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【事件名】巨人軍・桑田真澄投手の名誉棄損事件(2)
【年月日】平成14年3月28日
 東京高裁 平成13年(ネ)第5556号 謝罪広告等請求控訴事件
 (原審・平成11年(ワ)第25311号 謝罪広告等請求事件)

判決
控訴人 株式会社講談社
代表者代表取締役 野間佐和子(ほか一名)
両名訴訟代理人弁護士 的場徹
同 山田庸一
訴訟復代理人弁護士 西浄聖子
同 服部真尚
同 宮川舞
被控訴人 桑田真澄
訴訟代理人弁護士 山川洋一郎
同 一井泰淳


主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
(1)原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(2)被控訴人の請求を棄却する。
二 被控訴人
 控訴棄却
第二 事案の概要
一 本件は、著名なプロ野球選手である被控訴人が、控訴人鈴木哲(鈴木)が編集し、控訴人株式会社講談社(講談社)が発行した週刊誌「週刊現代」に掲載された記事及び「読売新聞」上に掲載された同週刊誌の広告によって名誉を毀損されたとして、控訴人らに対し、「読売新聞」紙上及び「週刊現代」誌上への謝罪広告の掲載並びに損害賠償金一〇〇〇万円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決は、「週刊現代」誌上への謝罪広告の掲載並びに損害賠償金六〇〇万円及び遅延損害金の支払の限度で被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人らが不服を申し立てたものである。
二 以上のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人らの当審における主張)
(1)原判決は、「週刊現代」平成一一年九月一八日号に掲載された別紙一記載の内容の記事(本件記事一)が、一般読者に、被控訴人と暴力団幹部である甲野太郎(甲野)との関係が単に酒席を共にする以上の親密なものであるとの印象を与えるものであり、被控訴人が過去に野球賭博に関与し、八百長をしたり登板日を漏洩したりした疑いがあるとの印象を与えるものであるとしたが、これは誤りである。
 本件記事一は、被控訴人が暴力団組長甲野から一夜の饗応接待を受けたという事実を読者に伝達するものにすぎず、被控訴人と甲野との親密な交際及び被控訴人の野球賭博への関与を述べたものではない。
(2)原判決は、「週刊現代」平成一一年九月二五日号に掲載された別紙二記載の内容の記事(本件記事二)が、被控訴人と甲野との親密な交際を書いたものであり、また一般読者に被控訴人が野球賭博に関与した疑いがあるとの印象を与えるものであるとしたが、これは誤りである。
 本件記事二も、被控訴人が暴力団組長甲野から一夜の饗応接待を受けたという事実を読者に伝達するものにすぎず、被控訴人と甲野との親密な交際及び被控訴人の野球賭博への関与を述べたものではない。
(3)原判決は、「週刊現代」平成一一年九月二五日号に掲載された別紙三記載の内容の記事(本件記事三)が、被控訴人と甲野との親密な交際及び被控訴人の野球賭博ヘの関与を書いているとしたが、これは誤りである。
 本件記事三も、被控訴人が暴力団組長甲野から一夜の饗応接待を受けたという事実を読者に伝達するものにすぎず、被控訴人と甲野との親密な交際及び被控訴人の野球賭博への関与を述べたものではない。
(4)原判決は、平成一一年九月六月付「読売新聞」(全国版)の朝刊に掲載された「週刊現代」同月一八日号の広告(本件広告一)が、被控訴人と甲野との親密な交際及び被控訴人の野球賭博への関与を書いているとしたが、これは誤りである。
 本件広告一は、被控訴人と甲野との親密な交際及び被控訴人の野球賭博への関与を述べたものではない。
