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【事件名】「ニュースステーション」のダイオキシン報道事件(3)
【年月日】平成15年10月16日
 最高裁(一小) 平成14年(受)第846号 謝罪広告等請求事件
 (一審・さいたま地裁平成11年(ワ)1647号/二審・東京高裁平成13年(ネ)第3301号)

判決


主文
 原判決中上告人らの被上告人に対する請求に関する部分を破棄する。
 前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由
 上告代理人長島佑享、同三角元子、同林原菜穂子、同佐藤恭子、同久山竜治の上告受理申立て理由4について
1 本件は、埼玉県所沢市内において野菜等を生産する農家である上告人らが、被上告人が平成11年2月1日にテレビジョン放送をしたニュース番組である「ニュースステーション」のダイオキシン類問題についての特集に係る放送(以下「本件放送」という。)により、所沢産の野菜等の安全性に対する信頼が傷つけられ、上告人らの社会的評価が低下して精神的損害を被った旨を主張し、また、上告人B、同C、同D及び同Eを除く上告人らは、野菜の価格の暴落等により財産的損害を被った旨をも主張して、被上告人に対し、不法行為に基づき、謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。
2 原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 当事者等
 上告人らは、いずれも所沢市内において農業を営む者であり、ほうれん草、にんじん、小松菜等の野菜等を生産、販売して生計を立てている(なお、上告人Fは、本件訴訟の第1審係属中に死亡した原告Gの訴訟承継人である。)。
 被上告人は、テレビジョン放送等の放送事業を行う会社であり、ニュース番組である「ニュースステーション」(以下「本件番組」という。)を制作し、これを毎週月曜日から金曜日までの午後10時ころから午後11時20分ころまでの約80分間、全国の放送網を通じて、全国同時にテレビジョン放送をしている。
 K株式会社は、官公庁、民間企業、団体等からの委託調査、研究業務を主たる目的とする会社である。
(2) ダイオキシン類
ア ダイオキシンとは、塩素系化合物の一種であるポリ塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシンの通称であり、これに物理化学的性質や毒性作用が類似するものとして、ポリ塩化ジベンゾフラン及びコプラナーポリ塩化ビフェニル(以下「コプラナーPCB」という。)が存在し、これら3種類の化合物群がダイオキシン類と総称されている。ダイオキシン類は、人の活動に伴って発生する化学物質であって、本来、環境中には存在しないものであるが、一般毒性(最も毒性の強い2、3、7、8−四塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシンの致死毒性が青酸カリの1000倍、サリンの2倍を示したとのモルモットを対象とする実験結果の報告がある。)のほか、遅延性の発がん性、生殖毒性、免疫毒性、催奇形性並びに肝臓障害及び骨髄障害等の原因となる毒性を有するとされ、また、食物及び環境から人体に摂取されるとそのまま体内に蓄積され、体外に排出されにくいため、人体への影響が懸念されている。
 なお、我が国においては、従来、コプラナーPCBはダイオキシン類に含めない取扱いであったが、平成11年7月に公布されたダイオキシン類対策特別措置法が規制の対象とした「ダイオキシン類」には、コプラナーPCBも含むものとされ、以来、これもダイオキシン類に含められている。
 また、ダイオキシン類に含まれる上記3種類の化合物群には、多数の同族体及び異性体があり、各異性体ごとに毒性の強弱が異なっているため、ダイオキシン類の濃度の測定結果については、毒性等価係数(2、3、7、8−四塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシンの毒性を1としたときの相対的な毒性を示す係数)を乗じて換算した値(この値を毒性等価量(TEQ)という。)により表記されている。
イ 世界保健機関(WHO)は、平成10年5月に開かれた専門家会合において、耐容1日摂取量(ダイオキシン類を人が生涯にわたって継続的に摂取したとしても健康に影響を及ぼすおそれがない1日当たりの摂取量で2、3、7、8−四塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシンの量として表したものをいう。)を体重1s当たり1〜4pg(ピコグラム。1pgは1兆分の1g)と定めた。
 なお、我が国におけるダイオキシン類の体重1s当たりの耐容1日摂取量の基準は、ダイオキシン類対策特別措置法6条1項及び同法施行令2条の規定により、4pgと定められている。
(3) 所沢市周辺におけるダイオキシン類問題
