判例全文 line
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【事件名】「ニュースステーション」のダイオキシン報道事件
【年月日】平成13年5月15日
 さいたま地裁 平成11年(ワ)1647号 謝罪広告等請求事件

判決


主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、埼玉新聞及び日本農業新聞の各全国版に、別紙2謝罪広告目録記載の謝罪広告を、同目録記載の条件にて、各1回掲載せよ。
2 被告全国朝日放送株式会社は、同被告が放映する「ニュースステーション」の番組内または同時間帯(テレビ放送)において、別紙2謝罪広告目録記載の内容を同目録記載の条件で1回報道せよ。
3 被告らは、連帯して、原告らに対し、別紙3請求債権目録(省略)の合計金額欄記載の各金員及び同各金員に対する平成11年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、埼玉県所沢市内において野菜を生産する農家である原告らが、被告全国朝日放送株式会社(以下「被告朝日放送」という。)が放映したニューステレビ番組内のダイオキシン問題に関する特集番組により、所沢産野菜の安全性に対する信頼が傷つけられ原告らの社会的評価が低下したとして、本件番組を制作、放映した被告朝日放送及び同被告に情報を提供し、かつ、代表者であるAが出演することにより同番組の制作に協力した被告株式会社環境総合研究所(以下「被告研究所」という。)に対し、謝罪広告及び被った損害の賠償を求めた事案である。なお、原告らの主張する損害は、精神的損害並びに野菜の価格暴落及び播種できなかったことによる経済的損害等であり、その損害額は、別紙3請求債権目録記載のとおりである。
1 前提となる事実(末尾括弧内に証拠の記載がなければ、争いのない事実である。)
(1)ア 原告らは、いずれも埼玉県所沢市内において農業を営む者であり、ほうれん草、人参、小松菜などの野菜あるいは麦、里いもなどを生産、販売して生計を立てている者である(ただし、B、C、D及びEは、本訴訟係属中に死亡し、整理番号30B’、75C’、151D’及び283E’の各原告が、それぞれ相続によりその地位を承継している。甲47の1ないし376)。 
イ 被告朝日放送は、放送法によるテレビジョンその他一般放送事業を主たる目的とする放送事業者である。同被告は、大型ニュース番組である「ニュースステーション」を制作し、同番組を全国の放送網を通じて、毎週月曜日から金曜日まで、午後10時ころから午後11時20分ころまでの約80分間、全国に同時放送している。
ウ 被告研究所は、官公庁及び民間企業・団体からの委託調査・研究業務等を主たる目的とする会社である。
(2) 被告朝日放送は、被告研究所の協力を受けて、上記「ニュースステーション」において、「所沢ダイオキシン 農作物は安全か?」、「汚染地の苦悩 農作物は安全か?」と題する所沢産野菜のダイオキシン問題の特集番組を制作し、平成11年2月1日午後10時以降の約16分間にわたり、別紙4(省略)記載のとおり、同番組を放映した(以下「本件放送」という。)。本件放送は、記録映像等の放映の後、同番組のニュースキャスターであるFと被告研究所の代表取締役であるAらが対談する方式で放映された。(甲1の1、2、乙1)
2 主要な争点
(1) 本件放送により原告らの名誉が毀損されたか。
(2) 本件放送において摘示された事実及び意見・論評の前提となる事実は、主要な部分において真実か。
ア 被告朝日放送の主張
 本件放送における主要な部分は以下のとおりであり、いずれも真実である。
(ア) 多数の焼却炉が集中している所沢においては、ドイツでは農作物の生産規制が行われるほど土壌がダイオキシン類に汚染されていることが判明し、焼却炉に囲まれた農地で栽培される所沢産の農作物のダイオキシン類汚染を心配する声が地元で広がっていること。
(イ) 所沢の農作物のダイオキシン類汚染の不安については国会でも取り上げられたが、農林水産大臣はこれから県と相談して検査をすると答弁するような有様であること。
(ウ) 所沢市は、所沢市農業協同組合が行った農作物の調査結果を公表すると市民に約束し、所沢市や農業者、消費者が公表を求めたが、所沢市農業協同組合はこれを公表せず、農作物のダイオキシン類汚染の不安が高まっていること。
(エ) 被告研究所の調査では、所沢産の農作物から、厚生省の全国調査の数値よりもかなり高いダイオキシン類が検出されており、これによると、例えば体重40キログラムくらいの子供が所沢産ほうれん草を20ないし100グラム食べた場合、背景摂取量(土壌、大気、水から摂取する量)を加えると、ダイオキシン類について体重1キログラム当たりの耐容1日摂取量を定めた世界保健機構(以下「WHO」という。)の厳しい基準である1ピコグラムTEQ(1ピコグラムは、1兆分の1グラム。TEQについては、後述する。)に達してしまうことがあること。
(オ) 被告研究所の所長であるAは、この数値の評価として、「余り安全とはいえない。」、「消費者の立場に立つと、他の所のものを食べるよりリスクが大きくなるので、調査の途中ではあるが、行政や皆がその気になって考えなければならない値ではないかとの感じを持っている。」との見解を示したこと。
イ 被告研究所の主張
(ア) 被告研究所は、本件放送の制作に関与しておらず、本件放送による損害について同被告が責任を負うとすれば、Aの発言についてのみである。
(イ) Aが本件放送内でした発言内容の主要な部分は、以下のとおりであり、いずれも真実である。
@ 被告研究所が調査した所沢産の農作物(煎茶を含む。)のダイオキシン類濃度は、1グラム当たり0.64ないし3.8ピコグラムTEQであったこと。
A 所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は、日本の平均より5から10倍高く、日本は世界より10倍高いこと。
B 所沢産の野菜のダイオキシン類濃度は「突出して高い」こと、例えば、体重40キログラムの子供が、所沢産ほうれん草の高い値のものを20グラム、低い値のものを100グラム食べると、WHOのダイオキシン類の体重1キログラム当たりの耐容1日摂取量の厳しい基準値である1ピコグラムTEQに達してしまうので、所沢の農作物を食べるのは、あまり安全とはいえないこと。また消費者の立場に立つと、他のものを食べた場合に比べてリスクが大きくなって実際の被害を受ける可能性があり、行政が本気になって考えなければいけない値であること。
ウ 原告らの主張
(ア) 本件放送における主要な部分は、次のとおりである。
@ 被告研究所が所沢産の野菜、特にほうれん草等の葉物野菜(大根の根など地中で育つものを除いて、以下便宜上「葉物野菜」という。)のダイオキシン類濃度を分析調査したところ、1グラム当たり0.64ないし3.8ピコグラムTEQであった。
A 所沢産の野菜のダイオキシン類濃度は、日本の平均より10倍高く、世界レベルから見ると100倍高い。
B 体重40キログラムの子供が所沢産の野菜を10ないし40グラム食べた場合、それだけで、WHOのダイオキシン類の体重1キログラム当たりの耐容1日摂取量の基準である4ピコグラムTEQに達してしまうので安全とはいえない。そんなものを買ったら当然自分のリスクは大きくなり、実際の被害を受ける。アウトである。
C 所沢市農業協同組合は、所沢産の野菜のダイオキシン類分析調査結果を所沢市に報告ないし公表するべきであるのに、高い数値が出たから農家の生計を守るためあえて公表しない。
D 所沢市周辺では、4年も前に、ドイツでは農業が規制されるほど土壌がダイオキシンに汚染されていることが分かっているのに、いまだに農業をしている。所沢の土壌は、原則として農業禁止とするべきほど、ダイオキシン類に汚染されている。所沢の土壌の汚染度は、セベソの農薬工場の爆発事故によって農業禁止とされた汚染度を上回っている。
(イ) これらの主要な部分は、以下の点において虚偽である。
@ 3.8ピコグラムTEQを示した検体は煎茶であるが、煎茶は葉物野菜とはいえない。また、これらの値が所沢産の野菜のものであるとの証明もなされていない。
A 「10倍」、「100倍」との発言は、所沢産の野菜のダイオキシン類の汚染濃度の高さについて述べられたものであるが、同野菜の汚染濃度はこれほど高くない。
B 本件放送は、説明板にもあるとおり、所沢産野菜を10ないし40グラム食べた場合、WHOの耐容1日摂取量を超える旨を述べたものである。また、WHOの前記耐容1日摂取量の基準は、1ピコグラムTEQではなく4ピコグラムTEQである。さらに、本件放送では、背景摂取量を含めてWHOの上記基準を超えるとは述べられていない。したがって、体重40キログラムの子供が所沢産の野菜を10ないし40グラム食べた場合に、それだけでWHOの耐容1日摂取量である体重1キログラム当たり4ピコグラムTEQに達することはない。
C 所沢市農業協同組合は、所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度の調査結果を公表すると発言したことはなく、また、これを報告ないし発表する法的義務も負担していない。
D ドイツの「農地用ガイドライン値」は、牛乳と土壌のデータのみから算定した牛乳のガイドライン値を満足するための値である。また、調査値がガイドライン値を超えても、直ちに農作物の生産が規制されるわけではない。さらに、セベソの事故直後の土壌汚染度は、1平方メートル当たり5マイクログラムTEQ(1マイクログラムは100万分の1グラム)であり、1平方メートル当たり12ピコグラムTEQとの報道は誤りである。したがって、所沢の土壌の汚染度がセベソの土壌の汚染度を上回るということはない。
(3) 被告研究所は、被告朝日放送に対する情報提供行為について不法行為責任を負うか。
ア 原告らの主張
 被告研究所は、所沢産野菜等の自主調査の結果を被告朝日放送に提供する際、個別品目や品目ごとの数値、検体に煎茶が含まれていること、3.80ピコグラムTEQという数値が煎茶から検出されたこと等の事実を伝えず、検体が葉物野菜であるかのごとき誤解を招く「葉っぱもの」との抽象的かつ不正確な表現を用いており、情報提供者として当該情報が誤って伝達され第三者の名誉・信用を毀損することのないよう配慮すべき注意義務に違反した。
イ 被告研究所の主張
 被告研究所が開示した情報の内容は、いずれも真実であって、不法行為を構成しない。
第3 争点に対する判断
1 本件放送に至る経緯及びその後の事情
 前記前提となる事実並びに証拠(乙2、乙3、丙38、証人G、被告研究所代表者A、後記括弧内記載の各証拠)によれば、次の事実が認められる。
(1) ダイオキシン類について