(5)被控訴人が東京読売巨人軍(巨人)に入団する際に球団と裏交渉を行ったこと、入団直後に乱脈な不動産投資に手を出して失敗して多大の債務を負担したこと、平成二年に常習賭博の前歴を有する暴力団構成員と交際して金品を受領したこと、この行為について球団から一〇〇〇万円の制裁金と登板禁止という処分を受けたこと、このことが全国紙、雑誌に連日掲載されて国民に広く周知されたことなどにより、被控訴人が汚れた反社会的な側面を有するダーティな人物であるという社会的評価が定着している。被控訴人に対する社会的評価は他のプロスポーツ選手に比べて圧倒的に低い劣悪なものである。したがって、仮に本件記事一ないし三(本件各記事)が「暴力団組長との交際」及び「かっての野球賭博への関与」という事実を伝達したものであるとしても、それによって被控訴人の社会的評価が低下するものではない。
 本件各記事中には「被控訴人が暴力団組長と親密な交際をしている」という事実及び「被控訴人がかつて野球賭博に関与した」という事実を直截的ないし断定的に摘示した記述は存在しない。仮にこれらの事実が伝達されているとしても、その伝達方法は婉曲的であり、せいぜい、ほのめかす、におわせる、という含意的示唆的な表現方法によっているにすぎない。
 このように、本件各記事の法益侵害性は軽微であり、原判決が認定した六〇〇万円の慰謝料額は過大なものである。
(6)被控訴人は、平成六年一一月二六 日、大阪市内の高級クラブで、暴力団組長である甲野に一夜の饗応接待を受けている。この事実がなければ、本件各記事の報道は存在しなかった。また、被控訴人は、この事実を否定し、偶然出会ったファンに写真を撮らせただけであるとの虚偽の申告をした。これが本件記事二を生み出す原因となった。さらに、被控訴人は、平成二年に野球賭博疑惑事件を自らの責任で引き起こしている。
 このように、被控訴人自身が本件各記事が報道される原因を作出し、損害の発生と拡大に責任を負うべき立場に立っている。よって、過失相殺の法理ないしその準用により、控訴人らの損害賠償責任は減殺されるべきであり、被控訴人の負担すべき過失割合は六割を下回るものではない。
(7)本件各記事が被控訴人の社会的評価に与えた影響はさして大きなものではない。また、本件各記事は被控訴人が暴力団組長から一夜の饗応を受けたという真実を報道したものである。そして、本件各記事は「現実的悪意」をもって掲載されたものではない。したがって、本件において、謝罪広告の掲載を命じることは不当であり、許されるべきではない。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、被控訴人の請求は、被控訴人から不服申立てのない部分を除くと、原判決が認容した限度で理由があるものと判断する。その理由は、次に記載するほか(本判決の説示と原判決のそれが異なるときは、本判決の説示による趣旨である。)、原判決の理由記載と同一であるから、これを引用する。
二 事実の経過
 当事者間に争いのない事実、(証拠略)を総合すると、本件の事実の経過として、次のとおり認められる。
(1)被控訴人は、巨人に所属する著名なプロ野球選手である。被控訴人が高校時代属した野球部は、甲子園で優勝二回、準優勝二回、べスト4が一回の成績を残した。被控訴人は、昭和六一年以来長年にわたりプロ野球選手として活躍し、平成一三年四月の時点で通算一四八勝の勝星を上げている。被控訴人は、巨人において選手会長を務めたこともあり、平成六年にはセントラルリーグの最優秀選手に選ばれている。
 控訴人講談社は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり、「週刊現代」を発行している。
 控訴人鈴木は、控訴人講談社の従業員であり、「週刊現代」の編集人である。
