判例全文 line
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【事件名】住民票データ流出事件(2)
【年月日】平成13年12月25日
 大阪高裁 平成13年(ネ)第1165号 損害賠償請求控訴事件
 (原審・京都地裁平成11年(ワ)第1311号)


判決
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 事案の要旨及び訴訟の経緯
(1) 本件は、控訴人がその管理に係る住民基本台帳のデータを使用して乳幼児検診システムを開発することを企図し、その開発業務を民間業者に委託したところ、再々委託先のアルバイトの従業員が上記データを不正にコピーしてこれを名簿販売業者に販売し、同業者が更に上記データを他に販売するなどしたことに関して、控訴人の住民である被控訴人らが、上記データの流出により精神的苦痛を被ったと主張して、控訴人に対し、国家賠償法1条又は民法715条(使用者責任)に基づき、損害賠償金(慰謝料及び弁護士費用)の支払を求めた事案である。
(2) 原審は、被控訴人らの請求をいずれも一部認容したため、控訴人が控訴を提起して、前記第1の1のとおりの裁判を求めたものである。
2 基本的事実関係(証拠を掲げた部分以外は争いがない。)
(1) 当事者
ア 被控訴人らは、宇治市民である。
イ 控訴人は、地方公共団体である。
(2) 住民基本台帳のデータの管理・保管
ア 宇治市長は、その住民の住民票を世帯ごとに編成した住民基本台帳等のデータ(以下「本件データ」という。)を管理・保管していた。
イ 本件データは、住民記録が18万5800件、外国人登録関係が3297件、法人関係が2万8520件の、合計21万7617件の情報であり、住民に関しては、個人連番の住民番号、住所、氏名、性別、生年月日、転入日、転出先、世帯主名、世帯主との続柄等の個人情報の記録である。
 そして、本件データには、被控訴人らの個人情報も含まれていた。
(3) 乳幼児検診システムの開発と業務委託
ア 控訴人は、平成5年度から健康管理のトータルシステムを立ち上げることを計画し、これを進めてきたが、平成9年度において(乙12)、本件データを使用し、乳幼児検診システムを開発することを企図した。
イ 控訴人は、平成9年6月2日、株式会社A大阪支社(以下「A社」という。)に対し、乳幼児検診システムの開発業務を委託した。
 上記の業務委託契約書(乙4)においては、第9条(秘密の保持等)として、「A社は、この契約の履行により知り得た委託業務の内容を一切第三者に漏らしてはならない。」、「A社は、委託業務にかかる一切のデータを複写又は、複製してはならない。」等の定めがされた。また、第6条(再委託の禁止)では、「A社は、この契約について、委託業務を第三者に委託することはできない。ただし、委託業務の内、主要でない部分については、あらかじめ宇治市長の書面による承諾を受けたときは、この限りでない。」と定められた(乙4)。
ウ しかし、A社の企画提案がオフコンシステムによるものであり、パソコンシステムの方が好ましかったこと、B株式会社(以下「B社」という。)が既に京都府の委託に基づき乳幼児検診システムの開発を手がけていたことなどから、控訴人は、A社とB社の業者間協議を依頼した(乙12)。
 その結果、A社は、平成10年1月12日(乙9の1・2)、B社に対し、乳幼児検診システムの開発業務を再委託し、控訴人は、これを承認した。
 なお、控訴人は、B社との間では、別途業務委託契約等を締結することはしなかった(乙12)。
エ B社は、上記ウと同じころ、有限会社C(以下「C社」という。)に対し、乳幼児検診システムの開発業務を再々委託した(甲27。部分的な再々委託ではなく、全体の再々委託であった。)。
 なお、控訴人の担当職員は、乳幼児検診システムの開発業務について、C社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行ったが、AがB社の所属であることを示す名刺(乙8。ただし、役職の記載はなく、「マーケティングプランナー」と表示されているもの)を示したため、同人やBがB社の所属であると認識し、B社がC社に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは知らず、控訴人は、C社との間で、別途業務委託契約等を締結することもなかった(甲27、甲28、乙8、乙12)。
 C社の代表者Aは、平成6年4月に勤務していた会社から独立し、当初は個人としてB社等から依頼を受けて仕事をしており、同年6月1日、B社と業務委託基本契約(乙10)を締結して継続的業務委託関係に入り、京都府の検診システムも担当した。Aは、平成8年2月、C社を設立したが、その正規の従業員としてはBのみであったようであり、平成9年11月ころから当時大学院生であったTをアルバイトの従業員として雇うようになっていたものである(甲27、乙10)。