ア 所沢市においては、平成4年ころから、同市三富地区に集中して廃棄物焼却施設等が設置されたため、その周辺地域のダイオキシン類汚染が問題となり、環境汚染等についての調査、研究が行われるようになった。
 ダイオキシン類による環境汚染等について調査、研究している摂南大学薬学部教授H(以下「H教授」という。)らが、平成7年及び平成8年の2回にわたり、所沢市周辺の土壌調査を行ったところ、1g当たり90〜300pgTEQ(平成7年)、65〜448pgTEQ(平成8年)のダイオキシン類が検出された。
 また、埼玉県が、平成8年11月、所沢市三富地区周辺のダイオキシン類の調査を行った結果、地表から0〜5pの範囲の土壌からは1g当たり11〜100pgTEQ、平均42pgTEQ、地表から0〜2pの範囲の土壌からは1g当たり13〜130pgTEQ、平均54pgTEQのダイオキシン類が検出された。
 さらに、環境庁が、平成9年度、所沢市を含む埼玉県内の5地域を対象に、大気、土壌、植物等のダイオキシン類の濃度を測定した結果、所沢市周辺の土壌から1g当たり62〜140pgTEQのダイオキシン類が検出された。
イ 所沢市農業協同組合(以下「市農協」という。)は、財団法人日本食品分析センターに依頼して、所沢産のほうれん草及び里芋に含まれるダイオキシン類の濃度の調査を行い、平成9年8月20日、同センターから調査結果の報告を受けたが、これを公表せず、同組合長は、平成10年2月9日、調査結果が出ていない旨の発言をした。このため、所沢市議会や衆議院予算委員会において、市農協がダイオキシン類の調査結果を公表しないことが問題とされた。
ウ K株式会社は、平成4年度に所沢市の委託を受けて大気汚染の調査を行い、平成5年3月、その調査結果を同市に提出したが、その後、同市周辺のダイオキシン類汚染が社会問題化していることもあって、同汚染の自主調査に取り組むようになった。
 K株式会社は、自主調査の一環として、所沢産の農作物に含まれるダイオキシン類の濃度調査を行うことを計画し、平成10年11月及び同年12月に所沢産のせん茶(同年夏に採取した茶葉を加工したもの)及びほうれん草並びに隣接する三芳町産の大根の提供を受け、せん茶を100gずつの2検体とし、ほうれん草を4検体、大根の葉と根を各1検体として、K株式会社が技術提携をしているカナダの会社に分析を依頼した。
 その分析の結果によれば、各検体1g当たりのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の測定値は、せん茶が3.60pgTEQ及び3.81pgTEQであり、ほうれん草が0.635pgTEQ、0.681pgTEQ、0.746pgTEQ及び0.750pgTEQであり、大根の葉が0.753pgTEQであった。
エ H教授らは、平成10年3月、「所沢産」のラベルが付けられた白菜(1検体)の提供を受けて調査したところ、1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出された。また、同教授らは、同年7月、所沢市内で採取したほうれん草(1検体)を調査したところ、1g当たり0.859pgTEQのダイオキシン類が検出された。
オ 厚生省が、平成8年度及び平成9年度に、全国のほうれん草その他の野菜を調査した結果、ほうれん草から、平成8年度は1g当たり0.106〜0.308pgTEQ、平均0.188pgTEQの、平成9年度は1g当たり0.044〜0.430pgTEQ、平均0.187pgTEQのダイオキシン類が検出された。
(4) 本件放送に至る経緯
ア 被上告人は、平成7年10月から平成9年11月まで、「ザ・スクープ」という報道特集番組で7回にわたり、ダイオキシン類問題を特集して放送し、その中で、ダイオキシン類の危険性とダイオキシン類汚染が全国に広がっていることを指摘し、この問題に対する日本の行政の取組が諸外国よりも遅れていることについての問題提起をし、また、平成10年1月以降本件放送に至るまで、本件番組においてもダイオキシン類問題を取り上げていた。
イ 被上告人は、所沢産の農産物のダイオキシン類汚染に焦点を当てた特集番組の制作を企画し、K株式会社の代表者であるI(以下「I所長」という。)に出演を依頼するとともに、前記の自主調査の結果の公表を求めた。
 K株式会社は、この要請に応じ、I所長の出演を承諾し、自主調査の結果であるせん茶の測定値(3.60pgTEQ及び3.81pgTEQ)とほうれん草の測定値(0.635pgTEQ、0.681pgTEQ及び0.750pgTEQ)を被上告人側の担当者に伝えた。その際、K株式会社は、被上告人側の担当者に対し、上記の各測定値を、検体提供者への配慮から、それぞれの検体の具体的な品目を明らかにしないで、単に所沢産の農作物から検出された測定値であるとして伝えた。
 被上告人側の担当者は、K株式会社から示された上記の各測定値が、いずれも所沢産の野菜についての測定値であると誤解して、放送の際に用いるフリップに「野菜のダイオキシン濃度」「全国(厚生省調べ)0〜0.43ピコg/g 所沢(K株式会社調べ)0.64〜3.80ピコg/g」と表示した(以下、このフリップを「本件フリップ」という。)。
