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【事件名】「電人ザボーガー」「快傑ライオン丸」等の放送権事件(2)
【年月日】平成15年8月7日
 東京高裁 平成14年(ネ)第5907号 損害賠償等請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成12年(ワ)第22624号、平成13年(ワ)第22512号)
 (平成15年5月20日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 株式会社東北新社
訴訟代理人弁護士 森伊津子
被控訴人 株式会社ピー・プロダクション
被控訴人 A
上記2名訴訟代理人弁護士 山田善一
同 金子憲康
被控訴人 株式会社キッズステーション
訴訟代理人弁護士 高芝利仁


主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。 

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決のうち、東京地方裁判所平成12年(ワ)第22624号事件に関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、1500万円及びこれに対する平成9年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人ピー・プロダクションは、控訴人に対し、その占有する別紙「著作物複製物目録」記載の各動産を引き渡せ。
2 被控訴人ら
 主文と同旨。
第2 事案の概要
 (東京地方裁判所平成12年(ワ)第22624号事件(以下「甲事件」という。))
 被控訴人ピー・プロダクション(以下「被控訴人ピープロ」という。)は、同被控訴人の著作に係るカラーテレビ用特撮映画である、「『電人ザボーガー』第1話〜第52話」、「『風雲ライオン丸』第1話〜第54話」及び「『怪傑ライオン丸』第1話〜第25話」(以下、これらを併せて「本件作品」という。)につき、昭和53年に、控訴人との間で、@被控訴人ピープロは、控訴人に対し、本件作品の著作権のうち、「作品の日本国内全域における放送権」(判決注・契約書上の文言)を譲渡すること、A被控訴人ピープロは、本件作品のネガフィルム等一切の所有権及び占有を控訴人に移転することなど等を内容とする契約(以下「本件契約」という。これを成立させた契約書を「本件契約書」という。)を締結した。
 その後、被控訴人ピープロは、被控訴人キッズステーション(以下「被控訴人キッズ」という。)に対し、本件作品の複製物であるプリント等の素材(以下「本件複製物等」という。)を交付し、被控訴人キッズは、本件複製物等を用いて、衛星放送及び有線放送により、本件作品を放送した。
 控訴人は、控訴人は、本件契約により、本件作品につき、有線放送により放送する権利及び衛星放送により放送する権利を含む、放送する権利一切の譲渡を受けたものであり、被控訴人キッズが本件複製物等を用いて本件作品を衛星放送及び有線放送により放送したことにより、本件契約により取得した上記放送権を侵害されたと主張して、被控訴人らに対し、共同不法行為による損害の賠償として、1500万円及びこれに対する遅延損害金を連帯して支払うよう求めるとともに、被控訴人ピープロに対し、所有権に基づき、別紙「著作物複製物目録」記載の各動産(以下「本件動産」という。)の引渡しを求めた。
 被控訴人らは、本件契約で譲渡の対象とされたのは地上波により放送する権利だけであって、衛星放送による放送する権利及び有線放送により放送する権利は譲渡の対象とされていない、などと主張して、争った。
 原判決は、@本件契約において、衛星放送による放送する権利及び有線放送により放送する権利は譲渡の対象とされていなかった、として損害賠償請求を棄却し、A本件契約は、控訴人による地上波放送の便宜と本件作品が第三者により放送されることを防止するための担保として、ネガフィルム等を控訴人において保管することを約したものにすぎず、これらネガフィルム等の所有権を控訴人に移転することを定めたものではない、と解するのが相当である、として、本件動産の引渡請求を棄却した。控訴人は、これを不服として本件控訴を提起した。
