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【事件名】R・シュトラウス作品の保護期間事件(2)
【年月日】平成15年6月19日
 東京高裁 平成15年(ネ)第1752号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成14年(ワ)第15432号)
 (平成15年5月22日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 ブージー アンド ホークス ミュージック・パブリッシャーズ・リミテッド
訴訟代理人弁護士 飯島澄雄
同 飯島純子
被控訴人 日独楽友協会


主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、20万0200円及びこれに対する平成14年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも、被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人
 主文と同旨
第2 事案の概要等
1 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスの著作物である歌劇「ナクソス島のアリアドネ」(以下「本件楽曲」という。)を、被控訴人が上演したことに対し、その上演権に基づき、上演許諾料相当額の損害賠償を求めている事案である。
 控訴人は、原審では、本件楽曲の複製権侵害に基づく損害賠償(3万1820円)と弁護士費用の損害賠償(30万円)も併せて求めていたが、当審でこれらの請求を放棄した。また、遅延損害金の起算日を、上演日の翌日(平成14年6月30日)から訴状送達日の翌日(平成14年7月25日)に変更した。
2 本件楽曲の著作権者リヒャルト・シュトラウスは、1949年に死亡している。
 控訴人は、本件楽曲の著作権は、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律(以下「戦時加算特例法」という。)の基準時である1941年12月7日の時点で、フュルストナー・リミテッドが有していたこと、同社は、日本国との平和条約25条の連合国である連合王国の法律に基づいて設立されたから、同条約2条2項の「連合国民」に該当することを前提に、戦時加算特例法4条1項により、日本国内において3794日、本件楽曲の著作権の保護期間が延長されるため、被控訴人が本件楽曲を上演した日時(平成14年6月29日)には、その著作権の保護期間は満了していない、と主張した。
3 原判決は、戦時加算特例法の適用が認められるためには、連合国又は連合国民が著作権者でなければならず、単に連合国又は連合国民が著作権の管理を委託されたに過ぎない場合は含まれない、とした上で、連合国民が本件楽曲の著作権者であったとは認められない(リヒャルト・シュトラウスは、本件楽曲の著作権の管理を委託したにすぎない。)として、控訴人の請求を棄却した。
第3 当事者の主張
 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」及び「第3 争点及びこれに関する当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における控訴人の主張の要点
(1) 音楽著作物の著作権の「譲渡」の法的性質
 音楽出版社が作曲家から受ける音楽著作物の譲渡は、他の著作物の著作権の譲渡と異なる。一般的な著作権譲渡は、譲渡人に属していた権利が、終局的に譲受人に移転し、その結果、譲渡人とその権利を結ぶ紐帯が完全に切断されて、爾後、譲渡人のその権利に対する容喙がいっさい許されなくなることを意味する、とされている。しかし、音楽著作権の譲渡は、以下の点で、上記一般的な著作権譲渡と異なる。
ア 譲渡対価が、一括払いではなく、著作権使用料という形で、利用者から徴収された金員の一定割合が、著作者に支払われる。
イ 第三者からの権利侵害の主張や第三者による権利侵害に対しては、音楽出版社が自己の判断により対応する。ただし、その費用は著作者が負担する。
ウ 音楽出版社が契約条項に違反し、著作者から苦情があった後一定期間内に是正しなかった場合、作家は契約を解除し譲渡した権利を買い戻すことができる。
エ 音楽出版社が譲渡された著作権を第三者に譲渡する場合には、作家の文書による許諾を受けなければならない。
(甲第31号証、第32号証)。
 音楽著作権の譲渡は、上記のような特徴があるものであり、信託的譲渡と呼ばれるものに該当する。例えば、社団法人日本音楽著作権協会が、音楽著作物の著作権を譲り受け著作権者となるのもこの信託的譲渡に当たり、その実態は、著作権の管理に等しい。
(2) 本件楽曲の著作権の委譲
 本件楽曲に関するリヒャルト・シュトラウスとアドフル・フュルストナー社との間の1912年2月29日付け契約(以下「本件基本契約」という。)は、次のとおりのものである。
ア 本件楽曲(リヒャルト・シュトラウスが作詞家フーゴー・フォン・ホフマンスタールから著作権を譲り受けた歌詞を含む。)についての著作権をアドルフ・フュルストナー社は委譲される(1条、2条、3条)。また、同社は独占出版権を有する(6条)。
イ 機械的再生のための複製権及び映画化権はドイツ作曲家組合に委譲される。その場合でも、アドルフ・フュルストナー社は使用料につき取得持分を有する(2条)。