 また、I所長は、本件番組のニュースキャスターであるJ(以下「Jキャスター」という。)や、その他のスタッフとの打合せのための時間が十分ではなかったため、Jキャスターらに対し、上記各測定値の検体の具体的な品目を伝えることができず、被上告人側の上記の誤解を解かないまま、本件放送に出演した。
(5) 本件放送
 被上告人は、平成11年2月1日午後10時以降の約16分間、本件番組において、「所沢ダイオキシン 農作物は安全か?」「汚染地の苦悩 農作物は安全か?」と題する所沢産の野菜のダイオキシン類問題についての特集に係る本件放送を行った(その具体的内容は、第1審判決添付の別紙4記載のとおりである。)。
 本件放送は、その前半において録画映像を、後半においてJキャスターとI所長との対談を放映した。その内容は、要約すると、前半の録画映像部分においては、@所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し、その焼却灰が畑に降り注いでいること、A市農協は、所沢産の野菜のダイオキシン類の分析調査を行ったが、農家や消費者からの調査結果の公表の求めにもかかわらず、これを公表していないこと、B所沢市の土壌中に含まれるダイオキシン類濃度を調査したところ、その濃度は、ドイツであれば農業が規制されるほど高く、また、かつてイタリア北部の町セベソで起きた農薬工場の爆発事故の後に農業禁止とされた地域の汚染度をも上回っていることなどであり、後半の対談部分においては、CK株式会社が所沢産の野菜を調査したところ、1g当たり0.64〜3.80pgTEQのダイオキシン類が検出されたこと、Dその結果は、全国の野菜を対象とした調査結果に比べて突出しており、約10倍の高さであること、E所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は、我が国の平均よりも5〜10倍高く、我が国のダイオキシン類による大気汚染濃度は、世界よりも10倍高いこと、F体重40sの子どもが所沢産のほうれん草を20〜100g食べた場合にWHOが定める耐容1日摂取量である体重1s当たり1pgTEQの基準を超えること等であった。
 このうち、上記Cの要約部分(以下「本件要約部分」という。)等に係る放送において、Jキャスターは、I所長との対談の冒頭部分で、I所長を5年前から所沢市の汚染を調査しているK株式会社の所長であると紹介し、今夜は、K株式会社が所沢市の野菜のダイオキシン類汚染の調査をした結果である数字を、あえて本件番組で発表するとした上で、本件フリップを示して「野菜のダイオキシン濃度」が「所沢(K株式会社調べ)0.64〜3.80ピコg/g」であると述べ、上記対談の中で、I所長は、本件フリップにある「野菜」が「ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物」である旨の説明をしたが、その際、その最高値である「3.80ピコg/g」がせん茶についての測定値であることを明らかにせず、また、測定の対象となった検体の具体的品目、個数及びその採取場所についても、明らかにしなかった。さらに、I所長は、上記対談の中で、ほうれん草等の葉っぱ物は、ガス状のダイオキシン類を吸い込んで葉の組織の一部に取り込んでいること、所沢産の野菜のダイオキシン類濃度は、調べた中では突出して高いこと、体重40sぐらいの子供が所沢産のほうれん草を20〜100gぐらい食べるとWHOの耐容1日摂取量に達することなどを指摘して、主にほうれん草を例として挙げて、ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物のダイオキシン類汚染の深刻さや、その危険性について説明した。
(6) 本件放送後の事情
ア 本件放送の翌日以降、ほうれん草を中心とする所沢産の野菜について、取引停止が相次ぎ、その取引量や価格が下落した。
イ 市農協は、平成11年2月9日、所沢産のほうれん草(出荷状態)から検出されたダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が1g当たり0.087〜0.71pgTEQであり、里芋からは検出されなかったことを明らかにした。
ウ 被上告人は、平成11年2月18日、本件番組において、本件放送でダイオキシン類の濃度が1g当たり3.80pgTEQもあるとされた検体が所沢産のせん茶であることを明らかにし、所沢市内のほうれん草生産農家に迷惑をかけたことを謝罪した。
エ 環境庁、厚生省及び農林水産省が、平成11年2月16日から所沢市周辺を対象に野菜等のダイオキシン類調査を行ったところ、所沢産のほうれん草(出荷状態)から1g当たり0.0086〜0.18pgTEQ、平均0.051pgTEQのダイオキシン類が検出され、また、埼玉県も同じころ同様の調査を行ったところ、所沢産のほうれん草(出荷状態)から1g当たり0.0081〜0.13pgTEQ、平均0.046pgTEQのダイオキシン類が検出され、同年3月、これらの調査結果が公表された。