 (東京地方裁判所平成13年(ワ)第22512号(以下「乙事件」という。))
 控訴人は、被控訴人ピープロは、本件契約に含まれる、本件作品の著作権のうち同被控訴人が控訴人に譲渡したものを除いた部分についての管理委託契約に違反して、控訴人に損害を与えたとして、同被控訴人に対して、損害賠償金400万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求め、併せて、被控訴人A(以下「被控訴人A」という。)に対して、連帯保証債務の履行として同額を支払うよう求める訴えを提起した。原判決は、この事件(乙事件)を甲事件と併合して審理した上、乙事件についても控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、乙事件に関する原判決の判断部分に対しては、不服を申し立てていない。
第3 事実
 当事者間に争いのない事実等並びに争点及び当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、控訴人が不服を申し立てていない乙事件に関する部分である原判決3頁7行ないし20行、7頁6行ないし8行、17頁13行ないし20頁13行を除く)。
1 当審における控訴人の主張の要点
(損害賠償請求について)
(1) 当事者の意思を合理的に解釈するならば、本件契約において譲渡の対象とされた「放送権」とは、無線放送(衛星放送を含む。)により放送する権利と有線放送により放送する権利の両方のことである、と解すべきである。
ア 本件契約の成立のころの著作権法には、「放送」の定義をした規定はあるものの(同法2条1項8号は、「放送」を、「公衆送信のうち、公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う無線通信の送信をいう。」と定義している。)、「放送権」の定義をした規定はない。
 本件契約にいう「放送権」には、著作権法でいうところの「放送」すなわち無線放送により放送する権利(以下「無線放送権」ということがある。)だけでなく、無線放送(衛星放送を含む。)により放送する権利及び有線放送により放送する権利の双方を含ませるのが、当事者の意思であった。
イ 本件契約当時、著作者は、無線放送の許諾に当たり、これに付帯して、有線放送の許諾もするという慣行があった。すなわち、著作者は、一般に、無線放送の許諾に当たり、これに付帯して有線放送の許諾もしていた。
 著作者は、有線放送により放送する権利(以下「有線放送権」ということがある。)を有しており(著作権法23条1項)、放送事業者への放送許諾に当たり、有線放送権を留保するか否かを決することができる。著作者がこの権利を留保しない場合には、放送許諾を受けた放送事業者は、無線放送したものを有線放送することができる(著作権法99条1項)。本件契約成立当時、一般に、著作者は、放送事業者が放送を受信して再放送し、又は有線放送していることを知っており、このような形で有線放送することを認めていた。
 本件契約成立のころ、有線放送は、単なる難視聴対策にとどまらず、商業利用の域に至っていた。
 上記の諸事情に照らすと、本件契約における「放送権」の譲渡は、少なくとも、有線放送権を付帯させたものとしての無線放送権の譲渡と解釈すべきである。
ウ 著作権法上、「放送」とは、「無線放送」のことである(著作権法2条1項8号)。「衛星放送」は、「無線放送」の典型である。著作権法上「放送権」の定義をした規定がないからといって、原判決のように、著作権法上「放送」という語に託されている無線放送の観念までを変更し、「放送権」には「無線放送権」は含まれない、と解することは許されない。
 被控訴人Aは、原審において実施された本人尋問において、衛星放送により放送する権利(以下「衛星放送権」ということがある。)は、本件契約により控訴人に譲渡済みであると認識している旨を供述している。
(2) 原判決は、衛星放送権も有線放送権も本件契約の対象に含まれない、との解釈を採用する根拠として、「対価の相当性」を挙げる。