ウ 上演権は、リヒャルト・シュトラウスが留保する(7条)。アドルフ・フュルストナー社は上演権の管理についての権利を委譲される(8条)。
 8条で使用されている"ubertragen"("ubertragt")を、原判決は、条文の解釈上「委任する」と解した。しかし、この委任に相当するドイツ語としては、"uberlassen"がある。
 この言葉"uberlassen"は、2条で使用されている。すなわち、その第3段落中の「機械的音楽装置によって、作品を再生する権利、そのための複製(レコード、音楽ロール(Walzen)、穴あき楽譜ロール(perforierte Notenrollen)など)、複製権と販売権ならびに映画化権を作曲家組合に管理させずに、第三者に使用または販売を委託しようとする場合」における使用である。そのため、"ubertragen"の訳語には、単なる委任(管理)より強い権原を有する意味に解される言葉「委譲」が相応しいというべきである。
 リヒャルト・シュトラウスが、アドルフ・フュルストナー社に委譲("ubertragt")した"Verwaltung des Auffuhrungscrechts"(上演者の管理の権利)が排他的で独占的であることは、本件基本契約の7条の「シュトラウス自身とその承継者はシュトラウスが所有するこの作品の上演権を全世界でも個々の国でも他の音楽出版社または第三者に委譲しない。」との規定及び8条の「シュトラウスまたはその承継者は上演権の管理権を全面的にも部分的にも他の音楽出版社または第三者に委譲することはできない。」との規定から明らかである。
 さらに、本件楽曲の上演に不可欠な演奏用楽譜は、アドルフ・フュルストナー社に独占的出版権が委譲されており(1条)、上演をする者がアドルフ・フュルストナー社からこの演奏用楽譜を取り寄せない限り、たといリヒャルト・シュトラウス本人であっても、上演を許諾することができない(7条)。すなわち、アドルフ・フュルストナー社のみが、管理者として利用者との窓口となっていたのである。
(3) アドルフ・フュルストナー社が有していた本件楽曲の著作権(ただし、ドイツ帝国領土内におけるものを除く。)を、フュルストナー・リミテッドが承継し、さらに、1943年4月29日、同社は、その有していたすべての権利を控訴人に譲渡した(甲第12号証)。その際、リヒャルト・シュトラウスは、1945年1月7日付け書面(甲第13号証)で、控訴人に委ねる権利が「上演権の管理」と「機械的複製権、映画化権及びラジオ放送を管理する権利」であり、上演権の管理権については、アドルフ・フュルストナー社に課せられていたのと同じ制限的条件が、機械的複製権、映画化権及びラジオ放送権を管理する権利については、アドルフ・フュルストナー社に課せられていたのと同じ条件が、それぞれ控訴人にも課せられることを明らかにした。
(4) 原判決は、甲第13号証をもって、控訴人が本件楽曲の管理を委託されていたにすぎないと認定し、リヒャルト・シュトラウスの孫と控訴人との間の合意書(甲第3号証)中の「代行者」の表現を取り上げて、上記認定の補強とした。
 しかし、この合意書には「ブージー・アンド・ホークスがこれらの権利処分を望むか、あるいは音楽出版分野での活動を中止する場合には、故リヒャルト・シュトラウスの著作権財団とブージー・アンド・ホークス間の信義・誠実の原則に基づき取り決められる条件で上述の権利を買い戻す優先権を有します。」と規定している。すなわち、控訴人が有していたのは、単なる管理権ではなく、リヒャルト・シュトラウスの著作権財団が買戻しをしなければならないほどの強力な独占的管理権であったのである。甲第8号証の契約書の8条には、リヒャルト・シュトラウスの名で上演権に関する契約を締結できると規定されてはいた。しかし、実際には控訴人の名前で契約を締結し、訴訟も提起していた。
(5) 原判決は、戦時加算法の適用について、「文言上、昭和16年12月7日の時点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならないことは明らかであるうえ、この戦時加算は、戦時中に日本国内で連合国又は連合国民が有していた著作権が実質的に保護されなかったことから定められたものであるところ、連合国又は連合国民以外のものが著作権者であった場合には、他に単に著作権の管理を委託されたに過ぎない者がいたとしても、戦時中に日本国内において著作権を行使することが可能であったのであるから、戦時加算を認める理由がないからである。」(5頁20行目〜6頁1行目)としている。
 著作権一般については、原判決のようにいい得るであろう。しかし、音楽著作権に関する音楽出版者の管理権を、他の著作権の場合と同一に論じることはできない。音楽出版者の主たる機能は音楽著作物の管理(利用開発)であり、そのための手段として作家から著作権を譲り受ける(いわゆる信託的譲渡)場合と独占的管理権を有する場合とがある。いずれの場合も、元の著作権者は、自らによるにせよ第三者によるにせよ、著作権を行使することはできないのである。
 本件でも、ドイツ帝国等を除く地域(日本を含む。)において、フュルストナー・リミテッド及び控訴人が独占的管理権を有していたため、リヒャルト・シュトラウスが日本で著作権を行使することは全くできなかったのである。
2 被控訴人の反論の要点
 原判決の認定判断に、控訴人が主張するような誤りはない。