3 原審は、上記の事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却すべきものとした。
(1) 本件放送は、一般の視聴者にほうれん草等の所沢産の葉物野菜の安全性に対する信頼を失わせ、所沢市内において各種野菜を生産する上告人らの社会的評価を低下させ、上告人らの名誉を毀損したものと認められる。
(2) 本件放送は、野菜等農産物のダイオキシン類の汚染実態やダイオキシン類摂取による健康被害等についての多数の調査報告を取り上げ、ダイオキシン類の危険性を警告しようとするものであり、その関係において所沢産の野菜のダイオキシン類の汚染の実態についての調査結果を報道するものであるから、そのこと自体は、公共の利害に関するものであることが明らかである。
 また、被上告人の報道機関としての社会的使命及びダイオキシン類問題に関する従前からの取組等を勘案すると、本件放送は、専ら公益を図る目的で行われたものと認めることができる。
(3)ア 本件放送で摘示された事実のうち、本件要約部分を除く部分については、その重要な部分がすべて真実であると認められる。
イ 本件要約部分については、所沢産の野菜のダイオキシン類濃度として摘示された測定値「0.64〜3.80pgTEQ」のうち、「0.64pgTEQ」は、K株式会社が調査した所沢産のほうれん草から検出された数値であるが、「3.80pgTEQ」は、K株式会社が調査した所沢産のせん茶から検出された数値であって野菜から検出された数値ではないから、K株式会社の調査結果のみによって上記摘示された事実が真実であることは証明されていない。
 しかし、H教授らの前記調査により所沢産の白菜(1検体)から1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出されており、コプラナーPCBを含めた場合のダイオキシン類濃度は、これを含めない場合の約1.1〜1.3倍になると認められるから、上記白菜のダイオキシン類の濃度は、コプラナーPCBを含めれば、1g当たり3.80pgTEQに匹敵することになり、本件放送当時、所沢産の野菜の中に1g当たり3.80pgTEQのダイオキシン類を含むものが存在したことは真実であると認められる。
 そして、3.80pgTEQのダイオキシン類の濃度を示す所沢産の野菜が、K株式会社の調査に係るものであるか、他の調査に係るものであるかという点は、それが所沢産の野菜の安全性に関する理解を根本的に左右するに至るまでのものではなく、ダイオキシン類による農作物の汚染の実態及びそれによる人体への健康影響を明らかにしようとする上で、所沢市で栽培された野菜から高濃度のダイオキシン類が検出されたという調査結果があることを報道することが本件放送の趣旨であることにかんがみれば、本件放送による報道において提示された事実の主要な部分に当たらないというべきである。そうすると、本件要約部分については、所沢産の野菜から1g当たり3.80pgTEQのダイオキシン類が検出されたとの重要な部分につき真実性の証明があったと解するのが相当である。
ウ したがって、本件放送により摘示された事実については、その重要な部分がすべて真実であると認められるから、本件放送による名誉毀損については、違法性が阻却され、被上告人の上告人らに対する不法行為は成立しない。
4 しかしながら、原審の上記(1)、(2)の判断は是認することができるが、(3)イ、ウの判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 新聞記事等の報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(新聞報道に関する最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照)、テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについても、同様に、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである。
 そして、テレビジョン放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。テレビジョン放送をされる報道番組においては、新聞記事等の場合とは異なり、視聴者は、音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり、録画等の特別の方法を講じない限り、提供された情報の意味内容を十分に検討したり、再確認したりすることができないものであることからすると、当該報道番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については、当該報道番組の全体的な構成、これに登場した者の発言の内容や、画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより、映像の内容、効果音、ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して、判断すべきである。