(4) C社による乳幼児検診システムの開発業務
ア Bとアルバイトの従業員Tは、平成10年3月30日ころから、控訴人の庁舎内で乳幼児検診システムの開発業務に従事するようになった。
イ Bと従業員Tは、同年4月13日、システムに本件データを落とし込む作業を行ったが、エラーが頻発し、所定の作業終了時刻である午後5時までに作業を終了させることができなかった(甲10、甲11、甲27、乙12)。
 このため、両名は、控訴人の担当職員から口頭の承諾を得て、本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り、C社の社屋内で作業するようになった。
(5) 本件データの流出
ア ところが、従業員Tは、C社の社屋内で、本件データを自己のコンピュータのハードディスクにコピーした。
 そして、従業員Tは、同年4月ないし同年5月ころ、更にこれを自己の光磁気ディスク(MO)にコピーして、名簿販売業者である株式会社D(以下「D社」という。)に対し、これを代金25万8000円で売却した。
イ D社は、その後、本件データを自社のコンピュータへ入力した上、同データから「宇治市住民票」21万7617件、「大家族(6人以上)」1870件、「1人暮らし(独身者)」1万4478件の各名簿を分類・作成した。そして、平成11年2月24日、兵庫県内にある結婚相談業者E社に対し、「宇治市住民票」21万7608件のデータを、平成10年12月21日、京都府内にある婚礼衣装業者F社に対し、女性成人式適齢期の該当者1324件のデータをそれぞれ販売したほか、平成11年5月20日、名簿販売業者であるデータネット(元D社の従業員であった者の個人企業)を代理店として、Cという者に対し、宇治市宇a地区251名分(被控訴人らは含まれていない。)のデータを販売した(甲7の2ないし12、乙14の1)。
(6) その後の経過
ア 平成11年5月ころ、新聞紙上で、本件データが外部に流出し、名簿販売業者がインターネットのホームページ上でその購入を勧誘する広告を掲載しているとの記事が大きく報道された(甲14ないし17、乙7の1ないし3)。
イ そこで、控訴人は、この事態を重視して、D社と接触し、同年6月ころまでに、D社から本件データが入った光磁気ディスク(MO)を回収し、同社がそのコンピュータに保有していた本件データを消去してもらい、また、E社及びF社からは、D社が光磁気ディスク(MO)等で前記データを回収して返却させた。しかし、データネットについては、控訴人は接触を試みたが、連絡が取れず、販売の中止、情報の廃棄等を要請したにとどまった。もっとも、そのころまでに、インターネットのホームページ上の前記販売広告は閉じられた(甲7の2ないし12、甲8の4・6、乙7の1ないし3、乙12、乙13、乙14の1ないし4)。
ウ 控訴人は、記者会見や市政だより等によって、市民に対し事実を周知させて説明するとともに道義的な意味で謝罪し、各種の再発防止策を講ずることとした。また、控訴人は、平成11年6月、Tに関し被告発人を氏名不詳として、宇治市電子計算組織に係る個人情報の保護に関する条例違反の罪名で、宇治警察署に告発した(甲8の6・7、乙7の1ないし3、乙12、乙13)。
エ なお、控訴人は、平成11年4月1日、C社との間で、乳幼児検診システムの保守業務に係る業務委託契約(乙11)を締結したが、同年7月23日、「他の業務で同社との信頼関係を損ねる行為があったことが発覚したため」として、同業務委託契約を解除し、取引を停止した。また、控訴人とC社は、平成12年7月11日、同社が再々委託を受けて同社の業務として乳幼児検診システムの開発業務を実施したものであることを確認した上、示談書(甲23)を取り交わした(甲22、甲23)。
3 被控訴人らの主張(請求原因)
(1) 控訴人の責任原因(選択的主張)
ア 国家賠償法1条
 控訴人の担当職員は、故意又は過失により、次のような違法行為をした(なお、被控訴人らは、責任原因として民法709条をも挙げるが、控訴人の担当職員の以下の行為が控訴人自身の行為と同視できるものと主張するものと解される。)。
(ア) 本件データを乳幼児検診システムの開発という住民票の作成目的以外の業務に使用した。
(イ) A社は自ら開発業務を行わないのに、業務委託契約書(乙4)の前記秘密の保持等に関する約定を前提として、同社に対し、乳幼児検診システムの開発業務を委託した。
(ウ) A社との間の業務委託契約書(乙4)には前記秘密の保持等に関する約定があったのに、同社がB社に乳幼児検診システムの開発業務を再委託することを安易に承認し、同社との間で別途業務委託契約等を締結しなかった。
(エ) B社が自ら乳幼児検診システムの開発業務を行うのかどうかを確認しなかった。
