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【事件名】ネット掲示板の中傷事件(運送会社)
【年月日】平成14年9月2日
 東京地裁 平成13年(ワ)第25246号 損害賠償請求事件


主文
1 被告丁は、原告株式会社甲に対し金100万円、同乙に対し金30万円及び同丙に対し金30万円並びにこれらの金員に対する平成13年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告丁に対するその余の請求及び被告戊に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用中、被告丁に生じた費用及び原告らに生じた費用の各4分の1を被告丁の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、主文第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告株式会社甲に対し、連帯して金300万円及びこれに対する平成13年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告丁は、原告乙に対し、金200万円及びこれに対する平成13年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告丁は、原告丙に対し、金200万円及びこれに対する平成13年10月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告株式会社甲(以下「原告会社」という。)は、貨物の運送等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 原告乙は、原告会社の代表取締役であり、同丙は、原告会社の専務取締役であり、原告乙の妻である(甲9、10、弁論の全趣旨)。
ウ 被告丁は、平成13年9月3日以降、原告会社に雇用され、運送業務に従事していた者であり(甲5の1)、同戊は、被告丁の父である(弁論の全趣旨)。
(2) 被告戊は、原告会社との間で、平成13年9月3日、被告丁が原告会社の就業規則及び諸規定を厳守して忠実に勤務することを保証し、被告丁がこれを不履行又は規則を乱し、故意または重大な過失により原告会社に損害を与えた場合は、被告丁と連帯して損害賠償義務を負う旨の身元保証契約を締結した(甲2、以下「本件身元保証契約」という。)。
(3) 被告丁は、平成13年10月25日、インターネット上の掲示板ホームページ「2ちゃんねる」(以下「本件掲示板」という。)内に、「鬼☆」というハンドルネームを用い、「不当解雇」というスレッド(以下「本件スレッド」という。)を作成し、同日以降、「業務は多忙で休日もほとんどなく、」「内容は朝7時から夜中の2時3時もざらであった。」「いきなりの解雇通知である。納得出来ず、社長に抗議すると懲戒解雇にすると言われ同意書にサインしろと恫喝された。」「納得出来ないので他の先輩社員に聞いて見るとタヤマ学校という自己啓発セミナー行きを体力的な理由で断ったのが社長と専務の癇に障ったらしい。ただ、それだけの理由なのだ。私は、許せない。一小市民をそんな理由だけで、解雇してもいいのだろうか?」「この一ヶ月間、毎日が、忙しく平均3・4時間の睡眠時間での運転手という肉体労働だったので、精根尽き果て、目覚ましがなっても、おきれなかったのです。しかも、週休2日のはずが休みもほとんど取れない状態だったのです。」「税引き後、18万そこそこの給料で、34万の請求・・・・。一ヶ月馬車馬のように、心身ともに疲れ果てるまで働いて16万の赤字です。」「今の社長は2代目、まさにボンボンです。」「奥さんはちなみに学習院の短大出でお嬢様らしい。よって、人を人としてって言うか、従業員は奴隷だと思っているふしがある(笑)。」「そして、2代目ボンボンの精神的弱さからか、タヤマ学校という、宗教に近い(洗脳して、今までの人格っていうか、生き方を強制的に恫喝等で、三日間合宿場に缶詰にして、変えて、そこの校長のいいなりに=経営者のいいなりに、なるようにしむけるらしい。)所に自ら、研修にいき、どっぷり漬かって、それを自分なりに租借せずに、そのままを社員全員に押し付け、わたしのように、研修を先延ばしにしたものは、全員、首をきられたらしい。」等の書き込み(以下「本件書き込み」という。)を行った(甲1、被告丁本人)。
2 当事者の主張
(1) 原告ら
ア 被告丁は、本件書き込みを行い、原告らについて虚偽の事実を摘示し、原告会社の営業上の信用及び名誉、並びに原告乙及び同丙の名誉を著しく毀損した。
