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【事件名】老舗「かまぼこ」のロゴマーク使用差し止め事件(2)
【年月日】平成13年9月27日
 大阪高裁 平成12年(ネ)第3740号 商標法違反差止等請求控訴事件
 (原審・大阪地裁平成10年(ワ)第9655号)
 (当審口頭弁論終結日 平成13年7月26日)

判決
控訴人(1審被告) 和田八物産株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 木村圭二郎
同 野村高志
同 阿部秀一郎
同 稲田正毅
被控訴人(1審原告) 和田八蒲鉾製造株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 小野一郎
同 仲井敏治
同 稲葉宏己
同 新宅正人


主文
1 原判決主文第一項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は、大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、滋賀県及び和歌山県において、「和田八物産株式会社」の商号中、「和田八」部分の表示を、控訴人の食料品、その包装又は控訴人の食料品を陳列している箱、看板及び暖簾に付する方法によって、あるいは控訴人の食料品に関する広告、定価表又は取引書類に付して展示し又は頒布する方法によって使用してはならない。
(2) 原判決主文第一項にかかるその余の請求を棄却する。
2 控訴人のその余の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、これを10分し、その1を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は、控訴人の負担とする。
 (以下、控訴人を「被告」、被控訴人を「原告」という。また、略称については原判決のそれによる。)
第2 事案の概要
1 前提事実(証拠を引用しない事実は、当事者間に争いがない。なお、証拠の引用に当たり、書証の枝番号の全てを含むときは、枝番号の記載を省略する。)
(1) 原告の設立等
 Cの創業になる株式会社和田八は、Cが個人で営業していた和田八蒲鉾店を、昭和27年5月に法人化したもので、当初、「株式会社和田八蒲鉾店」という商号であったが、Cの死亡後、昭和48年7月に現在の商号となった(以下、便宜上、時期にかかわらず、「株式会社和田八」という。)。
 原告は、株式会社和田八の製造部門を独立させたもので、昭和51年11月6日に設立された株式会社であるが、蒲鉾、練製品その他食料品の製造、販売を主たる業務内容とし、「和田八蒲鉾」又は「かまぼこの和田八」の名称を使用して蒲鉾及び天ぷらを製造、販売している(以下、原告の製造、販売に係る蒲鉾等を「原告商品」という。)。
(2) 被告の設立等
 被告は、当時、株式会社和田八の代表取締役であったDが、知人と共に、昭和48年8月13日に設立した株式会社であり、当初、雑貨の輸入、販売を主たる業務内容としていたが、その後十数年にわたり休業した後、平成3年9月ころ食料品の製造、販売を主たる業務内容とする営業を再開した(甲4の1、51、乙78)。そして、原告商品の販売を行っていたが、平成9年12月以降、蒲鉾及び天ぷらを自ら製造し、販売している(以下、被告の製造、販売に係る蒲鉾等を「被告商品」という。)。
(3) 原告の商標権
 原告は、原判決別紙原告商標権目録1及び2−1〜3記載の商標権を有している(以下、併せて「原告商標権」といい、その登録商標を同目録の番号に従い「原告商標1」等といい、「原告商標2−1〜3」を併せて「原告商標2」といい、全体を併せて「原告商標」という。)。
(4) 被告の行為
 被告は、「和田八物産株式会社」の商号を使用して営業活動を行うとともに、原判決別紙被告標章目録1及び2−1〜3記載の標章(以下、同目録の番号に従い「被告標章1」等といい、「被告標章2−1〜3」を併せて「被告標章2」といい、全体を併せて「被告標章」という。)を被告商品並びにその包装、商品陳列箱、看板、暖簾、広告、定価表及び取引書類等に使用している。
(5) 被告の商標権
 被告は、原判決別紙被告商標権目録1〜9記載の商標権(以下「被告商標権1」等といい、全体を併せて「被告商標権」という。)を有している(乙61〜69)。
2 原告の請求及び原判決の結論
(1) 被告商号の使用の差止め
 原告は、「和田八」という原告の営業表示が周知であり、被告商号中の「和田八」の部分は、原告の上記営業表示と類似し、原告の営業と混同を生じさせるおそれがあり、これによって原告の営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるとして、被告に対し、不正競争防止法2条1項1号、3条1項に基づき、被告商号の使用の差止めを求めた。
(2) 被告標章の使用の差止め等(主位的請求)
