り、専ら公益を図る目的に出たこと
 原告は、平成8年衆議院議員選挙に、当時の新進党の公認候補として小選挙区から立候補し、落選したが、比例代表選出議員選挙においては、新進党の衆議院議員名簿の第6位に登録されており、本件告発当時、繰上げ当選の可能性があり、今後も公職選挙に立候補する可能性が全くないとまでは言い切れない。衆議院議員選挙の立候補者の経歴詐称は、選挙民の投票に著しく影響を及ぼすべき公共の利害に関する極めて重大な事実である。
 被告は、平成11年6月4日以降、民営放送各社のモーニングショーにおいて原告の経歴詐称疑惑について詳細に報道されていたことによって、原告の経歴詐称が本当ではないかと思い、また、当時、繰上げ当選の可能性があるとの報道を知って、衆議院議員選挙の立候補に際して経歴を詐称するような者に国政を担当させることは許せないと感じるようになり、専ら公益を図る目的で原告を告発した。
イ 本件告発事実を真実と信ずるについての相当の理由
(ア) 原告のコロンビア大学への留学
 原告がコロンビア大学に留学していないと信ずるについて相当の理由があったことは、以下の点から明らかである。
a 被告は、平成11年6月4日以降、民営放送各社のモーニングショーにおいて詳細に報道されていた原告の経歴詐称疑惑によって、原告のコロンビア大学留学の事実に対して大いなる疑問が持たれていることを知った。
b 原告が、米国でも有数の名門大学であるコロンビア大学に留学したことをコロンビア大学側で証明する文書等の客観的証拠がない。
c コロンビア大学留学の時期について、原告の発言や著書の記載は一貫しておらず、原告のコロンビア大学への留学発言に疑惑が生じるや、原告自身が正規の留学はしていないと弁明した上、正規の留学ではなく聴講生であると釈明した。
d 原告がコロンビア大学の聴講生として7科目の単位を取ったとする科目について、原告は、担当教授名や科目名を説明するなどして主張できるはずであるにもかかわらず、具体的に明らかにしていない。
e 原告がコロンビア大学の聴講生になる前の学歴(大学への入学資格)について、原告自身が在学した国内の学校のことであり、履修証明が容易であるはずであるにもかかわらず、全く明らかにしていない。
f 原告がコロンビア大学に留学した際に行ったはずの入学手続状況等について全く明らかにしていない。
g 昭和28年当時において、米国の大学に私費留学することは極めて困難な状況であった。
h 原告は外国人特派員協会の昼食会で発言した「インビテーション・スチューデント」なる用語を「聴講生」と言っているが、そのこと自体が意味不明である。
i コロンビア大学には、平成8年衆議院議員選挙の際に、新進党が作成した原告用の名刺大のチラシ(以下「本件名刺」という。)の裏面に原告プロフィールとして記載された精神心理学専攻の講座は実在しない。
j 被告は、原告の実弟であるDから、原告が米国の大学に留学したことはなかったと聞かされた。
k 原告は米国でも一流大学であるコロンビア大学に留学したというが、被告は、原告が稚拙な英会話を話しているのを聞いたことがある。
l 被告は、外国人特派員協会の昼食会における原告の記者会見のテレビ報道を見て、コロンビア大学を出たはずの原告が通訳をつけたことについて不思議に思った。
(イ) 外国人特派員協会の昼食会での発言
 原告は、平成8年衆議院議員選挙に当時の新進党から出馬する意思を表明した後、同年10月4日、日比谷プレスセンターで開催された外国人特派員協会の昼食会で、米国コロンビア大学への留学について言及し、聴講生という意味でインビテーション・スチューデントと発言した。
(ウ) 名刺の交付
 原告は、平成8年10月8日、平成8年衆議院議員選挙に立候補し、新進党支援の下で東京都目黒区hi丁目j番k号所在のlビル内に選挙事務所を構え、同事務所を拠点として選挙運動に従事していたのであるが、同事務所においては、新進党が作成した選挙用のチラシや名刺大のチラシが大量に用意されており、これらは選挙運動員を介して配布されたり、あるいは選挙事務所に激励に訪れた選挙民に対して配布されていた。本件名刺は、その中のひとつであり、その表面には、「新進党 エッセイスト・コメンテーター 新進党東京都第5総支部会長」と印刷され、裏面には、「新進党 たいへんお世話になります。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。 Xのプロフィール ●1932年3月26日、東京生まれ。●米・コロンビア大学留学(精神心理学専攻)●1972年、E氏(現F監督)と結婚。●現在、少年野球「G」のオーナー。●エッセイスト。著書に「猛母猛妻」、「叱ってしつける ほめて育てる」「女は賢く 妻は可愛く」。●「きのう雨降り今日は曇りあした晴れるか」で第4回潮賞(ノンフィクション部門)受賞。●TV・ラジオ等で活躍中。 小選挙区・東京5区は、目黒区と世田谷区南東部(注)です。(以下注省略)」と印刷されている。本件名刺は、その記載内容及び形状から見て、原告の選挙のために多数印刷されて、支援者ら選挙民に広範囲で配布されていたと合理的に推測することが可能であり、現に原告から選挙応援の際に受け取った者が存在する。