 このような見地に立って、本件をみるに、前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。@ 本件放送の後半のI所長との対談の冒頭部分で、Jキャスターは、今夜は、K株式会社が所沢市の野菜のダイオキシン類汚染の調査をした結果である数字を、あえて本件番組で発表するとした上で、本件フリップを示して「野菜のダイオキシン濃度」が「所沢(K株式会社調べ)0.64〜3.80ピコg/g」であると述べ、上記対談の中で、I所長は、本件フリップにある「野菜」が「ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物」である旨の説明をしたが、その際、その最高値である「3.80ピコg/g」がせん茶についての測定値であることを明らかにせず、また、測定の対象となった検体の具体的品目、個数及びその採取場所についても、明らかにしなかった。A I所長は、上記対談の中で、主にほうれん草を例として挙げて、ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物のダイオキシン類汚染の深刻さや、その危険性について説明した。B 本件放送の前半の録画映像部分においては、所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し、その焼却灰が畑に降り注いでいること、市農協は、所沢産の野菜のダイオキシン類の分析調査を行ったが、農家や消費者からの調査結果の公表の求めにもかかわらず、これを公表していないこと等、所沢産の農産物、とりわけ野菜のダイオキシン類汚染の深刻さや、その危険性に関する情報を提供した。C 本件放送の翌日以降、ほうれん草を中心とする所沢産の野菜について、取引停止が相次ぎ、その取引量や価格が下落した。
 これらの諸点にかんがみると、本件放送中の本件要約部分等は、ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり、その測定値は、K株式会社の調査結果によれば、1g当たり「0.64〜3.80pgTEQ」であるとの事実を摘示するものというべきであり(以下、この摘示された事実を「本件摘示事実」という。)、その重要な部分は、ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり、その測定値が1g当たり「0.64〜3.80pgTEQ」もの高い水準にあるとの事実であるとみるべきである。
(2) 次に、本件摘示事実の重要な部分について、それが真実であることの証明があったか否かについてみるに、前記確定事実によれば、K株式会社の調査結果は、各検体1g当たりのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の測定値が、せん茶(2検体)は3.60pgTEQ及び3.81pgTEQであり、ほうれん草(4検体)は0.635pgTEQ、0.681pgTEQ、0.746pgTEQ及び0.750pgTEQであり、大根の葉(1検体)は0.753pgTEQであったというのであり、本件放送を視聴した一般の視聴者は、本件放送中で測定値が明らかにされた「ほうれん草をメインとする所沢産の葉っぱ物」にせん茶が含まれるとは考えないのが通常であること、せん茶を除外した測定値は0.635〜0.753pgTEQであることからすると、上記の調査結果をもって、本件摘示事実の重要な部分について、それが真実であることの証明があるといえないことは明らかである。
 また、本件放送が引用をしていないH教授らが行った前記調査の結果は、「所沢産」のラベルが付けられた白菜(1検体)から1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出され、所沢市内で採取されたほうれん草(1検体)から1g当たり0.859pgTEQのダイオキシン類が検出されたというものである。前記の本件摘示事実の重要な部分は、ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり、その測定値が1g当たり「0.64〜3.80pgTEQ」もの高い水準にあることであり、一般の視聴者は、放送された葉物野菜のダイオキシン類汚染濃度の測定値、とりわけその最高値から強い印象を受け得ることにかんがみると、その採取の具体的な場所も不明確な、しかもわずか1検体の白菜の測定結果が本件摘示事実のダイオキシン類汚染濃度の最高値に比較的近似しているとの上記調査結果をもって、本件摘示事実の重要な部分について、それが真実であることの証明があるということはできないものというべきである。