イ 本件書き込みは虚偽の内容を含んでおり、被告丁が故意に原告らの名誉、信用を毀損する目的を持ってしたものである。被告丁は現在に至るまで、原告らに対し何らの謝罪を行っていない。本件書き込みが行われた2ちゃんねるは、1か月のアクセス数が数百万人ともいわれるインターネット上の巨大な掲示板サイトであり、本件スレッド中の書き込みの中には、本件書き込みを信じていると思われるものもあり、実際に、被告丁の書き込みを信じている者はさらに多いはずであり、少なくとも、本件書き込みを見た人物に、原告らについての悪印象を植え付けるものであり、これらの事情に、本件書き込みの内容の悪質さも考え併せると、本件書き込みによる名誉等の毀損により、原告会社が受けた損害は300万円を下らず、また、原告乙及び同丙が受けた損害は、それぞれ200万円を下らない。
ウ 被告戊は、本件身元保証契約に基づき、被告丁が原告会社に対して負う上記イの300万円の債務について連帯して支払う義務を負う。
エ 被告らの主張ウは争う。
 原告会社が、平成13年10月25日に被告丁を懲戒解雇した事実はない。原告会社は、同日、被告丁に対し、解雇予告をしたにすぎず、被告丁を懲戒解雇したのは、本件書き込みが行われた後である平成13年11月16日である。
 したがって、被告丁が本件スレッドを作成した平成13年10月25日の時点で原告会社と被告丁の雇用契約は継続しており、本件身元保証契約も継続していたのであるから、被告戊は、被告丁と連帯して、原告会社の被った損害を賠償する責任を負う。
 また、被告丁は、同日午後6時38分に最初の書き込みを行っており、被告らの主張する懲戒解雇から半日も経過しないうちに、本件書き込みを開始しており、しかも、本件書き込み行為は雇用者に対する不法行為である上、本件書き込みの内容は、被告丁が原告会社に雇用されていた事実そのものに関係する事項である。
 このように、原告会社、被告丁間の雇用関係と本件書き込み行為とは時間的、内容的に密接しており、雇用関係から生じた被用者の責任について、継続的、包括的保証をするという身元保証の趣旨に照らせば、仮に、原告会社が平成13年10月25日に被告丁を解雇していたとしても、被告戊は、本件身元保証契約に基づく責任を負う。
オ よって、原告会社は、被告丁に対し、不法行為に基づく損害賠償として300万円及びこれに対する不法行為後である平成13年10月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払、被告戊に対し本件身元保証契約に基づき同額の金員の支払を求め、原告乙及び同丙は、被告丁に対し、不法行為に基づく損害賠償としてそれぞれ200万円及びこれに対する不法行為後である平成13年10月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告ら
ア 原告らの主張アは争う。
 被告丁は、原告会社から解雇通知を受け、大きなショックを受け、相談できる相手もなかったことから、愚痴をこぼすような軽い気持ちで2ちゃんねるに本件スレッドを立ち上げたにすぎず原告らの名誉を毀損する目的で本件書き込みを行ったものではない。
イ 原告らの主張イは争う。
ウ 原告らの主張ウは争う。
 被告丁は、平成13年10月25日、原告会社を解雇され、その結果、本件身元保証契約も終了しており、その後に行われた本件書き込みによって原告会社が被った損害については被告戊は責任を負わない。
3 争点
(1) 本件書き込みが原告らの名誉、信用を毀損する不法行為か。
(2) 原告らの被った損害の額。
(3) 被告戊が、本件身元保証契約に基づく責任を負うか。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 前判示のとおり、被告丁が、インターネット上の掲示板2ちゃんねるに、本件書き込みを行ったことが認められるところ、インターネットを利用する一般の閲覧者の視点からすると、本件書き込みは、閲覧者に対し、被告会社が従業員である運転手に休日を与えず、睡眠時間平均3、4時間で長時間酷使し、低額の賃金しか支払わず、従業員の生き方を強制的に変えるようなセミナーへの参加を求めるなど理不尽な要求をした上、従わないときは解雇するような会社である、その経営者である原告乙も、その資質に問題がある上、前記のような研修への参加を強要し、それに従わない者は解雇するような者であり、原告丙は、従業員を人間として尊重せず不合理な服従を強いるような人物であって、いずれも、経営者として不適格であるかのような印象を与えるものであることが認められる。