 ダイオキシンとは、塩素系化合物の一種であるポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)の通称である。また、これに、物理化学的性質や毒性作用が類似するものとして、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)及びコプラナーポリ塩化ビフェニル(Co-PCB。以下「コプラナーPCB」という。)が存在し、これら3種類の化合物群は、「ダイオキシン類」と総称されている。なお、わが国においては、平成11年6月以前は、コプラナーPCBをダイオキシン類に加えない扱いとされていたが、同年7月にダイオキシン類対策特別措置法が公布された以降は、コプラナーPCBもダイオキシン類に加えられている(以下、ダイオキシン類の測定値において、コプラナーPCBが含まれていないときについてのみ、コプラナーPCBが含まれていない旨を注記する。)。
 ダイオキシンには、8つの同族体、75種類の異性体があり、また、ポリ塩化ジベンゾフランにも8つの同族体、135種類の異性体があり、コプラナーPCBにも4つの同族体、12種類の異性体があるとされ、各異性体ごとに毒性の強弱が異なっており、最も毒性が強いダイオキシンの異性体である2、3、7、8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンは、青酸カリの1000倍、サリンの2倍もの致死毒性を有するといわれている。ダイオキシン類は、かかる一般毒性の他にも、遅延性の発癌性、生殖毒性、免疫毒性、催奇形性、肝臓障害、脾臓萎縮、胸腺萎縮、骨髄障害等の原因となる毒性を有するとされており、また、食物及び環境から人体に摂取されるとそのまま蓄積されて、体外へ排出されにくいため、その毒性の強さ等から人体への影響が懸念されている。
 なお、ダイオキシン類の毒性(濃度)の測定結果については、各異性体毎に毒性の強弱が異なるので、検出された各異性体の毒性については、上記2、3、7、8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの毒性を1としたときの相対的な毒性を示した毒性等価係数(TEF)をかけて換算した値により表記する必要があり、これを毒性等価量(TEQ)という。ただし、ダイオキシン類については、いまだ毒性係数の定まらない異性体も多く、ダイオキシンでいえば、7種類だけが定まっているだけであり、その余のものは定まっておらず、今後の学問の発展に委ねられている。
(2) ダイオキシン問題について
ア ダイオキシン問題の発生
 ダイオキシン類は、ベトナム戦争時に用いられた枯葉剤に含まれていたことから、その後ベトナムの出生児に多くの奇形児が生まれ、また、帰還米兵にも癌や皮膚炎などの健康被害を生じさせる原因となった物質として注目されるようになった。また、1976年(昭和51年)7月にイタリア北部のセベソで化学工場のプラントが異常事態となり、大量のダイオキシン類が放出される汚染事故が起こり、周辺住民に皮膚障害、流産、肝機能低下等が発生し、家畜が多量に死亡したことが世界的に報道された。
イ 世界各国の取り組み
 前記のとおり、ダイオキシン類は強度の毒性を有する物質であるが、廃棄物焼却場等における焼却に伴い大気中に放出されることが判明したため、世界各国の政府及び機関において、ダイオキシン類の排出基準が定められ、同施設からの排出に対する規制が行われ、また水質や土壌に関する基準も設定あるいは提案されるようになった(乙4)。
ウ 日本におけるダイオキシン問題
 日本では、昭和58年に廃棄物焼却場の焼却灰からダイオキシン類が検出されたとの報道を契機として社会的注目を集めるようになり、厚生省は、廃棄物処理に係るダイオキシン等専門家会議を設置し、昭和59年5月に、ダイオキシン問題を評価考察するための評価指針として、体重1キログラム当たりの耐容1日摂取量(人が生涯にわたって継続的に摂取したとしても健康に影響を及ぼすおそれがない1日当たりの摂取量(TDI))を100ピコグラムTEQとする報告書をまとめた。
 その後、厚生省は、平成7年11月に、ダイオキシンリスクアセスメントに関する研究班を設置し、平成8年6月の中間報告において、当面のダイオキシン類の耐容1日摂取量を体重1キログラム当たり10ピコグラムTEQとした。
 環境庁は、平成8年5月にダイオキシンリスク評価検討会及びダイオキシン排出抑制対策検討会を設置し、平成9年5月に両検討会より報告書が提出された。前者の報告書によれば、人の健康を保護する上で維持することが望ましいとされる健康リスク評価指針値を設定し、耐容1日摂取量を体重1キログラム当たり5ピコグラムTEQとした。後者の報告によれば、大気中のダイオキシン類に関する総合的かつ計画的な排出抑制対策を推進することが必要であるとされ、ダイオキシン類を大気汚染防止法に基づく指定物質として指定する等の具体的な方策が示された(乙4)。
 このように、日本においても行政機関がダイオキシン問題への対策に取り組むようになったものの、本件で問題となっている埼玉県所沢市周辺をはじめ、香川県豊島、茨城県竜ヶ崎市周辺、大阪府能勢町周辺など全国各地において、廃棄物処理施設等の周辺地域のダイオキシン類汚染が問題となっていた。
(3) 所沢市周辺におけるダイオキシン問題と本件放送に至る経緯
ア 所沢市周辺におけるダイオキシン問題
 所沢市三富地区においては、平成4年ころから、廃棄物焼却施設、中間処理施設が集中して作られた。
 ダイオキシン類による環境汚染等について調査、研究している摂南大学薬学部教授のG(以下「G教授」という。)らは、平成7年及び同8年の2回にわたり、所沢市周辺の土壌調査を行ったところ、いずれも、後記のとおり高濃度のダイオキシン類が検出された(乙2(164頁)、乙11、乙40、証人G(1回目19、20頁))。
 また、埼玉県は、平成8年11月、県の公害防止条例に基づく所沢市民の請求により、所沢市三富地区周辺のダイオキシン類調査を行った(乙14)。
 さらに、環境庁は、平成9年度、ダイオキシン類の総合パイロット調査として、所沢市を含む埼玉県内の5地域を対象に、大気、土壌、植物等のダイオキシン類の濃度を測定した。所沢市内の土壌について、後記のとおり、高い値が検出され、同調査結果は、平成10年10月23日に発表された(乙8)。
 また、所沢市は、平成9年3月、「ダイオキシンを少なくし所沢にきれいな空気を取り戻すための条例」を制定したが(乙15)、所沢市及びその周辺の住民及び農業者らは、平成10年12月、埼玉県公害審査会に対し、健康被害や農作物の汚染を理由に焼却炉の使用停止等を求める公害調停を申し立てた(乙18)。
イ 所沢市農業協同組合による調査結果の公表をめぐる状況
 所沢市農業協同組合は、財団法人日本食品分析センターに依頼して、所沢産のほうれん草及びさといもに含まれるダイオキシン類濃度の調査を行い、同センターは、平成9年8月20日、同組合に対し調査結果を報告した(甲2の1)。
 しかし、所沢市農業協同組合のH組合長は、平成10年2月9日、記者のインタビューに対し、野菜のダイオキシン調査を食品分析センターに依頼したが結果はまだ出ていない、結果は公表するつもりだが理事会や生産者の意向を聞いて決めたい旨を回答した(乙32)。
 所沢市議会等においては、その後の平成10年9月及び12月ころ、所沢市農業協同組合がダイオキシンの調査結果を公表しないことが、何度か問題とされた(乙12の3、4、乙13)。
 また、衆議院予算委員会において、平成11年1月29日、所沢市農業協同組合が野菜のダイオキシン類濃度の調査を行い、その結果を市民に公表すると言っていたのに、公表しないことが取り上げられた(乙17)。
ウ 被告朝日放送の活動と本件放送に至る経緯
(ア) 被告朝日放送は、平成7年10月から同9年11月まで、「ザ・スクープ」という報道特集番組において、7回にわたり、ダイオキシン類問題を特集して放送し、その中で、ダイオキシン類の危険性及びダイオキシン類汚染が全国に広がっていることを指摘し、日本の行政の取り組みが諸外国よりも遅れていることについて問題提起をしていた(乙20、乙21の1ないし4)。
 同被告は、平成10年1月以降、本件放送に至るまで、「ニュースステーション」の中でもダイオキシン問題を特集して取り上げた(乙22の1ないし7)。
(イ) 被告朝日放送は、さらに所沢産の農作物のダイオキシン類汚染に焦点を当てた特集の制作を企図し、被告研究所が自主研究の調査結果を有していたことから、同被告の代表者であるAに出演を依頼するとともに、調査結果の公表を求めた。
 被告朝日放送は、ダイオキシン類に関する番組を2回に分けて放送することになったが、1回目の平成11年2月1日の本件放送は、あらかじめ制作しておいた録画部分と、AとFとの対談部分とからなっている。
エ 被告研究所の活動と本件放送に至る経緯
(ア) 被告研究所は、昭和61年の設立以降、環境科学、環境政策専門のシンクタンクとして、国や地方公共団体の委託により環境政策や環境計画の立案を手がける一方で、自主研究を数多く実施し、その研究結果を公表していた(丙19、丙24)。
 被告研究所は、平成4年度に所沢市の委託を受けて大気汚染の調査を行い、同5年3月に調査結果を所沢市に提出した(丙21)。
 被告研究所は、同調査を契機として、所沢市周辺におけるダイオキシン類汚染が社会問題化していることから、以後、所沢市周辺におけるダイオキシン類汚染の自主調査に取り組むようになった(丙2、丙37)。
 また、被告研究所は、平成10年2月1日及び同年3月14日の2回にわたりダイオキシン類問題についての市民向けセミナーを行った(丙38(7、8頁))。
(イ) 被告研究所は、自主調査の一環として、所沢産農作物に含まれるダイオキシン類の濃度を調査することを計画し、ダイオキシン類問題に関する市民団体の代表者を務めるIを通じて、所沢市内の営農者に対し検体の提供を呼びかけたが、呼びかけに応じる者がなかなか現れなかった(丙38(33頁))。
(ウ) Iの紹介により、所沢市内で農業を営むJが、平成10年11月4日、自ら同年夏に採取した生茶から作った煎茶200グラムを検体として被告研究所に提供した。なお、Jは、所沢市中西部清掃工場の近くに畑を所有し、茶や野菜を栽培しているものである(丙38(33頁))。
 被告研究所は、同検体を100グラムずつ二分し、同被告が技術提携するカナダのマクサム社宛てに空輸し、測定分析を依頼した(丙5、丙7)。
 マクサム社は、同検体の測定分析を行い、同年11月下旬に分析結果を被告研究所に報告した(丙6の1、丙8の1)。
 同報告によれば、検出されたダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の濃度は、それぞれ1グラム当たり3.60(3.55)及び3.81(3.76)ピコグラムTEQであるとされた。なお、定量下限値以下の値の算定方法としては3種類あり、定量下限値以下を定量下限値としてTEQを算定するいわゆるEPA方式と、これを定量下限値の2分の1としてTEQを計算するいわゆるWHO方式と、これを0とするいわゆる厚生省方式とがあるが、上記数値は、EPA方式によるものであり、括弧内記載の数値はWHO方式によるものである。(丙6の4、丙8の2、丙11、丙12)