(オ) Bと従業員Tが本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り、C社の社屋内で作業することを口頭で承諾した。
イ 民法715条(使用者責任)
(ア) 前記のとおり、C社の従業員Tは、同社の社屋内で、本件データを自己のコンピュータのハードディスクにコピーし、更にこれを自己の光磁気ディスク(MO)にコピーして、名簿販売業者であるD社に対し、これを代金25万8000円で売却した。
 Tのこの行為は、被控訴人らに対する故意又は過失による違法行為である。
(イ) C社による乳幼児検診システムの開発業務は、控訴人の事業であり、控訴人は、C社及びその従業員Tを指揮・監督する関係にあった。
a 使用者責任の前提となる「事業」は、本来的事業のみならず、これと密接不可分の関係にある事業や付随的事業も含まれ、また、客観的・外形的にみて使用者の事業の範囲内にあれば足りるところ、C社による乳幼児検診システムの開発事業が控訴人の事業であることは明らかである。
b 使用者責任が認められるためには、使用者と被用者の間に実質的な指揮・監督関係があれば足り、雇用関係があることを要しないところ、乳幼児検診システムの開発業務は、上記のとおり控訴人の事業であって、本来控訴人の庁舎内で行われるべきものであり、現に当初は控訴人の庁舎内で行われていたが、その後、前記のような作業上の都合のために、Bと従業員Tが控訴人の担当職員から口頭の承諾を得て、本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り、C社の社屋内で作業するようになったものであり、この作業について控訴人が指揮・監督関係を失ったものではない。
ウ 権利侵害
 被控訴人らは、本件データに含まれる自己の個人情報を第三者に販売され、インターネットのホームページ上で誰でも購入することのできる状態にされたことによって、プライバシー権(自己の個人情報をコントロールする権利)を侵害された。
(2) 被控訴人らの損害
ア 慰謝料
 被控訴人らは、上記不法行為により、著しい精神的苦痛を受けたが、その慰謝料としては、各30万円が相当である。
イ 弁護士費用
 被控訴人らの弁護士費用としては、各3万円が相当である。
4 控訴人の主張(請求原因に対する認否及び反論)
(1) 請求原因に対する認否
 すべて否認ないし争う。
(2) 反論
ア 控訴人の責任原因について
(ア) 国家賠償法1条について
a 住民基本台帳法(平成10年法律第47号による改正前のもの。以下「旧住民基本台帳法」という。)1条によれば、住民基本台帳は、住民に関する事務の処理の基礎とするため作成されるものとされているから、本件データが住民票の作成目的以外の業務に使用されることは法律上当然に予定されている。
b 控訴人は、コンピュータに関するノウハウを持ち合わせておらず、控訴人自身で乳幼児検診システムの開発業務を行うことはできなかったから、これを民間業者であるA社に委託したことはやむを得ないものである。
c コンピュータソフトの開発業務において、再委託を行うことは一般に行われており、A社からB社への再委託を控訴人が承認したことは、不当なものではない。
 そして、控訴人とA社との間の業務委託契約書(乙4)における前記秘密の保持等に関する約定は、同社からの再委託先であるB社に対しても、その効力が及ぶものである。
d 前記のとおり、控訴人の担当職員は、乳幼児検診システムの開発業務について、C社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行ったが、AがB社の所属であることを示す名刺を示したため、同人やBが同社の所属であると認識し、同社がC社に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは知らず、再々委託を承認したことはない。
e 控訴人の担当職員は、Bと従業員Tが本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り、自社のコンピュータに入れることは承諾したが、同データを他の目的に流用することまで承諾したものではない。
 なお、仮に、控訴人の担当職員が本件データの持出しを禁じたとしても、従業員Tが控訴人の庁舎内で同データを無断でコピーすることは可能であり、これを完全に防止することはできなかったものである。
(イ) 民法715条(使用者責任)について
a 乳幼児検診システムの開発業務は、本来地方公共団体である控訴人の事業ではなく、関連事業とみることもできない。
b 前記のとおり、控訴人は、A社に対し、乳幼児検診システムの開発業務を委託したが、その実質にかんがみると、これは請負契約というべきである。請負契約においては、注文者は、その注文又は指図につき過失がある場合を除いて、請負人が第三者に加えた損害について責任を負わないところ(民法716条)、控訴人は、A社との間の業務委託契約書(乙4)に前記秘密の保持等に関する約定をもうけるなど相当の注意を払ったから、過失はないというべきである。