(1) 控訴人は、音楽出版社と著作権者との間に、信託的譲渡等の特別な関係があると主張する。しかし、控訴人が音楽出版者であるというだけで、自動的に著作者との関係が信託的譲渡となる、などということはない。
 法律の解釈において、著作者と音楽出版者とは、平等に扱われるべきである。
(2) 控訴人は、"ubertragen"の解釈について縷々述べている。"ubertragen"の語を委譲ないし譲渡の意味に使うことは、現在ではまれである。本件契約の契約書は、明確な表現を一貫して用いており、委譲ないし譲渡を合意するのであれば、"ubergeben"か"ubernehmem"といった単語を使うであろう。さらに、委譲又は譲渡された権利を"verwalten"(管理)する契約を結ぶのは不自然である。
 2条で使われている"uberlassen"は、現代ドイツ語においては、"ubertragen" より、「譲る」という意味を表すときに多く使われている。8条で、"uberlassen"の語が使われていないということは、むしろ、譲渡ではないことを裏付けるものと理解されるべきである。
(3) 戦時加算特例法は、音楽著作物の著作権が、他の著作物の著作権は異なる扱いをされることなど全く定めていない。
第4 当裁判所の判断
 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「第4 当裁判所の判断」のとおりであるから、これを引用する。
1 控訴人の主張は、要するに、本件基本契約において、アドルフ・フュルストナー社が、本件楽曲を含むリヒャルト・シュトラウスの著作物の独占的管理権を取得し、ドイツ以外の地域(日本を含む。)におけるこの独占的管理権を控訴人が承継したという事実関係の下では、リヒャルト・シュトラウス自身を含め、日本において本件楽曲の著作権を行使することができる者は存在しなかったから、戦時加算特例法の趣旨によれば、同法による著作権の保護期間の延長が認められるべきである、というものである。
2 甲第34号証(本件基本契約の契約書)には、次のような条項がある。
ア 作品の上演権は、楽曲についても歌詞についても全範囲にわたり、すべての国、すべての言語について、シュトラウスが留保する(7条)。
イ ・・・シュトラウスまたはその承継者は、販売と上演権の管理を、全面的または部分的または個々のケースについて引き受ける権利を維持している。しかし、シュトラウスまたはその承継者は、上演権の管理を全面的にも部分的にも他の音楽出版社または第三者に委譲することはできない。シュトラウスまたはその承継者が上記の上演権を自ら引き受けない限り、アドルフ・フュルストナー社は、上記で委譲された上演権の管理を行う義務を有する(8条)。
3 これらの条項からは、本件基本契約上、リヒャルト・シュトラウスないしその承継者が、自ら(他者を履行補助者とする場合を含む。)、本件楽曲の上演をする権利を有していたこと、また、本件楽曲の販売と上演権の管理を引き受ける権利を有していたことが明らかである。甲第16号証(ショット・ムジーク・インターナショナルの代表取締役Aの桑野雄一郎弁護士あての書簡)中にも、リヒャルト・シュトラウス自身が、自ら上演をしたことがあった事実が指摘されている。
 控訴人は、本件基本契約の7条を挙げて、たとえリヒャルト・シュトラウス自身が上演する場合であっても、アドルフ・フュルストナー社ないし控訴人が出版する演奏用楽譜を使用しなければならないことを指摘する。9条にも、演奏会における演奏には、アドルフ・フュルストナー社が出版し同社に発注された演奏用楽譜だけを使用するものとする、との条項がある。しかし、本件基本契約上、上演権並びに販売及び上演権の管理の留保に、何ら制限は付されておらず、アドルフ・フュルストナー社が、その自由裁量で演奏用楽譜の使用を拒絶できるとは認められない。控訴人主張のような事実をもってしても、リヒャルト・シュトラウスないしその承継者による本件楽曲の上演・管理ができなくなるものということはできない。
4 仮に、控訴人の主張するような、独占的管理権をフュルストナー・リミテッド、ひいては、控訴人が有していたとしても、戦争という特殊な社会情勢のため、フュルストナー・リミテッドないし控訴人が、本件楽曲の著作権を日本において行使し得ないという状況の下では、日本において同著作権を行使する権利を、リヒャルト・シュトラウスに認める、というのが、本件基本契約についての合理的解釈であるというべきである。
5 以上のとおりであるから、いずれにしろ、リヒャルト・シュトラウスが、昭和16年12月8日以降、日本国において、本件楽曲の著作権を行使できなかったとは認められない。したがって、これにつき、戦時加算特例法による戦時加算を認めることはできない。
6 以上検討したところによれば、控訴人の請求は理由がないことが明らかであり、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。そこで、これを棄却することとし、控訴費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について、民事訴訟法67条、61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 阿部正幸
 裁判官 高瀬順久
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