(3) 時効消滅
 被告が、平成11年7月12日、原告を公職選挙法違反で告発しようとして不受理になったこと、被告が告発不受理の不当性を訴え、同月14日、東京地方検察庁に告発の受理を求める上申書を提出したことについては、当時、マスコミで連日にわたり報道されていたものであり、原告は、当時、これらの事実を容易に認識し得たのであるから、上記告発状及び上申書に関して具体的な内容まで知る必要はなく、遅くとも、そのことが大々的に報道された同年7月16日の時点から訴え提起まで3年を経過したので、上記各行為にかかわる一連の行為を理由とする損害賠償請求権については、消滅時効が成立することは明らかである。被告は、平成14年9月13日の本件口頭弁論期日において、上記時効を援用するとの意思表示をした。
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)は争う。
(2) 抗弁(2)は否認し、争う。
ア 被告は、原告が被告と芝居を共演することを断った時点から、「時間を守らない。」、「貸したものを返さない。」などの悪口を言いふらすようになり、原告がこれを無視していたところ、専ら原告を攻撃するために本件告発を行ったのであり、本件告発やこれを公表する行為は、原告が公職選挙法違反の犯罪を行ったと根拠があってされたものでも、正義を実現する目的に基づくものでもなかった。
イ 原告が渡米してコロンビア大学で学んだことは真実であり、この点については検察官も確認した。被告は、単に、原告について、「あんな人物を繰上げ当選させてはならない」というだけのことで、特段の調査もせずに、本件告発をし、更に、本件告発の内容や経過をテレビ番組で話したものであるから、本件告発事実を真実と信ずるについて相当の理由がないことは明らかである。
 米国では、憲法修正第1条の表現の自由が極めて重きを置かれており、著名なニューヨークタイムズ対サリバン事件において、公共の利害に関する事項については、原則として名誉毀損が成立しないこととされたが、その唯一の例外が「現実の悪意」のある場合とされた。ここで、現実の悪意とは、「当該言明が虚偽であることを知っていて、又はそれが虚偽であるかそうでないかを一向に意に介さずに、あえて行った場合を指す」とされている。これを本件についてみると、被告は、法廷において、原告が実際にコロンビア大学を出たかどうかなどはどうでもいいと考えて、ただ繰上げ当選をさせたくなかったので告発に及んだと繰り返し供述した。したがって、被告は、「原告は真実にはコロンビア大学を卒業していないから、原告には経歴詐称がある。」との言明が虚偽であるかどうかについて、全く意に介することなく、あえて原告の社会的評価を失墜させることを目的として本件告発とこれに関連する一連の発言を行ったものであることが明らかである。したがって、原告の経歴詐称に関する被告の言論活動(テレビに出演しての発言及び街頭署名活動)が、真実であると信ずるに足りる相当の理由がなく行われたものであることは明らかである。
(ア) 原告がコロンビア大学に留学していないと信ずるについての相当の理由を根拠づけるものとして被告が主張するところが失当であることは以下のとおりである。
a 原告は、被告が本件告発をするまでの段階で、被告あるいはマスコミに対し、米国に留学したことを説明する義務もなければ、そのような立場になったこともない。被告が「相当の理由」の根拠として挙げるbないしfは、原告が被告に対して上記のような立証責任又は説明責任を負っていたことを前提にする議論であるが、そのような前提自体が存在しない。
b 被告が「相当の理由」の根拠として挙げるgについては特に争わないが、そのことから「留学が嘘」であると結びつけられるはずがない。
c 被告が「相当の理由」の根拠として挙げるhは原告の米国留学の実体についての呼称の問題であり、「経歴詐称」とは関係がない。
d 被告が「相当の理由」の根拠として挙げるiは、「相当の理由」の有無と関係がない。原告は、平成8年衆議院議員選挙が行われた際に、コロンビア大学で精神心理学を専攻したと提示したことはない。