(エ) Iは、その後、関越自動車道所沢インターチェンジ付近の農地で栽培又は直売されていたほうれん草を入手し、さらに、くぬぎ山に隣接する三芳町内の農地で栽培された大根を入手し、平成10年12月18日、東京都内にある旧日本開発銀行の会議室内でAに直接手渡した。Jもまた自ら栽培したほうれん草をその場に持参し、Aに手渡した。
 Aは、Iから提供されたほうれん草を混合したうえ3つの検体とし、大根については葉及び根をそれぞれ1ずつの検体とし、Jから提供されたほうれん草を1つの検体とした。Aは、平成10年12月20日、マクサム社に6検体を直接持参し、分析を依頼した(丙9)。
 マクサム社は、同検体の測定分析を行い、平成11年1月18日、分析結果を被告研究所に報告した(丙10の1)。
 同報告によれば、検出されたダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)の濃度は、ほうれん草がそれぞれ1グラム当たり0.750(0.695)ピコグラムTEQ、0.681(0.625)ピコグラムTEQ、0.635(0.585)ピコグラムTEQ及び0.746(0.685)ピコグラムTEQであり(丙10の4ないし7、丙13の1ないし4)、大根の葉が0.753(0.698)ピコグラムTEQ(丙10の8、丙13の5)であった。なお、上記の各数値は、EPA方式であり、括弧内の数値は、WHO方式によるものである。
(オ) 被告研究所は、被告朝日放送からの前記要請に応じ、Aが番組に出演することを承諾するとともに、自主調査の結果としてマクサム社から報告を受けた上記数値のうち、煎茶の3.60ピコグラムTEQ及び3.81ピコグラムTEQ並びにほうれん草の0.750ピコグラムTEQ、0.681ピコグラムTEQ及び0.635ピコグラムTEQの5つの数値を伝えた。その際、被告研究所は、検体提供者への配慮から個々の検体の品目を伝えず、所沢産農作物から検出された値であることのみを伝えた。
 なお、被告研究所の調査結果の数値及び調査対象となった農作物の品目は、本件放送では公表しない予定となっていたが、本件放送開始直前において被告朝日放送の要請により急遽数値のみを公表することになったため、被告朝日放送は、所沢産農作物から検出された数値として、被告研究所から伝えられた数値が、所沢産野菜の数値であると誤解して、本件放送のテロップ等を作成したが、Aは、Fや他のスタッフとの打ち合わせ時間が十分にはなかったため、検体の具体的な品目を伝えられず、Fの誤解を解くことができないまま、生放送である本件放送に出演した(被告研究所代表者)。
(4) 本件放送の内容の要旨
ア 本件放送は、まず、前半の録画部分において、おおむね次の事実を摘示している。
(ア) 所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し、その焼却灰が畑に降り注いでいること(以下「要旨1」という。)。
(イ) 所沢市農業協同組合は、所沢産野菜のダイオキシン類分析調査を行い、営農者や消費者は調査結果の公表を求めたが、同組合はこれを公表しないこと(以下「要旨2」という。)。
(ウ) 所沢の土壌中に含まれるダイオキシン類濃度を調査したところ、その濃度はドイツであれば農業が規制されるほど高く、また、かつてイタリアのセベソで起きた農薬工場の爆発事故の後に農業禁止とされた地域の汚染度をも上回っていること(以下「要旨3」という。)。
イ 本件放送は、後半のFとAとの対談部分において、Fが質問を投げかけ、Aが答える形式で生で放映されているが、おおむね次の事実を摘示し、Aの意見、論評を加えている。ただし、前記のような経緯で放映されたため、FとAとの対談が一部噛合わずに混乱している部分があるが、テロップ等も総合すると、その要旨は、おおむね次のとおりであると認められる。
(ア) 被告研究所が今回所沢産の野菜等を調査したところ、1グラム当たり0.64ないし3.80ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出されたが、これはこれまで全国の野菜を対象に調査された結果に比べ突出しており、約10倍高いこと(以下「要旨4」という。)。
(イ) 所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は、日本の平均より5ないし10倍高く、日本は世界より10倍高いこと(以下「要旨5」という。)。
(ウ) 体重40キログラムの子供が所沢産ほうれん草を20ないし100グラム食べた場合にWHOが定める耐容1日摂取量である体重1キログラム当たり1ピコグラムTEQの基準を超えること(以下「要旨6」という。)。
(エ) 「(所沢産のほうれん草は)余り安全とは言えないですね。」、「(所沢産の野菜を食べるのは)他の所の食べるものに比べると、当然自分のリスクは大きくなるわけです。」、「(所沢産の野菜を食べると)実際の被害を受ける可能性がありますから。」、「(所沢産の野菜から検出されたダイオキシン類濃度の値は)行政なり、厚生省なりがですね、みんながその本気になって考えないといけない値じゃないかなあと、私は、あのまだ調査の途中ですけれどもそういう感じを持っています。」とのAの意見ないし論評(以下「要旨7」という。)
(5) 本件放送後の事情(本項全体について甲26)
ア 本件放送の翌日である平成11年2月2日以降、所沢産のほうれん草を中心とする野菜の取引停止が相次ぎ、取引量や価格が下落した。
 埼玉県知事は、同月4日、記者会見を開き、所沢産野菜等のダイオキシン類調査を実施することを表明し、同月5日、庁内対策会議を設置した。
 埼玉県は、同月5日、被告朝日放送と被告研究所に対し、本件放送内容に関する資料の提供を要請した。
 環境庁、厚生省及び農林水産省からなる3省庁連絡会議は、同月8日、所沢産野菜等のダイオキシン類調査を実施することを決定した。
イ 所沢市農業協同組合は、平成11年2月9日、それまで公表していなかった前記調査結果を公表した(甲2の1ないし6)。その内容は、後記認定のとおりである。
ウ 埼玉県は、平成11年2月15日、農産物安全対策室を設置した。
エ 被告研究所は、平成11年2月17日、埼玉県からの資料提供の要請に応じ、埼玉県知事に対し、本件放送のもとになった自主調査研究の中間報告書を提出した(丙1)。
オ 被告朝日放送は、平成11年2月18日、埼玉県が上記中間報告書の内容を公表したのを受けて、同日の「ニュースステーション」において、本件放送の中でダイオキシン類濃度が1グラム当たり3.8ピコグラムTEQもあるとされた検体が、所沢産の煎茶であることを明らかにし、所沢のほうれん草生産農家に迷惑をかけたことを謝罪した(甲16、乙36)。また、その後K郵政大臣は、被告朝日放送に対し、報道に不正確な表現があったとして厳重注意する行政指導をした(甲17)。
カ 環境庁、厚生省及び農林水産省は、平成11年2月16日から、所沢市周辺を対象に、環境及び野菜等のダイオキシン類調査を行い、同年3月25日、調査結果を発表した(甲3の1、2)。
 埼玉県も、同年2月16日から、所沢市周辺を対象に、環境及び野菜等のダイオキシン類調査を行い、同年3月、調査結果を発表した(甲4の2)。これらの内容は、いずれも後記認定のとおりである。
キ 平成11年7月12日、ダイオキシン類対策特別措置法が成立し、同月16日公布されたが、これにより、コプラナーPCBがダイオキシン類に含まれること、及び、ダイオキシン類の体重1キログラム当たりの1日の耐容1日摂取量が4ピコグラムTEQ以下で政令で定める値とされ、政令で4ピコグラムTEQと定められた(乙30)。
2 争点(1)(本件放送により原告らの名誉が毀損されたか。)について
 テレビ放映により個人の名誉が毀損されたか否かについては、当該テレビ放映の一般の視聴者が普通の注意・関心をもって当該テレビ放映を視聴した場合に受ける印象を基準として、人の社会的評価を低下させるものであるか否かによって判断すべきである。
 これを本件放送についてみるに、本件放送の要旨は、前記1(4)のとおりであるところ、一般の視聴者がこれを見た場合に、所沢産野菜のうち、ほうれん草等の葉物野菜は、ダイオキシン類の含有濃度が他より高く、これを通常の量食べるとWHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準を超えることになってあまり安全ではなく、これを食べるのは控えた方がよいとの印象を持つであろうことは容易に想像しうるところであり、本件放送が所沢産のほうれん草等の葉物野菜の安全性に対する信頼を失わせ、ひいては所沢市内において各種野菜を生産する原告らの社会的評価を低下させたものであることは明らかである。なお、被告朝日放送は、本件放送の内容は原告らが栽培している個々の農作物がダイオキシン類に汚染されていることを摘示するものではないから、原告ら各自の社会的信用や評価を低下させるものではなく、原告ら各自に対する名誉・信用毀損行為には該当しないと主張するが、不法行為としての名誉毀損が成立するための要件としては、本件放送のように所沢市内において野菜を生産する農家といった程度に相手方が特定されていれば十分である。したがって、本件放送は、原告ら個々人の名誉を毀損したものといえる。
3 争点(2)(本件放送において摘示された事実及び意見ないし論評の前提となる事実は、主要な部分において真実か。)について
(1) 真実性の証明について
 個人の名誉を毀損する行為であっても、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が主要な部分において真実であることが証明されたときは、違法性がなく、不法行為は成立しないと解するのが相当である。また、特定の事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合に、当該意見ないし論評の前提としている事実が主要な部分において真実であることが証明されたときは、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性がなく、不法行為は成立しないと解するのが相当である。
(2) 本件放送が公共の利害に関すること及び専ら公益目的からなされたこと
 本件放送は、主として所沢産野菜のダイオキシン類汚染の実態に関するものであるが、前記のとおり、ダイオキシン類摂取による健康被害等についてこれまでに数多くの報告がなされており、人が食べる野菜等の農作物のダイオキシン類汚染の実態に関する報道が公共の利害に関するものであることは明らかである。
 また、被告らの報道機関、研究機関としての社会的使命及びダイオキシン類問題へのこれまでの取り組みに照らせば、本件放送が専ら公益を図る目的からなされたものであることも明らかである。