 原告は、原告商標2を構成する「和田八」が原告の商品表示として周知であり、被告標章は、これと類似し、被告標章を被告商品表示として使用する行為は、原告商品と混同を生じさせるおそれがあり、これによって原告の営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるとして、被告に対し、不正競争防止法2条1項1号、3条1項、2項に基づき、被告標章の使用の差止め及び被告標章の付した商品等の廃棄と標章の抹消を求めた。
(3) 被告標章の使用の差止め等(予備的請求)
 原告は、上記(2)の請求が認容されない場合に備えて、被告標章が原告商標と類似し、被告標章を使用する行為が原告商標権を侵害するとして、被告に対し、商標法36条1項、2項に基づき、上記(2)と同旨の請求をした。
(4) 原判決の結論と控訴の提起
 原判決は、(1)の請求については、地域を大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、滋賀県及び和歌山県に限定して、これを認容し、上記(2),(3)の請求については、対象となる行為のうち、標章を被告標章2に、被告の商品を被告の食料品にそれぞれ限定した上、被告標章を看板及び暖簾に付すること自体等を除外して、これを認容し、その余の請求を棄却した。
 上記判決に対して、被告が控訴を提起した。
3 争点
 次に付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」三に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正等)
(1) 原判決10頁2行目の末尾に「有しているとして、その獲得時期。」を加える。
(2) 同11頁2行目の「周知性があるか。」を「周知性を有しているか。有しているとして、その獲得時期。」と改める。
4 争点に関する当事者の主張
 次に付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正等)
(1) 原判決13頁5行目の「原告は、」を「原告は、株式会社和田八の製造部門を独立させたものであるが、株式会社和田八は、」と、同8〜9行目の「原告の営業表示として周知性を獲得していた。」を「株式会社和田八の営業表示として周知性を獲得しており、原告はこれを承継したものである。」と各改める。
(2) 同18頁7行目の「原告」を「株式会社和田八」と、同8行目の「昭和四〇年四月である。」を「昭和40年4月であり、原告は株式会社和田八からこれを承継した。」と各改める。
(3) 同19頁5行目の「和功株式会社」を「株式会社和功物産」と改める。
(4) 同21頁3行目の「和功物産株式会社」を「株式会社和功物産」と改める。
(5) 同25頁6行目の「縦三列、横二列」を「縦2列、横3列」と改める。
(6) 同26頁7行目の「かかる被告商品」を「かかる被告標章を付した被告商品」と改める。
【当審における被告の主張の要旨】
(1) 被告商号の独立性
 被告は、昭和48年8月13日に設立されたが、設立当初から商号は現在の被告商号と同一である。一方、「和田八」という原告の表示が周知性を獲得したのは昭和50年代後半から昭和60年代前半であるから(原判決認定)、被告の設立に当たり、被告商号を採用することについて、原告の承諾が必要となることはない。
(2) 被告商号、被告標章の使用許諾及び許諾の解除条件について
 仮に、昭和48年から同51年にかけて、株式会社和田八から、被告、原告及び株式会社和功物産への暖簾分けが認められないとしても、平成5年2月ころ、原告から被告に対し、暖簾分けが行われた。
 すなわち、被告の現在の代表者であるAは、平成3年9月1日、被告の代表取締役に就任したが、平成5年2月、当時、原告及び被告らを統率していたDから、被告の株式の譲渡を受け、同人から、被告商号及び被告標章を使用して事業展開をしていくことを認められた。
 さらに、被告は、Dの承諾のもと、タイにおいて、原料すり身、調理すり身、最終練り製品を委託生産した上、これらを輸入し、これらの製品を被告商号及び被告標章を使用して販売することを計画した。
 このような暖簾分けが行われた以上、被告が被告商号及び被告標章を使用するに当たり、原告の許諾は不要である。仮に、原告からこれらの使用を許諾されたとしても、条件が付されることはあり得ない。
(3) 原告の営業表示と被告商号、被告標章との類似性の判断について
 原告の営業表示の「和田八」は、営業主体の和田氏の「和田」に、末広がりで縁起が良いとされる漢数字の「八」を付加したものにすぎず、識別力を有しているとはいえない。被告商号、被告標章は、むしろ、「物産」という営業内容を付加することにより、識別力を有しているというべきである。
【当審における原告の主張の要旨】
(1) 被告の設立経緯等による商号権の限定
