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【事件名】DDIポケットへの情報開示請求事件
【年月日】平成15年9月17日
 東京地裁 平成15年(ワ)第3992号 発信者情報開示請求事件

判決


主文
1 被告は、原告に対し、別紙アクセスログ目録記載1ないし6、同9ないし11の各日時ころにおいて、各IPアドレスを割り当てられた電気通信設備を管理する者の氏名及び住所を開示せよ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、別紙アクセスログ目録記載1ないし11の各日時ころにおいて、各IPアドレスを割り当てた電気通信設備を管理する者の氏名及び住所を開示せよ。
第2 事案の概要
 本件は、インターネット上の電子掲示板に掲載された情報により名誉を毀損されたとする原告が、インターネット・サービス・プロバイダ(以下「プロバイダ」という。)たる被告が特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報開示に関する法律(以下「本法律」という。)4条1項にいう「開示関係役務提供者」に当たるとして、同項に基づき発信者情報の開示を求めた事案である。
1 前提となる事実
(1)当事者
ア 原告は、弁護士であり、航空旅客の手荷物運搬、施設内における航空貨物、宅配貨物などの仕分け、梱包、発送などの請負、及び労働者派遣などを業とする株式会社であるB株式会社(以下「訴外会社」という。)の顧問弁護士を務める者である(甲1)。
イ 被告は、第一種電気通信事業許可及び無線免許を受け、簡易型携帯電話を通じた通話サービス、データ通信サービスを行うほか、「PRIN」の名称をもってインターネット接続サービス等の通信事業を営む株式会社である。
(2)被告は、氏名等不詳者(以下「本件発信者」という。)からのアクセスを受けて、本件発信者に対し、別紙アクセスログ目録及び別紙記事目録各記載の日時ころ、インターネット接続サービスを提供し、これを受けて、本件発信者は、同時刻ころ、インターネットに接続して、ウェブサイト「2ちゃんねる」内の電子掲示板にアクセスし、「最悪のアルバイト派遣B株式会社Part7」という名のスレッド(以下「本件スレッド」という。)に対し、別紙記事目録記載1ないし11の記事をそれぞれ投稿した(甲5、甲10の2。以下「本件各記事」という。)。
(3)「2ちゃんねる」内の掲示板への投稿は匿名で行うことが可能であるため、「2ちゃんねる」管理者は、投稿した者につきIPアドレス以外の情報を保有しない(甲49、弁論の全趣旨)。
(4)「2ちゃんねる」の管理者であるCは、平成15年1月27日、原告を通じ、訴外会社に対し、訴外会社のCに対する仮処分命令申立事件(当庁平成14年(ヨ)第2770号)における和解条項(甲8)に基づき、本件各記事に関する別紙アクセスログ目録記載の情報を開示した(甲10の2)。この情報から、本件発信者は被告の管理するサービスのユーザーであることが判明した。
(5)原告は、同年1月28日、上記アクセスログを被告に提出し、本件発信者の特定を申し入れたところ、同月30日、被告担当者よりユーザーが特定されたとの回答があった。この際に、被告としては、通信の秘密を厳守すべき通信事業者たる地位にあるため、民事手続を通じて、ユーザーの氏名及び住所を開示し得るのは、本法律に基づく開示を命じる確定判決が存する場合に限られるとの見解が、原告に対し示された(甲1)。
(6)原告は、被告に対し、同年2月25日、本件訴えを提起した。
2 争点
(1)発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録する際にインターネット接続サービスを提供したプロバイダ(以下「経由プロバイダ」という。)が本法律4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当するか。
ア 原告の主張
 経由プロバイダは「開示関係役務提供者」に該当する。
(ア)本法律の解釈について
a 本法律2条1号ないし3号は、電気通信事業法2条1号ないし3号の解釈を前提として制定されているところ、電気通信事業法において、「電気通信役務」提供の受け手として「利用者」を規定していることにかんがみれば、同法が「利用者」をもって通信主体と考えていることが明らかである。
 このことからすれば、本法律においても特定電気通信の主体は、電気通信事業法に規定される「利用者」に相当する「発信者」であると解される。
 被告は「発信」と「送信」は区別されるべきだと主張するが、甲第18号証によれば、本法律がその両者を区別して規定しているとは解されない。