e 被告が「相当の理由」の根拠として挙げるjについては、そもそもDは、当時の加熱したマスコミ状況の中で利用されたにすぎない。しかも、同人は原告より9歳年下であり、原告の米国への渡航当時小学生にすぎず、原告の渡航目的や米国での生活状況などを知る余地が全くなかったものであり、被告としてもそのことは十分に分かっていたことである。
f 被告が「相当の理由」の根拠として挙げるkについては否認し、争う。また、留学した者すべてが一定以上の英会話能力を取得できるという前提自体が存在しない。
(イ) 原告は、平成8年衆議院議員選挙に立候補した際に、選挙民に対して、「米国に留学した」、「コロンビア大学を卒業した」などということを経歴として提示したことは一度もない。抗弁(2)イ(イ)については、そのやりとりの中に虚偽はないし、そのようなやりとりが選挙活動とは言い難いし、抗弁(2)イ(ウ)については、本件名刺が実際に選挙活動で使用されたということの証明自体がない。
(3) 抗弁(3)は否認し、争う。
 原告は、被告が原告を公職選挙法違反で告発したことは、本件告発後間もなく知ったが、本件告発状及び上申書の内容はその時点では知らず、また、それらを報道関係者に公表したことは最近まで知らなかった。したがって、原告が、被告による本件告発事実の公表の具体的事実を知ってから3年が経過したことはない。また、街頭署名活動が行われたのは平成11年7月24日であり、この点について消滅時効が成立していないことは明らかである。

理由
第1 認定事実
 当事者間に争いのない事実に加え、証拠(後記各証拠のほか、甲9、乙12、原告及び被告各本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 被告は、平成11年3月31日、TBSラジオの番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」に出演し、「世界の中で一番好きな人・嫌いな人」というテーマで、原告を付き合いたくない人と名指しし、その後、各テレビ局のワイドショー番組や週刊誌などが、原告と被告との間の確執を盛んに報道するようになった。
2 各テレビ局のワイドショー番組において、平成11年6月初旬以降連日のように、外国人特派員協会の昼食会における原告の発言や平成8年衆議院議員選挙の選挙活動の際のBらに対する本件名刺の配布について、原告に経歴詐称疑惑があるとの報道が繰り返された(乙10)。
3 被告は、平成11年7月12日、東京地方検察庁に対し、原告を告発しようとしたが、同庁は、被告の告発を受理しなかった。被告は、同日、記者会見を行い、一連の「S問題」に一石を投じた責任を感じ自ら終止符を打つために東京地方検察庁に告発しようとした旨述べた。
4 被告は、平成11年7月14日、東京地方検察庁から告発不受理の意向を伝えられたため、記者会見を行い、「今更引くわけには行かない。納得できません。国民の一人としてYを応援してほしい。」と述べ、飽くまで原告を告発する姿勢を示した。
5 被告は、平成11年7月16日、東京地方検察庁に対し、「告発の事実」として本件告発事実を記載した本件告発状を提出し、同庁は、同月19日付けで本件告発を受理した。
6 被告は、以下のテレビ番組に出演して、本件告発を行ったことを明らかにした上、本件告発状に記載した本件告発事実と同様の事実を述べ、捜査を通じて原告の犯罪が明らかになり、原告が起訴されることを期待していると述べ、さらに、留学の時期や内容についての原告の発言等が変遷しているなどの事実を指摘した(以下「本件テレビ出演」という。)。
(1) 平成11年7月16日 日本テレビ「ルック」
(2) 同月19日 フジテレビ「2時のホント」
(3) 同月20日 テレビ朝日「モーニング」
7 被告は、東京地方検察庁に原告に対する徹底した捜査の遂行を要請するため、平成11年7月24日、浅草の浅草寺において、通行する不特定多数の人に対し、署名簿を示して署名を呼び掛け、マスコミが本件街頭署名活動の状況を撮影することを許可し、その後、法務大臣に対して署名簿を提出した。
第2 本件テレビ出演及び本件街頭署名活動について
1 本件テレビ出演及び本件街頭署名活動が名誉毀損行為に該当するか
(1) 本件テレビ出演及び本件街頭署名活動によってどのような事実が摘示されたのか、そして、摘示された事実によって原告の社会的評価が低下するか否かは、一般視聴者又は本件街頭署名活動に接した一般人の普通の注意と理解とを基準として判断すべきであるので、以上の見地から、これを検討する。
(2) 本件テレビ出演及び本件街頭署名活動により摘示された事実