 被告を設立したDは、当時、株式会社和田八の代表取締役の地位にあったから、「和田八」という要部を共通する商号をもつ被告を設立するに際し、少なくともD自身が負担していた競業避止義務に抵触しない範囲、すなわち株式会社和田八(現在の原告を含む。)との競業を目的としない会社として設立したものである。
 また、定款上も、食料品の製造は被告の事業目的に含まれていなかった。
 したがって、被告の設立当初から現在の商号であるからといって、被告が被告商号を無限定に使用することが許されるわけではない。
(2) 暖簾分けについて
 仮に、被告に対する暖簾分けがあったとしても、抽象的な暖簾分けがあったというだけでは、被告に対し商標等の使用権の設定が当然になされたとはいえない。
 また、株式譲渡は単なる株主権の移転にとどまるものであるから、Dから被告代表者に対し、被告の株式が譲渡されたからといって、被告に包括的な被告標章の使用権が発生するわけではない。
 なお、無条件で暖簾分けが行われたのであれば、被告において蒲鉾の製造を開始していたはずであるが、被告が被告商品の製造、販売を開始したのは、平成9年12月以降である。
第3 当裁判所の判断
1 事実経過
 本件における、判断の前提となる事実経過は、次に付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一1に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正等)
(1) 原判決33頁末行の「甲42の3」を「甲2、42の3」と改める。
(2) 同35頁8行目の「甲44の2」を「甲42の1・2、44の2」と改める。
(3) 同35頁10行目の「追加された」から同末行末尾までを「追加されたが、株式会社和田八にはその後もしばらく復帰せず、平成8年7月30日に取締役に追加された(甲1の8、42の7〜16、乙5の5)」と改める。
(4) 同41頁6行目の「被告の名前」を「被告商号」と改める。
(5) 同41頁7〜8行目を次のとおり改める。
 「また、被告は、原料すり身や調理すり身をタイから輸入し、これを原告に販売していたが、その後、タイのトラン・シーフード社との間で生産委託契約を締結し、平成6年3月ころから、原料すり身、調理すり身などのほか、同社で製造した揚げ蒲鉾を被告において輸入し、日本国内で販売していた。しかし、タイにおいて練り蒲鉾の完成品が製造されたことはなかった(乙70、78、84、89、93、被告代表者の原審供述)。」
2 原告の営業表示及び原告商標2の周知性(争点1(一)、2(一))について
 当裁判所も、原告の営業表示である「和田八」及び原告の商品表示である原告商標2は、昭和50年代後半から昭和60年代前半までの間に、少なくとも大阪府、京都府、兵庫県、奈良県、滋賀県及び和歌山県において、周知性を獲得したと認めることができると判断する(原告商標1については、後述するとおり、被告標章1とは類似していないので、その周知性の有無を判断する必要がない。)。
 その理由は、次に付加、訂正等するほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一2及び同二1に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の訂正等)
(1) 原判決48頁4行目の「基本的に」を削る。
(2) 同49頁2行目の「役員の状況」を「役員の構成」と、同5行目の「設立の理由」を「設立の事情」と、同7行目の「設立直後」を「設立後間もなく」と各改める。
3 被告商号の使用の差止めについて
(1) 原告の周知営業表示である「和田八」と被告商号との類似性、混同のおそれ(争点1(二))について
 当裁判所も、被告商号の「和田八物産株式会社」は、原告の周知営業表示である「和田八」と類似しており、混同のおそれがあると判断する。
 その理由は、次に付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一3に記載のとおりであるから、これを引用する。
(補足説明)
 被告は、原告の営業表示の「和田八」は、営業主体の和田氏の「和田」に、末広がりで縁起が良いとされる漢数字の「八」を付加したものにすぎず、むしろ、「物産」という営業内容を付加することにより、識別力を有しているというべきであると主張する。
 しかし、「和田」という文字と「八」という文字が結びつく必然性はなく、上記各文字が一体となった「和田八」に識別力を認めるべきであり、また、「和田八」をもって要部であると認めるのが相当である。そうすると、「物産」が付加することのみによって、その類似性を否定することはできないというべきである。
(2) 自己の氏名の使用(争点1(三))について
 不正競争防止法11条1項2号は、同法2条1項1号の不正競争に関し、「自己の氏名」を不正の目的でなく使用する場合を適用除外としているが、この趣旨は人が自己の氏名を使用することには人格権的な側面があることに配慮したものであるから、「自己の氏名」とは自然人の氏名をいい、法人の商号は含まれないと解するのが相当である。