(3) 事実の摘示と意見ないし論評の表明との区別
ア 区別の基準
 前記のとおり、事実の摘示と意見ないし論評の表明とでは、不法行為責任の成否に関する要件を異にするため、その区別が必要となるところ、その区別の基準は、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張している場合が事実の摘示であり、そうでない場合が意見ないし論評の表明であるというべきである。その認定方法については、まずは、一般の視聴者の通常の理解を基準に、証明可能な特定事項を主張していると理解できるか否かを判断し、また、直ちに同特定事項を主張するものと解せないとしても、当該部分の前後の文脈や当時一般の視聴者が有していた知識ないし経験等を考慮し、間接的ないしえん曲に同特定事項を主張するものと理解できるか否かを検討すべきである。
イ これを本件についてみるに、本件放送中、意見ないし論評に該当するか否かが問題となるのは、要旨7のAの発言であるが、上記の基準に照らすと、前記発言内容は、いずれも所沢産の野菜中のほうれん草などの葉物野菜に含まれるダイオキシン類の濃度が国内の他の地域で生産される野菜よりも高いとの事実を前提としたうえで、「余り安全とはいえない」「リスクは大きくなる」「本気になって考えないといけない値」との意見ないし評価を述べているものである。したがって、上記A発言については、このような意見の前提となっている上記事実について真実性の立証がなされれば足りるというべきである。
(4) 次に、上記の各要旨ごとに、摘示された事実及び意見ないし論評の前提をなす事実の主要な部分について、真実であることの証明がなされたか否かを判断する。なお、摘示された事実及び意見ないし論評の前提をなす事実の主要な部分が真実かどうかは、本件放送当時又は本件放送より前の所沢の状況を基準として判断すべきであるから、以下に認定する事実は、平成11年7月16日にダイオキシン類対策特別措置法が公布され、廃棄物の焼却炉についてより厳しい制限が課され、事態が当時より改善されていることが期待される現在の所沢の農作物、大気、土壌等の現状を示すものではない。
ア 要旨1(所沢市には畑の近くに廃棄物の焼却炉が多数存在し、その焼却灰が畑に降り注いでいること)について
 前記のとおり、所沢市周辺に多くの廃棄物の焼却炉が集中して設置されたこと、農業者らが農作物の汚染を理由に焼却炉の使用停止等を求める公害調停を申し立てたことが認められるほか、証拠(乙59、丙2(図3−1))によれば、焼却炉が集中するくぬぎ山付近には農地が多く、その多くはダイオキシン類汚染地域と重なっており、焼却灰の影響で空気がよどんで農作業ができないこともあったことが認められる。したがって、以上の事実に照らせば、要旨1において摘示された事実が真実であると認められる。
イ 要旨2(所沢市農業協同組合は、所沢産野菜のダイオキシン類分析調査を行い、営農者や消費者は調査結果の公表を求めたが、同組合はこれを公表しないこと)について
 前記のとおり、所沢市農業協同組合が野菜のダイオキシン類調査を行ったこと、同組合の組合長は、平成10年2月9日の記者のインタビューの際、既に調査結果を得ていたのに、まだ調査結果が出ていない旨弁解したこと、同組合が調査結果を公表したのは本件放送後の平成11年2月9日であったこと、同組合が調査結果を公表しないことについて平成10年度の所沢市議会や衆議院予算委員会等で問題とされたことがあったことが認められる。これらの事実に照らせば、営農者や消費者が調査結果の公表を求めていた事実も容易に推認でき、実際、本件放送の中で同組合職員に対し調査結果の公表を求める市民の姿も放映されている。したがって、要旨2において摘示された事実について、その主要な部分が真実であることは明らかである。
 なお、原告らは、所沢市農業協同組合が所沢市に調査結果を報告ないし公表すべきであるのに、高い数値が出たことから農家の生計を守るためにあえて公表しないことが主要な事実であり、かかる事実については真実であることの証明がなされていないと主張する。
 しかし、本件放送においては、そもそも、所沢市農業協同組合が、ダイオキシン類分析調査を行ったこと、その結果の公表を求める動きがあるのにこれを公表していないことが述べられているだけであって、高い数値が出たから農家の生計を守るためにあえて公表しないとまでは述べられておらず、原告らが主要であると主張する前記事実が本件放送の中で摘示されたとはいえない。なお、仮に一般の視聴者がそのような印象を持つことがあるとしても、同組合が調査結果を有しているのに公表しないという事実自体が、一般の視聴者をして、高い数値が出ているのではないかとの疑問や憶測を生じさせたのであり、このような疑問や憶測についてまで、被告朝日放送が真実性の立証責任を負うべきいわれはない。
ウ 要旨3(所沢の土壌中に含まれるダイオキシン類濃度を調査したところ、その濃度はドイツであれば農業が規制されるほど高く、また、かつてイタリアのセベソで起きた農薬工場の爆発事故の後に農業禁止とされた地域の汚染度をも上回っていること)について
(ア) 所沢の土壌に含まれるダイオキシン類濃度
 証拠(乙14)によると、埼玉県が平成8年11月に行った前記調査によれば、所沢市三富地区の土壌から、地表から0ないし5センチメートルについては1グラム当たり11ないし100ピコグラムTEQ、平均42ピコグラムTEQ、地表から0ないし2センチメートルについては13ないし130ピコグラムTEQ、平均54ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出されたことが認められる。
 また、証拠(乙8)によると、環境庁による平成9年度ダイオキシン類総合パイロット調査によれば所沢市周辺の土壌から1グラム当たり62ないし140ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出されたことが認められる。
 さらに、証拠(乙2(164頁)、乙11、乙40、証人G(1回目19、20頁))によると、G教授らが平成7年及び平成8年に行った調査によれば、所沢市周辺の土壌から1グラム当たり90ないし300ピコグラムTEQ(平成7年)、65ないし448ピコグラムTEQ(平成8年)のダイオキシン類が検出されたことが認められる。
 なお、本件放送後の平成11年2月に行われた前記3省庁(環境庁、厚生省及び農林水産省)合同調査によれば、所沢市の土壌から、1グラム当たり3.1ないし21ピコグラムTEQ、平均7.3ピコグラムTEQ(甲3の2)、平成11年2月の埼玉県の調査によれば、所沢市の土壌から、1グラム当たり1.3ないし6.2ピコグラムTEQ、平均4.3ピコグラムTEQ(甲4の2)のダイオキシン類が検出されており、これらの値は、上記の各調査結果に比べて著しく低い。しかし、これらの調査結果によっても、上記の各調査結果の信用性を疑わせるような事情が窺われない以上、上記調査結果のような高濃度のダイオキシン類が検出された事実が否定されることにはならない。
(イ) ドイツにおける農業規制値
 証拠(甲22、乙4、乙6、乙7)によると、ドイツでは、1991年(平成3年)、ダイオキシン類によって汚染された土壌の利用と修復に関する目標値と勧告措置に関するガイドラインが報告され、政府に承認されたこと、同報告の中で、ダイオキシン類濃度が1グラム当たり5から40ピコグラムTEQまでの土壌については、食物生産は禁止されないが、食物中の濃度の増加が見られたら中止すべきとし、40ピコグラムTEQを超える土壌については、農業及び園芸への使用を制限すること(ただし、植物への移行が最少のものに限り可)が勧告されていることが認められる。したがって、ドイツでは1グラム当たり40ピコグラムTEQの濃度を超える土壌について、農業が規制されているということができる。
 なお、証拠(甲7の1、2、甲41)によると、同規制値は乳牛放牧地として要求される値であり、食用農作物を念頭に置くものではないこと、及び、植物へのダイオキシン類の移行は土壌からではなく主として大気からであり、オランダやスウェーデン、米国ではこのような規制値が設定されていない、といった意見ないし批判があることが認められるが、ドイツにおいて上記認定の規制値が存在することを否定することはできない。
 以上によれば、所沢市の土壌から1グラム当たり40ピコグラムTEQ以上のダイオキシン類が検出されたことは、上記のとおり明らかであるから、本件放送当時、所沢の土壌に含まれるダイオキシン類の濃度は、ドイツであれば農業が規制されるほど高かったというのは誤りではない。
 これに対し、原告らは、本件放送で摘示された事実はドイツで農業禁止とされる濃度を超えていることであり、これが主要な事実であって、実際ドイツでは農業禁止とされる濃度というものを設定しておらず、上記の規制は強制力のないガイドラインにすぎないから、真実であることの証明がない旨主張する。しかし、本件放送の中では、「ドイツでは農作物の生産規制が行われるほどダイオキシンに汚染されている」との表現が用いられており、「ドイツで農業が禁止される濃度」とは述べられていないのであるから、原告らの上記主張はこれを採用することはできない。
(ウ) セベソの事故後に農業禁止とされた地域の汚染度
 証拠(甲22、乙2、乙7)によると、1976年(昭和51年)7月にイタリアのセベソで起きた前記汚染事故の直後に、ダイオキシン類の降下量が1平方メートル当たり5ないし50マイクログラム(1マイクログラムは100万分の1グラム)を超えるB地区において、植物の栽培が禁止されたこと、その後汚染土壌に覆土や天地返しをして土のリハビリを施し、1988年(昭和63年)、表面濃度が1平方メートル当たり0.75マイクログラムTEQ以上5マイクログラムTEQ以下、重量濃度に換算すると土壌1グラム当たり6ピコグラムTEQ以上40ピコグラムTEQ以下の地域は農業禁止区域とされたこと、リハビリを施されてきたB地区の約8割は1グラム当たり約12ピコグラムTEQの濃度であり、この地域を対象にリスク評価が行われたものの、結局農業を行うことが許可されなかったことが認められる。したがって、汚染度が土壌1グラム当たり約12ピコグラムTEQの地域において農業が禁止されたことが認められる。
 そして、所沢市の土壌から1グラム当たり12ピコグラムTEQ以上のダイオキシン類が検出されたことは、上記のとおりであるから、本件放送当時、所沢の土壌に含まれるダイオキシン類の濃度は、かつてイタリアのセベソで起きた農薬工場の爆発事故の後に農業禁止とされた地域の汚染度をも上回っていたことが認められる。