 被告が、平成11年7月16日、同月19日及び同月20日にテレビ番組に出演し、本件告発を行ったことを明らかにし、本件告発事実と同趣旨の事実を述べた上、捜査を通じて原告の犯罪が明らかになり、原告が起訴されることを期待していると述べたこと、また、同月24日ころ、本件街頭署名活動を行い、マスコミがその状況を撮影することを許可したことは前記のとおりであり、これを前記基準によってみると、@ 原告は、実際には、コロンビア大学に留学したことはないにもかかわらず、A 外国人特派員協会の昼食会においてコロンビア大学に留学したと述べ、B 平成8年衆議院議員選挙の選挙活動期間中に、Bらに対して「米・コロンビア大学留学(精神心理学専攻)」との記載のある本件名刺を配布したという事実(以下、併せて「本件摘示事実」といい、上記@ないしBの各事実をそれぞれ「本件摘示事実@」ないし「本件摘示事実B」という。)を摘示した上、原告の行為は、公職の候補者の経歴に関し虚偽の事実を公にしたものであり、公職選挙法に違反する犯罪行為であり、原告は起訴されるべきであると述べたものと認めるのが相当である。そして、本件摘示事実@及びAにいう「留学」とは、一般視聴者又は本件街頭署名活動に接した一般人の普通の注意と理解を基準とすると、コロンビア大学の学籍を得た上、又は少なくとも留学生として所定の手続を経てコロンビア大学に受け入れられた上、相当数の科目を履修したといえるような態様で、同大学における講義を受けたことを意味するものと理解されるものと認めるのが相当である。
 以上の認定に対し、原告は、「留学」という概念は一義的なものではなく、例えば、語学の勉強のために海外の大学その他の教育機関で学ぶことなどを「留学」と呼ぶことは一般的であり、単位を取るか否かは「留学」に該当するか否かとは関係がないと主張する。しかしながら、被告が、外国人特派員協会の昼食会での原告の発言や本件名刺の配布は、公職選挙法違反に該当し得るものとして、本件テレビ出演や本件街頭署名活動を行っていることや、コロンビア大学という米国でも有数の有名大学であることが公知の大学における留学経験の有無が問題とされていることからすれば、本件テレビ出演の際の被告の発言を聞いた一般視聴者又は本件街頭署名活動に接した一般人が、被告において、原告が語学を修得するために海外の教育機関で勉強することなどを含め、いかなる意味においても、海外において勉強をした経験がないなどの事実を摘示したものと理解すると認めることは困難であり、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。
(3) 本件摘示事実による原告の社会的評価の低下
 以上(2)に説示したところを前提として、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動が、原告の社会的評価を低下させるか否かを、一般視聴者又は本件街頭署名活動に接した一般人の普通の注意と理解を基準として判断すると、被告は、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動において、本件告発を行ったことを明らかにした上で、被告は、本件摘示事実を具体的に摘示し、これに基づき、原告の行為が公職選挙法に違反する犯罪行為であり、原告は起訴されるべきであると述べたものであり、被告の出演したテレビ番組を視聴した一般視聴者又は本件街頭署名活動に接した一般人は、原告が本件摘示事実のような行為を行い、それは公職選挙法に違反する犯罪行為に該当するのではないかとの印象を抱くものと認められ、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動によって、原告の社会的評価が低下したことは明らかである。
 以上の認定に対して、被告は、原告の経歴詐称疑惑については、被告が初めて世間に公表したものではなく、平成11年6月4日以降、各テレビ局のワイドショー番組で大々的に報道されていたのであるから、原告の経歴詐称疑惑については既に公知の事実となっており、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動によって、原告の社会的評価が低下したのではないと主張する。確かに、各テレビ局のワイドショー番組において、平成11年6月初旬以降連日のように、外国人特派員協会の昼食会における原告の発言や平成8年衆議院議員選挙の選挙活動の際のBらに対する本件名刺の配布について、原告に経歴詐称疑惑があるとの報道がされていたことは前記のとおりである。しかしながら、他方、前記のとおり、平成11年3月31日以降、ワイドショー番組などにおいて原告と被告との対立が盛んに報道されていたのであり、両名の対立が一般視聴者の注目を集めていたことは明らかであり、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動が、従前にも増して原告の経歴詐称疑惑に対する視聴者の関心を引きつける結果となったことは否定できない。