 しかしながら、上記対価の相当性についての原判決の認定判断は、テレビ番組の対価というものは、初回にテレビ放送がなされてから、年次を経過するに従って、減少していくものであることを、全く考慮していない点において、誤っている。
 本件契約の対象である本件作品は、既に放送された後のものである。本件契約において支払われた対価は、本件作品の現実の価値に比べてむしろ高いというべきである。
(本件動産の引渡請求について)
 原判決は、本件契約書第7条1項の解釈を誤っている。同条項は、明確に所有権移転の約定を規定している。どのようにしても、この所有権移転の約定を否定することはできないというべきである。
2 当審における被控訴人ピープロの主張の要点
(損害賠償請求について)
(1) 控訴人は、著作権法には「放送権」の定義がないと主張する。しかし、著作権法上の「放送権」とは、著作権法上の「放送」、すなわち、無線放送による放送する権利(無線放送権)のことであることは、自明である。
 著作権者が、無線放送許諾に当たり、有線放送をも併せて許諾する慣行など、本件契約成立当時、存在しなかった。
 著作権法99条は、著作権者が留保をしなければ、放送事業者が、自ら無線放送したものを有線放送することができるようになる、ということを認めた規定ではない。同条は、放送事業者をその放送の無断利用から保護することを目的として規定されたものであり、その限りで、「放送を受信して有線放送する権利」を放送事業者に与えるものにすぎず、原送信として有線放送する権利については何ら規定するものではない。著作者は、無線放送権を譲渡した後も、自己が原始的に保有する有線放送権に基づき、自主放送により有線放送をし、又は、有線放送事業者に対して有線放送を許諾することを、何ら妨げられるものではない。
 控訴人は、被控訴人ピープロが、無線放送権とともに、少なくとも「同時再送信を行う有線放送権としての有線放送権」を譲渡した、と主張する。しかし、本件において控訴人が問題とする有線放送は、いわゆる自主放送によるものであって、同時再送信によるものではない。控訴人の上記主張は、主張自体失当である。
 裁判所による契約の解釈において、契約当事者の合理的意思を探究し、その結果、契約書で用いられた文言に限定解釈を加えることができることは当然である。原判決は、無線放送権たる放送権の意味を限定解釈して、地上波放送権にすぎないと解釈したものであり、その判断手法及び内容に誤りはない。
(2) 原判決が示した対価の相当性に基づく判断は正当である。
 本件契約は、「放送権」につき、契約期間の定めなく譲渡したものであるのに、これよりも厳しい条件が付され、あるいは本件契約から遅れること10年から15年後に締結された契約において定められた対価の額は、本件契約において定められた対価の額を大きく上回っている。本件契約における「放送権」に地上波放送のみならず、有線放送及び衛星放送をも行う権利も含まれると解することは、あまりに均衡を欠くことになり、当事者の意思に合致しないことになる。
(本件動産の引渡請求について)
 原判決は、本件契約書第7条1項本文の解釈として、契約当事者の意思を推認して、所有権移転の約定の存在自体を否定したものであり、その判断手法及び内容に誤りはない。
3 当審における被控訴人キッズの主張の要点
(衛星放送の許諾について)
 被控訴人キッズのB(以下「B」という。)は、パーフェクTV(衛星放送)が開始されることが現実となった平成8年6月ころ、被控訴人ピープロの代表者である被控訴人Aから、「電人ザボーガー」全52話について、平成8年9月から平成9年8月まで、CATV(有線放送)で放映することの許諾を得た。
 その際、Bは、被控訴人Aに対し、パーフェクTV放送について、持参した散らし(丙第23号証)等を用いて、CATVでの契約全話数(52話)の放送が一通り終了するまで、CATVでの放映権料に追加支払することなく、パーフェクTV放送をさせてもらい、後日再放送するときに改めて、パーフェクTVの契約者の伸びに応じて、料金を相談したいと述べ、被控訴人Aの承諾を得た。
 被控訴人キッズは、同じころ、他社からも、本件と同様に、CATVでの放映権料に追加支払することなくパーフェクTV放送をすることの了解を得ている。