 なお、原告らは、セベソで起きた事故直後に農業禁止とされた地域の汚染濃度を超えていることが主要な事実であり、かかる事実が真実であることの証明がない旨主張する。しかし、本件放送のナレーションでは、「このとき汚染の激しい地域では数年間農業が禁止されたが、Lさんの調査では、セベソで農業が禁止された地域の土壌中のダイオキシン濃度は12ピコグラム。」と述べられており、本件放送は、事故直後の汚染濃度として12ピコグラムTEQとの値を摘示したものではない。また、ここで問題となっているのは、汚染された土壌で生産される農作物の安全性、すなわち農業を許容しうる土壌の汚染度であり、所沢の土壌の汚染濃度が、セベソにおいて農業が禁止された地域の土壌の汚染濃度を超えていたか否かが重要なのであって、それ以上にセベソにおける事故直後の土壌の汚染度を超えているか否かが重要な問題とはなっていない。したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
(エ) 以上から、要旨3において摘示された事実は、主要な部分において真実であると認められる。
エ 要旨5(所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度は、日本の平均より5ないし10倍高く、日本は世界より10倍高いこと)について
(ア) 所沢の大気汚染濃度について
@ 証拠(丙38(38頁))によると、環境庁が平成9年に大気中のダイオキシン類濃度を調査したところ、全国の中都市地域(新潟市及び大牟田市)の平均値が1立方メートル当たり0.16ピコグラムTEQであったこと、同年度の関連自治体がくぬぎ山周辺地区の大気を調査したところ、所沢では最高値が1立方メートル当たり2.5ピコグラムTEQ、三芳のそれが3ピコグラムTEQであったことが認められる。また、証拠(乙14)によると、埼玉県が平成8年5月に大気中のダイオキシン類濃度を調査したところ、3日間測定による所沢の最大値は1立方メートル当たり1.4ピコグラムTEQであり、同じく東秩父では0.08ピコグラムTEQであったことが認められる。
A 証拠(乙11、乙39、乙42、証人G(1回目19ないし22頁))によると、G教授らが黒松針葉中のダイオキシン類濃度を調査したところ、全国を対象とした調査では、乾燥重量1グラム当たり1.0ないし21.0ピコグラムTEQであり、10ピコグラムTEQ以下のものが多いこと、平成7年に所沢市内の廃棄物の焼却炉周辺地域(三富地区)を対象に調査したところ1グラム当たり27.7ないし108ピコグラムTEQであり、施設から約2キロメートルの地点においても85.9ピコグラムTEQであったこと、平成9年6月に所沢市内下富地区を対象に調査したところ、1グラム当たり28ないし58.6ピコグラムTEQであったことが認められる。
 そして、証拠(乙38、乙41、乙46、丙28)によると、黒松は、気孔を通して大気中の脂溶性物質を内部に取り込み蓄積する能力を持ち、検査当日の風向等によりダイオキシン類濃度が大きく変化する大気に比べ、検体ごとの濃度差が一定していることから、大気中のダイオキシン類の汚染濃度の指標として適切であることが認められる。
B 以上によれば、本件放送当時、所沢市周辺のダイオキシン類による大気汚染濃度が、日本の平均よりおおむね5から10倍高い状態にあったことは明らかである。
(イ) 日本の大気汚染濃度について
 証拠(乙3(6頁)、乙4、丙38(36、37頁))によると、大気中のダイオキシン類濃度について、日本はアメリカ合衆国の約11倍(大都市地域)ないし約9倍(中都市地域)、日本の大都市地域はドイツの都市・工業地域の約8.5倍、郊外地域の約11倍、日本の中都市地域はドイツの都市・工業地域の約6.8倍、郊外地域の約9.1倍、日本の大都市地域はスウェーデンの都市地域の約43倍、郊外地域の約78倍、日本の中都市地域はスウェーデンの都市地域の約34倍、郊外地域の約63倍、日本の大都市地域はオランダの都市・工業地域の約13倍、日本の中都市地域はオランダの都市・工業地域の約10倍であることが認められる。
 これらの事実に照らせば、大気中のダイオキシン類濃度について日本は世界の10倍であるとの部分も真実であると認められる。
(ウ) 原告らは、これらの倍数は、野菜の汚染濃度として摘示されたものであり、所沢産野菜のダイオキシン類濃度が世界レベルの100倍を超える汚染濃度を有することは証明されていないと主張する。確かに、本件放送では、Fが所沢産野菜の濃度に関し、「全国が0から0.43のところ、所沢の葉物は0.6から3.8。これはどの程度ひどいんですか。」と尋ねたのに対し、Aは「まあ10倍。」と答えており、この部分については、野菜の濃度として摘示されたものであると考えざるを得ず、後記のとおり、所沢産野菜のダイオキシン類汚染濃度が日本国内の野菜に比べて10倍位高いことは、主要な部分を構成する。そして、Aがこれに続いて「日本のあの、平均の大気汚染に対して、ま、所沢のは4、5倍高いと思うんですけれども、日本がさらに諸外国より10倍くらい高いんですけど、所沢はやはり全国に比べてそれを見ますと、10倍、5倍から10倍高い、ということが、ま、私たちの今までの調査で分かりました。」と大気汚染について述べたのに対し、Fが、「今の話をちょっと、ふわっと聞いちゃったんですが、そうすると世界的レベルから見ると、日本全国が10倍高い。それよりも所沢は10倍高い。ということは世界的レベルから見ると、所沢の野菜は、ダイオキシン濃度は100倍高いということですか。」と野菜の話と混同した質問を続け、これに対し、Aが「まあ、100倍高いということもないんですけれども、やはり、私たちが今まで調べた中では突出して高いですね。」と答えている部分は、Fが大気汚染の話を野菜の話と混同していることから、一般の視聴者にはわかりにくい展開となっている。しかし、Aは、「平均の大気汚染に対して」と明言しているのであるから、少なくともAの同発言については、これを聴いた一般の視聴者にとって、これらの倍数が大気汚染の濃度として述べられたものであることを理解することは困難ではなく、少なくともこれを野菜のダイオキシン類の濃度の話と理解することは困難であるから、この点についての原告らの主張は採用し得ない。
 ただし、Fの質問を受けた後の所沢産の葉物野菜のダイオキシン類の濃度が「100倍高いということもないんですけれども、やはり、私たちが今まで調べた中では突出して高いですね」との部分は、所沢産の葉物野菜について述べたものであり、そのダイオキシン類の濃度が、上記の「10倍くらい高い」と並んで「私たちが今まで調べた中では突出して高い」との事実が述べられたものと認められるので、この部分は、次に判断する。
(エ) 以上によれば、要旨5において、所沢市周辺の大気汚染濃度について摘示された事実も、主要な部分において真実であると認められる。 
オ 要旨4(被告研究所が所沢産野菜等を調査したところ、1グラム当たり0.64ないし3.80ピコグラムTEQものダイオキシン類が検出されたが、これはこれまで全国の野菜を対象に調査した結果に比べ突出しており、約10倍高いこと)及び要旨6(体重40キログラムの子供が所沢産ほうれん草を20ないし100グラム食べた場合にWHOが定める耐容1日摂取量である体重1キログラム当たり1ピコグラムTEQの基準を超えること)について
(ア) 所沢産野菜等のダイオキシン類濃度
@ 被告研究所の調査結果
 前記のとおり、被告研究所が、平成10年11月及び12月に提供を受けた所沢産の煎茶及びほうれん草を調査したところ、煎茶から1グラム当たり3.60ないし3.81ピコグラムTEQ、ほうれん草から1グラム当たり0.64ないし0.75ピコグラムTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出され、これらの値が被告朝日放送に伝えられ、本件放送において摘示されたものである(丙1)。なお、原告らは、上記検体であるほうれん草が所沢産であることの証明がなされていないと主張するが、後記のとおり、G教授らの調査結果において、所沢産のほうれん草について近似した値が検出されていること(乙37の1、3、4)、前記1(3)エ(イ)ないし(エ)認定の上記検体のほうれん草の提供の過程に照らし何らかの作為が介入したことを疑わせる事情が認められないことから、上記検体のほうれん草は所沢産のほうれん草であると認められる。
A 所沢産野菜を対象とする他の調査結果
 証拠(甲2の1ないし6)によると、所沢市農業協同組合が公表した調査の結果は、平成9年5月に採取した9個の所沢産ほうれん草(出荷状態)から、1グラム当たり0.087ないし0.71ピコグラムTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出され、3個のさといもからは検出されなかったことが認められる(ただし、定量下限値以下を0とするいわゆる厚生省方式に基づき算定されたものである。)。
 また、証拠(乙31、証人G)によると、G教授らが平成10年3月に白菜を調査したところ、1グラム当たり3.4ピコグラムTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出されたが、同検体は、本件放送前にマスコミ関係者が食料品販売店で購入してG教授に調査を依頼したものであり、G教授らが受け取った当時、白菜に「所沢産」とのラベルが付けられており、白菜の最外部の葉を2葉切り落として、残りの部分を使用したことが認められる。同白菜が所沢産でないことを疑わせる事情は存しないから、同白菜は所沢産の白菜であると認めるのが相当である。
 さらに、証拠(乙37の1、3、4、証人G(1回目24、25頁))によると、G教授らが、平成10年7月に所沢市の廃棄物焼却施設密集地から1キロメートル以内の地点から採取したほうれん草を調査したところ、1グラム当たり0.859ピコグラムTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除くと0.718ピコグラムTEQ)が検出されたことが認められる。
 これに対し、証拠(甲3の1、2)によれば、前記のとおり3省庁が合同して平成11年2月に調査(同年3月25日に発表)したところ、所沢産ほうれん草(出荷状態)から、1グラム当たり0.0086ないし0.18ピコグラムTEQ、平均0.051ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出されたことが認められる。
 また、証拠(甲4の2)によれば、前記のとおり、埼玉県が平成11年2月に調査(同年3月発表)したところ、所沢産ほうれん草(出荷状態)から、1グラム当たり0.0081ないし0.13ピコグラムTEQ、平均0.046ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出されたことが認められる。
 さらに、証拠(甲19の2)によれば、埼玉県が平成11年10月に所沢産ほうれん草を調査したところ、1グラム当たり0.12ないし0.26ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出されたことが認められる。