 また、控訴人は、B社への再委託は承認したが、控訴人とC社との間には何の契約関係もない。更に、従業員Tは、控訴人の職員ではなく、控訴人と同人との間には指揮・監督関係はなかった。すなわち、控訴人は、受託者であるA社(や控訴人が承認した再委託先であるB社)に対し、乳幼児検診システムのプログラムに使用する言語や処理方法、具体的な作業の従事者等を任せていた。また、具体的な作業場所は同社らが確保し、作業に使用する機器や諸経費等も同社らが負担することとされたものである。
(ウ) 権利侵害について
 本件データは、旧住民基本台帳法11条により、何人も閲覧することができるもので、公開されている情報であり、また、被控訴人Dと被控訴人Eの氏名及び住所は電話帳にも掲載されているから、従業員Tによる本件データの売却行為は、被控訴人らのプライバシー権を侵害するものではない。
イ 被控訴人らの損害について
 前記のとおり、控訴人は、その後、D社から本件データが入った光磁気ディスク(MO)を回収し、同社がそのコンピュータに保有していた本件データを消去してもらい、また、E社及びF社からは、D社が光磁気ディスク(MO)等で前記データを回収して返却させたものである。そして、データネットに対しては、販売の中止、情報の廃棄等を要請したにとどまったが、インターネットのホームページ上の前記販売広告は閉じられたものである。
 したがって、被控訴人らは、何ら実害を被っておらず、被控訴人らが一時的に不快感や憤怒の情を覚えたとしても、慰謝料をもって償うべき損害があったということはできない。
ウ その他
 被控訴人らは、本件データが流出した経緯が判明していなかった平成11年5月27日に、不法行為者や具体的な不法行為の態様を明確に特定しないまま、本件訴訟を提起した。また、被控訴人Dは、宇治市の市会議員であるところ、現実に被った損害の賠償を求める意図ではなく、いわば売名行為として、本件訴訟を提起したものであり、これは訴権の濫用ともいうべきものである。
第3 当裁判所の判断
 被控訴人らの請求は、選択的請求であるので、まず、使用者責任(民法715条)について判断する。
1 C社のアルバイト従業員Tによる不法行為について
(1) 従業員Tによる本件データの売却行為については、前記第2、2(5)アのとおりであり、この事実及び後記(2)の説示に照らすと、上記行為は被控訴人らに対するTの故意又は過失による違法行為であるというべきである。
(2) 権利侵害の有無について
ア プライバシー権
(ア) 本件データに含まれる情報のうち、被控訴人らの氏名、性別、生年月日及び住所は、社会生活上、被控訴人らと関わりのある一定の範囲の者には既に了知され、これらの者により利用され得る情報ではあるけれども、本件データは、上記の情報のみならず、更に転入日、世帯主名及び世帯主との続柄も含み、これらの情報が世帯ごとに関連付けられ整理された一体としてのデータであり、被控訴人らの氏名、年齢、性別及び住所と各世帯主との家族構成までも整理された形態で明らかになる性質のものである。
 このような本件データの内容や性質にかんがみると、本件データに含まれる被控訴人らの個人情報は、明らかに私生活上の事柄を含むものであり、一般通常人の感受性を基準にしても公開を欲しないであろうと考えられる事柄であり、更にはいまだ一般の人に知られていない事柄であるといえる。したがって、上記の情報は、被控訴人らのプライバシーに属する情報であり、それは権利として保護されるべきものであるということができる。
(イ) ところで、控訴人は、本件データは、旧住民基本台帳法11条によって何人も閲覧することができるもので、公開されている情報であり、従業員Tによる本件データの売却行為は、被控訴人らのプライバシー権を侵害するものではないと主張する。
 確かに、本件データに含まれる個人情報は、流出した当時は、旧住民基本台帳法に基づいて記録されるものであり(同法6条、7条)、同法の上では、何人でも、市町村長に対し、その閲覧を請求することができ(同法11条1項)、住民票の写し又はそれに記載された事項に関する証明書の交付を請求することができるものとされていた(同法12条1項)。