第4 当裁判所の判断
1 損害賠償請求について
 当裁判所も、原判決と同じく、衛星放送権も有線放送権も、本件契約において譲渡の対象とされた「放送権」に含まれていると認めることができず、控訴人の放送権侵害を理由とする損害賠償請求は理由がない、と判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第3 当裁判所の判断」のうち、20頁15行ないし27頁19行に記載のとおりであるから引用する。
(1) 本件契約書第2条は、
 「乙(判決注・被控訴人ピープロ)は甲(判決注・控訴人)に対し、作品(判決注・本件作品)の著作権のうち、下記の権利を本書の日付をもって譲渡する。
 「作品の日本国内全域における放送権」・・・」
 と規定している。
 ここにいう「放送権」を、どのような意味内容を有するものと解釈すべきか、が本件における最大の争点である。
 本件契約書中には、「放送権」の意味についての定義規定はない(甲第1号証)。そのため、この解釈に当たっては、著作権法の関連規定の内容、関連する事項についての、本件契約を締結した当事者の意思、本件契約に至る経緯等を総合的に考慮する必要がある。
 本件契約は、昭和53年(月日は不明)に締結されたものである(甲第1号証)。著作権法は、本件契約成立後、現在までの間に、何度かの改正を経ている。本件契約締結当時の著作権法(昭和53年法律第49号(昭和53年10月14日施行)による改正前後の著作権法)は、@「放送」の語(公衆によって直接受信されることを目的として無線通信の送信を行うことをいう。同法2条1項8号)と「有線放送」の語(公衆によって直接受信されることを目的として有線電気通信の送信・・・を行うことをいう。同17号)とを、別個に定義している。A同法23条1項は、(放送権、有線放送権等)の表題の下に、「著作者は、その著作物を放送し、又は有線放送する権利を占有する。」と規定している。B同法29条2項は、「もっぱら放送事業者が放送のための技術的手段として製作する映画の著作物・・・の著作権のうち次に掲げる権利は、映画制作者としての当該放送事業者に帰属する。 一 その著作物を放送する権利及び放送されるその著作物を有線放送し、又は受信装置を用いて公に伝達する権利」と規定している。C同法39条1項は、新聞紙又は雑誌に掲載された政治上、経済上又は社会上の時事問題に関する論説・・・は、他の新聞若しくは雑誌に転載し、又は放送し、若しくは有線放送することができる。」と規定している(以上@ないしCにつき、甲第6、第7号証参照)。これらの規定によれば、本件契約成立当時の著作権法は、「放送」の語を、無線通信の送信を行うことを意味する語として、「有線放送」の語と明確に区別し、著作物を「放送」する権利である「放送権」を、「有線放送する権利」である「有線放送権」と、明確に区別して用いている、ということができる。
 乙第2号証によれば、我が国で衛星放送が開始されたのは、平成元年6月であり、本件契約成立当時は、衛星放送技術試験の実験が開始されたばかりの段階にすぎなかったことが認められる。
 上に認定したところによれば、本件契約にいう「放送権」の語に、当然に「有線放送権」及び「衛星放送権」が含まれている、と解することができないことは、明らかというべきである。控訴人は、「衛星放送権」は、著作権法上無線放送の一つであるから、当然に「放送」の概念に含まれる、と主張する。しかしながら、ここでの問題は、本件契約における「放送権」の語の解釈である。著作権法において、衛星放送が無線放送の中に入るとしても、そのことから、直ちに、本件契約が締結された昭和53年当時に行われていなかった衛星放送も、本件契約の対象とされていた、ということになるわけのものではないことは、論ずるまでもないことである(逆に、著作権法において、「放送」の中に有線放送は入らないものとされているということだけで、有線放送は本件契約の対象外である、ということになるわけのものでもないことも、当然である。)。