B 各調査結果の信用性
 以上の調査結果をみるに、G教授らが調査した白菜のダイオキシン類濃度が著しく高く、また、ほうれん草の値については、各調査の間で大きなばらつきがみられ、とりわけ平成11年2月に行われた3省庁合同調査及び埼玉県調査の結果が著しく低い。
 ほうれん草については、証拠(甲24、甲25)によれば、3省庁合同調査及び埼玉県調査のいずれにおいても、検体のほうれん草は、畝ごとに円弧状の支柱を立ててプラスチックで被覆され、土壌の表面もプラスチック等で被覆された状態で栽培されたものであることが認められる。また、これらの調査の検体は、気温の低い2月に採取されたものであるが、証拠(乙45、乙46、証人G(1回目26ないし30頁))によれば、大気中のダイオキシン類には気体状態のものと粒子状態のものとがあり、植物に吸収されるのは主として気体状態のものであるところ、気温の低い時期は、高い時期に比べて、気体状態のダイオキシン類が占める割合が約3分の1程度に低下し、植物に吸収されるダイオキシン類の量も減少することが認められる。さらに、証拠(乙37の2、証人G(1回目31頁))によれば、3省庁合同調査及び埼玉県調査で用いられているダイオキシン類の抽出法(液・液分配抽出法、アセトン・ヘキサン振とう法)は、G教授らが用いる抽出法(トルエン還流抽出法)に比べ、抽出率が約半分から3分の1程度であると認められる。なお、甲37号証は、両者の抽出率に大きな違いはないとするが、証人G(2回目9、10頁)によれば、同論文が前提とする実験は、水分除去が不十分でありトルエン還流法の抽出率が完全でなかった可能性が高いことが認められ、3省庁合同調査で用いられた抽出法の抽出率が低いとの上記認定を左右するものではない。
 以上によれば、3省庁合同調査及び埼玉県調査は、ダイオキシン類を吸収しにくい方法で栽培されたほうれん草について、ダイオキシン類の吸収率の低い時期に採取された検体を用いており、しかも、ダイオキシン類の抽出率の低い抽出方法により測定されていると考えられるから、他の調査結果に比べて著しく低い値が検出されたとしても、あながち不自然とはいえない。また、各調査結果の間に上記のようなばらつきがあるとしても、被告研究所及びG教授らによる前記調査の結果について、その信用性を疑わせるような事情がない以上、同調査結果が信用できなくなるということはない。ただし、所沢産の葉物野菜といっても、廃棄物の焼却炉と野菜が採取された畑との距離及び風上、風下等の位置関係、野菜の種類、栽培方法、栽培期間の長短、季節等の要因により、野菜に含まれるダイオキシン類の濃度が著しく異なる結果となることは、証拠(丙38)から容易に推認され、本件放送当時の所沢産のほうれん草等の葉物野菜のすべてについて、被告研究所及びG教授らによる調査結果の数値が当てはまるものではないことは当然である。
(イ) 全国のほうれん草のダイオキシン類濃度
 証拠(乙9(表7))によると、厚生省が平成8年度に全国3地点から採取されたほうれん草及びその他の野菜を調査したところ、ほうれん草については、1グラム当たり0.106ないし0.308ピコグラムTEQ、平均0.188ピコグラムTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除くと0.095ないし0.281ピコグラムTEQ、平均0.170ピコグラムTEQ)が検出されたことが認められる。
 また、証拠(乙10(10頁、表4))によると、厚生省が平成9年に全国7地点から採取されたほうれん草及びその他の野菜を調査したところ、ほうれん草については、1グラム当たり0.044ないし0.430ピコグラムTEQ、平均0.187ピコグラムTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除くと0.025ないし0.370ピコグラムTEQ、平均0.158ピコグラムTEQ)が検出されたことが認められる。
 さらに、証拠(乙37の1、3、4)によると、G教授らが平成10年7月、前記所沢産ほうれん草と同様に、産地不明の生協市販品及び滋賀県産のほうれん草を調査したところ、前者から1グラム当たり0.087ピコグラムTEQ(コプラナーPCBを除くと0.072ピコグラムTEQ)、後者から0.073ピコグラムTEQ(コプラナーPCBを除くと0.063ピコグラムTEQ)のダイオキシン類が検出されたことが認められる。
(ウ) WHOの耐容1日摂取量の基準
 証拠(甲14の1、2、乙2、乙4、乙5、証人G(1回目8ないし12頁、31ないし34頁、2回目23、24頁、40、41頁)によると、次の事実が認められる。
 WHOは、ダイオキシン類を人が生涯にわたって継続的に摂取したとしても健康に影響を及ぼすおそれがない耐容1日摂取量(TDI)について、従来体重1キログラム当たり10ピコグラムTEQとの基準を設定してきたが、1998年5月に開かれた専門家会合において、それまでに蓄積された実験結果等を踏まえ、これを1ないし4ピコグラムTEQに変更するとともにコプラナーPCBもダイオキシン類に加えた。WHOの専門家会合がダイオキシン類の耐容1日摂取量として、体重1キログラム当たり1ないし4ピコグラムTEQという数値を定めたのは、ラットの出生仔の精子減少が人間に換算すると体重1キログラム当たり1日14ピコグラムTEQのダイオキシン類により生じており、また、高い方では、ラットの生殖等異常が人間に換算すると体重1キログラム当たり1日37ピコグラムTEQのダイオキシン類で生じていることから、安全係数を10として1.4と3.7ピコグラムTEQという数値すなわち1ないし4ピコグラムTEQという数値をWHOの耐容1日摂取量の基準として選択したものである。したがって、耐容1日摂取量としては、学問的には、厳しい方の数字の1ピコグラムTEQを採択すべきとする考え方があり、これに対し各国の食物や大気及び土壌からの実際に摂取されるダイオキシン類の量及び各国の国内法の規制値からみて、耐容1日摂取量として1ピコグラムTEQを直ちに実現することは困難であることから、4ピコグラムTEQとすべきとする考え方の両方があったため、専門家会合において1ないし4ピコグラムTEQという幅のある数値が決定されたものであり、これは、上限値の4ピコグラムTEQを当面の最大耐容1日摂取量とするが、目標としては、耐容1日摂取量を1ピコグラムTEQにまで減らすべきであるとの考え方でもあり、単純に4ピコグラムTEQを耐容1日摂取量と設定したものとは異なるものと解される。
 なお、各国における体重1キログラム当たりのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準についてみてみると、日本の厚生省及び環境庁は、平成11年6月に10ピコグラムTEQから4ピコグラムTEQに変更し、またコプラナーPCBをダイオキシン類に追加し、カナダ及びドイツは10ピコグラムTEQ(ただし、ドイツでは目標値は1ピコグラムTEQ)、オランダ及びスウェーデンは5ピコグラムTEQ、イタリアは1ピコグラムTEQ、米国環境保護庁は0.01ピコグラムTEQ、米国食品医薬品局は0.06ピコグラムTEQ、米国カリフォルニア州は0.007ピコグラムTEQを採用している。ただし、米国の数値は、いずれも、ダイオキシン類を発がん物質として、閾値なしの立場で設定した値(実質安全量)である。
(エ) 背景摂取量について
@ 証拠(甲6(26頁))によると、大気、土壌及び水から人間が摂取するダイオキシン類の1日当たり体重1キログラム当たりの背景摂取量の全国平均値は、約0.19ピコグラムTEQであることが認められる。
A 証拠(丙38(39頁))によると、大都市地域における一般的な生活環境を想定した場合のダイオキシン類の上記背景摂取量の推定値は、大気から0.18ピコグラムTEQ、土壌から0.084ピコグラムTEQ、水から0.001ピコグラムTEQで、合計すると約0.265ピコグラムTEQであることが認められる。
B 証拠(乙19、丙38(39、40頁)、被告研究所代表者(2回目45、46頁)によると、所沢市周辺地域を想定した場合のダイオキシン類の上記背景摂取量の推定値は、大気から0.24ピコグラムTEQ、土壌から0.42ピコグラムTEQ、水から0.001ピコグラムTEQで、合計すると約0.661ピコグラムTEQであることが認められる。
(オ) 要旨4及び6で述べられた事実の真実性
@ まず、要旨4の前半部分、すなわち、被告研究所が所沢産の野菜等の調査をしたところ、1グラム当たり0.64ないし3.80ピコグラムTEQもの濃度のダイオキシン類が検出されたとの部分の真実性について判断する。
 上記のとおり、本件放送で摘示されたダイオキシン類濃度のうち、0.64ピコグラムTEQは、被告研究所が調査した所沢産のほうれん草であるが、3.80ピコグラムTEQは、同じく被告研究所が調査した所沢産の煎茶が示した値であって、野菜の値ではない。
 この点について、被告らは、0.64ないし3.80ピコグラムTEQとの値は、所沢産の野菜の濃度として摘示したものではなく、煎茶を含む「葉っぱもの」ないし農作物の濃度として摘示したものである旨主張する。確かに、証拠(被告研究所代表者)によれば、Aは、3.80ピコグラムTEQとの数値を示した検体が煎茶であることを事前に知っていたものであるが、被告朝日放送の担当者に個々の品目を明らかにしておらず、また番組内でも明らかにしない約束であったことから、Fの「これはほうれん草と思っていいんですか。」との問いに対し、Aがとっさに「葉っぱもの」という表現を用いたものであることが認められる。しかしながら、「葉っぱもの」という表現は一般の視聴者にとって耳慣れない言葉であること、また、当該発言の後にFが「葉物野菜」と尋ねているのに対し、Aは「大根の、あの、根っこの方はありません。みんな葉っぱ物ですね。」と回答し、野菜であることを何ら否定していないこと、さらに、Fが数字を公表する直前に、「実はAさんの研究所で所沢の野菜の調査をしました。そのダイオキシンの数字を今夜は敢えてニュースステーションで発表しようと思います。」と述べたうえで上記数字を公表したものであり、説明板にも「所沢産野菜の濃度」との記載があることからすれば、一般の視聴者は3.80ピコグラムTEQという値を示した検体がほうれん草やその他の野菜であるとの印象を抱き、通常これに煎茶が含まれるとは考えないといわざるを得ない。したがって、本件放送においては、0.64から3.80ピコグラムTEQとの値は、煎茶を含む農作物ではなく、野菜の濃度として摘示されたというべきであり、この点については、被告研究所の前記調査結果のみによって真実であることの証明がなされたとはいえない(なお、そのため、被告朝日放送は、前記のとおり、平成11年2月18日の「ニュースステーション」において、本件放送の中でダイオキシン類濃度が1グラム当たり3.80ピコグラムTEQとされた検体が所沢産の煎茶であることを明らかにし、所沢のほうれん草の生産農家に迷惑をかけたことを謝罪した。)。