 しかしながら、旧住民基本台帳法においても、上記の閲覧や交付を請求する者は、請求事由のほかその氏名及び住所を明らかにしなければならないとされているなど一定の手続の制約を課せられており(同法11条2項、12条2項、前記法改正前の住民基本台帳の閲覧及び住民票の写し等の交付に関する省令)、不当な目的によることが明らかなとき、又は住民基本台帳の閲覧により知り得た事項を不当な目的に使用されるおそれがあることその他請求を拒むに足りる相当な理由があると認めるときは、市町村長は上記の閲覧や交付の請求を拒むことができるとされていた(同法11条4項、12条4項)。また、偽りその他不正の手段により、上記請求による閲覧をし、又は住民票の写しの交付を受けた者は5万円以下の過料に処せられることとされていた(同法44条)。そして、住民基本台帳に関する調査に関する事務に従事している者又はしていた者は、その事務に関して知り得た秘密を漏らしてはならないとされており(同法35条)、これに違反すれば刑事罰が科せられるものと規定されていた(同法42条)。更に、同法も、その36条において、「市町村長の委託を受けて行う住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務の処理に従事している者又は従事していた者は、その事務に関して知り得た事項をみだりに他人に知らせ、又は不当な目的に使用してはならない。」と明確に定めていたものである。
 なお、平成11年法律第87号、法律133号、法律第160号による改正後の住民基本台帳法では、36条の2(住民票に記載されている事項の安全確保等)の1項において「市町村長は、住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務の処理に当たっては、住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の漏えい、滅失及びき損の防止その他の住民票又は戸籍の附票に記載されている事項の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない。」と、その2項において「前項の規定は、市町村長から住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務の処理の委託を受けた者が受託した業務を行う場合について準用する。」と規定されたものである。
 このように、住民基本台帳法上も、住民票データは、個々の住民のプライバシーに属する事項であるとして保護されており、またそのように運用されているのであるから、控訴人の前記主張は採用することができない。
(ウ) また、控訴人は、被控訴人Dと被控訴人Eの氏名及び住所は電話帳にも掲載されているから、C社の従業員Tによる本件データの売却行為は、被控訴人らのプライバシー権を侵害するものではないと主張する。
 証拠(乙5)によれば、被控訴人Dと被控訴人Eは、NTTのハローページ京都市南部版に、その氏名、住所及び電話番号を掲載させていることが認められるけれども、前記(ア)のような本件データの内容や性質にかんがみると、これがNTTのハローページ京都市南部版に掲載された情報を超えるものであることは明らかであるから、控訴人の前記主張は採用することができない。
イ プライバシー権侵害の有無
(ア) 前記のとおり、本件においては、本件データがD社からE社、F社及びデータネットへ流出し、一定期間インターネット上でその購入を勧誘する広告が掲載されたというにとどまり、被控訴人らを含む個々人の住民票データそのものがインターネット上に掲載されて不特定の者がこれを直ちに閲覧できる状態になったわけではない。
 また、被控訴人らは、上記以外に、本件データが流出したことによって、これが不正に利用されたり、あるいは同データを利用した業者等から商品の勧誘を受ける等の具体的な被害があったこと、更にはD社、E社及びF社らが被控訴人らの住民票データを検索して閲覧したこと等の事実も一切主張・立証していない。この意味において、被控訴人らが主張する被害の内容は、間接的なものといわざるを得ない。
(イ) しかしながら、本件データ中の被控訴人らの住民票データは、前記のとおり、被控訴人らのプライバシーに属するものとして法的に保護されるべきものである以上、法律上、それは控訴人によって管理され、その適正な支配下に置かれているべきものである。それが、その支配下から流出し、名簿販売業者へ販売され、更には不特定の者への販売の広告がインターネット上に掲載されたこと、また、控訴人がそれを名簿販売業者から回収したとはいっても、完全に回収されたものかどうかは不明であるといわざるを得ないことからすると、本件データを流出させてこのような状態に置いたこと自体によって、被控訴人らの権利侵害があったというべきである。
2 控訴人の事業執行性と指揮・監督関係について
(1) 控訴人の事業性について
ア 被控訴人らは、使用者責任の前提となる「事業」は、本来的事業のみならず、これと密接不可分の関係にある事業や付随的事業も含まれ、また、客観的・外形的にみて使用者の事業の範囲内にあれば足りる旨主張するところ、このような一般論は、当裁判所としても首肯できるものである。
イ ところで、乳幼児検診システムは、控訴人が、住民の健康管理を図るために国庫補助金を受けながら構築を計画した健康管理のトータルシステムの一環として開発しようとしたものであり(乙12)、控訴人の事業であることは明らかである。