(2)控訴人講談社は、平成一一年九月六日、「週刊現代」同月一八日号の二三頁ないし二五頁に、「スクープ!『八百長疑惑』の核心を衝く 巨人桑田真澄と関西暴力団大物組長『黒い交際』の決定的写真」との見出しの下に、本件記事一を掲載し発行した。本件記事一は、誌面の一頁に、帰宅する被控訴人の写真一葉を配し、その上に上記見出しを大書し、これに続く誌面の見開き二頁に大きく被控訴人と甲野がクラブにおいて握手を交わしている写真一葉を配した形式となっている。
 控訴人講談社は、平成一一年九月六日付「読売新聞」(全国版)の朝刊に、本件広告一を掲載させた。本件広告一には、「スクープ!『八百長疑惑』の核心を衝く桑田真澄と関西暴力団大物組長『黒い交際』の決定的証拠」との記載がある。
 控訴人講談社は、平成一一年九月一三日、「週刊現代」同月二五日号の二三頁ないし二六頁に、「スクープ第二弾!桑田真澄『黒い交際』八枚の証拠写真」「ここに新たに公開する八枚の写真は、いずれも桑田と暴力団組長の深い交際を証明する "動かざる証拠写真"だ。」との見出しの下に、本件記事二を掲載し、同誌の三六頁ないし三八頁に「桑田真澄 関西暴力団大物組長『黒い交際』新写真でわかったウソ」との見出しの下に、本件記事三を掲載して発行した。本件記事二は、冒頭に上記見出しを大書し、誌面の大部分に、甲野と被控訴人を含む巨人の選手らのクラブにおける様子を写した写真八葉を配した形式となっている。
 控訴人講談社は、平成一一年九月一二日付「読売新聞」(全国版)の朝刊に、「週間現代」同月二五日号の広告(本件広告二)を掲載した。本件広告二には、被控訴人の写真が掲載され、「スクープ第二弾!巨人"主力選手"が他にも三人 汚れた巨人軍桑田真澄『黒い交際』八枚の新・証拠写 真」との記載がある。
(3)平成二年ころ、「さらば桑田真澄、さらばプロ野球」と題する書籍の中に、被控訴人が「前科がある人」に登板日を教えたらしい旨の記述があった。この書籍によって、被控訴人が野球賭博に関与しているのではないかとの憶測を招き、被控訴人は、週刊誌、スポーツ紙等で騒がれたことがあった。その経過は、以下のとおりである。
 被控訴人が野球用品についてアドバイザリー契約を結んでいた運動具メーカーにおいて被控訴人を担当していた乙山松夫(乙山)は、平成二年二月二八日に発行された「さらば桑田真澄、さらばプロ野球」と題する著書において、「社長は桑田に言わせると『前科がある人』だという。桑田というビッグネームを商売に使おうという輩らしい…(中略)…さらに具合が悪いのは、桑田が登板日まで教えたらしいことであった…(中略)…桑田が身につけているローレックスは、タマ・メンバーズからもらったものである。」と記述した。この記述が契機となって、被控訴人が野球賭博に関与したのではないかとの憶測を招き、同疑惑が週刊誌等で取り沙汰されるようになった。
 巨人は、上記問題について、球団として調査を開始し、被控訴人は、巨人の調査に対し、当初、登板日漏洩の事実と金品の授受の事実をいずれも否定した。その結果、巨人は、平成二年三月一六日、記者会見において、被控訴人への金品の授受も、被控訴人が登板日を漏洩した事実もいずれもないとして疑惑を全面的に否定した。
 ところが、被控訴人は、後日、巨人に対し、金品の授受がなかったと答えたのは虚偽であったと申し出た。そこで、巨人は、平成二年三月三〇日、被控訴人に対し、金品の授受等が「選手は野球選手として勤勉誠実に稼働し、最善の健康を保持し、また日本プロフェッショナル野球協約、これに附随する諸規程ならびに球団の諸規則を遵守し、かつ個人行動とフェアプレイとスポーツマンシップとにおいて日本国民の模範たるべく努力することを誓約する。」という統一契約書一七条(模範行為)に反するとして、シーズン開始後登板禁止一か月、罰金一〇〇〇万円の処分を行うとともに、記者会見においてこれを発表した。