 しかしながら、野菜のダイオキシン類の汚染濃度に関する被告研究所以外の調査結果をみるに、最も高いダイオキシン類濃度を示しているのが、前記認定のG教授らが調査した白菜の1グラム当たり3.4ピコグラムTEQである(乙31)。これはコプラナーPCBを含まない値であって、証拠(証人G(1回目23頁))によれば、ダイオキシン類調査において通常コプラナーPCBを含めた場合の濃度は含めない場合の濃度の約1.1ないし1.3倍となることが認められるから、上記白菜についても、コプラナーPCBを含めた場合のダイオキシン類濃度は、1グラム当たり約3.74ないし4.42ピコグラムTEQとなると推測される。したがって、本件放送当時、所沢産の野菜の中に、1グラム当たり3.80ピコグラムTEQのダイオキシン類を含むものが存在したことは事実である。なお、要旨4は、被告研究所が調査した所沢産野菜について、3.80ピコグラムTEQのものがあった旨を述べており、この点は、上記のとおり3.80ピコグラムTEQは所沢産の煎茶から検出されたものであるから真実とはいえない。しかし、3.80ピコグラムTEQを超えるダイオキシン類濃度を示す検体が、被告研究所が調査した所沢産野菜であるか、他の調査にかかる所沢産野菜であるかによって、一般の視聴者が所沢産野菜の安全性に関して抱く印象は異ならないといえるから、被告研究所が調査した野菜から検出されたとの部分は主要な部分ではなく、要旨4の前半部分のうち「所沢産の野菜から3.80ピコグラムTEQのダイオキシン類が検出された」との部分がその主要部分を構成し、かつ、これが真実であることは上記のとおりである。
A 次に、要旨4の後半部分、すなわち、所沢産の葉物野菜のダイオキシン類の濃度が全国の葉物野菜の濃度に比べて突出しており、約10倍程高いかどうかについて判断する。
 前記所沢産ほうれん草の調査結果のうち、厚生省による平成8年度の全国3地点調査の平均値である0.170ピコグラムTEQと同9年度の全国7地点調査の平均値である0.158ピコグラムTEQ(いずれもコプラナーPCBを除く。)の10倍を超えるものはなく、被告研究所の調査したほうれん草のダイオキシン類の値は、その4ないし5倍程度である。しかし、被告研究所が今回調査した所沢産のほうれん草のダイオキシン類濃度である0.64ないし0.75ピコグラムTEQ及びG教授らが調査した所沢産ほうれん草のダイオキシン類濃度0.718ピコグラムTEQ(いずれもコプラナーPCBを除く。)は、G教授らが調査した滋賀県産のほうれん草の0.072ピコグラムTEQ及び産地不明の生協市販品のほうれん草の0.063ピコグラムTEQ(いずれもコプラナーPCBを除く。)の10倍を超えているものである。そして、厚生省の全国調査は、検体を採取した場所が明らかではなく、検体数も3あるいは7検体しかなく、ほうれん草その他の野菜について全国平均の数値といえるものは存在しないこと、及び、厚生省の同調査におけるほうれん草のダイオキシン類の濃度も、検体によっては、0.095ピコグラムTEQ及び0.025ピコグラムTEQ(いずれもコプラナーPCBを除く。)という数字も出ていること、ダイオキシン類は、もともと自然界にはほとんど存在していなかったものが、大都市周辺の廃棄物の焼却炉や化学工場などからダイオキシン類が発生して次第に汚染が進んでいったものであることからすれば、野菜の汚染濃度を判定するには、比較的ダイオキシン類に汚染されていない地域で採取された野菜(すなわち滋賀県産の野菜等の比較的低い数値の野菜)とその数値を比較するのが合理的であることからすれば、本件放送当時、所沢産ほうれん草の中に、そのダイオキシン類の濃度が、厚生省による調査のほうれん草の中の低い数値のほうれん草やG教授ら調査にかかる滋賀県産のほうれん草の約10倍に達するものが存在し、全国のほうれん草と比べ突出して高い数値であったことは、真実であると認められる。
 また、所沢産の白菜についてみると、厚生省の平成9年度の全国調査のダイオキシン類濃度の平均値は、0.003ピコグラムTEQと極めて低く、G教授らが測定した所沢産の前記白菜のダイオキシン類の濃度である3.4ピコグラムTEQがその1000倍以上の数値であり、10倍を超えるものであることは明らかである。
 以上によれば、要旨4の後半部分のうち、所沢産の葉物野菜のダイオキシン類の濃度が全国の葉物野菜に比べ突出しており、約10倍高いとの部分は、所沢産のダイオキシン類の濃度が高いことを視聴者に印象づける部分であるから、要旨4の主要な部分であり、かつ、真実であると認められる。
B 次に、要旨6、すなわち、体重40キログラムの子供が所沢産の前記ほうれん草を20ないし100グラム食べた場合に、WHOが定める耐容1日摂取量である体重1キログラム当たり1ピコグラムTEQの基準を超えるかどうかについて判断する。
 体重40キログラムの子供がコプラナーPCBを含まないダイオキシン類濃度が0.64ピコグラムTEQのほうれん草を100グラム食べた場合、これによるダイオキシン類摂取量は、体重1キログラム当たり1.6ピコグラムTEQ(0.64×100÷40)であり、背景摂取量を加えなくとも1ピコグラムTEQを超える(なお、WHOの1ないし4ピコグラムTEQの基準は、コプラナーPCBを含んだものであるので、本来は、コプラナーPCBを含んだダイオキシン類の検査値を使って計算すべきであり、前記のとおりコプラナーPCBを含まない検査値の1.1ないし1.3倍をダイオキシン類濃度として用いるべきであるから、以下、この項においては、括弧内においてコプラナーPCBを含まない検査値の1.2倍の数値による計算も示すことにする。)。
 また、体重40キログラムの子供がコプラナーPCBを含まないダイオキシン類濃度が0.75ピコグラムTEQのほうれん草を20グラム食べた場合、これによるダイオキシン類摂取量は、体重1キログラム当たり0.375ピコグラムTEQ(0.75×20÷40)(コプラナーPCBを含めた場合は、0.45ピコグラムTEQ(0.75×1.2×20÷40))であり、これだけでは1ピコグラムTEQを超えない。しかし、これに所沢市周辺を想定した場合の背景摂取量である0.661ピコグラムTEQを加えると、1.036ピコグラムTEQ(1.111ピコグラムTEQ)であり、1ピコグラムTEQを超える。
 なお、原告らは、本件放送において背景摂取量を加えてWHOの基準を超えるとは述べられておらず、ほうれん草からの摂取だけでWHOの基準を超えると摘示されたものであるから、背景摂取量を加える方法では、真実であることが証明されない旨主張する。しかし、WHOの基準である耐容1日摂取量とは、生涯にわたって連日摂取し続けた場合の健康に対する影響を指標として算出された値であり、食べ物からの摂取以外にも、大気や土壌及び水からの摂取量も考慮して定められたものであるから、WHOの耐容1日摂取量を超えているかどうかを判断するときに背景摂取量を加えて判断することは当然のことであり、この点に関する原告らの主張は採用し得ない。
 もっとも、上記の背景摂取量0.661ピコグラムTEQは、所沢周辺地域を想定した場合の推定値であり、本件放送内容に関心があると思われる首都圏地域在住の視聴者に与える印象を考慮した場合、背景摂取量としては、大都市地域における一般的な生活環境を想定した場合の数値を用いるべきである。そして、大都市地域における背景摂取量の推定値は、上記のとおり0.265ピコグラムTEQであるところ、上記0.375ピコグラムTEQ(0.45ピコグラムTEQ)にこれを加えても1ピコグラムTEQを超えない。しかしながら、上記ほうれん草を40グラム食べた場合を想定すると、これによるダイオキシン類摂取量は、体重1キログラム当たり0.75ピコグラムTEQ(0.75×40÷40)(コプラナーPCBを含めた場合は、0.90ピコグラムTEQ(0.75×1.2×40÷40))であり、これに0.265ピコグラムTEQを加えると、1.015ピコグラムTEQ(1.165ピコグラムTEQ)であり、1ピコグラムTEQを超える。
 本件放送では、Aが所沢産のほうれん草を20ないし100グラム食べた場合について発言したのであるが、これは、Aが所沢周辺の住民の背景摂取量を前提として、問題となったほうれん草をどの程度の量食べれば、WHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準のうちの厳しい数値である1ピコグラムTEQ超えるかを説明したためであり、本件番組の視聴者である首都圏に居住する住民を前提とすれば、ほうれん草の量を40グラムとして計算すべきであったところである。しかし、20グラムも40グラムも100グラムも、ほうれん草の1日の可能な摂取量の範囲内であることに変わりはなく、一般の視聴者が抱く印象はこれによって大きく異ならないということができるから、Aの上記発言は、今回検出された所沢産のほうれん草のダイオキシン類濃度は、これを例えば20ないし100グラム食べた場合に、これに背景摂取量を加えると、WHOの耐容1日摂取量の基準のうちの厳しい方の数値である1ピコグラムTEQを超えるような高い濃度であるという意味と理解することができ、要旨6のうち、この部分は、所沢産の野菜のダイオキシン類濃度を説明するうえで重要な部分であるから、主要な部分であり、かつ、上記A発言は、この意味で真実であると認められる。
C 以上によれば、要旨4及び6の主要な部分は、一般の視聴者が普通の注意、関心をもって本件放送を視聴した場合における印象を基準として判断すれば、所沢産の野菜のダイオキシン類の濃度について調査がなされ、具体的な数値が測定されたこと、所沢産の葉物野菜のダイオキシン類濃度は、0.64ないし3.80ピコグラムTEQを示すものであり、全国の野菜の濃度に比べて突出して高く、約10倍であること、所沢産のほうれん草については、これを20ないし100グラム程食べると、WHOが設定した体重1キログラム当たりの耐容1日摂取量の厳しい基準である1ピコグラムTEQを超えてしまう程に高濃度であることと認められる。
 そして、要旨4及び6のうち、上記の主要な部分が真実であることは、上記に認定したところから明らかである。