 したがって、本件においては、被告に上記規定の適用はない。
(3) 先使用の抗弁(争点1(四))について
 不正競争防止法11条1項3号は、同法2条1項1号の不正競争に関し、「他人の商品等表示が需要者の間に広く認識される前からその商品等表示と同一若しくは類似の商品等表示を使用する者」について、差止請求等の規定の適用除外を定めているところ、本件において「和田八」の表示が原告らの営業表示として周知性を獲得するに至ったのが、早くても昭和50年代後半であると認められるのは前記のとおりである。そうすると、被告の設立は昭和48年であるから、被告は「和田八」の表示が周知性を獲得する前に自己の商号を使用していたことになる。
 ところで、同法11条1項3号が先使用を適用除外としたのは、特定の商品等表示が周知性を獲得する以前からそれと同一又は類似の商品等表示を使用している者に対し、その後に他人の商品等表示が周知になったからといってその表示の使用を禁止したのでは、法的安定性を欠き、先使用者との公平を害するからである。この趣旨に照らせば、長期にわたり、自己の営業表示又は商品表示を使用しなかったにもかかわらず、周知表示の存在を知りながら、これと類似する自己の表示を使用することは、同号の「不正の目的」を有するものと解される。
 本件のように、問題となる表示が自己の商号である場合、営業を再開するに際し、自己の商号を変更しなかったからといって、直ちに、「不正の目的」があるといえるかについては疑問の余地もあるが、少なくとも、商号を商品表示、営業表示として使用する場合において、その商品を製造、販売することによって営業を開始したのが、他人の表示が周知性を獲得した後であり、他人の表示との類似性を認識した上、これを上記の商品表示、営業表示として使用した場合には、不正の目的を有すると評価されてもやむを得ないと考える。
 そうすると、被告が、17年間もの長期の休業の後、被告の当初の事業目的にはなく、原告の事業と競合する内容の事業を始めるに当たり、被告商号を、その事業に係る商品表示、営業表示として使用することは許されず、不正競争防止法11条1項3号の適用はないと解するのが相当である。
(4) 使用許諾(争点1(五))について
 当裁判所も、原告は、平成3年9月以降、被告が被告商号を使用して原告と同種の営業活動を行うことを承諾したが、この承諾は、被告が、原告商品の販売を行うなど、原告らのグループの一員である関係にあることが前提であり、原告が上記のグループ関係から離脱することを解除条件とするものであり、平成9年12月ころ、原告と被告との取引が途絶したことにより、上記条件が成就し、上記使用許諾は失効したと考える。
 その理由は、次に付加するほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」一6(一),(二)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決55頁1行目の「営業活動」の前に「原告と同種の」を加える。)。
(補足説明)
ア 被告は、原告らとともに、株式会社和田八から暖簾分けがなされて設立され、仮に、そうでないとしても、平成5年2月ころ、原告から暖簾分けがなされたから、被告商号の使用について、原告の許諾を得る必要はなく、仮に、原告の許諾がなされたとしても、条件が付されることはあり得ないと主張する。
イ しかし、被告は、昭和48年8月、当時、株式会社和田八の代表者であったDが中心となって設立されたものの、株式会社和田八自体は、被告の設立には関与しておらず、当初の営業の内容も株式会社和田八のものとは全く異なっていた(甲3、4、51、68、乙1〜3、78)。
 したがって、単に、被告が「和田八」を含む「和田八物産株式会社」を商号として設立されたというだけで、株式会社和田八から暖簾分けがなされたと認めることはできない。
ウ また、被告は、現在の被告代表者が代表取締役に就任した平成3年9月以降、原告が製造した蒲鉾等の販売を行っていたが、タイのカンタン・コールド・ストレージ社や日本の大手水産会社から原料すり身を輸入し、これを原告に販売するようになり、その後、タイのトラン・シーフード社との間で生産委託契約を締結し、平成6年3月ころから、原料すり身や調理すり身のほかに、一部完成品をタイで製造し、これを輸入し、日本国内において販売していたこと、当時の原告代表者であったDは、上記の事実を承認していたことが認められる(乙70、78、84、89、93、被告代表者の原審供述)。
 しかし、被告がタイで委託製造した完成品を日本国内で販売していた量の被告営業において占める割合は明確ではなく、その取扱量が被告の営業の中で目立つほどのものであったことを窺わせるような事情は存しない。