しかも、被告が、東京地方検察庁に対し原告を告発しようとしたが、同庁が告発を受理しようとしなかったこと、被告が不受理は不当であるとして記者会見を行うなどしたこと、その後、被告は改めて本件告発を行い、同庁が本件告発を受理したことは前記のとおりであり、乙10号証によれば、これらの経緯は、各テレビ局のワイドショー番組などにおいて逐一報道されていたことが認められるのであって、このような状況の下で本件テレビ出演及び本件街頭署名活動が行われたことを考慮すると、一般視聴者又は本件街頭署名活動に接した一般人が、検察庁がいったん不受理にした告発を遂に受理するに至ったという経緯に照らし、原告が経歴を詐称し公職選挙法に違反する犯罪行為をしたのではないかとの印象をより一層強く抱いたことは容易に推認できる。
 以上によれば、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動によって、原告の社会的評価はより一層低下したことは明らかである。
2 名誉毀損について被告の故意又は過失が否定されるか。
(1) 事実を摘示しての名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的に出た場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることが証明がされたときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、上記行為には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解される(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁、最高裁昭和56年(オ)第25号同58年10月20日第一小法廷判決・裁判集民事140号177頁参照)。これと異なる被告の抗弁(1)は、独自の見解であり、これを採用することができない。
(2) 公共の利害に係り、専ら公益を図る目的に出たこと
 原告が、平成8年衆議院議員選挙に立候補し、平成11年7月当時、繰上げ当選の可能性があったことは当事者間に争いがないところ、衆議院議員選挙の立候補者に関する経歴詐称は、公共の利害に関する事実であることは明らかである。そして、本件摘示事実が衆議院議員選挙の候補者の経歴に関する事実という公選による公務員に関する事実であり、これを公表することには、その性質上公益性が認められることに加え、被告本人尋問の結果によれば、被告は、経歴詐称をするような者が繰上げ当選するようなことがあってはならないという気持で本件告発を行い、その旨を本件テレビ出演で明らかにするとともに、捜査が徹底して行われるように本件テレビ出演や本件街頭署名活動を行ったものと認められるから、被告は、専ら公益を図る目的で、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動を行ったものと認めるのが相当である。
 以上の認定に対し、原告は、原告が被告と芝居を共演することを断った時点から、被告が「時間を守らない。」、「貸したものを返さない。」などの悪口を言いふらすようになり、原告がこれを無視していたところ、専ら原告を攻撃するために本件告発を行ったのにすぎないなどと主張する。被告本人尋問の結果によれば、被告が原告に対する悪感情を抱いていたことは認められるが、それだけでは、上記認定を左右するには足りないものというべきである。
(3) 本件摘示事実を真実であると信ずるについての相当の理由
 被告は、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動において、@ 原告は、実際には、コロンビア大学に留学したことはないにもかかわらず(本件摘示事実@)、A 外国人特派員協会の昼食会においてコロンビア大学に留学したと述べ(本件摘示事実A)、平成8年衆議院議員選挙の選挙活動期間中に、Tらに対して「米・コロンビア大学留学(精神心理学)」との記載のある本件名刺を配布した(本件摘示事実B)との事実を摘示したものであり、本件摘示事実@及びAにいう「留学」とは、コロンビア大学の学籍を得た上、又は少なくとも留学生として所定の手続を経てコロンビア大学に受け入れられた上、相当数の科目を履修したといえる実態のある態様で、同大学における講義を受けたことを意味すると理解すべきこと前記のとおりであり、この理解の下に本件摘示事実@ないしBにつき、その重要な部分が真実であると信ずるについて相当の理由があれば、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動による名誉毀損は、その故意又は過失が否定されるものというべきである。