 被控訴人は、前記乙山の著書や乙山の週刊誌等における発言等が、被控訴人の名誉を毀損すると主張して、そのころ乙山に対して名誉毀損による損害賠償等を求める訴訟を東京地方裁判所に提起した。同訴訟は、平成二年九月二〇日、当事者間に訴訟上の和解が成立したことにより終了した。和解の内容は、@乙山は原告が野球賭博に関与し、あるいはそのために登板日を第三者に漏洩したことはないことを確認する、A乙山はその著書及び週刊誌等における発言により、原告が野球賭博に関与し、あるいはそのために登板日を第三者に漏洩したと誤解され、原告等の名誉が傷つけられるに至ったことにつき、心から遺憾の意を表するとの条項を含むものであった。
(4)大阪市に本拠を置き、賭博を資金源の一つとしている指定暴力団丙川組の組長であった甲野は、平成六年一一月二四日の夜から翌二五日にかけて、大阪のミナミにあるクラブにおいて、タレントの丁原竹夫(丁原)、並びに巨人の戊田梅夫(戊田)及び甲田春夫(甲田)と酒席を共にした。
 被控訴人は、平成六年一一月二五日夜、チームメイトの乙野夏夫(乙野)と食事をしていたが、同じくチームメイトの甲田から、丁原と飲んでいるので来ないかと電話で誘われて、午後一〇時すぎころ、乙野と共に大阪のミナミにある上記クラブヘ行った。同店には、甲田のほか、丁原及び甲野がおり、被控訴人は、面識のあった丁原から、初対面の甲野を不動産会社の会長をやっている人物であると紹介された。被控訴人は、甲野が丙川組幹部であることは全く知らなかった。被控訴人は、同日夜から翌二六日にかけて、同店において、乙野、甲田、丁原及び甲野と酒席を共にした。本件各記事に付された被控訴人と甲野が同席している写真はこのときに撮影されたものである。
 被控訴人は、同二六日の午前〇時すぎ、上記クラブを出て宿泊していたホテルに戻った。
 被控訴人は、上記の一回を除き、甲野と会ったことはない。
(5)控訴人講談社の記者関口宏樹は、平成一一年九月二日午前六時ころ、被控訴人の自宅前において、被控訴人を取材した。その際、被控訴人は、甲野との関係について「組長は知りませんよ」「丙川組、甲野組いずれも聞き覚えがない」、野球賭博への関与について「僕は野球賭博はしません」と答えた。その時、被控訴人は、甲野のことを認識していなかったような印象であった。
(6)被控訴人は、本件各記事が掲載された後、試合中や練習中に、野球賭博、八百長などとやじられるようになった。
 以上のとおり認められる。
三 不法行為の成否について(控訴人らの当審における主張(1)ないし(4))
 控訴人らは、本件各記事及び本件広告一は、被控訴人が暴力団組長甲野から一夜の饗応接待を受けたという事実を読者に伝達するものにすぎず、被控訴人と甲野との親密な交際や被控訴人の野球賭博への関与を述べたものではないと主張する。
 ある記事が人の名誉を毀損するものであるか否かを判断する場合において、その記事がどのような事実を読者に伝達するものであるかは、一般の読者の普通の注意の程度と読み方を基準として判断すべきものと解される。以下、このような基準に基づき、本件各記事及び本件広告一が被控訴人の名誉を毀損するものであるか否かについて検討する。
 本件記事一は、前記のとおり、「スクープ!『八百長疑惑』の核心を衝く 巨人桑田真澄と関西暴力団大物組長『黒い交際』の決定的写真」との見出しの下に発行されたものであり、その記事内容も、甲野が野球賭博を資金源とする暴力団の組長で、八百長工作を仕掛けたことがあること及び平成二年に被控訴人について野球賭博関与疑惑があったことを指摘しながら、被控訴人と甲野が親密な関係にあったことを示唆した上、被控訴人が野球賭博への関与を否定したことに対して、「桑田よ、真相を語れ。もう逃けることはできないぞ!」と、あたかも被控訴人が真実を述べておらず、実際には野球賭博に関与しているかのような表現をもって締めくくっている。このような内容からすれば、普通の注意の程度と読み方をもって本件記事一を読んだ一般の読者が、被控訴人が暴力団組長と親密な交際をしており、野球賭博に関与していたとの疑いを抱くことは容易に推知しうるところである。