 そして、前記のとおり、控訴人は、本件データを使用した乳幼児検診システムの開発業務をA社に委託し、同社は、B社にその全体を再委託し、更に同社は、C社にほぼその全体を再々委託したものである。
 そうすると、C社(B及び従業員T)による乳幼児検診システムの開発業務は、控訴人の事業(少なくとも関連事業ないし付随事業)ということができる。
 控訴人は、乳幼児検診システムの開発業務は、本来地方公共団体である控訴人の事業ではなく、関連事業とみることもできないというが、以上の説示からして、採用することができない。
ウ もっとも、前記のとおり、控訴人の担当職員は、AがB社の所属であることを示す名刺を示したため、同人やBが同社の所属であると認識し、同社がC社に乳幼児検診システムの開発業務を再々委託したことは知らず、控訴人が同社との間で、別途業務委託契約等を締結することもなかったものである。
 しかしながら、前記のとおり、控訴人の担当職員は、乳幼児検診システムの開発業務について、現にC社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行ったのであり、しかも証拠(甲28)によれば、従業員Tもこの打ち合わせに参加したことが認められるから、控訴人の担当職員の認識に上記のような齟齬があったとしても、その故に、C社(B及び従業員T)による乳幼児検診システムの開発業務が控訴人の事業でないということはできない。
エ したがって、Tは、控訴人の事業の執行につき、本件データの売却行為により、被控訴人らの権利を侵害したものということができる。
(2) 指揮・監督関係の有無について
ア 民法715条は、「或ル事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者」は被用者が事業の執行につき第三者に加えた損害について賠償の責任を負うとしているから、控訴人がその事業のために不法行為者Tを使用する関係にあることが必要である。そして、使用者と被用者の関係があるかどうかについては、実質的な指揮・監督関係の有無によって決するのが相当と解される。
イ まず、控訴人は、A社に対し、乳幼児検診システムの開発業務を委託したが、その実質にかんがみると、これは請負契約というべきである旨主張する。
 しかしながら、控訴人とA社との間の契約は、業務委託契約(乙4)であり、その業務の内容が高度の技術性を有するために専門業者に委託したものであるとしても、業務委託契約書の名称、契約内容(前記秘密の保持等及び再委託の禁止の条項のほか、委託業務の処理方法、施設設備の管理、立入検査、事故発生の通知、検収、損害賠償等の条項がもうけられている。)等に照らし、その契約の実質が請負契約といえるかどうかは疑問であって、控訴人の上記主張は採用することができない(もっとも、その実質が業務委託契約であるか、請負契約であるかは契約形態の相違にすぎず、いずれにせよ、使用者責任の有無については、後記ウで検討する実質的な指揮・監督関係の有無が問題である。)。
ウ そこで、次に、控訴人とC社のアルバイトの従業員Tとの間に実質的な指揮・監督関係があったかどうかについて検討する。
 前記のとおり、控訴人は、A社がB社に再委託することを承認したものであり、また、控訴人の担当職員は、乳幼児検診システムの開発業務について、現にC社の代表取締役であるAや従業員であるBと打ち合わせを行い、従業員Tも、この打ち合わせに参加したものである。そして、Bと従業員Tは、当初、控訴人の庁舎内で乳幼児検診システムの開発業務を行っていたものであり、次に検討するとおり、本件データを庁舎外に持ち出すことについても控訴人の承諾を求めたのである。
 これらの事実に照らすと、控訴人と従業員Tとの間には、実質的な指揮・監督関係があったと認めるのが相当である。
 もっとも、前記のとおり、Bと従業員Tは、その後、本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰り、C社の社屋内で作業するようになったものであるが、その理由は、控訴人庁舎内の作業において、エラーが頻発し、所定の作業終了時刻である午後5時までに作業を終了させることができなかったためであり、本件データの持出しについては、控訴人の担当職員も承諾したのであるから、その後の作業について、控訴人が実質値的な指揮・監督関係を失ったということはできない。
 なお、控訴人は、受託者であるA社(や再委託先であるB社)に対し、乳幼児検診システムのプログラムに使用する言語や処理方法、具体的な作業の従事者等を任せていた、また、具体的な作業場所は同社らが確保し、作業に使用する機器や諸経費等も同社らが負担することとされたなどと主張するけれども、これらは業務委託契約である以上むしろ当然のことというべきであって、指揮・監督関係を否定する理由にはならないというべきである。