ア 本件摘示事実@について
 まず、本件摘示事実@につき検討するに、前記第1の認定事実に加え、後記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、各テレビ局のワイドショー番組などにおいて、平成11年6月初旬以降連日のように、外国人特派員協会の昼食会における原告の発言や平成8年衆議院議員選挙の選挙活動の際のTらに対する本件名刺の配布について、原告に経歴詐称疑惑があるとの報道が繰り返されていたにもかかわらず、原告は、これらの報道に対して反論をしていなかったこと、被告は、マスコミ関係者から、コロンビア大学には原告の在籍を示す記録が存在しないと聞いていたこと(乙12)、原告が稚拙な英語を話すのを現認したことがあること(乙12、被告本人)、昭和28年当時米国に私費で留学することは、極めて困難であったこと(乙12、原告及び被告各本人)、原告の著書である「きのう雨降り今日は曇りあした晴れるか」の著者紹介欄には、「コロンビア大学精神心理学卒業」との記載が、同じく原告の著書である「叱ってしつけるほめて育てる」、「女は賢く妻は可愛く」の著者紹介欄には、「コロンビア大学精神心理学終了」との記載があるにもかかわらず(乙5ないし7)、「猛母猛妻」の著者紹介欄及び原告の選挙公報には、コロンビア大学への留学に関する記載がなく(甲8、乙8)、また、原告は、外国人特派員協会の昼食会における「インビテーション・スチューデント」との発言について、「聴講生」という趣旨であるなどの弁解をしていたことが認められ、以上の事実に照らすと、被告において、原告がコロンビア大学に留学したことはないと考えたことには、相応の根拠があったものということができ、被告が本件摘示事実@を真実であると信ずるについて相当の理由があったものと認められる。
 以上の認定に対し、原告は、原告が原告の経歴詐称疑惑に関する報道に反論をしなかったことをもって、本件摘示事実@を真実と信ずるについての相当の理由とすることは、原告が、米国に留学したことについて、立証責任又は説明責任を負っていたことを前提とするものであると主張する。しかし、原告がコロンビア大学の学籍を得た上で、又は少なくとも留学生として所定の手続を経た上でコロンビア大学に受け入れられたのであれば、そのことを証明することは容易であり、上記のように連日経歴詐称疑惑が報道されれば、かかる容易な反論をしないというのは不自然といわざるを得ないのであるから、原告がそのような反論をしなかったことを、上記の相当の理由を根拠づける一事情として考慮することは相当であって、原告の上記主張は、独自の見解というべきである。
イ 本件摘示事実Aについて
 次に、本件摘示事実Aにつき検討するに、証拠(乙1、乙4ないし7、乙10)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、外国人特派員協会の昼食会において、コロンビア大学への留学の経験について質問を受け、同大学でインビテーション・スチューデントとして学んだと発言し、被告は、これをテレビで視聴していたことが認められることに加え、平成11年6月初旬以降、各テレビ局の番組において、原告の上記発言については、原告が外国人特派員協会の昼食会において、コロンビア大学に留学したとの趣旨の発言をしたものとして取り上げられ、報道されていたことや、原告の著書である「きのう雨降り今日は曇りあした晴れるか」の著者紹介欄には、「コロンビア大学精神心理学部卒業」との記載があり、被告はこのことを承知していたと認められることを併せ考慮すると、被告が、外国人特派員協会の昼食会における原告の上記発言をもって、原告がコロンビア大学に留学していたことを肯定する発言をしたものと理解することには相応の根拠があり、被告が、本件摘示事実Aを真実と信ずるについて相当の理由があったものと認められる。
ウ 本件摘示事実Bについて
 最後に、本件摘示事実Bにつき検討するに、乙9号証の1、2によれば、本件名刺の表面には、「新進党」、「新進党東京都第5総支部会長」という記載が、本件名刺の裏面には、「新進党」、「たいへんお世話になります。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます」、「小選挙区・東京5区は、目黒区と世田谷区南東部(注)です」という記載があることが認められ、以上の本件名刺の記載にかんがみれば、本件名刺が来るべき平成8年衆議院議員選挙のために作成され、原告の選挙活動の際に配布されたものであることが認められる。そして、選挙中に配布された本件名刺が、候補者である原告の関与なく作成されることは通常考えにくいことを考慮すると、被告が、本件名刺の配布に原告が関与していると考えたことは極めて合理的であり、被告が、本件摘示事実Bを真実と信ずるについても相当の理由があったものと認められる。