 本件記事二は、前記のとおり、「スクープ第二弾!桑田真澄『黒い交際』八枚の証拠写真」「ここに新たに公開する八枚の写真は、いずれも桑田と暴力団組長の深い交際を証明する"動かざる証拠写真"だ。」との見出しの下に発行されたものであり、その記事内容は、被控訴人が疑惑を否定したことを指摘した上で、「この桑田の主張がいかに説得力のないものかは、本誌が新たに公開する八枚の写真が如実に物語っている。」「丙川組といえば関西では有名な博徒系暴力団。90'年に噴出した桑田の"野球賭博疑惑"の際にも、関西の博徒系組織の名がたびたびあがった。その暴力団の大幹部と、巨人軍の主力選手たちが親しい交際をしていたとすれば、事態はより深刻と言わざるをえないだろう。」と述べるものである。このような内容からすれば、普通の注意の程度と読み方をもって本件記事二を読んだ一般の読者が、被控訴人が暴力団組長と親密な交際をしており、野球賭博に関与していたと考えることは、自然なことというべきである。
 本件記事三は、「桑田真澄 関西暴力団大物組長『黒い交際』新写真でわかったウソ」との見出しの下に発行されたものであり、本文では、「先週号で掲載した写真のほかにも、本誌はこのときの酒宴の写真を入手している。そこには、甲野組長と親しげに歓談する桑田らの姿が、はっきりと写っているのである。もちろんこの写真では、桑田はコートを脱ぎ、女性に囲まれ甲野組長と乾杯をしている。これは、『突然頼まれて撮っただけ』の写真ではとうていあり得ない。なんらかの個人的『交際』の事実があり、酒席をともにした際に撮ったものだということは、一目瞭然なのである。…(中略)…野球人生の絶頂にあった桑田が、誰とでも気軽に酒を酌み交わすということは考えられない。これほど親しげに写真に収まっているのは、あらかじめ氏素性を知っていて、気心の知れた人物に限られるはずだ。その甲野組長を、いまになって、『知らない』『突然、写真を撮られただけ』という桑田の主張は、どう考えてもおかしい。」と述べて、被控訴人が甲野が暴力団の組長であると知りながら交際していたことを示唆しながら、被控訴人の八百長疑惑について、「今回、本誌が明らかにした写真や、それが撮影された経緯をみても、桑田の疑惑は、深まるばかりだ。」と述べて締めくくっている。このような内容の記事が、普通の注意の程度と読み方をもって本件記事三を読んだ一般の読者に、被控訴人が暴力団組長と親密な交際をしており、野球賭博に関与していたとの印象を与えることは否定しがたいところである。
 本件広告一は、「スクープ!『八百長疑惑』の核心を衝く 桑田真澄と関西暴力団大物組長『黒い交際』の決定的証拠」との見出しを、被控訴人の写真とともに掲載したものであり、これを普通の注意の程度と読み方をもって読んだ読者が、「週刊現代」に被控訴人が暴力団組長と親密な交際をしている旨の記事が掲載されていると認識することは明らかである。
 以上のとおり、本件各記事及び本件広告一は、被控訴人と暴力団組長である甲野との親密な交際や被控訴人の野球賭博への関与を述べたものであって、被控訴人の社会的評価を低下させる性質のものであるといわなけれはならない。
 したがって、控訴人らの当審における主張(1)ないし(4)は、いずれも採用することができない。
四 慰謝料額について(控訴人らの当審における主張(5)及び(6))
(1)控訴人らは、被控訴人については汚れた反社会的な側面を有するダーティな人物であるという社会的評価が定着してお り、被控訴人に対する社会的評価は他のプロスポーツ選手に比べて圧倒的に低い劣悪なものであるから、仮に本件各記事が暴力団組長との交際や野球賭博への関与という事実を伝達したものであるとしても、それによって被控訴人の社会的評価が低下するものではないと主張する。