b そして、本件において、発信者から経由プロバイダを経由して電子掲示板に書き込みを行い、その内容を不特定多数に送信する過程は、その全体が一体として「特定電気通信」に該当するものである。
c そして、本法律2条3号は、「特定電気通信役務提供者」につき、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」と規定している。
 経由プロバイダは、発信者から不特定多数に送信される上記の特定電気通信を、端末機器や交換機などを使って媒介するものであるから、経由プロバイダは「特定電気通信役務提供者」に当たる。
(イ)開示の必要性について
a 発信者に対して、法的手続を通じた民事責任を追及するには、発信者の氏名及び住所が不可欠であり、これらは本法律4条1項の発信者情報を定める省令(平成14年総務省令57号。以下「本総務省令」という。)によって開示対象情報に指定されている。
b 電子掲示板などの提供サービスを受けるに当たって、ユーザーの氏名及び住所について正確な入力を求められることはまれである。ことに当該サービスが無償の場合には、課金回収の必要がないためその傾向が強い。
c 一方、経由プロバイダは、課金回収のため、利用契約に当たって、会員である発信者の氏名及び住所を把握するのが通常である。
d したがって、被害者は、発信者に対して民事責任を追及する前提として発信者の氏名及び住所を把握するためには、電子掲示板などを管理する者に対して発信者にかかる情報開示を求め、その情報を元に発信者が利用した経由プロバイダを特定して、その経由プロバイダに発信者の氏名及び住所の開示を求める以外に方法がないことになる。「開示関係役務提供者」から経由プロバイダを除外した場合、通信の匿名性を悪用した権利侵害状態から救済するという本法律4条1項の趣旨に反し、本法律の目的を達成することが不可能となる。
(ウ)立法者意思について
a 本総務省令によれば、開示対象情報にはIPアドレス(4号)及びそのタイムスタンプ(5号)が含まれており、これは氏名及び住所情報を保有するプロバイダから情報開示を受けるための追跡作業が行われることを前提としているものと解される。
b また、本総務省令が施行されるに先立ち、平成14年5月10日、総務省が発表したパブリックコメント(甲53)においても、経由プロバイダを開示関係役務提供者から除外する解釈は採用していない。
c したがって、立法者の意思としても、経由プロバイダが開示関係役務提供者に含まれることを当然予定していたものと解される。
イ 被告の主張
 経由プロバイダは「開示関係役務提供者」に該当しない。
(ア)本法律の解釈について
a 本法律における「特定電気通信」とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)」をいうと定義されている(本法律2条1号)。
 そして、電気通信事業法2条1号で、電気通信とは「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けること」と規定されていることからすると、本法律2条1号にいう「送信」とは、電気通信事業法2条1号にいう「送り、伝え、又は受けること」のうちの「送ること」、すなわち符号などを電気的信号に変換して送り出すことを指すものと解される。
b 他方、本法律2条4号では、「発信者」について「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」と定義している。
 この規定の仕方からすると、本法律は、特定電気通信設備の記録媒体への情報の記録又は特定電気通信設備の送信装置への情報の入力と、その後の当該情報の不特定の者への送信、すなわち本法律2条1号にいう「送信」とを区別し、上記記録媒体に情報を記録し、又は上記送信装置に情報を入力することは、当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者による特定電気通信とは別個の、発信者と特定電気通信役務提供者との1対1の電気通信にすぎないものと解される。
c 以上からすると、かかる発信者と特定電気通信役務提供者との1対1の電気通信を媒介するにすぎない経由プロバイダは、開示関係役務提供者には該当しない。
(イ)開示の必要性について
 発信者情報開示は開示関係役務提供者の通信の秘密にかかる守秘義務を解除するものであり、しかもその情報は発信者のプライバシーや表現の自由と密接なかかわりを有するものである。
 したがって、これらの憲法上保護されている権利についての守秘義務を解除するについては明確な規定を要し、安易な拡張解釈は許されないというべきである。