3 以上に認定説示したように、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動は、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものであって、かつ、被告が本件摘示事実のうち重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があることも認められるのであるから、被告の故意又は過失は否定され、その余の点を判断するまでもなく、被告は、本件テレビ出演及び本件街頭署名活動について不法行為責任を負わない。
第3 本件記事掲載について
1 甲1号証によれば、本件記事は、「私はSと米兵相手の接客業をしていた!」との見出しの下に、本件手紙のほぼ全文を引用しており、一般読者の普通の注意と読み方を基準にすると、本件記事は、直接的には、原告が米兵相手に売春を行っていた事実を摘示する匿名の手紙が被告の下に届いたことを記述するものであるが、上記見出しとあいまって、一般読者に上記手紙に記載されたような事実があったとの印象を与えるものと認めるのが相当であり、本件記事によって、原告の社会的評価が低下したことは明らかである。
2 被告が週刊誌の記者に本件手紙を見せ、これを読んでいる様子を撮影させたことは当事者間に争いがない。このことに加え、本件手紙が被告宛に届いたものであり、他人が被告に無断で記者に渡すことは考えにくいこと、被告が原告に対し悪感情を抱いていたことを併せ考慮すると、被告は、記者に本件手紙を見せ、本件手紙を読んでいる様子を撮影させたにとどまらず、記者に本件手紙の原本又は写しを自ら交付し、又は周囲の者がこれを交付することを許したものと推認することができ、この認定に反する被告本人の供述は信用できない。そして、前記のとおり、平成11年3月31日以降、原告と被告との間の確執が各テレビ局のワイドショー番組や週刊誌などで盛んに報道されていたこと、同年7月12日以降、被告の告発がいったん不受理となり、その後受理されたことに関する被告の記者会見などが多数のワイドショー番組で報道されていたことからすれば、このような状況の下において、被告が上記のような写真撮影に応じた上、本件手紙が週刊誌の記者の手に渡れば、本件手紙の内容が記事として掲載される蓋然性は極めて高かったものというべきであり、被告も、かかる状況にあることを十分に認識していたものと認められる。
 以上によれば、被告は、本件手紙の内容が記事として掲載される蓋然性は極めて高いことを認識しながら、本件手紙を週刊誌の記者に公表し、これを読んでいる姿勢を撮影させた上、更に、記者に本件手紙の原本又は写しを自ら交付し、又は周囲の者がこれを交付することを許し、その結果、本件記事を掲載させ、原告の社会的評価を低下させたものというほかなく、被告は、上記行為について不法行為責任を負うものというべきである。
3 そこで、本件記事の掲載による原告の損害について検討すると、本件手紙、本件記事の内容、特にこれが原告のプライバシーにかかわる事実を無責任に摘示し、原告に対する侮辱的表現を含むものであること、その他本件記録に顕れた諸般の事情を総合的に考慮すると、本件記事が掲載されたことによる原告の精神的苦痛を慰謝するのに相当な慰謝料額は、100万円と認めるのが相当である。
 そして、原告は、本件記事の掲載による損害の賠償請求を含む本件訴えの提起を原告訴訟代理人に委任しており、上記請求に係る事案の内容、上記慰謝料額等諸般の事情を考慮すると、原告が原告訴訟代理人に対して支払う弁護士費用のうち10万円は、被告の上記不法行為と相当因果関係のある損害に当たるものというべきである。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、110万円及びこれに対する平成14年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法64条本文、61条を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判断する。

東京地方裁判所民事第25部
 裁判長裁判官 綿引万里子
 裁判官 澤野芳夫
 裁判官 葛西功洋


(別紙省略)
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