 被控訴人が、平成二年ころ、野球賭博に関与しているのではないかと週刊誌、スポーツ紙等で騒がれ、金品の受領を一旦否定しながら、後にこれを認め、巨人が、平成二年三月、被控訴人に対し、金品の授受等が模範行為に反するとして、登板禁止一か月、罰金一〇〇〇万円の処分を行ったことは前記認定のとおりであり、このことが被控訴人の社会的評価について好ましからぬ影響を及ぼしたことはある程度推測しうるところである。
 しかし、他方、被控訴人が高校時代属した野球部が、甲子園で優勝二回、準優勝二回、べスト4が一回の成績を残したこと、被控訴人が、その後、巨人に入団し、以来長年にわたりプロ野球選手として活躍し、平成一三年四月の時点で通算一四八勝の勝星を上げているたぐいまれな経歴を有する野球選手であること、被控訴人が、巨人において選手会長を務めたこともあり、上記の騒動及び処分後の平成六年にセントラルリーグの最優秀選手に選ばれていることは前記認定のとおりである。これらの事実に照らすと、上記の騒動及び処分があったことをもって、本件各記事が発行された平成一一年の時点において、被控訴人が他のプロスポーツ選手に比べて圧倒的に低い劣悪な社会的評価を受けていたと認めることはできない。むしろ、被控訴人が選手会長に選任されていることや最優秀選手に選ばれていることなどからすれば、被控訴人の社会的評価は、他のプロ野球選手と比較しても決して低いものではなかったことが推認される。被控訴人の社会的評価が劣悪であった旨の控訴人らの主張は採用することができない。
(2)控訴人らは、本件各記事中には暴力団組長との交際や野球賭博への関与について直截的ないし断定的に事実を摘示した記述は存在せず、仮にこれらの事実が伝達されているとしても、その伝達方法は婉曲的であり、せいぜい、ほのめかす、におわせる、という含意的示唆的な表現方法によっているにすぎないから、本件各記事の法益侵害性は軽微であると主張する。
 しかし、普通の注意の程度と読み方をもって本件各記事を読んだ一般の読者が、被控訴人が暴力団組長と親密な交際をしており、野球賭博に関与していたと考えるであろうことは前記のとおりである。加えて、本件各記事が、「スクープ!『八百長疑惑』の核心を衝く 巨人桑田真澄と関西暴力団大物組長『黒い交際』の決定的写真」(本件記事一)、「ここに新たに公開する八枚の写真は、いずれも桑田と暴力団組長の深い交際を証明する"動かざる証拠写真"だ。」(本件記事二)、「桑田真澄関西暴力団大物組長『黒い交際』新写真でわかったウソ」(本件記事三)といった刺激的な見出しを用いていることや、「プロ野球界を震撼させた "八百長疑惑"。桑田よ、真相を語れ。もう逃げることはできないぞ!」(本件記事一)、「桑田の疑惑は、深まるばかりだ。」(本件記事三)といった疑惑の内容が真実であることを強調する表現を用いていることからすれば、本件各記事の法益侵害性が軽微であるとは到底いうことが出来ない。
(3)控訴人らは、被控訴人自身が本件各記事が報道される原因を作出し、損害の発生と拡大に責任を負うべき立場に立っているから、過失相殺の法理ないしその準用により、控訴人らの損害賠償責任は減殺されるべきであると主張する。
 確かに、被控訴人が、平成六年一一月二五日夜から翌二六日にかけて、大坂ミナミのクラブにおいて、乙野、甲田、丁原とともに暴力団組長である甲野と酒席を共にしたことは前記のとおりである。この事実がなければ本件記事が発行されることはなかったと考えられる。しかし、被控訴人が巨人の著名なプロ野球選手であることは前記のとおりであり、プロ野球ファンと酒席をともにすることは避けがたいことであると考えられる。前記認定のとおり、本件においては、被控訴人は、チームメイトであった甲田から、タレントの丁原と飲んでいるので来ないかと電話で誘われて、上記クラブへ行ったものである。同店には、甲田のほか、丁原及び甲野がおり、被控訴人は、面識のあった丁原から、初対面の甲野を不動産会社の会長をやっている人物であると紹介されたというのであるから、被控訴人が、甲野が暴力団の幹部であることを全く知らなかったことは自然なことであり、被控訴人が甲野と酒席を共にしたことについて、被控訴人に過失があるということはできない。