(ウ)立法者意思について
 開示すべき発信者情報を定めた本総務省令における原告主張のような規定から、逆に本法律が経由プロバイダを開示関係役務提供者としていると解するのは、論理の飛躍があるし、本末転倒である。
(2)権利侵害の明白性
ア 原告の主張
 本件各記事は、いずれも虚偽事実を列挙し、原告を誹謗、中傷する違法な内容である。かかる違法な情報の流通により、原告の社会的評価は著しく低下するに至った。
 またこれらは公共の利害に関するものでもなく、公益を図る目的でなされたものでもないことは明らかである。
イ 被告の主張
 不知。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1)本法律の解釈について
ア 本法律2条1号は、特定電気通信の意義につき、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)」と規定している。本件被告のような経由プロバイダが本法律にいう「開示関係役務提供者」に当たるか否かを判断するに際しては、経由プロバイダが関与する通信が「特定電気通信」に当たるか否かが問題となる。
イ 一般に、インターネットを用いて情報発信をする際には、経由プロバイダを介してインターネットに接続し、ウェブサーバ上の記録媒体に情報を記録し、あるいはウェブサーバの送信装置に情報を入力することによって、当該情報をインターネット上で閲覧可能にする、という方法が採られる。
 この場合、ウェブサーバの記録媒体ないし送信装置に情報を送信する必要があるが、この情報送信は、飽くまで発信者が不特定多数の者に対し情報を送信するためだけに行われるものである。ウェブサーバに要求されている役割は、あくまでも当該情報の通過点の1つとして当該情報を不特定多数の者へ送信する作業を行うことのみであり、ウェブサーバないしはその管理者が当該情報の最終的な受け手となって、自ら当該情報を利用することは想定されていない。
 すなわち、発信者からウェブサーバへの情報の送信は、この部分だけを取り出して見れば、1対1の通信となるが、それだけでは独立の通信としての意味を有するものではなく、発信者から不特定多数の者へ情報発信を行う過程の不可欠な一部分としてのみ意味を有するものである。
 したがって、発信者からウェブサーバへの情報の送信とウェブサーバから不特定多数の者への情報の送信を、それぞれ別個独立の通信であると考えるべきではなく、両者は一体不可分であり、全体として1個の通信を構成すると考えるのが相当である。
 そして、両者が一体となって構成された1個の通信は、発信者から不特定多数の者に対する情報の送信にほかならないものであるから、これが「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」であることは明らかである。
 したがって、発信者からウェブサーバへの情報の送信は、発信者から不特定多数への情報の送信という「特定電気通信」の一部となると解するのが相当である。
ウ そして、本法律2条2号は、「特定電気通信設備」の定義につき「特定電気通信の用に供される電気通信設備」と規定し、また本法律2条3号は、「特定電気通信役務提供者」の意義につき、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」と規定しているところ、経由プロバイダの保有する交換機などの設備は、発信者から不特定多数への情報の送信の用に供されるものであり、経由プロバイダは、発信者に対し、それらの設備を用いてインターネット接続を提供し、これにより発信者から不特定多数への情報の送信を媒介していることは明らかである。
エ 被告はこの点につき、本法律においては2条1号の「送信」と2条4号の「発信」が区別されており、ウェブサーバの記録媒体への情報の記録は、特定電気通信役務提供者から不特定多数への情報送信と別個の通信であり、発信者と特定電気通信役務提供者の1対1の通信にすぎないから、経由プロバイダがこの通信を媒介しても、経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に該当することはないと主張する。
 しかし、本法律には「発信者」についての定義規定はあっても、「送信」及び「発信」に関する定義規定はない。そして、本法律2条各号の規定だけから、本法律が「送信」と「発信」のそれぞれについて、あえて異なった意味付けを与えたとは解されないのであって、被告の主張は採用できない。
(2)経由プロバイダを特定電気通信役務提供者に含めて解釈することの必要性及び許容性について
ア 名誉毀損の被害者が法的救済を求める場合、加害者を特定し、その者を相手に訴訟を提起することになる。そして、加害者を特定するためには、その者の住所及び氏名を知る必要がある。