 したがって、原審の確定した前記の事実関係の下において、本件摘示事実の重要な部分につき、それが真実であることの証明があるとはいえない。
(3) そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、本件摘示事実の重要な部分につき、H教授らによる上記調査の結果をもって真実であることの証明があるものとして、名誉毀損の違法性が阻却されるものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人らの被上告人に対する請求に関する部分は破棄を免れない。そして、本件については、本件摘示事実による名誉毀損の成否等について更に審理を尽くさせる必要があるから、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官泉コ治の補足意見がある。
 裁判官泉コ治の補足意見は、次のとおりである。
 私は、念のため、次の点を補足しておきたい。
 本件事案において、所沢市の農家の人々が損害を被ったとすれば、その根源的な原因は、所沢市三富地区・くぬぎ山周辺地区を中心に乱立していた廃棄物焼却施設にある。
 原判決の確定するところによれば、(1) 所沢市三富地区・くぬぎ山周辺地区においては平成4年ころから廃棄物焼却施設、中間処理施設が集中して作られるようになった、(2) くぬぎ山付近には農地が多く、焼却灰の影響で空気がよどんで農作業ができないこともあった、(3) 所沢市の大気中のダイオキシン類濃度について、平成8年5月に埼玉県が調査したところ、最高値は1立方メートル当たり1.4pgTEQであり、平成9年に関連自治体がくぬぎ山周辺地区で調査したところ、最高値は1立方メートル当たり2.5pgTEQであった(同年に環境庁が全国の中都市地域で測定した平均値は1立方メートル当たり0.16pgTEQであった)、(4) 所沢市及びその周辺の住民及び農業者らは、平成10年12月、埼玉県公害審査会に対し、健康被害や農作物の汚染を理由に焼却炉の使用停止等を求める公害調停を申し立てた、(5) 被上告人は、平成7年10月から平成9年11月まで、「ザ・スクープ」と題する報道特集番組において、7回にわたり、ダイオキシン類問題を特集して放送し、その中で、ダイオキシン類の危険性及びダイオキシン類汚染が全国に広がっていることを指摘して、日本の行政の取組が諸外国よりも遅れていることについて問題提起をし、また、平成10年1月以降、本件放送に至るまで、「ニュースステーション」の中でも、ダイオキシン類問題を特集して取り上げた、というのである。
 そして、平成11年2月1日の本件放送が行われた後に、「ダイオキシン類対策特別措置法」(同年7月16日公布)、「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(同月13日公布)、「埼玉県公害防止条例の一部を改正する条例」(同年4月1日施行)、「所沢市ダイオキシン類等の汚染防止に関する条例」(同年3月26日公布)等が公布又は施行され、廃棄物焼却施設が集合している地域において大気中に排出されるダイオキシン類の総量規制や、小型焼却炉・野焼きの規制等が行われるようになった。被上告人の平成7年10月以降の上記一連の報道、特に本件放送が、これらの立法措置の契機となり、又はこれを促進する一因になったということは、立法の時期・内容等から容易に推認することができる。
 このように、本件放送を含む上記一連の報道は、所沢市の農家も被害を受けている廃棄物焼却施設に焦点を合わせ、これを規制してダイオキシン類汚染の拡大を防止しようという公益目的に出たものであり、立法措置を引き出す一因となってその目的の一端を果たし、長期的にみれば、これらの立法措置によりダイオキシン類汚染の拡大の防止が図られ、その生活環境が保全されることとなり、所沢市の農家の人々の利益擁護に貢献するという面も有している。
 本件放送がせん茶のダイオキシン類測定値を野菜のそれと誤って報道した部分については、本件放送が摘示する事実の重要部分の一角を構成するものであり、これを看過することができないことは、法廷意見が説示するとおりであるが、上記部分は本件放送の一部であり、本件放送自体も、廃棄物焼却施設の規制等を訴えて被上告人が行った一連の特集の一部にすぎないこと、そして、前記のとおり、所沢市の農家の人々が被害を受けたとすれば、その根源的な原因は、上記一連の報道が繰り返し取り上げてきた廃棄物焼却施設の乱立にあることにも、留意する必要があると考える。
 国民の健康に被害をもたらす公害の源を摘発し、生活環境の保全を訴える報道の重要性は、改めて強調するまでもないところである。私も、法廷意見にくみするものではあるが、被上告人の行った上記一連の報道の全体的な意義を評価することに変わりないことを付言しておきたい。

最高裁判所第一小法廷
 裁判長裁判官 横尾和子
 裁判官 深澤武久
 裁判官 甲斐中辰夫
 裁判官 泉コ治
 裁判官 島田仁郎
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