 また、被控訴人が甲野と同席してから四年九か月以上が経過した後の平成一一年九月二日の早朝、控訴人講談社の記者から突然の取材をうけた被控訴人が、「組長は知りませんよ」、「丙川組、甲野組いずれも聞き覚えがない」と答えたことは前記認定のとおりであるが、一度だけ数時間クラブで同席した人物をすぐに思い出せないことは自然なことというべきであって、このことをもって被控訴人に過失があるということはできない。
また被控訴人が、平成二年ころ、野球賭博に関与しているのではないかと週刊誌、スポーツ紙等で騒がれ、金品の受領を一旦否定しながら、後にこれを認め、巨人が、平成二年三月、被控訴人に対し、金品の授受等が模範行為に反するとして、登板禁止一か月、罰金一〇〇〇万円の処分を行ったことは前記認定のとおりである。しかし、これは本件記事発行の八年以上前の事柄である上、その際においても、被控訴人が野球賭博に関与していなかったことは、乙山が、被控訴人との裁判上の和解において、@被控訴人が、野球賭博に関与し、あるいはそのために登板日を第三者に漏洩したことはないことを確認し、A乙山の著書及び週刊誌等における発言により、被控訴人が野球賭博に関与し、あるいはそのために登板日を第三者に漏洩したと誤解され、被控訴人等の名誉が傷つけられるに至ったことにつき、心から遺憾の意を表していることからも窺われる。平成二年ころの上記事件をもって被控訴人の過失と評価することはできないものというべきである。
 よって、過失相殺についての控訴人らの主張は採用することができない。
(4)控訴人らは、原判決が認定した慰謝料の額が過大であると主張する。
 報道による名誉毀損により被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は、名誉毀損とされた報道の内容及び表現の態様、報道が流布された範囲の広狭、報道機関の影響力の大小、被害者の職業、社会的地位、年齢、経歴等、被害者が被った現実的不利益の程度、報道の真実性の程度、事後的事情による名誉回復の度合等、諸般の事情を考慮して個別具体的に判断されるべきものである。
 これを本件についてみると、本件各記事及び本件広告一は、被控訴人と暴力団組長である甲野との親密な交際や被控訴人の野球賭博への関与を述べたものであって、その表現態様も「プロ野球界を震撼させた"八百長疑惑"。桑田よ、真相を語れ。もう逃げることはできないぞ!」など挑戦的であり、かつ、読者に被控訴人が野球賭博に関与したことを強く印象づける表現を用いている。したがって、その表現の名誉毀損性は大きいものということができる。
 そして、控訴人講談社が発行している「週刊現代」が、著名な大衆週刊誌で発行部数も多く、全国紙の新聞や電車のいわゆるつり革広告などにもほぼ毎週その広告が掲載されていることは公知の事実である。したがって、本件各記事及び本件広告一の流布の範囲は、非常に広いものということができる。
 また、客観的にみて「週刊現代」の記事がどの程度信頼し得るものであるかについてはにわかに判断し難いところであるが、同誌がいわゆる大衆週刊誌であって広く頒布されているものであることからすれば、その記事の信頼性の有無にかかわらず、相当程度の社会的影響力を有することは否定しがたい。