 しかし、インターネット上では、自らの名前を明らかにしないで情報発信をすることが可能であり、このような匿名で行われる情報発信によってインターネット上で名誉毀損が発生した場合、その発信された情報を見ただけでは、発信者の住所及び氏名を特定することは困難である。
 本法律に定められた発信者情報開示制度は、このように匿名性の高いインターネットにおける情報発信による名誉毀損が発生した場合に、当該情報発信を媒介し、あるいはそれに関与した者に対し、その発信者に関する情報を開示させることで、被害者が加害者の身元を特定し、法的救済を求める道を確保するために制定されたものであると解される。
イ ところで、一般的に個人がインターネット上で不特定の者に対し情報発信を行う際に、自らウェブサーバなどの設備を用意して行うことは一般的ではなく、大半の場合は他の者からウェブサーバの記録媒体の一定領域について提供を受けたり、あるいは他の者が運営する電子掲示板を利用したりという手段を用いることになる。
 特に無料でウェブサーバの記憶領域や電子掲示板を提供する者が、利用者に対して正確な住所及び氏名を要求することは少なく(甲24ないし39)、多くは連絡先としてメールアドレスを要求するのみである。このような点を考慮すれば、これらの者に対して、本法律に基づき発信者情報開示を命じても、元々それらの者は情報発信者の住所及び氏名を把握していない以上、実効性はない。
 一方、経由プロバイダの場合、課金の都合上ほとんどの場合利用者の住所及び氏名を把握している。
 以上のような現状に照らすと、仮に「開示関係役務提供者」から経由プロバイダを除外し、これを実際に名誉毀損を生じる情報を記録しているサーバを保有している者に限定した場合には、発信者の住所及び氏名を把握していない者に対して情報開示を命じることができることになる一方、現実に情報を保有している者に対しては情報開示を命じることができないという結果になる。これでは、名誉を毀損された被害者に対し、事実上、権利救済の道を閉ざすことになりかねない。
ウ 被告は、発信者情報開示は通信の秘密に係る守秘義務を解除するものであり、憲法上保護されている権利についての守秘義務を解除するについては明確な規定を要し、安易な拡張解釈は許されないと主張する。
 しかし、立法の明確性は通常の判断能力を有する一般人の理解を基準に検討すべきであるところ、本法律の「特定電気通信役務提供者」の定義に「媒介して」という言葉がある以上、まさに他人間の通信を「媒介」している経由プロバイダが特定電気通信役務提供者に該当すると読み取ることは、一般人の理解として不自然なものではない。
 また、経由プロバイダを特定電気通信役務提供者に含めて解釈しても、それは本法律4条1項に定められた、発信者情報開示の対象となる情報発信の範囲自体を拡張するものではない。そもそも本法律4条1項に該当する情報発信をした者は、同条に基づいて発信者情報を開示される可能性のあることを覚悟すべき立場にある。このようなことを考慮すれば、たまたまサーバの管理者が発信者情報を保有していなかったために、発信者情報の開示を免れるということになるのは、合理的であるとはいえない。
 したがって、本法律において経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当するとの解釈は、通常の判断能力を有する一般人には十分想定可能な範囲に属するものであって、明確性を欠くものではなく、被告の主張するような「安易な拡張解釈」というべきものではない。
エ また、本件で経由プロバイダを開示関係役務提供者に含めて解釈した場合、経由プロバイダとしては、名誉毀損をもたらす情報は自己の保有する設備に直接記録されることはなく、単に設備内を通過するのみであることから、経由プロバイダは侵害情報に関する十分な情報が得られないのであって、開示の要件具備について困難な判断を迫られ、その判断の誤りについて法的責任を問われかねない危険な立場に置かれる、とも考えられる。
 しかし、本法律4条4項においては、開示の請求に応じなかった場合には、故意又は重過失がある場合を除き賠償責任を負わない旨定められている。そして、特段の事情がない限り、侵害情報について立場上十分な情報を有しない経由プロバイダに関して、裁判外の開示請求に応じないことに関して重大な過失が認められることは考えにくく、経由プロバイダを開示関係役務提供者に含める解釈をしたとしても、経由プロバイダの保護に欠けるところはないというべきである。
オ 以上より、経由プロバイダを特定電気通信役務提供者に含めて解釈することには合理性が認められ、そのことにより発信者及び経由プロバイダに不当な不利益が生じるとは認められない。