D なお、原告らは、WHOの基準は4ピコグラムTEQであり、1ピコグラムTEQは究極的目標とされているにすぎないから、所沢産のほうれん草を20ないし100グラム食べた場合に、体重1キログラム当たり4ピコグラムTEQを超えることが真実性証明の対象であると主張する。しかし、本件では、説明板には「WHOの1日摂取許容量・・・体重1kg当たり1〜4ピコg」との記載があり、A自身「WHOが去年の春に1日の摂取量というのを、厳しいのを出しました。1ピコグラム。」と発言していることからして、AがWHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準が体重1キログラム当たり1ないし4ピコグラムTEQであることを当然に理解した上で、今回調査された所沢産のほうれん草を食べた場合にWHOの基準のうちの厳しい数値である1ピコグラムTEQを超えると摘示する意図であったことが明らかである。すなわち、Aは、WHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の1ないし4ピコグラムTEQの基準について、乳児や胎児への影響も考えると、厳しい方の数値である1ピコグラムTEQを取るべきであるとの考え方を有しており、本件番組においても、WHOの上記基準のうち厳しい方の1ピコグラムTEQを基準として、所沢産のほうれん草を20ないし100グラム食べるとその厳しい基準である1ピコグラムTEQに達するとの話をしたものである(被告研究所代表者)。
 一般の視聴者にとってWHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量が1なのか4ピコグラムTEQなのかは判断しうる事項ではなく、重要なのは、権威ある公的機関であるWHOが定めた安全基準を超えると摘示された点であり、AがWHOの基準として示したものが全くの見当違いであるとか、不合理といえるような場合は別であるが、上記のとおり、WHOの耐容1日摂取量が4ピコグラムTEQではなく、1ないし4ピコグラムTEQとされており、学問的には、厳しい方の数字の1ピコグラムTEQを採用すべきとする考え方があり、4ピコグラムTEQ以下であれば常に安全であるとの立場をとっているとはみられないこと、究極の目標は1ピコグラムTEQではなく1ピコグラムTEQ以下とされていること、ダイオキシン類の毒性についていまだ解明されていない部分も多く、特に胎児や乳児への影響は看過し得ない面があること(例えば、母乳からの乳児へのダイオキシン類の1日の摂取量は、67.1ないし149.0ピコグラムTEQであり、耐容1日摂取量を10ピコグラムTEQとしても、その7ないし15倍となっていること(乙2(124頁))等を考慮すれば、WHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準について、Aが1ピコグラムTEQを基準として取り上げ、上記のような説明をしたことは学問的には不合理とはいえない。以上によれば、上記A発言は、WHOの上記基準や背景摂取量についての説明が十分ではなかったきらいはあるが、WHOの前記基準のうちの厳しい数値である1ピコグラムTEQを明示して説明しており、主要な部分において真実であると認められる。
 なお、原告らは、耐容1日摂取量は、生涯にわたって連日摂取し続けた場合の健康に対する影響を指標として算出された値であり、一時的に摂取量がこれを超えることがあったとしても、長期間での平均摂取量が下回っていれば健康を損なうものではないから、体重が40キログラムの子供という一時期のみを念頭にその安全性を判断するのは不合理であると主張する。しかし、40キログラムの子供が摂取した場合を想定するということが、必ずしも体重が40キログラムである一時期のみの摂取を問題とする趣旨ではなく、その前後の一定の幅のある期間を念頭に置いていることは明らかであり、かかる前提が不合理であるとはいえない。
E また、本件放送内で示された説明板には、「野菜のダイオキシン濃度」の下方に「約10〜40gでアウト」との表示がある。この「アウト」との表現が何を意味するのかは不明確であり、一般視聴者の不安感を必要以上にあおる不適当な表現であることは否めないものの、Aの発言及び前後の文脈に照らせば、所沢産野菜を約10ないし40グラム食べた場合にWHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準を超えることを摘示するものと認められる。そして、その数値は、煎茶についての3.8ピコグラムの数値を野菜についてのものであることを前提として算出されたものである。
 しかし、Aは、かかる説明板の記載を引用することなく、所沢産のほうれん草を20ないし100グラム食べた場合にWHOの基準である1ピコグラムTEQを超える旨を述べているのであり、また、一般視聴者にとっては、上記説明板の記載だけではわかりにくいことから、ダイオキシン類の専門家として出演しているAの発言に注目してこれ理解しようとすると考えられることからすれば、一般視聴者としては、不明瞭な説明板の記載よりもAの発言に従って、その趣旨を理解したものと認められ、被告研究所が検査した所沢産のほうれん草から高い濃度のダイオキシン類が検出され、それは、当該ほうれん草を20ないし100グラム食べた場合に、WHOのダイオキシン類の耐容1日摂取量の基準を超えるとの印象を受けたものと認められ、上記説明板の記載は、本件放送の主要な部分を構成しない。
F なお、一口に所沢産の葉物野菜といっても、廃棄物の焼却炉と畑との距離、風上、風下等の位置関係、野菜の種類、栽培方法、栽培期間の長短、季節等の要素によって、当該葉物野菜に含まれるダイオキシン類の濃度が著しく異なる結果となると推認されることは、前記のとおりである。したがって、上記認定事実によっても、本件放送当時、所沢産の葉物野菜のすべてが全国の葉物野菜に比べて高濃度のダイオキシン類を含んでいたとの事実が立証されたわけではなく、所沢産の葉物野菜の一部を採取して調査をしたところ、上記のような高い数値のダイオキシン類が含有されているものが存在したことが立証されただけである。しかし、本件放送の一般の視聴者にとっては、所沢産の葉物野菜の中に、上記のような高い濃度のダイオキシン類を含んだ野菜が含まれていたということが重要であることからすれば、それが主要な事実であり、所沢産の葉物野菜のすべてが上記のような高い数値のダイオキシン類を含んでいることまで主要な事実として立証する必要はない。
(カ) 以上によれば、要旨4及び6において摘示された事実も、主要な部分において真実であると認められる。
カ 要旨7(「(所沢産のほうれん草は)余り安全とは言えないですね。」、「(所沢産の野菜を食べるのは)他の所の食べるものに比べると、当然リスクは大きくなるわけです。」、「(所沢産の野菜を食べると)実際の被害を受ける可能性がありますから。」、「(所沢産の野菜から検出されたダイオキシン類濃度の値は)行政なり、厚生省なりがですね、みんながその本気になって考えないといけない値じゃないかなあと、私は、あのまだ調査の途中ですけれどもそういう感じを持っています。」とのAの発言)について
 要旨7は、いずれもAが被告研究所による自主調査の結果を踏まえ、所沢産野菜に含まれるダイオキシン類濃度の相対的な高さとこれを食べた場合の危険性とにかんがみ、評価ないし感想を述べたものと認められる。したがって、その前提となる事実のうち、主要な部分は、所沢産の葉物野菜から検出されたダイオキシン類濃度がこれまで全国の野菜を対象に調査された数値に比べ突出しており、約10倍高いこと、及び、40キログラムの子供が所沢産ホウレン草を20ないし100グラム食べた場合に、WHOが定める耐容1日摂取量である体重1キログラム当たり1ピコグラムTEQの基準を超えることであると考えるのが相当であり、これらが真実であることは、上記認定のとおりである。
(5) なお、本件放送におけるAの前記意見ないし論評部分は、いずれも穏当な表現を用いており、何ら人身攻撃等に及ぶものでないから、意見ないし論評としての域を逸脱したものでないことは明らかである。
4 争点(3)(被告研究所の被告朝日放送に対する情報提供行為は違法か。)について
 本件のようにテレビ局側の要請に応じて情報提供がなされ、当該情報に基づいてなされたテレビ放送が個人の名誉を毀損するものである場合に、情報提供をした者が不法行為責任を負うのは、まず、当該テレビ放映が名誉毀損行為に該当し、違法であることを要し、さらに、自己の情報提供行為によりその内容に沿った放送がなされる可能性の高いことを予測し、あるいは容易に予測し得たにもかかわらず、当該情報の内容が真実に反することを知りながらあえて情報を提供したり、過失によってこれを知らずに情報を提供したような場合であることを要すると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、被告研究所が自主調査の結果を被告朝日放送側に伝える際、個々の検体を明らかにしない約束であったとはいえ、検体の中に通常野菜の概念に含まれない煎茶が含まれているのに、これを明瞭に告げなかった結果、被告朝日放送がその数値がすべて野菜等の数値であると誤解して本件放送を放送したことは上記のとおりであり、一部不適切な表現があるが、既にみたとおり、当該情報提供の結果としてなされた本件放送は違法ではないのであるから、被告研究所もまた、自らの情報提供行為について不法行為責任を負わないというべきである。
5 結論
 以上によれば、被告らによる本件放送及び被告研究所の被告朝日放送に対する情報提供行為は、いずれも不法行為に該当しないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの各請求は理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。

さいたま地方裁判所第2民事部
 裁判長裁判官 佐藤康
 裁判官 芹澤俊明
 裁判官 設樂隆一は、転補のため、署名押印することができない。

 裁判長裁判官 佐藤康


別紙2 謝罪広告目録
謝罪広告
 弊社らは、平成11年2月1日に放映した「ニュースステーション」において、所沢産野菜のダイオキシン濃度が最高値3.8ピコグラムであるなどと、「所沢産の野菜を食べると危険である」かの如き誤解を招く報道をいたしましたが、それは明かに事実に反するものでした。
 右報道により、所沢市内の農家の皆様に対して、多大なるご迷惑をおかけいたしましたことを心からお詫び申し上げます。
 平成  年  月  日
 全国朝日放送株式会社 代表取締役 N
 株式会社環境総合研究所 代表取締役 A
 所沢市内の野菜生産農家の皆様へ

謝罪広告の様式
1 大きさ(6紙共通)
 5段と2分の1、見出し40Q活字、本文14Q活字、被告らの表示及び宛先20Q
2 掲載場所
(1) 朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞について
 第1面ないし第5面、テレビ番組面及び社会面を除くいずれかの紙面
(2) 埼玉新聞について
 社会面
(3) 日本農業新聞について
 第2面または第3面

謝罪報道の様式
 被告全国朝日放送の放映する「ニュースステーション」の番組内または同時間帯内において、同被告代表者代表取締役が、上記謝罪広告文を読み上げること。
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/