 本件契約は、被控訴人ピープロの有する本件作品の著作権の一部である「放送権」を、特に放送条件、放送期間の定めなく譲渡することを内容とするものであり(甲第1号証)、本件作品の著作権に極めて重大な制限を加えるものであるから、その譲渡対象の範囲の認定は厳格に行い、一定以上の疑問が残るものについては範囲に入らないとするのが、著作権法の立法趣旨に合致する契約解釈である、というべきである。
 これを前提にした場合、上に認定した事情の下で、本件契約にいう「放送権」に「有線放送権」あるいは「衛星放送権」が含まれている、というためには、それを認めるに足るだけの相当に積極的な根拠が必要であり、趣旨が明確でない場合には、限定的に解釈するのが相当である、というべきである。
(2) そこで、原告の主張を認めるに足る積極的な根拠が認められるか否かについて検討する。
 本件契約締結時における関連する事項についての当事者の意思についてみる。
 衛星放送権についてみると、我が国で衛星放送が初めて行われたのは、本件契約が締結されてから約10年後のことであることは上記認定のとおりである。このような客観的な事情に照らすと、本件契約成立当時、当事者は、衛星放送を少なくとも具体的なものとしては契約対象として念頭に置いていなかったとみるのが合理的である。
 控訴人は、被控訴人Aは、原審において実施された本人尋問において、衛星放送権は、本件契約により控訴人に譲渡済みであると認識している旨を供述している、と主張する。しかしながら、控訴人の主張は、尋問の一部を取り出したものにすぎず、誤りというべきである。同尋問の全体を総合すると、被控訴人Aは、一貫して、本件契約において譲渡の対象とされた「放送権」とは、地上波放送権のことであり、有線放送権及び衛星放送権は含まれないと述べていること、同被控訴人は、被控訴人キッズに対し本件作品の衛星放送を許諾しなかった理由として、本件契約の条文上、衛星放送が譲渡対象に含まれるか否か明確でなかったので慎重に行動した旨を述べているにすぎないことが、明らかである。
 有線放送権についてみると、本件全証拠を検討しても、本件契約締結時において、当事者間で、「放送権」に「有線放送権」を含めるか否かについてこれを明示した話合いが行われた形跡は認められない。かえって、本件契約当時、少なくとも、著作権法上は、既に「放送」とは明確に区別されたものとして「有線放送」の概念があったにもかかわらず、本件契約に「有線放送」の文言が全く入っていないのは、本件契約締結時において、「有線放送」について明示の話合いが行われていなかったことを裏付けるとの見方も、十分にあり得るところである。
 控訴人は、本件契約当時の著作権法99条が、「放送事業者は、その放送を受信してこれを再放送し、又は有線放送する権利を専有する。」と規定していることを根拠に、放送事業者が無線放送の許諾を受けた場合には、特別の留保のない限り、有線放送の許諾も受けたことになるとし、本件契約においても、有線放送権を留保することを明示していない以上、有線放送権も譲渡の対象となっていると解すべきである、と主張する。しかしながら、控訴人が、本件で有線放送権侵害として問題にしているのは、原送信として有線放送を行うことを許諾した行為である。著作権法99条が放送事業者に認めた有線放送する権利とは、放送事業者が自ら送信し受信した放送を有線放送する権利(再送信権)にすぎない。放送事業者が同条項に基づく再送信権を有するからといって、本件契約において、本件作品の無線放送権の譲渡に伴い当然に、原送信として有線放送を行う権利も譲渡の対象とされたことになるわけのものでないことは明らかである。著作権法99条は、本件契約において有線放送を行う権利が譲渡の対象となることの根拠とはなり得ないものというべきである。
 控訴人は、本件契約当時、著作者は、無線放送許諾に当たり、有線放送をも許諾するという慣行があった、と主張する。しかしながら、仮に、当時、著作者が、無線放送許諾に当たり、付帯して有線放送をも許諾する例が相当数あったとしても、それだけで、著作者は、無線放送許諾に当たり、特に留保しない限り、有線放送の許諾をもしたことになる、というわけのものではない。そして、著作者は、無線放送の許諾に当たり、特に留保しない限り、有線放送の許諾をもしたことになる、との扱いを正当化するほどの状況(慣行)が存在したことは、本件全証拠によっても認めることができない。