 そうすると、被告丁が、インターネット上に本件書き込みを行った結果、原告らの名誉、信用等について社会から受ける客観的評価が低下したことは明らかであり、原告会社の信用及び名誉並びに原告乙及び同丙の名誉が毀損されたと認められ、被告丁の前記行為は、不法行為に当たると解すべきである。
(2) 被告らは、被告丁が、原告らの名誉及び信用を毀損する目的で本件書き込みを行ったものではない旨主張し、被告丁はこれに沿うかのような供述をし、不法行為の成立を争う。
 しかしながら、名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であると証明されるか、その事実が真実であると信じるについて相当な理由があるなどの事由が主張立証されない限り、仮にその表現が名誉毀損目的で行われたものでなかったとしても違法性を欠くものとはいえず名誉毀損の不法行為の成立を妨げるものではない。そして、本件において前記の事由の主張立証はないのであるから、被告丁の前記行為は不法行為に当たるものというべきであり、被告らの主張は採用できない。
2 争点(2)について
 原告らの被った損害について検討すると、本件書き込みは、1、(1)判示のとおり、原告らの社会的評価を低下させるもので、その信用、名誉を毀損するものであり、証拠(甲1、4の1、2、甲9、10)及び弁論の全趣旨によれば、本件書き込みが行われたのはインターネットの掲示板という、不特定多数の人間が閲覧する可能性がある場所であり、また、インターネット上では、情報の伝達が容易かつ即時に行われ、その伝播力は大きいため、文書等に比して、原告らの名誉、信用をより大きく損なう危険性を有していることが認められる。しかも、原告会社の住所やホームページアドレスも本件掲示板上に公開したために、原告会社に対して本件書き込みを読んだと推測される第三者からいたずらメールが送信されたり(甲4の1、2)、実際に原告会社内においても、原告乙及び同丙と従業員との関係に悪影響が生じるなどの事態が発生したことが認められる(甲9、10)。
 他方、本件書き込みを実際にどの程度の人間が見たかは不明であり、実際にどの程度伝播したかは明らかではない上、インターネット上の掲示板においては、意見表明の容易さ、匿名性が相まって、信用性の乏しい情報も少なからず見受けられる。そして、原告乙及び同丙については、その名誉毀損部分は、原告会社の経営上の不適切な言動など原告会社の経営者としての名誉を毀損されたのであるから、原告会社についての損害の賠償を認めることにより、その被害は相当程度回復されるものと認められる。
 以上本件に現れた全事情を総合考慮すると、原告会社が本件によって被った損害を100万円、原告乙及び同丙の被った損害を各30万円と認めるのが相当である。
3 争点(3)について
(1) 前判示のとおり、原告会社、被告戊間に本件身元保証契約が締結されたことが認められる。しかし、証拠(甲1、甲5及び6の各1、2、甲7ないし9、11、乙3、被告丁本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告会社の就業規則(甲11)の57条の4は、懲戒解雇について定め、その第1項には、正当な理由なく業務上の指示命令に従わないことが懲戒解雇事由として定められているところ、被告丁は、平成10年10月13日、原告会社が近鉄物流から依頼された配送の仕事を割り当てられていたにもかかわらず、無断欠勤のためそれを行わなかったこと、同月23日には、原告会社が近鉄物流から依頼された田園調布の病院に紙おむつを配送する業務等を割り当てられていたが、それを配送しないまま帰社し、帰宅したことが認められ、これらの被告丁の行為は、上記条項に定める懲戒解雇事由に該当し、同月25日の段階で、被告丁には懲戒解雇事由が存在していたことが認められる。よって、原告会社は、平成13年10月25日に被告丁を懲戒解雇したものと認めることができ、被告戊は、本件身元保証契約終了後に行われた本件書き込みによって原告会社に生じた損害について賠償する責任を負わないというべきである。
(2) これに対し、原告会社は、平成13年10月25日、被告丁に対し、解雇予告をしたにすぎず、被告丁を懲戒解雇したのは、本件書き込みが行われた後である平成13年11月16日であり、被告丁が本件スレッドを作成した平成13年10月25日の時点で原告会社と被告丁の雇用契約は継続しており、本件身元保証契約も継続していたのであるから、被告戊は、被告丁と連帯して、原告会社の被った損害を賠償する責任を負う旨主張し、甲第3号証及び甲第9号証(原告乙の陳述書)中にはこれに沿う記載がある。