(3)立法者意思について
ア 本総務省令によれば、開示されるべき発信者情報として、発信者の氏名及び住所のほか、侵害情報にかかるIPアドレス(本総務省令4号)及びタイムスタンプ(本総務省令5号)が定められている。
イ IPアドレスは、いわばインターネット上の住所ともいうべきものであり(甲19)、これによって侵害情報の発信元が特定されることになる。
 ところで、経由プロバイダを介してインターネットに接続する場合、利用者は、経由プロバイダからその保有するIPアドレスの割当てを受け、そのIPアドレスを用いることになる(甲57)。
 したがって、一般の発信者の場合、IPアドレスから発信者の氏名や住所を割り出そうにも、特定できるのは利用された経由プロバイダまでであり、経由プロバイダの協力なき限り発信者の割り出しは不可能である。
ウ そして、経由プロバイダからのIPアドレスの割当ては接続1回ごとに行われるものであり、また一度誰かに割り当てられたIPアドレスが別の人間に割り当てられることもある(甲19)。
 そうすると、経由プロバイダが侵害情報発信者の割り出しを行うためには、当該IPアドレスからの送信が行われた日時であるタイムスタンプの特定もまた必要であり、IPアドレスとタイムスタンプがそろうことによって経由プロバイダは侵害情報発信者を特定できることになる(甲57)。そして、IPアドレスの割当ては経由プロバイダの内部で行われているものであり、その追跡作業は当該経由プロバイダのみが可能なものである。
 このように考えると、本総務省令においてIPアドレスとタイムスタンプの開示が定められた趣旨は、それらを用いて経由プロバイダに発信者の追跡作業をさせ、それによって侵害情報発信者を特定するところにあると解される。
エ これに対し、被告は、発信者情報を定めた総務省令におけるこのような規定から、逆に本法律が経由プロバイダを開示関係役務提供者としていると解するのは本末転倒であると主張する。
 しかし、本総務省令は本法律の条文上も本法律と一体として機能することが予定されており(本法律4条1項)、その規定内容は、本法律を解釈する上で検討の対象とすべきことは明らかである。
(4)まとめ
 以上によれば、本件発信者がウェブサーバに別紙記事目録記載の情報を記録した行為は、発信者と不特定多数の者との間で行われる通信の不可欠な一部であって、それは「特定電気通信」の一部分をなすものであるから、経由プロバイダである被告は、交換機などの特定電気通信設備を用いて、発信者と不特定多数の者の間で行われる通信を媒介した者であり、「特定電気通信役務提供者」に該当することは明らかである。
2 争点(2)について
(1)「権利が侵害されたことが明白であるとき」の解釈について
ア 本法律4条1項1号は、同項で定める発信者情報開示請求の要件の1つとして、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」と定めている(以下「権利侵害要件」という。)。
イ この規定の趣旨は、発信者の表現の自由及びプライバシーと被害者の名誉権及び裁判を受ける権利との調和を図る必要があること、また自らが侵害情報を発信したわけではないプロバイダに、発信者と同等の主張立証責任を負わせることが妥当でないことに照らし、開示請求が認められる場合を、開示請求者の権利が侵害されていることが「明らか」である場合に限定したものであると解すべきである。
 したがって、開示請求者は、侵害情報の流通によって生じた権利侵害の客観面に加え、その侵害行為につき違法性が阻却されるような事由がないことについても立証責任を負うと解するのが相当である。
ウ すなわち、事実を摘示しての名誉毀損の場合、その行為が@専ら公益を図る目的で行われ、Aその行為が公共の利害に関する事実に係る場合に、摘示された事実がその重要部分について真実であることの証明があったときには、その行為には違法性がなく、またある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損の場合には、その行為が@専ら公益を図る目的で行われ、Aその行為が公共の利害に関する事実に係る場合に、その意見ないし論評の前提としている事実が重要部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性を欠くものとされている。
 以上によれば、発信者情報開示請求の場合には、開示請求者は、侵害情報によって自らの社会的評価が下落したことに加え、違法性阻却事由が存在しないこと、すなわち上記@ないしBのいずれかの要件が欠けていることについて主張立証責任を負うと解するのが相当である。