 控訴人は、本件契約当時、有線放送は、単なる難視聴対策にとどまらず、商業利用の域に至っていた、と主張する。しかしながら、同主張が、控訴人主張の根拠となり得るためには、本件契約当時において、有線放送権を本件契約の譲渡の対象と解しなければ、本件契約の目的を達成することができないほどに、有線放送の商業利用が広く行われていたといったことが認められることが必要であるというべきである。本件全証拠を検討しても、このような事実を認めるに足る証拠はない。
 甲第12、13号証の各報告書中には、控訴人側の本件契約締結時の担当者が、本件契約当時、有線放送をも契約の対象とすることを考えていた旨の供述が記載されている。しかし、仮に、控訴人側の担当者がそのように考えていたとしても、そのことによって直ちにそれが合意内容となるものではないことは当然である。また、これらの供述は、いずれも、いったん無線放送の許諾をすれば、著作権法99条により、原送信として有線放送をすることも許諾することになる、との誤った見解を前提としてなされているものである。いずれにせよ、これらの供述は、有線放送権が契約対象に含まれていることを裏付けるものとしては、採用することができない。
 以上のとおり、本件契約当時の当事者の意思をみても、本件契約における「放送権」に「衛星放送権」及び「有線放送権」を含むと解するだけの積極的な根拠となるものを見いだすことはできないというべきである。
 次に、本件契約に至る経緯についてみる。
 証拠(甲第1、第3、第12、第13号証、乙第4号証、原審における被控訴人A本人尋問の結果)によれば、本件契約当時、被控訴人ピープロは資金繰りに窮していたこと、このため、被控訴人ピープロが控訴人に資金提供を求めた結果、本件契約が締結され、被控訴人ピープロが控訴人に本件作品の著作権のうち日本国内における放送権を譲渡する対価として、控訴人から被控訴人ピープロに対し1000万円が支払われたこと、本件契約においては、被控訴人ピープロは、控訴人に対し、本件作品に関するネガフィルム等のフィルム類一切の所有権及び占有権を移転するものとされていること(本件契約書第7条)、被控訴人ピープロは、本件作品の著作権のうち控訴人に譲渡した部分以外の部分について、控訴人にその利用管理を委託するものとしていること(本件契約書第5条)が認められる。
 上記認定によれば、本件契約成立のころ、被控訴人ピープロが資金繰りに窮していたこと、そのため、本件契約成立に至る交渉において、控訴人は、被控訴人に対して相当に強い立場に立ち得る状況にあったことは、明らかである。しかし、これらの事情は、本件契約の対象に衛星放送権及び有線放送権を含むあらゆる種類の放送についての権利が含まれるための条件の一つが存在したことを意味するものとはなり得ても、直ちに、本件契約の対象に衛星放送権あるいは有線放送権が含まれると解すべき積極的根拠となるとまでは評価することができない。
 甲第3、第12、第13、第24号証中には、被控訴人ピープロが資金繰りに窮していたため、本件契約締結の際、被控訴人ピープロの代表者の被お控訴人Aは、控訴人に対し「ネガごと全権利を渡してもいいので買ってほしい」と申し出たので、これに応じ、本件作品に関する放送に関する全権利を譲り受けた旨の各記載がある。しかし、これらの各記載は、いずれも20数年前の出来事についての記憶に基づくものであり、本件契約における譲渡対象を正確に認定するためのものとしては、極めて力の弱いものという以外にない。
 本件契約における放送権譲渡の対価の額(1000万円)も、「放送権」に「衛星放送権」及び「有線放送権」が含まれると解する積極的な根拠となり得るものでないことは、明らかである。
 他に、本件契約における「放送権」に「衛星放送権」及び「有線放送権」を含むと解するに足るだけの積極的な根拠は、本件全証拠を検討しても見いだすことはできない。