 そうすると、当時の原告代表者であるDが、タイにおける被告の上記行為を承認していたとしても、従前どおり、原告商品を仕入れ、これを被告独自のルートで販売していたことが、被告の営業の中心となっている以上、原告としては、被告の一部競業行為を認識しながらも、被告商号の使用許諾を維持していたとしても不合理とはいえないが、上記の原告商品の継続的商品供給契約が解除され、被告において、原告商品の販売と全く関係なく、原告との競業行為を行うに際し、被告の営業に「和田八」の表示が使用されることまでを許諾していたとは考えられず、そのような状況に立ち至った場合に、被告商号の使用許諾が解除されることは当然というべきである。
 なお、Dは、平成7年6月に保有していた被告の株式を、現在の被告代表者に譲渡したことが認められるが(乙96〜98)、そのことによって、Dが被告の経営を完全に被告代表者に委ねたことが認められたとしても、直ちに、原告や株式会社和田八において、被告に対し、被告が被告商号を使用して、原告と同種の営業を行うことを無条件に許容したとは限らないというべきである。
エ また、被告は、Dは原告らのグループにおける中心人物であり、同人が被告の上記ウの行為を承認していたことからも、被告への暖簾分けがなされたことがいえると主張するが、必ずしも、Dが原告らのグループの中心人物であったとはいえないと考える。
 すなわち、前述したとおり、Dは、株式会社和田八の創業者であるCの長男であり、株式会社和田八の代表取締役に就任したこと、原告の設立にあたっては、発起人となり、個人では筆頭株主であったことが認められるが、昭和51年11月4日、株式会社和田八の代表取締役を辞任し、その直後設立された原告の役員には就任することはなかった。そして、昭和59年10月30日に原告の代表取締役に追加されたものの、原告らのグループにおける中心的存在であった株式会社和田八の取締役には平成8年7月30日まで就任せず、同社の代表権を有することはなかった。
 以上の状況に照らすと、平成5年2月当時、Dに、原告グループからの被告への暖簾分けを許諾するだけの権限があったといえるかどうか、疑問の余地があるといわざるを得ない。
オ 以上によると、結局、原告の被告に対する被告商号の使用についての許諾に解除条件が存した旨の上記認定を左右するには足りないというべきであり、これと異なる被告の主張及び乙99(上智大学教授・弁護士E作成の鑑定書)に記載された見解は採用できない。
(5) 権利濫用(争点1(六))について
 被告は、原告が、被告に対して被告商号の使用を許諾してきたにもかかわらず、その使用差止めを求めることは権利の濫用であると主張する。
 しかし、上記許諾は、解除条件が付されたものであり、その条件は、被告が原告らのグループから離脱した場合に使用許諾を解除するというものであり、条件自体に不合理な点はない。
 確かに、被告は、平成3年9月以降、「和田八物産株式会社」という商号を使用して営業活動を展開してきたのであるから、その使用を止められた場合の打撃には少なからぬものがあると考えられる。また、被告が原告らとの関係から離脱するに至った経緯次第によっては、原告による被告商号の使用の差止請求が権利の濫用と評価される場合も考えられないわけではない。
 そこで検討するに、前述したとおり、被告が被告商号を使用して実質的な営業活動を再開したのは、「和田八」の表示が原告らの営業表示として周知性を獲得した後であり、それにもかかわらず被告商号の使用の中止を原告が求めなかったのは、被告が原告商品の販売を行っていたからである。にもかかわらず、被告が、原告商品の継続的商品供給契約が解除され、原告商品を販売することがなくなった上、原告の営業と競業する営業を開始した以上、前記解除条件の成就により、原告が、被告に対し、原告表示の周知地域内で被告商号の使用の差止めを求めたとしても、これを権利の濫用ということはできない。
 また、被告が原告らのグループから離脱するに至った経緯をみても、原告が原告商品の卸売価格を一方的に値上げしてきた面があることは否定し得ないものの、原告としては採算上、他の取引先に対する価格に合わせるという面もあったこと(Dの生前は、同人の援助により、特に有利な取り扱いがなされていたが、同人の死後、特別な取り扱いが廃止されたともいえる。)、そもそもDの死亡によって原告及び株式会社和田八と被告との間の関係が疎遠になり、相互の信頼関係が希薄になっていたことが背景にあることからすれば、本件における原告による値上げとそれに続く解除が、被告商号の使用差止めの権利濫用を基礎づけるほど不当なものであるとはいえず、他に、上記認定を左右するに足りる証拠はない。
(6) 被告商号の独立性について
 被告は、設立当初から被告商号が現在の商号と同一であること、その時点では、未だ原告表示が周知性を獲得していなかったことを理由として、被告が被告商号を使用するに当たり、原告(当時は、株式会社和田八の製造部門であった。)から承諾を得る必要はないと主張する。