 以下、これらの点につき検討を加える。
(2)社会的評価の低下の有無について
ア 前提となる事実及び甲第3ないし第7号証によれば、本件各記事に関し、以下のようなことが認められる。
イ 別紙記事目録記載2、10及び11の各記事は、弁護士である原告がプロバイダに対し脅迫を行ったとの事実を摘示するものであり、これを読む者に対し、原告が違法行為を行う弁護士であるとの印象を与えるものである。したがって、これらの記事は、原告が脅迫を行ったとの事実を摘示することにより、原告の社会的地位を低下させたものであると認められる。
ウ 別紙記事目録記載6の記事は、文面だけから判断した場合、原告の違法行為の事実を直接摘示しているとまではいえないものの、本件スレッドの他の発言と併せて読んだ場合、同記事内の「違法行為」の中に、原告が脅迫を行ったという事実が含まれていることは明らかであり、やはり原告の社会的地位を低下させるものであると認められる。
エ また、別紙記事目録記載1、3、4、5及び9の各記事は、いずれも何らかの事実を摘示しているとはいえないものであるが、いずれも「DQN」(「DQN」が侮辱的表現であることは甲第17号証より明らかである。)、「あんたそろそろ自分自身にも弁護士をつけた方がいいんじゃない?」、「卑怯」、「A氏が弁護士だと言うことが信じられない」など、いずれも侮辱的な表現を使って原告を誹謗中傷する内容であると認められ、原告の社会的地位を低下させるものであると認められる。
オ 別紙記事目録記載7の記事は、直接原告に向けられた誹謗中傷であるとは認められない。また、同記事の前後の文脈、特に同記事内で引用されている本件スレッド153番の記事、さらに153番の記事の元記事となっている本件スレッド151番の記事を検討しても、別紙物件目録記載7の記事は、本件スレッド153番の記事を記載した者、及び原告の依頼者である訴外会社に対する誹謗中傷ではあっても、原告に対する誹謗中傷ないし事実の摘示であるとは認められず、原告の社会的地位を低下させるものであるとは認められない。
カ また、別紙記事目録記載8の記事は、原告が自分に関するスレッドを「2ちゃんねる」内に設立したという事実を摘示しているものと認められる。しかし、前後の文脈を検討しても、それ以上の事実を摘示しているものであるとは認められず、また原告が自分に関するスレッドを設立したということが、弁護士としての原告の社会的地位を低下させるような不当な行為であるという意味を有することも認められないから、同記事が原告の社会的地位を低下させるものであるとは認められない。
キ 以上より、別紙記事目録記載1ないし6、及び同9ないし11の各記事(以下「本件権利侵害記事」という。)は原告の社会的地位を低下させるものであると認められるが、同目録記載7及び8の各記事は原告の社会的地位を低下させるものであるとは認められない。
(3)違法性阻却事由の存否について
ア 目的の公益性について
 前記(2)において認定された本件権利侵害記事の内容に照らして、本件権利侵害記事が公益のために投稿されたものでないことは、明らかである。
イ 内容の真実性について
 さらに、前記前提となる事実、甲第1号証、甲第8ないし第10号証、甲第12ないし第16号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社に対しても、また被告に対しても、本法律に基づいて発信者情報開示を求めたのみであり、何ら脅迫行為は行っていないものと認められる。
 したがって、本件権利侵害記事内で摘示され、あるいは本件権利侵害の記事の前提となっている事実が真実でないことが認められる。
(4)開示を受けるべき正当な理由の存否について
 甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件発信者に対して損害賠償請求権を行使するために、被告に対して本件発信者情報の開示を求めていることが認められるから、原告には、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるものというべきである。
3 以上より、原告の請求は、主文第1項の限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求については理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第32部
 裁判長裁判官 井上哲男
 裁判官 和田吉弘
 裁判官 香川礼子は、差支えのため、署名押印することができない。

 裁判長裁判官 井上哲男
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