 弁論の全趣旨によれば、控訴人は、放送に関連する業務を行う株式会社であることが認められる。このような控訴人にとって、本件契約を締結する際に、本件作品の放送に関するすべての権利を譲り受けようとするのであれば、本件契約書にその趣旨を明記することは容易であったはずである。すなわち、本件契約当時の著作権法上、「放送」とは別に「有線放送」の概念が明記されていたのであるから、本件契約による譲渡の対象に有線放送を含めるのであれば、そのことを契約書に明記することは十分に可能であったということができる。また、本件契約当時に衛星放送が行われていなかったとしても、将来発生する放送形態をも含め放送に関するすべての権利を含み得るように、契約書上に明記することも十分に可能であったというべきである。前記のとおり、本件契約成立に至る交渉において、控訴人は、被控訴人ピープロに対して相当に強い立場に立ち得る状況にあったのであるから、控訴人が、上記のことを契約書に明記させることは極めて容易であったということができる。それにもかかわらず、本件契約書には、そのことが明記されていないのであるから、そのことによって生じた不明確さによる不利益は控訴人において甘受すべきである、といわれても、やむを得ない、いうべきである。
(3) 上述のとおり、「衛星放送権」も、「有線放送権」も、本件契約における「放送権」に含まれると認めることはできないから、放送権侵害を理由とする控訴人の被控訴人らに対する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。これと同旨の原判決は、正当である。
2 本件動産の引渡請求について
 当裁判所も、原判決と同じく、控訴人の本件動産の引渡請求は理由がない、と判断する。その理由は、次のとおりである。
 本件契約書第7条は、
 「1 乙(判決注・被控訴人ピープロ)は本契約に基づく乙の債務を担保するため、作品のネガフイルム、インターネガ等作品に関連するフイルム類一切の所有権および占有を甲(判決注・控訴人)に移転する。但し、甲は乙が当該フイルム類を甲の第2条による権利の行使および保全を妨げない範囲で自己の費用で利用することを許可せねばならない。
 2 前項に基づくフイルム類の所有権は本契約の日付をもって移転するものとし、フイルム類の占有の移転のため、乙はフイルム類を東京都港区 東北新社フイルムライブラリー又は甲の指定する場所に納入せねばならない。乙がフイルム類を第三者に保管せしめているときは、乙は甲の承諾を得たうえ上記の納入に代えて乙よりかかる第三者に対し、以降甲のためにのみフイルム類を有すべきことを指示し、第三者が、かかる指示を承諾した旨の書面を甲に交付することができる。」
 と規定している。
 控訴人が、本件契約に基づき、被控訴人ピープロから本件作品に関するフィルム類一切の所有権の移転を受けたことは、同条の規定するところから明らかであるというべきである。
 同条1項本文には、本件作品に関するフィルム類一切の所有権を移転する目的は、被控訴人ピープロの控訴人に対する債務を担保するためであることが記載されている。また、同項ただし書には、控訴人は、控訴人の権利行使及び保全を妨げない範囲で、上記フィルム等を被控訴人が利用することを許可しなければならないとされている。しかしながら、上記フィルム類の権利移転の目的が債務担保のためであることや、控訴人による同フィルム類に対する権利行使に対し一定の制約が課せられていることは、いずれも、上記第7条1項の解釈として、上記の制約の付された所有権が控訴人に移転すると解することを何ら妨げるものではない。上記の点は、本件契約書第7条1項の明文の規定に反して、上記フィルム類の所有権が控訴人に移転しないと解する根拠としては十分でない、というべきである。
 原判決が、本件契約が上記フィルム等の所有権を控訴人に移転するものではない、としたのは誤りである。この点において、当裁判所は、原判決と見解を異にする。
 しかしながら、本件全証拠を検討しても、被控訴人ピープロが本件作品のフィルム等、本件動産を現に占有していることを認めることはできない。控訴人の本件動産の引渡請求は、結局、理由がないことに帰する。
第5 結論
 以上によれば、控訴人の甲事件請求をすべて棄却した原判決は正当である。そこで、本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 設樂隆一
 裁判官 阿部正幸
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/