 確かに、その時点において、被告が原告の承諾を得る必要がなかったといえても、その後、原告が株式会社和田八から独立し、原告表示が周知性を獲得し、一方、被告は長期間にわたる休業の後、原告表示と類似し、混同のおそれのある被告商号を使用して営業を再開する場合は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当すると考えられることは前述したとおりである。そして、前記(2),(3)において述べたとおり、自己の氏名の使用や、先使用の抗弁が認められない以上、本来、被告が被告商号を使用することは許されず、原告から、被告商号の使用の差止めを求められることはやむを得ないというべきである。
(7) まとめ
 以上によれば、被告による被告商号の使用は、原告の営業と誤認混同されるおそれがあり、これによって原告の営業上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあると認められるから、原告は、被告に対し、不正競争防止法3条1項、2条1項1号に基づき、被告の商号の使用の差止めを求めることができる。
 もっとも、差止めが認められるのは、その目的を達成するために必要な限度に限られると解されるところ、その地域は、前記の大阪市及びその周辺部に限られ、また、その使用の内容も、被告が、被告商号を被告の食料品の商品表示、営業表示として使用する場合に限ることが相当であり、不正競争防止法に基づく被告標章の使用差止めにおける差止めの対象となる使用と同一の内容で足りると考える。
4 不正競争防止法に基づく被告標章の使用差止め等について
 当裁判所も、不正競争防止法に基づく被告標章の使用の差止め等を求める請求は、原判決主文第一項記載の地域において、同主文第二項記載の行為の差止め及び同主文第三項記載の廃棄を求める限度で理由があると判断する。
 その理由は、原判決64頁9〜10行目の「縦三列、横二列」を「縦2列、横3列」と改め、同68頁8行目の「口頭弁論終結後に提出された」を削るほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」二2ないし8に記載のとおりであるから、これを引用する。
 なお、不正競争防止法に基づく被告標章の使用差止め等を求める請求についても、前記3において判断した、原告表示と被告標章との類比、先使用、使用許諾及び権利濫用と同様の問題が存するところ、上記の判断は、被告商号を被告の営業表示として使用する場合についての判断であるが、原告表示と被告標章間の問題についても妥当する。
5 商標法に基づく被告標章の使用差止め等について
 当裁判所も、商標法に基づく被告標章の使用の差止め等を求める請求については、原判決主文第二項記載の行為の差止め及び同主文第三項記載の廃棄を求める限度で理由があり、結局、前記4の結論との対比において、商標法に基づく予備的請求を認容すべきであると判断する。
 その理由は、次に付加、訂正等するほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 争点に対する当裁判所の判断」三に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決の訂正等
ア 原判決74頁10行目の「争点2(一)(3)のとおり」を「争点2(一)(3)について述べたとおり」と改める。
イ 同76頁8行目の「表示され、しかもロゴ化された」を「表示された」と改める。
ウ 同77頁3行目の「ロゴ化された」を削る。
エ 同79頁5行目の「被告が」から次行の「というべきであり、」までを「被告が被告商号を一定の地域、一定の方法により使用することは、不正競争防止法2条1項1号の不正競争に該当し、当然には、その商号を使用することはできなくなったというべきであり、」と改める。
オ 同80頁2行目の「争点2(一)(6)のとおり」を「争点2(一)(6)について述べたとおり」と改める。
(2) なお、商標法に基づく被告標章の使用差止め等を求める請求についても、前記3において判断した、原告商標と被告標章との類比、先使用、使用許諾及び権利濫用と同様の問題が存するところ、上記の判断は、被告商号を被告の営業表示として使用する場合についての判断であるが、原告商標と被告標章間の問題についても妥当する。
6 その他、原審及び当審における原告、被告提出の各準備書面記載の主張に照らして、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、当審の認定判断を覆すほどのものはない。
第4 結論
 以上のとおり、不正競争防止法に基づき被告商号の使用の差止めを求める請求については、原判決を本判決主文第1項のとおり変更し、その余の請求については、控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官 竹原俊一
 裁判官 小野洋一
 裁判官 山田陽三
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