 そして、被控訴人が巨人に所属する著名なプロ野球選手であることは前記のとおりであり、本件各記事の内容が野球賭博への被控訴人の関与という野球を職業とする者にとって最も不名誉な行為があったかのような内容であることからすれば、被控訴人が本件各記事及び本件広告一により多大の有形無形の不利益を被ったことは容易に推知しうる。このことは、本件各記事が掲載された後、試合中や練習中に、野球賭博、八百長などとやじられるようになったことからも窺えるところである。被控訴人にとって神聖な職場である野球場において、野球に対する最大の冒涜ともいえる野球賭博、八百長などとやじられることとなった被控訴人の心情は察するに余りがある。また、被控訴人が野球賭博に関与したことについて、これが真実であることを窺わせる証拠は全くない。
 被控訴人が、チームメイトに誘われて賭博を資金源の一つとしている暴力団の組長と酒席を共にしたことが、控訴人講談社が本件各記事を掲載した原因であり、これは慰謝料の算定において控訴人らに有利な事情として斟酌すべきものである。しかし、甲野と同席したことについて被控訴人に過失があるといえないことは前記のとおりである。また、控訴人らが、どのような経過及び状況のもとで被控訴人が甲野と同席するに至ったかについて、慎重に取材をしていたならば、本件各記事のような内容の報道をすることは報道機関の常識として考えられない。そうであるとすると、被控訴人が甲野と同席したことをもって、慰謝料を大きく減額すべき事情であると評価することはできない。
 以上の諸事情のほか、発行部数等によって推測される控訴人講談社の営業利益の高がかなり大きなものであることや、本件のような訴訟には相当の費用を要することその他本件に現れた一切の事情を総合して考慮すると、本件各記事及び本件広告一によって被控訴人が受けた名誉毀損に対する慰謝料の額は、原判決が認定した額と同額の、六〇〇万円が相当であると認められる。
五 謝罪広告について(控訴人らの当審における主張(7))
 控訴人らは、本件各記事が被控訴人の社会的評価に与えた影響はさして大きなものではなく、本件各記事は被控訴人が暴力団組長から一夜の饗応を受けたという真実を報道したものであり、かつ、本件各記事は「現実的悪意」をもって掲載されたものではないから、本件において、謝罪広告の掲載を命じることは不当である旨主張する。
 しかし、本件各記事によって被控訴人が受けた有形無形の不利益の程度は、前記のとおり多大なものであると認められる。本件各記事が被控訴人の社会的評価に与えた影響はさして大きなものではないなどということはできない。また、本件各記事が、単に被控訴人が暴力団組長と酒席を共にしたことを報道しただけのものではなく、被控訴人が暴力団組長である甲野と親密な交際をしており、野球賭博に関与したとの疑いを一般読者に与える内容の記事であったことも前記のとおりである。これらの点からすると、被控訴人の名誉を回復するための措置として、謝罪広告の掲載を命じることの必要性は高いものというべきである。また、控訴人らは、本件各記事の掲載について、控訴人らに「現実的悪意」がなかったというが、謝罪広告は、名誉毀損行為をした者に対する懲罰的なものではなく、名誉回復の必要性がある場合に認められるのであるから、「現実的悪意」なくしてされた報道について謝罪広告を命じることができないわけではない。
 これらの事情を併せ考えると、本件においては、「週刊現代」誌上における謝罪広告だけではなく、被控訴人が原審において求めていた「読売新聞」(全国版)への謝罪広告の掲載も命じられるべきものである。しかし、「読売新聞」への謝罪広告の掲載については、被控訴人からの不服申立てがないので、当裁判所はこれを命じることができない。
六 以上によれば、被控訴人の請求を、「週刊現代」誌上への謝罪広告の掲載並びに損害賠償金六〇〇万円及びその遅延損害金の支払の限度で認容した原判決は、不服申立てがある範囲においては相当で、本件控訴は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 淺生重機
裁判官 西島幸夫
裁判官 渡邉左千夫


別紙一〜三(略)
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