3 控訴人の選任・監督上の無過失の主張について
 控訴人は、A社との間の業務委託契約書(乙4)に前記秘密保持等に関する約定をもうけるなど、相当の注意を払ったから責任がないなどと主張する(控訴人は、本件の業務委託は請負契約であるとして、注文又は指図に過失がなかったと主張するものと解されるが、使用被用の関係があるときは、被用者の選任及び事業の監督につき相当の注意を払ったことを主張するものと解される。)。
 しかしながら、本件データは個々の住民のプライバシーに属する情報である以上、控訴人としては、その秘密の保持に万全を尽くすべき義務を負うべきところ、前記のとおり、A社との間の業務委託契約書(乙4)には前記秘密の保持等に関する約定及び再委託の禁止に関する約定があったのに、同社がB社に乳幼児検診システムの開発業務を再委託することを安易に承認し、しかもB社との間で別途業務委託契約等を締結せず、B社との間で秘密の保持等に関する具体的な取り決めも行わなかったものである(なお、控訴人は、上記の約定は、同社からの再委託先であるB社に対しても、その効力が及ぶ旨主張するけれども、A社とB社との間の業務委託契約は別の契約であるから、上記主張は採用することができない。)。また、本件データはコピー等による複製が容易に可能であるにもかかわらず、作業が終了時間までに終了できなかったという事情のみで(勤務時間を延長することができなかった事情、あるいは翌日に庁舎内で業務を続行することができなかった事情は明らかでない。)、安易に、Bと従業員Tに対し、口頭で、両名が本件データを光磁気ディスク(MO)にコピーして持ち帰りC社の社屋内で作業することを承諾したものであり、しかもその際、本件データの扱い等の管理上特段の措置をとった形跡がないのである。
 これらの事実に照らすと、控訴人が被用者の選任・監督について相当の注意を払ったとは到底いうことができない。
4 損害額について
 以上1ないし3によれば、控訴人は、被控訴人らに対し、使用者責任(民法715条)を負うというべきである(なお、控訴人は、本件訴訟は訴権の濫用ともいうべきものである旨主張するけれども、被控訴人らが控訴人に対して上記の使用者責任を追及することが訴権の濫用であると認めるべき証拠はない。)。
 そこで、更に進んで被控訴人らの損害額について検討する。
(1) 慰謝料
ア 慰謝料に関する被控訴人らの主張は、前記第2、3(2)アのとおりであり、その被害とは、プライバシーに属する本件データがD社、E社、F社及びデータネットへ流出し、インターネット上で同データの購入を勧誘する広告が掲載されたこと及び同データの回収が完全であるか否かについての不安・精神的苦痛をいうものであり、それ以上に、被控訴人らが具体的に何らかの被害を被ったことは、主張立証されていない。
 しかしながら、前記のとおり、被控訴人らのプライバシーに属する本件データにつきインターネット上で購入を勧誘する広告が掲載されたということ自体でも、それによって不特定の者にいつ購入されていかなる目的でそれが利用されるか分からないという不安感を被控訴人らに生じさせたことは疑いないところであり、プライバシーの権利が法的に強く保護されなければならないものであることにもかんがみると、これによって被控訴人らが慰謝料をもって慰謝すべき精神的苦痛を受けたというべきである。
イ そして、本件において、被控訴人らのプライバシーの権利が侵害された程度・結果は、それほど大きいものとは認められないこと、控訴人が本件データの回収等に努め、また市民に対する説明を行い、今後の防止策を講じたことを含め、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被控訴人らの慰謝料としては、1人当たり1万円と認めるのが相当である。
(2) 弁護士費用
 被控訴人らは、本件訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起・追行を委任しているところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額、その他諸般の事情を総合考慮すると、本件データの売却という不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、被控訴人ら1人当たり5000円と認めるのが相当である。
5 結論
 以上によれば、被控訴人らの請求は、控訴人に対し、それぞれ1万5000円及びこれに対する不法行為の後である平成11年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第10民事部
 裁判長裁判官 岩井俊
 裁判官 大出晃之
 裁判官 高橋善久
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