 しかし、前判示のように、平成13年10月25日の時点で被告丁には懲戒解雇事由が存在していた上、被告丁は、翌同月26日以降、原告会社に出社せず、その際原告会社へ連絡すらしていないこと(甲6の2、被告丁本人)、被告丁は、同月27日に原告会社の寮を退去していること(被告丁本人)、原告乙は、平成13年10月25日、被告丁に対して、「明日からは来なくていい」と言ったと陳述するが(甲9)、その際、解雇予告手当を提供した形跡はないこと、被告丁は、その直後である同日午後6時38分には、原告乙から懲戒解雇にすると言われた旨の本件書き込みをしていることを考え併せると、(1)の認定を左右するに足りる証拠はなく原告会社の主張は採用できない。
(3) なお、使用者の懲戒権の行使は、当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になると解すべきところ(最高裁昭和56年(オ)第284号昭和58年9月16日第2小法廷判決集民139号503頁)、前記(1)判示の、被告丁の業務命令違反行為の態様、原告会社の信用に与えた影響に加え、甲第5号証の2、甲第6号証の1、2、甲第7号証、甲第8号証、甲第9号証、甲第12号証、被告丁本人の供述により認められる、被告丁が、平成13年10月中に少なくとも3回無断欠勤(13日、16日、24日)をし、また、無断遅刻を1回している上、同年9月27日には、荷物の配達先の家で、冷蔵庫を無理矢理運び込んで壁にぶつけ、壁紙を破損し、その際、その冷蔵庫の蒸発皿を紛失したり、同年10月19日には、二日酔いの状態で出勤し、運転できない状態であったので、早退させられた事実を考え併せると、原告会社の被告丁に対する懲戒解雇は、客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認できないものであるとはいえず、懲戒権の行使としての懲戒解雇が権利の濫用に当たるとはいえない。
 被告丁は、その本人尋問において、10月13日、16日、24日に欠勤したことを認める供述をしているところ、この欠勤が無断欠勤には当たらない旨供述し、乙第3号証(被告らの陳述書)にもこれに沿う記載がある。
 しかし、甲第11号証(原告会社の就業規則)の第26条1項には、従業員が欠勤するときは、あらかじめその理由と予定期間を記入した欠勤届を所属長に提出し承認を得なければならない旨、同条2項には、やむを得ない事由により、同条1項の手続きをとれなかった場合は、当日始業時刻までに本人又は代理人が電話その他の方法によって会社に届け出なければならない旨、第27条には、第26条の手続を行わずに欠勤したときは無断欠勤として取り扱う旨規定されており、第18条2項によれば、始業時刻は午前8時とされていることが認められる。そして、10月13日、16日、24日について被告丁が欠勤届を提出したとは認められず(甲6の1、2、甲9、弁論の全趣旨)、甲第1号証、第12号証によれば、被告丁は、10月13日、16日、24日には原告会社に対し、始業時間である午前8時以降に連絡をしていることが認められることに照らすと、被告丁の供述及び上記乙号証の記載は採用できない。
(4) さらに、原告会社は、原告会社、被告丁間の雇用関係と本件書き込み行為とは時間的、内容的に密接しており、雇用関係から生じた被用者の責任について、継続的、包括的保証をするという身元保証の趣旨に照らせば、仮に、原告会社が平成13年10月25日に被告丁を解雇していたとしても、被告戊は、本件身元保証契約に基づく責任を負う旨主張する。
 しかし、前判示のとおり、本件身元保証契約は、本件書き込み前に終了しており、同契約の条項上、被告戊が本件書き込みについて同契約上の責任を負うものでないことは明らかである。のみならず、本件身元保証契約は、身元保証ニ関スル法律の適用を受けるところ、同法は、身元保証責任の永続性及びその広汎性について合理的な制限を加えることを目的とする法律であり、身元保証責任の範囲については厳格に解すべきであって、契約終了後の被用者の行為によって使用者に生じた損害についてまで身元保証人が賠償責任を負うと解すべき理由がないことを考え併せると、原告らの主張は採用できない。
第4 結論  
 以上のとおり、原告らの請求は、主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第17部
 裁判長裁判官 大竹たかし
 裁判官 上野泰史
 裁判官 神谷厚毅
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